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岩礁域潮間帯における生物調査
No. 190 岩礁域潮間帯における生物調査 公益財団法人 海洋生物環境研究所 道 津 光 生 * 著者らは潮間帯生物を対象として従来から実施され 1. 潮間帯とは ているベルトトランセクト法による目視観察調査 潮間帯とは,陸と海との境界の部分であり,干潮 (以下,ベルトトランセクト調査)を実施するとと 時には干上がり,満潮時には海中に没する範囲を示 もに,ベルトトランセクト調査範囲を含む幅20 m す。岩礁域の潮間帯には,イガイ(ムールガイ)の の範囲を設定し,目視観察による調査(以下,広域 仲間やフジツボ等の動物,テングサの仲間等の海藻 目視調査)を同時に行い,生物の出現状況を比較し など,様々な生物が干出による乾燥や波あたりに対 てみた。 する耐性の違いにより層をなして分布している。こ 3. 二つの調査手法による生物出現状況の 比較 れを潮間帯生物の帯状構造とよぶ。これらの生物は 生息場所から大きく移動することがないことから, 温排水等の環境変化の影響を検討する上で重要な生 瀬戸内海の小島の自然岩礁上(測点1)と,消波 物群であると考えられる。 ブロック上(測点2)の潮間帯の最大大潮時低潮面 から飛沫帯(満潮線より上の部分で波のしぶきがか 2. 潮間帯の生物調査 かる範囲)にかけて幅50 cm の調査区を設定し, 潮間帯生物に対する調査は,通常はベルトトラン 50 cm×50 cm の方形枠を用い,浅深両方向に連続的 セクト法により実施される。ベルトトランセクト法 に方形枠を配置してベルトトランセクトによる調査 による調査では, 連続的に設置した方形枠内(図1) を行い,方形枠内に出現した動植物の個体数および に出現する生物の個体数,被度(一定面積の中であ 被度を測定した1)。また,ベルトトランセクト調査 る生物に覆われる部分の割合),大きさなどを計測 地点を中心に左右10 m(計20 m 幅)の調査区を設け, することにより,潮間帯生物の帯状構造を定量的に それぞれの測点の最大大潮時低潮面から飛沫帯まで 把握することができる。しかしながら,調査範囲が の範囲で広域目視調査を実施し,動植物の出現種リ 限られるため,希少種等,重要な種であっても出現 ストを作成した(図1) 。 頻度はわずかな種の存在を見落とす可能性がある。 ベルトトランセクト調査と広域目視調査で出現し た生物の分類群別の出現種数を図2に示した。出現 種数はベルトトランセクト調査と比べて広域目視調 査で多く,特に植物で顕著であった。その理由とし ては調査面積の違い(広域目視調査の観察範囲はベ ルトトランセクト調査の約40倍)が主要因であるが, ベルトトランセクト調査では,方形枠を水深帯に沿 って連続的に設置することが必要なために,設置場 所が比較的平面的な場所に限定されることにも原因 があると考えられる。広域目視調査のみで出現した 種として,植物では,マメタワラ,ノコギリモク, 図1 ベルトトランセクト調査と広域目視調査の 1) 調査範囲 ホンダワラ,トゲモク等のホンダワラ科の藻場構成 種が含まれていた。これらの大型褐藻類は,空間の * どうつ こうせい 中央研究所 コーディネーター 占有面積が広く,個体間の距離が大きいことから, 学術博士 電 気 評 論 2014.11 44 けるインベントリー調査の事例として,普天間飛行 場代替施設建設事業に係る環境影響評価書3)があげ られる。ここでは,海域生態系への影響を評価する ために,海域の220地点においてインベントリー調 査が実施されている。 一般的に潮間帯調査で実施されるベルトトランセ クト調査では,調査地点は周辺環境や生物相を代表 する場所を念頭において設定され,出現生物の被度 や密度を水深帯別に定量的に把握することができる という利点がある。しかし,今回の結果より,幅50 cm のベルトトランセクト調査の範囲ではとらえる ことのできない種がかなり多いことが示された。 潮間帯生物の調査手法として,従来のベルトトラ ンセクト調査の結果を解析する場合には,希に出現 する種については,出現の有無が偶然に左右される ことが多いことから,特定の種が出現したか否かに ついて論じるのではなく,調査地点や水深帯ごとの 出現種数や優占種の違い等を比較するべきではない かと考えられる。また,あらかじめ対象域に重要な 種で出現頻度がわずかである様な種の出現が予想さ 図2 ベルトトランセクト調査と広域目視調査にお ける潮間帯生物の出現状況の比較1) れる場合には,ベルトトランセクト調査ではこれを 見逃す可能性があることから,インベントリー調査 ベルトトランセクトの50 cm×50 cm の方形枠内への を実施し,出現種リストを作成しておくことも必要 出現の有無が偶然に左右されることによって出現状 と考えられる。潮間帯生物調査を実施する場合は, 況に違いがでたと考えられる。動物ではフナムシや 両者の長所,短所を勘案し,対象海域の生物相の特 カニ類等の移動性が強いために方形枠の設置作業中 性に応じて調査方法を選択するのが良いと考えられ に枠内より逃避してしまうことにより,ベルトトラ る。ある一定の範囲においては,生物の出現種数は ンセクト調査では観察の対象外となってしまう種が 面積が増加するにしたがい増加することが知られて 広域目視調査において観察された。 いる。今回の広域目視調査においては,便宜的に調 査の幅を20 m に設定したが,広域目視調査と同様 4. インベントリー調査とは な手法によってインベントリー調査を実施する場合 今回実施した広域目視観察による調査は,そこに の最適な測点の取り方と調査範囲については,今後 生息する生物種数をできるだけ詳細に把握するもの の検討課題であると考えられる。 で,生物多様性の把握という側面を有しており,イ ンベントリー調査(生物リストの作成)的な性格を 参考文献 もつ方法として位置づけることができる。インベン 1)道津光生・太田雅隆・高久 浩・中尾 毅(2014).岩 礁域潮間帯におけるベルトトランセクト目視調査と広域 トリーとは,もともと財産目録といった意味の言葉 目視調査による生物出現種数の比較.海生研研報,No. であるが,現在ではある地域に存在する動植物や, 19,63−66. 事物,現象などについての網羅的なリストという意 2)浜口哲一(2009).インベントリー調査の意義と平塚市 における現状.Sci. J. Kanagawa Univ., 20, 323−326. 味で使われている。インベントリー調査は,きわめ 3)沖縄防衛局(2012).普天間飛行場代替施設建設事業に て古典的な調査手法であるが,1992年に開催された 係る環境影響評価書.6−19−1−1.海域生態系,調査, 国連環境開発会議において生物多様性条約が採択さ 1−133.http://www.mod.go.jp/rdb/okinawa/07oshirase/ れ,生物多様性の保全が地球的な課題であるという chotatsu/hyoukasyo/hyoukasyo.html.(2012年3月22日ダウ 世界的な合意が得られたことにより,その意義が再 ンロードで入手) 評価されるようになってきた2)。環境影響評価にお 電 気 評 論 2014.11 45