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不動産ファンドに関する国際財務報告基準
不動産ファンドに関する国際財務報告基準 第10回 不動産の公正価値の開示 あらた監査法人 代表社員 公認会計士 清水 毅 はじめに 2009 年5 月に国際会計基準審議会(「IASB」)より「公正価値測定」の公開草案(「ED」)が公表されていました。公正 価値に関する既存のガイダンスは、長年にわたり少しずつ作成されてきて、多くの基準に分散して記載されているため、 当該「ED」は、単一の定義とフレームワークを使用することにより、公正価値測定の適用に関する複雑性を低減し、首尾 一貫性を改善することを目指して公表されたものです。 さらに、IASBは米国基準とのコンバージェンスの中で、2010年7月「公正価値測定に関する測定の不確実性分析の 開示<開示案の限定的な再公開>を公表しました。 2010年7月に日本の企業会計基準委員会も「公正価値測定及びその開示に関する会計基準(案)」(「公開草案」)お よび「適用指針(案)」を公表しています。 過去に何度か解説してきましたが、不動産ファンドおよび不動産会社における評価の規定は、現在<図表1>のよう にIFRSと日本における会計基準で取り扱いが異なっています。IFRSにおいては、投資不動産は取得原価で計上し、減 価償却および減損会計を行う「原価モデル」と毎期公正価値で評価し、評価差額を当期損益として計上する「公正価値 モデル」の選択適用になります。日本の会計基準では、「賃貸等不動産の時価等の開示に関する会計基準」で時価(= 公正価値)の開示が開始されていますが、貸借対照表上は公正価値で評価することはできません。 図表1 不動産の公正価値に関する日本基準およびIFRSならびに米国基準の規定 IFRS 日本基準 事業会社が保有する投 資不動産 米国基準 取得原価(減価償却+ 減損会計) 公正価値(損益計上) OR 取得原価(減価償却+ 減損会計) <時価情報は開示> 取得原価(減価償却+ 減損会計) <IAS40と同等の基準 を作成するか検討中> <原価モデルでは公正 価値情報は開示> 上場リート 同上 同上 同上 私募不動産ファンド 同上 同上 ファンドについては、 「投資会社会計」を用い て公正価値評価を行う ことが多い (注)現在、投資会社 (=ファンド)について、 公正価値評価を検討中 今回は、この「ED」を中心にIFRSにおける投資不動産の公正価値評価および開示について、解説したいと思います。 文中、筆者の意見に関する箇所は、筆者の個人的見解です。 1.公正価値の定義 「ED」および「公開草案」において公正価値は、「測定日において市場参加者間で秩序ある取引が行われた場合に、 資産の売却によって受け取るであろう価格(いわゆる出口価格)」として定義されています。国際会計基準第40号 (「IAS40」)では、公正価値について、「独立第三者間取引において、取引の知識がある自発的な当事者の間で、資産 が交換され得る価額」と定義されてきたので、大きな変更点は、取引価格から売却価格にかわったことと言えます。 「公開草案」においては、「公正価値に関する会計処理及び開示について適用する。この際、他の会計基準等で 「時価」が用いられているときは、「公正価値」と読み替えてこれを適用する。」と規定されています。 図表2 公正価値の概念 公正価値=時価 企業が 見積もり 算定した 価格 市場価格 等をもとに算定 市場価格 (取引所価格等 があるもの) 「ED」において、市場参加者間で資産が売却される際の価格を決定することが、公正価値測定の主眼です。すなわち、 「ED」によれば、公正価値測定は、資産を使用することによって、あるいは最有効使用する他の市場参加者に売却する ことによって、市場参加者が経済的便益を生み出す能力を考慮するとしています。つまり、「公正価値」とは、一般に「時 価」のことですが、マーケットで価格が公表される「市場価格」と、自社で算定を行う見積り価格の双方を含む概念です (<図表2>参照)。 2.最有効使用 「ED」および「公開草案」において、「公正価値」を算定する時は、市場参加者の観点から当該資産の最有効使用を 考慮すると規定されています。(日本における不動産鑑定評価基準における「再有効使用の原則」と基本的な考え方は 同じと考えられます)。最有効使用とは、測定日において物理的に可能で、法的に許容され、財政的に実行可能となる 資産の使用を考慮して、資産および負債のグループの価値を最大化する市場参加者による資産の使用をいいます。 a. 物理的に可能とは、市場参加者が資産をプライシングする際に考慮するであろう資産の物理的特徴を考慮します (例:不動産の所在地または規模) b. 法的に許容されるとは、市場参加者が資産をプライシングする際に考慮するであろう資産の使用に関する法的制 限を考慮します(例:不動産に適用される区画制限) c. 財政的に実行可能になるとは、物理的に可能で法的に許容される資産の使用により、市場参加者がその投資に対 して要求するであろう投資リターンを生み出すために適切な利益またはキャッシュ・フローが生じるかどうかを考慮し ます 資産が、他の資産や負債と組み合わせられグループとして使用されることで市場参加者へ最大限の価値を提供する 場合には、その公正価値は「使用の評価前提」を用いて測定されます。この場合、資産および負債の公正価値は、当該 資産が他の資産とグループで使用され、かつそれらの資産および負債を市場参加者が入手可能であることを前提として、 現時点で売却した場合に受け取れる価格を基に測定されます。 資産が基本的に単独で最大限の価値を提供する場合には、資産の公正価値は「交換の評価前提」を用いて測定さ れます。この場合、資産の公正価値は、単独で当該資産を使用する市場参加者へ当該資産を売却する取引を現時点 で行った場合に受け取れる価格となります。 PwC Page 2 of 8 「ED」の設例3において、土地の公正価値の測定に関して、以下のような数値例で説明されています 【前提】 ・企業結合にて土地を取得。現在、土地は工業用地として使用(=工業用不動産) ・工業用不動産(現在の使用)として、土地及び工場について表示される価値は、それぞれ 土地=100,000、建物=60,000 ・最近の建築規制や近隣土地での住宅開発状況等に基づき、現在工場用地として使用される土地は、住宅用地と なる可能性あり ・住宅不動産として、工場解体費用及びその他の更地への転換費用を考慮した後の更地について表示される公正 価値は、 更地の公正価値=300,000 <図表3>において、土地の最有効使用は、(a)現在、工業用途として開発されている土地の価値(「使用」)と、(b) 工場の解体費用及び土地を更地に転換するために必要なその他の費用を考慮した住宅用途の更地としての土地の価 値(「交換」)を比較して決定されます。 図表3 IASB・「ED」による土地・建物の公正価値測定(「ED」第20・第21頁より) 【土地の公正価値測定】 土地及び工場の 現在の使用による価値 CU160,000 土地 建物 土地・建物 合計 (a) 100,000 60,000 160,000 240,000 (b) 140,000 140,000 更地の 公正価値 300,000 土地の公正価値 (a)土地の現在の使用による価値 (b)土地の現在の使用から最有効使用に転換する能力に 関連した土地の増分価値 3.公正価値の分類 「ED」および「公開草案」においては、公正価値の算定にあたり、使用されたインプットをその性質により以下のとおり3 つのレベルに区分しています。 レベル1のインプット 測定日において、企業が入手できる活発な市場における同一の資産に関する公表価格をいいます。もっとも信頼でき るため、入手できる場合には、そのまま公正価値の算定に用いる必要があります。 <例:取引所に上場されている株式等で活発な市場が存在するもの> レベル2のインプット 資産について、直接又は間接的に観察可能な入力数値のうち、レベル1に含まれる公表価格以外のインプットをいい PwC Page 3 of 8 ます。レベル2のインプットには、1)活発な市場における類似の資産に関する公表価格、2)活発でない市場における同 一の又は類似の資産に関する公表価格、3)公表価格以外の観察可能な入力数値、4)相関関係等に基づく方法を用い て、観察可能な市場データから得られた又は裏付けられた入力数値等があるとされています。 レベル3のインプット 資産について、観察不能な入力数値をいい、観察可能な入力数値であるレベル1の入力数値又はレベル2の入力数 値が入手できない場合に限り用いることができます。 レベル3のインプットの例としては、対象金融資産から発生する将来キャッシュ・フローを割り引いて現在価値を算定す る方法(レベル3のインプットが重要である場合)があります。 「ED」および「公開草案」において、公正価値は、その算定において重要な影響を与えるインプットが属するレベルに 応じて、次の3つのレベルに分類されます。 「レベル1の公正価値」⇒ レベル1のインプットをそのまま用いて算定した公正価値。 「レベル2の公正価値」⇒ レベル2のインプットがその算定において重要となる公正価値。 「レベル3の公正価値」⇒ レベル3の入力数値がその算定において重要となる公正価値。 図表4 「ED」および「公開草案」によるインプット・公正価値の分類 [インプットの分類] 分類 観察可能性 具体的なインプット レベル1 ・同一の資産の公表価格 活発な市場 ・類似の資産の公表価格 観察可能 レベル2 活発でない市場 ・同一もしくは類似の資産の公表価格 ・公表価格以外の観察可能なインプット ・相関関係等を用いて観察可能な市場データから得られた又は 裏付けられたインプット レベル3 観察不能 ・市場参加者が用いる仮定に関して報告企業自身の見積もりを 反映したインプット [公正価値の開示のヒエラルキー] レベル1 同一の資産について活発な市場における公表価格を そのまま用いた公正価値 レベル2 他の観察可能なインプットを主に用いた公正価値 レベル3 観察不能なインプットを主に用いた公正価値 4.公正価値に関する開示 「ED」および「公開草案」ともに、資産の種類ごとの公正価値の算定方法・レベル別の公正価値評価額に加え、特にレ ベル 3 と認定された資産項目については、他のレベルとの間の振替金額、当期損益の金額、感応度分析等詳細な開 示が求められることになります(<図表 5>参照)。両者で大きく異なるのは、IASB の「ED」によれば、貸借対照表上で 公正価値で評価される資産・負債項目に加え、公正価値に係る注記が求められる項目(例えば投資不動産等)につい ても、上記の詳細な明細・分析が求められているのに対し、日本基準の「公開草案」においては、貸借対照表上で公正 PwC Page 4 of 8 価値で評価することが求められている項目(金融資産等)については、「ED」と同様の開示が求められていますが、「注 記」のみ必要とされる項目(賃貸等不動産等)については、レベル別の評価額のみの注記が求められています<図表 5 >参照。 図表5 IASBの「ED」と日本基準・「公開草案」の開示対象および開示項目の比較〕 公開草案 ED ○ ○ △ (一部のみ) ○ 公開草案 ED ①公正価値の測定額 ○ ○ ②レベル別の公正価値の測定額 ○ ○ ③レベル1とレベル2の間の重要な振替額及びその理由 ○ ○ ④レベル3について、期首残高から期末残高への調整表、及びその内訳 として次の項目を個別に表示 ○ ○ ⑤当期純利益で認識された損益及びその金額が損益計算書/包括利 益計算書中のどこに表示されているかの説明 ○ ○ ⑥その他の包括利益で認識された損益 ○ ○ ⑦購入、売却、発行及び決済額 ○ ○ ⑧レベル3への振替額やレベル3からの振替額 ○ ○ ⑨上記⑧の振替の理由 ○ ○ ⑩当期純利益で認識された損益(⑤)のうち、報告日現在において保有し ている資産及び負債の損益、及びその他の金額が損益計算書/包括 利益計算書中のどこに表示されているかの説明 ○ ○ ⑪レベル3について、1つ又は複数のインプットを合理的に可能な代替的 仮定に変更した場合に、公正価値が著しく変動するときには、当該事 実、変動の影響及びその計算方法を開示(インプットの感応度分析) ○ ○ ⑫評価技法及びその変更の説明 ○ ○ 開示対象 貸借対照表/財政状態計算書において公正価値で測定されているもの 上記以外で、公正価値が注記されているもの 開示項目 「ED」においては、資産のレベル別の開示例(<図表 6 参照>)およびレベル 3 資産の期首残高から期末残高への 調整表(<図表 7>参照)について記載しています。 PwC Page 5 of 8 図表 6 IFRS による公正価値測定・注記例(「ED」説例 12 より) 図表 7 IFRS における公正価値測定・注記例(「ED」説例 13 より) PwC Page 6 of 8 「公開草案」においても、上記調整表の開示例が記載されています。 5.適用時期等 「ED」については、2010 年第 4 四半期までに基準を最終化する予定となっています。適用時期については、未定と されていますが、早期適用は可能となっています。 「公開草案」の適用時期については、平成 24 年 4 月 1 日以後開始する事業年度となっています。 PwC Page 7 of 8 不明の点、さらに詳しい説明等のご要望がございましたら、あらた監査法人 清水までお問合せ下さいますようお願いい たします。 清 水 毅 公認会計士、日本証券アナリスト協会検定会員、不動産証券化協会認定マスター あらた監査法人 代表社員 不動産ファンドおよび運用会社に対して、監査およびアドバイス業務を提供。 主たる著書として、「投資信託の計理と決算」(中央経済社・共著)、「不動産投信の経理と税務」(中央経済社・共 著)、「集団投資スキームの会計と税務」(中央経済社・共著)等。あらた監査法人の不動産業・IFRS チャンピオン、お よび PwC・Global の IFRS・業種別委員会・不動産部会の委員を務める。 本冊子は概略的な内容を紹介する目的で作成されたもので、プロフェッショナルとしてのアドバイスは含まれていません。個別にプロフェッショナル からのアドバイスを受けることなく、本冊子の情報を基に判断し行動されないようお願いします。本冊子に含まれる情報は正確性または完全性を、 (明示的にも暗示的にも)表明あるいは保証するものではありません。また、本冊子に含まれる情報に基づき、意思決定し何らかの行動を起こされ たり、起こされなかったことによって発生した結果について、あらた監査法人、およびメンバーファーム、職員、代理人は、法律によって認められる範 囲においていかなる賠償責任、責任、義務も負いません。