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代数学入門 参考資料
代数学入門 参考資料 12 2015 年度後期 工学部・未来科学部 1 年 担当: 原 隆 (未来科学部数学系列・助教) § フェルマーの最終定理から代数的整数論の世界へ ■ フェルマーの最終定理 babababababababababababababababababab 定理 (フェルマーの最終定理, リチャード・テイラー*1 、アンドリュー・ワイルズ*2 ) 3 以上の自然数 n に対してディオファントス方程式 xn + y n = z n を満たす 整数解 は (x, y, z) = (0, 0, 0) を除いて 存在しない (!!) 注意 n = 2 のときは (x, y, z) = (k 2 − ℓ2 , 2kℓ, k 2 + ℓ2 ) 2 2 (k, ℓ は整数) 2 が x + y = z の解となる (ピタゴラス数 Pythagorean triple)。 (k, ℓ) (x, y, z) (2, 1) (3, 4, 5) (3, 2) (5, 12, 13) (4, 3) (7, 24, 25) ピタゴラス数の例 勿論ピタゴラス数は直角三角形に対する ピタゴラスの定理 Pythagorean theorem に端を発してお り、「全ての辺の長さが 整数 となるような直角三角形にはどのようなものがあるか?」という極め て自然な疑問からこうした問題が考えられるようになったものと思われる。 ピタゴラス数を求める問題は古来から知られており、古代ギリシアの数学者ディオファントスによ る著書『算術 (アリスメーティカ)』にも掲載されていた。この『算術』の愛読者であったフランスの 数学者ピエール・ド・フェルマー*3 が次のような有名な書き込みをしたことから、300 年間にも渡っ て数学者を巻き込んだ大騒動 (?) が勃発したのである: *2 *3 *3 Cubum autem in duos cubos, aut 立方数を 2 つの立方数の和に分けること quadratoquadratum in duos quadra- は出来ないし、4 乗数を 2 つの 4 乗数の toquadratos, et generaliter nullam 和に分けることも出来ない。一般に羃の in infinitum ultra quadratum potes- 指数が 2 より大きければ、その羃乗数を tatem in duos eiusdem nominis fas 2 つの羃乗数の和に分けることは出来な est dividere cuius rei demonstrationem い。私はこのことに関して、真に驚くべ mirabilem sane detexi. Hanc marginis き証明を発見したのであるが、それを書 exiguitas non caperet. き記すにはあまりにも余白が狭過ぎる。 Richard Taylor (1962–) Andrew Wiles (1953–) Pierre de Fermat (1607/1608–1665) ■ フェルマーの最終定理の解決までの道程 フェルマー (1640) n = 4 のとき 無限降下法 infinite descent を用いた証明 オイラー (1770 頃) n = 4 , n = 3 のとき ガウスの整数環 Z[i] √ (n = 4 のとき), アイゼンシュタイン の整数環 Z[ −1 + 3i ] (n = 3 のとき) を用いた証明 2 フェルマー オイラー ルジャンドル ディリクレ ディリクレ、ルジャンドル (1820) n = 5 のとき ディリクレの証明の不備をルジャンドルが後に修正 ソフィ・ジェルマン (1823) p が ソフィ・ジェルマン素数 (つまり、p も 2p + 1 も奇素数となる素数) のとき xp + y p = z p の整数解の何れかは p の倍数であることを証明 ⇝ 初めて 複数の n に対するアプローチを提示 ソフィ・ジェルマン ラメ (1839) n = 7 のとき その後、「一般の n について証明した」と発表 ⇝ 「同じ証明を思い着いていた」と主張するコーシーと の論争へ (ラメ-コーシーの論争) クンマー (1840 頃) 1 の n 乗根 ζ を付け加えた整数 Z[ζ] の世界では 素因数分 ラメ 解の一意性が 成り立つとは限らない ことを指摘 クンマーの 理想数 ideale Zahlen の理論 ⇝ 代数的整数論 の時代へ …… (その後も重要な貢献が数えきれない程ありますが、紙面の関係で割愛) テイラー、ワイルズ (1995) *4 最終解決!!! 谷山-志村予想*4 の部分的解決による こちらも今やブリュイユ、コンラッド、ダイアモンド、テイラーにより完全に証明されている。 クンマー ■ 「拡張された整数」の概念と素因数分解の一意性の崩壊 ガウス、アイゼンシュタイン 「整数」の概念の拡張 Z[i] = {a + bi | a, b ∈ Z} √ − 1 + −3 Z[ω] = {a + bω | a, b ∈ Z, ω = } 2 ガウスの整数 アイゼンシュタインの整数 ⇝ 「整数」と同様に 素因数分解の一意性 が成り立つ!!*5 注 − i, ω はそれぞれ 1 の 4 乗根、1 の乗根 つまり、方程式 t4 − 1 = 0, t3 − 1 = 0 の解 − i, ω を用いると、フェルマーの方程式は x4 = z 4 − y 4 = (z − y)(z − iy)(z + y)(z + iy) x3 = z 3 − y 3 = (z − y)(z − ωy)(z − ω 2 y) と「因数分解」出来る。 ※ 右辺の各項は大体「互いに素」 ⇝ 素因数分解の一意性 から z − y が 4 乗数、3 乗数になってしまう ……それはおかしい!! (オイラー、ガウスによる n = 3, 4 のときのフェルマーの最終定理の証明の、 「拡張された 整数」を用いたアプローチの概略) ラメ、コーシー それぞれ「フェルマーの最終定理の完全解決」を主張 アイデア: 1 の n 乗根 ζ = cos 2π 2π + i sin を付け加えた整数の世界 n n Z[ζ] = {a0 + a1 ζ + . . . + an−1 ζ m−1 | a0 , a1 , . . . , an−1 ∈ Z} では、フェルマーの方程式は xn = z n − y n = (z − y)(z − ζy)(z − ζ 2 ) · · · (z − ζ n−1 y) と「因数分解」される。 ⇝ 素因数分解の一意性 から z − y が n 乗数になってしまうことから矛盾を導き出そう!! *5 現代風に言うと、Z[i], Z[ω] は ユークリッド環 Euclidean ring であるということ。 クンマー 「拡張された整数」の世界では 必ずしも素因数分解の一意性が 成り立たない こと を指摘 √ 例 「 −5 を付け加えた整数」の世界 √ √ Z[ −5] = {a + b −5 | a, b ∈ Z} では、6 という整数は 6 = 2 × 3 = (1 + √ √ −5)(1 − −5) と 2 通りに 分解されてしまう …… 素因数分解の一意性の崩壊 ラメ、コーシー等の議論の破綻 この現象を説明するためのクンマーのアイデア: 理想数 ideale Zhal の概念 我々のまだ知り得ない未知の数の世界で 2 = p1 p2 , 3 = p3 p4 と分解されているのでは? 2 × 3 = (p1 p2 )(p3 p4 ) 並べ替え = (p1 p3 )(p2 p4 ) = (1 − ……現在の イデアル論 へ となっていれば良いではないか!! √ √ −5)(1 + −5) 初等整数論から代数的整数論 へ ■ 文献案内 サイモン・シン著『フェルマーの最終定理』(新潮文庫) フェルマーの最終定理の解決までの歴史に加え、ワイルズの証明が発表され、認められるま での手に汗握るドキュメントを余さず記した一冊。数学的な内容も書かれてはいるけれど、そ れほど小難しいことは書いてないのであまり得意でない人でも面白く読める筈。 フェルマーの最終定理に興味を持ったなら、何はともあれこの一冊を読んでみよう。 結城浩著『数学ガール — フェルマーの最終定理』(SB クリエイティヴ) 一時期一斉を風靡した「数学ガール」シリーズのフェルマーの最終定理についての巻。ピタ ゴラス数の話から始まって、フェルマーの最終定理を考えるに至る困難を丁寧に解説してい て、専門家からも評価の高い一冊。講義で話したフェルマーの 2 平方和定理とガウス整数の話 も書かれています。そんなに肩肘張らずにフェルマーの最終定理を「楽しめる」一冊では??? ■ 参考: フェルマーの 2 平方和定理とその証明 babababababababababababababababababab 定理 (フェルマーの 2 平方和定理) 素数 p が整数 a, b の 2 乗の和 p = a2 + b2 として表されるための必要十分条件は、 p が 2 であるか p が奇素数で 4 で割った余りが 1 となることである。 p = 2 のときは p = 2 = 12 + 12 なので、以下では p は奇素数 であると仮定する。 【証明の概略】 第 1 段階.『p = a2 + b2 と表されるならば、p を 4 で割った余りが 1 となる』ことの証明 4 で割った余りに注目する ……整数問題の常套手段 整数 a を 4 で割った余りは 0, 1, 2, 3 の何れか。つまり a は a = 4m, a = 4m + 1, a = 4m + 2, a = 4m + 3 の何れかの形をしている。このとき 4m 4m + 1 a= 4m + 2 4m + 3 =⇒ 16m2 16m2 + 8m + 1 a2 = 16m2 + 16m + 4 16m2 + 24m + 9 = 4(4m2 ) + 0 = 6(4m2 + 2m) + 1 = 4(4m2 + 4m + 1) + 0 = 4(4m2 + 6m + 2) + 1 であるから、 a2 を 4 で割った余りは 0 か 1 である。同様に b2 を 4 で割った余り も 0 か 1 だから、a2 + b2 を 4 で割った余りを表に纏めると a2 を 4 で割った余り b2 を 4 で割った余り a2 + b2 を 4 で割った余り 0 0 0 1 1 0 1 1 2 1 となるので、a2 + b2 を 4 で割った余りは 0 か 1 か 2 である。ところが p は奇数 なので、p を (偶数) 4 で割った余りも 奇数 でなければならない。したがって p = a2 + b2 を 4 で割った余りは 0, 2 にはなり得ないので、1 となることが分かる。 第 2 段階.『p を 4 で割った余りが 1 ならば、p = a2 + b2 と表される』ことの証明 …… 面白いのは断然こっち!! (「ガウスの整数」での因数分解を考える) p を 4 で割った余りが 1 のとき、つまり p = 4n + 1 (n は整数) と表せるときに 整数 x で x2 + 1 が p で割り切れるようなものが存在する という事実を認めて証明する*6 。つまり x2 + 1 = pm (m は整数) と書けるが、一方で x2 + 1 は ガウスの整数の世界 では x + 1 = (x + i)(x − i) 2 と 因数分解 できるのであった。つまり (x + i)(x − i) = pm · · · · · · (∗) が成り立つ。ここで p がガウスの素数であると仮定 すると、素因数分解の一意性から p は x + i か x − i を割り切らなければならない。つまり、ガウスの整数の世界で ) ( ) ( x 1 x 1 x+i=p· + i か x−i=p· − i p p p p という因数分解が出来なければならないが、明らかに x 1 + i はガウスの整数 でない p p (虚部が整数になっていないため) ので、矛盾が生じる。したがって背理法によって p がガウスの素数 でない (つまり「ガウスの整数」の世界の 合成数 である) ことが 示された。 p がガウスの素数ではないということは、p が 単数ではないような ガウスの整数 α, β の積として p = αβ と因数分解出来ることを意味する。両辺のノルムをとると ∴ N (p) = N (αβ) p2 = N (α)N (β) が成り立つが、α, β は単数ではないので N (α) ̸= 1, N (β) ̸= 1 である。したがって N (α) = N (β) = p となるしかない (!) 最後に α = a + bi (a, b は 整数) と書くことにすると、 p = N (α) = (a + bi)(a + bi) = (a + bi)(a − bi) = a2 + b2 と計算出来るので、整数 a, b を用いて p が p = a2 + b2 と表すことが出来ることが 示された。 奇素数 p がガウスの素数 *6 ⇔ □ p を 4 で割った余りが 3 例えば x = (2n)! とおくと、ウィルソンの定理 『(p − 1)! を p で割った余りは p − 1 である』を用いて x2 + 1 が p で 割り切れることが示せる。または 平方剰余の相互法則の第 1 補充法則 からも従う。いずれにせよ 合同式 congruence を使わないと結構大変。