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論文要旨・審査の要旨
学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 論 文 題 目 郷田 主査 瑛 和泉雄一 副査 山口 朗 原田浩之 Analysis of the factors affecting the formation of the microbiome associated with chronic osteomyelitis of the jaw (論文内容の要旨) 慢性顎骨骨髄炎は種々の治療に抵抗する難治性の疾患である。日常的に抗菌薬での治療が行わ れているものの、その標的となる細菌叢は明らかとなっていない。抗菌薬に抵抗する症例も多く、 治療抵抗性を克服するためには細菌学的な病因を明らかにする必要がある。そこで、顎骨骨髄炎 に関与する細菌種を明らかにして新規治療法を開発するために、高速シーケンサーを用いた細菌 叢の比較解析を行った。対象は外科的に感染骨の切除が必要な患者 16 名(化膿性骨髄炎:4 名、 放射線性骨髄炎:3 名、びまん性硬化性骨髄炎:4 名、ビスホスホネート系薬剤関連顎骨壊死:5 名) とした。手術骨検体より DNA を抽出し、細菌の持つ 16S rRNA 遺伝子の塩基配列を高速シーケンサ ーにて取得後、分子系統学的解析を行った。その結果、既知の細菌種よりもはるかに多様な細菌 種(12 門、163 属)が本疾患に関与していることを明らかにした。一方、臨床データに基づき相関 解析を行ったところ、腐骨形成の有無と骨露出の有無の 2 つの因子が、細菌叢の多様性と相関す る因子として抽出された。これら 2 つの因子を基に、病期を 3 つの臨床ステージに分類した。そ の結果、ステージの進行に伴って細菌叢を構成するメンバーの多様性が劇的に変化することを明 らかにした。さらに、F.nucleatum、 P.gingivalis、 T.forsythia 等のグラム陰性偏性嫌気性菌 によって構成される全ての顎骨骨髄炎に共通して高頻度に検出される細菌種、すなわちコアマイ クロバイオームを明らかにした。本研究結果をもとに標的菌を抽出することが、難治性顎骨骨髄 炎の効果的な予防及び治療法の開発につながると考えられる。 【緒言】 慢性顎骨骨髄炎(chronic osteomyelitis of the jaw:以下 COMJ)は未だ効果的な治療法が確 立されておらず、種々の治療に抵抗する難治性の疾患として知られている。COMJ は臨床的に複数 のタイプに分類されており、1次性と2次性に大別される(Zurich 分類)。2次性 COMJ はさら に 、 化 膿 性 骨 髄 炎 ( suppurative chronic osteomyelitis: 以 下 SUP ) 、 放 射 線 性 骨 髄 炎 ( osteoradionrcrosis of the jaw: 以 下 ORN ) 、 ビ ス ホ ス ホ ネ ー ト 系 薬 剤 関 連 顎 骨 壊 死 (bisphosphonate-related osteoradionecrosis of the jaw:以下 BRONJ)等に分類される。これ ら2次性 COMJ は歯性感染症や抜歯、骨折などに起因する顎骨内への深部細菌感染が原因で生じる と考えられており、排膿・腐骨形成・骨露出などの症状を呈する。他方、1次性 COMJ(びまん性 - 1 - 硬化性骨髄炎 primary chronic osteomyelitis of the jaw:以下 PCO)は原因不明の顎骨骨髄炎で、 排膿や腐骨形成などを認めないため、腫脹・疼痛・開口障害などの臨床症状やレントゲン写真で のびまん性骨硬化像から PCO と診断される。これら COMJ に対し、外科手術と抗菌薬の併用療法、 または抗菌薬単独での治療が行われているが、治療の標的となる細菌叢について詳細は明らかに なっていない。現在まで COMJ の細菌叢に関しての研究報告はほとんどが培養に依存した方法で行 われてきた。 顎口腔領域の感染症のほとんどが、嫌気性菌・難培養微生物を含む混合感染である ことが知られており、既存の報告では重要な原因菌が検出できていない可能性がある。また近年、 培養に依存しない 16S rRNA 系統解析を用いた報告が散見されるものの、複数の臨床タイプの骨髄 炎細菌叢を同時に比較した報告はなく、解析に用いた情報量も少ない。そこで今回、顎骨骨髄炎 の細菌学的病因を明らかにし、COMJ の効果的な予防・治療法の提案につなげるため、4つの主要 な臨床タイプ(SUP、ORN、BRONJ、PCO)を対象に、高速シーケンサーを応用した細菌叢の高解像 度な解析を行った。 【方法】 対象は 2011 年 9 月から 2012 年 9 月までに、東京医科歯科大学歯学部附属病院口腔外科外来に て臨床所見および画像所見から COMJ と診断され、外科的に病変の切除が必要と判断された患者と した。ランダムに選ばれた患者 20 名のうち、コントロールされていない糖尿病患者、ステロイド・ 抗癌剤投与中の患者を除外した 16 名(SUP:4 名,ORN:3 名,PCO:4 名,BRONJ:5 名)を対象とした。 インフォームドコンセント取得後、局所麻酔または全身麻酔下に、腐骨除去術・皮質骨除去術を 行った。手術で得られた骨検体の一部を回収し、直ちに-80℃で保存した。保存したサンプルから DNA を抽出し、細菌の持つ 16S rRNA 遺伝子(V3-V4 領域)を PCR で増幅後、高速シーケンサー(Roche 454 GS Junior)で配列情報を取得した。データ解析はオープンソースソフトウェアの MOTHUR を 用いて行った。ソフトウェア推奨の標準プロトコールに従い、各種フィルタリング(デノイズ、 低品質リードの除去、トリミング、アラインメント、キメラチェック)、系統分類、α多様性指 数の算出、β多様性の比較解析、各種臨床データとの相関解析を行った。 【結果】 系統分類の結果、全体として 12 の門が検出され、そのうち Bacteroidetes 、 Firmicutes 、 Fusobacteria、Actinobacteria は全てのサンプルに共通して検出された。次に、α多様性指数を 比較したところ、同じ臨床タイプであっても、サンプル間で細菌叢の多様性が大きく異なってい た。 そこで臨床タイプ以外に、細菌叢の多様性に影響を与える因子を特定するため、α多様性指数 と、各種臨床パラメーターとの間で重回帰分析を行った。その結果、病気の進行に大きくかかわ っている骨露出の有無と腐骨の形成の有無の2つの因子が相関するパラメーターとして抽出され た。そこで、この2つのパラメーターを基準とし、全てのサンプルを3つの臨床ステージに分類 し(stageⅠ:腐骨形成・骨露出なし 、stageⅡ:腐骨形成あり・骨露出なし、stageⅢ:腐骨形成 あり・骨露出あり)、細菌叢の多様性を比較した。その結果、stageⅡの細菌叢は他のステージと 比較して有意に多様性が低かった。 - 2 - 次に、群集構造を比較するため、UniFrac 解析、主座標分析を行った。その結果、3つの臨床 ステージごとにクラスターが形成され、それぞれのステージで特徴的な群集構造をもつことが示 唆された。さらに、AMOVA 解析の結果、stageⅡの細菌叢は他のステージと比較して有意に異なる ことが示された。stageⅡでは 32 属が検出され、そのうち 29 属は他のステージでも共通して検出 された。stageⅡでは Fusobacterium、Tannerella、Porphyromonas 等が高頻度に検出され、stage Ⅰでは、Prevotella、Fusobacterium、Streptococcus が、stageⅢでは Prevotella、Fusobacterium、 Actinomyces が高頻度に検出された。 さらに、細菌叢の特徴をつかむため、グラム染色性と酸素要求性を臨床ステージ間で比較した。 その結果、stageⅠでは好気性菌の割合が他のステージと比較して有意に高かった。一方、stage Ⅱでは好気性菌はほとんど検出されず、グラム陰性嫌気性菌の割合が他のステージと比較して有 意に高かった。 3 つのステージ全てに共通していた 29 属のうち、 38 種が全てのステージで共通して検出された。 これら 38 種は、COMJ の病態形成に関わる重要な細菌種、すなわちコアマイクロバイオームであ ることが示唆された。 【考察】 本研究では高速シーケンサーを応用し、細菌叢の高解像度な解析を試みた。その結果、過去に は報告されなかった占有率の低い 5 つの門の関与を新たに明らかにした。また、今回検出された 多様な細菌種のうち、約 80%は嫌気性菌であり、約 25%が培養不可能な細菌であった。本方法を 応用することで、既存の報告とは異なる COMJ 細菌叢のより多様な姿を明らかにすることができ た。 本研究では初めて、複数の臨床タイプを対象に培養に依存しない方法で細菌叢の比較を行った。 その結果、臨床タイプごとに特徴的な細菌叢は認められなかった。一方、臨床データを解析した ところ、COMJ の細菌叢は、病変の状態、すなわち、臨床ステージの変化に大きく影響を受けてい ることを明らかにした。本研究では、腐骨の形成に伴って細菌叢の多様性が有意に減少すること を明らかにした。これは、宿主の免疫を回避し、さらに腐骨という低酸素、低栄養の環境に適応 できる細菌のみが感染を持続している結果と考えられる。実際、stageⅡでは好気性菌は認められ ず、宿主の免疫系を回避することが知られている Porphyromonas や Tannerella などが高頻度に 検出された。 さらに今回、COMJ のコアマイクロバイオームを明らかにした。そのうち F.nucleatum のみが全 てのサンプルに共通して検出された。F.nucleatum はバイオフィルム形成の足場となることや、 P.gingivalis や T.forthysia など、他のコアマイクロバイオームメンバーと相乗的に作用するこ とで、強い病原性を発揮することが報告されている。実際、COMJ でのバイオフィルム形成も報告 されており、コアマイクロバイオームの構成種がバイオフィルム内で相互作用し、種々の治療に 抵抗している可能性が示唆された。 【結論】 顎骨骨髄炎の細菌叢が臨床ステージ、すなわち病変の環境変化よって劇的に変化する事を明ら - 3 - かにした。 さらに、主に偏性嫌気性菌によって構成される顎骨骨髄炎のコアマイクロバイオーム を明らかにした。 - 4 - 論文審査の要旨および担当者 報 告 番 号 甲 第 論文審査担当者 論 文 題 目 4747 郷田 号 主 査 和泉雄一 副 査 山口 朗 瑛 原田浩之 Analysis of the factors affecting the formation of the microbiome associated with chronic osteomyelitis of the jaw (論文審査の要旨) 慢性顎骨骨髄炎は顎顔面領域の感染症の中でも極めて難治性の疾患として知られている。ま た近年、骨粗鬆症や癌の治療薬に関連して生じる顎骨骨髄炎の存在が明らかとなり、患者数が 増加し注目を集めている。本疾患は顎骨深部への細菌感染が原因と考えられており、主に抗菌 薬による治療が行われているが、治療の標的となる原因菌について詳細は明らかになっていな い。一方、これまでの原因菌研究は培養検査の結果に基づいた報告が主体であり、口腔常在菌 の半数は培養検査で検出できない難培養微生物であるとの研究結果から、従来の報告では重要 な原因菌を見逃している可能性があった。これに対し申請者は、治療抵抗性の克服のためには、 培養に依存しない方法で、顎骨骨髄炎の細菌学的病因の全容を明らかにする必要があると考え た。申請者は、慢性顎骨骨髄炎の手術骨検体を用いて、病変に含まれる微生物の DNA 配列(16S rRNA 遺伝子)を、高速シーケンサーによって大量かつ効率的に取得し、細菌叢の高解像度な 解析を行った。さらに申請者は、頻度の高い4つのタイプの顎骨骨髄炎(化膿性骨髄炎、放射 線性顎骨壊死、びまん性硬化性骨髄炎、ビスホスホネート系薬剤関連顎骨壊死)に分類し、病 態特異的に関与する細菌種の検索を試みた。 以下に、本研究の成果を示す。 得られた約11万本の塩基配列を対象に系統分類を行った結果、今まで知られているよりも はるかに多様な細菌種(12 門、163 属、612 菌種)が検出された。また過去には顎骨骨髄炎との 関連が報告されていない 5 門の関与を新たに明らかにした。さらに、検出頻度の高い細菌種の うち、約 80%は嫌気性菌、約 25%は難培養微生物であった。以上の結果より、申請者は慢性 顎骨骨髄炎が嫌気性菌・難培養微生物を多数含む混合感染であることを明確に示した。 次に、病態特異的に関与する細菌種を検索するため、4つの臨床タイプ間で細菌の構成と多 様性を比較した。しかしながら、顎骨骨髄炎の細菌叢は個人差が非常に大きく、臨床タイプご とに特徴的な細菌叢の構成を見出すことができなかった。そこで申請者は、細菌叢に影響を与 える因子を同定するため、種々の臨床データに基づき相関解析を行った結果、腐骨形成の有無、 骨露出の有無という、病気の進行に関係する 2 つの因子が、細菌叢の多様性と相関することを 明らかにした。 さらに申請者は、この 2 つの因子を基準として、3つの臨床ステージ(stageⅠ:腐骨形成・ 骨露出なし 、stageⅡ:腐骨形成あり・骨露出なし、stageⅢ:腐骨形成あり・骨露出あり)に (1) 分類し、各ステージ間での細菌叢の比較を行った。その結果、細菌叢を構成するメンバーの多 様性が、病気の進行に沿って大きく変化すること、各ステージに特徴的な細菌叢の構成がある ことを明らかにした。また、stage I(腐骨形成・骨露出なし)については、血行性感染が原因 の1つとして挙げられるが、本法にて多様な細菌種を検出したことは新たな知見である。 最後に申請者は、病気の発症初期から末期にわたり、種々の治療に抵抗しつつ持続的に感染 する細菌種を同定するため、全ステージで共通して検出される細菌種の検索を行った。その結 果、主に F. nucleatum、 P. gingivalis、 T. forsythia 等のグラム陰性偏性嫌気性菌を含む 38 種が、3つのステージで共通して検出されることを明らかにした。これら細菌種の多くは種々 の病原因子との関連が報告されており、申請者はこの 38 種を、治療抵抗性に関わる重要な細 菌種(コア・マイクロバイオーム)と結論づけた。 本研究成果は、既存の報告とは異なるアプローチをすることによって、今まで考慮されてい なかった多種多様な細菌の関与を初めて明瞭に示した点で高く評価できる。とくに臨床ステー ジ分類とコア・マイクロバイオームの提案については、今後の慢性骨髄炎研究の基盤になると 考えられ、難治性顎骨骨髄炎の有効な治療法の開発にも大いに寄与するものであると考えられ る。 以上のことより本論文は、博士(歯学)の学位申請を行うに十分価値あるものと認められた。 (2)