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『学習院大学 経済論集』第48巻 第1号(2011年4月)
IPO における情報と公開価格決定方式
~ブックビルディング方式はなぜ優勢な公開株価決定方式なのか?~
辰巳 憲一*
1 はじめに
新規株式公開における,2大方式であるブックビルディング方式とオークション方式(入札
方式ともいう)について,なぜブックビルディング(以下 BB と略)方式はオークション方式
に代わる方式となったのだろうか?これは数年前から専門家の間で持たれている疑問である。
そこで,本稿では,BB 方式が優勢になったのは,情報と情報に係わる費用が関係しているこ
とを情報の経済学を基に考察してみよう。
日本では,BB 方式が導入されてから,既に13年以上が経つが,オークション方式は以来行
われたことはない。それゆえ,オークション方式を滞りなく行える証券マンは実際上いなくな
り,民間会社ではいまさらオークション方式を行うことなど考えられない状況である。それに
も係わらず,文献を手繰って少し時間をかければ,業務は行えるので,オークション方式は採
用すべきでないという理由にならない。むしろ理由にしてはならないだろう。両方式の比較を
行う理由は,国債など債券では依然としてオークション制度がふつうであり,株式の新規公開
にあたって両方式の比較を行うことが必須(場合によって義務)になっている発行体が存在し
ているからである。
また,BB 方式を見直して問題点を改善していこうとする動きが幾つかの国である点も重要
である。この点についても本稿で考察してみよう。さらに,一つの応用事例として,政府保有
株式の IPO,つまり売り出しについても問題点を考察してみたい。
なお,文献を展望する際,分析に用いられたサンプルの期間は当然それぞれの研究で異なっ
ており,厳密な議論をするならば,経済的な意味も異なってくる。しかしながら,本稿ではこ
の点を厳格に議論しない。
) 学習院大学経済学部教授。Why bookbuilding in IPO is dominant? ~A Survey and Critical Comments~. 内容など
の連絡先:〒171-8588豊島区目白1-5-1学習院大学経済学部,TEL(DI):03-5992-4382,Fax:03-59921007,E-mail:[email protected]
様々な意見をいただいた,山﨑寛一ほかの方々,ならびに株式市場研究会2010年3月の参加メンバーの各
氏に,さらには話しを聴かせていただいた当該業務に携わる方々に感謝したい。
*
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2 プレーヤーと論点の展開
2−1 BB 方式という比較的新しい制度
BB 方式という制度がどのように生まれ,どのようなプレーヤーが参加しているか,簡単に
紹介して,関連する論点を展開しておこう。
冒頭にあたって簡単に説明しておくと,BB 方式とは,発行会社が希望する発行価格をもと
に,機関投資家の意見も参考にして,一定の株価範囲である仮条件(price range)がまず設定
され,引受幹事証券会社(発行会社との間で投資家への公開株式販売を引き受けた証券会社)
を通じて,投資家に仮需要を積み上げ(これが狭義の BB)てもらい,その需要状況や上場ま
での価格変動リスクを勘案して,公開価格を決定する方式である。
(1)制度と研究の動向
米国以外の先進資本主義国で BB 方式が導入されたのは,ほぼ同じ1990年代中ごろから後半
の期間である。BB 方式は多くの国にとって新しい制度なのである。
ほとんどの国で発行企業はどちらかの方式を(あるいは第三の方式が用意されていて3つの
なかから)自由に選択できる。しかしながら,日本を含む多くの国では,多く(日本ではすべ
て)の企業は BB 方式を選択してきた。
公開価格決定方式を決めるのは本来発行会社である。発行会社が行うべき決定は,市場動向
を見ながら,証券会社のアドバイスを受けながら,行われる(筈である)
。しかしながら,現
実はアドバイスを与えるに過ぎない証券会社のプレゼンスは大きい。
日本のデータで BB 方式とオークション方式の両者を比較検証した研究は,著者の知る限
り,旧証取審答申,辰巳・桂山(2003)と Kutsuna-Smith(2004)くらいなもので,非常に少
ない。
債券市場での IPO 研究はさらに少なく,世界的にも研究者の数は極めて少ない。株式と債
券の間で研究者は異なり,別のグループになっているようである。債券 IPO における両方式
の比較についても研究はないのではないかと思う。
(2)多数の関係者の存在
一般の IPO の一大特徴は,証券会社(元引受,下引受)
,投資家(一般投資家,機関投資家)
,
発行企業(経営者,大株主,その他既存株主)
,取引所,金融規制当局等など,と多数リストアッ
プできるように,非常に数多くの関係者が,情報を持っている市場参加者と持っていない市場
参加者のように,何らかの観点で強弱を持ちながら,係わることであろう。発行会社について
も,業績予想が大変良いと見込まれている企業とそれが普通の企業,に分けられる。
これらの主体の利害は一般に相互に相反する場合が多い。その場合,経済力関係が IPO の
結果に影響するものと思われる。
その他の関係者や分類区分もある。証券会社内には証券アナリストがいて投資家に対して情
報を提供している。企業財務データという情報の正しさを保証している監査法人という組織も
関係する。投資家に情報を提供するという点ではいわゆる証券の営業マンが代表する証券会社
自身の力があるが,後述のように,米国では確立された証券会社評価指標が存在するが,これ
は日本では該当しない。
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IPO における情報と公開価格決定方式(辰巳)
2−2 様々な論点
2−2−1 IPO におけるアンダープライシング
アンダープライシング(underpricing)とは,公開価格が初値より低くなる現象をいう。当
然のことながら原因は次のうちどちらかである。
①公開価格が低く設定され,取引所で初取引日に付く初値より低くなる。
②取引所の初取引日に高過ぎる価格が付く。
また当然のことながら,②に関する研究より,①に関する研究の方が断然多い。
アンダープライシングの原因については,非常に数多くの仮説が提示されるようになってい
る。もしどの仮説も,IPO アンダープライシングのほんの一部の要因をあげた部分仮説である
と主張するならば,どの仮説も失格である。この観点からは,誰も部分仮説であることを認め
ようとしないが,著者の見るところ,残念ながらどの仮説も部分仮説である。
しかしながら,いくつか共通の発見がある。まず第一に,株式市場が不振の時期でも程度の
差はあれ,アンダープライシングが観察される。第二に,採用される方式の主流がオークショ
ン方式から BB 方式に代わってもアンダープライシングが観察される,点である。
残念ながら,日本において,オークション方式と BB 方式の間での,アンダープライシング
の大きさの違いの程度は分析されていない1)。採用されている時代と採用する企業が異なり,
コントロールするべき変数が多い困難な計測になるからでもある。この点は後述する。
アンダープライシングの原因について,本稿の主題や最近の学会の関心事との係わりで,情
報と流動性という2つ観点に限って要約しておこう。
(1)勝者の呪い
アンダープライシングの原因について初めて経済分析したのは,Rock(1986)である。「勝
者の呪い(winnersʼ curse)
」を避け2),情報を持っていない一般投資家にも応募してもらい,IPO
1) BB 方式のアンダープライシングは,他国においては,オークション方式や固定価格方式のそれよりは,大
きいとする研究があると岩井(2010)は報告している。しかしながら,岩井(2010)は,多くの先行研究
を展望する労作であるが,検証方法の妥当性を議論することなく,多くの先行研究を紹介・要約するに止
まっている。
本文で後述のようなサンプル・セレクション・バイアスだけでなく,問題として異時点間の比較ができて
いない点があげられる。株式市況は時期によって違うので,時期によって企業のパフォーマンスは違って
くることになる。それゆえ,その時の株式市場と比較しないと,異時点間比較はできない場合がある。
M & Aについても景気の影響を受けることが考えられるので,何らかの対応が必要である。
IPO 期間の比較を行う場合には,個々の銘柄は期間の日数が違うので,正しく銘柄間比較を行うためには,
いくつかの変数を経過日数に応じて市場金利で現在価値に割引いて,あるいは将来価値に換算する,さら
にあるいは該当期間での年率 % に変換する必要がある。
2) 勝者の呪いとは,オークションにおいて情報保有の非対称性が存在し,より正しい情報を持っている入札
者が常に勝つから起こる現象である。次の図表にその経緯を示した。
情報を持っている入札者
情報を持っていない入札者
高い価値の IPO 会社の場合
高い入札価格を付ける
↓
落札
平均的な入札価格を付ける
↓
落札できず
低い価値の IPO 会社の場合
低い入札価格を付ける
↓
落札を避ける
平均的な入札価格を付ける
↓
落札
この結果,情報を持っていない入札者は,良い会社を落札できず,悪い会社には高い買い物をし,損失を
蒙る。Rock(1986)はこれを勝者の呪いと呼んだ。
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銘柄を購入してもらうために,主幹事証券会社は公開価格を低くする,という仮説が Rock
(1986)によって提唱され,広く注目された。楽に売るために公開価格を安くする,というこ
とである。
なお,一部後述のように,現在この仮説の妥当性について,全面的に信頼される状況ではな
くなっている。
(2)市場流動性
市場の流動性が低い(換言すれば,手持ち証券の売買が容易でない)債券では,株式とは逆
に, 平 均 的 に い つ も 公 開 価 格 の 方 が 初 取 引 日 初 値 よ り 高 い, オ ー バ ー プ ラ イ シ ン グ
(overpricing)が生じている。日本の実証と米国での実証分析の参考文献については Matsui
(2006)を参照のこと。
J-REIT の IPO では,予想されるように,株式と債券の中間のアンダープライシングが生じ
ている(辰巳(2008)参照)
。
このような現象が生じる,考えられる理由としては,一つある。債券では,低流動性のため
買い持ち(buy and hold)して満期まで保有するしかない。それが延いては投資家にとって無
リスクになる。その結果,高い新発債価格でも買える余裕が生じる,からであろう。
債券発行市場におけるオークション方式と BB 方式の選択については,著者の知る限りまだ
研究がない。また,日本の国債発行市場においては,オークション方式が採用されている。そ
の理由の解明はまだなされていない。
さらに,株式市場の流動性(様々な尺度がある)がどういう影響を IPO に与えるかの分析は,
著者の知るかぎり,存在しないのではないかと思う。
2−2−2 IPO における情報構造
(1)事前情報
IPO の前に,何らかの形で株価が付けられている,あるいは何らかの意味で値付けがなされ
ると,分析の意義が異なることになるので,分析から除外されるのがふつうである。日本では
東証 IPO を分析対象にしないのは,大証ヘラクレス・JASDAQ,東証マザーズ,からの転籍が
あるからである(東証への直接上場は少ない)
。この場合事前に企業情報の公開があり,株価
が付けられてきたからである3)。ちなみに,同じように IPO 前に株価が付けられるグリーンシー
ト市場は,取引銘柄数が少なく,考慮されることはない。
債券 IPO は,実際上,既上場企業に限られ,この意味で株式 IPO と同列には論じることは
できない。株式と債券両市場が分断されて投資家層が異なっていても,企業情報の提供は一般
に分断されていないから,債券 IPO 研究が注目する視点や関心は株式 IPO とは異なっており,
注意して理解する必要がある。
海外に関しては,英国では,Premarket と呼ばれる,上場前に短期間だが,価格付けをする
システムが存在し,研究上は別扱いにされる。
3) ちなみに,金子(2010)はアンダープライシングが生じるのは,IPO 後に株価が一体いくらになるのかと
いう不確実性があるからであると主張し,モデル化する。
しかしながら,本文で後述の英国の事例だけでなく,米国では PTS(私設株式取引所)が未公開株にまで
広がり,PTS の SecondMarket. com や SharePost. com などで未公開の Facebook 株が活発に取引されているこ
とが最近報道された。IPO 前にも株価は付いている事例が増えだしている。日本では,既に以前からグリー
ンシート株がある。
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IPO における情報と公開価格決定方式(辰巳)
(2)BB 方式における情報抽出方法
BB 方式においては,オークション方式の運営システム・運営者に代わって,主幹事証券会
社が情報を持っていると思われる組織つまり機関投資家から情報を汲み取り,情報を持ってい
ない人の需要を予想する。それによって,投資家に提示する公開価格の上限と下限(いわゆる
仮条件。米国では price range )を決めることになる。この点についての仕組みは,万国共通で
ある。
ちなみに,この IPO プロセスにおいて,機関投資家から情報の提供を受けることに対する
報酬がアンダープライシングであるという仮説も存在し,欧米では有力である。しかしながら,
機関投資家の IPO 銘柄保有が少なく,機関投資家が IPO から直接利益を受けることがない日
本では,この仮説の意義は大きくない。もっとも,形を変えた,類似の仮説は成立するかもし
れないことはありえる。
(3)
「どこが主幹事証券か」が提供する情報
証券会社の引受業務についての腕およびその評価が IPO に関する事前情報となることがあ
る。しかしながら,米国で確立された証券会社評価指標は有力引き受け業者数が極めて限られ
る日本では該当しないように思われる。
いわゆる旧大手証券,外資系,さらに最近はメガ銀系列を加えた3グループに分けられる大
手とそれ以外とには引受能力に極めて大きな差がある。日本では,証券会社評価指標よりは,
これら三者を区別した研究を行うべきであろう。
(4)アナリストの情報提供
アナリストは投資家に代わって企業情報を集め,広くマクロ経済的観点もとり入れて分析
し,投資家に銘柄を推奨して,市場の情報生産を行っている,というのが伝統的なファイナン
ス経済学の考え方である。それらに基づきなされる投資家の投資決定と売買は価格に織り込ま
れ,価格を情報的にしている,というわけである。
しかしながら,アナリストの数は証券経営の観点から限られ,当然アナリストにカバーして
もらえる企業の数も限られてくる。アナリスト・カバレッジと呼ばれる現象である。アナリス
ト・カバレッジは勢い相対的に規模の大きい有名企業に偏ってくる。それゆえ,アナリスト・
カバレッジは規模の代理変数ともみなされる傾向がある。
しかも,アナリストの実際は所属会社の利益に沿うよう行動しており,伝統的なシェーマか
ら少しずれているようである。IPO に限らず,一般的にアナリストが証券市場の情報効率性を
高めているのかどうかについて研究者の意見は分かれる。
(5)監査,上場審査などの情報
監査,上場審査の結果などというのも投資家にとって極めて重要な情報である。お墨付きを
与えたに等しい,と考えたいが,一般投資家はどれ位信頼しているのか,そもそもどう考えて
いるのかどうか,調査した研究は存在しない。
かつて米国で IT バブル崩壊の後,エンロン事件やワールドコム事件が起こった。その際,
新しさもあってデリバティブや電力市場における不正取引に関心は向かったが,重要なのはむ
しろ監査の問題であった。監査の失敗の原因として明らかになったのは,情報生産の構造とい
う観点から,情報生産に伴う費用の負担者(監査の場合は企業が該当する)と,生産された情
報を利用して利益をえる主体(監査の場合は投資家が該当する)が一致しないという問題点を
抱えていたことである。
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費用の負担者と利益をえる主体が一致しないという問題は,監査法人だけでなく,取引所や
規制当局が係わる問題でも起こっている。これらの組織がえる利益とは一体何なのだろうか。
正しく審査や監督を行っても,それがふつうという状況は誘因を損なわせる。厳しくすると,
やり過ぎと非難される可能性もある。もっとも,それなりに行っておこう,という御座なりが
幅を利かせている,と言うと評価する方が言い過ぎかもしれない。
幹事証券会社は長期的には利益をえる(引受業務での能力を示して将来の引受シェアを高め
るという意味で)主体となるので,監査法人,取引所や規制当局とは少し違っている。幹事証
券会社は証券市場のために頑張らなくてはならないのである。
2−2−3 IPO に係わる視野の長短
証券会社,経営者,大株主,投資家などの関係者のうち,長期的な視点をとれる,長期的な
視点をとらなければならないのは証券会社である。
投資家である個々人は,企業から見れば,基本的に視野の狭い短期的な視点しか持たない。
潜在的投資家を含めた投資家一般の視点は,自己の利益を顧みず市場の振興のために自己の利
益を進んで捧げるとは考えられず,またそうするべきことを期待するべきではなく,短期的で
あると捉えなければならないだろう。
経営者と大株主は,発行企業のインサイダーであり,企業の将来なら長期的視点をとるべき
であるが,同様な理由で,一般に将来の市場を育成するために長期的な視点をとれない。
証券会社が,それゆえ,実際長期的な視点から行動しているのかどうか,様々な利害関係者
の調整をしているのかどうか,もしそうならどのような調整を行っているのか,検証しなけれ
ばならないだろう。市場の将来動向を探るためには,このような検証が必要である。
2−2−4 IPO 長期パフォーマンス
初取引日以降3ヵ月後あるいは6ヵ月後の株価と初取引日株価を比較するのが IPO 長期パ
フォーマンス問題である。最近の研究では IPO 後3年まで捉える傾向がある。しかしながら,
経済学でいうところのいわゆる長期ではない。
(1)IPO リターン・リバーサル
長期パフォーマンスにはアンダープライシングとは逆方向が平均的に観測されている。IPO
リターン・リバーサルといわれる。日本のデータでの検証は辰巳・桂山(2005)を参照。
公開価格決定方式自体には,公開後の株価のボラティリティを抑制し流通市場における円滑
な株価形成を図る,という発想はない。むしろ,長期パフォーマンスの議論は IPO の割り当
てを受けられなかった個人投資家の初取引日以降の行動に関心を持っている。
(2)M&A
アンダープライシングの原因などを解明する研究はまだまだ進んでいる。Brau-Couch-Sutton
(2010)は,米国の IPO 企業のうち10%の企業が IPO 後1年以内にM&Aを行い4),それが長期
パフォーマンスの低さとアンダープライシングをもたらしたことを示した。特に,小規模 IPO
企業が IPO 直後にM&Aを行い,その結果アンダープライシングになる発見は興味ある。ち
なみに,IPO 企業がM&Aのターゲットになることは少ないようである。IPO の目的はM&A
であったケースがある,ということである。
4) なお,それに係わるM&A通貨は現金か IPO し入手した自己株式か,それとも借入金か,(あるいはそれら
の比率はどうか)という興味ある実証はまだ残されている。
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IPO における情報と公開価格決定方式(辰巳)
3 IPO の非常に多面な要素
情報に限らず,主体別に考えられる多面な要素をあげていこう。
3−1 証券会社
(1)手数料収入,売れ残りと抽選
証券会社は,引受手数料収入を確実にえて,売れ残りを少なくするために,事前には,IPO
する企業を選び,適切な公開価格(本来は公開価格決定方式の選択を含む)
,公開株数(公募
と売出の比率を含む)
,公開時期,売り捌き方法などを決定する。顧客として,発行会社や投
資家も,証券市場を重要な資金調達市場や資産運用市場と捉えるかぎり,短期的な視点ばかり
ではなく,多少とも長期的な視点を取るものと,想定できる。
公開株への応募(あるいはオークションの際落札最低価格にビッドした者)が多数になる場
合に(配分の公平性を確保するため)応募者の間で行われる抽選は,ほとんどの場合,高倍率
である。当選者が少なく,当選自体に価値が生まれる。
幹事証券会社は,この点を営業に使い,自社の利益を最大化するように公開株の分配を行う
と言われている。ここに,非競争的な要素が入り込む。抽選は実際行われていない,行われて
いても僅かな比率である,とみられている(第三者である研究者は事実を確かめようがない
が)。
(2)投資家としての主幹事証券会社
日本では,一部の VC と引受証券会社の間には系列関係が存在し,引受証券会社は VC を通
じて IPO 株を(間接的に)保有している場合がある。その結果,引受証券会社は自社系 VC が
持ち株する IPO 企業の株価から利益を上げる誘因を持つ。つまり,投資家として,アンダー
プライシングを仕組むようになる。この点は Hamao-Packer-Ritter(2000)を参照。
(3)アナリストの役割
Degeorge-Derrien-Womack(2005)は,手数料の高さやアンダープライシングの大きさの点
から,発行企業にとって必ずしも有利でない BB 方式が採用されるのは,アナリストがより蜜
に係わってくれるからであると,1993年フランスに導入された BB のデータを用いて結論した。
アナリストが発行企業を取り上げてくれるからである。このことを,既述のように,カバー
する,と表現する。アナリスト・カバリッジはオークション方式の方が少ない,ことが証明さ
れなければ,この Degeorge-Derrien-Womack(2005)説は広く妥当せず,信じられない。
3−2 投資家
投資家が投資する際には必要になる,情報に係わる費用が様々に存在する。いずれも計測が
困難な概念であるため,IPO 研究には活用されていない。
(1)情報保有,情報探索・分析等費用
公開株応募(入札)のためには,企業や市場さらには該当の産業そして経済全体に関する情
報が必要になる。情報を持っていなければ,調査等に情報探索・分析等費用がかかる(スティ
グラー(1991)参照)
。
(2)埋没費用
このような情報探索・分析等費用は,落札できなければ回収ができない。これを埋没費用と
いう。これが一般投資家にとっての問題点の1つである。
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3−3 発行会社
(1)発行代わり金
公開価格を低く設定すれば,あるいはアンダープライシングの下では,発行企業の調達資金
(発行代わり金)は少なくなる。
この点は,日本では主幹事証券会社変更のケースは少ないが,米国では主幹事証券会社を変
更する理由になっているほど重要な要因である。
それゆえ,Rock(1986)の仮説は,証券会社がなぜ発行会社の利益を重んじないか,発行
会社がなぜこれを認めるかの理由をあげ,それらを検証しなければ信用できないことになる。
もし公開価格ではなく,初取引日終値で株式を公募・売却していたとしたら,増える発行収
益の額が Loughran-Ritter(2002)が提起した MLOT(Money Left On the Table)である。もしこ
れと同じ額の収益をえられていたら,当初発行株数は少なくできたかもしれない。しかも,株
式の希薄化も少なくなり既存株主の利益も守られたであろう。
このような現象が観察されるのは,主幹事証券会社に対して発行会社は発言権を持てないこ
とが多い証左かもしれない。また,アンダープライシングは発行会社にとって望ましい,とい
う主張があるとすれば,この主張に MLOT 問題は反する。
(2)発行コスト
大規模著名発行会社にとって,発行コストは BB 方式の方が低いという研究が報告されてい
る(Kutsuna-Smith(2004)参照)
。しかしながら,後述のサンプル・セレクション・バイアス
の問題は解決されていない。
ちなみに,日本のデータによる分析ではないが,Jagannathan-Sherman(2006)は,応募者数
の不安定性,発行作業の煩雑さ,などからオークション方式が廃れたと結論している。
(3)売り出しなどでのステークホールダーの利益
IPO にあたっては公募と売り出し(secondary share offering)の組み合わせ方式がとられるこ
とが一般に多いが,ステークホールダーとしての既存株主の利益を調べるには売出し株数が全
体に占める比率が研究対象になる。この点に関しては辰巳(2007)に議論の展望とデータの日
米比較がある。
発行会社はコーポレート・ガバナンスのために,アンダープライシングを利用する可能性が
ある。株主構成を変えたり,株主への報酬を変える手段にアンダープライシングが利用される
かもしれないのである。しかしながら,既存株主に対する報酬としての意味があるならば,彼
らの株式の売り出しの価格は高い方がよい。売り出しに応じる既存株主が手に入れる価格は公
開価格である。それゆえ,アンダープライシング(公開価格が低くなる)は発行会社にとって
望ましい,という主張にこの点は反する。
さらに立ち入った構造モデルを作って検証する必要があろう。
3−4 取引所と規制当局など
(1)スクリーニング
幹事証券会社だけでなく,取引所も,投資家保護のために,発行会社に対するスクリーニン
グを行っている。しかしながら,東証では,新興市場の上場審査は1・2部より簡素化されて
いる。審査期間が短くなっている上,企業の内容について報告する項目は少なくなっている。
スクリーニングにかかるコストとの関係で,このスクリーニングが適切なのかどうか,が問題
となろう。
30
IPO における情報と公開価格決定方式(辰巳)
どの国も,幹事証券会社や取引所は発行会社に対するスクリーニングを行っている。金融規
制当局,取引所,幹事証券会社と,専門家を自負するべき,3つの巨大組織が分担してスクリー
ニングを行っているにもかかわらず,上場後事件が起きており,スクリーニングが不徹底で不
十分(場合によって不適切)であることを指摘する声がある。しかも,関係者からは反論の声
も出ない。
さらに,第4の主体として,監査法人が存在する。次の小節で解説しよう。ちなみに,監査
機能という観点では社内に監査役がいるが,IPO における彼らの役割について議論されたこと
はない。
(2)管理・政策のコスト
2000年に入ってからも,粉飾決算,反社会的勢力との係わりなど,IPO 企業の不祥事が後を
絶たない。膨大な審査・管理コストを支払ってきたのに,この始末であると言わざるをえない。
上場審査には,企業の会計監査を行う公認会計士,上場手続きをアドバイスする役割の証券
会社,最終的に上場の可否を決める取引所がかかわるが,いずれもチェック機能が働かなかっ
たことになる。
次の報道記事に載ったインタビュー文は背景となる事態を示しており極めて深刻である。つ
まり,①「監査人が間違いないという文書をつけてくるのに,取引所がいちいちそうじゃない
と調べるわけにはいかない。
」また,②監査する立場からは,
「新興企業はビジネスモデルが新
しく,従来の監査手法が当てはまらないことがある。不正のチェックが難しい。
」
もし①の紹介文が正しいとすれば,取引所の監査部門はいらないことになる。まったくの狎
れ合いであると解されてもしかたない。②の紹介文が正しいとすれば,誰が監査するのか,の
根幹が問題になる。監査のプロはそれを行うべきであり,恙無く行えるように日頃研究をし研
鑽を積むべきなのである。
管理・政策のコストを低減させる1つの方法が,後述の,シグナリングである。IPO 企業自
らが負担してきたコストを正当な使途方向に向け,自身に正しく報告させる,ことでそれがで
きる。付加的なコストをかけずに,行えるかもしれないという点が重要である。
4 公開価格決定方式を深く理解する
4−1 オークション方式
オークション方式にも次のような視点から様々な形と名称が存在する。
単一価格オークション方式(single-price auction)とその他,
入札価格と落札価格による区別。
このような視点から,いくつかの IPO オークション方式を展望しておこう。
(1)単一価格オークション方式
単一価格オークション方式は,落札価格が落札できたすべての入札者で一致するオークショ
ン方式で,落札者はすべて公平な扱いになる。
1865年に発明された pari mutuel(among ourselves の意味。mutual betting)入札方式以来の伝
統が,フランスでこのような方式を生んだ,とみられている。
しかしながら,問題が存在する。入札者は自身が入札した価格を支払う義務がないので,落
札するために高く入札する傾向が生まれる。入札する価格に,実際その額を支払ってもらうと
31
いう,責任を負わせないと,入札価格はいくらでも高くなる。その結果,落札価格も高くなる。
フランスの single-price auction 方式の場合,入札を確実に成功するためには,入札者に関す
る規模や価格分布などの情報を持っていることは必要になるが,発行会社の情報を持っていな
い入札者でも落札できる可能性が高いのは事実である。
(2)フランスの IPO オークション方式
実際のフランスの IPO オークション方式5)は,最大値と最小値を定めたなかでの,単一価格
オークションである。多くの国では,ほとんどすべての企業が BB 方式を選択してきたなか,
フランスでは過半を下回るが,かなり多くの企業は,BB 方式ではなく,オークション方式を
永らく選択してきた。
フランスに BB が導入された1993年1月から1998年8月までの期間では,204の IPO のうち
114が BB 方式,90がオークション方式6)であった。しかし,それ以降1998年9月から2003年12
月までは170の IPO のうち12がオークション方式を採用したに過ぎなかった。JagannathanSherman(2006)は,2006年にはフランスでオークション方式の採用がなくなった,と報告し
ている。
(3)
(修正)落札最低価格方式(日本)
落札最低価格が決まり,それ以上の入札価格を付けた入札者はそれぞれ自身の入札価格を支
払うオークション方式が日本などで採られている。
ほんとうに購入したい投資家は(その人の限界効用に一致した)高い価格を付けるので,経
済的にはこの方式の方が公平である。
しかしながら,日本では,落札最低価格から,さらに下げた価格に公募価格が(証券会社に
よって)決められた時期もあった。
4−2 BB 方式
(1)一般的説明
BB 方式とは,発行会社の取締役会で決定された発行価格をもとに,一定の株価範囲の仮条
件が機関投資家の意見も参考にして設定され,引受証券会社を通じて投資家の積み上がった需
要状況や上場までの価格変動リスクを勘案して公開(あるいは売り出し)価格を決定する方式
5) フランスでは,BB 方式と単一価格方式 a fixed-price mechanism(Offre à Prix Ferme)以外に,オークション
方式 an auction mechanism(Offre à Prix Minimal)がある。後者のオークション方式は,以下のように,むし
ろ単一価格方式を拡張した方式といえる。
In auctioned IPOs, a minimum price is announced a few weeks before the offering. Investors are then asked to submit
orders, which contain a quantity and a limit price above the minimum price. Unlike indications of interest submitted
for book-built offerings, these orders cannot be withdrawn before the offering. The orders are collected by the Paris
Bourse. A few days before the IPO date, the Paris Bourse sets a maximum price, above which orders are eliminated,
and proposes several IPO prices to the issuer. The goal of this maximum price is to prevent investors from free-riding
on the mechanism by placing orders at very high prices to get IPO shares that are underpriced on average.
There is no written rule as to how these IPO prices are chosen, but discussions with issuers and Paris Bourse
employees suggest that they are set slightly below the market clearing price. Regardless, the issuer and underwriter
choose the IPO price from the set of prices proposed by the Paris Bourse. All orders with prices above the IPO price
and below the maximum price are served at the IPO price, and rationing occurs on a pro rata basis.
6) ちなみに,この期間フランスでは,オークション方式が採用される業種の集中度は小さいが,上場取引所
(具体的には Second Marche に集中)や主幹事証券会社(具体的には Banques Populaires に集中)は比較的
偏っている。
32
IPO における情報と公開価格決定方式(辰巳)
である。
現在ほとんどの先進国は IPO の公開価格決定方式として BB(ブックビルディング)方式を
採用している。公開価格決定がオークション方式から BB 方式になっても,ほとんどの国でア
ンダープライシングが観測されている。それゆえ,公開価格決定方式選択自体はアンダープラ
イシングとかかわり無い。公開価格決定方式選択に際しては,アンダープライシング現象を考
慮しなくてよい,のかもしれない。
(2)日本の公開方式について
日本への導入前に,BB 方式を提言した旧証取審答申はオークション方式と BB 方式を十分
比較したわけではない。その答申で謳われた BB 方式のメリットは,導入直後2年間をみる限
り,現れていない(辰巳・桂山(2003)
)
。日本で実績がなく,諸外国でも経験が浅い BB 方式
に確定した意見を述べることなど不可能だったのである。
仮条件が銘柄ごとに時期に応じて設定されるが,IPO ブームの時期には多く案件が上限に張
り付く。IPO ブームであるかどうかに応じて仮条件を上下に動かせばよさそうなのに,そう
なっていない。むしろ,公開価格は仮条件の上限に張り付くのが儀式になってしまっている。
これでは,仮条件の意味はなくなっている。
BB 方式には(「にも」というべきか)
,仮条件決定にあたって証券会社のフリーハンドが含
まれている。このフリーハンドが良い方向に機能すれば良いのだが,どうもそうならないよう
である。
米国では,日本や欧州とは全く違って,制度的に許されることもあって,仮条件の変更・修
正が(仮目論見書提出以降,本目論見書提出までの期間に)度々なされる。また,仮条件の価
格範囲からはみ出すことも度々ある。誰も将来の事は100%わからないことを前提すれば,こ
れらは軽蔑すべき可笑しなことではなく,正しい株価を求めて幾度か変更・修正してくれてい
る,という解釈もありえるのではないかと著者は思う。
日本では,ほとんどのケースで仮条件の上限に張り付く結果,そうでない場合「何かあるの」
ということになる。その結果,変な疑いを持たれることを避けるために,益々上限に張り付く
ことに志向するようになる。また,仮条件の幅を,他より広げることは,
「株価予測に自信が
ないのでは」と幹事証券会社の能力が疑われ,なかなか出来ない。このような環境のなかで,
仮条件の変更・修正を行うことは,仮に制度的にできたとしても,
「失敗」と看做される,の
ではないか,と思う。
5 2方式比較の要約
5−1 主幹事証券会社
BB 方式の下では,主幹事証券会社は発行会社や投資家との関係において,どのような機能
を果たしているのか,どのような目的関数を有しているのだろうか。ここで,再確認しておき
たい。
証券会社は,手数料収入を確実にえて,売れ残りを少なくするために,事前には IPO でき
るかのどうかの判断から,適切な公開価格(公開価格決定方式を含む)
,公開株数,公開時期,
売り捌き方法などを決定する。この点に関しては,顧客として,発行会社や投資家も,短期的
な視点だけでなく,長期的な視点も取るものと,想定される。
33
短期的な視点では,すべての関係者の利害が一致しないのが普通である。この利害不一致を
長期的に解消する何らかの方策がとられる必要があるが,実際何らかの方法をとっているもの
と思われる。
ここで問題にしたい点は,
「売れ残るリスクを抱えてまで在庫を持つか,それとも売り逃す
リスクがあっても在庫を減らすか」という販売業につきもののジレンマを主幹事証券会社はど
れくらい経験しているのか,という点である。
売れ残り在庫を持たない,しかも何時も持たないことが引受業務における最高位の狙いに
なっている,のではないかと思う。そのため,公募・売出株数は控えめにされ,投資家の「購
入したい」という要求を満たしていない,結果になっているのではないかと思う。そして,証
券会社は受け取る手数料に比較してリスク・ヘッジをし過ぎている(リスクを十分取っていな
い)といえるのではないか,と著者は思う。この点は後に触れる。
5−2 以上の論点のまとめ
各主体にとって,2方式の望ましさはどう変わるか,以上の論点を図表1にまとめてみよう。
この図表に現れない論点は次になる。
オークション方式⇒経済的には公平(情報デバイドがないという前提のもとで)。しかしなが
ら,落札価格分布が上に偏る(業績予想が大変良いと見込まれている企業
に関してのみ)という特徴(欠点)がある。
BB 方式⇒ 投資家からみれば情報探索・分析等費用が安いが,社会的にみて,それが正しい
かは検証するべき事柄である。
いずれの公開方式にも現れるアンダープライシングは,①手数料収入が少ない,②系列 VC
の利益につながらない,③発行代わり金が少なく,④売り出し価格が低くステークホールダー
の利益につながらない,などの点から証券会社にとっても,発行会社にとっても,必ずしも好
ましいものではない。
図表1 IPO2大方式の比較
BB 方式
オークション方式
証券会社 手数料収入,売れ残りと抽選
投資家としての主幹事証券会社
投資家
アナリスト
△
情報探索・分析等費用と埋没費用
◎
発行会社 発行代わり金
○*
売り出しなどステークホールダーの利益
○*
注)◎=大変望ましい,○=望ましい,△=多少望ましいこともありえる,を意味する。
*=業績予想が大変良いと見込まれている企業に限る。
34
IPO における情報と公開価格決定方式(辰巳)
6 政府保有株式の IPO
6−1 お墨付きを超える
政府保有株式を IPO(売り出し)する場合を,次に,重要な一つの具体例として考察してみ
よう。
(1)お墨付き仮説
IPO では,お墨付き(certification)仮説が知られている。お墨付き(certification)仮説とは,
米国で評価の高い引受証券会社やハンドオンする株主ベンチャー・キャピタル(VC)が果た
す役割の効果である。VC が係わると,やはりアンダープライシングは生じるが,他のケース
より小さいことが,Meginson and Weiss(1991)などによって検証された。
政府保有株式の IPO では,お墨付きと同様な役割を,政府が果すことが予想される7)。考え
られる理由は,政府・政権与党は情報を漏れなく収集しており,国益のための経済政策遂行に
それらを有効に使うという,想定が一般には普通に持たれている。これが正しいかどうかでは
なく,このような想定が前提となっているからである。それゆえ,政府が関係する(した)か
ら公開価格を多少高くしても売れる,からである。売り出し人が政府であるため,公開価格を
敢えて低めに設定する必要はないだろう。公開価格が可能な限り高くなるわけではなく,でき
る限り低く抑える意向は証券会社などから出てくるように思われる。その結果,アンダープラ
イシングは生じる,だろう。
少し安い目の公開価格で一般投資家が買えるだけでなく,購入希望が殺到し,公開株応募か
ら溢れた投資家は初取引日に殺到し,買いが膨らむことが多いにある。それゆえアンダープラ
イシングは確実に生じると解釈できるのである。いずれにしても,アンダープライシングが生
じる。
(2)応募倍率の考察
直前に述べた応募倍率について,企業が IPO する場合の決定因と比較して,政府保有株式
の場合はどうなのかを考えてみよう。
まず民間企業の場合から見てみると,応募倍率には,IPO 企業が属す産業の特性,IPO 収益
の予定使途,株主構造などが影響するが,特に証券会社のマーケッティング努力,が大きい。
米国では(参考文献は省略)
,応募倍率が低ければ,アンダープライシングが大きくなってい
る証拠がある。さらには応募倍率が低過ぎれば IPO からの撤退が起こる。さらに,評価の高
い証券会社が係わる場合はアンダープライシングが小さい。公開価格が高めでも,十分売れる
からであろう。ただし,これは,応募倍率が低い時に顕著である。
政府保有株式の場合,所属産業,発行益の使途,などの要因を超えて,政府が株主(である)
だったという点が大きな意味を持つ。証券会社は,政府保有株の放出という点をセールスポイ
ントにして大マーケッティングをかけるだろう。その結果,応募倍率は高くなり,抽選に溢れ
た投資家が初取引日に殺到するかもしれない。
7) 政府保有地の放出とは違った局面がある。土地については,売却予定地住所がわかれば,多くの重要情報
が書類調査や実地調査でわかる。未公開・非公開企業については,情報公開されていないため,そうはい
かない。
35
6−2 民営化 IPO
政府が経営する企業が株式公開する場合は上と何か違う点はあるだろうか。
民営化 IPO においても,アンダープライシングが海外のいくつかの国では観察されている。
しかしながら,それぞれの研究のサンプル数は10前後と極めて少なく,計測結果の信頼性は高
くない。
7 その他の課題となる幾つかの論点
7−1 実証研究が困難な理由の1つ〜サンプル・セレクション・バイアス
企業が IPO を選択する要因は,いくつか知られている。金利が高い,それゆえ負債での調
達が高くつく時期,株式市場が沸いている(Hot な)時期,負債(比率)を減らしたい時期,
企業は IPO を選択する,とみられる。しかしながら,考慮するべき根本的な事柄は,これ以
外にある。
一般に,以下の意味で,サンプル・セレクション・バイアス(sample selection bias)がある。
企業は,IPO するか,公開会社へ売却(sell-out)するか(特に米国の場合)どうか,を比較し
ている場合もある。さらに,ふつう公表されない,IPO を延期する,IPO しない,という取締
役会決定もモデルに含めなければサンプル・セレクション・バイアスがあるというべきである。
これらの視点が組み込まれていなければ,IPO 企業の特徴の一部を記述することにはなるが,
IPO しなかった企業の特徴はわからないし,それとの比較もできていない。さらに IPO に係わ
る意思決定を記述するモデルには到底なっていないのである。これがサンプル・セレクショ
ン・バイアス問題である。
株式割当発行(rights issue)も企業の選択肢にしたモデル化が必要である。グローバル企業
については IPO する取引所(あるいはさらに online IPO)を選択する必要がある。さらには,
債券発行,銀行借り入れも含めた,資金調達全体をモデル化することも必要である。これは無
意味にモデルを広げるべきであると言っているのではなく,そうしないと特別な企業だけを選
んで分析したサンプル・セレクション・バイアスが存在すると言っているのである。
公開方式選択のモデルについても同様である。特に日本では,1998年以後は BB 方式,以前
はオークション方式,だけの採用とはっきり分かれ,比較対象の企業がまったく存在せず,研
究は困難な状況である。
これらすべての可能性を考慮した一般均衡分析は大変困難であり,それゆえ,ほとんどの分
析は部分均衡分析に止まっているのである。
サンプル・セレクション・バイアス問題を解決する1つの方法は,比較対象にする企業など
をどのように選ぶかという,マッチング(matching)技術である。最近は,それには複数の方
法が考案されている8)。
8) 応用文献として Guo-Hotchkiss-Song(2009)をあげるだけにして,最新技術の1つを詳しく説明しておこう。
Lie(2001)と Grullon-Michaely(2004)のマッチング手法が,LBO 対象企業(被M&A企業),自社株購入
(repurchasing)企業,買収防衛策導入企業の特徴を浮かび上がらせるために,比較対象企業を選ぶ,などの
目的で,広く適応されている。事象はこれらに限られるものではなく,広く応用できる。
営業利益(operating performance)
,ROA,EBITDA / 資産簿価の2期移動平均,などの利益・利益率変数が,
2つの企業グループで異なるかどうかを検証したいとしよう。マッチングする企業(比較企業)は,次の
36
IPO における情報と公開価格決定方式(辰巳)
7−2 IPO「市場の失敗」
(1)レモンの市場である IPO 市場で何が起こるのか
発行企業は,当然,自身を良く見せようとする行動をとる。これはシグナリングと呼ばれる
行動の一つの例である。特に,業績が芳しくない企業の場合はさらである。粉飾まで至らない
利益管理,ISO 取得,IR の徹底,などがその手段となる。
業績が芳しくない企業が,優良企業のように振舞うには,IPO にあたって新株購入への応募
が多いようにするのが1つの方法である。その具体的な手段として,公開価格を低く設定する
方法がある。業績が芳しくない企業も,公開価格を低く設定するのである。これによってアン
ダープライシングが広く多くの企業で生じる。この場合,アンダープライシングを生じさせる,
つまり公開価格を低くするのは,当該企業の価値を自ら低く設定する(それゆえ,それをその
まま受け取れば自ら低評価を宣言する)ということではなく,株式購買人気を実際上掘り起こ
すためである。そのために負担するコストが,アンダープライシングなのである。
その結果,大きな問題がもたらされる。高業績になる確度の高い企業が,業績予想が良いと
投資家からみなされない,他の低業績企業と区別されない可能性が生じるかもしれないのであ
る。それゆえ,公開価格によって,そうである情報を提供できなくなるとすれば,高業績企業
が IPO を断念することもあろう。レモンの市場9)で起こった高品質商品(IPO の場合は高価値
企業)が市場から消える(IPO の場合は IPO 市場に入ってこない)現象が,IPO 市場でも,こ
のようなメカニズムで起こりえるのである。
ような手順で選べばよい。コントロールするのは,所属業種,MTB(market-to-book ratio,つまり market
value of equity divided by book value of equity)あるいは規模変数,などである。
ROA を比較変数にし,所属業種と MTB をコントロールするケースで,解説すると,
(1)事象が起こる1期前の ROA の変化(△ ROA)が上下20%まで乖離している,
(2)同じ業種に所属している,
(3)事象が起こる1期前の ROA の水準が上下20%まで乖離している,
(4)事象が起こる1期前の MTB が上下20%まで乖離している,
企業を選べばよい。それで数が揃わなければ,(4)から順に落とし,選んでいけばよい。(4)を落とし
た後の落とし方には,従来は業種(2)を重視してきたが,様々な方法があろう。
これらの選択基準のうち,(1)は企業のモーメンタムの存在を捉え,(3)はミーン・リバートの存在を
捉える。(2)と(4)は従来から共通にとられてきた選択基準である。
比較企業を1社に絞込む場合は,さらに,絶対格差の単純和,
を最小にするという基準を適応する。
9) レモンの市場とは,ジョージ・アカロフ(米 UC バークレー校)教授が分析し,情報の非対称性の経済分
析の嚆矢となった研究で,中古車が例にあげられた。なお,レモンには果物以外に不良品の意味がある。
売り手が,その商品に関する情報(良い情報も悪い情報も)を知っているが,買い手はそれを知らないと
いうような状態を情報の非対称性と呼ぶ。
情報の非対称性の状態では,売り手は良品を満足できる価格で売れない。買い手はそれを知らないからで
ある。そして,市場に出回るのはその市場価格で売っても良い不良品のみになる。このような市場がレモ
ンの市場である。レモンの市場は,売り手と買い手の情報の非対称性により,良い物が市場に出ず,悪い
物だけが市場取引されることを指す。
37
(2)スクリーニングと IPO サイクル
引受幹事証券会社の側でも,次のような問題が生じる。IPO 候補企業を十分スクーリングし
なくても,公開時期,公募・売出株数,公開価格,などの多数の方策を調整すれば,引受幹事
証券会社が被る売れ残り(在庫保有)リスクを回避できるようにできる。これによって幹事証
券会社自身はリスク問題を回避したようにみえるが,影響は他に及ぶ。
いずれ時期がくれば,IPO 件数が増える。その後も公募・売出株数は少なめ,公開価格は低
めのままで,暫時 IPO ブームになる。日頃から世界で起こっているアンダープライシングが
このようなメカニズムの存在を暗示している。
IPO ブームは暫くの間個人投資家(場合によっては,その思い込みと表現した方がよいかも
しれない)によって支えられる。しかしながら,何らかの要因あるいは資金的制約のために
ブームを支えることが不可能になると,ブームは崩壊する。その要因のなかには,株式市場に
おいて,株価低下や低迷が長びくことにより先行き不透明になり,新興市場に悪い影響を及ぼ
すことが含まれている。
その結果,IPO 市場は縮小する。そして,大きな切っ掛けが幸運をもたらさない限り,低迷
し続け,IPO 市場は機能を停止する。
(3)自己選択を促す制度が必要
実際の IPO 件数の2倍から3倍の数の企業が,IPO を希望し,主幹事証券会社や取引所によ
る検討の最終段階近くまでいっているという推測が業界では最近ささやかれる。企業が,IPO
できなかった理由として,J─ SOX 対応の負担が重過ぎる,等が挙げられる。IPO を申請し
たが不受理の理由の説明がない──などさまざまな理由で再審査にまで行けない。
他方で,IPO 企業の上場後の不祥事発覚が後を絶たない。それゆえ,少なくとも言えること
は,引受業者のヘッジが不適切であることであろう。そして,発行企業は必要とされる情報を
開示していない,ということである。
先の(1)で展開したような「レモンの市場」現象に対して,主幹事証券会社が,情報仲介
者として(社会的に)最適に行動するとすれば,どのような結果が生じるのだろうか,これは
興味ある研究になろう。例えば,主幹事証券会社が発行企業に対して,自己選択を迫るような
行動は IPO 市場に実際あるのかどうか,その自己選択の内容はどのようなものなのか,など
の研究が挙げられる。これらは自明ではない。
例えば,コミットメントライン(特定融資枠)契約で提案され注目された自己選択のメカニ
ズム10)から類推すれば,質の劣る企業は発行売れ残り量(株数)に手数料がかかるような仕組
10)企業が事前と事後に手数料を支払う代わりに,あらかじめ定められた期間と限度額の範囲内で,いつでも
必要な額の融資を受けられることを銀行が約束した契約であるコミットメントライン(特定融資枠,loan
commitment, committed line of credit あるいは credit line)契約は,流動性ショック対策としても注目されて
いる。そして,コミットメントラインの当初に(upfront)支払われる手数料に,銀行が企業に対して行うス
クリーニングのメカニズムがあり,また事後に支払われる手数料に企業が自らの質を銀行に対して表明する
自己選択のメカニズムがあることを Thakor and Udell(1987)と Shockley and Thakor(1997)は指摘している。
後者を詳しく説明すると,もし未使用(undrawn,引き出されていない)残高に手数料がかかるようなら,
事業拡大能力がない企業はこのような仕組みのコミットメントラインを望まない。むしろ使用(take-down,
引き出した)残高に対して比例的な手数料を支払う仕組みを望む。このような形で,借り手のプロジェク
トの質が顕示される。ちなみに,事業能力がある企業が融資枠を必ず100%使い切るとは限らないので,こ
のメカニズムには多少は不明確な点は残される。
38
IPO における情報と公開価格決定方式(辰巳)
みの発行手数料体系を望まない。また,発行予定量(株数)ではなく,むしろ実際の売却量(株
数)に対して比例的な手数料を支払う仕組みを望む。
このような形での発行手数料体系を含む,様々な手数料案を提示し,発行企業に選ばせれば,
発行企業の質が自ら顕示される。
ちなみに,実際は幹事証券会社の買い切り発行方式が主流で発行手数料体系に自己選択のメ
カニズムは,現在のところ,存在しないというべきである。
既述のように,引受業務にはリスク回避手段が数多く存在している。それ自体は好ましいが,
それらをほぼすべて使い切っている。その結果,シグナリングの手段を引受業者自身が自ら消
滅させている。さらに,引受業者がへッジし過ぎて IPO が少なくなっている,のではないか
という予想も成り立つ。引受方式から見直すべきかもしれない。
今更,見す見す売れ残るような仕組みを証券会社はとらない,だろう。リスクをとって,そ
の見返りが証券会社にあるのか,という問題もある。他方,失敗した時の損失負担は誰がする
のか,という問題もある。
そこで,証券会社だけでなく,発行企業にもリスク負担の責任を持たせ,売れ残りを自己負
担させる制度的な仕組みを作らなければ,ならないのではないかと思う。それでは,発行会社
は益々市場から離れていくと心配する向きはあろうが,現在起こっている問題は,発行会社の
方だけでなく,投資家の方にもある。それは投資家の不信である。それを払拭するために,行
うべき事柄にまず衷心するべきなのである。
7−3 投資ファンド行動を参考に考える
(1)行動に関する情報の非対称性をどう打破するか
投資ファンドは,投資対象先との間の情報の非対称性を小さくするように,事前審査を詳し
く行っている。それだけでなく,行動に関する情報の非対称性から由来するモラル・ハザード
(粉飾決算や書類作成のサボタージュなど)を防ぐために,役員を派遣したり,インセンティ
ブ・システムを取り入れたりしている。
投資ファンドは,投資契約を結んだ後も,その相手先経営者が優良であり続け,そう行動す
るようにするインセンティブ・システムを,とっている。例えば,契約期間中業績が上がれば
役員手当(ストック・オプションなどによって)を増額したり,追加出資をしたり,業績不振
になったときにその役員手当を減らし損害の一部を自己負担してもらう,などの方策によって
いる。
能力のある管理者の引き抜きを避けるために,業務を遂行し続ければボーナス(stay bonus)
を役員に差し上げる,という方法も企業自身あるいはファンドによって採られている。
取引所も,このような方向で努力しているという意見があるかもしれない。実際,株価が
3ヵ月以上10円未満で,5年連続営業赤字であるなど,業績不振のまま上場を維持している企
業は退場させる上場廃止基準が設けられる(早いケースとしては大証が2011年4月から導入予
定)ようになっている。しかしながら,上場廃止を進めるだけでは駄目である。IPO 直後に行
われる,前向きのモニタリングや経営者に対するインセンティブ・システムが取引所では,無
いに等しい11)。
11)唯一インセンティブ・システムと考えられるのは次の10%基準である。東証マザーズでは上場銘柄の品質
維持を図るため,業績・流動性などの著しい悪化により投資不適格となった銘柄の上場廃止に関する基準
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その結果,日本の2000年代前半の IPO ブームで急増した新規上場企業が,最近増えている
上場廃止の一部を構成している,という見方がある。
(2)ファンドは長期的視点を持っていないのか
投資ファンドの欠点として長期的視点を持っていない点が指摘される。ファンドは,投資先
が力をつけるまで,あるいは力を回復するまで,時機を待つ余裕がない,と世上考えられてい
る。それゆえ,ファンドをわれわれの行動師範とするべきでない,という考えがあるかもしれ
ない。ファンドは本当に長期的視点を持っていないのか,参考に一つの研究を紹介し,この考
えを改めるべきことを説明しよう。
買収先企業が保有している特許を,ある意味,ファンドが育てるという長期的視点を採って
いることを Lerner, Sorensen and Stromberg(2010)は膨大な特許データをプライベート・エク
イティやバイアウト・ファンドのディールと係わらせて検証した。彼らによると,特許,しか
もオリジナリティが高く,一般性のある特許を重視してR & D支出を偏らせているそうであ
る。
この研究は特許が関係するようなハイテク企業に限った研究であって,特許を持たない流通
業,ホテル業,レストラン業などには直接適用できない。これら業種はキャッシュフローが豊
富な企業群であってファンドはそれを狙って買収すると従来言われてきた。それゆえ,ファン
ドは短期的な視点しか持たないと理解されてきた。
しかしながら,企業が確立した(あるいは確立しようとしている)ブランドに注目すれば,
適切なデータがあるかないかによるが,特許と同様な分析を適用できるように思える。企業の
成長は,特許とR&D支出に代表されるようなイノベーションだけでなく,ブランドさらには
マーケッティングによって達成されるからである。
つまり,ブランドを守るために企業は広告費などの支出を行う(行ってきた)。それゆえ,
経営を引き継いだファンドが広告費に対してどういう態度をとるか,検証してみればよいだろ
う。これらの研究の将来に期待したい。
(3)ファンドは情報格差を埋めるのか
これまでの議論のなかの,投資ファンドと投資先企業との間に,一般(個人)投資家を視野
に入れ,三者が絡む世界を考えてみよう。
ベンチャー・キャピタル(VC)が支援する企業の IPO では低いアンダープライシングが観
察されることが多い。それゆえ,低いアンダープライシングは株式市場の一般投資家が投資
ファンドの金融仲介機能を評価した結果であると考えられている。ちなみに,著者の知る限り,
VC ファンド以外のファンド,例えばバイアウト(BO)
・ファンドについては同様な研究は存
在していないようである。
企業と投資家の間には,情報保有の非対称性が存在する。ファンドが投資しているという情
を定めている。そのなかに,次にあげる IPO 後上場廃止10%基準がある。
2009年11月9日以降に新規上場した東証マザーズの上場会社に限るが,上場後3年を経過するまでに新規
上場の際の公募の価格(新規上場の際の公募の価格について,東証マザーズが適当と認める場合には,株
式分割,株式無償割当て,株式併合その他の行為の影響を勘案して修正を行う。)の10%未満となった場合
において,9ヵ月(事業の現状,今後の展開,事業計画の改善その他東証マザーズが必要と認める事項を
記載した書面を3ヵ月以内に東証マザーズに提出しない場合にあっては,3ヵ月)以内に当該価格の10%
以上に回復しないとき,東証マザーズでは上場廃止になる。
40
IPO における情報と公開価格決定方式(辰巳)
報が公開されると,それによって,投資先企業がファンドに認められて,将来成長する礎もえ
られた,と理解される。これをもって,企業と投資家間の情報格差をファンドは埋めるという
言い方がなされる。しかしながら,注意しなければならないのは,ファンドが持っている情報
のすべてとは言わないまでも,ほとんどが公開され,一般の市場参加者に知らされるわけでは
ない。ファンドが提供する情報は,良いか悪いの丸バツの情報,つまり単純シグナルと言われ
る情報に過ぎないのである。
(4)どうすればよいのか,その他のまとめ
それでは,どうすればよいのだろうか。残った課題を最後に展開してみよう。独立系ファン
ド,上場審査のスピード化,証券会社の販売努力,がポイントである。
米国におけるような機能を果たすファンドが多く存在しないのが,日本の欠点である。IPO
市場の整備とともに,独立系ファンドの育成は急務である。IPO 市場とファンドは新興企業
ファイナンスにとって車の両輪なのである。さらに,単なるファンドではなく,独立系ファン
ドが,そして層の厚い多数の独立系ファンドが必要な理由は辰巳(2005)の最終章に展開して
いる。
企業の出口戦略はその特性によって次のように違っている点は,これらの方策でさえも万全
ではなく問題をかかえていることを示唆している。つまり,成長企業は IPO を選び,特許を
多数保有するなど untanngible 資産を持つ企業や(例えば,超ハイテクで,製品の質が一般大
衆には不明であるような)情報非対称の企業は,未上場(プライベート)に止まる傾向が指摘
されている。これは,ファンドでさえも出る幕はない場面があることを示唆している。ファン
ドの機能が果たされない可能性があるということである。
上場審査に時間がかかりすぎるという,上場審査のスピード化の問題もある。VC が係わっ
たベンチャー企業には審査を簡素化するなど,審査スピードをアップする方策も一部の取引所
でとられ始めているが,余りにもファンド頼りで,取引所の本来機能を高める方向での改革で
はない。
IPO 株式については,証券会社の販売努力が足らないのではないか。米国では証券会社の
マーケッティング力という言葉で語られるが,日本の証券会社は,あるかないかわからない,
マーケッティング力に胡坐をかいている12)のではないか,と思う。売る株数を絞ってきたから,
いつも人気があり,売る努力をしなくても売れたので,販売努力はしてこなかった,という意
見に対して証券会社はどう反論するのであろうか。
12)書店を例に説明しよう。町の書店は,出版社・取次から送られてきた本を店の棚に並べ,売れなかったら
返本する。書店はユーザー(読者)がどのようなコンテンツ(書籍)に興味を持つかのデータを直接える
ことができる現場には居るが,それを考える必要がない,ただの販売代理店,あるいは貸棚スペース業に
なっている。決定することは,本を書棚でどう回転させる(どの本を受け入れ,何日で入れ替える)かで
ある。その結果,書店は経営力を失い,多くはいずれ町から消える運命になった。
返本できない,とすると起こる事柄は次のプロシクリカル(procyclical)なメカニズムになる。売れ残りが
生じれば,次々に書棚に溜まってくる。それゆえ,売れ残りが厭であれば,仕入れを少なくする。少なく
仕入れ,いつも短期間で売り切る。このやり方は,人気のあるうちは,次々注文が貯まっていき,問題な
いが,何らかの切っ掛け(例えばライブドア事件で新興企業への信頼が揺らぐ)でブームが去ると,小量
仕入れのため縮小していき,消滅の危機に瀕する。これを打破するのは,販売努力である。
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7−4 IPO 実務への示唆
(1)新規株式公開に当たり,
(売出人の観点から)純売却収入の最大化を図るためには,オー
クション方式と BB 方式のどちらが優れているのか。
上記の理由により,確実にどちらとも言えないが,多くのケースでオークション方式の方が
売り手に有利であるようである。
政府保有株の放出に関して,売出価格(公開価格)が多少高くなる傾向があるとすれば,オー
クション方式の方が純売却収入は増えそうである。
(2)新規株式公開に当たり,より適切な(市場実勢を反映した)売出価格(公開価格)の設
定のためには,オークション方式と BB 方式のどちらが優れているのか。
この観点がアンダープライシングの議論が関心をもっている点である。一般的にはどうなる
か不明であり,ケースバイケースである。オークション方式と BB 方式のどちらの方が,アン
ダープライシングが小さいかの(学問的に正しい)日本の研究はない。
政府保有株の放出に関しては,売出価格(公開価格)が他の同等の IPO と比較してほとん
ど同じレベルの高さになる傾向があるとすれば,それを抑え,適切な(市場実勢を反映した)
売出価格(公開価格)にするためには BB 方式が有効かもしれない。
(3)新規株式公開後の株価のボラティリティを抑制する(円滑な株価形成を図る)ためには,
オークション方式と BB 方式のどちらが優れているのか。
一般的にはどうなるか不明で,ケースバイケースである。研究上の論点になっていない。公
開価格の影響は,長く引きずらないという想定があるかもしれない。この仮説が正しいことは,
直接証明されていないが,効率的市場が成り立つ限り,成立する。
(4)BB 方式により新規株式公開を行う際に,配分の公平性を確保するために,どのような
対策を講ずることが必要であるのか。
抽選の更なる徹底が必要である。BB 参加者全員だけに公開する抽選会などを開催すれば幹
事証券会社は身を引き締めるのではないかと思われる。
手数料に関しては,オークション方式で主幹事証券会社を決め,証券会社間での競争が維持
されるように,その他売り捌き証券会社の選択は一社に任せてしまい,他社の監視の目を利か
せる(日本的競争)という方法も有効かもしれない。
8 まとめ
ライブドア事件で委縮した日本の新興市場と IPO は,引き続きリーマン・ショック,など
が起こり低迷した。さらに,2009年以来2年続く民主党政権によって,2011年を迎えても,ま
だ立ち直れないままである。
なぜ適切な IPO 企業を見出せないのだろうか。その根本原因は,将来のことは誰も100%正
しく予測できないのが理由である。しかしながら,なすべきことが全く無いわけではない。
BB 方式を見直すべき時期がきているだけでなく,広く IPO に係わる制度にも改善の余地は
ある。情報の経済学をもっと使うことである。スクリーニングはある程度昔から採られている
策であるが,その効果を長期的に捉えてこなかったきらいがある。シグナリングや行動情報保
有の非対称性を緩和するインセンティブ制度なども活用する必要がある。それに伴って,証券
会社の行動も正常化するようにすることが必要であるように思える。
42
IPO における情報と公開価格決定方式(辰巳)
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