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廖美華 博士論文審査要旨
廖美華 1. 博士論文審査要旨 論文の主題と構成 廖美華さんが提出した博士論文は「日本と台湾の株式市場における値幅制限の分析」で あり、以下の7つの章から構成されている。 第1章 はじめに 第2章 値幅制限の歴史と現状 第3章 東証1部株式市場における値幅制限の分析 第4章 東証1部株式市場における異なる値幅制限の影響 第5章 台湾 IPO 株に関する値幅制限と価格発見機能 第6章 台湾 IPO 株に関する値幅制限撤廃の影響 第7章 結び タイトルのキーワードである値幅制限とは、証券価格に上限と下限を設定するものであ り、価格安定化効果および一時的パニック状態からの冷却効果を意図し、行政当局により 導入されたものである。株式市場においては、日本を始めとし、台湾、韓国、中国などの アジア外国市場さらにはヨーロッパを含むいくつかの新興国市場において採用されている。 いっぽう、英米の株式市場においては、そのような制限は存在せず、市場効率性の観点 から値幅制限は好ましくないものとして議論されてきた。これまで、その議論を支える仮 説として、 (1)ボラティリティ・スピルオーバー仮説、 (2)価格発見阻害仮説、 (3)流 動性(取引)干渉仮説、の3つの仮説が提起されてきた。 本論文は、上記3つの仮説をもとに東証1部株式市場そして台湾株式市場の IPO(新規 公開)株を対象とし、実証分析を行ったものである。その結果、東証1部においては、Kim & Rhee と同じく上記3つの仮説が支持されることを確認し、また、台湾 IPO 株について も、若干上記と異なる実証方法ではあるが、値幅制限は市場効率性の観点から支持される ものでないことを実証した。 本論文作成にあたり、副査としての有馬教授、二上教授、さらには久保教授の指導があ ったことを記す。 1 2. 論文の概要 廖美華さんの博士論文は、日本と台湾の株式市場における値幅制限の影響について実証 分析を行っているものであります。その過程において、値幅制限の歴史についても詳細な 報告がなされております。 とりわけ、彼女は次の事実に着目しました。それは、台湾 IPO 株に関して、2005 年 3 月から、上場後 5 日間(1 週間)値幅制限が解除されたというものでありました。値幅制 限研究者にとってはまさに実験計画法によりデータを測定できる状況が実現されたに等し いものと考えられます。5 日間値幅制限撤廃という 2005 年 3 月を境にし、その前後の IPO 株に関する実証分析を行うことにより、また、2005 年 3 月以降について、値幅制限が存 在しない 1 週間内と値幅制限の存在する 1 週間後以降の株価の動きを比較分析することに より、値幅制限の影響について詳細な実証分析を行い、値幅制限撤廃を示唆する実証結果 の報告がなされています。 まず、第1章において、値幅制限についての問題意識を述べるとともにこの問題につい ての十数編の先行研究のレビューがなされている。そして、先に記した3つの仮説につい て、その内容そして測定方法について詳述し、それ以外の仮説についても紹介がなされて いる。第2章においては、世界の株式市場での値幅制限の採用、非採用の現況が紹介され、 日本および台湾における値幅制限に関する歴史が記述されている。株価安定化効果および 冷却効果を意図したものではなく、当初、株価低下防止策として値幅制限が(下限に対す るのみ)導入されたことは興味ある事実であろう。 株式市場を対象にした値幅制限に関する実証分析は、Kim & Rhee 論文が最初である。 彼らは東証1部(1989 年~1992 年)を対象にして、3つの仮説について実証分析を行っ た。その結果、値幅制限は市場効率性の観点から支持されないことを確認した。第 3 章に おいては、彼らの実証分析法とその結果を詳述している。そして、2004 年から 2007 年ま での東証 1 部データにより、Kim & Rhee とほぼ同じ結果が確認されたことを報告してい る。第 4 章においては、台湾の値幅制限が7%に対し、日本の値幅制限は株価に応じてそ のパーセンテージが異なることに着目し、異なるパーセンテージの値幅制限について、具 体的には、例えば 11%以下と 20%以上の 2 つのグループに分け、どのような違いが見出 せるかの実証分析を行っている。 2 日本の場合、制限値幅は 10%から 30%にほとんど分布しているが、台湾においては、 一律 7%という規制になっている。そのため、値幅制限到達頻度は日本よりはるかに高く、 とりわけ IPO 株についてはその頻度が著しいことが知られている。IPO 株のアンダー・プ ライシングもしくはホット・イシューというタームで語られるように、IPO 株については 当初の株価上昇志向は強く、値幅制限のため価格発見機能が阻害され、何日も繰り返し値 幅制限に到達する傾向があり、それらのことが第5章において、価格発見機能阻害そして 初期収益率の持続性の節において実証結果として記述されている。そうした状況下で、台 湾当局は 2005 年 3 月以降、IPO 株について最初の 5 日間値幅制限の解除を実施した。第 6章においては、5 日間の値幅制限撤廃前後において(ⅰ)超過収益率、(ⅱ)流動性(取引 量)、(ⅲ)価格反転時点について比較分析を行った。その結果、いずれの観点からも値幅 制限解除が市場の効率性を高める結果になったことが実証報告されている。 3. 論文の評価 値幅制限というキーワードを真正面から取り上げ、議論した和文献をわれわれは見出す ことができなかった。東証 1 部(約 1700 銘柄)において値幅制限に達する銘柄は、平均 的には 1 日1銘柄か 2 銘柄程度であり、多くの研究者の関心となるテーマではなかった。 したがって、値幅制限に関する文献は少なく、和文献についていえば、本論文が初めての ものと言えるであろう。ひとが関心を示さないテーマに取り組んだ勇気は賞賛に値する。 本論文の学術的貢献について記せば、以下のごとくである。 (1)日本の株式市場における値幅制限に関する歴史を、いくつかの資料を用いて確認 するとともに、株価の値下がりを食い止める方策として、戦前および戦後において値幅制 限が導入されてきた事情が詳細に記されている。 (2)東証 1 部データを利用した実証分析として Kim & Rhee の論文がある。彼らのデ ータ期間は 1989 年から 1992 年のバブル崩壊前後の株価下降局面での分析であった。それ に対し、2004 年から 2007 年という株価上昇局面での分析を行い、彼らとほぼ同様な実証 結果を確認した。 (3)台湾 IPO 株について、それらに対する値幅制限の影響がいかに大きいかをいくつ かの観点から計測した。台湾株式市場に関しては、値幅制限についての研究はいくつかあ るが、IPO 株との関連で詳細な実証報告をしている論文は本論文が初めてであろう。 3 (4)台湾 IPO 株について、2003 年 3 月以降の 5 日間値幅制限撤廃ルールに着目し、 前後の比較実証分析を行うことにより、値幅制限撤廃が市場効率性の観点から望ましい結 果をもたらしていることを報告している。撤廃ルールを記述している論文はあるが、その もたらす効果について計測しているのは特筆に価するものであろう。 4. 結論 廖美華さんは、値幅制限という、文献の少ない、実証方法についても既定化されていな いイベント・スタディーについて、利用可能データへの加工、大容量のデータ処理等をも とにいくつかの仮説を提示しながら実証分析を行った。このことは一定の能力を保証する ものであり、今後の研究においても十分な基盤となりうるものと判断される。台湾 IPO 株 に関する値幅制限の影響についての計測は、その着眼点は優れており、複雑化させない分 析方法とも好ましい結果が得られている。以上の観点から、当該論文は博士論文に相当す るものと判断する。 4