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消費者教育の普及に向けた一考察
2010年度 第26回 ACAP消費者問題に関する「わたしの提言」 ACAP会長賞 消費者教育の普及に向けた一考察 明治安田ライフプランセンター(株)(東京都八王子市在住) 武石 誠 はじめに 消費者を取巻く社会・経済環境は、今、大きく変化している。『第 51 回国民生活白書』(平成 20 年 12 月、 内閣府)では白書として初めて「消費者」に焦点が当てられ、巻頭言では野田内閣府特命担当大臣(当 時)が「供給者の視点からではなく、消費者・生活者という視点で社会構造を組み立て直すべき時代の大 きな転換期」と述べている。まさに消費者一人ひとりが同白書のいう消費者市民として注目される時代に なったのである。 一方、平成 21 年 10 月には法制審議会総会が、民法の成人年齢を 18 歳引下げが適当との答申を取り まとめた。 このように、これからの社会は消費者一人ひとりが、消費者市民社会の実現に向け大きな役割を担う 時代になり、消費者教育がこれまで以上に重要性が増してきたのである。 消費者教育はこれまで消費者トラブルにいかに対処するかといった消費者の被害救済に軸足を置いて いた。しかし、これからの消費者教育は前掲白書が指摘するように消費者自身が社会構造を再構築する 原動力となれるような教育が求められているのである。何故なら消費者市民社会を実現するには、一人 ひとりが消費者市民としての役割を自覚し行動しなくてはならず、それには「自分の頭で考え、決断し、行 動する力」を身につけることが重要だからである。 そこで本論文ではこれからの時代に必要な消費者教育とは何か、そして普及・実践するためには何が 必要かを論じていく。 Ⅰ 消費者教育の現状 まず、消費者教育の現状について簡単に整理する。 消費者教育は小・中・高等学校では学習指導要領の中でカリキュラムが編成されている。しかし前掲白 書によると、消費者教育を受けたことがある人の割合は全年代で 11.4%、ない人が 77%である。これは世 代間格差が影響しある程度やむを得ないものの、問題は現行の義務教育世代においても、消費者教育を 受けたとした者が半数以下に止まっていることである。 次に大学での実態は、専門学部等を除いて多くの大学では消費者教育を実施しているところは極めて 尐ない。 さらに社会人に至っては各自治体等が単発で消費者教育に関するセミナーを開催しているが、地域住 民に消費者教育を体系立てて実施している事例は寡聞にして知らない。 それではこのような状況を踏まえ、学校教育における消費者教育の問題点について整理する。 学習指導要領によると小・中・高等学校の各課程では、小学校は家庭科、社会科、中学校は技術・家 庭科、公民科、高等学校は家庭科、公民科等で消費者関連教育が行われている。内容は日常生活にお ける生活能力の習得を目指すものを中心にその他食育、環境、安全等についての教育が行われている。 このような状況からこれからの消費者教育のあり方を考えると3つの問題点が浮上する。 第1は消費者教育の位置づけと推進態勢の整備、第 2 は消費者教育の内容と担い手、そして第 3 は消 費者教育の実践スキームである。 Ⅱ 消費者教育の目指すべき方向性 それでは、まず消費者教育の目指すべき方向性について考えたい。 これからの消費者教育とは一体どのような教育だろうか。目指すべき方向性を考える上で重要なのが 現行学習指導要領が目指している「生きる力」にあると考える。 何故なら現在は消費者市民社会への転換過程にあり、私たち一人ひとりが消費者市民として行動する ことが求められている。一方、わが国は人口減尐時代に突入し、社会経済構造に大きな影響を与えつつ ある。特にこれからのわが国を支える若者達にとって環境は厳しさを増し、若者の離職率や非正規雇用、 ニートの増大、あるいは高校・大学の中退者の増大や若者の悪徳商法被害等が社会問題化している。こ れらの問題は若者達のいわゆる生きる力の問題、すなわち若者達が自らの将来に希望を見出せず、 “今”を楽しむといった刹那的な生き方に起因していると筆者は考えている。そしてそこには未来は来るも のといった考えがあるのではなかろうか。本来、未来は一人ひとりが自ら創り出すもので、まさに生きる力 が問われているのである。 以上のことから、今後、消費者教育が目指すべき方向性は、私たち一人ひとり特に次代を担う若者達 が、自らの未来を創り出すためにも消費者市民として主体的に活動をする能力を身に付けさせることが必 要で、まさにそれが消費者教育の目指すべき目的となるのである。 Ⅲ 消費者教育普及に向けた提言 提言1:消費者教育の位置づけと消費者教育の推進態勢構築 現在の学習指導要領では消費者教育は独立科目になっていない。そのためかどうか分らないが、前述 したが義務教育を受けた世代の約半数が消費者教育を受けたと認識していない。まさにこのことが消費 者教育の現状を物語っている。教育現場で所定のカリキュラムを行っても、各科目の一テーマとして行わ れており、教わる側も消費者教育と認識するのは難しいのではないか。さらに大学生や社会人に対する 消費者教育の現状はさらに心許ない状況で、消費者教育を体系立てて提供する仕組みにはなっておらず、 悪徳商法防止やクーリングオフといった特定のテーマについての単発的なセミナー等が公的機関や団体 によって実施されている程度である。 しかし、今私達に求められている消費者市民としての能力、すなわち生きる力を身に付けるため、消費 者教育を小・中・高校、大学、そして社会人に至る一貫教育として位置づけ、生涯教育としての推進態勢 構築が重要である。 現在、消費者教育に関する推進態勢は学校教育の現場では文部科学省が、消費者教育全般について は消費者庁が、金融教育については金融広報中央委員会が、法務教育は法務省がとそれぞれの所管が、 それぞれ情報や教材を提供している。しかし、学習指導要領が目指している生きる力を一人ひとり身に付 けさせるためには学校教育のみならず、生涯にわたる教育プログラムが必要である。 そしてこのような教育プログラムを生涯にわたり推進していくための態勢構築が喫緊の課題なのであ る。 これはまた、人口減尐社会に突入したわが国にとり、再び活力を取り戻す重要なポイントとなろう。そこ で消費者教育推進を国の成長戦略の一つに位置付け、新たに国家プロジェクトとして立ち上げ、現在の 消費者庁を当該プロジェクトの専管組織とすることを提言したい。消費者庁に消費者教育を推進する権限 を集中し、プロジェクト関連省庁や消費者教育を実際に推進する地方自治体を指導監督するといった消 費者教育推進の一元管理を目指すのである。しかし、このような本格的な態勢は一朝一夕には出来ない。 そこで全国展開に先駆け、消費者教育プロジェクト推進特区の設置を提言したい。特区で先行実施するメ リットは全国展開時に想定される課題を事前に把握し、消費者教育の全国実施の円滑化が期待できる。 提言2:消費者教育の具体的内容と教育の担い手問題について 現行の消費者教育が抱える問題点を指摘したい。 第一は生徒・学生が消費者教育と意識した教育となっているかという問題で、第二は消費者教育を誰 が、どのように行うかといった教育の担い手の問題である。順に考えていきたい。 (1)消費者教育の抜本的な見直しと体系化 まず、第一の問題に関連する現行学習指導要領が目指している生きる力について整理したい。生きる 力とは一人ひとりが経済的に自立し、加えて社会的な自律を図ることと考える。つまり生きる力とは、日常 生活を送るうえでの経済的な自立と、自らの人生は自らが切り開くといった自分と社会との関わりを構築 するという社会的な自律である。 そのため消費者教育では、一人ひとりのライフステージに相応しい情報提供が必要である。そこで消費 者教育の現状はどうかというと、ライフステージが意識されていないということが指摘できる。 これからの消費者教育はライフステージを念頭におき、各科目の 1 テーマとしてではなく、消費者教育を 独立科目とする教育プログラムにすることが必要と考える。そしてさらにこの教育プログラムの対象を生 徒・学生に限定せず社会人にまで拡大することも重要である。 このように消費者教育は、学校教育のみならず社会人にまで拡大した生涯教育プログラムとして再構 築し、経済的自立を目指すライフマネジメント、社会的自律を目指すキャリアマネジメント、そして日常生活 における生活力(具体的なイメージとしては日常生活に必要な家事能力、行為能力者として必須なリーガ ルマインド等の醸成)を醸成する総合的な教育プログラムとすることを提言したい。 (2)消費者教育の担い手確保 次に教育プログラムの担い手について考えてみたい。担い手の確保は極めて重要で、現職教員に全て を委ねることは質的、量的に難しい。 何故なら教員の多くは実践的な消費者教育を行うための専門教育を受けていないからである。しかし、 将来的には現行の教職課程の中に消費者教育を取込み、担い手の質的問題は解消できても、依然とし て量的問題は解消されない。何故なら目指すべき消費者教育は学校教育のみならず社会人等をも対象と する生涯教育だからである。 そこで消費者教育の担い手として専門家の活用を提言したい。 具体的には担い手として、消費生活センターや消費者団体の専門家や企業に在籍している消費生活ア ドバイザー等の資格保有者も検討対象としてはどうか。さらには消費者関連の悪徳商法や契約問題等に 詳しい弁護士や司法書士等も対象として検討すべきと思われる。 このように消費者教育プログラムを推進する担い手の供給源は様々考えられる。そこで消費者教育の 担い手のレベルを確保するために対象者の選抜と登録システムを構築する必要がある。そして残された 問題は質の問題で、教育内容の質を一定にするための具体策が今後の課題となろう。ここまでを整理す ると、消費者庁が資格要件を定め各自治体が認定試験を実施し、有資格者を登録し、学校・団体等へ派 遣するといった仕組みづくりと、消費者庁に関連省庁や有識者による消費者教育審議会(仮称)を設置し、 同審議会で消費者教育の質の均一化を図るためカリキュラムや教材の製作検討等が必要となろう。 提言3:消費者教育の実践スキームの構築 消費者教育を普及するには推進態勢を構築しただけでは意味がない。教育現場における実践スキー ムが機能しなければ画餅に帰してしまう。 そこで消費者教育の実践スキームのポイントを、消費者教育を展開するライフステージすなわち学校教 育、大学教育、そして社会人教育の3つに分けて考えたい。 (1)学校教育における消費者教育の実践スキーム 現在、消費者教育は学校教育の現場では学習指導要領に基づき行われている。そこでは教育すべき 内容が明示されており、それぞれの過程で取組むべきカリキュラムが定められている。 実践面の最大の課題が、誰がどのように教えるかということである。現在は当然のことながら教員が担 当している。しかし、全ての教員が専門的知識を有しているわけでもなく、今後、消費者教育のカリキュラ ムが拡充すると、教員にかかる負荷がこれまで以上に大きくなる。そこで、前述した外部専門家とカリキュ ラム・教材等の活用が解決策として期待されるのである。 そこで担い手の確保も大事だが、カリキュラムや教材等の整備が新しい消費者教育を実施する前提と なる。カリキュラムや教材の作成こそが学校教育における消費者教育の実効性を担保するためのポイン トだからである。 一方、外部専門家の確保もなかなか容易ではない。そこでカリキュラムや教材作成の際、視聴覚教材 と詳細な指導手引書を作成することが、消費者教育の普及・拡大にとって重要な課題となる。何故なら現 在在職中の教員の教育と授業進行に大きく貢献することが期待できるからである。最後に消費者教育の 時間の問題だが、本来は年間通しての教育が望ましい。しかし、現行カリキュラムの編成を考えると難し い。そこで、第三学期に集中的に実施することを提言したい。中学校や高校では卒業即就職という者も尐 なからずおり、一人の社会人としての自覚を促す上でも本授業はいい機会となり、生きる力醸成にも資す ると思われるからである。 (2)大学における消費者教育の実践スキーム 前述したとおり法制審議会では成人年齢の 18 歳化を打ち出した。実現すると大学生は入学とともに成 人としての扱いを受ける可能性が出てきた。また、若者の悪徳商法被害の増大に鑑み、大学の一般教養 課程に消費者教育を必須化することを提言したい。 現在、大学ではそれぞれの特徴あるカリキュラムを学生に提供している。最近の傾向としては就職関連 プログラムは各校とも創意工夫している。大学の場合、卒業生の就職状況が大学の評価に影響するため、 就職関連プログラムは積極的に取組んでおり、大学によっては 1 年次から就職関連プログラムを開始して いる。このように就職に関してはどこも力を入れているが、消費者教育はというと非常にさびしい状況と言 わざるを得ない。家政関連以外殆どどこの大学も消費者教育の関連科目は設置されていない。 そこで大学の一般教養課程の消費者教育の具体的なイメージだが、半期 2 単位制とし、前期は契約・環 境を中心とした日常生活を送る上で必要な知識習得を、後期はキャリアマネジメントやライフマネジメント 関連の講義とし、前期後期の授業を通して消費者教育すなわち生きる力の醸成に寄与する講義とする。 このような内容なら各校の就職関連講座とも一体感をもった講義となることが期待できる。 最後に、大学の消費者教育必須化で問題なのがやはり担い手確保の問題である。専任教員で対応が 難しい大学では、前述同様に外部専門家の活用が検討課題となろう。 (3)社会人に対する消費者教育の実践スキーム 学校、大学における消費者教育は現在十分とは言えないものの、曲がりなりにも一部行われている。 しかし、社会人に対する消費者教育は残念ながら殆ど行われていない。 消費者教育の本来の趣旨を考えると前述したとおり生涯にわたる教育プログラムで、まさに社会人に 対する消費者教育が重要な意味を持つ時期になってきたのである。 そこで社会人に対する消費者教育プログラムの開発を提言したい。 社会人に対する消費者教育プログラムは、消費者庁を中心としたプロジェクトと各地方自治体が共同で 推進することになるが、その際、消費者庁と連携する地方自治体に専任機関もしくは担当機関を設置する ことが必要となろう。 社会人向け消費者教育プログラムを効果的かつ効率的に遂行するポイントは、社会人たる自治体住民 にいつどのように実施するかということである。 そこで年代別冊子とセミナー提供を提言したい。 例えば成人式の出席者に対し消費者教育テキスト(社会人として必須の基本事項を網羅したマンガ形 式の冊子「人生の達人-初級編」(仮題、以下同様))を作成・配布する。次いで各自治体の所管エリア内 の企業の新入社員に対して所管自治体より冊子(社会人としての基本事項と自治体情報等も掲載した 「人生の達人-新入社員編」)を無償提供する。また国民年金加入資格に達した 20 歳の者に配布する加入 手続き案内にも冊子(ライフマネジメントを中心にした家計に関する情報等を掲載した「人生の達人-生活 設計入門編」)を配布する。また母子手帳の請求者に新生児に関連した情報を中心に消費者情報を掲載 した冊子(「生活の達人-ママさん入門編」)を母子手帳と同時に配布するといった具合である。 小冊子の配布は、この他 50 代、60 代といった高齢者の域にさしかかってきた世代や子どもが独立した 世帯、そして転入してきた世帯に対し消費者教育カリキュラムや各自治体情報等を掲載した冊子の作成・ 提供等が考えられる。このような肌理細かい情報提供を各自治体が住民に行うことで住民と社会との紐 帯が築かれ、消費者教育の実効性向上も期待できる。 また、このような冊子提供と併せて各種セミナー等の定期開催も重要である。具体的には年代別年間 教育カリキュラムを作成し定期開講する。講師は前述の外部専門家が担当し、各自治体施設や学校等を 活用すればコストもかからず施設の有効活用ともなろう。また町内会等住民団体からの要望に応じて出 前講義を行うことも併せて検討してはどうか。 このように社会人に対する消費者教育のカリキュラムを定期的に提供する仕掛けづくりが、社会人の消 費者教育には必要で、消費者市民を育て育むうえ重要な支援プログラムとなろう。 おわりに ここまで消費者教育のこれからのあり方と普及について考察してきた。 わが国が現在直面している尐子高齢化社会は、見方を変えると尐産多死型社会ということでわが国は すでに人口減尐時代に突入し、今大きな転換期を迎えている。 転換期のただなかにいる私たち国民は、現在、先行きに不透明感が広がり未来に希望を持つことが難 しく、大きな閉塞感に包まれている。 わが国に活力を取り戻すには、一人ひとりが未来に希望を持てる社会にしなくてはならない。そのため には私たち消費者一人ひとりが社会と主体的かつ積極的に関わり、消費者市民社会を築き上げることが 求められている。そしてこれらを実現するうえで消費者教育が果たすべき役割は重要で、消費者教育普 及に向けて消費者教育の生涯教育化と消費者庁を中心とした 国・自治体そして民間が一体となった推 進態勢の構築が喫緊の課題なのである。 以上