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正論篇第十八

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正論篇第十八
世俗の
正論篇第十八
を為す者曰く、「主道は周(楊注:「周」は、「密」なり。「密」は奥深
く隠すこと)に利なり。
」是れ然らず。主なる者は民の唱(称えて示す義、手本
のこと)なり、上なる者は下の儀(準則、標準又は基準のこと)なり。彼將に
唱を聴きて應じ、儀を視て動かんとす。唱默すれば則ち民應ずること無く,儀
隱なれば則ち下動くこと無きなり。應ぜず動かざれば、則ち上下以て相有つこ
と無きなり。是の若くなれば、則ち上無きと同じなり。不祥焉より大なるは莫
し。故に上なる者は、下の本なり。上宣明なれば(上の行動が隠すことなく明
白であるなら)
、則ち下治辨(よく治まること)す。上端誠なれば、則ち下愿愨
(ゲン・カク、実直誠実)なり。上公正なれば、則ち下易直(穏やかで素直)
なり。治辨なれば則ち一にし易く、愿愨なれば則ち使い易く、易直なれば則ち
知り易し。一にし易ければ則ち彊く、使い易ければ則ち功あり、知り易ければ
則ち明なり。是れ治の由りて生ずる所なり。上周密(秘密にする)なれば、則
ち下疑玄(
「玄」は「眩」に同じ、疑い惑う)す、上幽險(陰険で測り難い)な
れば、則ち下漸詐す(「漸」
、楊注は「進」に、郝懿行は「潜」に、先謙は「詐」
の意に読む。楊注に從う)
、上偏曲(偏って不公平)なれば、則ち下比周(徒党
を組む)す。疑玄なれば則ち一にし難く、漸詐なれば則ち使い難く、比周すれ
ば則ち知り難し。一にし難ければ則ち彊からず、使い難ければ則ち功あらず、
知り難ければ則ち明ならず、是れ亂の由りて作る所なり。故に主道は明なるを
利として幽なるを利とせず、宣なるを利として周なるを利とせず(
「宣」は上文
の「宣明」、「周」は「周密」)。故に主道明なれば則ち下安んじ、主道幽なれば
則ち下危うし。故に下安んずれば則ち上を貴び、下危うければ則ち上を賤しむ。
故に上知る易ければ、則ち下上に親しみ、上知り難ければ則ち下上を畏る。下
上に親しめば則ち上安く、下上を畏るれば則ち上危うし。故に主道は知り難き
より惡しきは莫く、下をして己を畏れしむるより危うきは莫し。傳に曰く、
「之
を惡む者衆ければ則ち危うし。
」書に曰く、
「克く明德を明らかにす。
」詩に曰く、
「明明として下に在り(徳を明白にして下を治めている)。」故に先王は之を明
にす。豈に特に之を玄にするのみならんや。
世俗の を為す者曰く、「桀・紂天下を有つみ、湯・武 して之を奪う。」是れ
然らず。桀・紂を以て嘗(盧文弨曰く、案ずるに「常」は、當に「嘗」に為る
べし)て天下の籍(王籍、天子の位)を有つと為すは、則ち然り。親ら天下の
籍を有てりとは、則ち然るも(諸本は「則不然」に作るが、先謙は「則然」に
作るべしとする)
、天下桀・紂に在りと謂うは則ち然らず。古者、天子に千官あ
り、諸侯に百官あり。是の千官を以て、令の諸夏の國(中国)に行わるれば、
之を王と謂う。是の百官を以て、令の境に行われ、國安からずと雖も、廢易遂
亡に至らざれば、之を君と謂う。聖王の子なり、天下を有てるものの後なり、
埶籍の在る所なり、天下の宗室なり、然れども不材不中なれば、內は則ち百姓
之を疾(にくむ)み、外は則ち諸侯之に叛き、近くは境內一ならず、遙(遠い)
くは諸聽かず、令境內に行われず,甚だしきは諸侯之を侵削し、之を攻伐す。
是の若くなれば、則ち未だ亡びずと雖も、吾は之を天下無しと謂う。聖王沒し、
埶籍を有つ者、罷にして以て天下を縣くるに足らず。天下に君無し。諸侯の能
く德明らかに威積むもの有らば、海內の民得て以て君師と為すことを願わざる
莫し。然り而して暴國獨り侈なれば、安ち能く之を誅し、必ず無罪の民を傷害
せず(
「不傷害」
、宋本では「不」の字が無い、元刻本により補う)
、暴國の君を
誅すること、獨夫を誅するが若し(楊注:天下皆去り、之を助くる者無く、一
夫の若く然り)
。是の若くなれば、則ち能く天下を用むと謂う可し。能く天下を
用むる、之を王と謂う。湯・武は天下を取るに非ず、其の道を修め、其の義を
行い、天下の同利を興し、天下の同害を除き、而して天下之に歸す。桀・紂は
天下を去るに非ざるなり。禹・湯之の德に反し、禮義の分を亂り、禽獸の行あ
り。其の凶を積み、其の惡を全うして、而して天下之を去るなり。天下の之に
歸する、之を王と謂い、天下の之を去る、之を亡と謂う。故に桀・紂に天下無
くして、湯・武は君を弒せずとは、此に由りて之を效(楊注:「效」は、「明」
なり)かにするなり。湯・武は、民の父母なり、桀・紂は、民の怨賊なり。今
世俗の を為す者は、桀・紂を以て君と為し、而して湯・武を以て弒すと為す。
然らば則ち是れ民の父母を誅(咎めて責める)して、民の怨賊を師とするなり。
不祥焉より大なるは莫し。天下の合するを以て君と為せば、則ち天下未だ嘗て
桀・紂に合せざるなり。然らば則ち湯・武為を以て弒すと為すは、則ち天下未
だ嘗て 有らざるなり。直だ之を墮(そしる)るのみ。故に天子は唯其の人の
み。天下は、至重なり、至彊に非ざれば之を能く任う莫し。至大なり、至辨(至
上の辨智)に非ざれば之を能く分(分別)つ莫し。至衆なり、至明に非ざれば
之を能く和する莫し。此の三至なる者は、聖人に非ざれば之を能く盡くすこと
莫し。故に聖人に非ざれば之に能く王たること莫し。聖人は道を備えて美を全
くする者なり、是れ天下を縣(たいらか、はかりで平らかにする意)にするの
權稱(二字共にはかり)なり。桀紂なる者は、其の志慮は至險なり、其の志意
は至闇なり、其の行為は至亂なり。親しき者も之を疏んじ、賢者も之を賤しみ、
生民も之を怨む。禹湯の後なるに、而も一人の與をも得ず。比干を刳き、箕子
を囚え、身死して國亡び、天下の大僇(はじ、はずかしめ)と為り、後世の惡
を言う者は必ず稽(かんがえる)う。是れ妻子をも容れざるの數なり(妻子さ
えも守れないやりかたである)。故に至賢は四海を疇(「疇」に字については諸
説が有るが、兪樾の「保」に解する説を採り、たもつと訓ず)つ、湯・武是れ
なり。至罷は妻子をも容れず、桀・紂是れなり。今世俗の を為す者は、桀・
紂を以て天下を有ち、湯・武を臣とすと為すは、豈に過つこと甚だしからずや。
之を譬うるに、是れ猶ほ傴巫(ウ・フ、せむしの巫女)
・跛匡(ハ・ゲキ、
「跛」
はびっこ、「匡」は王制篇に「傴巫跛撃」という語があり、「匡」を「撃」に置
き換えて解す。「跛」はびっこ、「撃」は男のみこ)の大いに自ら以て知有りと
為すがごときなり。故に以て國を奪うこと有る可く、以て天下を奪うこと有る
可からず(
「國」の上と「天下」の上とに「人」の字が有るが、下文に合わせて、
衍字とする)
。以て國を竊むこと有る可く、以て天下を竊むこと有る可からざる
なり。以て之を奪う可き者は以て國を有つ可きも、以て天下を有つ可からず、
竊は以て國を得可きも、以て天下を得可からず。是れ何ぞや。曰く、
「國は、小
具なり、小人を以て有つ可く、小道を以て得可く、小力を以て持す可きなり。
天下は、大具なり,小人を以て有つ可からず、小道を以て得可からず、小力を
以て持す可からざるなり。國なる者は、小人以て之を有つ可きも、然れども未
だ必ずしも亡びずんばあらざるなり。天下なる者は、至大なり、聖人に非ざれ
ば之を能く有つこと莫きなり。
世俗の を為す者曰く、「治古は肉刑無くして、象刑有り(楊注:「治古」は、
古の治世なり、
「肉刑」は、墨・劓(ギ、はなきり)
・剕(ヒ、あしきり)
・宮(去
勢)、「象刑」は、章服を異にし、恥辱其れ形象す。肉刑を行わず、衣服で刑を
あらわすこと)
。墨は懶(ボウ、楊注:或いは曰く、「墨黥」は當に「墨懶」に
為るべし、但墨巾を以て其の頭を懶(おおう)うのみ)し、慅嬰(諸説多が、
劓刑の代わりに黒い布で顔を覆うこと)し、共は艾畢し(
「共」は「宮」の誤字
とし、宮刑のこと、「艾」は蒼白色、「畢」は「韠」と同じでひざ掛け、宮刑の
代わりに蒼白色の布を腰の前にかける)、菲は對屨(ホウ・ク、「菲」は「剕」
の誤字、
「對」は「枲」
(し、麻)に同じ、
「屨」はくつ、剕刑の代わりに麻の履
をはかせる)し、殺は、赭衣にして純せず(「殺」は死刑、「赭衣」は赤土で染
めた衣、
「純」は「縁」
;死刑の代わりに赤土で染めた襟のない衣を着せる)
。治
古は是の如し。
」是れ然らず。以て治と為さんか。則ち人固より罪に觸るる莫し。
獨り肉刑を用いざるのみに非ず、亦た象刑をも用いざらん。以て為人或いは罪
に觸るるも、而も直其の刑を輕くすと為さんか、然らば則ち是れ人を殺せし者
死せず、人を傷つけし者も刑せられざるなり。罪至重にして而も刑至輕なれば、
庸人(一般の人)は惡(惡を惡むこと)むこと知らず、亂焉より大なるは莫し。
凡そ人を刑するの本は、暴を禁じ惡を惡み、且つ其の未を懲らすなり。人を殺
せし者は死せずして、人を傷つけし者も刑せられず、是れを暴に惠みて賊に寬
しと謂う。惡を惡むに非ざるなり。故に象刑は殆んど治古に生ずるに非ず、竝
(まさに)に亂れたる今に起こるなり。治古は然らず。凡そ爵列・官職・賞慶・
刑罰は皆な報にして、類を以て相從う者なり。一物稱を失するは(「稱」は秤、
「失稱」とは均衡を失うこと)
、亂の端(端緒、はじめと訓ず)なり。夫の德は
位に稱わず、能は官に稱わず、賞は功に當らず、罰は罪に當らざるは、不祥焉
より大なるは莫し。昔者、武王は有商を伐ちて、紂を誅し、其の首を斷ち、縣
之を赤旆に縣(
「懸」に通ず)く。夫れ暴を征し悍を誅するは、治の盛なるなり。
人を殺せし者は死し、人を傷つけし者は刑せらる、是れ百王の同じき所なり、
未だ其の由來する所を知る者有らざるなり。刑、罪に稱えば、則ち治まり、罪
に稱わざれば則ち亂る。故に治なれば則ち刑は重んぜられ、亂なれば則ち刑は
輕んぜらる。治に犯すの罪は固より重く、亂に犯すの罪は固より輕し。書に曰
く、
「刑罰は世にて輕く世にて重し。
」此を之れ謂うなり。
世俗の を為す者曰く、
「湯・武は禁令すること能わず。
」曰く、
「是れ何ぞや。
」
曰く、「楚・越は制を受けざればなり。」是れ然らず。湯・武は、至(先謙案ず
るに、
「至」は猶ほ「極」のごとし)めて天下の善く禁令する者なり。湯は亳(ハ
ク)に居り、武王は鄗(コウ)に居り、皆な百里の地なるも、天下一と為り、
諸侯臣と為り、通達の屬は(船や車で行き着くことの出来る地域や人々)
、振動
從服(奮い立って從服すること)して以て之に化順せざること莫し、曷為れぞ
楚・越のみ獨り制を受けざらんや。彼の王者の制なるや、形埶を視て械用を制
し(楊注:即ち『禮記』の所謂、廣谷大川は制を異にし、民の其の間に生きる
者は俗を異にし、器械は制を異にし、衣服は宜しきを異にするなり)
、遠邇(遠
近)に稱(はかる)りて貢獻を等す、豈に必ずしも齊しくせんや。故に魯人は
榶を以てし、衛人は柯を用(
「以」の義)てし、齊人は一革を用てす(
「榶」
・
「柯」
・
「一革」共に、楊注は未だ詳らかならずと云う。集解のそれぞれの説から考え
て、そこの土地の物で作った飲食用の容器と解しておく)
、土地形制(形勢)同
じからざる者は、械用備飾は異ならざる可からざるなり。故に諸夏の國は服(服
して事えること)を同じくし義を同じくするも、蠻・夷・戎・狄の國は服を同
じくして制を同じくせず。封內は甸服(デン・プク)
、封外は侯服、侯衛は賓服、
蠻夷は要服、戎狄は荒服なり(甸服・侯服・賓服・要服・荒服は周の天下に対
する考え方で、畿内は甸服、畿外は侯服で一番外が荒服である、詳細は繁雑な
ので省略する)。甸服は祭ごとに(祖先をまつるを祭、下文の日祭)、侯服は祀
ごとに(自然神ををまつるを祀、月祀)
、賓服は享ごとに(天地の祭りで四期毎
に行う祀り、時享)
、要服は貢ごとに(年に一回の朝貢、 貢)ごとに、荒服は
終王ごとに(王が亡くなったとき、終王)ごとなり。日ごとに祭し、月ごとに
祀し、時ごとに享し、 ごとに貢し、王を終るごとにす。夫れ是を之れ形埶を
視て械用を制し、遠近を稱りて貢獻を等すと謂う。是れ王者の制なり。彼の楚・
越なる者は、且に時享・ 貢・終王の屬なり。必ず之を日祭・月祀の屬に齊し
くして、然る後制を受くと曰んか。是れ規磨の なり(楊注:「規磨之 」は、
猶ほ差錯(乱れ誤る)の説を言うがごときなり)。溝中の瘠(セキ、「瘠」は痩
せ細った乞食のこと、溝の中に転げ落ちている乞食、楊注に、以て知慮の浅き
を喩うるなりとある)
、則ち未だ與に王者の制に及(論及の意)ぶに足らざるな
り。語に曰く、
「淺は與に深を測るに足らず、愚は與に智を謀るに足らず。坎井
(カン・セイ、楊注に壊井なりとある。やぶれ井戸)の鼃(ア、蛙に同じ)は、
與に東海の樂を語る可からず。
」此を之れ謂うなり。
世俗の を為す者曰く、
「堯・舜は擅讓(
「擅」は「禅」に同じ、禅譲)せり。
」
是れ然らず。天子なる者は、埶位至尊にして、天下に敵無し、夫れ有(楊注:
「有」
は「又」と読む)た誰と與にか讓らん。道德純備(「純」は完全の意)にして、
智惠甚だ明らかに、南面して天下を聽けば、生民の屬震動從服して以て之に化
順せざること莫く、天下に隱士無く、遺善(天子の知らない善事善行)無く、
焉に同じき者は是にして、焉に異なる者は非なり。夫れ有た惡んぞ天下を擅ら
ん。曰く、「死して之を擅る。」是れ又然らず。聖王上に在れば、德を圖りて次
を定め、能を量りて官を授く、皆民をして其の事を載(
「行」の意)いて各々其
の宜しきを得しむ。義を以て利を制すること能わず、偽(
「為」の義、後天的な
行為)を以て性を飾ること能わざるも、則ち兼ねて以て民と為す。聖王已に沒
し、天下に聖無ければ、則ち固より以て天下を擅るに足る莫し。天下に聖にし
て後に在る者有らば、則ち天下は離れず、朝は位を易えず、國は制を更めず、
天下厭然(楊注:
「厭然」は、順服の貌)として (
「郷」の音は「向」
)と以て
異なること無し。堯を以て堯に繼ぐ(最初の堯は、堯と同じような聖人という
意)
、夫れ又何の變ずることか之れ有らん。聖にして後子に在らずして三公に在
れば、則ち天下如き歸すること、猶お復して之を振う(回復させて更に盛んに
させること)がごとし。天下厭然として と以て異なること無し。堯と以て堯
に繼ぐ、夫れ又何の變ずることか之れ有らん。唯其れ朝を徙し(朝廷の官位を
移し変えること)制を改むる(国内の制度を改めること)を難なりと為すのみ。
故に天子生きては則ち天下隆ぶところを一にし、順を致めて治まり、德を論じ
て次を定む。死すれば則ち能く天下に任ずる者必ず之れ有り。夫れ禮義の分盡
くせり、擅讓惡んぞ用いんや。曰く、「老衰して擅る。」是れ又然らず。血氣筋
力は則ち衰うること有るも、夫の智慮取舍の若きは則ち衰うること無し。曰く、
「老者は其の勞に堪えずして休す。
」是れ又事を畏るる者(労苦を畏れて避ける
者)の議なり。天子なる者、埶は至重にして形は至佚(肉体的には極めて安逸
である)
、心は至愉にして志は詘する所無く、而して形は勞を為さず、尊無上な
り。衣被(衣服)は則ち五采(赤・白・黒・青・黄の五色、正色とされている)
を服し、間色(二種以上の色を混ぜた色)を雑え,文繡を重ね、之に加飾する
に珠玉を以てす。食飲は則ち大牢(牛。羊・豚の肉)を重ねて珍怪を備え、臭
味を期(
「期」は「綦」に通じ、
「極」の義)め、曼(
「縵」に通じ、
「縵樂」
、色々
な聲が交じった樂を奏すること)
)して饋(キ、食を進めること)し,皐を伐ち
て(諸本は「伐皐」を「代睾」に作るが、誤字として「伐皐」に改める、
「皐」
は太鼓の意で)食し、雍して五祀に徹し(雍(音楽の名)を奏しながら、膳を
竈まで下げること)
、薦を執る者(食べる物を運ぶ係りの者)百餘人、西房に侍
す。居(楊注:「居」は、安居なり、朝に聴くの時なり)れば則ち張容(「張」
は帳、
「容」は屏風)を設け、衣を負いて(つい立を背にして)坐し、諸侯は堂
下に趨走す。 (宮門)を出づれば而ち巫覡事有り(
「巫」は巫女、
「覡」
(ゲキ)
はかんなぎ、男の巫、事有りとはお払いをすること)
、門(楊注に國門とある)
を出づれば而ち宗祝(「祝」、諸本は「祀」に作るが、楊注は「祝」に作るべし
とする、「宗」は大宗伯のことで祭祀の禮を司る、「祝」は大祝のことで福祥を
祈ることを司る)事有り、大路(天子の車)に乘り(
「趨」は楊注に衍字とある)
越席(カツ・セキ、蒲で作ったむしろ)して以て安を養い、側に睪芷(タク・
シ、楊注:
「睪・芷」は、香草なり)を載(先謙案ずるに、
「載」は、
「置」なり)
きて以て鼻を養い、前に錯衡(「錯」は「錯彩」で、色々飾り立てていること、
「衡」は「軛」に同じ、轅の前に取り付ける横木)有りて以て目を養い、和鸞
(カ・ラン、楊注:
「和・鸞」は、皆車上の鈴なり)の聲は、步むときは武象に
中り、趨れば韶護に中りて(許慎曰く、
「武・象・韶・護」は、皆樂名なり)以
て耳を養い、三公は を奉じ納を持し(「 」は上注の「軛」に同じ、「納」は
「軜」に通用し、添え馬の内側からしきみに繫ぐたづな。横木を持って手綱を
引くこと)
、諸侯は輪を持し輿を挾み馬を先(みちびく)き、大侯は後ろに編し、
大夫之に次ぎ、小侯元士(楊注:「小侯」は、僻遠小國及び附庸なり、「元士」
は、上士なり)は之に次ぎ、庶士は介して(「庶士」は軍士、「介」は、甲を着
けること)道を夾み、庶人は隱竄(イン・ザン、兩字共にかくれる意)し、敢
て視望すること莫し。居は大神の如く、動は天帝の如し。老を持し衰を養うこ
と、猶ほ是れより善き者有らんや。老(諸本は「不老」に作るが、楊注の或説
は「不」の字を衍字とする。之に從う)者は休するも、休すること猶は安樂恬
愉の是の如き者有らんや。故に、諸侯は老有れども、天子は老無し。國を擅る
こと有れども、天下を擅ること無しと曰うは、古今一なり。夫の堯舜擅讓すと
曰うは、是れ虚言なり、是れ淺者の傳(伝聞)
、陋者の なり。逆順の理(尊貴
な者が身分の卑しい者に位を譲ることは道理に逆らっているが、尊貴な者同士
が位を譲るのは、道理に適っている)と小大(楊注:
「小」は一國を謂い、
「大」
は天下を謂う)至不至(天子は至高であり、諸侯はそうではない)の變(異な
り)とを知らざる者にして、未だ與に天下の大理に及ぶ可からざる者なり。
世俗の を為す者曰く、
「堯舜は教化すること能わず。
」是れ何ぞや。曰く、
「朱・
象(「朱」は禹の子の丹朱のこと、「象」は舜の異母弟、どちらも不祥の者)化
せず。」是れ然らざるなり。堯舜は至(「極」の意)めて天下の善く教化する者
なり。南面して天下を聽けば、生民の屬莫不振動從服して以て之に化順せざる
こと莫し。然れども朱象獨り化せざるは、是れ堯舜の過に非ず、朱象の罪なり。
堯舜なる者は、天下の英なり、朱象なる者は、天下の嵬(カイ、「怪」に通じ、
奇怪の意)、一時の瑣(卑小でつまらない行い)なり。今世俗の を為す者は、
朱・象を怪とせずして、堯・舜を非とする、豈に過つこと甚だしからずや。夫
れ是を之れ嵬 と謂う。羿・蜂門なる者は、天下の善く射る者なるも、撥弓・
曲矢を以て微(諸本に「微」の字はないが、陳奐の説に従い補う)に中つるこ
と能わず。王梁・造父なる者は、天下の善く馭する者なるも、辟馬毀輿を以て
遠きを致すこと能わず。堯舜なる者は、天下の善く教化する者なるも、嵬瑣を
して化せしむること能わず。何れの世にして嵬無からん、何れの時にして瑣無
からん。太皞・燧人(堯舜より古い伝説上の皇帝、太皞は伏羲のこと、それよ
り一つ前の皇帝とされているのが燧人)自り有らざること莫きなり。故に作す
者(世俗の説を為す者)は不祥にして、學ぶ者は其の殃を受け、非とする者は
慶有り。詩に曰く、
「下民の孽(ゲツ、わざわい)は、天自り降るに匪ず。噂沓
(ソン・トウ、多数集って口やかましくおしゃべりすること)して背憎(裏で
は憎みあっている)せば、職競(二字の成語で、もっぱらと訓ず)人に由る。
」
此を之れ謂うなり。
世俗の を為す者曰く、
「太古は薄葬なり。棺の厚さは三寸、衣衾は三領、葬田
は田を妨げず、故に掘られざるなり。亂今は厚葬にして棺を飾る、故に抇(コ
ツ、楊注:
「抇」は、
「穿」なり。ほると訓ず)らるるなり。
」是れ治道を知るに
及ばずして、抇不抇を察せざる者の言う所なり。凡そ人の盜むや、必ず以て為
にすること有り、以て不足に備うるにあらざれば、
(
「足」の字は、盧文弨曰く、
衍字なり)則ち以て有餘を重ねんとするなり。而るに聖王の生民なるや、皆な
富厚(諸本は「當厚」に作る、王念孫曰く、
「當厚」は、蓋し「富厚」の誤りな
らん)優猶(心にゆとりがあること)にして足ることを知りて、有餘を以て度
に過ぐることを得ざらしむ。故に盜も竊まず、賊も刺(兪樾の説に従い、
「刺」
はとると訓ず)らず、狗豕も菽粟を吐きて、農賈も皆な能く貨財を以て讓り、
風俗の美なること、男女自ら涂に取らずして(
「涂」は「塗」に通じ「道」の意、
「取」は「娶」に通ず、道に娶るとは正式な婚姻でない事を言う)
、百姓は遺ち
たるを拾うを羞づ。故に孔子曰く、「天下に道有れば、盜其れ先づ變ぜんか。」
珠玉體に滿ち、文繡棺に充ち、黃金槨に充ち、之に加うるに丹矸(タン・カン、
楊注:
「丹矸」は、丹砂なり。丹砂で赤く塗ること)を以てし、之に重ぬるに曾
青(緑青)を以てし、犀象以て樹と為し、琅玕・龍茲・華覲以て實と為す(犀
の角や象の牙を樹のように立てて、琅玕・龍茲・華覲などの玉を実のようにつ
るすこと)と雖も、人猶ほ且つ之を抇ること莫きなり。是れ何ぞや、則ち利を
求むるの詭(邪心)の緩やかにして、分を犯すの羞大なればなり(他人の分を
犯すことは大きな恥であることを知っている)
。夫れ亂今にして然る後是に反す。
上は無法を以て使い、下は無度を以て行い、知者も慮ることを得ず、能者も治
むることを得ず、賢者も使うことを得ず。是の若くなれば、則ち上は天の性を
失い、下は地の利を失い、中は人の和を失う。故に百事廢し、財物詘して、禍
亂起こる。王公は則ち不足を上に病(うれう)え、庶人は則ち下に凍餧(トウ・
ダイ、凍えて餓える)羸瘠(エイ・セキ、痩せ衰える)す。是に於て桀紂群居
して、盜賊擊奪して以て上を危うくす。安(
「則」の義)ち禽獸の行い、虎狼の
貪なり、故に巨人を脯にして嬰兒を炙にす。是の若くなれば、則ち有(
「又」の
義)た何ぞ人の墓を抇り、人の口を抉りて利を求むることを尤めんや。雖此れ
倮にして之を薶(
「埋」に同じ)むと雖も、猶ほ且つ必ず抇らん、安んぞ葬薶す
るを得んや。彼乃ち將に其の肉を食らいて其の骨を齕まんとするなり。夫の太
古は薄葬なり、故に抇らざるなり、亂今は厚葬なり、故に抇るなりと曰うは、
是れ特姦人の亂 に誤られて、以て愚者を欺き、之を淖陷(ドウ・カン、諸本
は「潮陥」に作る、盧文弨曰く、
「潮」は當に「淖」に作るべし。泥の中に落す
こと)して、以て利を偷取(トウ・シュ、盗み取る)するなり。夫れ是を之れ
大姦と謂う。傳に曰く、「人を危うくして自ら安んじ、人を害して自ら利す。」
此を之れ謂うなり。
子宋子曰く、
「侮らるるの辱ならざるを明らかにすれば、人をして鬭わざらしむ。
人皆な侮らるるを以て辱となす、故に鬭うなり。侮らるるの不辱為るを知れば、
則ち鬭わず。」之に應じて曰く、「然らば則ち亦た人の情を以て侮を惡まずと為
すか。
」曰く、
「惡むも辱とせざるなり。
」曰く、是の若くなれば、則ち必ず求む
る所を得ず(楊注:鬭わざることを求むるも、必ず得ざる)。凡そ人の鬭うや、
必ず其の之を惡むを以て と為し、其の之を辱するを以て故と為すに非ざるな
り。今倡優(芸人)・侏儒(こ人)・狎徒(太鼓持ち)の詈侮(リ・ブ、ののし
り、あなどる)せらるるも鬭わざるは者は、是れ豈鉅(二字の成語で「豈」の
意)に侮らるるの不辱為るを知らんや。然り而して鬭わざるは、惡まざるが故
なり。今人或は其の央瀆(楊注:今の人家の水を出だす溝の如し。排水溝)に
入りて、其の豬彘(チョ・テイ、二字共に豚の意)を竊めば、則ち劍戟を援(引
き寄せて手に取る意、とると訓ず)りて之を逐い、死傷をも避けず。是れ豈に
豬を喪うを以て辱と為さんや。然り而して鬭うことを憚らざる者は、之を惡む
が故なり。侮らるるを以て辱と為すと雖も、惡まざれば則ち鬭わず。侮らるる
の不辱為るを知ると雖も、之を惡めば則ち必ず鬭わん。然れば則ち鬭と不鬭と
は、之を辱とすと辱とせざるとに亡く、乃ち之を惡むと惡まざるとに在るなり。
夫れ今子宋子は人の侮らるるを惡むを解すること能わずして、務めて人に く
に辱とすること勿らむことを以てす、豈に過つこと甚だしからずや。金口弊舌
(兪樾の説に従い、
「金舌弊口」を「金口弊舌」に改め、激しく弁じたてる意に
解す)すとも、猶ほ將た益無からんなり。其れ益無きを知らざるは、則ち不知
(不智)なり。其れ益無きを知りて、直以て人を欺くは、則ち不仁なり。不仁
不知は、辱なること焉より大なるは莫し。將た以て人に益有りと為すか、則ち
與(
「皆」の意)な人に益無きなり。則ち大辱を得て退くのみ。 是より病なる
は莫し。子宋子曰く、
「侮らるるも辱ならず。
」之に應じて曰く、
「凡そ議は、必
将ず隆正(正しさの基準)を立てて、然る後に可なり。隆正無ければ則ち是非
は分たずして、辨訟決せず。故に聞く所に曰く、
「天下の大隆(正しさの最も根
本的な基準)は、是非の封界(境)
、分職名象(
「分」は社会的身分、
「職」は職
務上の位、
「名」は名義、
「象」は法則)起こる所にして、王制是れなり。
」故に
凡そ言議期命(言説・論議・期約・命令)の是非は、聖王を以て師為す。而し
て聖王の分は、榮辱是れなり。是れ兩端有り。義榮なる者有り、埶榮なる者有
り、義辱なる者有り、埶辱なる者有り。志意修まり、德行厚く、知慮明らかな
るは、是れ榮の中由り出づる者なり、夫れ是を之れ義榮と謂う。爵列尊く、貢
祿厚く、形埶勝り、上は天子諸侯と為り、下は卿相士大夫と為るは、榮の外從
り至る者なり、夫れ是を之れ埶榮と謂う。流淫汙僈にして、分を犯し理を亂り、
驕暴貪利なるは、是れ辱の中由り出づる者なり、夫れ是を之れ義辱と謂う。詈
侮(リ・ブ、ののしりあなどる)捽搏(ソツ・ハク、頭をつかんで押さえつけ、
手で殴る)
、捶笞(スイ・チ、二字共にむちうつことで、その刑)臏 (ヒン・
キャク、
「臏」は膝骨、
「 」は「脚」の古字、あしきりの刑)
、斬斷(手足を切
る)枯磔(
「枯」は市に屍をさらす事、
「磔」は車裂)
、藉靡(シャ・ビ、鎖で数
珠繋ぎにされること)舌キョ(
「キョ」は“いとへん”に“舉”の字、意は楊注
に未詳とある。字から判断して、猿轡を噛まされることか)なるは、是れ辱の
外由り至る者なり、夫れ是を之れ埶辱と謂う。是れ榮辱の兩端なり。故に君子
は以て埶辱有る可くも、以て義辱有る可からず。小人は以て埶榮有る可くも、
以て義榮有る可からず。埶辱有るも堯為るに害無く、埶榮有るも桀為るに害無
し。義榮・埶榮は、唯君子にして然る後に之を兼有す。義辱・埶辱は、唯小人
にして然る後に之を兼有す。是れ榮辱の分なり。聖王は以て法と為し、士大夫
は以て道と為し、官人は以て守と為し、百姓は以て俗と成し、萬世易うること
能わざるなり。今子宋子は案(
「則」の義)ち然らず、獨り容を詘して己を為め、
一朝にして之を改めんと慮る(楊注:宋子は聖人の榮辱を以て大分と為すを知
らず、獨り容を屈して辱を受けて己の道を為さんと欲す、其の謀慮は乃ち一朝
にして聖王の法を改めんことを欲するを言う)
。 は必ず行われざらん。之を譬
うるに、是れ猶ほ塼涂(セン・ト「塼」は「団」に通じまるい意、「涂」は泥、
泥団子)を以て江海を塞ぎ、焦僥(ショウ・ギョウ、楊注:短人長三尺の者)
を以て太山を戴くがごときなり。蹎跌(テン・テツ、つまづき倒れる)碎折(く
だけ折れる)せんこと、頃くを待たず。二三子の子宋子を善みする者は、殆ん
ど之を止むるに若ず、將に恐らくは復(兪樾曰く、
「得」の字は義無し、疑うら
くは「復」の字の誤りならん。これに従い改める)た其の體を傷わん。子宋子
曰く、
「人の情は、欲寡し、而るに皆な己の情を以て、欲多しと為す、是れ過な
り。故に其の群徒を率いて、其の談 を辨じ、
,其の譬稱を明らかにし、將に人
をして情の欲寡きを知らしめんとするなり。」之に應じて曰く、「然らば則ち亦
た人の情を以て、
(盧文弨曰く、此の「欲」の字は衍なり、句は當に下に連ぬる
べし)目は色を綦むることを欲せず、耳は聲を綦むることを欲せず、口は味を
綦むることを欲せず、鼻は臭を綦臭むることを欲せず、形は佚を(
「形」は身体、
「佚」は安逸)綦むることを欲せずと為すなり。此の五綦の者も、亦た人の情
なるを以て欲せずと為すか。」曰く、「人の情は是を欲するのみ。」曰く、「是の
若くなれば、則ち は必ず行われず。人の情を以て此の五綦の者を欲して多き
を欲せずと為すは、之を譬うるに、是れ猶ほ人の情を以て富貴を欲して貨を欲
せず、美を好みて西施を惡むと為すがごときなり。古の人の之を為すは然らず。
人の情を以て多きを欲して寡きを欲せずと為す。故に賞するに富厚を以てし、
罰するに殺損(サイ・ソン、楊注;
「殺」は「減」なり。削減の意)を以てする
なり。是れ百王の同じき所なり。故に上賢は天下を祿し(最高の賢者は天子と
為って天下の富を禄として受け取る)、次賢は一國を祿し、下賢は田邑を祿し、
愿愨(ゲン・カク、実直誠実)の民は衣食を完うす。今子宋子は是の情を以て
寡きを欲して多きを欲せずと為す。然らば則ち先王は人の欲せざる所の者を以
て賞し、而して人の欲する所の者を以て罰するか、亂焉より大なるは莫し。今
子宋子は嚴然として を好み、人徒を聚め、師學を立て、文典(諸本は「文曲」
に作る、王念孫曰く、「成文曲」は義通ず可からず、「曲」は當に「典」に為る
べし、字の誤りなり。文章の意)を成す。然れども は至治を以て至亂と為す
を免れざるなり。豈に過つこと甚しからずや。
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