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中古住宅流通活性化と住宅市場の将来ビジョン
特集 中古住宅市場の活性化に向けて 02 中古住宅流通活性化と 住宅市場の将来ビジョン なかがわ まさゆき 日本大学 経済学部 教授 中川 雅之 京都大学経済学部を卒業し、建設省入省後、国土交通省都市開発融資推進官などを経て、2004 年から日本大学 経済学部教授。専門は都市経済学で、主な著書に「都市住宅政策の経済分析」 (2003 年度日本経済図書文化賞) 、 「放棄された建物:経済学的な視点」 (2014 年学会賞・論文賞)等がある。最近の研究テーマは、実験的手法を 用いた都市政策の効果分析。 には「長期優良住宅の普及の促進に関する法律」に基づ 日本の不動産流通の特徴 き、耐用性能の高い住宅に対する補助、税制、金融上の 措置による支援を行っている。また住宅に関する修繕履 日本政府は中古住宅流通を活性化するための取組を、 歴などを蓄積することも進められている。 急速に進めようとしている。 【図表1】には、全住宅流通 量を中古住宅流通と新築住宅着工に分けたものが示され 何が中古住宅の流通を 阻害しているのか? ている。全住宅流通量に占める中古住宅の比率をみる と、日本が 13.5%であるのに対して欧米主要国のそれ は7〜9割に上っている。この状況を受けて、日本政府 は住生活基本計画において、この比率を 2015 年までに 23%にするという目標を掲げている。そして、2009 年 図表1 (1) 情報の非対称性問題 このような「日本の不動産流通の特徴」を引き起こし 全住宅流通量に占める中古住宅流通戸数の国際比較 1 600 0.9 0.8 0.7 400 0.6 0.5 300 0.4 200 0.3 0.2 100 0.1 0 0 日本 米国 英国 フランス (注1)国土交通省資料による (注2)日本は 2008 年、米国、英国、フランスは平成 2009 年の数値 26 Housing Finance 2014 Summer 中古住宅比率(%) 住宅戸数(万戸) 500 中古住宅流通量 新築住宅着工戸数 中古住宅比率 中古住宅流通活性化と住宅市場の将来ビジョン ている原因として、 「情報の非対称性」が指摘されること の利得)を整理している。売り手だけ〈管理レベル高〉 が多い。売り手と買い手が持っている、財の品質に関す という戦略に変更しても、品質に関する調査が行われな る情報量に大きな格差がある場合は、 「逆選択」と呼ばれ いから、中古住宅は高い価格では売れず、売り手の利得 る市場から良質な財が逃避してしまう現象が生じること が0に低下する。次に買い手のみがインスペクションを が知られている。このような逆選択が、日本の中古住宅 行っても、売り手が高いレベルの管理を行っていない限 市場を縮小している可能性が指摘されている。中古住宅 り、コストをかけた分だけ買い手の利得は低下して0に 市場で逆選択が存在することを直接検証した研究は、日 なる。しかし両方が同時に戦略を変えた場合は、双方の 本だけでなく米国においてもない。しかし、瀬下・原野 利得が倍増する。 (2014)においては、住宅性能保証などの追加された情 このようなゲームは複数均衡問題として知られている 報が中古住宅価格を上昇させていることを実証してお 「解決が困難な問題」である。このゲームでは、 〈管理レ り、間接的にではあるが、逆選択の存在を示唆している。 ベル低×調べない〉という状態と、 〈管理レベル高×調べ また日本住宅総合センター(2007)においては、日本の る〉という状態が双方とも、 「ナッシュ均衡」といわれる 住宅が経年変化とともに急速に減価していくことが示さ 状態になっている。しかし、 〈管理レベル低×調べない〉 れている。 均衡に社会がある場合に、 双方にとってより望ましい 〈管 理レベル高×調べる〉という均衡に移行することができ (2) 複数均衡問題 るだろうか? 日本政府は、情報の非対称性問題を解決するために それは非常に困難だ。 【図表2】から明らかなように、 様々な対応を行おうとしている。これまでにも住宅履歴 一方だけが戦略を変えても、 相手が戦略を変えない場合、 情報の蓄積を進める政策がとられてきた。現在も MLS 戦略を変えた方の利得は低下する。二つの均衡のうち社 (Multi Listing System)をモデルに、不動産取引におい 会的な価値が低い均衡を、価値が高い均衡に移行させる てやりとりできる情報を蓄積する「情報ストック構想」 、 ことは、自然には実現しない。売り手と買い手が同時に インスペクションの充実などの政策が講じられようとし 選択を変更することが必要になる。そのためには、売り ている。 手と買い手というゲームに登場するプレイヤーが「同時 このような政策の施行によって、中古住宅流通の活性 化は進むだろうか。ここで、中古住宅の売り手と買い手 に行動を変える」ことが、双方にとって好ましい結果を もたらすという世界観を共有することが重要だろう。 が登場する簡単なゲームによって、日本の中古住宅市場 の状況を描写する。売り手の選択できる戦略は、現在居 住している住宅に関する管理レベルである。一方、買い ( 3 ) 「日 本 の 不 動 産 流 通 の 特 徴 」 が 消 費 者 に も たらしているもの 手には売りに出されている中古住宅の品質に関する「調 自分が住んでいる家を売却することができない場合、 査を実施しない」という戦略と、 「調査を実施する」とい 自分だけで「その住宅を使い切ってしまう」という居住 う二つの戦略があるものとする。 スタイルがもたらされる。技術的には、住宅という財は 二つのゲームのプレイヤーの選ぶ戦略の組み合わせは 世代を超えて存続させることができる。しかし、中古住 4通りある。 〈管理レベル低×調べない〉という組み合 宅市場が発達していないことから、日本の住宅の寿命は わせを基準にして、 【図表2】で(売り手の利得、買い手 欧米のそれに比較して非常に短いものとなっている。滅 図表2 売り手 中古住宅市場の売り手と買い手の利得表 買い手 自分の家の維持管理レベル低 自分の家の維持管理レベル高 中古の品質を調べない 中古の品質を調べる (10,10) (0,10) (10,0) (20,20) Housing Finance 2014 Summer 27 特集 中古住宅市場の活性化に向けて 失住宅の平均寿命を国際比較すると、日本は 27 年( 「住 ック数は両者の人口規模を勘案すればほとんど差がな 宅 土 地 統 計 調 査」 (2003、2008) ) 、米 国 は 64 年 い。一方、新築住宅着工戸数は日本の方が3割程度多い。 ( “American Housing Survey”(2003, 2007)) 、英国は 2005 年時点での比較を行っており、2005 年は米国の住 84 年( “Housing and Construction Statistics”(2003, 宅ブームの頂点であるから、通常はもっと大きな差がつ 2008))となっている。 いていると考えられる。このことは日本の住宅の短い住 宅寿命、高い償却率を反映している。 中古住宅市場活性化が住宅市場全体に 及ぼす影響 しかし金額で比較すると、一人当たりの住宅投資額も 住宅資産額も逆に米国のそれが日本の2倍もの値をつけ ることになる。これは、耐用年数のみならず広さなども 含めた住宅の質が、米国で高いことを反映している可能 (1) 性がある。質の良い住宅が転々流通していく社会では、 日米比較 中古住宅市場を活性化させることは、消費者の住み替 住宅資産の価値が高いのはもちろん、それを供給、維持 えや移動を促し、消費者の厚生水準を向上させそうであ 管理するための投資額も大きなものとなっている可能性 る。しかし、供給者側にはどのような影響をもたらすだ が高い。 ろうか。住宅メーカーや不動産業者は【図表2】に直接 登場するプレイヤーではない。しかし、耐用性能の高い (2) シミュレーション 住宅を供給したり、中古住宅を仲介することでゲームを 次に国際比較だけでなく、中古住宅市場が活性化した 進行させるこれらの者が、住宅価格の下落や住宅投資の 場合の住宅市場の全体像について、ストックフローモデ 減少などの懸念を持っている場合、 【図表2】に示した新 ルを用いた簡単なシミュレーションによって表す。 しい均衡に移ることはできないだろう。 ① ストックフローモデルとは まず、 中古住宅市場が発達していると考えられている、 ストックフローモデルとは、住宅に対する需要を、他 米国の住宅市場と日本のそれを比較してみる。 【図表3】 の金融資産とのバランスを考えながら決定する消費者の に整理したデータを基に、一人当たりの戸数(戸/人) 、 行動と、そこで決まった価格に応じて新築住宅を供給す 金額(10 億円/人)のフロー、ストックの数値を算出し、 る住宅メーカーなどの行動を前提とした住宅市場モデル 【図表4】において表示している。 【図表5】は日本のそ れぞれの値を1とした場合の米国の指数である。 い ら れ て い る(Potaeba(1984) , Dipasquale and 【図表5】から明らかなように、日本と米国の住宅スト 図表3 であり、長期的な住宅市場の分析においては標準的に用 Wheaton(1994) ) 。 【図表6】では4つの図が関連づけ 日米の住宅市場関係データ(2005 年) 総人口(千人) 世帯数(千世帯) 住宅ストック(千戸) 新築着工戸数(千戸) 日本 127708 49040 53866 1236 米国 291089 111278 120834 2068 住宅投資額 18955.3(10 億円) 住宅資産額 346991.6(10 億円) 775(10 億ドル) 13275.9(10 億ドル) (出典)“Financial Accounts of the United States”、”National Income and Product Accounts Tables”、 「国民経済計算年報」、 「既存住宅市場に 関する日米比較」(リクルート) 図表4 日米の住宅フロー及びストックの戸数、金額ベースの比較(2005 年) フロー(戸数) ストック(戸数) フロー(投資額) ストック(資産額) 日本 0.00968 0.42179 0.14843 2.71707 米国 0.00710 0.41511 0.29345 5.02680 (注)米国の資産額、投資額については 2005 年の為替レートで円に換算。 28 Housing Finance 2014 Summer 中古住宅流通活性化と住宅市場の将来ビジョン 図表5 日米の住宅市場構造の比較 フロー(戸数) 2.00000 1.50000 1.00000 0.50000 ストック(資産額) 日本 0.00000 ストック(戸数) 米国 フロー(投資額) られて描かれているが、第Ⅰ象限は住宅サービス市場の 均衡を表したものとなっている。住宅のサービス水準は 戸数 C0 が与えられた場合、住宅ストック数は、 H0=C0/δ 住宅ストック水準によって表すことができるため、横軸 として表されることとなる。 【図表6】に描かれている に住宅ストック、縦軸に家賃をとった住宅サービス需要 ように、この4つの図が四角形で結ばれているとき、住 関数を描いている。ストックとしての住宅サービス量は 宅サービス市場、住宅資産市場の同時均衡が達成されて 短期的には固定されたものと考えることができる。この いる。 ため、与えられた住宅ストック量 H0 に対応して、住宅 ② サービス需要曲線上の家賃 r0 が決定されている。 中古住宅市場活性化をどう表現するか これからこのストックフローモデルを用いたシミュレ 次に第Ⅱ象限においては、住宅サービス価格である家 ーションによって、中古住宅市場の活性化がどのような 賃と住宅資産価格である住宅価格の関係を描写してい 影響を住宅市場全体に与えるかを考察する。シミュレー る。二つの変数の関係は、無限期間の耐用年数があるも ションにおける重要な問題として、中古住宅市場が活性 のとして、住宅価格=家賃/利子率という関係が成立し 化したということを、モデル上どのようにして表現する ている。このため、住宅サービス市場で成立した家賃 r0 べきかという問題がある。最も直接的な表現は、住宅寿 に従って、住宅価格 P0 が決定されることとなる。 命が延びることで、住宅の滅失率が低下するというもの 次に第Ⅲ象限においては、住宅供給曲線が描かれてい る。横軸には住宅価格、縦軸にフローである住宅建設戸 であろう。 【図表7】の左上の二つの図にあらわされているのは、 数がとられている。描かれている曲線が再建築価格によ 【図表6】の第Ⅳ象限の住宅建設戸数と住宅ストックと り示された住宅の限界費用曲線だと考えれば、この曲線 の関係である。滅失率が低下するということは、同じ新 は、住宅価格 P0 が与えられた場合に供給される住宅建 規供給量で維持できる住宅ストックのボリュームが上昇 設戸数 C0 を示す住宅供給曲線でもあることがわかる。 することを意味する。このため住宅ストック数は増加す 第Ⅳ象限は、住宅のフローとしての新規建設戸数と整 る。しかし、ここで注意が必要なのは、住宅ストックと 合的な住宅ストック数の関係を表したものとなってい してここで位置付けられているのは、住宅サービスの質 る。住宅ストック数の変化を△H として、新規建設戸数 も含めたものであるため、より広い住宅、バリアフリー、 を C、滅失率を δ とすれば、 省エネ、 耐震性能などの良質な住宅が供給されることは、 △H=C−δH この住宅ストックの量は増加することになる。 という関係が成立する。定常状態のフローとストックの この住宅ストックの増加は何をもたらすだろうか。こ 関係は、△H=0が成立しているため、住宅の新規着工 れは先に説明した【図表6】の第Ⅰ象限の関係から導か Housing Finance 2014 Summer 29 特集 図表6 中古住宅市場の活性化に向けて 住宅市場のストックフローアプローチ 家賃 住宅価格=家賃/利子率 住宅需要関数 住宅ストック=f(家賃,所得‥) Ⅰ象限 r0 Ⅱ象限 P0 住宅価格 住宅ストック S0 C0 Ⅲ象限 Ⅳ象限 住宅供給関数 住宅建設戸数=g(住宅価格,生産技術‥) 住宅ストック=住宅建設戸数/滅失率 住宅建設戸数 れる。改めて【図表7】の左下に描かれているが、住宅 それは日本の住宅需要の価格弾力性を低位にとどめてい ストックの量が増加したときに、家賃つまり、住宅サー る可能性があろう。白石(2003)の実証分析結果を【図 ビス価格が低下することが描かれている。しかし、これ 表8】に示しているが、米国の方が価格弾力性が高い。 は住宅価格が低下することを即座には意味しない。先に このように中古住宅市場が活性化することで、滅失率が 説明した【図表6】の第Ⅱ象限においては、住宅が無限 低下し、価格弾力性が上昇する可能性がある。 期間存続することを前提に、家賃と住宅価格の関係が描 【図表9】に描いているように、価格弾力性の高い緩や かれているが、実際には住宅には寿命があるため、 【図表 かな傾きの住宅サービス需要曲線の場合、住宅ストック 7】の右下の図のように、住宅価格は獲得できる家賃を が増えても大きく、家賃が下落しない。このため、中古 住宅が存続する期間中加算したものになる。このため、 住宅価格も上昇する可能性が高くなるだろう。逆に傾き 住宅価格は家賃の低下と住宅寿命の長期化の相対関係で の急な住宅サービス需要曲線、つまり価格弾力性が低い 決定されることになる。 【図表6】の第Ⅲ象限に描かれ 場合は、住宅価格が下落して住宅の新規供給量も減少す ているように、住宅価格が上昇するか下落するかによっ る可能性が高くなるだろう。以上のように、住宅価格に て、新規供給量が増加するか減少するかが決定される。 対する滅失率低下の影響は一意には定まらないため、現 ここで【図表6】の第Ⅲ象限では「住宅建設戸数」とあ 在の日本の住宅市場で成立しているであろうとパラメー るが、住宅の広さや質が向上した場合、新規供給量は増 タの値を前提に、滅失率や価格の弾力性を変化させるシ 加することに注意して欲しい。 ミュレーションを実施する。 滅失率以外に、中古住宅市場が活性化した場合の影響 ③ シミュレーション結果 を受けるだろうと考えられる、ストックフローモデルに ア 価格 おける重要な変数として、住宅需要の価格弾力性を上げ 【図表7】から住宅ストックについては、滅失率が低下 ることができる。中古住宅市場が未整備な場合、 「一旦 すれば必ず増加することがわかる。このため価格 P に 買って、市況や出てくる物件の状況を見て、買い直す」 関して、δ を 0.11※1から 0.75 まで変化させた場合のシ という方法をとることができないため、代替材があまり ミュレーションを行った。前述のとおり需要の価格弾力 ない中で、 短いサーチ期間で選択をしなければならない。 性について 0.6〜2のバリエーションを持たせて検証を 30 Housing Finance 2014 Summer 中古住宅流通活性化と住宅市場の将来ビジョン 図表7 滅失率低下の影響 滅失率が低下すると同じ新規供給 量で維持することのできる住宅ス トックのボリュームが上昇する。 ↓新設 ここでの住宅ストックと は戸数ではない。住宅サー ビスの量、広い住宅、質 のいい住宅だと増加する。 ↓新設 滅失← どちらの効果が大きいかによって価格が 上がるか下がるかは事前にはわからない。 価格が上がれば、新規供給量も上昇する。 滅失← 家賃=住宅サービスの価格 家賃=住宅サービスの価格 住宅ストック 量が増えるか ら、家賃(住 宅サービス価 格)は低下す る。 住宅価格とは、稼げる家賃の (現在価値の) 合計だから、滅 失率が低下して、耐用年数が 伸びると住宅価格は上昇する。 住宅ストックの量 従前の滅失率に基づく耐用年数 新しい滅失率に基づく耐用年数 図表8 日米の住宅需要(帰属家賃)の価格弾力性 日本 帰属家賃 米国 その他消費 帰属家賃 その他消費 所得弾性値 0.46634 1.10833 0.2468 1.0892 価格弾性値 − 0.40041 − 0.98864 − 0.53696 − 1.03472 (出典)白石(2003)より している※2。 【図表 10】は滅失率が 0.11 の場合の価格 ョン需要の価格弾力性は 1.3 程度とされているが、この を1として、滅失率の変化に伴う価格の変化を指数によ 程度の値がちょうど価格が変化しない分岐点となってい って表現している。 る。 価格弾力性が低い領域では、価格は低下している。例 えば需要の価格弾力性が 0.6 の場合滅失率が 0.075 ま で低下すると、価格は2割程度低下している。これは価 イ 住宅投資額 最後に住宅投資額に関するシミュレーションの結果を 報告する。 格弾力性が低い場合、滅失率の低下に伴うストックの増 住宅資産価格に関する結果とほぼ同様の結果が得られ 加が大きな住宅サービス価格の低下をもたらし、それが ている。つまり価格弾力性が低い領域については、住宅 住宅寿命の延長に伴う住宅資産価格の上昇を打ち消して 投資額は低下している。例えば需要の価格弾力性が 0.6 しまうほどの効果をもつためであろう。 の場合、住宅投資額は2割以上下している。価格弾力性 一方、価格弾力性が高い領域、例えばそれが2のケー が高い領域、それが2のケースにおいては、住宅価格は スにおいては、住宅価格は1割程度上昇している。吉 15%程度上昇している。現在の首都圏のマンション需要 田・西方・中村(2010)によれば現在の首都圏のマンシ の価格弾力性は 1.3 程度とされているが、この程度の値 ※1 国土交通省資料によれば、日本の住宅寿命は 27 年、英国の住宅寿命は 84 年、米国の住宅寿命は 64 年とされている。この場合残存価値が5%以下となる滅失率 は、最も短い日本で 0.11、米国と英国の平均で 0.04 となる。シミュレーションでは、現在の滅失率 0.11 を、米国及び英国の滅失率との中間の値 0.075 まで変 化させた。 ※2 吉田・西方・中村(2010)ではマンション需要の価格弾力性を時系列的に計測しており、0.6〜2.0 程度としている。 Housing Finance 2014 Summer 31 特集 図表9 中古住宅市場の活性化に向けて 住宅サービス需要の価格弾力性の影響 家賃=住宅サービスの価格 住宅ストックの量 普通の財としての住宅=何度でも買い直しができる 必需品としての住宅=一生に一回の買い物 家族形成の時期になって住宅を購入するが、売却+購入 を繰り返すことができるため、住宅選択の期間が長く、 多くの選択肢から選ぶことができる。 価格と住宅サービスの関係に敏感であり、住宅ストック が増えても大きく家賃=サービス価格が下がらない。 家族形成の時期になると住宅を購入するが、 売却+購入を繰り返すことができないため、 住宅選択の期間は短く、少ない選択肢から 選ぶ。 価格と住宅サービスとの関係にそれほど敏 感ではない。このため、住宅ストックが増 えると家賃=住宅サービス価格は大きく下 がる。 図表 10 住宅価格 P に関するシミュレーション結果 1.15 0.105 滅失率 価格の指数︵現状=1︶ 1 0.095 0.85 0.085 0.075 0.7 0.6 0.8 1 1.2 1.4 1.6 1.8 2 住宅需要の価格弾力性 がちょうど価格が変化しない分岐点となっている 【図表 11】 。 明らかになったのは、住宅の滅失率の低下に伴い住宅資 産額は上昇するが、住宅価格、住宅投資額は下落する場 中古住宅市場を活性化させるために 合も上昇する場合もあるということであった。価格弾力 性が高い場合は双方とも上昇するものの、低い場合はそ うはならなかった。財の価格弾力性はどのような場合に 中古住宅市場の活性化に関するシミュレーションから 32 Housing Finance 2014 Summer 高くなるのだろうか。ミクロ経済学の教科書では通常、 中古住宅流通活性化と住宅市場の将来ビジョン 図表 11 住宅投資額 C × P に関するシミュレーション結果 1 0.105 滅失率 住宅投資額の指数︵現状=1︶ 1.15 0.095 0.85 0.085 0.075 0.7 0.6 0.8 1 1.2 1.4 1.6 1.8 2 住宅需要の価格弾力性 代替材が多い場合、選択に時間をかけることができる場 〈参考文献〉 合に弾力性は高まるとされている。住宅に関しては、人 原野啓・瀬下博之(2014) 、 「中古住宅取引における情報の非 生ただ一回きりの選択ではなく、 「一旦買って、市況や出 対称性の影響─住宅性能保証書と住宅性能評価所の効果 てくる物件の状況を見て、買い直す」ことができる、柔 軟な不動産流通市場が構築されている場合には、住宅需 要の価格弾力性は高くなるだろう。 このことは、耐用性能に優れている住宅の供給を促進 するだけでは、参加する全てのプレイヤーが得をするい わゆる Win-Win の状況を生み出すことができないこと を意味する。一方、柔軟な不動産流通市場の整備を伴う ─」 、日本経済研究(近刊) 日本住宅総合センター(2007) 『建築後年数の経過が住宅価格 に与える影響』 DiPasquale, Denise and William C. Wheaton (1994) “Housing Market Dynamics and the Future of Housing Prices,” Journal of Urban Economics, vol. 35 (1), pp. 1-27 Potarba, James M. (1984) “Tax Subsidies to Owner Occupied Housing, An Asset-Market Approach,” Quarterly Journal of Economics, vol. 99 (4), pp. 729-752 中古住宅流通の活性化は、自己実現的である。それは価 Wheaton, William C. (1999) “Real Estate ʻCyclesʼ Some 格弾力性が高い消費者の反応を生み出し、住宅価格、住 Fundamentals,” Real Estate Economics, vol. 29 (2), pp. 宅資産額、住宅投資額の拡大に結びつくため、参加する 209-230 プレイヤーが中古住宅市場活性化のために行動、戦略を 変えるインセンティブを増加させる。 白石憲一(2003) “Comparative Analysis Concerning OwnerOccupied Housing Investment in Japan and United States,” Keio SFC Journal vol. 2 (1), pp. 152-167 このような意味において、日本政府がこれまでに取り 吉田光正、西方史子、中村悦広(2010)「マンション需要の価 組んできた長期優良住宅の供給促進のような取組だけで 格弾力性の計測─地域別、時期別分析─」総研リポート、 は、参加する全てのプレイヤーの行動を変えることが困 難であったと言える。不動産情報ストック構想のような より柔軟な不動産市場を作るための取組と、そのような vol. 4, pp. 19-31 井上智夫、清水千弘、中神康博(2009) 「首都圏住宅市場のダ イナミックス」住宅土地経済、No. 74, pp. 18-26 動きに参加することが、住宅市場自体を拡大する自己実 現的な取組であるというメッセージを市場やその参加者 に発信することが非常に重要になってくるだろう。 Housing Finance 2014 Summer 33