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ハーバード大学とMITの アクティブラーニング視察報告 - Kei-Net

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ハーバード大学とMITの アクティブラーニング視察報告 - Kei-Net
大学での最先端の「学び」はどうなっているのか
ハーバード大学とMITの
アクティブラーニング視察報告
教育ジャーナリスト 友野伸一郎
河合塾教育研究開発本部では、大学教育力調査を行っ
ている。これまで、大学の教養教育、アクティブラーニ
ング調査などを行い、その結果をシンポジウムや『「深い
学び」につながるアクティブラーニング』
『アクティブラー
ニングでなぜ学生が成長するのか』
(河合塾編著)等で発
表している。
その大学教育力調査プロジェクトの一環として、河合
アメリカにおける大学教育
最新の流れを象徴する 3 つのキーワード
塾では今年3月上旬にハーバード大学とマサチューセッ
ツ工科大学(以下、MIT)を訪問し授業を見学する機会
を得た。7・8月号では、同プロジェクトのメンバーで
ある教育ジャーナリストの友野伸一郎氏に、訪問記を寄
稿してもらった。ハーバード大学とMITで展開されてい
る、世界最先端のアクティブラーニングの動きを感じ取っ
ていただけたら幸いである。
と反転していることを指す。
注意しておきたいことは、これらの3点はどれも深く
まず、アメリカの大学教育において現在、最先端で進
相互に関係していることである。MOOCs のような試み
んでいて注目されることがらについて、3点に絞って紹
はICTの発展によって初めて可能になったものであり、
介しておきたい。
また反転授業も多くの場合ICTに支えられている。自
第一はICTの活用である。ICTとは Information
宅で学ぶ内容はインターネットで配信されるテキストで
and Communication Technology のことであり、この活
あったり、あるいは動画で配信されている講義型の授業
用によりアメリカの大学教育はさまざまな面で大きな変
であったりする。ヨーロッパの大学で、MIT から配信
貌を遂げつつある。具体的にはクリッカー(後述)の使
される講義を自宅で見て知識を学び、教室ではそのビデ
用から始まり、さまざまなハードウェアやソフトウェア
オから得た知識を活用してアクティブラーニングを行う
が授業で活用されるようになっているし、後に詳しく紹
というような取り組みも行われているのである。
介する TEAL などのハイテク教室もその一例である。
第二は MOOCs(Massive Open Online Courses)に
示される、授業のオンラインでの大規模な公開である。
講義は行わない! Mazur 教授の「応用物理」
これはハーバード大学や MIT などの多くの大学が取り
さて、ここからが具体的な視察報告である。
組み、全世界で約 700 万人が登録しているとされる。最
ハーバード大学では Eric Mazur 教授が行う「応用物理」
近では双方向性が確保され、宿題なども出されるように
の PBL 型(注1)の授業を視察した。これは 2 回見学し、1
なって、試験に合格すると履修証明も発行される。
回目は学生グループによるプレゼンテーション、2 回目は
アメリカのトップの大学がなぜこのようなオンライン
ピアインストラクション形式(詳細は後述)の授業であった。
授業公開の取り組みに力を入れているのかと言えば、全
この授業は、Mazur 教授が PBL 型の授業を一から設
世界から優秀な学生を集めるためであり、そこが「授業
計しなおして、2012 年度から始まったものである。そ
を受けるのは授業料を払った学生の特権」と捉えてきた
の理由を教授は次のように説明してくれた。
日本の大学が乗り遅れる原因とも指摘されている。
「学生を勉強に駆り立てるものは試験ではありません。
そして第三が Flipped Classroom =反転授業である。
試験を勉強に駆り立てるための手段とすれば、学生は丸
反転授業とは、通常の授業のように教室で新しい知識を
暗記に精を出すでしょうが、試験が終われば忘れてしま
学ぶのではなく、教室に集まる前に自宅で知識を学んで
います。一番大切なことは、学生が学びたいと心から思
おき、教室ではその知識を活用するアクティブラーニン
うことです」と。学びたいという欲求に火をつけること
グが行われるというように、教室の内と外が従来の授業
ができれば、学生はどんな困難なことでも乗り越えて自
注1:Project/Problem Based Learning 問題解決型の学習。
32 Kawaijuku Guideline 2013.7・8
ハーバード大学と MIT のアクティブラーニング視察報告
ら学ぶ。そうした教授の考えがすべて反映された科目で
ある。
具体的には、この授業では教員からの講義は行われな
い。その代わりに、学生たちは 1 つのテーマに 3 カ月か
けて取り組み、そのテーマの解決策を考える。そのため
の分析手法として物理学を学ぶのであり、また教員は学
生たちが必要な物理の知識を身につけ、活用するのを援
助する。つまり、核心とされているのはテーマにグルー
プで取り組むことであり、そのテーマを解決するために
Learning Catalytics の説明
物理を学ぶという点が徹底されているのである。それは、
実にA4用紙6枚にも達するシラバスにおいて強調され
きがあった。またテーマそのものについては、ユニーク
ている。
であるとも言えるが、日本の学生でも同様のテーマに取
では実際の教室をのぞいてみよう。
り組むかもしれないと感じた。
プレゼンテーションが始まる前に、いくつかの学生グ
しかし、見た目での一番の違いはプレゼンテーション
ループが熱心にリハーサルを行っている。リハーサル中
に取り組む姿勢とそのスキルである。これは日本の学生
にグループ内の他の学生が、
「こっちを向いてしゃべる
とは大いに異なる印象で、組み立てもしゃべり方もスキ
方が効果的だ」などのアドバイスをしている。
ルも堂に入っている。どのグループもメモを見たりなど
時間になると最初に Mazur 教授がルールを説明し、
しておらず、聴衆の方を向いて身振り手振りを交えて話
ティーチングフェロー
(注2)
が教室の入口付近のテーブ
しているのである。質問の受け付け方もしかりである。
ルにお菓子と飲み物が用意されていることを伝えて、プ
授業の前に熱心にリハーサルをしていたグループもあっ
レゼンテーションが始まる。
たが、このような学生たちのプレゼンテーションへの積
プレゼンテーションでは、5 ~ 6 人で構成された 5 つ
極的な取り組みを促しているのが、プレゼンテーション
の学生グループが環境問題について 3 カ月にわたって調
の相互評価シートである。
べ学んできたことを 10 分間プレゼンテーションし、5
評価項目は数十にも及び、その中には「ボイススキル」
分間質疑応答の後に 10 分間で学生と教員全員が評価
「非言語的表現」や「ユーモア」などの項目があり、
「ユー
シートに記入するというように進んで行く。
モア」の項目では「発表者が笑っているだけで聴衆は誰
まず第 1 組のテーマは「エネルギー問題」
。雷のエネ
も笑っていない」などの評価記述もあった。つまりスキ
ルギーを利用してエネルギー問題の解決に資するという
ル面へのシビアな評価が学生たちの熱心な取り組みを促
アイデアである。第 2 組は「水問題の解決」で、脱イオ
しているのであり、こうして学生たちはプレゼンテー
ン化する方法で真水を確保するというアイデア。第 3 組
ション力が鍛えられているわけである。
は「地球エネルギー問題」で、蓄電池によって解決する
そして、もう一つ驚いたのがこの授業を支えているI
アイデアだ。
CTである。
ここで Mazur 教授は他チームを採点することも勉強
この授業では「Learning Catalytics」と呼ばれるプラッ
になることを強調。学生たちはプレゼンテーションの評
トフォームが活用されている。アメリカの大学ではク
価用紙に記入した後、各グループでなぜそういう評価な
リッカーと呼ばれるツールが活用される場合が多い。ク
のかを討議している。
リッカーとは、テレビのリモコンのような装置で、学生
さらに第 4 組は「電気分解で川を浄化」するというア
全員が手に持って教員からの選択式の質問にボタンを押
イデアを発表し、最後の第 5 組が「レーザー発電により
して回答する。教員は、その正答率などを教壇のパソコ
電力問題を解決」というアイデアのプレゼンテーション
ンでチェックし理解度を確認しつつ授業を進めることが
であった。
できるわけである。このクリッカーは日本ではまだ少数
発表の内容とレベルは、グループによりかなりバラつ
の大学しか導入していない現状があるのだが、Mazur
注 2:教授や講師のもとで教育に携わる大学院生。ハーバード大ではティーチングアシスタントよりも訓練されており、報酬も高い。
Kawaijuku Guideline 2013.7・8 33
教授を中心としたグループによって開発された
ぜそうなるのかが説明される。
Learning Catalytics は、クリッカーよりもはるかに先
そして、このサイクルを 1 セットにして、授業時間中
を行くものである。
はずっと質問が繰り返されていくのである。
これは学生のノートパソコンやタブレット型のパソコ
このピアインストラクションのポイントは、事前学習
ン、スマートホン上で作動し、教員からの質問などが表
が必須で反転授業になっていることと、異なる意見を持
示されるとともに、それへの回答を、例えばグラフを描
つ学生相互が教え合う(ピアインストラクション)こと
くというビジュアル的な手法でも行うことができる。教
で、学生の正しい答(知識)への欲求が掻き立てられる
員は自らのパソコンで、教室内の学生がどのような曲線
ことである。
のグラフを描いているかを瞬時に把握することができ、
このピアインストラクションは数百人規模の大教室で
しかも、どれだけの学生が、どれくらいの速さで回答し
の授業でも可能なアクティブラーニングであるが、私た
ているかの分析も可能となる。そして、そのデータは授
ちが見学した「応用物理」の授業は、50 人規模であり、
業法の改善に活用されるのである。
しかもティーチングフェローが各テーブルに 1 人配置さ
また、予習を学生個人が単独で行うのではなく、予習
れるなど、かなり手厚いフォロー体制が敷かれていた。
プロセスそのものを他の学生とともにネット上で共有し
つまり、この「応用物理」では、知識を身につけさせる
ソーシャルに行う「NB」というシステムが使われている。
ためのピアインストラクション授業と、その知識を活用
これは MIT が開発したものであるが、具体的には予習
して課題を解決する PBL とを組み合わせることで、1
のテキストのどこに誰がアンダーラインしたかなどが
年間を通じてアクティブラーニングによる高い教育効果
ネット上で共有できるシステムである。
を実現しようとしているのである。
もちろん、これは Mazur グループが世界最先端のア
クティブラーニングを行っており、世界中から多くの研
究者が彼の下に集まって、さまざまな協力を行っている
四方にスクリーンがある
MIT の TEAL 教室での「物理」授業
ことから可能となっているものであり、ハーバード大学
MIT では、Peter Dourmashkin 上級講師による物理
の多くの授業で導入されているわけではない。
の授業を見学した。この授業は TEAL と呼ばれる教室
ただ、こうした新たな授業法やプラットフォームの開
を使用して約 100 名の学生を対象に行われている。
発、データ取得と解析が PDCA サイクルとして機能し
TEAL と は Technology Enabled Active Learning の
ている点には、クリッカーの普及さえこれからの観があ
略で、テクノロジーにより可能になるアクティブラーニ
る日本との大きな隔たりを感じざるを得なかった。
ングという意味である。
まず TEAL そのものについて紹介しよう。教室には
学生同士が教え合うピアインストラクション
10 人掛けのラウンドテーブルが 12 個置かれ、各テーブ
ルには 3 台のデスクトップパソコンが設置されている。
後日、同じ科目でピアインストラクションが行われて
学生はこのパソコンや自分のパソコンを使っている。部
いる授業も 30 分ほど見学することができた。実は Mazur
屋の四面の壁には 8 つのスクリーンが降りてくる。学生
教授と言えばピアイントラクションが有名なのである。
たちは前だけではなく、自分の向いている正面のスクリー
ピアインストラクションを簡単に説明すると、学生は
ンを見ればよいのである。
事前にテキストを予習してきて、授業では教員から学生
また、四方の壁はすべてホワイトボードになっている。
に対して質問が出される。学生はその質問にクリッカー
パワーポイントを投影している途中で教員がホワイト
や Learning Catalytics を通じて回答するとともに、自
ボードに板書すると、画面は自動的にホワイトボードを
分の周囲に自分と異なる回答をした学生を探し、その学
映すように切り替わる。
生に対して自分がなぜそのように回答したのかを説明し
授業は教員の講義によって始まった。そして授業中に
議論するのである。その議論の時間は 2 分程度と短く、
学生たちに課題が出されると、学生たちはホワイトボー
その議論の後にもう一度同じ質問が出されて、もう一度
ドのところに行き、そこで数式を書きながら議論する。
学生が回答する。その後に、教員から正答が示され、な
この際のグルーピングは自由とのことで、2 人から 5 人
34 Kawaijuku Guideline 2013.7・8
ハーバード大学と MIT のアクティブラーニング視察報告
以上までさまざまである。
2 回目の質問にはクリッカーで回答し、その回答を巡っ
て学生同士で議論をしている。ただし教員は回答の比率
などを学生に明示することはしていない。その理由とし
て、回答比率に学生の意識が向かうと、元に戻るまで 5
分程度がかかり、授業が中断されるからとのことであった。
この授業でも眠っている学生は1人もいなかったが、
時間がたつにつれてだれてくる雰囲気があった。授業中
に飲み食いしている学生もいる。聞くところによると、
MIT では昼食時間が時間割としてとられておらず、授業
中に飲み食いはやむを得ない面があるらしい。
MIT の TEAL 教室授業
<グラフ> Pre-Post Concept Test Scores
N students=176
ただ、この授業からは、ある意味ではその充実した施
設を十分に使いこなせていないような印象も受けた。
「教
員が教え過ぎない」ことがこの授業では掲げられている
のだが、Mazur 教授の授業と比較すると教員が一方的に
話す時間が長く、TA(大学院生のティーチングアシスタ
ン ) なども後ろの席に所在なく座っているだけで活用で
きていない印象も受けた。
視察団の1人からは、このように講義時間が長い場合、
TEAL のように四方にディスプレイがあると学生の視線
100
90
80
70
N students=121
83
60
100
Pre
Post
64
90
56
60
70
60
40
50
61
80
57
50
40
30
22
20
Post
High
25
20
10
0
Pre
Intermediate
Low
Experimental group - Fall 2001
50
40
40
30
Pre
Post
56
10
0
High
Post
Pre
Intermediate
Low
Control group - Spring 2002
※東京大学ホームページ MIT Senior Lecturer Physics:
Peter Dourmashkin 講演資料より
が分散し、教員が学生に対してアイコンタクトができな
いるが、私たちが視察したのは講義の授業である。
いというデメリットがあり、この形式の授業なら何も
階段教室で聴講する学生は約 200 人、全員がノートパ
TEAL で行う必要はないのでは、という意見もあった。
ソコンを開いている。教室の前方の大きなスクリーンにパ
ただ、Dourmashkin 上級講師による TEAL での物理の
ワーポイントが映写され、教員はそれを指しながら話して
授業は、一方的な講義と比較すると大きな成績向上をもた
いるのだが、同じデータが学生にも事前に配布されている。
らしており、その比較も公開されている。<グラフ>中の
だから、スクリーンを見ながら聴いている学生もいれば、
右のグラフは一方的な講義授業で、手前が授業前、奥が
自分のノートパソコンを見ながら聴いている学生もいる。
授業後、左から成績上位、中位、下位の学生群である。
圧倒されるのは、教員のパフォーマンスである。まず
左のグラフは TEAL でのアクティブラーニングを含んだ
テンポが速い。そして身振り手振りを激しく交えながら、
授業だが、講義だけの授業と比較すると成績上位層、中
畳み掛けるように話していく。午後一番の最も眠気に襲
位層、下位層のいずれにおいても著しく成績が伸びている
われやすい時間帯でありながら、居眠りをしている学生
ことがわかる。
が1人もいないのである。
「そうさせない!」という迫力
が教員からは伝わってくる。実際、講義が終わった時に、
拍手が巻き起こった「社会心理学」の講義
200 人の学生から拍手が起こったほどだ。
つまり、コンテンツにこだわるのは言うまでもないが、
ハーバード大学、MIT とも「物理」のアクティブラー
加えてプレゼンテーションで聴衆を引き込むことを明確
ニング授業中心の視察であったが、幸いにも講義授業を
に意識しているのである。考えてみれば、いくら素晴ら
見 学 する機 会にも恵まれ た。ハーバード 大 学 Joshua
しい内容でも、学生が眠ってしまうような話し方をして
Greene 准教授の「社会心理学」の授業である。
いたのでは、何も話していないのと同じである。この点
この科目は、欧米で一般的に行われているように週 3 回
でも Mazur 教授の「応用物理」の授業と同じように、プ
授業があり、そのうちの 2 回が講義で、残りの 1 回が講義
レゼンテーションスキルそのものへの熱意の賜物である
で学んだ内容を活用するアクティブラーニングで行われて
と感じられた。
Kawaijuku Guideline 2013.7・8 35
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