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Field-Based Research Methods(FBRM):
オンライン ISSN 1347-4448
印刷版 ISSN 1348-5504
赤門マネジメント・レビュー 2 巻 5 号 (2003 年 5 月)
〔連 載 : 経 営 学 研 究 法 〕
Field-Based Research Methods(FBRM):
実証研究の方法論
藤本
隆宏
東京大学大学院経済学研究科
E-mail: [email protected]
要約:社会科学、とりわけ経営学における実証研究の方法論について考える。東京大
学大学院経済学研究科では、これを「Field-Based Research Methods (FBRM)」と呼んで
いる。こうした方法論は、いわばフィールド調査の「場数」を踏んで体得するという
面もあるが、座学で学べることも多い。むしろ、まず基本概念やフレームワークをき
っちり習得した上で、実証の現場に立つことが望ましい。ここでは FBRM の出発点と
して、アカデミックな研究とデータ収集の関係について考えよう。
「良い研究」とは
本稿では、社会科学、とりわけ経営学における実証研究の方法論について考えてみること
にする。筆者が勤務する東京大学大学院経済学研究科では、これを「Field-Based Research
Methods (FBRM)」と呼んでいる。こうした方法論は、いわばフィールド調査の「場数」を踏
んで体得するという面もあるが、座学で学べることも多い。むしろ、まず基本概念やフレー
ムワークをきっちり習得した上で、実証の現場に立つことが望ましい。ここでは、FBRM の
出発点として、アカデミックな研究とデータ収集の関係について考えてみよう。
学者の道を選んだ場合、その仕事は「教育」
「研究」「雑務」に分かれる。「教育」
「雑務」
に多くの時間をとられながらも、何とか「良い研究」を続けるのが学者の使命である。
「良い研究」をすることは難しいが、一般に「良い研究」とは、それが無かった時に比べ
て、現象の観察者が、より良く世の中の現象を理解でき、説明でき、場合によっては予測で
きるような言説・命題のことであろう。また、その現象の当事者にとって、その研究成果を
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©2003 Global Business Research Center
www.gbrc.jp
藤本
図1
隆宏
良い実証研究の要件
測定方法・指標の選択
客観性
測定
測定
指標a1
指標a2
現
実
・・
・
直
接
観
察
不
可
能
信頼性
測定
測定
指標b1
指標b2
妥当性
妥当性
構成概念 B
構成概念 A
論理的整合性
実務家の経験との整合性
既存理論との関係・位置付け(文献サーベイ)
実務家の「持論」
既存の理論群
矛盾)で、(2) 経験的妥当性があり、(3) 既存の研究成果(理論)との関係が明確である、
ということが望ましい(今田 (2000) 参照。この本は社会学方法論としてかかれているが、
社会科学一般に通用する優れた解説書となっている)
。
むろん、研究によって力点の置き方が違う。しかし、現代企業の持つ多様性・多面性を、
178
連載:経営学研究法
Field-Based Research Methods(FBRM)
できるだけありのままに記述・分析する傾向の強い「組織論」や「経営学」においては、
「経
験的妥当性」はかなり重視される (今田, 2000)。
「測定された現実」との整合性
ある言説が持つ「経験的妥当性」とは、それが「現実」をリアルに再現している程度であ
る。「経験的妥当性」の第一の側面は、その言説が「測定された現実」と整合的だ、という
ことである。
「現実」なるものは渾沌としてつかみどころが無く、何万字を弄しても直接把握できない。
しかし、何らかの整合的な手続きで測定された定量的・定性的データでもって「測定された
現実」という仮想世界を創り、それで「現実」のある一面を代表させることはできる。「測
定された現実」に対しては、その信頼性や客観性を論じることができる。ここで「客観的」
とは、だれが測るかによって測定結果が影響されない度合い、といった程度の意味である。
つまり、
「経験妥当性の高い研究成果」とは、まずもって、
「測定された現実」と整合的な命
題(概念のシステム)である。
「当事者の経験」との整合性
「経験的妥当性」のもうひとつの側面は、企業で働く実務家にとってのリアリティとの整
合性である。実務家は、彼等なりの「経験」に根ざした世界観(神戸大学経営学部教授・金
井壽宏さん流に言えば「持論」
)を持ち、その「眼鏡」をかけて現実を見ている。それぞれ、
世の中を理解し行動するための「ことば」
「持論」
「モットー」を持っている (金井, 2002)。
少なくとも組織論や経営学の研究成果は、そうした組織現象の当事者からみても「腑に落ち
る」ものであることが望ましい。
つまり、単純に客観的なデータと整合的である、というだけではなく、実務家の主観的な
世界観(持論の体系)に根拠を与え、あるいはそれをゆさぶり、実務家の世界に何がしかの
インパクトを与えられるか、という基準である。現在・未来の実務家にとって全く意味の無
い命題を、客観的なデータにしたがって厳密に論証しても、その結果にはあまり意味が無か
ろう。
若手研究者にとって、できるだけ実務家の世界と接し、会社を訪問し、マネジャーにイン
タビューし、その悩みや自慢話を聞き、工場見学に出かけ、企業の現場を観察することは、
一見、研究成果の効率的生産にとっては遠回りかもしれないが、「良い研究」にとっては不
可欠なステップと筆者は考える。経営学の本場であるアメリカでも、工場に一度も行ったこ
とのない生産管理研究者は少なくないようだが、そうした環境からは、良い実証研究は出に
179
藤本
隆宏
くいと思う。
アカデミックなジャーナルの査読で、「当事者の経験との整合性」が厳しく指摘されるこ
とは比較的少ないので、ここをはしょる傾向はあるが、単に雑誌に載るだけでなく、長く影
響力の残る命題にとっては、「当事者の経験との整合性」は不可欠だ。
アメリカ的な経営学研究のモジュラー性
ちなみに、アメリカの経営学は、制度化されたモジュラー的な知の体系だと言える。モジ
ュール化した比較的短い学術論文の積み重ねによって、多数の研究者の仕事を連結して知識
の累積的蓄積を指向する。反面、複雑で動態的な現象をとらえる上では、対象を切りきざむ
こうした知の体系には限界があるとも筆者は考える。いずれにしても、モジュラー的な知は、
特に、次の二つのインターフェースの標準化を重視する。(1) 既存研究とのインターフェー
ス、(2) 現実とのインターフェース。この点、よりインテグラルな知の体系である大陸欧州
型の研究とは重点の置き方がやや異なる。
このうち(2)が、データの収集・測定の方法論に関連する。このインターフェースをきれい
に作っておかないと、たとえ内容が良くても没になるのが、アメリカ型ジャーナルの現実で
ある。その意味では、日本の若手研究者にも積極的にアメリカ型の学術雑誌にチャレンジし
てもらいたいと筆者は思う。前述のように、アメリカ流のモジュラー的な学術知が万能とは
とても思えないが、少なくともデータの測定・分析・解釈の厳密性という点では、アメリカ
型ジャーナルはすばらしい鍛錬の場だと考えるからである。
理論・現実・研究サイクル
理論と実証
「理論家」とか「実証派」といった言葉が、社会科学ではよく使われる。究極的にはさほ
ど重要な区分とは思わないが、強いて言えば、ある命題をつくり出す際に、既存理論との論
理関係を重視するのが広義の「理論派」、経験的妥当性を優先させるのが広義の「実証派」
であろうか。いずれにしても、その命題そのものが論理整合的であることは、理論・実証ど
ちらであっても必須だ。
そもそも、研究成果の拠り所として、理論と実証、どちらを優先するか。結論から言えば、
どちらでも良いと筆者は考える。山を登る異なる登山道のようなものである。要は、最終的
に、前述のような意味で「良い研究」であれば良い。本当の頂上では、それらの登山道はつ
ながっている(図 2 の A)。
理論と実証の論議は、いわば「トンネルを山のどっち側から掘るか」というような話とも
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連載:経営学研究法
Field-Based Research Methods(FBRM)
図2
理論・実証と「良い研究」
A 山登りのたとえ
「良い研究山」の頂上
いずれにしても頂上では合流する
最後が結構きつい
あちこちでつながっている
最初が結構きつい
「理論県」側の登山道
「実証県」側の登山道
B トンネル掘りのたとえ
「理論」から掘る
「実証」から掘る
貫通!
「理論県」
「実証県」
側の抗口
側の抗口
肥沃地帯
「実証県」
理想的な「良い研究」トンネル
「実証」からひたすら掘る
側の抗口
肥沃地帯
肥沃地帯
「理論県」側
しまった、
「不毛地帯」に
「良くない実証研究」トンネル
出ちゃった!
「理論」からひたすら掘る
「実証県」側
しまった、
「不毛地帯」に
出ちゃった!
「理論県」
側の抗口
肥沃地帯
「良くない理論研究」トンネル
「理論県」側
「実証」から主に掘る
試行錯誤の末に貫通!
「実証県」
側の抗口
肥沃地帯
肥沃地帯から
多くの
試掘坑を
掘ってみる
現実的な「良い実証研究」トンネル
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藤本
隆宏
言える(図 2 の B)。効率という点から言えば、両側から着実に掘って真中でうまく貫通さ
せることができれば、それが理想的だろう。しかし、理論側から一方的に掘り進めば、山の
反対側で、実証面で無意味な、あるいは実務面で不毛な領域にでてしまう恐れがある。逆に、
現実の側から一方的に掘り進めば、理論的な不毛地帯に突き抜けてしまう恐れがある。仮に
一方から掘り進むとしても、山の反対側では、試掘坑・先導坑を複数掘って、妥当性を事前
チェックするのが良い。つまり、実証側からトンネルを掘る人を「実証派」と呼ぶのであれ
ば、そうした研究者ほど、理論面は幅広く勉強する必要がある。という一見パラドキシカル
な結論となる。
「実証ルート」の落とし穴
以上から推測できるように、まだ立場の弱い若手研究者の場合、「実証データ→帰納」ル
ートつまり、現実の観察・測定から帰納的に命題を抽出する道から登ることは、実は、より
大きなリスクを伴うかも知れない。安易に「実証ルート」の登山道を選ぶと、最初は調子が
良いとしても、後になって、抽出された命題と、既存の概念や理論研究の流れとの関係づけ
が、上手くいかないことがあるからだ。実証データという情報の洪水の中で、データの解釈
ができず迷子になる恐れもある。このように、「実証の方がとりあえず楽だ」と安易に考え
ると、後でひどい目にあうことがあるので要注意だ。実証側からトンネルを掘るには、それ
なりの覚悟がいるということだ。その後の「理論」の側の準備が実は相当に必要だからであ
る。
一般に「理論」とは、過去、学者集団によって「論理的整合性」と「経験的妥当性」を認
められた一連の「権威ある」概念と命題の集合である。何であれ、新しい研究成果は、それ
との折り合いをつける必要がある。しかし、とくに社会科学の場合、「理論」は「過去にお
ける学問的流行の堆積物」という側面も持つ。仮に、妥当な方法で測定され、帰納され、一
定の経験妥当性を持つ命題が抽出されたとしても、学問的流行からはずれている、という理
由で、学界で認められず苦労することはある。
その点、「理論ルート」は、出発点でより多くの知力と既存文献読解力を要するが、全体
としては手堅い傾向がある。前述のように、むしろ「実証ルート」を選んだ場合こそ、より
広い範囲での理論の動向を把握し、実証と理論のつながりを模索しておく必要がある。
研究のサイクル
ここまで、良い研究のための心構えについて考えてきた。それを踏まえて、以下において
は、実際の研究のプロセスあるいはサイクルを順次説明していくことにしよう。
182
連載:経営学研究法
Field-Based Research Methods(FBRM)
図3
研究のサイクル
理論
理論構築
theory
theory building
概念化
conceptualization
(paradigm)
研究可能な理論的仮説
分析結果の意味付け
researcheable hypothesis
implication
解釈
操作化
operationalization
interpretation
検証・反証可能な命題
データ分析の結果
testable propositions
result of data analysis
記述
関係発見
構造導出
因果関係推定・検証
検証(推定)
Testing
観察・測定
実験
observation/measuement
シミュレーション
データ分析
一般に、
「研究のサイクル」は、例えば図 3 のように示すことができる。
理論(パラダイム)
→
概念化
→
研究可能な仮説(概念)
研究可能な仮説
→
操作化
→
検証可能な(testable)命題
検証可能な命題
→
観察・測定
→
データ(観察結果)
データ(観察結果)
→
検証
→
データ分析結果
データ分析結果
→
解釈
→
意味付け(→ 実践応用)
意味付け(implication)
→
理論構築
→
理論(パラダイム)
183
藤本
隆宏
このサイクルは、どこから入っても良い。しかし、どこから入るにしても、結局は何回も
回るスパイラルである。これによって徐々に研究の形を整える。最終的に論文を書く時は、
わかりやすいように単線的に書くが、実際の研究は、そうシンプルにはいかない。繰り返し
や逆戻りが多い。試行錯誤や一時的な挫折は不可避である。最後は、「粘り」や「熱意」の
問題だというしかない。以下、この「研究のサイクル」の構成要素を説明していくことにし
よう(田尾・若林 (2001) は、こうした研究サイクルにほぼ沿った形で組織調査の方法論を
丹念に示した好著である。参照されたい)
。
概念化:理論的仮説の構築
研究可能な理論的仮説を創出することである。あるいは既存理論から派生させることもあ
る。後述のように、理論仮説そのものは、「演繹」「帰納」「意味解釈」いずれによっても導
出できる。
構成概念(construct)
理論的仮説において用いられる、意識的に厳密に定義された、抽象的な概念のことを「構
成概念」という。自然言語の慣用的な意味に近い方が分かりやすいが、常にそうである必要
は無い。例えば、組織論における「機械的組織」は、自然言語からの類推により直感的に理
解できる構成概念だが、
「X 理論」は、むしろ自然言語のアナロジーから来るバイアスを嫌
った抽象的な命名である。
理論仮説の構築法
理論的仮説は、少なくとも次の三つのルートから作ることができる (今田, 2000)。
(1) 数理的演繹法 既存理論から論理的に演繹することによって、新しい研究可能な理論
的仮説を導き出す。
(2) 統計的帰納法 ある体系的なルールに従ってある変数群に関して測定されたデータを
分析し、変数間の関係の規則性を発見する。それから、その理論的な意味や、現実にお
いて対応する因果関係などを推測する。
(3) 意味解釈法 「現実」の直接観察の結果、当事者の発言、あるいは「現実」を反映す
ると推定される歴史的資料などを、研究者自身が「意味解釈」(この概念については、
マックス・ウェーバーの『社会学の根本概念』、清水幾太郎訳、岩波文庫、1972 年を参
照されたい)し、その結果としてのフィールドノート(エスノグラフィー、モノグラフ)
などを、ある一貫した概念で「解釈」する。そこから、一般化可能な理論的仮説を抽出
する。
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連載:経営学研究法
Field-Based Research Methods(FBRM)
実際の経営学・組織論の理論構築では、(3)の「意味解釈法」が大きな役割を持つことが少
なからずある。研究者といえども、機会を見ては現場に足を運び、実務家の声に耳を傾け、
日頃から実務家的センスとフィールドでの土地勘を磨いておく必要があるのはそのためだ。
ちなみに、ハーバード大学の経営学博士課程には、かつて、学生の「管理者的視点」をチェ
ックする試験があり、これをパスしないと博士過程を修了できないようになっていた。
操作化(operationalization):指標と反証可能命題の準備
操作化と反証可能な命題
以上の手続きによって、過去の理論との関係・位置付けが明確で、なおかつ実践的な有用
性も期待できそうな「研究可能な理論的仮説」が見つかったとすれば、次に、それに対応す
る 「 検 証 可 能 ( testable ) な 命 題 」 を 導 出 す る 必 要 が あ る 。 こ れ を 概 念 の 「 操 作 化 」
(operationalization)と言う。厳密に言えば、
「反証可能な命題」の導出である。つまり「測
定されたデータがあるパターンを示した時は、理論的仮説が反証されたと判定する」(例え
ば回帰係数がゼロであるとの帰無仮説が 5%水準で棄却されたなら理論仮説が反証されたと
判定する)といった判定ルールを、データ収集に先立って規定できれば、それは「反証可能
な命題」である。
「反証可能な命題」は、客観的に測定される定量的な変数で表現される必要は、必ずしも
ない。例えば「☓☓というパターンが観察されたら、そのパターンが実在したと判定し、値
1 を与える」という定性的な判定基準でも良い。つまり、ある現象が起こったことに関して、
観察者と他の人々の間で十分なコンセンサスが得られれば、ある程度主観的なパターン認識
であっても、「操作化」が行われたと言えるだろう。要は、定量的かどうかではなく、測定
の恣意性をどこまで排除できるか、である。
経営学・経済学や組織論の世界にも、十分に操作化されていない重要な構成概念は少なく
ない。例えば、
「組織能力」
(organizational capability)は、往々にして操作化されずに論じら
れるため、議論がトートロジー(同義反復)になりやすい。「取引コスト」なども同様であ
る。
しかしながら、全ての理論概念の操作化が絶対必要とは限らない。
「理論的概念 A は数理
的演繹のプロセスにのみ登場し、その結果導出される命題 X→Y について操作化して検証す
ることにより、件の理論概念 A の有用性を間接的に証明する」という研究戦略もありえる。
例えば、ある部品特性(X)が取引コスト(A)を高めることが論理的に推定され、また取
引コスト(A)が高ければ、その部品の内製化(Y)という選択肢が選ばれやすいことも論
理的に推定されるとしよう。この場合、論理的に推定される因果関係は「X→A→Y」である
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藤本
隆宏
が、A をブラックボックス化し、概念 X の指標 x と概念 Y の指標 y を用いて、命題「x→y」
を実証分析することによって、間接的に「A」の存在を主張することは可能だ。
しかし、少なくとも、
「取引コスト」
(A)のような重要な構成概念については、安易にブ
ラックボックス化せず、それを操作化する努力が必要であると筆者は考える(「組織能力」
の実証的把握については、藤本 (1997) など参照)
。
妥当性(validity)のチェック
「理論的な仮説」と「反証可能な命題」の橋渡し、つまり「概念」と「指標」の橋渡しを
するのは、
「妥当性」
(validity)である。測定された指標(measure、indicator)が「良い指標」
である度合いを示すのが、
「妥当性」である。
例えば、その指標によって意図された「概念」
(construct)および「理論」を本当に正確に
反映(represent)している度合いを「construct validity」という。これに類したその他の「妥
当性」の概念もある。例えば「content validity」=その概念を過不足なく表し、論理的につ
じつまがあう度合い、「convergent validity」=その概念を表す既知の指標との相関の高さ、
「predictive validity 」=その指標が予測に役立つ度合い、などである。
大量観察による大サンプルのデータを前提とすると、ある指標(群)の「妥当性」は、例
えば「multitrait-multimethod matrix」を使ってある程度分析できる。その背後にあるのは、ひ
とつの概念を複数の指標で表現する、という考え方である。仮に概念 A を a1、a2 という二
つの指標、概念 B を b1、b2 という二つの指標で表現できるとしよう。この場合、a1、a2、
b1、b2 の 4 変数のデータをとって「相関マトリックス」を作れば、それらの指標が完璧な
妥当性を持つ場合、a1 と a2 の相関係数は 1、b1 と b2 の相関係数も 1、他方、a1 と b1、a1
と b2、a2 と b1、a2 と b2 の相関係数は 0 のはずである。実際にこれに近い結果であれば、
これら 4 指標の妥当性が高い可能性が大きい(むろん、統計的な相関関係だけでは妥当性は
保証されないが)。
これに関しては、a1、a2、b1、b2 の 4 変数のデータをとって「因子分析」を行い、a1 と
a2 から A、
b1 と b2 から B という因子が抽出されることを確認する、
という方法も一般的だ。
因子分析を「出たとこ勝負」で安易に使うことは戒められるが、妥当性のチェックに使うの
は問題ない。さらに最近は、因子分析と多変量回帰分析をワンステップで行うような手法で
ある「共分散構造分析」がよく使われるようになった。節度を持って使えば、とても有効な
ようだ (狩野, 三浦, 2002; 藤田, 2000; 豊田, 1998a, 1998b)。
ひとつの概念を複数の指標で表現する、もうひとつのアプローチは、「理想プロフィール
指標」(ideal profile index)である。ヴァン・デ・ヴェンら (Van de Ven & Drazin, 1985) が提
186
連載:経営学研究法
Field-Based Research Methods(FBRM)
案し、クラ−ク=藤本が「重量級プロダクトマネジャー」という概念を表すのに使っている
(Clark & Fujimoto, 1991; Fujimoto, 1989)。この場合、
「重量級プロダクトマネジャー」の行動
パターンを 30 近く挙げて、このパターンがあてはまるケースを「理想プロフィール」と想
定した。次に、それぞれのサンプル・プロジェクトに関して、データを取り、「理想プロフ
ィール」からの距離を計算し、
「重量級プロダクトマネジャー度」を、
「理想プロフィール」
からの距離の近さとして示した。この研究の場合、単純な多変量回帰分析、因子分析、クラ
スター分析などは、あまり上手くいかなかったが、この「理想プロフィール」法によって、
「重量級プロダクトマネジャー度」と開発成果の相関関係が発見されたのである。
指標の信頼性
一般に、ある指標の「信頼性」
(reliability)とは、測定に誤りがない度合いのことである。
しかし我々は、実際に「ミスのない測定結果」を知ることはできないので、信頼性を測るた
めに、いろいろな工夫をする。仮に、測定者が全力で測定した結果と、なんらかの理由で結
果がずれる場合、ベストではないという意味で、
「信頼性が相対的に低い」と言える。
統計学的に信頼性を測る手法としては、例えば「再テスト(test-retest)法」がある。ある
同じ指標に関して、典型的には 2 週間ほど間をあけて、同一対象に対して繰り返し測定を行
い、その 2 セットのデータ間の相関の高さ(例えば 2 週間おいた 1 回目と 2 回目の結果の間
の相関係数)を、信頼性のひとつの指標とみなすのである。また、同じ概念を表す k 個の指
標(項目、item)がある場合、1 回のみの測定結果を使った信頼性の目安として「クロンバ
ッハの α」と呼ばれるものがある。詳細は割愛するが、k 個の指標の間の相関が高いほど、
「各
サンプルについて k 個の指標それぞれの分散の合計を k 個の指標の総得点の分散で割った
値」が小さくなり、α(0~1)が大きくなる。これは、あらゆる組み合わせで k 個の指標を 2
分割してその間の相関を測った場合の、信頼性係数の下限値と見なせる。
しかし、こうした事後的な統計操作以前の問題として、もっと素朴な形で原データそのも
のの実質的な信頼性(信頼性係数ではない)を高める努力が必要である。例えば、複数のソ
ースにあたって「裏をとる」ことは、実証研究者として、もっとも大事な基本動作である。
とくに組織論や経営学の研究の場合、回答者は、忙しい組織成員であることが多い。忙し
い回答者に正確な回答をしてもらう場合、最も重要な点は、回答者に、正確に答えることに
対する「インセンティブ」を与えられるかどうか、である。つまり、その問いに答えること
が、回答者にとって意味のあること、役に立つことであれば、精度は格段上がる。逆に、原
データの精度が悪ければ、いくら精緻な統計手法で分析しても、所詮は「ガーベージ・イン・
ガーベージ・アウト」(精密に分析処理しても所詮ゴミはゴミ)である。したがって、例え
187
藤本
隆宏
ば、アンケートのお願いに際して、フィードバックレポートの送付や結果のプレゼンを約束
することは、精度を高める上で有効である。むろん、それなりの負担を覚悟する必要がある
が。
いずれにしても、レフェリー付き論文を通すための「しきたり」としての「妥当性」や「信
頼性」のチェックは、それはそれとして重要だが、もっと素朴なレベルで、データの信頼性・
妥当性を高めるためのあらゆる努力が必要である。レフェリーによっては、
「妥当性」「信頼
性」チェック形式要件のみに集中し、データの実質的な妥当性を意外に重視しないこともあ
るようだ。制度としてのアメリカ型論文レフェリー制のひとつの限界であるかもしれないが、
研究者である限り、素朴なレベルでの妥当性・信頼性アップの自主的な取り組みは重要であ
る。
指標の客観性
これは、測定そのものが測定者の恣意的な解釈に影響されないか、という問題である。測
定結果を測定者に都合の良いようにねじ曲げることが可能ならば、その研究の信ぴょう性に
は重大な疑問符が付く。
測定者の恣意性をできるだけ除去する方策としては、(A) 測定を研究者ではなく調査対象
者が行なうようにすること、(B) 研究者自身が測定をする場合、測定方法を測定に先立って
事前に規定しておくこと、がある。例えば、あらかじめ評点の基準を明示した評価表を作成
し、これに従って、研究者自らが判断して評点するのは、研究者の主観的判断による測定で
はあるが、評点法を事前に自己規制している点で、ある意味では十分に客観的とも言えるだ
ろう。例えば東京大学社会科学研究所、安保哲夫氏のグループによる多国籍自動車企業の研
究 (安保, 板垣, 上山, 河村, 公文, 1991) は、そうした例である。いずれにしても、研究者に
よる測定の場合(同一アイテムにおけるサンプル間の測定整合性が高い)と、回答者による
測定の場合(同一サンプルにおけるアイテム間の測定整合性が高い)の利害得失を比較考量
する必要がある。
測定とデータ収集
測定と情報源
一般に「測定」とは、観察される指標(indicator, measure)を、それ自体観察不可能であ
る抽象的な構成概念(construct)に割り当てる(assign)することである。そして、ある研究
に必要な指標に関して、1 回あるいは複数回の測定を行うことを「データ収集」と言う。
データの情報源としては、以下のように様々なものがある。
188
連載:経営学研究法
Field-Based Research Methods(FBRM)
二次情報源:政府統計、業界団体資料、社内資料、ホームページ、カタログ、ちらし、業
界紙、新聞、一般文献、等々である。例えば新聞は、個々の記事を見れば不正確なケー
スが多いが、時系列で一貫して関連記事を収集し、他の資料と照合して「裏を取る」作
業を怠らなければ、それなりに資料価値が高いことが多い。要は、使い方次第である。
一次情報源:多くの経済学の実証研究とは違って、組織論や経営学の実証分析は、一次資
料にもとづく分析が多い。大きく分ければ、定量的なデータ収集にもとづく統計分析と、
定性的なケースや歴史文献にもとづくクリニカルな分析とがある。しかし、近年は、両
者を融合した分析も増えてきている。アメリカでも、一時の定量分析一辺倒を脱して、
ケース重視の傾向も一部に見られるようになってきており、健全なバランス化の傾向と
も見える。
いずれにしても、ケース観察による「リアリティ」の体得を欠いた、ヒットエンドラン式
のアンケート・統計分析は邪道であり、避けるべきだろう。
以下、ケース研究と統計分析を分けて、ポイントのみ示す。
一次資料収集によるケース研究
大きく分ければ、調査対象者への「インタビュー」と、研究者による調査対象の「直接観
察」とがある。通常は、混然となっていることが多い。
インタビューであれ工場見学であれ、企業や実務家を対象とし、アポイントをとって出か
ける場合、きっちりとした依頼状、質問項目リスト、礼状などのやりとりが必要だ。通常の
ビジネスレターの作法を一通り知っておく必要がある。また、初対面の人に調査のお願いを
する場合、双方向コミュニケーションで経緯を正確に説明する意味でも、まず電話、それか
ら依頼状、という順序が無難だ。なお、小池 (2000) には、聞き取りに関する達人のノウハ
ウが詰まっているので、一読をお勧めする。
守秘義務
企業や個人へのインタビューの場合、特に大事なのが「守秘義務」である。企業の場合、
(1) 企業名・実名を公開しての発表も可、(2)「家電大手の M 社」など、見る人が見ればわ
かる形での匿名発表は可、(3)「X 業界の A 社」など、企業名の逆探知が不可能な形での匿
名発表は可、(4) インタビューに回答したこと自体が秘密、というように、いくつかのレベ
ルがあるので、どこまで可能か、事前・事後に了解を取る必要がある。事前に、守秘義務遵
守の誓約書を書く場合もある(特に外資系に多い)。日本では、多くの場合、口頭での約束
であるが、それでも、依頼状の中で「守秘義務の遵守」を明言しておくのが良い。
また、事後的には、発表する際に原稿のチェックをお願いし、「御社の承認なしには発表
189
藤本
隆宏
は無い」というルールを明確にしておくと良い。特に、インタビュー資料を公表論文で繰り
返し利用する場合、とりあえず原資料に近いもので承認をとって大学のワーキングペーパー
として登録し、以降はそこから引用するようにすれば事故は防げる。いずれにしても、実態
調査は長期にわたることが多く、また他の研究者に迷惑をかけるリスクも考慮するなら、守
秘義務の遵守には、細心の注意を払うべきだ。
また、個人へのインタビューの場合、その個人がインタビューに応じたということ自体が
社内外で知られると、その人の社内での政治的立場、あるいは取引先との関係が危機に陥る、
というセンシティブなケースも中にはある。もっとも厳しい守秘義務を要するのは、実はそ
うした場合だ。ひとの一生のキャリアに関わることにもなりかねないからだ。
非構造化インタビュー
アイデア出しのための、形式を固定しないインタビューのことである。研究対象に関する、
当事者である実務家の世界観、概念、持論を知るために、自由形式で話してもらう。相手の
本音を引き出す意味で、気持ちよく話していただく一方、こちらの研究意図から脱線し過ぎ
ないように話題をコントロールしていくことは、簡単では無い。
ノート記録の方法は、研究者、研究目的、回答者の意向によるが、(1) テープレコーダー
(あるいは IC レコーダー)をとる場合、(2) テープはとらずに聞いたこと全てノートをとる
場合、(3) 要点のみノートをとる場合などを使い分ける。その分野のインタビューに慣れて
いない人間が(3)の「要点のみのノート」をとっているケースをみかけるが、これだと、自分
で理解できる既知の情報ばかりノートされるため、キーワードを見逃し、情報量の乏しい(す
でに分かっていることばかり書いてある)ノートになってしまう恐れがある。初心者ほど、
とにかくすべてをノートする気構えでインタビューに臨み、わからない言葉はカタカナでで
も書き留め、帰ってから調べる、というぐらいの努力が望ましい。
テープや IC レコーダーで録音する場合、相手の許可を取る必要があることは言うまでも
ない。また、録音する場合も、ノートは別途必ずとる必要がある。ノートをとることで、は
じめて、回答の背後にある論理構造を、研究者自身が理解することができる。アカデミック
な実態調査の場合、録音資料はノートの代替物にはならないと考えるべきだ。
構造化インタビュー
何を聞くかを明確にして、フォーマットを決めて質問するインタビューのことである。こ
れは、仮説を検証あるいは命題を確認する場合に効果的である。極端な場合、アンケートを
研究者側が持ってインタビューを通じて回答してもらう。この場合、実質的にアンケートと
190
連載:経営学研究法
Field-Based Research Methods(FBRM)
変わらない。データ収集の効率は良い。しかし、フォーマットにこだわり過ぎると、相手の
話の腰を折るので、適度に脱線を許す方が良い。むしろ、検証を目的としたこうした構造化
インタビューの最中に、新たな仮説や理論のヒントが得られることもあるので、臨機応変に
インタビューのスタイルを変える余裕が必要だろう。
1 日工場見学
企業での工場見学の場合、最も多いパターンはこれである。しかし、企業に協力してもら
えるのは、通常は、工場概要説明、工場見学、質疑応答を合わせても長くて 3 時間から 4 時
間までだろう。したがって、必要なデータを確実に得るためには、時間との勝負となる。制
限時間内に何がどれだけ見えるかは、場数を踏むことで違ってくる。筆者が自動車工場に行
った場合、3 時間で 20-30 ページ程度の調査ノートを書くことは可能である。しかしそれで
も、データの抜けは出る。これを補うため、フォローアップの電話インタビュー、留め置き
のアンケートなどを併用することも考えられる。また、工場観察の場合、一人で全てを見る
ことは不可能なので、複数の研究者が見学して観察し、ノートを持ち寄ることも意味がある。
複数の工場見学で比較ケース分析を行なうのであれば、必ず見るところを決めておくと、
効率的な比較ができる。筆者の場合、自動車組立工場であれば、エンジン搭載工程と、ボデ
ィメイン仮溶接工程は必ず何サイクルか観察するように心掛けている。いわば、定点観測で
ある。
工場見学は、実際には観察とインタビューの混合形態となるが、普通はビデオやカメラは
持ち込めないし、構内の騒音もあってテープも役に立たない。歩きながら取るノートが頼み
の綱だ。ノート取りの技術が最も要求される所である。基本的には、見たもの聞いたものを
全部記録するつもりで行き、なぐり書きで良いので取れるだけノートを取る。自分で決めて
いる定点観測点があれば、そこは多少無理を言っても見せてもらう。そして、工場から戻っ
たらできるだけ早くにノート起こしをする。ベタでパソコン入力し、可能なら編集しておく。
その時間が無いなら、すくなくとも、後日清書できるように、最小限の手書きノートの補修
を行う。以上の作業は、工場見学の直後であればスピードも質も高い。時間をあければ記憶
も記録も劣化するので、すぐやるべきだ。
定点観測
同じサイトを繰り返し訪問して変化を観察するのは、1 日見学と継続観察の中間的な方法
で、比較的現実的な方法と言える。むろん、企業の協力が不可欠だが、仮に、企業への繰り
返し訪問と、教材開発、インターンシップ、コンサルティングなどの継続的な活動とを連動
191
藤本
隆宏
させることができれば、定点観測的な調査は可能であろう。
継続的な参加観察
文化人類学や社会学では一般的な手法であるが、日本の企業研究では、継続的な参加観察
に協力してもらうことは、容易でない。例えばフランスでは、伝統的に、こうした参加観察
研究への企業の理解度が比較的高い。ミドラーのルノー製品開発研究(開発プロセスをリア
ルタイムで取材 (Middler, 1993)、ケスラーのフランス自動車部品研究(某部品メーカーに 3
年在籍 (Kessler, 1998) などがその例である。特に若手研究者の場合、大学もバックアップす
る形で、こうした参加観察型研究の機会を拡充させる必要があろう。インターンシップ制度
やその他の産学連携共同体制の活用が、ひとつの手であろう。
アンケート設計
アンケートの設計と実施に関しては、マーケティング系の専門書が特に充実しているので、
一読をお勧めする。例えば、レーマン (Lehmann, 1989) は、実証研究のリサーチデザインの
指南書としても優れている。また、酒井 (2001) は実践的である。詳細はそれらに譲る (田
尾, 若林, 2001 も参照)。
尺度と統計処理
測定尺度と可能な操作の整合性は、論文の形式チェックの典型的な項目なので、最小限の
注意は必要だ。基本は、以下の四つの尺度の区別である。
名義尺度(nominal scale):例えば「二項目選択回答」
(イエス/ノー)、
「多項目選択回
答」
(単一回答、制限複数回答、無制限複数回答)など。度数と最頻値は OK。加減乗除
は不可。
順序尺度(ordinal scale)
:例えば「強制順位付け」(1 位から順位をふって下さい)、「ペ
ア比較」(二つのうち好きな方に○を)、「多段階カテゴリー尺度」(言葉で表した選択
肢から選ぶ。非常に好き、好き、どちらとも、等々)、各段階に名前を付けた「リカー
ト尺度」
(非常に好き、好き、どちらとも、等々に-2、-1、-0 などの数字が付いている)
など。中央値、累積度数(パーセンタイル)
、順位相関など OK。平均等は不可。
間隔尺度(interval scale):例えば、両端のみに「非常に賛成=5」「非常に反対=1」と
書き、その間は単に 2、3、4、と数字を入れただけの「極カテゴリー尺度」
、あるいは、
等間隔の区分(例えば月に 0-4 回、5-9 回、10-14 回…)で具体的な数字を聞く「等幅間
隔尺度」など。平均、標準偏差、相関係数、回帰・判別・因子分析など OK。
比率尺度(ratio scale):上記に加えて、幾何平均なども OK。
192
連載:経営学研究法
Field-Based Research Methods(FBRM)
「リカート尺度」
「多段階カテゴリー尺度」の問題
通常の統計処理を考えれば、間隔尺度であれば、ほとんど不自由は無い。例えば、定性的
な概念を定量的な指標で表現する手段として「リカート尺度」が多用されるのは、「リカー
ト尺度は間隔尺度なので便利だ」との認識ゆえであろう。ただし、厳密に言えば、例えば「非
常に好き、好き、どちらとも、嫌い、非常に嫌い」と言葉で表現された「多段階カテゴリー
尺度」の変型としてのリカート尺度は、実はカテゴリーが等間隔であることが保証されてい
ないので、間隔尺度とは言えない。したがって、平均を出したり回帰分析や因子分析を行っ
たりすることは、本当はできない。実際には、我々は、リカート尺度で測定したデータで、
そうした統計分析をやってしまうことが多いが、厳密に言えば、それは問題があることを一
応は記憶しておくべきだろう。
その点、両端のみに「非常に賛成=5」
「非常に反対=1」と書き、その間は単に 2、3、4、
と数字を入れただけの「極カテゴリー尺度」ならば問題なく間隔尺度と言えるが、これの場
合、回答者の気分で答えが大きくぶれる恐れがある。「多段階カテゴリー尺度」や「リカー
ト尺度」の方が、回答者に回答の仕方のヒントを与えている分だけ、回答の実質的な信頼性
は高いだろう。ここにトレードオフがある。筆者の私見では、厳密に言えば問題があるもの
の、トータルバランスを考えれば、「リカート尺度」を含む「多段階カテゴリー尺度」を用
いる方がデータの質が高い可能性が高い。この点を考慮し、あえてこうした尺度を使い、そ
の問題点を念頭に起きつつ、慎重な解釈による統計分析を行うのが次善の策と思う。そうし
た微妙なトレードオフを知らずに、「リカート尺度」で当たり前のように回帰分析を行う安
易な態度はよろしくない。
質問の仕方とパイロット調査
とくに仮説検証型のインタビューの場合、質問の仕方が無意識のうちに「誘導尋問」にな
っている場合があるので要注意である。また、企業へのアンケートの場合、企業によって、
用語の意味が違っている場合があるので、これも要注意だ。実務家へのインタビューで、学
術用語で聞いてしまうのも問題である(「あなたの会社の製品に対する市場ニーズは『多義
的』ですか」など)
。
こうした問題を事前チェックするためにも、調査に好意的な少数の企業にお願いして、ア
ンケート原案を使ったパイロット調査を行い、回答者と対面で、アンケートの答えにくさに
ついてフィードバックをもらい、改善提案をいただき、アンケート設計を修正すると、効果
が大きい。
193
藤本
隆宏
質問の量
アンケートは回答者にとって苦痛であることが多いので、質問数はできるだけ抑えた方が
良いが、企業向けアンケート調査であって、企業側に回答するインセンティブがある(例え
ばフィードバックレポートに興味があるなど)場合は、かなり厚くなっても答えてくれる。
ただし、その場合も、回答者自身がインタビュー回答の意義を感じてもらえるように配慮
する必要がある。例えば、アンケートによっては、送付先の窓口部署(例えば渉外部)から、
アンケート回答部署(例えば開発部)に回され、後者が「忙しい時にこんなものを引き受け
るな」と前者に対して怒り、窓口部署もアンケートを嫌がるようになる、というパターンは
よくある。アンケート回答部署の理解を得られるように、事前の努力をできる限り行うべき
だろう。
アンケート専門企業とアンケート設計術
アンケート調査を専門に行う企業は少なくない。大サンプルの調査を任せると百万円以上
になることが多いので、余程研究資金の余裕がないと外注は難しいが、ひとつのオプション
として考慮に値する。
いずれにしても、専門会社は、アンケートに関する細かいノウハウを持っているので、参
考にすべきだ。例えば、見やすいアンケートのレイアウトにすること、厚さをおさえること、
質問の順序を簡単な質問から難しい質問への順とすること、アンケート用紙の紙の色を選ぶ
こと、適度な量の督促を入れて回答率を高めること、等々である (酒井, 2001 参照)。ハウツ
ー的な知識であるが、ばかにならない。
繰り返しアンケート分析(時系列分析化)
「継続は力」という言葉があるが、アンケートも、同類のものを繰り返せば時系列データ
となり、統計データを使いながら、ある程度ダイナミックな分析が可能になる。社会科学の
アンケートは多くの場合、クロスセクションデータであるが、根気良くデータ収集すれば、
ついには時系列データとなる。例えば、筆者らによるハーバード製品開発研究 (Clark &
Fujimoto, 1991 他) は、約 20 年、80 プロジェクトのデータを集めている。この分析では世界
的に類例の少ないデータベースである。
その他のデータ収集:実験とシミュレーション
社会科学のデータ収集には、この他に、実際に被験者を使って実験を行い、結果のデータ
を収集する方法がある。社会科学では実験は難しいが、小集団の分析などでは、コントロー
194
連載:経営学研究法
Field-Based Research Methods(FBRM)
ルされた実験がある程度可能である(例えば大阪大学の西條辰義氏らによる「談合実験」:
宇根・西條 (1996)、西條 (1999))
。
また、近年は、シミュレーションによって、人工的にデータを創出し、それを分析する、
という手法も影響力を増している。これらについては、専門書を参照いただきたい(例えば
高橋 (1996)、高橋・清水 (2000) の「協調の進化」研究)
。
データ分析と検証
ここでは、多サンプルのデータに関する分析に絞って簡単に整理しておく。詳しくは、前
述のレーマン (Lehmann, 1989) どを参照されたい。また、ケース分析の方法論については、
イン (Yin, 1984) などの議論を見ていただきたい (Eisenhardt, 1989; Yin, 1984)。ケース分析に
も、それなりに厳密な方法論的考察があるのである。
統計分析の諸類型
前述のレーマン (Lehmann, 1989) の分類に従うならば、統計データの分析手法は、目的に
よって、(1) 記述(descriptive)
、(2) 関係発見(relationship discovery)
、(3) 構造導出(structure
derivation)、(4) 因果推定(effect assessment)の 4 タイプがある。それぞれは、以下のような
手法からなる。
記述(単純集計)
データに関して何ら仮定はおかず、淡々と記述し、単純集計表のような形で示す。対象と
なる統計量は、度数分布・最頻値(名義尺度)、中央値・パーセンタイル(順序尺度)、平均・
標準偏差(間隔尺度)などである。
関係発見
やはり、データに関して何ら仮定をおかず、どの変数(指標)とどの変数(指標)が関係
しているかを事後的に分析する。
名義尺度のデータ:「クロス表」にまとめる。二つの名義尺度が独立であるか、関係して
いるかを統計的に示す方法に、カイ二乗分析がある。
順序尺度のデータ:
「スピアマンの順序相関係数」
「ケンドールのタウ」他の、いわゆる「ノ
ンパラメトリック統計」による変数間の順序の一致度で、関連度を測れる。
間隔尺度のデータ:ピアソンの相関係数(いわゆる通常の相関係数)が通常は用いられる。
195
藤本
隆宏
構造導出
データは、その背後にある「未知の構造」により生み出されたと仮定し、その「構造」を
データから推定しようとする。
例えば「因子分析」は、間隔尺度の複数の指標に関するデータをもとに、その背後にある、
より少数の「因子」を発見しようとする。そして、そうした因子が「データの背後にある未
知の構造」を反映していると考える。また、「クラスター分析」は、類似した指標を近い方
から順次まとめて階層的な形で表現する。
因果推定
あるひとつの従属変数が、多数の独立変数に影響される、という因果関係を仮定し、その
関係を推定しようとする。例えば、「分散分析」(ANOVA)は、カテゴリー(名義尺度)の
違いによってある変数(距離尺度)の平均値が異なるかどうかを推定する。
一方「回帰分析」は、他の条件を一定とした時に、独立変数(距離尺度)変化が、従属変
数(距離尺度)の値に影響を与えるかどうかを推定する。従属変数が名義尺度(0, 1)の場
合は、ロジット分析、プロビット分析などが使われる。また「判別分析」は、独立変数(距
離尺度)のパターンによって、それぞれのサンプルがどのカテゴリー(名義尺度)に属する
かを予想できる程度を推定する。
いずれにしても、こうした手法は、測定された指標の背後にある真の因果構造、つまり、
複数の構成概念(construct)の間の因果関係の有無を検証しようとする。しかし、構成概念
(それが表す真の構造)は直接観察できないので、ある測定方法のルールを事前に設定し、
そのルールにしたがって妥当性のある指標群を測定し、指標間の相関関係を統計的に分析す
ることによって、因果関係の存在を推定しようとするのである。
ケース研究
統計的な分析も、ケース研究も、直接観察できない「真の現実」を数字や言葉のシステム
によって、仮想空間で再現しようとする点では変わりがない。しかし、仮想空間の構築の仕
方が両者で異なる。
「統計的アプローチ」の場合、個々の概念と指標の間の関係や、指標間の個々の相関関係
(背後にある概念間の個々の因果関係)を、ひとつずつ大サンプルのデータで推定しつつ、
それらのモジュール的な組み合わせによって「真の現実の持つ因果構造」を多くの指標(変
数)の相関関係で示される仮想空間で再現しようとする。
これに対して、良く出来た「ケース分析」の場合、ある「現実」の一断面に向き合った観
196
連載:経営学研究法
Field-Based Research Methods(FBRM)
察者が、観察者自身の「意味了解」「概念把握」によって、ダイナミックで複雑な仮想シス
テムを、いきなり概念システム(理念型)として構想する。この概念システムは、ひとつの
観察結果にもとづくものであるため、その「一般化可能性」
(generalizability)に問題がある
かもしれないが、すくなくとも、ある時点、ある断面の現実を、より豊かに写し取った仮想
モデルになっている。
例えば、要因 A と要因 B のダイナミックな相互作用によって、結果 C が生まれる、とい
った単純な因果関係が推定される状況を考えてみよう。この状況を「仮想空間」に写像する
場合、「統計的アプローチ」では、例えば、A を示す指標 a と B を示す指標 b に関する大量
観察データにもとづいて、インタラクション項(変数 a×b)の回帰係数の統計的有意性を
確認する、という方向に進むだろう。そこでは、要因 A と要因 B の相互作用は、統計的結
果から推測されるのみである。また、余程のデータがない限り、同時決定モデルなどの採用
は稀である。これに対して、ケース分析であれば、1 サンプルながら、そこでの要因 A と要
因 B との相互の因果関係が、観察者の主観的な意味了解によって、直接把握される。一般化
は難しいが、ダイナミックな相互作用の存在に関する主張は、少なくとも一般人に対しては、
より説得力を持つ。
例えば、社会学者グルドナーが石膏鉱山会社で見い出した官僚制の逆機能の発現プロセス
は、それ自体、グルドナーがパターン認識的に「意味了解」した限りでの仮想モデルであり、
客観性・信頼性・妥当性に問題があるかも知れない。しかし、アメリカで多く見られる「要
素還元主義的」な統計アプローチでは恐らく把握できない、ある種の豊かなダイナミズムが、
このグルドナー・モデルにはある (Gouldner, 1954)。
こうしたリッチなケーススタディを積み重ねていくことによって、いわばホリスティック
な形で、現実世界の持つ因果構造を徐々に鮮明化していこう、というのが、長期的に一貫し
た形での「良いケース研究」の研究構想と言える。いわば「ホログラム」のように、ひとつ
ひとつは弱い傍証を重ね合わせることによって徐々に像が鮮明化してくる、というイメージ
である。
こうしたケース・ベースのアプローチは、厳密にレビューされた短い論文の積み重ねで知
を構成しようとする、アメリカの伝統的ビジネス・アカデミックスのモジュラー的な知の世
界とは相性が悪かったが、大陸ヨーロッパにはこうしたホリスティックな学問体系の伝統が
続いてきたようである。近年は、アメリカでも、ケース・ベースの研究の見直しが進んでい
るようである。
197
藤本
隆宏
データ分析結果の解釈と理論構築
データから言えること言えないこと
最後に、測定・収集されたデータ、及びデータ分析結果の解釈、およびそれにもとづく新
たな理論構築によって、
「研究のサイクル」
(図 3)の円環は閉じる。むろん、前述のように、
このサイクルはスパイラル状に回り続ける必要があるが、少なくとも、「解釈」のプロセス
がないと、サイクルは完結しない。
まず、データ分析の結果から言えること、言えないことの仕分けが必要である。
統計的データ分析から言えること言えないこと
統計的データ分析、特に社会科学の実証研究で一般的なクロスセクションデータの分析結
果をどう解釈するかについては、さまざまな注意事項が知られている。詳しくは専門書に譲
るが、例えば多重回帰分析に関する、良く知られたものをいくつか列挙する。
‧ 回帰分析が直接示すのは測定指標の間の相関関係であり、真の因果関係ではない。
‧ 回帰係数により相関関係が推定されたといっても、X→Y という因果関係は保証されな
い。Y→X という逆因果関係、両者に影響する第 3 変数(Z)の存在などの対抗仮説を
消していく必要がある。それは、統計分析そのものでは普通はできない。
‧ 統計量の有意性について何がしか言うためには、少なくとも 30 サンプル欲しい。
‧ 独立変数間の相関関係(多重共線性の有無)をチェックすること。
‧ 回帰式の残差項を変数に対してプロットした散布図を良く眺め(「eye-balling the data」
と言う)
、推定式が改善できないか考えよ。
‧ 仮説無しに、回帰分析の結果を事後的に解釈するのは、基本的に邪道である。
ケース分析結果から言えること言えないこと
ケース分析の結果解釈で常に問題になるのは「一般化可能性」である。これについては、
図 4 の仮想例を見ていただきたい。これはきわめて単純化した例だが、要するに、1 成功ケ
ースの単なる記述では、記述されたリストの中に「成功失敗を分かつ変数」が仮にあったと
しても、それと「だれでもやっている当り前変数」や「成功失敗にとってどうでもよい変数」
との区別がつかないため、成功要因分析としては不十分である。これは、いわば当り前の話
だが、アカデミック以外のものも含めれば、成功した企業やプロジェクトのやったことを羅
列して一方的に賛美するタイプのケーススタディは、実は少なくない。
198
連載:経営学研究法
Field-Based Research Methods(FBRM)
次に、成功ケースを多数集めた「成功ケースの比較研究」を考えて見よう。この場合、た
またま 1 ケースで観測された「どうでもよい変数」は判別できるので、1 ケースよりはずっ
と良い。しかし、「成功失敗を分かつ変数」と「当り前変数」の区別は依然としてつかない。
結局、成功ケース・失敗ケースの両方を十分な数だけ研究しないと、「成功失敗を分かつ変
数」を知ることは難しいだろう。しかし、実際には、失敗ケースについて詳細なケース研究
を行なうことは、相手のあることだけに難しい。
このように、良くできたケーススタディは、一般化可能性が常に問題になり、逆に言えば、
過度の一般化すなわち拡大解釈に陥る危険と常に隣り合せである。しかし、この問題をクリ
アできれば、
「記述と説明のリッチさ」というケース研究特有の魅力が生きてくる。組織論・
図4
ケーススタディの結果の解釈について
ひとつないし少数の具体例を深く掘り下げることによるケーススタディは、それなりの利点もある
が、社会科学の方法としては限界もある。この問題を以下の例で考えてみよう。
(1) 仮に、ある産業で企業の市場的成功をもたらす戦略・組織のパターンを見つけることを研究の
目的としよう。もしも全ての企業を調べることができたならば、次のような「真の因果構造」が分
かるものとする。(単純化のため、決定論的世界を想定、環境変数はオミット、全ての変数は 1 or 0
で正確に測定できるものとする。)
(1)
企業
F
G
H
I
J
K
L
M
N
1
1
0
0
0
0
0
0
0
0
1
1
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1
1
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1
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0
0
0
X6
1
1
1
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1
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0
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0
0
0
X7
1
1
1
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1
0
0
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0
0
0
0
0
戦
X8
1
1
1
1
1
1
0
0
0
0
0
0
0
0
略
・
A1
1
1
1
1
1
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1
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A2
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D1
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1
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1
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0
0
属性
A
B
C
D
1
1
1
1
X1
1
1
1
X2
1
1
1
X3
1
1
X4
1
X5
成功(従属変数=Y)
1=success; 0=failure
成功パ
ターン
変数
(X)
「当り前」
組
変数
織
(A)
変
数
D2
D3
0
0
E
「どうでも
D4
1
0
1
0
0
よろし」
変数
D5
1
0
0
1
1
(D)
D6
0
1
0
0
1
0
1
0
0
1
0
D7
0
0
1
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0
1
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D8
1
D9
0
1
0
1
1
0
0
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1
0
1
0
0
1
199
0
藤本
(2)
Y
1
X1
1
成
功
功
X2
X3
1
1
パ
タ
タ
X4
NA
ー
ン
ン
X5
NA
X6
NA
X7
NA
X8
NA
A1
1
当
り
前
A2
1
A3
NA
A4
NA
A5
NA
D1
ど
う
D2
1
0
D3
NA
で
も
D4
1
NA
よ
い
D5
D6
0
D7
NA
D8
1
D9
0
隆宏
(2) さて、成功事例として、A 社を取材してケーススタディをして左
のような結果を得たとする。NA は「不明」を表わす。確かに真の成
功パターンの一部である X1、X2、X3 は含まれているが、実は失敗者
も含めて誰でもやっている当り前のこと(Ai)や、どうでもよいこと
(Di)も混入しており、A 社を観察しただけでは見分けが付かない。
つまり、A 社のやっていることの中で、いったいどれが、成功と失敗
を分ける変数(X)なのかが分からない。これが 1 成功事例にもとづ
くケーススタディの問題点。
(3) それでは、右表のように成功ケースを複数よ
せ集めれば、成功パターンを知ることができる
か? 確かに成功ケースを積み重ねれば、成功パ
ターン変数(Xi)の「見落とし」は少なくなり、
より包括的な変数リストは作れるかもしれな
い。しかし、依然として、観察された変数の中
から本当に成功失敗を左右するもの(X)のみを
抽出することは難しい。
『エクセレント・カンパニー』など、人気のあ
る経営書の中には、右のような構造をもつもの
が意外に多い。経営学では、たとえ右表のよう
に穴だらけでも、成功変数の潜在的候補者を体
系的にリストアップすることそのものが(特に
研究の初期においては)重要な仕事となりうる?
図2
200
(3)
A
B
C
D
Y
1
1
1
1
X1
1
NA
NA
NA
X2
1
NA
1
NA
X3
1
1
1
1
X4
NA
1
NA
NA
X5
NA
1
NA
1
X6
NA
NA
1
NA
X7
NA
NA
1
1
X8
NA
NA
NA
NA
A1
1
1
1
1
A2
1
NA
NA
1
A3
1
1
NA
A4
NA
NA
NA
1
NA
A5
NA
NA
NA
NA
D1
1
NA
0
1
ケース
成
成
功
功
パ
パ
タ
タ
ー
ー
ン
ン
当
り
前
ど
D2
0
0
1
0
う
で
D3
NA
1
NA
0
NA
D4
1
1
0
も
よ
D5
NA
NA
0
NA
い
D6
0
1
D8
NA
NA
NA
0
NA
D7
1
1
0
D9
NA
NA
NA
NA
0
0
連載:経営学研究法
Field-Based Research Methods(FBRM)
(4) そこで、調査を体系化して、成功ケース
について標準的フォーマットにしたがって
各社に同じような質問を行い、データの
「穴」を埋めていくことにする。その結果、
右のようなデータを得る。これにより、ど
うでもよい変数(Di)は見分けられるように
なる。しかし、依然として、真の成功パタ
ーン変数(Xi)と、当り前変数(Ai)とを分
離することはできない。この二つを分離す
るためには、右の表に失敗ケース(G 社-N
社)を加えていく必要がある。
A
B
C
D
E
F
Y
1
1
1
1
1
1
X1
1
1
1
1
1
1
X2
1
1
1
1
1
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X3
1
1
1
1
1
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X4
1
1
1
1
1
1
X5
1
1
1
1
1
1
X6
1
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1
1
1
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X7
1
1
1
1
1
1
X8
NA
NA
NA
NA
NA
NA
A1
1
1
1
1
1
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A2
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1
1
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A3
1
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1
1
1
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A4
1
1
1
1
1
1
A5
NA
NA
NA
NA
NA
NA
D1
1
1
0
1
0
1
ど
D2
0
0
1
0
1
0
う
で
D3
0
1
0
1
1
1
1
ケース
成
成
功
パ
パ
タ
ー
ー
ン
当
り
前
D4
1
0
1
0
0
も
よ
D5
1
0
0
1
1
い
D6
0
1
1
0
0
1
D7
0
0
0
1
1
D8
1
1
1
0
1
1
D9
NA
NA
NA
NA
NA
NA
0
0
官僚制論・戦略論に関連するものに限っても、筆者の私見では、アリソン (Allison, 1971)、
ブラウ (Blau, 1955)、バーンズ=ストーカー (Burns & Stalker, 1961)、チャンドラー (Chandler,
1962)、グルドナー (Gouldner, 1954)、レスリスバーガー=ディクソン (Roethlisberger &
Dickson, 1939)、その他を引用するまでもなく、組織論・経営学の「最良の実証研究」も、ま
た「最悪の実証研究」も、ともにケーススタディである可能性が高い。
慎重な解釈と大胆な飛躍
最後に、「大胆さと周到さの両立」という問題を考えてみよう。データの解釈には、難し
いジレンマがある。一方において、アカデミックな実証分析である限り、データの分析結果
から何が言えて何が言えないかの「線引き」をしっかり行うことは、いわば学術研究者の必
須の義務である。この「たが」がはずれて、皆が大風呂敷を広げ始めれば、累積的な学問的
知の蓄積はおぼつかない。
しかし一方、研究が一段落に向かった暁には、ひとつ多くの経験を積んだ学者として、想
像力と創造力を発揮し、研究成果から大胆な解釈や理論を引き出す努力をすべきであろう。
そうした構想展開を通じて、スケールの大きな学問を展開することが、学問全体の発展のた
201
藤本
隆宏
めには理想的である。
つまり、一本の論文、一冊の本の中に、厳密・慎重・周到な解釈と、大胆・壮大な構想と
が、同居していることが、望ましい研究の姿だと筆者は考える。むろん、これらが混然とな
っていては、読者は混乱するばかりである。両者を截然と分かち、まず、データの厳密な解
釈を示し、データ分析から言えること言えないことの線引きを厳格に行い、予想される批判
に対して防御の姿勢をとり、手堅い形で実証研究に一応の決着をつける。
しかる後に、攻めに転じ、
「インプリケーション」
「今後の展望」などで、この研究を起点
とする、未熟だが魅力的な新解釈、新たな理論構築の潜在的可能性、既存理論に対抗する論
点、実践的な有効性、等々を、大胆に展開するのである。良い研究とは、概して、こうした
攻守のメリハリの効いた、大胆にしてかつ細心なものではなかろうか。
おわりに:研究の「守・破・離」
以上で「研究のサイクル」を一周したので、本稿はこれで終わりである。経営学を含め、
社会科学の分野で実証研究を志す初心者の人達は、まず、こうした「研究のサイクル」を意
識し、その各段階をきっちりこなしているかどうかを、ひとつずつ基本動作として確認して
みると良いと思う。実際にこのサイクルを念頭において研究を進めてみるのも良いし、既に
進行中の研究の弱点を、このテンプレートでチェックしてみるのも良いだろう。要は、「型
にはまった研究」を、少なくとも 1 回はやってみる、ということである。
本稿で素描したこの「型」が気に入り、自分の研究スタイルとして一生堅持していきたい
と思う人は、それはそれで良いと思う。しかし、これが窮屈だと思う人は、このスタイルを
崩し、最後は自分流の独自の研究スタイルを確立しても良いと思う。実際、筆者は、本稿の
ような堅苦しい方法論を書いていながら、自分はあまりこうした杓子定規を好まず、むしろ
試行錯誤を通じた縁や運や創発を大事にする。つまり、このサイクルを崩した研究スタイル
を好む。しかし、その筆者とて、かつては杓子定規の「サイクル」通りの研究を試みたこと
もあるし、今も時々は試みる。
剣道には(そして日本の武道・芸道一般には)「守・破・離」という言葉がある。修行の
仕方を説いたものだが、要するに、まず「守」、つまり型や指導者の教えを徹底的に体得す
るところから始め、次に「破」
、つまり型を破る努力をし、最後に「離」
、つまり、自分の独
自のスタイルを確立し発展させる境地に至るのである。研究も一種の修行の道だと、日本的
に発想するのであれば、実証研究者を目指す人は、まず「研究サイクルの守・破・離」を念
頭においてみて欲しいと筆者は思う。
むろん、宮本武蔵のように、いきなり「離」から入った天才もいるが、自分が天才である
202
連載:経営学研究法
Field-Based Research Methods(FBRM)
という確信をまだ持てない人は、とりあえず、確実に「研究のサイクル」を回す努力から始
めてみてはどうだろうか。
参考文献
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204
赤門マネジメント・レビュー編集委員会
編集長
編集委員
編集担当
新宅 純二郎
阿部 誠 粕谷 誠
片平 秀貴
高橋 伸夫
西田 麻希
赤門マネジメント・レビュー 2 巻 5 号 2003 年 5 月 25 日発行
編集
東京大学大学院経済学研究科 ABAS/AMR 編集委員会
発行
特定非営利活動法人グローバルビジネスリサーチセンター
理事長 片平 秀貴
東京都千代田区丸の内
http://www.gbrc.jp
藤本 隆宏
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