...

FRB が注視する米金融市場動向

by user

on
Category: Documents
8

views

Report

Comments

Transcript

FRB が注視する米金融市場動向
みずほインサイト
米 州
2014 年 4 月 17 日
FRB が注視する米金融市場動向
欧米調査部シニアエコノミスト
議事録に記された債券、株式、商品、貸付への懸念
03-3591-1219
小野
亮
[email protected]
○ 3月FOMC議事録には金融安定性に関わる議論が掲載されている。債券市場、株式市場、商品市場、
貸付市場にそれぞれ気がかりな動きがみられるという
○ 債券市場ではクレジット・スプレッドが縮小、株式市場では超割高株の動向が注目される。商品市
場については具体的言及がないが、議会では金融機関による商品現物取引への懸念が燻っている
○ 貸付市場についても具体的言及はないが、サブプライム向け自動車ローンの損失拡大に関心が集ま
っている。もっとも市場規模は小さく、現状ではかつての住宅ローン問題ほどのリスクはない
1.縮小するクレジット・スプレッドと超割高株
先日(4/9)公表された2014年3月の連邦公開市場委員会(FOMC)の議事録に、金融安定性の観点か
らの議論が掲載されている。会合では「米国の金融環境は概ねFOMCの意図した通りである」との判断
が示されたが、一部の参加者からはいくつかの懸念すべき動きが指摘されている。具体的には、①ク
レジット・スプレッドの縮小、②株式市場における証拠金債務残高の増大やバリュエーションの上昇、
③商品取引への顕著なシフト、④信用度の低い消費者に対する信用拡大である1。
まず、債券市場の動きから確認していこう。図表1は米国ハイイールド社債(投資適格未満の企業の
債券)の利回りと米国債10年利回りとの差を示したものである。同指標でみると、クレジット・スプ
レッドはまだ過去最低水準(211bp、1994/3/30)を更新してはいないが、歴史的にみてもすでにかな
り低い水準であることが分かる。
クレジット・スプレッドの縮小をサポートする要因として、企業のファンダメンタルズの良好さが
指摘されている2。足元のデフォルト率は非常に低く(図表2)、今後もしばらくは低位推移が続くと
見込まれている3ことや、低利借り換えによって財務基盤が改善している点などだ。
しかしFOMCは、低金利環境下における投資家の過度な利回り追及(search-for-yieldあるいは
reach-for-yield)を警戒しているとみられる。今のところ、配当や自社株買いのための債券発行
(dividend and acquisition financing)や現物払い債(Payment-in-kind(PIK)債)の発行は一服
しているようだが4、企業のファンダメンタルズの良好さが強調されるほど、エキゾチックな金融商品
にとっては復活の追い風になる可能性がある。
Fitch Ratingsによれば、2013年には3,020億ドルのハイイールド債が発行されたほか、レバレッジ
1
ド・ローン(投資適格未満の企業向け貸付)の新規組成が1.1兆ドルにものぼった5。ハイイールド市
場の拡大は、それだけ将来の長期金利上昇や景気後退時に対する経済・金融市場の脆弱性が増すこと
を意味する。
次に株式市場をみると、NYSE(ニューヨーク証券取引所)が公表している証拠金債務残高は2014年2
月時点で4,600億ドルを超え、前回ピークをつけた2007年を大幅に上回っている(図表3)。また2014
年2月から3月にかけて超割高株(いわゆるハイフライヤー)の予想PERが一段と上昇していた(図表4)。
一方、3月から現在に至るまで超割高株では株価の調整が続いている。米国株式市場では「2000年に
起こったように、モメンタム株の急落が市場全体の株安につながるのか」どうかに関心が集まってい
るようだ6。
図表 1 米国ハイイールド社債の
クレジット・スプレッド
図表 2 米国ハイイールド社債の
デフォルト率と回収率
(bp )
(%)
2500
18
16
2000
14
12
1500
10
8
1000
6
4
500
2
0
0
87
89
91
93
95
97
99
01 03
05
07
09
2000
11 13
05
10
(資料)Fitch Ratings(2014/3/11)
(注)Barclays Capital US Corporate High Yield の利回り
(Yield-to-Worst)と米国債 10 年利回りの差。
(資料)Bloomberg
図表3 証拠金債務残高
図表4
(10億㌦)
500
超割高株の予想PER
(倍)
(倍)
36
110
NYSE Arca バイオテクノロジー指数
(右目盛)
34
450
100
32
400
90
NASDAQ インターネット指数
30
350
80
28
300
26
250
24
ラッセル2000指数
70
60
NASDAQ バイオテクノロジー指数
(右目盛)
22
200
50
20
150
100
1998
(資料)NYSE
S&Pミッドキャップ指数
18
40
16
2005
10
30
1/1
2/1
3/1
4/1
(注)翌4四半期の予想EPSコンセンサスを利用。2004年。
(資料)Bloomberg
2
2.規制強化の声が強い金融機関の商品現物事業
3つめの「商品取引への顕著な(資金)シフト」(括弧内は筆者注)については、具体的に何を指す
のか、実のところはっきりしない。
ただ米国議会では、大手金融機関による商品市場への関与に対して新たな規制をかけるべきではな
いかという声がある。2013年11月に開催されたイエレン氏の連邦準備制度理事会(FRB)議長指名公聴
会では、マークレイ上院議員(民主、オレゴン州)が同氏の考えを質した7。マークレイ議員によれば、
大手金融機関がデリバティブなどの金融取引のみならず、発電所、パイプライン、石油タンカー、主
要金属の倉庫などの現業部門を所有しており、それによって商品市場の需給に影響を与え価格を操作
しているのではないかとの懸念がある(図表5)。イエレン氏は「非常に包括的な見直しを行っている」
と答え8,9、実際、FRBは2014年1月14日に、銀行の商品現物取引事業への新たな規制の是非を問うパブ
リックコメントの募集を開始した。
FRBによれば、過去数年の間に銀行持株会社は商品現物事業(physical commodity activities)を
拡大させ、これらの業務を行う証券会社の買収を進めてきた10。こうした中、商品現物事業に関わる
様々なイベントが起き、従来の想定とは異なるリスクが高まっている可能性や、こうした事業を行う
企業のリスク管理が限定的なものである可能性が浮上しているようだ。商品が関わる過酷事故
(catastrophic events)は古くから起きているが、2010年のメキシコ湾原油流出事故やカリフォルニ
ア州で発生した天然ガスパイプライン爆発事故、2011年の東日本大震災がもたらした原発事故などの
近年の事例は、商品の関わる事故を回避する費用が高くつくことや、事故による債務が事前の予想以
上に膨らむ可能性が高いことを示している11。
パブリックコメントの締め切りは当初3月15日だったが、業界からの要請を受け、4月16日まで延長
された。最終日の16日には、ブラウン上院議員(民主、オハイオ州)とウォーレン上院議員(民主、
マサチューセッツ州)が連名で規制強化を訴える書簡をFRBに提出した。
図表5 米金融機関による商品現物事業の動向
1981年
ゴールドマン・サックス(GS):貴金属及びコーヒーの先物・オプション取引専業企業を買収、商品市場に参入
2003年
シティグループ:金融機関では初めて商品現物事業の認可取得(原油・ガス取引事業)
2005年
JPモルガンチェース(JPMC):採掘・輸送・貯蔵・加工・精製に関する制限付きながら商品現物事業の認可取得
2006年
モルガン・スタンレー(MS):石油製品の輸送会社とタンカーのオペレーター会社を買収
2007年
RBS:金融機関では初めて大規模なユーザーとの間で長期エネルギー供給契約を結ぶことができる権利を取得
2008年
JPMC:複数の発電施設をベア・スターンズ子会社から買収
GS及びMS:銀行持株会社化。グランドファーザー条項により、それまで従事していた商品現物事業は継続可能に
2010年
JPMC:RBSよりグローバルな原油・金属取引事業及び欧州電力・ガス事業を取得。この中には、ロンドン金属取引
所(LME)認可のグローバルな金属保蔵ネットワークを所有・運営する英倉庫会社が含まれる
GS:デトロイトにも拠点を持つグローバルな倉庫事業を営む企業を買収。デトロイトには米国内のアルミニウム
の過半を保蔵
2012年
JPMC:銅ETFの組成認可を取得。同社は6万1800トン、LMEの倉庫ネットワークの27%相当にのぼる銅を保有してお
り、それを新たな金融商品に利用する動き
(資料)ブラウン、ウォーレン両議員の書簡(2014/4/16)より一部抜粋
3
3.自動車販売の影に潜むサブプライム・ローン
3月FOMC議事録に示された金融安定性に関わる4番目の懸念「信用度の低い消費者に対する信用拡大」
は、自動車ローンに関するものとみられる12。
S&Pによれば、自動車ローンを原資産とするABS(資産担保証券)市場では、サブプライム向けの60
日以上延滞率が2012年を底に上昇トレンドを辿っており、純損失率も同様の傾向にある(図表6)13。
S&Pは2014年2月に「最良の時期は終わった」というタイトルのレポートを発表、2014年もサブプライ
ム市場で損失拡大が続くとの見通しを示している14。このレポートの中で、S&Pは2006年から2007年に
かけて延滞率や損失率が上昇した局面を引き合いに出して「貸し出し基準が緩んだためだ」と述べ、
2012年から2013年にかけての動きも同じ理由だとしている。
サブプライム向け自動車ローンABSの残高は304億ドルで、自動車ローンABS(同1,683億ドル)の18%
を占める(2014年3月末、図表7)。システミック・リスクを懸念するほどの市場規模ではなく、統計
値で見る限りサブプライム向けの自動車ローンの金利も高止まりしている(図表8)。サブプライム住
宅ローン問題のときのように、借入当初の返済負担が異常に低く歪められている様子はうかがえない。
しかし、残高は前年比2割と急速な勢いで拡大しており、サブプライム向け自動車ローンを借りている
人々は数百万人にのぼるとも言われ15、一部FOMC参加者の関心を引くことになったのではないかとみ
られる。
4.終わりに
本稿では、3月FOMCにおける金融安定性という観点からの議論を確認してきたが、同会合の議事録に
は農地価格の上昇に対する懸念が示されていなかった。農地価格の上昇に関する当局者の懸念は、昨
年初めのジョージ・カンザスシティ連銀総裁の指摘に遡ることができるが、シカゴ連銀によれば昨年
終盤には農地価格の上昇テンポが緩み始めており16、その事実が3月FOMCでの警戒を緩める材料になっ
たのではないかとみられる。
金融政策と金融安定性の関係については、今年2月下旬から3月にかけて米国で活発な議論がみられ
たが、今後しばらくはFRBサイドからの情報発信が減少するおそれがある。この議論をリードしてきた
スタインFRB理事が5月末に退任し、ハーバード大学に戻ってしまうためだ。
もっとも、FOMCの声明文にある通り、金融政策の運営上、金融安定性に関わるリスク評価は今後も
続く。タルーロFRB理事やコチャラコタ・ミネアポリス連銀総裁らがスタイン理事の抜けた穴を埋める
だろう。あるいはまた、いずれ正式に就任するとみられるフィッシャー副議長が議論に積極的に関わ
るかも知れない。
4
図表6 自動車ローンABSのパフォーマンス
純損失率
60日以上延滞率
(%)
12
(%)
4.5
サブプライム
4.0
10
3.5
サブプライム
8
3.0
2.5
6
2.0
4
1.5
プライム
プライム
1.0
2
0.5
0
0.0
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2008
2014
2009
2010
2011
2012
2013
2014
(注)ともに各年2月実績。
(資料)S&P
図表7 自動車ローンABSの残高
図表8 自動車ローン金利
(%)
20
(10億㌦)
40
サブプライム
18
35
16
30
14
25
12
20
10
8
15
プライム
6
10
4
5
2
0
0
2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
(注)金利は加重平均年率換算値。2014年は1-3月期。
(資料)S&P
(注)各年末。サブプライム向けのみ。
(資料)SIFMA
5
1
ただし、3 月 FOMC で株式・商品市場と消費者向け信用について言及したのは参加者のうち各 1 名。
UBS(2014),“US high yield corporate bonds,” March 17
3
Fitch Ratings(2013), Fitch U.S. High Yield Default Insight, December 26; Moody's Investors Service(2014),“Annual
Default Study: Corporate Default and Recovery Rates, 1920-2013,” Special Comment, February 28
4
UBS(2014),“US high yield corporate bonds,” March 17
5
Fitch Ratings(2014),Fitch U.S. High Yield Default Insight, March 11
6
Wall Street Journal Online(2014),“Goldman Sachs: Why This Isn't 2000 All Over Again,” April 14; Barron's(2014),
“Flying Too High: LinkedIn, Twitter, NetSuite,” April 12 issue
7
マークレイ議員は 3 つの観点からイエレン氏の考えを質している。第 1 は、LIBOR(ロンドン銀行間取引金利)やエネルギー価格の
操作、
「ロンドンの鯨」事件(CDS 取引の巨額損失事件)
、マネーロンダリング、ロボサイナー問題(住宅差し押さえ手続きの不備問題)
など金融機関による事件が相次ぐ中で、FRB は監督機関としての信頼を取り戻すことができるのか。第 2 は、抜け穴のない強力なボ
ルカー・ルールを確立することができるのか。そして第 3 が、本稿で触れた金融機関による商品市場への関与についてである。
8
Bloomberg(2014),“Yellen Says Review of Bank Commodity Activity Could Bring Limits,” November 15
9
FRB は 2013 年 7 月 19 日付けの E-mail で、銀行に認めてきた商品現物事業について見直す方針であることを初めて関係者に伝えた
と言われている。Reuter(2013),“Fed rethinks move allowing banks to trade physical commodities,” July 19;
BloombergBusinessweek(2014),“The Fed Reexamines Banks' Ties to Commodity Markets,” July 25
10
Board of Governors of the Federal Reserve System(2014),“Complementary Activities, Merchant Banking Activities, and
Other Activities of Financial Holding Companies related to Physical Commodities,” Advance notice of proposed rulemaking,
January 14
11
なお一部の銀行では商品現物事業から撤退する動きが伝えられている。Wall Street Journal Online(2014),“Fed Eyes Banks'
Commodity Activities,” January 14
12
S&P(2014),“Subprime Auto Loan Performance: The Best Is Behind Us,” February 26; Bloomberg(2014),“Subprime Auto
Boom Besieged by Late-Payment Jump: Credit Markets,” March 5; Financial Times(2014),“American subprime lending is back
on the road,” April 10
13
S&P(2014), U.S. Auto Loan ABS Tracker: March 2014, April 10
14
S&P(2014), Subprime Auto Loan Performance: The Best Is Behind Us, February 26
15
信用調査会社 Equifax によればサブプライム向け自動車ローンを借りた人は 2013 年に 660 万人に上ったという。Reuter(2014),
“Special Report: How the Fed fueled an explosion in subprime auto loans,” April 3
16
シカゴ連銀は「2013 年 10~12 月期における管轄地区内の農地価格は前年比 5%の上昇となったが、減速してきているようだ」と
している。Federal Reserve Bank of Chicago(2014), AgLetter, February
2
●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに
基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。
6
Fly UP