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スーパーハイビジョンを 目指した大画面・超高精細 PDPの開発
スーパーハイビジョンを 目指した大画面・超高精細 PDPの開発 解 説 村上由紀夫 ■ スーパーハイビジョン(SHV:Super HiVision)はハイビジョンの16倍に当たる3,300 万画素から成るきめ細かい映像で,あたかもその場にいるような迫力のある高臨場感を 表現することができる。本稿では,SHVの家庭用ディスプレイを目指して取り組んでい る自発光・直視型のプラズマディスプレイ(PDP:Plasma Display Panel)の開発につ いて解説する。まず,PDPの大画面化・超高精細化に向けた課題を整理し,それを解決 するために取り組んだ基礎研究について述べる。次に,SHVの半分の2,160本の走査線数 を中間目標として,この基礎研究の成果に基づいて開発した画素ピッチ0.33mmの超高精 細対角58インチPDPと画素ピッチ0.591mmの対角103インチ大画面PDPについて述べ る。更に,SHVの走査線数4,320本を持つPDPの開発に向けた取り組みを紹介する。 1.まえがき 当所では,ハイビジョンの性能をはるかに超え,あたかもその場にいるように感じら れる究極の高臨場感を目指して,走査線数4,320本(ハイビジョンの4倍) ,画素数3,300 万画素(ハイビジョンの16倍)の超高精細映像システム・スーパーハイビジョン (SHV:Super HiVision)の研究を進めている1)2)。SHVの走査線数や画素数は広視野 角効果の評価実験の結果に基づいている。評価実験の一例に,スクリーンに投影した広 視野映像を傾けることにより,被験者自身が映像に誘導されて傾く現象(重心動揺)を 調べたものがある。この実験では,視野角が20°付近から誘導の効果が現れ始め,80° ∼ 100°で飽和し,臨場感が飽和する視野角は約100°であることが明らかになった3)。この 視野角100° を実現する映像システムがSHVである。1図にSHVとハイビジョンの画素数 と視聴条件などを比較して示す。また,2図にSHVの画素数を実現する画素ピッチと画 面サイズの関係を示す。 PDPなどの直視型のSHVディスプレイでは,対角70インチ∼150インチの画面サイズ がターゲットになると考えられる。液晶ディスプレイ(LCD:Liquid Crystal Display) は高精細化に有利なデバイスであり,既に,対角85インチのSHVディスプレイが実現さ れている4)。一方,自発光の直視型ディスプレイを実現するPDPは大型化が比較的容易で あり,対角100インチ∼150インチの画面サイズがターゲットとなる。薄型・軽量化が容 易な有機ELディスプレイ(OELD:Organic ElectroLuminescence Display)につい ては,大画面化に向けた研究開発が進められているが,SHVを目指すためには更にさま 4 NHK技研 R&D/No.130/2011.11 スーパーハイビジョン 7,680画素 ハイビジョン 1,920画素 4,320画素 画面高 1,080画素 画面高 視野角100° 視野角30° 画面高×3 画面高×0.75 1図 SHVとハイビジョンの比較 0.7 画素ピッチ(mm) 0.6 0.5 0.4 スーパー ハイビジョン ハイビジョン 0.3 PDPのターゲット 0.2 0.1 0 0 50 100 150 200 250 画面サイズ(インチ) 2図 SHVとハイビジョンの画面サイズと画素ピッチの関係 ざまな課題を解決する必要がある。 2図に示すように,対角100インチ∼150インチのSHVディスプレイの画素ピッチは 0.29mm∼0.43mmである。PDPの画素ピッチをこの大きさにすることは,実現が難しい と言われている5)。セルが微細になり,蛍光体を光らせる紫外線の発光効率が低下し,消 費電力が増大するからである。また,高精細化したパネルの大型化に伴い,電極の抵抗 やインダクタンスが増加し,パネル面内のセルの電圧波形などが均一にならず,放電に ばらつきが生じてくる。そこで,当所では,セルの放電特性を解析するシミュレーショ ンやパネル面内の放電のばらつきを解析するシミュレーションなど,放電理論や回路解 析からのアプローチを行った。 本稿では,このような理論からの取り組みと,その結果に基づいた大画面・高精細パ ネルの試作について解説する。 2.PDPの構造と特徴 3図に基本的なストライプ構造の3電極面放電型PDPを示す。パネルの画素を構成す るセルは2枚のガラス板の間に形成され,隔壁で各色の発光領域が分離されている。1 個のセルの電極は前面基板の上に平行に形成された一対の透明な表示電極(走査電極と 維持電極)と,画素を選択するために背面基板の上に形成されたアドレス電極で構成さ NHK技研 R&D/No.130/2011.11 5 前面基板 表示電極 セル 走査電極 バス電極 維持電極 電極保護膜 誘電体層 緑 赤 隔壁 青 蛍光体 アドレス電極 背面基板 3図 3電極面放電型PDPの構造 1表 「フルHD動画解像スピード」の例 駆動方式 一般的なホールド型駆動 フルHD動画解像スピード (画素/秒) 一般的なインパルス型駆動 60Hz 120Hz 240Hz 通常残光 短残光 100 200 600 400∼800 1,200 れる。セルを安定に放電させるために,ネオン(Ne)やヘリウム(He)などの化学的に 安定な希ガスに,紫外線を発生させるためのキセノン(Xe)を10%程度混合したガスを 使用し,それを大気圧の半分程度のガス圧力で封入する。 以下,PDPがSHV用ディスプレイとして優れている点を列挙する。 ①色再現性や動画に対する応答速度に優れている。 ②自発光・直視型で視野角が広く自然な階調表示が得られる。 ③パネル構造が単純で大型パネルの製作が比較的容易である。 特に,①の動画に対する応答速度はLCDよりも優れている。この応答速度は画像を表 示するための発光時間が短いほど良い。インパルス的に駆動されるPDPの発光時間は *1 表示された画像が短時間で消え る方式。 *2 表示された画像が次の画像を表 示するまで維持される方式。 *3 横1,920×縦1,080の 画 素 数 を 持つハイビジョンシステム。走 査線650本以上のテレビをハイ ビジョン対応と呼ぶことがある ! ので,それと区別するためにフ ! ルを付加している。 CRT(Cathode Ray Tube:ブラウン管)のインパルス型駆動方式*1よりは長いが, LCDのホールド型駆動方式*2よりははるかに短い。 SHVを用いた動画表示特性の評価は,まだ行われていないので,ハイビジョンを例に してその特性を紹介する。 (株)次世代PDP開発センター(APDC:Advanced PDP Development Center Corporation)は,フルHD*3解像度が正常に表示されるスピード の最大値を「フルHD動画解像スピード」として定義する評価法を確立し,その例として 1表の結果を公表している6)。例えば,1表に示す1,200画素/秒は1.6(=1,920/1,200) 秒で画面を横切る速度である。1,200画素/秒というフルHD動画解像スピードは短残光 特性の蛍光体7)を用いた一般的なインパルス型駆動方式の場合であり,1秒間に対象物が 画面の2/3を横切る速度で移動した場合においても,ハイビジョンの1,080本の解像度が得 られることを意味している。通常の残光特性の蛍光体を用いた場合は製品によって異な り,フルHD動画解像スピードは400画素/秒∼800画素/秒である。なお,短残光特性の 蛍光体を用い,インパルス的に駆動されるPDPのフルHD動画解像スピードは1,000画素 /秒と推定されている6)。 6 NHK技研 R&D/No.130/2011.11 高ガス圧力 低 Xe 濃 度 高ガス圧力 高 Xe 濃 度 (a) 画素ピッチ 0.9mm 高精細パネル (画素ピッチ 0.3mm) カラーバー (b) 画素ピッチ 0.3mm 4図 高ガス圧力パネルによる白色およびカラーバー表示実験 3.超高精細化に向けた取り組み 3.1 超高精細化への指針 2006年に対角50インチ,フルHDのPDPが世界で初めて製品化された。そのパネルの 画素ピッチは0.59mmであった。2007年には画素ピッチ0.48mm,対角42インチのフル HDのPDPが製品化された。 対角100インチ級の直視型のSHV用ディスプレイを実現するためには画素ピッチを0.3 mm程度に高精細化する必要があるが,前述したようにPDPの画素ピッチを0.3mm程度 にすることは難しい。そこで,当所では,電子やイオンの移動,電子衝突による励起原 子*4の発生,紫外線の放射などを解析する放電シミュレーション技術8)や,レーザー光 *4 放電などでエネルギーを得て, 高いエネルギー状態にある原子。 元のエネルギー状態に戻るとき に紫外線を放射するものもある。 の吸収を応用して紫外線を放射する励起原子などを測定するプラズマ診断技術9)を使っ て,励起原子の生成効率,セル壁面での損失やガス圧力を高めたときの紫外線の発光メ カニズムの解明を進め,高精細化と高効率化に向けた下記の知見を得た10)。 ①放電セルを小さくすると放電セル壁面での励起原子の損失が大きくなるが,封入ガ ス圧力を大気圧程度まで高めることで,この損失を小さくできる。 ②放電セルを小さくすると放電電圧は上昇するが,紫外線放射に関与する励起原子の 密度も上昇し,励起原子の生成効率は従来の放電セルとほぼ等しくなる。 このように,理論と実験で微細セル内の放電発光メカニズムを解明し,超高精細化の 可能性を確認した後に実験パネルの試作に取り組んだ。 3.2 画素ピッチ0.3mmの小型実験パネルの試作 画素ピッチ0.3mmのパネルの試作においては,形成が難しい隔壁をスクリーン印刷 法*5を用いて形成した。印刷ペーストや印刷条件などさまざまな検討と最適化を行い, 対角約1インチの小型パネルの試作に成功した11)。蛍光体を微細セルに塗布するために, 蛍光体を小粒子にするとともにペースト化するときの分散性なども考慮した。試作した *5 孔版印刷の一種で,版自体に穴 を開け,そこからインクをこす りつけて印刷する方式。 パネルの封入ガスには高精細化の指針を基にNeとXeの混合ガスを使用し,93kPaまで圧 力を高めた。赤,緑,青色のセルを同時に15kHzの繰り返しパルスで駆動して点灯させ た白色表示において,Xeを15%混入した場合に約1,200cd/m2の高輝度が得られ,そのパ 。2005年当時に市販されていた対角50イ ネルを2005年の技研公開で展示した12)(4図) ンチのPDPの画素ピッチは0.9mm程度であり,試作したパネルの1画素の面積はその1/9 程度と超高精細であった。画素ピッチ0.3mmの小型パネルの試作がSHVを目指した現在 の大型・超高精細PDPの研究の第一歩となった。 2006年には画素ピッチ0.3mmの対角6.5インチパネルを試作し動画像表示に成功し た13)。その後,対角6.5インチパネルで,電極形状の改良や隔壁の高さの最適化,蛍光面 NHK技研 R&D/No.130/2011.11 7 検証パネル実験 電圧波形 電流波形 パネルの等価回路 アイデア (電極構造, 印加電圧波形など) パネル各部の駆動 電圧,電流,発光 波形などを解析し て最適化 放電セル解析 + 回路解析 新規開発のパネルの放電解析 シミュレーション技術 均一な明るさのパ ネルで安定な画像 表示を実現 大画像・超高精細 プラズマディスプレイ 5図 均一な明るさで安定した画像を表示するために行った高精細PDPの動作解析の取り組み の均一化などを行って発光効率を1.5倍近くまで向上させ,2007年の技研公開で安定な画 像表示を展示した14)。 4.大画面化に向けた取り組み 4.1 大画面化の動向 2006年1月のInternational CES(Consumer Electronics Show:国際家電ショ ー) で世界最大の対角103インチのハイビジョンPDPが発表され,7月に市販された。2007 年のInternational CESでは対角108インチのLCDが発表され,平面型ディスプレイ (FPD:Flat Panel Display)の最大サイズとなった。2008年のInternational CESでは 最大サイズを更新する対角152インチのPDPが展示され,2010年7月に市販された。 このような大画面化は1枚の大型ガラス基板で複数のパネルを作る「多面取り方 *6 1枚のガラスから小型のガラス を多数切り出す方式。製品のコ ストダウンや生産台数を上げる ために導入されている。 *6 式 」の設備を利用して達成されたものである。すなわち,対角50インチのパネルを4 枚作ること(4面取り)ができる対角103インチ用のガラス基板や,対角50インチのパネ ルを9枚作ること(9面取り)ができる対角152インチ用のガラス基板を使って大型化を 図ったものである。対角152インチの画面の高さは約1.8mであり,人間をほぼ等身大で表 示することができ,パブリックビューイングなどの用途が考えられる。 SHV級の画素ピッチを持つ大画面パネルを製作するためには,超高精細化と大画面化 を両立できる製作プロセスを開発する必要がある。また,パネル面内の放電のばらつき が無い高精細な大型パネルを効率的に開発するためには,パネル面内の放電のばらつき を解析するシミュレーション技術を開発し,試作回数を極力減らすことが望まれる。 4.2 パネルの放電解析シミュレーション 高精細な大型パネルでは, パネル面内で電圧波形などがセルごとに異なり, 放電にばらつ きが生じる。5図にパネル面内のセルの位置によって電圧や電流波形が異なるイメージ と均一な明るさで安定した画像を表示するために行った動作解析の取り組みを示す15)。 従来の汎用回路解析シミュレーションを基本にした手法では,1つの放電セルを1つ の抵抗と近似し,その抵抗の導電率が時間的に変化すると仮定して,セル構造や電源条 件を分析していた16)。一方,5図に示した解析シミュレーションでは,放電メカニズム を解明するために,当所で開発した電子とイオンや励起原子などの挙動を詳細に扱うセ ルの放電シミュレーション8)と回路シミュレーションとを組み合わせてパネルの動作解析 を行っている。解析には電離係数や励起係数などの放電パラメーターを用いているので, さまざまな混合ガスやパネル条件にこの解析を適用でき,電気特性の他に紫外線の発光 特性なども解析できるという特徴がある。 8 NHK技研 R&D/No.130/2011.11 小 高 輝 度 の ば ら つき 明 るく均一な表示 発光効率 低 発光効率 大 輝度のばらつき 0 10 20 30 Xe 混合比(%) 6図 58インチ画素ピッチ0.33mmパネルの解析結果 7図 画素ピッチ0.33mmの超高精細対角58インチPDP(走査線数:2,160本)の画像表示例 4.3 画素ピッチ0.33mmの対角58インチPDP (走査線数:2,160本) の試作 セルの発光特性を得る放電シミュレーションとパネルの放電解析シミュレーションを 用いて,画素ピッチ0.33mmの対角58インチパネルの特性を解析した。6図にXeの混合 比(横軸)と発光効率(赤:左の縦軸)および輝度のばらつき(青:右の縦軸)の関係 を示す。Xeの混合比の増加に伴って,発光効率は向上するが,輝度のばらつきも増大す る。従って,輝度のばらつきの小さい領域で発光効率の大きい領域,すなわち,6図に 示した明るく均一な表示ができる領域の混合比にする必要がある。 試作した画素ピッチ0.33mmの超高精細PDP(走査線数:2,160本)の画像表示例を7 図に,その仕様を2表に示す。 4.4 対角103インチ大画面PDP(走査線数:2,160本)の試作 画面の更なる大型化を目指して,パネルの放電解析シミュレーションを行い,パネル 面内各部の電圧波形などの電気的特性や紫外線の発光特性などを解析した17)。その結果, 現行の対角50インチハイビジョンパネルのセル構造や電極構造などを用いると,走査線 2,160本の対角100インチパネル(面積比で50インチパネルの4倍)では,パネル内の電 圧や電流波形のばらつきが大きくなり,画像を均一に表示できないことが明らかになっ た。また,電極の抵抗やインダクタンスを減少させる必要があることなど,大型・高精 細パネルの設計指針が得られた。そこで,電極構造を変更し,電極の幅を広げることで, NHK技研 R&D/No.130/2011.11 9 2表 超高精細対角58インチPDPの仕様 画面サイズ(水平×垂直) 1,267mm×712mm 画面アスペクト比(水平:垂直) 16:9 画素数(水平×垂直) 3,840×2,160 画素ピッチ(水平×垂直) 0.33mm×0.33mm 8図 対角103インチ大画面PDP(走査線数:2,160本)による画像表示例 3表 対角103インチ大画面PDPの仕様 画面サイズ(水平×垂直) 2,269mm×1,277mm 画面アスペクト比(水平:垂直) 16:9 画素数(水平×垂直) 3,840×2,160 画素ピッチ(水平×垂直) 0.591mm×0.591mm 放電のばらつきを対角50インチのパネルと同程度の問題のないレベルに減少できること を解析により確認した。電極の幅を広くすると抵抗値は下がり電圧波形などのばらつき は減少するが,セル内の発光が電極に遮られて暗くなる。一方,電極を厚くしても抵抗 値は下がるが,製作プロセスで電極の厚さを自由に変更できないという制約がある。こ のようなことを総合的に判断することで効率的にパネルの開発を進めることができる。 対角103インチ大画面PDP(走査線数:2,160本)を試作し,放電のばらつきなどを抑 えて安定した画像を表示できることを確認した。8図にPDPの画像表示例を,3表にそ の仕様を示す。 5.SHVを目指した取り組み 5.1 多画素パネルに向けた駆動技術 画素ピッチ0.33mm,走査線数2,160本の超高精細58インチPDPと,画素ピッチ0.591 mm,走査線数2,160本の対角103インチ大画面PDPを試作したが,これらはSHVの走査 線数4,320本を持つ対角100インチ∼150インチのPDPを開発するための中間目標であっ た。本章では,SHVディスプレイ開発において重要な課題の1つ,超高精細・大画面パ ネルの駆動技術に関する取り組みについて解説する。 最初にPDPのパネル駆動方式について説明する。PDPの階調表示は発光強度ではなく, パルス放電の発光回数で制御する。そのため,ハイビジョンのPDPでは9図(a)に示す 10 NHK技研 R&D/No.130/2011.11 1 フィールド期間 12 …… 走 査 線 SF1 SF2 1 2 SF3 SF4 4 SF5 8 SF8 16 128 1080 時刻 (a) ハイビジョンの駆動シーケンス アドレス時間 アドレス時間 サブフィールド 2 本ずつ走査 SF2 SF3 SF4 1 本ずつ走査 SF5 SF6 1080 ……………… 走 査 線 12 …… SF1 1 2 4 8 16 32 4320 時刻 アドレス期間は 通常の 50% 通常のアドレス期間 (b) マルチライン同時走査の駆動シーケンス 9図 ハイビジョンとマルチライン同時走査方式の駆動シーケンス ようなサブフィールド(SF)法を用いたアドレス・表示分離(ADS:Address Display Separation)法が広く採用されている。この方法では,映像の1フィールドを複数のSF に分割し,分割されたSFごとに,画面の垂直方向に1ラインずつ線順次走査をして表示 させる画素を選択するアドレス期間と,階調表示のための表示期間に分離する。例え ば,1フィールドを8個のSFに分割し,2のべき乗の1,2,4,8,16,32,64, 128の輝度値で発光時間に重み付けをして,目の時間的な積分効果を利用して256階調を 表示する。 走査線数がハイビジョンの4倍のスーパーハイビジョンでは,アドレスに要する時間 が4倍になり,表示期間を含めた1シーケンスが1フィールド期間を超過するので,ハ イビジョンと同じ速度でパネルを走査することができない。一方,走査速度を高速にす ると,1ライン当たりのアドレス時間が短くなり,アドレス放電が不安定になる。そこ で,当所では,一部のSFにおいて,複数行を同時に走査する方式(マルチライン同時走 査方式)を検討した18)。例えば,9図(b)のようにSF1∼SF3を2本ずつ同時走査(緑 色の斜め線)して,SF4以上のSFを1本ずつ走査(赤色の斜め線)する。複数のライン を同時に走査するので,画面の垂直方向の解像度が低下するが,同時に走査するSFの選 択方法や画素値の決定方法を工夫した。その結果,一定の画質を確保したまま,全体の アドレス期間を25%短縮できることを確認した19)。 この駆動技術はデータ圧縮技術と同様に画質劣化を極力抑制し,可能な限りアドレス 期間を短縮するものである。短縮で得た時間を画像表示期間に充てることができるので, 輝度向上,高フレームレート化による画質向上,省電力化などが期待できる。 5.2 SHV用大画面・超高精細パネルの製作 画素ピッチ0.33mmの対角58インチパネル(走査線数:2,160本)を4枚つなげた大き さのパネルを製作できれば,対角116インチのSHVの走査線数を持つPDPになる。しか し,画素ピッチ0.33mmで,対角100インチ級の大型パネルを製作するプロセスの開発が NHK技研 R&D/No.130/2011.11 11 (a) テレビ会議 (b) 在宅旅行 (c) 遠隔医療 10図 SHVの応用例 今後の課題である。これまでの試作・開発もそうであったが,放電理論や放電シミュ レーションなどの支援ツールを利用して,開発指針を探索する必要がある。また,パネ ルの試作に関しても,現在の製作プロセス技術を改善するだけではなく,超高精度で大 *7 製作した数に対して何の欠陥も ない良品が得られる割合。 型化に適したプロセスを新規に開発する必要もある。更に,パネル製作の歩留まり*7を 高めるための研究・開発も必要である。今後もシミュレーションと製造開発の連携を密 接にして開発を進めていくことが重要である。 5.3 SHVの応用技術 最後に,SHVの応用について触れる。高い臨場感が得られるSHVの家庭用ディスプレ イが実現できれば,10図に示すような応用が期待できる。テレビ会議では実際に対面し ている雰囲気が得られる。旅行番組では実際に旅行をしているような感覚も得られるで あろう。医療機関における遠隔医療もSHVのよりリアルな映像によって更なる発展が期 待される。 ここでは,SHVシステムの医療応用展開の可能性を探るために,医師グループと共同で 行った実験を紹介する。SHVカメラでウサギの肝臓の手術を撮影し,走査線数2,160本の 対角103インチPDPおよび対角58インチPDPを用いて,評価実験を行った20)。PDPで内 臓の組織の微小な変化を確実に表示できたので,今後,執刀医や手術室スタッフはより的 確な判断を行うことができると期待される。また,多くのスタッフが手術部位の全体を 観察することができたので,手術の安全性の向上も期待される。更に,高倍率にして病 理診断を行ったり,ビデオ収録を行い,医療関係者への学習用途に利用したりすること など,SHVは放送の発展だけではなく医学などの進歩にも大きく貢献すると期待される。 6.おわりに PDPの高精細化は難しいと言われていたが,放電メカニズムを解明することによって, 画素ピッチ0.3mmの超高精細小型実験パネルの試作に成功し,対角100インチ程度で SHVを実現できる可能性を実証した。また,画素ピッチ0.33mm,走査線数2,160本の超 高精細58インチPDPと,画素ピッチ0.591mm,走査線数2,160本の対角103インチ大画面 PDPの試作に成功した。これらのPDPは走査線数がSHVの半分であるが,期待していた 動画解像度や視野角特性だけでなく,自発光・直視型の自然な階調など優れた特性を持 つことが確認できた。また,平面ディスプレイではあるが,画像が立体的に見えるとの 感想も寄せられた。 現在,3,300万画素のSHV用プロトタイプPDPの開発を目指して研究に取り組んでい る。早い時期に,このPDPでSHVをご覧いただきたいと考えている。 なお,対角6.5インチPDPに関する研究はパイオニア(株) , (株)ノリタケカンパニー リミテド,NBC(株)と,対角58インチPDPおよび対角103インチPDPに関する研究は パナソニック(株)との連携で行った。 12 NHK技研 R&D/No.130/2011.11 参考文献 1) 岡野: “走査線4000本級超高精細映像システムの研究, ”NHK技研R&D, No.86, pp.3043 (2004) 2) 竹間: “夢のスーパーハイビジョンに挑む, ”日本放送出版協会(2005) 3) 畑田,坂田,日下: “画面サイズによる方向感覚誘導効果, ”テレビ誌,Vol.33, No.5, pp.407 413(1979) 4) 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