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家庭科教育における「評価」
第 41 号,pp. 51~56,2011 愛知教育大学家政教育講座研究紀要 家庭科教育における「評価」 ―大学生の評価観の変化から― 愛知教育大学家政講座 1. 伊深祥子 はじめに 2001 年に改訂された指導要録において、 「相対評価」の考えが否定され、 「目標に準拠した評価」 が全面的に採用されるようになった。これまで、現場の教師による実践研究では「評価」の研究 が数多く実施されている。しかし、家庭科教育学会誌においては、 「評価」をデータとして使って いる研究1)はあるが「評価」そのものの研究はみられない。教育現場においては、絶対評価の導 入によって目標に準拠した評価が求められ、各学校において綿密なルーブリックが作られ、ルー ブリックに準じた観点別評価が実施されている。また、指導と評価の一体化が提唱され、ルーブ リックに示した目標が到達される授業展開2)が求められている。また近年、子どもの学習活動を ありのままに、そのまま取り上げる評価をおこなう真正な評価(Authentic Assessment)とし て、パフォーマンス評価やポートフォリオ評価3)が注目されてきている。 本論は、家庭科の教員養成において家庭科の授業における「評価」をどのように学ぶことがで きるか、家庭科の教員として評価をどうとらえることができるのかを大学の授業で実践した報告 である。教員養成大学において大学生は「評価」をどのようにとらえていて、 「評価」について学 ぶことでどんな「評価」観をもつことになったかを提示する。 2. 研究の対象と方法 研究の対象: 教育大学家政専攻の 3 年生 35 名 実施日: 2011 年 6 月の家庭科授業研究 研究方法: 講義開始時に評価とは何かを記述し、講義後の記述と比較する 講義内容: ①「評価」とは何か ・・・・・・・・診断的評価 ② これまでの講義の自己評価・・・・・・・自己評価 ③ 教師として評価する・・・・・・・・・・教師としての評価 ④ 友だちとして評価する・・・・・・・・・相互評価 ⑤ 評価の種類・・・・・・・・・・・・・・評価の知識 ⑥ 「評価」とは何か・・・・・・・・・・・総括的評価 2.1 大学生は「評価」をどうとらえているか 授業のはじめに自分がこれまで受けてきた評価から「評価」をどうとらえているか記述(表1) した。35 名の記述に 74 の内容があり、12 のカテゴリーに分類することができた。大学生の事前 ― 51 ― 表1:事前の「評価」のとらえ方 の「評価」のとらえ方は、 「基準達成度」 (27)・「誰がす 大学生35名 るのか」(11)・「成績」(10)・「主観」(9)といった記 規準達成度 27 C 述が多かった。12 のカテゴリーをさらに A:評価の意味、 誰がするか 11 C B:評価のむずかしさ、C:評価の方法の3つのカテゴリ 成績 10 C ーにわけると、事前の「評価」のとらえ方では、C:評価 主観 9 B の方法(51)が多かった。一方、A:評価の意味をとらえ 努力 5 A ている学生(14)は少ない。評価とは何かということよ 認める 4 A りも、これまでの自分が受けてきた評価から、評価の方 相対的 2 C 法に注目していることがわかる。 嬉しい 2 A 客観的 1 A 頑張る糧 1 A 講義の自己評価をした後に、4 人グループをつくり、 自分の規準 1 C 実際に教師として他の 3 人を生徒として評価する実習を 人を見る力 1 A 合 計 2.2 教師として評価する 実施した。学校現場と同様に、「関心・意欲」 「創意・工 夫」「技能」 「知識・理解」の4つの観点で A・B・C の 74 評価をおこない、観点別評価に基づいて、5・4・3・ 2・1の評定をおこなった。表2・表3に教師としての評価の例①②を示す。この実習の目的は、 教師の立場で評価することで、評価には基準をもつことが必要であることに気づくことである。 また、表2と表3を比べてみてわかることであるが、評価は基準が違うと評価する人によって変 わってしまうことを体験することになった。 学生にとっては、いままで評価されることはあっても、評価するという体験は初めてのことで ある。あえて、基準は明確に示さなかったので、評価する側が基準をもつことの必要性について 身をもって体験することになった。また、評価することのむずかしさ、評価には主観が入る恐れ があること、評価することが評価する対象にとってどういうものとなるのかを考えることができた。 評 定 能 知 識 ・理 解 技 定 創 意 ・工 夫 先生 関 心 ・意 欲 表3:教師としての評価の例② 評 能 知 識 ・理 解 技 創 意 ・工 夫 先生 関 心 ・意 欲 表2:教師としての評価の例① ○○先生 B A B A 4 ○○先生 B B A A 4 ○○先生 B B A B 3 ○○先生 B B A A 4 ○○先生 B B A A 4 ○○先生 B B A A 4 ― 52 ― 2.3 相互評価 教師としての評価と同じグループで相互評価を実施した。相互評価では、A・B・C や5・4・ 3・2・1といった数値による評価ではなく、友人として言葉で具体的に評価する実習をおこな った。その際、良いところを褒めるときには具体的に褒めること、褒めるだけでなく必ず課題を 記述することの二点を指示した。学生がおこなった相互評価の例をつぎに示す。 (課題の記述がないもの) ① 模擬授業で司会に立候補し、上手に運営してくれました。ひとりひとりにするどいコメ ントをしていて、場の空気がしまりました。 ② 漢字ハンターとしてみんなの書き順をチェックしていました。堂々とした模擬授業も よかったよ。 ③ 模擬授業をやりやすいように発言をたくさんしてあげてたけど、調子に乗りすぎな時があ って、怒られてた。 (課題の記述があるもの) ④ R は、模擬授業があまり上手にできなかったけど、生徒として積極的に授業に取り組んでい ました。その姿勢はとても大切です。これからも上手に授業ができるように、学んでいき ましょう。 ⑤ 模擬授業では、生徒に伝えたいという気持ちがよくわかった。ほかの人の授業もよく聞い て、手を挙げたり、発言していたりしていて良かった。あとは、自分の中で明確な目標を 持って、動じないとよい。 ③ 積極的に前に出ていこうとはあまりしないですが、大事なときにはしっかりと発言し、誰 よりも周りに目を向けていると思います。かげで支えるすごい優しい人だと思います。 課題を記述することができなかった学生もいたが、それぞれが相手をよく見て、具体的に評価 している。また、課題を記述することができた学生は、相手がよりよくなるように考えて記述で きている。相互評評価をすることでは子どもをよく見ることの必要性に気づくことができた。ま た、課題を書くことは相手の成長のためであることも理解できた。さらに、課題を書いてもらえ ることが生徒のつぎのステップ、成長のためであることも生徒の立場で捉えることができた。 2.4 さまざまな評価 教師の立場から評価する活動と友達として相互評価する実習を終えてから、評価にはさまざま な種類があることを説明した。ここではじめて、今まで講義の中で行ってきた評価が「診断的評 価」「自己評価」「教師による評価」「相互評価」であることを確認した。 ― 53 ― [評価の種類] 評価の基準による分類:相対評価・絶対評価・到達度評価 評価の時期による分類:診断的評価・形成的評価・総括評価 評価の主体による分類:教師が生徒を評価する・生徒どうしで評価する(相互評価) 自分が自分を評価する(自己評価)・生徒が授業を評価する 2.5 総括評価 最後に講義の総括評価として、 「評価」とは何かをもう一度記述した。はじめに診断的評価とし て自分が記述した「評価」とは何かと照らし合わせて、講義で学んだ後に、 「評価」をどうとらえ るかを記述した。表4に事後の記述を示す。事後の記述は 117 項目あり、事前の 74 項目から記 述項目が増加した。また、事前と同様にカテゴリーに分類すると、 「つぎにつながるもの・ふりか えり」 (22) ・ 「むずかしさ」 (14) ・ 「数値より言葉」 (14) ・ 「主観・あいまいさ」 (14)といった記 述が多かった。表 5 は、事前と事後の記述の変化を比べたものである。事前の記述では、評価され た体験から評価の方法の記述が多かったが、事後では評価の意味とむずかしさの記述が増えている。 表4:事後の「評価の」とらえかた 表5:事前・事後の「評価」のとらえかたの変化 大学生 大学生35名 つぎにつながるもの・ふり 22 A かえり 難しさ 14 B 数値よりことば 14 B 主観・あいまいさ 14 B さまざまな評価 10 C 現場での難しさ 9 C 認めれれるもの 9 A 子どもをみること 8 A 自己評価の意味 6 A 基準の大切さ 4 B 結果ではなく過程が大切 2 A その子なりのがんばり 2 A 全員5の評価を 1 A 完璧でない自分 1 B アッピールする子 1 B 合計 授 業 開始時 % 授 業 終了時 35名 % A 評価の 意 味 14 18.9 50 42.7 B 評価の 難しさ 9 12.2 48 41.1 C 評価の 方 法 51 68.9 19 16.2 計 74 117 ― 54 ― 117 3. 事後記述からの課題 事後記述からは「評価」に関する課題も示された。 *コメントの評価は、実際の学校現場では時間がなかったり、数が多かったりして大変。 *評価をする以上、努力だけでなく結果も見なければいけない。 *「あいまい」という印象が強まった。「正解」を出すのが難しい。 *ちゃんとみてないとつけられない。先生にちゃんと見てもらえたと知ることができる。 *評価する立場に立つと基準をしっかり持たなければならない。 *教師の主観が入ってしまう。 *自分は完璧な人間ではないのに、そのことを棚に上げて人を評価するのは心苦しい。 上記のような課題とともに、事後記述のなかで自己評価の意味について書かれていたものがい くつかあった。そのなかのひとつである A 子の事後記述をつぎに示す。 難しいと思いました。模擬授業のことで書くならば、みんなは OK だよと言ってくれたけ ど、友だちの模擬授業のあとに、自分の意見をあまり言えなかったので、やっぱり3点か なと思いまいた。先生は自己評価が大事だと言っていましたが、そういうことは自分で気 づくことだと思ったので、自己評価は大切だと思いました。そして、つぎの目標を考える ための指針になるものだと思いました。 (A 子の事後記述より) A 子以外にも自己評価についてつぎのような記述がみられた。 *自己評価は主観的だけど、これなしでは成長できないという点で重要。 *自分の価値を自分で見つめ、認めるもの。 *自分でするか、他人からされるかで見え方がちがう。両方を行うことで新たな課題や自分の 成長が発見できる。 この授業で「自己評価」の意味が課題として示されていた。それでは、この授業のはじめに実 施した自己評価において、学生たちはどのような自己評価をおこなっていたのだろうか。つぎに BCDE の 4 名の自己評価を示す。 B:教師の立場から授業を考えることができた。模擬授業をがんばった。 (人前で話すことが苦 手なんだけど、授業をしたり、発言が苦手な子への対処を自らの気持ちを生かして考える ことができた。) C:授業の中で何が起きているのか、生徒の立場と教師の立場で考えることを学んだ。自分が ― 55 ― 気づいたこと、考えたことをできるだけ周りに伝わるようにした。実際に授業を運営する にあたって、どういうことに注意したらいいか考えることができた。例えばくせ(身振り・ 話し方)が生徒に影響を与えること、生徒の反応、気持ちのくみ取り方、自由に意見を言 い合い参加できる雰囲気づくりなどです。 D:人の前に立って発表することと、授業を行うことの違いを知ることができた。別の授業で 学んだ「コメントすること」の大切さを理解して、この授業で実践できた。 E:確かに、自分自身の発表(模擬授業)をすることで、新しい発見もあったのですが、人の 授業を何度も繰り返しみることで、授業の見方を学ぶことができました。最近よく思うの ですが、発表して見せる。→人に色々な意見をもらう。→改善する。この流れが本当に大 事だなって感じます。人に意見をもらえるありがたさをつくづく感じました。 講義の自己評価では、自分の学びを客観的に記述してメタ認知4)を行なっている。さらに自分 の学びを客観的に記述することから自分のつぎの学びの課題を持っているようである。また、学 生の自己評価は、この講義の講義評価にもなっていた。学生の自己評価から、講義の新たな課題 も見えてきた。それは自己評価の意味について学びを深めることである。自己評価は自己評価し た人自身の成長を促すだけでなく、講義そのものに新たな講義の内容も要求することになった。 4. おわりに 本論は、家庭科教員養成における「評価」の学びの報告である。大学生は「評価」の方法に注 目していたが、講義を通して「評価」の意味やむずかしさをとらえることができた。また、 「評価」 は子どもをよく見ることからはじまることを理解することができた。さらに、 「自己評価」の意味 について気づきがみられ、「自己評価」の研究が課題となった。しかし、「評価」は授業づくりで ある、 「評価」からつぎの授業を創りだしていくという点については十分な学びをおこなうことが できなかった。真正な評価についての検討とともに「評価」について家庭科の教員養成において さらに学びを深めることが必要である。 参考文献 1) 岡田みゆき・河原史敏.(2009).小学校家庭科におけるコミュニケーションスキルを育成す るための授業実践(第2報)―授業評価―.日本家庭科教育学会誌,52(2)111-117. 2)安藤輝次編.(2002).評価規準と評価基準表を使った授業実践の方法.黎明書房. 3)西岡加名恵.(2003).ポートフォリオ評価法:新たな評価規準の創出に向けて.図書文化. 4)安彦忠彦.(1987).自己評価:「自己教育論」を超えて.図書文化. ― 56 ―