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JMA report - 一般社団法人日本能率協会

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JMA report - 一般社団法人日本能率協会
JMA report
[寄稿]
未知なる大国ロシアの
技術力と進出の可能性
を探る
―CTO(最高技術責任者)たちが見た
ロシア・ビジネス事情
一般社団法人日本能率協会
JMAマネジメント研究所 主管
肥本英輔
「ロシア・ビジネスは海を渡るようなもの。危険
ではあるが、泳ぎ方を知っていればそれほど怖いと
ころではない」
今回訪問したモスクワのジャパン・ビジネスクラ
ブ代表の植村憲嗣氏の言葉である。そして、力を込
めてこう続けた。
「だが、泳げるからといって大胆に打って出ると、
大失敗しかねない」
多くの日本人にとっては、ロシアはなじみが薄く
土地勘もない。市場としての情報も少なく、賄賂の
けん でん
横行やマフィアの存在など暗い側面だけが喧 伝さ
日本 CTOフォーラムは 2012 年度の海外視
察先としてロシアを選定し、今後の日ロの
技術連携の可能性を探るべく、同年 8月末
に総勢15人でサンクトペテルブルクとモス
クワを訪問した。
こ こ で は、 日 本 の 主 要 製 造 企 業 の
れ、したがって進出企業もまだまだ少ないのが現状
である。とはいえ、同クラブの会員企業はこの10 年
で60 数社から190 社と急速に増えている。
また、2012 年 8月にはWTOへの正式加盟が認
められた。中国がそうであったように、WTO 加盟
が投資の呼び水になるのではないかと世界から期待
チーフテクノロジーオフィサー
されている。
アという国をどう理解し、その技術力や進
日本ではロシア市場がにわかに注目されるように
最 高技術責任者すなわちCTOたちがロシ
出の可能性をどう評価したのか、本ミッショ
ンを企画・実施した事務局の立場からレポー
トする。
中国、韓国との「領土」問題が深刻化するなか、
なっているが、実は、日ロ双方の産業連携強化への
動きは、資源関連のみならず自動車産業を中心に数
年前から静かに広がっていたのである。
品質最優先で着実な現地化を進める
日本 CTOフォーラムについて
ロシア日産製造(サンクトペテルブルク)
小会では2004 年に日本の産業競争力の向上に
は日本企業のCTOたちの連携強化が不可欠と
考え、主要製造業約50 社程度の意見交換・情
報交流の組織を立ち上げた。以来、異業種の
CTOたちが腹を割って話ができるユニークな
の活動の一環であり、毎年、アジアを中心に海
大都市としては、競争力のある産業を育成し、いか
交換する会合を、韓国の専門機関と連携して実
施している。
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や美術品が健在で、貴重な観光資源として外貨を
稼いでいる。とはいえ、450 万人の人口を抱える巨
は、日韓両国の主要企業のCTOが率直に意見
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テルブルクは、いまでも専制君主時代の壮麗な建築
フォーラムとして活動してきた。海外視察もそ
外のCTOとの交流も実施している。昨年から
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かつて帝政ロシアの首都として栄えたサンクトペ
に雇用を確保するかは、きわめて重要な社会的な課
題となっている。
そこで、同市は、各種インセンティブを駆使して
世界中の有力な自動車メーカーを口説き、2007 年
以降、トヨタ、GM、日産、現代、スカニアなどの
工場誘致に成功した。その結果、広大な同市を取り
囲むように郊外に自動車関連の産業集積が形成さ
れるに至った。
今回訪問した日産の工場(ロシア日産製造)は、
同市北方の工業団地内にあり、工場を立ち上げて3
年目、順調に生産規模や生産車種を拡大し、現在
は年産5万台で、近々 10 万台に増産することをめ
ざしている。経営の現地化も並行して進められ、今
後の事業拡大の基盤をほぼ固めたように見える。
ロシアの自動車工場でどのような工程管理、現場
写真1 165ヘクタールの広大な事業用地をもつロシア日産製造の遠景
作業がなされているのか、CTOとしてもおおいに興
味をそそられるところであり、1時間あまり現場を
見学させていただいた。
副拠点長の安田匡宏氏も力説されていたように、
不具合に対しては二重、三重のチェックで対応する
など、品質管理に万全を期す体制となっている。当
国家主導で世界を巻き込み、先進技術
開発を推進するロスナノ(モスクワ)
然、品質教育も徹底して実施されている。そのため、
溶接ミスなどの欠陥率は減少傾向にあり、いまのと
今回のミッションの大きな目的は、ロシア政府肝
ころ深刻なトラブルは発生していないという。
いりで創設された政府系投資ファンド、ロスナノ社
実は、ロシアでは国内製造品に対する不信感が
が管理する技術を目利きすることだった。社名のロ
根強く、同じ日本車でも値段の高い日本からの輸入
スナノは、ロシアとナノテクノロジーをもじったも
車が好まれるという。そのため、同工場には「日産
ので、ロシアの新たな産業基盤を創出するために、
ブランドの名を汚すことのない品質でロシアでの高
ナノテク分野を中心に開発投資を行っている。CEO
生産性を確保する」という使命が与えられている。
はかつての第1副首相であり、10月には来日して熱
「高生産性」という言葉も目を引くが、実際のところ、
心に日ロの技術提携を呼びかけて帰った、ロシア政
タクトタイムの緩さ、自動化率の低さなどを見ると、
財界の大物の1人である。同社は、ロシアの先端技
効率重視というよりも圧倒的に品質面を重視してい
術の振興だけでなく、海外の先進技術を取り込み、
ることがわかる。
同時に、経営ノウハウや投資資金をも取り込もうと
また、日本の工場に比べてかなり作業者が多い。
考えている。このため、アメリカとイスラエルに専
作業環境としては危険とすら感じた。人件費の安さ
門の活動拠点を置いているほどだ。
ゆえの余裕か、熟練度の問題か、あるいは生産拡
今回のロスナノ社のわれわれへの対応も、過激と
大を見据えた人材育成か、さらに深読みすれば現
いえるほど熱心であった。会合の設定に関しては、
地政府からの雇用要請への対応ということなのか
在ロシア日本国大使館に仲介の労をとっていただ
――立ち入った話は聞けなかったが、労務管理1つ
き、おかげでスムーズに進展したのだが、8月末の
をとっても相当の忍耐を要することは間違いない。
開催直前まで頻繁な事前折衝を余儀なくされた。そ
CTOたちもロシアで工場経営を行うということの
の間、対応に追われた事務局としては、まるで国際
意味を、明確に実感したようだ(写真1)
。
交渉の地ならしを行っているような緊張感を味わう
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ことになった。
当方は、あくまでロシアの技術力を正確に評価し
たいだけである。あわよくば、提携や買収の可能性
もあるといったスタンスであった。しかし、ロシア
側はまったく違った。日本の大手製造業のCTOが
こぞって提携交渉にやってくると思い込んでいる。
直前には、個別の事前折衝を日本で行いたいと
要求してきた。関心のある数社には、その要請に応
じていただいたが、今度は、会合当日にも個別交渉
を行いたいという。結局、会合の始まる前に1時間
ほど個別会談を行うことになった。朝8時 30 分、個
写真2 日本企業に提携を呼びかけるロスナノ社の幹部たち
別会談に応じた数社のメンバーが、先方の用意した
車でロスナノ本社に向かう。事務局としては一抹の
これには日頃、積極的なオープン・イノベーショ
不安がよぎったが、拉致されるわけでもなかろうと
ンの必要性を説く日本のCTOたちも、思わず苦笑
笑って送り出した。
せざるを得なかった(写真 2)
。
10時にわれわれ訪問団の本隊が到着すると、よ
うやく解放されたCTOたちが口々に先方の熱心な
ビジネストークに閉口したと語った。日本側からす
ると、そんなに簡単に契約がまとまるわけはないの
だが、彼らにすれば「なんて日本人は慎重なんだ。
日ロの長所を取り込み、基礎研究で
大きな成果を上げる味の素(モスクワ)
CTOのくせに自分で決められないなんて!」とがっ
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かりしているに違いない。
研究者約100 人を抱える日本企業系の有力研究
全体会合は12時 30 分まで休みなしに続いた。し
所がモスクワにある。ロシアでの特許登録120 件、
かし、そのほとんどは先方のプロジェクトの説明に
国際特許は90 件、アメリカでの登録済み特許件数
費やされ、質疑や意見交換の時間はほとんどない。
はロシア企業のなかでは3 位(IT 系を除くと1位)
と、
次から次に「有望技術」や「有望事業」の話を聞
実績は尋常ではない。こうした成果がロシアでも注
かされて疲労感のみが残った、というのが率直な印
目を集め、2011年にはロシア最高の表彰「ロシア
象である。
科学技術政府賞」を受賞した。
肝心の技術力についての評価は、
「玉石混交」
、
味の素・ジェネチカ研究所(AGRI)――これま
あるいは「ロシア語の文献を丹念にあたってみれば
で日本ではほとんど知られることはなかったが、味
思わぬ大発見があるかもしれない」といったメン
の素が1998 年、ロシアの国立バイオ研究所ジェネ
バーのコメントに収れんされよう。
つまり率直に言っ
チカと合弁で設立した基礎研究所である(現在は
て、期待したほどではなかったのだ。
味の素が100%出資する現地法人)
。
とはいえ、先方の代表者の言葉は印象的だった。
主たる業務は、アミノ酸、核酸などを効率よく生
「現在、海外からの提携話は400 件ほど来ているが、
産する微生物の研究・開発である。AGRIが高く評
そのうちアメリカから150 件、イスラエル、ドイツ
価できる点は、単に研究成果が多数の特許に結実
と続き、中国、韓国からもかなりの提案がある。し
しているというだけではなく、創設以来14 年で、そ
かし日本からは6 件しか来ていない」
の成果が同社の世界中の工場に導入され、事業活
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写真3 AGRI(左)とジェネチカ(右)の緊密な関係を象徴する風景
写真 4 モスクワ・クレムリンを見下ろすサムスンの巨大な看板
動に確実に寄与していることである。
まさに「ロシアでの泳ぎ方を知り、焦らず諦めず、
なぜ、味の素はこうした大きな成果を上げること
慎重に泳ぎつづけてきた」のである(写真 3)
。
ができたのか、AGRIのパラスケボフ社長に対する
CTOたちの質問は熱を帯びた。
CTOたちと巡った
「何よりお互いの信頼関係。味の素とジェネチカ
はソ連時代の1982 年から継続的な協力関係にあり
4日間の訪問を終えて
ました」とパラスケボフ社長。
「1990 年代のロシアが苦しいときに、ジェネチカ
は、優秀な科学者の海外流出という危機にありまし
今回の訪問期間は実質 4日間、これをもってロシ
た。そこに手を差し伸べてくれたのが味の素。味の
ア全体を語ることは軽率にすぎよう。ただ、第一印
素にとっても低コストで優秀な人材を確保でき、競
象の鮮烈さは確かに脳裏に残っている。今回の記事
争力の強化につながる。双方ともにメリットがあっ
は、CTOたちの語らいのなかから、ほぼ最大公約
たのです」
数といえる知見をすくいとったものだ。まさに、
もともと研究者でもあるパラスケボフ社長は、
CTOたちが見たロシアである。
ジェネチカ時代は研究管理部門の責任者も経験し
今回のロシア訪問は、大手電機、精密機器、鉄鋼、
ていた。日ロの研究のやり方、研究者の気質など、
素材などの専務・常務クラスを中心に総勢15人で
長所、短所を知り尽くしている。酒好きの陽気なロ
実施した。短期間ではあったが、CTO同士の交流
シア人を絵に描いたような、ゆったりとした笑顔で
をじっくりと深めた貴重な時間でもあった。
答えてくれる。AGRIは、まさに余人をもって換え
補足であるが、筆者自身が最も印象に残った風
がたい人材を得たことによって、日ロ間のさまざま
景の写真を掲載して終わりにしたい。写っているの
な問題を乗り越え、じっくりと時間をかけて今日の
は、ロシア大統領府のあるモスクワ・クレムリンを
基盤を築き上げてきたのである。
見下ろす国立図書館である。モスクワ中心部にはほ
もちろんその前に、他の日系企業が二の足を踏む
とんど広告はないのだが、その屋上には巨大な韓国
なか、ロシアへの本格的な進出を決断した当時の経
企業の看板が掲げられている。象徴的な風景だ。
営者に、何より失敗を恐れない勇気と成功への執念
日本もうかうかしているわけにはいかない(写真 4)
。
があったことは言うまでもない。
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