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食から学ぶ私たちの未来――放課後学習活動「ニュースクール」

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食から学ぶ私たちの未来――放課後学習活動「ニュースクール」
関西大学人間活動理論研究センター
Technical Reports No.5
食から学ぶ私たちの未来
─ 放課後学習活動「ニュースクール」の食楽プロジェクト ─
関西大学人間活動理論研究センター
Center for Human Activity Theory, Kansai University
島田 美千子・山住 勝広
Michiko Shimada and Katsuhiro Yamazumi
Project-based learning on the theme of food for our future lives:
An activity-theoretical study of an after-school learning activity
in New School project
In this paper, we will illustrate and analyze a children's afterschool learning activity called New School promoted by the Center
for Human Activity Theory at Kansai University in Osaka, Japan.
New School is an inter-institutional, multi-collaborative project
among the following partners: a university, a local elementary
school, families, groups of experts, and community organizations
outside the school. These multiple par ties cooperate to create
productive learning activities and advanced networks of learning.
In the New School project, new activities where elementary school
children engaged in a fun, creative learning process on the theme of
food were carried out at the Center every Wednesday after school
in 2006. By exposing children to the community activities and
productive practices of producers and distributors such as farmers
and f ishermen, nutritional science experts, and food-related social
organizations like Slow Food Kobe, New School activities aim to
develop project-based learning for children whereby actual real
life activities are synergistically networked together by creating
productive collaboration among these parties, and to bridge the
gap between the activities of the elementary school and productive
practice of everyday life outside the school. The themes of the
New School activities are inspired by practices of everyday life.
The main themes include eating and cooking, gardening and
faming, well-being, ecological thinking, and responsibility for the
environment and a sustainable future. In the New School project,
島田 美千子・山住 勝広
食から学ぶ私たちの未来
─ 放課後学習活動「ニュースクール」の食楽プロジェクト ─
the multiple parties are involved in designing grade-mixed, groupand project-based learning activities. New School activities aim
at developing agentive, critical, and creative learning abilities in
the children and university students involved in the project. The
New School project has two aims: 1) to design and implement new
learning activities, and 2) to serve as an empirical intervention
study. The latter aims at illustrating the dynamics through which
the multiple parties involved in the New School project engage in
the process of expansive learning for designing and implementing
new activities. In particular, the analysis asks to what extent the
different partners in New School cross boundaries between their
activity systems, are willing to make school innovations together
and become collaborative change agents. Drawing on the framework
of activity theory, we will analyze some data and f indings from
the implementation process of a children's after-school learning
activity in New School project. We will argue that through such
a collaborative endeavor, participants can be motivated to engage
in shaping and sustaining collaborative learning and their own
development.
1 2006 年度ニュースクール活動の概要
ニュースクール(以下、NS と略記する)は、関西大学人間活動理論研究センター
(Center for Human Activity Theory: 略称 CHAT)において新しい教育システムを創
しょく がく
造する研究・開発プロジェクトの一つである。2006 年度は「食を楽しもう――食楽プ
ロジェクト」というテーマで、関西大学文学部の教職志望の大学生たちと、近隣の吹田
市立山手小学校 3 年生~ 6 年生の子供たちが、異学年混合のグループでプロジェクト学
習を行った。NS は、大学生たちにとっては教職に向けた実践的学習のできる場であり、
また子供たちにとっては学校では多くの制約(時間的、予算的等)によりなかなか実現
できない学習を行うことができる場である。子供たちの参加数は、表 1 のようであった。
大学生の側は 2 年生~ 4 年生の 6 ~ 10 人で子供たちの活動をサポートした。また、期
間は、4 月から 12 月まで毎週水曜日放課後(夏休み、学校行事の日を除く)、前期 15 回、
後期 17 回の計 32 回の活動を行った。内容的には、栄養の授業 2 回、神戸市中央卸売市
場見学 1 回、大沢食育実践農場における農場体験 3 回、千里山マーケット及び大丸ピー
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Technical Reports No.5
コックへの買い物 1 回、山手小学校家庭科室での調理
表 1:小学生参加者数
実習 1 回と、あとは CHAT プロジェクト・インキュ
学 年
人 数
ベーション・ラボ(以下、ラボと略記する)での創作
3
1
4
5
5
4
6
3
合計
13
活動だった。内容分類すると、表 2 のようになる。こ
のように、2006 年度は「食」をテーマにすることに
よって、様々なコミュニティや異年齢の融合や越境が
なされ、活動理論のコンセプトにもとづいた教育実践
にふさわしい活動になった。
2 活動のトピックス
前述のように、NS 活動は毎週水曜日の活動をベー
スに様々な活動を行った。内容分類して、それぞれの
活動について簡単に説明すると以下のようになる。
(1)栄養の学習 ―― 知識獲得と導入
今年度は、知識と実践と創造が、
「食」をテーマに
育まれていくカリキュラムを考えた。山手小学校にお
いても、栄養士の先生による授業が年間で各クラス 1
~ 3 時間ぐらい(学校全体で 20 時間弱)行われている
が、NS での食を学ぶ姿勢作りや基礎知識として、前
期と後期に 1 回ずつ基礎学習の日を設けた。
前期は管理栄養士、渡邊正雄氏(元神戸女子大学教
授)の「楽しく食べて、健康しよう」の授業からスター
表 2:2006 年度ニュースクール
活動内容分類表
内 容
回 数
栄養学授業
2
市場見学
1
農場体験
3
調理実習
4
購買
1
個人発表
2
グループ発表
4
描画
2
工作
1
絵本作り(創作、描画、工作 等)
パソコン作業(パワーポイント、
インターネット検索、メール通
信 等)
プランター栽培(前期、後期 各班 3 種類、総計 9 種類)
べんり菜、コメット、にんじん、
し し と う、 枝 豆、 ミ ニ ト マ ト、
ほうれん草、ミニにんじん、ラ
ディッシュ
トした。授業では、具体的な例をもとにお話いただき、先生が作られた工作媒体を各自
作成して、食に対する感謝の気持ちを学んだ。後期は、神戸スローフード協会会員、管
理栄養士、長友理加氏(学校法人育成学園)の「スローフードってなに?」の授業から
スタートした。授業では、基礎知識を学びながらおはしの使い方、和食器の配置、和菓
子の「すはま作り」などがゲームを取り混ぜながら進められた。
(2)市場見学 ―― 食の流通と食に携わる仕事
5 月に入ってから、神戸市中央卸売市場を見学した。競りで最も遅い、果物の競りが
せめて見られるように、朝 7 時に現地入りをした。神戸スローフード協会会員、(株)
兼松水産の藤原敬之氏と神戸市産業振興局の方々のご協力で、競りが終わったばかりの
島田 美千子・山住 勝広
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─ 放課後学習活動「ニュースクール」の食楽プロジェクト ─
写真 1:渡邊氏の栄養学授業での媒体作り(2006 年 4 月)
写真 2:長友氏の授業でのおはしゲーム(2006 年 9 月)
市場を見学して、様々な設備、マグロの解体、仕事の流れを見て、実際に働く大人達か
ら説明を受け、学んだ。
(3)海外教授向け発表会 ―― 国際交流
CHAT 国際シンポジウムで来日された海外大学教授への発表会が 12 月 6 日に行われ
た。今年度は「NS のグループ活動記録作品発表」ということで、NS で行った活動を
振り返りまとめる発表を行った。今年度はパワーポイントだけでなく、様々な方法を
使ってより創造的な発表ができるように、グループごとに発表持ち時間を決めて、そ
の時間の中でパワーポイントをベースに好きなように発表した。劇の形式で行ったり、
ペーパークラフトを使ったり、とても創造的で楽しい発表であった。またお土産用に、
発表会の前週の活動で「ラズベリーと紅玉りんごのジャム」をラボのキッチンで作った。
これは手軽にできて、子供たちも大喜びだった。
写真 3・4・5:神戸市中央卸売市場の見学
(2006 年 5 月)
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写真 6・7・8:NS のグループ活動
記録作品発表会(2006 年 12 月)
(4)調理実習 ―― 実践
前期は農場での実習であった。じゃがいもや人参を収穫してからそれを使って、班ご
とに考えたレシピでカレーを作った。カレー作りにあたっては、(株)エピックス島田
武氏のご協力で、クミン、コリアンダー、ターメリック、カエンペッパーをご提供いた
だいた。事前にラボで各スパイスをなめたり、スタッフが試作をして皆で試食を行い、
グループのレシピを検討した。1 班は「特製ハンバーグカレー」
、2 班は「オリジナルタ
イ風カレー」、3 班は「3 班オリジナルカレー『カレーは芸術だ!』」であった。当日は
レシピをもとに、小学生、大学生、親、スタッフ、農場生産者……皆が一緒になって調
理して食べた。
後期は最後のクリスマス会でイタリアンを作った。調理は山手小学校家庭科室で行っ
た。クリスマス会では修了式も行い、今年度の活動は終わった。後期のラボでの活動
で作成したレシピ絵本にもとづいて、グループごとに小学生、大学生、親、スタッフ、
油谷眞治氏(神戸スローフード協会事務局、学校法人育成学園広報部次長)
、長友氏、
波々伯部宏氏(神戸スローフード協会会員、大沢食育実践農場経営者)もご参加されて、
参加者全員で調理した。グループごとに担当料理を決めて、合わせてイタリアンのラン
チコースになるように。1 班は「ニョッキのミートソースかけ」、2 班は「チキンのカレー
風味」と「きのこのコンソメスープ」、3 班は「ポテトサラダと温野菜のゴマドレッシ
ング添え」と「クレープケーキ」である。材料は最後の水曜日の活動で、自分たちで買
い物に行って用意した。
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写真 9・10:カレー大会(2006 年 7 月)
写真 11・12:クリスマス会(2006 年 12 月)
(5)農場体験 ―― 野外実践
農場体験は 6 月と 7 月、11 月の計 3 回行った。農場は兵庫県神戸市北区大沢にある大
沢食育実践農場である。神戸スローフード協会会員の波々伯部宏氏と農場の生産者グ
ループの協力で体験学習をさせていただいた。
6 月は秋に訪れる時に収穫できるように、黒豆の植え付けをした。その後キュウリや
トマトの収穫、カブトムシ採り。カエルを捕まえることに夢中になったり、プログラム
にない、農場のすべてが子どもたちにとって学びの対象であり、そして自らそれを見つ
けてくる姿に感銘を受けた。7 月の活動は前述のように、カレー大会のための収穫、野
外調理を行った。
後期の農場体験は学校行事、大学の予定、スタッフ個々の予定が多く、日程を決める
ことが難しかった。そして残念ながら黒豆の収穫に合わせることができなかった。自然
のものは気候の変化で、予定通りにはいかない。しかし、子供たちが自ら植え付けたも
のを収穫することはきっと多くの喜びをもたらすであろうと思う。これは来年の課題で
ある。11 月に行った農場体験は、ジャガイモの収穫と玉葱の植え付けを行い、農場野
菜の豚汁とおにぎりを作り、皆で食べた。また農場に NS の看板を立てるため、グルー
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プごとに絵を描いた。
写真 13:人参の収穫
写真 14:黒豆の種まき
写真 15:キュウリの収穫
写真 16:玉葱植え付け
(2006 年 11 月 兵庫県神戸市北区大沢 大沢食育実践農場にて)
写真 17:NS 特製看板
(6)水曜日の活動 ―― CHAT プロジェクト・インキュベーション・ラボでの創造
水曜日の活動としては、まず PC のスキルを確認するために「我が家のカレー紹介」
という個人作品をパワーポイントで作成、発表した。そして 6 月に入ってから、いよい
よ今年度の取り組みである、
「異学年混合グループのプロジェクト学習」に入った。ま
ず、NS の発表の基本のパターンであるパワーポイントでの作品作りを「農場でグルー
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プで作るカレーのレシピ作り」として作成、農場体験の前週発表会を行った。
後期は、パワーポイントだけでなく様々な方法を織り交ぜて、創造的な発表作品がで
きるように取り組んだ。まずこれは恒例ではあるが、
「私の夏休み」を、画用紙に絵を
描いて発表。その後 10 月はクリスマス会に向けて、「レシピ絵本作り」を行った。絵本
を作るためには文章を考える、絵を考える、色を考える、そしてそれらを書く作業があ
る。ここで子供たちは、自分の得意なことでグループを先導する力を発揮した。そして
前述の海外教授向け発表会の作品作りを行った。
写真 18・19:CHAT インキュベーション・ラボでの学習
写真 20:レシピ絵本(2006 年 10 月作成)
写真21:クリスマス会の飾り付け作り(2006年12月)
時系列には表 3 のようになる。以下、今年度特記すべきことについて具体的に記して
いきたい。
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Technical Reports No.5
表 3:2006 年度ニュースクール活動実績
活動内容
説明会、顔合わせ。
4月
栄養の基礎学習(渡邊正雄氏)
「楽しく食べて、健康しよう。」
備 考
グループを決める。
活動の導入。吹田ケーブルテレビ取材。
「我が家のカレ-」画用紙に絵を描く。発表の準備。 発表の基礎知識を確認する。
神戸市中央卸売市場見学会
5月
「我が家のカレ-」発表の準備。種植え付け。
作品作りの続き。小発表会。
魚市場、野菜市場、果物のせり見学。魚について、
だしについて等の講義。市場の食堂の昼食。
朝日小学生新聞取材。
個人発表の練習。
CIEC(コンピューター利用教育協議会)NS 見学。
看板作り。植え付け第 2 弾。「班のカレー」レシピ
グループ学習への移行。グループリーダーを決める。
作り。
6月
「班のカレー」レシピを考える。(カレーの国を調 グループ学習。
べる。レシピを調べる。)レシピ紹介作品作り。
終了約 10 分前、グループの進行状況を発表する。
大沢食育実践農場 農場体験(1)
班ごとにレシピ紹介作品作り。
7月
黒豆の植え付け。きゅうり、トマト収穫。カブト
ムシ採り。
グループ作品発表会
グループ学習。
終了約 10 分前、グループの進行状況を発表する。
カレー大会(大沢食育実践農場)農場体験(2)
グループのカレーを作る。人参、ジャガイモの収穫。
夏休みの発表準備。画用紙に絵を描く。センター 後期活動導入日。山手小学校、一斉集団下校。 で栽培していたシシトウ、トマト、人参を試食。
後期スケジュール配布。
9月
夏休み個人発表会。NS ポータルサイト説明。
NS ポータルサイト導入。班替え。
栄養の基礎学習(長友理加氏)
植え付け。クリスマスパーティーの班レシピ絵本
ほうれん草、ミニ人参、ラディッシュ
作成。
クリスマスパーティーの班レシピ絵本作成。
10 月 お休み
吹田市連合陸上大会。6 年生お休み。
また、研究授業による授業変更のため 5 年生お休み。
クリスマスパーティーの班レシピ絵本作成。
レシピ絵本発表会。表紙作成。海外客員教授向け
PC、ポータルサイト使用。
班活動記録作品作成開始。
挨拶練習。大沢看板作りの構図作成。海外客員教 吹田市連合音楽会。出場クラスは9月半ばに決まる。
授向け班活動記録作品作成。
(11/9、10 6 年生修学旅行)
11 月
海外客員教授向け班活動記録作品作成。挨拶練習。 11/16 山手小学校、校内音楽会
農場体験(3)
カメラ、ビデオ持参。ジャガイモの収穫。玉葱の
植え付け。
海外客員教授向け班活動記録作品作成。挨拶練習。
プレゼント作り(ラズベリーとリンゴのジャム)
。
発表形式での練習。
海外客員教授向けグループ発表会
12 月
クリスマスパーティー準備。
クリスマス会案内配布。
クリスマスパーティーの材料買い出し。
参加費徴収。
クリスマスパーティー(山手小学校家庭科室)
22 日、大学生は家庭科室の準備。
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3 プロジェクト・パートナー
今年度「食」をテーマにしようと考え初めてから、最も時間をかけて熟考したことは
プロジェクト・パートナーを決めることであった。今年度の企画は 2005 年 9 月から始め
たが、パートナーが決まって具体的になったのは 2006 年 1 月であった。私達は活動理論
の研究センターであり、研究者の多くは教育学を研究している。食育が教育にとって大
変重要であると考え、今年度のテーマにしようと決めたが、食に関して専門家の協力が
得られるかどうかが、このプロジェクトを行うことができるかどうかの鍵であった。
私達がパートナーに求めていたことは以下のことである。
(1)食の専門家であること。
(2)子供の食育に関心があること。
(3)私達の考えを具体的に料理や学習方法に繋げることができること。
(4)生産者や食の分野で人脈があること。
パートナーが決まらず、2006 年度に「食育」を行うことを半ば諦めていた 2005 年
12 月、神戸スローフード協会が食育に熱心に取り組んでいるとの情報を得て、電話し
てみた。私のパートナー探しの悲痛な訴えに、油谷氏が「私達にできることがあれば、
お手伝いしましょう」と快く承諾され、早速話を聞いて下さった。そして、迅速に大沢
食育実践農場の波々伯部氏、(株)兼松水産の藤原氏、管理栄養士の渡邊氏のご紹介と、
活動全体のパートナーとして長友氏をご紹介下さり、4 月の開講に向けて猛スピードで
準備を行うことができた。2007 年度も引き続き協力していく予定である。パートナー
ができたことにより、プロジェクト内容の専門性、可能性が大きく変化した。活動理論
的に表すと図 1 から図 2 への変化である。
関西大学
山手小学校
ニュースクール
図 1:2005 年度の NS 活動
10
関西大学人間活動理論研究センター
Technical Reports No.5
関西大学
家庭・地域
ニュースクール
神戸スローフード協会
山手小学校
図 2:2006 年度の NS 活動
NS は、大学生と小学生を中心に、家庭、大学、小学校、専門的な社会団体がそれぞれ
のコミュニティを超えて連携・協力する、新しい教育活動のシステム開発をねらいにし
ている。前述、あるいは図 1 から図 2 への変化を見ても、次年度以降の活動に食育の推進
を担い得る多様な活動主体のコラボレーションが更に育まれていくことが期待できる。
4 プロジェクト学習
NS は学びに来るところである。しかし、机は学校のように黒板に向かって並べるの
ではなく、グループで向かい合わせる形に配置している。今年度の NS は、異学年混合
のグループ学習を行なった。2005 年度の関西大学文学部山住ゼミの演習では、デュー
イ(1998)の『学校と社会』を読みながら NS 活動を行ってきたが、そこには次のよう
な文章があった。
…当校開設当初において、わたしたちは、年齢や学力の異なる子どもたちを、
できるかぎり混在させ、一緒に学ばせるようにしたが、それは、年長の子ども
が年少の子どもの面倒をみるという、一定の責任を負わせることにおいて、道
徳的に利点があるばかりでなく、それ以上にこのような相互扶助の関係におい
て、知的にも利点があると信じたからである。…子どもたちがいろいろ異なる
多くのパーソナリティーと、親密な関係を結ぶようになることは、当校で最も
11
島田 美千子・山住 勝広
食から学ぶ私たちの未来
─ 放課後学習活動「ニュースクール」の食楽プロジェクト ─
有益なことの一つであると、わたしは思っている。
(P.254)
学童期の子どもにとって、抽象的な、生活からかけ離れた教科を学ぶことも、知識や
鍛錬のためには必要ではあるが、NS においては、教科を超えて、学校で十分にできな
い、生活と結びつく協働の学びを追求している。子供たちは大学生やスタッフだけでな
く、食に関係する様々な大人と出会い学ぶことができた。また、これは教職を目指す大
学生にとって大変貴重な経験となった。日々担当クラスと向き合う教師を目指す彼らに
とって、将来のミニチュア版のようなものだからだ。個人活動をサポートすることは、
一対一のコミュニケーションであり単純だが、グループ活動のサポートは複雑で困難で
ある。しかし、プロジェクト学習は課題をやり遂げていく過程で自らの学びと子ども同
士、学生と子ども、そしてそこに関わった全てのコミュニティや個々人に学びがある。
5 NS ポータルサイト
2006 年 10 月に NS 活動に導入されたポータルサイトについて説明したい。
NS ポータルサイトは、NS のネットワーク上のコミュニティとして構築されたもの
である。XOOPS(ズープス)Cube と呼ばれる、無料のコンテンツ・マネージメント・
システムを用いて作成されている。ポータルサイトには、NS 活動に携わっている、大
学(研究者・スタッフ・学生)・学校外の専門家集団・社会団体・家庭の各関係者が登
録されており、活動の様子を撮影した写真や動画を閲覧したり、フォーラム(掲示板)
で交流することができる。個人情報保護のため、登録者しか閲覧や投稿はできず、また
ユーザーを考慮して携帯電話からもアクセス可能にした。
ポータルサイトのフォーラムは関係者全員の「NS 学習」とスタッフ連絡用の「スタッ
フ・ルーム」とあり、
「NS 学習」では主に日々の活動の報告やイベントの連絡、来週
の予定などを入れた。これによって、保護者は子供たちの様子や学習内容がわかる。ま
た、スタッフの振り返りや予定の確認にもなった。
「スタッフ・ルーム」では日々の活
動で相談したいと思ったこと、困ったこと、感想など、スタッフの意思疎通を図った。
「スタッフ・ルーム」で討論されたもので更に検討すべきものは、ランチ・ミーティン
グ(主に毎月第 4 金曜日)で話し合った。またゼミ授業で使われているナレッジ・フォー
ラム(NS の事例研究を構築するためのサイト)の課題のヒントにもなった。
ポータルサイトのマイアルバムでは、活動の記録写真が閲覧できる。保護者は自宅
で、子供たちの活動している写真をダウンロードしたり、プリントアウトすることがで
きた。写真にはそれぞれ、活動に携わった学生達のコメントを入れて、その時の様子や
雰囲気が更に伝わるようにした。
今年度の後期からやっと導入して、機能が使いこなされるようになったのは 11 月に
12
関西大学人間活動理論研究センター
Technical Reports No.5
入ってからだった。とても簡単で機能的なサイトであるが、保護者や関係者に浸透し始
めたころ、今年度の活動が終了した。2007 年度は活動の初めから使うことができるの
で、更に活用が期待できるツールである。
写真 22:NS ポータルサイト
6 NS 活動の展望
今年度は新たなテーマで、新しいツールを導入して、新しいコミュニティを開拓して
行った「新しい NS 活動」であった。活動理論の実践として、食育の実践において「育
てる」「作る」
「食べる」の三つの要素が必須条件であると認識し、プランを作成した。
前述のように、「育てる」実践では、大沢食育実践農場での植え付け・収穫等の農場体
験と、CHAT ではプランターによる栽培を行い、継続的に観察・記録の上、収穫を行っ
た。また、「作る」実践では、栽培・収穫した作物や学習して作成したレシピを使って
調理実習を行った。皆で調べながら考えたオリジナル・レシピのもと、自分たちで協力
して実際に調理することにより、食に対する新しい気づきや興味・関心、また食生活の
改善に対する意欲を高めることができた。そして、最後に、
「食べる」実践が全ての学
びを繋ぎ、子供たちに楽しく印象的な食体験をもたらすものと考えた。また、学校の教
科を横断するような「食」というテーマ学習によって、
「健全な食生活や食習慣」「エコ
ロジー的な思考」「持続可能な環境への責任感」を培うことを目的とした。「食」は世代
の違いや立場の違いを超えて取り組むことができるテーマである。このように「新しい
NS 活動」は実践しながら試行錯誤を繰り返して終了した。次年度は今年度試行錯誤し
たことを生かす年になると確信している。
今年度の NS の活動を通して、子供たちは「育てること」「作ること」「食べること」
13
島田 美千子・山住 勝広
食から学ぶ私たちの未来
─ 放課後学習活動「ニュースクール」の食楽プロジェクト ─
が大好きだということを実感した。現代の子供たちもこのような取り組みに参加する機
会があれば積極的に取り組むことができるし、人間が本来持っている「生きる力」を十
分発揮してくれるということを痛感した。都市圏に位置する大阪府吹田市の子供たち
が、日常的にこれらのことを意識することは少なくなってきている。このような現状に
おいては、学校や地域が機会を作って一緒に取り組む姿勢が極めて重要であると思っ
た。
CHAT が推進する「人間活動理論」の研究は、人間の活動をコラボレーションのシ
ステムとして捉え、システムが円滑に機能しない理由を分析し、そこから新たな活動を
デザインしていく人々の学び合いをテーマにしているが、新たなシステムの創造は、コ
ミュニティを越境して個々のコミュニティに既存のシステムではない新しいシステムの
創造を行うことでもある。このような考えにもとづき、NS は「食」という共通のテー
マを学ぶことにより、それを人と人とを繋ぐツールにして、円滑なコミュニケーション
を生み出す力を育みたい。現代社会において、コミュニケーションで傷つけ傷つくこと
を恐れるあまりに、人と接触することを恐れる若者が増えてきている。NS は協働で実
践して意見を出し合い、時には意見の違いがあっても、そこからお互いにとって新しい
創造を行っていくことができる力を育みたいと考えている。また、プロジェクト学習に
よって、自己を表現する力を育み、自己を表現する方法の多様性も学習させたいと考え
ている。今年度、山住ゼミの演習はヴィゴツキー(2005)の『教育心理学講義』を読
みながら、NS やスクール・ボランティアを行ってきたが、そこには次のような文章が
ある。
子どもにとって、子どもの知的発達にとって特徴的なことは、子どもが知って
いることだけでなく、子どもが何を学習できるかです。…複雑な高次精神機能
のほとんどどれ一つとして、子どもの一度に自主的活動としてあらわれ、発生
するものはありません。子どもがある年齢では他人の援助を得てすることを、
より後の年齢では自主的にできるようになるということは興味ある事実です。
(P.311)
子どもたちは、最初から自然と能動的であり積極的であるばかりではないが、NS で
学んだことは後に自主的にできるものへと変って行くであろう。そのような思いを胸
に、次年度は今年度の活動をより一層発展させ、「食」を通して人と人との新たな繋が
りの輪を広げる活動を進めていくことができたらと思う。
(以上、島田美千子)
14
関西大学人間活動理論研究センター
Technical Reports No.5
7 ニュースクール・プロジェクトの発達的ワークリサーチ
「活動理論(activity theory)
」は、人間の協働的な「活動システム(activity system)
」
の発達を新たにデザインしていくための理論的・実践的なフレームワークである(コー
ル , 2002; ダニエルズ , 2006; エンゲストローム , 1999; Engeström, 2005; Engeström,
Lompscher & Rückriem, 2005; 山住, 1998, 2004, 2006; Yamazumi, 2005, 2006a, 2006b;
山住 & エンゲストローム , 近刊 ; Yamazumi, Engeström & Daniels, 2005)
。関西大学人
間活動理論研究センター(Center for Human Activity Theory: 略称 CHAT)1 は、学校教
育、科学や技術、文化や芸術、仕事や組織、コミュニティなど、多様な人間活動の実践
の中で、人々が自らの生活や未来を創造的にデザインしていくための革新的な学習と教
育システムの研究開発を進めている。
活動理論は、「観察」や「分析」に留まる標準的な科学の限界を超え、人間活動を創
造的に変化させる現実的な問題解決を追求する。また、活動理論は、教育学、心理学、
社会学といった区画化された既存の学問分野を越境し、人間の発達へ学際的にアプロー
チしようというものである。そのさい、実践的な活動デザインの分析単位となるのが、
「活動システム」である。それは、マクロな制度設計や政策決定とミクロな現場での問
4
4
4
題解決の実践行為のギャップを橋渡しする中間的な分析単位である。
CHAT の国際共同研究プロジェクトでは、教育、医療、福祉、ケア、産業、ビジネ
ス、コミュニティ、まちづくり等の実践分野において、専門的実践者の革新的な学習の
創造を支援する教育システムの研究開発が展開されている。こうした人間活動の新たな
デザインをめざす共同研究プロジェクトは、人間の教育・学習・発達の多様な分野にお
いて、人々の学びあいによる「介入研究(intervention research)」を具体的に行って
いくものになる。そうした「介入」の鍵となるのは、何よりも実践の「担い手(エージェ
ント)
」の能動的な働き=「行為の主体性(エージェンシー)」である。「介入」は、新
たな活動への学びあいの促進・支援を通して、実践の多様な担い手たちがボトムアップ
の「協働」と「自己組織化」、あるいは「自己治癒力」といったプロセスを立ち上げて
いくことをめざしている。
ユーリア・エンゲストロームをディレクターとするヘルシンキ大学活動理論・発達
的ワークリサーチセンター(Center for Activity Theory and Developmental Work
Research, University of Helsinki, Finland)の研究者たちは、1994 年のセンター創設
以来、活動理論を社会科学の強力なツールキットとして、仕事・技術・組織を分析し
実践的に転換しようとする「発達的ワークリサーチ(developmental work research:
略 称 DWR)」 を 国 際 的 に 推 進 し て き た(Engeström, 1991a, 1991b, 1993, 2005;
Engeström, Lompscher & Rückriem, 2005)。DWR は活動理論を実践の中で応用する
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島田 美千子・山住 勝広
食から学ぶ私たちの未来
─ 放課後学習活動「ニュースクール」の食楽プロジェクト ─
方法論といえる。それは、長期的かつ介入的なアプローチとして独自なものである。
研究者は、研究対象となっている組織との間に、批評的な対話とパートナーシップを
築いていく。エンゲストロームは、こうした対話とパートナーシップがコンサルティン
グと同じでないことに注意を促している。
発達的ワークリサーチという長期的かつ介入的な方法論は、研究者と彼らが研
究する組織との間で、相対的に永続的なパートナーシップを要求する。そうし
たパートナーシップは互いの利益にもとづく。研究者はデータと発見物をえ
る。そして、組織は実践を検証し変化させるために新しいツールや批評的な刺
激をえる。こうしたパートナーシップはコンサルティングを合意したものでは
ない。研究者は勧告や解決策を生みだすマネージメントを行うために関与して
いるのではない。パートナーシップは互いの自律性にもとづいている。研究者
は、批評的な分析を生みだす義務と権利を持ち、その成果を出版物にしてい
く。また、彼らの仕事は典型的には第三者のパブリックな資源をファンドにす
る。(Engeström, Lompscher & Rückriem, 2005, p.15)
このように、DWR は、研究者=介入者とその対象となる組織や人々との間の互酬的
(reciprocal)なパートナーシップにもとづいている。いいかえれば、それは、互いの
継続的な対話の関係づくりを通して、
「変化を創る」ための批評的・協働的な学びあい
を生みだそうとするものなのである。
「ニュースクール」(以下、NS と略記する)は、研究の側面からは次の二つの目的を
持つ。
1)新しい学習活動をデザインし実践すること
2)実証的な介入研究を実施すること
後者の介入研究は、NS プロジェクトの発達的ワークリサーチを進めようとするもの
である。そこでは、NS への多様な参加者が新しい学習活動をデザインし実践するため
に、いかに相互的な学びあいのプロセスを生みだしていくのかをダイナミックに描きだ
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すことがねらいである。とくに、NS の DWR では、多様なパートナーがそれぞれの活
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動システムの境界を超えて、学校教育の伝統的な学習のあり方をどのように協働で変化
させようとするのかが焦点になる。
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Technical Reports No.5
8 ニュースクール・ラボラトリーのセッション
DWR は、「チェンジ・ラボラトリー(変化のための実験室)」と名づけられた実践
現場でのセッションを通した介入として具体的に進められる(Engeström, Virkkunen,
Helle, Pihlaja & Poikela, 1996)。「チェンジ・ラボラトリー」は、実践者と研究者が、
自分たちの活動システムの問題状況や矛盾を分析し、相互的な学びあいのセッションを
通して、矛盾の解決策のモデル化や活動システムの新たなデザインを促進していく介入
の道具立てのことである。
「チェンジ・ラボラトリー」は、ヴィゴツキー(Vygotsky, 1978, pp.74-75)の「二
重刺激法(double stimulation)」と呼ばれる実験方法にもとづいている。それは、課
題の解決にあたって、新しいツールや記号、道具や人工物を媒介することによって課題
の性質を根本的に変化させ、課題に対する新しい解釈や再構成を促し、課題解決を援助
しようとする実験方法である。「チェンジ・ラボラトリー」では、この「二重刺激法」
のアイディアを用いて、現場の実践に見いだされる問題やトラブルやギャップに関する
データを研究者が集め、それを実践者に提示する。ヴィデオ録画や文書や図表などの
データは、ここでは実践の「ミラー」
(鏡)と呼ばれている。研究者の介入は、まずもっ
て、「二重刺激法」にあるように、新たなツールの媒介とそれによる問題状況の再定義、
そして矛盾の発見に向けられる。エンゲストロームは、「チェンジ・ラボラトリー」の
レイアウトを次の図 3 のように表している。
モデル、ヴィジョン
ミラー
アイディア、ツール
道具
対象
主体
成果
ルール
コミュニティ
分業
未来
─ヴィデオ録画された
仕事の状態
─顧客からのフィードバック
─統計
─その他
現在
過去
ア
ー
カ
イ
ヴ
、
参
考
図
書
書記
(ワークチーム
のメンバー)
ヴィデ
コンピュータ
オ
ワークチーム
のメンバー
ワークチーム
のメンバー
研究者/介入者
図 3:チェンジ・ラボラトリーの理念的・典型的レイアウト(Engeström, 1996, p.138)
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島田 美千子・山住 勝広
食から学ぶ私たちの未来
─ 放課後学習活動「ニュースクール」の食楽プロジェクト ─
私たちは、NS プロジェクトにおいて、
こうした「チェンジ・ラボラトリー」の
方法を応用した実証的な介入研究に取り
組んでいる。つまり、
「ニュースクール・
ラボラトリー」と名づけた一連のセッショ
ンの開催である(写真 23)。それは、参加
者が学校学習のあり方を再考し、その新
しいあり方をデザインして実践するため
に、拡張的に学びあうことを促進しよう
というものだ。
写真 23:外部のパートナーを招いての第 3 回 ニュースクール・ラボラトリー
(2006 年 9 月 12 日)
ラボラトリーのセッションでは、まず、「集合的活動システム(collective activity
system)」のモデル(エンゲストローム , 1999; 山住 , 2004)を NS の学習活動を分析し
デザインするための概念的な枠組みのツールとして利用する。その上で、研究者=介入
者は、NS において実践者が共通して経験している状況を詳細な「事例」として組み立
てるよう、編集したヴィデオ・クリップをセッションの参加者に提示する。こうした
「事例」には、フィールドノーツや実践者へのインタヴュー記録なども情報として含ま
れている。セッションは、このように「事例研究」として進んでいく。そこで提示され
る実践の各種「データ」は、参加者が実践の状況をイメージし検証していくための「ミ
ラー(鏡)」の役割を果たすのである。同時に、参加者は、状況に対する自分自身の評
価や個人的な意味づけでもって、実践の活動システムを具体的に理解していく。参加者
は共通の経験を語りあうことを通して、活動システムの問題状況を個人的かつ集合的に
意味づけていくのである。
こうした「事例研究」は、実践の現状に対する相互の分析と批評を生みだす。つまり、
現在の実践に見いだされる不具合であったり、現在の状況と求められる状況との間の不
一致やギャップであったり、ときにはそれよりも激しく、ダブル・バインド(ベイトソ
ン , 1990)2 と呼びうる問題状況に参加者は直面することになる。このように直面され
る問題状況から、ラボラトリー・セッションは、活動システムの緊張関係、すなわち矛
盾の発見と分析に向かうことができるのである。そして、活動システムの矛盾を学びあ
うことは、新しい解決策を協働で探究しプロジェクトの中で実施することにつながって
いくのである。
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Technical Reports No.5
9 データ分析 ̶̶ プロジェクト学習をどう生みだすか
ここでは、2006 年度に開催された「ニュースクール・ラボラトリー」のセッション
で得られた発話データのいくつかを、NS プロジェクトにおいて「異学年混合のグルー
プによるプロジェクト学習」を創りだしていく実践者の学びあいのプロセスという観点
から分析してみよう。
第 1 回ニュースクール・ラボラトリーのセッションは、2006 年 7 月 19 日に開かれた。
参加者は、次の三つのキー・グループに分けることができる。NS プロジェクトで子ど
もたちのチューターを務める関西大学文学部の学生、NS プロジェクトのリーダーであ
る CHAT のリサーチ・コーディネーター、そして介入者としての研究者、である。
このセッションでは、子どもたちのグループ・ワークの様子を録画したヴィデオ・ク
リップを参加者全員で視聴した後、NS が実践しようとしているコンセプト、すなわち
伝統的な学校学習のオルタナティヴ(代替案)と考えられる「異学年混合のグループに
よるプロジェクト学習」に関する個人的な評価が、参加者間で交わされた。その中で、
CHATのリサーチ・コーディネーター、そして学生から、次の抜粋1のような発言があっ
た(補足すれば、ここでのリサーチ・コーディネーターの発言は、この「ニュースクー
ル・ラボラトリー」よりも前に開催されたスタッフの「ランチ・ミーティング」におい
て彼女が差しだした問いかけ、すなわちグループ・ワークを成長させる手立てが必要な
のだという現状分析の理由を述べたものである。なお、引用中、児童名は仮名である)
。
抜粋 1
リサーチ・コーディネーター:見栄えは、まとまっているように見えても、グ
ループ学習として成長していくことは、ちょっと、行き詰ってくるだろうな、
というふうに思ったから、グループがひとつのものをつくるはずなのに、個々
の子しか見ていない形では、グループの中で、あっちのグループどこまで進ん
だかな、ていう世界になってしまう。そういうことであってはいけないと思っ
たので。…あの 2 人はどこまでやったとか、グループの中に細分化したものを
つくらないようにするために、学生側で、そういう立場に立とうという、話を
したんです。…グループ学習をするにあたって、学生がどう関わるかよりも、
グループの子どもたちの中で、どうゆう役割分担ができているかってことが、
すごい重要なように思いますね。
学生 1:うちの班も、結局、子ども 5 人いるんですけど、誰かがやってくれる
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食から学ぶ私たちの未来
─ 放課後学習活動「ニュースクール」の食楽プロジェクト ─
やろうっていう子が多んですね。…グループで、なんかしていくために、こう
しようとか、たぶん学生からの言葉かけが、絶対的に足りないっていうことが
あると思うんですよ。せいじ君も、ちゃんとしてくれてるんですけど、やっぱ
り、せいじ君も何したらいいか、わかっていないときがあるんで、たぶん、う
ちの今日何しようっていう、最初にもっと、言葉かけしておく必要があるなっ
ていうことをずっと感じてます。
NS には、小学校 3 年生から 6 年生までの 13 人の子どもたちが参加している。NS は、
しょく がく
「食楽プロジェクト」をテーマにした協働の学びあいを創りだすために、子どもたちを
三つの異学年混合グループに分け、それぞれのグループをベースにした協働学習を展開
している。協働学習を生みだすために、学生は、個々の子どもに対してではなく、グ
ループに対するチューターとして、子どもたちの学習支援にあたらねばならないのでは
ないか──これがリサーチ・コーディネーターの問いかけなのである。
抜粋 1 にあるように、リサーチ・コーディネーターは、彼女自身の意味づけを語りな
がら、グループの組織化の現状に関するリフレクションと問いかけを学生に対して行っ
ている。このアセスメントに促されて、学生 1 は、彼女自身の現在の実践について、分
析を開始した。ここでの両者のやり取りは、NS のグループ学習の現状に対して、協働
学習に「子どもたちを巻き込む必要性」を焦点化するものになっている。エンゲスト
ロームら(Engeström, Pasanen, Toiviainen & Vaula, 2005)は、活動の組織化におけ
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る「概念形成(concept formation)
」の重要性に注目し、それを「上から言明される科
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学的・管理的な概念」と「下から経験される日常的な概念」が創造的に出会っていく「協
働の概念形成(collaborative concept formation)
」のダイナミックなプロセスとして
分析している。抜粋1のやり取りは、こうした協働の概念形成を始動させるものである。
つまり、NS ラボラトリーのセッションにおいて参加者は、実践の現状に見いだされる
実際的な問題の解決に向かうだけではない。それと同時に、NS プロジェクトの構想上、
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目的となっている「異学年混合のグループによるプロジェクト学習」という「言明さ
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れた概念(declared concept)
」
(=上からの概念)を、
「子どもたちを巻き込む必要性」
という自ら実践の中で日常的に「経験された概念(experienced concept)
」
(=下から
の概念)と出会わせていく協働の作業が行われているのである。それは、NS において
プロジェクト学習を新たにデザインしていく学びあいのプロセスにほかならない。
これ以降、NS ラボラトリーのセッションは、NS プロジェクトの何を活動の「対象」
にしたものなのかを問うていくものになる。つまり、活動の「対象」を参加者間で共有
していく学びあいのプロセスである。しかし、これは同時に、学校の伝統的な学習のロ
ジックと、オルタナティヴな学習形態のロジック(=異学年混合のグループによるプロ
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関西大学人間活動理論研究センター
Technical Reports No.5
ジェクト学習)との間を越境していかなければならない、という鋭い緊張関係や矛盾
に、参加者を直面させるものだった。
2006 年 9 月から 12 月まで、5 回の NS ラボラトリーが行われた。一連のセッションは、
「プロジェクト学習をどう生みだすか」をテーマにした事例研究を進めるものであり、
それを通して、活動システムの矛盾から新しい解決策を協働で探究し実施していくもの
であった。2006年度におけるそうした学びあいの典型は、以下のような事例研究だった。
2006 年度の NS では、2006 年 12 月 6 日、「グループ活動記録作品発表」が行われた。
三つのグループは、それぞれが進めてきたプロジェクト学習の成果をデジタル作品に表
現し発表したのである。各グループのデジタル作品づくりと発表の計画は、2006 年 11
月 1 日、11 月 8 日、そして 11 月 15 日に行われた。次の写真 24 は、11 月 1 日のあるグルー
プの一場面である。
ここでは学生と子どもたちがデジタル
作品づくりと発表の計画を話し合ってい
る。しかし、このグループは、協働学習
のかたちをまだ生みだせないでいる。こ
のグループの学生リーダーは、子どもた
ちに次のように「言葉かけ」している。
写真 24:11 月 1 日のグループ・ワーク
これ台本考えてきたし、これにそって読んでいってください。最初のこれから
3 班の発表を始めますって誰言ってくれる? ごっちん? でもごっちん言う
ところあるしなぁ。こうた君言ってくれる? じゃあ全部こうた君言ってくれ
る? 頼むわ。ほんで、レタスサラダの発表はしんちゃんとこうた君と涼くん
にやってもらうんやけど、ちゃうわ、これしんちゃんが書いてくれたし交代や
わ。えーっと涼君が材料言ってほしい。このほかのとこ、線ひいたとこ言って
な。これ見ながら言ってくれたらええわ。ほんでそん次こうた君が、作り方の
オレンジの線とこな。じゃあこれ涼君渡しとくで、涼君ここまで読んだら、こ
うた君に渡して。ほんで困ってる子おったら次しんちゃんやでとか言ってあげ
て。澪ちゃんは、えっとほんで次ポテトサラダは涼君としんちゃんと澪ちゃん
でやってもらうな。澪ちゃんは、ポテトサラダの完成予想図の時になったらこ
れが完成予想図ですってなったら澪ちゃんここ。ごっちんも言ってもらうとこ
ある。頼むで。えーっと。読めるって。ほんで、ポテトサラダの材料も。しん
どい? 涼君ここも。材料涼君書いてくれたやんかー。材料ばっかり、ほんま
やなあ。ここな。ホームページ開いたとたんにここ読んでな。大丈夫、ちゃん
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食から学ぶ私たちの未来
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と進行はやるし。つぎ涼君やでって言ったら読んでな。で次、しんちゃんが
作り方な。だからこれ 2 枚目入って。ほんで次、最後これ。最後クレープケー
キ。しんちゃん? 最後の発表がこうた君とごっちんと二人でやってもらうし
な。ごっちん、クレープのあれ書いてくれたし。頼むで。ここがこうた君で。
学生は、グループでの話しあい以前に、「台本」を用意し、発表の全体にわたって役
割分担を行い、それを個々の子どもに割り振っている。グループをうまく組織したいと
いう彼女の意図(先の抜粋 1 における学生 1 の発話を参照。これは彼女の発話である)
にもかかわらず、個々の子どもへの役割の振り分けは、この時点において、グループ・
ワークを全体として働かせるものにはならなかった。
NS ラボラトリーのセッションにおけるこの場面の事例研究は、学生とリサーチ・
コーディネーターに、「子どもたちを巻き込む」ための方策や手立てを探索させていっ
た(こうした方策の必要性については、先の抜粋 1 のリサーチ・コーディネーターの発
言において示唆されていたものである)。つまり、学生から個々の子どもへの一方通行
的な働きかけではなく、グループの子どもたちを相互に結びつけていくような働きかけ
は何か、という問題の新しい解決策の探
索である。
翌週、学生とリサーチ・コーディネー
ターは、このグループの子どものリーダー
を務めている 6 年生のこうた君(仮名)が
リーダーシップを発揮してグループ・ワー
クを促していく、という新たな働きかけを
試みることにした。次の写真 25 がその場
面である。
写真 25:11 月 8 日のグループ・ワーク
ここでは、写真右のリサーチ・コーディネーターが、写真左のこうた君に次のような
「促し」と「励まし」を行っている。
リサーチ・コーディネーター:こうた君さあ、今みんな写真どれ使ったらいい
か選んでくれてるの。だから、あなたは、みんなに提案するの考えてなさい。
発表には時間が与えられるの。10 分間。そこで、パワーポイントをベースに
使って。パワーポイントを使うけど、後はみんなで一人一人発表するの。どう
いうところを中心に発表していくのかを考えなきゃいけない。どういう発表を
する? これから 3 班の発表をしますって言ってからパワーポイントを使って
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関西大学人間活動理論研究センター
Technical Reports No.5
いく訳だけど、どういうふうにしていくの? たとえば、たとえばよ、ここで
は、みんなが何が印象に残ったのかっていうことを中心に発表するとか。たと
えば、私たちは農場が一番楽しかったと、だったら農場だけを切り取って、そ
れ以外のところをちょっと短めにして写真を見せるだけにしたら。
こうた:農場行ってへん。
リサーチ・コーディネーター:でしょ? だから、こうた君は十分に農場いけ
てないんだったら、たとえば市場は行ってたじゃない。そこでやったことを中
心にやっていこうってことになったら、何して何して何してって作ったり、し
ぼって、それでスライドを作っていく。だからどういう形でみんなとやるの
か、こうた君が中心になってみんなに聞いてみよう。
こうた:みんな聞いて!
このように、この場面において、学生
とリサーチ・コーディネーターは、子ど
もたちとの相互作用の形態を、既定の作
業をトップダウンに個々の子どもに割り
振っていくのではなく、グループ・ワー
クの全体に対する子どもたちの参加を促
し励ますものへ転換しているのである。
このような相互作用の新たな形態は、こ
れ以降のグループ・ワークにおいて、こ
写真 26:11 月 15 日のグループ・ワーク
うた君のリーダーシップとイニシアティヴを生みだす大きなきっかけになった。次の写
真 25 は、翌週の活動において、こうた君が自律的に彼のグループの他の子どもに働き
かけていく場面である。
こうた君は、グループの子どもたちがそれぞれ考えだしたキャラクターの物語として
活動記録作品を発表する形態を進めるために、キャラクターの候補をコンピュータに入
力した上で、そのディスプレイをみんなに見せながら、役割分担を話し合おうとしてい
る。彼がディスプレイを他の子どもに見せながら、「みんな見て!」と言葉を発するこ
の瞬間、私たちは、「異学年混合のグループによるプロジェクト学習」を生みだしてい
く、こうた君のリーダーシップという能動的な行為を力強く認めることができたのであ
る。このとき、こうた君と他の子どもとの間で次のようなやり取りが生まれた。
こうた:みんな出したキャラクター、これになったんやんか。これになってん
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な。わかる?
しん:忍ジーン! 忍ジーン!
りょう:かぶとむし忘れてた、なんであとからでてくるねん。
こうた:これで。こん中で自分で演じたいキャラクターあったらゆーてみて。
自分で演じたいキャラクター言ってみて。ドラ面魚しゃべれるで!
しん:こいつもこいつもこいつもしゃべれへん。
ここには、子どもたちが自分たち自身でグループ学習を生みだしていく、相乗的な結
びつきと交流を如実に発見することができる。こうして、デジタル作品づくりと発表の
計画が行われた 2006 年 11 月 1 日、8 日、15 日の 3 回の活動を通して、次の図 4 に示す
ように、グループ・ワークの形態が転換したのである。
学生リーダー
子ども
グループリーダー
学生
2006年11月1日
リサーチ・
コーディネーター
2006年11月8日
2006年11月15日
図 4:グループ・ワークの形態の転換
NS プロジェクトの実践において「異学年混合のグループによるプロジェクト学習」
を協働で探究することは、今後において持続的に取り組まれていくものである。その
さい、2006 年度の実践を通して私たちは、プロジェクト学習が個人の発達のみならず、
子ども、学生、リサーチ・コーディネーター、研究者といった多様な参加者間での集合
的な発達をもたらすものであること強く認識した。こうした発達は、協働の学びあいを
エ ー ジ ェ ン シ ー
通して、相乗的で互酬的な「行為の主体性」を生みだしたのである。NS プロジェクト
の潜在力は、ひとつにはここに見いだすことができるだろう。NS における多様な参加
者間で「重なりあう学び」は、「重なりあう担い手たちの相乗的・互酬的な能動性」を
培っていくのである。
(以上、山住勝広)
24
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Technical Reports No.5
▲
注
1 関西大学人間活動理論研究センター(Center for Human Activity Theory:略称 CHAT)は、文部科学省「学術フロンティア
推進事業」による共同研究プロジェクト「革新的学習と教育システム開発の国際共同研究─人間活動理論の創成─」を推進して
いる。次のホームページを参照されたい。http://www.chat.kansai-u.ac.jp
2 二重拘束のこと。すなわち、ある同一の事態が相異なる意味を同時に生み、にっちもさっちもいかない決定不能の宙づり状態
に陥ること。
▲
引用文献
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▲
付記
本論文は 1-6 を島田美千子、7-9 を山住勝広が執筆した。
25
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