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早稲田大学大学院法学研究科 2012年1月 博士学位申請論文審査報告書

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早稲田大学大学院法学研究科 2012年1月 博士学位申請論文審査報告書
早稲田大学大学院法学研究科
2012年1月
博士学位申請論文審査報告書
論文題目「アメリカ抵触法における婚姻の準拠法の研究」
申請者氏名
主査
孫
ピヤワン
早稲田大学教授
早稲田大学教授
早稲田大学教授
法学博士(立命館大学)
0
木棚
照一
江泉
芳信
道垣内 正人
孫 ピヤワン氏博士学位申請論文審査報告書
早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程学生孫ピヤワン氏は、早稲田大学学位規則第7条第1
項に基づき、2011年10月24日、その論文「アメリカ抵触法における婚姻の準拠法の研究」
を早稲田大学大学院法学研究科長に提出し、博士(法学)(早稲田大学)の学位を申請した。後記
の委員は、上記研究科の委嘱を受け、この論文を審査してきたが、2012年1月23日、審査を
終了したので、ここにその結果を報告する。
Ⅰ 本論文の目的と構成
(1)目的
本論文は、アメリカ合衆国における婚姻をめぐる問題のうち、特に同性婚を中心に、婚姻擁護法
(The Defense of Marriage Act、以下「DOMA」と略称する)をめぐる議論、DOMA をめぐる抵触法
上の議論、合衆国憲法からする法選択に対する制限、「十分な信頼と信用条項」との関係、タイお
よび日本の抵触法における婚姻準則の問題を取り扱うものである。
同性カップルは、異性愛でないこと、法的な家族の枠組みに入らないことから、二重の偏見にさ
らされている。それは、興味本位に強調された扇情的な見方や、異常な性格という病理的な見方で
捉えられ、一人の人間としての在り方を無視される原因となっている。日本は、国内での同性婚を
認めていないものの、2003年7月に「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」を
制定した。従来の性別が出生時に当然に定めるものであるという観念、さらには婚姻が男女間のみ
で形成できる関係であるとする観念が揺らぎはじめているといえる。
外国の調査では、アメリカ合衆国の同性愛者は人口の約3.8%であり、ドイツの同性愛者は人口
の5~10%と見積もられている。過去において、同性愛は長い間受容されなかった。しかし、障
害者の保護が非常に充実してきた日本の社会において、同性愛者にも法的保護を検討する時期にき
ている。日本およびタイでは、同性婚あるいは登録パートナーシップという形で同性愛者を保護す
る法律はまだ制定されていないが、国際私法上の解釈や立法によって、同性カップルの保護をはか
ることが可能かどうか、どこまで可能であるかが検討されなければならない。
今日では、同性カップルが外国に赴き、海外で生活することはもはや珍しいことではない。むし
ろ、それが一般化しつつある。渉外的な同性婚の問題を考える際、最も重要な手掛かりは、抵触法
の議論が活発になされているアメリカにあるといえるであろう。アメリカにおける抵触法革命は、
不法行為法の分野を中心に始まった。いわゆるモダン・アプローチという現代の新しい法選択方法
論は、抵触法第二リステイトメントなどにも強い影響を及ぼし、様々な展開をしてきた。このよう
な新しい方法論は、婚姻の有効性の法選択問題にどの程度まで影響を与えるかという問題が議論さ
れている。この方法論は、婚姻をはじめとする身分関係にまで適用されるという立場はかなり有力
になりつつある。
新しい法選択方法論の中でも、法選択について対立が存在する。しかし、共通することは、準拠
法は事件に関連を有する州の実質法の内容とその法目的を考慮して争点ごとに決定しなければな
らない、ということである。近時の学説には婚姻の有効性について、このような方法論の影響が強
く認められている。
エーレンツヴァイク(Albert A. Ehrenzweig)教授は、裁判所の判決等の文言から分析するのでは
なく、裁判所が現実に行なっていることを分析する必要があるという。つまり、家族法の分野にお
いては、裁判所が婚姻を維持し、婚姻有効視の原則を採用していることが裁判実務における真のル
1
ールであるとする。婚姻挙行地法、婚姻当時のいずれかの一方のドミサイル地の法、訴訟提起時の
ドミサイル地の法のいずれかによって、婚姻が有効である場合には、婚姻の有効性は支持されるべ
きであり、この婚姻有効視の原則が判例の立場であるとする。婚姻の有効性に関し、抵触法第二リ
ステイトメントの最も重要な関係を有する州が重要な基準であるという立場に批判的である。
婚姻有効視の原則について、May’s Estate 事件判決が例として挙げられる。これは、ニューヨー
ク州最高裁判所が、ニューヨーク州民が法律回避の目的で他州において挙行した近親婚の有効性を
認めた事例である。この判決のように、新しい法選択方法論によれば虚偽の抵触とされる場合でも、
婚姻有効視の原則が優先されることは十分ありうるように思われる。もちろん、婚姻有効視の原則
の例外はある。つまり、当該婚姻を禁止する明文規定があり、そのような婚姻は州の公序に強い程
度で違反する場合、婚姻の有効性は認められない。制定法、あるいは、婚姻を男女間に限るという
州憲法の修正があった場合、婚姻有効視の原則の例外に該当することになる。しかし、そのような
明文規定や強い公序に違反するとされない場合には、契約と同様に、当事者自治および当事者の期
待の保護を尊重することが個人の利益にかなうように思われる。
現在、アメリカ合衆国においては、法選択規則はどのような構造であるべきか、実質法の内容と
その基礎にある法目的は準拠法の決定にどの程度まで考慮されるべきかという伝統的な国際私法
のとらえ方にかかわる問題に対し、新しい理論を定立するための努力が行われている。新しい法選
択方法論の下で、婚姻問題をどのように解決するかは重要な課題である。とりわけ、最近、同性婚
に関する法的問題が重要な関心事となっており、議論が活発になされている。
他方、タイ国際私法の登場は、タイ民商法典の編纂が試みられた1900年代に遡り、現行のタ
イ国際私法は1928年に施行された。タイ国際私法は、アメリカや日本における国際私法の活発
な議論および改正とは対照的に、1928年以来改正がなされていない。
本論文では、アメリカ抵触法上の婚姻を研究の出発点とし、それを通じて、抵触法上の同性婚問
題をも検討する。アメリカ抵触法上の婚姻における法選択方法論の意義を明らかにするとともに、
日本およびタイへの立法や解釈上の示唆を得ることも目指している。
(2)構成
本論文は、次のとおりの構成をとる。
序説
第一章 アメリカの抵触法における婚姻
第二章 アメリカ抵触法における同性婚
第三章 アメリカ抵触法における婚姻擁護法の意義
第四章 アメリカ合衆国憲法による法選択の制限
第五章 姉妹州判決の承認に関する「十分な信頼と信用条項」とその例外
第六章 タイおよび日本の抵触法における婚姻
結語
Ⅱ 本論文の内容
第一章は、アメリカ抵触法における婚姻の概観である。アメリカにおける家族法は、抵触法の分
野で特異な問題を引き起こしている。婚姻について、アメリカ抵触法の圧倒的な傾向は、婚姻を有
効視することである。挙行地法を用いることは、法選択に対する伝統的なアプローチでも、また、
新しいアプローチでも合理的に説明されうるものであるとされる。婚姻は、司祭の間で身分を創設
2
するものであることから、抵触法第一リステイトメントは挙行地法主義を採用していた。それゆえ、
婚姻の有効性に関する問題は、身分が創設される地の法によったのである。その後の抵触法第二リ
ステイトメントでは、婚姻については婚姻当事者と最も重要な関係を有する邦の法が重要な役割を
持つようになる。つまり、婚姻は原則的には婚姻挙行地法上有効であれば有効なものとされるが、
婚姻当事者と重要な関係を有する邦の法の公序に反する場合には、当該婚姻の有効性は否定される。
しかし、これに対して学説からの批判があり、その批判の根拠はアメリカ抵触法における婚姻有
効視の原則である。本章では、まず、アメリカ抵触法における一般的な婚姻について概観する。次
に、例外の場合である特殊な婚姻について検討する。さらに、抵触法第一および第二リステイトメ
ントにおける婚姻について考察し、それに対する批判をも検討する。
第二章では、アメリカ抵触法における同性婚問題に着目して考察を行う。近年、アメリカ合衆国
における同性婚に関する法的問題は、一般市民の関心を集めている重要な問題である。多くの同性
カップルは、異性のカップルと実質的にまったく同じような共同生活をしている。法がそのような
親密な関係を有する人たちに対し、どのように法的保護を与えるべきか、これが議論の出発点であ
る。
アメリカ合衆国において家族に関する事項については、伝統的に州法により規律されるものと考
えられてきた。他州で成立した同性の婚姻関係に対しどのような法的地位を与えるかは、合衆国憲
法修正第14条の「十分な信頼と信用条項」によって許される範囲内で、抵触法上の諸原則に基づ
いて、各州に自由が認められている。アメリカの裁判所の圧倒的な傾向としては、婚姻挙行地で有
効に成立した婚姻は、他のいかなる州においても有効とみなされるということである。特殊な婚姻
の場合、例えば、一夫多妻婚、年少婚などを、一般的な婚姻の場合と同様の理論的根拠で判断すべ
きかについて、様々な議論がなされてきた。同性婚の問題も、過去の特殊な婚姻、特に最も類似し
ているといわれる異人種間婚の場合と比べてみても、一層活発な議論が展開されている。本章では、
アメリカ抵触法上の婚姻に関する議論を明らかにしたうえで、同性婚に関する抵触法上の問題を検
討する。
第三章は、アメリカ抵触法における同性婚を考える際に重要な意味を有する婚姻擁護法(DOMA)
の意義について整理し、検討する。アメリカ合衆国では、家族法は州法による。婚姻、相続権、子
の認知、養子縁組、監護権など、すべてそれぞれの州法によって定められている。しかし、連邦法
が州の家族法と関わってくる場合もある。たとえば、連邦所得税の控除を受けるために、夫婦や親
子として認められるか否かを判断する際、連邦法は通常、州法を参照する。
アメリカ合衆国では、家族法に関する事項は各州に委ねてきた。しかし、婚姻擁護法の採用によ
り、このルールは変更を余儀なくされた。つまり、DOMA は連邦議会が制定した法であり、連邦法
上の婚姻を男女間のものと定義し、同性関係に由来する他州の判決や法律関係を承認しないことを
許容する旨を定めているからである。これは連邦が連邦法として婚姻を定義することであり、州が
連邦法の定義と異なる内容の州法を有する場合、州法と連邦法との間に抵触が起きる。たとえば、
同性婚を認める州の場合、州法は連邦法と抵触し、これによって様々な複雑な法的状況を惹起する
のである。DOMA 制定時点では同性婚を認める州はなかったが、現在、アメリカ合衆国で同性婚を
認める州は増えつつある。同性婚の抵触法上の議論は非常に錯綜している。今後、アメリカ合衆国
の同性婚を認める州がさらに増え、あるいは、同性婚を合法化する外国での婚姻が予想されるため、
同性婚およびそれに伴う婚姻の効果に関する問題は、重要な現実問題となってくる。同性婚を合法
化した州は、DOMA によって、同州の同性カップルが州境を超えて移動すると婚姻の法的身分が認
められなくなることを懸念する。このような状況のもとにおいて、DOMA の効力とアメリカ合衆国
3
憲法の十分な信頼と信用条項との関係をより明確にする必要が生じてきた。本章では、アメリカ合
衆国における DOMA に関する議論を考察し、DOMA の意義ならびにその効力、とりわけ抵触法に
対する影響について明らかにする。
第四章では、前章の DOMA の問題との関係で、アメリカ合衆国憲法と州の法選択準則の関係に
ついて検討する。法選択準則に対する合衆国憲法の制限や介入については、連邦最高裁判所の立場
と有力な学説との間で対立が見られる。連邦最高裁判所は、州の法選択準則が独断的で根本的に不
公正でなければ、合衆国憲法上許されるものであると解している。
ところが、学説上は、連邦最高裁判所の示す合衆国憲法の基準は、抵触法における法選択の実務
に反し、当事者に不当な結果を招来することになるとして批判するものがある。しかし、新しい法
選択方法論がアメリカで支配的になるにつれ、連邦最高裁判所は法選択に対し、緩やかな制限のみ
を加えてきた。法選択に対する合衆国憲法上の制限の根拠が適正手続条項であるか十分な信頼と信
用条項であるかという議論があるが、この点について、Hague 事件判決におけるスティーブンス判
事によって、はじめてこの2つの条項の異なる役割が明確に示されている。
Hague 事件判決は1980年代に遡る連邦最高裁判所の判決であるが、合衆国憲法と法選択準則
との関係を理解するにあたって、重要な概念を示す判例である。その後の連邦最高裁判所判決の理
論は、この判決とそれほど大きく異ならない。本章では、まず、憲法による法選択準則の制限につ
いて検討する。次に、Hague 事件判決について検討し、さらに、有力である学説の議論に焦点を当
てて検討し、反対の立場の学説にも若干触れる。現在、アメリカ抵触法上の同性婚が問題となって
いるが、連邦法である DOMA と合衆国憲法との関係についての議論が錯綜している。この判決の
検討を通じて、合衆国憲法と DOMA との関係を明らかにする。
第五章では、前章の DOMA の問題との関連を踏まえて、姉妹州判決の承認問題について検討す
る。アメリカ合衆国において、連邦憲法により特に連邦に属するものとされる以外の権限は州に留
保されるものと規定されており、一般的な事項についての立法権限は州に帰属する。州際的法律問
題を解決するための抵触法規則の立法権限も原則として州に委ねられている。合衆国憲法の十分な
信頼と信用条項が州の抵触法規則に対し、いかに影響を及ぼすかが議論されている。とりわけ、十
分な信頼と信用条項が姉妹州判決の承認または執行にいかに影響を与えるかが問題となっている。
そこで、本章では、まず、合衆国憲法の十分な信頼と信用条項を概観し、十分な信頼と信用条項が
各州に対し、姉妹州判決の承認についていかなる義務を課すかについて検討する。次に、十分な信
頼と信用条項の課す義務につき、例外があるかについて検討する。この点については、過去の重要
な判例を参照しながら、学説および抵触法第二リステイトメントについて検討する。最後に、十分
な信頼と信用条項と DOMA との関係について検討する。DOMA は、同性婚の合法化を予期させる
ハワイ州の Baehr 事件判決を受け、連邦議会が 1996 年に制定した連邦法である。州が連邦法の定
義と異なる内容の法を有する場合、州法が連邦法と抵触することになる。例えば、同性婚を認めて
いる州の場合、州法は連邦法と抵触し、様々な複雑な法的状況が起こりうる。DOMA は、同性関係
の有効性を前提とする姉妹州判決を承認しなくてもよいと定めているので、各州を十分な信頼と信
用条項の課す義務から解放するとの見解がある。そこで、十分な信頼と信用条項の例外の場合と
DOMA との関連性について検討する必要が生じる。本章は、アメリカ合衆国憲法の十分な信頼と信
用条項に関する学説や判例を考察し、十分な信頼と信用条項の例外の場合を検討し、とりわけ
DOMA との関係について明らかにする。
第六章は、タイおよび日本の国際私法における婚姻の問題を検討する。現在、同性婚を合法とす
る国は増えつつある。ヨーロッパでは、オランダ、ベルギー、スペイン、アイスランド、ノルウェ
4
ー、スウェーデン、ポルトガルが同性婚を合法化した。アメリカ大陸では、アルゼンチン、カナダ、
アメリカ合衆国など州内での同性婚を認める国が増える傾向にある。婚姻と同等の権利は認めない
が、類似の結合としてシヴィル・ユニオン、ドメスティック・パートナーシップ制度などが創設さ
れ、同性カップルになんらかの法的保護を与えている。同性カップルの法的保護についての動きは
世界各国でなされているが、各国それぞれの法的状況は異なっており、このような実質法制の変化
は必然的に抵触法上の問題をも惹起することとなる。本章では、タイおよび日本における同性愛者
の法的保護の動向について若干の検討を試みることとし、実質法と抵触法の問題を分けて検討する。
Ⅲ 本論文の評価
第一章においては、「アメリカの抵触法における婚姻」に関して概観する。1934年の抵触法
第一リステイトメントでは、婚姻挙行地法によることを原則としながら、住所地法上禁止されてい
る一夫多妻婚、近親婚、異人種間の婚姻については他邦でも無効としていた(121-122条、
132条)。1970年の抵触法第二リステイトメントは、婚姻の有効性を夫婦と最も密接な関係
を有する邦の法によるとし(283条1項)、婚姻挙行地法の要件を充足する婚姻は他邦でも有効と
しながら(同条2項本文)、婚姻挙行時において夫婦と婚姻に最も密接な関係を有する他邦の強い公
序に反するときはこの限りでないとする(同条2項但書)。しかし、筆者は、このようなリステイト
メントの原則を裁判における実務を的確に反映させたものでは必ずしもないとみて、婚姻有効視の
原則を説くエーレンツヴァイク教授等の提案に着目する。つまり、当事者の意思が明確であり、法
廷地の最優先の政策に反しない限り、挙行地で有効に成立した婚姻、婚姻当時いずれかの当事者の
住所地法によれば有効な婚姻または訴訟開始時に夫婦が住所を有する地の法によれば有効な婚姻
を他邦でも有効とみる。
本章は、同性婚の問題を考える前提としてアメリカ抵触法における婚姻の有効性をどのように捉
えるかに関し論じたものである。筆者の立場から、婚姻に関するアメリカ抵触法の流れをつかもう
とする部分であり、第二章以下の考察の前提をなす部分として位置づけられる。文献を渉猟し、ア
メリカ抵触法における傾向を端的にまとめられている点は、評価することができる。
第二章は、アメリカ抵触法上、他州で有効に成立した同性婚をどのように扱うかを論ずるもので
ある。アメリカには一夫多妻婚を認める州があり、また、婚姻適齢のルールも異なることから、自
州では認められないが、婚姻挙行地の他州では有効である婚姻をいかに扱うかが議論されてきてお
り、同性婚についても、これを認める州と認めない州とがあるため、同様の議論が行われている。
現実に争いとなるのは、同性婚の一方の当事者が勤務する企業の年金制度上、他方の当事者が「配
偶者」といえるかという問題や、同性婚の一方の当事者が不法行為の被害者となった場合に、他方
の当事者は加害者に対して共同生活利益の損失を主張することができるかという問題などの解決
においてである。論点は、①合衆国憲法修正第14条の「十分な信頼と信用条項」がそのような婚
姻を有効とは認めないという扱いを許容するのか、②同条のもとで、有効と扱わないことも認めら
れているとして、準拠法はどのように定めるのか、③同性婚を有効とする他州法が準拠法となる場
合に法廷地の公序則に基づいてその有効性を否定することはできるのか、といった点である。①に
ついては、最近の判例では、憲法上、自州の重要な法目的を阻害する場合には、他州で有効とされ
るが自州では認められない婚姻をそのまま有効とする義務はないとされている。②については、抵
触法第二リステイトメントでは、婚姻の有効性は、特定の争点ごとに判断され、最重要関係地州法
によるとされる。したがって、州内に居住する当事者が他州に出かけて同性婚をし、戻ってきて生
活しているような場合には、自州法が最重要関係地州法であるので、その同性婚の有効性を認めな
5
いことになる。他方、最重要関係地州法が同性婚を認める場合には次の③の問題となる。③につい
ては、2003年の連邦最高裁判決(Lawrence 判決)が、同性愛者の運命を規制することはできない
として、テキサス州のソドミー法の適用を違憲としたことから、アメリカでは大きな変化が生じた。
それまでのように法廷地から見て不快であるとか道徳観に反するという理由による公序則の発動
ではなく、より正当な利益の侵害が必要とされるようになっている。特に、同性婚の有効性が先決
問題として登場するに過ぎない場合には、公序則の発動は困難であろうとする。
アメリカ抵触法における同性婚の扱いは、アメリカにおける同性婚に対する社会的な認識や扱い
方の実態を、一夫多妻婚などとの対比の中で解明した上で、裁判例を丹念に読み解き、的確な分析
を行っている。アメリカにおける多岐にわたる論点と様々な州の異なる時代の考え方や裁判例を巧
みに整理している点は、外国法の研究能力を十分に示していると評価することができる。
第三章は、婚姻擁護法(DOMA)のアメリカ抵触法上の意義について論ずるものである。連邦議
会の保守派は、同性婚を有効とする意見が増加してきたことに対抗し、1996年に DOMA を制
定した。これは、連邦法上の婚姻を男女のものに限定するとともに、いずれの州も他州で有効とさ
れる同性婚を有効と扱うことは要求されないことを定めるものである。その後、同性婚を有効と認
める州が現れ、現在では6州に及ぶが、DOMA により、同性婚の当事者は連邦税については夫婦合
算申告をすることができず、また、同性婚を認めない州は、連邦憲法上の「十分な信頼と信用条項」
への抵触を懸念することなく、他州で成立した同性婚を有効とは扱わないことができる状況にある。
もっとも、この後者の他州で成立した同性婚を有効と扱わなくてよいとの DOMA の定めは確認的
なものに過ぎないとされている。
本章で取り上げている DOMA は、アメリカにおける同性婚の問題を考えるに当たって極めて重
要な意義を有するものであり、その性質の経緯、違憲訴訟、具体的な適用が問題となった裁判例な
どの検討は丁寧であり、本論文においてこの部分は不可欠の構成要素である。第二章とのつながり
がいまひとつ明確でないという問題はあるものの、DOMA の研究として、それ自体で価値があるも
のであると評価することができる。
第四章は、アメリカ合衆国憲法が、州の法選択準則に対して加える制限を明らかにする。法選択
に対する連邦憲法からの制約の根拠とされる「適正手続条項」と「十分な信頼と信用条項」、さら
には「合理性の基準」、「立法管轄権」に言及した後、ウィスコンシン州で起きた自動車事故によ
り死亡したウィスコンシン州市民につき、死亡した者が所有する三通の保険証券が累積されて補償
を与えるかという問題の準拠法が問われた Allstate Insurance Co. v. Hague 判決(1981)を検討する。
ブレナン判事による多数意見、スティーブンス判事の同意意見、パウエル判事による反対意見を詳
細に検討し、さらに学説としてヴァン・メーレン、トラウトマン、ワイントローブの見解をも詳し
く検証している。
この章の目的は、法選択と DOMA との関わりを明らかにすることにある。DOMA は、ある州で
は同性婚として認められている場合であっても、他州がその有効性を否定することを認める規定と
解されており、Hague 判決により、独断的で不公正な法選択でない限り、法廷地における法選択が
認められるというのが筆者の結論である。また、モダン・アプローチが採るより良い法の適用とい
う方法論によっても、例えば、婚姻挙行地法上は有効に成立しえない同性カップルが、法廷地に永
い間居住した上で、一方が死亡した場合の相続において、事案が法廷地と重要な関係を有している
場合に限り、法廷地の裁判所がより良い法の適用理論のもとで、同性婚を承認して残された他方の
相続権を認める法廷地法がより良い法であるとし、法廷地法を適用することができることを示唆し
ているとする。
6
最高裁判例の理解、関連する学説の検討も丁寧に行っている。論証において理解が不十分とも思
われる点がないとはいえないが、日本語への翻訳という作業を考えるとき、筆者の取り組みに敬意
を表したい。
第五章は、姉妹州の判決の承認問題という観点から、憲法の「十分な信頼と信用条項」を検討す
るものである。DOMA は他州で正当に下された判決であっても、同性婚から生じた判決や同性婚に
由来する法律関係を他州では承認しないことを許容するものであり、「十分な信頼と信用条項」と
は緊張関係にある規定である。そこで、「十分な信頼と信用条項」の歴史を踏まえた上で、他州判
決が承認されない条件として、適正手続条項に反する判決の場合、承認州の重要な州利益に反する
場合が典型的な例であるとする。さらに、論を展開して、第二リステイトメントの報告者であるリ
ースの見解を紹介する。また、同時にリースの見解に反対するエーレンツヴァイクの見解等も紹介
し、統一的な見解はないとの結論に至る。
そうなると、本論文がテーマとして掲げている DOMA が同性婚および同性婚から生ずる法律関
係の承認を否定する一方で、連邦議会が1948年に姉妹州の判決を承認することを定めた Full
Faith and Credit Act との関係が問題になる。この点を本論文は、抵触法第二リステイトメントの1
17条を論拠に、承認州の公序に違反するという理由だけで姉妹州判決の承認を拒むことはできな
いとして、DOMA による判決承認の拒否はできないことになるとの結論を導く。
発表した法研論集の制約もあったのか、この章の論証は他の章よりも判例の紹介が簡略化されて
おり、また第二リステイトメント117条が唐突に持ちだされてきたという印象が残る。そうであ
るとしても、全体としてみたときには、説得力のある論旨が貫かれているといえる。
第六章においては、タイ及び日本の国際婚姻法の問題を同性婚の取り扱いにできる限り焦点を絞
りながら考察する。
タイについては、婚姻の有効要件、無効原因、取消原因などにふれた後に、同性愛に対して、歴
史的にみれば西欧諸国に比べて嫌悪感が少なく、規制が緩やかであり、女性間の性行為の禁止に重
点が置かれてきたことを明らかにする。婚姻適齢を定めるタイ民商法1448条の解釈から、婚姻
は男女間ですべきものと解されているが、性転換手術を行った場合については議論の余地があるも
のとされる。タイの最高裁の判決(1989 年第 3725 号)に20年以上生活を共にしてきた女性間の
カップルについて、共同生活中に取得した財産につき共有財産として分割を認めたものがあること
を紹介する。タイの国際私法18条は、婚姻の実質的要件については各当事者の本国法の配分的適
用を定め、婚姻の方式については婚姻挙行地法主義を採用する。領事婚については、タイ人間だけ
ではなくタイ人と外国人間でも認める。タイ国際私法は、1938年の制定以来一度も改正されて
いないので、同性婚や性転換者の取り扱いに関して直接規定していない。
日本については、通説的見解は、同性カップルに婚姻としての法的地位を認めるのは困難として
いるが、生殖以外は実質的夫婦として結合しているカップルに婚姻法的利益の付与を拒否する根拠
があるかに疑問を提起し、保護を与えたからと言って実質的弊害が生じないとして保護を認めるこ
とを主張する少数説があることに着目する。2003年の「性同一性障害者の性別に関する特例に
関する法律」によって、一定の要件を満たす者の請求により法令上の性の取り扱いについて将来に
向けて変更することができるようになったことも、この問題と関連付けて議論がなされている。欧
米諸国における登録パートナーシップの取扱いを踏まえて、一方では、先決問題として問題となる
場合には、問題の具体的性質により、準拠法説を適用することを提唱し、外国において挙行された
場合には、公序に反しないことを前提として承認すべきことを提唱する。アメリカ抵触法における
同性婚に関する考察の結果を、タイや日本の立法の現状を踏まえながら、立法やその解釈に生かそ
7
うとする姿勢で的確に論述されている。
本論文は、アメリカ抵触法上最も議論のある同性婚の問題を中心に婚姻法上の問題を広く視野に
入れながら考察し、これをタイや日本の法の解釈や立法に役立てようとするものであり、全体的に
みて丁寧かつ詳細な論証が行われており、博士学位申請論文としてふさわしい水準に達していると
評価することができる。しかし、残された課題も若干みられる。各章の関連性が必ずしも明確でな
い部分が残り、議論の進め方をもう少し緻密にできないかと思われる点もなくはない。また、タイ
や日本の法の現状からすれば、同性婚に関する準拠法の決定の問題と外国で行われた同性婚の承認
の問題を意識的に分けて、より具体的に鋭い分析が求められる部分が残ることを指摘しておきたい。
これらは、筆者の今後の課題というべきであり、本論文の評価を左右するものではない。
Ⅳ 結論
以上の審査の結果、後記の審査委員は、本論文の執筆者が課程による博士(法学)(早稲田大学)
の学位を受けるに値するものと認める。
2012年1月23日
審査員
主査
早稲田大学教授
法学博士(立命館大学)
木棚照一
早稲田大学教授
江泉芳信
早稲田大学教授
道垣内正人
8
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