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『経済発展における教育投資と所得分配J

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『経済発展における教育投資と所得分配J
地域分析
第53巻第 1 号
2014年 9 月
自著紹介:
『経済発展における教育投資と所得分配J
2014 年 3 月成文堂
野村友和
1
.
はじめに
本書は,学校教育の収益について,ミクロ・マクロの両側面から実証分析を行っ
た研究をまとめたものである。この研究は 筆者が大学院の修士課程に入学した
当初から続けてきたものであり
本書のタイトル『経済発展における教育投資と
所得分配』は筆者の修士論文のタイトルでもある。右往左往しながらも続けてき
た研究をこのような形で上梓できたのは
恩師である故西島章次神戸大学経済経
営研究所教授のお力添えがあったからだと深く感謝している 。もちろん,本書の
研究は,西島先生からいただいた指摘の数々に必ずしも応えられてはおらず,解
決すべき多くの問題を残している。今後も,少しでも西島先生の学恩に報いるこ
とができるよう研究を続けていきたい。
2
. 本書の概要
本書では,教育投資の収益を定量的に分析し教育の格差が職業選択や賃金格
差とどの ように結びついているかということや,発展途上国や新興国における労
働者の急速な高学歴化が労働市場に与え る影響,差別による男女間賃金格差など
をブラジルのマイクロ・データを用いて検証した。また 教育の不平等度に関す
るクロス・カントリー・データを作成し
学校教育の普及過程の違いが経済成長
に与える影響を分析した。各章の内容は,次節にまとめたとおりである。
3
. 各章の要約
第一章
本章では,主にマイクロ・データを用いて教育の収益率を推定した研究につい
てのサーベイを行った。教育の収益率を推定するための技術的な問題点やそれに
対処するための方法についてまとめ,先行研究で得られているさまざまな結果を
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地域分析第 53 巻第 1 号
整理した。また,補論では,多くの実証分析の結果が教育の収益率が十分に高い
ことを示しているにもかかわらず 教育投資が過小にとどまることを理論的に説
明したモデルについても取り上げた。
第二章
本章では,ブラジルの家計調査データを用いて,教育の収益率を計測した。そ
の際,データの特徴を利用して,学校教育の段階や種類によって収益率がどのよ
うに異なるかということを詳細に分析した。また,最小二乗法により学歴聞の平
均賃金を比較するというだけではなく
分位点回帰を用いることにより,教育水
準の異なる労働者で賃金の分布がどの ように 異なるかということも分析 した 。
分析の結果,まずブラジルにおいては初等教育や中等教育と比較して高等教育
の収益率が非常に高いということが明らかとなった。また 分析期間の 1996 年
から 2006 年までの 10 年間に中等教育や高等教育の平均的な収益率は下落傾 向に
あるが,賃金分布の形状を詳細に調べた結果,中等教育や高等教育を受けた労働
者のなかでの賃金格差が拡大しており 収益率の下方へのばらつきが大きくなっ
ているということが明らかとなった 。 こうした現象は
進学率の急速な上昇によ
り,教育の質を担保することが困難になってきていることを示唆していると考え
られる。
第三章
本章では,ブラジルにおける男女間賃金格差を,労働市場における男女差別と
いう観点から分析した 。 労働市場における性別や人種などによる差別は,差別さ
れるグループが人的資本への投資を行うインセンテイブを阻害し経済発展の足
かせとなりうる 。 そのため,労働市場における差別の形態や程度を明らかにする
ことは重要な課題である 。 ブラジルにおいては 女性の教育水準は男性よりも高
く,教育機会に関する男女差別はないと考えられる。しかし 女性の高学歴が労
働市場において職業決定や賃金に正当に反映されているかはこれまでのところ必
ずしも明らかではなかった。
本章では,まず男女間賃金格差を同一職業内での格差と職業構成の違いによる
格差とに分解した 。 つぎに,
同一職業内での格差 と職業構成の違いによる格差 と
のそれぞれを,学歴など労働者の属性の格差によって説明される部分と,雇用主
の差別によると考えられる部分とに分解した 。
分析の結果,ブラジルにおいては女性の高学歴が賃金に反映されておらず,労
働市場において男女差別が存在することが示唆された。また,女性は高い賃金を
得られる職業に就ける機会において差別を受けているわけではなく,同一職業内
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『経済発展における教育投資 と所得分配』
での賃金評価において差別を受けているということが明らかとなった 。
第四章
本章では,世界各国の教育の不平等度に関する指標を作成し回全体の教育水
準やその不平等度が経済成長にどのような影響を与えるかを分析した 。 教育には
正の外部性があるため,教育による人的資本の蓄積は,教育を受けた人々だけに
ではなく,社会全体に便益をもたらすと考えられる。マイクロ ・ データを用いた
分析ではこのような側面を捉えることが難しいため,マクロ ・ データを用いた分
析をあわせて行うことは重要である 。
国の教育水準を計測するための指標としては平均修学年数がよく用いられる。
平均修学年数は,就学率よりも人的資本のストックを計測する上で適切であると
されるが,この指標は回全体のストックの大きさを表しているだけで,人的資本
が国のなかでどのように分布しているかについては何の情報も与えていない。そ
のため,本章では学校教育の不平等度を表す指標(修学年数のタイル尺度)を作
成し,さらに国全体での不平等色男性内での不平等と女性内での不平等,男女
の不平等との三つの部分に分解して分析した 。 平均修学年数とあわせて学校教育
の不平等度を表す指標を用いることで,学校教育の普及過程が異なることが,経
済成長にどのような影響をもたらすのかということを分析することができる。分
析の結果,教育水準の上昇は経済成長率を上昇させるが,その効果はより教育の
不平等度が改善されている国ほど大きいということが明らかとなった O
.
4
おわりに
20 世紀における学校教育の普及は,経済発展に重要や役割を果たしてきた。
その重要性は 2 1 世紀においても大きく変わることはないであろう 。 しかし近
年の急速な IT 技術の進歩は,労働市場に 変化をもたらしてきている 。
技術の進歩は高学歴労働者に対する需要を増大し供給の増加を吸収するとい
う一方で,これまで人聞が従事していた多くの仕事が機械やコンピュータに置き
換えられてきている 。 特に,機械やコンピュータを管理するような専門的技能に
対する需要は増加しているが,一般的な大卒労働者が従事してきた事務や経理と
いった技能に対する需要は減少しており,仕事の二極化が進んでいるといわれて
いる 。 実際に,
日本では大卒労働者内での賃金格差は拡大しており,大学教育の
収益率のばらつきは大きくなっている 。 大学教育は高い賃金を得るためだけのも
のではないが,大学には労働需要の変化に対応し,杜会で必要とされる人材を育
成していくことも求められるであろう 。 本書の執筆をきっかけとして,今後はこ
のような問題についても研究を続けていきたい 。
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