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教えて!著作権 - 科学技術情報プラットフォーム

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教えて!著作権 - 科学技術情報プラットフォーム
PRINT ISSN 0021-7298
ONLINE ISSN 1347-1597
昭和33年8月8日第3種郵便物認可 第53巻第12号平成23年3月1日発行(毎月1回1日発行)
情報管理
JOHO
KANRI
Journal of Information Processing and Management
3
月号
March
2011
INFOPRO 2010特別講演:
Googleの切り開く情報の世界
プロフェッショナルの仕事とは
ビブリオメトリクスを用いた大学の研究活動の自己分析
連載:
シリアルズ・クライシスと学術情報流通の現在:総括と課題
連載:
教えて!著作権
第 6 回 著作権法の変遷と今後の動向
vol.53 no.12
p.651-722
http://johokanri.jp/
情報管理
JOHO KANRI
2011
vol.53 no.12
Journal of Information Processing and Management
INFOPRO 2010特別講演:
Googleの切り開く情報
の世界
651
村上憲郎
665
林 隆之
山下泰弘
680
佐藤義則
684
吉田大輔
プロフェッショナルの仕事とは
■2010年11月に開催した第7回情報プロフェッショナルシンポジウム(INFOPRO2010)の特別講演は,
Google(株)名誉会長(当時)の村上憲郎氏に,Googleのサービスの原点とそこから多方面へ展開する情
報サービスの今後についてお話いただきました。
講演後の参加者との活発な質疑応答も紹介しています。
ビブリオメトリクスを用いた大学の研究活動の自己分析
■研究評価の客観的指標としてビブリオメトリクス(計量書誌学)的手法が用いられますが,さらに組織
としての研究活動の自己分析や戦略形成にも利用されるようになっています。国立大学法人化以降の日
本の大学の状況や,個別の大学を例に研究分野の多様性を実現している構造や学内での研究重点化の状
況のビブリオメトリクスを用いた分析事例を通じて,各大学での自己分析の視点について論じます。
連載:
シリアルズ・クライシスと学術情報流通の現在:総括
と課題
■本誌では2010年度に「シリアルズ・クライシスと学術情報流通の現在」をテーマに4つの論考を連載し
ました。連載企画をお願いした佐藤義則氏より,連載の総括と今後に残された課題について論じていた
だきました。この連載が糸口となり,さらに議論が深まり問題解決に近づくことを期待します。
連載:
教えて!著作権
第6回 著作権法の変遷と今後の動向
■ご好評いただいている「教えて!著作権」最終回は,
著作権法を構成する5つの概念(保護対象,権利内容,
権利侵害に対する取締,権利制限,権利の管理)ごとに,その変遷と今後の動向について解説いただき
ます。
目次
月号
March
リレーエッセー:
インフォプロってなんだ?
693
下川公子
695
小林昭夫
700
JST 知識基盤
情報部
704
芳鐘冬樹
709
名和小太郎
711
伊藤民雄
私の仕事,学び,そして考え 第23回
集会報告:
国際シンポジウム メタデータ情報基盤の将来を考える
JSTサービス紹介:
日化辞Webの新機能
J-GLOBAL検索,JDreamⅡアップロードファイル作成
視点:
計量書誌学研究の動向
計量書誌学的指標
情報論議 根掘り葉掘り:
Web情報は証拠になるのか
この本!〜おすすめします〜:
たかが引用されど引用
図書紹介:
『ブックビジネス2.0 ウェブ時代の新しい本の生態系』
716
情報界のトピックス
720
海外文献紹介
722
編集後記
715
vol.53 no.12
JOHO KANRI 2011
Contents
March
Journal of Information Processing and Management
651
MURAKAMI Norio
Self-analysis of research activity in university by
bibliometrics
665
HAYASHI Takayuki
YAMASHITA Yasuhiro
Series:
680
SATO Yoshinori
Series:
684
YOSHIDA Daisuke
Relay essay:
693
SHIMOKAWA Kimiko
Meeting:
695
KOBAYASHI Akio
From JST product portfolios:
700
Department of databases
for information and
knowledge infrastructure,
JST
Opinion:
704
YOSHIKANE Fuyuki
In-depth argument on information:
709
NAWA Kotaro
My bookshelf:
711
ITO Tamio
New book:
715
INFOPRO 2010 special lecture:
The world of information spearheaded
by Google
The work of professionals
Perspectives on serials crisis and scholarly communication
practice: summary and issues
Tell me more about copyright
Part6: Transition and trend of copyright law system
What I do, study, and think as an information professional (23)
International symposium on the future of Metadata
Information Infrastructure
New features of Nikkaji Web
Search J-GLOBAL or output the file for JDreamⅡ upload
Trends of bibliometric studies
Bibliometiric indicators
Can information on the Web qualify as evidence?
It may be just citation. But it's citation.
716
Topics of the information community
720
Literature guide
722
Editor's note
Googleの切り開く情報の世界
INFOPRO 2010特別講演
Googleの切り開く情報の世界
プロフェッショナルの仕事とは
The world of information spearheaded by Google
The work of professionals
Google株式会社 名誉会長(講演当時)
村上 憲郎
MURAKAMI Norio
情報管理 53(12), 651-664, doi: 10.1241/johokanri.53.651 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.53.651)
1. はじめに――Googleのミッション
皆さんこんにちは。G o o g l eの村上です。よろしく
お願いします。
本日いただいたお題は「G o o g l eの切り開く情報の
世界-プロフェッショナルの仕事とは-」ですが,
「プ
ロフェッショナルの仕事とは」という部分が今回の
テーマなのではないかと思います。プレゼンの中で
も少し触れますが,後ほど,質疑応答の中でより砕
けた形でお話ししたいと思っております。
G o o g l eについてはかなりご存じの方もいらっしゃ
ると思いますが,皆様方の知識のスタートラインの
足並みをそろえるという意味でその生い立ちからご
紹介していきます。
G o o g l eは,スタンフォード大学の大学院のコン
ピューターサイエンスの学生だったサーゲイ・ブリ
ンとラリー・ペイジが始めた会社です。彼らは,会
村上 憲郎(むらかみ のりお)氏 略歴
2003年4月,Google Inc. 副社長兼Google Japan代表
取締役社長としてG o o g l eに入社以来,日本における
G o o g l eの全業務の責任者を務め,2009年1月1日付け
で退任し,名誉会長に就任(2011年1月1日付けで退
任し,個人事務所を開設)。
Google入社以前には,2001年にDocentの日本法人
であるD o c e n t J a p a nを設立し,同社の社長としてe ラーニング業界でリーダーシップを発揮。
1997年から1999年の間は,Northern Telecom Japan
の社長兼最高経営責任者を務め,Northern Telecomに
買収されたBay Networksの子会社であるBay Networks
Japanとの合併を成功に導く。後にNortel Networks
Japanと改名された同社において,2001年中ごろまで
社長兼最高経営責任者を務める。
社を作るためではなく,彼ら自身の博士号を取るた
本稿は,2010年11月18日(木),日本科学未来館で開催された「第7回情報プロフェッショナルシンポジウム(INFOPRO 2010)」
での講演内容を,編集事務局で編集したものである。なお,同シンポジウムの開催報告は,『情報の科学と技術』vol. 61,no. 3
に掲載されている。
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2011
vol.53 no.12
Journal of Information Processing and Management
http://johokanri.jp/
March
めの研究を進めていましたが,今から15年前,1995
ターに親しんできたようです。ベンチャーキャピタ
年に始めた研究の成果が,現在のGoogleのもとになっ
リストから資金を得たとは言いながら,ころっと1つ
た技術です。
ワークステーションがあるという状態から会社がス
これが彼らが研究を始めて2年後の研究室の様子で
タートしました。
す(図1)。この写真を見る限り,日米の大学あるい
会社をスタートしたときには,彼らは「自分たち
は大学院のコンピューターサイエンスの研究の置か
の仕事は何か」ということをそれほど自覚していな
れている状況と比べても,スタンフォード大学の彼
かったと思いますが,後年,ミッションステートメ
らの研究環境が決して格段に優れているようには見
ントという形で公開し現在に至っております。ミッ
えないと思います。
ションとは会社のレゾンデートル(存在意義)
,つま
1997年,既に2年研究を続けた結果として,現在の
り自分たちの会社が社会に対して何を提供しようと
G o o g l eの検索サービスの端緒となるようなサービス
しているのか,自分たちの使命とは何ぞやというこ
を作り,学内で使ってもらっていました。もし日米
とを簡潔にまとめた文章です。
「世界中の情報を整理
で違いがあるとすれば,そのサービスの評判を聞き
して,世界中の人がアクセスできて使えるようにす
つけたベンチャーキャピタリストからの資金提供を
ること」が,それです。
受け,1998年,今から12年前の9月28日に彼らは創
かいつまんでご説明しますと,世界中のあらゆる
業を果たしたという点でしょうか。アメリカで起業
情報を「整理して」ということは,インデックスを
するときには民家の車庫から始めるといったことが
作るということです。書籍に例えれば,彼らは世界
よく言われますが,彼ら2人も,スタンフォード大学
中のあらゆる情報の索引を作ろうとしているという
のあるパロアルトという町の民家の車庫からスター
ことです。インターネットの世界にはさまざまな情
トしました(図2)。
報があふれ返っていますが,その中の,例えば科学
テーブルに腰掛けている青年がサーゲイ・ブリ
未来館に関する情報のインデックスを作り,そのイ
ン,ロシア移民の子供です。父親は数学者で,彼自
ンデックスを使って世界中の人が科学未来館に関す
身も小さいときから数学がよくできたと言われてい
る情報にたどり着けるようにすることを彼らは自分
ます。後に座っております落ちついた感じの青年が
たちのミッションとして自覚したのです。
ラリー・ペイジ。彼の父親はコンピューターサイエ
もう一つ,このインデックスを使って皆様が情報
ンスの教授で,ラリー自身も幼いころからコンピュー
にたどり着くサービスそのものに一切課金しない,
起業前:Need More Machines
創業 1998
google.stanford.edu(Circa 1997)
Google Confidential and Proprietary
図1 サーゲイ・ブリンとラリー・ペイジの研究室の様子
652
Google Confidential and Proprietary
図2 創業当初のGoogle(ガレージの様子)
Googleの切り開く情報の世界
無料で提供するということも決めました。一旦サー
メントで言うところの情報にたどり着く道筋(イン
ビスに課金しようと考えると,サービスがサービス
デックス)は無料で提供していますが,そのたどり
として完成するよりも,課金しやすいサービスの開
着いた先の情報(コンテンツ)が有料であるか無料
発のほうに軸足がずれていくかも知れない。その懸
であるかは,そのコンテンツあるいは情報に権利を
念を100%払拭するためにサービスそのものは無料で
お持ちの方々が決めることです。G o o g l eはその情報
提供すると決めました。
が無料であるべきだとか有料であるべきだといった
しかしながら,私企業ですから財務的に支える収
ことを申し上げる立場にありませんので,
「Googleは
入源を必要とします。彼らは,あれこれ収入源を求
何から何までひたすら無料化しようとしている」な
めず,広告収入のみによって賄うということも決め
どと面白おかしい話をされる方もいらっしゃいます
ました。ちなみに2009年の1年間で,全世界で2兆円
が,それは誤解であるということをつけ足しておき
の売り上げを達成しておりますが,その97%が広告
ます。
収入によるものです。あとの3%,約600億円がどこ
から来ているのかというのは,後ほどご説明します。
2. Googleブックス
そうは言っても,ミッションステートメントの情
報にたどり着くということの枠を超えるようなサー
G o o g l eは コ ン テ ン ツ を 所 有 し て お り ま せ ん。
ビスをG o o g l eは提供してきているではないかとお考
G o o g l eは,ひたすらユーザーにコンテンツのありか
えになる方もいらっしゃるでしょう。例えば,皆さ
を指し示すことだけを行っています。
んにお使いいただいているGmailというメールサービ
一番ホットな話題として,今年(2010年)は電子
スがあります。なるほどこれはメールサービスです
書籍元年と言われておりますので,G o o g l eブックス
が,われわれがGmailをどういうふうに位置づけてい
(書籍の検索)の取り組みを簡単にご紹介しておきま
るかというと,G m a i lを何年か使い続けた後,“誰か
から来た何とかに関するメール” を探す必要性が生じ
しょう。
書籍もまさにコンテンツであり情報の塊ですが,
てまいります。そのときにそのメールという情報に
これをG o o g l eは所有しておりません。そのテキスト
たどり着くことができることがGmailの最も中心的な
をお預かりして,それがどこにあるかを指し示すだ
サービスであり,世界中のあらゆる情報にたどり着
けがGoogleの仕事です。Googleブックスは,Google
くという意味において,Gmailといえども,ミッショ
でお預かりした書籍をGoogleのコストでスキャンし,
ンステートメントの枠内での仕事であるとご理解い
O C Rでデータ化していくプログラムです。ユーザー
ただきたいと思います。
は,例えば科学未来館という言葉が出てくる書籍を
もう一つ,サービスを無料で提供していることか
探したい場合,その単語やフレーズをキーワードに
ら,ともすればG o o g l eはいわゆる無料化の元凶のよ
それが出てくる書籍にたどり着けるようになりま
うに言われることがありますが,それは誤解である
す。出版社のご協力を得ながらデータ化を進め,現
という根拠を明らかにしておきます。
在200万タイトル以上の書籍をお預かりしています。
G o o g l eは一切コンテンツを所有しておりません。
全世界で30,000社を超えるパートナー出版社が参加
GmailやYouTubeという形でコンテンツをお預かりし
されていますが,残念なことに日本の出版社の参加
ていることはありますが,コンテンツはその権利を
は極めて少ないという現状です。
お持ちの方のものであって,G o o g l eの所有している
G o o g l eブックスはつまり,潜在的な読者が書籍に
ものではありません。従って,ミッションステート
たどり着く道筋をご提供しているということになり
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ます。
ど最終的に購入につながっているという統計結果も
よく「G o o g l eは電子書籍を推進しているのではな
いか」という間違ったとらえ方をされる方がいます
得ております。立ち読みの詳細な状況は,出版社が
書籍ごとにご覧いただけるようになっております。
が,そうではありません。あくまでも紙の書籍にた
来年(2011年)から,Googleブックスで検索した
どり着いていただくという仕組みです。G o o g l eブッ
書籍を100%読めるようにするG o o g l eエディション
クスでは,例えば(株)角川学芸出版の書籍の検索結
というサービスを開始します。これはどういうサー
果から,内容の20%の「立ち読み」(プレビュー表
ビスかというと,要するに夜中に書籍を探していて,
示)ができる仕組みになっております(図3)。それは,
紙の本を買うのに明日まで待っていられない,今す
もちろんコンテンツを所有している角川学芸出版が,
ぐ読みたいというご要望に対して,出版社にお金を
どの部分がどう見えるようにするかを設定できま
払えば100%の立ち読みを許可するというものです。
す。ユーザーが,立ち読みの後,これを買おうかと
出版社に支払われるお金をG o o g l eが仲介するという
いうことになった場合,角川学芸出版のオンライン
仕組みです。これは,後ほどご説明するG o o g l eのク
の書店や,Amazon・紀伊國屋・楽天ブックスといっ
ラウドというコンピューティングスタイルの上でこ
たネット書店,あるいは図書館で探すなど,紙の本
そできることであり,クラウドの力を最大限に利用
の入手へつながるという仕組みです。さらに,自分
したサービスと言えます。
の帰り道で新宿を通過するといった場合,その周辺
で書店を探すこともできるようになっております。
GoogleエディションがAmazonのKindleあるいは
AppleのiBooks等と違うところは,ブラウザがあれば
もう一度申し上げますが,立ち読みは20%までし
どのような書籍でも読めることです。これは厳密に
かできません。それは出版社の方が自在に設定する
言えば電子書籍とは異なりますが,電子書籍と言え
ことができるようになっており,もちろん印刷や保
なくもない。G o o g l eエディションとは,デジタルコ
存やコピーはできないという形になっております。
ンテンツのためのクラウド上のオープンなプラット
出版社は,新たに本を検索対象に追加することも,
ホームです。インターネットユーザーが潜在的な最
登録済みの本を検索対象から外すことも自在にでき
終的な読者になる,あるいは出版社や書籍に関する
るようになっております。
権利をお持ちの方々にとって電子書籍販売に相当す
立ち読みによる購入者の減少のご懸念もあると思
るサービスをたちどころに実現できる。しかも,い
いますが,統計的には立ち読みのページが増えるほ
つでもどこからでもどんなデバイスでも可能になる
のです。
どこまで読めるのか ‒ 閲覧は制限されています
• 閲覧できるのは全体の
20%に制限されます
3. Googleのクラウドコンピューティング
• 一部の内容はどんな場
合にも表示されません
こちらはGoogle初期のころのサーバーです(図4)
。
• 印刷,保存,コピーはで
きません
配線の状況を見れば,これは社員総出で半田ごてを
• 出版社はいつでも書籍を
追加・取り下げできます
持って作っていたことがたちどころにおわかりいた
だけると思います。これが非常に重要なのは,創業
以来G o o g l eはコンピューター,特にサーバーを外部
Google Confidential and Proprietary
図3 Googleブックス(「立ち読み」表示の例)
654
から購入せず,すべて内作しているということです。
正確な統計ではありませんが,外部の方がおっしゃ
Googleの切り開く情報の世界
初期の手作りサーバー
をG o o g l e社内で社内用のシステムとして使っていた
のですが,広告主の皆様やパートナー企業の方から,
このシステムが非常に便利そうなので使わせてほし
いというご要望をいただくようになったのです。
なぜわれわれが便利に使っているか,あるいは外
部の方もそれは便利だなと思われているかというと,
簡単に言うと情報のオーバーフローということを皆
さんも経験されていると思います。社内文書をデー
Google Confidential and Proprietary
図4 Google初期のサーバー
タベースにきちんと整理するより,情報や文書を全
文検索したほうが早いのではないか。あるいは複数
人で文書を作る場合に,同一のファイルを共有しな
るには,「村上さん,Googleのコンピューターのさく
がらコラボレーションで作っていくということがで
さく動く感じから見て,G o o g l eは外には売っていな
きたら非常に便利だろうと思われるでしょう。情報
いとはいえ,世界のコンピューターメーカー,ハー
セキュリティーという点でも,データをUSBメモリに
ドウエアを作っているメーカーとして,きっと上か
入れて持ち出して紛失した場合など,皆さんいろい
ら数えて3番目か4番目ぐらいのハードメーカーじゃ
ろご苦労されていると思います。ですから,例えば
ないか」。それが正確かどうかは置くとしても,そ
iPhoneやiPadに象徴されるような優れたデバイスを
のような規模感のコンピューターをわれわれは内部
エンタープライズの仕組みの中に迅速に取り入れて
で作っているのです。もちろん工場を持っているわ
いく際,ブラウザベースのクラウドコンピューティ
けではありませんので,外部の製造工場に委託して
ングという形が社内システムででき上がっていると,
作ってもらっています。それがいわゆるクラウドコ
お客様のところに行ってプレゼンするときにもi P a d
ンピューティングというコンピューティングスタイ
でどんどんプレゼンできるようになります。このデ
ルになったわけです。
バイスも,手前味噌ですがアンドロイドタブレット
クラウドというのは雲という意味です。インター
等いろいろな形状の端末がこれからどんどん出てき
ネットはコネクションレスと呼ばれるネットワーク
ますので,1つのデバイスしか動かない社内システ
でありまして,ネットワーク構成をつまびらかに書
ムが通用する時代ではもうなくなってきています。
くことが不可能なので,コンピューター屋が雲の絵
そのため,Googleの使っている社内システムをお使
を描いてインターネットというふうに書きならわす,
いになりたいという企業の方々がいらっしゃいまし
そういうことが長年行われてきました。それで4年ほ
た。
ど前,GoogleのCEOのエリック・シュミットが,イ
われわれは無料でのご提供を申し出たのですが,
ンターネットベースのコンピューティングをクラウ
企業対企業の関係になりますと責任の分界点を明確
ドコンピューティングと命名したと言われておりま
にするという点から対価を払っておきたいというお
す。現在お使いいただいているGoogleのすべてのサー
考えがあるようです。ならば,切りのいいところで
ビスは,このクラウドコンピューティングをベース
社員1人頭年間50ドルと決めました。当時のレートで
にしたサービスです。
約6,000円です。IT部門の方には,一桁安過ぎるんじゃ
先ほど,3%の収入が広告収入とは別枠であると申
ないですかというご印象だろうと思います。ですか
し上げました。実は,クラウドコンピューティング
ら,クラウドコンピューティングが極めて廉価なコ
655
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ンピューティングスタイルであるということもこれ
が証拠立てているのではないかと思います。後ほど,
データセンター
環境にも優しいグリーンITもクラウドコンピューティ
ングという形で推進できる,という話にも触れます。
4. 環境に優しいデータセンター
まるでクラウドコンピューティング万々歳という
ような話をしてきましたが,実は運営しているほ
Google Confidential and Proprietary
うには非常に悩ましいところがあります。例えば
図5 コンテナ型データセンター
Y o u T u b eという動画の共有サイトがあります。この
サービスには,1分当たり35時間分の動画が続々と
入ったようです(笑)
。私たちはこれをウエアハウス
アップロードされておりまして,それを私どものデー
スケールコンピューターと呼んでおります。ウエア
タセンターは全部お預かりしていきます。「未来永劫
ハウスとは倉庫という意味で,そこにデータセンター
にわたりお預かりしてまいります」と言うのは易し
の,コスト低減を極力図っているその思いが表れて
いのですが,実際これを実現していかざるを得ない
います。
わけです。しかも,特に日本からアップロードされ
ご存じのように,コンピューターのハードウエア
る動画はハイビジョンのものばかりでございまして
のコストというのは同じ性能のコンピューターだっ
(笑)。それをどのように未来永劫にわたり保存しサ
たら18か月あるいは2年で半分になると,インテルの
ポートするのかという,大変難しい問題に逢着して
創業者の方がおっしゃられて,ムーアの法則と呼ば
おります。
れています。過去20年の実績を見ますと,1990年ご
そのことが,2年前にオバマ政権が発足したときに
ろのコンピューターが今は1,000分の1の価格で買え
公表されたグリーンニューディール政策にG o o g l eが
ます。ですから,ハードウエアのコストについては
コミットしている理由ですし,エリック・シュミッ
それほど心配をしておりません。実は電力コストと
トもオバマ政権のチーフテクノロジーオフィサーと
いうのが非常に重要な鍵になってくるのです。
いう役職への就任の誘いを受けたほどです。
656
私どもとしてもコンピューティングのエネルギー
実はクラウドコンピューティングを支えるために
効率ということを非常に懸念しており,エフィシェ
は巨大なデータセンターが必要だということがまず
ント・コンピューティング(低電力・高性能)を心
発端です。現在の内作のコンピューターをお見せい
がけております。いわゆるグリーンITですね。グリー
たします(図5)。これはコンテナ型データセンター
ン・オブ・I Tという言い方をすることもありますが,
と呼ばれるものです。標準のコンテナの中に何千と
IT自身が環境に優しくあることを目指す概念です。
いうブレード型のコンピューターを詰め込んだもの
アメリカにデータセンターのコンソーシアムであ
です。データセンター左上のところは一隅が写って
るG r e e n G r i d(グリーン・グリッド)という組織が
いますが,上のほうに10基ぐらい,下のほうに10基
ありますが,そこが省エネ,エネルギー効率に対し
ぐらい,これ全体が東京ドームぐらいだというふう
て指標を出しております。P U Eといいます。パワー・
にお考えいただければよろしいと思います。それが
ユーセージ・エフェクティブネス(P o w e r U s a g e
世界中に……か所あります。今,何か無言サインが
Effectiveness)
,つまり電力消費の効率度ということ
Googleの切り開く情報の世界
The Limit: Chiller-Less Data Center
㻳㻸㻨㻃㻧㼈㼉㼌㼑㼌㼗㼌㼒㼑㻃㻉㻃㻷㼕㼈㼑㼇㼖
• Best practice: minimize chiller operating hours
• Best embodiment: chiller-less data centers
o Reduce capital costs
o Reduce the PUE spikes
o Target TTM average PUE ∼1.1
• Chiller-less Belgium data center operational
㻪㼕㼈㼈㼑㻃㻪㼕㼌㼇㻃㻧㼄㼗㼄㻃㻦㼈㼑㼗㼈㼕㻃㻨㼉㼉㼌㼆㼌㼈㼑㼆㼜㻃㻰㼈㼗㼕㼌㼆
㻳㻸㻨㻠
㻷㼒㼗㼄㼏㻃㻩㼄㼆㼌㼏㼌㼗㼜㻃㻳㼒㼚㼈㼕
㻬㻷㻃㻨㼔㼘㼌㼓㼐㼈㼑㼗㻃㻳㼒㼚㼈㼕
㻨㻳㻤㻃㻕㻓㻓㻙㻐㻕㻓㻔㻔㻃㻳㻸㻨㻃㻳㼕㼒㼍㼈㼆㼗㼌㼒㼑㼖
㻷㼈㼆㼋㼑㼒㼏㼒㼊㼜㻃㻬㼑㼙㼈㼖㼗㼐㼈㼑㼗㻃㻶㼆㼈㼑㼄㼕㼌㼒
㻕㻓㻔㻔㻐㻨㼕㼄㻃
㻧㼄㼗㼄㻃㻦㼈㼑㼗㼈㼕
㻳㻸㻨
㻷㼜㼓㼌㼆㼄㼏㻃㻕㻓㻓㻙㻃㻧㼄㼗㼄㻃㻦㼈㼑㼗㼈㼕
㻕㻑㻓
㻦㼘㼕㼕㼈㼑㼗㻃㻷㼕㼈㼑㼇㼖
㻔㻑㻜
㻬㼐㼓㼕㼒㼙㼈㼇㻃㻲㼓㼈㼕㼄㼗㼌㼒㼑㼖
㻔㻑㻚
㻥㼈㼖㼗㻃㻳㼕㼄㼆㼗㼌㼆㼈㼖
㻔㻑㻖
㻶㼗㼄㼗㼈㻐㼒㼉㻐㼗㼋㼈㻐㻤㼕㼗
㻔㻑㻕
㻵㼈㼐㼈㼐㼅㼈㼕㻃
㼗㼋㼌㼖㻃㼑㼘㼐㼅㼈㼕㻄
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図6 PUE(Power Usage Effectiveness:電力使用効率)
図7 最新のデータセンター(ベルギー)
です。難しい数式ではなくて簡単な分数です(図6)
。
いう計画です。コンテナ型ですが野ざらしではなく,
分子のほうがデータセンター全体が使う電力,分母
上にちょっとした建屋があるというふうな工夫をさ
のほうがその中でコンピューターに代表されるI T機
れています。それからIIJが松江のほうで私どものデー
器が使った電力になります。当然ながら理想値は
タセンターと同様に野ざらしの形のものを計画中で
1.0,つまりデータセンターが使った電力が全部コン
すし,東芝も最近コンテナ型データセンター事業に
ピューティングに使われることが理想値です。
参入すると発表しました(2010年11月16日)ので,
残念ながら日本にはP U Eのデータがありませんが,
日本は2.0を切れていないだろうと言われています。
2.0というのはどういうことかというと,コンピュー
ティング以外の電力の使い道は,専ら冷却に当てら
日本もこの分野については決して遅れをとってはい
ないと言えます。
5. Googleの「クリーンエナジー 2030」
れています。日本のデータセンターというのは都心
のビルに入っていまして,がんがんに冷やしている
こういうP U Eを極限まで下げたデータセンターの
のです。冷却等に係る電力が半分ぐらい,コンピュー
建設を進めておりますが,やはり1.0という電力は要
ターが使っている電力は半分程度というのが2.0とい
るわけです。その電力をどうやってコストダウンし
う数字の内訳です。アメリカでは1.7ぐらいだろうと
ていくかということになりますと,どうしても再生
言われており,G r e e n G r i dでは,2011年,来年まで
可能エネルギーを取り入れていかざるを得ません。
に新しく開設されるデータセンターはP U E1.2を切る
過去に原油価格は1バレル150ドルまで高騰したこと
ことを申し合わせています。
がありました。リーマンショックの直後は一時35ド
写真はベルギーにあるG o o g l eの最新のデータセン
ルまで下がりましたが,現在,たしか70ドルとか80
ターです(図7)。これはもはや屋根も外壁もありま
ドルというところまで値を戻してきており,このま
せん。このデータセンターのP U Eは1.1の近傍にあり
ま経済成長が続くと早晩150ドルあるいは200ドルと
ます。1.1というのはほぼ限界に近いということです。
値上がりをしていくでしょう。化石燃料依存型のエ
ただ,日本も2年ほど前から,こういう方向性に技
ネルギー社会は,もちろん地球温暖化という意味に
術は進みつつあります。例えばさくらインターネッ
おいても問題ですが,安定的な,できれば低廉な電
トが石狩のほうに建築中のデータセンターは目標が
力を将来にわたって獲得しない限り,私どものビジ
1.1になっております。1.2は当然達成できるだろうと
ネスモデルの持続可能性も危ぶまれることとなりま
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す。そこで私たち自身が再生可能エネルギーへの取
り組みを始めております。
Clean Energy 2030
Google's Proposal for reducing
U.S. dependence on fossil fuels
しかしながら,太陽光パネル,風力あるいは地熱
という再生可能エネルギーはまだ決して安くありま
䐛
䐚
せん。これを何とか石炭火力よりも安くしたいとい
䐙
䐘
う,「R E<C」という数式で表されるプロジェクトを
䐗
䐖
推進しております。リニューアブルエナジー・チー
パー・ザン・コール(Renewable Energy cheaper
than Coal)というプロジェクトです。太陽光発電の
新しい廉価な技術システムを開発中の会社の方々,
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図8 米国における電源別発電量ポートフォリオ
風力発電を開発中の方々あるいは地熱発電の新しい
仕組みを開発中の方々とタイアップしながら,何と
か廉価な電力を作り出していきたいと考えておりま
す。
にこの石炭火力をやめましょうということです。
2つ目のポイントは,再生可能エネルギー,どの部
分かというと,明るい空色(図8の②)が風力発電,
私どもは,G o o g l eエナジーという電力会社を昨
濃いグリーン(図8の③)が太陽光発電,その上のグ
年(2009年)の12月に設立いたしました。例によっ
リーン(図8の④)が地熱発電です。その上の薄いグ
て「G o o g l eついに電力事業へ進出」なんていうこと
リーン色(図8の⑤)の部分がその他の再生可能エネ
を面白おかしく書く人がいるんですが,私ども,最
ルギーです。提言その2は,石炭火力に代わる電力と
初にご説明したミッションのとおり,そんなことを
して再生可能エネルギーに移行しませんかというこ
やる気はまったくありません。データセンターでは
とです。
風力などの電力をバルクで購入していきますが,い
ポイントの3つ目は黄色の部分(図8の⑥)です。
つも全部を使い切るわけではありません。電力とい
このまま経済成長が続くと当然ながら電力需要が比
うものは消費しないと捨てるしかありませんので,
例して上がってくることが想像に難くありませんが,
それを近隣の方々に販売するという認可を連邦政府
省エネをいろいろ工夫して,現在の電力需要のまま
から頂戴しました。決して電力事業に進出しようと
に保ちませんかというのが提言その3です。
考えているわけではありません。
太陽光や風力や地熱という新しい再生可能エネル
G o o g l eは,「大きな物語」といいますか,社会は
ギーにはもう一つ問題があります。これらは安定的
こうあるべき,といったことを申し上げるような
な発電ではありません。太陽光はお天気任せ,風力
会社ではありませんが,この分野に限ってアメリ
は風任せになり,全体に小口の発電になりますので,
カ社会に対してクリーンエナジー 2030という提案
それを電力網(グリッド)の中に取り入れていくと
をしております(http://knol.google.com/k/clean-
なるといろいろ問題が生じます。そこで,昨今かま
energy-2030#)。
びすしい「賢い電力網」スマートグリッドが必要に
われわれの提言から簡単に3つのポイントだけ申し
上げます。
こちらはアメリカの発電のポートフォリオです。
なってまいります。
6. スマートグリッドの可能性
赤い部分(図8の①)が石炭火力ですが,現在50%を
占めています。われわれの提言その1は,2030年まで
658
スマートグリッドとは何かといいますと,簡単に
Googleの切り開く情報の世界
言えば電力線に情報網が寄り添っているということ
うと,電力を必要とするものは先ほど申し上げまし
です。これはコンピューター屋がよく言う言い方で,
たように論理的にインターネットにつながることと
物理的に側にあるという意味ではなく,論理的に寄
なります。IT屋はすぐに新しい言葉を言い始めますが,
り添っているという言い方をします。
今は前にスマートとつけるのが流行りです。スマー
日本型のスマートグリッドの状況をご説明しま
トハウスとかスマートビルディングとか,昔は情報
す。なぜ「日本型」というかというと,アメリカの状況,
家電と言っていたものは,もう日本の家電メーカー
ヨーロッパの状況,日本の状況,今後の中国・イン
はみんなスマートアプライアンスという言い方をし
ドといった急速な経済発展を遂げている国や地域の
まして,情報家電なんて話はけろっと忘れておりま
状況はそれぞれ異なっておりますので,スマートグ
す(笑)
。
リッドの構築についてもそれぞれ各国ごとの道筋を
それが今後どういう形になっていくか。先ほど,
たどるものと予想されております。特に日本はほぼ
G o o g l eのスマートグリッドに対する関心はデータ
スマートグリッドができ上がっていると言っていい,
センターの電力を安定的に得たいためだと申しまし
非常に優れた電力網を日本の電力会社が供給してい
た。それが第1番目の理由なのですが,2つ目は,ス
ます。日本ではここ最近,停電を経験することはほ
マートグリッドというのはインターネットの新しい
とんどないと思います。年間平均停電時間で10分を
拡張であるからです。インターネットは1990年代の
切っているという統計もあります。アメリカは,
3,000
初頭に民営化されましたが,その当時誰もツイッター
ほど電力会社がありますが,平均90分です。欧州で
もY o u T u b eも思いつかなかったでしょう。ちょうど
すと国を越えて送配電を行っていますので,また事
今は,スマートグリッドについて同じような時期で
情が違うわけです。ありがたいことに日本の10電力
あると言えます。これから10年ぐらいかけてスマー
会社はこれまで極めて優れた電力網を作り上げてい
トグリッドが構築されていきますが,それがインター
るので,スマートグリッドは完成していると言える
ネットの自然な延長になるでしょう。
かと思います。
その上でどんなアプリが出てくるのでしょうか。
日本でこの2年ほどさまざまな議論をしてきました
予想されるのは,先ほど申し上げましたように電力
が,昨年(2009年)の11月1日から,皆さんご存じの
会社が地域の電力の地産地消を仕切るでしょう。あ
ように,太陽光パネルで発電した電力で余った分は1
るいは,蓄電池の入った自動車がもう売られ始めて
キロワットアワー 48円で電力会社が買い取るという
おりますけども,それが今後リチウムイオン電池に
制度が発足しております。消費者に近いところ,例
なっていきます。リチウムイオン電池というのは,
えばお台場で発電した電力と消費電力とをどううま
充放電の履歴(サイクル)が最終的な価値,言って
く調整していくかが非常に重要になってきます。ま
みれば中古車価格を決めます。そうなると,自動車
ださまざまな議論がなされている最中ですが,最終
販売会社が履歴を管理すると思われます。つまりリ
的にはコミュニティーにおいてどう地産地消という
チウムイオン電池にI Dを振って,電気自動車が充電
形を作り上げるかということです。その部分も電力
をする,または放電をする,そういった履歴管理を
会社各社がきちっと作り上げられると思いますが,
して,自動車を買い替えるときにはリチウムイオン
電力会社が作ってきたスマートグリッドの情報網は
電池のサイクル履歴から電気自動車の中古価格を決
各電力会社の独自の網ですので,コミュニティーの
める,といったあたりは想定されています。それ以
部分はインターネットを使う形になります。
外のアプリはまだわかっていません。
そうしますと,今後どういうことが起こるかとい
従来のインターネットはツイッターやGmailに象徴
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されるように人と人とのコミュニケーションの手段
国や英国は2020年までに入れる計画です。いずれに
でありましたが,いよいよ人と物,物と物とのコミュ
し て も10年 と か15年 と い っ た ス パ ン の 計 画 で す。
ニケーションという意味で,インターネット・オブ・
G o o g l eも,電力会社や機器メーカーとタイアップし
シングズ(Internet of Things)あるいはシングズ・
ながらG o o g l eパワーメーターの普及に努めておりま
ウィル・ビー・オールウェイズ・オン・インターネッ
す。
ト(Things will be always on Internet)という言葉が
これも,最初に申し上げたG o o g l eのミッションで
アメリカから伝わってきているように,物がインター
ある「世界中の情報を整理して世界中の人がアクセ
ネットに常時接続状態になると言われ始めておりま
スして使えるようにする」という枠内の仕事です。
す。
つまり,皆さんのご家庭で消費電力をリアルタイム
具体的には,まずは家庭の消費電力の「見える化」
に測定できるものがあったら,それをクラウド側で,
から始まります(図9)。電力会社が設置している積
Gmailと同様に利用者自身での利用に限定してお預か
算電力計が皆さんのご家庭にあると思いますが,そ
りして,いつでもご覧いただけるという仕組みです。
れがインターネットにつながって,リアルタイムで
ミッションにかなった仕事であるということをここ
皆さんがご自宅の電気の使用状況を見られるという
でも強調しておきます。
あたりから始まっております。私どももGoogleパワー
インターネットは現在,世界で19億台のパソコン
メーターというソフトを提供しております。またド
で使われていると言われております。これが今,iPad
イツの「スマートメーター」はツイッターのアカウ
が切り開いたモバイルインターネットという方向に
ントを持っており,例えば「電力使い過ぎ」という
発展を遂げようとしています。私どもも,アンドロ
ふうにつぶやくのです。そのことが,いよいよ物が
イドタブレットという形でさらにそれを押し広げて
人間とコミュニケーションを始めることを象徴して
いきたいと思っています。同様に,携帯電話は全世
いるので,非常に注目を集めている製品です。
界で53億台使われていますが,その多くがまだ音声
スマートメーターは,関西電力は既に26万台ほど
サービス,電話をかけるだけの機能しかありません。
関西方面で導入していますし,東京電力はこの秋か
40%,約20億台がインターネットと接続できるよう
ら清瀬市あたりから徐々に導入を始めています。政
になっている,いわゆるカタカナのケータイです。
府の方針では2020年代のなるべく早い時期までに全
それをi P h o n eが切り開いたスマートフォンへ,アン
世帯に設置するという目標を設定していますが,韓
ドロイドケータイという形で推し進めようとしてお
ります。G o o g l eは,ケータイからスマートフォンへ
とりあえず,家庭での電力消費の見える化
の拡張に今一番注力しています。
さらに,上にスマートとつくものの次はテレビで
す。この秋から,A p p l e T Vが切り開いた分野をアン
ドロイドベースのGoogle TVという形でスマートテレ
ビの方向へ向かっています。始まったばかりですの
で今後どのような展開を遂げるかまだまだ未知数で
す。日本も来年(2011年)の7月24日にはアナログを
停波して,T Vはすべてがデジタル化するのですから,
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図9 家庭の消費電力の「見える化」
660
さらにそれをスマートテレビという形に推し進めて
いくことは,これからの仕事です。
Googleの切り開く情報の世界
7. 情報の世界を切り開く
ひたすらオプトアウト型で技術をコアにしながら仕
事をしてまいりました。ユーザーが喜ぶことにとに
ITの世界でオプトインという考え方があります。オ
かくひたすら邁進すれば,結果というのは,つまり
プトインというのは,ある機能が追加されたときに,
ビジネスやユーザーの支持といった結果はついてく
基本的には使えないようにして,使いたい人がオン
るだろう。あれこれやらずに一つのこと,つまりミッ
にするという仕組みです。それに対してオプトアウ
ションステートメントで言う「情報に皆さんがたど
トという仕組みは,基本的に新しい機能は全部使え
り着く」ということのみに集中する。それをやるの
るようにして,使いたくない人がオフにするという
は遅いよりも速いほうが絶対いい。W e bの上でも最
ものです。ITの世界はどちらかというとオプトアウト
終的には民主主義が機能するといいますか,そうい
が通常です。日本はどちらかというとオプトイン社
う信頼が置けるんじゃないかというふうに考えてお
会,つまり基本的に新しいことは禁止して,「特区」
ります。
のように限定された地域だけで,ある時間帯で,あ
情報を探したくなるのは机の上だけではありませ
る人だけでとりあえず試しに使ってみることをしま
ん。今われわれがモバイルに非常に注力しているの
す。それに対して,アメリカは典型的なオプトアウ
はそれが理由です。もちろん,Google TVはリビング
ト社会です。とにかくやっちゃえと。その上で,特
ルームで固定したということになりますが,いずれ
定の場所ではやめよう,深夜はやめよう,小学生は
にしても机に座っているときだけが情報を探してい
禁止しようという制限を後で考えるという社会です。
るときではない。
ITというのは,ドッグイヤーと言われる進歩を遂げ
6つ目が,悪事を働かなくても金もうけはできる。
ます。犬は1年で人間の7歳分歳を取るということで
世の中の情報量はどんどん増えていきます。公開さ
す。そのように急速なITの進歩にキャッチアップして
れている情報に限定されますが,これら全部に,皆
いくことを考えると,これまで日本はオプトインと
さんがたどり着けるような道筋をつけるということ
いう仕組みでなるほど安全・安心な社会を作ってき
になると,この先200年ぐらいかかるのかな,なんて
ましたが,今はそれが時代にそぐわなくなっている
冗談を言いながら仕事をしております。
のではないか。それが一つ大きな課題なのではない
かと思います。
G o o g l eは,ここに示した10の考え方(図10)で,
情報のニーズは国境を当然ながら越えていきま
す。スーツがなくても真剣に仕事はできます。私も
今年ネクタイを締めたのは,秋親戚の法事に1回と,
7月にアメリカ大使館で独立記念のパーティーか何か
Googleの考え方
1)ユーザーに焦点を絞れば,「結果」は自然に付いてくる。
2)1つのことを極めて本当にうまくやるのが一番。
3)遅いより速い方がいい。
あったときの2回しかありません。
それから,私たちの仕事に対してお褒めの言葉も
いただけますが,自分たちに言い聞かせているのは,
4)Webでも民主主義は機能する。
すばらしいというだけでは足りない。一生懸命いろ
5)情報を探したくなるのは机に座っているときだけではない。
んなことを考えながら頑張っていかなければならな
6)悪事を働かなくても金もうけはできる。
7)世の中の情報量は絶えず増え続けている。
8)情報のニーズはすべての国境を越える。
9)スーツがなくても真剣に仕事はできる。
10)すばらしい,では足りない。
Google Confidential and Proprietary
いと肝に銘じながら仕事をしてきております。
時間を大幅にオーバーしてしまいましたが,私の
用意した話はこれで終わらせていただきたいと思い
ます。ありがとうございました。
図10 Googleの理念 10の事実
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8. 質疑応答
しゃっているのだと思います。私もそう感じます。
ですから,インフォプロが失業する,あるいはすべ
(質問1)G o o g l eの一番本体の検索サービスにかかわ
ての機能がデータセンターに移って,それだけで解
る部分において,情報の収録範囲,つまりどの範囲
決するということではもちろんないだろうと思いま
で情報を整理しているのかが明示されてないように
す。恐らく自動化といっても,人手がそこで介入す
思います。世の中のW e b全体なのかも知れませんが,
る必要性が必ずあると思います。
もう少し具体的に収録範囲を公開していくというお
考えはあるのでしょうか。
(質問3)G o o g l eはコンテンツを持たないということ
村上:ミッションステートメントに申し上げている
でしたが,米G o o g l eのパテントサーチは,アメリカ
ように,世界のあらゆる情報,もちろん秘匿されて
の特許庁からアメリカ特許のデータを購入して,イ
るものまで皆さんがたどり着けるようにしようとは
ンターフェースをつけて提供していますが,それは
思っておりませんけども,公開されておるものすべ
例外なのでしょうか。また,たしかサービス提供当
てに皆さんがたどり着けるようにしたいと思ってお
初は拡張していくという説明がありましたが,今後
ります。ですから200年ぐらいかかるだろうと社内で
どうなっていくのでしょうか。
は冗談を言っております。
村上:購入という表現の中に,G o o g l eが全権利を主
「世界」とはユニバースのことです。現在,インター
張できると受け取られているような誤解があるよう
ネットの父と呼ばれ,2008年には日本国際賞も授与
ですが,使わせていただく上で対価を支払っている
されたビント・サーフという人間がG o o g l eに入社し
コンテンツもあります。例えばG o o g l eマップの中で
ておりますが,彼は今ユニバーサルインターネット
日本の地図はゼンリンが制作されたものですので,
(惑星間インターネット)のプロトコルの研究に集中
使用させていただくのには対価を支払っていますが,
しております。世界のすべての情報に皆さんがたど
しかしデータ自体はゼンリンのものです。私どもが
り着けるようにしたいと思っております。
所有したわけではありません。パテント情報に関し
範囲があるかどうかというのは,つまり宇宙が無
限であるかどうかにかかっているとも言えます。
ても,アメリカの特許庁からパテントサーチのため
のベースのデータの使用料としてお支払いしている
のだろうと思いますが,私どもはコンテンツを所有
(質問2)インフォプロの能力をG o o g l eの検索エンジ
しているという意識はまったくございません。
ンが上回るのはどのぐらいの時期なのか,人工知能
はどれぐらい進むんでしょうか。つまり,検索をす
るにあたって,直接口頭でしゃべったりキーボード
ご紹介いただきました。これの今後の展開というか,
で打ち込んだりして適切な情報が見つかってしまい,
どのようにビジネスモデルに結びつけていくのかと
サーチャーが失業するという時代が来るまでにはど
いった構想をお聞きしたいです。
れぐらい時間がかかるでしょう。
村上:200年かかります(笑)。
662
(質問4)お話の中でG o o g l eパワーメーターについて
というのは,今でもG o o g l eは検索キーワードやア
ドセンスなどで検索にフィットした広告を出してい
(司会)恐らく村上さんは,G o o g l eは検索のための
ますが,G o o g l eパワーメーターを使うと,生活のあ
プラットホームといいますかツールを整理されてい
らゆるものがネットワークにつながって,ライフロ
るのであって,それをどううまく使うかという問題
グからその人の行動パターンなどがわかってきたり
は,やはり後に残るのではないかということをおっ
します。そういうところから何かビジネスモデルを
Googleの切り開く情報の世界
考えられているようでしたらお聞かせ願います。
定して質問されているのだろうと思いますが,それ
村上:Googleは広告収入がすべてです。スマートメー
も公開されたらたどり着けるようにします。ツイッ
ターは,皆さん方がご自宅の消費電力をリアルタイ
ターもタイムラインが流れていくのをうちのロボッ
ムに見たいということをサポートするわけです。で
トが一生懸命追っかけ回しています。
すから,そういう情報にたどり着くということをミッ
ではそのソーシャルネットワークの仕組み自体を
ションステートメントの一部として実現しようとし
G o o g l eがまったく作ってないかというと,先ほど申
ていることです。お金につながるかどうかはまった
しましたように,社内システムから発生した,グルー
く考えておりません。皆さんがその消費電力データ
プあるいはG o o g l eアップスという形で,グループ内
を第三者に渡してくださいとおっしゃる場合のみ,
での情報共有や交換ができるサービスはあります。
そのようにいたします。
ですが,それはあくまでもドメインの中に閉じられ
それから,まさしくその第三者としてのいろんな
ていて公開されていません。そういうグループ内に
アイデアをおっしゃいましたけど,言わないほうが
閉じたプラットホームみたいなものは少しは提供し
いいですよ。今スタンフォードあたりの学生たちが
ておりますが,そういう場を積極的に提供していく,
一生懸命やっていると思いますから,どうぞ日本で
ということはあまり考えておりません。
も黙って開発されたほうがいいんじゃないでしょう
か。
(質問6)ミッションとして世界のすべての情報にた
どり着くこと,これを聞いて感動しました。G o o g l e
(質問5)G o o g l eのミッションで情報を集めて整理す
で検索できる情報は文字情報や画像,あとは動画,
るというのがありますが,ない情報を作ろうという
音声も入りますが,将来インターネット上にほかの
動きはありますでしょうか。
感覚,例えば嗅覚とか触覚による情報が載るように
例えば,いろんな人たちの集合知を集めて異分野
なったら,G o o g l eはやはりそこまでたどり着くよう
コミュニケーションをすることによってイノベー
にされるのでしょうか。
ションを起こすような活動や,暗黙知を検索できる
村上:インターネットに載る前から,公開されてい
ような技術,暗黙知を形式知に変えるような技術,
ればたどり着けるようにします。
それから今いろいろな出版社や学会で試みられてい
われわれは,昔はインターネットに載っている情
る,研究者のコミュニケーションの場,コラボレー
報しか扱ってこなかったのですけども,今はインター
ションの場を作ろうという動きが盛んになっていま
ネット上に載ってないものまで,扱おうとしていま
す。いろんな情報分野の人たちが集まって,それこ
す。G o o g l eブックスでなぜ図書館の蔵書スキャンを
そ本当に分野とか垣根とか敷居を越えて情報交流を
やっているかというと,これがインターネットに載っ
していこうというふうなことをしていきたいと思っ
てないからです。もちろんご質問にあった他のさま
ておりますが,そういうことがなかなかうまくでき
ざまな種類のメディアへも,検索対象を徐々に広げ
てない。Googleではそのような構想はありますか。
ていっています。
村上:まず,暗黙知というのは暗黙ですから公開さ
サーゲイとラリーがもともと自然言語処理の専門
れていません。それにたどり着く道筋をわれわれは
だったので,テキストの検索から始まったわけです
つけることができません。ですから,それが公開さ
が,例えば動画について言えば,ご存じのように
れたらそれにたどり着く道筋をつけます。
Y o u T u b eには違法な動画のアップロードが続いてい
もう一つ,おそらくソーシャルネットワークを想
て,その検出は最初はなかなかうまくいかなかった
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のですが,今はオリジナルの動画をいただければ,
ショナルであるインフォプロへ向けて,一言メッセー
その断片でも入っていた場合は削除できます。多少
ジをいただけませんか。
いじった程度の動画まで発見できます。つまり動画
村上:G o o g l eの検索は,関連度に従って行われま
の検出がある程度可能になってきているということ
す。 言い換えると,
「真・善・美」といった価値判
です。
断はしておりませんし,できません。そのあたりに,
ただ,例えば「村上がどこかでマラソンしている
まだまだ,インフォプロという,
「プロフェッショナ
動画」と言われてもなかなか探せません。究極には
ルな仕事」には到底太刀打ちできない,コンピュー
そこまで目指したいと思います。200年かかりますの
ターの限界があります。G o o g l eは,どちらかという
で待っていてください(笑)。
と,コンピューターによる機械的な検索の対象をと
りあえず広げることに専念しているわけです。それ
(質問7)最後に,演題にもある「プロフェッショナ
ルの仕事とは」という切り口から,情報のプロフェッ
664
も,あと200年かかるわけです。どうか安心して,お
仕事をお続けください。
ビブリオメトリクスを用いた大学の研究活動の自己分析
ビブリオメトリクスを用いた大学の研究
活動の自己分析
Self-analysis of research activity in university by bibliometrics
林 隆之1 山下 泰弘2
HAYASHI Takayuki1; YAMASHITA Yasuhiro2
1 大学評価・学位授与機構 評価研究部(〒187-8587 東京都小平市学園西町1-29-1)
2 山形大学 評価分析室(〒990-8560 山形県山形市小白川町1-4-12)
1 Department of Research for University Evaluation, National Institution for Academic Degrees and University Evaluation (1-29-1
Gakuen-nishimachi Kodaira-shi, Tokyo 187-8587)
2 Office of Planning and Institutional Assessment, Yamagata University (1-4-12 Kojirakawa-machi Yamagata-shi, Yamagata 9908560)
原稿受理(2011-01-12)
情報管理 53(12), 665-679, doi: 10.1241/johokanri.53.665 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.53.665)
著者抄録
大学評価の制度化,組織単位の競争的資金の増加,大学の機能別分化など,大学が組織として研究活動の自己分析を
行い,戦略を形成していくことが求められる状況が増している。本稿では,まず国立大学評価の方法を概観し,大学
における研究活動の自己分析にどのような能力が必要となっているかを説明する。その上で,ビブリオメトリクス手
法を用いて,国立大学の法人化以降の日本の大学の状況を生産性や集中度の状況から分析する。さらに,研究分野の
多様性を実現している構造や学内での研究重点化の状況を事例的に分析することを通じて,各大学で求められる自己
分析の視点を検討する。
キーワード
大学の研究活動,研究評価,ビブリオメトリクス,多様性,ポートフォリオ分析
1. はじめに
限強化や,6年間の目標・計画の策定と定期的な評価
の導入など,国立大学の運営は大きく変化した。一
21世紀に入り,大学の置かれた状況は急激に変化
方で,国から国立大学へ配分される運営費交付金は
している。日本についてみれば,戦後以来の高等教
毎年減少しており,
確実に財政を圧迫している。また,
育の大改革と言われる国立大学の法人化が2004年に
競争的資金は,従来からの研究者個人を対象とした
行われた。そのきっかけは,高等教育政策よりは,
ものだけでなく,機関や部局単位で計画を立案して
行財政改革の中で公務員の定数削減を達成するため
競争的に獲得する資金が増えており,機関単位の戦
の一方法であった。しかし,法人化以降,学長の権
略的な対応が求められている。
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大学の変化はこのような日本国内での設置形態だ
けではない。社会がグローバル化し,特に雇用もグ
2. 大学の自己分析能力への要請:日本の
大学評価の方法から
ローバル化する中では,大学は国内だけでなく国際
的にも学生獲得の競争を行い,あるいは大学間で連
まず,大学評価の状況,特にその中での研究評価
携していかなければならなくなった。欧州では1990
の状況を概説したい。制度として行われる大学評価
年代後半より欧州高等教育圏および研究圏を目指し
は長年安定したものではなく,評価の項目・基準や
た動きがなされてきた。日本でも東アジアを中心に
評価の方法は,社会から大学への要望を間接的に反
した大学間連携や研究圏構築の動きが急速に進んで
映して構築される。
いる。さらに,進学率の上昇により学生が多様化す
日本では,大学評価は1991年に大学設置基準の緩
る中で,教育ニーズは多様化している。経済不況や
和に伴い「自己点検・評価」が努力義務化されたこ
高齢化社会や環境問題などの社会的課題に対して,
とに始まる。しかし,この時点で行われたことは,
大学からのイノベーションへの貢献に対する期待は
「年報」や「白書」と称して各教員の研究業績を単に
増すばかりである。大学が果たすべき機能は,拡大し,
一覧化して示すだけのことも少なくなかった。その
多様化している。
後,自己点検・評価の形骸化が問題視され,2000年
このような中で,大学は過去のように,個人や部
から専門の大学評価機関による第三者評価が導入さ
局が緩やかに結合された組織では生き残れない。機
れた。この評価においては,教育評価,研究評価,
関や組織が戦略を有する意思決定主体として,競争
全学テーマ別評価の3種類が行われた。研究評価につ
的に資金を獲得し,人材や研究成果を輩出し,国内
いては,学部・研究科等を単位に,9つの学問分野ご
外の大学セクターや社会の中でのポジションを明確
とに,研究マネジメント面(組織構成,施策等)と
化していくことが求められている。研究活動につい
研究成果面(学術的水準,社会・経済・文化的効果)
ても,大学はその特徴や独自性を自ら分析して示し
の評価が実施された。
ていくことで,外部へのビジビリティを高めていか
なければならない。
しかし,2004年に高等教育政策上の大きな変化が
あり,代わって新たに2つの評価システムが導入され
本稿では,まず,大学にどのような自己分析が求
ることとなった。第一は大学設置基準のさらなる緩
められているかを検討するため,日本の大学評価の
和に伴い,すべての大学は「認証評価」と呼ばれる
方法を概観する。次にビブリオメトリクス手法を用
第三者評価を受けることが義務づけられた。第二は,
いて,国立大学の法人化以降の日本の研究パフォー
国立大学が法人化され,6年ごとに中期目標・計画
マンスや研究実施機関の集中化の状況を概観する。
の達成度を評価する「国立大学法人評価」
(以下,法
さらに,研究分野の多様性を実現している構造や学
人評価)を受けることが義務づけられた。そのため,
内での研究重点化の状況をトムソン・ロイター社(以
国立大学は少なくともこれらの2つの評価を定期的に
下,トムソン社)のWeb of Science(以下,WoS)と
受けなければならない状況にある。このうち認証評
JSTのJDreamⅡのデータを用いて事例的に分析し,大
価は教育活動に焦点が置かれており,研究活動の扱
学の研究活動の特徴をいかに定量的に示しうるか検
いは軽い。そのため,以下では,法人評価の中での
討したい。
研究評価について概観する。
法人評価は,文部科学省の国立大学法人評価委員
会が行うものであるが,そのうちの教育・研究面の
評価については,大学自治の尊重の点から,行政府
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ビブリオメトリクスを用いた大学の研究活動の自己分析
表1 国立大学法人評価(教育研究の状況についての評価)における評価項目
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が直接行うのではなく,行政府と大学の間にある中
された。
「Ⅰ. 研究活動の状況」の項目は,研究の生
間組織として大学評価・学位授与機構に委託して評
産性や共同研究の実施状況に関するものであり,研
価が行われることが法律で定められている。法人評
究費等の定量的なデータと,学部・研究科自身がそ
価は,制度上は中期目標期間(6年)終了後に中期目
れらデータも踏まえながら行う自己評価(
「現況調査
標の達成度を評価するものであるが,評価結果を第
票」
)を用いて評価された。
二期の中期目標・計画の策定や交付金配分に用いる
2つ目の「Ⅱ. 研究成果の状況」の項目では,評価
べきという理由から,4年終了時点で評価が行われ
作業は2つのステップで行われた。まずは個別の研
た。研究活動に関しては,ほぼすべての国立大学法
究業績の判定である。各学部・研究科は,組織自ら
人の中期目標には「研究水準及び研究の成果等に関
が特に優れていると考える研究業績を,教員数の半
する目標」と「研究実施体制等の整備に関する目標」
数を上限に選定する。さらに,それぞれの研究業績
が立てられており,大学は各計画の実施状況を自ら
について,その学術的意義あるいは社会・経済・文
報告書として提出し,評価委員会がそれを段階判定
化的意義を,学部・研究科自身が論文引用,受賞,
し,改善すべき点などの指摘を行った。
プロジェクト評価結果などの各種の根拠をもとに説
さらに,このような目標達成度の評価とは異なる
明する資料を提出する。その書類をもとに,ピアレ
評価も同時に実施された。国立大学法人評価委員会
ビューアーが二次的な評価を行い,実際に特に優れ
の審議において,達成度評価は,大学が立てた目標・
た業績として認められるかを,SS(卓越)
,S(優秀)
,
計画の達成難易度によってそもそも影響されるもの
それ以外(良好〜相応)の3段階で判断する方法がと
であるため,別途,教育研究の質がどのような水準
られた。
にあり,期間中に向上しているかを判断する必要が
次に,それらの結果を踏まえながら組織レベルの
あるとされ,すべての学部・研究科を評価単位とす
評価が行われた。学部・研究科は上記の研究業績と
る教育および研究の「現況分析」を実施することが
は別に,組織としての研究成果についての自己評価
求められた。
を書面で提出する。評価者は,個別研究業績の判定
研究に関する現況分析は,大きく2項目から構成
結果や自己評価文書を踏まえて,組織全体としての
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研究成果を4段階で判定した。最終的な水準判断は大
研究科のミッションの明確化とそれに適合した分析・
学や学部・研究科の多様性促進という点から,「それ
評価が求められていく可能性がある。
ぞれの学部・研究科の想定される関係者の期待に応
えているか」という判断基準がとられた。
この評価において特徴的なことは,第一には,大
3. 法人化以降の日本の研究実績をどう見
るか
学の学部・研究科が,どのような研究成果が優れて
いるかを自ら判断し選別しなければならないという,
上述のような大学評価に限らず,COE(Center of
研究成果の自己分析能力が不可欠とされた点であ
Excellence)のような拠点形成を目指す競争的資金を
る。実際には,工学部のように規模が大きく内容が
獲得するためにも,大学はどのような分野を将来的
多様な学部・研究科では,どのような研究成果が優
に育てていくか,いかに対外的に示していくかを考
れているかを学内で分野を超えて判断することは困
えなければならない。このような中でビブリオメト
難であったという話も聞く。しかし,組織としてど
リクス手法は,その限界はありながらも,研究成果
のような研究成果が優れているかを把握する術を持
のインパクトを引用面から分析することができ,ま
たなければ,それを外部に示したり,発展させてい
た,組織レベルでの研究成果の全体的な分野構成や
くことはできない。
共同研究状況を分析可能である。
第二に特徴的であったことは,個々の研究業績を
以下では,個別大学の事例を扱う前に,まずマク
判断するだけでなく,それらを集積した組織全体の
ロレベルで日本の大学セクター全体の状況を概観し
ポートフォリオとしても,自己評価することが求め
たい。特に法人化以降の大学の研究活動がどのよう
られた点である。組織としてどのような研究分野・
な状況にあるかを把握し,個別大学における分析の
領域に取り組んでおり,学術的な成果だけでなく地
参考に資したい。
域や国際社会への貢献に資する研究も行われている
のか。組織レベルで創発する特性についての自己分
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3.1 日本の論文数は減少したのか
析が必要とされた。評価では,すべての大学を一律
国立大学が法人化して以降,日本の研究力は増強
に同じ物差しで行うのではなく,大学自身が自身の
したのか。法人化から既に6年が経過し,出版までの
ミッションやステークホルダーを再定義し,それと
タイムラグを考慮してもその影響がデータに現れて
の関係から組織としての研究活動・成果を分析する
きたと考えられるため,最近,いくつかの議論がな
ことが求められたのである。
されてきた。2010年3月には,トムソン社のEssential
今後の第二期の法人評価がどのような方法で行わ
Science Indicators(ESI)データから国別の論文数を
れるかは現時点では具体化されていない。評価の負
計測した結果,5年平均のデータについて2003-07年
担軽減のために,第一期のような中間時点(4年目)
期から日本の論文数が「減少している」という報告
の評価は行われずに,6年後の評価となり,現況分析
をしたブログが話題となり,26学協会のシンポジウ
も簡素化する方向が示されている注1)。しかし,第三
ムでも取り上げられた1)。同年6月にトムソン社が発
者による評価が簡素化されても,逆に,大学が定期
表した「グローバル・リサーチ・レポート:日本」
的に自己分析を行うという責任が増すことにもつな
でも,W o Sにおける日本の論文数は2003-05年には8
がる。また,法人評価との関係の有無は現時点では
万本を超えたが微減し,ほぼ横ばいで推移している
不明であるが,新たに「機能別評価」や「分野別評価」
ことを示し,世界に占める日本のシェアは低下して
の必要性も提案されており,それぞれの大学や学部・
いることを述べている2)。同年12月に科学技術政策研
ビブリオメトリクスを用いた大学の研究活動の自己分析
究所が公表した分析でも,引用数上位10%に入る論
Arts and Humanities Citation Index(AHCI)の3つの
文のシェアが低下している3)。
データベースを合わせて用いた。最も論文数の多い
論文数が減少しているという報告はセンセーショ
米国は年間30万件前後となるため,図中には日本と
ナルであるが,使用しているデータや文献タイプ
比較が可能な主要国のみを示している。測定の仕方
の範囲により結果が異なることや,1年単位の短期
は,整数カウント(複数国の共著であっても,それ
的な増減があるために判断しづらい。特に,A r t i c l e
ぞれの国に1本と数える方法)である。
やL e t t e rやR e v i e w以外の種類も含むのかによる影響
日本は2003年と2005年がやや論文数が多いために
もある。WoSでは2008年よりProceedings Paperと
その直後には,短期的に減少に転じたように見えて
いう文献タイプが追加され,以前のA r t i c l eの一部が
議論がなされたと思われるが,2008,2009年にはや
Proceedings Paperに変更されている注2)。その影響の
や増加しており,概して,法人化以降は維持か微増
ためか,WoS内のProceedings Paperの収録数は2000
の状況と見ることができよう。しかし,W o Sデータ
年の10万件から2005年の16万件まで増加した後,減
ベース上の全論文数に対して比率(シェア)を求め
少に転じ,2009年には8万件と半減している。日本の
た結果(図2)では,中国やその他の新興国の台頭
Proceedings Paperは多い年(2003年)には1万4千件
によってデータベース上の論文数が増加したため,
収録されていたが,それも2009年までに半減してお
2003年以降の日本のシェアの減少は顕著である注3)。
り,集計値全体への影響も大きい。
共著を分数で計測するかや,S C I - e x p a n d e d以外の
そのため,図1には,2010年12月現在で,W o S中
SSCI, AHCIを含めるか否かで結果は異なるが,上記の
に収録されたArticle, Letter, Reviewのみ(Proceedings
条件においては,中国やドイツに論文数は抜かれた
P a p e r等を含まず)の文献数の合計を国別(著者の
状況である。集計方法等による違いはあっても,日
所属機関の国)で検索した結果を示している。W o S
本の相対的な地位が低下していることは確かであろ
は,その中のScience Citation Index Expanded(SCI-
う。
expanded),Social Sciences Citation Index(SSCI)
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図1 各国の論文数の推移
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図2 各国の論文数のシェア
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図3 国立大学の経常収益
3.2 国立大学法人化以降の特徴
670
の国立大学全体の収入の推移を内訳を含めて示して
では,日本の論文生産の多くを占める大学セクター
いる。確かに,国立大学の収入のうちで運営費交付
の状況,および,その内部構造はどのようになって
金の割合は減少しており,病院収入や,受託研究収
いるか。しばしば指摘されてきたことは,運営費交
入等の競争的に獲得する研究費が増えている。また,
付金が減少し,競争的資金が増加することによって,
財務諸表の経常費用のうち,広義の研究経費(研究
論文数などで上位に位置する,いわゆる研究大学に
経費,受託研究費等,科学研究費補助金等の合計)
資金が集中するようになり,格差が生じているので
を全国立大学について総計したのが図4である。研
はないかという懸念である。
究経費自体は増加しており,上位の8大学(旧7帝大
そのため,まず論文数を見る前に,インプット側
である北海道大学,東北大学,東京大学,名古屋大
である資金を確認しておきたい。図3は法人化以降
学,京都大学,大阪大学,九州大学,と東京工業大
ビブリオメトリクスを用いた大学の研究活動の自己分析
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図4 研究経費の推移(研究経費+受託研究費等+科学研究費補助金等)
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図5 大学セクターの論文の機関構成の推移
学)だけでそのうちの6割以上を占めているが,割合
い論文において上位大学の研究者が著者に含まれて
は4年間で微減であり,格差が広がっていると言える
いる割合が微増している状況を示した5)。
状況ではない。
図5は2000年以降,日本の大学セクターからの論文
ではアウトプットである論文数についてはどう
数とその中での,8大学の割合を示している 注5)。こ
か。筆者の一人は過去に1980年代から2002年までの
こで,複数の機関による共著論文は分数で集計して
大学の論文数を分析した。その中で,1980年代から
いる。また,図中には,論文全体と引用数上位10%
集中度指標(ハーフィンダール指標 注4))が減少し,
のそれぞれについて,集中度指標の推移を,線グラ
多くの大学が研究論文を出すようになるという分散
フで示している。ただし,
引用期間が十分でないため,
化傾向が進んできたが,競争的資金制度が増加した
2009年の上位10%論文の集中度指標は示していない。
1995年頃より分散化傾向が止まり,特に引用数が高
結果,全体的に顕著な変化は見られない。上位の8
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大学は一貫して大学セクターのうちの33〜36%の研
だが,その中身にはやや変化がある。図6と図7は
究論文を生産しており,明確な上昇傾向ではない。
上位8大学と,それ以外の国立大学の2つの群に分け
集中度指標は,2004年以降の数年間は,論文全体お
て,その論文を引用数のグループごとに分けて世界
よび引用数の高い論文ともに,やや上昇している。
シェアを示した。すなわち,WoSでは250程の分野分
すなわち論文全体では2000年に214が2007年には227
類があり,各論文には1つ以上の分類が付与されてい
に な り, 引 用 数 上 位10 % 論 文 に お い て,2000年 に
るが,各論文が同じ分野分類の同じ年に出版された
387が2005年には429と最も高い値となっている。し
同じ文献タイプ(Article, Letter, Review)の論文群の
かし,これらも大きな変化と言えるものではない。
中で,2010年12月までの引用数に関して,上位10%
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図6 引用グループごとの論文シェアの推移(8大学)
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図7 引用グループごとの論文シェアの推移(8大学以外の国立大学)
672
ビブリオメトリクスを用いた大学の研究活動の自己分析
以 内 に 位 置 す る か, 上 位25 % 以 内 か,25-50 % か,
対象の10年間で論文数が減少した大学も増加した大
50-75%か,75-100%かの論文グループに分けた。そ
学もある。すなわち,規模の大きな研究大学である
の結果を大学ごとに集計し,グループ内での世界シェ
か否かという区分によらず,個別の大学単位で,戦
アを示したものである。引用数のパーセンタイルは
略的に資金を獲得して成果を産出している大学もそ
トムソン社のE S Iなどで確認できるが,W o Sにおいて
うでない大学もあることになる。そのため,各大学
も,分野名で検索をかけて,それを引用数でソート
が全体傾向の中でどのような状態にあるかを確認す
することによって,何回引用されればどの論文グルー
ることが求められよう。
プに入るかは,簡便に確認することができる。なお,
集計においては,複数の分野が付されている場合は,
4. 大学の特徴の明確化
分数で集計した。
結果からは,日本全体の傾向(図2)と同様に,各
現在の日本の高等教育政策上の一つの焦点は,大
グループでシェアは低下している。しかし,減少傾
学の「機能別分化」である。中央教育審議会での現
向はやや異なる。上位8大学においては,一つを除
在までの議論では,米国のカーネギー分類 注6) のよ
いてすべての論文グループで減少率はほぼ同じであ
うに,大学単位で研究大学や教養大学といった区分
る。しかし,75-100%のグループ,つまり,ほとん
をすることが目指されているのではない。各大学は,
ど引用されない論文グループについては,そのシェ
世界的な教育・研究や,教養教育,地域の生涯学習
アは2000年代半ばまでは,他の論文グループより大
拠点など,多様な機能を同時に担っており,大学に
きく低かったものが,シェアが減少していない。す
よってそれらの機能の重点の置き方が異なり,結果
なわち,引用されない論文が相対的に増加している
として,
「雑木林」のように分化が達成されるという
ということになる。
イメージが示されている。
他方,上位8大学以外の大学でも全体的に減少傾向
「機能」の概念は多様であり,今後検討が深められ
はあるが,その中でも相対的に減少率が低いのは上
ていくと思われる。ただ,議論の前提にあるのは,
位10%や25%と,75-100%グループである。引用数
すべての大学が「ミニ東大」を目指す単一の大学モ
50-75%のような少数回のみ引用される論文は減少し
デルではなく,各大学がその特徴を明確化し,より
ている。
資金を重点化し,差異化を図っていくことが求めら
これらの原因は別途詳細な分析が必要となる。上
位の大学にポスドクなどの若手研究者が集中するこ
れていることである。
研究活動については,そもそも研究活動自体をど
とによる引用数の低い論文が増加していることや,
れほど行うかや,地域連携や国際共同など,活動の
それ以外の大学において研究力が向上し引用数の高
種別化を行うことができる。これらの実態も共著傾
い論文のシェア減少率が低いことなどが考えられよ
向などから分析できよう。一方で,大学がどのよう
う。
な分野の研究に焦点をおいていくかという論点もあ
以上のように,法人化以降,研究費や研究論文に
る。以下では,各大学が日本の大学セクター全体の
ついて集中化や格差が明確に見られるという結果は
中でどれほど特殊性を有しているかという点と,学
得られず,比較的に安定した構造である。規模の大
内でどれほど重点化しているかという点を検討して
きな上位大学以外の大学の研究力に向上傾向がある
みたい。
ことも示唆される。ただし,個別の大学単位でみれば,
上位8大学の中にも,それ以外の大学の中にも,分析
673
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4.1 研究分野の多様性の担い手は誰か
基礎研究は元来その多様性が求められる。いかな
低い。ここには医学分野が多く存在し,これらは多
数の大学で研究活動が行われていることを示してい
る研究が社会的課題に資するか,新たな研究の発展
る。右上へ行く直線に多くの分野が存在しており,
に結びつくかの不確実性が高い中では,多様性を確
集中度が上がるとともに8大学への集中が増えてい
保することが不可欠であるためである。実際,さま
くという傾向である。ライフサイエンスや工学が中
ざまな研究分野をすべての大学が同じように担って
間に多く,自然科学分野が右上に多く存在する。右
いるわけではない。大学によって研究分野に特殊性
上には,地球化学・物理,海洋学,気象学,天文学,
がある場合もあり,それゆえに拠点化などが行われ,
原子物理学など,巨大な装置や施設を用いる分野が
それが各大学の存在意義の明確化にもつながってい
あり,これらの分野は8大学を中心として日本国内で
く。
維持されていると見られる。
ある研究分野がどれほど多数の大学によって行わ
その一方で集中度は高いが8大学の割合が低い分
れているのか,あるいは,一部の少数の大学のみに
野が右下に存在する。これらは歴史的な経緯もあり,
よって担われているのか。これは分野ごとに集中度
大規模大学では行われずに,他大学で行われている
指標を計測することに等しい。図8は,W o S内の日本
分野である。例えば,図書館情報学,緊急医療,イメー
の大学の論文を対象にして,横軸に各分野における
ジングサイエンス,歯学,獣医学,および社会科学・
研究実施大学数の集中度指標をとり,縦軸には論文
人文学の各種の研究分野(教育心理学,宗教学等)
数の多い8大学の割合をとり,そこにW o Sの分野をプ
がある。これらの分野は特定の大学によって支えら
ロットした。プロット円の大きさは論文数に比例さ
れ,中小規模の大学でも特徴や他大学との差異を主
せている。
張しやすいものである。大学はその存在感を高める
図では,左下ほど集中度が低く,8大学の割合も
ために,これらの分野をさらに重点化していくこと
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図8 研究分野ごとの研究実施大学の集中度(2007-08)
674
ビブリオメトリクスを用いた大学の研究活動の自己分析
が考えられよう。政策的には,研究資金の集中化が
大学の多様性を計測してきたが,逆に,一つの大学
一部の大学に進むことがあれば,一つには左下に位
の中の分野の多様性を同じ指標を用いて計測する。
置する医学分野など,現在さまざまな大学によって
図中で斜めの線より上位にある場合は,二時点間で
担われている分野は縮小し,研究内容の多様性が減
集中が増しており,特定の分野の論文数が増えてい
じることが示唆される。さらに,右下にあるような
ることになる。なお,プロット円の大きさは2007-08
分野はその存在自体が日本からは失われてしまう可
年の論文数に比例させている。
能性があり,分野の特性を意識した政策が必要とな
結果は,重点化が進んだ大学は少数であり,多様
る。
化が進んでいる大学のほうが多い。特に規模の大き
な大学では多様化傾向がある。その一方で,データ
4.2 大学の中の重点化の変化
結果からは(大学自身に明確な戦略があるのかは不
他方,大学内では法人化以降に研究内容の重点化
明であるが)
,一部の大学は少数の研究分野への集中
が進んでいるのか。例えばC O Eなどの拠点化を図る
(重点化)が見られ,山形大学,東京医科歯科大学,
研究資金制度は大学に変化を及ぼしてきたのか。図9
静岡大学,長岡技術科学大学などがあげられる。
は,1998-99年と,2007-08年の二時点で,学内の研
4.3 大学内部の分析事例:山形大学
究内容の集中度指標を比較したものである。これま
ではハーフィンダール指標を用いてある分野の中の
重点化している大学の一例として,筆者の一人が
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図9 大学内の分野の多様性の変化
675
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所属する山形大学を見てみたい。山形大学は,W o S
また,研究の影響力については,一つには相対引
において共著を分数カウントした場合には,二時点
用度(R C I)が考えられる。R C Iは,ある大学のi分野
間で論文数がやや減少しており注7),結果的に消極的
の論文の平均引用数と,その分野の世界の論文全体
な重点化という要因もある。しかし,その一方で,
の平均引用数とを比較した指標である。しかし,R C I
有機化学,物理化学,高分子科学,光学,数学など
は大学内の論文の平均引用数を用いるため,たとえ
では研究論文の増加が見られる。逆に医学分野の皮
優れた論文がいくつかあったとしても,例えば大学
膚学,泌尿器学などで減少が見られた。
院生が多く,引用数の低い論文が多数産出されれば
それでは山形大学の現時点での大学全体の研究分
RCIは低くなってしまう注8)。前述の国立大学法人評価
野の構成はどのような特徴があるか。論文数を単に
のように,卓越した研究業績を示す必要がある場合
眺めるだけでは,例えば医学や生命科学は元来,一
には,平均値を用いることは適当でなく,インパク
人あたりの論文数が多い分野であり,大学としてそ
トの高い論文がどれほどあるかを示すほうが適して
こに重点があるのかはわからない。そのため,組織
いる。そのため,
図10では横軸に全論文のRCAを用い,
の研究ポートフォリオ分析としていくつかの指標が
縦軸には上位10%論文のみに限ったR C Aをとり,研
7)
考えられる 。一つは,顕示比較優位(R C A)指標で
究分野をプロットした。プロット円の大きさは山形
ある。下記のように,ある大学におけるi分野の論文
大学の論文数に比例させている。
の割合を,日本の全論文におけるi分野の論文割合と
図からは,日本の平均と比して,重点化されており,
比較し,大学内での相対的な重点化度合いを計測す
引用数の高い論文が多い分野として,高分子科学を
る。
はじめとする各種の化学分野,応用物理学,機械工学,
心臓疾患などの研究分野がある。他方,重点化度合
RCA(i) = A大学の全論文数の中のi分野の論文の割合
いは低くとも,引用数の高い論文の度合いが多い分
/ 日本の大学全体の全論文数の中のi分野の割合
野(左上の象限)として,小児科,耳鼻咽喉疾患学,
海洋学が見られる。
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図10 山形大学の論文ポートフォリオ
676
ビブリオメトリクスを用いた大学の研究活動の自己分析
表2 山形大学のWoS論文のJDreamⅡとの照合結果
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しかし,W o Sの分野分類の名称からは,その分野
ようにW o Sの分野分類では,物理化学や高分子科学
の研究者でなければ一体何の研究であるのかを理解
が重点度合いが高かったが,その中には複数の研究
しづらい。そのため,解釈のためにはJSTのJDreamⅡ
グループが含まれている。マスメディアでもしばし
を併せて用いる方法が考えられる。すなわち,W o S
ば取り上げられる有機E Lに関する研究や,コロイド
は引用数を把握可能という利点があるが,分野分類
結晶の研究,リビングラジカル重合を用いた高分子
のみが統制されており,著者キーワードやアブスト
材料の研究などがある。また医学分野の心不全に関
ラクトの単語は多様であり,理解しづらい短所があ
する研究や,塑性に関する材料科学研究が見られる。
る。他方,J D r e a mⅡは,引用数のデータはないが,
このようにすることで,大学の評価部門や研究戦略
階層構造化された分野コードと統制された日本語シ
部門などが定期的に研究活動の特徴を把握すること
ソーラスを使用可能である。そのため,その分野の
ができよう。
専門家でない日本人が概要を把握するための助けと
なる。2つのデータベースに収録されている論文の
5. おわりに
マッチングは,論文のDOI,および/あるいは,ジャー
ナルのI S S Nと巻とページで可能であり,一部はペー
研究活動は教員や研究者個人の創造性に強く依存
ジ数の表記揺れなどがあるため,論文名とのマッチ
する活動であることに変わりはないが,それを前提
ングで補足することが必要となる。
にしながらも大学はよりいっそう,組織として研究
山形大学が著者に入る論文は,2007-08年の2年間
力を分析し,その特徴を明確に表現し,資金獲得を
を対象とした場合,W o Sでは872件収録されていた
図っていくことが求められている。また,大学への
(Article, Letter, Reviewのみ)。一方,JDreamⅡ(JSTPlus
+ J M E D P l u s)では,日本語の論文や会議録の論文・
予稿も多数収録されているため,山形大学が著者に
入る文献は全体では6,147件,そのうちで主にW o Sと
表3 引用数の高い論文群のJDreamⅡにおけるシソーラス用語
୹䛰㻺㼒㻶䛴ฦ㔕
∸⌦໩Ꮥ䟾ᚺ⏕∸⌦
のマッチングが可能となる,英語の逐次刊行物の文
献は770件であった。マッチングした結果,WoSの論
文の62.2%がJDreamⅡと照合可能であった(表2)
。
୹䛰䜻䝁䞀䝭䜽⏕ㄊ
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䝮䝯㓗䟾⬙⫣᪐䜯䝯䝠䝷㓗䟾Ề⁈ᛮ㧏ฦᏄ
ス用語の共起による類似度でグループ化し,その主
ᚨ⮒⑋Ꮥ
䝖䝌䟾⑋ឺ⏍⌦䟾ᚨ୘ධ
なW o S分野とシソーラス用語を示している。前述の
ᮞᩩᏕ䟾∸ᛮ∸⌦
ሣᛮ䟾㌷న䚼⤎ᬏ䚽
表3には,引用数上位10%論文について,シソーラ
677
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運営費交付金などの公的資金の増加が期待しづらい
中にはこれまで育成されておらず,その方法も未確
中で,どのような研究活動に大学の存在意義がある
立な状態であろう。今後,大学や各種の機関で関心
かを明らかにし,それをいっそう進めていくことに
を有する者が連携して,検討を進めていくことが必
よる機能別分化を検討していくことが求められる。
要である。
しかし,そのような分析を行う人材は日本の大学の
本文の注
注1) 第2期中期目標期間における国立大学法人評価の改善点(案)
. http://www.mext.go.jp/b_menu/
shingi/kokuritu/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2010/07/12/1295617_2.pdf, (accessed 2010-12-28).
注2) FA Q:会議録文献情報の統合に関して. トムソン・ロイター . h t t p : / / w w w. t h o m s o n s c i e n t i f i c . j p /
support/faq/wos/cpci.shtml, (accessed 2010-12-28).
注3) 図からも明らかなように中国の論文数の増加は著しい。中国論文の増加が収録対象雑誌の変化による
ものか否かなど,その要因は富澤(2010)で詳細に分析されている4)。
注4) ハーフィンダール指標は次のように定義される。対象全体(本稿の場合は全論文数)の中のアクター
iのシェアをSiとすると,ハーフィンダール指標H = 10000*ΣSi2である。
注5) 機関のシソーラスは,筆者らでこれまで継続的に作成したものを利用した。詳細は山下,林(2010)
を参照6)。
注6) カーネギー分類(Carnegie Classification)とは,1970年代より米国のカーネギー教育振興財団が行っ
ている米国内の大学に対する分類であり,学位授与状況によって,博士号授与大学(研究大学,博士・
研究大学など),修士号授与大学,学士号授与大学(教養型,多様な分野型など)
,特定領域大学,準
学士号授与大学などに分かれる。2005年からは,このような1種類の分類方法ではなく,6種類の異な
る分類方法が用いられている。
注7) なお,複数機関の共著であっても1件と計測する整数カウントの場合には,減少でなく増加している。
注8) 実際,山形大学の事例においては,高分子科学分野では引用数の高い論文がいくつか見られるが,そ
の分野の山形大学の論文全体の引用数の平均値をとると日本全体の平均値とあまり変わらず,特徴が
見えにくい結果となった。
参考文献
1) 河田孝雄,星良孝. 41万人会員の26学会が会長声明 論文数が激減,知の連山が必要. B T Jジャーナル.
2010, vol. 5, no. 053, p. 7-12, http://biotech.nikkeibp.co.jp/btjjn/pdf/btjjn1005.pdf, (accessed 2010-12-28).
2) グローバル・リサーチ・レポート:日本. トムソン・ロイター . 2010, http://science.thomsonreuters.jp/
press/releases/GRR-Japan, (accessed 2010-12-28).
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5) 林隆之, 富澤宏之. 日本の研究パフォーマンスと研究実施構造の変遷. 大学評価・学位研究. 2007, no. 5, p.
55-73.
678
ビブリオメトリクスを用いた大学の研究活動の自己分析
6) 山下泰弘, 林隆之. “研究機関シソーラスの構築とそれに基づく大学の研究活動の定量的評価”. 研究・技術
計画学会第25回年次学術大会講演要旨集. 東京, 2010-10-09/10, 研究・技術計画学会, 2010, p. 506-509.
7) 藤垣裕子, 平川秀幸, 富澤宏之, 調麻佐志, 林隆之, 牧野淳一郎. 研究評価・科学論のための科学計量学入門.
丸善, 2004, 224p.
Author Abstract
Universities in Japan are required to conduct self-analysis of own research activities, confronting the
institutionalization of university evaluation, competitive organizational-level funding, and requirement for
mission differentiation. In this article, we discuss what kind of self-analysis is required for university through
explanation of the evaluation system of national universities in Japan. Then bibliometric analysis is conducted
to explore the change of research performance and concentration of research activities after incorporation
of national universities. The methods of self-analysis within universities are proposed from a case-study on
diversity and priority of research.
Key words
research activities in university, research evaluation, bibliometrics, diversity, portfolio analysis
679
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March
連載
シリアルズ・クライシスと学術情報流通
の現在:総括と課題
Series: Perspectives on serials crisis and scholarly communication practice: summary and issues
佐藤 義則1
SATO Yoshinori1
1 東北学院大学文学部(〒980-8511 宮城県仙台市青葉区土樋1-3-1)Tel : 022-721-3225
1 Faculty of Letters, Tohoku Gakuin University (1-3-1 Tsuchitoi Aobaku Sendai-shi, Miyagi 980-8511)
情報管理 53(12), 680-683, doi: 10.1241/johokanri.53.680 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.53.680)
本誌では2010年度,「シリアルズ・クライシスと学術情報流通の現在」について取り上げ,次の4つの論考を連
載した。以下では,年度の締めくくりにあたり,執筆者各位に謝意を表しつつ,この企画の趣旨に立ち返り全体
のまとめを行うこととしたい。
1. 尾城孝一,星野雅英「学術情報流通システムの改革を目指して:国立大学図書館協会における取り組み」
(53
巻1号)
2. 小山憲司「学術雑誌の電子化とそれに伴う変化:NACSIS-ILLログデータ(1994-2007)を用いた文献複写需給
の分析を中心に」(53巻2号)
3. 中元誠「公私立大学図書館コンソーシアム(PULC)の形成とその展開:シリアルズ・クライシスとコンソー
シアル・ライセンシングの現在」(53巻3号)
4. 渡辺喜代美「企業におけるシリアルズ・クライシスの現状」
(53巻5号)
本企画について
学術雑誌は,長い間,学術情報流通の手段の中心
の顕在化と時期を同じくして,大規模な学術出版者
的役割を果たしてきた。現在においても,その重要
における電子ジャーナルのサービスが開始され,大
性は変わらない。しかし,学術雑誌の価格は1970年
学図書館界においては,コンソーシアムを基盤とし
代以来一貫して上昇を続け,関連する機関における
た導入が進められ,主として大規模な商業出版社と
購読を揺るがすようになった。これが,いわゆるシ
の間でのいわゆる “ビッグディール” 契約により,電
リアルズ・クライシスと呼ばれるものである。わが
子的購読タイトル数が増大した。
国においても,為替レートが円高から円安に転じた
680
入が困難となった。一方,シリアルズ・クライシス
しかしながら,電子ジャーナルの導入により利用
1990年代の後半において,問題が一気に顕在化し,
も増大している一方で,学術雑誌の価格は依然とし
多くの大学図書館等において外国雑誌の継続的な購
て上昇しており,図書館をはじめとする関係者を悩
シリアルズ・クライシスと学術情報流通の現在:総括と課題
ませ続けている。こうした状況に対しては,図書館
また,これらに加えて中元は,6)大学図書館の購入
関係者のみならず,出版関係者,研究者等によって
予算の圧縮(購読部数の減少は単位あたりの購読価
真摯な取り組みがなされ,またそれらについて数多
格を上昇させる)をあげている。これらの諸要素の
くの報告や分析が行われてきたものの,最新の状況
うち,論文数の増加については,研究者数の増大お
や考え方は必ずしも限られた関係者以外には伝わっ
よび研究評価における論文数の重視が続くことを前
ていないように見受けられる。
提にすれば,今後さらに拡大することが予想される。
このために,現状を整理し今後を展望することを
また,特に近年,急速に出版論文数あるいは投稿論
目的に,本連載が企画されることとなった。尾城氏・
文数を増大させている,中国やインドをはじめとす
星野氏,中元氏には,それぞれ,国立大学図書館協
る国々でこうした傾向が続く(または拡大する)と
会とP U L C(公私立大学図書館コンソーシアム)の
すれば,より一層の深刻化も懸念されよう。
取り組みの現状および問題点を中心にご執筆をお願
ビッグディール契約等によって電子ジャーナルが
いし,価格高騰の仕組みを含め詳細な報告をいただ
普及する一方で,大学間(特に,私立大学)
,大学と
いた。また,渡辺氏からは,大学図書館とは状況を
企業間,企業間での利用環境の格差が拡大している
異にする企業図書館の現状についてご紹介いただい
ことも言及された(中元,
渡辺)
。この点で,
小山が「ILL
た。さらに,小山氏には,学術雑誌の電子化やビッ
という互助制度が今なお機能している」と言うよう
グディール契約が学術雑誌の利用にもたらした変化
に,電子ジャーナルの環境下においても,当分の間
について,NACSIS-ILLのログデータの実証的分析に基
はI L Lによる流通についても考慮する必要があろう。
づく考察をご提供いただいた。
ただし,実際には,電子ジャーナルの出版社やベン
ダーとの契約内容によって,電子ジャーナルのI L Lや
まとめと今後の課題
コンソーシアムによる契約等によって,大学図書
館の購読,提供する電子ジャーナル数は全般に飛躍
ウォークイン・ユーザー(来館した学外利用者)への
対応が異なっているので,明確な対応が望まれよう。
ビッグディール契約(バンドリング)とは,本来,
的な増大を見せ,電子ジャーナルの利用は急速に定
図書館支出の減額のための仕組みではなく「少し多
着した。このことは,NACSIS-ILLの利用状況からも裏
く支払うことで,ずっと多く得ることができる」1)と
付けられる(小山)。しかし,依然として学術雑誌の
いうものである。このため,ビッグディール契約に
価格上昇は続いている。
は「購入経費の継続的上昇」
(尾城・星野)という問
価格高騰の原因として,尾城・星野は,1)商品と
題が避けがたく付随する。また,
「大手商業出版社が
しての特殊性(他のタイトルによる代替がきわめて
刊行するタイトルに偏った,
歪んだコレクション」
(尾
難しい),2)論文数の増加(雑誌あたりの論文数,
ペー
城・星野)といったリスクも指摘される。すなわち,
ジ数,および雑誌数が増加を続けている),3)商業
バンドリングによって特定の出版者のタイトルのす
出版社による市場独占(STM(科学,技術,医学)の
べてが購入され,その結果,他の出版者による良質
タイトル数の約3分の2は大規模な商業出版社によっ
なタイトルの(新規または継続的な)購入可能性が
て占められ,支払い金額ではさらに大きな比率となっ
失われ,ひいては市場の競争的性質が損なわれ,そ
ている),4)価格上昇に対する非弾力的な需要(価
して学術的な面での品質低下を招くのではないかと
格が上がっても需要にはほとんど変化がない)
,5)
いう懸念である1),2)。なお,ビッグディール契約の拡
電子ジャーナルの新たな機能開発(新規のシステム
張版とも言えるナショナルサイト・ライセンスでは,
開発のコストが価格に反映される)を指摘している。
規模の大きさゆえにこの問題は一層深刻なものとな
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る可能性があろう。
パターンを報告しているが,こうしたパターンがビッ
コンソーシアムの組織運営については,「さまざま
グディール契約の下でどのように変化しているの
な設置形態を越えた大学図書館コンソーシアムの実
か(あるいは変化していないのか)は,需要と供給
質的な連携と協力の枠組み」(中元),「国内の他のコ
の関係を評価する際に欠かせないものとなろう。ま
ンソーシアムや国立情報学研究所などとの連携」
(尾
た,購読部数がわからなければ,学術雑誌の価格の
城・星野)が求められている。こうした方向性は,
妥当性注1)を厳密に判定することは難しい。狭い専門
その後,2010年8月の日本学術会議の提言3)にも反映
領域を対象とした雑誌では不可避的に少ない購読部
されるとともに,10月には国公私立大学図書館協力
数となり,その結果として価格設定は高額とならざ
委員会と国立情報学研究所による協定締結4) という
るを得ないからである6)。これまでは,学術雑誌の購
形で実質的な進展が見られた。
読価格について数多くの分析が行われてきたものの,
「学術雑誌の価格上昇はさまざまな要因が複雑に絡
信頼できる購読部数の入手(推定)の困難さゆえに,
み合った結果生じているのであり,直接の購買者で
確信的な結論に至らない傾向が見られた2),7),8)。コ
ある図書館あるいはコンソーシアムとの間の「交渉」
ンソーシアム間の連携によって,直ちにこうしたデー
によって容易に解決できる問題ではない」(尾城・星
タが活用できるようになるわけではないとは思われ
野)のは確かであり,こうしたコンソーシアム間の
るが,たとえ限られた範囲であったとしても関連の
連携の強化が,単なるスケールメリットによる購買
データが集積されれば,そこから有用な分析結果が
力の強化にとどまらず,「機関リポジトリの構築促
得られる可能性は高い。
進や総合目録データベースの強化,人材の交流と育
4)
最後に,学術雑誌あるいは学術論文の流通のあり
成」 にまで踏み込んだ今後の展開に期待するもの
方に関しては,オープンアクセス出版(著者もしく
である。また,尾城・星野で言及されている「契約
は著者の所属機関等による支払い)や機関や分野別
実績等のデータ収集,その分析とシミュレーション」
のリポジトリの展開についても取り上げるべきとこ
が今後のあり方を考えるうえできわめて大切なもの
ろではあったとも思われるが,視点が拡散するのを
となろう。
避けるために今回は見合わせることにした。購読部
契約データの重要性を示す例として,購読部数につ
数の少ない雑誌とオープンアクセス出版の適合性6)
いて触れておきたい。テノピアとキングは1975年と
や,従来からの予約購読モデル,オープンアクセス
1995年の購読部数を比較した結果として「富める(購
出版,セルフアーカイビング(オーバーレイ出版)
読部数の多い)雑誌はますます豊かになり,貧しい
の費用・便益の比較9)等,たくさんの論点があるが,
(購読部数の少ない)雑誌はますます貧しくなる」5)
これらについては別の機会に委ねたい。
本文の注
注1) 価格の妥当性は見かけ上の価格だけではなく,出版コストに基づいて検討する必要がある。キングは,
出版者の品揃えの中で少ない購読部数の雑誌の価格が利益の高い大きな購読部数の雑誌を含めた全体
で調整されるケースや,非営利出版における編集その他での「寄付された」無料または安価な労働時
間等の「助成」を考慮する必要性について言及している6)。
682
シリアルズ・クライシスと学術情報流通の現在:総括と課題
参考文献
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repositories. Liber Quarterly. 2010, vol. 19, no. 3/4, p. 275-292.
683
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連載
教えて!著作権
第6回 著作権法の変遷と今後の動向
Series: Tell me more about copyright
Part6: Transition and trend of copyright law system
吉田 大輔1
YOSHIDA Daisuke1
1 文化庁(〒110-8959 東京都千代田区霞が関3-2-2)Tel : 03-5253-4111
1 Agency for Cultural Affairs (3-2-2 Kasumigaseki Chiyoda-ku, Tokyo 110-8959)
情報管理 53(12), 684-692, doi: 10.1241/johokanri.53.684 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.53.684)
1. はじめに
物の保護に関するベルヌ条約」
)などの国際的動向に
も影響を受けながら,変貌を遂げてきた。著作権制
著作権法は頻繁に改正が行われる法律である。他
の法律の制定・改正に連動した改正を除いても,平
成に入ってから既に13回に及ぶ著作権法改正が行わ
度を構成する5つの概念に即してその経過を見てみよ
う。
(1)保護対象の拡大
れている。2年に1回を超えるペースで改正が行われ
保護対象に関して,旧「著作権法」
(明治32年法律
てきたこととなる。これは著作権制度をめぐる環境
第39号,
「旧法」
)は,当初,
「文書,演述,図画,彫
が急速に変化し続けていることを反映したものであ
刻,
模型,
写真」を著作物の例示として掲げていた(旧
り,特に近年における情報のデジタル化とインター
法1条1項)
。その後,
「建築」と「演奏歌唱」が例示
ネット等を介した情報伝達の拡大の動きがそれを加
に追加された。さらに,
著作物の例示とは別途,
「映画」
速している。
本稿では,著作権制度の変遷をたどりながら,著
作権制度上の課題として取り上げられてきた論点を
(旧法22条の3)
,
「録音物」
(旧法22条の7)が著作物
として認められていた。
現行著作権法(昭和45年法律第48号,
「現行法」
)
確認し,それを手がかりとして今後の動向を考えて
の制定にあたっては,著作権と著作隣接権の区別が
みたい。
明確にされたことに伴い,それぞれ保護対象の明確
2. 著作権制度の変遷に現れた課題
化が行われた。著作権の保護対象に関して,著作物
の定義(2条1項1号)が置かれるとともに,考え方と
しては旧法を引き継いで8種類の著作物の例示(10条
684
著作権制度は,時代の変化への対応を最大の要因
1項)が設けられた。その後の法改正を受けて,現在
として,また,ベルヌ条約(「文学的及び美術的著作
の著作権法では,著作物の例示に「プログラムの著
連載:教えて!著作権
作物」が追加され(10条1項9号),また,従来からあっ
能化」の概念が導入され,放送,有線放送も含めて,
た「編集著作物」の概念とは別に,「データベースの
これらを包括する権利概念として「公衆送信権」
(23
著作物」(12条の2)という新たな分類が設けられて
条)が規定されることとなった注1)。
いる。これらは,コンピューターの発達による情報
また,著作権の保護期間については,著作者の死
化社会が生み出した新たな表現形式への対応という
後50年までがベルヌ条約の原則として明記されたこ
ことができる。
とを反映して,旧法における著作者の死後30年まで
また,著作隣接権の保護対象として,実演家,レコー
を現行法では著作者の死後50年までの原則へ移行し
ド製作者及び放送事業者が明記され,それぞれにつ
た。さらにその後,写真の保護期間について写真の
いて定義規定が置かれた(2条1項)。旧法では著作権
公表時起算から著作者の死後起算を原則とすること,
の対象となっていた「演奏歌唱」,
「録音物」は,ロー
映画の保護期間を公表後50年から公表後70年までを
マ条約(「実演家,レコード製作者及び放送機関の保
原則とすることなどの見直しが行われた。
護に関する国際条約」1961年)に従って著作隣接権
一方,著作隣接権分野においては,現行法制定当
の保護対象と位置づけられ,それぞれ「実演」
,
「レ
初はローマ条約の内容に即した権利が実演家等に与
コード」の概念に吸収された。その後の法改正により,
えられていたが,その後,レコードレンタル業の出
有線放送事業者が,単なる放送の再送信等のメディ
現やW I P O実演・レコード条約の成立(
「実演及びレ
アという位置づけから放送事業者に比肩しうる番組
コードに関する世界知的所有権機関条約」1996年)
の自主製作を行うメディアとして発展したことを踏
などの変化を受けて,
実演家には「送信可能化権」
(92
まえて,保護対象に加えられている。
条の2)
,
「譲渡権」
(95条の2)
,
「貸与権等」
(95条の
(2)権利内容の拡大
3)などの権利が追加された。また,レコード製作者
旧法は「複製権」を広い意味で用いており,「翻訳
についても「送信可能化権」
(96条の2)
「譲渡権」
,
(97
権」及び脚本・楽譜の「興行権」を含むとしていた(旧
条の2)
,
「貸与権等」
(97条の3)の権利が付加されて
法1条2項)。また,映画,放送,レコードの発達に伴い,
いる。放送事業者の権利についても「送信可能化権」
映画化権及び映画の興行権(旧法22条の2),放送権(旧
(99条の2)が追加された。有線放送事業者の権利は
法22条の5),録音物による興行権(旧法22条の6)が
放送事業者に準ずるものである。次第に著作権者に
権利として規定されていた。
与えられる権利と著作隣接権者に与えられる権利の
現行法では,著作物の利用方法に即して権利体系
差は縮まってきている傾向がある。
の抜本的見直しが行われ,著作権分野では,複製権
著作隣接権の保護期間についても,当初は,ロー
の範囲を限定するとともに,複製権以外の権利を列
マ条約の水準に合わせて実演等が行われた時から20
挙する方式に変更している(21条〜28条)。現行法制
年までとしていたが,その後30年に延長され,今日
定後,権利内容に関しても,「上映権」の拡大(22条
では50年までに延長されている。また,実演家の権
の2),譲渡権及び貸与権の新設(26条の2,26条の
利では,WIPO実演・レコード条約の規定を踏まえて,
3)が行われるとともに,特に通信手段を介した著作
実演家人格権(氏名表示権と同一性保持権)が付与
物の伝達に関しては,当初の「放送権・有線放送権」
されている。
から「放送権・有線送信権」へ,さらにインターネッ
(3)権利侵害等に対する取締等の強化
ト等の発達普及とW I P O著作権条約(「著作権に関す
著作権及び著作隣接権の保護のため,無断利用へ
る世界知的所有権機関条約」1996年)の成立という
の効果的な対抗措置を講じうるように著作権法は制
変化に対応するため「自動公衆送信」及び「送信可
定当初からさまざまな取組を行ってきた。特に,複
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製技術やインターネット等の伝達技術の発達は,著
る場合もしばしば生じるが,時代の変化に対応する
作物等の無断利用の拡大という危険を増大させる。
ため頻繁に見直しが行われてきた。
旧法でも,無断複製などの直接的な権利侵害だけで
旧法では30条において9つの類型が規定されていた
はなく,無断利用の拡大防止という観点から,著作
が,現行法では,制定当初,私的複製(30条)以下
権侵害物の輸入に対する規定が設けられていたが(旧
17か条にわたって権利制限に関する規定を置いてい
法31条),現行法ではさらに効果的な対抗措置の整備
た。その後,権利制限の類型は逐次追加され,現在
の観点から種々の法的整備が行われている。
では29か条にわたる規定が設けられるに至っている。
現行法では,直接的な権利侵害には該当しないも
特に平成に入ってからはデジタル化・ネットワー
のの,権利侵害の拡大を惹起する行為のうち一定範
ク化の進展に伴い,それに関連する見直しが相次い
囲のものを「みなし侵害」(113条)として規定し,
でいる。例えば,国立国会図書館におけるデジタル・
民事・刑事の対抗手段の対象としうるようにしてい
アーカイブの整備に関するもの(31条2項,42条の3)
,
る。みなし侵害規定も度重なる改正が行われてきた
インターネット等を活用した遠隔教育に関するもの
領域である。現行法では,無断複製物の「輸入」の
(35条2項)
,障害者による著作物の享受に関するもの
ほか,「頒布」「頒布目的の所持」「頒布の申出」
「業
(37条,37条の2)
,I Pマルチキャスト方式による放送
としての輸出」「業としての輸出目的の所持」が追加
の再送信に関するもの(38条2項など)
,インターネッ
され,さらに「プログラムの無断複製物の業務上使用」
トを利用した各種サービス等に対応するものとして,
「権利管理情報の改変」など6類型が設けられている。
また,罰則面においても強化が図られてきており,
インターネット・オークション,情報検索サービス,
インターネット情報の解析などに関するもの(47条
著作権,著作隣接権侵害などの典型的な権利侵害の
の2,47条の6,47条の7)
,さらには情報の蓄積・送
場合,現行法制定当初は3年以下の懲役又は30万円以
信に伴う一時的蓄積などの技術的な複製等に関する
下の罰金と定められていたが,現在では10年以下の
もの(47条の4,47条の5,47条の8)などの規定が
懲役又は1,000万円以下の罰金(併科可能,また,法
設けられてきた。
人による侵害の場合には3億円以下の罰金)と強化さ
れている注2)。
私的複製に関する規定(30条)はデジタル化・ネッ
トワーク化の進展に伴い度々見直しが行われた規定
さらに,W I P O著作権条約等を受けて,技術的保護
である。技術的保護手段(コピーコントロール)を
手段の回避専用装置・プログラムの頒布・製造等や
回避した複製や違法なインターネット送信からのダ
営利目的の権利管理情報の改変に対する罰則(120条
ウンロードなどを私的複製の権利制限から除外する
の2)も導入されており,著作権等の保護・管理技術
とともに(同条1項)
,デジタル方式の私的録音録画
自体が著作権法の対象となってきた点が注目される。
については,その行為自体は権利制限の範囲内とし
(4)権利制限の拡大
著作権制度は,著作者等の権利を定めているが,
一方では,著作物等の利用の円滑化を図るため,著
作者等の権利を一定範囲で制限することも必要であ
686
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つつも,経済的不利益の補償のため著作権者等に補
償金を与える「私的録音録画補償金制度」が導入さ
れた(同条2項)注3)。
また,劇場などにおける映画の盗撮を防止するた
る。時代とともに新たな利用方法が出現する度に,
め,平成19年(2007年)には「映画の盗撮の防止に
その利用方法に対する権利内容と権利制限が問題と
関する法律」が制定され,映画館等における盗撮に
なることが多い。権利制限の問題は権利者と利用者
ついては著作権法上の私的複製の規定が適用されな
の利害が衝突するテーマであり,その調整が難航す
いこととされた。
連載:教えて!著作権
(5)権利の管理
著作物について,著作権法は,
「思想又は感情を創作
著作権等の管理は権利者自身の手によって行われ
的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は
るのが基本であるが,信頼のおける団体に管理を委
音楽の範囲に属するものをいう」
(2条1項1号)とい
任したほうが権利の実効性を確保する上で有益な場
う定義を置いている。先に述べたように現行法は9種
合も少なくない。また,利用者にとっても権利処理
類の著作物を例示しているが(10条1項)
,この例示
窓口の一元化は許諾事務の効率化・安定化につなが
に該当しない場合でも,定義規定に該当するものは
り有意義である。このような権利者と利用者の間を
著作物として認められる可能性があることはいうま
仲介する仕組みとして著作権管理団体(集中管理団
でもない。
体)が生まれてきたが,業務の適正な執行を担保す
従前から著作権法上の著作物に該当するか否かに
る観点から,旧法時代には「著作権に関する仲介業
ついて論争があるのは,いわゆる「応用美術」であ
務に関する法律」(昭和14年法律第67号)が制定さ
る。産業上利用される物品等のデザインが応用美術
れ,小説,脚本,音楽分野における著作権管理団体
の典型である。意匠法による保護との関係で,従来
に対する許認可制度が設けられ,厳格な参入規制が
の判例からは,純粋美術(鑑賞用の作品)と同視し
行われていた。しかし,参入規制の緩和を進めるため,
うる程度の美的創作性を具備していると評価される
著作権仲介業務法に代わる「著作権等管理事業法」
(平
ものに限って応用美術を著作権法上の美術の著作物
成12年法律第131号)が制定され,対象を著作権,著
として保護するとする傾向が見られる注4)。また,い
作隣接権全分野に広げるとともに,参入を容易にす
わゆるテレビゲームについては,プログラムの著作
る登録制,使用料に関する届出制に移行した。
物に該当する側面があると同時に,動的映像を伴う
なお,権利の性格によっては権利行使の一元化が
場合には映画の著作物に該当する場合があることを
必要な場合もあり,実演家,レコード製作者の商業
認めた判例もある注5)。今後も新たな表現形式の出現
用レコードの二次使用料請求権(95条,97条)は文
に伴って新たな著作物概念が生まれる可能性もあり,
化庁長官の指定団体が権利を一括行使する「指定団
場合によってはプログラムの著作物のような例示へ
体制度」を導入している。実演家,レコード製作者
の追加,データベースの著作物のような新規定の追
の商業用レコードの貸与報酬請求権(95条の3,97条
加があり得るかもしれない。
の3)も同様である。また,私的録音録画補償金請求
著作隣接権分野においても同様に保護対象の議論
権(30条2項)については,録音と録画に分けて関係
がある。従前から議論があるのは,出版者の権利で
権利者を糾合した「指定管理団体」が代表して権利
ある。これについては,複写利用との関係で平成2年
行使することとなっている(104条の2)。
3. 著作権制度をめぐる今後の論点
(1990年)の著作権審議会報告では,複写利用に限っ
た報酬請求権として,出版者に著作隣接権を与える
のが適当であるとの見解が示されたが,社会的コン
センサスを得るに至らず,現在まで法制化されてい
今後の著作権制度をめぐる論点を考える際にも上
ない。一方,電子書籍の拡大に伴って,出版者の権
記で掲げた5つの概念ごとにその展開を考えてみた
利に関して新たな視点からの主張が生まれている。
い。なお,紙数の関係で概括的にならざるを得ない
平成22年(2010年)
,総務省・文部科学省・経済産
ことをご容赦いただきたい。
業省3省合同で開催された「デジタル・ネットワーク
(1)保護対象の範囲
著作権は「著作物」の利用に関する権利である。
社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」
において,出版者からは,出版文化を支える出版者
687
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2011
vol.53 no.12
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の機能を維持発展させるためには,電子書籍の普及
著作者の死後50年までが原則となっているが,ヨー
に伴う多様でグローバルな利用に対応して,①出版
ロッパ,アメリカなどは著作者の死後70年までを原
契約を促進する環境の整備,②出版物の違法複製に
則としている。このような国際的動向に照らしてわ
対する効果的な対策の実施などを進める必要があり,
が国も著作者の死後70年までに延長すべきであると
このような理由から出版者に著作隣接権を付与すべ
の意見が権利者側には強い。しかし,これに対して
きであるとの主張がなされた注6)。この主張に関して
は根強い反対もあり,現在までのところ社会的コン
は,先の懇談会報告を受けてさらに著作権法上の課
センサスを得られる状況には至っていない注8)。わが
題を検討することとなった文化庁の「電子書籍の流
国の場合には,保護期間延長の問題には,戦後処理
通と利用の円滑化に関する検討会議」(平成22年12月
の一環としての戦時加算の問題が加わるため,さら
検討開始)において検討が継続されている。
にこの問題の取り扱いを複雑にしている。
また,著作隣接権関係では,IPマルチキャスト放送
このほか,権利関係で従前からある問題としては,
事業者またはインターネット放送事業者を著作隣接
映画の著作物の著作権の帰属について,その著作権
権者に位置づけるかどうかという問題もある。有線
は映画監督等の映画の著作者ではなく,映画製作者
放送事業者は現行法制定当初は著作隣接権者として
に帰属することとされているが(29条1項)
,映画監
位置づけられていなかったが,自主製作番組の増加
督等の団体としては著作者=著作権者の原則に従っ
などに伴い,放送事業者と並んで著作隣接権者とし
て取り扱いを変更すべきであるとの意見がある。ま
て位置づけられるに至っている。平成18年(2006年)
た,著作者人格権の中では,同一性保持権について,
法改正に際して,IPマルチキャスト方式による放送の
現行法では「著作者の意に反する」改変を禁止でき
再送信は有線放送による放送の再送信と同等の機能
る権利としているが,著作者の主観的意思に左右さ
を果たしているとの評価を行い,利用について有線
れやすいので,より客観的な「著作者の名誉又は声
放送事業者と同等の円滑化措置が導入されたが,著
望を害する」改変に限定すべきであるとの意見もあ
作隣接権者としての位置づけについては,今後の自
る。
主製作番組の動向や国際的動向に留意しつつ,将来
の検討課題とされている注7)。
(2)権利の範囲や内容
著作隣接権分野においてもいくつかの論点があ
る。まず,実演家の録音権・録画権について,映画
に出演した実演家は映画の著作物の複製については
著作権を構成する複製権等の権利(支分権)は現
録音権・録画権を有しないこととされている(91条
在11種類である。これまで公衆送信に関する権利,
2項,
「ワンチャンス主義」
)
。D V D等による二次利用
譲渡・貸与に関する権利などにおいて変動があった
が一般化した今日,実演家側からは二次利用を含め
ことは上記2章(2)で見たとおりであるが,当面,
て録音権・録画権を認めるべきであるという意見が
支分権がさらに拡大する動きは少ない。ただし,著
ある。この他にも,レコード製作者には著作者との
作権保護技術との関係で,アクセスコントロールに
均衡の観点から放送権や演奏権を求める意見もあり,
対する保護強化という観点から(後述(3)参照)
,
さらに,放送事業者からは実演家等とのバランスで
著作物の視聴に関する支分権(「アクセス権」)の議
譲渡権を求める意見などがある。ただし,現時点で
論もあるが,新たな支分権として設けることについ
は具体的な検討に入る状況には至っていない。
ては慎重な意見が多い。
688
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March
(3)無断利用の拡大防止手段の在り方
権利内容に関連する課題としては,著作権の保護
この点に関して,今後,法制化に進む可能性があ
期間の延長問題がある。わが国の現行の保護期間は
るのは,アクセスコントロールの回避に対する規制
連載:教えて!著作権
強化である。現行法では平成11年(1999年)法改正
(4)権利制限の拡大
でコピーコントロールの回避については,回避専用
権利制限規定がこれまで度々見直しが行われてき
装置の販売,製造等や回避サービスに対する規制措
たことは上記2章(4)で見たところであるが,この
置を導入したところであるが,著作権保護技術の高
領域における問題提起は尽きることがなく,今後も
度化・複合化によって画然とアクセスコントロール
さまざまな課題が生まれてこよう。
とコピーコントロールを峻別することは困難となり
当面大きな関心を集めるのは,権利制限の一般規
つつあり,無断複製の防止及び無断複製の拡大の防
定(
「日本版フェアユース」規定といわれることがあ
止という機能から著作権法において保護すべき著作
る)の導入の問題である。従来,わが国の著作権法
権保護技術の範囲は拡大している。ゲームソフトの
は権利制限に該当する利用行為を類型化し,個別規
世界では,無断複製物の拡大防止のために用いられ
定を設ける方式(限定列挙方式)で時代の変化に対
ている技術がマジックコントロール(いわゆるマジ
応してきた。しかしながら,急速な時代の変化に対
コン)によって使用可能となる事態も拡大しつつあ
して適切・迅速に対応するためには,個別規定の新
り,著作権保護技術に対する著作権法上の措置の強
設だけでは限界があること,また,多種多様な利用
化を求める意見も多い。政府の「知的財産推進計画
行為について,そのすべてを網羅する個別規定を設
2010」にも記述があり,また,2010年秋に大枠合意
けることは事実上困難であることなどを考慮すれば,
された「模倣品・海賊版拡散防止条約」(いわゆる
個別規定とは別に,著作権者等の利益を不当に害し
A C TA)にも関連規定が盛り込まれた。不正競争防止
ない範囲内で多種多様な利用に適用可能な一般規定
法における対応と平行する形で,著作権法上の対応
を設けるのが合理的であるとも考えられる。
も迫られている課題である。
「知的財産推進計画2009」における指摘を踏まえ,
侵害の防止という観点からは,直接的な権利侵害
この一般規定の法制化について検討を続けてきた著
には該当しないものの,権利侵害の拡大を惹起する
作権分科会は,平成22年(2010年)12月に権利制限
行為について,どこまで権利侵害の責任を問うべき
の一般規定の要件となるべき包括的な考慮要件とし
かという「間接侵害」の問題がある。これについては,
て3つの類型概念を提言した。具体的には,
「A . その
これまで各種の判例が出されているが,法的安定性
著作物の利用を主たる目的としない他の行為に伴い
の観点から著作権法上に明確な規定を設けるべきで
付随的に生ずる当該著作物の利用であり,かつ,そ
あるとの意見があり,文化審議会著作権分科会にお
の利用が質的に又は量的に社会通念上軽微であると
いて検討が続けられているが,現時点では結論が得
評価できるもの」
(著作物の付随的な利用)
,
「B . 適
られていない
注9)
。しかし,ストレージ・サービスの
法な著作物の利用を達成しようとする過程において
拡大などの状況を踏まえれば,プロバイダーの責任
合理的に必要と認められる当該著作物の利用であり,
問題も含め,早急に一定の方向性が求められている
かつ,その利用が質的に又は量的に社会通念上軽微
事項であり,今後の議論の進展を期待したい。
であると評価できるもの」
(適法利用の過程における
また,最近では,インターネットによる無断アッ
著作物の利用)
,
「C . 著作物の種類及び用途並びにそ
プロードが蔓延している状況を改善するため,常
の利用の目的及び態様に照らして,当該著作物の表
習的無断利用者に対してインターネット利用を制
現を知覚することを通じてこれを享受するための利
限する「スリーストライク・アウト(三振アウト)」
用とは評価されない利用」
(著作物の表現を享受しな
ルールを導入すべきだという議論が生まれてきて
い利用)という3類型である。この整理に従って一般
いる 注10)。
規定の法制化に向けた立法準備作業が進められてい
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る。ただし,著作者人格権においては,氏名表示権
ねて多様な利用に対応しうる有効な手段の一つとし
や同一性保持権に一般規定の前例を見いだすことが
て,
さらなるシステム整備が重要な分野である。従来,
できるが(19条3項,20条2項4号),著作権(財産権)
著作権等管理事業者は,例えば音楽,文芸,脚本,美術,
の権利制限としてはわが国の著作権法制史上初めて
あるいは実演,レコードなど,著作物の種類や権利
の試みであり,大きな意義があるものの,権利者,
者の属性に従って分立している傾向があるが,今後,
利用者双方の意見が衝突するテーマであるので,法
例えば放送番組のように多様な権利者が関与してい
制化に向けては紆余曲折も予想される。
る分野について分野横断的な集中管理体制を構築す
なお,権利制限の一般規定の導入に際して,「パロ
べきであるという提案もある。同様の問題は,電子
ディ」の取り扱いが議論となったが,これについて
書籍の関係,特に国立国会図書館のデジタル・アー
は一般規定とは別途,個別の権利制限規定での対応
カイブの活用という面で生じうる。複写複製分野で
も視野に入れつつ,まずは概念整理等から調査検討
は,既に日本複写権センターが文芸,学術,新聞な
すべきものと整理されたところであり,今後の課題
どの分野横断的な集中管理体制として活動している
となっている。
が,このような仕組みを他の分野においてもより多
権利制限の一般規定のほか,法改正が予想される
ものとしては,「リバース・エンジニアリング」に関
様な権利を束ねる形で構築できないかという問題で
ある。
するものがある。著作権分科会では既にコンピュー
放送番組の二次利用に関してクローズアップされ
ター・プログラムの調査解析の過程で生じる一定の
たのは,実演家の権利に関する権利処理の問題であ
複製について相互運用性の確保等の観点から権利制
る。これについては番組製作段階時の出演契約にお
限を導入すべきとする提言をまとめており
注11)
,今後
の法改正事項に含まれるものと予想される。
いて極力二次利用を想定した契約を締結する慣行を
業界内で定着すべく関係者の努力が重ねられている
このほか,権利制限に関するテーマでは,電子書
ところである注13)。また,実演家の権利に関する集中
籍関係における国立国会図書館のデジタル・アーカ
管理団体でも順次二次利用に関する権利の委任を拡
イブの活用との関連で公共図書館における利用や一
大していく動きが見られる注14)。さらに,
インターネッ
般利用者に対する送信サービスの在り方などに関す
ト配信等に伴う膨大な著作物利用データの処理を権
る権利制限,また,障害者の利用を支援するための
利者・利用者双方の協力の下で一元化し,徴収分配
権利制限などの問題が考えられる。
業務の効率化,適正化を図ろうとする取組も進めら
また,平成4年(1992年)に導入された「私的録音
れている注15)。
録画補償金制度」については,録音録画機能を有す
放送番組などの二次利用に関して著作権法の体系
る機器の多様化,著作権保護技術の発達やインター
を大幅に見直した大胆な制度改革が必要という意見
ネット配信からの録音録画源の入手の増加など,私
もあるが,出演契約の改善と併せて,集中管理の拡大,
的録音録画をめぐる情勢の変化を踏まえて,制度の
事務処理の効率化の推進などによって,二次利用の
在り方の議論がある。これまでも見直しの議論が行
円滑化に関する環境は着実に進展をしているところ
われてきたが,現時点では方向性が見いだせていな
であり,契約と集中管理に関する関係者のさらなる
い。制度の存続の是非も含めて今後の大きなテーマ
努力を見守っていく必要があろう。
になるものと考えられる注12)。
(5)権利の管理
著作権等の集中管理は,多数の権利者の権利を束
690
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March
連載:教えて!著作権
4. おわりに
動も活発であり,今後,ネットワーク上で公表され
る多種多様な著作物の権利関係の問題も次第に顕在
これまでの著作権制度の変遷から一貫して見えて
化してくるかもしれない。複雑な利害調整の結果と
くるものは,表現形式の多様化と利用方法の多様化
して著作権法の内容は次第に複雑化してきた。これ
の流れの中で,権利の保護と利用の円滑化のバラン
はやむを得ない側面もあるが,一般国民の生活に身
スをどのように確保するかに腐心している姿であ
近な法律として簡明でわかりやすいシステムを目指
る。創作のインセンティブを確保しながらも,社会
すことが重要である。また,法律の規定の在り方だ
全体として活力をどのようにして維持発展していく
けではなく,契約や当事者間のガイドラインによる
かは著作権制度永遠の課題と言ってもよい。
ルールづくり(
「ソフトロー」の活用)
,集中管理シ
コンピューターの普及とインターネット利用の拡
ステムの活用などにもっと注目が寄せられるべきで
大によって,著作権問題は「プロの世界」だけの問
あり,著作権に関する契約の規定の整備も含めて,
題ではなく,一般公衆の日常生活にも入り込む時代
運用面での改善工夫も重視すべきであると思われる。
に入った。アマチュアと言われる人々による創作活
本文の注
注1) 昭和61年(1986年)改正によって,当時のオンライン・データベース・サービスに対応しうるよう「有
線放送権」が「有線送信権」に拡大され,さらに平成9年(1997年)改正によって,インターネット
送信に対応しうるよう,手段の無線・有線の別を問わず,
「公衆送信権」が設けられた。
注2) 罰則関係は特許権などの産業財産権との均衡の観点から,数次にわたって見直しが行われたが,大き
な変化があった改正のみ紹介すれば,平成8年(1996年)改正で「懲役3年以下又は300万円以下」に,
平成16年(2004年)改正で「懲役5年以下又は500万円以下」とするとともに併科可能とした。現在の
罰則は平成18年(2006年)改正の結果である。
注3) 私的録音録画補償金制度の導入は平成4年(1992年)改正。技術的保護手段を回避した私的複製の適
用除外は平成11年(1999年)改正,違法配信からのダウンロードの適用除外は平成21年(2009年)改正。
注4) 例えば,大阪高裁平成17年7月28日判決(判時1928号116頁)など
注5) 最高裁平成14年4月25日第一小法廷判決(民集56巻4号808頁)はテレビゲームの映像が映画の著作物
に該当しうることを認める。なお,最高裁平成13年2月13日第三小法廷判決(民集55巻1号87頁)はメ
モリカードを用いたゲームのストーリーの改変を同一性保持権を侵害するものと認めたが,原審であ
る大阪高裁平成11年4月27日判決(判時1700号129頁)は映画の著作物とプログラムの著作物が相関
連して「ゲーム映像」とでもいうべき複合的な性格の著作物を形成していると述べている。
注6) 平成22年6月同懇談会報告(文化庁HP)
。
注7) 平成18年8月文化審議会著作権分科会報告書(IPマルチキャスト放送及び罰則・取り締まり関係)
。なお,
放送事業者の権利について,WIPO(世界知的所有権機関)では新条約作成に向けて議論が進められて
いるが,現時点までのところ,I Pマルチキャスト放送事業者などを条約の対象とすることについては
慎重な意見が強い。
注8) 平成21年1月文化審議会著作権分科会報告「第3編 過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」
(文化庁HP)
注9) 平成21年1月文化審議会著作権分科会報告「第1編 法制問題小委員会」
(文化庁HP)
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注10) 常習的な侵害者に対して,警告等を経て「サイト閉鎖」や「アクセス切断」などの措置を講ずるもの
である。平成22年12月17日文化審議会著作権分科会国際小委員会における東京都市大学張専任講師の
発表参照(文化庁HP)
注11) 平成21年1月文化審議会著作権分科会報告「第1編 法制問題小委員会」
(文化庁HP)
注12) 平成21年1月文化審議会著作権分科会報告「第2編 私的録音録画小委員会」
(文化庁HP)
。なお,東京
地裁平成22年12月27日判決(裁判所H P)では,アナログチューナー非搭載のD V D録画機器も補償金
の対象機器に該当するが,補償金の徴収に関する録画機器メーカーの協力義務(104条の5)について
は機器の販売に際しての補償金の上乗せ徴収・納付という具体的な義務まで法定したものではないと
の判断を下した。この判決を受けて制度の在り方に関する議論が活発となるものと予想される。
注13)「映像コンテンツ大国を実現するための検討委員会」
(内閣官房知的財産戦略推進事務局)では,平成
19年2月に「放送番組における出演契約ガイドライン」を策定したほか,ネット配信を含む放送番組
の二次利用に関する各種のガイドラインの策定を進めている(最近の動きは平成22年3月「映像コン
テンツ大国の実現に向けて」参照。内閣官房知的財産戦略推進事務局HP)
。
注14) 日本芸能実演家団体協議会では著作隣接権の管理事業者として放送実演の二次利用に関する権利処理
業務を開始しており,さらにより広範な実演家関係団体の横断的な組織として「映像コンテンツ権利
処理機構(aRma)」が設立(平成21年6月)
。
注15) 権利者・利用者連携の下,データの一元的処理のため,
「著作権情報集中処理機構(CDC)
」が設立(平
成21年3月)。
692
リレーエッセー ●インフォプロってなんだ?
What I do, study, and think as an information professional
インフォプロってなんだ?
私の仕事, 学び, そして考え
第 回
23
下川 公子
味の素株式会社 知的財産部 特許グループ
情報管理 53(12), 693-694, doi: 10.1241/johokanri.53.693 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.53.693)
はじめに
この職業で何度か転職をしてきましたので,その
変化に富んだ履歴をご紹介しようと思います。
これからの方へのメッセージは,「いつでも再出発
できる」,「目の前のことに最善を尽くそう」。
その後,結構なブランクがあります。出産,育児
に専念していました。そのブランクの最中に新聞の
シリーズで珍しい職業を紹介する記事があり,
「サー
チャー」という職種(?)を発見しました。私が働
いていたときには付いていなかった職業の名称でし
た。
いつのまにかこの道に
大学理工学部化学科を卒業し,財閥系金属会社の
子供たちが乳児期を過ぎたので,仕事を再開しよ
うと思ったとき,自分にできることは「サーチャー」
特許部へ就職したのが始まりです。たまたまその会
しかないと思いました。知識のブラッシュアップを
社が特許部にPATOLISの専用端末を入れたから,それ
図るために夜間のスクールに通って,情報検索応用
を操作する女性がほしい,そんな理由だったと思い
能力試験(サーチャー試験)2級を取ったころ,新
ます。当時は理系大学を卒業した女性が就職するの
聞に特許調査会社の求人広告があり,そこを受けま
はなかなか困難な時代でした。
した。社長は,理系の大学を出て,特許調査の仕事
オンラインのデータベースを使って特許調査をす
をしていた人はとても珍しいからと言ってくださり,
るという職業自体がなく,部内でも教えてくれる人
その会社で仕事を再開しました。かなりのブランク
は誰もいない,PATOLIS以外のシステムは,自分で探
に不安がありましたし,小さい子供を保育園に預け
して説明を聞きに行き,自分で導入するという状態
ながらの勤務でしたが,仕事再開がとてもうれしかっ
でした。Dialogも日本に入ってきたばかりで,STNは
たことを思い出します。その会社で,依頼者から調
なく,WPIのデータベースは日本SDCという会社が提
査の仕事を請けてD i a l o gなどで検索をし,特許公報
供を始めたばかりでした。新卒で,会社,社会,そ
を読み,最終的に報告書作成までを行うということ
のものの仕組みさえわからない状態だったこともあ
を身に付けました。このときの社長,先輩の方には,
り,“この職業に将来性はあるのか” と自問自答の毎
仕事の初歩から教えていただきました。
日でした。そして,その会社で2年半,どうにかオン
2年ほどその会社で特許調査を行っていたとき,さ
ライン情報検索を社内に認識してもらい,ある程度
らに新聞の求人広告で,データベースベンダー業務
の「特許調査をする人」という地位を築いたのですが,
募集を見つけました。
「化学情報協会」
の求人でした。
当時その会社では女性は結婚退職制でやむなく退職
応募したところ,化学情報協会では特許情報に詳し
しました。
い人がいなかった,ということで採用されました。
693
情報管理
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ここで,S T Nに搭載されている種々のデータベー
会を立ち上げました。次に調査体制の整備が必要で
スに関する知識を習得しました。最初のうちは先輩
したが,企業での経験があまりない私にとってどう
方に検索方法について教えていただきました。しか
してよいかわからないことばかりで,他社の同業の
しある程度それが身に付いてくると,ユーザーから
方々に様子を聞き,相談し,調査体制を整えていき
の問い合わせは,自分で調べるしか方法がなくなり
ました。
ました。本を調べたり,自分で納得するまで検索し
同時に,技術内容の理解も大変でした。当社の技
データ内容を確認したり,提供元のCAS(Chemical
術内容は多岐にわたっていて,それぞれの技術内容
Abstracts Service)やドイツのFIZ-Karlsruheへメール
を理解し,どのデータベースを使ってどういう検索
で問い合わせたり,といろいろなことをやりました。
式で検索すればよいのか,試行錯誤の連続でした。
そのうちSTN ExpressというSTNの検索や解析などが
実際に調査案件をいくつも経験してみて初めて,デー
できるソフトウエアが標準になったり,SciFinderと
タベースの知識の活用方法がわかったと言ってもよ
いう研究者向け検索システムが登場したりと,IT事情
いと思います。
が急激に変化する時代に遭遇しましたので,パソコ
さらに今も引き続き難しいと感じるのは,
「特許調
ン通信などについても調べました。それぞれの分野
査」という業務について明確な,確立されたビジネ
に詳しい方に聞いて教えていただけるような人脈の
スモデルがないことです。他社の同業の方々に聞い
大切さも感じました。また,化学情報協会で身に付
ても,各社仕事内容,立場がかなり異なります。特
けたことで,今でもいちばん良かったと思うのはや
許出願は,どこの企業でも仕事内容は明確ですが。
はりC Aの索引方針について詳細に知識を得たことで
今の会社で7年になりますが,情報,調査業務の方向
した。
性,組織の構築,など思い悩むことが多々あります。
化学情報協会で在籍8年目になったとき,SciFinder
の営業スタッフを増やすため私もその一員に加わり
ました。初めての営業経験で不安でしたが,日本で
仕事再開のときには「サーチャー」に,と思って
売り出したばかりでしたので,大学,企業を回り,
いましたが,“検索を請け負う人” というイメージだ
かなり売りました。SciFinderは,化学系研究者には
と思いますので,現在は「インフォプロ」という呼
必須の検索システムであると今でも確信しています。
び方が適切だと思っています。データベースの索引
化学情報協会に12年もいると,狭い組織の中での
方針や検索方法の知識を持った上で的確に検索し,
限られた商品ですから,だいたいどれもわかってき
その内容を読み込んで必要文献を見出す人,内容を
て,これ以上の知識を得るにはユーザーとして実際
解析して可視化し提供する人,広くは確かな情報を
の調査に使わないとわからないな,と思い始めた頃,
もとに会社の研究開発の先を提案できる人…と,情
偶然にもある企業で特許調査をする人を探している
報に関わる業務の人のやらなければならないことは
という話が人づてで来ました。それが今の会社です。
まだまだたくさんあります。
採用してくださった方の私に対する最初の期待は
694
おしまいに
まずは目の前にある仕事にプラスαをつけて返し,
エンドユーザー(研究者)の調査教育でしたので,
社内の信頼を得た上で,その先にある広いニーズを
研究者向けの調査システムを導入し,調査法の講習
キャッチしましょう。ご健闘を祈ります。
集会報告 ●Meeting
国際シンポジウム メタデータ情報基盤の
将来を考える
日 程
平 成 2 2 年 1 2月8日( 水 ) 1 3 : 3 0 ∼ 1 7 : 0 0
場 所
インフォコム株 式 会 社 神 宮 前オフィス 会 議 室
主 催
メタデータ情 報 基 盤 事 業 検 討 会
情報管理 53(12), 695-699, doi: 10.1241/johokanri.53.695 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.53.695)
1. はじめに
2. 新ICT利活用サービス創出支援事業
「総務省 新I C T利活用サービス創出支援事業 メタ
総務省平成22年度「新I C T利活用サービス創出支援
データ情報基盤構築事業」(代表提案者:国立大学法
事業」
(電子出版の環境整備)はI C Tの徹底利活用の
人筑波大学)は,図書館,博物館,美術館,公文書館,
促進による持続的経済成長,新たな市場の創造等を
研究機関,民間出版社等のさまざまな機関が利用す
実現する観点から総務省が分野・課題を提示し,I C T
るメタデータ(情報検索システムの検索対象となる
を利活用した新しいサービスの創出に向けた開発・
データを要約したデータ群)の記述規則や語彙の情
実証を通じて,新しいビジネス分野の基盤となる技
報を収集し,デジタルコンテンツ提供者やデジタル
術の確立,技術標準化,運用ガイドラインの策定等
コンテンツを利用したサービス提供者等へ一元的に
を実現するプロジェクトであり,
以下の(1)から(7)
提供する情報基盤を整備する事で,メタデータの相
の7つの課題が挙げられている。
互運用性と利用性の高度化を進め,I C T(情報通信技
術)を活用した新しいサービスの創出を目指すプロ
ジェクトである。本プロジェクトの一環として平成
22年12月8日に国際シンポジウムを開催した。一般参
加者約70名が参加した。
(1)国内ファイルフォーマット(中間(交換)フォー
マット)の共通化に向けた環境整備
(2)書誌情報(MARC等)フォーマットの確立に向
けた環境整備
(3)メタデータの相互運用性の確保に向けた環境
整備
(4)記事,目次等の単位で細分化されたコンテン
ツ配信等の実現に向けた環境整備
(5)電子出版のアクセシビリティの確保
(6)書店を通じた電子出版と紙の出版物のシナジー
効果の発揮
(7)その他電子出版の制作・流通の促進に向けた
環境整備
メタデータ情報基盤構築事業は「
(3)メタデータ
の相互運用性の確保に向けた環境整備」課題への事
業となる。
写真1 シンポジウム会場
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3. シンポジウム開催と基調講演
3.1 開催とプロジェクト概要説明
開会にあたり,主催側より筑波大学大学院図書館
情報メディア研究科教授・杉本重雄氏,来賓として
総務省情報流通行政局情報流通振興課統括補佐・松
田昇剛氏の挨拶の後,インフォコム株式会社デジタ
ルアーカイブシステム部・鳥越直寿氏よりプロジェ
クトの概要説明があった。
3.2 基調講演:メタデータレジストリについて
(Introduction to Metadata Schema Registries)
写真2 基調講演(永森氏)
永森光晴氏(筑波大学大学院 図書館情報メディ
ア研究科,D C M I R e g i s t r y W Gに参加し,D C M I
相互運用を可能にし,既存の(信頼できる)メタデー
Metadata Schema Registryの開発を行った。メタ
タスキーマを誰もが,簡単に調べ,見ることができ
データスキーマやメタデータの相互運用性・再利
るようになる。これは(1)人だけではなくコンピュー
用性の向上に関心を持つ)
ター(ソフトウェア)が対象,
(2)第三者がメタデー
メタデータレジストリは各種情報を流通させるた
タを利用したサービスの構築を容易にする,
(3)メ
めのハブとなる位置づけである。この必要性はいろ
タデータ変換,
(4)マッシュアップを可能にする。
いろな所にあるコンテンツを所蔵場所に関係なく
メタデータレジストリに蓄積するものは(1)メタ
検索できることである。この相互運用を考えると
データの語彙メタ(データ記述項目の語彙。統制語
き,メタデータ(データに対する構造化されたデー
彙)
,
(2)Application Profile(構造制約,データ交換
タ)が必要となる。独自のメタデータを各所蔵場所
形式,メタデータ作成ガイドライン等)
,
(3)その他
(ミュージアム,図書館,文書館,出版社,学校等)
のメタデータ関連情報となり,機能は(1)メタデー
が保有し,利用者(研究者,児童,一般等)はどこ
タスキーマの登録,管理,検索,表示,
(2)複数スキー
からでも利用したい。これを支えるのがメタデータ
マ間の関連を調べる,
(3)W W Wの標準形式の利用,
レジストリとなる。
メタデータはコンテンツの内容を長期にわたって
保存し理解して利用するために必要な情報を保持し
(4)サービス提供者(第三者として)の高度なメタ
データ利用(メタデータスキーマを調べる,メタデー
タ変換支援,問い合わせAPI)を有することとなる。
ている。それぞれのコミュニティーに合わせて作成
されたメタデータをコミュニティーの違いを越えて
4. 国内外招へい者による講演
利用したいというニーズは,ネット上でメタデータ
4.1 Dublin Core: Linked Dataの環境における基盤的メ
の情報を共有することで実現する。
メタデータレジストリでは,
(1)メタデータスキー
696
タデータ(Dublin Core: basic metadata in a linked
data environment)
マを収集・蓄積し,ネット上で提供することで,メ
Thomas Baker氏(DCMI(Dublin Core Metadata
タデータスキーマの再利用,共通化を進める。
(2)
Initiative)のChief Information Officerとして,
WWWの標準形式(RDF, TopicMaps)を使い流通性を
Dublin Coreの標準化活動の中心的役割を果たして
高める。(3)メタデータスキーマ間の関係を与えて
きた。最近はSemantic WebにおけるLinked Dataに
集会報告 ●Meeting
積極的に参加し,図書館におけるLinked Dataの利
用に関する活動を活発に行っている)
TripleによるLinked Dataの表現において,Dublin
C o r e要素がどのように使われるのかをB B CのW e bサ
イトを例に説明した。
4.4 複数の領域にまたがるメタデータの利用:ロー
カルな要求への特化とグローバルな相互運用性
(Cross-domain metadata use: local specificity and
global interoperability)
Liddy Nevile氏(La Trobe University,10以上のメ
タデータプロジェクトに参加した経験を持つ。
4.2 WebにおけるLinked Data(Linking Library Data
in the Web)
現在,I S O / I E C J T C1のメンバーであり,D C M Iや
Standards Australiaといった組織と連携して活動し
Daniel Chudnov氏(onebiglibrary.net,図書館にお
ている)
ける新しい技術的取り組みを進めてきたライブラ
D u b l i n C o r eメタデータはシンプルであるものの,
リアンかつプログラマ。Library Linked Dataに関し
特定の分野におけるニーズを満たすには限界があ
て活発な取り組みを進めている。code4libの共同創
り,IEEE 1484.12.1(Standard for Learning Object
始者の一人)
M e t a d a t a)における取り組みの紹介があった。ま
W e b上 で の 図 書 館 デ ー タ の リ ン ク の 実 例 と し
た,アクセシビリティという観点から,リソースへ
て,Linkypediaについて説明した。Linkypediaでは,
のアクセシビリティをメタデータとして記述する
Wikipediaからのリンクを抽出し,ある内容に関して
“AccessForAll” メタデータの取り組みについて紹介が
のリンク一覧を生成しており,Linked Dataのプロキ
あった。
シやキャッシュといった機能を担うことも期待され
ている。
4.5 Linked Dataにおける日本の課題(Challenges for
Linked Data in Japan)
4.3 Metadata Registries:語彙の管理と流通サービス
武田英明氏(国立情報学研究所,日本を代表する
(Metadata Registries: Vocabulary Management
Semantic Web,オントロジー研究者。Semantic
and Dissemination Services)
Web,Social Web,Community-based System等に
Corey Harper氏(New York University,ニューヨー
関心を持つ)
ク大学におけるメタデータサービスライブラリア
Linked Dataにおける日本の課題として,共有文化
ン。図書館における情報システムのデータ分析に
の欠如,Linked Dataコミュニティーの未発達,中心
従事し,より進んだデータモデルやメタデータの
的データの欠如,日本語の取り扱いという4つの課
相互運用性を支援するためのW e b指向のプロトコ
題と,今後どう取り組むべきかが示された。また,
ルの開発に関心を持つ)
LODAC-Museum(仮)プロジェクトにおける博物館・
メタデータレジストリでの語彙(Vocabulary)管
美術館のLinked Data活用事例の紹介があった。
理,流通に向けた取り組みについて説明した。O p e n
Metadata Registryでの登録例とともに,今後の課題
として語彙のバージョン管理等が挙げられた。
4.6 グローバルなメタデータのインフラ:抜け落
ちているものはあるか?(Global Metadata
Infrastructure: Are there missing pieces?)
Stuart Weibel氏(コンサルタント,OCLC研究所に
長く所属し,Dublin Core開発の最初の10年間はプ
ロジェクトのまとめ役として活動し,国際標準と
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写真3 パネルディスカッション
写真4 パネルディスカッション(杉本氏)
して広く知られるDublin Coreを作り上げた。永続
組織としてM L A連携においてメタデータをどう取り
的識別子やデジタルキュレーションに関心を持つ)
扱うべきかといった具体的な運用の質問まで広範囲
D C2010の参加者へ質問を行った回答についての報
にわたった質問が寄せられた。
告があった。(1)グローバルな相互運用性を持つメ
タデータシステムを構築するにあたり,最も重要な
これに対してパネリストからはそれぞれの事例等
の紹介を交え,意見が交わされた。
インフラ面でのミッシング・リンクは何か?(2)解
決すべき概念的・理論的課題はまだ残っているのか?
(3)よりよい未来のために克服しなければならない
組織的・機関的課題は何か? の3つである。回答で
6. 参加者の声
国際シンポジウム会場での質問用紙,アンケート
より(抜粋編集)
。
は,よりよいツールやアプリケーション,データモ
・メタデータの相互運用,統合的な利用を進める
デリングの長所・短所の理解と受容を広めることな
ことで,何が実現できるのか,メリット・具体
どが挙げられた。
的利用例について。長期的運用と世界とのつな
がり。
5. パネルディスカッション
モデレーターとして杉本氏,基調講演を行った永
森氏,国内外招へい者をパネリストとしてパネルディ
スカッションを行った。事前に会場に質問用紙を配
布し,その結果を基にディスカッションが進められ
た。また,会場との質疑応答も実施した。
るデータの統合は可能か,基礎となるメタデー
タの確立が重要ではないか。
・異なるソースのエレメント同士が同じであると
判断する基準について。
・Linked Dataが広まるほど,玉石混交となり,結
杉本氏からはメタデータは情報のソース(対象資
局は現状のW e bと同じになるのでは,検索によ
源)を明確化させることが重要であり,ディープ
りコンテンツが多数ヒットすればするほど混乱
W e b(検索エンジンにヒットしないサイト,情報等)
する。適切にフィルタリングする方法が必要で
では特にそうであるという話が冒頭にあった。参加
はないか。
者からはメタデータの概念的な取り扱いに関する質
・公共機関が出すデータは信頼性が認められ,共
問として,データ間の同一視の方法をどうするのか
有が進む一方で,小さな機関はつぶれていく,
といった質問や,粒度の異なるメタデータの取り扱
といった二極分化を危惧している。
いはどうすればよいのか,といった問いかけから,
698
・Linked Dataの「信頼性」について,粒度の異な
・Application Profileを作るためのツール。
集会報告 ●Meeting
5.ほとんど理解
できなかった
4.よく理解できな
かった
1.よく理解できた
3.どちらとも
いえない
1.よく理解できた
2.概ね理解できた
3.どちらともいえない
4.よく理解できなかった
5.ほとんど理解できなかった
無回答
2.概ね理解できた
図1 質問「プロジェクトの概要についてご理解
いただけましたでしょうか」
・例えばe-bookにおけるリンク(パスとしてのID)
に適したものは何か。
3.どちらとも
いえない
無回答
2.関心を持つこと
ができた
1.強い関心を持つ
ことができた
1.強い関心を持つこ
とができた
2.関心を持つことが
できた
3.どちらともいえない
4.あまり関心を持てな
かった
5.ほとんど関心を持て
なかった
無回答
図2 質問「パネル討論を介してメタデータ情報基盤や関連する
課題についてご関心を持っていただけましたでしょうか」
・特許・公共政策・人権・倫理などの難解さが指
数関数的に増加しているのでは。
・Linked Dataではない状態からLinked Dataに変換
するために何をすべきか。
・Identityの問題。
プロジェクトの概要理解とメタデータへの関心に
ついての統計は図1および2のとおりである。
・記述規則について,制度化・標準化・規格化。
・クラウドコンピューティングの方向を思うと,
集中と分散のバランス,重みが重要になると思
7. おわりに
本プロジェクト自体は平成22年度末までのもので
う。二極化すぎると問題であり,その意味で,
あるが,メタデータ情報基盤はより長期の視点に立っ
メタデータ(D B)が中継になるように感じる。
て継続的に作り上げていかねばならないものととら
特に,誰が何のために情報を使うかを明確にし
えている。なお,本シンポジウムの資料等は(http://
ないと,専門家や興味を持つ人でないと一般の
meta-proj.jp/ev-1/index.html)で公開している。
人には使われないのではないか?
(メタデータ情報基盤構築事業 事務局長 小林昭夫)
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日化辞Webの新機能
J-GLOBAL検索,JDreamⅡアップロードファイル作成
JST 知識基盤情報部
情報管理 53(12), 700-703, doi: 10.1241/johokanri.53.700 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.53.700)
1. はじめに
む5機関5データベースを結び付けている。
平成22年11月17日より,日化辞W e bの新たな機能
(独)科学技術振興機構(J S T)が作成し,無料で
として,JSTで提供しているJ-GLOBALおよびJDream
提供している有機低分子化合物辞書のデータベース
Ⅱとの連携機能─「J-GLOBAL検索」と「JDreamⅡアッ
サービスである日本化学物質辞書W e b(以下,日化
プロードファイル作成」ボタン─をリリースした。
辞Web,http://nikkajiweb.jst.go.jp/)は,平成17年
ここでは,この新機能を紹介する。
3月より一般公開を開始し,日々多くの方々に利用
されている。公開当初,約210万件だった化合物数
2. J-GLOBAL検索機能
は,平成23年1月現在,約290万件となった。また,
平成19年7月より,化学物質リンクセンター(http://
chemlink.jp/)を一般公開し,現在も日化辞Webを含
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J-GLOBAL
(http://jglobal.jst.go.jp/)
は,
研究者,
文献,
特許などの基本情報を有機的につなぐ,無料で公開
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図1 日化辞WebからJ-GLOBAL検索
700
JSTサービス紹介 ●日化辞Webの新機能
しているポータルサイトである。異分野の知や意外
(科学技術(医学を含む)全分野に関する文献情報)
な発見などを支援するツールであり,現在は試行版
およびJMEDPlusファイル(日本国内発行の医学薬学
である。
等に関する文献情報)では,
「JST科学技術用語シソー
日化辞W e bの検索結果である化学物質情報詳細画
ラス(2008年版)
」に基づく統制索引語が付与されて
面に,このJ - G L O B A Lを直接検索するボタンを設け
いるため,同義語等に煩わされず包括的な検索が可
た。このボタンをクリックすると,該当の日化辞番
能となっている。また,有機低分子化学物質に関し
号と化学物質名称で,J-GLOBALを検索した結果が別
ては,物質索引フィールドに日化辞番号と日化辞に
画面で参照できる。ここから,その物質に関する文献,
収録された化学物質名で索引がなされている。さら
特許,研究者の情報を確認することができ,新たな
に,検索結果が日本語なので,文献の概要を容易に
知見を広げることができる。
把握できる。
今 回, 日 化 辞W e bの 化 学 物 質 情 報 詳 細 画 面 に,
3. JDreamⅡアップロードファイル作成機能
「J D r e a mⅡアップロードファイル作成」ボタンを設
けた。このボタンをクリックすると,回答物質の集
合について,日化辞番号と化学物質名称のOR演算で,
JDreamⅡは,科学技術や医学・薬学関係の国内外
文献情報を検索できる有料のデータベースシステム
フィールドコード付きの検索式をテキストファイル
である。JDreamⅡで提供されているJSTPlusファイル
としてダウンロードできる。
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ን᭞䛟䜑䛮䟾䛛䜏䛱⥑⨮Ⓩ䛰᳠⣬䛒ྊ⬗䛱䚯
図2 日化辞WebからJDreamⅡアップロードファイル作成
701
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4. 化学構造検索から文献を検索する利用例
例えば,ある分野で有効な材料となる物質(図3の
例では,T E O S)があったとする。この物質に近い構
日 化 辞W e bの 化 学 構 造 検 索 結 果 の 集 合 か ら,
造を持つ物質でさらに有効な技術が文献に掲載され
JDreamⅡのJSTPlusファイルで関連する文献を「検索
ていないか調査したい場合に,図3に示す流れで検索
式アップロード実行」ボタンにより呼び出し・検索
を実行すると,少ない手間で網羅的な検索が可能と
実行する例を以下に示す。
なる。
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図3 日化辞Web化学構造検索からJDreamⅡアップロードファイル作成
702
JSTサービス紹介 ●日化辞Webの新機能
ここでは,有機材料の例を示したが,同様の方式
相補関係のシステムとなった。
でJMEDPlusファイルを検索すると,薬効部分構造を
日化辞は,化学物質の名称と化学構造を整備した
含む物質に対する国内医薬文献が網羅的に検索でき
辞書である。それだけでは,得られる情報は限られ
る。
るが,化学物質リンクセンターなど他のシステムと
5. おわりに
連携して日化辞W e bの情報を使っていただくことで,
より網羅的で効果的な検索ができ,日化辞W e bは有
用な情報を得るためのツールとなりえる。ぜひ,こ
従来,J-GLOBALやJDreamⅡの回答表示から日化辞
こで紹介したJ-GLOBAL検索機能,JDreamⅡアップ
W e bの回答表示へのリンクはできている。今回,日
ロードファイル作成機能を活用して業務や研究に役
化辞W e bの回答表示からこれらのシステムへ連携す
立てていただきたい。
る機能ができたことで,双方向に参照可能となり,
703
情報管理
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Journal of Information Processing and Management
計量書誌学研究の動向
計量書誌学的指標
筑波大学大学院図書館情報メディア研究科 芳 鐘 冬 樹
情報管理 53(12), 704-708, doi: 10.1241/johokanri.53.704 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.53.704)
1. はじめに
計量書誌学の指標と言えば,インパクトファクター
2. さまざまな計量書誌学的指標
計量書誌学の指標は,生産物(
「アイテム」と呼ば
(Impact factor)が最も有名であろう。論文の被引用
れる。論文など)の量や性質を,生産者(
「ソース」
数に基づく雑誌の評価尺度であるこの指標は,研究
と呼ばれる。著者や著者の所属機関・国,掲載誌,
評価の場面においても,しばしば参照される。また,
分野など)を単位にして測るものが多い。
『計量書誌
近年では,生産性も考慮に入れた指標であるh指数や,
学辞典』2)を眺めてみると,以下の指標などが紹介・
それにマイナーチェンジを加えた修正指標(R指数,
解説されている。
A指数など),さらには,固有ベクトル中心性(Bonacich
中心性)を引用ネットワークに応用したアイゲンファ
2.1 論文の数
クター(Eigenfactor)なども目にする機会が多くなっ
生産物の量については,そのまま出版数が指標と
ている。これらは,主として論文や,論文を生産す
されるが,著者単位の生産性を評価する場合,共著
るソース(掲載誌や著者)を評価するものであり,
をいかに扱うかが問題になる。共著と単著を区別せ
計量書誌学(ビブリオメトリクス)というよりも,
ず数える完全計数法,第1著者として著したものだけ
科学計量学(サイエントメトリクス),さらに言えば
を数える第1著者計数法,そして,共著者の頭数に
研究評価の文脈で言及される指標である。
応じて等分する調節計数法がある注2)。また,実際に
これらの指標以外にも,計量書誌学分野で提案・
出版された論文やその著者の数をもとに,潜在的な
使用されてきた指標は数多く存在し,その内容も多
著者(その分野で論文を出版する可能性がある著者)
岐にわたる。もちろん,研究評価とは直接関係のな
の数を推定する出版潜在力という指標もある。出版
い指標も多い。例えば,共著頻度に基づいて研究者
潜在力は,ウェアリング分布という確率分布に基づ
間の関係強度を測る指標だけでも,相対共著頻度
いて計算される。
(Relative frequencies of coauthorships),協力係数
(Cooperation index),相同係数(Homophily index)
,
共著係数(Coauthorship index),親和係数(Affinity
2.2 読みやすさと学術性
出版物の性質(ある種の「質」の高低)について
i n d e x)など(どれが何だったか憶えきれないほど)
は,文章の読みやすさの指標として,ダニエルソン
多数提案されている注1)。
とブライアンの可読性指数,FOG可読性指数,デール・
シャルル可読性公式,
フレシュ指数がある。これらは,
テキスト中の1文あたりの平均語数・文字数や,語の
704
視点 ●計量書誌学研究の動向
音節数といった要素を考慮して,読みやすさを評価
ター」なのではなく,狭義のインパクトファクター
する。例えば,ダニエルソンとブライアンの可読性
と同様,雑誌を単位に計算される評価尺度である。
指数は,論文のタイトルの文字数および語数から計
ただし,DIFは,
「コアジャーナルによる引用」に限っ
算され,分野の成熟とタイトルの複雑化との関係の
て被引用数をカウントするものであり,特に,当該
分析などに用いられている。一方,「いかに研究的で
分野におけるコアジャーナルの同定を目的として使
あるか」という学術性は,論文が含む引用文献の数
用される。
をもとにして計られる。論文中の語数に対する引用
被引用数に基づいて影響度を測る指標には,他
文献数の比率は,参考文献密度(Reference density)
にも,引用係数(Citation factor)
,ポピュラリティ
と呼ばれる。また,掲載論文の総数に対する,引用
係数(Popularity factor)
,引用消費係数(Citation
文献が存在する論文数の比率をもって,雑誌の学術
consumption factor)
,感化重み(Influence weight)
,
性を測る指標とする場合もある。
相対的地位(Relative standing)などがある。これ
らと,インパクトファクターとの違いは,引用され
2.3 論文の影響度
論文(あるいは,論文の掲載誌や著者)の影響度
ている回数(被引用数)だけでなく,引用している
回数(引用数)をも見ている点,あるいは/および,
に関しては,基本的に,それが引用された回数(被
特定の雑誌に対する影響度を測っている点にある。
引用数)をもとに見積もられる。なかでも,最初に
引用係数は,当該雑誌の被引用数を引用数で除した
述べたように,インパクトファクターは最も普及し
ものである。ポピュラリティ係数もそれと似ている
た指標である。
が,引用の延べ数ではなく,雑誌別に見た引用の異
雑誌を単位に計算される狭義のインパクトファク
なり数で計算される,すなわち,当該雑誌の論文を
ターの他にも,いくつかのタイプの「インパクトファ
引用している雑誌の数を,当該雑誌の論文が引用し
クター」が存在する。複数の雑誌に分散する論文集
ている雑誌の数で除すことにより求められる。これ
合(例えば,ある著者の出版論文)に対して,「イン
らは,被引用と引用のバランスを見る指標と言える。
パクトファクター」を計算する場合,個々の雑誌の
さらに,これら2つの指標を掛け算した値が引用消費
インパクトファクターの値を,それぞれが含む論文
係数になる。
数に応じて加重平均した指標が用いられる場合があ
感化重みと相対的地位は,影響を与える側と受け
る。これは,期待インパクトファクター(Expected
る側の雑誌を特定して求める指標である。雑誌Aの雑
impact factor)と呼ばれる。また,著者を単位に「イ
誌Bに対する感化重みと相対的地位は,どちらも,雑
ンパクトファクター」を計算したもの,つまり,当
誌Aを雑誌Bが引用した回数から求められる。ただし,
該著者の論文が引用された回数を,その著者が出版
前者は,それを雑誌Aの引用総数で規格化し,後者は,
した論文の数で割ったものは,著者インパクトファ
雑誌Aの引用総数と被引用総数の和でもって規格化し
クター(Author impact factor)と呼ばれる。これは,
ている。
さらに,先ほどの期待インパクトファクターの値に
対する比率をとることで,規格化された指標として
用いられる。
2.4 最新性と廃れ
引用の時期,新しさに注目した指標の多くは,引
一 方, 分 野 イ ン パ ク ト フ ァ ク タ ー(D i s c i p l i n e
用している論文と引用されている論文の出版年の差
impact factor,DIFと略記される)というものもある
(引用年齢と呼ばれる)から求められる。特に,論文
が,これは,分野を単位にした「インパクトファク
が出版されてから初めて引用されるまでの年数は反
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2011
vol.53 no.12
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応時間と呼ばれ,その平均値(平均反応時間)は,
タの観察を通して計測できるという仮定が置かれ,
引用のタイムラグに関する雑誌や分野の特徴を測る
それに従って操作化がなされている。例えば,生産
指標とされる。
性は出版数で(あるいはページ数で)
,アイテム・ソー
流行トピック指数(Hot topic index)は,ある論
スの影響度は被引用数で(あるいは貸出し数,アク
文が扱っているトピックの最新性を測る指標であり,
セス数で)計測が可能という前提である。しかしな
前に述べた参考文献密度を,引用年齢(その論文が
がら,計量書誌学の分析では,
「正解」というものを
引用した全論文の引用年齢の中央値をとる。最新性
設定できるタスクと異なり,操作化(の際に置いた
評点とも呼ばれる)で割ることによって求められる。
前提)の妥当性の確認が難しい。例えば,自然言語
プライス指数と即時性指数(Immediacy index)は,
処理の専門用語抽出や自動分類などで用いる指標・
引用サイクルが速いリサーチフロントの同定に利用
手法の妥当性が,再現率や精度,F値といったパフォー
できる指標と言われる。前者は,論文(の集合)が
マンスで(さしあたり)主張できるのとは事情が異
早く引用される程度を測る指標で,被引用総数に占
なっている。
める,出版後5年以内に引用された回数の割合を意味
指標の分布モデルへの当てはまりが検証される場
する。即時性指数の方は,ある雑誌の論文が出版さ
合もあるが,もちろん,モデルへの当てはまりのよ
れてすぐ同じ年に引用された回数を,その雑誌がそ
さ自体は,指標の妥当性を保証するものではない。
の年に掲載した論文数で割ったものと定義される。
例えば,第1著者計数法でなく調節計数法で論文を数
つまり,インパクトファクターの一種とも言える。
えると,ロトカの法則(著者の生産性分布に関する
また,論文は,一般的に,出版後時間が経過すると,
法則)が成り立たなくなることを示した研究4) もあ
引用を受けることが少なくなっていく(利用の廃れ。
るが,だからといって,生産性を評価するのに,調
オブソレッセンスと呼ばれる)。その廃れの速さは,
節計数法の方が適切でない,ということにはならな
被引用半減期(Cited half life)や引用半減期(Citing
いだろう。また,引用指標に基づく研究者の評価と
half life)によって測られる。それぞれ,ある雑誌の
ピアレビューによる評価との結果の相関を調べた研
ある年の被引用総数・引用総数の5割が,過去何年ま
究5) もあるが,ピアレビューの主観性に対して,計
でに出版された論文でカバーできるかを意味する。さ
量書誌学的指標の客観性のメリットを主張するなら,
らに,それらとは別に,スティンソンとランカスター
ピアレビューとの合致をもって単純に正解にはでき
の半減期というものもある。こちらは,当該論文集
ないだろう。指標の妥当性は,あくまでも,操作化
合を引用した論文の出版年の中央値から,当該論文
で置いた前提の妥当性から,きちんと議論する必要
集合の出版年を引くことで求められる。当該論文そ
がある。
のものの利用の廃れを直接見ているため,こちらの
方が,より直感的に理解しやすい「半減期」であるが,
4. おわりに
長期的な引用データをもとに計算されることもあっ
てか,実際にはそれほど用いられていない注3)。
指標の妥当性にまつわる問題については,これま
で繰り返し指摘されてきている。生産性を測るとき
3. 指標の妥当性
の論文の断片化,すなわち最小出版可能単位(L e a s t
publishable unit)の問題,そして,著者表示の信頼
計量書誌学的指標では,論文などのアイテムや,
著者,雑誌などのソースの特徴を,これこれのデー
706
性,すなわち実際の貢献の有無・程度を反映しない
名誉共著者(Honorary coauthor)や幽霊共著者(Ghost
視点 ●計量書誌学研究の動向
c o a u t h o r)の問題,また,引用におけるバイアス,
の客観性にメリットがあると言われるが,データそ
すなわちマタイ効果(Matthew effect)の問題などで
のものが客観的だったとしても,その加工のしかた
ある。
(いずれの要素に重みを置く計算式を立てるか)に恣
科学計量学の創始者と見なされ,前述のプライス
意性が入る余地がある。評価において,都合のよい
指数なども考案したプライスは,今から何十年も前
指標は選べるだろうし,また新しく指標を作ること
にすでに,「「科学の科学」という用語は爆発的に普
もできるだろう。しかし,指標が依拠する前提の再
及したと言ってもよい。それは,好んで口に出され,
検討と,その限界を踏まえた「品位ある」活用を忘
社会における科学の働きについての客観的な調査を
れないようにしなければならない。
求める人々に気に入られたが,残念なことに,その
用語は,使う人の数だけさまざまな使われ方をされ
ることで,また,まさにその本質から与えることが
不可能な,効用あるものを与える保証があると考え
られることで,急速に品位を下げられた」6),注4)と嘆
いている。
データから計算式に従って計算される指標は,そ
執筆者略歴
芳鐘 冬樹(よしかね ふゆき)
2002年,東京大学大学院教育学研究科の博士課程を
単位取得退学。2002年から2009年まで,大学評価・学
位授与機構の評価研究部に所属。助教として大学情報
データベース構築などに携わる。2009年より,筑波大
学准教授として情報評価関連の講義を担当。
本文の注
注1) これらの差異は,共著頻度の規模による規格化の方法や,関係の方向を考慮するか否かなどにある1)。
注2) 『計量書誌学辞典』には挙げられていないが,
他にも,
比例計数法(第1著者を最も大きく,
第2著者以降,
3)
順に小さく重み付けする計数法 )などがある。
注3) これら3種類の「半減期」は,どれも,雑誌単位で見た引用年齢の中央値に関係するが,引用年を固
定して見るか,引用されている論文集合の出版年を固定して見るかに差がある。特定の年に引用され
た論文を調べる被引用半減期と引用半減期は,共時的オブソレッセンス,それに対し,特定の年に出
版された論文のその後の引用状況をトレースするスティンソンとランカスターの半減期は,通時的オ
ブソレッセンスを表す。
注4) 和訳は『計量書誌学辞典』p. 43から抜粋。
参考文献
1) 芳鐘冬樹, 影浦峡. “共著ネットワークの分析:視点と手法”. 第49回日本図書館情報学会研究大会発表要綱.
2001, p. 55-58.
2) ディオダート, ヴァージル. 計量書誌学辞典. 芳鐘冬樹, 岸田和明, 小野寺夏生訳. 日本図書館協会, 2008,
211p.
3) Egghe, L.; Rousseau, R.; Hooydonk, G.V. Methods for accrediting publications to authors or countries:
Consequences for evaluation studies. Journal of the American Society for Information Science. 2000, vol.
51, no. 2, p. 145-157.
4) Rousseau, R. Breakdown of the robustness property of Lotka's law: The case of adjusted counts for
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JOHO KANRI
2011
vol.53 no.12
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multiauthorship attribution. Journal of the American Society for Information Science. 1992, vol. 43, no. 10,
p. 645-647.
5) 林隆之. ビブリオメトリクスによるピアレビューの支援可能性の検討 理学系研究評価の事例分析から. 大
学評価. 2003, no. 3, p. 167-187.
6) Price, D.J. de S. Science since Babylon, Enl. ed. Yale University Press. 1975, 215p.
708
情報論議 根掘り葉掘り ●Web情報は証拠になるのか
Web情報は証拠になるのか
名和小太郎
情報管理 53(12), 709-710, doi: 10.1241/johokanri.53.709 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.53.709)
「原告の電子的な証拠は,被告の申立てを拒絶する
そこに修正や化学的な操作を加えていないこと,こ
ためには,まったく不十分である。インターネット
れを証明しなければならなかった。とくに不可視の
は通信に関する革新的なメディアであるという見方
ものを可視化するⅩ線写真について,これは深刻な
がある。しかし,法廷は,用心深く,そしてうんざ
条件であった。
りしつつ,それを風聞,名誉毀損,誤情報の巨大な
触媒としてみなすものである」
「原告は,被告の申立てに対抗するために,いわゆ
るW e bに頼っている。だが,その主張の真正性を確
認するために,Webはまったく役に立たない」
ここで注を一つ。米国の法廷は,刑事事件につい
ては,その証拠に対して厳しい条件を設けている。
そこには「合理的な疑いを越える証明」――道徳的
な確実さに達した確信――がなければならない。
写真にこのような扱いが求められなくなったのは,
「インターネット上では,万人がどんな情報であっ
なんと1968年であり,それは第6巡回裁判所が示した
ても流せる。また,すべてのW e bに対して,その正
判決であった(403 F.2d 977)
。その訴訟は武装した
確性を確認することはできない」
銀行強盗に対するものであり,ここでは防犯用の自
「さらに,ハッカーは,いかなるW e bに関しても,
動カメラが撮影した写真が証拠になるのか,これが
それがいかなる場所にあろうとも,いかなる時間で
論点になった。この判決は,写真の証拠性について
あろうとも,その品質を劣化させることができる。
新しい判断を公然と示した。
以上について,法廷はまったく幻想をもたない」
まず,写真の証拠性について,それは自明である
「インターネットから取り出せる黒魔術的な情報は
と認めた。つぎに,写真の提出者は写真の技術的な
信頼することはできない。その代わりに,認証可能
あれこれについて理解していなくともよい,とした。
な様式のバックアップ資料として,ハードコピーを
つまり,写真技術を「撮ったままに見える」と理解
求めなければならない」
できるものとして示した。
以 上 の 主 張 は テ キ サ ス 南 部 地 区 連 邦 裁 判 所 が,
このあと法廷は,辻褄さえあえば,写真を証拠と
1999年――わずか一昔前――に示した判決にある(76
して認めるようになった。例えば1977年,第9連邦控
F.Supp.2d 773)。伝統的な秩序の維持をよしとする法
訴裁判所は,海洋上の犯罪に関する写真に対して証
廷から見ればこうなるのだろう。
拠性ありとした(550 F. d 1167)
。この訴訟では,当
* *
法律家はつねに新しいメディアの導入に懐疑的で
あった。例えば20世紀の前半,法廷は写真を証拠と
して扱うことをためらった。したがって写真を証拠
として提出する当事者は,それにネガを添えること,
の写真に犯罪にかかわった船舶が写ってはいたが,
それが,いつ,どこで,誰によって撮られたのか,
それを述べる第三者的な証人は不在であった。
さ ら に1988年, コ ロ ン ビ ア 地 区 連 邦 控 訴 裁 判 所
はAT Mの監視カメラによる写真を証拠として認めた
709
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(863 F.2d 1023)。その訴訟では,現場に居合わせた
証人もなく,監視カメラの信頼性を示す証人もいな
件が求められるのか。
W e bからのプリントアウトを認証するためには,
かった。だがその判決は,技術と社会における写真
そのプリントアウトが,それを作ったコンピュータ
の役割は全体として変化しつつあり,法廷はそれに
上のコンテンツを正確に反映していると保証する証
したがって変化しなければならない,と新しい意見
人が不可欠である。また,そのような証人による証
を示した。
拠を提出しなければならない。しかも,その証人は
* *
インターネット上のW e bに戻る。最初に示したテ
当のW e bについて,その人でなくては持てない知識
をもっていなければならない。
キサス地裁の訴訟では,ある船員が航海中に受けた
そのような証人に求められる条件,あるいはその
傷害の損害賠償を船主に求めていた。ここで当の船
ような証拠に求められる条件は何か。まず,証人が
員は,問題の船舶を転売して責任を免れようとした
当のW e bの所有者であればよいという判断が出た。
元船主をインターネット上のW e bで確認し,それを
いや,W e bのユーザーであればそれでもよい,とい
法廷に証拠として提出した。だが,すでに紹介した
う判断も示された。
とおり,法廷はWebの証拠性を否定したのであった。
つぎに,そのプリントアウトが当のW e bの出力
それは20世紀前半に法廷が写真に対してとった態度
であることをどのようにして示すのか。そこに当の
そのものであった。
WebのURLがある。あるいは当のWebのロゴがある。
つけ加えれば,こちらは民事訴訟であり,証拠に
求められる信頼性は,刑事訴訟における「合理的な
疑いを越える証明」よりも低い「証拠の優越」――
相手方の証拠よりも説得性がある状態――を充たせ
ば十分であった。
にもかかわらず実世界では,W e bは急速にその
さらには当のW e bに記録されているEメール・アドレ
スや電話番号がある。
* *
最後に一言。ウェイバック・マシンというアーカ
イブがある。1996年以降,全地球的にW e bのスナッ
プショットを蓄積している。2007年には,60か国,
数を増大し,社会のなかに広く浸透するようになっ
18,000のW e bサイトから20億ページを収集したとい
た。もはや法廷もこれを無視することができなくなっ
う。この装置は公共的な性格ももっており,あるい
た。21世紀に入ると,法廷も多様な判断を示すよう
は政府のアーカイブに準じるとみなせるかもしれな
になる。それを列挙してみよう。
い。ここに注目した訴訟の当事者も現れたらしい。
まず,政府のW e bであれば,その真正性を認める
という判断が出された。だが,多くのW e bは私的な
ものによって作成されている。ここでは,どんな要
710
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2006年以降2010年末までに,22の判決がウェイバッ
ク・マシンに言及している。
この本!おすすめします ●たかが引用されど引用
伊 藤 民 雄 (実践女子学園情報センター)
たかが引用されど引用
情報管理 53(12), 711-714, doi: 10.1241/johokanri.53.711 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.53.711)
2010年10月6日に,スウェーデン王立科学アカデ
ミーは,2010年のノーベル化学賞を,日本人である
北海道大学名誉教授の鈴木章氏とパデュー大学の根
さかのぼ
岸英一氏に授与すると発表した。この日から遡 るこ
と約2週間前に学術文献情報サービスを提供するトム
ソン・ロイター社(以下,トムソンと略す)によっ
て日本人3名を含むノーベル賞有力候補者が21人発表
されていたのをご存知だろうか。トムソンが発表し
た日本人有力候補は残念ながら選外となったが,候
補2人が実際にノーベル賞を受賞した。この候補選出
http://www.intermed.co.jp/book/detail/19_kagaku.html
の算定根拠となっているのは,トムソンの学術文献・
引用索引データベース Web of Scienceから導き出さ
れる被引用情報である。また同データベースで3年間
フェミニストというデューイの負の部分に焦点を当
に引用された回数を元に計算されているのが「イン
てた伝記が刊行された1) が,デューイは大変気難し
パクトファクター」(以下,I F)である。I Fにまつわ
い人だったと伝えられている。ガーフィールドも同
る2冊の本を紹介したい。
様な人なのかと心配してしまうところだがそうでは
ないようだ。本書は著者の窪田が数年振りにニュー
『科学を計る─ガーフィールドとインパクト・
ヨークにあるガーフィールドのオフィスを訪ねる場
ファクター』窪田輝蔵
面から始まる。ぶっきらぼうな出迎えを受けた著者
インターメディカル,1996年,2,039円(税込)
だが,ちょっとしたユーモアで緊張を解くと,いつ
ものガーフィールドに戻って歓待してくれたとのこ
図書館情報学の分野にも時として天才と呼ばれる
とだ(本書16ページ)
。この部分を読む限りでは,こ
人々,いわゆる偉人が存在する。I Fの考案者である
ちらが不勉強かつ無知な質問をしてもデューイより
ユージン・ガーフィールド(以下,ガーフィールド)
は答えてくれる確率が高そうな人物のようだ。
もその一人として数えることができるであろう。数
ガ ー フ ィ ー ル ド が,I n s t i t u t e f o r S c i e n t i f i c
字が関係する偉人ですぐに思い出されるのは十進分
Information(ISI)社を創立したのは1958年のことで
類法の生みの親であるメルヴィル・デューイがいる。
ある(I S I社は1992年にトムソンに買収されその傘下
ちょっと前に差別主義,反ユダヤ主義,あるいは反
に入った)
。I S Iの社屋はかつての鶏小屋を改装した丸
711
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太小屋である。売りの「カレント・コンテンツ」は,
ゲンによるX線の発見が前衛芸術キュービズムに影響
当初各雑誌の実物から目次の頁を切り取り,コピー
を与えた論文の例を挙げ,サイテーション・インデッ
機でA5判に拡大,縮小したり,実物をノリとハサミ
クスの学際的文献検索において「組織だった思いが
で切り貼りしたりして編集を行っていた。また,最
けない掘り出し物」を提供するツールとしての可能
初の個人定期購読者を得るまでの道のりを読むと,
性が言及されており,驚きを持つ人もおられるかも
隆盛を極めるトムソンの現在の状態からは想像でき
しれない。またサイテーション・インデックスを用
ない。わずか15シリングの資本で始まった「英国全
いて,研究者同士の結び付き(すなわち引用)から
国書誌」のような事業例2) もあるように,どんな重
研究の中心(最前線)とそのキーマンは誰かをあぶ
要な事業であっても最初から成功が約束されていた
り出す科学の地図(サイエンスフロント)について
訳ではないことがわかる。本書の部分部分を拾い読
いくつかの事例が紹介されている。見えざる大学や
みしていくと,幾多の失敗と辛酸,資金難,人材難
必読文献を例示する初学者にとってはありがたいこ
を乗り越え,公的補助金なしに,独創的なアイデア
の機能だが,本当にこれでいいのかなと思ってみた
だけで成功を勝ち取っていく姿が浮かび上がり,選
りもする。
者は科学者としてよりは,むしろ起業家としてのガー
フィールドに興味を抱いた。
さてこの原稿を書くために,本書をかなり久し振
りに読み返したのだがいくつか改めて気付いた点が
ガーフィールドは,米国の判例やローレビューな
ある。NACSIS-IRというデータベースが「WebFront」
どの引用分析ツール「シェパード・サイテーション」
と名乗っていたのは先のサイエンスフロントという
からサイテーション・インデックスのヒントを得る。
名称に因んだものだったのだと納得した(未確認)
。
この場面はドラマチックに描かれているので,そこ
また,本書巻末で,著者の窪田が日本の科学の全体
だけ読むと発見は偶然の産物と思うかもしれないが,
像を把握するために,日本版S C Iの作成の必要性を強
実際には方法論は99%完成しており,その発見は必
く説いている。本書(1996年)での提言が契機となっ
然だったと言える。さてそのヒントを得る時に発し
たのかは不明だが,同時期あるいはちょっと後に,
た言葉「エウレカ(Eureka)!」は,アルキメデスが
和文,欧文の学会誌を広く採録対象とした日本版S C I
アルキメデスの原理を発見した際に叫んだとされる
である「引用文献索引データベース」
(CJP)が登場し
言葉である。先に名前を出したデューイも,アマー
ている。しかし記述されている情報が不完全だった
ひらめ
スト大学の司書補時代に,十進分類法が閃 いた時に
り,間違っていたりすることが多く,大学図書館の
この言葉を発している3)。解決の糸口を発見できる
現場ではすこぶる評判が悪かったと記憶している。
かどうかが天才と凡人を分けるのであろうが,ガー
これはC J P自体の問題ではなく,学術雑誌における参
フィールドの場合は,当初は「働き者で,仕事に対
照文献(引用)の記述法が標準化もしくは規定化さ
してまじめな人物だが,それほど独創的ではない」
れていないことに起因する。これについては,国内
と他者に評価されていたというから,努力によりそ
学会誌の投稿規定の分析を行っている川村女子学園
の才能と資質を天才の域にまで押し上げたのかもし
大学の藤田節子先生の存在4)〜7)もあり,近く提言が
れない。
行われるのではないだろうか。
本書にはガーフィールドの伝記的側面の他に,科
学読物,あるいはビブリオメトリックスの副読本の
側面がある。芸術分野に物理学の論文(ここではレ
ントゲン)が索引項目として抽出された例,レント
712
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March
この本!おすすめします ●たかが引用されど引用
『インパクトファクターを解き明かす』山崎茂明
究業績=研究能力≠教育能力,管理能力,社会への
情報科学技術協会,2004年,1,200円(税込)
応用(臨床)
」
,としている。それだけ教員(研究者)
の総合評価が難しいから,IF偏重の考えが生まれてき
てしまったのかもしれない。
IFを理解するための本を紹介するつもりが脱線ばか
りしてしまった。よくよく考えるとトムソン自体が
公的な機関でも何でもなく,IF自体も公式な数字では
ない。それでも踊る人,踊ろうとする人,踊らされ
る人,踊らせようとする人がいる。IF値上昇のために
行われる涙ぐましい努力を見るとそこには悲しくも
おかしい人間模様が現れてくる。それだけガーフィー
http://www.infosta.or.jp/publish/bookannai/impactfactor.html
ルドとその考案したアイデアが偉大なのだろう。
2010年には生誕85年を迎えたガーフィールドはまだ
雑 誌 の 影 響 度 を 表 す に す ぎ な いI Fで あ る が, 大
まだ健在である。インドではそれを記念した論文集
学,学会や研究機関において業績評価への転用によ
が発行されており,インドの国立科学コミュニケー
る誤用・悪用が相次いでおり,ついには文部科学省
ション情報資源研究所のリポジトリで全文が読める
が2005年に学会等へ文書8) を配布するまでに発展し
ようになっている9)。
た。本書は主として著者の研究テーマであるライフ
サイエンス領域の豊富な事例をもとに,I Fの読み方
だけでなく,課題や問題点を挙げた上で,読者が正
しく理解できるように書かれた教科書である。著者
の山崎は研究者による論文不正行為の研究で知られ,
不正行為が発覚する度に必ずと言っていいほどマス
コミからコメントを求められているので,(本当は起
こってはいけないのだが)不正行為が起こった時に
は,新聞に山崎先生の名前を一つご確認いただきた
い。
著者は冒頭で「[IFは]雑誌評価のひとつの指標であ
り,けっして個人の業績評価に利用できるものでは
ないと明言している」と,ガーフィールドの言葉を
引用してIFの誤用を戒めているのが印象的である。著
執筆者略歴
伊藤 民雄(いとう たみお)
1967年生まれ,岐阜県各務原市(本の街になったそう
です)出身。1989年に学校法人実践女子学園入職(1989
年より実践女子大学図書館,2008年より実践女子学園情
報センター所属)。2007年より千代田区立図書館評議会
評価部会委員。元千代田図書館館長の柳与志夫氏の『千
代田図書館とは何か : 新しい公共空間の形成』(ポット出
版, 2010年)を読んで千代田図書館の本質をやっと理解。
これまで何を見ていたのかと反省(○| ̄|_)。現在,世
者は「教育など研究以外の活動を評価する定量的な
界150か国の全国書誌サービスガイド(取次,チェーン
指標はないものだろうか」という質問をよく受ける
書店等の出版流通,必読文献リスト等含む)の原稿執筆
そうである(33ページ)。「ない」と回答した上で,
「研
中。
713
情報管理
JOHO KANRI
2011
vol.53 no.12
Journal of Information Processing and Management
March
http://johokanri.jp/
参考文献
1) ウィーガンド,ウェイン・A. 手に負えない改革者:メルヴィル・デューイの生涯. 川崎良孝, 村上加代子訳.
京都大学図書館情報学研究会, 2004, 494p.
2) スティーヴンス, A. 英国全国書誌の歴史:1950-1973. 松村多美子訳. 日外アソシエーツ, 1998, 160p.
3) 竹内悊. “メルヴィル・デューイ”. 図書館を育てた人々 外国編1 アメリカ. 日本図書館協会, 1984, p. 75-84.
4) 藤田節子. 国内科学技術系学会誌の投稿規定の分析:参照文献の記述,著作権を中心として(I)
. 情報管理.
2006, vol. 48, no. 10, p. 667-676.
5) 藤田節子. 国内科学技術系学会誌の投稿規定の分析:参照文献の記述,著作権を中心として(II)
. 情報管理.
2006, vol. 48, no. 11, p. 723-734.
6) 藤田節子. 国内人文・社会科学系学会誌の投稿規定の分析(I)
. 情報管理. 2007, vol. 49, no. 10, p. 564-575.
7) 藤田節子. 国内人文・社会科学系学会誌の投稿規定の分析(II)
. 情報管理. 2007, vol. 49, no. 11, p. 622-631.
8) 科学技術・学術審議会. 「文部科学省における研究及び開発に関する評価指針」の改定について(建議)
“
”.
文部科学省. http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu0/toushin/05111501.htm, (accessed
2011-01-01).
9) Subbiah Arunachalam. Special Issue: A tribute to Eugene Garfield, Information Scientist Extraordinaire, on
his 85th birthday. Annals of Library and Information Studies (ALIS). 2010, vol. 57, no. 3, http://nopr.niscair.
res.in/handle/123456789/10230, (accessed 2011-01-01).
714
図書紹介 ●Newbook
実業之日本社
ブックビジネス2.0
2010年
ウェブ時代の新しい本の生態系
四六判変型
240p.
岡本真,仲俣暁生●編著
1,995円(税込)
金正勲,津田大介,長尾真,野口祐子,橋本大也,渡辺智暁●著
ISBN 978-4-408-10853-7
情報管理 53(12), 715-715, doi: 10.1241/johokanri.53.715 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.53.715)
岡本真(アカデミック・リソース・ガイド代表取
がもたらす利便性や公益性(本書では科学分野のデー
締役),金正勲(慶応義塾大学大学院政策・メディア
タマイニングが一つの例として挙げられている)を
研究科准教授),津田大介(インターネットユーザー
抑圧してしまうことになる。そして過度な規制は社
協会代表理事),長尾真(国立国会図書館長),野口
会の発展を阻害すると警告し,デジタル時代に相応
祐子(弁護士,クリエイティブ・コモンズ・ジャパ
しい多様なライセンスの必要性が語られている。ま
ン常務理事),橋本大也(データセクション代表取締
た,技術の発展により広がる新たな可能性をどこま
役),渡辺智暁(国際大学GLOCOM主任研究員)とい
で社会に取り入れるべきか新しい価値判断が必要に
そうそう
う錚々たる7人の著者が本をめぐる未来を構想する本
なるという野口による指摘の妥当性は,A m a z o nの
である。
電子ブックリーダー K i n d l eの文章読み上げ機能をめ
発売は “電子書籍元年” と呼ばれた2010年であるが,
ぐる騒動(同機能が音声化権の侵害にあたるとして
企画が始まったのは2009年の初秋で,その間に起こっ
Authors Guild(著作者団体)が抗議をした結果,著
た(電子書籍端末の発売,ソーシャルメディアの隆
作権保有者が機能制限できるようシステム修正され
盛等)さまざまな「ダイナミックな動きに刺激を受
たが,それを受け視覚障害者団体がAuthors Guildに
けるなかで編集」(6頁)された。それゆえか著者の
対し抗議行動を起こした)からも明白だ。
顔ぶれ同様,内容も多岐にわたる。印税,著者と出
このように本書は,単なる「ブックビジネス」の
版社の新たな関係,読者との関わり方など,多くの
ノウハウ本とは一線を画し,電子書籍時代における
人がタイトルからまず連想すると思われる,「ブック
知識・情報をめぐる普遍的な社会制度のあり方を提
ビジネス」についての考察が前半部を占める。中盤
言する内容となっている。
は図書館の近未来像,国立国会図書館を中心とした
また,本書は電子書籍としても刊行されている
電子書籍配信構想などアカデミックな論考が展開さ
(2010年11月17日)
。各著者の章を個別に購入できる
れる。そしてそれらすべてに関わってくるであろう,
のはもちろん,ソーシャルリーディング(選択した
新しい制度設計に関する提言(著作権とライセンス,
引用箇所を簡単にツイッターに投稿できる)
,e P u b
フェアユース,政策課題等)が後半部となっている。
ファイル書き出しなど電子書籍ならではの機能を実
本 書 の 企 画 が 動 き 始 め た2009年 初 秋 と い え ば,
装している。また今後ソーシャルリーディング機能
「Googleブック検索」訴訟の和解案をめぐり世界中の
の追加(ハイライトの追加と共有,メモの書き込み
出版界が騒然としていたころだ。この騒動は,ベル
と共有)等が行われる予定だという。電子書籍の可
ヌ条約を根幹とする現行の著作権法が,技術の発展
能性を追求していくこのような取り組みが,新たな
に伴い制度疲労を起こしていることを明白にした。
「ブックビジネス」を切り開いていくことを期待した
現行の著作権法のままでは,複製が著作者にもたら
す弊害を抑制することはできるが,また同時にそれ
い。
(
『情報管理』編集事務局)
715
情報管理
JOHO KANRI
2011
vol.53 no.12
Journal of Information Processing and Management
http://johokanri.jp/
March
情報管理 53(12), 716-719, doi: 10.1241/johokanri.53.716 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.53.716)
New York Times紙の「課金の壁」
紙は1年前に「課金の壁」を決定したが,その半年後
にはオンライン版の有料購読数が,紙版の購読数の2
New York Times紙は,毎月一定数のオンライン記
倍である14万9,000に達する成功を見せている。なお,
事は無料で読めるが,その数を超えた閲覧には課金
Wall Street Journal紙は新規の購読者に1か月9ドル
(約
する「課金の壁」(p a y w a l l)制度を2011年から実施
740円)弱でフルコンテンツへのアクセスを提供して
するとの方針を2010年1月に発表していたが,フルア
いる。英国ではTimes紙とSunday Times紙が2010年6
クセスの価格がKindleでの現行購読料金1か月19.99ド
月にオンライン記事の有料化を実施しており,1週間
ル(約1,640円)を下回ることが,Bloomberg社によっ
2ポンド(約265円)を支払うことにより,両紙のコ
て明らかにされた。N e w Y o r k T i m e s社は,第1四半
ンテンツにアクセスすることができる。
期中に実施される予定の新しい制度の詳細について,
(http://online.wsj.com/article/SB10001424
正式には何も発表していないが,1か月約50ドル(約
052748704213404576100033883758352.
4,100円)の購読料を支払う紙版の購読者にはすべて
html?KEYWORDS=New+York+Times)(accessed 2011-
のコンテンツが無料提供される。オンライン版には
02-09).
現在1か月に3,000万名がアクセスしており,W e bサ
イト上に年間1億ドルを超える広告を生み出している
A m a z o n社の電子書籍売り上げがペーパー
との計算もなされている。New York Times社幹部は,
バックを抜く
オンライン版のヘビーユーザーは全体の15%程度で
あるので,大多数の利用者には課金されないであろ
716
世界最大のオンライン書店であるA m a z o n社は,
うとの見方をしている。また,検索エンジンなどを
2010年7月にKindle向け電子書籍の売り上げがハード
通して来る多くの利用者は,検索結果の第1ページに
カバーの売り上げ数を超えたと発表したが(2010年
現れるコンテンツはいくつでも見られるようにする
初めからでは,ハードカバーの3倍の売り上げを記
と述べている。現在は無料提供しているi P a d版にも
録)
,予想していたよりも速く今やペーパーバック
新制度の開始と同時に20ドル程度が課金されそうで
の売り上げ数をも上回ったと発表した。販売された
ある。
ペーパーバック100冊に対し,Kindle向け電子書籍は
New York Times社だけではなく,インターネット
115冊売れている計算である。1923年以前に出版さ
出版物との競争の中で印刷版の広告料や購読収入が
れた著作権の切れた何百もの無料本を計算にいれる
減少している他の新聞社も,新しい収入源を探し求
と,Kindle向け電子書籍の占める割合はもっと高いと
めており,どれだけのコンテンツを無料提供するか,
考えられる。K i n d l e向け電子書籍のタイトル数は現
どれだけのコンテンツを「課金の壁」の背後に動か
在81万を超えるが,そのうちの67万タイトルは9.99
せるか,アクセス料金をいくらにするかについて方
ドル以下の価格で販売されている。A p p l e社のi P a d
針を決めようとしている最中である。Financial Times
やBarnes & Noble社のNookなどの電子書籍リーダー
情報界のトピックス ●Topics of the information community
との熾烈な争いがあるにもかかわらず,Kindle3の販
記録を求める際には,
「記録が求められるに足る合理
売数は数百万台に達しており,A m a z o n社の第4四半
的な根拠がある」ことを示す「事実の陳述」を要求
期の売り上げは初めて100億ドルに達し,Amazon社
する。現在の法律では政府が調査中にあらゆる有形
の収入は8%,収益は36%増加した。Amazon社は書
物にアクセスすることが許されている。米国図書館
籍販売にとどまらず,最近は出版事業にも乗り出し,
協会(ALA)は,図書館支持者に対し,上院司法委員
AmazonEncoreインプリントの16タイトルと,翻訳
会が法案を採択することを議員に呼びかけるよう強
本を出版するAmazonCrossingインプリントの8タイ
く薦めている。
トルを予定出版リストに掲載した。どちらのインプ
他方,下院は2月8日に米国愛国者法の3条項の延長
リントも出版するにあたっては,Amazon社の詳細な
を採決にかけたが,結果は277対148で,必要な3分の
販売データや顧客のレビューを利用し,従来の出版
2に7票足りず,否決された。
連鎖には入らない作家を見つける方法を模索してい
(http://www.libraryjournal.com/lj/communityacade
る。AmazonEncoreは出版した書籍をAmazon以外の
miclibraries/889122-419/bill_would_amend_patriot_
場所でも販売する意図を持っているが,実現化する
act.html.csp)(accessed 2011-02-09).
かどうかは疑問視されているようである。
(http://technolog.msnbc.msn.com/_
iPad向けデジタル新聞創刊
news/2011/01/28/5940731-kindle-books-nowoutsell-paperbacks)(http://www.libraryjournal.com/lj/
ニューズ・コーポレーションは2月2日,初のi P a d
communityacademiclibraries/889105-419/amazon_
向けデジタル新聞「T h e D a i l y」を創刊した。印刷版
continues_its_push_into.html.csp)(http://phx.
の新聞をベースに創刊された有料電子新聞は既にあ
corporate-ir.net/phoenix.zhtml?c=176060&p=irol-
るが,T h e D a i l yは印刷版やパソコン版を発行せず,
newsArticle&ID=1521090&highlight=)(accessed
独自の記事を掲載する。i P a dアプリとしてA p p l eの
2011-02-09).
米国愛国者法(Patriot Act)は改定されるか
「A p p S t o r e」からダウンロードして利用する形にな
る。購読料(週99セント,年39.99ドルの)のほかに
広告料を収入源とする。記事は「ニュース」
「スポー
ツ」
「ゴシップ&セレブ」
「論説」
「アート&ライフ」
「ア
1月26日に米国のPatrick Leahy民主党上院議員が,
プリ&ゲーム」の6分野で,1日分のページ数は最大
2月末に失効する予定の米国愛国者法(P a t r i o t A c t)
100ページになるとしている。読者は,記事にテキス
の3つの条項を再認証する法律「U S A P AT R I O T A c t
トや音声でコメントを残したり,TwitterやFacebook
Sunset Extension Act of 2011 (S. 193)」を,自身が議
で共有したりできる。会長兼C E Oのルパート・マー
長を務める上院司法委員会に再提出した。この法案
ドック氏は,
「The Dailyは,デジタル時代に新聞記事
は2009年に上院司法委員会で承認されたものの,上
がどのように語られ,消費されるかを示すモデルに
院では投票にかけられずに終わっていたが,政府が
なると考えている」と述べた。ニューズ・コーポレー
米国愛国者法の下で広範な監視権限をどのように行
ションは,タイムズ紙やウォールストリートジャー
使するかについて,政府に監督と説明責任を加える
ナル紙,映画会社20世紀フォックスなどを傘下に持
ものである。3つの条項には「図書館記録条項」とも
つ世界的複合メディア企業。
呼ばれるビジネス記録に関する215条が含まれてお
(http://www.newscorp.com/news/news_471.html)
り,これはF B Iがテロリズム調査に関連して図書館の
(accessed 2011-02-08).
717
情報管理
JOHO KANRI
2011
vol.53 no.12
Journal of Information Processing and Management
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March
エジプトでネット遮断,音声ツイートサービ
iPadユーザーの電子書籍利用動向調査
スも登場
電通総研は2月2日,Appleのタブレット端末「iPad」
エジプトでは大規模な反政府デモが発生した1月
ユーザーを対象として米国で実施した,電子書籍・
28日以降,インターネット接続サービスが全面的
雑誌・新聞利用動向に関する調査の結果を発表した。
に遮断される事態となった。米セキュリティ企業
ユーザーの9割がi P a dを毎日利用しており,一日の平
A r b o r N e t w o r k sによると,28日には世界中の80の
均利用時間は83分だった。端末の利用目的では,
「電
プロバイダとエジプトの間のトラフィックが急激
子メール」
「W e b閲覧」
「ソーシャルネットワーキン
に減少したという。それまではデモの活発化とと
グ」
「電子書籍」など,
PCと同様の使い方が多かった。
もにトラフィックが増大していた。また,G o o g l e
i P a dユーザーのうち約34%は電子書籍リーダーも併
の「Google Transparency Report」でも,エジプト
用しており,閲覧時間のシェアではi P a dと電子書籍
からのYouTubeやGoogle検索へのアクセスが急激に
リーダーがほぼ拮抗していることがわかった。電子
減少していることがわかる。デモ参加者がT w i t t e rや
書籍の月平均購読数は3.2冊,一方印刷版の月平均購
Facebookなど,インターネット上のサービスを利用
読数は2.9冊だった。印刷版の購読数は,i P a d以前に
して連絡を取っていたことから,デモの広がりを恐
比べて変化はなく,電子版普及による,紙の書籍へ
れた当局がインターネットを遮断したものと考えら
のマイナスの影響は今回の調査では見られなかった。
れる(その後,2月2日には数日ぶりにインターネッ
(http://release.nikkei.co.jp/detail.
トアクセスが復旧している)。
cfm?relID=272615&lindID=5)(accessed 2011-02-08).
このような状況のなかで,G o o g l eとT w i t t e rは1
月31日,インターネットにアクセスできなくても
Wikipedia10周年
T w i t t e rに投稿できる「s p e a k2t w e e t」を立ち上げ
た。エジプトのユーザーが所定の番号に電話をして
W i k i p e d i aは1月15日に2001年の開設から10周年
メッセージを録音すると,T w i t t e rのアカウント(@
を迎えた。10年間に270の言語で,1,700万件を超え
speak2tweet)にその音声メッセージへのリンクが投
る記事が作成されている。創設者のジミー・ウェー
稿される。Twitterは,2009年のイラン大統領選挙を
ルズ氏は,
「力になってくれた人々に感謝したい。
めぐる混乱でも,抗議行動を行う国民の重要な情報
Wikipediaを編集し,この素晴らしい知識基盤に貢献
交換手段になった経緯がある。TwitterやFacebookな
してくれた人全員に感謝したい。Wikipediaを読んで,
どのソーシャルネットワークサービス(SNS)は,政
アイデアや知識と接している人全員に感謝したい。
情不安定な状況下で国民をサポートする役割を果た
Wikipediaが目指したのはそういう存在だ。多くの人
すことが多くなっていると言える。
に読んでもらうためのものだ」と述べている。
(http://asert.arbornetworks.com/2011/01/egypt-
米国の調査団体Pew Internetが1月13日に発表した
loses-the-internet/)(http://www.google.com/
調査報告書「Wikipedia, past and present(Wikipedia
transparencyreport/traffic/)(http://googleblog.
の過去と現在)
」によると,2010年5月の時点で,米
blogspot.com/2011/01/some-weekend-work-that-
国のインターネットユーザーの53%がWikipediaを利
will-hopefully.html)(accessed 2011-02-08).
用していることがわかった。これは2007年の前回調
査(36%)から増加している。18歳以上の全米国民
に対するWikipediaユーザーの割合でみると,2007年
718
情報界のトピックス ●Topics of the information community
2月は25%だったのが,2010年5月には42%に増加し
(http://www.stm-assoc.org/news.php?id=344)
ており,米国社会にWikipedia利用が広まっているこ
(http://www.publishers.org/main/PressCenter/
とがわかる(2010年5月のインターネットユーザーの
Archicves/2011_Jan/AmericaCOMPETESPressRelease.
割合は79%)。
htm)(accessed 2011-02-09).
(http://wikimediafoundation.org/wiki/Wikipedia_
Celebrates_10_Years_of_Free_Knowledge)(http://
N P G,論文への新たなアクセスオプションを
pewinternet.org/Reports/2011/Wikipedia/Report.
発表
aspx)(accessed 2011-02-08).
Nature Publishing Group(NPG)は,1月5日,オ
S TM,“America COMPETES Reauthorization
ンライン論文レンタルサービスDeepDyveを利用した
Act of 2010” でパブリックアクセス問題解決に
アクセスの提供を発表した。N a t u r e誌をはじめとす
期待
る5誌の2008年以降のコンテンツを,DeepDyveを通
じて読むことができる(検索はすべてのN P Gジャー
国際STM出版社協会(STM)は,米国で法案 H.R.5116
ナルについて可能)
。各記事の24時間の “v i e w o n l y”
“America COMPETES Reauthorization Act of 2010”
(
「米
価格は3.99ドル。また,Springer社は,1月10日,同
国の技術・教育・科学における卓越性に関する意味
社が発行する100誌以上の論文をDeepDyveから利用
ある促進機会の創造再承認法」)がオバマ大統領の
できるようにすることを発表した。2011年第1四半
署名で1月4日に成立したことを受け,Title I “Office
期中にも開始する。D e e p D y v eプラットフォームか
of Science and Technology Policy” の規定Sec.103.
らSpringer の論文をレンタルできるようになるほか,
“Interagency Public Access Committee”(省庁間パブ
SpringerLinkからも非購読者が簡単に論文を見ること
リックアクセス委員会)に言及し,政府助成研究成
ができるようDeepDyveへのリンクがオプションとし
果のパブリックアクセス問題解決への期待を示す声
て追加されるという。
明を発表した。S e c .103には,政府助成研究成果の管
DeepDyveは,DeepDyve社が2009年10月に開始し
理・流通に関する省庁間のパブリックアクセス方針
たサービスで,開始当初は学協会や大学出版局が参
を調整する同委員会の責務が規定されており,S T M
加していたが,Wiley-Blackwellが2010年10月4日に
は「商業出版社などを含むnon-federalな関係者の意
DeepDyveを利用したパイロットプログラムを開始し
見を聞くこと」「科学・工学関係者への経済的影響に
たのをはじめ,商業出版社による導入が相次いでい
つき利益の最大化を図ること」「査読における科学出
る。
版社の役割を考慮すること」「特許法や著作権法を損
(http://www.nature.com/press_releases/rental.
ねないこと」などの規定をハイライトした。
html)(http://www.springer.com/about+springer/
1月10日には,米国出版者協会(AAP)Professional
media/pressreleases?SGWID=0-11002-6-1062321-0)
Scholarly Publishing(PSP)部門とDC Principles
(http://as.wiley.com/WileyCDA/PressRelease/
Coalition of scientific publishers(DCPC)が同法案中
pressReleaseId-84017.html)(http://www.deepdyve.
の同規定を称える共同声明を発表した。
com/nature)(accessed 2011-02-09).
719
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JOHO KANRI
2011
vol.53 no.12
Journal of Information Processing and Management
March
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J S Tが収集している海外の雑 誌から, 情 報 科 学 技 術に関する興 味 深い文 献を掲 載
いたします。ここに紹 介した文 献のコピーをご希 望の場 合は、J S Tの複 写サービス
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リストの最後でも悪くはない:arXiv論文の引用
と読者層に及ぼすもう一つのリスト位置効果
Last but not least: Additional positional effects on
citation and readership in arXiv
新着論文リストでの論文の位置の効果を調べて
きた。当初は先頭付近の論文の目立ち度(visibility)
効果と著者の自己宣伝効果を引用率との相関から
調べていた。この論文では,リスト末尾の逆目立
ち 度 効 果 と 投 稿 締 切 前20分 間 の 遅 延 効 果 を 調 べ
た。高エネルギー理論物理学の主要2分野について,
リスト末尾の論文は短期読者層及び長期引用が多
く,先頭付近の論文の目立ち度効果とほぼ同程度
であった。一方の分野では,締切直前に投稿され
た論文の引用率が偶然にその位置に掲載されるこ
とになった論文よりも引用率が高かった。地理的
影響を排除し,失念・夜型人間といったことを含
めてこの原因を検討した。
HAQUE Asif-Ul; GINSPARG Paul (Cornell Univ., NY,
USA), J Am Soc Inf Sci Technol (USA) 2010 61 (12)
2381-2388, 10A1621954
共引用分析,書誌結合,直接引用:どの引用分
析法がリサーチフロントを最も正確に表すか?
Co-Citation analysis, bibliographic coupling,
and direct citation: Which citation approach
represents the research front most accurately?
生物医学分野の最近の文献200万件以上(2004
-2008)について,3つのマッピング・アプロー
チ(共引用分析,書誌結合法,直接引用法)に書
誌結合をベースにした引用テキストハイブリッド・
アプローチを加えて比較した。これらのアプロー
チは生物医学分野のリサーチフロント(研究最前
線)を表示する手法であり,文献の92%以上をク
ラスタ化できた。これらの手法の精度をクラスタ
内コヒーレンス(Jensen-Shannon divergence)と
MEDLINEのgrant-to-ar ticleリンケージをベースに
した集中度を利用して比較した。両指標で書誌結
合法が共引用分析をやや上回り,直接引用法は両
者をかなり下回った。ハイブリッド・アプローチ
は書誌結合法を全ての面で改善した。
BOYACK Kevin W. (SciTech Strategies, Inc., NM,
USA); KLAVANS Richard (SciTech Strategies, Inc.,
PA, USA), J Am Soc Inf Sci Technol (USA) 2010 61
(12) 2389-2404, 10A1621955
2つの書誌マッピング手法の比較:多次元スケー
リングとVOS(visualization of similarities)
A comparison of two techniques for bibliometric
mapping: Multidimensional scaling and VOS
多次元スケーリング法(M D S)と新しいマッピ
ング手法であるV O Sを比較した。理論面ではこの2
つの手法の数学的関係を示した。経験的には,著者・
雑誌・キーワードのマップを利用した。M D Sによ
る方法ではアーティファクトが見られたが,V O S
のマップでは見られなかった。V O Sによるマップ
の方がM D Sより満足なデータ表現を与えると結論
した。
書誌データ凡例:著者名 (著者の所属機関名), 誌名 (発行国) 発行年 巻 (号) 開始ページ-終了ページ, 整理番号
*Copyright 2010 Elsevier B.V., Amsterdam. All rights reserved. Translated from English into Japanese by JST
720
海外文献紹介 ●Literature guide
DEKKER Rommer t (Erasmus Univ. Rotterdam,
NLD); VAN DEN BERG Jan (Delft Univ. Technol.,
N L D ) ; J A N VA N E C K N e e s , WA L T M A N L u d o
(Leiden Univ., NLD), J Am Soc Inf Sci Technol (USA)
2010 61 (12) 2405-2416, 10A1621956
引用の確率分布における普遍的でないべき乗則
スケーリング
Nonuniversal power law scaling in the probability
distribution of scientific citations
科学の引用において,直接的メカニズムと間接
的メカニズムという2つのメカニズムを含むモデル
を開発し,引用の確率分布における普遍的でない
べき乗則スケーリングについて議論を行った。直
接的メカニズムとは,新しい論文の著者が古い論
文Aを見つけそれを引用することである。間接的メ
カニズムとは,新しい論文の著者が,以前にAを引
用したことがあるより新しい中間的論文Bの参考文
献リストを介してのみ,古い論文Aを見つけ出すメ
カニズムである。ここではこれら2つのメカニズム
のモデルを提示し,それらの数学的性質について
詳細な議論を行った。3種類のデータセットを具体
的に取り上げ,正規化された経験的確率分布関数
と相補的累積分布関数を示した。それらデータベー
スに対するh指数範囲に対するパラメータ当てはめ
の結果を示すとともに,h指数に対してプロットさ
れたべき乗則指数を示し,それが普遍性を持たな
いことを示した。その結果,引用数の多い研究者
個人はそうでない人に比べてより小さな指数を持
つことを示した。
PETERSON George J.; PRESSE Steve; DILL Ken A.
(Univ. California, CA, USA), Proc Natl Acad Sci USA
(USA) 2010 107 (37) 16023-16027, 10A1033413
721
情報管理
JOHO KANRI
2011
vol.53 no.12
Journal of Information Processing and Management
http://johokanri.jp/
March
■第53巻最終号をお届けします。各巻最終号には巻
索引を掲載しておりますが,この1年間に掲載した記
事を一覧すると,時宜を得た記事やご好評いただい
た連載,また『情報管理』だからこそ掲載できた記
事など,多彩な記事を掲載できたと感慨深く思い返
します。
『情報管理』は特集制を取らず,広く情報収
集のアンテナを張って記事にすべきと判断した情報
のタイムリーな掲載を心がけているため,時に記事
同士の関係性やコンテキストが見えづらくなるきら
いがあります。が,こうして1年ごと,また5年10年
といった長いスパンで眺めれば,その時々の時流や
情報界の目指す方向性が浮かび上がってきます。
■常に新しい情報を読者と共有しようとしてきた先
達と読者とが積み重ねてきた『情報管理』53年の
歴史を今改めて重く感じます。『情報管理』は,時
代の変遷とともにその役割を変えてきましたが,ど
の時代の編集委員も,今,そして未来の読者が必要
とする情報を届けようという想いで続けてきたこと
がいつしか『情報管理』らしさを形作り,また常に
新しい『情報管理』をその上に積み重ねていくのだ
ろうと思います。
■今号をもって「海外文献紹介」コーナーは終了し
ます。インターネットでの文献情報収集が容易にな
り,速報性に劣る冊子体での情報発信の価値が相対
的に低下したことなどがその理由です。最初に『情
報管理』誌に「海外文献紹介」が掲載されたのは第
5巻(1962年)。J S T情報事業の前身であるJ I C S T
が「内外の科学技術情報を迅速かつ適確に提供する
こと」を目的に設立されたことを考えると,『情報
管理』誌のコアな情報の一つであり,長い歴史のあ
るコーナーを終了することは非常に残念ですが,こ
れも一つの時代の変化でしょう。これからも『情報
管理』誌は,読者の皆様の声に耳を傾けながら,今
の時代に求められる情報を発信しつづけてまいりま
す。今後も『情報管理』誌をご愛読くださいますよ
う,お願い申し上げます。
(MT)
<「海外文献紹介」終了のお知らせ>
「海外文献紹介」は今号をもって終了いたしま
す。これからはJ-GLOBALのアラート機能をご
利用くださるようお願いいたします。
『情報管理』誌では,国の内外から広く投稿原稿を受け付けています。日ごろのご研鑽の成果を執筆
されて,本誌に発表されることをお待ちしております。
□次号予定
●CrossRefは学術コミュニケーションを促進する
●膨大な情報から必要とされる情報を報せるリスクマネジメントツールとしてのTRENDREADER
●日本発行の科学技術分野の電子ジャーナル数:2005年から 2008年への変遷
●英文学術論文誌における著作権の取り扱い調査結果および著作権規定の方向性について
情報
管理
JOHO KANRI
Journal of Information Processing and Management
科学技術振興機構
vol.53 no.12 March 2011
●編集委員会
<委員長>大倉克美(科学技術振興機構)
<編集委員>
小河邦雄(大正製薬㈱)・小林良子(㈱日本能率協会総合
研究所)・清水美都子(㈶日本特許情報機構)・野坂美恵
子(東京医科大学図書館)・青山幸太・安部耕造・飯田創
治・國岡崇生・栗本達児・黒田明子・佐藤恵子・土屋江里・
深澤信之・矢口学・余頃祐介(以上科学技術振興機構)
2011年3月1日発行(月刊)
年間購読定価 本体 ¥13,650(税込)
1部定価
本体 ¥1,260(税込)
編集・発行
独立行政法人 科学技術振興機構
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
「情報管理」編集事務局
Tel. 03(5214)8406 Fax. 03(5214)8470
E-mail: [email protected]
http://johokanri.jp/
Published monthly by Japan Science and Technology Agency, Department of Advanced Databases
P.O.Box 2, Kojimachi Tokyo 102-8666 JAPAN
・本誌に落丁・乱丁がありました節は,まことに恐れ入りますが,最寄りの情報提供部または各支所宛に現品をご返送下
さい。送料は当機構の負担で,お取り替えいたします。勝手ながら現品送付のない場合は,お取り替えいたしかねます。
・未着事故などのご連絡は発行後2か月以内にお願いします。以後は原則としてお受けできません。
© Japan Science and Technology Agency 2011 無断転載を禁ず
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