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PRINT ISSN 0021-7298
ONLINE ISSN 1347-1597
昭和33年8月8日第3種郵便物認可 第52巻第7号平成21年10月1日発行(毎月1回1日発行)
情報管理
JOHO
KANRI
Journal of Information Processing and Management
10
October
2009
出版をめぐる動き,ひいては
出版社の未来について
国際出版連合会長に聞く
最新サーチ技術動向
ネットが変えた 検索 と来るべき進化
米国Googleブック検索訴訟の和解が持つ意味
図書館関係者への助言
vol.52 no.7 p.387-452
http://johokanri.jp/
月号
情報管理
JOHO KANRI
2009
vol.52 no.7
Journal of Information Processing and Management
インタビュー:
出版をめぐる動き,ひいて
は出版社の未来について
387
SPRUIJT, Herman P.
インタビューと翻訳:
荒川紀子
国際出版連合会長に聞く
■2009年5月,IPA(国際出版連合)とIFLA(国際図書館連盟)は,オープンアクセスに関する共同声
明を発表しました。オープンアクセスについては立場を異にする出版社側と図書館側を代表する組織
から共同で声明が出された背景や,シリアルズ・クライシスについての出版社側の見解,Googleブッ
ク検索訴訟の和解に関する立場などを,IPA会長であるHerman P. Spruijt氏に尋ねました。エルゼビア,
トムソン,シュプリンガーと学術出版や流通を担う国際的企業へインタビューしてきましたが,今回
は,国際的出版社団体の長から,学術情報流通や著作権,国際団体としての役割などについて話を聞
きました。
最新サーチ技術動向
396
酒井裕司
405
山本隆司
ネットが変えた“検索”
と来るべき進化
■長らくインターネット検索ではトップを走るGoogleをYahoo!他が追う構図でした。今年に入り,自然
言語処理技術を使ったWalfram AlphaやBingといった検索サービスが相次いでリリースされました。ま
た,リンク(引用)関係や検索履歴,注釈・コメントなど,情報に付随するさまざまな外部情報を解
析することで,情報の重要度を評価し検索結果の表示に反映させる技術も進歩を続けています。イン
ターネット検索のみならず,企業向けに社内文書・情報を検索するエンタープライズ検索まで視野に
入れ,最新の検索技術の動向を解説します。
米国Googleブック検索訴訟の和解が持つ意味
図書館関係者への助言
■Googleブック検索の米国での訴訟の和解仮認可に基づく法定通知が日本の新聞各紙に掲載されてか
ら,半年が経ちました。現代の黒船ともいうべき突然の通知に,日本での反応も和解受け入れと離脱
に二分されているように,和解の内容をどう理解すればいいのか,日本の著作権者や著作物の利用者
に今後どのような影響が及ぶのか,関係者の間でも混乱が見られます。日本と米国(ニューヨーク州)
で弁護士資格を持ち知的財産権を専門とする弁護士が,Googleブック検索訴訟の和解内容を,フェア・
ユースやクラス・アクションといった日本人になじみの薄い概念を説明しながら解説します。
目次
月号
October
リレーエッセー:
417
中江貴彦
419
時実象一
422
佐藤京子
426
長神風二
岡本 真
佐藤亜紀
佐藤亜紀子
430
森田歌子
434
湯本長伯
439
名和小太郎
441
加藤多恵子
インフォプロってなんだ?
私の仕事,学び,そして考え 第7回
集会報告:
学術出版協会(Society for Scholarly Publishing)
第31回年次大会
SLA 2009 Annual Conference
Special Library Association 100周年記念大会
学術情報の自由な集いが生む新たなつながり
第4回ARGカフェ@仙台
情報交差点:
情報学にパラダイムシフトを起こすオープンシステム
サイエンス!
情報担当者はどう理解し,どう行動すればいいのか
㈱ソニーコンピュータサイエンス研究所代表取締役社長 所眞理雄氏に聞く
視点:
データベースという考え方の展開と21世紀の生活
情報論議 根掘り葉掘り:
発明家という発明
この本!∼おすすめします∼:
「図書館に関連する最新の技術を教える」にあたって
445
情報界のトピックス
449
海外文献紹介
452
編集後記
vol.52 no.7
JOHO KANRI 2009
Contents
October
Journal of Information Processing and Management
Interview:
About developments in publishing,
and therefore about the future of
publishers
387
SPRUIJT, Herman P.
Interview and translation
by ARAKAWA Noriko
An interview with the president of IPA
The trend of search technology
396
SAKAI Hiroshi
The implication of the settlement in the Google Book
Search Case
405
YAMAMOTO Takashi
Relay essay:
417
NAKAE Takahiko
419
TOKIZANE Soichi
422
SATO Kyoko
426
NAGAMI Fuji
OKAMOTO Makoto
SATO Aki
SATO Akiko
430
MORITA Utako
434
YUMOTO Naganori
439
NAWA Kotaro
441
KATO Taeko
Search technology in internet era and next big changes
What I do, study, and think as an information professional (7)
Opinion:
Society for Scholarly Publishing 31st Annual Meeting
SLA 2009 Annual Meeting
Special Library Association Centennial Celebration
Building bridges by a flexible meeting on scientific
communication
The 4th ARG Café @ Sendai
Information crossroad:
Open System Science brings paradigm shift to
informatics
How should information professionals see it and act?
Interview with Mario Tokoro, president of Sony Computer
Science Laboratories, Inc.
Opinion:
The database and our life in the 21 century
In-depth argument on information:
Can we invent inventors?
My bookshelf:
The recent technologies in libraries
The way of teaching
445
Topics of the information community
449
Literature guide
452
Editor's note
インタビュー:出版をめぐる動き,ひいては出版社の未来について
インタビュー
出版をめぐる動き,ひいては出版社の
未来について
国際出版連合会長に聞く
About developments in publishing, and therefore about the future of publishers
An interview with the president of IPA
SPRUIJT, Herman P.1
インタビューと翻訳:荒川紀子2
1
2
1
2
国際出版連合会長
科学技術振興機構研究基盤情報部(〒102-8666 東京都千代田区四番町5-3)
President, International Publishers Association (3, avenue de Miremont, CH-1206 Geneva, Swiss)
Department of Advanced Databases, Japan Science and Technology Agency (5-3 Yonban-cho Chiyoda-ku, Tokyo 102-8666)
(情報管理 52(7), 387-395)
2009年5月,IPA(国際出版連合)とIFLA(国際図書館連盟)
1.
著作権と出版の自由を守る
は,オープンアクセスに関する共同声明を発表した。こ
の声明において両者は,事実に基づく冷静な議論をする
――インタビューの機会をいただき,ありがとうご
よう出版社側・図書館側双方へ呼びかけている。
ざいます。国際出版連合(I P A)は幅広い分野の出
本来,オープンアクセスについては対立する立場にあ
版社を代表する大きな上位団体ですので,なじみの
る出版社側と図書館側それぞれを国際的に代表する組織
ない読者も多いのではないかと思います。まず最初
から共同で声明が出された意味や,シリアルズ・クライ
に,I P Aの組織と使命について簡単にご紹介いただ
シス(学術雑誌の高騰問題)についての出版社側の見解,
けますか。
Googleブック検索訴訟の和解に関する立場などを,国際出
Spruijt氏:IPAは世界各国の出版社団体で構成されて
版連合(International Publishers Association: IPA)会長である
おり,ジュネーブに拠点を置いています。ジュネー
Herman P. Spruijt 氏に尋ねた。エルゼビア,トムソン,シュ
ブにはW I P O(世界知的所有権機関)とW T O(世界
プリンガーと学術出版や流通を担う国際的企業の経営陣
貿易機関)があるからです。われわれは国連より,
からお話を伺ってきたが,今回のインタビューから,図
ロスター登録(accredited)されている機関として各
書館・情報センターの業務に有益なヒントが得られるこ
種会議で意見を述べることを認められています。そ
とを期待する。
の中にはユネスコも含まれますので,パリまで出か
本稿は,2009年7月7日に行ったインタビューを弊誌編
集事務局にて編集・再構成したものである。
(編集事務局)
けることもあります。しかし,著作権がわれわれの
活動の中心であり,また,われわれはW T Oの影響
を受ける業界団体でもありますので,ジュネーブが
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とが非常に困難になっています。また,出版の自由
のために,その対極である検閲とも闘っています。
ある政府が検閲や著作権侵害などの抑圧的な政策に
及んだ際に,その国の出版社協会が政府と闘うのを
支援しているのです。
3番目の焦点は識字率向上と各国の読書活動推進
政策の支援です。情報の創出において出版社が重要
な役割を果たしていること,出版業が創造的な産業
Herman P. Spruijt氏 略歴
国際出版連合会長(2009年1月より)
ラ イ デ ン 大 学 で の 学 業 の 後,1974年 にK l u w e r
Publishing Companyからキャリアを開始し,印刷・出
版部門のさまざまなポジションを歴任した。1981∼
1987年には新聞社グループPerscombinatieで常任役員
に就任,オランダの全国紙であるTrouw紙発行責任者
となる。1987年,エルゼビア社に物理科学・技術部
門本部長として入社し3年後役員会に加わった。1994
年,同社副会長並びにC E O。1995年,エルゼビア・
サイエンス社会長に就任し,リード・エルゼビア社
の役員に加わった。現在,オランダのDe Monchy社と
Royal BDU社の代表取締役ならびにRoyal Brill社と経済
新聞Financieele Dagbladの役員を務めている。また,
いくつかの出版業界の団体活動にも貢献した。
であること,また,国の発展と教育,さらに政治シ
ステムの発展を実質的に支援していることを政府が
理解することが重要だからです。政治システムとし
ては民主主義が好ましいですが,人々が言論の自由
を持っている限りどんなシステムでも良いと思いま
す。面白いことに,必要ないと思われる国において
さえも,健全な出版産業があることがいかに重要か
自国の政府に繰り返し,繰り返し説いていく必要が
あるのです。
4番目の取り組みは,標準化と実用化です。特に
デジタル環境下では,出版物はさまざまなプラット
最も適しています。われわれは,ここで国連の専門
フォーム上で利用可能であるべきで,何かある度
機関を定期的に訪問して,頻繁に情報交換をしてい
に変更を加えなくてもよいようにしていくことが
るからです。
とても重要だと考えています。そのため,IPAはDOI
I P Aは19世紀末,ベルヌ条約が制定された直後に
(デジタルオブジェクト識別子)を後押しし,そ
パリで設立されました(1896年)
。われわれはパリ
れを国際STM出版社協会がCrossRefに発展させまし
で活動を始め,後にジュネーブに移ったのです。ベ
た。われわれは,ACAP(Automated Content Access
ルヌ条約によって初めて,出版社と著者は知的財産
Protocol)を支持し,サイトを検索エンジンがクロー
に関する諸権利を正式に与えられました。
ルする深さを出版社が制御できるようにしていま
I P Aは,現在4つの活動領域で活発な活動を行って
す。また,さまざまなデジタル環境で書籍を閲覧で
います。最も重要なのは,著作権の保護,特にデジ
きるようにする規格であるONIX(ONline Information
タル環境下での知的財産権の問題等,デジタル化が
eXchange)も支持しています。
もたらす多くの変化です。著作権侵害との闘いもこ
以上が,IPAの4つの活動です。
こに含まれます。
388
活動の第2の分野は,出版の自由,言論の自由で
――来日前にモンゴルのウランバートルを訪問され
す。I P Aは,いかなる国でも,誰もが,出版社を立
たと伺いました。どのような会合に出席されたので
ち上げ,情報を自由に流通させ,どんな話題でも自
すか?
由に議論することができることが大切だと考えてい
Spruijt氏:アジア・太平洋出版連合(APPA)の会議
ます。このため,いくつかの国はI P Aに加盟するこ
に出席してきました。APPAはIPAの正規メンバーで
インタビュー:出版をめぐる動き,ひいては出版社の未来について
はありませんが,この地域の多くの出版社協会を束
院新聞出版総署)と非常に密接な関係を持っていま
ねています。現在は,大韓出版文化協会(K P A)が
す。また,中国では,実質的な出版活動を行ってい
議長を務めていますが,もともとは日本書籍出版協
るのに出版社を名乗ることを許されていない出版
会が設立した団体です。日本書籍出版協会のおかげ
社も存在します。今回ウランバートルで一つ良い
で,現在このアジア太平洋地域のグループがあるわ
ニュースを聞きました。中国の出版社協会P A Cの代
けです。さて,今回はK P Aに招かれて出席したので
表が教えてくれたことには,印刷もしないようなイ
すが,I P Aにとっても加盟国やI P Aに未加盟の国と会
ンターネット出版社がP A Cに加盟することが許され
う貴重な機会でした。例えば,ベトナムや中国は
るようになってきているそうです。これは興味深い
I P Aに未加盟です。I P Aの定款では出版の自由や言論
動きです。これは進展であり希望でもあります。
の自由が加盟の条件となりますが,両国はこれを満
たしていないからです。中国は加盟に興味を持って
2.
Googleブック検索の和解を超えて
いますので,公式・非公式に話をしましたが,まだ
I P Aのメンバーになるには至っていません。しかし,
――最近,G o o g l eブック検索の和解案についての
われわれは話し合いを続けています。今回のA P P A
I P Aの報告書を読みました。このような問題に対す
の会議は,私にとってアジア太平洋地域で何が起き
るI P Aの役割や立場はどのようなものなのでしょう
ているのか知ることができ,また,加盟国や非加盟
か?
国と話せる,とても興味深い場でした。
S p r u i j t氏:これはとてもデリケートな案件なので,
また的確な質問ですね。今回のデリケートな点は,
――中国の出版社の中には,中国全体としてではな
(和解当事者である)A A P(米国出版協会)はI P Aの
く,一出版社として加盟したいと思っている出版社
一員で,他の国もまた皆I P Aのメンバーであるとい
もあるのではないでしょうか?
う事実にあります。I P Aは誰かを非難したり支持し
Spruijt氏:良い視点ですね。真摯に加盟を検討する
たりすることはできません。われわれは(A A Pの緊
出版社の団体が中国にあれば,I P Aへの参加は可能
密な協力を得ながら),どの出版社にもできる限り
です。ですが,現時点では,中国で新しい出版社協
多くの情報を提供します。われわれはあらゆる相談
会を設立することは不可能で,現行の協会(P A C)
に乗りますが,正式な助言はできません。しかしな
は出版と新聞を監督する政府機関G A P P(中国国務
がら多くの国は,アメリカの裁判制度に影響を与え
るためにできることはそれほどないという結論に
至っています。最も現実的な取り組みは,和解に参
加して著作権を所有する書籍の和解金を受け取った
後,和解から離脱して,改めて自分たちの書籍につ
いてどうするか判断することではないかと思われま
す。これはとても実利的な解決策であり,世界中で
現にそのような方向に進んでいます。
ここで一言言わなければならないことがあるので
すが,それが私の2つ目のポイントです。私の個人
的な考えでは,出版社は今までやるべきことに一緒
に取り組んでこなかった。もしわれわれが自分たち
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の出版物をきちんとデジタル化し,過去の出版物を
たことを教訓に,現在流通している書籍について同
把握していたならば,このような状況は避けられた
じようなことを起こさないために何をすればいいの
かもしれないのです。ですので,少なくともI P Aは,
か考えなくてはなりません。それが,われわれの和
非英語圏の国に対して,例えばアラブ諸国の出版社
解案に対する見解です。
に対して,Googleより先に自国の本を電子化するこ
とを強くお勧めしていますし,日本にもGoogleに先
を越される前に自ら電子化することをお勧めするの
3.
図書館との率直な対話∼オープンアク
セスをめぐって
です。ですので,国立国会図書館で始まったデジタ
390
ル化事業は,まさに良い取り組みと言えます。欧州
――IPAとIFLA(国際図書館連盟)は5月にオープン
では,ご存じのようにEuropeana(欧州デジタル図書
アクセスに関する共同声明を発表しました。両団体
館)に取り組んでいますが,われわれのスピードも
共同での声明に至った目的と背景についてお話しく
まだ十分ではありません。
ださい。
出版社は書籍が電子化されることには賛成で,現
Spruijt氏: IFLAとIPAでは,1998年より両機関の幹部
行の出版物を精力的に電子化しています。また,
からなる共同のワーキンググループを設けました。
orphan works(権利の所在が不明な著作物)や絶版
双方から3ないし4人ずつ参加するとても小さな集
本が図書館によって電子化されることにも賛成で
まりです。われわれは,11年前にこのグループを立
す。ただし,それは図書館が最初に誠実に権利者と
ち上げたときに,このグループを小さく保って,メ
連絡を取ろうとし,再利用の条件について合意を求
ンバーの入れ替えもあまりしないことをあえて決め
め,公平な補償を提案する場合に限ります。
ました。というのも,腹を割った話し合いをするに
3点目として,I P Aはむしろ将来を見据えていて,
は信頼関係が必要だからです。互いに怒鳴り合った
「これが現実であって,変えられないことである」
後,仲良く出かけて一緒に飲むことができる関係で
ととらえています。和解が裁判所に却下されるとい
す。そうすることで,お互い賛成なのか反対なのか
う噂もありますが,それも根拠のないことではあり
はっきりさせることができる。この集まりの目的は,
ません。私は法律の専門家ではありませんが,根拠
両団体の誤解をなくすためにあるからです。合意で
の一つとして,米国における和解は通常,済んでし
きることについては,お互いを支援することができ
まったことを扱いますが,この問題は進行中であり,
ます。時には,
「合意できない」ということに合意
まだ済んでしまったことではないのです。3点目の
することもあります。図書館には彼らの責務があり
話に戻りますと,われわれは出版社として力を合わ
ますし,われわれ出版社にはわれわれの責務がある
せなくてはなりません。どの作品が流通していて,
ので,これも大切なことです。ですので,このグルー
もしくはこれから紙やデジタル形式(電子ブック)
プは,少なくともIPAの理事会やIFLAの運営委員会が,
で市販しようとしているのか,きちんと把握しなけ
お互いの立場についても検討をしたうえで最終決定
ればなりません。そして,著者からデジタル化に必
するための,優れた,効果的な存在であるといえま
要な権利を得,諸権利が法律的に問題ないことを確
す。オープンアクセスでの例を挙げますと,ブダペ
認しなければなりません。これで出版社が主導権を
スト宣言(1999年)がそうです。オープンアクセ
持つことになります。そのためにわれわれは動き始
スについての初期の一連の宣言の一つですが,I F L A
めなければなりません。どのようなライセンスが必
が調印を求められたわけです。IFLAはしかしながら,
要でしょうか。われわれは知恵を絞って,今回起き
次のワーキンググループ会議まで待って欲しいと言
インタビュー:出版をめぐる動き,ひいては出版社の未来について
い,そこで出版社の意見を求めました。われわれは
彼らに,積極的に賛成はできないというI P Aの見解
を伝え,それがなぜかも説明したのです。最終的に
I F L Aは調印しましたが,それは先にわれわれの意見
を聞いてからでした。それが,ある観点について判
断を下す前にお互いの意見を聞いた最初のケースで
した。
今回,このオープンアクセスについての声明を発
したのは,世の中であたかも“宗教論争”のような
議論が繰り広げられていたからです。人々はとても
感情的になっており,それゆえわれわれは,「原点
に戻ろうではないか」と呼びかけたのです。シュプ
どこからか資金を調達しなければならないのです。
リンガーやエルゼビアやほかの多数の出版社をご覧
お金がどこから来るのかがハッキリすれば,問題は
になってわかるように,出版社はオープンアクセス
ないのです。
を一つの解決策としてとらえて,このモデルを受け
入れています。絶対的な解決策ではなく,一つの解
4.
オープンアクセスへの懸念
決策としてです。最終的に有力なビジネスモデルは
恐らく一つではありません。実際,過去にもそうい
Spruijt氏:出版社の側では,いくらか懸念を抱いて
う事実があります。アメリカの学会誌が(これと同
います。これは私だけが持っている懸念ではありま
じように)掲載料を導入したときに,その結果購読
せん。I P Aの公式な見解ではありませんが,いくつ
料を安くできたはずでした。そのうちにアメリカの
かの懸念があります。1つ目の懸念として,別のビ
出版社はこのモデルを変え,「さあ,値上げしたの
ジネスモデルに急速に移行しようとすると,全体の
に購読者はついてきた」と言いました。その背景に
システムが壊滅的に崩壊する可能性があります。
は長い物語がありますが,要するに,いつでもビジ
2つ目に,別の財源を見つけた場合,学術情報の
ネスモデルは一つではないのです。通常,出版には
世界のアウトプット量に見合わない財源ですと,グ
たくさんのモデルがあります。広告で賄う無料業界
ローバルなモデルとして維持していけるでしょうか。
誌であるコントロールド・サーキュレーションモデ
もう一つの要素は,途上国が学術出版の機会を得
ルがあり,購読モデルがあり,ハイブリッドもある。
る可能性が低くなるということです。もし著者が掲
従って,学術出版が一つのモデルに統一すべき理由
載料を支払うモデルに移行した場合,世界の一方か
はどこにもないのです。
らの良い研究成果は,査読システムを通って採択さ
だから原点に返って,お互い口論は止めて,まず
れれば,ネイチャーなのかずっと格の落ちる雑誌か
はどんな影響があり得るか実際的な調査を行おうで
は別として,少なくとも出版されるわけです。しか
はありませんか。今は皆,図書館も出版社も政府や
し,国が貧しくて十分なお金がないようであれば,
ウェルカム財団のような財団すらも,誰かが出版費
その著者は問題に突き当たるわけです。
用を負担しなければならないことを理解していま
そしてまた,助成の問題もあります。企業によっ
す。出版社や図書館によるあらゆる付加価値を,まっ
ては助成に熱心ですが,彼らは果たしてその成果が
たくタダで付与させることはできません。従って,
科学的に素晴らしく高品質であるから助成している
391
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のでしょうか,それとも,彼らにとって興味深い結
果だからなのでしょうか。これによって,出版シス
5.
シリアルズ・クライシス∼より多くの
価値を得る
テムに余計なバイアスが持ち込まれてしまいかねま
せんが,われわれはそうあるべきではないと考えて
――シリアルズ・クライシス(学術雑誌の高騰問
いるのです。
題)についてお聞きします。学術雑誌の価格が年々
そして,これらだけではないとは思いますが,最
上がっていくのはなぜなのでしょうか。また,この
後に,特定の国が支配的になる可能性があります。
値上げは続いていくのでしょうか。
これは私の個人的な考えではなく,世界中の出版社
Spruijt氏:IPAからの具体的な公式回答はまたしても
の考えです。MEDLINE(PubMed)は,オープンアク
持ち合わせていないのですが,私の意見を言わせて
セスであるPubMed Centralを含めNIH(米国国立衛生
いただければ,われわれは自分をごまかしているの
研究所)により無料提供されています。それ故,米
ではないかと思います。雑誌の価格や値上げは話題
国からの無料の情報が世界の情報を支配するリスク
になりますが,その中で,年々学術情報のアウトプッ
があります。現在,米国以外の出版社はそれを深刻
トも増えていることはあまり考慮されていません。
に危惧しています。もしそうなれば,今度は例えば
増加は,まず米国と欧州で始まって,太平洋沿岸で
英国政府が同様のシステムを支援すると言い出すで
も起こり始めて,今はブラジルとインドで起ころう
しょう,これも税金に頼るわけですが。すると今度
としています。次々と活発な研究活動が繰り広げら
は英国が支配する可能性が出てくる…。われわれは,
れて,多くの人が出版したがっている。学術誌の出
そんな状況に陥りたくはないのです。米国政府は
版量は劇的に増えており,それを考慮すれば,クラ
MEDLINEや医学系研究所に巨額の資金を投じていま
イシスというほどの高騰ではないのです。確かに費
す。その代償は,もしそのお金を図書館に投じてい
用負担は増えてはいるのですが,得られる量も増え
たならば,十分に学術誌を購読することができたは
ているのです。
ずだというこの状況です。
そして,景気後退によるコスト削減が始まりまし
故に,われわれは慎重にならざるを得ず,計画的
た。政府は金融危機のただなかで,大学への出資額
な調査を提案した次第なのです。調査には国際S T M
を切り下げています。図書館はより多くのものを扱
出版社協会が深く取り組んでいますが,偏りのない
わなくてはならず,情報の格納場所もより必要に
見解を得たいと考えています。調査結果が良けれ
なっている中で,お金だけは増えずに減っているの
ば,さまざまなビジネスモデルが成り立つようにな
です。彼らは,まず重複している購読を解約し,そ
るでしょう。私がこのような例を示す際には,これ
して,読むための購読すら取りやめ,いえ,維持で
がI P Aの公式見解ではなく,われわれのメンバーが
きなくなり始めました。一番の問題は,必要なお金
話していることをお伝えしているのだと念押しさせ
がないならば,全部買えないと不平を言うべきでは
てください。実際,I P Aはオープンアクセスについ
ないということです。ルイ・ヴィトンのお店を買い
ての立場を表明しないと決めていますが,この通り
占めることはできませんよね。全部買うなんて,無
繊細な話題なので,私の把握している限りの,メン
理なことです。全部買うことが私の権利だと主張す
バーの考えていることをお伝えしているのです。
べきではないのです。
さらに3つ目の要因があると私は思うのですが,
それが最も重要な点ではないかと思います。現代は
デジタルの時代で,デジタルは紙より安価ではない
392
インタビュー:出版をめぐる動き,ひいては出版社の未来について
ということです,特に出版社にとっては。かつては,
出版社の仕事と言えば,何とかして最高の著者たち
が自社で出版するようにこぎ着けて,編集から,植
字から,印刷から,販促から,すべての仕事をこな
しておけばよく,後は読者がお金を払えば,それで
おしまいだったのです。しかし,今われわれは,情
報を蓄えて,電子化してと,データベースに多くの
投資をする必要があります。
そして,学術雑誌に至っては,もはや単純な雑誌
ではないのです。雑誌そのものがデータベースであ
り,他の雑誌とのつながりを持っている。今では,
引用文献へのリンクも引用している文献へのリンク
も処理している。新しい記事が公開されるとすぐに,
同様に重要なのです。しかし,抄録を英訳して,国
あらゆる雑誌が先ほどまでと,例えば昨日までと,
際的なデータベースにリンクさせるだけでは,日本
異なっているのです。新しい記事が加われば,引用
語の文献を読まれるようにするには不十分です。例
文献が多数追加され,既存の文献とリンクされま
えば,私がオランダの科学者だとして,日本語の文
す。さらに,「過去の記事」を見にいけば,前に見
献の英文抄録に興味を持ったとします。全文は,言
たときには無かった未来の記事へのリンクが増えて
語の違いから読むことができませんので,次の手を
いくのです。われわれはDOIに投資し,CrossRefに投
打つ必要があります。もしその著者が著名な研究者
資し,ライセンス管理に投資して確実に利用できる
であると知っていて,彼の研究に興味があれば,も
ようにし,その結果,今日皆さんが使う情報は,昔
ちろん翻訳を依頼することで全文を読むことができ
に比べ多くの付加情報を持ち,アクセス性も非常に
ます。しかしながら,それでは数日から数週間か
改良され,それ故実際には,支払った金額より多く
かってしまいますし,私の研究はそれを待っていら
の価値を得られるようになったのです。
れないのです。つまり,日本の研究者は,英語で出
ここで,日本の出版界についての深刻な問題につ
版しないということによって,残念なことに国際的
いて触れたいと思います。これは日本に限らず,非
な学術出版の世界から自らを隠してしまっているの
英語圏の出版界すべてに当てはまることですが,日
です。
本語もアラビア語もノルウェー語もドイツ語の記事
ですら,英語の引用文献リストを作成しない限り,
――研究成果が世界の研究者の視界に入らなくなる
このシステムにリンクされないのです。英語で出版
という意味ですか。
されなかった記事は,世界中の学術文献につながる
S p r u i j t氏:そうです。J S Tがしていることはとても
引用・被引用リンクのシステムに載ることができず,
大切ですが,十分ではないということに,日本の出
検索できず利用されなくなってしまうのです。日本
版社は気づかねばなりません。通常,出版言語の選
だけのことではありません。フランスやドイツなど
択は研究者が行いますが,もし日本語や,私の母国
他の国では,既に多くの国際的な出版社が,J S Tで
の場合ならオランダ語で出版することに決めたなら
和文抄録を作成しているように,海外文献を翻訳し
ば,もちろんかまいませんが,そのタイムラグのた
て自国向けに提供しています。その逆方向の提供も
めに国際的には取り残されることになるのです。改
393
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JOHO KANRI
2009
vol.52 no.7
Journal of Information Processing and Management
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October
めて言いますが,これは日本だけでなく,韓国やそ
れていることです,図書館でさえなければ。なぜか,
の他の非英語圏に共通する課題です。そして,私は
図書館となるととたんに全部揃えなくてはと思いこ
科学についてお話ししています,他の分野について
んでしまう。ですが,誰かが学術出版のコストを支
ではありません。
払わなくてはならないのです。従って,そこからわ
れわれはスタートします。もし,必要なのに個人が
6.
誰かが支払わなくてはならない
買えないのならば,タダで持っていかせることが問
題を解決するわけではありません。それでは創造性
Spruijt氏:さて,ご質問の雑誌の価格体系について,
を妨げてしまう,それは問題です。出版社の論点
図書館が支払いの対価に得るすべてをご覧いただけ
は,知的財産システム全体において,人々は著者の
れば,昔に比べると,ずっと多くの情報を得て,利
創造性を呼び起こし支えるために,報酬を与えるの
用量も膨大になっていることがおわかりいただける
だということです。学術におけるこの報酬は名誉で
と思います。政府に支払う用意ができていないこと
すが,金銭でもあるのです。もしその支払いを怠っ
が,とにかく図書館すなわちI F L Aにとって嘆かわし
てタダ乗りするようになれば,人々は「なぜこの本
いのです。従って,IPAとIFLAの間では,定常的な意
を書く必要があるのですか? なぜ私がすべきなの
見の相違もありますが,各国政府での学術活動レベ
ですか?」と言い始めるでしょう。すべては人間の
ルの向上を目指して共に支え合っています。政府は
感情の問題なのです。
出版と購読に必要な財源を十分に用意しておらず,
学術情報流通を金銭的に支援していないがために,
7.
変わりゆく時代の要求に応えて
また同時に,積極的な研究投資の成果としての情報
流通量の増大により,政府自身が,危機(クライシ
――あらゆるものがデジタル化してオンラインに
ス)を作り上げてしまったのです。出版社は資金不
なっていく中で,I P Aの役割に変化はあるでしょう
足と闘うこと以外に打てる手はないのですが,とに
か?
かくわれわれのやってきた仕事を非難するようなこ
S p r u i j t氏:いいえ,お話しした通りです。ですが,
とは,どうぞしないでいただきたいのです。
I P Aにとって重要なことを改めてお話ししたいと思
います。デジタル化に関連することは今後も変化
394
――まだ全体として深刻化している以上,これはと
しますので,必ずしも重要ではありません。まず,
ても難しい問題ですね。
W I P Oがなぜとても重要なのかをご説明します。
Spruijt氏:おわかりの通り,私もニーズがあること
W I P Oでは,業界団体の間ではなく,政府の間で一
は理解していますし,図書館も財源額のみが問題で
般条約を結びます。これらの条約が最終的に各国で
はないことを理解しています。確かに,教育にも防
法制化されます。ですので,W I P Oで何が起きてい
衛にも学術にも財源を割り振らなくてはなりませ
るか興味がないとはどうぞ言わないでください。
ん。でもそうだとしたら,価格について不平を言わ
W I P Oのレベルで例えば出版社の望まない何かが起
ずに,どこかで,これ以上はいりませんと言うべき
これば,最終的に日本にいるあなた方も,オランダ
なのです。問題は,誰もがまだすべての資料を買い
にいるわれわれも,ドイツやフランスや米国の人々
たがっているということにあります。お話ししたよ
も影響を受けるからです。
うに,お給料が限られている中で何かを買えば,別
一例として,われわれが今現在取り組んでいる案
のものは買えなくなるのです。これは誰もが受け入
件を一つご紹介しましょう。それは視覚障害者への
インタビュー:出版をめぐる動き,ひいては出版社の未来について
対応です。学術文献であれ小説であれ何であれ,視
に,加盟している出版協会に積極的に助言しています。
覚障害者でも情報にアクセスする手段を持つべきだ
ユネスコでも同じです。ユネスコでは過去に,貧
と誰もが思っています。反対する人は誰もいませ
しい途上国の人々にすべてのアクセス権を開放する
ん。多くの国で,既にさまざまな対応がなされてい
案がありました。でもわれわれは言いました,
「わ
ます。ここ日本でも彼らのための制度があって,著
れわれにはHINARI注1)にAGORA注2)やそのほかの取
作権法で点訳や点字図書館等での録音が許可されて
り組みがあります。これらのプロジェクトについて
います。オランダでは,特別な契約を利用者と出版
ご存じですよね」と。われわれは喜んで支援する用
社で結んでいます。さらに技術も急速に進歩してい
意があります。ただし,それは法制度に強制されて
て,例えば最新の電子ブックリーダーは書籍をその
ではありません。それでは,誰が必要な費用を負担
場で音声に変換してくれます。つまり,技術的な解
するというのでしょうか?
決策もたくさんあり,どの国も何らかの解決策を
持っているのです,
ただしそれぞれ異なった方法で。
視覚障害者がW I P Oに提案しているのは,世界中
――最後に,日本の読者やインフォプロへ何かメッ
セージはありますか?
で同様に著作権者の権利を制限できる一般条約で
Spruijt氏:取り立ててのものはありません。日本は
す。実は背後にアクセスの自由化を求める別の団体
よくまとまった国で,疑いようがなく優れた出版産
がついているので,これは深刻な問題なのです。
業があります。日本人は,J S Tもですが,実によく
WIPOの取り決めによって,ある日突然,日本にフェ
海外の情報を日本に取り入れ,日本の情報も世界に
アユースという概念を取り入れていかなければなら
広めています。あなた方の日本書籍出版協会はとて
ないことになるかもしれません。私の覚え違いでな
も活発です。国際的なシステムにしっかり参加でき
ければ,日本にはまだこのような法律はありませ
たなら,残される課題は,ドイツ人やフランス人と
ん。I P Aは現在この話題について積極的に取り組ん
同じように,母国語が英語ではないということだけ
でいて,次の月曜にはジュネーブで出版社を代表し
です。それは動かぬ事実です。その良い点は,あな
てこの件について発言をする予定です[※このイン
た方のアイデンティティを維持するのに役立つとい
タビューは7月に行われました]
。われわれは一般
うことです。従って,他の国の出版社から日本に対
条約には反対する立場を取っています。ここにI P A
して,取り立てての助言もないだろうと思います。
の出番があります。もし,われわれが視覚障害者が
というのも,私は常々日本の情報産業の生産性に感
必要とするものを今提供できるならば,彼らに一般
嘆しているからです。
条約は必要ないのです。そして,I P Aは実際に,あ
らゆる現実的な解決法を視覚障害者に提供するよう
――本日はありがとうございました。
本文の注
注1) 世界保健機関(WHO)と主要出版社間の合意により,
発展途上国の大学・研究機関等へ,
バイオメディ
カルおよび関連する社会科学分野の主要な電子ジャーナルへのアクセスを無料もしくは低価格で提
供するプロジェクト。<http://www.who.int/hinari/>
注2) 国際連合食糧農業機関(FAO)と主要出版社間の合意により,
発展途上国の大学・研究機関等へ食糧,
農業,環境科学および関連する社会科学分野の主要な電子ジャーナルへのアクセスを無料もしくは
低価格で提供するプロジェクト。<http://www.aginternetwork.org/>
395
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最新サーチ技術動向
ネットが変えた
“検索”と来るべき進化
The trend of search technology
Search technology in internet era and next big changes
酒井 裕司1
SAKAI Hiroshi1
1 日本ソフトウェア投資株式会社 E-mail : [email protected]
1 Japan Software Investment Inc.
原稿受理(2009-08-10)
(情報管理 52(7), 396-404)
著者抄録
非定型的ドキュメント群から特定のキーワードを含むドキュメントを見つけ出す全文検索技術は,膨大な情報を対象
とするインターネットの出現により,膨大な検索結果から重要度を判別する必要に迫られた。自然言語処理などデー
タそのものの意味的解析は難航する中,外部情報を元にコンテンツの重要度を判定する手法は成功を収め,CGM,SNS
を融合した統合サービスへと発展した。一方,企業向け検索技術は,インターネットでの技術的要素を取り入れつつ,
既存企業システムで多用されるR D Bとの融合や,オープンソースなど多様な特性を持つベンチャーを輩出している。並
列化しやすいシンプルな計算モデルとの競合に苦戦する自然言語処理などの高度検索技術だが,長期的な計算量の増
大はやがて,実用的技術の出現を促すだろう。
キーワード
全文検索,インターネット,自然言語処理,協調フィルタリング,CGM,SNS
「続きはWebで」
テレビ広告でこの言葉を聞かない日はない。これ
そこには,単純な“検索”技術にとどまらない発
展がある。
は単純な言葉しか印象づけられないテレビ広告を
Webでの詳しい商品説明に誘導するネット時代定番
1.“検索”技術の要件
の宣伝手法だ。もちろんここで用いられているのが
396
サーチ技術である。しかし,ネットの情報は膨大だ。
筆者と検索技術の関わりは,1990年代の前半に
単純な言葉を検索したら,その単純な言葉を含む膨
ロータスデベロップメント社在籍時に,グループ
大なサイトが見つかってしまうのではないか? な
ウェア「ロータスノーツ」の検索能力を高機能化す
ぜ,特定の広告に関連するページが見つかるのか?
るプロジェクトに携わったことから始まっている。
最新サーチ技術動向
䝿䝙䜭䞀䝤䝋䜺䜨䝷
䝗䝩䞀䜷䝷䝌䝱䞀䝯 䝿㐽ᢝ䝱䜼䝇䜳
䝿䜦䜳䜻䝫䝷
䝋䞀䝃⟮⌦
䝿䜷䝷䝊䝷䝈ಕᏋ
䝿ධᩝ᳠⣬䜨䝷䝋䝇䜳䜽
䝿ཤ↯ᶊ㝀⟮⌦
なっているが,ノーツでは既にそうした発想を持っ
ていたわけである。
高機能化にあたって検討すべき技術は,コアとな
る検索エンジンの他に,添付ファイルを検索対象と
するためのフィルターなど多岐にわたった。
検索エンジンに関しても,セキュリティー要件な
௑᪝ୌ⯙Ⓩ䛰୔ᒒᵋ㏸䛱ᑊ䛝䟾䝒䞀䝈䛭䛵䟾䝗䝩䞀䜷䝷䝌䝱䞀䝯
䛱䝗䜼䝑䜽䝱䜼䝇䜳䛭䛈䜑䜦䜳䜻䝫䝷䛒ྱ䜄䜒䜑≁ᛮ䜘ᣚ䛩䛬䛊䛥䚯
ど複数の要件があった。ノーツのアクセスコント
図1 ノーツの二層構造
ロール(参照権限管理)は,アプリケーションとは
別に,ノーツ独自の資源管理用ディレクトリである
ロータスノーツ自体は,常時接続環境が普及する前
Name&Addressブックにリンクする形で下部データ
に設計された疎結合型分散グループウェアである。
ベース層で管理されていた。このため,アプリケー
ノーツでは分散型データベースの上に,「ビュー」
ションの作成者は,セキュリティーに関する配慮が
として定義されるイベント駆動型のプログラミング
最小化できたのだが,ノーツ自体の修正のためには,
とフォーム定義を組み合わせたアーキテクチャーを
この仕組みを保持する技術を選択しなければならな
持つ(図1)。
い。つまり,データ管理層で行われる全文検索イン
この際,扱うデータ自体が文書を含めたマルチメ
デックスファイルの生成とアクセスそのものにもア
ディアであることと,表示内容を定義されたビュー
クセスコントロール情報を反映させなければならな
からダイナミックに生成する仕組みのため,高速に
いのだ。これが実装上の複雑さ増大の要因ともなっ
動作する「全文検索」機能との組み合せが使い勝手
た。
を規定する重要な要素となっていたのである。
当時,こうしたアプリケーションから要求される
当時はフォルダ単位に階層的にコンテンツを管理
現状の実装をベンチマークとして国内大手企業を訪
する手法が主流であった。大分類,中分類,小分類
問し,利用可能な検索技術を調査した。印象的だっ
といった階層的な管理は,分類ルールが明確であれ
たのが,各社,言語解析技術に比重を置いた,似た
ば効率的なのだが,Aさんは,Bフォルダに入れた
ような検索技術を横並びで研究しており,数パーセ
のに,CさんはDフォルダを一生懸命探して見つか
ントの効率性を競っていたということである。しか
らないということが起きがちである。
し,セキュリティーなど検索以外の機能はきわめて
当然ながら動的な仕組みにしておくと,そうした
ことが避けられるメリットがあった。また,見え方
限定的で,各社一様に「世界最高速で最高精度の検
索」がうたい文句であった。
と保存が分離され利用者ごとに異なるビューが定義
その後筆者自身は,ソフトウェアの開発の現場か
できることにより,ワークフローなど,利用者の
ら,技術基盤を持つベンチャーに投資を行うベン
「ロール(役割)
」が異なり,利用者とコンテンツの
チャーキャピタルの世界に転身し,投資対象として
関係が変化することが前提のアプリケーションを構
の技術動向分析を継続することとなった。I Tバブル
築する土台ともなっていた。
の時代には,
当初ノーツで用いていたVerity社がBI(ビ
今日,検索とデータ保存を担当するRDB(Relation
ジネスインテリジェンス)の会社として脚光を浴び
DataBase; リレーションデータベース),ビジネスロ
るのを見た他は,根幹技術としてのサーチに際立っ
ジックを担当するアプリケーションサーバー,表
た進展もなく,枯れた分野ととらえていた。しかし,
示を担当するWebと三層に分離するのは当たり前に
Googleの登場が状況を一変させたのだ。
397
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2.
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October
ネット時代のサーチ
認識も,対象となるバイナリーデータ配列から人間
が認識する意味の発掘をコンピュータに行わせると
90年代の前半,サーチ技術の研究は一種の踊り
いう点では共通していたわけである。この,人工知
場に達した状態にあった。テキストサーチは,単語
能というにはまだほど遠いコンピュータ処理能力の
のサーチから文章の意味を加味したサーチに取り組
状況では困難な課題のために,サーチ技術の進展自
み始めたものの,自然言語処理の壁の前にさしたる
体も閉塞的になっていたのだが,インターネットの
成果を出せず,画像や映像を対象としたナチュラル
出現がその状況を変えた。
データプロセッシングも当時のメモリ空間やC P U能
力には荷が重すぎた。そうした閉塞感を打ち破った
のが,新たなニーズであるインターネットサーチの
出現である。
インターネットでは,「一般ユーザによるシンプ
ルな入力で,膨大なサイトデータ群の中から,有意
義なページを表示」しなければならない。
辺データの活用」にある。
ネット上,サーチ対象となるコンテンツの外側に
存在する莫大な情報/リソースをコンテンツの判定
に活用することが可能になったのである。
Googleのページランクでは,そのページの重要度
を,
「他の重要なサイト」から参照されている頻度
かつてない規模のデータを対象として,かつ,有意
によって判定している。重要なサイトから参照され
義なサイトに到達するための絞り込みを行うための
るページであれば,重要度が高いだろうという単純
入力の手間も同時に実現しなければならない。そこに
な評価基準を適用しているわけである。重要度を決
明確な技術上の解決策を提示したのがGoogleである。
めるルールは,コンテンツの自然言語解析などに比
GoogleはBigTableという巨大なファイルを扱うシス
べ,単純であるため規模を拡大しやすく,細かい例
テムの上にM a p / R e d u c eという,並列化を行いやす
外処理などに左右されない均質な結果を得ることが
いアーキテクチャーを実装し,膨大なデータを対象
できる。もちろん,その後,こうした法則に基づ
にしつつ格段に高速なサーチを実現した。また単純
く検索ランクが人為的な操作の対象となったため,
なキーワードにヒットする莫大なページ群の中から
ランク操作を排除するために処理は複雑化し,S E O
ユーザの求めるページを提示するために,ネット上
(Search Engine Optimization; 検索エンジン最適化)対
からの参照頻度をベースにしたページの重要度に基
策という専門領域を生み出すことになるわけである
づいて,有意義なページを提示しやすくした。そし
が,基本ルール自体には大きな変更はない。
て,検索はあくまで単純な言葉で行い,対象となる
この参照される情報や,コンテンツの外側に付加
「言葉」自体を広告商品とするビジネスモデルを確
される情報を活用する手法は,画像データや動画に
立したのである。シンプルなサーチと,分散計算機
も適用されていった。単純に考えて,画像データを
モデルの適合性が高いことによる規模の追求は,今
解析してそこに写っているものを認識するより,画
日のクラウドコンピュータのブームへとつながって
像を参照しているテキストデータに含まれるテキス
いくわけだが,サーチという分野でより重要なのは,
トの内容や,画像や動画につけられたアノテーション
ページへのリンクに基づいたページランクの導入だ。
(注釈)やコメントを解析する方がはるかに計算量が少
前述のように,90年代前半に閉塞感に陥っていた
なく,また適切に判定できることが多いからである。
インターネット以前のサーチ技術トレンドでの焦点
398
インターネットの時代のパラダイムシフトは,
「周
その後,こうした周辺情報の活用トレンドは,
は,
「サーチ対象データに内在する“意味”をいか
CGM(Consumer Generated Media)という,インター
に掘り起こすか」であった。自然言語処理も,画像
ネット経由でエンドユーザ自体が情報を付加/発信
最新サーチ技術動向
するトレンドの中で,より重要な手法と見なされる
ようになってきた。
を遂げてきたのである。
ここで実例を挙げれば,Google自身が,Gmail(図3)
特に,SNS(Social Network System)では,個別のユー
を運営しGoogle Docsなどのオフィスツールを提供す
ザは,他のコンテンツに対する参照を含むコンテン
るのも,Gmailを使う個別のユーザが,メールの送信
ツを作りつつ,同時に,近しい人たちのネットワー
関係やドキュメントの共有関係という自然な形での
クを構成していく。多くの場合,近しい人は類似す
ソーシャルネット履歴をGoogle内部に残し,メール
る指向を持つことが多く,コンテンツとソーシャル
やGoogle Docsという形で分析可能なコンテンツを蓄
ネットの両方を解析することにより,いわゆるコラ
積するからである。これによりGoogleは,ユーザが
ボレーティブフィルタリング(協調フィルタリング)
入力するどんな単純なフレーズに対しても,ユーザ
が可能となる。
自身の関心の高い分野に沿った適切なコンテンツを
ちなみに,コラボレーティブフィルタリングと
提示し,
関連する広告を提供することができるのだ。
は,ソーシャルネットや購買行動など,同一のグ
今や,ソーシャルネットとコンテンツに対するメ
ループや行動に基づいて嗜好判定など情報の絞り込
タ情報の追加はCGM的性格を持つサイトに共通する
みを行うことである。単純に言えば,Aさんのブロ
基本機能となっており,個別のユーザが自らの嗜好
グで,コンテンツBに対するリンクが張られていて,
に適したコンテンツを発見するためになくてはなら
そのコンテンツにキーワードKが含まれているとし
ない基礎を提供している。変わったところでは,わ
よう。その時,CさんがAさんとソーシャルネット
が国の「ニコニコ動画(www.nicovideo.jp)
」(図4)
で結ばれているのであれば,類似グループに属する
と考えられるCさんがキーワードKを探したときにや
はり,コンテンツBを重要であると考える可能性が
高いというわけだ(図2)
。
こうして,インターネット時代のサーチは,特定
のキーワードを探し出す単純な検索技術から,膨大
な情報の中からより重要なコンテンツを発掘する側
面に焦点が移った。コンテンツ自体の分析より,コ
図3 Gmail
ンテンツ同士が作り出すネットワークと付加情報を
集積する仕組み,ユーザに負荷を感じさせずに嗜好
情報を引き出し,蓄積し,分析する仕組みへと変貌
䝪䞀䜺㻤
䜷䝷䝊䝷䝈㻥
㻦Ắ䛮ྜྷୌ䛴㉻࿝
䛴䜹䞀䜳䝯䛱ᡜᒌ
䝿䜱䞀䝳䞀䝍㻮䜘
ྱ䜆
䝚䝱䜴䛭䜷䝷䝊䝷䝈
㻥䜘⣺௒
㻮䜘䜹䞀䝅䛝䛥
㻦Ắ䛵䟾䜷䝷䝊
䝷䝈㻥䜘ይ䜆ྊ
⬗ᛮ䛒㧏䛊
図2 コラボレーティブフィルタリング
図4 ニコニコ動画
399
情報管理
JOHO KANRI
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しない静的なコンテンツを扱う単独の技術領域か
ら,コンテンツの集積とユーザによる付加情報の生
成,そしてソーシャルネットの管理を融合した総合
サービスへと変貌を遂げつつある。一方,Googleの
成功は,技術投資としての検索の認知度を高めたこ
ともあり,次世代のGoogleを目指す技術系企業の候
補を多数輩出することともなった。
3.
自然言語処理への技術回帰
2009年 も 半 ば を 過 ぎ,G o o g l eの 次 を 狙 う と 言
図5 midomi
われる検索サービスの候補が各社から出てき
た。MicrosoftからはBing(www.bing.com),そし
のように,当初,動画に対するアノテーションの仕
てWolfram ResearchからはWolfram Alpha(www.
組みとして考えられたものが,メタ情報の役割を超
wolframalpha.com)
。両者ともに,自然言語処理を導
えてユーザの場の共有感を通じてエンターテインメ
入している。いったんGoogleの並列処理の追求によ
ントの仕組みへと昇華した事例もある。
り単純化された処理を再び,コンテンツの解析と
この他,音楽検索サイトのmidomi(www.midomi.
c o m)(図5)は,鼻歌で歌った曲名を見つけるため
のサイトなのだが,CGM的な仕組みに信号処理を組
み合わせたユニークな例である。このサイトでは,
サーチ対象の指定の両面から自然言語処理の導入に
よって強化しようという流れである。
Bingは,Microsoftが買収したPowersetの技術を取
り入れ,検索エンジンとしてG o o g l eより高品質な
検索の対象となる曲自体をユーザの歌声で入力させ
ているが,これは,検索対象データの充実をユーザ
の力を借りて行う目的の他に,コンピュータには困
難な信号処理の重要な部分に人間を活用している優
れた方法となっている。というのも,伴奏を含むオ
リジナル曲に比べ,ユーザの生の歌声は和音の無い,
ユーザが認識している主旋律のサビの部分に相当す
るからだ。複雑な原曲から人間が認識しているメロ
図6 Bing
ディー,曲のアイデンティティに当たるものを人間
自身に抽出させるというわけだ。多少原曲から音程
がずれていたとしても,コンピュータには困難な主
旋律とサビの抽出を無償でユーザにやってもらえる
ことにより,その後他のユーザからの検索マッチン
グは,単純な信号処理で行えるようになるのだ。ま
さに,
ネットによる外部リソース活用の好例である。
こうして,ネット時代を迎え,検索技術は,変動
400
図7 Wolfram Alpha
最新サーチ技術動向
サービスを提供することに主軸を置いている。検索
ング」であろう。
結果の表示に関してブラウザーの機能を最大限に活
「クラウド」という言葉は,桁違いに多量のコン
用する技術であるA j a xを取り入れ,検索された動画
ピュータが連携しながら動作するイメージを,雲の
の確認が迅速に行えるなど使い勝手が大幅に向上し
ようにもわっとした集合としてとらえた用語であ
ている。しかし,サーチの結果としては自然言語処
る。当初はネットのようにノードを意識している状
理の恩恵を明確に見いだすまでには至っていない。
態から,それが意識できないほどになったという漠
また,Wolfram Alphaは,Google対抗技術としてと
然とした状態を指していた。
らえられていた予想を完全に裏切り,インターネッ
現状,
「クラウド」の定義は多少曖昧ではあるも
トの情報は参照するが,あくまで「質問応答システ
のの,過去のグリッドや,C O R B Aなどの分散コン
ム」としての実装が提供されている。一般に検索エ
ピュータとの違いに着目すれば,「データセンター
ンジンは入力に関連するネット上のコンテンツに順
への処理の集約化と,データセンター内部での分散
序づけて返すわけだが,Wolfram Alphaは,入力に対
処理」を同時に推進している状態を指すことが多
して「答え」を返すシステムなのである。明確な
い。
「明確な機能/サービスを持ったサーバーの遠
答えが求まることの多い計算ソフトウェアである
隔連携」を特徴とするC O R B Aなど過去の分散処理
MATLABの会社らしい発想なのだが,こちらも現実
体系に対し,
「データ処理内部での,均質な処理の
には,慣れていないユーザの入力に対して有益な“答
並列分散」とデータセンター単位でのサービス分散
え”を返せない頻度が高い。
にフォーカスが置かれているのだ。実は,このト
私見ながら,両社ともに,いわば70年代末から
レンドの背景となっているのが2000年代初頭から
80年 代 の パ ソ コ ン 黎 明 期 に 創 業 さ れ た 企 業 で あ
始まった単一のチップに複数の計算コアを搭載する
る。取り組まれている技術的方向性に,創業者また
CPUのマルチコア化である。
は経営幹部が受けた当時のコンピュータサイエンス
マルチコア化されたC P Uでは,計算効率を上げる
うが
の夢の実現の影響を見るのは穿ちすぎだろうか? ためには,タスクの効率的な並列化が前提となる。
両社ともに実装の結果を見る限りにおいて,未だ踊
しかしながら,通常のパソコンで実行される複雑な
り場であった90年代初頭の自然言語処理系の流れ
タスクを効率的に並列化することはとても難しい。
の延長上にあり,ブレークスルーを達成しているよ
これに対して,同質なジョブを多量に実行するデー
うには思われない。
タセンターにおいては,マルチコアC P Uを効率的に
次世代サーチが模索される中,セマンティック,
性能向上に結びつけることが可能となる。このため,
つまり,コンテンツの“意味”を扱う方向性は間違っ
ハードウェアの向上に比べた計算効率の点から,ク
ていない。しかし,90年代初頭に比べれば桁違いに
ラウド的データセンターに対して,パソコンや機能
高い処理能力を持つ現代のデータセンターを用いて
分化した従来型の分散システムは不利になってしま
も自然言語処理のもたらす付加価値は,限定的と思
う。結果計算効率の高いクラウド型データセンター
われる。これはなぜだろうか?
は,そのコストメリットから,さらに集約化を高め
ることができ,Amazon EC2やGoogle Appsなどのデー
4.
並列処理と制約
タセンター内分散をベースとしたクラウド環境が隆
盛を極めることとなったのである。
近年のコンピュータアーキテクチャートレンドを
特徴付けるキーワードは「クラウドコンピューティ
その中で,G o o g l e自身が先鞭をつけたB i g T a b l e,
Map/Reduce技術は,安価なPCを多数利用したクラ
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ウド型の巨大並列コンピュータ環境の典型例であ
5.
エンタープライズサーチ
る。巨大なデータに対しても,依存関係を排除して
分割並行処理を行うことにより,データセンターの
さて,インターネットにおけるサーチ技術の注
C P U効率を最大限まで上げて迅速なサーチ結果を返
目度の高まりは,もっぱら従来定型化されたR D Bに
すことができるわけだ。一見複雑に見える被リンク
依存していた企業においてもB I(ビジネスインテリ
によるページランク付けも,ネットから新たにコン
ジェンス)という新たな分野を活性化させることと
テンツを読み込んだ段階で含まれるリンクに該当す
なった。企業の業務を考えてみればわかると思うが,
るページの被リンクテーブルを改訂するだけの,ほ
企業内で生成される業務報告やビジネス文書などを
ぼ一方向の単純な処理となる。
含めれば,従来型のR D Bが蓄積するデータは企業内
マルチコアC P Uを背景としたクラウドコンピュー
部で生成されるデータのごく一部,20%程度と言わ
ティング環境においては,処理の単純さと並列化の
れている。従来,こうしたデータは,個別の社員が
ためのデータ依存性の除去がデータセンターの効率
生成し,せいぜい部門単位でファイルサーバーに蓄
的運用の鍵となるのだ。
積するという形で管理がなされていた。このため,
これに対して,自然言語処理は,コンテンツの解
冒頭のノーツの事例でも見たように,異なる部門で
析だけでも,マルチパスの処理が必要であり,ま
類似した文書が作成されたり,事例が共有されない
た,入力された自然言語とコンテンツとの近接性検
など,ホワイトカラーの生産性向上を妨げる原因と
索も,単純な距離空間にマッピングすることが難し
もなっていたのである。
い。このため,本来的な自然言語処理の特徴を生か
しかしながら,企業内の情報に関しては,インター
す場合には複雑な処理が必要になってしまう。検索
ネットとは異なる課題が存在する。まず,セキュリ
の入力から結果を返すまでの時間においてもGoogle
ティーの問題である。類似事例であったとしても,
との競争にさらされているB i n gにとって,並列化を
異なる部門では共有できないことも多く,厳密なア
阻害するような複雑な処理を実装することは難し
クセスコントロールが必要となる。次に,既存シス
い。
テムとの連携である。定型化された顧客のコンタク
このため既に,大規模並列計算環境を前提とせざ
ト情報などは,既存のR D Bに格納されており,変更
るを得ない現代インターネットサーチにとって,自
を含めて一元管理の対象となる。連携が必要な部分
然言語処理による複雑さへの回帰は,同時に並列処
に関しては,旧来型システムと自然な形で連携でき
理に適した単純さへの分解も伴わねばならず,以前
ることが望ましい。これらは,筆者がノーツで散々
より困難なチャレンジなのである。
苦労したポイントとも重なるのだ。
また,問い合わせにおける自然言語にも壁があ
こうした基本ニーズの違いにより,オープンで大
る。端的に言って,携帯電話などの多様なデバイス
規模さを特徴とするインターネットでのノウハウの
が前提となる現代,探したいものを単語で入力する
効果は限定的となり,Google自身も,エンタープラ
のに比べ,文章で入力するということは,ユーザに
イズサーチ分野では苦戦を強いられている。一方,
より長文を入力する手間を強いるということなの
絶対的な強者がいない状況はベンチャー企業にとっ
だ。特に,ユーザ自体が既存の検索エンジンに習熟
ては格好の参入チャンスであるわけで,さまざまな
していればなおさらである。
新興企業が製品を投入しており,その中の有望な一
社が米国のAttivio(www.attivio.com)である。
A t t i v i oは,特に全文検索技術に対するインター
402
最新サーチ技術動向
フェイスを従来型のR D Bと統合し,R D Bと非定型的
るサーチ技術の重要性は低下することはないであろ
コンテンツに対する検索を統合的なプラットフォー
う。私見では,インターネット上でのサーチに関し
ムとして構成していることに特徴がある。レガシー
ては,ここしばらく,ユーザが自然に行う行動情報
なシステムと統合され,セキュリティー管理が施さ
の集積やCGM的な手法に頼った,明示的な絞り込み
れた土台の上に,分析ツールとしてのB Iモジュール
を感じさせないサーチ補助手法が主流となり洗練さ
や,インターネットで活用されているようなCGM的
れていくと考えている。大きな理由は,ネットは普
な仕組みを融合できるようになっている。
及しているとはいえ,情報を発信もするネットを活
次に,MySQLに見られるようなオープンソースの
用している人口は,現状40代以下の世代が主流であ
トレンドをサーチにも取り入れ,積極的に推進しよ
り,この人口は未だ成長を続けていくものと考える
うとしている会社として,Lucid Imagination(www.
からである。ただ一方,同世代間でもネットをアク
lucidimagination.com)がある。ビジネスモデルとして,
ティブに利用する集団と,関心が薄い集団の分離も
Apache Lucene/Solrのような主流となりつつあるオー
同時に始まっており,特に日本では,PCを活用する
プンソースコードを企業内で活用する際のサポー
30代以降の世代,携帯に主軸を置く20代以下の世
ト業務を提供することに軸足を置いている。近年,
代,活用度の低い50代以上の世代が存在する。わが
RDBの領域では,OracleからMySQLに乗り換える動
国でキーボードを用いた教育が行われるようになっ
きが加速している。Oracle自身がMySQLを持つSunを
たのはつい最近のことであり,音声や自然言語を用
取得した背景には,こうしたオープンソースに対す
いるなどの,より直感的な手法に対するニーズは高
る影響力を維持しようとしたことが大きい。同様に,
い。しかし,日常の話し言葉,話法,個人差など,
大規模なサポートエンジニアのコミュニティーを持
高い自由度と背景知識の必要性などの障害の克服の
つオープンソース製品は,人気領域であれば機能の
ため,その分野の革新は徐々にしか進まないのでは
進化も早く,熟練したエンジニアであれば,コミュ
ないかと考えている。
ニティーを通じて必要な情報も得やすく,必要であ
考えてみれば,
「自然言語解析」で使われる辞書
れば自前のカスタマイズも可能だ。サーチテクノロ
とは,本来,日常で使われる文章の集合から単語へ
ジーの活用に関しても,サポートビジネスの提供に
と意味の抽象化を行った結果である。われわれは生
より習熟度が低いエンジニアにも活用のチャンスが
まれてから今までの日常の具体的な経験を抽象化し
広がるのであれば,オープンソースが主流トレンド
て,単語の概念を形成するわけである。
を形成する可能性がある。
これに対して,今日,ライフログという概念があ
エンタープライズ領域では勝者が明確になったわ
るように,個人のすべての会話,環境音,見ている
けではないことから,Googleのようなサービス寄り
風景なども記録蓄積可能な時代を迎えようとしてい
の検索大手と,Attivioのようなユニークな専業企業,
る。これは,抽象化を行う前の生のデータがそのま
そして,オープンソースの流れの動向からは目が離
ま参照可能になるのと同じことである。
せない。
インターネットでのサーチのブレークスルーがコ
ンテンツの外側の情報を用いることでもたらされた
6.
現代サーチの方向性
ように,意味への抽象化を行うのと同等な,例え
ば,
「リンゴ」という言葉が含まれる,文章や画像,
未だ指数的規模でネット上のコンテンツは増大し
そして動画のネットワークをそのままの形で扱うこ
続けている。このため,今後も有用な情報を抽出す
とができるようになれば,本当の意味での「自然言
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語解析」が可能になるのではないかと考える。ただ
現在のGoogleのデータセンターがパソコンほどの大
し,指数的に増加する情報連携のために,現在のコ
きさになるはずである。おそらく,それまでのどこ
ンピュータでは未だ処理速度が足りないと考えられ
かの時点で,本格的な自然言語処理の時代が到来す
る。
るのではないか? それとも,その頃には国民全員
幸いなことに,今しばらくは1.5年で半導体の集
が高いI Tリテラシーを持つから,そんなものは不要
積度が倍になるというムーアの法則が継続すると予
になるのだろうか。なんとも楽しみなことである。
測されている。とすると約20年ほど先の未来には,
Author Abstract
The arrival of internet era changes the requirement for the "Search Technology". Before internet, it was just a
tool to find contents which include the target words. But now priority mining is critical feature in the vast sea of
information like internet. Historically natural language analysis or other data analyzation technique were applied
for the content itself. However internet also made it possible to use the outside data the priority mining. This
approach achieved big success and today's "Search Service" integrates CGM and SNS. On the other hand
"Enterprise Search System" evolved into multiple direction like the legacy integration and open source. At this
moment natural language processing stumbles to show the clear superiority but growing computer power will lift
the restriction in coming 20 years.
Key words
full text search, internet, natural language processing, collaborative filtering, CGM, SNS
404
米国Googleブック検索訴訟の和解が持つ意味
米国G o o g l eブック検索訴訟の和解が持つ
意味
図書館関係者への助言
The implication of the settlement in the Google Book Search Case
山本 隆司1
YAMAMOTO Takashi1
1 インフォテック法律事務所(〒105-0001 東京都港区虎ノ門1-16-4)Tel : 03-3593-0313 Fax : 03-3593-0343
E-mail : [email protected]
1 InfoTech Law Offices (1-16-4 Toranomon Minato-ku, Tokyo 105-0001)
(情報管理 52(7), 405-416)
1.
はじめに:Googleブック検索と訴訟の
経緯
弁護士の山本隆司です。よろしくお願いいたしま
す。
まず,今日のテーマでありますG o o g l eブック検
索の内容について確認しておきたいと思います。
Googleというのはご存じのとおり,Yahoo!などと同
じ検索エンジンです。Googleは多くの大学図書館と
提携して,その蔵書をスキャンしてデジタルデータ
化したものをデータベースにするという事業をやっ
ています。
さらにGoogleは,このデータベースを使って公衆
にブック検索サービスを提供しています。公衆が
ブック検索を行いますと,検索結果は全文表示,プ
レビュー表示,スニペット(抜粋)表示等の形で利
山本 隆司(やまもと たかし)氏 略歴
弁護士(第一東京弁護士会所属),弁理士,ニューヨー
ク州弁護士。
1978年, 東 京 大 学 法 学 部 卒 業。1992年, コ ロ ン
ビア大学ロースクール(法学修士)修了。旭化成工
業株式会社に勤務後,司法研修所(第40期)を経て
1988年弁護士登録。日米の法律事務所で活動した後,
1995年,インフォテック法律事務所設立。知的財産権,
独占禁止法および国際取引・国際訴訟を中心とする企
業法務が専門。1995年より文化審議会著作権分科会
専門委員。
用されます。
本稿は,2009年7月25日(土),慶應義塾大学三田キャンパスで開催された第140回三田図書館・情報学会月例研究会での講演を,
主催者のご厚意により,また講演者の許可を得て,
『情報管理』編集事務局で編集したものである。
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と提携して書籍をスキャンし,Googleブック検索に
利用していることが著作権侵害だと主張しました。
この訴訟は集団訴訟(Class Action,以下「クラス・
アクション」)として提起されました。この時点で
の原告は今申し上げました米国作家協会と数名の作
家だけではなく,実際にその訴訟に従事していない
人たち,ミシガン大学の図書館の蔵書の著作権者も
皆,このクラス・アクションの原告として挙げられ
ています。自分は訴えをするつもりもないのに原告
として扱われてしまうというクラス・アクションの
性質については,後ほどご説明したいと思います。
図1 Googleブック検索
翌10月に米国の大手出版社5社が,同じくG o o g l e
に対して著作権侵害訴訟を同じ裁判所に提起しまし
全文表示は,著作権が切れた,もしくは初めから
た。この訴訟の方はクラス・アクションではありま
著作権がない著作物について供される利用形態で
せん。これに対してGoogleの側は,自分の使ってい
す。プレビュー表示は,権利者から許諾を得たもの
るのはフェア・ユースに該当するという抗弁を主張
について,書籍の販売促進のために最大20ページく
しています。このフェア・ユースの概念というのも
らいを見せるものです。スニペット表示というのは,
難しいのですが,これも後ほどご説明したいと思い
本文をスキャンしたテキストの3∼4行を3か所切り
ます。
抜いて,それを表示するという利用の形態です。さ
こうして2つの訴訟が提起されたのですが,2006
らに,「奥付ページ表示」という利用形態(契約書
年10月に併合され,2年後の2008年10月に原・被告
の中では「フロント・マター・ページズ・ディスプ
間で和解が成立しました。この和解の時点で,米国
レイ」という用語が使われているものです)があり
出版社協会が当事者に入るとともに,原告集団とい
ます。アメリカの本などは奥付事項が本の最初の方
う範囲が,ミシガン大学図書館の蔵書の著作権者と
に書いてありますので,そのページをスキャンした
いう範囲からものすごく広げられまして,およそ出
ものを表示するという利用形態です。
版されている書籍に対して米国法上著作権を持って
これらをGoogleブック検索で提供するという前提
になっています。
いる人すべてというような極めて広い範囲にされま
した。これがどういう意味を持つのか,どういう問
題を生ずるのかというのは,追ってご説明していき
1.1 紛争の経緯
406
たいと思います。
次に紛争の経緯ですが,Googleは2003年に「Google
クラス・アクションにおける和解が発効するため
Printプロジェクト」という計画を開始して,2004年
には,裁判所の認可が必要になります。去年(2008
から本格運用を始めました。後のGoogle Book Search
年)11月の段階で,裁判所が仮認可を与えました。
(Googleブック検索)です。翌2005年9月に米国作家
正式の認可のためには,この和解に関係する原告集
協会と数名の作家がGoogleに対して,著作権侵害訴
団の構成員に対して告知する努力を行うことととも
訟をニューヨーク南部地区連邦地方裁判所に提起し
に,公聴会を行い,公聴会の結果で正式の和解に対
ました。訴状では,Googleがミシガン大学の図書館
する認可を与えるという手順になっています。昨年
米国Googleブック検索訴訟の和解が持つ意味
表1 紛争の経緯
(4)その使われた著作物の使用が市場に与える影響,
です。この4つを考慮すべきだということが規定さ
䕋
㻕㻓㻓㻖ᖳ㻔㻕᭮䟾㻪㼒㼒㼊㼏㼈㻃㻳㼕㼌㼑㼗䝛䝱䜼䜫䜳䝌Ⓠ⾪
䕋
㻕㻓㻓㻗ᖳ㻔㻓᭮䟾ᮇ᰹㐘⏕䛴㛜ጙ䜘ප⾪
䕋
㻕㻓㻓㻘ᖳ㻜᭮㻕㻓᪝䟾⡷ᅗషᐓ༝ఌ䜏䛒ᥞセ䟺㻦㼏㼄㼖㼖㻃㻤㼆㼗㼌㼒㼑䟻
䕋
㻕㻓㻓㻘ᖳ㻔㻓᭮㻔㻜᪝䟾ኬᡥฝ∟♣㻘♣䛒ᥞセ
䕋
㻕㻓㻓㻘ᖳ㻔㻔᭮㻔㻚᪝䟾㻪㼒㼒㼊㼏㼈㻃㻥㼒㼒㼎㻃㻶㼈㼄㼕㼆㼋䛮ᨭྞ
䕋
㻕㻓㻓㻘ᖳ㻔㻔᭮㻖㻓᪝䟾㻪㼒㼒㼊㼏㼈䛵㼉㼄㼌㼕 㼘㼖㼈䛰䛯䜘୹ᘿ
ません。ですから,この4つについて,4つとも肯
䕋
㻕㻓㻓㻙ᖳ㻔㻓᭮㻔㻙᪝䟾୦஥௲䜘ెྙ
定的な評価がないとフェア・ユースとしては認めら
䕋
㻕㻓㻓㻛ᖳ㻔㻓᭮㻕㻛᪝䟾࿰ゆዉ⣑⥶⤎䇿⡷ᅗฝ∟♣༝ఌ䛒ཤຊ
れないのか。あるいは,1つでもフェア・ユースに
䕋
㻕㻓㻓㻛ᖳ㻔㻓᭮㻖㻔᪝䟾➠㻕ಞḿセ≟䜘ᥞฝ䇿䇵㻦㼏㼄㼖㼖䇶䜘ን᭞
䕋
㻕㻓㻓㻛ᖳ㻔㻔᭮㻔㻚᪝䟾⿚ึᡜ䛒࿰ゆዉ⣑䜘௫ヾྊ
れています。
しかし,この4つをどういうふうに考慮すればよ
いのかというのは,法律にはまったく規定されてい
肯定的な評価が与えられればフェア・ユースが認め
られるのか等,まったくこの規定からはわかりませ
(2008年)11月の仮認可の後に日程を変更する決定
が今年(2009年)の4月28日に出ましたので,最終
的なスケジュールでは,今年10月7日に公聴会が行
われる予定です。
ん。しかし,裁判例で適用の仕方はかなりはっきり
しています。
第1の要件である使用の目的および性格と,第4の
市場への影響が一番重要視されていますが,結局の
ところは,第1の要件,使用の目的および性格で大
1.2 フェア・ユースとは
体の勝負は決まってしまいます。使用の目的が非営
Googleが抗弁として主張していますフェア・ユー
利的な使用目的であれば,第4の要件も,市場への
スという概念をご紹介したいと思います。「フェア・
影響はないという推定が与えられまして,フェア・
ユース」という言葉は最近,よく聞かれることがあ
ユースが事実上推定されるという結論になるからで
ると思います。日本にも,このフェア・ユースの抗
す。
弁を著作権法の中に入れるべきではないかという議
また,後述のトランスフォーマティブ・ユースと
論があり,文部科学省文化審議会の著作権分科会で
いう概念に当てはまりますと,やはり著作物の市場
もこの点が議論されています。
への影響はないという推定が働き,概ねフェア・ユー
フェア・ユースの法理はアメリカの著作権法107
スが成立するということになります。他方,商業ビ
条に規定されていまして,およそフェアな使い方で
ジネスであって,かつトランスフォーマティブ・ユー
あれば著作権の侵害にならないという包括的な権利
スにも該当しないようなものについては,第4の要
制限規定です。日本の著作権法にも権利制限規定が
件についても市場への影響があるという逆の推定が
いろいろ入っているのですが,具体的な使い方を定
働きまして,フェア・ユースは成り立たないという
めて,「こういう場合は権利の侵害にはなりません」
判断にほぼ間違いなくなります。
という個別的な規定であるのに対して,アメリカの
トランスフォーマティブ・ユースというのは,日
フェア・ユースというのは,およそフェアな使用で
本で米国法を紹介される方は「変形」とか「変容」
あれば適合だという極めて包括的な内容になってい
等という言葉に訳されるのですが,イメージする内
ます。
容は変形や変容とはまったく違います。「トランス
この107条には,何がフェアなのかという判断を
フォーマー」という映画がありますね。その例で申
する場面において,次の4つを考慮すべきだと規定
し上げますと,トランスフォームする前は乗用車で
しています。(1)使用の目的および性格,(2)使われる
あったものが,バスにトランスフォームした場合は,
著作物の性質,(3)使った著作物の量および実質性,
ここで言うトランスフォーマティブ・ユースにはな
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らないのです。
訟,クラス・アクションというのはまったく概念が
というのは,乗用車とバスというのは目的が同じ
異なります。原告が大勢だという意味ではなく,弁
だからです。つまり,人を乗せて運ぶ。ところが,
護士に対して委任状を出す人たちのみならず何のア
乗用車がヘリコプターや戦車などにトランスフォー
クションもしていないけれども利害が共通する人た
ムした場合には,これは目的がまったく異なってい
ちを原告当事者にしてしまう。そういう制度です。
ます。このように,形が変わるだけでなく目的まで
原告になるつもりもない人たちまで原告にしてし
変わる場合を,アメリカの著作権法上はトランス
まう,そういうことが可能になるための要件を,連
フォーマティブ・ユースと言っています。
邦レベルでは連邦民事訴訟規則23条が規定してい
有名な事例で申し上げますと,『風と共に去り
ます。そこで要件として挙げられているのは,(1)そ
ぬ』という小説をパロディに使って『風は永遠(と
の原告集団なり被告集団が,個々の構成員が訴訟参
わ)に去りぬ(“The Wind Done Gone”
)』という小
加するのは実務的ではないと言えるほど,巨大であ
説が発表されたことがあります。それは『風と共に
ること。(2)集団に共通する法律上または事実上の争
去りぬ』と同じ背景・同じキャラクターを使ってい
点が存在すること。(3)集団として現実に訴訟にかか
るのですが,言おうとしている内容はまったく違い
る当事者が持っている請求なり抗弁が集団全体の請
ます。古きよき南部ではなく,黒人奴隷の側から見
求や抗弁の典型であること。(4)集団を代表する当事
たひどい南部の状況に焦点を当てた小説で,
『風と
者が集団の利益を公正かつ適切に擁護できる場合で
共に去りぬ』を批判する内容なのです。ですから,
あること。このような要件があります。
『風と共に去りぬ』の素材を使いながらも,まった
く別の意味づけを与える,まったく別の機能を与え
1.4 原告集団の範囲
る,逆に『風と共に去りぬ』を否定するような使い
Googleブック検索訴訟において,原告集団の定義
方をしていたわけです。このようなものをトランス
が途中で変更されたと申し上げましたが,集団の定
フォーマティブ・ユースと言います。
義は書籍または挿入物に対して米国著作権法上の利
一方,例えばある著作物に解説をつける場合は,
益を有するすべての者または団体という定義になっ
付加価値はつくけれども,元の著作物の鑑賞価値を
ています。われわれが日本で本を書いたり出版した
そのまま残しており,その鑑賞価値を変えていな
りしますと,ベルヌ条約に基づいて自動的にアメリ
い,元の著作物を否定するわけではないし,単にた
カにおいても著作権が発生します。したがって,わ
だ乗りしているだけだというようなものは,トラン
れわれも自動的に原告当事者になってしまいます。
スフォーマティブ・ユースには当たりません。そこ
世界中のほとんどの国はベルヌ条約に加盟してい
で,今回のGoogleの使い方がフェア・ユースに該当
ます。ベルヌ条約では他国で著作権が発生するよう
するのかどうかという問題点があるのですが,これ
な著作物がつくられたときには,自分の国でも無条
は後で説明させていただきます。
件で著作権を認めるという条約で,その著作権の保
護を受けるためには何らの手続も必要ありません。
1.3 クラス・アクションとは
408
特許の場合であれば,日本で特許を受けるためには
クラス・アクションについてご説明します。日本
日本の特許庁に出願して,アメリカの特許を受ける
でも集団訴訟という言葉があります。これは公害訴
ためにはアメリカにもまた出願する手続を取らなけ
訟などの場合に大勢の原告が集団を形成するという
ればならないのですが,著作権に関してはそういう
意味での集団訴訟なのですが,アメリカの集団訴
ものはまったく必要なく,単純に日本で著作物をつ
米国Googleブック検索訴訟の和解が持つ意味
士報酬などに対して不服があれば,異議を申し立て
ることができます。その期限は9月4日になっていま
す。
2.
和解の内容
2.1 和解契約の当事者・対象
和解契約の当事者になる原告集団については既に
ご説明したとおりですが,正確に申し上げますと,
2009年1月5日が基準日で,その時点で著作権を持っ
ている人ということが要件になります。それ以降に
くれば,日本の著作権法で保護されます。そうしま
本を書いたり出版したりして著作権を取得した方は
すと,それとパラレルでアメリカでもフランスでも
この対象にはなりません。
ドイツでもイギリスでも,世界中のベルヌ条約加盟
和解契約の対象になる著作物ですが,
書籍(books)
国において著作権の保護が与えられます(内国民待
と挿入物(inserts)という概念が使われています。
遇の原則)。
書籍というのは,この定義の中では2009年1月5日
したがって,皆さんが日本で何らかの著作物に対
までに発行されて,米国著作権法の対象となってい
して著作権を持っているということは,その著作物
る書籍。正確には書籍に限らず,
印刷物すべてです。
に対してアメリカでも著作権を持っているというこ
ただし,定期刊行物や楽譜は除かれています。挿入
とになります。したがいまして,何らかの著作権を
物といいますのは,本の中にある序文,あとがきな
持っていらっしゃれば,皆さんも今申し上げました
ど本文に付随するものです。ですから,挿入物は書
原告集団の定義に該当するということになります。
籍の概念の中に含まれています。ただ,お金の支払
いの仕方が異なるので,別に定義されています。
1.5 オプトアウトとは
先ほども申し上げましたが,和解の仮認可の決定
2.2 損害賠償義務および免責
と変更決定があり,その公聴会が10月7日に行われ
この和解契約の中で,Googleの行ったことに対し
ます。この仮認可の決定は,その中でいくつかのこ
て2つの問題があります。一つは既に行っている行
とを決めており,2009年1月5日から2月27日までの
為に侵害があるかどうか,侵害があるとしたら損害
間,原告集団に対して告知活動をすることが決定さ
賠償の義務があるのかという問題です。もう一つは
れました。
将来的にGoogleにどんな権利を与えるのかという問
続いて,オプトアウト手続期間について。オプト
アウトとは,原告集団から抜けたいと思えば,抜け
題です。ここではまず前者の過去の侵害に対するけ
じめについて述べます。
ることができるということです。そのかわり,原告
そのけじめのつけ方なのですが,Googleはオプト
は今年(2009年)の9月4日までにオプトアウト(離
アウト期限であります2009年9月4日までにデジタ
脱)する手続を取らなければならないことになって
ル化した書籍に関して,書籍の主要部分(挿入物を
います。他方,このオプトアウトをしないで原告団
除いた部分)に対しては一律60ドル,挿入物に対し
に残っていながらも,和解の内容であるとか,弁護
ては15ドルを,レジストリという権利登録機関を通
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和解発効日をもって,Googleは,非市販書籍につい
ては権利者の許諾なく,また市販書籍については権
利者から個々の許諾を得て,書籍および挿入物を
ディスプレイ・ユース,またノンディスプレイ・ユー
スに使うことができるということになっています。
ディスプレイ・ユースには,先ほど申し上げまし
たスニペット表示や奥付ページ表示があります。和
解が成立すると,Googleはこれらを,皆さん権利者
に対してお金は払わずに使えるということになって
います。また,プレビュー表示については,書籍の
販売のためにその書籍の最大20%を見せるという
図2 スニペット表示
ことができるのですが,これも無償でできるという
ことになります。
じて権利者に支払います。また,レジストリの設立
アクセス・ユースは全文を読むことができるとい
と初期運営費として3,450万ドル,約35億円を支払
う権利です。これについてはGoogleが利用者に,全
うということになっています。また,原告の弁護士
文を読めるような形にするのにはお金を徴収し,徴
費用として3,000万ドル,約30億円を支払うことに
収したお金の63%をレジストリを通じて権利者に
なっています。
分配するということになっています。契約書の中で
そのかわり,Googleは,和解の発効,つまり和解
70%と書いてあり,他方でGoogleがその70%のうち
が正式に認可された場合,発効する以前の侵害行為
の10%を管理手数料として差し引くので,レジスト
について,すべて免責されるという内容になってい
リに支払われるのは63%です。恐らくレジストリで
ます。
手数料を取られますから,皆さんの手元に渡る金額
は63%よりは小さくなると思います。
2.3 Googleの権利
他方,Googleに対して将来の使用権についても和
として著作物の表現を使用しない使用方法です。つ
解で定めています。こちらの方が問題なのですが,
まり,書誌情報を表示する方法です。Googleブック
図3 プレビュー表示
410
ノンディスプレイ・ユースというのは,検索結果
図4 全文表示
米国Googleブック検索訴訟の和解が持つ意味
検索を使ってみるとわかりますが,著作物のスキャ
ジに広告を載せることができるという権利が与えら
ンした画像は出てこなくて,単純にその書籍の情報
れています。ただし,その広告収益のうち63%をレ
として出版年がいつであって出版社はどこで,執筆
ジストリを通じて権利者に分配しなければいけない
者は誰というような書誌情報が出てくるのですが,
ということになっています。
書誌情報は著作権で保護されないので,これはノン
その他,Googleに対する使用許諾に関して最恵待
ディスプレイ・ユースとされています。研究開発の
遇条項というものが入っています。レジストリが
ためのGoogle内部での使用も,このノンディスプレ
第三者に対してG o o g l eに与えたのと同様の権利を
イ・ユースとされています。
Googleよりも有利な条件で与えた場合には,その有
ここで重要なのは,市販書籍と非市販書籍に概
利な条件をGoogleに対して自動的に適用しないとい
念を分けていることです。市販書籍というのは和
けないという内容です。Googleよりもよい条件を与
解契約書の原文ではコマーシャリー・アベイラブ
えればGoogleにも与えてやるというような何かフェ
ル(commercialy available)と定義され,しかもアメ
アな感じがするのですが,Googleだけが持っている
リカで商業的に入手可能かどうかだけの問題になっ
権利に着目しますと,この点についても後でご説明
ています。非市販書籍とは告知開始日,つまり今
しますが,この条項はGoogleに対して市場独占権を
年(2009年)の1月5日の時点で商業的に入手可能
与える根拠になってしまいます。そこが問題になり
(commercially available)になっていない書籍です。
商業的に入手可能かどうかというのは,絶版かどう
かを基準に判断することになっています。
ます。
先ほどから申し上げているレジストリとはどんな
ものかというと,権利者の受けるべきお金をGoogle
商業的に入手可能かどうかという点は,この和
から受領して,それを分配するという機能を持つ非
解契約書で「for sale new through one or more then-
営利団体です。レジストリが著作者の権利を管理す
customary channels of trade in the United States(米国
る役割を担っていまして,Googleに自分の著作物が
内にある一つあるいは複数のその時点で慣行的な取
使われる場合,レジストリに「自分の著作物はこれ
引経路において新本として販売されている)」と書
これで,自分はその権利者だ」という通知をすると,
いてありまして,あくまでもアメリカでの流通を前
Googleから支払われたお金を分配してくれます。つ
提にしたものです。たとえ日本で店頭に並んでいた
まり,いくらGoogleで著作物が使われてGoogleがお
としても,米国で並んでいなければ市販書籍にはな
金をレジストリに払っても,本当の権利者が「自分
りません。この契約上は非市販書籍になります。し
にも分配してください」と手を挙げなければお金を
たがって,皆さんが許諾を与えないという意思でい
もらうことはできません。手を挙げた権利者だけに
たとしても,自動的に使われてしまいます。
分配されることになります。
また,この和解契約でGoogleに対して,米国内で
この和解契約上,権利者はGoogleに対して,先ほ
和解の対象となっている書籍および挿入物をデジタ
ど申し上げましたような使用許諾を与えているので
ル化する権利が与えられています。デジタル化でき
すが,レジストリは権利を履行する権限を権利者か
る権利は米国内に限られています。これに対して,
ら与えられたものと見なされるという規定が入って
先ほどのディスプレイ・ユース/ノンディスプレイ・
います。これについて問題になりますのは,レジス
ユースの権限には米国内という制限は入っていませ
トリは第三者,すなわちGoogleの競争相手に対して,
ん。ここは後ほど指摘しますが,ご注意ください。
Googleに与えたのと同じような権利を与えることが
さらにGoogleに対しては,ある本を紹介するペー
できるかどうか,です。この和解契約に基づいて,
411
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JOHO KANRI
2009
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レジストリに,当然にそういう第三者に対する許諾
残っていながら,つまり和解契約に拘束されながら,
権限が与えられるわけではありません。
「法令の許
「この和解条項はおかしいよ」とか「弁護士報酬が
す範囲内において権利者の米国著作権を第三者に許
高すぎる」とか,そういう文句を言うことです。裁
諾することができる」と書いてあるだけで,Google
判所に対して,自分の異議内容を記載した書面を作
以外の第三者に許諾する権限を与える根拠は,この
成して,2009年9月4日までにニューヨーク南部地
和解契約には一切ありません。レジストリが個々の
区連邦地方裁判所(S D N Y)に提出することが必要
権利者から許諾をもらえば与えることは可能です,
になります。
ということで,権利者の使用許諾を包括的にもらえ
るのはGoogleだけということになります。
3番目の手続は,これは和解契約の中に規定され
ている内容ですが,和解契約に拘束されながら,自
分の著作物がGoogleブック検索に使われる使われ方
2.4 図書館の利用権限
この和解契約の当事者,被告側には図書館も入っ
について,
「この書籍はディスプレイ・ユースはし
ないでくれ」とか「スニペット表示だけにしてくれ」
ています。図書館の利用権限は,Googleに比べてか
とか,そういう使用制限をできる。あるいは,自分
なり限定的な形で認められています。例えば「完全
の書籍全部をデータベースから外してくれとか,和
参加図書館」という概念です。完全参加図書館に対
解の中にいながらも自分の書籍についてこういうこ
してGoogleは当該図書館の蔵書のデジタルコピーを
とを言う手続です。このためには,所定の用紙に記
行って提供します。完全参加図書館は,Googleから
入して和解管理者に通知するということが必要にな
受領したそのデジタルコピーを一定の目的にのみ使
ります。
えます。具体的には,図書館資料の保存や,障害者
による利用,滅失・破損等の代替,図書館内だけに
3.
各国の反応
限っての検索ツール,そして調査・研究使用などで
す。図書館による利用権限は極めて限られていまし
3.1 日本の反応
て,結局はこの和解がなくても法令上許される範囲
こういう和解に対して,各国はどういう反応を示
とほぼ同じです。ただ,自前でデジタル化しなくて
しているのかということをご紹介したいと思いま
も,Googleから提供されたデジタルコピーを使える
す。日本では,和解の締結という動きと,和解から
ところにメリットがあるということです。
離脱する動きと2つに分かれています。
日本文芸家協会などは和解を受け入れるというこ
2.5 著作権者としての選択肢
こういう和解に対して,原告集団に入っている権
での市販書籍も和解契約書の市販書籍の概念に含ま
利者としてどういう対応ができるのかといいます
れるという新定義がされるならば受け入れてもよい
と,3つあります。
というような立場のようです。しかし,日本で市販
1つは,オプトアウト。この原告集団から離脱す
されていればこの契約上の市販書籍に入るというよ
るという手続です。これは何度も申し上げています
うな事実は,現在までのところまったくありませ
ように2009年9月4日までに行う必要がありますが,
ん。つまり,和解契約の定義が変更されたというこ
和解管理者に対してオンラインまたは郵便で離脱の
とはありませんので,何を根拠にそういう主張を,
通知をするということが必要になります。
結局は原告団の弁護士が説明したようなのですが,
2番目の手続は異議申立です。これは原告集団に
412
とを表明しているのですが,その前提として,日本
その根拠についてはまったく不明です。
米国Googleブック検索訴訟の和解が持つ意味
3.2 アメリカの反応
スだと主張している点についてです。書誌情報の表
アメリカでの反応ですが,訴訟当事者の関係者は
示の部分はもともと著作権がありませんから,それ
当然この和解について支持を表明しています。しか
を使ってもフェア・ユース以前に侵害にはなりませ
し,学識経験者は専ら問題点を指摘しています。こ
ん。
れによって発生するGoogleの独占的な地位は独禁法
スニペット表示に関しては恐らくフェア・ユー
違反ではないかという問題点。その他,オーファン・
スが成立するだろうと思われます。なぜかという
ワークス(いわゆる孤児著作物)の権利保護などに
と,スニペット表示というのは先ほども申し上げま
欠ける,外国権利者の利益代表として原告団は適当
したように3∼4行のものを3か所拾うだけなのです
ではない等の問題点が指摘されています。アメリカ
が,書籍は何ページもあるものですから,その鑑賞
の司法省は,独禁法違反でこの問題について調査を
価値をそれだけの表示で見ることができるのかとい
開始したと報道されています。
うと,まずそれはないだろうと思います。それに対
して,なぜそういう3∼4行のものを挙げるのかとい
3.3 ヨーロッパの反応
うと,検索したい事項がその文の中にあるというこ
ヨーロッパでは,イギリス以外の国が和解に対
と。どこに出ているのか,どういう文脈で出ている
して反発しています。まずE U閣僚会議でドイツが,
のかを明らかにするためです。これはその書籍の鑑
Googleブック検索和解はヨーロッパの著作権者の権
賞価値を利用するためではなく,情報の所在を検索
利を害するという問題を提起し,フランスやオラン
するための手段なわけです。これはさっき申し上げ
ダがこれに同調して欧州委員会がこの問題を調査す
たトランスフォーマティブ・ユース,使用目的・意
るということになっています。
図が全然異なる使用方法になると思いますので,ト
また,民間レベルではこのG o o g l e訴訟について,
フランスやドイツなどの裁判所で4件くらい訴訟が
ランスフォーマティブ・ユースとしてフェア・ユー
スが成立することになると思います。
提起されているということです。内1件については
他方,最大20%のプレビュー表示は鑑賞価値を利
もう既にドイツで判決が出ていますが,今問題に
用することが可能ですので,それにはフェア・ユー
なっているのはあくまでもアメリカでの著作権の問
スは成立しません。全文表示についてもそうです。
題ですので,それをヨーロッパで訴訟を起こすとい
その辺りのことはGoogleもわかっているので,著作
うのはなかなか成立しないのではないかと思われま
権のある書籍については権利者の許諾を得てプレ
す。しかし,E U閣僚会議で問題提起されたように,
ビュー表示や全文表示をやっている,と思います。
少々のことでは解決しない問題,根底的に存在する
問題というのがあることは確かだと思います。
4.2 表示使用の範囲
第2に,新聞報道によりますと,G o o g l eはデータ
4.
和解による問題点
ベース化した情報を米国以外からは見られないよう
にする方針だと書かれています。和解契約書にディ
次に,私の考えますGoogleブック検索の和解に関
する問題を数点に整理しました。
スプレイ・ユースができるということが書いてあり
ますが,その範囲について,米国内で,という定義
は一切ありません。したがいまして,サーバさえア
4.1 フェア・ユースに該当するのか
第1は,G o o g l eが自分たちの利用はフェア・ユー
メリカの国内にあれば,そこに外国からアクセスす
ることについて何らの制限も和解契約上はありませ
413
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ん。したがって,これはあくまでもGoogleの方針で
ありまして,明日にも変わるかもしれません。
4.3 市販本
3番目の問題点ですが,日本で販売されている書
籍は絶版とは扱わないと,原告団の弁護士が表明し
ていることなのですが,これは先ほども見ていただ
きましたように,「商業的に入手可能」の定義の記
述から,まったく根拠がないと思います。
4.4 原告の範囲の曖昧さ
次に,原告集団のとらえ方にいくつも問題点があ
しかし,変更後のクラスの定義から言いますと,
ります。最大の問題は,原告集団の範囲が広すぎて,
アメリカの図書館に,例えば私の本があるかといえ
紛争成熟性に欠けていて訴訟当事者になれないもの
ばありません。つまりGoogleが私の本をスキャンす
が原告に含まれています。
る可能性というのはほとんどありません。あるかも
例えば製造物責任を追及する場合に,クラス・ア
しれませんけれど,それは可能性でしかなく,現実
クションが用いられます。メーカーが全国に欠陥商
的な事件でも何でもないわけです。そういうものは,
品を売ったというときに,被害者は欠陥商品を購入
日本でもアメリカでも訴訟の対象にはなりません。
してけがした人だけではなく,そういう欠陥商品を
交通事故になるかもしれないから車を売るな,な
買わされた人も被害者です。実際に,被害者が1万
どという訴えを起こしても,日本でもアメリカでも
人いたとして,その中の5人が現実の訴訟を提起し
裁判所は相手にしません。もう少し現実的な危険に
た場合,被害者は1万人いますから,この1万人につ
なったときに初めて訴訟になりうるわけです。それ
いてクラス・アクションを起こす,原告団を構成す
を考えると,今回の場合のクラスの定義は広すぎ
るというのは利害も同じですし,立場も同じ,被害
る。侵害の危険性がないのに,原告として訴訟の当
者だという意味で同じなのです。しかし,将来買う
事者にさせられている。
かもしれない可能性があるだけの全消費者を原告集
団にすることはできません。
こういう抽象的な,具体的な可能性のない訴訟
を起こす場合,これはムート・ケース(moot case)
当初のクラスの定義では,ミシガン大学図書館の
と呼ばれるのですが,アメリカでも裁判の対象には
蔵書の著作権者というとらえ方でした。なぜかとい
なりません。それなのに,和解であれば当事者にな
うと,Googleとミシガン大学図書館が契約して,そ
ることができるということはおかしいと思います。
の蔵書がスキャンされるという現実的なリスクが発
生しています。現実にもう既にスキャンされた書籍
414
4.5 クラス・アクションの代表者の正当性
の著作権者は現実の著作権侵害を被っています。こ
次にオーファン・ワークス(orphan works)につ
れからの人は,自分の書籍がミシガン大学の図書館
いてです。一部の権利者がこの訴訟を現実に遂行し
にあれば,時間の問題で侵害されるという現実的な
ています。その人たちが和解の当事者として,クラ
リスクにさらされているわけです。いずれについて
ス・アクションの代表になれる立場にいるのかどう
もこれは具体的な事件性があります。
か。そういう立場になければ,この訴訟はクラス・
米国Googleブック検索訴訟の和解が持つ意味
アクションとして成り立たないわけです。
和解ではなく,「侵害されている」
「いや,侵害し
ていない」という争いが続いている訴訟手続の中に
す。この和解の枠組みにおいて,クラス・アクショ
ンの代表者は集団の利益を公正かつ適切に擁護でき
るのか。それもまた違うだろうと思います。
おいてであれば,侵害されているかどうか,フェア・
ユースが成り立つかどうかという争点に関しては,
4.6 ベルヌ条約違反の可能性
オーファン・ワークスの著作権者と代表者の立場は
この和解はベルヌ条約上の問題もあると思いま
利害が一致します。しかし,和解契約の中において
す。ベルヌ条約は,加盟国に対して,著作権者にこ
は,既に申し上げていますように,市販書籍か非市
んな権利を与えなさいということと,それから権利
販書籍であるかによってまったく利害関係が異なり
を制限する場合や強制許諾を認める場合にはこの範
ます。
囲を超えたらできませんよということについて,厳
第1に,非市販書籍の場合には,本の権利者から
許諾を得なくても自動的にディスプレイ・ユースで
しい制限を加えています。
しかし,この和解によれば,ベルヌ条約で保障さ
きる。第2に,オーファン・ワークスの場合には,
れている著作者の権利が実質的に制限されてしまう
恐らく著作権者は権利主張をしてきません。した
ことになります。つまり,非市販書籍については,
がって,オーファン・ワークスのような絶版書籍は
拒絶通知しない限りはGoogleに対して使用許諾した
全体のコンテンツの70%くらいと言われているの
ことになる。これは一種の強制許諾です。こういう
ですが,その人たちの著作物を使った使用料は,市
ものは,ベルヌ条約上は許されておりません。ベル
販書籍の権利者に分配されることになります。
ヌ条約違反です。
というように,市販書籍と非市販書籍の著作権者
著作権者自身が当事者として,自分の意思で訴訟
ではまったく立場が違います。利害が相反します。
当事者になってそういう結果になるのだったらやむ
市販書籍の著作権者であります米国の代表者が,非
を得ないと思うのですが,自分の意思とは無関係に
市販書籍の著作権者たちをも含んだ集団の代表とし
当事者にされていて,こういう包括的な和解契約に
て集団の利益を公正かつ適切に擁護できるかといっ
拘束されて権利制限を受けるという形を有するとす
たら,それは違うのではないかと思います。したがっ
れば,これはベルヌ条約の実質的な権利制限,強制
て,これを原告集団に加えている限りはクラス・ア
許諾にかかる。そういう問題があると思います。
クションは成り立たないと思います。
同様の問題は,外国人著作者ないしはオーファン・
4.7 市場独占の問題
ワークス以外の絶版書籍についても存在します。外
市場独占の問題はアメリカで指摘されている問
国人著作者やインターネットをあまり使われていな
題ですが,いくつかの理由があります。1つは,既
いような方では,Googleで公告していることに気が
にご説明したとおり,Googleは明示の同意なくオー
つかないでいるという状況が起こっているはずで
ファン・ワークスについて利用できますが,Google
す。その場合,適切な権利行使ができない。つまり,
の競争会社は同じことはできません。レジストリが
レジストリに自分も著作権者であると登録しない限
ありますが,レジストリはオーファン・ワークスに
り売上の分配もされませんし,権利行使もできませ
ついて,第三者に許諾する権限はありません。した
ん。外国人著作者の場合に関しては特に顕著です。
がって,Googleだけがオーファン・ワークスを利用
この和解の枠組みにおいては,そういう人たちの
犠牲のうえに原告代表者は利益を得ることができま
できるという独占的な地位になります。
第2に,G o o g l eは明示の同意なく絶版書籍(非市
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販書籍)も利用できるのですが,これも他社はでき
約書に作り上げていく手続を踏むわけです。決まっ
ません。これは和解契約があるからできることで,
ている内容だけでも385ページの契約書にするのは
レジストリは他社に同じようなことはできません。
大変なのですが,その和解交渉をするときには非常
これはGoogleだけができる独占的な地位です。
に時間がかかるはずです。
第3に,そういう独占的な地位を持っているうえ
つまり,この契約ができるまでの間に2年や3年は
に,後発者はさらに不利な条件に追いやられていま
費やしたはずです。ということは,ほとんど訴訟を
す。たとえ巻き返しのために権利者団体とより有利
起こすと同時に,クラスを拡大しようという合意が
な条件を結び後追いしたとしても,自動的に同じ条
Googleと原告団との間でできていたのだろうと思い
件はGoogleにも適用されますので,結局条件は一緒
ます。
になってしまう。そうすると,Googleは先行者利益
による優位性を維持できることになります。
以上で終わらせていただきたいのですが,図書館
関係者に対しての助言ということが副題についてい
4.8 なれ合い訴訟の疑い
この和解契約は付属文書を合わせて385ページあ
ないのですが行うことはできません。ただ,今申し
ります。これを読むだけでも,公開されてからこれ
上げましたGoogleの和解の意味をご参考にしていた
まで半年くらい経っていますが,皆さんも内容を十
だきたいという限りで,助言とさせていただきたい
分に検討できていない難しいというお話を聞きま
と思います。
す。これをつくる側は,条件を一つずつ交渉して契
416
まして,具体的にどうなのかという助言は,申し訳
どうもご清聴ありがとうございました。
リレーエッセー ●インフォプロってなんだ?
What I do, study, and think as an information professional
インフォプロってなんだ?
私の仕事, 学び, そして考え
第 7 回
中江 貴彦
小野薬品工業株式会社 情報技術室
インフォプロになるまで
も行っています。
今の自分がインフォプロだ!と胸を張って言える
のかどうかわかりませんが,私が経験したことを書
かせていただきます。
わたしの先生
先にも書きましたが,社内には情報調査に関して
約20年前,会社には有機合成系研究者として入社
教えを請える先輩や師と呼べる方がいませんでした
しました。最初の約10年間は医薬品の卵となるかも
ので社外に頼らざるを得ませんでした。いわゆる
しれない化合物をがむしゃらに合成していました。
サーチャー試験にチャレンジし,現在の応用能力試
この期間に製薬企業での研究テーマの一連の流れを
験2級に合格したことで関西のサーチャーの会であ
経験しました。あるとき上司から,「情報調査をす
るIS-Forumに参加することができました。ここでは
る部署が新たにできるから,これまで経験してきた
色々な業種のサーチャーの方からたくさんの教えと
こと(特に情報調査で困った経験)を生かして仕事
刺激を受けることができました。
をして欲しい」と言われたのがこの世界に入るきっ
かけです。
ま た 幸 い な こ と に, 製 薬 企 業 の 情 報 関 係 で は
日本製薬情報協議会(P h a r m a c e u t i c a l I n f o r m a t i o n
そんなわけで新しくできた部署ですので,研究所
Association of Japan: PIAJ)という組織が古くから活
内でこの仕事に関する先輩や師と呼べる方は残念な
発に活動を行っていることを知りました。IS-Forum
がらいませんでした。教育としてはデータベースベ
やデータベースのユーザ会等でP I A J会員の方と親し
ンダーが開催するセミナーやデータベースのユーザ
くなれたことで参加の機会を得ることができまし
会といったものに積極的に参加するのがよちよち歩
た。P I A Jでは関東支部と関西支部に分かれて勉強会
きの私にとっての教育の第一歩でした。ただ当時の
が行われており,会員各社の諸先輩方が先生です
上司にはこれらのセミナーに快く参加させてくれた
(優しい先生ばかりです!)。また毎年秋に行われる
ことを感謝しています。
当初は合成系の調査を主に行っていました。しか
しだんだん守備範囲が,治験薬情報調査や競合他社
P I A Jの情報処理技術検討交換会では,会員企業は2
年に1度は研究発表をすることになっており,その
ための勉強も良い刺激になりました。
のニュース情報,合成系以外の文献の検索といった
そのほかにも探してみれば色々な組織・グループ
方面に広がっていき,一時期は先行技術文献(学術
が情報関係の勉強会を立ち上げていることがわか
文献・特許文献)情報の検索,そして現在は不景気
り,今でも積極的に顔を出していくように心がけて
も手伝って??企業の与信情報の検索といったこと
います。諸先輩方を差し置いてこのエッセーを書か
417
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2009
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せていただくことになったのも,とある集まりに顔
はこういうことなんだ!」と依頼者が気づいてくれ
を出した際に,とってもとっても優しくお願いされ
ることもあります。さらに,
「その情報が入手でき
たからです。社外の方とお話しすることで自分の位
た/できなかったとき,その次はどうする?」とい
置付けがわかり,「井の中の蛙」にならないでいら
うことを依頼者に問いかけることもあります。そう
れるのだと思っています。
いったときに,依頼者に「なるほどそうですね!」
と理解してもらえるような説明ができ,「相談にき
後輩の育成
て,もやもやしていたのがすっきりした」と思って
こうして数年経てば,いつの間にか私にも後輩が
もらえるようなコミュニケーション(=情報)を提
できます。自分自身が特に社内で教育を受けていな
供できるようにするのが私たちの仕事であろうと
いため(単なる言い訳です!),後輩には「獅子の
思っています。
子落とし」ではないですが,PIAJで他社のサーチャー
も
に揉 んでもらうことが手っ取り早いと考えました
今後の抱負
(単なる手抜きかも?)。幸いにも最近,他社の方々
経営資源として「ヒト・モノ・カネ・情報」と言
から「○○君はしっかり育ったね!」と言っていた
われて久しいですが,なかなか企業内ではインフォ
だけるまでに成長してくれています。
プロは認めてもらいにくいのが現実です。インター
しかしこの方法はどんな後輩にも適応できるとい
ネットが普及した現在,ちょっと探せば情報は何で
うものではなく,十分にコミュニケーションを取れ
も(タダで?)手に入ると思われがちです。質の高
る人・性格であることが一番重要です。インフォプ
い情報ほど高価な場合もあります。当然普段から,
ロは普段依頼者と十分にコミュニケーションを取
コストパフォーマンスに気を配り限りある資源を有
り,依頼者の求めるものを十分理解すること,そし
効に活用する,依頼者(研究者)が満足・納得する
て調査の結果を十分に説明することが重要なスキル
情報を速やかに提供する,その結果として研究活動
の一つだと思っていますので,他社の方とコミュニ
/企業活動を推進させることが企業のインフォプロ
ケーションが取れるようになることが将来インフォ
の役目だと思います。
プロとしてやっていくのに非常に重要であると考え
ています。
「小さいことからコツコツと」,
「継続は力なり」,
「嫌なことから先にする」ように地道に取り組んで
いこうと思っています。
「インフォプロの仕事」とは
依頼者は情報のプロではありません。「今知りた
い情報はきっとこんな資料に当たれば得られるだろ
本来怠け者(ズボラ)の私には辛いことですが「一
う」と考えて相談にくる場合や,頭の中にもやっと
生勉強」です。でもズボラだからこそ工夫して少し
していることをはっきりさせるために,もやっと
でもラクをすることを考えます。検索業務もちょっ
したまま相談にくる場合もあります。依頼者と話
とした工夫で,的確な検索ができるものです。同じ
をしている間に,
「ちょっと勘違いしていない?」,
間違いを何度も繰り返すのは論外ですが,ルーチン
「希望する資料からはその情報は取れないんじゃな
い?」と思うことがあります。
一方,
「そうか!自分が本当に知りたかったこと
418
後進へのメッセージ
な仕事ではなく,一度くらい間違ってもいいから前
向きにチャレンジしていくのが,楽しく業務を遂
行するのにも良いのではないでしょうか。
集会報告 ●Meeting
学術出版協会
(Society for Scholarly Publishing)
第31回年次大会
Society for Scholarly Publishing 31st Annual Meeting
日 程
2009年 5月27日( 水 )∼ 29日( 金 )
場 所
Marrio tt Bal timo re Waterfro nt, MD ( USA)
主 催
So ciety fo r Scho l arl y Publ ishing ( SSP)
1. はじめに
筆者は米国で開かれる学術出版協会(Society for
Scholarly Publishing: SSP)の年会に2007年より続けて
参加している1) , 2)。電子ジャーナルや電子書籍など
学術出版の動向を知るには最も適した機会だと考え
ている。今回5月27-29日にボルチモアで開かれた年
会のテーマは「Advancing Scholarly Communities in the
Brave“Now”World(素晴らしい「今」の世界で進
化する学術コミュニティ)」という題で,Brave“Now”
写真1 年会展示場の光景
Worldはオルダス・ハクスリーのBrave New World(す
であり,それに続いた学術雑誌である。現代でもコ
ばらしい新世界)のもじりである。
ミュニケーションが重要であり,そのためには情報
が自由に流れる必要がある。現在若い科学者はブロ
2. 発表の概要
グを研究ノートや討論の場として使っている。こ
こでの結果をまとめる方法はないだろうか。B l yは
誌面の関係ですべての講演の紹介はできないの
ScienceBlogs(http://scienceblogs.com/)をたちあげて
で,特に興味深い話題について内容を紹介したい。
いる。ここには60以上の優れた科学関係ブログが登
録されている。これはPLoS One, arXiv.org, PubMedな
2.1 基調講演と全体講演
どとのリンクも持っており,CrossRefの協力で文献
2.1.1 基調講演「科学情報へのアクセス−過去,現在,
リンクも実現している。
そして未来」
S E E Dという科学雑誌を立ち上げ,科学ジャーナ
2.1.2 全体講演「出版と図書館−素晴らしい「今」
リズムで有名なAdam Blyが今後の科学コミュニケー
の世界でのわれわれの将来を確実にするため
ションのあり方について述べた。
に−回答より多い質問?」
18世紀には科学コミュニケーションは友人に出
米国研究図書館協会(A s s o c i a t i o n o f R e s e a r c h
す手紙であった。これを組織化したのがOldenbergが
Libraries)の事務局長Charles B. Lowryが現在の研究図
創刊した世界最初の学術雑誌Philosophical Transaction
書館の抱える問題と今後の方向について述べた。
419
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Harvard-Smithsonian Center for AstrophysicsのMichael
Kurtzは自分が開発し推進しているNASA/ADSデータ
ベースを中心に,文献とデータが互いにリンクされ
ている新しい研究情報の姿について説明した。彼は
オープンアクセスを支持しているが,オープンアク
セスが論文の引用数を増やすかどうかについては疑
問視していた。
SpringerのRay Colonによれば,Springerはオープン
写真2 全体講演の光景
アクセスについては中立で,ビジネスのひとつの
形としてとらえている。S p r i n g e rはオープンアクセ
現在米国の研究図書館は財政的に非常な困難に直面
ス・オプションを始めたのが最も早く,また最近は
しており,予算の削減や凍結が行われている。政治
Max Planck協会やカリフォルニア大学デジタル・ラ
面では,Federal Research Public Access Act(s.1373)
イブラリーと研究者のオープンアクセス費用を含ん
(FRPAA,NIHの公共アクセス方針を他の研究助成機
関に広げようという法案),Fair Copyright in Research
だ包括購読契約を結んでいる。また2008年B i o M e d
Centralを傘下にいれた。
Works Act(HR801)
(公共アクセス方針を覆そうと
コーネル大学のPhilip Davisは,オープンアクセス
いう法案),米国愛国者法,著作権法 Section 108(図
論文は本当に引用が増加するのかについていくつか
書館のデジタル化)
などが議論の対象となっている。
論文を書いている。都合で講演はキャンセルされた
このL o w r yの講演に対しては聴衆の出版社から反
が,配布資料によれば,著者によるオープンアクセ
論や抗議があったが,司会者からこの学術出版協会
スではダウンロード数が増加し,また引用数も若干
は出版社の業界団体ではなく,図書館も会員であり,
増加するが,これは著者による論文選択効果であり,
自由な意見が許されるとのコメントがあった。
費用対効果は悪いとの意見であった。
2.2 オープンアクセスについて
2.3 電子書籍について
国立医学図書館(NLM)のDavid Gillikinが国立衛生
米国では電子書籍はこれまで学術書籍が先行し,
研究所(N I H)の「公衆アクセス方針」について講
電子ジャーナルと同様にPCで閲覧・ダウンロードす
演した。彼は「公衆アクセス方針」は無料アクセス
る方式が主であったが,最近KindleやiPhoneの登場で
ではあるが,コンテンツの自由使用を認めるもので
一般書籍のハンドヘルドによる閲覧が伸びている。
はなく,ベセスダ宣言にいうオープンアクセスでは
この方向についてNew England Journal of Medicineの
ないと強調した。
「公衆アクセス方針」該当記事の
Kent Andersonが講演した。Kindleの新しい機種は新
登載状況は2005-2007年は19%であったが,2008年
聞など大きな紙面の閲覧も可能であり,大学や高校の
12月現在では49%までに向上した。デポジット数は
電子教科書閲覧用も狙っている。New England Journal
月4,000-5,000件である。該当する全論文は年80,000
of MedicineもKindleでのコンテンツ提供を始めた。
件と想定しているので,2009年末までには全件デ
ポジットに近いところまでいくと思われる。現在
56%の原稿は期限後1か月以内,93%が3か月以内に
デポジットされている。
420
2.4 Google Book Searchの合意について
GoogleがGoogle Book Searchについて米国作家協会
等と合意したことについての意見が述べられた。弁
集会報告 ●Meeting
護士のJonathan Bandからは合意の要点の説明があっ
こ う し た ソ フ ト ウ ェ ア を 用 い る と, 実 験 画 像 を
た。合意文書は150ページにもおよび,非常に詳細
P h o t o s h o pなどで不正に加工した場合にそれを発見
にわたる。例えば大学などの機関購読はInstitutional
できる。また印刷に適した画像であるかどうかも
Subscription Database(ISD)を通して行われる。アク
チェックが可能である。
セスは所属員に限られ,一度に最大20ページまで印
刷,一度に4ページまでコピーペーストができる。
公共図書館や大学図書館にはそれぞれ無料の1端末が
2.5.2 開発途上国の論文投稿数の増加
Thomson ReutersのKeith Collierが,Thomsonが最近
設置される(大学には4,000F T E(フルタイム換算・人)
買収した投稿審査システムScholarOneの投稿データ
ごと)。印刷はBook Rights Registry(BRR)が定める適
を分析した結果を報告した。投稿数では中国からの
切な価格で可能となる。
投稿の増加が著しい。2002-2008年の投稿数の順位
ま た ニ ュ ー ヨ ー ク 法 科 大 学 院 のJ a m e s
では米国,中国,英国,日本,ドイツの順となる。
Grimmelmannは,今回の和解はGoogleに巨大な事業
また投稿数増加の割合ではイラン,中国,インド,
集中を与えることになると懸念した。この事業は他
台湾,トルコの順で大きい。採択率では,デンマー
者にライセンスすることはできず,他者が参入する
ク,スイス,米国,ドイツ,英国,ベルギー,カナ
ことも極めて困難である。その結果Googleが図書館
ダ,の順となり,中国,インド,エジプト,トルコ
との交渉において圧倒的な力を持つことになる。ま
などは採択率が下位になる。興味深い結果であった
たGoogleは利用者データを解析することもできる。
が,学会や出版社からあずかっている投稿データを
さらに政治的な圧力がかかった場合,特定の本を検
勝手に集計分析していいのかどうか,
疑問が残った。
索結果から除いたりすることが行われるかもしれな
い。したがって裁判所は他の事業者にも同等の機会
3. おわりに
を与えることを和解の条件とすべきであるとの意見
であった。
今回年会が開かれたボルチモアは日本人があまり
訪れないところであるが,古い港町で,米国最初の
2.5 その他
研究指向大学ジョンズ・ホプキンス大学のある町,
2.5.1 論文の掲載図の品質管理
米国で初めて鉄道が走った町,独立戦争のときMary
学術雑誌の出版社は論文の図が適切に出版できる
Young Pickersgillが米国国旗を作った町として知られ
ように非常に人手をかけている。最近品質チェッ
ている。また今年生誕200年を迎えたEdgar Allan Poe
ク用のソフトウェアが利用できるようになった。
が住んだ町でもあり,彼がそこで住んだ家や墓もある。
これについて米国生理学会のEric PesanelliとCadmus
(愛知大学文学部 時実象一)
CommunicationのGreg Suprockから講演があった。
参考文献
1) 時実象一. 集会報告:学術出版協会(Society for Scholarly Publishing)年会 Society for Scholarly Publishing
29th Annual Meeting. 情報管理. 2007, vol. 50, no. 6, p. 374-383.
2) 時実象一. 集会報告:学術出版協会(Society for Scholarly Publishing)第30回年次大会 Society for
Scholarly Publishing 30th Annual Meeting. 情報管理. 2008, vol. 51, no. 6, p. 420-438.
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SLA 2009 Annual Conference
Special Library Association 100周年記念大会
日 程
2009年 6月14日(日)∼17日(水)
場 所
ワシントンコンベンション・センター(ワシントンD.C.,米 国 )
主 催
Special Library Asso ciatio n
米国専門図書館協会(Special Library Association:
昨 年(2008年 ) の『 情 報 管 理 』 集 会 報 告 で は
SLA)の今年の年会SLA 2009 Annual Conference &
SLA2008の一部を報告1)したが,今回は全体の状況
INFO-EXPOは,SLA創立100周年を記念してワシント
と本年の特徴を主眼に報告する。会員の所属コミュ
ンD . C .で開催された。参加者数については経済危機
ニティなどの説明については,昨年の報告で説明し
きゆう
の影響を心配したが,その心配は杞憂に終わった。
たので今回は省略する。
開催地がワシントンD . C .であること,また,大会に
参加する価値がこのような時だからこそあるという
ことなのかもしれないが,昨年より16%増の5,856
1. 年会の概要
年会は例年と同じくGrand Openingが6月14日
(日)
名が参加した。INFO-EXPO(展示会)も例年と同じ
12時 半 か ら 展 示 会 場 前 で 行 わ れ て 展 示 会 が 開 始
く盛大に開催された(写真1)。
され,夕方に開会式(Opening General Session and
筆者は現在,S L AのC h a p t e r(チャプター:地
域別コミュニティ)の一つであるA s i a n C h a p t e rの
Award Presentation)が行われた。
開会式の目玉は,元国務長官コリン・パウエル氏
President-Elect(次期代表)を務めている。そのため,
の基調講演であった。氏はご存知の通り,2001年
年会では主にS L A役員が参加するセッションに参加
9月11日の同時多発テロ攻撃以降のテロとの戦いと
した。ちなみに,SLAでは約2,000人以上の役員が会
外交を担い,現在は退任している。講演では自身の
運営のために働いている。
経歴から得たリーダーシップや情報活動の重要性に
関する意見など,S L A年会に相応しい内容をソフト
な言い回しで述べてくれた。特に,軍隊では情報は
生死にかかわる重大なものであり,パウエル氏も軍
隊および国務長官時代などを通して,良質な情報を
提供してくれるインフォプロのお世話になったこと
が披露された。
6月15日
(月)∼17日
(水)は一般セッションの他
に,Division(ディビジョン:主題別コミュニティ)
やChapterの朝食会(Breakfast Meeting)や夕食会(Open
House, Reception, Non-host Dinnerなど)
,ビジネス会
議などが行われた。
写真1 INFO-EXPO会場入り口
422
また,昨年と同様リクルート関連のセッション
集会報告 ●Meeting
Career Connectionがこの3日間開催された。
な お, 年 会 前 の6月12日( 金 )∼14日( 日 ) に は,
を出した。SLA創設者John Cotton Danaの肖像画を中
心に入れて,
「Some people know how to find all the
継続教育Click Universityのプログラムが組まれてい
answers.」を上部に大文字で配し,
下部に「Connecting
た。
organizations with accurate, reliable content is the mission
閉会式は6月17日(水)12時半から行われ,閉会
式後17時からは立食のデザートパーティーで次回
of information professionals.」とインフォプロの必要
性をアピールする内容であった。
開催地ニューオリンズの宣伝が行われた。
さらに,6月18日には各種の見学ツアーが企画さ
れていた。
全体的には,例年と同様のスケジュールでプログ
3. Asian Chapter(アジアン・チャプター)
Asian Chapterの会は毎年年会プログラムには掲示
されず,会員に直接メールで連絡される。
ラムが組まれていたが,今年の特徴は100周年記念
今年は6月16日
(火)
朝7時半からGrand Hyattホテル
の内容のセッションと,求職支援プログラムの充実
の会議室で行われたが,主に昨年の活動内容が報告
であった。100周年については後述するので,ここ
された。特に,近年アジアの活動が活発になり,イ
では求職支援プログラムを紹介する。B )とC )は今年
ンド,パキスタンの会員が150人以上になったこと
特に強化されたプログラムであったようだ。
が報告され,アジアでインフォプロの活躍が盛んに
A) Career Connection:6月15日∼17日の3日間開催。
なっていることが示された。
事前に求職面接を求職者と求人企業それぞれが予
約し,ホテルの会議室で面接を行う。
B) One-on-One Coaching(有料:$30)
:6月15日∼
さらに,今回新たにA s i a n C h a p t e rとS c i e n c e &
Technology Divisionで創設した「アジア学生賞(Asian
Student Award)
」の表彰が行われ,中国上海 Fudan
17日開催。プロのコーチによる30分間の研修で,
Universityの学生が賞状を授与された。この賞では年
求職,キャリアパス,履歴書の添削などを行う。
会に参加するための旅行費用と補助金が授与された
C ) ワークショップ(無料)
:
「結果のでる履歴書を
が,そのほかアメリカへの渡航手続きなどすべてを
書くには」
,「面接のヒントとテクニック」,「仕事
探し戦略を発展させるには」の3つのプログラム
が6月15日∼16日に開催された。
SLA関係者でサポートしたということである。
S L Aは若いインフォプロ育成にも熱心で,この賞
以外にもいろいろな部門で若手を対象とした賞が出
されている。Asian Chapterも今後力を入れていくこ
2. 100周年記念
とになるだろう。
S L Aは1909年にアメリカで設立され,今年で創
立100周年を迎えた。S L Aはインフォプロのための革
4. SLA役員参加セッション:Leadership
新的な情報活動サポートを目指して,国際的な活動
Institute, Cabinet Meeting, Joint Cabinet
を 行 っ て い る 非 営 利 団 体 で あ る。 現 在,75か 国
Meeting
11,000人が会員となっている。年会では各界の団体・
SLAのDivisionとChapterの役員が出席必須となっ
要人の祝辞や100年間の資料が展示された。同様
ているセッションがLeadership InstituteとCabinet
の物はW e bページでも掲載されている2)。また,年
Meeting, Joint Cabinet Meetingである。
会中の6月15日にはS L Aの主要スポンサーの一社で
Cabinet MeetingとJoint Cabinet MeetingはDivision,
あるダウ・ジョーンズ社が,ウォール・ストリー
Chapterの役員のみが参加し,各コミュニティの実務
ト・ジャーナルにS L A100周年を記念する一面広告
的な内容が発表された。
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Leadership Instituteは誰でも参加自由であり,今回
は下記のプログラムで行われた。役員以外が参加し
て役に立つのは②のトレーニング部分で,その他の
プログラムはすべて役員向けの内容であった。
①SLA Presidentのスピーチ
2009年P r e s i d e n t(S L A代表)に就任したG l o r i a
Zamora氏から,今期の戦略が報告された。
(写真2)
。
④Alignment Update
CEOのJanice Lachance氏とPresidentのGloria Zamora
氏が対話形式で,S L Aが行っているプロジェクト
「SLA Alignment Project」
の進捗状況の紹介を行った。
このプロジェクトはインフォプロとS L Aの将来を
考えるプロジェクトで,インフォプロとはどのよう
――現在はインフォプロにとって危機ではないが
な職業であるか,インフォプロが自分の組織を発展
変化(Change)の時である。ビジネスにとって,わ
させるためにどのように発言すべきか,何をすべき
れわれの仕事がいかに大切かを宣伝していくため
か,等を提言していくものである。今回はその提言
の鍵となるのはEnergy, Passion, Communicationであ
作成のために調査会社を使って全世界で実施した,
る。SLAはインフォプロを宣伝(Promote)するため
インフォプロの仕事に関する会社・機関幹部の認知
に,マーケティングを学び,その手法を使って広報
度とインフォプロの行動との乖離など,興味深い調
(Communicate)するツールを全員へ提供する。
②Toolkit: Painfree Public Speaking
査結果が紹介された。
今後,インフォプロ自身が所属組織で昇進でき
いかにスピーチをストレスなくこなすか。どんな
る話し方を身につけられるスキルソフトやツール
人でもスピーチが好きな人はいない(大統領でもス
をS L Aが提供する等の予定も示され,さらにS L A
ピーチは嫌いだろう)。自分もWhite(すべて言葉を
の名称変更を検討するということが発表された。
忘れて真っ白)になった経験がある。でも,投げ出
Alignment Projectについては,Webサイトで逐次進捗
さず,懸命にやったので賞をもらえたという内容の
が報告されている3)。
ビジネスコンサルタントによる研修であった。
⑤Top Ten Picks for your Leadership Toolkit
③Leadership Strategies: Candidate Panel
来年度のSLA役員会のPresident-Elect(次期代表)
S L Aが 役 員 に 提 供 す る ツ ー ル キ ッ ト の 紹 介。
Discussion Lists, Wikiなど
とT r e a s u r e(会計)の候補者各々 2名がパネルディ
スカッション形式で質問に答え,選挙演説を行った
5. SLA Salutes! Awards and Leadership
Reception
年会では毎回受賞者などとともに夕食会が会費
制で開催される。今回は米国議会図書館(Library of
Congress: LC)のジェファーソンビル(本館)を貸
し切った立食パーティーが,6月16日
(火)
19時半か
ら開催された(写真3)
。申し込み者全員は年会の会
場であるコンベンションセンター前,もしくは主要
ホテル前からでる専用バスに乗り会場に向かった。
LCに入る際にはセキュリティーチェックを受け,読
書室,特別展示室を見学した後,大ホールで立食パー
写真2 Leadership Institute
(来年度役員選挙のパネルディスカッション)
424
ティーが行われたが,LC職員が適宜施設や資料の解
説をしてくれた。
集会報告 ●Meeting
写真3 LCでのパーティー
6. ツアー:米国特許商標局(USPTO)
写真4 USPTO
フ向けのみのサービスであるが特許翻訳サービスを
毎年,年会終了後に半日から一日のツアーが企画
行っており,特に日本の特許が多いので4名の日本
されているが,筆者はUSPTOのツアーに参加した(写
語翻訳者がいるということであった。当日は翻訳部
真4)。コンベンションセンター前からバスで会場に到
門の責任者である日本人の方が,翻訳サービスにつ
着後朝食をとり,
その後講演と施設見学が行われた。
いて詳細を説明してくれた。
講演はAlcatel-Lucent特許弁理士のFinstion氏から
の特許申請に関するものと,U S P T OのH u u t氏から
7. 終わりに
の特許審査プロセスの説明であった。U S P T Oは5年
さて,来年(2010年)の年会はニューオリンズ
前にアレキサンドリアに移転し,現在この施設に
で6月14日∼17日に開催される。すでにこの企画立
7,000人の特許審査官が勤務しているという。見学
案が始まっているが,S L Aの次の100年に向かう年
ではUSPTOの情報センターであるSTIC(Scientific and
会としてAlignment Projectの進展も含めて楽しみに
Technical Information Center)を見学し,FPSLIB(Foreign
したい。
Patent Scientific Literature Branch)のスタッフから
(SLA アジアン・チャプター 次期代表:
WIPO(World Intellectual Property Organization)に関連
Kokos Consulting 佐藤京子)
した活動などが紹介された。ここではUSPTOスタッ
参考文献
1) 佐藤京子. 集会報告:SLA 2008 Annual Conference ∼Lubuto Library Project, Asian Chapterの近況∼. 情報
管理. 2008, vol. 51, no. 7, p. 524-527.
2) SLA Centennial Celebration. http://www.sla.org/content/Events/centennial/index.cfm, (accessed 2009-07-26).
3) SLA Alignment Project. http://www.sla.org/content/SLA/alignment/index.cfm, (accessed 2009-07-26).
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学術情報の自由な集いが生む新たなつながり
第4回ARGカフェ@仙台
日 程
2009年 6月20日(土 )
場 所
せんだいメディアテーク( 宮 城 県 仙 台 市 )
主 催
ARG
ARGカフェ,を御存知だろうか? 2008年7月の第
かるだろう。話題は,図書館の取り組み紹介から印
1回から,2009年の6月まで,わずか1年の間に都合
刷事業,詩の朗読までさまざまだが,一人あたりの
4回開かれたトークイベントだ。参加者は,平均し
持ち時間がわずか5分なので,
手法(時に紙芝居)
,声,
て50人程度と言うが,そのうちの10∼12人程度が
プレゼン時の歩き方など,工夫を凝らして,参加者
喋る。なのに,2時間で終わるのだ。使われるのは,
の関心をつかみ,イベント後の交流に生かそうとし
一人5分,電光石火のライトニングトークという手
ている。
法,集うのは,情報学の研究者,ライブラリアン,
今回は,東北初開催ということもあり,初めて参
知る人ぞ知る有名ブロガー,時に,詩人,科学コミュ
加した,という参加者も目立つ。その一人,東北大
ニケーター。異色のイベントに集う,異色の人々の
学附属図書館の佐藤亜紀子はこう語る。
間から,交流が生まれ果実が生まれつつある。初め
「初めて参加したが,何度でも参加したいと思う
て東北地方で行われた,第4回A R Gカフェ@仙台の
イベントだった。ライトニングトークでは,時間制
様子を報告し,何かが生まれそうな交流の場のあり
限のために情報量は少なくなる。しかし,聞く側が
方を探ってみよう。
疑問を持ったり,自分の都合の良いように推測した
第4回ARGカフェ@仙台の概要をまず振り返る(表
1)。今回は,大学図書館に所属する人々に登壇がや
や偏った面もあるが,多彩な顔ぶれであることはわ
りする余地があることで,その後のコミュニケー
ションがより活発になるように感じた。
予想外の収穫は,さまざまな業界の人と会話する
表1 第4回ARGカフェ@仙台 概要
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写真1 ARGカフェの風景
426
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集会報告 ●Meeting
表2 ARGカフェ第3回までの歩み注1)
➠㻔ᅂ䚭㻕㻓㻓㻛ᖳ㻚᭮㻔㻕᪝䚭㻷㻫㻨 㻶㻳㻤㻦㻨 㻲㻩 㻤㻮㻬㻥㻤㻖㻓㻕㻔䟺᮶ா㒌䝿⚽
ⴝཋ䟻䟾㻖㻓ฦ䛴ㅦⁿ䛮㻔㻔ெ䛴䝭䜨䝌䝏䝷䜴䝌䞀䜳
➠㻕ᅂ 㻕㻓㻓㻛ᖳ㻔㻔᭮㻕㻛᪝ 䝕䜻䝙䜧䜷ᶋὶ䟺♼ዄᕖ┬䝿ᶋὶ䟻䟾㻔㻔ெ
䛴䝭䜨䝌䝏䝷䜴䝌䞀䜳
➠㻖ᅂ 㻕㻓㻓㻜ᖳ㻕᭮㻕㻔᪝ ா㒌ᕰᅗ㝷ஹὮఌ㤃 ◂ಞᐄ䟺ா㒌ᗋ䝿㋶
୕䟻䟾㻔㻕ெ䛴䝭䜨䝌䝏䝷䜴䝌䞀䜳
ションも起きて,それが嬉しくて,また次も来る。
そして運営も手伝ってくれるという流れ」を作るた
めの“場のアーキテクチャー”を考えて始めたから,
運営も決して困難ではない,という。第3回までの
開催は表2にまとめた。
写真2 紙芝居を使って演じる発表者。短い持ち時間の中で,
それぞれの演者は工夫を凝らしている
このA R Gカフェ,ただのトークイベントではない
のは,わずか4回の開催の中から,何かが生まれつ
中で,職場内・業界内が抱える問題を客観的な視点
つあるからだ 注1)。例えば,筆者の1人長神は,第
で整理できたことである。お互いの職場・業界につ
4回をきっかけに,仙台市民図書館との間でコラボ
いてよく知らない者同士が話すことで,組織内部の
レーションの芽を作ることができた。脳科学のイ
余計な事情や言い訳は,会話から自然と省かれる。
ベントを2009年7月12日に「せんだいメディアテー
そうすることで,難しいと思っていた問題が実はシ
ク」で実施した3)が,それにあわせて,脳科学の特
ンプルなことだったと気づかされた」
設書棚を仙台市民図書館に設けていただくことがで
さて,このA R Gカフェ,始めたのは,メールマ
きた。A R Gカフェの際の紹介が縁だ。岡本は,A R G
1)の編
ガジンARG(=ACADEMIC RESOURCE GUIDE)
カフェがもとで,
「後日聞くことが多いのだけれど,
集長,岡本真だ。A R Gは,読者数4,500超を抱える,
予想外の組み合わせでコラボレーションが起きてく
学術情報を中心としたメーリングリストで,本誌
る」という,そして,
「実際,この記事もその一つ」
にも紹介されている2)。A R Gカフェは,もともとは,
なのだ。「自己紹介や名刺交換代わりにライトニン
A R Gの創刊10周年記念として始めたというが,
「一
グトーク」(岡本)なので,参加だけだとフラスト
言で言うと,私を介さず人と人とをつなぐプラット
レーションもある。前出の佐藤は語る。「私は終始,
フォーム」という。メルマガ,ブログに,雑誌モデ
バラエティ豊かな参加者の話を聞いて回るだけで精
ル的な媒体中心に著者と読者の仲立ちをする構造と
一杯だった。自分が相手に提供できる情報が少ない
同じ限界を感じ,「A R G自体を構造転換し,メディ
ため,まるで目の前に用意された引き出しを片端か
アからプラットフォームへと立ち位置を変えようと
ら開けていく子どもの気分である。本来は,すべて
思った」
,そして始めたのが,A R Gカフェ&フェス
の参加者が発信者になることがこのイベントの特徴
トという。フェストは,カフェに引き続いて行われ
であり,楽しみ方であり,最も有益な使い方なのだ
る立食形式パーティーで,本来切り離せないものだ
ろう。今回,その点をとても悔しく思っている。ぜ
が,本稿では誌面の都合上割愛する。短い期間の間
ひ次の機会には,より多くのことを発信する側とし
に4回を数えているが,
「来てくれた人が新たな出会
て参加したい」
こうして参加者の輪は広がっていく。
いを得ることができて,さらにそこからコラボレー
異質なものを取り込む場は,ある意味で,誰にとっ
427
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JOHO KANRI
2009
vol.52 no.7
Journal of Information Processing and Management
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October
ても“アウェー”感のある場だ。勇気を奮って,初
参加でライトニングトークに挑んだ,山形大学附属
図書館の佐藤亜紀のレポートをコラムとして末尾に
取り上げる。読者諸賢もまた,思うはずだ。第5回目,
6回目は? 自分の地方に来てくれることはあるの
か?「ARGカフェは,年内にさらに2回開催が決まっ
ている。8月に大阪で開催して,11月には図書館総
合展にあわせて横浜で開催,2月頃にできればつく
ばでやりたい。どこにでも行くし,いずれは自分な
しでも,そこら中で開催されればいい」
。単なる集
会にとどまらない,フレキシブルなプラットフォー
写真3 身ぶりを交えて熱心に発表する山形大学附属図書館の
佐藤亜紀(筆者の一人)
ムは,次の参加者を,そして,ひょっとしたら主催
者を待っている。岡本は語る。「私がいなければ開
ションに発展する機会を創ることを目的に,私がい
催されないのでは,結局,限界に行きあたる。みん
る・いないに関わらず広がっていけばいい。ノウハ
なのプラットフォームとして,人と人とが職業や分
ウはどんどん伝えるので,ぜひいい意味での分派活
野,地域といった違いを超えて,出会ってコラボレー
動に広がってほしい」
<コラム>ARG初参戦の感想と効果に対する
自己評価
「声が後ろまで届くのだろうか」と不安になりま
した。自分の発表を控えて夢中になることはでき
佐藤亜紀(山形大学附属図書館)
ずに聴く興味深い諸先輩の発表,そして,自分の
出番になり…「ワタシはコミュニケーションに飢
今回のA R Gカフェ@仙台は聴く・話すともに初
えている! MULU=みちのく大学図書館員連合準
めてで正真正銘の初参戦。その上,テーマを決め
備中! 参加者求む! ! 」
,あっという間の5分間が
る前に参加を決めてしまい,何を話すか悩みまし
終わりました。
た。しかし先輩の導きもあり,結果的には『誰か
カフェ後のフェストで,私の発表に対して思い
と話したい・集いたい・つながっていたい』とい
のほか良い反応を頂き,提案した『何でもありの
う以前からの熱い気持ちを形にする絶好の機会と
自由参加型コミュニティ』に多くの方が賛同して
なりました。当日までの道のりは平坦ではなく,
くれたように思います。また図書館職員以外の
準備のため連日夜更かししたり,未知なる舞台
方々ともお話しすることができ,
「これからまだ
への極度の緊張で前日は食事もろくに喉を通らな
まだやることが一杯だ」と思いを新たに。このよ
かったりとめったにない経験もしました。
うに普段の暮らしでは中々遭遇できない出会いが
当日,まず会場に驚きました。通路ともロビー
ともとれるようなとても開放的な場所だったので
428
多々あり,
「自分の人生を変えるものになる」と
感じました。
集会報告 ●Meeting
*なお,本稿は,岡本真,佐藤亜紀,佐藤亜紀子の書いた文章をもとに,長神が最終的に構成した。発言
部分の文責は各著者に帰するが,全体の構成責任は長神にある。写真は,岡本真による。被写体となっ
た写真の掲載を快く許可してくれた矢内美どり氏(茨城大学図書館)はじめ,A R Gカフェに会場提供,
話題提供そのほか御協力下さったすべての方に,この場を借りて感謝したい。
(東北大学脳科学グローバルCOE 長神風二,ACADEMIC RESOURCE GUIDE 岡本真,山形大学附属図書館医
学部分館 佐藤亜紀,東北大学附属図書館工学分館 佐藤亜紀子)
本文の注
注1) 本稿投稿後の2009年8月22日
(土)に,ドーンセンター(大阪)で第5回が,11人のライトニングトー
クを得て開催されている。
参考文献
1) 岡本真. ACADEMIC RESOURCE GUIDE(ARG)
.http://www.ne.jp/asahi/coffee/house/ARG/, (参照2009-0806).
2) 森田歌子.「継続は力なり」を実践したパブリッシャー 創刊10周年を迎えたACADEMIC RESOURCE
GUIDE 個人でWeb出版を継続してきた編集人,
岡本真氏の力の源を探す. 情報管理. 2008, vol. 51, no. 7,
p. 522-523.
3) 東北大学脳科学グローバルC O E .“第3回脳カフェ「杜の都で脳を語る」
”
.東北大学脳科学グローバル
COEホームページ. http://ja.sendaibrain.org/topicsDetails/cafe090712/, (参照2009-08-06).
429
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第
19
回
情報学にパラダイムシフトを起こすオープンシステムサイエンス!
情報担当者はどう理解し,どう行動すればいいのか
㈱ソニーコンピュータサイエンス研究所代表取締役社長 所眞理雄氏に聞く
本誌編集アドバイザー 森田歌子
最近はインターネットを通して膨大な量の情報が流れており,多忙な企業や大
学等の研究者がその中から信頼できる適切な情報を探し出すのは非常に困難な
状況になっている。そして様々な場でサーチャー,情報担当者が見直されてき
ているのではと思っていた。今回,所氏をお訪ねしたきっかけは,去る3月に開
催された第2回情報学シンポジウムで所氏のご講演「21世紀の研究開発のベース
となる新しいサイエンスのパラダイムを求めて オープンシステムサイエンス 原理解
明の科学から問題解決の科学へ」を聞き,お話の中に出てきたオープンシステ
ムサイエンスやオープンコラボレーションという概念は,情報を仕事としてい
る人々にも大きな関わりが出てくるのではと感じたからだ。情報担当者がこれ
を理解するにはどう考えればいいのか教えていただくことにした。
――3月の「情報学シンポジウム」でオープンシス
もう一つは多くの専門分野が成熟期を迎えている
テムサイエンス,オープンコラボレーションについ
こと。発展期にあるような,例えばE S細胞やi P S細
てお話しされたが,本誌の読者である企業や大学等
胞の分野に行けばその最先端は価値がある。成熟期
の様々な場の情報担当者,言いかえれば情報を求め
を迎えている分野では研究開発が細やかなことに陥
ている人に情報を提供することを仕事としている
りがちであり,他の分野へのシフトあるいは他の分
人々にとっての関わり方,どう考え,どう行動すれ
野との融合が必要になる。例えば自動車の分野では
ばいいかを教えていただきたい。
電池が最重要になってきている。電気自動車になれ
所氏:基本的には,私が科学者や技術者に話したこ
ばエンジンの省エネ化技術は不要になってくる。
とと同じである。もはや科学者や技術者はそれぞれ
20世紀の終わりで,18世紀に始まった科学でも
の学問領域の中で価値付けをしていくことに行き詰
たらされた技術・産業は成熟した。多くの欲しいも
まっている。
のが手に入るようになった。ところが,さらにその
行き詰まりの理由は2つある。一つは,分野が細
分化されることによりその分野の全体における価値
が低下していること。すなわち,昔は物理学,化学,
上をやろうとするともう一度既存の価値観を壊す必
要がある。
分野の壁を壊すには,自分が生きていく価値観を
生物学,数学など分野が大くくりだったが,分野の
変えなければならない。例えば論文を何本書いて
(審
細分化により,今や,分野が100にも,1,000にも
査に)通ったという価値が意味を持たなくなる。分
なり,その分野では重要だと言っているが,実は全
野を深く掘ることに価値があったことが怪しくなっ
体から見ると価値そのものが相対的に低くなってし
てきている。
まった。
430
所 眞理雄 氏
極端な例では石油の高騰で,トウモロコシからア
情報交差点 ●情報学にパラダイムシフトを起こすオープンシステムサイエンス!
ルコールを作ろうとした途端に,逆に食糧高騰に
るのか? 分解する時に捨ててしまった情報が多い
なった。
「無いから,作る」は正しいが,常識があ
ので合成するための情報は無い。相互関係に関して
ればそれがもたらす問題がわかるはず。専門領域内
失われた情報やものがたくさんあるが,これを捨て
だけで議論をしようとするのではなく,隣接領域を
ていくことで専門分野ができてきた。
含め,また全体的意味を考えて,研究を行っていか
自動車や工業製品は部品を組み合わせることに
なければならない。その結果,そう簡単には結果が
よってできる。ところが地球環境に関しては難し
出ず,論文も執筆できなくなる。が,本来はそれが
い。地形や気象,海流はシミュレーションができる
当たり前だ。実際多くの研究者は,論文を書いて学
ようになったが,これに産業構造が加わる,人の移
術誌に投稿して評価されることに,閉塞感を感じ始
動が加わる,自然環境や生物多様性,動植物の多様
めている。
性が加わるとどうなるのか? サンゴや海の中のバ
クテリアは何をしているか,渡り鳥はどうやってパ
――では閉塞感を打破するにはどうすればいいか。
ンデミックを拡散しているか。それらが全部関連し
所氏:ただこうした閉塞感やジレンマを表現する適
ている。
当な言葉が無い。言葉が無いからつながらない。自
原因は一つでない,というものを取り扱わなけれ
分が成果を上げ評価をされるためには,穴を深く掘
ばいけない時代にきている。しかし,科学の方法論
らなければならない。ただ深く掘っても価値の無い
は18世紀のままだ。こうしたことを皆も心の中でわ
ことをもう一人の自分は知っている。ではこの自分
かっているが,これをわかりやすく,はっきり言葉
をどうしたらいいか。こうした状況を他の人とどう
で伝えたいというのが私の考えである。
シェアしていくか,皆がそうだよねという言葉,共
通概念を持っていれば議論の原点になる。
これまでの科学は,クローズド・システム(閉シ
ステム)に対するリダクショニズム(還元主義)を
今までは専門職が専門のことだけをやっていれば
よかった。分割したものを組み上げていけばよかっ
た。これでは新しいことは見えてこないし,変化に
も非常に弱い。
ベースにしていた。すべての価値基準がここにあっ
科学だけではない。工業製品の中でもうまくいか
た。リダクショニズムが分野の細分化を招き,20世
ないところが出てきている。インターネットを考え
紀の繁栄と21世紀の閉塞感をもたらした。そこで,
てみよう。全部を知って,組み立てて,最終的なサー
これからの科学の方法論に対して,オープンシステ
ビスを提供するということができない。常に一部分
ムという名前がいいのではということを思いついた。
の変更や改良が必要であり,別会社が作成したアプ
世の中はすべてオープンシステムである。何か起
リケーションが無数に動いている。エンドユーザの
こったら関連度の強弱はあるけれどもすべてが他と
要求が変わり,サポートしているプロセッサー,メ
関係を持っている。例えば,生命は何か考えてみよ
モリー,ネットワークすべてが変わる。そして今ま
う。脳,神経,血管,胃,腸,筋肉,さらにばらば
でできなかったことができるようになる。では,5
らにしていけば分子生物学の領域になり,二重らせ
年後10年後にどう変わるかを想定してシステムの
んとなる。二重らせん構造が生命か。分割していっ
外部仕様書が書けるのかというとそれは不可能だ。
ても,生命が何かということはわからない。分割し
今やインターネットも生命になっている。
ていくことは,原理の解明には役立つことはあるが,
誰も問題の所在は確認している。ただ結局昔の方
どうもそれだけではない。分解されることにより失
法でしかできない,やりようがないと思っている。
われるものが多い。D N Aがあればこれで生命ができ
本当はやりようがある。
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――価値基準を変えるという意識はどうすれば得る
かれ早かれ,人によっても,地域や国によっても早さ
ことができるのか。
は異なるが,わかってくる。早く変わった方が勝ち。
所氏:自分の頭の中には100や200のイベント(オ
ケージョン)がある。仕事に出る,家に帰る,電車
――極端に言えば,オープンシステムサイエンスは
に乗る。それに対して特に何も考えなくても毎日の
これまでの価値観をいったん捨てることであろう
生活はできる。しかし一旦疑問を持ち,ひょっとし
か。オープンシステムサイエンスと「オープンコラ
たらそうではなくてこうなんではないか,と思うこ
ボレーション」はどのような関係なのか?
とがある。それが他のイベントにも影響を与え,そ
所氏:価値観をひっくり返す。そしてもう一度価値
れについても考える。オセロの一つをひっくり返し
観を再構築する。専門領域内での価値観を中心に考
ても状況は変わらないが,徐々に広がっていくと,
えるやり方から,相互関係や全体の中での自分の仕
だんだん不安になって「もしかしたら他もそうでは
事などへ評価基準を移していく必要がある。しかし
ないか」という気持ちになる。そしてある日突然,
これは大変なこと。
全部ひっくり返って,ああこっちが本当なんだと思
オープンコラボレーションのもともとの意味は,
うようになる。本来そうなのに,たまたま過去の事
その分野の専門家のみでは問題が解けなくなり,
「こ
情から分野を区切り,職業を分け,専門家を育て,
ういう問題があるので関連の知識を教えて欲しい」
そういう状況になってしまっていたから,自分の仕
と投げかける。自社や学校の外にも知識を求める。
事と実際の社会が結びつかなくなっていた。本当は
専門家同士だけでなく隣接領域からあるいはもっと
わかっていたのに,本当は違うと思っていたのに,
広い範囲の人々からの協力も得て問題を解いていく。
仕事だからと言ってこれまで通りやっていたんだ。
一人では複雑すぎて問題が解けなくなってきたのだ。
しかし人間は変わっていける。思考パターンを変
事の起こりは,研究開発費があまりにも巨大にな
えていける。オープンシステムという概念を提唱し
り,自社だけではペイしなくなった。
「こうした問
て以後,1年くらいの間いろいろな所で講演して,
題を解きたい」をこれまでは他社には秘密にしてき
信念はさらに強くなった。
た。しかし研究費が高くなりすぎ,外部の力を借り
て問題を解こうということが製薬会社では始まった。
432
――最初を白に変えることは自発的行為だが,我々
私はこれを拡大解釈し,一つの大きな問題を解こ
の脳が,「あっと思って」黒を白に変えようとする
うとした時に,一人ではなく周りの専門家,もっと
きっかけはあるか? 自然に出てくるのか。
広い見識を持った人,さらにはジェネラリストと共
所氏:自然に,意識しなくても出てくると思う。こ
に問題を解決していく方法のことをオープンコラボ
れまでは便宜上専門に分けている。それで都合が良
レーションと考える。
かった。しかし都合が悪いことも見えてきている。
自分の意思でボランタリーに集まる人もいる。ま
生命,情報,政治,地球環境も。何とかしなければ
たお金で集まる人もいる。いろいろ形態はあるが,
と皆が思ってきている。ただし変化には時間がかか
何れにしろ,多くの課題が一人や一企業,一組織,
る。これまでの価値観は三世紀,300年かかった。
一国だけでは解決できなくなった。
その間に良いものをたくさん見てきた。人類は裕福
オープンコラボレーションには,最終的には短期
になった。医療,教育,学問の分野でも。でも,こ
的な経済合理性ではなく,長期的な経済合理性とい
れからの人類の発展を考えるとこのままではいけな
う新しい経済指標が必要である。経済合理性の面か
い。自分の価値基準を変えていかねばならない。遅
らオープンシステムサイエンスにつながっていく。
情報交差点 ●情報学にパラダイムシフトを起こすオープンシステムサイエンス!
そういうところまでいつか来る。ただし,時間がか
かる。
ていかねばならない。
情報を扱う人は極めて深い一般知識と教養,複数
の専門性が必要とされる。組織全体として対応する
――価値観の再構築,意識の改革が必要となってき
には隣の人と十分に話ができることが必要である。
た社会で情報担当者はどうあるべきか。
すなわちオープンコラボレーションが極めて重要だ
所氏:人間社会はオープンだから,いつ何が起こる
と考える。
かわからない。今まで良しとしていたものがそうで
情報を提供する時にネガティブなコメント付きの
ないとわかったり,いろんなことが起こる。オープ
情報を提供できるかどうか。そうでないとリスクは
ンなものを体系化し,解決していくのであるが,完
ヘッジできない。情報担当者は一番リスクを負うと
了したということは永久にありえない。時間軸でも
ころ。最終的にリスクを負うのは例えば社長である
のを見てできるかぎりのことはやる,それはマネー
が,社長がコケないように情報を提供するのが情報
ジメントである。
担当者の役割である。情報担当者,サーチャー,図
情報はスタティックと思ってはいけない。毎日変
書館司書の仕事は非常に深い知識と専門性が必要と
化はしていく。YouTubeに何か載るとばっと新しい
される。時代の流れをつかみ,大局観を持つことに
ことが出る,意味が変わる。そんなものにも対処し
よって提供する情報の価値を高めることができる。
※オープンサイエンスについては,ソニーコンピュータサイエンス研究所のH P1)で所氏が記述しておられる
ので参照されたい。また,本年1月にはN T T出版より『オープンシステムサイエンス――原理解明の科学か
ら問題解決の科学へ』2)を出版されている。
参考文献
1) 所眞理雄.“オープンシステムサイエンス”.Sony Computer Science Laboratories, Inc.. http://www.sonycsl.
co.jp/message/opensystemsscience.html, (参照2009-08-27).
2) 所眞理雄. オープンシステムサイエンス:原理解明の科学から問題解決の科学へ. N T T出版, 2009,
276p.
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デ ー タ ベ ース と い う 考 え 方 の 展 開 と
21世 紀 の 生 活
九州大学産学連携センターデザイン総合部門
1. 文献情報検索システムとしてのデータベー
スを再考する
湯本長伯
広い世界のさまざまな要因・現象を切り取り,新し
い関連を創り出しているとも言えよう。
これは情報検索の目的が違うとも言えるし,検索
前回(vol. 52, no. 3)は学会の働きになぞらえて,
方法にも差異を生じさせるし,実はそもそも知のハ
知のハンドリング形式としての「データベース」に
ンドリングの違いがあるとさえ言えると思う。ここ
ついて,とりとめもなく述べてみた。今号では書き
では詳しいことは述べないが,
「確実に在るとわかっ
ふえん
残しも含めて反省?し,それをもう少し敷衍し,ま
ていることを探す」ことと,「何が正解かはわから
た掘り下げてもみたい。
ないが,恐らくは有用であると思えることを探す・
人類の知的活動に大きく関わる「データベース」
(以下,D Bと簡述する)概念だが,最もポピュラー
有用であると考える」こととは,確かに違うのであ
る。既に明らかなように,情報の塊(知)は文献に
たぐい
な文献情報検索の類もあれば,そればかりではなく,
だけ在るのではない。その知のハンドリングの目的
少しタイプの違うDBもあることもわかった。例えば
や使い方の違いを意識し管理する?ことが,今後の
「特許」D Bなどは,一見,文献とはまったく違うも
434
知的基盤社会には,大変重要なことと思う。
のを対象にしているようだが,「既にあるもの・あっ
検索方法の違いは,実は収納方法の違いとも言え
たもの」で,責任を持って?「蓄積されている」情
る。人類は長い間にさまざまな分類方法(方式)を
報(を記した文献)を探すDBである。
考え出し,それに従って情報を収納することを続け
一方,前回も一つの例に挙げた設計用D Bを考え
てきた。しかしある日,その分類が突然役に立たな
ると,これについて異なるのは,対象は「既にある
くなったらどうするか? せっかく苦労して蓄えた
もの」には違いないが,
「関連する情報」は実は無
情報が,上手く探せなくなってしまうことになる!
数にあってキリが無い。例え小さな歯車を設計する
伝統的な十進分類は,当然のことながら概念分割
際でも,関連樹木をたどっていけば,どこまでもつ
が共有されている前提で行われているので,その共
ながっていて,キリが無いということである。では
有が失われてしまうと役に立たなくなる恐怖があ
どうするか?
る。つまり,いったん確立された学問には,基本的
これは実は,設計の「目的」に沿って選び取るし
には変更がないという前提で組み立てられているの
かない。選び取られた,あるいは言葉を換えるなら
だが,20世紀にはそうはいかなくなった。例えば
ば,c o l l e c tした(ある基準に沿って入念に選んだ)
絶対に変わるはずがないと思われていた「力学の世
ものから探すしかない,ということになる。設計は
界」にも,重大な変更がボーアからアインシュタイ
その都度,異なる目的を立てることによって,この
ン等々の新しい知見により加えられたし,日本でも
視点 ●データベースという考え方の展開と21世紀の生活
関西学派が育てた湯川秀樹,朝永振一郎から現代に
なのに,他人に検索を代わってもらって探すのでは,
至るまで,多くの研究者が「また違う見方があるの
冗談にもならない話である。もちろん次第に浸透は
か?」と思わせるほど,変更を加え続けている。こ
したが,何かわが国にとってはなじみが少なかった
ういう分野では,「昨日の分類は今日は役に立たな
気がしてならない。
い」ということが,ドラスティックに起きてしまう
この事後結合索引による検索方法は,今では十分
のだろう。恐らく21世紀にも,「また」起こるかも
に浸透しているのか? 社会的に不足していること
知れない。
はないのか? 社会技術としてはどうなのか? これに対する対応策として,分類を固定したもの
D Bを使いやすくする,なじみやすくする,わかり
としないで収納し,情報や検索の目的に応じて探し
やすくする,連動させる,探さなくても芋づる式に
方を変え,あるいは情報のとっかかり(タグ)を変
情報が手に入る,そういう支援技術も社会技術とし
える方法が考え出された。それまでの分類収納は,
てかなり重要であり,そして社会全体の力を底上げ
例えば「教育」−「年代別教育」−「幼児教育」と
すると思うのである。先日福井で開催した産学連携
いった分類があり,それに沿って内容を判定し収納
学会大会で,特別セッションであるJ S Tセッション
していくわけであるが,ある日突然「教育」は「年
を拝聴していたら,科学技術振興機構でもただD B
代別の違い」より「地域別の違い」が重要だという
を創り出すだけでなく,そうしたD B使用の支援技
ことになると,いままでの分類はそのままでは役に
術にも力を注いでおられるような学会報告があった
立たなくなり,やり直すことになるからである。
ので,少々嬉しく感じた次第である。そうつまり,
実際には少しずつ見直しが行われ,いままでの分
類を読み替えながら,分類分けが差し替えられてい
作って終わりというのは,実は結構傲慢な?態度な
のではないかと思うのである。
くことになるが,この分類をその都度作り直せれば,
さ て, こ う い う 話 題 を 挙 げ た の で あ れ ば, 知
内容の変化や分類のやり変え等々の変化にも対応で
に至る過程というか論理的思考としてもう一つ,
きることになる。
deduction,induction,そしてabductionという,3つの
こうしたことは,①「内容を簡潔に表すキーワー
分類を挙げておこう。日本語では,演繹,帰納,そ
ドを埋め込んで,情報(文献)を探せるようにして
して3番目が難しいが,「発想」と呼ばれている。
おく」,②「検索の必要に応じてキーワードを組み
ductionというのは生産に関わる語で,もちろん知の
合わせて,対象情報を分類し(分け取り)探す」
,
生産形式を述べている。面白いことだが,ここでも
というようなやり方で可能かもしれない。キーワー
3番目の思考形式が,日本人のやや苦手とする領野
ドとその組み合わせを変えれば,さまざまな分類が
であるらしいことは,経験的に知られている。
「奇
都度可能となり得る。これを言葉で言えば,「事後
想天外」の「奇想」よりも,
「改善」のほうが得意
結合索引方式」であるとも言えよう。
なのである。
しかしこれが,なかなか浸透しないようなのであ
新しい知は,未知のものの発見によって引き出さ
る。かつて海外のさまざまな優れたD Bがわが国に
れるとしても,これにはまた大きく分けて2種類あ
入ってきたときに,こうした検索方式になかなかな
り,まずは,誰かは知っていたかも知れず,その気
じめずに,ユーザの要求を受けて内容を整理し,求
になれば可知であったが実質未知であったものの発
める文献や資料を探す「サーチャー searcher」とい
見(これを例えば,最適化知という言葉で,取りあ
うビジネスが現れたことも,記憶に新しい。そもそ
えずは語っておこう)と,これまで人類の知の世界
も自身で自由に求める情報を検索できるはずのD B
には入ってきておらず,実質不可知であって未知で
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あったものの発見・観測とは,区別されるべきであ
たものを探す道具である。そうだとすると,D Bに
る。前者は,既存の知の組み合わせであったり,照
は内部構造があり,それを知っておくことで,ある
合の結果として得られたりするものもあるし,ある
いはそれを体系的に提供可能とすることで,何か知
いは数学的定理などは,
「理屈」としては人間が見
的なポテンシャルを社会的に向上させることができ
いださなくても,そもそも存在していたが,われわ
ると,言えるはずである。それではほんの少し,そ
れが知り得なかったもの,ということである。少し
んなことを考えてみたい。
ちがった言い方をすれば,この世の誰かは知ってい
たが,みんなは知らなかった,公知ではなかった,
ということも入るかもしれない。一方,この世の誰
2. データベースの内部構造,あるいは語とし
ての情報分布
もが知り得なかったことを,新しい観測手段によっ
て,あるいは新しいフィールドを踏査することで初
先にも述べたように,形式的には事後結合索引方
めてわかったこともある。これは本当の発見であり,
式が定着している。これならキーワードで情報レ
不可知であったものを可知にしたのである。
コードの中身を自律的に表現しておけば,探し方は
先に挙げた「可知なる未知を知る」ことや,「数
都度変えられるから,何か安心である。しかし探し
学的定理の論証」などは,演繹的思考に基づく知に
方はなかなか難しいことと,探すべき中身はどう
至る過程,知へのアクセスということになるだろ
なっているのか? これは気になる。実際,探す前
う。一方,可知なるものを組み合わせて,まったく
からD Bの中身は変わっていないのであり,それな
新しい知を獲得することは,「発想abduction」とい
ら中身を知って,よりよく探したいからである。
う概念に近いと思う。
「未知なる未知を求める」理
私のD B経験の中には,作ったデータ構造の解析
学分野の人に比べ,私は工学からも仲間外れの「建
をした経験がある。私が幾つかのD Bを作り,かつ
築・都市・インテリア・プロダクトのデザイン」を
て公開していた東京大学大型計算機センターには,
元来の専門にしているので,こうした「組み合わせ
IR情報検索システムを支援するTOOL−IRというプロ
知」あるいは「リエゾン知」の世界に住んでいるが,
グラム・ソフトがあった。これによって,作ったデー
理・工学の世界では,あまり認めてもらっていない
タ構造の解析をしてみると,これは建築物に関する
ようなのである。
作品データと文献データの集積についての結果であ
言うまでもなくDBというのは,既に誰かは知って
るが,キーワードを切り出して,その出現頻度を見
いて,だから収納されているのだが,本人にとって
てみると,作っている最中にはあまり気が付かない
は未知であったもの,つまり実質可知だが未知だっ
が,少数の重要語が多く使われ,これが共通的な内
容を持つD Bの基本的特性を示す。特殊な語は使わ
れる頻度が小さく,パレート図を描いてみると,
(概
ㄊ䛴ฝ⌟㢎ᗐ
念的には)図1のようなパターンを持つのである。
そしてレコードのほうから見てみると,やはり重
要な内容を持つレコードも比較的少数であり,しば
しば検索に引っかかってくる。逆に例えば5,000件
のレコードがあると,多くの場合1∼2割のレコード
ㄊ䛴⛸㢦
⛸㢦
図1 キーワード分布の概念的パレート図
436
は,ついに検索されないままで終わる。
つまりなかなか片寄っているのである。こういう
視点 ●データベースという考え方の展開と21世紀の生活
データレコードは,D B全体の価値を高める重みに
索システムとは,そもそもはInformation Storage and
はなるが,そもそも必要だったのか? 多くのD B
Retrieval Systemである。あるルールで収めて,その
でも,
「必要とされない」レコードが,たくさんあ
ルールに沿って取り出す仕組みである。
るのではないか? というような妄想が,エッセン
十進分類のようなものは,固定的な分類によって
シャル・データベースへの発想につながっていった。
個別の情報にたどり着くが,事後結合索引でも埋め
こういうことは,私だけの経験なのだろうか? たキーワードが利くことには変わりがない。人間の
DBそのものの専門家ではない私は,オールオーバー
頭脳の中も,理屈は同じことでstorageするとしても,
には語れないが,いつも気になっているのである。
関係性はもっとファジーなものであるらしい。キー
ワードの分布がわかってしまうと,D Bは「未知の
3. 分類というものは何だろう?
知を取り出す玉手箱」ではなく,
道筋が(ほぼ)決まっ
ている通り道であったり,御託宣が何パターンかに
先に学会をD Bになぞらえてみたが,学会での知
や情報の整理は,まず分類から始まる。
決まっている占い者のようなものになりかねない。
先に述べたように,D Bの内部構造を徹底的に調
分類のためには,その分野・領野を省察して概念
べ,これを整理しておけば,あるキーワードの組み
分割し,それに合わせて要素的対象を分類してい
合わせで出てくる検索結果はもちろんいつも同じな
く。それぞれの籠に,放り込んでいくわけである。
のだから,先に検索しておくこともできる。もし多
こうした情報の仕分けにも個人差はあるが,たくさ
くの人が行う検索であれば,あらかじめ実行して収
んの人たちの目を通して,妥当性が獲得されること
納しておけば,実行時のシステムの負担を減らすこ
が期待できるのも,学会の良いところである。仕分
とは間違いないだろう。こういうことを考えると,
けには当然規準があるが,これにも2つのレベルが
やはり分類と収納の構造が,なかなか大切なのだと
ある。明示的explicitと黙示的implicitとでも言おう。
気付く。そもそも,データベースを作りさえすれば,
前者はまさに明らかだが,実際には後者のほうが(特
広大で多様な知の世界を提供できるという思い込み
に初期には)多く,それは「何となく似ている」といっ
だけは,作る側こそが注意して,心しておいていた
たものである。これをanalogyという言葉で表そう。
だきたいものである。
さなざまな知的シーンで,その行為が明示的explicit
さて伝統的な十進分類は,経験的で安定している
なのか,あるいは黙示的implicitなのかということは,
分類法である。直感的にも人間の発想に近い(もっ
かなり重要なことと考えている。これはその知(の
とも指が12本あれば,また違ってくるだろうが)
。
塊)を後で探そうとしたときに,随分と違うからで
しかしこれは,経験的なものである。では理論的に
ある。既に前回触れたように,D Bにしても学会活
は,何進法が最も効率的なのか?
動にしても,整理して収めたものは後で取り出して
n進分類すると,「目的のレコードにたどり着く1
使う都合があるからである。明示的な知の体系がで
回の選択の確率は1 / n」,全体のレコード数がNあ
きてくれば,その分野は学問体系として確立された
るとnのx乗がNである場合にx回の検索が必要とな
と言えるだろう。
る。
いま100のレコードがあるとき,10進分類では10
4. 情報検索とはそもそも何なのか?
分の1の確率で2回検索すれば目的のレコードにた
どり着く。2進分類では2分の1の確率ではあるが,
これは若干繰り返しになってしまうが,情報検
2の6乗が64,2の7乗が128であることを考えると,
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JOHO KANRI
2009
vol.52 no.7
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6∼7回検索を繰り返す必要がある。つまり大きな数
集積」がそもそもそういうもの,とも言える。当面
で分類すると,1回分の枝分かれは多くて大変だが,
の便宜のためばかりではなく,要するに「知の共有」
階層の数は減る。2進で分類すると1回分は簡単だ
のためというわけである。となると,ある対象につ
が,階層は多くなる,という関数関係である。
いての全データを収納したD Bがあったとして,こ
それでは,この分類を何進法分類で行えば最も効
れですべてわかるのかという命題でもある。これは
率が良いのか? 若いころのことで詳しいことは忘
可知ではあるが,よほど上手く探さないと,未知の
れたが,シャノンの平均情報量(エントロピー)概
ままになりかねない(もちろんその前に,
「すべて
念を適用して解いてみたことがある。単純な話だ
を収納」ということがあり得るのか?(クルト・ゲー
が,分類数をxとして情報量を出し,xに対する増減
デルはナインと言うだろう)という命題もある)。
を調べてみると(微分してみただけだが)
,xがある
これは「知のハンドリング」に関する,一つのアン
値のときに極大になった。シャノンの情報量は対数
チテーゼなのかと思っている。
表現になるが,その底をネイピア数(e)として自
然対数で表すと,単純な話,x=eとなった覚えがあ
6. 社会行動とデータベース
る。一般にe=2.71828 18284 59045 23536 02874
71352……といった超越数で,オイラーによって基
本が示された数である。数学的な話はともかく,単
日常生活の設計があることも先に述べた。現代生活
純に2.71分類すると,一番たどり着くのに効率が良
は,なかなかセチガライのである。
いことになった。分類に2.71分類はないから,結局
カーナビゲーションに基づく行動選択は,他者の
は2進法か3進法が,最も効率が良い。これは正直,
行動によって影響を受けるゲーム理論的側面がある
意外な結果であった。しかし,単純なものに神は宿
が,パーソナルナビによって電車やバス等の経路と
るのかもしれない。
時間・日程を選択することは,比較的単純な行動最
もちろん歴史的なものは無視できないけれども,
適化である。こうしたことが,
お昼を食べるお店(経
図書館などの分類は次第に(現実的には)2進分類
路)の選択や,夜のみんなで囲む飲み会の席の選択
に近づいていけば,効率的と言えそうである。この
など,さまざまなところに食い込んできている。こ
ように,情報や知の蓄え方,探し方にも,客観的な
うしたことに対応するD Bも,新しい発想で創り出
構造はありそうなのである。
していかなければならないだろう。
5. エッセンシャル・データベースの可能性
上記のような考察を重ねてみると,D Bは数が多
ければ良いというものではないと気付く。そこで,
エッセンシャル・データベースの可能性というもの
を考えていることは,既に述べた。D Bは全体とし
て何かを伝えようとしているもの,あるいは「知の
438
可知だが未知なものを得て行動を決めるという,
執筆者略歴
湯本 長伯(ゆもと ながのり)
早稲田大学工学博士(課程修了後学位取得),東京大
学大学院工学研究科内地留学研究修了。
東京大学・大型計算機センター・プログラム指導員,
早稲田大学理工学部建築学科講師,慶應義塾大学大学院
政策メディア研究科講師等を経て2001年より九州芸術
工科大学教授。2003年より九州大学大学院教授,産学
連携センターデザイン総合部門教授,早稲田大学客員教
授。2005年より九州大学・高等教育機構教授併任。
情報論議 根掘り葉掘り ●発明家という発明
発明家という発明
名和小太郎
もう一昔前のことになるが,『ニューヨ−ク・タ
造物,組成物…を発明または発見したものは…特許
イムズ』(1999年11月25日号)は「機械は機械を発
を得ることができる」と示し,特許の保護の及ぶ対
明できるか」という記事を載せた。その中身は,タ
象を限っている。
イトルより一歩も二歩も踏み込んでいた。
1972年,まず,数学的なアルゴリズムは上記の
記者は,自動設計された衛星アンテナやジェット・
保護対象から外れるという判例が生まれた。さらに
エンジンに特許が与えられたという事実を伝えてい
1981年,自然法則,物理現象,そして抽象的なア
た。記者が注目したのは,この自動設計プログラム
イデアも,それだけであれば保護対象には値しない
に遺伝的アルゴリズム(G A)を使っていたことに
という判例が出された。
ある。しかも,そのプログラムは市販されていた。
しかしその前年に,最高裁は「太陽の下,人間の
記者は有識者にインタビューして回り,ここに多
作るすべて」は特許の保護対象となると示していた
くの特許問題のあることを発見する。その一つ。特
(『情報管理』49巻3号・4号の本欄参照)
。このあと
許を得るためには,その発明が当の分野の専門家に
プロパテントの時代となり,ソフトウェアへの特許
とって自明ではない何か――「非自明性」という―
が認められるようになる。このなかで,アルゴリズ
―を持たなければならない。だが,その非自明性は,
ムはプロセスか機械と組み合わされてさえいれば,
人間にではなく,コンピュータに組み込まれたG A
特許の保護対象になるという基準が設けられた。
に移っていくのではないか。
そして,ついに1996年,
「有用,具体的,知覚可能」
もう一つ。G Aは次第に進化するだろう。そのG A
の結果を生成するアルゴリズムであればそれだけで
内蔵コンピュータは,新しい発明を繰り返しつつ,
特許たりうる,という判例が作られた。いわゆるビ
人から人へと転売されていくかもしれない。このと
ジネス・モデル特許に対するものであった。
きに,そのコンピュータは特定できない他人の特許
この後,アルゴリズム特許への壁はさらに低くな
のうえでよろめくことになる。在来の特許侵害とい
る。単なるアルゴリズムであっても,コンピュータ・
う概念は変わらざるをえない。
プログラムと関係のないアルゴリズム――例えばリ
このような予想を列挙したうえで,記者は人間の
役割は変わるだろうと示唆していた。
* *
先に進む前に,アルゴリズムが特許制度のなかで
どう扱われてきたか,これを確認しておこう。
米国特許法は「新規で有用なプロセス,機械,製
スクヘッジのためのアルゴリズム――であっても,
それでも特許の保護を受けることができるのではな
いか。こんな風潮になってきた。
* *
この流れのなかで,法学雑誌においても,G A,
アバター,人工知能(A I)などによる知的活動が論
439
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JOHO KANRI
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議されるようになる。以下,そうした論議のいくつ
た精神活動であり,したがって,ある人が特許の所
かをつまみ食い的に,ややパロディ的に膨らまして
有者と同じものを設計したからといって,後者が,
紹介しよう。
自分の特許を前者によって侵害されているという証
特許法の保護規定に戻る。そこでは特許を受ける
ことのできる主体は「発明または発見したもの」つ
まり人間であり,特許の対象は「プロセス,機械,…」
など非人間であった。
拠を示すことは難しい。
* *
次に,特許の主体としての創造的アルゴリズムの
位置を確認しておこう。
こちらはSF的な議論になる。
いっぽう,アルゴリズム発明に目を移せば,それ
創造的アルゴリズムは,例えば自動設計すること
は「機械としてのアルゴリズム発明」か「プロセス
により,設計技術者に取って代わることができる。
としてのアルゴリズム発明」かになる。いずれにせ
そのアルゴリズムは,その能力を強化するなかで,
よ非人間である。
みずからコンピュータを購入し,人間の助力を要請
だが,それが創造的アルゴリズム――GA,AIなど
し,著作物を制作するようになるかもしれない。こ
を合わせてこう呼ぼう――であれば,次第に進化す
のときに,そのアルゴリズムは外見上自意識をもつ
るはずである。それは,ついには,人工発明家にな
主体になる。
るかもしれない。
このときに,その創造的アルゴリズムを,さらに
自意識をもつ主体であれば,その主体はインセン
ティブに引きつけられる。米国憲法は著作権,特許
はその先にある人工発明家を特許の主体と遇するべ
権を人間にインセンティブを与えるために設ける,
きなのか,それとも特許の客体として扱うべきなの
としている。創造的アルゴリズムは著作権と特許権
か,これが課題となる。ついでに言えば,アルゴリ
とを得る資格をもつことになる。
ズムは特許法にいう有用性を保証し,創造性は特許
とすれば,創造的アルゴリズムに法人格を与える
法にいう新規性と非自明性を導く,と考えられる。
ことができるだろう。子供の知的水準は成人に劣る
* *
が,
その子供にも人格は与えられているではないか。
まず,特許の客体としての創造的アルゴリズムの
じつは,人工物であっても人格をもつことができ
位置を確認しておこう。いくつかの難点が生じる。
る。企業という人工物は法人という法的な資格を与
その一。創造性は人間の意識とかかわる。これを
えられ,法的な権利・義務をもつことができる。と
特許として私有財産化することは,社会の通念に反
すれば創造的アルゴリズムも法人格を求めることが
する。社会的に同意を得にくい。
できるはずである。ついでに示すと,法人のことを
その二。創造性に特許を与えるとは,発明の上流
英語では“artificial person”と言う。
部分をだれかに占有させてしまうことを意味する。
やや行き過ぎた。だが,話を特許に戻したとして
後続者は,先行技術の確認に極端に大きいコストを
も,創造的アルゴリズムは自分のコピーを拒み,ク
かけざるをえなくなる。このとき,アンチコモンズ
ローンを侵害者として訴える自意識はもたなければ
の悲劇が生じるだろう(
『情報管理』47巻4号の本
ならないだろう。
欄参照)。
440
http://johokanri.jp/
October
* *
その三。創造的アルゴリズムについては,そもそ
最後に一言。2008年,連邦控訴裁判所はアルゴ
も侵害行為を特定しにくい。それは形式論理を超え
リズム特許に対する基準を厳しいものへと戻した。
この本!おすすめします ●「図書館に関連する最新の技術を教える」にあたって
加 藤 多 恵 子 (千葉経済大学短期大学部/日本女子大学 非常勤講師)
「図書館に関連する最新の技術を教える」にあたって
年々図書館を取り巻く環境は変化している。これ
難しいと常々感じている。そういう中で,まずご紹
まで図書館は紙媒体の資料を主として対象としてき
介したい一冊は,井上真琴著の『図書館に訊け!』
たが,最近はよく言われるように電子図書館,Web
である。
情報,インターネットといった用語が飛びかいハイ
ブリッド車ならぬハイブリッド図書館という言葉が
聞かれる。
『図書館に訊け!』井上真琴
筑摩書房,2004年,777円(税込)
図書館資料には印刷媒体および電子媒体が共存し
ており,これらをどのように利用者に提供し,サー
ビスするかが課題である。文部科学省も社会の変化
に対応する図書館のあり方を思考し,改正図書館法
が2008年6月に公布・施行され,それに伴い,法案
成立後の省令制定公布の施行に向けて大学における
図書館司書資格に関する科目が,2012年(平成24年)
4月から改定される。
時代の流れ,傾向に沿った図書館司書資格コース
の科目は,私が興味あるところでは,情報技術論が
新たに基礎科目となり,ネットワーク資料を含む図
書館情報資源概論が図書館情報資源に関する科目と
して加わり,レファレンス・サービス演習と情報検
索演習を発展的に統合し,新設される情報サービス
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480061867/
演習などである。
私は2002年から私立大学の短期大学部の司書資
本書は大学のゼミなどによく使われているようで
格コースを,2004年からは四年制私立大学の司書
ある。図書館の世界は奥が深い。自分の成長に応じ
資格コースで,非常勤講師として司書資格コースを
て,図書館は応えてくれる。どんなタイプの利用者
教えている。レファレンス演習,情報検索演習,専
にも図書館の門は開かれている。したがって,
「図
門資料論などを教えているが,図書館の電子資料,
書館利用者はまず,図書館に訊くこと」と述べて,
それらの検索など,内容は最新であり,それらをす
論を展開している。図書館利用者に図書館の使い方
べて授業中に詳細に教えるのは,時間の制約もあり,
を教えることは,重要である。私もこの点では賛成
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JOHO KANRI
2009
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で,図書館を知っているのと知らないのとでは大き
前述したように今,図書館は図書館内のPCをはじ
な差がある。ましてや情報化社会の中にいるわれわ
めとする情報機器,情報検索,電子ジャーナルなど
れは図書館の役割や社会の中の位置を熟知して図書
の電子情報,など従来図書館とは異なる最新の事柄
館を使いこなせるようにすることは喫緊の課題であ
があふれている。それらを授業の中で,いかに教え
り,その利用の仕方,図書資料の利用のみでなく情
るかは大きな関心事であり,最新の内容を教えるこ
報の利用法をマスターすることのお手伝いが,教え
とに努めているが,昨年はなくて,今年に登場,今
ることを通じてできたらと常々考えている。
年はなくて翌年に登場ということもある。その場合,
その年の授業では扱えない場合があるので,最新の
内容は時節に合わせて,ライブラリアンの方々に卒
[本書の構成]
1.図書館の正体と図書館への招待
業後も研修をするやりかたが好ましいと考える。そ
2.資料の多様性と評価の視点を知ろう
の意味で,次の本を紹介したい。
3.どうやって資料にたどりつくのか (1)
4. 同上
(2)
『グーグル Google 既存のビジネスを破壊する』
5.レファレンス・サービスを酷使せよ
佐々木俊尚
6.資料は世界を巡り,利用者も世界を巡る
文藝春秋,2006年,798円(税込)
7.電子情報とのつきあいかた
各章を読むと図書館とは何か,図書館資料の種類,
その見極め方,図書館利用法(特にレファレンス・
サービス),電子情報などがわかるようになってい
る。私はその中でもレファレンス・サービス,電子
情報などを興味深く読んだ。特に電子情報はよく言
われるように玉石混交であることから,それらをレ
ファレンス・サービスで活用する際,担当者である
ライブラリアンの見識がいかに求められるか,その
見識の育成はどうすべきかなど,日頃考えているが,
この本を読んで私自身の考えに確信が持てた。また,
世界の情報をWebからいつでも入手できるという点
で,情報はますますシームレスと言おうか,グロー
バルになっている。その意味で,ライブラリアンは
http://www.bunshun.co.jp/cgi-bin/book_db/book_detail.
cgi?isbn=9784166605019
今後ますます世界の共通語ともなっている英語力を
磨く必要があると考えながら読んだ。それにより,
442
[本書の構成]
資料のアクセスはぐんと広がると考える。その他,
1.世界を震撼させた「破壊戦略」
灰色文献の活用であるとか出版事情であるとか,電
2.小さな駐車場の「サーチエコノミー」
子図書館の利用,O P A Cの利用など,多くを考えな
3.一本の針を探す「キーワード広告」
がら読むことができた。その意味で,読者の方々に
4.メッキ工場が見つけた「ロングテール」
ぜひ一読いただきたく思い,ご紹介した。
5.最大の価値基準となる「アテンション」
この本!おすすめします ●「図書館に関連する最新の技術を教える」にあたって
6.ネット社会に出現した「巨大な権力」
本書から,特に一章からGoogle NewsおよびWeb
上 の 新 聞 情 報 で あ る と か, ユ ビ キ タ ス,G o o g l e
Map,Google Book Searchについて興味ある識見を得
た。GoogleのみでなくYahoo! JAPANなどの検索エン
ジンの傾向,その他最新の検索エンジンや,無償の
閲覧ソフトであり,未来に一番近いブラウザである
とされるFirefox,つぶやきブログと言おうか,SNS
の一種であるTwitterなどの仕組みと使い方,最近登
場している電子空間であるメタバースの知識はライ
ブラリアンにとって必須の知識である。最近はクラ
ウドコンピューティングも登場し,今後はこれらの
http://www.abc-clio.com/products/overview.aspx?productid=111402
動きにも図書館関係者は目が離せないと思う。それ
らが図書館にとって,情報提供にとってどのように
5.科学および医学のデータベース
活用できるものか,図書館を今後担う,および現在
6.書誌データベース
担っている方々はどのような対応をすべきか,およ
7.人文科学データベース
び大学図書館や学校図書館での教育現場で,最新の
8.統計データベース
技術やI Tをどう活用すべきか,それらを図書館担当
9.レファレンスに訪れる利用者の情報入手行動・
者はどのように支援できるかを考える土台を知らせ
ることは重要であると考える。
近年はデジタルネイティブの拡大が議論されてい
インタビューについて
10.レファレンス質問に合わせた最適な情報資源の
選び方
る。デジタルテクノロジーを空気のように呼吸して
11.データベースの評価
きた世代をネット世代と呼ぶが彼らは情報の調査に
12.データベースの利用についての教え方
たけており,情報のウソを見抜くのにたけていると
聞く。
最後にご紹介したい本は
本書は例えば,科学・医学では PubMed, Web of
S c i e n c eのみを取り上げていて,物足りないものの
オンラインサーチで基本的なことが書かれているの
『Librarian's Guide to Online Searching』Bell,
で,教科書として参考になると思う。
Suzanne S.
Liraries Unlimited, 2006.
最後に
これからの時代は情報流通においてはインター
[本書の構成]
ネットが,物流においては宅配便が社会のインフラ
1.データベースの構成
となると思われる。また個人の情報のやり取りはこ
2.データベース 検索者のツール Part1
れまでのメールに加え,メーリングリストやソシア
3.その他の検索者のツール Part2 ルネットワーキングなどでますます活発になってい
4.社会科学のデータベース
く。その中で,図書館はどのようにその役割を担え
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JOHO KANRI
2009
vol.52 no.7
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るか,図書館利用者にどのように情報を提供するか,
これは大きな課題であると思う。その意味で,ネッ
トワークの考え方,Web情報,図書館の本来の考え
方,図書館機能など,根本から考察して,対処して
いくことが重要であると考える。そして,本稿でも
すでに述べたが,最新の情報は適宜,研修会の形で,
現業ライブラリアンの方々が学び整理できる仕組み
が備わっていることと,今後の情報提供にはぜひ日
本語のほか,英語にも精通できるようにライブラリ
アンが自己研鑽されることを願う。また,私の考え
にコメント,ご意見を頂けたら幸甚である。
執筆者略歴
加藤 多恵子(かとう たえこ)
千葉経済大学短期大学部および日本女子大学 非常
勤講師(司書資格コース)。
東京教育大学理学部化学科卒業理学士取得。米国連
邦政府東西センターの全額支給奨学生として,ハワイ
州立大学大学院図書館学科卒業,図書館学修士課程取
得。大学卒業後,日本科学技術情報センター入所,途中,
米国留学。外務省電子計算機室で情報検索班,米国議
会図書館東京収集事務所で,公共情報である灰色文献
を扱うライブラリアン,科学技術振興機構で(2000年
3月から2007年3月末まで),雑誌,電子ジャーナルの
編集を経た。著書に『シンガポールの図書館政策:情
報先進国をめざして』
(共著,日本図書館協会,2009
年)。専門は情報検索,情報機器,科学技術資料など。
東京生まれ。
444
情報界のトピックス ●Topics of the information community
Googleブック検索和解案に対抗してOpen
Book
Alliance結成
求めるとしている。A S J Aが特に懸念を抱いている
のは,Googleがデータベースに入れる図書の検閲を
禁止する条項がないことと,著作権の問題である。
Googleブック検索をめぐる米国での集団訴訟和解
図書館界はこれまでのところさまざまに異な
案の最終審理は,10月7日にニューヨークで行われ
る対応を示している。Open Book Allianceには参加
るが,和解案への異議申し立ての締め切り期限9月
していないが,米国図書館協会(American Library
4日は,裁判所の電子ファイリングシステムのメン
Association)
,北米研究図書館協会(Association of
テナンス休止のために,9月8日へと再び延期され
R e s e a r c h L i b r a r i e s)
,米国大学・研究図書館協会
た。これまでに米国のみならず,ヨーロッパ諸国
(Association of College and Research Libraries)は,裁
や日本でもさまざまな団体が賛否両論を発表して
判所が和解案の履行を監督することを求める書簡を
いる。8月18日には,非営利団体のInternet Archive
既に米国司法省に送っている。ニューヨーク図書館
と,Internet Archiveが推進するデジタルテキスト・
協会のBernard Margolis館長は,これらの団体がさら
マルチメディア資料のアーカイブ構築を目指すイ
に強い姿勢をとるよう強く促した。三団体は追加の
ニシアチブであるOpen Content Allianceが,和解案に
書類を9月2日に提出した。米国の都市図書館協議会
対抗するためにOpen Book Allianceを結成した。既に
(Urban Libraries Council)は,和解案に反対はしない
参加を表明している団体は専門図書館協会(Special
が,和解案で提案された問題点にGoogleと,作家組
Libraries Association),ニューヨーク図書館協会(New
合(Authors Guild)と米国出版社協会(Association of
York Library Association)などの図書館団体,Google
American Publishers)が取り組むよう裁判所に求めて
支配を懸念するYahoo!,Microsoft,Amazonも参加を
いる。問題にされているのは,データベースへのア
表明した。Open Book Allianceのその他のメンバーは,
クセス,読者のプライバシー,プリントアウト料金,
全米著述業組合(National Writers Union),アメリカ
独占などである。なお,Publishers Weeklyが7月に図
SFファンタジー作家協会(Science Fiction and Fantasy
書館員225名を対象に行ったサンプルサーベイによ
Writers of America)
,米国ジャーナリスト著者協会
れば,和解案支持が29%,反対が21.5%,どちらと
(American Society of Journalists and Authors: ASJA)
,
もいえないが37%という結果であったとの報告がな
米文学誌・報道協議会(Council of Literary Magazines
されている。
and Presses),SPD(Small Press Distribution)である。
(http://www.openbookalliance.org/news/diverse-
各団体は結束しつつも,和解案は競争を阻害すると
coalition-unites-to-counter-google-book-settlement/)
して反対意見を個々に裁判所に申し立てる。和解案
(accessed 2009-09-08).
に反対の意を表していたA S J Aは,和解案そのもの
の廃棄を要求するのではなく,特定のセクション,
特に検閲と著作権の条項を変更することを裁判所に
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情報管理
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vol.52 no.7
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October
Google Book Searchのデータは間違いだらけ?
Foundationが,生存者に関する記事への投稿方法を
制限することになった。この新しい機能は「Flagged
カリフォルニア大学バークリー校の非常勤教
Revisions」と名づけられ,読者による変更は掲載さ
授で,言語学の優秀なエキスパートであるG e o f f
れる前に経験を積んだWikipediaの編集者による承認
Nunberg氏が8月28日に大学の会議において語った内
を受けなければならない。承認されるまでは不可視
容が大きな波紋を呼んでいる。Nunberg氏は,Google
の状態でW i k i p e d i a のサーバーに留め置かれる。こ
Book Searchプロジェクトを「Last Library」と呼び,
の新しい規則は昨年ドイツ語版でテストされてお
分類や出版年におびただしい数の誤りがあることを
り,利用者の大会であるWikimaniaで承認された。こ
指摘し,支離滅裂の寄せ集めであるとGoogleのメタ
れまでも,オバマ大統領のような有名人のサイトは
データの質を酷評したのである。発表の翌日,そ
編集者により,しばしば攻撃から守られてきたが,
の内容は「Google Books: A Metadata Train Wreck」の
「Flagged Revisions」は悪ふざけや,生存中の有名人
タイトルでLanguage Logのページに掲載された。そ
の死亡ニュースを書くのをやめさせることを目的
の中で彼は次のように述べている。
「結局のところ,
にしている。ニューヨークタイムズ紙は,Wikipedia
これはほぼ確実にLast Libraryである。(中略)これ
の管理者と協力してアフガニスタンで誘拐された
らの本のほとんどを再びスキャンしようとする者は
David Rohde氏の情報をタリバーンから脱出するまで
いないであろう。従って,今後100年の間誰が――
抑えたことを明らかにした。今回の新しいシステム
Googleか,UNESCOか,Wal-Martか?――このコレク
は,大きな影響力を持つようになったWikipediaの責
ションを管理するにせよ,これらのファイルを学
任受容を反映したものと見られ,記事の総体的正確
者たちは利用することになる」N u n b e r g氏は間違い
さを改善するものと期待される。
の例を具体的に提示しているが,この批判に対し
(http://blog.wikimedia.org/2009/08/26/a-quick-update-
て,Google Booksメタデータチームのマネージャー
on-flagged-revisions/)(accessed 2009-09-08).
であるJon Orwantは,Library Journal誌の問いに答え
て,メタデータに問題があることは十分承知してい
東大附属病院とN T Tドコモ,モバイル医療情
るが,チームは1兆を超えるメタデータフィールド
報環境の共同研究を実施
を収集しており,何十億という決定を下さねばなら
ず,その中では数百万の誤りを犯していることを認
東京大学医学部附属病院とN T Tドコモは8月26日,
めた。さらに,メタデータの質は6か月前と比べて
モバイル機器を活用した医療情報環境の構築に関す
現在ははるかに良くなっており,今から6か月後に
る共同研究を行うことを発表した。携帯電話などを
はますます良くなるであろうともつけ加えている。
活用して,個人が自らの健康を管理し,より自分に
(http://languagelog.ldc.upenn.edu/nll/?p=1701)(http://
あった医療を受けられる環境の整備を目的とする。
www.libraryjournal.com/article/CA6687562.html)
共同研究は,2009年9月1日から4年間,東大病院22
(accessed 2009-09-08).
世紀医療センター内に開設する社会連携講座「健康
空間情報学」において実施する。
W ikipediaがポスティングの規則を改定
(http://www.h.u-tokyo.ac.jp/upload/r20090826150014.
pdf)(accessed 2009-09-08).
W i k i p e d i aの 英 語 版 の 記 事 は, 最 近200万 件 を
超えたが,そのサイトを管理しているW i k i m e d i a
446
情報界のトピックス ●Topics of the information community
ロイター,ブログから記事へのリンク・引用
タル利活用のための重点点検専門調査会」第1回会
を奨励
合で,
「デジタル技術・情報の利活用を阻むような
規制・制度・慣行等」についてのパブリックコメン
トムソンロイターズ・メディアのChris Ahearn社長
ト結果を発表した。8月6日まで行われたパブリッ
は8月4日,同社の公式ブログ上に,ブログからロイ
クコメントには,個人・団体から合計208件が寄せ
ターの記事への自由なリンクや適切な引用を勧める
られた。コメントの範囲は,行政(電子申請含む),
記事を発表した。6月にA P通信がブログなどでの同
医療・健康,育児,個人認証,電子化の推進,選挙,
社記事への引用に課金することを発表しており,批
個人情報保護,プライバシー保護,コンテンツ等
判があがっていた。Ahearn社長は,コンテンツのリ
(フェアユース,ダウンロード違法化など)
,違法有
ンクに対する課金に反対を表明し,
「わが社の記事
害情報等(児童ポルノ,フィルタリングなど)
,産
へ自由にリンクしてほしい。
(中略)適切な引用や
業(業界・商取引での規制・慣行など)
。同専門調
参照を承認するというだけでなく,ぜひそうしてほ
査会では,今後対象の絞り込み,関係府省等へのヒ
しい」としている。
アリングを行い,I T戦略本部に対して提言を行う。
(http://blogs.reuters.com/mediafile/2009/08/04/why-i-
I T戦略本部では,その提言を踏まえて各府省に対応
believe-in-the-link-economy/)(accessed 2009-09-08).
の検討を依頼し,2010年春頃には結果を報告する
予定。
G oogle,検索トップページのデザイン特許取得
(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/juuten/dai1/
gijisidai.html)(accessed 2009-09-08).
米G o o g l eは9月1日,同社の検索トップページの
デザインに関する特許を取得した。この特許は,
世界の検索件数,1か月で1,000億件
2006年3月に出願されていた「コミュニケーション
ターミナルの表示画面のグラフィカルユーザイン
米国の調査会社comScoreは8月31日,世界の検索
ターフェース」(米国特許D599372号)
。ロゴと検索
市場に関する調査結果を発表した。2009年8月の全
枠,ボタンからなるGoogleのシンプルな検索トップ
検索クエリー数は約1,137億件で,前年同月の806
ページのデザインが対象になっている。Googleの検
億件から41%増加した。企業別では,G o o g l eが767
索ページのデザインは,既に2006年12月に特許を
億件で,全体の67%を占め,2位のYahoo!(89億件,
取得している(米国特許D533561号)
。
7.8%)
,中国の百度(80億件,7%)を大きく引き離
(http://patft.uspto.gov/netacgi/nph-Parser?Sect1=PTO
している。一方,昨年からの伸び率が最大だったの
1&Sect2=HITOFF&d=PALL&p=1&u=%2Fnetahtml%2F
は,ロシアのYandexの94%であった。
PTO%2Fsrchnum.htm&r=1&f=G&l=50&s1=D599,372.
地域別で見ると,欧州地域が全体の32%と最も多
PN.&OS=PN/D599,372&RS=PN/D599,372)(accessed
かったが,1人当たりの検索数では,ラテンアメリ
2009-09-08).
カが最多だった(1人当たり130件)
。
(http://www.comscore.com/Press_Events/Press_
I T戦略本部,「I T活用を阻む規制・制度・慣行」
Releases/2009/8/Global_Search_Market_Draws_More_
へのパブリックコメント結果を発表
than_100_Billion_Searches_per_Month)(accessed 200909-08).
内閣官房I T戦略本部は8月25日に開催した「デジ
447
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JOHO KANRI
2009
vol.52 no.7
Journal of Information Processing and Management
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October
NetCoalition,連邦助成研究成果のOA義務化法
P L o SとN L M,研究成果速報のためのサービス
案を支持
を新設
インターネット業界のロビー団体NetCoalition.com
Public Library of Science(PLoS)は8月20日,イン
は,8月12日,連邦政府が助成した研究の成果をオー
フルエンザに関する研究についての迅速な情報交換
プンアクセス(OA)とする義務を定めた法案S.1373
を目的とするサイトPLoS Currents: Influenza(http://
“The Federal Research Public Access Act of 2009”
www.ploscurrents.org/influenza)を公開した。また,
(F R P A A)を支持する旨,同法案の共同提出者/発
翌日には米国国立医学図書館(NLM: National Library
案者である上院議員(Cornyn氏/ Liberman氏)宛て
of Medicine)が生物医学分野の研究速報データベー
声明書で表明した。
スRapid Research Notes(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/
NetCoalitionは,ネット社会のさらなる発展を目指
rrn/)の新設を明らかにし,PLoS Currents: Influenza
す業界の声を連邦政策に反映させるべく1999年に
がその最初のコレクションとなると発表した。PLoS
設立,現在はBloombergやCNET Networks,Google,
はPLoS Currents: Influenzaを,
出版前の論文や研究デー
Inter Active Crop.,Yahoo!など数多のインターネット・
タ,アイデアなどについてWeb上で情報交換・議論
サービス・プロバイダが加盟している。
させることで科学研究を促進するために企画した
同連合はこれまでに,インターネットの発展を助
PLoS Currentsシリーズの試行版と位置づけている。
長する主要(修正)法案を支持する一方,悪影響を
このシリーズは,Googleの提供する投稿型知識デー
及ぼすものはこれを阻止してきた。
タベースK n o l上に開設され,それぞれの分野の研究
法案S .1373は,1億米ドル以上の研究費をもつす
者グループが運営に当たる。PLoS Currents: Influenza
べての連邦機関に対し,助成研究成果を発表後6か
に投稿されたコンテンツは,Rapid Research Notesに
月以内に公開させるための方針策定を求めたもの
も収録されるため,その識別番号によって恒久的に
で,多くの図書館団体,消費者団体,高等教育機関
引用することも可能となる。
から支持されている。今回のNetCoalitionによる支持
NLMは,Rapid Research Notesについて,以前より
は,法案成立の可能性をさらに高めるものと思われ
必要性が指摘されていた研究速報のアーカイブが今
る。
回の新型インフルエンザ対策のために実現したもの
なお,法案S .1373とは対照的に,施行中の米国国
立衛生研究所(National Institutes of Health)のパブ
リックアクセス法案を反故にし得る法案H.R.801“Fair
と述べ,生物医学分野の他の速報サイトからの受け
入れにも意欲を示している。
なお,PLoS Currentsに投稿された内容については,
Copyright in Research Works Act”が2月に下院司法委
緩やかな条件での採択判断がされるだけで,査読が
員会委員長C o n y e r s議員から提出されており,米国
行われないため,改めて査読誌に投稿することが推
の出版者団体はこれを支持している。
奨されている。また,公開から半月ほどで20件を超
相対するパブリックアクセス関連法案の行方が注
した投稿の半数以上についてコメント欄での質疑応
目される。
答が見られ,時間と場所に拘束されないバーチャル
(https://mx2.arl.org/Lists/SPARC-OAForum/
学術会議と呼ぶこともできそうである。
Message/5084.html)(accessed 2009-09-08).
(http://www.plos.org/cms/node/480)(http://www.nlm.
nih.gov/news/rrn_archive_launch.html)(accessed 200909-08).
448
海外文献紹介 ●Literature guide
JSTが収集している海 外の雑 誌から, 情 報 科 学 技 術に関する興 味 深い文 献を掲 載
いたします。ここに紹 介した文 献のコピーをご希 望の場 合は、J S Tの複 写サービス
(http://pr.jst.go.jp/copy_s/copy2.html)をご利用ください。末尾に記載した
整理番号(例;06A0092400)を利用すると簡単にお申し込みいただけます。
また , 国 内 の 雑 誌 を 含 む 網 羅 的 な 文 献 の 検 索 には , J S T の 文 献 検 索 システム
JDreamⅡ
(http://pr.jst.go.jp/jdream2/)をご利用ください。無料トライアルも
お申し込みいただけます。
Libcitations:人文社会科学における図書出版物
の比較評価指標
Libcitations: A measure for comparative
assessment of book publications in the
humanities and social sciences
雑誌論文による引用評価が難しい人文社会科学
分野における研究ユニット(研究グループ,学部
学科等)の業績比較評価のため,ユニットに属す
る研究者の著書による評価指標“libcitation count”
を提唱した。これは,著名な図書総合目録に基づ
く所蔵館数である。分野による補正を加えた指標
として,L C分類による分野平均l i b c i t a t i o n c o u n t
に対する相対指標も導入した。オーストラリア
のシドニーにある2つの大学の歴史学,哲学,政
治学の3学科から,豪州図書館総合目録に基づく
libcitation countの上位図書を12ずつ選び,両大学
間のlibcitation得点と分野規格化得点を比較した。
WHITE Howard D. (Drexel Univ., PA, USA); BOELL
Sebastian K.; YU Hairong; DAVIS Mari WILSON
Concepcion S.; COLE Fletcher T. H. (Univ. New
South Wales, Sydney, AUS), J Am Soc Inf Sci Technol
(USA) 2009 60 (6) 1083-1096, 09A0657630
標準的な計量書誌学指標以外にh指数やその変形
が必要か?
Do we need the h index and its variants in
addition to standard bibliometric measures?
伝統的な研究業績指標である発表論文数( P )と全
被引用数( C )以外に,最近提案されているh指数や
その多くの変形指標の必要性について検討した。
BIF(ドイツの生物医学研究振興財団)で行うフェ
ローシップ選抜試験に1990-1995の期間に申請した
414人のポスドク研究者の発表論文と,それに対す
る引用のデータを取得した。彼らのP,C,および9
つの評価指標を求め,
因子分析を行った。その結果,
Pを含む「コア発表の量」因子とCを含む「コア発
表のインパクト」因子が抽出され,それぞれの因
子の中での指標間の相関は非常に高かった。この
ことから,科学者の業績比較には2つの因子からそ
れぞれ1つずつの指標を選べば十分であると結論し
た。
BORNMANN Lutz; MUTZ Ruediger; DANIEL HansDieter (ETH Zurich, CHE); DANIEL Hans-Dieter
(Univ. Zurich, Zurich, CHE), J Am Soc Inf Sci Technol
(USA) 2009 60 (6) 1286-1289, 09A0657647
異なる主題カテゴリーにおける計量書誌学的研
究業績評価
A bibliometric evaluation of research performance
in different subject categories
次の3つの分野規格化指標を用いて,異なる主題
分野に属する研究者や研究グループの業績を直接
に比較した。(a)Schuber t and Braun(1986)によ
り開発された相対引用率(R C R),( b )研究グルー
プが発表した雑誌が属する分野の平均インパクト
ファクターによる規格化,( c )それらの発表論文を
引用した雑誌が属する分野の平均インパクトファ
書誌データ凡例:著者名 (著者の所属機関名), 誌名 (発行国) 発行年 巻 (号) 開始ページ-終了ページ, 整理番号
*Copyright 2009 Elsevier B.V., Amsterdam. All rights reserved. Translated from English into Japanese by JST
449
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JOHO KANRI
2009
vol.52 no.7
Journal of Information Processing and Management
October
クターによる規格化。これらの指標により,韓国
科学技術研究所(KIST)の4つの研究プロジェクト
の業績を相互に,および国際標準と比較した。(b),
( c )の場合,平均値と標準偏差による規格化よりも
中央値と四分領域による規格化の方が適切である。
NAH In Wook; KANG Dai-Shin; LEE Dae-Hee;
CHUNG Yun-Chul (Korea Inst. Sci. & Technol.,
Seoul, KOR), J Am Soc Inf Sci Technol (USA) 2009
60 (6) 1138-1143, 09A0657634
スコアに基づく著者の計量書誌学的順位付け
Score-based bibliometric rankings of authors
スコアに基づく順位付け(あるいはスコアリン
グルール)は,何らかの重みを付けた(あるいは
付けない)論文スコアの合計値によって著者を順
位付けする方法を指す。重み付けには,論文の著
者数,被引用数,論文掲載誌のインパクトファク
ター等が用いられる。すべてのスコアリングルー
ルに共通のいくつかの定理,およびファミリー内
の特殊な場合に当てはまるいくつかの定理を与え
た。
MARCHANT Thierr y (Ghent Univ., Ghent, BEL),
J Am Soc Inf Sci Technol (USA) 2009 60 (6) 11321137, 09A0657633
あなたは招待講演者になれるか? バイオイン
フォマティクス分野の学術行事におけるエリー
トグループの計量書誌学分析
Are you an invited speaker? A bibliometric
analysis of elite groups for scholarly events in
bioinformatics
国際会議等の行事で,組織委員会やプログラム
委員会の委員長や委員,セッションの座長,招待
講演者,受賞者となったエリートメンバーが,計
量書誌学指標でも卓越しているかどうかを検討し
た。2007年に開かれたバイオインフォマティクス
分野の15の国際会議から,7種類のエリートに属
する研究者と,これらの会議で発表を行ったがエ
リートには属さない研究者を層別抽出した。これ
らの研究者の全被引用数とh指数をScopus Citation
Trackerにより取得し,Kruskal-Wallis検定により8
つのグループ間の差を検定した。7つのエリートグ
ループはいずれも非エリートグループより優れた
指標値を示した。特に招待講演者のレベルが有意
450
http://johokanri.jp/
に高く,他の6つのエリートグループ間では有意差
は見られなかった。
JEONG Senator; LEE Sungin; KIM Hong-Gee (Seoul
National Univ., Seoul, KOR), J Am Soc Inf Sci Technol
(USA) 2009 60 (6) 1118-1131, 09A0657632
f指数:科学者のランク付けに及ぼす「共端引用」
の影響の定量化
The f index: Quantifying the impact of coterminal
citations on scientists' ranking
研究者の業績評価に用いられる種々の引用指標
が,引用した複数の文献に同じ引用者が重複出現
する問題を考慮していないことを指摘し,このよ
うな引用を共端(coterminal)引用と名付けた。共
端引用の寄与を低くするようにh指数を修正したf
指数を提案し,100人以上の計算機科学者に適用し
た。f指数とh指数の比較から,前者が広い科学コ
ミュニティに浸透している科学者を識別できるこ
とを示した。共端引用の考慮により,引用を故意
に上げる操作に対抗できることを指摘した。
KATSAROS Dimitrios; AKRITIDIS Leonidas;
BOZANIS Panayiotis (Univ. Thessaly, Volos, GRC),
J Am Soc Inf Sci Technol (USA) 2009 60 (5) 10511056, 09A0558636
Pearson相関係数とSaltonの余弦類似度の間の
関係
The relation between Pearson's Correlation
Coefcient r and Salton's Cosine Measure
Pearson相関係数rとSaltonの余弦類似度Cosの間
の数学的関係を,2つの分母ノルムの定義(ユーク
リッド距離と市街地距離)に対して導出した。得
られた理論的結果を,24人の情報科学者の間の非
対称引用被引用行列と対称共引用行列のデータを
用いて検証した。2つのデータから理論の結果を確
認した。この結果から,それ以下のCos値では対応
するrが負にならない閾値を求めるアルゴリズムを
導き,それによってベクトル空間の可視化を最適
化する可能性を示した。
EGGHE Leo (Hasselt Univ., Diepenbeek, BEL);
L E Y D E S D O R F F L o e t ( U n i v. A m s t e r d a m ,
Amsterdam, NLD), J Am Soc Inf Sci Technol (USA)
2009 60 (5) 1027-1036, 09A0558634
海外文献紹介 ●Literature guide
日本の公共図書館のWebページによって形成さ
れるハイパーリンクネットワーク構造
The structure of the hyperlink network formed by
the web pages of Japanese public libraries
日本の公共図書館のWe bページが形成するハイ
パーリンクのネットワーク構造を分析し,公共図
書館の伝統的協力システムである図書館間貸出
(I L L)によるネットワーク構造と比較した。ハイ
パーリンクネットワークの構造は,いずれの図書
館間も数回のクリックでたどれるという意味で効
率的であり,密に結びついた多くの協力グループ
を持つ。協力グループの大多数は,県立図書館同
士または県内図書館間で形成されている。ハイパー
リンクネットワークとI L Lネットワークは,( a )地
域的または行政的に近い館ほど結合が強い,( b )県
立図書館が中心的位置を占める,の2点で共通であ
る。We b上のネットワークは伝統的協力に強く影
響されるが,新しいタイプの協力も生まれている
と結論した。
KAWAMURA Shuntaro; OTAKE Yo-hey; SUZUKI
Takafumi (Univ. Tokyo, Tokyo, JPN), J Am Soc
I n f S c i Te c h n o l ( U S A ) 20 0 9 6 0 ( 6) 11 5 9 -1 1 6 7 ,
09A0657636
研究図書館協会(ARL)に属する大学図書館にお
ける図書館Webの利用性評価実施に関する研究
An exploration into the practices of library web
usability in ARL academic libraries
A R Lに属する113の大学図書館に対し,We b利用
性についての方針/標準/ガイドライン(P S G)
の存在,P S G実装に関する問題点,利用性評価の
実施(テスト,資源等)について質問紙調査を行っ
た。回答率は74%であった。回答館の30%がWe b利
用性についてのP S Gを持ち,85%がメインサイト,
OPAC,または下位のページに対する利用性テスト
を実施している。しかし,設計の事前,中間,事
後に継続的なテストを行っているのは7館のみで
あった。P S Gを持つことが,利用性テストの回数
や利用性活動について影響を及ぼしているという
仮説は認められなかった。また,A R Lのランク付
けとP S Gの存在,テストや資源の整備との間に有
意な関係は見られなかった。
CHEN Yu-Hui; GERMAIN Carol Anne (State Univ.
New York, NY, USA); YANG Huahai (IBM Almaden
Res. Center, CA, USA), J Am Soc Inf Sci Technol
(USA) 2009 60 (5) 953-968, 09A0558629
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JOHO KANRI
2009
vol.52 no.7
Journal of Information Processing and Management
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October
■9月4日にG o o g l eブック検索訴訟の和解案からの
離脱の受付期限を迎えました。10月7日にはニュー
ヨーク南部地区連邦地方裁判所で公聴会が開かれ,
和解案への判断が下される予定です。利用者,出版
社,著作者,図書館そしてアクセスインフラを提供
するインターネット事業体など,非常に広範な関係
者の複雑な利害関係を解きほぐし,新しい「知の共
有」のページが開かれることになるでしょうか。
G o o g l eブック検索をめぐっては世界中でさまざま
な動きが見られ,それを受けて今号はG o o g l eに関
係する記事が集まりました。
メーンの記事3本では,いずれも多かれ少なかれ
Googleに関係するテーマを取り上げています。「情
報界のトピックス」でも,和解案に対する米国の動
きをまとめましたので,合わせてご覧ください。
読者の皆様の中には,和解案は著作権者にとっての
問題であって,利用者には直接関係のない,対岸の
火事のように感じている方もいらっしゃるかも知れ
ません。ですが,情報と同様,書籍も生産―流通―
利用のサイクルが崩れてしまっては,長期的には利
用者にとっても不利な状況に陥る可能性もありま
す。これまで和解案に関心のなかった皆様も,これ
を機会にこの問題に目を向けていただければ幸いで
す。
■今号のトップには,国際出版連合(I P A)会長へ
のインタビューを掲載しました。不躾な質問にも丁
寧な,またウィットに溢れた回答をいただき,大変
楽しいインタビューでした。ですが,国や産業の情
報基盤を揺るがす可能性のある海外の電子ジャーナ
ル購読料の高騰問題については,I P Aは回答する立
場にはありませんが,必ずしも納得のいく回答を引
き出すには至りませんでした。この問題にわれわれ
はどのように対応していくべきか,今後も『情報管
理』誌で取り上げてまいります。
(TM)
『情報管理』誌では,国の内外から広く投稿原稿を受け付けています。日ごろのご研鑽の成果を執筆
されて,本誌に発表されることをお待ちしております。
□ 次号予定
●デジタル時代のサイバーインフラストラクチャー,サイバーラーニングおよび学術研究
●研究活動に対する客観的かつ定量的な評価指標
●ClinicalTrials.govに登録された臨床試験の分析
●リサーチツール特許データベース構築の経緯とその活用について:ライフサイエンス分野の研究開発促進へ
情報
管理
JOHO KANRI
Journal of Information Processing and Management
科学技術振興機構
vol.52 no.7 October 2009
●編集委員会
<委員長>門田博文(科学技術振興機構)
<副委員長>大倉克美(科学技術振興機構)
<編集委員>
小河邦雄(大正製薬㈱)・小川裕子(㈱日立技術情報サー
ビス)・小林良子(㈱日本能率協会総合研究所)・野坂美
恵子(東京医科大学図書館)・青山幸太・安部耕造・國岡
崇生・黒田明子・黒田雅子・佐藤恵子・土屋江里・野田
口真也・長谷川貴之・余頃祐介(以上科学技術振興機構)
2009年10月1日発行(月刊)
年間購読定価 本体 ¥13,650(税込)
1部定価
本体 ¥1,260(税込)
編集・発行
独立行政法人 科学技術振興機構
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
「情報管理」編集事務局
Tel. 03(5214)8406 Fax. 03(5214)8470
E-mail: [email protected]
http://johokanri.jp/
Published monthly by Japan Science and Technology Agency, Department of Advanced Databases
P.O.Box 2, Kojimachi Tokyo 102-8666 JAPAN
Annual subscription: US$ 176.00
・本誌に落丁・乱丁がありました節は,まことに恐れ入りますが,最寄りの情報提供部または各支所宛に現品をご返送下
さい。送料は当機構の負担で,お取り替えいたします。勝手ながら現品送付のない場合は,お取り替えいたしかねます。
・未着事故などのご連絡は発行後2か月以内にお願いします。以後は原則としてお受けできません。
© Japan Science and Technology Agency 2009 無断転載を禁ず
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