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創意工夫の印刷事業
美の再現で文化と社会に貢献
キーワード 水なし印刷;ジクレー印刷;印刷版
境貢献のほかに当社の経営理念に掲げている「社
画;高精細印刷
会と文化への貢献」もアート版画(美の再現化)
を通じて具現化し,社会の多くの方々にアート絵
環境対応と品質を活かしたアート事業
画が有する心の憩い・魂の癒しを感じ取って頂け
当社は,2007年度に従来の水あり印刷から環境
る機会を,微力ではあるが当社で手掛けたいとの
対応型である水なし印刷方式に切り替える経営革
理念から生まれたものである。なお,東京都知事
新を断行し,以後,印刷機(水なし)・用紙(FSC
にご承認頂いた業務内容は,絵画の売買およびレ
認証紙)・インキ(NON-VOC)・工場(年間消
ンタル,ジクレー印刷によるアート版画の製作・
費電力の一部にグリーン電力を充当)と印刷にか
販売および高品質のアート画集製作である。この
かわる各分野の環境対応の実践に努めてきた。こ
内,前者はいずれかのアート事業先とタイアップ
れは当社の理念の一つである「地球環境保護への
して実現可能な業務で,今のところ未着手の状態
貢献」の具現化であるが,その地道な努力が評価
にある。他方,ジクレー印刷機を購入し稼働可能
され,2011年2月開催の「千代田ビジネス大賞」
な後者は2009年から実働に着手している。
において千代田区長賞の初代受貧者に選ばれた経
いずれにせよ,当社のアート事業参入は経営革
緯がある。また,環境対応型印刷方式は水を使用
新計画として東京都知事に承認を得たものであり,
しないことからFM20ミクロンの高精細印刷は
同業他社に対して優位性のある事業展開を図れる
もとよりFM10ミクロンの「超・高精細印刷」
利点を活かしながら「日精ピーアールの個性力」
も常時作成可能との利点が生まれた。
を高める武器にしたいと思料している。
当社は,この二つの特性を「環境対応十高精細
印刷の日精ピーアール」と銘打って世間に喧伝中
多色インクジェットによる色再現
のところ,当社の印刷物の色調がオペレータの努
ジクレー印刷とは,簡単に言えば高機能を装備し
力もあり,ことのほか高い評価を得ている。この
たインクジェット方式のデジタル・カラープリン
利点を活かし,通常のオフセット印刷物にこだわ
ターでの出力である。高機能と称されるゆえんは,
らずアート系のジクレー印刷機を利用した印刷版
装備されるインキの種類が基本的な4種類(シ
画の分野に新規参入することを決断,2009年5
アン・マゼンダ・イエロー・ブラック)に加えて
月に中小企業法に基づき東京都知事宛に「経営革
6種類(薄シアン・薄マゼンダ・薄グリーン・薄
新計画の承認」を中清し,都庁事務局とのやり取
オレンジ・濃プレイ・薄プレイ),合わせて10
りを経て同年7月に東京都知事の承認を得た次
種類搭載可能であること。
第である。
その自在な組み合わせによって7万色以上の
当社が同承認を得ることに注力した事由は,環
微妙な発色が再現され「作画の精密さ・色調の幅
゛OGURA,Michio
株式会社日精ピーアール 特命推進役
〒101-0032東京都千代田区岩本町1-10-5TMMピルフ階
m‘ogura@nspr.co.jp
美の再現で文化と社会に貢献
印刷雑誌2014(vol.97)11∩3
ともに従来の版画技法の限界を,はるかに越えた
◇親楷既:原画に近い作品を安価に提供可能なの
ツール」であり,非常に繊細なタッチや微妙な色
でアートを身近に感じて頂ける。
彩の変化,色彩の揺れも逃さず再現可能なので,
◇保全性:耐色性に優れ色調が100年以上不変,
現在もっとも原画に近い版画を製作できる技法と
耐光耐水にも優れている。
言われている。(写真1)
ジクレー印刷の特性
発祥の地である米国では急速に広まり,複製版
インクジェット方式であるから版は使わずにイン
画の9割がジクレーによる版画と言われている。
キを版画鋲やキャンバスに直接吹き付ける,言う
そのほか今では欧州各国にも普及が進んでいる。
なればスキャナーに読み込んだデータをインクジ
ジクレー発祥の都市はロサンゼルスである。著名
ェット・デジタルカラープリンターで印刷する方
な写真家・音楽家でもあったグラハム・ナッシュ
式だが,これが大きな特性である。従来,原画を
は「デジタルインクジェットによる新たなアート
もとに複製する版画の技法には,リトグラフ(石
の確立」を目指して1990年から実験を開始し,
版),銅版画,シルクスクリーン(孔版),木版画,
試行錯誤の後に完成を見た手法である。命名は,
の4種類がありそれぞれ版を利用するが,ジク
当時プリント職人であったジャック・デュガニー
レー印刷は版を使用しないまったく次元の異なる
(フランス系アメリカ人)がスプレーの仏語
技法で版画を製作するわけである。
(Gider)を思い付き,その名詞形のGICLEEと
また,ジクレー印刷は従来技法と比較して一般
命名した。
的に次の特微かあると言われている。
西洋絵画と浮世絵を再現
◇機能性:版を使用しないので1枚から比較的
当社のアート分野への参入・取り組みに関する基
安価に提供可能となる。
本方針は,当初から資金を役下して大規模な施策
◇経済性:インクジェット方式なので経費負担も
を目指すといった案件ではなく,ジクレー印刷を
版使用に比べ低く,経済的である。
介して色相豊かなアート作品を産み出すことで,
◇色新注:あらゆる色彩・色調が再現可能で原画
当社の本流である高精細印刷による色鮮やかなオ
に限りなく近い作品を提供できる。
フセット印刷物に波及効果を与え,顧客に当社の
◇即応性:従来の版画技法に比べ作業工程が単純
印刷物全体の評価を高めて頂くことを狙いとした
化され納期が大幅に短縮される。
ものである。したがって,主役のオフセット印刷
物を補助する脇役的な役割との位置付けで当初か
ら事業展開を推進し,現時点までその趣旨に変わ
りはない。
当社のジクレー印刷による最初のアート版画は,
2009年10月に取引先を招いて開催した当社創
業75周年記念の式典で,引き出物として準備し
た西洋絵画のジクレー版画である。対象とした絵
画は,モネ「睡蓮」,コロー「ダブレーヘの道」,
クリムト「接吻」の3作品で,お招きする取引
写真1 ジクレー印刷。インクジェット方式のカラー・プリン
ターで出力して浮世絵を再現
14 1印刷雑誌2014(vol.97)11
先の代表者に事前にご希望をお間きし,額装して
出展を続けているが,展示会のテーマは「江戸・
寄贈した。これによって,まずは当社のジクレー
TOKYO技とテクノの融合展」である。言うな
版画の出来具合をご評価頂くと共に色相鮮やかな
れば江戸と現代を出展各社それぞれの思い入れで
印刷物を作成する印刷会社として印象付ける思い
繋ぐことが求められるが,当社の場合はそれを浮
があった。
世絵に託した。すなわち,江戸時代の華「浮世絵」
西洋絵画の再現に際しては,時間を経たことに
を現代の最新技術でその美を再現することで,江
よる両面の暗さを色校正で多少明るくすることの
戸と現代を繋ぐ絆を実現しようと試みた次第であ
みに止め,画面上の汚れや画家の筆使いの乱れな
る。浮世絵版画に関しては,次の二つの前提を基
どには一切手を触れず原画の再現化に努めた。事
にして製作に着手した。
後の感想では,顧客よりそれぞれ満足との評価を
浮世絵は江戸時代の「庶民の文化」と言われて
頂いたが,とりわけ版画による再現化か難しいと
いる。そのわけは,当時の一般庶民にとっては草
される金色が多く塗されているクリムトの接吻に
耽一足分あるいはかけうどん一杯分の値段で買え
はその出来栄えを高く評価して頂けた(写真2)。
る貴重な娯楽品であった。そして心に感じ入る作
西洋絵画に開しては2014年7月に開催された「東
品が江戸を中心に全国的なベストセラーになって
京国際ブックフェア」に出展の際に,同3作品
いったことは想像に難くない。ここでのポイント
を初めて一般に公開したところ,クリムトを中心
は買い求めやすい値段であったことにある。当社
に20部の販売実績を得た。
は浮世絵再現に当たって,一つは「皆様が買い求
しかるところ,現在,当社のアート事業展開の
めやすい価格」に設定すること,二つ目は可能な
中核を成すのは「浮世絵版画」である。当社は東
限り「初刷りの浮世絵に近づける」ことを念頭に
京都知事から経営革新計画の承認を得たことによ
置いて取り組んだ。以上を踏まえ,価格は当初か
り毎年1日間だけ東京国際フォーラムで開催さ
らA4サイズで500円(ワンコイン)と設定し,
れる東京信用保証協会主催の展示会に参加できる
今日まで変えていない。また,ジクレー印刷の色
資格を得た。当社は2010年から毎年同展示会に
校正段階では可能な限り原画(デジタルデータを
、て唐眉弓日採訪uゴリMUW23h
購入)にあるシミ・汚れ・黄ばみを除去すること
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で,初刷りの浮世絵再現に努めた。
融合展では次のような推移で,この浮世絵の即
売実績が伸びている。
2010年は歌川広重の「江
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戸名所百景」から3点とその中でファン・ゴッ
ホが模して描いた彼の油絵2点を出品し,220部
販売。 2011年は広重の「江戸名所百景」から千
代田区・中央区に所在する場所を描いた6点お
よび前年度作品を出品し,247部販売。
2012年
は葛飾北斎の「富嶽三十六景」から世界的に有名
な3点とこれまで製作した作品数点を出品し,
300部販売。
2013年は富士山および三保乃松原
の世界遺産登録を記念して北斎の富嶽三十六景6
写真2 クリムトの「接吻」を再現したジクレー版両
美の再現で文化と社会に貢献
印刷雑誌2014(vol.97)11∩5
点および広重1点を出品し,500部販売。
2014
世間一般で行われている義損金による支援ではな
年は広重の「東海道五十三次」完成180年を記
く当社の特性を生かし,かつ継続可能な活動とい
念して東海道五十三次の前半道程から6点を出
うことで,毎年製作の自社カレンダーを仮設住宅
品し,600部販売する予定。(写真3,4)
などに手交すること,Dトレンツ・リャドの印
このように1目限りの展示会であるが年々晶
刷絵画を額装して避難所に掲載することを策した。
屑の顧客が増えつつあり販売部数も伸長を示して
当社では大手各社のように巨額な寄付金を提供す
いる。 2013年は販売部数がちょうど500となっ
る余裕はなく,当社の機能を使って継続的に支援
たが,展示会は7時間運営なので計算では1時
に供する施策を選んだわけである。
間で72部,言うなれば1分間で1部強肩大して
リャドの額装絵画は大震災翌月の4月に福島
頂いたことになるが実感として絶えず来客対応に
県富岡町の皆様が避難された郡山市の施設に24
追われ嬉しい悲鳴の展示会ではあった。
部持参し,一時の憩いを得て頂くためにと展示し
今年は,前述の通り広重の東海道五十三次が
た。いまだ震災直後の緊張感が漂う中で,2階の
1833年から1834年に掛けて完成されてから
エントランスに1枚ずつ掲載するたびに筆者の
180周年に当たること,さらに東海道五十三次の
背後で身じろぎもせず見守っていた子供たちをは
原点になる十返舎一九の滑稽本『東海道中膝栗毛』
じめ多くの被災者から大きな歓声が上がった瞬間
が完成した1814年から200周年を迎える記念年
は決して忘れることのできない時空である。アー
でもあり,同浮世絵を選んだ次第である。今回も
トには包み込むような癒しと優しさがあるのだと
販売価格はワンコインとし初版刷りに近づける色
確信した瞬間でもあった。
校正も整えるが,今回は後述の通りさらに当社の
富岡町の被災者は,8月になって郡山市内の仮
再現する浮世絵版画ならではの「美」を追求する。
設住宅(500戸),いわき市の仮設住宅(150戸)
に移られたが,同年から全仮設住宅に翌年のカレ
アートによる震災被災者の支援と喜び
ンダーを毎年届けている。この支援活動は被災者
アートを通じて社会に貢献する課題には,辛さや
が地元に復帰されるまで(あるいは以降も)継続
困難も付きまとうが,それを越えて余りある喜び
して行うことにしている。当社のジクレー印刷に
と達成感があることは,充分に実感している。
よる西洋絵画や浮世絵版画も,いくつかを選んで
当社は2011年3月の東日本大震災発生以来,
それぞれ額装して被災者の方々の集合施設に展示
当社で出来得る支援活動は何かを問い続けそれは
している。
順一−蓉普器謳111−1月づ上
-II●・・
・
・.│●j・ 』・
写真3 「東海道五十三次」の「日本橋」を再現した浮世絵版 写真4「東海道五十三次」の「蒲原」を再現した浮世絵版画
画
1
16 印刷雑誌2014(vol.97)11
また,郡山市内500戸の方々には,筆者の司
このような発想に至ったのには,浮世絵版画を
会進行でボランティアによるサロン・コンサート
担当の当社池田推進役の向学心が為せる技である。
を2012年から毎年2月に開催,今年で3回目を
本人は浮世絵知識をもっと極めるために浮世絵の
数えた。このほか,福島県二本松市内にある特別
講座を受講,講師は北斎浮世絵の世界的なコレク
養護老人ホームにも大震災発生後から同様の支援
ターでもある浦上満氏で講師との質疑応答を経て
活動を行っている。こちらには100室あるが各
浮世絵の深さを知る機会となった。また,かねて
室にカレンダーを掲載し,皆様への癒しに役立て
よりの人脈筋である横浜市歴史博物館の斎藤司学
ている。
芸員にも浮世絵知識で話し合えるレベルとなり,
いずれにも毎年社員を連れて出向きカレンダー
今回の東海道五十三次の色校正についても同学芸
や絵画を手交するが,その都度,感動を頂くのは
員から友人ベースで適切なアドバイスを頂ける状
我々であった。困難な状況下にもかかわらず愚痴
況となった。
を言うこともなく耐え続けて,素直に感謝を示さ
筆者は西洋絵画をさらに学ぼうとNHK学園が
れる姿に感動を覚えない人はいないと思う。アー
運営する通信講座「西洋絵画の楽しみ方」を1
トを通じてこれはどの体験ができる幸せに感謝の
月から受講し数回にわたる提出課題についての講
念を禁じ得ない。
師とのやり取りを通じて3月末に修了証を受領,
今まで以上に西洋絵画の知識習得が得られたとの
社員も自主的に発案
手応えを感じた。もちろん,学んだことが自らの
もう一つの事例として,10月開催の「融合展」
財産になるわけで両者共に自費受講である。アー
に向けて現在準備手配中のジクレー印刷による浮
ト事業に取り組む社員にはこの程度の覚悟と知識
世絵版画にかかわる話題を挙げる。
習得を絶えず求める向上心がなければならないと
従来から浮世絵版画製作では,可能な限り初刷
の想いから,少しずつでも実行に移している一例
りに近づけることを念頭に置き色校正を行ってい
である。
るが,今回はさらなる工夫を施すことにしている。
当社の中で,アート事業は現在までのところ,
「東海道五十三次」は道中記で,動きのある点が
脇役的な存在ではあるが,将来はさらに老齢化が
特徴である。原本の『東海道中膝栗毛』を熟読す
進み,世相はますます殺伐たる様相を呈していく
ると江戸から京都まで14泊をして15日を掛け
中で,人々の想いはアートの有する普遍的な特性
て到着している。宿泊地も示されているが,概ね
である心の憩い・魂の癒しを求める方向に向かう
一日40km強の行程(大体マラソン距離と同じ)。
のではないかと想定している。絵画は穏やかに佇
そうなると今回選んだ絵画,日本橋,川崎,戸塚,
んでいるように見えるが,実は人の話を傾聴し微
三島,蒲原,丸子には何時頃に到達したのかが判
笑みで受け応える力も備わっていると感じている
定できる。この点も加味して絵画の画面の輝度を
のは私ひとりの思い込みであろうか。
調整することに工夫を凝らすことにしている。た
当社はそのような想いを感じて頂ける方々に少
とえば日本橋は早朝(5時前)の出立,川崎は午
しでも巡り合えるように「美の再現」を試みるこ
後2時頃の昼下がり,三島は朝霧の立ち込める
とで,微力ではあるが人々の求める文化と社会を
早朝出立など絵画の時間帯も考慮した版画作りに
創る貢献者になることを将来の夢として活動を続
トライする。
ける所存である。 ■
美の再現で文化と社会に貢献
印刷雑誌2014(vol.97)11 1 17
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