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慣性の法則で飛行する

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慣性の法則で飛行する
慣性の法則で飛行する
- 大家と店子の問答(その2) -
長屋の大家さんは物知りというより理屈をこねるのが好きな人です。この大家さんの餌食になる
のはいつも店子の熊さんです。熊さんには頼りになる高校生になった理科の好きな太郎君がいま
す。大家さんは熊さんに慣性について話し始めました。太郎君も静かに聞いています。
(慣性)
大家「熊さんや、慣性という言葉を知ってるかい。英語ではinertiaと言うので日本でも技術屋はイ
ナーシャと言う人も多いのだがね。」
熊「うん。聞いたことがある。あの人はイナーシャが大きくてなかなか動いてくれないなどと言うね。
慣性という言葉はあまり聞かないけど動かないことを言うのだろう。」
大家「まあ当たらずとも遠からずというところだな。慣性と言うのは物理の用語で、物体が運動状態
を保持する性質の度合いを言うのだね。簡単に言えば、何もしなければ止まっている物体は止
まったままだし、動いている物体は動いたままだというのが慣性だね。物体に力を加えた時に動き
の変化が小さい物体は慣性が大きいということだ。」
熊「何だ、それでは小さい物は慣性が小さくて大きいものは慣性が大きいということなんだ。簡単な
話なのに慣性という言葉を持ち出す意味が判らないね。」
太郎「ニュートンの慣性の法則のことですね。習ってますよ。」
大家「同じ大きさのボールでも鉛や金で出来ていればそのボールは動かしにくいし、テニスボール
のように中に空気が入っているゴムまりは動かしやすい。動かしやすさに関係するのは形状の大き
さではなく、質量の大きさなのだ。だから正確に言うと質量の大きい物は慣性が大きく、質量の小
さい物は慣性が小さいということになる。」
熊「ちょっと待った。大きなものは空気抵抗が大きいから動かしにくのではないのか。」
大家「確かに、地上では空気があるから話が少しややこしくなる。形が大きいことは空気抵抗が大
きいことに関係する。しかし、慣性という言葉は空気のないところで考えて良い言葉なのさ。」
熊「重い物は動かしにくいということだろ。重い物は慣性が大きいということで良いじゃない。」
(重さと質量)
大家「重い物は質量が大きいことを意味することが多いが、重い、軽いは重力が関係する用語で
動かしにくさと直接結びつかないのだ。動かしにくさに関係するのは質量なのだ。重い物体も軌道
を周回する宇宙ステーションの中では重さがゼロだが動かしにくさは地上でも宇宙ステーションで
も同じだよ。」
熊「重いものは質量が大きい。しかし、質量が大きくても必ずしも重くないということか。」
大家「そういう事だ。重さと質量は明確に違いを把握すべき概念だよ。太郎君は知ってるよね。」
太郎「はい、重さは力ですから重さの単位は[N:ニュートン]ですが、質量の単位は[kg:キログラ
ム]で違います。単位に人の名前を採用したものは単位の文字を大文字にする決まりだということ
も習いました。」
大家「世間ではマスコミが未だに重さと質量の区別をしていないから困る。例えば、あなたの体重
は 50 kgだと言ったりする。この場合はあなたの質量は 50 kgと言うのが正しい。またはあなたの体
重は 50 kg-重と言えば間違いではない。しかし[kg-重]という単位はもう使えないので、あなたの
体重は 500 Nと言わねばならない。大人は混同したままで済ましてしまうだろうが、今の若い人達
は[kg]と[N]で習っているからその内マスコミも正確に書かざるを得なくなるのは間違いないのだ
が。」
(慣性の法則)
熊「慣性の話をしたかったのでは。」
大家「そうだった。慣性の話で大事なのはこれからだ。野球のボールを投げる場合を考えて貰うの
だが、その前に熊さんはニュートンの慣性の法則と言うのは知ってるかな。」
熊「そんなの知らないよ。太郎は知っているようだが。」
太郎「ニュートンの運動の第一法則が慣性の法則とも呼ばれます。何も力が働かない限り止まって
いるものは止まったままで、動いているものは等速直線運動を続ける、という法則です。」
大家「そうだね。ニュートンの慣性の法則は、自然はこうなっているという観察結果の一つで、何故
そうなっているのかは誰も判らない。では、ここでクイズ。テーブルの上に置いたリンゴがいつまで
も動かないのは慣性の法則に従っているから動かないのかな。」
熊「誰も手で触らなければ何時までもテーブルにあるから慣性の法則で止まっているということで
納得できる。違うのかい。太郎もそう習ったろう。」
太郎「リンゴの重さがテーブルの反力と釣り合っているから動かないのですね。慣性の法則は力が
かかっていない時の法則ですから違います。ニュートンの運動の第 3 法則は作用反作用の法則
です。重さに対する反作用がテーブルに生じ、力が釣り合っているのです。」
熊「力が釣り合っているなら、物体に働く力は全体としてゼロだから慣性の法則が成り立っている
で良いではないの。」
(質点系力学)
大家「熊さん、いいところを突くね。物体の質量を一点に集中させた質点系力学では力をベクトル
で表すことができて、まさに熊さんの言うとおりの説明で良い事になる。しかし、質点系力学は簡略
化した力学であるからそうなるだけで事実は異なる。」
熊「事実がどう違うって言うの。」
(無重力状態)
大家「慣性の法則で動かないリンゴというのは厳密に言うとどこにもないのだが、宇宙ステーション
の中で浮かせたリンゴが近い。もちろん、このリンゴも地球を秒速8km近くの速さで回っているの
だが、宇宙ステーションの中にいる宇宙飛行士が見れば慣性の法則で止まっているのと同じ状況
だよ。
一方、地上のテーブルに置かれたリンゴは力の釣り合いで止まっている。長く置いておくとそのリ
ンゴのテーブル面に触れる部分から力を受けるのでこの部分から傷んでくる。明らかに、力の釣り
合いで止まってる物と力が加わっていなくて止まっている物とでは違いがあるのだ。」
熊「ちょっと待て。宇宙ステーションの中のリンゴが空中に浮かんで止まっているのは宇宙ステー
ションが無重力状態になっているからだ。無重力状態になっている理由は太郎が習っただろう。」
太郎「うん。重力と遠心力が釣り合っているからだよね。」
大家「今のニュートン力学ではそのように教えている。しかし、空中に浮かんだリンゴが力の釣り合
いにあるならリンゴに何らかの変化があっても良さそうなものだがどうかな。」
太郎「リンゴを構成する分子レベルで重力と遠心力が釣り合っていると考えれば良いのではない
ですか。」
大家「ニュートン力学ではそう考えるしかないね。分子レベルで力が釣り合っていると力が何もか
かっていないときと区別をつけることが出来ないよね。違いがないということは同じだということだね。
つまり、空中に浮かんだリンゴには力が何も掛かっていないということになる。」
熊「ニュートン力学によれば重力と遠心力が掛かっているわけだから、やはり力の釣り合い状態に
あるという理解で良いではないの。」
大家「物理学では実証できない説は採用しないという建前がある。しかし、重力だけは何時までも
力であると物理学者も含めて多くの人に信じられている。おかしなことだ。あるいは重力が力であ
ることは実証されていると勘違いしているのかも知れない。」
熊「おかしな言い方をするね。では逆に誰が重力は力でないと言っているのかね。」
大家「物が下に落ちる現象を重力(Gravity)があるというのだが、重力が力だと考えられ始めたの
はニュートン以後のことだ。ところが、アインシュタインは自由落下中の物体には重力が消えている
ことに気が付いた。1907 年のことだそうだ。」
熊「自由落下で重力が消えるというのは重力が慣性力と釣り合っているから消えているように見え
るだけではないの。」
大家「重力が慣性力と釣り合っているから無重力状態になるという説明はニュートン力学そのもの
だよね。アインシュタインは 1907 年の思いつきを生涯最高の発見だったと述べている。つまり、
ニュートン力学による無重力状態の説明は間違いだと気が付いたのさ。」
熊「端的に言えば、重力は力でなかったということなのか。」
大家「そういうことだ。アインシュタインはこの発見に力を得て、重力に対する考えを表すために数
学者と相談して頑張った。そして、1916 年に一般相対性理論を確立した。途中の数学は難解だ
から説明しないが、こういうことだ。地球のような大きな質量の周囲の空間は、歪んでいるということ
なのだ。我々は 3 次元の空間に時間軸を含めて 4 次元の時空に生きている。歪んだ時空を重力
場という。重力場にある物体には、その物体に力が作用するのではなく、その物体に加速度運動
をもたらすだけだった。重力場がもたらす加速度運動を阻害すると慣性力が働くわけだ。」
熊「しかし、多くの物理学者は今でも重力は力と言っているぜ。自然界には四つの力がある。その
内の一つが重力だとね。」
大家「多くの物理学者も四つの力というのは正確でなく、四つの相互作用と言い換えている人もい
る。判ってしまえば本人は困らないから、四つの力と言った方が判り易ければそれでいいだろうと
気にしないだけだと思うね。」
(力と相互作用)
太郎「力と相互作用の違いは何でしょうか。」
大家「力とは何かをもう少し明確にする必要があるね。詳細は別に議論することにして、当面は力
とは物体に作用すると加速度運動を与えるとともにその物体内部に応力・歪を生じる作用を言うと
いう理解で良いだろう。何らかの運動を起こすだけで応力・ひずみに関係しないものは相互作用と
いう理解でどうだろうか。」
熊「重力は力でないとはっきり言っている日本人はいないのかね。」
大家「数年前に亡くなられたが、東大の物理学教授であった小野健一という人は3冊の本にその
ように書いている。しかし、小野健一の教科書「力学」ではニュートン力学に合わせている。出版社
と妥協したとしか思えないのだが、私がご本人に確認する前に亡くなられてしまった。
もう一人、ビッグバンのインフレーション理論で有名な佐藤勝彦教授もNHK出版の本では重力は
運動であるというように説明されているが、やはり素人向けに書いていると思われるところもある。」
熊「小野健一に会えなくて残念だったな。」
大家「地球を回る宇宙ステーションも自由落下をしていることには変わりないから宇宙ステーション
の中も重力が消えていることになる。つまり、宇宙ステーションの中のリンゴは何も力が働いていな
いから慣性の法則で静止しているというわけだ。」
熊「ニュートンの法則により重力と遠心力の力の釣り合いとみなすと慣性の法則で静止しているの
ではないのに、実際には力が働いていないと言わざるを得ないから慣性の法則で静止している訳
だね。頭がこんがらがってきたぞ。一つのパラドックスかな。」
(重力加速度)
太郎「重力は万有引力と遠心力の和だと習いました。国土地理院のホーム頁にもそのようの書い
てあります。北極と南極では地球の自転の影響がないのですが、赤道近くでは遠心力の影響が
大きくなりますから重力が少し小さくなります。」
大家「そうだね。そこで各地で重力の大きさは少し違うということだね。厳密には地球の形状や質
量分布が均一でないことも影響する。潮の干満でも精密に測れば違いが判る。ここでクイズ。
国土地理院のホーム頁では、重力が力だと書きながら、なぜ加速度で表示しているのだろうか。」
熊「それは物体に働く重力はその物体の質量に比例するからさ。」
大家「まあ、そういうことだろうね。重力加速度は真空パイプの中に鉄球を落として精密に落下時
間を計っている。簡易な計測器はバネ計りを使って重力でなく重量を測っている。バネ計りは力を
測る計器で加速度は計れないからね。」
熊「またまた、変なことを言う。体重計に乗れば重力が 50 kg-重と判るではないの。」
大家「ところが実際は少し違う。体重計が測っているのは重力ではなく重量なのだよ。重力が与え
る加速度を体重計が止めるから慣性力が発生する。この慣性力に等しい反力が作用反作用の法
則により生ずる。この時の慣性力が重量、または重さ、なのだがね。」
熊「どうにも判らないね。」
大家「重要な点だからもう少し説明しよう。太郎君も良く聞いてね。」
太郎「はい。」
(思考実験)
大家「今、太郎君は野球場にいてバッター席からボールを外野に向けて投げるとする。このボー
ルは外野席まで届くだろうか。」
太郎「絶対無理です。僕の遠投能力は 80 mぐらいしかありません。」
大家「それでは、もし空気抵抗もなく重力も無かったとしたらどうだろうか。
太郎「もちろん、ボールはどこまでも真っ直ぐ飛んでいきます。外野席どころか地球を離れてどこま
でも真っ直ぐに飛んでいきます。慣性の法則そのものですから。」
大家「そうだね。もし、太郎君の手を離れたそのボールが宇宙船であったとしたらその宇宙船の中
はどうなっているだろうね。想像できるよね。」
太郎「もちろん。宇宙船は無重力状態です。何も力がかかっていませんから慣性の法則に従うだ
けです。」
大家「では野球場で投げたボールが空気抵抗はないが重力はあるとしたらどうだろうか。太郎君の
遠投能力はどのくらいになるだろうか。」
太郎「そうですね。外野席までは届くでしょうが投げたボールは放物線を描いて地上に落ちてしま
いますね。投げたボールのスピードをどんどん早く出来ればいくらでも遠くへ届きます。そして、秒
速 8 kmまで早く投げることが出来れば地球を一周出来ます。これは、ニュートンもそのように述べ
ています。でもプロのピッチャーでも秒速 40 mぐらいでしょう。」
大家「その通り。それでは、もう一度太郎君の手を離れたボールが宇宙船だったとしたら、その宇
宙船の中はどうなっているかな。」
太郎「真下に落ちるのではありませんが自由落下に変わりはありませんから、地面に着くまではや
はり無重力状態です。」
大家「そうだよね。重力がないと仮定したときの無重力状態と自由落下による無重力状態とは差が
無いのだね。宇宙船の中にいる人は自分がどちらの無重力状態なのか判らないということだ。これ
がアインシュタインが自分で言っている生涯最高の発見なのだよ。宇宙船の窓から外を観察でき
れば景色の動きの差で違いが判るけどね。」
太郎「力が働いていないときの運動状態は三つあることになりますね。静止している状態、等速直
線運動をしている状態、そして重力による加速度運動をしている状態の三つ。」
(慣性運動)
大家「力が何も作用していない時の運動を慣性運動というと、ニュートンの慣性の法則による運動
に加えて重力による加速度運動があることになる。ニュートンの慣性の法則による運動は重力がゼ
ロのときと考えれば、結局重力による加速度運動が慣性運動であると一言で言えてしまう。」
熊「しかし、重力が力でないと認識することはそんなに大事なことなのかい。」
大家「自由落下する宇宙船内もニュートンの慣性の法則で飛行する宇宙船内も中にいる人は違
いが判らない。ということは、この船内ですべての物理法則が同じように成立しなければならないと
いうことから、一般相対性理論ができた。一般相対性理論の正しさが多くの観測から認められてき
た。太郎君のようにこれからの人には重力は力でないという認識が常識となるだろうね。実際、力と
は重力による加速度運動に逆らうときに生ずる慣性力と釣り合う作用であると再定義できる。」
熊「昔の人は地球が平でないと認識することが難しかった。現代の人は重力が力でないと認識す
ることが難しいということだね。」
大家「アインシュタインが最初からニュートンの万有引力に対してきっぱり否定していたら世の中は
もう少し違っていたかも知れない。万有引力の式は力の次元の式になっているが、宇宙にそのよう
な力は存在しないとね。ところが、ケイレブシャーフ著の「重力機械」によると、アインシュタインは
最終的にニュートンの重力理論は虚構であると主張したとある。アインシュタインといえども最初か
らニュートンを否定しては拙いと配慮したのだろう。」
(了)
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