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第 42回日本腹部救急医学会総会 会長賞受賞記事 IIIb型重度肝損傷の
日本腹部救急医学会雑誌 26⑹:702∼703,2006 第 42回日本腹部救急医学会総会 会長賞受賞記事 IIIb 型重度肝損傷の 1救命例 前橋赤十字病院消化器病センター,同 救急部 ,同 放射線部 ,同 形成外科 富沢直樹,小川哲史,池谷俊郎,田中俊行,須納瀬豊,坂元一郎,茂木陽子, 安東立正,高橋栄治 ,中野 実 ,石坂 浩 ,大内邦枝 [はじめに]肝損傷の救命率は向上しているが,依然 し) 。第 15病日,再度血圧低下,出血か否かの判断で として門脈,下大静脈損傷を伴う重度肝損傷の救命率 きず開腹。出血はなく胆汁性腹膜炎で,胆摘,c-tube は低い。今回,damage control surgeryか IVR かの 留置,洗浄ドレナージを行ったが,閉 選択に苦慮し,結果的に IVR で止血し,その後 Ab- 管理した。6月上旬空腸穿孔で緊急手術,空腸 2連式 dominal compartment syndorome(以下,ACS)に 人工肛門とし,肛門側腸管に腸瘻挿入。6月中旬肝膿 対し手術を行い救命し得た 1例を経験した。 瘍に PTAD。肝不全に対してビリルビン吸着 4回施 [患者・現病歴]14歳男性,2002年 5月中旬,交通事 できず開放 行。回腸に穿孔を起こしドレーンより腸液が流出した 故で上腹部を強打。 が,TPN では敗血症の管理ができず,Enteral nutri- [治療経過]搬送時,収縮期血圧 60mmHg,脈拍 130, tion で栄養管理を行った。徐々に肝不全は軽快し, 意識レベル JCS II-20.CT で肝損傷(IIIb,APM )+ 10月空腸人工肛門閉鎖術。12月腹壁欠損部植皮術。 下大静脈損傷疑い。急速輸液で血圧上昇し,右肝動脈 2004年 3月退院。2005年 7月腹壁再建術。2006年 3 の TAE 施行。門脈造影で右門脈より extravasation 月,7月植皮術。現在マラソン大会に参加できるまで を認めた(図1) 。開腹止血も 慮したがすでにdeadly に回復した。 triad の状態であったため,保存的に ICU 管理で経過 [ 察]人間の正常の門脈圧は 15mmHg 以下であり, を観察。腹腔内推定出血量 5,000ml で,腹腔内圧測 腹腔内圧が静脈圧を上回った場合,静脈系からの出血 定カテーテルを留置,内圧は最大 27mmHg と ACS が制御される可能性がある。腹腔内圧が上昇するほど の状態であった(図 2) 。無尿であり CHDF 導入,腹 の腹腔内大量出血の際は,大量出血による臓器虚血に 水を徐々に抜き ACS を解除した。第 8病日,仮性動 加えて,ACS が問題となる。当院では腹腔内にカテ 脈瘤より出血,再度 TAE。第 12病日,血圧低下, ーテルを留置し,内圧のモニタリングと検体の採取で 内圧カテーテルで出血を確認,AG 施行(出血源な 再出血などを check している。腹腔内出血に対する 保存的治療の適応は慎重であるべきだが,本例ほどの 重度肝損傷大量出血の場合は,手術で救命し得る可能 性は,決して大きくない。開腹止血に時間がかかる施 設や輸血が間に合わない場合など一つの治療のオプシ 図 1 TAE 後の門脈造影 門脈からの extravasation を認める。 図 2 TAE 後の腹部 CT 702 日本腹部救急医学会雑誌 Vol. 26. ⑹ 2006 ョンとなり得ると思われた。 [おわりに]患者は母子家庭の一人息子で,経過観察 中何回も出血し,保存的療法継続の判断に難渋した。 本例では何度も開腹止血を 慮したが,保存的治療を 選択し,時間はかかったが救命し得た。いまだにこの 選択が正しかったか否かは判断できないが,生涯忘れ 得ない 1例である。 703