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あなたは心臓発作を生じたらどうしますか?

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あなたは心臓発作を生じたらどうしますか?
原 著
あなたは心臓発作を生じたらどうしますか?
―生活習慣病を有する943人への質問と教育パンフレットの有効性について―
How Do You Act in Case of Heart Attack?: Questionnaire for Patients with Coronary Risk Factors
高木 厚 1,* 八木 勝宏 2 岡 俊明 3 笠貫 宏 4 萩原 誠久 1
Atsushi TAKAGI, MD, FJCC1,*, Masahiro YAGI, MD2, Toshiaki OKA, MD3, Hiroshi KASANUKI, MD, FJCC4,
Nobuhisa HAGIWARA, MD1
1
東京女子医科大学循環器内科,2 仙台循環器センター循環器内科,3 聖隷浜松病院循環器内科,4 早稲田大学理工学術院
要 約
目的
急性冠症候群(ACS)発症から病院到着までの遅延は重要な問題だが,マスメディアによる介入の効果は明らかでなく,
本邦でも患者に焦点をおいた介入試験は行われていない.本研究の目的は,生活習慣病を有する患者がACS の症状
や病態をどれだけ理解し,万一の発症時にどのように行動するかを調査し,啓蒙パンフレットの有効性を検討すること
である.
方法
東京,仙台,浜松の 3 地区 30 の診療所において,生活習慣病のために通院している患者に ACS の臨床症状と万一
ACSを発症時にどのような行動するかについて質問し,啓蒙パンフレットの自習後に比較した.
結果
943人の回答を得た.ACS の8 症状のうち,胸痛,胸の圧迫感や息切れ呼吸苦の正答は比較的多かったが,喉のつ
まり,背部痛,嘔気嘔吐,意識消失や突然の冷や汗の正答は少なかった.平均の正答数は,2.7 2.0 個であったが,
パンフレットの自習後に 4.4 2.2と増加した.ACS 病態の理解は46.1%,入院前の不整脈の危険性は36.3%,再
灌流療法の有用性は69.4%の認識であった.ACS 発症時の行動としては,症状が消えないか様子を見るが28.6%か
ら6.9%と減少し,119 番で救急車を呼ぶは39.1%から78.7%と増加した( p < 0.001).
結論
生活習慣病で通院中の患者においても,ACS の症状や救急車による来院の重要性は十分に認識されていない.患者
を対象とするパンフレットを用いた啓蒙が有効であることが示唆され,今後,大規模な介入試験が望まれる.
<Keywords> 心筋梗塞
救急医療
患者ケア
目 的
J Cardiol Jpn Ed 2009; 4: 36 – 41
いる 3,4).救急車の使用は,再灌流治療を受けるまでの時間
急性心筋梗塞(AMI)を発症した際にその症状や徴候に
をあきらかに短縮させることも報告されおり,米国では AMI
対する患者の対応が遅れることが重要な問題であることは,
患者の半数が 救 急車を使用している 5).日本においても
古くから指摘されている1).致死性不整脈による入院前の死
Fukuokaらは,救急車を使用しない来院が,病院到着から
2)
亡が多く ,早期に救急車に収容することで,心電図モニタ
治療までの時間を延長させる要因となっていることを指摘し
ーが可能になると同時に,致死性不整脈が出現した場合で
ている 6).このために,アメリカ心臓協会の勧告でも症状が
も自動対外式除細動器(AED)などによる救命が期待され
5 分以上持続する場合には早期に救急車を用いた受診が勧
る.また,再灌流治療が行われるようになり,心筋サルベー
められている7).しかしながら,1987年から2000 年の間に
ジの点からも発症から治療までの時間の重要性がより増して
症状発現から病院到着までの時間に改善はなく,2000 年の
段階で米国のAMIの約半数が,症状発現から病院到着ま
* 東京女子医科大学循環器内科
162-8666 東京都新宿区河田町 8-1
E-mail: [email protected]
2009年 4月6日受付,2009年 4月20日改訂,2009年 4月23日受理
36
J Cardiol Jpn Ed Vol. 4 No. 1 2009
でに4 時間以上を要しているとの報告もあり,厚生事業の一
環としてより一層の啓蒙活動が必要である 8).
公共事業を用いて社会全体に働きかける運動はこれまで
急性冠症候群についての生活習慣病患者の意識調査
にも行われてきたが,その効果については賛否両論である 9).
10)
Q3 急性(きゅうせい)冠(かん)症候群(しょうこうぐ
一方,患者に焦点をあてた啓蒙活動の報告は少ない .今
ん)
(心筋梗塞や不安定狭心症)の原因が,心臓を
回我々は,生活習慣病を有する患者において,急性冠症候
栄養する冠状(かんじょう)動脈(どうみゃく)の動
群(ACS)の病態や症状についての理解度とACS 発症時に
脈硬化の破綻(はたん)と血栓(けっせん)による
どのように対応するかについて調査し,また,患者教育法と
閉塞(へいそく)であることをご存知でしたか?
して診療所にパンフレットを置くことの意義を検討した.
対象と方法
1はい 2 いいえ
東京女子医科大学循環器内科,仙台循環器病センター循
Q4 急性心筋梗塞で入院治療をされた場合の死亡率は
環器内科,聖隷浜松病院循環器内科と連携している診療所
10%以下です.しかしながら,急性心筋梗塞でなく
のうち本研究に賛同していただいた,楠医院,萩原医院,
なられる方のほとんどは入院前の突然の不整脈によ
助川クリニック,北本共済病院,榊原記念病院リハビリ室,
るものであることを知っていましたか?
小淀診療所,林内科,東埼玉病院(東京地区)
,仙台循環
器病センター,深見内科循環器科医院,根白石診療所,笠
1はい 2 いいえ
原内科循環器科クリニック,宮澤循環器内科クリニック(仙
台地区)および聖隷浜松病院,大坂内科医院,北原内科医
Q5 心筋梗塞の治療に,つまった冠動脈を開通させるカ
院,小林内科消化器医院,すずき医院,たかはし内科クリ
テーテルや薬剤を用いた治療法があります.これら
ニック,竹内内科医院,中川原内科胃腸科医院,西脇医院,
の再灌流(さいかんりゅう)療法(りょうほう)によっ
ねもと内科クリニック,山手クリニック,秋元内科医院,東
て心臓のダメージが減少します.この再灌流療法を
漢堂消化器内科,松下歯科内科クリニック,一貫堂内科消
発症からできるだけ早期(3 時間以内)に行うと死亡
化器科医院,三樹医院,矢部内科医院(浜松地区)の外来
率も減少し効果が大きいために,心筋梗塞発症から
待合室に本研究の趣旨を掲示し,自発的に協力がえられた
できるだけ早期に入院されることが重要であることを
患者に下記の質問を行い,その回答を集計した.
ご存知でしたか?
Q1 心筋梗塞や狭心症の可能性のある症状を選んでくだ
1はい 2 いいえ
さい(すべて○をつけて下さい)
Q6 ご本人もしくはご家族が,自動対外式除細動器(た
1 胸痛 2 胸の圧迫感 3 喉(のど)のつまり 4 背部痛 いがいしきじょさいどうき)
(AED)を含めた心肺蘇
5 嘔(おう)気(き)嘔吐(おうと)
6 意識消失 7息切
生の講習を受けたことがありますか?もしくは受けた
れ,呼吸苦 8 全く胸部(きょうぶ)症状のない突然の冷
いと思われますか?
や汗
1はい 2 いいえ
Q2 ご自宅で突然の胸部圧迫感を生じた場合にどうしま
すか?(ひとつ選んで下さい)
次に,患者教育のためのパンフレットを作成し(図 1)
,外
来待合室で患者に自習してもらった後に,前述の質問 Q1,
1症状が消えないか様子を見る 2 主治医や知人に電話す
Q2,Q6を繰返した.
る 3 救急病院に電話する 4 119 番に電話し救急車を呼
統計学的解析は,パンフレットによる学習前後での,急
ぶ 5タクシーや家族の運転で救急受診する 6 その他の
性冠症候群の症状に関する平均正答数は t 検定で行い,そ
方法で受診する
れぞれの項目への回答の変化は,χ二乗検 定を使用し,
p < 0.05を有意とした.
Vol. 4 No. 1 2009 J Cardiol Jpn Ed
37
2
動脈硬化と血栓で
冠状動脈が突然に閉塞
すると胸痛を生じます
突然の症状
あなたはどうしますか?
気がつかないうちに動脈硬化が進行すると冠動
脈の血管壁が厚くなり脂肪などが貯留したプラー
急性心筋梗塞や
不安定狭心症について
厚生労働科学研究「環器疾患等生活習慣疾病対
策総合研究事業」の一環として、生活習慣病をお
持ちの患者様へのアンケートを行うことになりま
へいそく
クを形成します。これだけでは血管が閉塞するこ
した。生活習慣病は動脈硬化を進行させ、場合に
とはありませんが、プラークが破れて溜まってい
よっては、狭心症や心筋梗塞につながる病気で
けいれん
る脂肪が外に出たり、血管が痙攣したところに血
す。地震に備えるのと同様に、急な胸の症状に対
栓という血の塊ができると血管が閉塞します。そ
して、知識を備え、万一の場合にどうすればよい
の場合、じっとしていたりわずかな体動でも症状
かの心構えをもつことは大変に重要です。アン
を生じます(図2)。血管の閉塞がある一定時間続
ケートにお答えになってから、このパンフレットを
かかりつけ医院
え し
くと、その血管で養われている心筋が壊死しま
お読みください。
す。これが心筋梗塞や不安定狭心症とよばれる病
態です。
図2
1
ない くう
血栓による内腔の閉塞
心臓は酸素を必要とする
ポンプ。それを養うのは
冠状動脈
か ん じょう ど う み ゃく
皆さんの心臓は、血液を肺や全身に送り出すポン
プで、一日に約10万回動いています。そのため
プラーク
の破綻
は たん
に、心臓の筋肉(心筋)は休みなく働いており、大
脂肪の貯留
量の酸素を必要とします。心臓の中には血液が充
満して います
右冠動脈
血管の痙攣
連携病院
「循環器疾患等生活習慣疾病対策総合研究事業」
東京女子医科大学 (代)03-3353-8111
に関するパンフレット
CCU 03-3353-7000
3
4
心筋梗塞の症状
心臓はレントゲン写真のように胸の正中にあり、
左乳房の痛みは白丸のように心臓から離れた場
所になります。典型的な狭心症や心筋梗塞の症状
は、図3のように前胸部の真ん中を圧迫されたり、
血液は心臓の
外側から心筋に
達する冠状動脈
という血管から
仙台循環器病センター 022-372-1111
聖隷浜松病院
図1
が、心筋を養う
厚生労働科学研究
東京女子医科大学 笠貫 宏 監修
053-474-2222
5
急性心筋梗塞の死亡原因
で重要な突然の不整脈。
これに対応できるのは
心臓マッサージと
電気ショック
さい
か ん りゅう りょう ほ う
再灌流療法は早期に
受ける
早期に救急車で病院に入院することには別のメリッ
心筋に届きます
(図1)。
6
救急車を呼ぶことが
重要です。
胸痛を生じた際に、普段から高血圧などの成人病
トもあります。一旦、冠動脈が閉塞しても心筋がす
を診てもらっている主治医の先生や身近なご家族
べて一気に壊死するのではありません。数時間をか
に電話で相談してからどうするか決めようとした
けて徐々に壊死が広がります。しかしながら、詰まっ
り、症状が落ち着くかもしれないと様子を見てし
締め付けられるような痛みです。必ずしもテレビ
急性心筋梗塞には心臓マヒといったイメージがおあ
た冠動脈に対して、血栓を溶かす薬やバルーンを用
まう間に、命に関わる不整脈を生じたり、再灌流療
やドラマで見かけるような激烈な症状ではありま
りかもしれませんが、正しくもあり間違いでもあり
いて拡張させる再灌流療法(図5)を早期に受ける
法のよいタイミングを失う可能性があります。救
せんし、一旦消えたりすることもあります。また、
ます。心筋梗塞でも入院されて加療された場合の死
ことで、心筋壊死の範囲を小さくして心臓のダメー
急隊は電気的除細動器を装備しており、致死的不
上腹部痛や嘔吐嘔気といった消化器のような症
亡率は約7%です。しかしながら、心筋梗塞で亡くな
ジを少なくし、極端な例では心筋梗塞にならずにす
整脈に対応できるだけでなく、緊急治療が可能な
状であったり、意識消失や息切れや呼吸苦が症状
られる方の半数以上が入院される前に心室細動と
む場合もあります。一般に発症から70分以内に治療
のこともあります。強い不安感を伴うこともあり、
いう心臓が痙攣するような不整脈が原因で亡くなら
を受けるとその予後(生存率など)が良いとされて
地震への備えと同様に、ご自身に起こりえるかも
冷や汗を生じることや、左肩やのどや歯茎に放散
れます(図4)。心室細動を生じると脈が触れなくな
います。
しれない急性心筋梗塞の症状や病態をしり、万一
することもあります。逆に、ちくちくするような痛
り、脳がダメージを受け、取り返しが付かなくなりま
おう と おう き
は ぐき
みや刺すような痛み、さらに息をすうと痛みが強
す 。こ れに対 応 するには 心 臓 マッサ ージ や 電 気
くなる場合や胸壁を押して痛むような場合は心臓
ショックを行なう必要があります。心筋梗塞の7割は
の痛みの可能性はほとんどありません。また、水
ご家庭で生じますが、ここで不整脈を生じた場合に
を飲んですっとよくなる場合は、食道や胃の症状
は不幸な結果になる可能性があります。逆に、突然
がほとんどです。
の不整脈がおこったときに、救急車の中や病院など
さいかんりゅうりょうほう
さいかんりゅうりょう
ほう
病院に的確に送り届けてくれるはずです。火事や
の際にはどうすべきか、ご家族と話し合ってくだ
図5
前下行枝の閉塞
さい。一番重要なことは、急性心筋梗塞を疑うよ
うな症状が15分以上続けば119番に電話するこ
とです。
とっさの対応ができる場所に収容されていれば治療
図3
が受けられます。言い換えますと、突然の胸痛を生
じたらすぐに救急車を呼ぶことが重要です。
再灌流治療後
心室細動
図4
心臓はまったく収縮していない
図 1 教育用パンフレット.
両面印刷で 4 つ折のパンフレットを作成し,待合室においた.
表 1 患者背景.
年齢,歳
全体
東京
仙台
浜松
n = 943
n = 395
n = 332
n = 216
65.4
10.3
69.6
9.7
62.5
10.0
62.0
9.3
男性
55.7%
48.9%
66.9%
50.9%
CAD 既往
19.6%
23.5%
19.0%
13.4%
糖尿病 IGT
25.1%
24.6%
24.4%
27.3%
高血圧
71.7%
69.9%
76.5%
67.6%
高脂血症
45.6%
50.6%
41.0%
43.5%
喫煙(現在)
15.3%
13.9%
16.3%
16.2%
生活習慣病
38
J Cardiol Jpn Ed Vol. 4 No. 1 2009
急性冠症候群についての生活習慣病患者の意識調査
図 2 急性冠症候群の症状に対する正答率.
パンフレットによる自習前後(□自習前 ■パンフレット自習後)
.§p
< 0.001.
図 4 急性冠症候群の病態の理解と AED 講習会への参加希望.
病態の理解は自主前のみ,AED 講習会への参加希望はパンフレット
による自習前後(□自習前 ■パンフレット自習後)
.§p < 0.001.
51.0%,突然の冷や汗22.3%であった(図 2).
自宅でACSを発症した場合の対応では,症状が消えない
か 様 子を見るが 28.6 %で, 主 治 医や 知 人に電 話 するが
17.5%,救急病院に電話するが 4.7%,119 番で救急車を呼
ぶは 39.1%,タクシーや家族の運転で救急受診するが 6.9%
であった(図 3).ACS の病態を理 解していたのは46.1%,
入院前の不整脈の危険性を知っていたのは 36.3%,再灌流
療法の知識があったのは 69.4%,AED の講習経験や受講
図 3 自宅で急性冠症候群を発症した場合の対応.
パンフレットによる自習前後(□自習前 ■パンフレット自習後)
.
§
p < 0.001.
希望があったのが 39.9%であった.
2.パンフレットによる自習後の回答
患者教育用のパンフレットを自習してもらった後にACS の
結 果
症状について再度質問をした(図 2).正答数は4.4 ± 2.2と
有 意 に 増 加し た( p < 0.001). 症 状 に つ いて も, 胸 痛
東京地区 395人,仙台地区 332人,浜松地区 216人の総
75.3 %, 胸の圧 迫 感 75.0 %, 喉 のつまり24.5 %, 背部 痛
数 943人の患者から回答を得た.平均年齢は 65.4 ± 10.3 歳
22.4%,嘔気嘔吐 60.6%,意識消失 55.1%,息切れ呼吸苦
で,男性が 55.7%を占め,狭心症や心筋梗塞の既往がある
66.6%,突然の冷や汗 48.6%と胸痛と背部痛以外は統計学
ものが 19.6%であった.冠危険因子となる生活習慣病として
的に有意に上昇した( p < 0.001).急性冠症候群を自宅で
は,糖尿病が 25.1%,高血圧が 71.7%,高脂血症が 45.6%,
発症した場合の対応についても,救 急病院に電話するは
喫煙習慣が 15.3%であった(表 1)
.
4.8%と変化なかったが,症状が消えないか様子を見るは
6.9%に,主治医や知人に連絡するは 5.2%に,タクシーや家
1.パンフレットによる自習前の回答
ACS の症状として挙げた 8 症状のうちの正答数の平均は,
2.7 ± ± 2.0 個であった.個別では,胸痛が 63.0%,胸の圧
迫感が 56.4%,喉のつまりは11.5%,背部痛が 21.0%,嘔
族の車で来院が 1.9%と有意に減少し( p < 0.001)
,119 番
に 電 話 し 救 急 車 を 呼 ぶ が 78.7 % と 有 意 に 増 加 し た
( p < 0.001)
(図 4).また,AED の受講経験もしくは受講
希望も60.7%と有意に増加した.
気 嘔 吐 が 17.7 %, 意 識 消 失 が 24.1%, 息切 れ 呼 吸 苦 が
Vol. 4 No. 1 2009 J Cardiol Jpn Ed
39
考 察
使用の重要性などを18 ヶ月にわたって啓蒙した10 都市と対
今回の対象は,何らかの生活習慣病を有しながら診療所
照の10 都市において,その効果を,AMIの可能性がある
に通院している患者であり,一般の人口よりも将来的にACS
症状で救急外来を受診した10,563 例について解析している.
を生じる可能性が高い集団である.しかしながら,ACS の
啓蒙活動を行った都市では救急車の使用は有意に増加した
症状について,胸痛の認識は高かったが,そのほかの症状
が,発症から病院到着までの時間の中央値は 140 分で同等
についての認識は低く,8 つの症状のうちの平均の正答数も
であり,その後の経年変化にも有意差は生じなかった 15).
2.4と低かった.これは米国で行われた REACT 研究の結果
少なくとも対費用効果からは,メディアや公共教育の効果は
11)
と類似している .REACT 研究においても,ACS の症状と
乏しく,さらに死亡率に関する有効性も示されていない 15,16).
して胸痛の認識は 89.7%と高かったが,息切れは 50.8%,冷
今回我々は,ACS 発症のリスクが一般人口よりも高いと予
汗は 21.3%,嘔気嘔吐は12.1%と低く,11の症状のうち正解
想される生活習慣病を有する患者を対象に,外来における
数の平均は 3 であった.また,症状のみならず,ACS の病態,
パンフレットの配布という安価かつ簡便な方法を試みたが,
致死性不整脈の危険性や早期再灌流療法の重要性について
ACS の症状の理解や119 番による救急車利用の増加が示唆
も認識も十分とはいえなかった.
された.従来のマスメディアや公共教育ではなく,患者に焦
一方,万一ACSを発症した場合にどのように対応するか
についても,症状が消えないか様子を見るが 28.6%と高く,
点をおいた新しい方法としての効果が期待された.
今回の研究の限界として,まず対象患者数が少ないこと
119 番で救急車を呼ぶは 39.1%と少なかった.REACT 研究
があげられる.また,自主的な協力により有効な回答を得ら
における876 例の患者への電話調査でも,心臓発作を目撃
れたもののみを使用しており,よりACS に対する認識が高く
した場合には 89%が救急車を使用するだろうと答えたが,
また知的レベルの高い患者が含まれた可能性がある.また,
自身が心臓発作を生じた際に救急車を要請したのは 23%に
今回用いた方法が,実際に胸部症状を生じた患者の救急車
12)
すぎなかった .その理由として,多くの患者は,救急車を
使用率や発症から病院到着の短縮につながるかは定かでは
使用するよりも自己手段で病院にいくほうがより速いと考えて
ない.しかしながら,AMI 患者がより効率よく早期に再灌
いることや,自身の症状が生命に関わる症状であると認識し
流治療を受けられるようにするための継続的な努力が求めら
ていないことがあげられている13).今回の回答からも同様の
れおり 7),今後は,生活習慣病を有する患者を対象とした大
意識が読み取れる.AMI 患者がなぜ救急車を使用しない
規模な介入試験を本邦で行うことの必要性があると考えら
かについてはすべてが明らかなわけではないが,AMIの症
れる.
状に対する知識の欠如が病院に到着するまでの遅延に最も
本研究は平成 19 年度厚生労働科学研究費補助金循環器
14)
関係することは明らかである .今回の我々の結果でも,パ
疾患等生活習慣病対策総合研究事業,自動対外式除細動
ンフレットを読んだことで119 番による救急要請を行うとす
器(AED)を用いた心疾患の救命率向上のための体制の構
る患者が,39.1%から78.7%と倍増しており,AMIの症状に
築に関する研究(H18- 心筋 -01,研究代表者,丸川征四郎)
対する知識啓蒙の重要性が強く示唆された.
の分担研究の一環として施行された.
メディアや公共教育を通じた啓蒙により,ACSを発症した
場合に早期に救急車を利用して病院に受診することを目的と
御協力して頂いた先生方や施設に感謝申し上げます:楠
した介入試験が多くなされている.Kainthらは,11の介入
医院・芦原京美先生,萩原医院・萩原誠久先生,助川クリ
試験を検討し,1つの比較試験と4つの前後比較試験で病
ニック・助川卓行先生,北本共済病院・郡司一恵先生,深
院への到着の遅れが短縮したが,2 つのランダム化比較試
見内科循環器科医院・深見健一先生,根白石診療所・児玉
験と4つの前後比較試験で有意差がなく,メディアや公共教
秋生先生,笠原内科循環器科クリニック・笠原信弥先生,
9)
育の効果については根拠がないと論じている .これまでに
宮澤循環器内科クリニック・宮澤祐二先生,榊原記念病院
行われた試験のうち最大規模で行われた REACT 試験で
リハビリ室・小淀診療所・上野敦子先生,林内科・林雅道
は,1995 年から1997年に米国の 20 都市において行われた.
先生,東埼玉病院・二川圭介先生,大坂内科医院・大坂
マスメディアや患者教育などによってAMIの症状や救急車
敏先生,北原内科医院・北原克之先生,小林内科消化器
40
J Cardiol Jpn Ed Vol. 4 No. 1 2009
急性冠症候群についての生活習慣病患者の意識調査
医院・小林裕先生,すずき医院・鈴木保孝先生,たかはし
内科クリニック・高橋利彰先生,竹内内科医院・竹内正幸
先生,中川原内科胃腸科医院・中川原聖宣先生,西脇医院・
西脇雅子先生,ねもと内科クリニック・根本正樹先生,山手
クリニック・平野多加博先生,秋元内科医院・藤井奈保子
先生,東漢堂消化器内科・藤井則弘先生,松下歯科内科ク
リニック・松下敬子先生,一貫堂内科消化器科医院・馬渕
友良先生,三樹医院・三樹明教先生,矢部内科医院・矢部
邦明先生
結 語
ACSを生じる可能性が一般よりも高い生活習慣病を有す
る患者においても,ACS の症状や病態,不整脈の危険性や
早期再灌流の重要性などの知識は乏しく,ACS 発症の際に
救急車を利用するという患者も少なかった.簡易なパンフレ
ットによる自己学習のみで症状の正答率が上昇し,救急車を
利用するという割合も増加した.ACS 患者にできるだけ早
期に救急車を用いて受診させるために,生活習慣病患者を
対象としたパンフレットによる介入が有効である可能性が示
唆された.
文 献
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