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物流を支える船舶: 船にしか運べないものがある
Kobe University Repository : Kernel Title 物流を支える船舶 : 船にしか運べないものがある Author(s) 西尾, 茂 Citation 海事博物館研究年報,41:32-34 Issue date 2013 Resource Type Departmental Bulletin Paper / 紀要論文 Resource Version publisher DOI URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81006515 Create Date: 2017-03-29 物流を支える船舶 ―船にしか運べないものがある― 神戸大学大学院海事科学研究科 教授 西 尾 茂 1.緒 言 て行われているかを、交通工学の基礎とともに解 一般の方々には、船は速力が遅く、大きいだけ 説を行いました。 が取柄と思われがちですが、生活を支える物流を 考えるとき、船舶は欠かすことのできない重要な 輸送手段ですし、これを抜きにして現在の私たち 2.1 交通の基本要素 交通システムとは、図1に示すようにある出発 の生活は成り立ちません。「船舶の過去から現在」 点から目的地まで、人や荷物を運ぶ手段のことを と副題が付けられた平成25年度の海事博物館市民 指します。交通システムは、繰り返し人や物を運 セミナーの第4回として、輸送機関としての船舶 ぶことを前提としており、そのための経路や手段 の長所と利点、そして重要性を、交通工学と船舶 は恒常的に使用できるものを想定しています。交 工学の立場から解説を行いました。本稿では、市 通工学では、この輸送手段を表1に示す4つの要 民セミナーで行った講演内容の概要をまとめたも 素に分けて考え、目的に合わせた交通システムの のです。 設計と供給をしています。 自動車のように、出発点から目的地まで一つの 2.交通システムの選択 搬具(自動車)で移動することもありますが大抵 私達の身近にある輸送手段としては、トラッ の場合、駅や港、空港などのターミナルと呼ばれ ク、バス、列車、船舶、航空機などが思い浮かび る場所の間を定期的に運行する手段を市場に提供 ます。複数の輸送手段の選択が可能なとき、私達 し、これの選択を消費者に促します。交通システ は目的に応じて輸送手段を変え、選択していま ムと言われたときに直ぐに思いつくのは、新幹線 す。このような選択が、どのような判断に基づい や大型貨物船のような運搬手段そのものですし、 大きさや速さが目立ちますが、実際にどの交通シ ステムを選択するかの判断は、駅までの距離や運 行の間隔、路線の距離などが総合して行われま す。講演では、神戸からの関西空港までの移動手 段の選択などを例示して、交通の基本要素と選択 の要件について解説しました。 2.2 交通機関の要件 前節で述べたように、交通システムは①拠点、 図1 交通の基本要素 ②路線、③搬具、④場の4要素から構成され、こ 表1 交通の基本要素とその例 ― 32 ― 交通要素 例 拠点(ターミナル) 路線(ルート) 搬具(ビークル) 場 (フィールド) 駅、港、空港、停留所、駐車場 航路、道路、鉄道 船、列車、バス、トラック、自家用車、航空機 陸、海、空 れらの性能と利便性を基に交通機関の選択が行わ 快適性や任意性、さらには環境負荷などの社会性 れます。この交通機関の選択には、図2に示すよ も選択に影響を及ぼすようになります。講演では うな要件が絡み、それぞれの目的と許容範囲の中 石油製品の輸送を例にとり、輸送コストや必要と で選択が決定されます。商業的な物流の観点から される交通機関の要件との関係を解説しながら、 は、輸送の高速性、大量性と運賃の組み合わせが 輸送物の価値と距離、所用時間に対する制限によ 交通手段選択の最も支配的な要素となりますが、 り、輸送手段の選択が変わることを示しました。 恒常的に使用する交通システムとしては、安全性 や確実性が占める割合が高くなり、旅客輸送では 3.船舶の優位性 冒頭にも述べましたが、船舶は私達の生活を支 える物流の輸送手段として欠かすことのできない ものですが、なぜ、船舶はそのような優位性を 保っているのでしょうか。講演では、船舶工学の 立場から、抵抗・推進特性の考え方と利用の仕方 を解説し、船舶優位性の理解を目指しました。 3.1 抵抗の低減 船舶の優位性の由来は、浮力を利用して水に浮 いていることです。水に浮いている物体は、極低 速で移動させる場合には、ほとんど力を必要とせ 図2 交通要素とその具体例 ず、小さな力で重い荷物を運ぶことができます。 しかし、ある程度以上の速度で物体を動かそうと する場合、水から受ける力(抵抗)は膨大とな り、これを減らす努力が必要となります。図3は 翼型と円柱の比較ですが、流体力学の知識を基に 設計された翼型は、水から受ける抵抗を著しく少 なくすることを可能とします。図3に示した円柱 と翼型において、一般的な速度の範囲で水の中を 航行させた場合、翼型の方が大きいにも関わらず 抵抗が小さいという結果を得ることができます。 このような流体力学の知識を結集して、船舶の水 面下の形状を抵抗の小さな形とすることにより、 図3 円柱と翼型の比較 運航に必要な燃料費の削減と十分な速力を確保 し、船舶の優位性を高めています。 3.2 造波抵抗 船に限らず、列車や自動車、航空機でも、交通 機関の設計では前節で解説したような抵抗低減の 努力が行われ、輸送効率の向上が図られていま す。しかし、船舶の設計において他の交通機関と 唯一異なる点は、「水面」を船が航行するという 点です。専門的には水面は自由表面と呼ばれ、波 が発生します。この波の発生(造波)により、新 たな抵抗が生まれます。この抵抗のことを造波抵 図4 造波抵抗の変化[1] 抗と呼びますが、図4に示すように造波抵抗は速 ― 33 ― (a) (b) 図5 プロペラを用いた推進 (a)推進の基本要素、(b)推力と馬力の関係 度の上昇とともに急激に大きくなる性質を持って ペラはなるべく流速の低い場所に置くことが望ま おり、海上輸送の効率化と高速化の大きな障害に しいという結論が得られます。この効率向上の仕 なります。船舶の設計においては、造波抵抗を低 組みを伴流利得と呼びます。講演では、具体的な 減させる試みが数多く施されていますが、その一 数値を例示し、伴流利得の仕組みを解説するとと つとして球状船首(バルバス・バウ)がありま もに、これを実現する具体的な方法を紹介しまし す。水面下に船首から突出した物体を取り付けた た。 船型は古くから存在しますが、この突出物体が造 る波を理論的に解析し、波の相互干渉の原理を用 4.結 言 いて造波抵抗を小さくしようとする試みです。講 輸送機関としての船舶の長所と利点を要素に分 演では、数値計算の結果などを示しながら、この けて判りやすく解説しました。全5回で構成され 球状船首がもたらす造波抵抗の仕組みと効果につ る海事博物館市民セミナーの第4回目として講演 いて解説しました。 を行い、交通工学と船舶工学の基礎を紹介しまし た。本講座は、これに続く「省エネ船舶の今」と 3.3 効率の向上:伴流利得 の組み合わせとして企画され、基礎と応用の基礎 通常、船舶の推進は船尾に取付けられたスク の部分を担当しました。「船の変遷」をテーマに リュー(プロペラ)を回転させて行われます。こ 企画された市民セミナーの中では最も現代に近い れは、プロペラを回転させることにより水を後方 部分を担当しましたが、市民セミナーであること に加速し、この反作用によって得られる前向きの を念頭に平易な解説に努めました。 力を利用して船を推し進めます。船のエンジンで 作り出されるエネルギーは、プロペラを回転させ 本講座の実施にあたっては、海事博物館館長を ることに使われますが、このエネルギーを効率よ 始めとして、多くの方々のご協力、ご支援を賜り く推進に使う工夫が数多くなされており、プロペ ました。改めて関係各位に感謝申し上げます。 ラを船尾に取付ける理由もここにあります。図5 (a)は、プロペラによる水流の加速を模式的に表 していますが、プロペラが水を だけ加速して います。図5 (b) は、図5 (a) の状態で得られる推 力 と必要なエネルギー(馬力) を表わして いますが、プロペラに流入する水の速度 が異な ると、同じ推力 を得るために必要な馬力が異 なることを示しています。すなわち、推力を得る ために必要な馬力を小さくしようとすると、プロ ― 34 ― 参考文献 [1]野原威男、庄司邦昭、航海造船学【二訂版】、海 文堂、2010.