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フ キ と み ど り と 人 形 メ リ ー ・ ア ン の お 話

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フ キ と み ど り と 人 形 メ リ ー ・ ア ン の お 話
ていました。
家―父親、母親、みどりと八歳の弟は、 た。見ず知らずの都会・横浜で、次の
森の緑は日に日に濃くなり、吹き渡
る風も緑に染まりそうです。里山では
いっぱい涙をうかべて「あのな、おら
「 な じ ょ し た の?」 心 配 し た フ キ が
たずねると、みどりはたちまち、目に
も、みどりはうつむいたまま…。
さ ぎ こ ん で 歩 い て い き ま す。 帰 り 道
けましたが、いつも陽気なみどりがふ
もとだろうと、大人はそれほど深刻な
に 行 く ん だ …。 そ の 国 で 働 く ん だ。」 かった眼病で、いろりやかまどの煙が
家、みんなでブラジルっていうところ
病だとは考えていませんでしたが、大
トラコーマは昔、農村の子供がよくか
査で、みどりの弟が〝トラコーマ〟と
ることになりました。出発前の身体検
出航直前に思いがけない足止めをされ
の手伝いに行きました。
で、港町の山の手にある洋館のお屋敷
情を聞いたアパートの大家さんの世話
わ か っ て、 乗 船 を 禁 止 さ れ た の で す。 りました。そしてみどりは、一家の事
いう眼の伝染病にかかっていることが
お屋敷は、みどりが生まれて初めて
見 る も の ば か り で、 ― と く に 客 間 は、
をしながら、その日をしのぐことにな
みどりの父親は、港に出入りする船
の荷揚げを、母親は港の食堂の下働き
がら、暮らさなければなりません。 一 家 は、 小 さ な ア パ ー ト を 借 り て、
さて、ブラジル行きの船に乗るため に 横 浜 の 港 に 着 い た み ど り の 一 家 は、 親戚中から借り集めた渡航費を守りな
船を待つことになりました。
陽気なカッコウの歌がひびき、道端に
―フキは〝ブラジル〟なんて聞いたこ
勢の客を乗せて三ヶ月以上はかかる長
旅立っていきました。
は真っ白な野バラの花が咲いて―あだ
ともありません。その国にみどりの一
岳の山に、金色のマンサクの花が咲
く頃、ふたりは卒業式にそろって出か
たら高原に初夏がやって来ました。
家は〝移民〟するのだそうです。
立派なソファやテーブルや椅子、きれ
いなシャンデリアがあって、まるで物
語の中の部屋のようです。みどりは目
をまん丸にして仕事の手を止めて、た
め息ばかりついているので、時々、奥
様に叱られました。
には楽しい遊びでもありました。
たり…家の助けになることも、ふたり
り、秋は栗を拾ったり、きのこを集め
ほんとに遠い国なんだよ」。「大丈夫だ。
た。「んでも、何日も何日も船で行く、
フキはみどりの肩を抱いていいまし
えるよ。生きていればきっと会える。」
は わ っ と 泣 き 出 し ま し た。「 い や、 会
フキちゃんと会えなくなるな」みどり
りの一家は途方に暮れてしまいまし
「 ブ ラ ジ ル っ て 遠 い の が?」「 う ん、 い船旅では、伝染病が大敵です。
海のずうっとずうっと向こう。遠い遠
―次のブラジル行きの船が出るのは
い と こ だ と。 そ ご さ 行 っ た ら、 は ぁ、 それから三ヶ月後と告げられて、みど
プロンもすっかり色あせています。く
ンクのドレスもフリルのついた白いエ
ラ…右手の人差し指は欠けてなく、ピ
足は付け根から外れるばかりにプラプ
ち は げ 落 ち て、 耳 た ぶ の 片 方 は 割 れ、
した。見ると、栗色の巻き毛はあちこ
じって、西洋人形が一つ、入っていま
た大きな箱の、布切れや古本などに混
フキとみどりと
人形メリー・アンのお話
さて今回は、岳で生まれ育った、二
人の仲良し少女達のお話です。
今から八十年ほど昔のこと―岳温泉
の西の山を越えたところに、小さな開
拓村がありました。
その村の子供・フキとみどりは同じ
年 で、 小 さ い 頃 か ら 大 の 仲 良 し で し
た。いつもいっしょに山を越えて学校
やがて、ふたりは小学校の卒業の年
を 迎 え ま し た。 昔 ― 太 平 洋 戦 争 が 終
ふ た り と も き っ と 生 き て い る べ 」「 ん
に行き、帰りはかまどを焚きつける杉
わって、新しい学制が決められる前ま
すんでしまった青色の眼、固く結んだ
ある日、奥様の片付けものを手伝っ
て い た ら、「 捨 て て お い て 」 と 渡 さ れ
で ― は、 小 学 校 の 六 年 生 を 終 え る と、 じゃ、約束だ。いつかきっと会えるな」
小さなくちびるが、悲しそうで淋しそ
を手伝ったりしたものです。フキもみ
それから十日ほどして、みどりの一
ふたりは固いユビきりをしました。
上 げ ま し た。「 あ あ、 そ れ ね、 私 た ち
うで…みどりは思わずその人形を抱き
ふたりのユビきり
の枯葉を拾ったり、春は山菜を採った
多くの子供は、奉公に行ったり、家業 「 う ん、 約 束 だ。 ユ ビ き り す っ ぺ 」 ―
どりも、家の手伝いをすることになっ
1
'16・春号
扇や通信
の 仕 事 が 終 わ っ て ア パ ー ト に 帰 る と、
その日から、メリーは、みどりの宝
物、大事な友だちになりました。一日
お母さんに刺繍してもらったのねぇ」
ま し た。
「 き っ と、 こ の 人 形 の 持 主 が
う名前なのよ、たぶん」と奥様は言い
メリーね。この子は﹃メリー﹄ってい
と み ど り が 奥 様 に た ず ね る と「 あ あ、
取 り が あ り ま す。
「 こ れ 何 で す か?」
ふと気がつくと、人形のエプロンの
端っこにMerryとピンク系の縫い
かったら」と笑いました。
え、いいわよ。こんなボロの人形でよ
がもらっていいですか」
。 奥 様 は「 え
は 思 い 切 っ て い い ま し た。
「 こ れ、 私
ていったのね」という奥様に、みどり
が住んでいたそうだから、きっと忘れ
棚の奥にあったのよ。前はイギリス人
ね、三十年ぐらい昔ね、その時から戸
がこの家を買って越してきた時…そう
がったら、たまげっぺなぁ」と思いな
かなぁ、おらがまだ日本にいるのがわ
た。みどりも「フキちゃん、どうしてっ
りを思いながら、毎日を送っていまし
「 み ど り ち ゃ ん、 今 ご ろ 船 に 乗 っ
てっぺなぁ」―フキは折にふれてみど
てくれるようになりました。
女将さんたちや泊り客が楽しみに待っ
野菜や山菜、野の花が評判で、旅館の
でした。フキが持ってくる採り立ての
それからまた一年がたちました。み
どりからは何の知らせもありませんで
にやってきたのです。
た。―こうしてメリーは、横浜から岳
て、 送 り 賃 が な ん と か 間 に 合 い ま し
のために取っておいたお金が役に立っ
くり渡していましたが、少しだけ自分
した。お屋敷で働いた給金は親にそっ
きながら荷造りして、郵便局に走りま
そだ人形、捨ててこい」―みどりは泣
リーを荷物に入れようとした時、父親
船 の 仕 度 を し て い ま し た。 大 事 な メ
一方、みどりは、待ちかねた船出が
いよいよあさってに迫って、忙しく乗
フキの大切な友達になったのです。
た。「 な ん だ べ、 こ だ ボ ロ の 人 形 … し
が、メリーがすっかり好きになりまし
した。ほっそりと背が高くて、明るい
フキがそれに見入っていると、奥か
らエプロンをつけた女の人が出てきま
細い糸などが置いてあります。
や、髪の毛になるらしい金色や栗色の
顔のスケッチや、白い土やきれいな布
の前に小さな机があって、人形の体や
がおそるおそる戸を開けてみると、目
と、入り口らしいガラス戸に、小さく
不思議に思ってそっと近づいてみる
います。「あれぇ、こだ家あったけが?」
の奥に何やら小さな家が見え隠れして
に腰かけて、一休みしていました。
い し ま し た が、 そ の 日 か ら メ リ ー は、 で、フキはいつも行商の帰りに、それ
かも愛想のねぇ顔して」と母親は苦笑
色の髪を後ろで束ねた、きれいな人で
け い な 荷 物 は 一 切、 持 ち 込 め ね ぇ ぞ。 「 人 形 工 房 」 と 描 い て あ り ま す。 フ キ
が 厳 し い 顔 で い い ま し た。「 船 に は よ
す。びっくりして突っ立っているフキ
に大きな古い木の切り株があったの
る小さな空き地がありました。入り口
に、廃屋の跡らしい、雑木やヤブが茂
キが絵本できり見たことのない、西洋
けです。おどろいて開けてみると、フ
つもメリーを見るたびに、そのボロボ
が、フキのなぐさめでした。でも、い
毎日、へとへとになって家にたどり
つくと、メリーが待っていてくれるの
形をここに持ってきてください」と
女の人は「そう、では、明日、その人
フ キ は、「 修 理 で す。 私 の メ リ ー を
直 し て も ら い た い の 」 と 答 え ま し た。
茶色の瞳とほんのりピンクのほお、栗
―そんなある日、フキがいつものよ
うにその空き地にさしかかると、ヤブ
真っ先にメリーに声をかけて、その日
し た が、「 き っ と、 元 気 で ブ ラ ジ ル に
に、 女 の 人 は ほ ほ 笑 ん で い い ま し た。
と、大親友のフキのことを話しており
ました。
がら、過ごしていました。
いるんだべ」と、フキはフキで行商に
「 お 人 形 は、 新 し く 作 る の で す か? そ
のできごとや、なつかしい岳の村のこ
精を出していました。
一方、フキは、野菜や野の花をリヤ
カーにのせて、温泉まちに行商に行く
人形が入っていました。いっしょに小
ロになった淋しげな姿がかわいそうで
い っ て、「 せ っ か く 来 て く れ た の で す
それから三ヶ月がたった頃、フキ宛
てに小包みが届きました。横浜の消印
ようになりました。木の根や藪だらけ
さ な 紙 切 れ が 入 っ て い て、「 人 形 の 名
なりませんでした。
と、銀色のきれいな盆にお茶をのせて
部屋に行った女の人は、しばらくする
から、ちょっと休んでいって」―奥の
れとも修理でしょうか?」
の土地を一クワ一クワ掘り起こす開拓
前はメリー。よろしく。みどり」と走
があり、送り主は「みどり」とあるだ
の仕事は、少女ががんばってもあまり
り書きがしてありました。
西洋人形・メリー、横浜から
役に立たないので、それは両親や二人
と こ ろ で、 開 拓 村 と 温 泉 ま ち の 境
「人形工房」とアンさん
の 兄 に 任 せ て、
「 お ら は、 商 売 で 稼 い
フキは、どうしてみどりからこの人
形が送られてきたのか、不思議でした
でくる」と、フキが自分で始めたこと
2
きなの」とその人のいうジャムは、甘
れ、アンズのジャムなのよ。私、大好
と い う も の を 入 れ て く れ ま し た。
「こ
きました。美しい花模様の器に入った
でいきました。
リーを抱えて、その小さな工房に飛ん
て飲む〝紅茶〟というものでした。女 ―こうして、アンという人と楽しい
の 人 は、 そ の 紅 茶 に 金 色 の〝 ジ ャ ム 〟 ひとときを過ごしたフキは、翌朝、メ
琥珀色のお茶は、フキが生まれて初め
メリーを一目見た女の人は、人形を
そっと抱きしめると、目にいっぱい涙
の人は声を立てて笑いました。
ジャムなんだね」とフキがいうと、そ
erryの縫い取り…。
エプロンの端には、ピンクの糸で、M
ドレス、赤い靴、フリルの付いた白い
うな栗色の巻き毛、真新しいピンクの
ような白い顔、澄んだ青い眼、輝くよ
なったメリーがいます。こぶしの花の
…みちがえるようにきれいに新しく
袋が置いてあります。―開けてみると
きを繰り返し思い出すのでした。
そうしてくれた、楽しいお茶のひとと
の実を拾って食べながら、アンがごち
初夏になると、その木は金色の杏の
実をいっぱい付けました。フキは、そ
る、と思いました。
て、フキは、アンはあそこに生きてい
が生き返った」と驚いているのを知っ
くてほのかに酸っぱくて、フキも一口
を話すと、その人も自分のことを話し
方、ここにいらっしゃい。それまでに
エプロンで涙を拭きながら「明日の夕
しています。Ann/杏」
ちゃん、みどりちゃんの幸せをお祈り
大 事 に し て く れ て あ り が と う。 フ キ
次が、いつもフキが行くのを待ってい
一、二を争う大きな旅館の次男坊の勝
行 商 を し て い ま し た が、 温 泉 ま ち で
をためました。不思議がるフキにその 気が付くと、袋の底に小さな紙切れ
で大好きになってしまいました。
フ キ が 自 分 の こ と や み ど り の こ と、 人 は「 い い え、 こ ん な に ボ ロ ボ ロ に が入っています。そこには「メリーは、 さてそれからまた月日が流れて、フ
思いがけなく送られてきた人形のこと なって、かわいそうなんですもの」と、 私 が 小 さ な 時 に 遊 ん で い た 人 形 で す。 キは十九歳になりました。相変わらず
てくれました。
一つで東京に行ったんですって。小さ
た家を売って、私を連れて、トランク
いないわ。そのあと、母は、住んでい
の。だから、私は父の顔もよく憶えて
失敗して、それからすぐに亡くなった
たのだけれど、私が三歳の時に事業に
アン」としました。それからこの人形
新しくなったメリーに、フキはアン
と い う 名 前 を 付 け 足 し て、「 メ リ ー・
湧き上がってきて止まりません。
底から、悲しみとあったかい気持ちが
しめて泣きました。なんだか、体の奥
くばかりです。フキは、メリーを抱き
あたりを見渡しても、何一つ前と変
わらない景色で、遠くで小鳥の声が響
真 面 目 な 顔 の 勝 次 が 待 っ て い ま し た。
ある日、リヤカーを引いていつもの
杏の木の下にたどりつくと、そこに大
たが、フキも、やさしい勝次が好きで
んに惚れてるよ」とからかっていまし
た。周りの人たちは、「勝次はフキちゃ
売〟に協力してくれたりしていまし
り、「今日の売れ残りは何だ?」と〝完
て、 野 の 花 を ど っ さ り 買 っ て く れ た
か っ た か ら、 何 も わ か ら な か っ た け
は、フキのもっともっと大切な宝物に
「 私 の 父 は イ ギ リ ス 人 で、 母 は 日 本
人。父は、横浜で貿易の仕事をしてい
ど、母がひとりで働いて私を育ててく
び っ く り す る フ キ の 前 に〝 気 を 付 け 〟
した。
れたの。私は〝あいの子〟って、いじ
き れ い に 直 し て お く わ。」 と い っ て、 なったのです。
てくれねが?」といいました。フキは
められたけど、自分の茶色の目や茶色
そして、ひと月が経ちました。フキ
がいつものように古い切り株の前にさ
黙って、こっくりうなづきました。
をして、勝次は「フキ、おれの嫁に来
しかかると、朽ち果てた根の脇から小
奥の部屋に消えていきました。
ね。母は、私が十八の時に亡くなって、
さな細い枝が新しく伸びて、緑の芽を
の巻き毛が好きだったわ。そう、今も
それからは私、ひとりぼっちになった ―そして、待ちに待った夕方、フキ
の。
…そしてどうしたかって?そうね、 はまっしぐらにあの工房に駆けていき
その時、さぁっと初夏の風が渡って、
金色の杏の実がパラパラとふたりにふ
吹いています。二月、三月と経つうち
り か か り ま し た。「 あ あ、 ア ン さ ん が
ました。
ずうっとずうっと遠い昔で、忘れてし
喜んでくれてる…」とフキは思いまし
勝次の両親も、働き者で気立てのい
た。
に枝はどんどん伸びて、いつしかフキ
ヤブと切り株があるばかり…。ふと見
翌年、その若い枝はピンクの花を咲
かせました。年寄りたちが「杏の大木
の背丈を越えるようになりました。
日本語では〝杏〟と書くの。
」
ると、切り株の脇に、茶色の古びた紙
まったわ」とその人は静かにほほ笑み でもそこには、あの小さな工房は跡
ました。
「そうそう、私の名前はアン。 形もなく消えていて、いつもの木立と
「 ん じ ゃ、 杏 の ジ ャ ム は ア ン さ ん の
3
'16・春号
扇や通信
ので、二人の結婚を喜んで、温泉まち
いフキをたいそう気に入っていました
そして、次の年、あの杏の樹に花が
した。
の晩、フキは、長い長い返事を書きま
岳の高い空が見守っておりました。
合うふたりの、うれしいうれしい姿を
帰って、わあっと泣きながら抱きしめ
と 一 緒 に 楽 し ん で い る 姿 を、 家 族 は、
を、テーブルに座らせたメリー・アン
り ま し た。 そ の ジ ャ ム が 入 っ た 紅 茶
不思議がりましたが、これもフキの幸
の奥に、旅館の分家を出してくれまし
亭」は大繁盛で、大女将になったフキ
せられていました。
には、メリー・アンがちょこんと座ら
みました。夫婦の部屋の小さな床の間
と 抱 い て、
「いい名前だべ」とほほ笑
満足気でしたが、
フキは〝秘密〟をそっ
たのは、杏の木の下だったからな」と
おれがおめに、嫁にきてくれっていっ
〜、うれしいなぁ!」
したな!。メリーも待ってるよ」「わぁ
と だ よ! ユ ビ き り し た べ 」「 ユ ビ き り
く 可 愛 い べ 」「 ふ ぅ ん 」 ― ふ た り の や
「 そ の 子、 今 は メ リ ー・ ア ン っ て い
うんだよ」「なんで?」「ま、なんとな
しめました。
いって、もう一度、メリーを強く抱き
「 ふ う ん、 そ だ べ な。 あ の 時、 淋 し
くて悲しかったもんな」―フキはそう
ら、そう見えたんだべ?」
いう顔だった。あんたが悲しかったか
たが横浜から送ってくれた時からこう
じめっからこういう顔だったべ。あん
し た。「 な ん だ べ、 み ど り ち ゃ ん、 は
悲しい顔してたべ?」―フキは答えま
こ の 人 形、 こ ん な 顔 で ね が っ た よ ね、
えることがなかったということです。
笑みとバラ色の頬は、あの時のまま消
大切に遣された、メリー・アンのほほ
したが、フキの宝ものとして杏花亭に
それからまた長い年月がたって、フ
キもみどりも百歳近い天寿を全うしま
…。」 と 人 形 を 抱 き 上 げ た み ど り は、 ん中にフキと撮った写真を眺めて過ご
目 を や り ま し た。「 あ あ、 メ リ ー だ!
岳の里山のどこかで、初夏の風にゆ
れる杏の大木を林で見かけたら、それ
はっとしていいました。「フキちゃん、 すのが一番幸せなひとときでした。
メリーだね。こんなにきれいになって
は多分、アンの杏の樹です。
せな秘密でした。
は、息子夫婦に孫五人というにぎやか
「 み ど り ち ゃ ん が 来 る よ! ほ ん と に
来るんだよ!」思わずメリー・アンを
た。宿の名前は、フキが「杏花亭にし 咲く頃、みどりから国際電話が入りま ようやく気持が落ちついて、みどり
た い 」 と い い ま し た。 勝 次 は「 う ん、 した。まだ、元気なうちに会いに行く、 は、フキの傍らの、あの時のメリーに
な毎日を過ごしていました。
抱き上げたフキは、そのまま目をまん
それからまた、長い年月が経ち、フ
キもみどりも六十歳になりました。夫
というのです。「いつ来るの?」「あさっ
」「ほん
てにそっちさ着く」「ひゃ~
福島県二本松市岳温泉1-3
T E L . 0 2 4 3 ( 2 4 ) 2 0 0 1 F A X . 0 2 4 3 ( 2 4)2 0 0 4
婦 が 一 生 懸 命 働 い た お か げ で、
「杏花
あだたらの宿
みどりは、みどりで、コーヒー園を
見渡すベランダに座って、メリーをま
そんなある日、フキ宛てに一通の航
空便が届きました。なんと、四十八年
りとりを、メリー・アンがほほ笑んで
アンの樹の下で―
政府登録旅館
六十歳の再会
ぶりの、みどりからの手紙です。封を
―あの、淋しげなメリー・アンがほ
ほ笑んでいるではありませんか。そし
きいていました。
切 る の も も ど か し く、 読 ん で み る と、 丸にして立ちすくんでしまいました。
みどりは、夫婦でコーヒー園の農場主
に な っ て い て、 五 人 の 息 子 と お 嫁 さ
ん、 孫 十 六 人 と い う 大 所 帯 で、 毎 日、 て、眼がきらきらして、ほおがバラ色
コ ー ヒ 豆 を 育 て て い る と の こ と で す。 に 染 ま っ て い ま す。「 あ あ、 あ ん た も
そしてまた、長い月日が経ち、フキ
もみどりも八十歳になりました。あの
うれしいんだな」
同封された写真には、真っ黒に日焼け
せ、 金 色 の 実 を た わ わ に 付 け ま し た。
そしてついに、ふたりの「ユビきり」 が幸せでした。そして、初夏には、金
の約束が果たされました。少女の頃に 色の杏を拾い集めて上手にジャムを作
フキは、その木の下で過ごすひととき
杏の木は大木になって、毎年花を咲か
して、元気いっぱいのみどりと大勢の ―みどりは、メリー・アンを抱きし
家 族 の 笑 顔 が あ り ま し た。
「 い つ か、 めて、ぼろぼろ泣きました。
きっと会うべな」と手紙は結んであり
ました。そして、追伸に「メリーは元
気にしていますか」とありました。そ
●大切な方、親しい方へのあったかいプレ
ゼントに、扇やのペア宿泊券(お2人で
ご1泊3万円)はいかがでしょう。
扇やペア宿泊券
をどうぞ
野の花一輪香る宿
岳温泉
!!
'16・春号
扇や通信
4
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