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地球環 境 との共生をめざす化学繊 維
か ん きょう せん い 地球環境との共生をめざす化学繊維 〜レーヨンの未来〜 オーミケンシ株式会社 営業推進部 尾田正樹 1 レーヨン素材の歴史 ニュアンスを改めるため,光る繊維(Ray/ 古代ヨーロッパにおいて,アジアで生産さ れる絹(シルク)やコショウは,高価で貴重 れんきんじゅつ 光線)を意味する「レーヨン(Rayon)」と 呼ぶようになり,今日にいたっています。 な商品でした。当時の人が錬金術に取り組ん だように,高価なモノを人間の手で作り出そ うとするのは科学の歴史において必然であり, 2 化学繊維の現在 世界の主な繊維の生産量は,人口の増加と じゅようりょう 絹もその一例として,多くの科学者がその製 一人あたりの繊維需要量の増加により年々増 造に挑戦してきました。 加しています。その中でレーヨン繊維の生産 ちょうせん はく よう 1884 年フランスのシャルドンネ伯 は,溶 量は,減少を続けていましたが,1990 年代 解が困難なセルロースをニトロ化し,溶媒に 半ばより増加に転じ, 2013 年には 475 万ト かい ようばい と お 溶かしてノズルから押し ン( 精 製 セ ル ロ ー ス を ふく 出し繊維化することに成 含む)に達しました 功しました。その後,繊 ( 図 1)。 し か し な が ら, 維化後に脱エステル化を 現在では全繊維生産量 行う硝化綿法が工業化さ の 5%に過ぎず,主要繊 れ,化学繊維の歴史が始 維 は ポ リ エ ス テ ル, 綿 まりました。 となっています(図 2)。 だつ しょう か めんほう さい ばい ま た 1899 年 に は 銅 ア 綿花の栽培は大量の ンモニア溶液を用いた銅 水 を 消 費 し, か つ 人 口 安法(キュプラ)が工業 増加に伴う食用作物へ ともな てんかん 化され,さらに 1901 年には,英国のクロス の農地転換等,綿花栽培は供給の減少が予想 らによりビスコース法が工業化されて,コス されています(コットンギャップ)。 トと安全性に勝るビスコース法が主流になっ ていきました。 一方,木材から作られるレーヨン繊維は, 豊富で再生産可能な森林資源を有効に活用で 当初,これらの繊維を「Artificial Silk(人 セルロース繊維 5% も ほう てき 造絹糸)」と呼んでいましたが,模 倣 的 な 7,000 60,000 ■ ■ 化学繊維生産量 50,000 ◆ 30,000 10,000 ■ ■ ◆ ◆ ■ ■ ■ ■ ■ ◆ ◆ 3,000 ◆ ◆ 5,000 4,000 ■ ◆ ◆ 20,000 ◆ ■ ◆ レーヨン繊維生産量 40,000 6,000 2,000 1,000 年 年 3 2 0 1 年 0 2 0 1 年 5 2 0 0 年 0 2 0 0 年 5 1 9 9 年 0 9 9 5 8 9 1 1 年 0 8 9 1 5 0 7 7 9 9 1 1 年 0 年 0 図 1 化学繊維とレーヨンの生産量の推移 レーヨン繊維生産量︵千トン︶ 化学繊維生産量︵千トン︶ 70,000 綿・麻類 36% ナイロン 5% アクリル 2% 天然繊維 33% 化学繊維 :58,764 千トン 天然繊維 :29,184 千トン 綿・羊毛 2% その他 1% ポリエステル短繊維 18% 化学繊維 67% ポリエステル長繊維 36% 繊維ハンドブック 2015( 日本化学繊維協会 ) よりデータ抜粋 *アセテートトウは除く 図 2 世界の年間繊維生産量(2013 年) 12 理科203号.indd 12 2016/10/17 9:30 き,かつ化石燃料由来の合成繊維と異なり カーボンニュートラルで地球環境に優しいた う じょう かん そう 浄)・乾燥等の手順を経て,レーヨン繊維と なります。 しょうきゃく め,コットンギャップを埋める繊維として注 植物由来のレーヨン繊維は,焼却もしくは 目されており,今後も需要の増加が予想され 生物の分解により発生する二酸化炭素量と, ています。 原料となる植物が大気中の二酸化炭素を吸収 した量が等しい,「カーボンニュートラル」 3 レーヨンの製造方法 な繊維です(図 5)。 ちゅうしゅつ 木材チップからセルロース成分を抽出した 木材パルプを原料とし,パルプをアルカリ に りゅう か (NaOH) 処 理 し た 後, 二 硫 化 炭 素(CS2) CO2 ゆうどう と反応させてセルロース誘導体(ザントゲン 酸セルロース / ザンテート)を作ります 光合成 O2 (図 3)。ザンテートはアルカリに溶けるので, H2O CO2 焼却・分解 セルロース C6H10O5 レーヨン ぼう し NaOH 溶 液 に 溶 解 さ せ た も の を 紡 糸 原 液 さい こう (ビスコース)とし,これを口金の細孔より H2O りゅうさんよく 硫 酸浴中に押し出して繊維状にします。 硫酸で中和されたザンテートは,再びセル 6CO2 + 5H2O ⇔ C6H10O5 + 6O2 ロースとなるため,レーヨンは「再生(セル 図 5 レーヨンの炭素 循 環 ロース)繊維」と呼ばれます(図 4)。 えんしん せいれん せん 再生された繊維は,延伸・切断・精練(洗 じゅんかん 4 レーヨンの性質と利用 ①レーヨンの基本的性質 ・化学繊維として 化学的に作られた繊維であるレーヨンは, 他の化学繊維と同様に,天然繊維に比べて品 質が安定しており,太さや長さ,断面の形状等 やく を自由に調節できます。また,紡糸原液と薬 ざい 剤をともに繊維化することにより,繊維の製 造段階で様々な機能を加えることができます。 ・セルロース繊維として 図 3 木材チップからセルロースに レーヨンは,綿などのセルロース繊維と同 きゅうしつ 様に吸湿性,吸水性に優れています。吸湿性 ひってき はウールやシルクに匹敵し,吸水性は綿より も優れています。また,融点を持たないので, 熱を加えても軟化・溶融しません。 ・レーヨン独自の性質 はだざわ ソフトでしなやかなレーヨンは,肌触りが ふ よく,触れるとほのかに冷たく感じます。ま たカーテンやテーブルクロス等に使用すると, こうたく 光沢感に加えて生地がたれやすく,舞台のた 図 4 セルロースからレーヨンに れ幕など高級品に使用されています。 教科研究理科 No.203 理科203号.indd 13 13 2016/10/17 9:30 また,染色時には,綿などの天然セルロー あざ ③機能レーヨン ス繊維と比べ染まりやすく,深く鮮やかに発 繊維に機能を持たせる方法として,練りこ 色します。加えて,同一環境下で他の繊維よ み法(繊維製造時に機能付加)と後加工法 り水分率が高いレーヨンは静電気が起こりに (生地・製品に加工)があります。繊維表面 くく,裏地の原料に適しています(図 6)。 に薬剤を付着させる後加工法は,低コストで すが,繰り返しの使用により機能が低下して いきます。練りこみ法では,薬剤が繊維の中 に閉じこめられているので,洗っても機能が 低下しにくく,後加工が難しい不織布や紙に おいても機能を加えることができます(図 7)。 また,ポリエステルなど他の化学繊維に比 べ,レーヨンは練りこみやすいため,様々な 機能を付加することが可能です(図 8)。 不織布 けん び きょう 図 6 電子顕微鏡で見たレーヨン繊維(× 800) ウエットティッシュ,ハップ剤,花粉症用マスク ウェットワイパー,カウンタークロス,おむつ ②レーヨンの利用 ナプキン,タンポン,芳香剤の芯,オイルフィルター ぼうせきよう と ・紡績用途 紡績糸 レーヨン単独もしくは他の繊維と混ぜて紡 おうべい 医療用品,シャツ,ブラウス,パンツ,寝装用品 しん 績糸が作られます。従来,欧米では衣料・寝 カーテン,包帯,マスク,ガムテープ,レザー基布 襖紙,壁紙,スタンプ台 ぐ 具 向けが多く,日本国内では資材用途が多 製紙 かったのですが,昨今ではデニムや冬用発熱 オイルフィルター,たばこのフィルター (プ ラグ紙) 下着等に用いられるケースが増加しています。 ラッピング,お菓子の包装紙,障子紙 ※ ・不織布 用途 トイレに流せるシート 近年,不織布の生産増加に伴い,不織布原 図 7 レーヨンの利用 料として用いられる機会が増加しています。 吸水性が高く衛生的なので,赤ちゃんのお尻 ふきや生理用タンポン等に多く使われていま コンセプト たいねつ す。また耐熱性が求められるフィルター等に はレーヨンが適しています。 ・製紙用途,湿式不織布用途 快適 前に述べた用途では通常 40 〜 50mm の繊 維が用いられますが,製紙用,湿式不織布用 練り込む薬剤 効果 金属酸化物 赤外線発熱 キシリトール 吸湿吸熱 鉱物油 温度調整 セラミック 遮熱・UV カット 抗菌剤 抗菌防臭 消臭剤 消臭 保湿剤 保湿 難燃剤 難燃 には 3 〜 10mm の短い繊維が用いられます。 しょう じ がみ わ が し これらは障 子 紙 や和 菓 子 の包装紙,たばこ フィルターのプラグ紙等に用いられています 清潔 が,近年はトイレに流せるシート向けとして 生産が急増しています。 ※不織布(ふしょくふ)とは…繊維を一定方向やランダムに 集積させ,織らずに繊維間を結合したもの。 安心 はんばい 図 8 現在,販売されている機能レーヨン例 14 理科203号.indd 14 2016/10/17 9:30 5 おわりに「レーヨンの未来と課題」 な木材を使用するだけでなく,製造工程にお 二酸化炭素の増加による地球温暖化や,世 いても省エネルギーを進めていくことが大き 界人口増加にともなうコットンギャップの対 な課題です(図 9)。加えて,近年増加して 策において,地球上で最大のバイオマスであ いる溶剤法セルロース繊維(リヨセル)のよ るセルロースの有効活用は人類の重要な課題 うに,新たな手法による物性の改良や,省エ です。再生可能な森林資源を原料とし,土に ネルギー化の研究・開発も重要です。また, 還る繊維「レーヨン」は,綿や石油由来の合 セルロースの有効活用として,鉄よりも軽く 成繊維の代わりとしてこれからも注目を浴び て強いと言われる「セルロースナノファイ る素材です。特に製品寿命の短いディスポー バー」も未来の素材として注目されています。 サブル(使い捨て)商品においては,さらに 我々レーヨンメーカーは,将来に向けた かえ じゅみょう 需要が高まると予想されます。 レーヨンの改良,機能レーヨンの開発だけで しかしながら,レーヨンも他の化学繊維と なく,地球環境にやさしいセルロースの有効 同様に,製造工程において大量のエネルギー 活用を目指し,これからも取り組みをすすめ を消費します。原料にカーボンニュートラル ていきます。 パルプ→レーヨン綿 硫化溶解 バクテリア 森林 生分解 パルプ 生成 植林 OH HO HO O O OH HO O OH O ビスコース レーヨンの プロダクト 紡糸 サイクル 廃棄物 綿 廃棄 縫製 織/編 ・ 製品 紡績 生地 糸 図 9 レーヨン生産の循環 教科研究理科 No.203 理科203号.indd 15 15 2016/10/17 9:30