...

肌 戦剛離 ネ 校 副 自動車部 - 千葉県学校教育情報ネットワーク

by user

on
Category: Documents
10

views

Report

Comments

Transcript

肌 戦剛離 ネ 校 副 自動車部 - 千葉県学校教育情報ネットワーク
2009年 12月22日
報
千 葉 工 PTA会
98号
(1)第
県 立 千 葉 工 業 高等 学校
地
千葉市中央区今井町1478番
電 話 (043)263-6251
発 行 所
社
信 勤 白
義 労 主 校
ネヒ愛 貴 訓
譲 好 任
ま した。
的 に最 も 優 れ て いると し て経 済 産 業
大 臣 賞 を 受 賞 した。 これ ら の教 育 実
践 は高 く 評 価 され ており 、本 県 教 育
の進 展 に寄 与 した功 績 は大 であ る。
﹂
本 校創 立 以 来初 め て の受 賞 で、 こ
の秋 一番 の再 ば し い ニ ュー スと なり
業 人を 学 校 に招 く 出前 授 業 など に取
り 組 んだ。 生 き た技 術 を 学 ぶ学 習活
動 の成 果 は、 平 成 二十 年 度 ﹃
高校 生
も のづ く リ コンテ スト ︵
旋 盤作 業 部
門 と 関 東 大 会 で大 会 史 上 初 と な る
一〇 〇点 満 点 で の第 一位 と な り 全 国
大会 に進 出 した ︵
全 国第 七位 ︶
。ま た、
全 日本 ロボ ット相 撲 全 国大 会 高 校 生
の部 ︵
自 立 型 ロボ ット ︶ では、技 術
自動車部
T RY08号
E2 小 網 達 弥
高 校 生 も のづ く リ コンテ スト 関 東
大 会 に出 場 し て、自 分 は いろ いろな
人 に支 え ら れ て作 業 を し て いる事 を
あ ら た め て実 感 しま した。旋 盤 は個
人 作 業 に思 わ れが ち だ が、 そ の大 会
ま でに先生方を始 め、 いろいろな人 に
支 え ても ら つて いると 思 いました。 5
位 と いう 結 果 に終 わ ってしま ったが、
自 分 には来 年 があ る ので、 今 年 の成
績 を越 せるよう にがんばり た いです。
゛ 鶯 鶯 ゛ ゛ ゛ ゛
EM3A 松 本 健 志
先 日 私 は、 高 校 生 も のづ く リ コン
新 記録更新 〃
テ スト旋 盤 の部 関東 大 会 に千 葉 県 代
土 ︶栃 木 県 表 の 一人 と し て出 場 しま し た。 私 は
二〇 〇九 年 十 月 十 日 ︵
にあ るサ ーキ ット ﹁ツイ ンリ ンクも 今 回 の大 会 に 勝 た な け れ ば 終 わ り
で、 日 々の練 習 では、 全 国制 覇 を 目
てぎ ﹂ に て、第 二十九 回本 田宗 一郎
標 に や ってき ま し た。 し か し、 大 会
杯 H o nd a エコノパ ワー燃 費 競 技
の結 果 は 三位 になり 、 全 国大 会 へは
全 国大 会 が行 わ れま し た。 本 校 自 動
行 く こと が できま せ ん でし た。 大 会
車 部 の ﹁T R Y 0 8 号 ﹂ が 出 場 し、
で負 け 、 と ても 悔 し い思 いを しま し
コー スを 七 周、 約 十 六 ﹄を 約 二十 九 た ま た 、自 分 の足 ら な い所 が わ か
。
分 で完 走 す る レ ー ス に 挑 戦 し ま し り 、 これ か らも 技 術 を 磨 いて いこう
た。 そ の燃 費 消 費 量 を 換 算 し た 結 と 思 いま し た。 最 後 に今 ま で応 援 し
平 成 二十 一年 度 千 葉 県 教 育委 員会 果 、
一昨 年 の本 校 最 高 記 録 一二〇 二 て下 さ った方 々、支 援 し て下 さ った
教 育 功 労 者 表彰 と し て千 葉 工業高 校
h´2 を 破 っ て、 新 記 録 一二 四 四 方 々 のあ り が た さ、 大 切 さを 改 め て
が団体 の部 を受 賞 しま した 。 十 一月
m/
2 を 達 成 し ま し た。 全 体 で十 八 感 じ る こと が でき た大会 でした 。
肇 肇 肇 豪 奎 豪 帝
二日 に ﹁ポ ート プ ラザ ち ば ﹂ で表 彰 位 の成 績 です 。初 日 の調整 でう まく
EM2A 谷 回 透
式 が行 わ れま した 表 彰 の内 容 を お 行 か な い点 も あ った と の話 です が、
。
私 は 、九 月 に千 葉 市 で行 わ れ た高
様 々な こと を 乗 り越 え て の記 録 達 成
知 ら せ しま す 。
校 生 も のづ く リ コン テ スト に出 場 し
﹁平 成 十 九 年 度 か ら 三年 間、 文 部 と な り ま した。 千 工祭 でも 車 体 が 展
ま した。 私 が選手 と し て関東 大 会 に
科 学省 と 経 済 産 業 省 の連 携 事 業 ﹃
地 示 さ れ、 大会 の様 子 が紹 介 され て い
出 場 す る のは初 め て で、競 技 開 始前
域 産 業 の担 い手 育 成 プ ロジ ェク ト ﹄ ま した が、 案内 し てく れ る部 員 た ち
はと ても 緊張 しま した。 結 果 は 4位
の指 定 を受 け、生 徒 た ち が地 域 の技
は、 な お 車 体 の調 整 に余 念 が な く 、 で今年 の全 国 大会 には行 け せ ん で
ま
術 者 に 直 接 学 ぶ 長 期 企 業 実 習 や 企 楽 し そう な のが印 象 的 でし た
。
し た。 と ても 悔 し か った です。 来年
は 、今 年 優 勝 し た群 馬 に勝 ち 、全 国
に進 みた いと 思 います 。 今 回 の大 会
では、 同 窓会 、 先 生方 を始 め多 く の
方 々 の支 援 で大会 に出 場す る事 が で
き ま し た 。 有 難 とう ござ いま した。
印 刷 所
株式会社 正 文
二〇 〇九年 十 月 三十 一日 ︵
土︶ に
千 工祭 が 開催 さ れま した 。 テー マは
﹁L et ゞ e n , oy ′魂 ︵
So
ul︶′L です 。
今 年 の千 工祭 は、新 型 イ ンフル エ
ンザ の流 行 に伴 い、検 討 の結 果、 一
般 公 開 を や め て 一日 のみ の校 内 公 開
と な り ま し た。 一学 期 か ら 企 画 内 容
を考 え てき ま し た が、 こ の影 響 で急
邊 直前 に内容 を変 更した団体も あり 、
今 年 の修 学旅 行 ︵
十 月 六 日∼十 月
九 日︶ は新 型 イ ン フル エンザ の流 行
と台 風 の接 近 に伴 い実 施 が危 ぶま れ
る時期 も あ り ま し た が、保 護者 の皆
様 のご協 力 によ り体 調 を崩 す生 徒 も
な く 、 ま た台 風 の影 響 も ほと んど受
け ず にす ば らし い修 学 旅 行 を 実施 で
き ま した。 以 下そ の報 告 です。
第 一日 は雲 仙 に お いて自 然 学 習 を
実 施 しま し た。 第 二日 は班 別 に長 崎
市 内 を 見学 し ま し た。 ﹁
長 崎 く んち ﹂
も 見 学 でき 充 実 し た 一日を 過 ご しま
し た。 第 二 日 の午 前 中 は ボ ラ ン テ ィ
アガイ ド さ ん によ る平 和 学 習と 原爆
資 料 館 を 見 学 しま した 。 午 後 は伊 万
里焼 の絵 付 け に挑 戦 し ま し た。 第 四
日 は九 州 国 立博 物 館 と 太 宰府 天満 宮
を 見 学 し て帰 路 に つき ま し た。
C S ・S
友 情 深 ま り 、 食 を 味 わ い、 平 和 と 命
の大 切 さ を 知 る。 長 崎 に感 謝 。
M
IE S T
天候 に恵 ま れ て楽 し い旅 行 でし た。
中華街 やく んち祭 で賑 つてま した。
と し、
一生 の 宝 物 と な り ま し た 。
み ん な と の 3 泊 4 日 を 一生 の 思 い 出
E M B S ・Y
E MA K ・T
修 学 旅行 では、色 々の観光 地を 巡り
自 分 のためになる事を見 つけられた。
僕 は、 この修 学 旅行 で普 段日 にしな
い友達 の良 い所を見 つけられました。
H
準備 に苦 労 した様 子が見 られました。
保 護 者 の方 々 に は ご 来 校 いた だ
き 、 例年 通 り P TA の喫 茶 室 も 開 か
… … E M 8 B 休 憩所
… … 電子機械科
… 自動車部車体展示
… … EM8A カッフ輌
… … E2
からくり大場屋敷
トリックアー ト
装 飾 賞
科 晨 示
部 活 動
クラス販売
催
事
がらくり大場屋敷
トリックアー ト
賞 … …E2
太
E
れま し た。 イ ン フル エンザ の関係 と
は いえ 、 二学 期 の大 き な 行 事 の た
め、来 客 が少 な か った のは少 々淋 し
く 残念 です 。 生 徒 は協 力 し て準 備 を
し、 電 気 科 二年 が千 工祭 大 賞 を受 賞
しま し た。各 賞 に ついては左 記 の通
り です 。
''
テーマ“
Lers eniOyノ属
魔(soul)ノ
(2)
第 98号
報
千 葉 工 PTA会
2009年12月22日
九 月 二十 六 日 ︵
上︶
、 ﹁平 成 二十 一
年 度 中 学 三年 生 の体 験 入 学 会 ﹂″が実
施 さ れ ま した。 新 型 イ ン フル エンザ
の流 行 を考 慮 し て、 開会 式 を 放 送 で
行 い、手 指 の消毒 を 呼 び か け るなど 、
例年 にな い様 子も 見 ら れま し た。 中
学 生 が 一人 七名 、 保 護 者 五十 七名 参
加 し、 工業 四科 に分 か れ て体 験 に取
り 組 む姿 が印 象 的 でした。
ベト ナ ムと の相 互交 流事 業 は平成
十 九年 か ら千 葉 県 教育 委 員会 事 業 と
連 携 し て スタ ート し、昨 年 十 一月 に
は本校 と京 葉 工業 高 校 の生 徒 が千 葉
県 チ ー ムと し て ベト ナ ムを訪 問 しま
した。 現地 では ハノイ エ科 短 期 大 学
で の技 術 交 流 を 中 心 に活 動 し、 本 校
は同短 大 と 姉妹 校 協定 を 結 びま し
た 。 本 年 度 は新 型 イ ン フル エンザ の
影 響 か ら生 徒 派 遣 は行 いま せ ん でし
た が、 ハノイ エ科 短 期 大 学 の先 生 二
名 が 国 際協 力 機 構 ︵
J I C A︶ の
﹁草 の根 技 術 協 力 事 業 ﹂ の 一環 と し
て九 月 三 日か ら 五十 日 間、 本 校 と 京
葉 工業 高 校 で電 子技 術 の研 修 を 行 い
ま し た。 今 後 は 十 二月 十 三 日 か ら
十 九 日ま で電 気 科 井 岡 教諭 が研 修 成
果 の確 認 の た め 同 短 大 を 訪 問 し ま
す 。 こ の事 業 は 二年 計 画 な ので姉 妹
校 交 流 と 連 携 し て国 際 交 流事 業 が今
後 も 行 わ れ る予定 です 。
二〇 〇九年 十 月 三十 一日 ︵
土︶ に
千 工祭 が開催 さ れま した。 テー マは
﹁L ・
・t ゞ e n jo y ′t魏 ︵
SO
ul︶′こ です 。
今 年 の千 工祭 は、新 型 イ ン フル エ
ンザ の流 行 に伴 い、検 討 の結 果、
一
般 公 開 を や め て 一日 のみ の校 内 公 開
と な り ま し た。 一学 期 か ら 企 画 内 容
を 考 え てき ま し た が、 こ の影 響 で急
違 直前 に内 容 を変 更 した団体も あり 、
準 備 に苦労 した様 子が見 られました。
保 護 者 の方 々 に は ご 来 校 いた だ
き 、 例年 通 り P T A の喫 茶 室 も 開 か
れま し た。 イ ン フル エンザ の関 係と
は いえ 、 二 学 期 の大 き な 行 事 の た
装 飾 賞
科 晨 示
部 活 動
クラス販売
催
事
…
…
…
…
…
からくり大場屋敷
トリックアー ト
¨ E M 8 B 休 憩所
… 電子機制科
… 自動車吝
「
車体展/ T N
… EM8A カッア麺
… E2
からくり大場屋敷
トリックアー ト
め、 来 客 が少 な か った のは少 々淋 し
く残 念 です。 生 徒 は協 力 し て準 備 を
し、 電 気 科 二年 が千 工祭 大 賞 を受 賞
しま し た。各 賞 に ついては左 記 の通
賞 … …E2
大
り です 。
"
テーマ“
Le+'s eniο
v/冒魔(soul)ノ
第98号 (2)
報
千 葉 工 PTA会
2009年 12月 22日
今 年 の修 学 旅 行 ︵
十 月 六 日∼十 月
九 日︶ は新 型 イ ン フル エンザ の流 行
と台 風 の接 近 に伴 い実 施 が危 ぶま れ
る時期 も あ りま し た が 、保 護 者 の皆
様 のご協 力 によ り体 調 を崩 す 生 徒 も
な く 、 ま た台 風 の影 響 も ほと んど 受
け ず にす ば ら し い修 学 旅行 を実 施 で
き ま した。 以 下 そ の報 告 です。
第 一日は 雲仙 にお いて自 然 学 習を
実 施 しま し た。 第 二日 は班 別 に長崎
市 内 を 見 学 しま し た ﹁
長 崎 く んち ﹂
。
Iを 過 ご しま
も 見 学 でき 充 実 し た 一F
し た。 第 二 日 の午 前 中 は ボ ラ ン テイ
アガ イ ド さ ん によ る平 和 学 習と 原爆
資 料 館 を 見 学 しま した 。 午 後 は伊 万
里焼 の絵 付 け に挑 戦 しま し た。 第 四
日 は九 州 国立 博 物 館 と 太宰 府 天満 宮
を 見 学 し て帰 路 に つき ま した。
い C S ・S “
一 友情深まり、食を味わ い、平和と命 ¨
¨ の大切さを知る。帳鶴に感謝。 ¨
“ E H ・M い
“ 僕 は、 こ の修 学 旅 行 で普 段 目 にし な “
一
い友 達 の良 い所 を 見 つけ ら れま した。
¨
い E M A K ・T “
” 修 学 旅 行 で は、色 々の観 光 地 を 巡 り ¨
¨ 自 分 のた め にな る事 を見 つけ ら れた。
一
九 月 二十 六 日 ︵
土︶
、 ﹁平 成 二十 一
” E M B S ・Y o 年 度 中 学 三年 生 の体 験 入 学会 ︸ が実
施 さ れま し た。 新 型 イ ン フル エンザ
い み ん な と の 3 泊 4 日 を 一生 の思 い出 ”
の流行 を考 慮 し て、 開会 式 を 放 送 で
行 い、手指 の消毒 を 呼 び かけ るなど 、
“ と し、
一生 の宝 物 と な り ま し た 。 ¨
ロ I E S ・ T ・ 例 年 に な い様 子 も 見 ら れ ま し た。 中
¨天候に恵まれて楽しい旅行でした。一 学 生 が 一人 七名 、 保 護 者 五十 七 名 参
い 中華街 やく んち祭 で賑 ってま した。 ﹁ 加 し、 工業 四科 に分 か れ て体 験 に取
り組 む姿 が印 象 的 でし た。
ベト ナ ムと の相 互交 流事 業 は平 成
十 九年 か ら 千葉 県 教育 委 員会 事 業 と
連 携 し て スタ ート し 、昨 年 十 一月 に
は 本校 と京 葉 工業 高 校 の生 徒 が千葉
県 チ ー ムと し て ベト ナ ムを 訪 問 し ま
し た。 現 地 では ハノイ エ科 短 期 大 学
で の技術 交 流 を 中 心 に活 動 し 、 本 校
は同短 大 と 姉妹 校協 定 を結 び ま し
た。 本年 度 は新 型 イ ン フル エンザ の
影 響 か ら生 徒派 遣 は行 いま せ ん でし
たが
エ科 短 大 学 の先 生 二
、
ハ
イ
期
ノ
名 が 国際 協 力 機 構 ︵
J I C A︶ の
﹁草 の根 技 術 協 力 事 業 ﹂ の 一環 と し
て九 月 三 日 か ら 五十 日間 、 本 校 と 京
葉 工業 高 校 で電 子技 術 の研 修 を 行 い
ま し た。 今 後 は 十 二 月 十 三 日 か ら
十 九 日ま で電 気 科 井 岡 教諭 が 研修 成
果 の確 認 の た め 同 短 大 を 訪 間 し ま
す 。 こ の事 業 は 二年 計 画 な ので姉 妹
校 交 流 と 連 携 し て国 際 交 流事 業 が今
後 も 行 わ れ る予定 です 。
七 月 二 日 ・四 日、 二日間 にわ た り
﹁学 び あ い高 め あ い心 豊 か な 若 人 の
育 成 ﹂ のメイ ンテー マの元 、多 数 の
参 加 者 が熱 心 に講 演 に耳 を 傾 け 、 分
科 会 にお いては積 極 的 に話 し合 いに
参 加 す る様 子 が見 ら れ 、 P T A活 動
の重 要性 を 再 認 識 しま した。
八月 二十 七 日、公 共交 通 が苦 手 な
私 の為 に、 山 田教 頭先 生 の車 で羽 田
ま で行 き 、 そ の先 は手 を 引 か れ な が
ら沖 縄 の全 国 P T A大会 に参 加 し て
九 月 二十 四 日 ︵
木 ︶、 同 窓 会 に よ
る花 の植栽 事 業 が行 わ れ、 PT Aか
ら も 六 名 が 参 加 し ま し た。 プ ラ ン
ター に真赤 な サ ルビ アが幾 株 も 植 え
ら れ、 校内 のあ ち ら こち らを彩 って
いま す 。 当 日 は好 天 にも 恵 ま れ、 暑
いく ら いの陽射 し の中 、 作 業 が行 わ
れま し た。今 回 が今 年 度 第 二回と な
り 、 季 節 を 問 わず 、 花 のたえ な い学
校 と な って いま す 。
新 型 イ ン フ ル エ ン ザ の流 行 で 、 二
学 期 の学 校 生 活 に 大 き な 影 響 が 出 ま
し た 。 始 業 式 は 放 送 で行 い、 十 月 の
体 育 大 会 は 延 期 。 千 工 祭 の 一般 公 開
参 り ま し た。 テレビ や新 聞 で連 ロ イ も 中 止 と な り ま し た 。 学 級 閉 鎖 は 六
ン フ ル エ ン ザ が 騒 が れ て いま し た
ク ラ ス出 ま し た 。 ︵
十 二月 八 日 現 在 ︶
が 、 現 地 では 然 程 では なく 、沖 縄 県
冬 場 の流 行 に引 き 続 き 注 意 し てく だ
知 事 よ り 、帰 り に観 光 し て行 って下
さ い。
さ いと の事 でした。 大会 では、 現 代
の学 校 や社 会 問 題 の発表 な ど 、 難 し
い事 案 は 、 教 頭 先 生 の同 時 解 説 で、
十 月 二 十 一日 ︵
土 ︶ 十 四時 よ り。
大 変 勉 強 にな った大 会 でし た。
地 域 と の協 力 を は か り、 蘇 我 小、
松 ケ 丘 中 P T A、 富 士 見 下 町 内 会
長 、 開 かれ た 学 校 づ く り委 員 、 本 校
P T A理事 と 職 員 が意 見 交 換 を しま
し た。
平成 十 四年 度 か ら キ ャリ ア教育 の
一環 と し て推進 し てき た イ ンタ ー ン
シ ップ事 業 です が、 今 年 は 八十 三社
に分 か れ て就業 体 験 を しま し た 。 昨
年 に続 き 、 二学年 生 徒 全 員 の参 加 と
し 、 十 一月 十 一日 ︵
水 ︶ ∼十 三 日
金 ︶ の三 日 間 、 各 企 業 で の体 験 を
︵
無事 終 え る こと が でき ま し た。
`
J
2
1
奮
¬
:
:,
―
9
8
lll―
r
申 G
―
―:
(4)
第98号
報
千 葉 工 PTA会
2009年12月22日
(キャリアセミナー)
千 慕 工業 書 棧
千 葉 工業 高 薇
↑
講 演会
PT^研 修含
﹁
趙
一
一
躁
F h
午 前 中 は 、 小 出 ロー ル鐵 工 所 、 小
秋 晴 れ の十
二 十 日、 保 護 者
月
も
二十 二名 、先 生 方 五名 の参 加 で ﹁
のづ く り ﹂産 業 を 知 るキ ャリ ア教 育
セ ミナ ーを 兼 ね た 研修 旅 行 に行 って
き ま し た。
出 社 長 の ﹁私 の企 業 経 営 ﹂ 講 演 会 に
場 見 学 を さ せ て いた だ く 小 出 ロー ル
参 加 し ま し た 。 そ の後 、 午 後 か ら 工
鐵 工所 、 三和 機 材 、 大 和 鋼 帯 、 朋 和
産 業 の各 企 業 の方 々 か ら 、 企 業 の概
昼 食 は 幕 張 の ホ テ ル で お いし い ラ
要 説 明 があ り ま し た。
ンチ に舌 鼓 を 打 ち 、 午 後 は 四 グ ル ー
プ に 分 か れ 、 二 社 ず つ工 場 見 学 を し
企 業 の方 の生 の声 を 聞 く こ と が で
ま し た。
き 、 充 実 し た 研 修 旅 行 にな り ま し
た。
十月 十 七 日 ︵
土 ︶、 本 校 大 会 議 室
に 於 いて、 平 成 二 十 一年 度 第 二 回
P T A理事 会 が 開催 さ れま し た。
天 野校 長 より ご挨 拶 を いた だ いた
後 、 平 成 二十 一年 度 事 業 中 間 報 告 、
事 業 報 告 、 関東 地 区高 P連 大 会 報 告
︵
秋 元 永 井 ・奈 良 輪 先 生 出 席 於
山 梨 県 ︶、 全 国 高 P連 大 会 報 告 ︵
嶋
田 山 田教 頭 出席 於 沖縄 県 ︶ があ
り ま し た 。 そ の他 、生 徒指 導 部 、 教
務 部 、進 路指 導 部 及 び各 学 年 主 任 の
先 生 方 より報 告 が あり 、第 二回理事
会 を 無 事 終 了 しま し た。
編 集 後 記
イ ン フル エンザ の流 行 で開催 が危
ぶま れ た 二学期 の行事 も 無事 に行 わ
れ 、 ほ つと しま し た。
千 工祭 は 一般 公 開中 止 や調 理 関係
の催 し 禁 止 等 の規 制 は あ り ま し た
が 、 子供 たち には良 い思 い出 にな っ
た事 でし ょう 。
私 た ち 会 報 委 員 も ﹁ど う し よ う ﹂
で始 ま った会 報 誌 作 り でし た が、 何
と か形 にな った かな ぁ⋮。 と 思 って
いま す 。
これ か ら益 々寒 さも 厳 し く な り ま
す ので皆 様 も ご自 愛 下さ い。
Fly UP