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少子高齢化への政策対応、女性就業支援策の改革

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少子高齢化への政策対応、女性就業支援策の改革
若手研究者による政策提言
「少子高齢化への政策対応、女性就業支援策の改革」
最終報告
公益社団法人 日本経済研究センター
Japan Center for Economic Research
2010 年 5 月 21 日
少子高齢化への政策対応、女性就業支援策の改革
特別研究員
宇南山
卓(神戸大学大学院准教授)∗
副主任研究員
長町
理恵子
<概要>
本プロジェクトの中間報告では、少子化の原因は男女賃金格差の縮小を典型とする「女
性の経済的な地位の改善」であることを明らかにし、保育所をより大胆に都市部に集中さ
せて整備する必要があること、事業所内の保育所の整備を支援すべきと提言した。中間報
告 で の 試 算 に よ れ ば 、 大 都 市 部 で の 保 育 所 の 整 備 に よ り 、 合 計 特 殊 出 生 率 を 現 在 の 1.35
か ら 1.62 に 引 き 上 げ る こ と が で き る 。そ の た め の コ ス ト は 、毎 年 5,600 億 円 で あ り 現 在 の
保 育 関 係 全 体 の 予 算 で あ る 4,000 億 円 を 倍 増 さ せ る 必 要 が あ る が 、5 兆 円 以 上 と さ れ る「 子
ど も 手 当 」 と 比 較 す れ ば 約 10 分 の 1 の コ ス ト で あ っ た 。
この最終報告では、保育所の迅速な整備を進める方策として、事業所内保育所と幼保一
元化の現状についてまとめ、今後の課題を考察した。事業所内保育所には既存の保育所に
はないサービスを提供できる可能性はあるが、自社の社員「だけ」にサービスを提供する
特権的な施設としての側面もある。その 2 つ の側面を考慮し、保育所が十分に整備される
ま で の 時 限 的 な 措 置 と し て 、事 業 所 内 保 育 所 に 対 す る 公 的 支 援 を 拡 大 す る こ と を 提 案 し た 。
幼保一元化については、新たな財政負担を抑えながら保育所の整備を進める効果がある。
それにもかかわらず、現在は教育上の意義を議論の対象とすることが多く、遊休化しつつ
あ る 幼 稚 園 の 有 効 活 用 と い う 視 点 が 十 分 で は な い 。政 策 現 場 で の 議 論 の 整 理 が 期 待 さ れ る 。
国際的に見ると、日本の家族関係社会支出の水準は低く、より大きな財政支出は必須で
ある。しかし、支出の内訳としては、子ども手当のような現金給付よりも保育サービスの
ような現物給付を充実させることがより効果的と考えられる。これまでの少子化政策は全
国で画一的、総花的なものが多く、方向性が正しくても十分な成果が上がらなかった。そ
の意味で、フルタイム労働者として都心部で働く女性をターゲットにすべきという、本プ
ロジェクトの分析は有効と考える。
∗
特 別 研 究 員 と は 、当 セ ン タ ー が 09 年 度 、
「 若 手 研 究 者 に よ る 政 策 提 言 プ ロ ジ ェ ク ト 」に お い て 09 年 4
月 ~ 10 年 6 月 の 間 委 嘱 す る も の で あ る 。本 研 究 に あ た り 、神 戸 大 学 の 荒 木 恵 氏 に は 多 く の 支 援 を 受 け た 。
記して感謝したい。
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若手研究者による政策提言
日本経済研究センター
1 はじめに
少子高齢化への対応は日本経済の直面する最も大きな課題である。年間の出生数は、団
塊 の 世 代 が 誕 生 し た ピ ー ク の 1949 年 に は 年 間 270 万 人 で あ っ た が 、2008 年 に は 109 万 人
に 減 少 し 、さ ら に 2050 年 に は 49 万 人 に ま で 落 ち 込 む と 予 想 さ れ る 。出 生 数 の 低 下 は 、現
役 世 代 で あ る 労 働 力 人 口 に 対 す る 高 齢 者 の 比 率 を 高 め 、社 会 的 な 扶 養 負 担 を 急 激 に 高 め る 。
さらに、人口そのものを減少させ労働力不足を引き起こし、経済規模を縮小させる。少子
化の影響は長期的にしか顕在化しないが、現在の日本の状況は危機的な水準である。
本プロジェクトの中間報告では、少子化の原因は男女賃金格差の縮小を典型とする「女
性 の 経 済 的 な 地 位 の 改 善 」 で あ る こ と を 明 ら か に し た (宇 南 山 , 2009)。 そ の 上 で 、 都 市 部
のフルタイムで働く女性が、結婚・出産後も働き続けることのできる環境を整えることが
有効な少子化対策であることを示した。
提言した具体的な政策は、保育所の整備を進めるべきであるというもので、既存の政策
と矛盾するものではない。提言の中心は、整備する地域をより大胆に都市部に集中させる
必要があること、迅速に整備を進めるためにも事業所内保育所の整備等の企業の取り組み
を活用すべきということである。
中 間 報 告 で の 試 算 に よ れ ば 、 大 都 市 部 で の 保 育 所 の 整 備 に よ っ て 、 婚 姻 数 を 毎 年 14 万
件増加させられる。これは、既婚女性の出生行動がこれまでと大きく変化しなければ、出
生 数 を 20%上 昇 さ せ 、 合 計 特 殊 出 生 率 を 現 在 の 1.35 か ら 1.62 に 回 復 さ せ る 効 果 で あ る 。
一 方 、こ の 政 策 の コ ス ト は 、保 育 所 の 定 員 を 28 万 人 増 加 さ せ る こ と に よ る 運 営 コ ス ト で あ
り 、毎 年 5,600 億 円 の 追 加 的 な 経 費 で 必 要 と な る 。現 在 の 保 育 関 係 全 体 の 予 算 で あ る 4,000
億 円 を 倍 増 さ せ る 必 要 が あ る が 、 5 兆 円 以 上 と さ れ る 「 子 ど も 手 当 」 と 比 較 す れ ば 約 10
分の1のコストであり、十分に現実的な政策と考える。
この最終報告では、保育所の迅速な整備を進める方策として、事業所内保育所と幼保一
元化の現状についてまとめ、今後の課題を考察した。事業所内保育所は、企業が保育所整
備の一定のコストを負担するものであり、公的な保育所の整備を加速することが期待でき
る。また、幼保一元化は、幼稚園が遊休化しつつある現状で、新たな財政負担を抑えなが
ら保育所の整備を進める効果が期待できる。
事業所内保育所については、各企業の勤務形態等に合わせた形態を選択できるなど、既
存の保育所にはないサービスを提供できる可能性があることから中間報告では一層の公的
支援の必要性を論じた。しかし、事業所内保育所には、認可保育所に入れない者のうち社
員「だけ」にサービスを提供する特権的な施設としての側面もあり、公的支援の大幅な拡
大には一般国民の理解が得られない可能性もある。
そこで、保育所が十分に整備されるまでは、事業所内保育所に対する公的支援を拡大す
ることを提案したい。ポイントは、その支援を恒久的なものとせず、中期的には女性のキ
ャリア形成に資するような先進的な取り組みだけを支援する制度とすることである。こう
した工夫によって、一般の理解を得ながら、保育所整備に企業を活用することができる。
一 方 、 幼 保 一 元 化 に つ い て は 、「 認 定 こ ど も 園 」 と い う 制 度 を 基 本 に い く つ か の 取 り 組
1
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みがされている。
しかし、現状の幼保一元化の状況は政府の掲げる目標から大幅に遅れており、制度的な
改善が必要な状況である。整備が進まない理由の 1 つが、設置・運営のコストが必ずしも
小さくないという試算である。
幼保の一元化によって、園庭・園舎・遊具、教材・教具の物的資源の共有により効率的
な運営ができると考えられるにも関わらず、コストが高いと試算されている理由は、幼稚
園と保育所を一体化した施設を「新設」することを前提としており保育所の新設よりもコ
スト高になるためである。今後は、遊休化しつつある幼稚園の有効活用という視点から、
幼稚園と保育所の連携や個別の幼稚園について幼保一元化の可能性を検討する必要がある
だろう。
国際的にみれば、フランス・スウェーデン等の国で少子化が解消されつつあり、日本の
対策の遅れは明らかである。国際比較から、日本における家族関係社会支出が低い水準で
あることが明らかであり、まずは少子化に関する支出規模を拡大することは必須である。
また、その使途については、子ども手当のような現金給付よりも、保育サービスなどの現
物給付の比重が大きい国で出生率の回復がみられている。その意味で、本プロジェクトの
保育所の整備を進めるべきという提言は、国際比較の観点からも妥当である。
ま た 、し ば し ば 、日 本 で は 子 供 や 少 子 化 対 策 に 対 す る 意 識 が 異 な っ て い る と 指 摘 さ れ る 。
しかし、意識調査の結果を見ると、子供に対する意識も子育ての支援に国が関与すべきで
あ る と い う 意 識 に つ い て も 、日 本 と 少 子 化 の 改 善 し て い る 国 と の 違 い は 小 さ い 。す な わ ち 、
文化的な違いはあるにせよ、政策的に少子化を改善することは可能である。
結婚や出産は、極めて個人的な意志決定であり、政府の安易な介入は望ましいものでは
ない。しかし、少子化は社会・経済の維持可能性に大きな影響を与える重大問題であり、
個人の意志決定過程を明らかにし、選択の自由を尊重しながらも実行できる政策を模索す
るべきである。
本稿の構成は次の通りである。まず、第 2 節では中間報告の概要についてまとめた。第
3 節では、中間報告に対してのよくある質問に答えている。第 4 節は、事業所内保育所と
幼保一元化の現状について事例を含めて紹介し、今後の課題を論じた。第 5 節は、少子化
対策に対する国際比較についてまとめた。第 6 節はまとめである。
2 中 間 報 告 の概 要
少子化の進行は、結婚の減少が最大の原因である。図1に示した社会保障・人口問題研
究 所 の 計 算 に よ れ ば 、 少 子 化 の 進 行 し た 1970 年 か ら 2005 年 ま で 合 計 特 殊 出 生 率 は 0.87
ポ イ ン ト 低 下 し た 。そ れ に 対 し 、結 婚 を し た 人 口 の 割 合 で あ る「 有 配 偶 率 」の 低 下 に よ り 、
出 生 率 の 1.10 ポ イ ン ト の 低 下 を 説 明 で き る 。一 方 で 、結 婚 し た 女 性 の 出 生 率 で あ る「 有 配
偶 出 生 率 」は 、む し ろ 出 生 率 を 0.22 ポ イ ン ト 引 き 上 げ て お り 、少 子 化 の 原 因 で は な か っ た 。
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図 1:合 計 特 殊 出 生 率 低 下 の要 因 分 解
( 資 料 ) 社 会 保 障 ・ 人 口 問 題 研 究 所 「 人 口 統 計 資 料 集 2009」 の 表 4-18 を グ ラ フ 化 し た も の 。 注
意点については当該表を参考のこと。
こ の 結 婚 の 減 少 は 、 結 婚 の タ イ ミ ン グ の 変 化 で あ る 「 晩 婚 化 」 で は な く 、「 非 婚 化 」 に
よ る も の で あ る 。50 歳 時 点 で の 未 婚 率 で あ る「 生 涯 未 婚 率 」は 、1960 年 頃 ま で 男 女 共 2%
未 満 で あ っ た が 、2005 年 に は 女 性 で 7.2% 、男 性 で は 15.6% ま で 上 昇 し て い る 。現 在 の 若
年層の未婚率はさらに高く、生涯未婚率は今後も高まることが予想され、非婚化は構造的
な問題となっている。
つまり、少子化に対応するには結婚を促進する必要があり、そのためには非婚化の原因
を 明 ら か に す る 必 要 が あ る 。し か し 、こ れ ま で 経 済 学 で は 、結 婚 に は 、家 事 と 仕 事 の 分 業 、
耐久財の共有、子供が持てる、というメリットが存在し、結婚をした夫婦の合計の厚生水
準は、それぞれが独身に留まった場合より必ず高いと考えてきた。そのため、一生結婚を
し な い と い う 選 択 を 合 理 的 に は 説 明 で き な か っ た 。そ れ に 対 し 、最 近 の 研 究 で 、家 族 を「 個
人 」の 集 合 と と ら え 家 族 内 で の 分 配 に 注 目 し た 、コ レ ク テ ィ ブ (Collective)モ デ ル が 発 展 し
つつある。その理論によれば、結婚のメリットは夫婦間の「交渉」によって分配されてお
り 、必 ず し も 平 等 に は 分 割 さ れ な い 。そ の た め 、家 計 内 の 分 配 に よ っ て は 、結 婚 が「 個 人 」
としての厚生水準を高めるとは限らない。つまり、独身に留まることが選択される可能性
が説明できる。
こ の モ デ ル に 基 づ け ば 、 非 婚 化 の 原 因 は 、 過 去 30 年 の 女 性 の 賃 金 の 変 化 で あ る 。 こ れ
まで実証研究で、家計内分配の重要な決定要因の1つが夫婦それぞれの労働市場での賃金
水準であることが示されており、女性の賃金の変化が結婚の意思決定要因であることが分
かっている。図2に示したように、フルタイム労働者としての男女の賃金差は解消されつ
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つあり、女性が独身に留まった場合の厚生水準は飛躍的に上昇している。一方、既婚女性
の重要な就業形態であるパートタイム労働者の賃金水準は相対的に低いままである。
図 2:男 女 間 の賃 金 格 差 の推 移
( 資 料 )賃 金 セ ン サ ス 各 年 版 。年 齢 階 級 40~ 44 歳・全 産 業 計・企 業 規 模 計・学 歴 計 の 結 果 よ り 算 出 。
これは、専業主婦を中心とした層の交渉力は依然として低く、既婚女性の厚生水準は改
善していないことを意味する。言い換えれば、独身に留まることは必ずしも不利ではなく
なり、非婚化を引き起こす要因となっている。すなわち、結婚を促進するには、既婚女性
の賃金水準を引き上げ、妻の交渉力を強化することが必要である。
既婚女性の賃金を引き上げるには、現時点で低い水準にあるパートタイム労働者の賃金
上昇を目指すよりも、結婚・出産後も就業継続が容易な環境を整え、フルタイム労働者と
することが現実的かつ効果的である。また、これまでの研究で、出産後の就業継続の支援
には保育所の整備が有効であることが知られている。つまり、保育所の整備こそ、最大の
結婚促進策であり、少子化解消策である。
保育所の整備は、すでに「子育て支援」の政策としてではあるが、重点課題として進め
ら れ て き た 。し か し 、結 婚 促 進 策 の 観 点 か ら は 、以 下 の 2 点 の 改 善 が 可 能 で あ る 。第 1 に 、
整 備 す べ き 地 域 の 選 択 で あ る 。こ れ ま で「 エ ン ゼ ル プ ラ ン 」や「 待 機 児 童 ゼ ロ 作 戦 」で は 、
待機児童数を保育所の整備の基準としてきた。しかし、この基準では、非婚化のために児
童数の少ない地域での保育所の不足を過少に見積もることになる。結婚を促進するには、
未婚者も含めた「潜在的な保育需要」に応じた保育所の整備が必須である。ここでは、保
育 所 の 整 備 状 況 を 示 す 尺 度 と し て 、 25~ 34 歳 の 女 性 の 人 口 と 保 育 所 の 定 員 と の 比 で あ る
「潜在的定員率」を提唱したい。潜在的定員率を基準とすれば、首都圏・近畿圏の大都市
部 で の 保 育 所 の 整 備 の 遅 れ は 明 ら か で あ る 。2005 年 時 点 で の 潜 在 的 定 員 率 は 、全 国 平 均 で
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23.1% で あ る の に 対 し 、大 都 市 部 で は 16.2% で あ る 。未 婚 率 が 低 く 女 性 の 就 業 率 が 高 い こ
と が 知 ら れ る 山 形 ・ 富 山 ・ 石 川 ・ 福 井 ・ 鳥 取 ・ 島 根 の 日 本 海 側 6 県 で は 42.5% で あ り 、 大
都市部との格差は顕著である。この格差を是正するために、大都市部に保育所をより集中
的に整備することが求められる。
第2に、事業所内保育所の公的な支援である。結婚促進策の対象はフルタイム労働者と
して働く未婚女性であり、効果的に就業継続を支援するためには、転勤などの人事政策と
の連携が必要である。そのためには、事業所内保育所は有力な選択肢である。実際に、出
生率が回復しつつあるフランスでも、事業所内保育所の設置に対する優遇税制が適用され
ており、日本でも十分な効果が期待できる。現状では、事業所内保育所は福利厚生の一環
であり、認可外保育所として運営されている。民主党政権になり、都市部での認可保育所
の基準の緩和が決定されたが、大都市部での迅速な保育所の設置のためにも、事業所内保
育所への公的な支援は必要である。
結婚促進策としては、大都市部での保育所の整備状況を現在の全国平均と同等にするだ
け で も 大 き な 効 果 が 期 待 で き る 。 大 都 市 部 で は 25 ~ 34 歳 女 性 の 未 婚 率 が 全 国 平 均 よ り
3.5%高 い 。 こ れ を 、 保 育 所 の 整 備 に よ っ て 全 国 平 均 と 同 等 に で き れ ば 、 婚 姻 数 を 毎 年 14
万 件 増 加 さ せ ら れ る 。こ れ は 、2005 年 の 全 国 の 婚 姻 数 71 万 件 と 比 べ 、20% の 増 加 で あ る 。
さ ら に 、既 婚 女 性 の 出 生 行 動 が こ れ ま で と 大 き く 変 化 し な け れ ば 、出 生 数 も 20%上 昇 す る
こ と に な り 、 合 計 特 殊 出 生 率 は 現 在 の 1.35 か ら 1.62 に 回 復 す る 。 こ れ は 、 社 会 保 障 ・ 人
口問題研究所の将来推計人口における楽観的な予測である「高位推計」よりも高い水準で
あ り 、2055 年 時 点 の 人 口 を「 中 位 推 計 」と 比 較 し て 1,000 万 人 近 く 多 い 水 準 に 維 持 で き る 。
例 え ば 、 自 民 党 の 提 示 し た 移 民 受 入 1000 万 人 計 画 と 同 等 の 大 き な 効 果 で あ り 、 公 的 年 金
の持続可能性や労働力人口の減少の問題を大幅に改善できる。
一 方 、 こ の 政 策 の コ ス ト は 、 大 都 市 部 に お け る 7% と い う 低 い 潜 在 的 定 員 率 を 全 国 平 均
と 同 等 に す る た め の 費 用 で あ る 。こ れ は 、保 育 所 の 定 員 を 28 万 人 増 加 さ せ る こ と に 相 当 し 、
東 京 都 内 の 保 育 所 定 員 1 名 あ た り の 運 営 コ ス ト が 年 間 約 200 万 円 と 試 算 さ れ て い る こ と か
ら 、毎 年 5,600 億 円 の 追 加 的 な 経 費 で 必 要 と な る 。現 在 の 保 育 関 係 全 体 の 予 算 で あ る 4,000
億円と比較すれば高い水準ではあるが、5兆円以上とされる「子ども手当」と比較すれば
約 10 分 の 1 の コ ス ト で あ る 。し か も 、保 育 所 の 整 備 に よ る 少 子 化 対 策 は 、現 金 を 支 給 す る
政策と異なり、女性の労働力化と少子化の解消の両立を可能とする望ましい政策である。
少子化対策は、有効な政策を採用したとしても効果が確認できるのは数十年先になるた
め、政策を精確に評価することは困難である。しかし、高齢化問題の解決には避けられな
い課題であり、早急な対応が望まれる。
3 中 間 報 告 に対 するコメントとリプライ
中間報告を公表後に、分析内容や効果の試算について多くのコメントを頂いた。以下で
は 、そ の 中 で も 代 表 的 か つ 重 要 な も の に つ い て Q&A 方 式 で リ プ ラ イ を す る 。こ の Q&A に
よって、派生的な議論を整理したい。
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Q1. 非 婚 化 の傾 向 は男 性 の問 題 ではないのか?
50 歳 時 点 で の 未 婚 率 で あ る「 生 涯 未 婚 率 」は 、1960 年 頃 ま で 男 女 共 2%未 満 で あ っ た が 、
2005 年 の 調 査 で 女 性 で は 7.2% 、男 性 で は 15.6% に ま で 上 昇 し て い る 。つ ま り 、結 婚 を し
ていないのは男性であるという指摘があった。もし、男性が非婚化の原因であれば、中間
報告で提示した政策は妥当ではなく、男性に対する対策が必要となる。
しかし、この数字の解釈には注意が必要である。結婚が男女のペアで成立していること
から、離婚の存在しない社会を考えれば、一見すると男女の未婚率は同じ水準となるはず
である。例えば、男性と女性の人口比率が同じで一定、夫婦の年齢差が一定、しかも全員
が一度しか結婚をしない世界であれば、男性と女性の生涯未婚率は等しくなる。
そ れ に も か か わ ら ず 、 男 性 の 生 涯 未 婚 率 が 高 い の は 、 現 実 に は 、「 離 婚 」 を す る 可 能 性
があり、男性の方が再婚する確率が高いからである。言い換えれば、再婚男性が初婚女性
と 結 婚 す る ケ ー ス が 、初 婚 男 性 と 再 婚 女 性 が 結 婚 す る ケ ー ス よ り も 多 け れ ば 「
、結婚経験率」
は 男 性 だ け が 高 ま る の で あ る 。実 際 、社 会 保 障 ・ 人 口 問 題 研 究 所 の 2005 年 の「 第 13 回 出
生 動 向 調 査 」に よ れ ば 、調 査 対 象 の 夫 婦 の う ち 、再 婚 男 性 と 初 婚 女 性 の 組 み 合 わ せ は 3.8%
で あ る の に 対 し 、初 婚 男 性 と 再 婚 女 性 の 組 み 合 わ せ は 2.4%と な っ て お り 、再 婚 の 可 能 性 に
大きな男女差がある。すなわち、多くの女性が 1 度しか結婚をしないのに対し、一部の男
性 が 2 回 (以 上 )の 結 婚 を す る た め に 、 結 果 と し て 、 男 性 の 生 涯 未 婚 率 が よ り 顕 著 に 上 昇 し
ているのである。
もちろん、男性の方が出生時には人口比率が高いことや、女性が年下であるケースが多
いなど、その他の要因も影響を与える可能性はある。しかし、人口性比は生涯未婚率を計
算 す る 50 歳 前 後 で 1.00 程 度 ま で 低 下 す る こ と 、年 齢 差 が 3 歳 程 度 で あ る こ と を 考 慮 す れ
ば、再婚率の差が主要な原因といえる。
しかも、中間報告で述べたコレクティブモデルによってこの現象を説明することができ
る。男性にとって、結婚は家庭内の分業のメリットや規模の経済などのメリットを享受で
きる。一方で、結婚をしても家計内で十分な交渉力が見込めるため、独身にとどまるイン
センティブは弱い。一方で、女性にとっては一定以上の所得水準の男性でないと結婚をす
ることは合理的な選択とならない。そのため、離婚歴が結婚の意思決定に与える影響を無
視すれば、所得水準の高い離婚歴のある男性は所得の低い未婚男性より結婚できる可能性
は高い。言い換えれば、特定の男性が複数回結婚をする一方で、所得の低い男性が結婚で
きない可能性があることを意味しており、男女の結婚経験率の差を生むのである。
実 際 、2000 年 の 国 勢 調 査 に よ れ ば 、学 歴 別 の 未 婚 率 を 見 る と 、男 性 で は 中 卒 16.5%、高
卒 9.3%、短 大・高 専 卒 7.8%、大 卒 で 5.9%と な っ て い る の に 対 し 、女 性 で は そ れ ぞ れ 5.3%、
4.5%、 6.3%、 8.7%と な っ て い る 。 一 般 に 学 歴 と 所 得 に は 強 い 相 関 関 係 が あ る の で 、 よ り
所得の高い女性が結婚を躊躇している一方で、所得の低い男性は結婚できないというが現
状である。これは、女性の選択が非婚化を進めているという理論と整合的な結果である。
また、この観点からは、男性への対策が困難であることが分かる。これまで少子化対策
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の 一 環 と し て 、「 若 者 の 就 労 支 援 に 取 り 組 む 」 こ と が 重 点 課 題 と さ れ て い た 1 。 こ れ は 、 暗
黙のうちに、若年男性の雇用を安定化することで、女性が結婚を決断できるようにするこ
とが目的となっていた。しかし、男性だけの所得を引き上げることは、男女共同参画に反
する非現実的な政策である。一方で、男女の所得が等しく上昇すれば、女性が結婚をする
経済的な誘因は変化しない。経済的な要因によって結婚を促進させようとすれば、まずは
男性ではなく、女性を対象とした政策から始めることが現実的ではないだろうか。
Q2. 出 会 いが少 ないのが非 婚 化 の原 因 ではないのか?
「婚活」ブームに代表されるように、現在の若年の男女は出会いが少ないことが結婚減
少 の 原 因 と す る 議 論 が 存 在 す る 。表 1 は 、社 会 保 障 人 口 問 題 研 究 所 の 出 生 動 向 基 本 調 査「 結
婚 と 出 産 に 関 す る 全 国 調 査( 独 身 者 調 査 )」に よ る 、女 性 が「 独 身 で い る 理 由 」を 示 し た も
の で あ る 。こ れ に よ れ ば 、1992 年 以 降 一 貫 し て「 適 当 な 相 手 に ま だ め ぐ り 会 わ な い 」が 最
も多い回答となっている。ここからも、出会いが結婚の制約になっていることが分かる。
潜在的な結婚相手に全く出会うことがなければ結婚が成立しないのは当然である。しか
し 、現 実 に 未 婚 の 異 性 に 出 会 う こ と が 全 く な い ケ ー ス は 想 定 で き ず 、
「 出 会 い 」と は 何 を 意
味 す る の か 定 義 が 不 明 確 で あ る 。こ こ で 、中 間 報 告 で 論 じ た コ レ ク テ ィ ブ モ デ ル に 基 づ き 、
「 出 会 い 」 を 「 経 済 的 に 結 婚 が 合 理 的 に な る 異 性 と 知 り 合 う こ と 」 と 定 義 す る 2。 す る と 、
近年になって平均的な女性にとって「出会い」が減少したことを説明することができる。
独身時点での所得の高い女性は独身にとどまっても高い経済厚生を得ることができる
ので、結婚をした場合に予想される経済厚生も十分に高いことが期待できなければ結婚は
合理的ではない。結婚をすることで就業継続が困難となり、家計内での交渉力を失うこと
を 前 提 と す れ ば 、結 婚 相 手 の 所 得 が 十 分 に 高 く な い 限 り 結 婚 を す る こ と は 合 理 的 で は な い 。
言い換えれば、就業継続が困難な社会においては、女性の所得が高いほど結婚相手に高い
所得水準を求めるのである。しかし、男女の賃金格差は縮小しており、女性と比較して十
分に高い所得を得られる男性の比率は低下している。すなわち、相対的に所得の高くなっ
た女性にとって、結婚が合理的になる男性の比率は低下してきたのである。これを「出会
いが少ない」と感じる原因と考えれば、婚活ブームとコレクティブモデルは同じ現象をと
らえていることになる。
ま た 、「 適 当 な 相 手 に ま だ め ぐ り 会 わ な い 」 と 答 え た 女 性 の 割 合 は ほ ぼ 横 ば い で あ り 、
増 加 幅 は 小 さ い 。 言 い 換 え れ ば 、 結 婚 の 意 思 決 定 で は 出 会 い が 重 要 だ と し て も 、 過 去 20
年 で 進 行 し て き た 「 少 子 化 」 の 原 因 で は な い 。 む し ろ 、「 今 は 、 仕 事 (ま た は 学 業 )に う ち こ
みたい」は、相対的には比率は低いが増加傾向にあり、結婚のありかたの「変化」には大
き な 影 響 を 与 え て い る と 考 え ら れ る 。し か も 、
「 仕 事 に う ち こ み た い 」と い う 理 由 は 、就 業
継続が困難であるために結婚を躊躇しているとする、ここでの議論と整合的である。
1 例 え ば 、 2004 年 少 子 化 社 会 対 策 大 綱 で 提 示 さ れ た 「 重 点 課 題 に 取 り 組 む た め の 28 の 行 動 」 で は 、 第
1 の項目とされていた。
2
も ち ろ ん 、結 婚 は 経 済 的 な 側 面 だ け で は 決 定 さ れ な い が 、少 な く と も 経 済 的 な 側 面 で は 条 件 を 満 た す
ことが「出会い」と想定する。
7
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表 1:女 性 が独 身 にとどまる理 由
1992
1997
2002
2005
結婚するにはまだ若過ぎる
30%
23%
20%
19%
結婚する必要性をまだ感じない
38%
40%
37%
36%
23%
23%
25%
28%
20%
20%
20%
18%
31%
31%
28%
28%
適当な相手にまだめぐり会わない
41%
42%
41%
43%
異性とうまくつき合えない
6%
5%
6%
6%
結婚資金が足りない
16%
14%
14%
15%
3%
4%
4%
4%
10%
9%
9%
8%
6%
7%
7%
8%
今 は 、 仕 事 (ま た は 学 業 )に う ち こ み
たい
今は、趣味や娯楽を楽しみたい
独身の自由さや気楽さを失いたくな
い
結婚生活のための住居のめどがたた
ない
親 や 周 囲 が 結 婚 に 同 意 し な い (だ ろ
う)
その他
(「 出 生 動 向 調 査 」 女 性 が 独 身 で い る 理 由 ・ 複 数 回 答 )
Q3. 結 婚 と出 産 の意 志 決 定 は別 ではないのか?
結婚をすることと子供を持つことは別の意志決定であり、結婚をしたら必ず子供を産む
とは限らない。したがって、子供を産むことを前提とした結婚の意志決定の分析は、出産
の意志決定を適切に扱っていないとする議論がある。
しかし、社会保障・人口問題研究所の出生動向基本調査によれば、日本では依然として
95%以 上 の 夫 婦 は 「 予 定 し て い る 子 ど も の 数 」 が 1 人 以 上 で あ り 、 実 際 に 結 婚 継 続 期 間 が
15 年 以 上 の 夫 婦 の 95% 以 上 に 子 供 を 産 ん だ 経 験 が あ る 。し か も 、子 供 の い る 夫 婦 の う ち 、
90%以 上 は 、 結 婚 後 5 年 以 内 に 第 1 子 を 産 ん で い る 。
逆に、生まれてきた子供のうち、婚外子(結婚している夫婦以外の子供)の割合は、増
加 傾 向 で は あ る が 、 2005 年 の 時 点 で も 約 2%に す ぎ ず 、 子 供 は 婚 姻 状 態 に あ る 夫 婦 の も と
で誕生している。
こ の 2 つ の 事 実 か ら 、個 人 に と っ て 、結 婚 と 出 産 は 2 つ の 別 の 意 志 決 定 で あ る が 、実 質
的には「結婚をしてかつ子供を産む」か「未婚で子供を持たない」かの選択となっている
のである。その意味で、結婚イコール出産とみなして、一体の意志決定ととらえることが
適切な分析方法である。
8
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若手研究者による政策提言
日本経済研究センター
Q4.子 供 を持 たない結 婚 を選 択 する夫 婦 の増 加 が少 子 化 の原 因 ではないか?
現実には、結婚をしても子供を産まないことを選択する夫婦が存在しており、婚姻数を
一定とすれば、少子化の原因になり得る。子供を産まないという意志決定が少子化の主因
であるならば、保育所を整備しても少子化の解決にはならない。
子 供 を 持 つ こ と に 対 す る 考 え 方 を 調 査 し た 統 計 と し て 、社 会 保 障・人 口 問 題 研 究 所 の「 出
生 動 向 基 本 調 査 」に お け る 、
「 理 想 子 ど も 数 」と い う 指 標 が あ る 。こ れ は 、夫 婦 の 理 想 の 子
供の数を調査したものであり、この理想の子供数が 0 である夫婦は「子供を産む意志がな
い 」と 見 な す こ と が で き る 。そ の 出 生 動 向 基 本 調 査 に よ れ ば 、団 塊 ジ ュ ニ ア の 誕 生 し た 1972
年 (昭 和 47 年 )の 第 6 次 調 査 の 調 査 対 象 の 夫 婦 の う ち 、理 想 子 ど も 数 が 0 で あ る 夫 婦 の 割 合
は 1.0%、 1977 年 (昭 和 52 年 )の 第 7 次 調 査 で は 0.3%で あ っ た 。 そ の 後 、 ほ ぼ 一 貫 し て 増
加 傾 向 と な り 、 最 新 の 2005 年 (平 成 17 年 )の 第 13 次 調 査 で は 2.5%ま で 増 加 し て い る 。 こ
うした傾向が、少子化の原因を「結婚観の変化」として理解する根拠となっている。
し か し 、こ の 比 率 が「 夫 婦 に 占 め る 割 合 」で 計 算 さ れ て い る こ と に は 注 意 が 必 要 で あ る 。
子供を持つ考えのないカップルは、出産による就業継続が困難になる可能性を考慮せずに
結婚をすることができる。一方で、中間報告で論じたように、子供を産む予定の女性は、
両立支援が十分でなければ結婚を躊躇する可能性がある。言い換えれば、保育所の整備状
況 が 改 善 さ れ な い と 、子 供 を 産 む 予 定 の カ ッ プ ル の 結 婚 は 減 少 す る 可 能 性 が あ る の に 対 し 、
子供を持つ予定のないカップルの結婚は影響を受けない。子供を持たないという意志決定
をする夫婦は、常に一定数存在していることは予想できるため、結婚をした夫婦の中で子
供を持たない夫婦の割合が高まるのは、子供に対する価値観が変化したからではなく、両
立支援が十分でないことの結果と理解することができる。
本来は、潜在的なカップルに占める子供を産まないことを「意志決定」している夫婦の
割 合 を 計 測 す る 必 要 が あ る 。し か し 、国 勢 調 査 の よ う な 客 観 的 な 統 計 で は 、
「子供を産まな
い」のか「子供を「まだ」産まない」のかを判別することはできず、適切な指標は把握で
きないのである。
Q5. 不 妊 が少 子 化 の原 因 ではないのか?
子供を持つことは、経済的な要因だけで決定することはできず、生物学的な要素も重要
である。特に、最近では不妊に悩む女性に注目が集まっており、不妊治療に対して政策的
な支援も存在している。
社 会 保 障 ・ 人 口 問 題 研 究 所 の 「 出 生 動 向 基 本 調 査 」 で は 、「 理 想 子 ど も 数 」 に 加 え 、「 予
定子ども数」についても調査をしており、産む予定の子供の数が理想よりも少ない夫婦に
対 し て は 、そ の 理 由 も 調 査 し て い る 。理 由 に つ い て は 、複 数 回 答 の 1 項 目 で は あ る が 、
「欲
しいけれどできないから」と不妊に相当すると考えられる選択肢が存在している。
理 想 の 子 ど も 数 を 持 と う と し な い 理 由 に つ い て は 、 1997 年 (平 成 9 年 )の 第 10 次 調 査 か
ら 公 表 さ れ て い る が 、「 欲 し い け れ ど で き な い か ら 」 を 選 択 し た 夫 婦 の 数 は 安 定 し て 14%
9
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程 度 で あ る 。複 数 回 答 で あ る た め 他 の 項 目 と の 単 純 な 比 較 は 困 難 で あ る が 、列 挙 さ れ た 13
の 選 択 肢 の 中 で 5 番 目 程 度 の 重 要 性 を 持 っ て お り 、不 妊 が 子 供 を 産 ま な い 重 要 な 原 因 で あ
るように考えられる。
し か し 、 こ の 結 果 に つ い て も 、「 夫 婦 」 を 対 象 に 調 査 を し て い る こ と に は 注 意 が 必 要 で
ある。日本では、すでに上でも見たように結婚をする際に子供を産むことが前提となって
いる。さらに、すでに結婚をしている夫婦であることから、暗黙のうちに、就業継続の可
能性についての問題を考慮した上で結婚を決断したカップルにサンプルが限定されている
ことを意味する。言い換えれば、就業継続の可能性が低いことが理由で結婚をせず、結果
と し て 出 産 も で き な い 女 性 は 、調 査 の 対 象 外 と な っ て お り 、少 子 化 の 原 因 と し て の「 不 妊 」
の重要性を過大評価している可能性が高い。
もちろん、不妊や不妊治療は、社会にとって重要な問題であり、公的なサポートの可否
を含め十分議論をする必要はあるだろう。しかし、不妊治療は、少子化を解決するという
観点からは、有効な手段ではないだろう。
Q6. 結 婚 の意 志 決 定 において経 済 的 な側 面 はそれほど重 要 なのか?
中間報告で示されたのは、最も重要な少子化の原因は結婚の減少であり、結婚の減少は
女性の就業継続の可能性が低いために引き起こされていることである。フルタイムの男女
間 の 賃 金 格 差 は 縮 小 し て お り 、女 性 が 独 身 に と ど ま っ た 場 合 の 経 済 厚 生 は 大 幅 に 高 ま っ た 。
一方で、パートタイムの女性の男性に対する相対賃金が低いままであるため、結婚後に就
業継続が不可能であれば、個人としての経済厚生は高まらず、結婚は合理的な選択となら
ないのである。
しかし、注意が必要なのは、ここで論じているのは「結婚が減少した最大の理由」であ
り「結婚の意志決定に最も重要な要因」ではないという点である。結婚の意志決定として
重要な要因でも、時系列的に変化をしていないのであれば少子化・非婚化の原因とは言え
な い 。逆 に 、結 婚 の 意 志 決 定 に は 相 対 的 に 小 さ な 影 響 し か 与 え な い よ う な 要 因 で あ っ て も 、
それ以上に重要な要因が変化していないのであれば、マクロ的な結婚の成立状況を左右す
る。言い換えれば、経済的な要因が非婚化の原因であることは、結婚の意志決定において
より重要な要因はほとんど変化していないことを意味するのである。
Q7. 婚 外 子 を認 めることで少 子 化 は解 決 するのではないか?
日 本 に お い て 婚 外 子 の 割 合 は 2%以 下 程 度 あ り 、 実 質 的 に 子 供 は 婚 姻 状 態 に あ る 夫 婦 か
らしか産まれていない。これは、少子化の解消に成功しつつある国である、フランスやス
ウェーデンでは約 5 割であることと比較すると格段に低い。このことから、文化的な価値
観や税制などの制度的要因によって婚外子を産めない状況が作られていて、少子化の一因
になっているとする議論がある。
今回の分析では、結婚・出産と就業に関して分析を進めた。また、結婚と出産は、ほぼ
10
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一体の意志決定とみなすことができることは示したが、出産をするために結婚をするのか
結婚をすると子供ができるのかを明らかにはしていない。その意味では、婚外子を認める
ことで「婚姻数」が変化する可能性は否定できない。
しかし、女性が出産を躊躇する要因が、子供の存在により就業継続が困難になることで
あるならば、結婚をしているかどうかには依存しない。婚外子が増加すれば、結婚を促進
する政策の意義は低下するが、本研究の趣旨は出生数を増加させるために結婚を増加させ
ることである。その観点からすれば、婚外子であっても就業継続が困難になるので、文化
的・社会的な規範が変化したとしても生まれてくる子供の数は変化しないと考えられ、婚
外子を推奨することでは少子化を解決することはできないと言える。
4 保 育 所 整 備 の具 体 策
中間報告における政策提言の柱が、都市部での保育所の整備である。政府も、待機児童
の 解 消 を 目 標 に 保 育 所 の 整 備 を 進 め て い る も の の 、十 分 な 成 果 を 上 げ て い な い 。こ こ で は 、
保育所の整備をより迅速に進める具体的な方法を検討したい。
より迅速に整備する方策の 1 つとして、中間報告でも取り上げた、企業に対する支援に
ついて検討する。具体的には、事業所内保育所の促進を考える。事業所内保育所とは、雇
用 す る 労 働 者 の た め に 設 置 す る 託 児 施 設 で あ る 。設 置・運 営 に は 、租 税 特 別 措 置 法 (第 四 十
六 条 の 四 )で 割 増 償 却 が 認 め ら れ て い る な ど 優 遇 措 置 は あ る が 、基 本 的 に 企 業 の 負 担 で 設 置
される保育所である。この事業所内保育所の現状と今後の課題について以下で検討する。
また、もう一つの方策として、幼保一元化を検討する。保育所が不足する一方で、幼稚
園児童数は減少傾向にあり、幼稚園の施設の有効活用の観点から、幼稚園と保育所の一体
的 運 営 を 進 め る「 幼 保 一 元 化 」が 議 論 さ れ て い る 。幼 保 一 元 化 の 、具 体 的 な 方 法 と し て「 認
定 こ ど も 園 」制 度 が 実 施 さ れ て い る 。こ こ で は 、そ の 認 定 こ ど も 園 の 現 状 に つ い て 紹 介 し 、
今後の幼保一体化のあり方について検討する。
4.1
事 業 所 内 保 育 所 整 備 の可 能 性
(1)事 業 所 内 保 育 所 の現 状
上でも述べたように、少子化の解消には保育所整備が求められている。しかし、公的な
保育所の整備だけでは、多様化する保育需要や都市部の待機児童の集中といった課題には
対応できない。それに対し、企業が直接保育所を運営する「事業所内保育所」は、公的な
保育所を補完する存在として期待できる。ここでは、保育所整備の現実的な方法として事
業所内保育所を考察する。
厚生労働省「認可外保育施設の現況」によれば、各都道府県が把握した届出ベースの全
国 の 事 業 所 内 保 育 施 設 数 は 2008 年 度 末 で 3869 で あ る 3 。 こ の う ち 病 院 に 設 置 さ れ る 「 院
事業所内保育所は、社員の子供以外の入所児童が 6 人未満の場合には、設置に関する届
け出義務はない。ここでは、届出ベースでの実態を見る。
3
11
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若手研究者による政策提言
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内 保 育 」 を 除 く 、 一 般 企 業 の 事 業 所 内 保 育 施 設 は 1498 で あ る 。 図 3 に は 、 事 業 所 内 保 育
所 の 推 移 を 示 し て い る が 、08 年 度 は 07 年 度 に 比 べ 102 施 設 増 加 し て い る 。04 年 度 以 降 は
増加傾向にある。
図 3:事 業 所 内 保 育 施 設 数 の推 移
(件)
4000
3869
3617
3500
3441
3389
3371
施設数
3000
院内保育施設
除く院内保育
2500
2000
1498
1500
1396
1233 1263
1000
97
98
99 2000 01
02
03
04
05
1319
06
07
08
(年度)
(資料)厚生労働省「認可外保育施設の現況」
企業が事業所内保育所を設置する目的は、社員が育児休業から復帰を希望しても、子供
が待機児童となり、仕事への復帰が遅れる、あるいはその道が閉ざされることへの不安を
解消する点にある。それによって、企業にとっても、優秀な人材の確保が可能になり、産
休 か ら 職 場 復 帰 ま で の 人 事 計 画 を 立 て る こ と が 容 易 に な る と い う メ リ ッ ト が あ る 。し か し 、
こうした事業所内保育所の多くは、企業の福利厚生の一環として運営されており、事業所
内保育所への公的支援はあるものの助成期間等が限定されており、設置・運営費の大部分
は企業が負担している。
現状では、事業所内保育所に対して国や地方自治体によるいくつかの公的支援プログラ
ム が 存 在 し て い る が 、そ の 範 囲 は 限 定 的 で あ る 。最 も 代 表 的 な も の と し て 、厚 生 労 働 省( 21
世紀職業財団)と東京都が実施している支援の内容をまとめたものが表2である。
厚生労働省の「事業所内託児施設設置・運営助成金」は、設置や運営にかかる費用の一
部を企業に助成している。助成期間は「運用開始後最長 5 年間」だが、6 年後以降も最高
10 年 目 ま で 助 成 が 受 け ら れ る 。設 置 費 と 運 営 費 の 助 成 件 数 の 推 移 を 示 し て い る の が 図 4 で
あ る 。 国 の 支 援 状 況 を み る と 、 2005 年 度 ま で 年 間 20 件 程 度 で 推 移 し て い た 設 置 助 成 件 数
は 、 2006 年 度 に 急 激 に 増 加 し 2008 年 度 に は 56 件 に 達 し て い る 。 ま た 運 営 費 助 成 件 数 に
つ い て も 2006 年 度 以 降 急 増 し て い る 。
12
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日本経済研究センター
表 2:国 と東 京 都 の事 業 所 内 保 育 施 設 に対 する公 的 支 援
支援団体
厚生労働省(21世紀職業財団)
東京都
注)
助成名
事業所内保育施設支援事業
事業所内保育施設設置・運営等助成金
・2007年4月1日から2012年3月31日までに新設する事業
所内保育施設、東京都が定める基準に基づき東京都知
・事業所内託児施設を設置・運営開始した、もしくは事業
事が承認した施設
所内保育施設を運営開始した、および既存の事業所内
・都内に設置かつ継続的利用が見込まれるもの
託児施設を増築した事業主または事業主団体
・同一保育施設について、他の機関からの補助を受けて
いない事業者
助成対象施設
補助内容
助成項目
助成限度額
備考
設置費、運営費、増築費、保育遊具等購入費
設置費、運営費、保育遊具等購入費
設置費:2300万円
運営費:1179.6万円(5年間、最長10年間)
増築費(増築、建替え)2300万円
保育遊具等購入費:40万円
設置費:2300万円
運営費:379.2~1179.6万円(3年間)
保育遊具等購入費:40万円(1回限り)
・定員10名以上の施設に助成
・定員の制約はない
・補助対象施設は、企業・大学・病院など27施設(2010年
3月1日現在)
・増築費は助成の対象外
( 注 ) 21 世 紀 職 業 財 団 が 支 給 し て い た 両 立 支 援 レ ベ ル ア ッ プ 助 成 金 の 「 事 業 所 内 託 児 施 設 設 置 ・ 運
営 コ ー ス 」 が 、 2009 年 4 月 よ り 「 事 業 所 内 保 育 施 設 設 置 ・ 運 営 等 助 成 金 」 に 名 称 変 更 と な り 、
厚生労働省の各都道府県労働局雇用均等室で支給する体制に移行。
( 資 料 ) 21 世 紀 職 業 財 団 お よ び 東 京 都 の HP 公 開 資 料 よ り 筆 者 作 成
図 4:国 の支 援 :「事 業 所 内 保 育 施 設 設 置 ・運 営 等 助 成 金 」助 成 件 数 の推 移
(件)
250
253
運営費助成件数
設置助成件数
200
151
193
155
150
158
152
147
133
126
129
124
120
102
100
76
42
50
7
22
16
23
15
22
15
12
24
27
51
56
20
0
1995 96
97
98
99 2000 01
02
03
04
05
06
07
08
(年度)
( 注 ) 21 世 紀 職 業 財 団 よ り ヒ ア リ ン グ
ま た 、待 機 児 童 数 が 7939 人( 2009 年 4 月 1 日 現 在 )と 全 国 で 最 も 多 い 東 京 都 は 、よ り
迅 速 に 保 育 所 を 整 備 す る た め 、 2007 年 4 月 1 日 か ら 2012 年 3 月 31 日 ま で に 新 た に 設 置
する事業所内保育施設を対象に「事業所内保育施設支援事業補助制度」を整え独自に支援
している。東京都の制度は、子供の定員要件や乳幼児ひとりあたり面積の要件、設置の申
13
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請 時 期 な ど に つ い て 国 の 制 度 よ り 企 業 に と っ て は 利 用 し や す い 要 件 と な っ て い る 4。
しかし、国の助成金と同時には受給することはできず、助成金額は国と比べ少なく、助
成 期 間 も 3 年 間 と 短 い 。そ の た め 、2007 年 度 の 制 度 開 始 後 、助 成 件 数 は 2007、2008 年 度
そ れ ぞ れ 4 件 ず つ に と ど ま っ て い た 。 東 京 都 は 2009 年 度 か ら 制 度 の 一 部 を 改 正 す る こ と
で 、 よ り 使 い や す い 制 度 と し 、 2009 年 度 の 助 成 件 数 を 19 件 と 大 幅 に 増 や す こ と に 成 功 し
ている。
制 度 改 正 で は 、企 業 だ け で な く 保 育 事 業 者 が 設 置・運 営 す る 場 合 に も 助 成 対 象 を 拡 大 し 、
企業は設置と運営を外部委託する形でも事業所内保育所をスタートできるようになった。
これは、企業が自ら運営する場合に比べ、制度を維持する負担が小さくなり、保育所の開
設 の 決 断 が 容 易 に な っ た 。 実 際 、 こ の 助 成 を 受 け 2010 年 4 月 に 保 育 事 業 者 が 、 東 京 ・ 丸
の内に三菱商事など 3 社の社員向け保育所を設置している。
東 京 都 は 、『「 10 年 後 の 東 京 」 へ の 実 行 プ ロ グ ラ ム 2010』( 2010 年 1 月 ) の 中 で 、「 事
業 所 内 保 育 施 設 へ の 支 援 」に つ い て 、
「事業所内保育施設に対する補助期間を延長するとと
もに、設置企業の従業員以外の子供を受け入れた場合にも補助対象とするなど、さらなる
設置促進を図る」と、事業所内保育所の安定的な運営に必要な補助期間の延長も検討して
い る 。 今 後 数 年 間 の 集 中 的 な 取 り 組 み を 模 索 し て お り 、 2009 年 度 末 現 在 で 27 件 の 事 業 所
内 保 育 所 へ の 助 成 実 績 に 対 し 、 3 年 後 の 到 達 目 標 を 150 事 業 所 と 掲 げ て い る 。
(2)都 心 部 の事 業 所 内 保 育 所 の事 例 紹 介
本研究では、都市部のフルタイムで働く女性に対する保育サービスの提供という観点か
ら 、丸 の 内 を は じ め と す る 都 心 部 で 事 業 所 内 保 育 所 を 開 設 し て い る 企 業 3 社 へ の ヒ ア リ ン
グ を 行 っ た 5 。以 下 で は 、各 企 業 の 事 業 所 内 保 育 所 の 概 要 に つ い て 紹 介 す る 。い ず れ も 各 企
業が事業所内保育所を設置し、運営は民間の保育事業者に委託している。
事業所内保育所の設置の経緯はさまざまであり、みずほフィナンシャルグループ(以後
み ず ほ FG)と 伊 藤 忠 商 事 で は 、 会 社 主 導 で 社 員 の 仕 事 と 育 児 の 両 立 支 援 の た め に 開 設 さ れ
たのに対し、日本郵船ではキャンペーンで社員から公募し提案された企画によって開設が
実現しており、社員の希望が先行した形となっている。ただし伊藤忠商事でも「定期的に
社員にアンケート調査をしたところ、これまで両立支援としてベビーシッター代などの補
助 を 希 望 す る 声 が 多 か っ た が 、 直 近 の 2009 年 の 調 査 で は 補 助 金 で は な く 事 業 所 内 保 育 所
を希望する声が増えた」
( 肥 高 理 絵 氏 )こ と が 設 置 の 推 進 力 に な っ て い る 。事 業 所 内 保 育 所
に対する需要は多いようで、社内の認知度も高いと考えられる。
日本郵船では養育する子供だけでなく孫のためにも利用できるため、世代を問わず認知
乳幼児の定員要件は、東京都は定員 6 人未満の小規模施設も助成、国は乳幼児の定員
10 人 以 上 の 規 模 の 施 設 に 助 成 。 乳 幼 児 ひ と り あ た り 面 積 の 要 件 は 、 東 京 都 は 0, 1 歳 児 1
人 当 た り 3.3 平 方 メ ー ト ル 以 上 、 国 は 乳 幼 児 1 人 当 た り 7 平 方 メ ー ト ル 以 上 。 事 業 所 内 保
育所開設の申請時期は、東京都は工事着工後でもよいが国は工事着工の 2 ヵ月前まで。
5
本 政 策 提 言 プ ロ ジ ェ ク ト の 趣 旨 を ご 理 解 い た だ き 、事 業 所 内 保 育 所 の ヒ ア リ ン グ お よ び
見学にご協力いただいた日本郵船株式会社、株式会社みずほフィナンシャルグループ、伊
藤忠商事株式会社の 3 社のご担当者にこの場をお借りして謝意を表します。
4
14
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度が上がっているようだ。社内説明会の夫婦での参加、妻の通院や第 2 子出産など共働き
世 帯 以 外 で も 一 時 利 用 が で き る こ と も 社 内 で の 認 知 度 向 上 に 寄 与 し て い る 。伊 藤 忠 商 事 は 、
開設して間もないが、
「 常 時 利 用 で は 父 親 が 朝 、子 供 を 連 れ て く る な ど 男 性 の 意 識 も 変 わ り
つ つ あ る 」( 肥 高 氏 ) と い う 。
保 育 所 の 設 置 目 的 は 、「 社 員 の 育 児 休 業 か ら の 復 帰 の 不 安 解 消 が 第 一 」( み ず ほ FG・ 志
村丈晴氏)であり、両立支援の一環としていて運用していることがうかがえる。社員の人
事管理を担う「人事部」が所管しているのは 3 社とも共通しており、育児休業制度と同様
に人事政策の一環ととらえることができる。
表 3:都 心 部 の事 業 所 内 保 育 所 の事 例
(注)筆者による各企業の人事部および広報部へのヒアリングより
実 際 に 、伊 藤 忠 商 事 で は「 2003 年 か ら 人 材 多 様 化 推 進 計 画 を 策 定 し 女 性 社 員 の 活 躍 を 支
援 す る 制 度 を 充 実 さ せ て き た 。2007 年 に は 育 児・介 護 関 連 制 度 を 大 幅 に 改 定 し 充 実 さ せ た 」
(肥高氏)と他の人事制度と連携している。開設から 9 年目となった日本郵船では「女性
社 員 の 勤 続 年 数 が 長 く な っ た だ け で な く 、優 秀 な 人 材 の 確 保 が 可 能 と な っ た (
」拔山尚子氏)
と事業所内保育所をはじめとする両立支援が企業にもメリットをもたらしている。
ヒアリングでは、事業所内保育所の運営コストは小さくないことが分かった。日本郵船
は、設置時には厚生労働省からの助成を受けていたが、現在では助成期間が終了しており
保 育 料 を 超 え る 運 営 コ ス ト は 企 業 が 負 担 し て い る 。伊 藤 忠 商 事 は 、設 立 か ら 間 も な い た め 、
現 在 も 助 成 を 受 け て い る が 、 運 営 費 の 相 当 部 分 を 負 担 し て い る 。 み ず ほ FG が 新 設 し た 丸
の 内 の 保 育 所 は 助 成 金 を 受 け ず に 運 営 さ れ て お り 、利 用 対 象 の グ ル ー プ 6 社 で 全 額 を 負 担
15
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している。つまり、現状では、保育所の運営は企業の負担が前提になっており、コストに
耐えられる企業でなければ設置するのが困難である。
事業所内保育所について日本郵船では認可保育所が利用可能であっても自由に選択で
きるが、伊藤忠商事では認可保育所の申請結果が不承諾の場合にのみ利用できる。みずほ
FG の 場 合 も 基 本 的 に 認 可 保 育 所 の 補 完 を 前 提 に 設 置 し て い る 。
「東京都からの補助に続い
て 国 の 助 成 金 に 申 請 す る つ も り だ 。 最 大 10 年 間 は 公 的 支 援 を 得 ら れ る 。 こ の 間 に 行 政 に
よ る 保 育 所 整 備 が 進 み 、事 業 所 内 保 育 所 の 役 割 が 終 わ る こ と を 期 待 す る 」
( 伊 藤 忠 商 事・肥
高氏)という声もある。この考え方は、各企業の担当者に共通しており、公的な保育サー
ビスの充実に期待を寄せている。
(3)事 業 所 内 保 育 所 の課 題 と展 望
事業所内保育所はここ数年で拡大傾向が確認できる。基本的に認可外の保育所として設
置され、企業が主体的に設置を決定することができるため、通常の認可保育所よりは迅速
に整備できる。特に、東京都の助成制度などによって丸の内など都心部での事業所内保育
所を新規に開設する企業が出てきたことで、都市部のフルタイムで働く女性が保育所を利
用できる可能性が高まっている。これは、本稿の提言である「都市部での重点的な保育所
整備」という目標を達成する有力な方法であることを示している。両立支援や少子化のた
めに社会的責任を果たす企業への公的支援は意義がある。
しかも、事業所内保育所はそれぞれのニーズに合わせた形態を選択することができ、公
的な保育サービスの補完にとどまらない可能性がある。例えば、事業所や勤務の特徴に合
わせた短時間の保育サービスや、繁忙期に限定した早朝や夜間の保育サービスの提供が考
えられる。さらに、転勤を含めた配置転換などの人事政策全般と連携して、社員のキャリ
ア形成と子育てをトータルでサポートできる可能性がある。こうした、事業所内保育所で
しか対応できないサービスを提供する試みに対しては、助成の大幅な増額が必要である。
一方、事業所内保育所には、認可保育所に入れない者のうち社員「だけ」にサービスを
提供する施設としての側面を持っている。現実に、大規模な企業や事業所の方がより容易
に保育所を整備できているという点を考慮すれば、公的な支援の大幅な拡大は一般国民の
支持を得るのは困難だと考えられる。
事 業 所 内 保 育 所 の こ の 2 つ の 側 面 を 考 慮 す れ ば 、以 下 の よ う な 時 限 的 な 政 策 が 考 え ら れ
る。すなわち、企業がコストを負担して認可保育所を補完していることから、保育所が十
分に整備されるまでは、助成金等の増額などの公的な支援をする。しかし、恒久的なもの
とせず、中期的には女性のキャリア形成に資するような先進的な取り組みだけを支援する
というものである。企業には、単に社員に特権的な施設を提供するという視点ではなく、
人事政策の一つの核としての事業所内保育所の整備・活用を期待したい。
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4.2 幼 保 一 元 化 の現 状 と課 題
(1)認 定 こども園 制 度 導 入 の背 景 と現 状
次に、保育所の迅速な整備という課題に対し有効と考えられる手段として、幼保一元化
について検討する。日本では、就学前の子供の保育施設として、保育所に加え幼稚園が存
在している。これらの施設は、異なる根拠法令に基づく基準のもとで設置・運営されてお
り、監督省庁も保育所は厚生労働省、幼稚園は文部科学省となっている。保育所の不足が
深刻化する一方で幼稚園児童数は減少傾向にあり、幼稚園の施設の有効活用の観点から、
幼稚園と保育所の一体的運営を進める「幼保一元化」が議論されている。
図5は保育所在所者数と幼稚園児童数の推移をみたものである。保育所も幼稚園も団塊
ジ ュ ニ ア 世 代 が 通 う 1970 年 代 後 半 を ピ ー ク に 減 少 し て い た が 、保 育 所 在 所 者 数 は 1995 年
以 降 増 加 に 転 じ 、1998 年 に は 幼 稚 園 児 童 数 を 上 回 り 逆 転 し て い る 。幼 稚 園 児 童 数 は そ の 後
も減少傾向にあり、施設数も幼稚園は減少、保育所は増加傾向にあることから、幼稚園の
遊休施設の活用の可能性が指摘されるようになった。幼稚園が制度の壁を超えて保育サー
ビスを提供するために必要なのが幼保一元化である。
図 5:保 育 所 ・幼 稚 園 在 所 者 児 童 数 の推 移
(万人)
250
2008, 213.7692
1998, 178.9599
200
1998, 178.6129
150
2009, 163.0336
100
保育所在所者数
幼稚園児童数
50
2009
2007
2005
2003
2001
1999
1997
1995
1993
1991
1989
1987
1985
1983
1981
1979
1977
1975
0
(年度)
( 資 料 ) 厚 生 労 働 省 「 社 会 福 祉 施 設 等 調 査 報 告 」、 文 部 科 学 省 「 学 校 基 本 調 査 」
その幼保一元化の具体策として「認定こども園」制度が創設されている。認定こども園
と は 、「 就 学 前 の 教 育 ・ 保 育 ニ ー ズ に 対 応 す る た め の 新 し い 選 択 肢 」 と し て 2006 年 10 月
からスタートしたもので、①就学前の子供に幼児教育・保育を提供する機能、②地域にお
け る 子 育 て 支 援 を 行 う 機 能 を 兼 ね 備 え 、認 定 基 準 を 満 た す 施 設 で あ る 6 。認 定 こ ど も 園 に は 、
母体となる施設の形態により、表4にあるように、4 つの類型がある。
6
2006 年 10 月 に 施 行 さ れ た 「 就 学 前 の 子 ど も に 関 す る 教 育 、 保 育 等 の 総 合 的 な 提 供 の 推 進 に 関 す る
法 律 ( 平 成 18 年 法 律 第 77 号 ) 」 に 基 づ き 、 運 用 さ れ て い る 。
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表 4:認 定 こども園 のタイプ
園の形態
概要
幼保連携型
認可幼稚園と認可保育所とが連携して、一体的な運営を行うことにより、認定
こども園としての機能を果たすタイプ
幼稚園型
認可幼稚園が、保育に欠ける子どものための保育時間を確保するなど、保育
所的な機能を備えて認定こども園としての機能を果たすタイプ
保育所型
認可保育所が、保育に欠ける子ども以外の子どもも受け入れるなど、幼稚園
的な機能を備えることで認定こども園としての機能を果たすタイプ
地方裁量型
幼稚園・保育所いずれの認可もない地域の教育・保育施設が、認定こども園と
して必要な機能を果たすタイプ
(資料)文部科学省・厚生労働省
幼保連携推進室
認定こども園に関する事務は、文部科学省と厚生労働省が連携した「幼保連携推進室」
が設置され、一体的に実施されている。また、都道府県や市町村でも、保護者向け窓口や
補助金申請窓口など関係機関との連携協力が義務付けられている。
こ の 「 認 定 こ ど も 園 」 制 度 の 課 題 を 明 ら か に す る た め に 、 幼 保 連 携 推 進 室 は 2008 年 3
月 に ア ン ケ ー ト 調 査 を 実 施 し て い る 7 。調 査 対 象 は 、認 定 を 受 け た 施 設 を 利 用 し て い る 保 護
者( 1170 名 )、認 定 を 受 け た 130 施 設 、認 定 を 受 け た 施 設 の あ る 96 市 町 村 お よ び 47 都 道
府県である。その結果から、認定こども園の評価と課題について考察する。
評 価 に つ い て み る と 、利 用 し て い る 保 護 者 の 8 割 、施 設 の 9 割 が 認 定 こ ど も 園 を 肯 定 的
に 評 価 し て い る 。保 護 者 は「 保 育 時 間 が 柔 軟 に 選 べ る 」
( 46.5% )、
「就労の有無にかかわら
な い 施 設 利 用 」( 45.7% ) と 「 教 育 活 動 の 充 実 」( 30.9% ) な ど の 点 で 評 価 が 高 い 。 施 設 側
の 回 答 で も 、「 保 育 時 間 が 柔 軟 に 選 べ る 」( 59.2% )、「 就 労 の 有 無 に か か わ ら な い 受 入 れ 」
( 57.7% )、
「教育活動の充実」
( 36.9% )の 点 を 高 く 評 価 し て お り 、認 定 を 受 け た こ と を 良
か っ た と 回 答 し て い る 。 一 方 、 課 題 に つ い て は 、 約 9 割 の 施 設 が 「 新 た な 財 政 支 援 」、「 新
た な 利 用 児 童 の 獲 得 」、「 社 会 的 信 用 」 の 点 に つ い て 不 満 を 持 っ て お り 、 行 政 が 今 後 取 り 組
む べ き 課 題 と し て 「 文 部 科 学 省 と 厚 生 労 働 省 の 連 携 強 化 」( 41.5 % )、「 財 務 状 況 の 改 善 」
( 38.5% )、「 会 計 事 務 処 理 の 簡 素 化 」( 31.5% ) を 挙 げ て い る 。
認定こども園の事務負担は大きく、約半数の施設が準備段階で問題があったと回答し、
そ の 理 由 と し て 「 申 請 書 類 が 膨 大 」( 32.3% )、「 手 続 き が 煩 雑 」( 23.8% ) で あ る こ と を 指
摘している。今後、迅速に幼保一元化を進めるには、手続きの効率化や認定条件等の周知
により、施設側が認定こども園に参入する際の障壁にならないような改善が求められる。
こうした課題を抱えながらも、認定こども園の設置は進んでいる。図6は認定こども園
の 認 定 状 況 の 推 移 を ま と め た も の で あ る が 、認 定 件 数 は 毎 年 100 か 所 以 上 増 加 し て い る こ
と が 分 か る 。2010 年 4 月 1 日 現 在 の 全 国 の 認 定 件 数 は 532 件 と な っ た 。園 の タ イ プ で は 、
幼 保 連 携 型 が 半 数 近 く を 占 め 、全 体 の 4 分 の 3 が 私 立 園 で あ り 公 立 で 運 営 す る 園 は 少 な い 。
特 に 、 東 京 都 で は 、 2009 年 度 に 51 施 設 が 認 定 さ れ 2008 年 に 比 べ 18 件 増 加 し て お り 、
7 文部科学省・厚生労働省
幼保連携推進室「認定こども園に係るアンケート調査の結果について」
( 2008 年 6 月 12 日 公 表 ) に よ る 。
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全国で増加した件数が一番多い。園のタイプは、全国の傾向とは異なり、幼稚園型が 6 割
以上を占めている。これは、幼保一元化によって、都心部の幼稚園が保育サービスを提供
できるようになっていることを示唆している。その意味で、幼保一元化が都市部の保育サ
ービスの不足を補完する可能性は十分に考えられる。
順 調 に 見 え る 整 備 状 況 で あ る が 、 政 府 の 掲 げ る 目 標 か ら す る と 大 幅 に 遅 れ て い る 。「 子
ど も・子 育 て ビ ジ ョ ン 」で は 、認 定 こ ど も 園 を 2012 年 に は 2000 か 所 に 増 や す と い う 高 い
数 値 目 標 を 挙 げ て い る が 、こ の ま ま で は 達 成 は 困 難 で あ る 。目 標 達 成 の た め に は 、
「 包 括 的・
一元的な制度の構築」が必要と明記されているが、制度の方向性は定まっているとは言え
ない。早急に具体策が提示されなければ、目標達成はかなり難しいだろう。
図 6:認 定 こども園 の認 定 状 況
(注)各年 4 月 1 日時点の認定件数
(資料)文部科学省・厚生労働省
幼保連携推進室
(2)幼 保 一 元 化 施 設 ―― 東 京 都 文 京 区 「柳 町 こどもの森 」の例
上述の認定こども園の他に、認定こども園制度の開始以前から、地方自治体が独自に幼
保一元化に取り組んでいるケースがある。例えば、東京都品川区には幼保一元化施設が 6
か 所 あ る が 、そ の う ち 認 定 こ ど も 園 は 3 か 所 で 、他 の 3 か 所 は 認 定 こ ど も 園 制 度 の 開 始 前
に開設された区の施設である。その施設の 1 つは、文部科学省・厚生労働省のモデル園と
なっており、国も自治体の取り組みを評価している。
ここでは、文京区が独自に開設した幼保一元化施設である「柳町こどもの森」の事例に
つ い て 紹 介 す る 。文 京 区 に は 、現 在 も 認 定 こ ど も 園 は な い が 、
「 幼 稚 園・保 育 所 の 一 元 化 を
目指すことによって、子供と家族の双方にとって厚みのある子育て環境を整備する」とい
う 構 想 に 基 づ き 、 2006 年 4 月 に 「 柳 町 こ ど も の 森 」 を 開 設 さ せ た 。 2009 年 に は 、 そ の 取
り 組 み に つ い て 検 証 す る た め に 、「 柳 町 こ ど も の 森 検 証 委 員 会 最 終 報 告 書 」( 2009 年 3 月 )
をまとめ公表している。
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そ れ に よ れ ば 、幼 保 一 元 化 施 設 に は 、1~ 3 歳 児 の 保 育 所 児 に と っ て は 自 然 豊 か な 広 い 園
庭 や 豊 富 な 遊 具 が あ り 幼 児 教 育 が 受 け ら れ 、逆 に 4、5 歳 児 の 幼 稚 園 児 に と っ て は 園 内 で 3
歳児以下のこどもたちと異年齢交流ができ、双方にとってメリットがある施設とされてい
る 。 一 方 、 4、 5 歳 児 の 長 時 間 保 育 児 の 親 で あ り 働 く 保 護 者 に と っ て は 、 PTA 活 動 へ の 参
加が困難であるなど、十分なコミュニケーションがとれないケースもある。
運営上の最も大きな問題は、教職員の待遇である。幼稚園教員と保育士の勤務や給与形
態は異なっており、例えば、保育士には超過勤務手当が支給されるが、幼稚園教員には調
整手当が支給されるが超過勤務手当の概念がない。勤務時間も、保育士はローテーション
勤務だが幼稚園教員は担任制でコアタイムを中心とした勤務である。こうした相違は、金
銭的・時間的な運営コストを上昇させるため、今後の改善が必要である。
コストという面では、既存の幼稚園を活用することができれば、保育所を新規開設する
場合よりも少ない職員配置が可能で、給食調理の委託実施、園庭・園舎・遊具、教材・教
具 の 物 的 資 源 の 共 有 に よ り 効 率 的 な 運 営 が で き る と し て い る 。 し か し 、「 柳 町 こ ど も の 森 」
と同規模の幼保一元化施設を新たに設置するケースでは、文京区の公設公営保育所より1
億2千万円多くコストがかかると試算されている。
こ の 試 算 に 基 づ き 、「 柳 町 こ ど も の 森 検 証 委 員 会 ・ 最 終 報 告 書 」 で は 、「 就 学 前 施 設 と し
て の 選 択 肢 の 拡 大 」、
「 一 貫 し た 教 育・保 育 方 針 」、
「 幼 稚 園・保 育 所 の よ さ を 生 か し た 運 営 」、
「子育て支援機能の推進」などの有効性を認めながらも、コストの面から「新たな幼保一
元化施設を開設する方向を示すことは難しい」と締めくくっている。
(3)幼 保 一 元 化 施 設 の課 題 と展 望
幼保一元化施設は、教育内容の充実といったメリットがあり、子供や保護者の満足度は
高く、制度の理念は評価できる。しかし、認定こども園のアンケート調査や文京区の幼保
一元化施設に関する最終報告にみるように、開設や運営に関する多くの課題があり、迅速
な保育所の整備という目的には、十分な成果を上げられていない。特に、認定こども園の
設 置 が 進 ま な い 理 由 と し て 、 鈴 木 (2009)は 、 ① 文 部 科 学 省 と 厚 生 労 働 省 の 二 重 行 政 に よ る
事務コストの高さ、②幼稚園の遊休資源や人材を保育で活用できず保育関連の補助金も使
えないことから、幼稚園側に参入のメリットが存在しないことを指摘している。
保育所の迅速な整備という観点から幼保一元化を進めるべきと考えるのは、既存の幼稚
園の施設が活用できるからである。そのためには、幼保一元化の教育上の意義を強調する
のではなく、幼稚園の遊休施設を活用した保育所整備の迅速化の観点からの検討が必要で
ある。例えば、文京区の最終報告では、幼保一元化施設の「新設」に関するコストの試算
を提示するにとどまり、現在の幼稚園の空き部屋などを活用した幼保一元化施設開設の場
合の追加コストの試算は明示していない。幼保一元化を有効に進めるためにも、現場での
議論の整理が必要である。
少なくとも「柳町こどもの森」の例では、保育所の新規開設よりも効率的だと報告して
いる点を考慮すれば、適切に幼保一元化を進めれば、公的な負担を抑えながら保育機能を
持った施設を迅速に整備できるだろう。現実に、東京都では幼稚園型の認定子ども園の整
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備が進んでいることからも、制度的には有効な手段だと考えられる。
国や自治体としては、情報共有をすすめ、事務手続きの簡素・効率化、財政支援などを
通じて、各施設の取り組みを支援・促進することが必要である。施設側が参入しやすいし
く み づ く り が 、「 子 ど も ・ 子 育 て ビ ジ ョ ン 」 で う た わ れ る 2012 年 に 認 定 こ ど も 園 が 2000
か所の目標に少しでも近づくために不可欠であろう。
5 少 子 化 対 策 の国 際 比 較
ここでは、日本の少子化対策について、国際比較の観点から評価する。フランスで少子
化対策が功を奏し、合計特殊出生率(以下、出生率)はスウェーデンを上回るまでになっ
て い る 。 岡 沢 ・ 小 渕 ( 2010) で は 、 イ タ リ ア 、 ド イ ツ 、 イ ギ リ ス 、 フ ラ ン ス 、 ス ウ ェ ー デ
ン に つ い て 、出 生 率 の 高 い 国 の 方 が 少 子 化 対 策 へ の 公 的 支 出( GDP に 占 め る 家 族 関 係 社 会
支出)の割合が高いとし、日本における財源の確保と思い切った少子化対策の必要性を指
摘している。こうした少子化の改善に成功した諸外国の少子化対策から、日本における有
効 な 対 策 が 何 か を 検 討 す る 8 。ま た 、結 婚・出 産 に 関 し て は 各 国 で 意 識 の 差 が 大 き い と 考 え
られる。日本で少子化が深刻化するのは、文化的な違いに基づく意識の差であるのかにつ
いても考察する。
(1)諸 外 国 における少 子 化 対 策 費 の比 率
ま ず 、諸 外 国 に お け る 少 子 化 対 策 費 の 大 き さ を 比 較 す る 。表 5 は「 GDP に 対 す る 家 族 関
係 社 会 支 出 の 比 率 」を 示 し た も の で あ り 、ス ウ ェ ー デ ン が 3.54% 、フ ラ ン ス が 3.02% 、イ
ギ リ ス が 2.93% 、 ド イ ツ が 2.01% と な っ て い る の に 対 し 、 日 本 は 0.75% と 低 水 準 に な っ
て い る こ と が 分 か る 9 。限 ら れ た 先 進 国 に 限 定 は し て い る が 、こ の 家 族 関 係 社 会 支 出 の 規 模
が 大 き い ほ ど 出 生 率 が 高 く な っ て お り 、日 本 で も 家 族 関 係 給 付 の 規 模 の 拡 大 が 必 要 で あ る 。
さらに、図7で家族関係社会支出の内訳を比較すると、少子化が改善しているスウェー
デ ン と フ ラ ン ス で は 、「 保 育 ・ 就 学 前 教 育 」 へ の 現 物 給 付 が そ れ ぞ れ 1.74% 、 1.19% と 高
く な っ て お り 、 イ ギ リ ス ( 0.58% )、 ド イ ツ ( 0.40% )、 イ タ リ ア ( 0.58% ) と の 差 が 特 に
大 き な 項 目 と な っ て い る 。 日 本 は 、 こ の 「 保 育 ・ 就 学 前 教 育 」 へ の 現 物 給 付 は GDP 比 で
0.33% で あ り 、 保 育 サ ー ビ ス の 遅 れ が 目 立 っ て い る 。 つ ま り 、 国 際 比 較 の 観 点 か ら も 、 保
育サービスの充実は日本の大きな課題と言える。
内 閣 府 「 少 子 化 社 会 白 書 ( 2008 年 版 )」 で は 、 出 生 率 が 回 復 し て い る フ ラ ン ス の 家 族 関
係 給 付 の 規 模 を 日 本 の 人 口 構 造 に 機 械 的 に 当 て は め た 場 合 、GDP 比 で 約 2 % 相 当 と し て 約
10.6 兆 円 と 試 算 し て い る 1 0 。 こ れ は 、 現 行 の 約 3 倍 の 水 準 で あ り 、 大 幅 な 支 出 拡 大 が 求 め
少 子 化 対 策 の 国 際 比 較 に 関 す る よ り 詳 細 な 情 報 は 、 岡 沢 ・ 小 渕 編 (2010)を 参 照 。
OECD 基 準 、 2003 年 。 デ ー タ 出 所 は 、 OECD“ Social Expenditure Database 2007”。
「 内 閣 府 少 子 化 社 会 白 書 (2009 年 版 )」 掲 載 。
1 0 「 各 国 の 家 族 関 係 社 会 支 出 の 対 GDP 比 の 比 較( 2003 年 )
」は 、
「 少 子 化 社 会 白 書 」2008
年 版 、2009 年 版 と も に 同 じ 数 値 。日 本 の 家 族 関 係 給 付 に つ い て 、フ ラ ン ス の 規 模 に あ わ せ
た 試 算 は 2008 年 度 版 に 掲 載 し て い る 。
8
9
21
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られているのである。民主党政権の導入した「子ども手当」は、家族関係社会支出の規模
を拡大するという観点からは望ましい政策と言えるが、国際比較からは保育サービスへの
支出がより適切な政策と言える。
表 5:諸 外 国 の少 子 化 対 策 費 および出 生 率
合計特殊出生率
(注)
家族関係社会支出
国民負担率
(対GDP比)
(単位)
%
年
%
%
スウェーデン
1.94
2009
3.54
69.1
フランス
1.99
2009
3.02
60.2
イギリス
1.96
2008
2.93
47.0
ドイツ
1.38
2008
2.01
53.3
イタリア
1.30
2007
1.30
58.3
アメリカ
2.09
2006
0.70
31.8
日本
1.37
2008
0.75
36.3
OECD 基 準 、 2003 年 。 デ ー タ 出 所 は 、 OECD“ Social Expenditure Database 2007”。
日 本 の GDP は 、 内 閣 府 「 国 民 経 済 計 算 (長 期 時 系 列 )」 に よ る
( 資 料 ) 内 閣 府 「 少 子 化 社 会 白 書 」、 厚 生 労 働 省 「 人 口 動 態 統 計 」
図 7
諸 外 国 の少 子 化 対 策 費 および出 生 率
(内 閣 府 『 少 子 化 社 会 白 書 ・ 2008 年 版 』 よ り 引 用 )
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(2)少 子 化 に関 する意 識 の国 際 比 較
こ こ で は 内 閣 府 ( 2006) に 紹 介 さ れ て い る 、 2005 年 に 実 施 さ れ た 「 少 子 化 社 会 に 関 す
る 国 際 意 識 調 査 」の 結 果 を 用 い て 、少 子 化 に 関 す る 意 識 の 国 際 的 な 違 い に つ い て 考 察 す る 。
調査は、日本・韓国・アメリカ・スウェーデン・フランスの 5 カ国で、少子化に関連した
「国民の意識とその変化を調査」したものである。特に、フランス・スウェーデンは少子
化が改善しつつあり、これらの国との違いが「意識」に基づくものであるかを検討する。
ま ず 、 日 本 ・ ス ウ ェ ー デ ン ・ フ ラ ン ス の 「 現 在 の 子 ど も 数 」 を 比 較 す る と 、 日 本 が 1.7
人 で あ る の に 対 し 、ス ウ ェ ー デ ン と フ ラ ン ス が 1.6 人 と 現 状 の 差 は ほ と ん ど な い 。さ ら に 、
「 ほ し い 子 ど も の 人 数 」 に つ い て も 、 日 本 と ス ウ ェ ー デ ン が 2.4 人 で フ ラ ン ス は 2.3 人 と
これも大きな違いがない。すなわち、子供を持つことに対する意識にはほとんど差がない
のである。言い換えれば、日本で少子化が解消できないのは子供に対する意識の違いでは
ない。
それにもかかわらず、フランス・スウェーデンで少子化が改善しつつあるのは、追加的
な子供に対する意識が日本とは大きく異なるからである。
「 ほ し い 子 ど も の 人 数 」よ り「 実
際 の 子 ど も 数 」が 少 な い 人 に 対 し 、
「 さ ら に 子 ど も を 増 や し た い か 」と 質 問 し た 結 果 を 下 の
図 8 に 示 し た 。「 希 望 数 に な る ま で 子 ど も 増 や し た い 」 と 回 答 し た の は 日 本 で 36.4% に と
ど ま っ た が 、 フ ラ ン ス は 49.9% 、 ス ウ ェ ー デ ン で は 69.1% と 大 き な 差 が あ る 。「 増 や す が
希望数までは増やさない」と回答した人も含め、少なくとも追加的に子供を増やす意志を
持 つ 人 で は さ ら に 大 き な 差 が あ り 、日 本 で は 42.6%で あ る の に 対 し 、フ ラ ン ス で は 69.3%、
ス ウ ェ ー デ ン で は 81.1%と な っ て い る 。逆 に 、日 本 で は 半 数 以 上 の 53.1% が「 今 よ り 子 ど
もを増やさない」と回答しており、今後の出生については大きな意識の差がある。
図 8 追 加 出 産 の希 望 :「さらに子 どもを増 やしたいか」
0%
日本
20%
40%
36.4 6.2 スウェーデン
フランス
60%
80%
53.1 69.1 100%
1.5
12.0 11.0 2.6 49.9 19.4 希望数になるまで子ども増やしたい
今より子どもは増やさない
わからない
22.6 3.2
2.8
5.2 4.9
増やすが希望数までは増やさない
その他
( 注 )ほ し い 子 ど も 数 よ り 実 際 の 子 ど も 数 が 少 な い 人 に 、今 よ り 、子 ど も を 増 や し た い と 思 う か 聞 い た
( 資 料 ) 内 閣 府 ( 2006)「 少 子 化 社 会 に 関 す る 国 際 意 識 調 査 」
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こうした追加的な出産に対する意識の違いがどのような要因に依存するかを分析する
ために「さらに子どもを増やしたくない理由」を見ると、日本では「子育てや教育にお金
が か か り す ぎ る 」( 56.3% ) が 第 1 の 理 由 だ が 、 フ ラ ン ス で は 第 4 位 ( 13.3%) に 過 ぎ ず 、
ス ウ ェ ー デ ン で は 上 位 5 位 に も 入 っ て い な い 。フ ラ ン ス や ス ウ ェ ー デ ン で 上 位 に 入 る の は 、
「健康上の理由から」や「高年齢で、産むのがいやだから」といった理由であり、日本で
第 3 位 の「 自 分 の 仕 事 に 差 し 支 え る か ら 」
( 13.5% )も フ ラ ン ス や ス ウ ェ ー デ ン で は 上 位 5
位 に 入 っ て い な い 。さ ら に 、
「 子 ど も を 産 み 育 て や す い 国 か ど う か 」と い う 質 問 に 対 し「 と
て も そ う 思 う 」 と 「 ど ち ら か と い え ば そ う 思 う 」 と 回 答 し た 者 の 合 計 は 、 日 本 で 47.7% と
約 半 数 に 対 し 、フ ラ ン ス で は 68.0% 、ス ウ ェ ー デ ン で は 97.8% と ほ と ん ど が「 子 育 て し や
すい国」と認識している。こうしたことから、フランスやスウェーデンで追加的な出産に
積極的な意識を持つのは、子育てする際の経済的な不安や負担が日本よりも少ないからと
考 え ら れ る 。言 い 換 え れ ば 、意 識 の 違 い は 文 化 的 な 要 因 で は な く 経 済 的 な 要 因 な の で あ る 。
ま た 「 育 児 を 支 援 す る 施 策 を 国 が 実 施 す べ き か 」 と い う 考 え 方 に つ い て は 、「 是 非 と も
そうすべきである」と「どちらかというとそうすべきである」と回答した者の合計が日本
96.6% 、フ ラ ン ス 88.6% 、ス ウ ェ ー デ ン 93.7% と 各 国 と も 9 割 前 後 が 政 府 の 役 割 に 期 待 し
ている。これは、子育ての支援に関しても文化的違いよりも国の政策によるところが大き
い こ と を 示 し て い る 。 少 子 化 社 会 白 書 ( 2009 年 版 第 2 章 第 2 節 ) で は 、 日 本 は 子 育 て を
社会全体で担うという意識が希薄であることを指摘しているが、ここでの意識調査によれ
ば日本でも社会的な子育ての政策が受け入れられる可能性が示唆されている。
上でも見たように、欧州の国々では家族関係社会支出も多く、現金給付に限らず保育サ
ー ビ ス が 充 実 し て い る こ と で「 子 育 て の し や す い 国 」と な っ て い る と 考 え ら れ る 。一 方 で 、
GDP に 対 す る 家 族 関 係 社 会 支 出 の 比 率 の 高 さ は 、高 い 消 費 税 率 な ど の 大 き な 国 民 負 担 に よ
って達成されているという側面も忘れてはならない。
日本では、子ども手当の支給や認可保育所の入所基準の緩和など、実現すれば家族関係
社会支出の水準は欧州と同等になる。少子化解消の観点からは、こうした政策は適切な方
向と言える。しかし、現民主党政権においては消費税引き上げ議論が進まず、財政的な裏
付 け な し に 支 出 側 の 政 策 が 先 行 し て い る こ と は 否 め な い 。欧 州 の 少 子 化 政 策 の 経 験 か ら は 、
子供や家族に対する支出を確保することと同時に、その財源を安定して負担することので
きる制度を構築することが必要といえる。
6 まとめ
少 子 化 の 深 刻 化 に 対 し 、政 府 は こ れ ま で も 1994 年 の エ ン ゼ ル プ ラ ン 、1999 年 の 新 エ ン
ゼ ル プ ラ ン 、 2003 年 の 少 子 化 社 会 対 策 基 本 法 の 制 定 、 2004 年 の 少 子 化 社 会 対 策 大 綱 の 策
定 と 、 継 続 的 に 政 策 を 実 施 し て き た 。 民 主 党 へ の 政 権 交 代 後 も 、 新 た な 大 綱 と し て 、 2010
年 1 月 に 「 子 ど も ・ 子 育 て ビ ジ ョ ン 」 を 公 表 さ れ て い る 。 し か し 、 合 計 特 殊 出 生 率 は 1.3
前後の低い水準で推移し、少子化は依然として改善していない。
本プロジェクトでは、少子化対策の成果が上がらないのは、少子化の原因について十分
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http://www.jcer.or.jp/
若手研究者による政策提言
日本経済研究センター
な検討がされていないからと考えた。本プロジェクトが提示した少子化の大きな要因は、
結婚の減少である。さらに、結婚の減少は、女性の経済的な地位がフルタイム労働者とし
て働く場合にだけ改善したことであると指摘した。
少子化の原因を分析することで、その原因を解消する手段を提示できるのである。それ
にもかかわらず、新政権の「子ども・子育てビジョン」は、これまでの政策が「目に見え
る 成 果 と し て 、生 活 の 中 で は 実 感 で き な い 」の は 、
「 少 子 化 対 策 の 視 点 か ら は 、真 に 子 ど も ・
若 者 の ニ ー ズ や 不 安 、将 来 へ の 希 望 に 応 え る 」こ と は で き な い た め と 論 じ 、
「 子 ど も・若 者
の育ち、そして子育てを支援する」ことを優先すべきとしている。少子化の原因を分析す
ることもなく、むしろ少子化解消への意識を後退させていることは残念である。
とはいえ、本プロジェクトで提言した具体策は、全体としてこれまでの政策と矛盾する
も の で は な く 、保 育 所 の 整 備 を 進 め る べ き と い う も の で あ る 。そ の 意 味 で は 、現 政 権 で の 、
子育て関連の予算を増加させるという方向性は、本プロジェクトの問題意識の中でも評価
できる。しかし、保育所の整備すべき地域やその具体的な方法について、これまでの政策
は全国で画一的、総花的なものが多く、方向性が正しくても十分な成果が上がらなかった
可能性がある。その意味で、フルタイム労働者として都心部で働く女性をターゲットにす
べきであるという、本プロジェクトの分析は有効と考える。
もちろん、結婚や出産は、極めて個人的な意志決定であり、政府の安易な介入は望まし
いものではない。しかし、少子化は社会・経済の維持可能性に大きな影響を与える重大問
題であり、個人の意志決定過程を明らかにし、選択の自由を尊重しながらも実行できる政
策を模索するべきである。
<参 考 文 献 >
宇 南 山 卓 (2009) 「 結 婚 促 進 策 と し て の 保 育 所 の 整 備 に つ い て 」 若 手 研 究 者 に よ る 政 策 提
言 プ ロ ジ ェ ク ト 中 間 報 告 日 本 経 済 研 究 セ ン タ ー (2010 年 4 月 30 日 現 在 URL:
http://www.jcer.or.jp/policy/pdf/pe(unayama091127).pdf)
岡 沢 憲 芙 ・ 小 渕 優 子 編 ( 2010)『 少 子 化 政 策 の 新 し い 挑 戦 ― 各 国 の 取 り 組 み を 通 し て ― 」
中央法規出版
鈴 木 亘 (2009) 「 な ぜ 待 機 児 童 問 題 は 解 決 で き な い の か:子 ど も 手 当 の バ ウ チ ャ ー 化 を 経 済
学 的 視 点 か ら 考 え る 」( 日 経 ビ ジ ネ ス オ ン ラ イ ン 2009 年 12 月 1 日 (2010 年 4 月 30
日 現 在 URL: http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20091127/210740/)
東 京 都( 2010)
『「 10 年 後 の 東 京 」へ の 実 行 プ ロ グ ラ ム 2010』
( 平 成 22(2010)年 1 月 策 定 )
( http://www.chijihon.metro.tokyo.jp/plan2010/plan2010index.html)
内 閣 府 ( 2006) 『「 少 子 化 社 会 に 関 す る 国 際 意 識 調 査 」 報 告 書 』 内 閣 府 政 策 統 括 官 ( 共 生
社会政策担当)
( http://www8.cao.go.jp/shoushi/cyousa/cyousa17/kokusai/index.html)
文 京 区 ( 2009)「 柳 町 こ ど も の 森 検 証 委 員 会 最 終 報 告 書 」
( http://www.city.bunkyo.lg.jp/_9658.html)
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