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絅 衣 錦 尚
い きん 衣 錦 図書館通信 2001年度第4号 しょう 尚 2001.6.13. けい 絅 発行:麻布学園図書館部 *今年度からタイトルを「図書館月報」から「衣錦尚絅・図書館通信」に改めました。「衣錦尚絅」 については、図書館入り口のロビーに掛けられている額の解説を見てください。 本の紹介 『遠い場所の記憶』エドワード・W・サイード みすず書房 山岡幹郎(社会科) この本の著者であるサイードは、パレスチナを代表する知識人としてアメリカや中東で戦 闘的ともいえるほどに精力的な発言を続けている人物である。欧米社会の思想や文化のあり 方を果敢に批判するサイードの「オリエンタリズム論」は日本でも以前から知られている。 そのサイードが10年ほど前に白血病の診断をうけた。サイードはそれをきっかけに、自分 の幼年期から青年期を振り返る自伝の作業を始めた。それがこの著作である。 1935年エルサレムに生まれ、カイロやレバノンで育ったサイードは、この自伝を父親 や母親など家族関係にはじまって、親戚、友人、教師など、さまざまな人々との関わりを中 心に叙述している。そのなかで、とくに父親との確執、母親との心理的な葛藤を扱うサイー ドの叙述には精神分析的な自己分析の色合いが強い。私がこの本を読みながら想起したのは、 E・H・エリクソンの『ガンディーの真理』(みすず書房)である。これは、発達心理学の 領域を切り拓いたエリクソンが、インド独立の父とされるガンディーに臨床心理の方法でア プローチした伝記だが、幼年期から青年期までの自分の心理を叙述するサイードの筆致には、 エリクソンのスタイルを連想させるものがある(すでに亡くなった父親との関係を振り返る ために精神分析の治療を受けた経験をサイード自身述べている)。少なくとも幼年期から青 年期までのライフステージの発達課題は、まちがいなくこの著作のなかにちりばめられてい て、発達心理のテキストとしてもこの自伝は優れている。 この本のなかのサイードは、学者・思想家として輝いてみえる現在のサイードとは対照的 に多くの不行跡を引き起こす少年サイードである。父親のもつ強力な父権のもとで服従を強 いられ鬱屈するサイード。イギリス支配のカイロで、鞭(体罰)に象徴される19世紀以来 のヴィクトリア朝式の学校教育に不適応をおこすサイード。サイードは、賢くはあるが親の 手をやかせる目の離せない子供であり、教師からみれば小賢しい悪ガキの生徒だったようだ。 このサイードは10代後半の規律正しさを求めれるアメリカでの寄宿学校の生活にまである 程度もちこされことになる。そうした少年時代にうけた<規範>の強制に抗して自己の確立 を助けたのはサイード自身のずば抜けた知的才能だったという結論は、いささか陳腐とも言 えるが、ともかく<教育>や<学校>といった観点からもこの著作はさまざまな材料を提供 している。 もちろん、この自伝を特異なものにし、読むものに驚きをあたえるのは、サイードの個人 史とパレスチナの現代史との深い重なりである。それについては、すでに多くの書評がふれ ている。ただ、その重なりの在りようを具体的にひも解くことは、サイード論としてもパレ スチナ論としてもこれからのことのように思う。その意味からもこの自伝は非常に豊かなも のを内包している。<豊饒>という言葉はパレスチナが論じられる際のキーワードのひとつ なのだが、それはこのテキストにもあてはまる言葉である。 上に「サイードの個人史とパレスチナの現代史との深い重なり」と記したが、ある意味で、 それはこの時代を生きたパレスチナ人すべてに起こったことである。1948年のイスラエ ル建国にともなう追放と離散というパレスチナ人の体験は、もちろんサイード一人の体験で はないのである。むしろ、この自伝が扱っている時期のサイードは富裕な父親の庇護のもと にあり、パレスチナ問題は遠い視野のなかにあったようだ。しかし、その後サイードはパレ スチナ問題への取り組みを始める。具体的にはイスラエルによるヨルダン川西岸とガザの占 領が始まった1967年の第三次中東戦争以降のことだが、それは取り組みというより、ま さに闘いであった。個人史のプロセスをへながらサイードはパレスチナの歴史を思想的にも 実践的にもとらえ返し、その運命に拮抗するにいたっている。そうすることによってサイー ドはパレスチナを救い出し、自分自身を救い出している。そうした闘いを思想や文化の領域 でなしえた人物は決して多くはない。 この著作で私たちに多くのことを考えさせるのは、白血病の告知を受けて以降の現在の心 境を語るサイードである。 「今では<ふさわしく>あること、しかるべきところに収まっている(たとえば、まさ に本拠地にあるというような)ことは重要ではなく、望ましくないとさえ思えるように なってきた。あるべきところから外れ、さ迷いつづけるのがよい。決して家など所有せ ず、どのような場所にあっても(特にわたしが骨を埋めようとしているニューヨークの ような都市では)決して過度にくつろぐようなことのないほうがよいのだ。」 (339頁) 「わたしはときおり自分は流れつづける一まとまりの潮流ではないかと感じることがあ る。堅牢な固体としての自己という概念、多くの人々があれほど重要性を持たせている アイデンティティというものよりも、わたしにはこちらのほうが好ましい」 (341頁) ここに示されている心境をもとにサイードは、記憶のなかで自分の過去を遡行しこの自伝 を叙述していると言ってよい。 この自伝が、他の多くの自伝が免れえないある種の陳腐さ(「彼 は大変優れた人物だ!」という感想の陳腐さ)を越えることができているとすれば、ここに 示された自己認識がベースになっているからだと私は思う。このサイードの自己のとらえ方 は、現代史のなかで「あるべきところから外れ、さ迷いつづける」パレスチナ人のあり方と 重なる。それは現実には極めて否定的な状況に違いないのだが、サイードは敢えてそれを引 き受けて立とうとしている。同時にこれは知識人としてのサイードの自己認識でもあり、そ こには<知識>とはそもそも何なのかのサイードの解答がある。また、自分を「堅牢な固体 としての自己」という意味での「アイデンティティ」としてはとらえずに自分のなかのさま ざま要素が複合する「潮流」としてとらえる認識は、パレスチナを多様で豊饒な要素の複合 としてとらえる認識と重なる。そしてこの「潮流」がユダヤ人をもひとつの要素として許容 することをサイードは否定しない。自伝のなかでサイードはユダヤ人が自分のまわりにいた ことに触れている。例えば、自分を取り上げたユダヤ人助産婦についての記憶をサイードは 短くしかし懐かしげに記している。自分や自分たちの社会のあり方を自由に解き放す可能性 をもったこうした開かれた認識は、決して特異なものではなくなってきているが、はたして 私たちが、自分や自分たちの歴史や社会をとらえる認識として、それをどこまで血肉化しえ ているかを考えるとき、やはりサイードから学ぶべきものは多くあるように思う。それにし ても、こうしたサイードの心境に触れることで私たちが感じる爽やかでさえある印象はどこ からくるのだろうか。 図書館からのお知らせ ①第5回麻布名画座:上映作品=「その男ゾルバ」アンソニー・クイン主演 戦後の名優の一人、アンソニー・クインが6月3日に亡くなりました(享年86歳) 。そ んな古い俳優なんか興味がないと言わずに、まあ観てみてください。「その男ゾルバ」は、 クレタ島を舞台にした同名のニコス・カザンザキスの小説を映画化したものです。なお、図 書館には、その原作もありますし、アンソニー・クインが出演した映画として『道』と『ア ラビアのロレンス』が入っています。 上映日時:6月22日(金)、3時より。 会場:大視聴覚教室 ②督促状を受け取った者へ 本日、年度越えの未返却資料と4月以降の未返却資料に対する2種類の督促状を発行し ました。年度越えの延滞者には、資料を紛失したものとみなして資料代金を請求しています。 一般の延滞本にしても、夏休み特別貸し出しを控えていますので、必ず返却してください。 ③コンピュータ講習会を予定しています。 期末試験終了後に初級者向けのコンピュータ講習会を予定しています。詳しくは次回の 「衣錦尚褧」でお知らせします。 ④図書館入り口ロビーで松元先生の日本の風景画展を開催しています。 新着・新刊図書紹介 ・5/23 号で紹介しきれなかった 400 番台∼ 700 番台の資料を最新の登録も含め紹介します。 マークの説明:「*」→全集・シリーズもの、 「※」→寄贈図書 ☆400番台(自然科学、数学、物理、化学、生物、地学) ・サイエンスアイのにっぽん名物研究所/ NHK サイエンスアイ/河出書房新社/ 402-N ・新世紀未来科学/金子隆一/八幡書店/ 404-Ka ・中谷宇吉郎全集/岩波書店/ 404-Na-01~08 *ブルーバックス/講談社 ・(Q&A)火山噴火/日本火山学会/ 408-B-1326 ・アメリカ流7歳からの行列/ Donald Cohen / 408-B-1327 ・クイズで学ぶ大学の物理/飽本一裕 / 408-B-1328 ・人体改造の世紀/森健/ 408-B-1329 ・「砂糖は肥る」の誤解/高田明和/ 408-B-1330 ・これならわかる C++/小林健一郎/ 408-B-1331 ・集合とはなにか/竹内外史/ 408-B-1332 ・ヒトゲノム/榊佳之/岩波新書/ 467-Sa ・植物のこころ/塚谷裕一/岩波書店/ 470-Ts ・日本のタンポポとセイヨウタンポポ/小川潔/どうぶつ社/ 479.9-O ・動物たちの不思議な事件簿/ Eugene Linden /紀伊国屋書店/ 481.7-L ・ハエ学/篠永哲、嶌洪/東海大学出版会/ 486.9-Sh ・フクロウの不思議な生活/ Chris Mead /晶文社/ 488.7-M ・医療倫理 1,2/ Gregory E. Pence /みすず社/ 490.1-P-01,02 ・生きる権利と死ぬ権利/フランソワ・サルダ/みすず書房/ 490.1-S ・パラサイト・レックス/ Carl Zimmer /光文社/ 491.9-Z ・「こころ」はどこで壊れるか/滝川一廣/洋泉社新書y/ 493.7-Ta ☆500番台(技術、工業、エネルギー、環境問題) *双書 科学技術のゆくえ/岡田節人/岩波書店/ 508-Ka-O ・農から環境を考える/原剛/集英社新書/ 519-Ha ・ゲランドの塩物語/コリン・コバヤシ/岩波新書/ 519-Ko ・こども地球白書 2000-2001 / Lester R. Brown /朔北社/ 519-Ko-'01 ・奇っ怪建築見聞/日本怪奇幻想紀行/同朋舎/ 521-Ni ※ 2050 年の住宅ビジョン/三澤千代治/プレジデント社/ 527-Mi(3冊あり) ・漬け物大全/小泉武夫/平凡社新書/ 596.3-Ko ・原発被曝/広河隆一/講談社/ 543.5-Hi ☆600番台(産業、交通) ・地球は売り物じゃない/ジョセ・ボヴェ/紀伊国屋書店/ 610-B ・サクラを救え/平塚晶人/文芸春秋/ 627.7-Hi ・狂牛病/ Richard W. Lacey /緑風出版/ 645.3-L ・森の仕事と木遣り唄/山村基毅/晶文社/ 651.7-Ya ・消えゆく「国鉄特急」図鑑/安田就視/彩流社/ 686.2-Ya ☆700番台(芸術、スポーツ) *岩波 世界の美術 シャガール/ Monica Bohm-Duchen /岩波書店/ 708-I-06 ※エプロンおばさん 5,6,7 /長谷川町子/朝日新聞社/ 726-Ha-05,06,07 *ムーミン・コミックス 第 10,11 巻/ Tove Jansson /筑摩書房/ 726-M-10,11 ・キューバ音楽/八木啓代/青土社/ 762-Ya ・戦争歌(いくさうた)が映す近代/堀雅昭/葦書房/ 767.6-Ho ・小沢昭一的流行歌・昭和の kokoro /小沢昭一/新潮社/ 767.8-O ・演劇入門/平田オリザ/講談社現代新書/ 770-Hi ・シネマ女性学/松本侑壬子/論創社/ 778-Ma ・逆立ちする子供たち/阿久根巌/小学館/ 779-A ・サッカーの敵/ Simon Kuper /白水社/ 783-S ・山書散策/河村正之/東京新聞出版局/ 786.1-Ka ☆ 800 番台以降は次号で紹介します。なお、一階の掲示板(M2-2 の角)の「図書館コーナ ー」には 5/23 以降に登録、配架した資料をすべて紹介してあります。 ☆800番台(語学) *(岩波講座)言語の科学 7,8 /大津由紀雄/岩波書店/ 801-I-07,08 ・思想する「からだ」/竹内敏晴/晶文社/ 809-Ta ・怪しい日本語研究室/ Iain Arthy /毎日新聞社/ 810.4-A ・裏読み深読み国語辞書/石山茂利夫/草思社/ 813.1-I ・明治東京風俗語事典/正岡容/ちくま文庫/ 818.3-Ma *(NHK ラジオ)ハングル講座4∼6月号/テキスト, CD とも入っています/ 829.1-H-'01-04 ∼ *(NHK ラジオ)基礎英語 1-3 4∼6月号/全巻そろいました。 ・(新編)私も英語が話せなかった/村松増美/日本経済新聞社/ 830.4-Mu ・辞書という本を「読む」技術/木村哲也/研究社出版/ 833-Ki ☆900番台(文学全般) ・現代の文章/猪野謙二/筑摩書房/ 907-I *週刊朝日百科 世界の文学 093 ∼ 099 /朝日新聞社/ 908-Se-093 ∼ 099 ・現代短歌と天皇制/内野光子/風媒社/ 911.1-U ・日本の黒い夏/熊井啓/岩波書店/ 912.7-Ka *つかこうへい戯曲シナリオ作品集(全4巻)/つかこうへい/白水社/ 912.7-Ts01-04 ※(新々訳)源氏物語 (全 11 巻)/谷崎潤一郎/中央公論社/ 913.36-Ta-01 ∼別 ・二人のガスコン(上・中・下)/佐藤賢一/講談社/ 913.6-Sa-01,02,03 ・ビタミンF/重松清/新潮社/ 913.6-Sh ・異形家の食卓/田中啓文/集英社/ 913.6-Ta ・敵討/吉村昭/新潮社/ 913.6-Yo ・そっと耳を澄ませば/三宮麻由子/日本放送出版協会/ 914.6-Mi ・できればムカつかずに生きたい/田口ランディ/晶文社/ 914.6-Ta ・四国遍路/辰濃和男/岩波新書/ 915.6-Ta ・(新)日本古典文学大系 別巻/小峯和明/岩波書店/ 918-Sh-別-04 *編年体大正文学全集 第7巻(大正七年)/野村愛正/ゆまに書房/ 918.6-Ta-07 *世界探偵小説全集 34 / Henry Wade /国書刊行会/ 933-Se-34 ・ロルカ−スペインの魂/中丸明/集英社新書/ 961-L ☆参考図書コーナー ・(図説)江戸考古学研究辞典/江戸遺跡研究会/柏書房/ R-210.5-E ・(図説)世界の監獄史/重松一義/柏書房/ R-326.5-Sh *全国大学入試問題正解 '02 /旺文社/ 376.8-O 第 12 巻の「地理」以外全巻 ※蟹民芸館/小田原利光/小田原ライブラリー/ R-703.8-O ※墨陽書 相馬墨陽作品集/相馬哲子、相馬暁/ R-728-So *日本国語大辞典(第二版)第4、5、6巻/小学館/ R-813.1-Ni-04,05,06 ・三島由紀夫事典/松本徹/勉誠出版/ R-910-SK-Mi ・シャーロック・ホームズ大事典/小林司/東京堂出版/ R-933-Ko ☆Audio Visual資料 ・中山悌一の芸術(disc 1 ∼ 6、解説)/ビクター・エンタテインメント/ C-CL-な ・三銃士/スティーヴン・ヘレク監督/ Walt Disney Home Video / D-洋-サ *消えてゆく手仕事・日本の民具大系/モロオカプロダクション/ VTR-教 ☆ 900 番台以降は次号で紹介します。なお、一階の掲示板(M2-2 の角)の「図書館コーナ ー」には 5/23 以降に登録、配架した資料をすべて紹介してあります。