Comments
Description
Transcript
母子父子寡婦福祉資金貸付金の徴収外部委託(成功報酬制)の効果
母子父子寡婦福祉資金貸付金の徴収外部委託(成功報酬制)の効果について 政策研究大学院大学 まちづくりプログラム MJU15602 1 はじめに 宇梶 佑亮 いては、卒業翌年度の 4 月から据置期間 6 か月を 母子父子寡婦福祉資金貸付金の徴収事務におけ 置いた日の翌日から滞納の扱いとなる。納付方法 る事務効率化のため、民間の業者に対しては成功 は月払い、1 年分払い、半年分払いから選択でき、 報酬制を採用することが有用である。徴収事務の 違約金は年 5%である。実施主体は都道府県、政 民間委託については近年総務省が民間委託を推し 令指定都市、中核市で、都道府県では、都道府県 進めてきた。今回は徴収事務における事務効率化 内の政令指定都市、中核市を除いた残りの全市区 としての、事務委託による民間会社の活用を研究 町村分を管轄している。一般的な貸付金にない特 した。現在までに定量的な分析については行われ 徴として、福祉的な意味合いを包含していること て来なかったため調定額と滞納額を基に、地方自 がある。 治体へのアンケートにより委託に関する情報を数 量的に整理して加えることで収納額の実証分析を 3 母子父子寡婦福祉資金貸付金の徴収外部委託 行う。 の運用実態 ⑴委託の種類 2 母子父子寡婦福祉資金貸付金の制度 ⑴母子父子寡婦福祉資金貸付金制度の誕生背景 多くはプロポーザル入札形式でサービサーを指 名して選定する、成功報酬制による架電、催告書 母子父子寡婦福祉資金貸付金は、その目的を「配 送付、訪問徴収の委託がある。委託債権の範囲に 偶者のない女子又は配偶者のない男子であって現 ついては、金額、件数の制約は設けず、過年度分 に児童を扶養しているもの等に対し、その経済的 全てを委託しているケースが多い。成功報酬制で 自立の助成と生活意欲の助長を図り、あわせてそ は、委託した案件について一定期間で集計し、完 の扶養している児童の福祉を増進すること」とし 全に収納額だけで集計する。成功報酬(委託料) ている。平成 26 年 10 月から父子福祉資金貸付金 の支払い方法は、雇用者(地方自治体)が、集計 が創設された。 期間ごとに被雇用者(サービサー)に一括で納付 ひとり親家庭は全国で母子世帯が約 124 万世帯 する形態を取る。業者のモニタリング方法に抜き (全世帯のうち 2.3%) 、父子世帯が約 22 万世帯 打ち調査はない。その他に、人材派遣業者等に対 (全世帯のうち 0.4%)となっている。 して価格競争入札を行い選定し、年額の固定報酬 制で委託するコールセンター委託や、少数の焦付 ⑵母子父子寡婦福祉資金貸付金の制度概要 母子父子寡婦福祉資金貸付金は、対象者は母子 家庭の母と父子家庭の父そして寡婦である(もし き案件について実費精算や固定報酬で依頼する弁 護士委託がある。 ⑵委託しない場合の徴収事務運営 くは母子・父子福祉団体等) 。それぞれへの貸付は 催告する際に段階を追って表現を強めている。 「母子福祉資金」と「父子福祉資金」 、「寡婦福祉 最終段階では強制執行について触れており、実際 資金」と呼ばれている。貸付条件に所得上限下限 に強制執行に移しているケースも一定程度存在す はなく、支給は審査会で最終判断される。ほとん る。自治体職員が訪問徴収する際の人数は 2 人 1 ど無利子であり、例えば修学資金で言うと、入学 組が基本である。 年度の直前 3 月に貸付決定し、入学年度 4 月から 貸付開始となる。償還は一定の据え置き期間の後、 4 母子父子寡婦福祉資金貸付金の徴収外部委託 3 年~20 年の期間で行う。納付の遅れた部分につ に関する理論分析 徴収事務の委託契約の際、考慮すべきはプリン 母子父子寡婦福祉資金貸付金の滞納額パネルデ シパル・エージェント問題である。雇用者は委託 ータ及び委託関係データを収集し、民間委託(成 の結果は見られるが途中経過は見ることができな 功報酬制)にした場合、また自前で職員が徴収し い。その結果、被雇用者は努力をしない方向にイ た場合での成果額と支払費用を比較分析する。ま ンセンティブが働き、雇用者と被雇用者との間に た、報酬の割合(率・%)の最適値を測る。 は過程の不可視による情報の非対称が引き起こさ れるが、成功報酬制を採用することでインセンテ ィブ契約とすることができ、そのモラルハザード を防ぐ可能性が高まる。 また、マルチタスク・プリンシパル・エージェ ント問題が以下の 2 点発生し、解決方法は矢印の 後ろに示すとおりである。 ⑶データの収集・作成方法 ①厚生労働省からのデータ提供(各都道府県、 政令指定都市、中核市ごとの 2004~2014 年 度の資金別過年度調定額、過年度滞納額)。 ②各運営地方自治体に委託関係のメールアンケ ートを実施。 ① 取りやすい案件ばかりに業者が注力しな いか。 ⇒契約書・仕様書の文面に委託した案件で 【アンケート内容】委託の有無、委託導入時 期、成功報酬制/固定報酬制の別、成功報酬 率、固定報酬額、過去における委託の履歴 は全件に電話をするよう謳っている。取り やすい現年度分は委託の範囲に含まれず、 ⑷推計モデル 過年度分のみを委託している。 ・委託することの効果について固定効果モデルで ② 収納を増加させるために取り立てを激しく し過ぎ、住民からクレームが出ることになっ ていないか。 ⇒各地方自治体にヒアリングしたところ、 目立ったクレームは出ていない。プロポー DID 分析を行う。 ・成功報酬率については固定効果モデルでは分析 できないため、ランダム効果モデルを使用する こととする。 ○被説明変数及び説明変数 ザル入札の段階で採点基準として福祉的な 被説明変数に過年度収納率(%)を取り、説明変 配慮、雇用者への連絡体制、催告フローの 数に委託ダミーと成功報酬率を取る。各変数につ 用意なども入れている。さらに、指名する いては表 1 のとおりである。 業者は法務省が認可している「債権管理回 収業の営業を許可した株式会社一覧」から 表 1 選定しているため、ある程度の質が元より 託(成功報酬制)の効果推計のための 担保されている。 各変数の説明 5 母子父子寡婦福祉資金貸付金の徴収外部委託 (成功報酬制)における実証分析方法 ⑴効果の推論 ①職員が自前で滞納事務を行うより、成功報酬 制による委託が収納額を増加させるのではないか。 さらに、②財政収入を最大化するような報酬率の 最適点があるのではないか。 ⑵分析対象と方法 回帰分析により以下の推計を行う。 母子父子寡婦福祉資金貸付金の徴収外部委 ○推計式 ・【推計モデル 1】 6 母子父子寡婦福祉資金貸付金の徴収外部委託 (成功報酬制)における実証分析結果と考察 滞納徴収業務を民間に委託すると収納率が 上昇することと仮定して固定効果モデルで推 ⑴母子父子寡婦福祉資金貸付金の徴収外部委託 計を行う。委託した場合の収納率増加の効果 (成功報酬制)における推計結果 を見る。 推計結果は表 3 のとおりである。 交差項として委託ダミー×財政力指数を変 【推計モデル 1】から、徴収を外部委託すると 数に加えた(β7cont_econ)こと、被説明変数 収納率が 2.3%上昇することが、1%の有意水準に が収納率、つまり百分率であることから、 わずかに届かないが 5%水準で統計的に有意に示 2013 年 度 の 過 年 度 調 定 額 を 変 数 化 された。また、徴収委託をして報酬率を 0%に設 (collw2013)して加重を掛けることに使用し 定した場合、収納率は 0.01%弱低下することが たことが留意点となる。 5%水準で統計的に有意に示された。加えて、委託 collset(%) した地方自治体の財政力指数が 0.1 上昇すると、 = β0 + β1conti + β2econpow 委託効果が 0.1%にわずかに届かない値の分下降 + β3medinco + β4poplog することについては、統計的に有意な推計結果は + β5cont1st + β6cont_econ 得られなかった。 + β7dum2004 + β8dum2005 また、 【推計モデル 2】より、成功報酬率の係数 + β9dum2006 + β10dum2007 を見ると成功報酬率を 10%増加させた場合に収 + β11dum2008 + β12dum2009 納率が 0.75%上昇することが伺えそうだが、委託 + β13dum2010 + β14dum2011 ダミーの係数は同時に上昇することはなく、統計 + β15dum2012 + β16dum2013 的に有意な推計結果は得られなかったと言える。 + β17dum2014 ・ 【推計モデル 2】 成功報酬率を上昇すると収納率が上昇する ことと仮定して、ランダム効果モデルにて推 計を行う。報酬率が 1%増加することによる 収納率増加の効果を観察する。⑴と同様、交 差項として委託ダミー×財政力指数を変数に 加えている(β7cont_econ) collset(%) = β0 + β1conti + β2per + β3econpow + β4medinco + β5poplog + β6cont1st + β7cont_econ + β8dum2004 + β9dum2005 + β10dum2006 + β11dum2007 + β12dum2008 + β13dum2009 + β14dum2010 + β15dum2011 + β16dum2012 + β17dum2013 + β18dum2014 表 2 母子父子寡婦福祉資金貸付金の徴収外部委 託(成功報酬制)の効果の推計結果 2.3%となるので、委託しなかった場合の収納率は 実際の収納率 15%から 2.3%を差し引いた 12.7% であると想定できる。ここから、委託しなかった 場合の収納額は調定額 3 億円に想定収納率 12.7% を乗じた 3810 万円となるため、実際の回収額 4,500 万円との差は、690 万円(イ)である。 よって、 (イ)-(ア)が委託の効果となり、660 万円のマイナスとなる。 しかし、便益となるものは他に人件費の削減(職 員数削減等)、公平性の上昇(数値化が困難)が挙 げられ、一方、費用となるものは委託準備に掛か る職員コストも挙げられ、特に公平性の上昇につ いては金銭で表せない大きい効果があると推測で きる。 8 政策提言 成功報酬率を高く設定し過ぎた場合(例えば ⑵母子父子寡婦福祉資金貸付金の徴収外部委託 30%など) 、財政面だけを考えると委託効果がマ (成功報酬制)における効果の考察 イナスになり、導入しないほうが良い。ただし、 推計結果が示す通り、母子父子寡婦福祉資金貸 委託することにより自治体の職員を大幅に削減で 付金の徴収において地方自治体が外部委託(成功 き、公平性を担保したい場合は導入した方が良い。 報酬制)を採用すると、収納率は 2.3%上昇する。 他の債権について、市営住宅や給食費は母子父子 収納率と成功報酬率に内生性が起こり、報酬率の 寡婦福祉資金貸付金と同じ私債権のため上記の提 効果は出ない。これはプロポーザル入札による「報 言が当てはまる。 酬率をより低く提示した方により加点」という採 点項目のためである。これにより、入札指名業者 9 今後の課題 の意識としては、徴収しやすい地方自治体におい 便益となるものとして、実証したものの他に人 て参加する際には、低い報酬率でも採算が取れる 件費の削減(職員数削減等)、公平性の上昇(数値 ので、低い報酬率を提案すると思われる。 化が困難)が挙げられ、一方、費用となるものは 委託準備に掛かる職員コストも挙げられる。これ 7 委託のシミュレーション 推計結果から平均的な仮想の地方自治体を想定 し、効果を計算する。 【仮想自治体】 財政力指数 0.6、報酬率 30%で成功報酬制の徴 収事務委託を採用することと仮定する。また、委 託開始年度の調定額が 3 億円、 回収額 4,500 万円、 回収率 15%と仮定する。これより、実際に委託開 始年度にサービサーに支払う額は 4,500 万円に 30%を乗じた 1,350 万円(ア)となる。 推計結果より、委託した場合の収納率増加分は らを定量的に分析することが可能であれば、より 精緻な外部委託効果を測定可能となる。