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有機材料の特徴を活かした「やわらかい」熱電材料の開拓 中村雅一

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有機材料の特徴を活かした「やわらかい」熱電材料の開拓 中村雅一
◆特集 (M&BE, Vol.25, No.4 (2014)) (原稿受理日:2014 年 10 月 14 日)
「ユビキタス社会を支えるセンサ技術と有機エレクトロニクス」
有機材料の特徴を活かした「やわらかい」熱電材料の開拓 奈良先端科学技術大学院大学 中村雅一、小島広孝
1. はじめに
我々の身の回りを改めて探してみると、ボタン電池などで動作している独立した小型
電子機器が数多く存在していることに気づく.住宅やオフィスなどの各種警報設備、家
庭用から医療用までのヘルスケア機器、ビックデータ時代の様々なセンサネットワーク
など、エレクトロニクスの機能が各所に散在しつつ増加する流れが今後ますます強まっ
てゆくであろう。また、最近話題になっているグーグルグラスのようなウェアラブルエ
レクトロニクス機器や、メディカルモニタリングのために人体に貼り付けて使用する小
型電子機器も、今後普及してくると思われる。その際に、各ユースポイントでのパーソ
ナル分散エネルギー源として、熱電変換によるエナジーハーベスティングの必要性が高
まってゆくと考えられる。
この目的においては、大容量の集中型発電や中容量の分散型発電とは異なり、利用で
きるエネルギー流束が小さいことを想定しなければならない。例えば、筆者(中村の場
合。小島はより表面積が小さい。)の体表面積を医学分野で古くから使われているデュ・
ボアの式 1)を用いて求めると約 1.82 m2 である。
人体の発熱量の典型値を 100 W とすると
2
約 55 W/m のエネルギー流束である。太陽光エネルギーの地上でのピーク値や、風力、
潮力などが 1 kW/m2 のオーダーのエネルギー流束であることと比較すると、圧倒的に密
度の小さいエネルギーを回収することになるため、必要量を集めるために自ずと大きな
面積が必要になる。従って、面積コストが安く、しかもフレキシブルな熱電デバイスが
あれば、かなり使い勝手が良いはずである。このような理由から、熱電変換に有機材料
を用いるメリットがあるのではないかと考えるに至ったのである。このように考えるの
は当然我々に限らず、2010 年ごろを境に有機熱電材料に関する研究論文が急激に増加し、
それにつれて材料としての熱電性能報告値も急速に向上してきている。
本稿では、まず我々が目指している「やわらかい」熱電材料を開拓するための方針に
ついて概説し、有機熱電材料探索に関わる最近得られた結果を抜粋して紹介する。
2. フレキシブル熱電材料に要求される特性
この分野でよく知られているように、熱電材料の性能は無次元性能指数
α 2σ T
ZT =
κ
で表され、これに対して、期待される最大のエネルギー変換効率は、
η=
TH − TL
⋅
TH
1+ ZT −1
T
1+ ZT + L
TH
(1)
(2)
となる。ここで、αはゼーベック係数、σは導電率、κは熱伝導率、T は絶対温度、TH
および TL はそれぞれ素子の高温側および低温側の温度である。(2)式の第1因子は理想
的熱機関のカルノー効率に相当し、これが変換効率の上限を押さえ込んでいる。本研究
–271(25)–
で対象とする人体や身の回りにある熱源の温度を考慮して概算すると、熱電材料におけ
る実用性の目安と言われる ZT=1 が得られたとしても、エネルギー変換効率は 0.5%前後
にしかならない。残念ながら、この効率は様々なエネルギー変換デバイスの中でも極め
て低い数字である。
それでは実用性がまったくないのかについて考えてみる。前述のように人体は 100 W
程度の熱源である。素子の内外温度差として 5℃が得られるとする。この温度差は、人
体を 37℃の熱浴、室温を 22℃と仮定して、後述する有機材料の典型的な熱伝導率と、や
や期待を込めた空気への対流熱伝導率から、3 mm 厚の素子で実現可能な値とした。こ
の温度条件で、やや控えめな ZT=0.2 の材料を最適設計した素子のエネルギー変換効率は
0.074%である。この素子を体表面積の 1.5%程度に貼り付けたとすると、安静時にも 1~
6 mW 程度の安定した電力が得られる。この 1 mW 程度の電力があれば、低消費電力化
が著しい近年の LSI 技術によって、例えば人体に貼り付ける心電計の最小限の回路を動
作させることができる 2)。ただし、この計算で用いた湿布薬としても大きいと感じる素
子寸法は、どこにでも貼り付けられる大きさとは言いがたい。従って、ウェアラブルエ
レクトロニクスのための熱電発電を実用的なものにするためには、
300K 前後の温度で従
来の常識を覆すような大きな ZT 値を示す材料が見つかるか、あるいは、そこそこの ZT
値を有した上で、
熱伝導率が極めて小さい材料を用い、
面積あたりコストが劇的に安く、
フレキシブルかつ伸縮性のあるデバイスが開発されることが要求されることになる。
3. 「やわらかい」熱電材料
まず、半導体におけるゼーベック効果について整理する。平衡状態において温度勾配
によるキャリアの拡散流と電場によるドリフト流が等しくなるという現象の本質より、
キャリアが電子である場合のゼーベック係数は次式で表される:
' ∂ f (ε ,T ) *
∞
ε
− µ e ) σ S (ε ,T ) )− FD
(
,dε
∫
−∞
∂ε
1
(
+
α (T ) = − ⋅
(3)
' ∂ fFD (ε ,T ) *
∞
eT
σ
ε
,T
−
d
ε
∫ −∞ S ( ))( ∂ε ,+
ここで、e は素電荷、μe は電子の化学ポテンシャル、σs はスペクトル伝導度と呼ばれ
る特定のエネルギー範囲を持つキャリアの導電率に対する寄与分を表す関数、fFD はフェ
ルミ=ディラック関数である。この式はほとんどの材料でユニバーサルに使えると考え
られているが、このままでは使い勝手が悪く、αとσの関係も見通しが悪い。そこで、
ケースバイケースで妥当であると考えられる近似を用い、より簡単な式に変形したもの
が頻繁に用いられる。それら近似式を無条件に用いることの危険性が指摘されているが
3)
、本稿では後の議論に必要な非縮退半導体の場合について、よく知られたαとσの関
係を簡単に紹介する。
三次元 n 型非縮退半導体のスペクトル伝導度は、教科書的に
3 2+γ
σ S (ε ,T ) ∝ (ε − ε C )
(4)
と近似される。(3)式に対してこのスペクトル伝導度を代入し、fFD に対するボルツマン近
似および移動度を定数とする導電率の式を用いることで、
k %5
σ (
α = − B ' + γ − ln *
(5)
e &2
σ0 )
–272(26)–
という関係式が得られる。ここで、ε C は伝導帯端エネルギー、γは散乱機構によって決
まる定数、kB はボルツマン定数、σ0 は材料と温度によって決まる定数であり、これも
教科書的な実効状態密度を考えると、
# 2 π m *kBT &
σ 0 = 2eµ %
(
h2
$
'
32
(6)
と書ける。ここで、μおよび m*はそれぞれキャリアの移動度および有効質量である。(5)
式より、同一の半導体材料では不純物ドーピングによってσを増加させるとαは減少す
る。従って、ZT を最大化するために、非縮退半導体としてはかなり高キャリア密度とな
る領域で不純物量を制御することが一般的である。
キャリア輸送だけでなく、熱輸送についても少しふれておく。有機材料の熱電材料と
して有利な点は、なによりκが小さいことである。大部分の有機固体(ポーラスなもの
を除く)のκは、低分子/高分子に関わらずおよそ 0.1〜0.5 W/mK の範囲に入る。それ
に対して、無機半導体の典型例であるシリコンは約 100 W/mK、κが小さいことで知ら
れている多くの無機熱電材料でも 1〜10 W/mK である。従って、典型的な無機熱電材料
に対して、同じ ZT 値を得るために必要なパワーファクター(=α2σ)は 1/10 程度以下
で良いことになる。さらに、κが小さいということは、熱流に対して温度差を与えやす
く、従来の熱電デバイスよりも熱流方向に薄い素子が作製容易であることを意味する。
これも、フレキシブル熱電素子実現のためには有利な条件である。また、この特徴を活
かすためには、パワーファクターをσよりαで稼ぐ材料が素子設計的に有利である。な
お、導電性ポリマーや CNT 複合材料でも特に導電率が高いもの(目安として 1000 S/cm
程度以上)は、ヴィーデマン=フランツ則として知られる導電率と電子熱伝導率が比例
する現象が問題になってくるので、注意を要する。
熱電物性を考える上での有機材料の特徴として、このように熱伝導率が小さいだけで
なく、
分子振動とキャリア輸送のカップリングが大きいことも興味深い点である。
実際、
我々が一番期待しているところは、格子熱輸送とキャリア輸送が独立でないために(3)式
から成り立たないケースである。すでによく知られている例で言うと、フォノンドラッ
グと呼ばれる現象がそれに相当する。一般に低温にした金属や半導体に見られる現象で
あるが、フォノン-電子相互作用が優勢な条件において、フォノンが電子に運動量を与
えることによってゼーベック効果が増強される現象である。一般的に、有機半導体にお
ける室温付近でのキャリア輸送は、ホッピング伝導あるいはホッピング伝導とバンド伝
導の境界領域であると考えられている。何れも格子あるいは分子振動がキャリア輸送に
与える影響が大きく、その間の相互作用を考えると何らかの特殊な状況が見いだされて
も不思議ではないと考えている。
このように、有機系材料では、分子構造およびファンデルワールス固体としての構造
の柔らかさから来る機械的柔軟性だけでなく、柔軟な分子構造や分子内振動に起因する
熱容量や熱伝導率の大きい温度依存性、小さい熱伝導率、分子振動と局在キャリアとの
結合の強さから来る熱輸送とキャリア輸送の相互作用など、堅牢な格子とバンドを前提
とする無機熱電材料では見られない
「やわらかい」
熱電物性が主役になり得るところに、
研究の面白さと熱電性能のブレークスルーへの期待が持てるのである。
–273(27)–
4. これまでの有機熱電材料探索結果概要
我々が有機熱電材料の探索を始めた 2007 年の時点では、
有機材料の熱電特性に主眼を
4-7)
置いた論文は限られていた 。そのため、できるかぎり幅広い材料の熱電特性を評価す
ることで、フレキシブル熱電素子のために有望な材料群や従来のゼーベック効果の概念
を拡張するような材料群を探索することから研究をスタートした。その際、様々な有機
材料のκが 0.1~0.5 W/mK の狭い範囲に入っていることから、微少量での測定が困難な
κの評価を省略し、
まずはパワーファクターによってスクリーニングを行うこととした。
さらに、真空中でガス吸着を含めた純度コントロールをきちんと行いたい、薄膜や微小
結晶でも測りたい、極めて高抵抗な試料も測りたいという有機系特有の要求を全て満た
すために、独自の評価装置を製作した 8)。
この装置を用い、これまでに様々な有機材料(有機/無機複合材料を含む)のαおよ
びσを評価した結果を抜粋して、図1に示す。この図の左半分にプロットされている材
料は、試料抵抗が高すぎて市販の装置では測定が困難な材料である。考察のために、他
の研究グループから報告されている有機材料 9-13)および無機材料 14-21)についての値もプ
ロットしてある。図中に記入された斜めの点線は、等パワーファクター線であり、10–4
W/K2m が典型的な有機材料の熱伝導率を仮定した場合に室温での ZT がおよそ 0.1 にな
るラインである。
有機導体(△印)では、非縮退半導体のゼーベック効果とは(4)式以降が異なることか
らαに明確なσ依存性は見られず、およそ 10~20 μV/K の範囲に分布している。最近、
PEDOT:PSS にジメチルスルホキシド(DMSO)処理を施すことによって、大きなパワーフ
ァクターが得られることが見いだされた 13)。そこで報告されている室温における ZT の
最大値は 0.42 である。有機材料において報告されている ZT 値のうち、これが現時点で
我々の知る限り最も大きな値である。PEDOT:PSS では以前から大きな ZT 値が報告 23)
されており、無機熱電材料と同等のα–σ領域に食い込んでいることから、従来の熱電デ
バイスの延長線上で用いることができる可能性が高い有機材料であると思われる。さら
図1 様々な有機系材料のゼーベック係数と導電率の評価結果抜粋(文献 22 より改変
して転載)。 [ ]を付したものは,それぞれの番号の文献に記された値であり、×で
記されたものは無機熱電材料である。 –274(28)–
に、これに次ぐ大きなパワーファクターが得られている材料として、CNT 系の複合材料
がある 12)。
有機モット絶縁体(□印)では、金属-絶縁体転移が生じる温度付近で特異なゼーベッ
ク効果が起こり得る 5)。我々が K-TCNQ 単結晶について行った測定でも、σが敏感に変
化する温度域で特異的に大きなαが観測されている。これは、温度によって電子帯構造
や電子の秩序状態が大きく変化するために生じていると考えられ、これも(3)式では表さ
れないゼーベック効果の一例である。
図中の斜線で示された領域は、上限が有機半導体として報告例のあるμおよび m*のう
ち最もαが大きくなる組合せを(5)式および(6)式に代入したもの、下限が電界効果トラン
ジスタなどで使われる有機半導体材料のうちαが小さくなる典型値を代入したものであ
る。半導体材料(○印)については、大部分がこの領域内に収まっていることがわかる。
図1に表示された半導体カテゴリーに入る材料のうち、(5)式による限界を超えるαが得
られているものは、高抵抗な pure C60、pure pentacene、および C60:Cs2Co3 の3種である。
このうち、pure pentacene および C60:Cs2Co3 は、(4)式や(6)式を有機半導体に合わせて修正
すれば説明可能な範囲であると考えられる。それに対して pure C60 はかなり特異な位置
にプロットされている。
以上のように様々なカテゴリーの属する有機系材料を広く見ることによって、有機熱
電材料としてどこを攻めるべきかが明確になってきたと考えている。以下では、我々が
C60 に代表される巨大ゼーベック効果が現れ
現在力を入れて研究している材料系である、
る低分子系材料、ならびに、CNT 複合材料についての成果の一部を紹介する。
5. 低分子系有機半導体における巨大ゼーベック効果
図2は、図1から C60 についての結果のみを抜き出したもので、図中の曲線は(5)式お
よび(6)式(γ = –1/2 とした)に C60 単結晶において報告されているμおよび m*の平均
値を代入したものである。文献 10 および 11 に報告されている強いドナーによって化学
ドーピングされた C60 についての報告値は、この理論式と良く一致している。それに対
して、我々が測定した極めて高純度な C60 薄膜 24)では、100 mV/K 前後の巨大なαが得ら
れている 25)。
同一原料から成長させた薄膜でも、
試料によってαの極性が変わっていることから、
これらは極めて真性に近い状態の半導体である
と考えられる。しかし、真性に近いことを前提
としても、非縮退半導体のモデルから導き出さ
れるαを 100 倍近く大きくする条件は考え難い
こと、および、同じく真性状態に近い高純度ペ
ンタセン薄膜では従来理論で説明可能なαが得
られている(図1)ことから、この巨大なαも
従来理論とは(3)式段階から異なるメカニズム
によると考えられる。
この原因を探るべく、構造の異なる C60 分子
クラスタをモデリングし、分子動力学計算を用
いて熱導電率や比熱などの熱物性および分子振 図2 高純度およびドナー添加された C60 薄膜の熱電特性。 –275(29)–
動や回転運動の温度依存性についてシミュレーシ
ョンを行っている。暫定的な結果ではあるが、単
結晶の構造を元に作製したクラスタには見られな
い特異な温度依存性が、微結晶構造を再現させる
ために作製したクラスタにおいて観測されている
26)
。その温度域は、実験において得られたσおよ
びαが急激に変化する温度域と重なることから、
巨大ゼーベック効果との関連が疑われる。
図3 ベンゾポルフィリン薄膜におけ 一方、様々な低分子半導体材料の熱電特性を評
価するうちに、C60 と同じく 100 mV/K 前後の巨大
る熱起電力の温度差依存性。 なαを示す例が数多く見いだされ始めた。一例と
して、ベンゾポルフィリン薄膜において熱起電力の温度差に対する追従性を確認した結
果を図3に示す。100 分程度の長い時間をかけて電極間の温度差を段階的に変化させた
結果、温度差の変化に比例して電位差が生じ、それぞれのステップにおいて 20 分程度の
時間安定していることが判る 27)。このような測定から、この材料における 360 K 付近の
温度でのαは約 150 mV/K であると見積もられた。また、アルキル鎖置換ベンゾポルフ
ィリンでも同程度の巨大なαが観測されるが、
両者の温度依存性は異なっていた。
今後、
分子構造-分子振動-ゼーベック係数の相関を明らかにする実験を進めてゆく。
6. タンパク質単分子接合による熱・キャリア輸送の独立制御
図1より、カーボンナノチューブ(CNT)複合材料(+印)では、有機導体と同等のσ
ながら、比較的大きなαが測定されている。ただし、CNT そのものは極めて熱伝導率が
高いことが知られており、そのままでは大きな ZT を得るためには不利である。そこで
我々は、様々な無機コア粒子を内包する能力を持つかご状タンパク質である Listeria
innocua Dps に CNT に選択的に吸着する能力を付与したもの 28-30) (図4(b)。以下、これ
を C-Dps と称する。)をモデル分子として利用し、分子の機能によってκを抑えつつα
およびσを増加させる新たな熱電複合材料設計を試みた 31)。
図4(b)に、無機粒子を内包した C-Dps 分子で2本の CNT が橋渡しされた接合部の模
式図を示す。ナノカーボン、タンパク質および無機ナノ粒子という、3つの異なる材料
分野がナノスケールで融合した、ユニークな系である。リボンモデルで表示された Dps
分子の実際の大きさは、外径約 9 nm、コア部分の直径約 4.5 nm である。この分子を金
属半導体混合状態の CNT に水中で吸着させ、Dps 吸着 CNT を遠心分離した後に、その
(a)
(b)
図4 (a)本研究で用いた Dps タンパク質の構造、および、(b)それが CNT 単繊維間を橋渡
しすることによる局所的なゼーベック効果の概念図。 –276(30)–
水分散液からキャスト法によって不織布状の
CNT-Dps ナノコンポジット薄膜を形成した。
このようなナノコンポジットの熱伝導率を測
定したところ、CNT のみを凝集させたものに
対して約 1/130 に å まで熱伝導が抑制される
ことが確認された。
図5に、CNT-Dps 薄膜の熱電特性と、その
コア粒子依存性を示す。各点のラベル()内に
書かれている元素記号、Co、Fe、CdSe、CdS
Fe2O3・nH2O、
は、
それぞれ内包粒子が Co3O4、
図5 CNT-かご状タンパク質ナノコ
CdSe、CdS の微結晶であることを示す。
ンポジット(CNT-Dps)の熱電特性にお
apoDps(コア粒子が入っていないもの)を基
けるコア材料の影響。 準に、Co 酸化物および Fe 酸化物ではα、σ
ともに増加し、CdS および CdSe ではαはやや減少、σは明確に減少している。電流経
路中に占める長さ割合が小さいと考えられる内包粒子の種類のみを変えることで大きく
熱電特性が変わることから、タンパク質分子接合部がナノコンポジットのゼーベック効
果に大きく寄与していることがわかる。その考えられるメカニズムを、図4(b)に示す。
Dps(Co)のような薄い絶縁性のシェルと半導体コアを有するコアシェル型分子が CNT 間
に挿入されると、CNT と分子の境界におけるフォノン散乱のために熱伝導が妨げられ、
粒子の前後で大きな温度差が生じる。これによって、コアを介したトンネル拡散流に不
均衡が生じ、熱起電力が発生する。電極間の電流経路において、CNT/Dps/CNT/…
CNT/Dps/CNT という直列接続が Dps の CNT 吸着能を利用することによって自己組織的
に形成されるため、接合部の局所的に大きな熱起電力が直列的に加算され、ナノコンポ
ジット全体のαに明確な差を生じたと考えられる。このとき、半導体コアが p 型的であ
れば正の、n 型的であれば負のαが加算されるのに対して、本研究で用いた CNT 膜その
p 型半導体的であると考えられる Co3O4 あるいは Fe2O3・
ものが正のαを持っているため、
nH2O を入れたときにαが増加すると考えられる。
7. おわりに
本稿では、我々が行っている有機熱電材料の探索研究について、その動機と現状を駆
け足で紹介した。これまでに得られた結果を概観すると、ゼーベック効果の観点から有
機材料を幅広く眺めることによって、即時的な実用性が期待される材料から、従来の無
機熱電材料では馴染みの無いメカニズムによるゼーベック効果の発現まで、様々な要素
が見えてくる。このような幅広い材料探索とメカニズム追求から、我々の目指す「やわ
らかい」熱電材料が数多く見いだされ、フレキシブル熱電変換デバイスの実用化につな
がることを期待している。
謝辞 本研究の実験を主に担当した星敦史、戸松康行、伊藤光洋の諸氏、ならびに、共同研
究者である酒井正俊准教授(千葉大)、松原亮介博士、岡本尚文氏、山下一郎教授、葛
原大軌博士、山田容子教授(以上、NAIST)、池田征明博士(日本化薬)に感謝致しま
–277(31)–
す。本研究は、JSPS 科研費 20655040(中村)および 25888016(小島)の助成、ならび
に、文部科学省特別経費による NAIST「グリーンフォトニクス研究プロジェクト」の支
援を受けて行われたものである。
参考文献
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ト(http://www.ti.com/lit/ds/symlink/ads1293.pdf)他,関連情報より.
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17) 日本セラミックス協会・日本熱電学会編: 熱電変換材料, p.106-118 (日刊工業新聞社, 2005).
18) 日本セラミックス協会・日本熱電学会編: 熱電変換材料, p.118 (日刊工業新聞社, 2005).
19) J. Tani and H. Kido: J. Appl. Phys. 88, 5810 (2000).
20) K. Kurosaki, H. Muta, M. Uno, and S. Yamanaka: J. Alloys Compd. 315, 234 (2001).
21) N. P. Blake, S. Latturner, J. D. Bryan, G. D. Stucky, and H. Metiu: J. Chem. Phys. 115, 8060 (2001).
22) 中村雅一: 応用物理 82, 954 (2013).
23) 例えば,産業技術総合研究所プレスリリース
(http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2012/pr20120831/pr20120831.html)など.
24) フロンティアカーボン社製高純度グレード昇華精製品(>99.9%)を原料とし,HMDS 処理
を施したガラス基板上に超高真空中で蒸着し、その場測定を行った.
25) M. Nakamura, Y. Tomatsu, M. Ito, and R. Matsubara: 7th Int. Conf. on Molecular Electronics and
Bioelectronics (Fukuoka, Japan), abs. p.82 (2013).
26) 小島広孝, 阿部竜, 藤原史弥, 伊藤光洋, 橋爪拓也, 松原亮介, 中村雅一: 信学技報 114,
OME2014-46 (2014).
27) 阿部竜, 伊藤光洋, 高橋功太郎, 小島広孝, 松原 亮介, 葛原大軌, 山田容子, 中村雅一: 第 61
回応用物理学春季学術講演会, 10p-E6-7 (2014).
28) K. Iwahori, K. Yoshizawa, M. Muraoka, and I. Yamashita: Inorg. Chem. 44, 6393 (2005).
29) K. Iwahori, T. Enomoto, H. Furusho, A. Miura, K. Nishio, Y. Mishima, and I. Yamashita: Chem.
Mater. 19, 3105 (2007).
30) M. Kobayashi, S. Kumagai, B. Zheng, Y. Uraoka, T. Douglas, and I. Yamashita: Chem. Commun. 47,
3475 (2011).
31) M. Ito, N. Okamoto, R. Abe, H. Kojima, R. Matsubara, I. Yamashita, and M. Nakamura: Appl. Phys.
Express 7, 065102 (2014).
–278(32)–
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