Comments
Description
Transcript
2002年~2010年にかけての訪日客動向分析 - JAFIT
日本国際観光学会論文集(第20号)March,2013 《研究ノート》 2002年~2010年にかけての訪日客動向分析 よ し だ たかし 吉田 隆 ㈱ ANA 総合研究所 Visit Japan Campaigns was conducted to achieve 10 million visitors to Japan by 2010, however the final number was 8.61 million, and the goal has not accomplished. Examining the results by market, we find the performance of markets was very large; the number of visitors from Asian countries was doubled, that from U. S. A. and U. K. were increased less than non-VJC markets. We assume that such difference of performance is caused by the fundamentals concerning with ‘travel to Japan'. The fundamentals are composed of demand factors such as consumers' interests in Japan tour, etc. and supply factors such as airline, trourism company, etc.. In Korea, the fundamentals are strong so that the number to Korean tourist to Japan rebounded strongly after the decline caused by Leman-shock. we think it important to make it stronger in USA and UK. 「2010年までに訪日外客1000万人」を目標に始まったビジット・ジャパン・キャンペーン(以下、VJC と省略する。 )は、当初順 調に訪日外客数を増加させたものの、2008年に発生したリーマン・ショックの影響を受け、2010年の訪日外客数は861万人にとどま った。 しかし、訪日客の動向を市場別にみると、中国、タイ、シンガポールのように訪日客を2002年の倍以上増加させた市場がある一 方、英国などは減少させており、市場によって成果に大きな違いがある。VJC の成果を評価する際には、このような市場別の視点 が重要である。 本論は、VJC の成果を踏まえた今後の施策の検討をするために、訪日客の動向を市場別、期間別に分析したものである。 1.VJC における訪日客の全体的動向 図-1 VJC 期間における訪日客の動向 VJC は、開始早々の2003年4月から数 ヶ月、SARS の流行による訪日客の減少 を経験したが、その後リーマンショック が起きるまでは順調に訪日客の増加させ ることに成功した。過去12ヶ月間の訪日 客の合計(以下、 「年計ベース」と呼ぶ。) は、2003年3月の531万人から、2008年7 月には876万人に達した。 その後訪日客は15ヶ月連続して減少 し、 2009年10月にはピーク時よりも210万 人少ない666万人となった。その後急回復 をしたものの、目標年の2010年の訪日客 は861万人にとどまった。 本論では、VJC 期間を開始からピーク 時までを第Ⅰ期、ピーク時からボトム時 (出所)日本政府観光局「国際観光統計」より作成 までを第Ⅱ期、ボトムから2010年12月ま -123- 日本国際観光学会論文集(第20号)March,2013 図-2 訪日客増大期(第Ⅰ期)の市場別パフォーマンス 但し、訪日観光ビザの発給条件が緩和 された中国、 「ミシュラングリーンガイ ド」が発行されたフランスからの訪日客 の減少は比較的小幅な減少にとどまっ た。 (3)第Ⅲ期:訪日客回復期(2009年10 月~2010年12月) リーマンショックによる影響が底を打 った2009年10月以降、訪日客は急回復を 示した。特に、最も落ち込みの大きかっ た韓国市場は62.2%と最も大きい伸びを 示した。しかし、図-3が示すように、第 Ⅱ期の落ち込みと第Ⅲ期の回復との間に は関係を見出すことはできない。 (出所)日本政府観光局「国際観光統計」より作成 図-3から読み取れることは、 第Ⅲ期に でを第Ⅲ期として、分析をおこなった。 客が減少した。VJC 重点市場全体で、15 おける回復状況が、アジアと欧米で大き ヶ月間に25.2%減少した。特に、訪日市 く異なるということである。 場拡大の牽引車であった韓国人訪日客 第Ⅲ期における非重点市場の増加率は が、数でも割合でも最も大きく減少した。 13.1%であったが、欧米豪のすべての重 VJC 非重点市場の減少率が10.8%であっ 点市場の増加率はそれを下回った。カナ 第Ⅰ期において訪日客は64.8%増加 たことを考えると、第Ⅰ期に大きく訪日 ダは第Ⅲ期でも減少した。逆にアジアは し、876万人になった。特に、2008年前半 客を増やした市場の落ち込みが、相対的 インドを除きすべての市場で13.1%を上 には年間100万人程度の勢いで増加して に大きかったと言えよう。 回った。 2.訪日客の市場別動向 (1)第Ⅰ期:訪日客増大期(2003年4 月~2008年7月) いたことから、 「2010年に1000万人」の目 標も射程距離に入る状況であった。 表-1 各期間における訪日客増減率 このような好調な訪日客の増大を牽引 第Ⅰ期 2003年3月~ 2008年7月 したのは、VJC 当初から重点市場として 位置づけられていた韓国、台湾、中国、 香港の4市場であり、この4市場で増加 数全体の82%を占めている。また2005年 度に重点市場に指定されたタイ、シンガ 第Ⅱ期 2008年7月~ 2009年10月 第Ⅲ期 2009年10月~ 2010年12月 通期 2003年3月~ 2010年12月 全体 64.8% -23.9% 29.2% 62.0% 韓国 102.1% -44.0% 62.2% 83.8% 台湾 64.0% -29.1% 23.8% 43.8% 中国 112.4% -1.0% 41.8% 198.1% ポールは2倍以上に訪日客を増加させ 香港 88.8% -14.0% 14.3% 85.7% た。 タイ 159.5% -12.0% 25.9% 187.4% 一方、VJC 開始当時から重点市場に指 マレーシア 54.5% -13.3% 31.0% 75.3% 定されていた米国の増加率は非重点市場 シンガポール を下回り、2004年度に指定された英国は 僅かではあるが訪日客を減少させた。 (2)第Ⅱ期:訪日客減少期(2008年7 月~2009年10月) 120.5% -18.7% 32.1% 136.7% 豪州 47.3% -15.9% 9.3% 35.4% インド 48.2% -14.3% 12.9% 43.4% ロシア 73.7% -28.0% 4.8% 31.0% 英国 -0.4% -15.6% 0.5% -15.5% フランス 64.6% -2.9% 6.6% 70.3% ドイツ 35.6% -13.7% 11.3% 30.1% リーマンショックに端を発した訪日客 米国 12.2% -14.0% 4.3% 0.7% の減少は、2009年10月までの15ヶ月間続 カナダ 32.7% -11.4% -0.7% 16.8% き、訪日客はピーク時から23.9%減の666 重点市場計 70.4% -25.2% 31.1% 67.1% 万人まで落ち込んだ。 非重点市場 23.3% -10.8% 13.1% 24.4% 第Ⅱ期は、すべての市場において訪日 (出所)日本政府観光局「国際観光統計」より作成 -124- 日本国際観光学会論文集(第20号)March,2013 図-3 第Ⅱ期と第Ⅲ期の訪日客増減率の関係 ることが分かる。 しかしそれ以外の時期では為替の動き と訪日客の動きは連動していない。2003 年4月~2004年10月および2007年10月~ 2008年9月の期間は、ウォン安にもかか わらず訪日客は増加している。そして 2009年10月から2010年12月にかけては、 ウォン安が修正されないまま訪日客は 100万人近く増加した。 またウォン高局面とウォン安局面を比 較すると、ウォン・円レートが同じでも 訪日客数に大きな違いがある。このこと から、為替以外の要因も韓国人の訪日旅 行には大きな影響を与えていることが推 測できる。 (出所)表-1より作成 ウォン安局面では、ウォン高局面の訪 第Ⅱ期の減少率と第Ⅲ期の増加率を比 (1)韓国市場の変動性 日客増加ペースよりも緩やかな減少とな 較してみても、フランス以外の欧米豪市 韓国からの訪日客は、ウォン・円レー る現象は、経済学におけるラチェット効 場は第Ⅱ期の減少率のほうが大きかった トに左右されやすいという指摘が多い。 果と似たものと理解できる。 が、アジアでは台湾とインドを除くとす そこで、ウォン・円レートと訪日客との ラチェット効果とは、 「所得が減少より べての市場で第Ⅲ期の増加率のほうが大 関係をグラフにしたものが図-5である。 も消費支出の減少は緩やかなペースであ きかった。 縦軸を当該月を含む過去12ヶ月の訪日韓 る。 」というものであり、一度経験した消 国人客数、横軸を当該月を含む過去12ヶ 費水準は下がりにくいことの説明となっ 3.考察 月のウォン・円レートの平均値として各 ている。 VJC 期間の訪日客の動向分析から、韓 月のデータをプロットし、時系列で各点 VJC 期間、韓国人一人当たり GDP は 国市場の変動の大きさと、欧米市場のパ を線で結んだものである。 ウォン・ベース(名目)では増加してい フォーマンスの低さが問題点として指摘 このグラフをみると、2004年10月から たものの、円に換算するとウォン安によ できる。 2007年10月にかけてのウォン高局面に訪 って大きく減少している。その変化と訪 韓国市場は最終的には全体を上回る成 日客が増加し、2008年6月から2009年10 日客の動向をプロットしたものが図-6 果を示したものの、リーマンショック以 月にかけてのウォン安局面で減少してい である。このグラフからも一度訪日旅行 降の1年半の間に100万人も訪日客を減 少させた。東日本大震災による影響も大 図-4 市場別訪日客構成の推移 きく、2011年の訪日韓国人は全体(-27.8 %)を上回る32.0%の減少となった。最 大の訪日市場のこのような変動が及ぼす 影響は大きい。 欧米豪市場は、VJC 期間を通して非重 点市場を下回る成長しか達成することが できなかった。訪日客全体に占めるシェ アも27.5%から18.8%へと減少した。 (図- 4参照)欧米から隣国である韓国への訪 問者数は同じ期間増加していること1 を 考えると、欧米市場におけるVJC事業の 展開に関する検証が必要と思われる。 (出所)日本政府観光局「国際観光統計」より作成 -125- 日本国際観光学会論文集(第20号)March,2013 図-5 ウォン・円レートと訪日客との関係 (2)欧米市場の不振への仮説 欧米市場の不振に関しては、市場毎に 様々な要因があると考えられるが、韓国 で考えられるような訪日旅行のベースと なるものに変化が生じているのではない かという仮説が考えられる。 VJC 当初、豪州、カナダを除くと、欧 米豪の重点市場からの訪日客は観光客と 同程度商用客によって占められていた。 そしてVJCの間ロシアとドイツ以外は商 用訪日客を減らしている。 (図-7参照) 訪日客全体の半分近くを占める商用訪 日客が減少するということは、その市場 から日本への航空座席の供給に影響を及 (出所)日本政府観光局「国際観光統計」および海外投資データバンク資料より作成 ぼす。実際、VJC の期間に航空座席の減 少が生じている。このような現象が、訪 を経験した消費者は、ウォン安になって それ以外に供給側の要因も訪日客の減少 日旅行の基礎力を削いでいるのではない も訪日旅行をなかなか減らさないことが に歯止めをかける働きをすると考えられ だろうか。 確認できる。 る。つまり、航空座席供給量や訪日旅行 また、英仏独は人口数千万人規模の国 ラチェット効果が生じる背景には、消 取扱旅行社などである。航空会社や旅行 でありながら、訪日客は十数万人規模で 費経験によるニーズの強化・拡大のよう 会社が訪日旅行プロモーションの規模を ある。日本を旅行する人は人口の1%に なものが考えられている。各種調査にお 縮小させないことが、訪日客減少を食い も満たない。この規模では、日本観光旅 いて訪日外国人の満足度や再訪意向が高 止めるための重要なポイントである。 行経験者が社会全体に占める割合は少な いように 、一度日本観光の魅力を経験し 訪日客の変動は、他の重点市場と比較 く、デスティネーションとして日本が広 た消費者は、経験する前よりも訪日旅行 して大きかったものの、為替変動の大き く認知されるのは難しいと考えられる。 に対するニーズを強く持つ。モニター・ さと比較すれば小幅であり、ウォン安へ その結果、訪日旅行に関する基礎力なる ツアーのような形でも、一度経験しても の転換と訪日客の減少との間にギャップ もの3 がなかなか形成されていないので らうことが市場拡大の手段として有効で があることから、韓国には訪日旅行に関 はないかとも考えられる。 ある。 する需要面・供給面でのベースとなるも インバウンド・ツーリズムに関しては、 のがあると言えよう。 2 4 まとめ 現在観光庁は、VJC に引き続き、2016 図-6 韓国人一人当たり GDP と訪日韓国人数 年までに1800万人の訪日客実現を目指 し、ビジット・ジャパン事業を展開して いる。この目標の実現のためには、VJC で行った施策を評価し、それを高度化し ていくことが必要である。 今回の分析において、英米市場では必 ずしも思わしい成果を上げることができ なかったが、その背景に訪日旅行の基礎 力が低下しているのではないかという問 題提起を行った。 隣国韓国は、韓流ブームを演出し、仁 川空港をアジアのハブ空港として強化す るなどの施策を展開する中で、外国人訪 問者数を増加させている。これらの施策 が、 訪韓旅行に関して海外市場が持つ「基 (出所)各種統計より作成 -126- 日本国際観光学会論文集(第20号)March,2013 図-7 VJC 期間中の商用訪日客の増減(2002年=100とした場合の2010年の値) (出所)日本政府観光局「国際観光統計」より作成 礎力」の強化に貢献しているのではない 訪日旅行経験者数、訪日旅行取扱旅行 かということが考えられる。 会社の存在、日本への航空路線座席供 今後、この基礎力という概念を明確に 給量などである。 し、その拡充のための方策を検討するこ とが今後の課題である。 主要参考文献 ・日本政府観光局「JNTO 日本の国際観 脚注 光統計」 。 (2010年) VJC 期間である2004年から2010年にか 1 けて、欧米のVJC重点市場は、以下の ・The World Bank http://data.worldbank. org/(2012年11月16日現在) ように訪韓者数を増やしている。 (韓国 観光公社資料) 2004年 【本論文は所定の査読制度による審査を経たものである。 】 2010年 米 国 51.1万人 → 65.3万人 カナダ 7.8万人 → 12.1万人 英 国 7.3万人 → 9.8万人 ドイツ 7.5万人 → 9.8万人 フランス 4.4万人 → 6.6万人 観光庁「訪日外国人消費動向調査(7- 2 9月期)」では、訪日旅行の満足度は 「大変満足(38.2%)」、 「満足(52.0%)」 であわせて90.2%が満足、再訪意向は 「必ず来たい(55.4%)」、 「来たい(36.8 %)」であわせて92.2%が再訪意向をも っている。 「訪日旅行に関する基礎力」 という用語 3 は、本論において筆者が仮説的に設定 したものである。その意味するものは、 各市場の潜在的訪日旅行者数を規定す る各種要因であり、日本観光の認知度、 -127- -128-