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欧州マイナス金利の日本への示唆

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欧州マイナス金利の日本への示唆
みずほインサイト
欧 州
2016 年 2 月 19 日
欧州マイナス金利の日本への示唆
欧米調査部上席主任エコノミスト
吉田
健一郎
03-3591-1265
[email protected]
○ 欧州のマイナス金利政策と比較すると、日本銀行は金融機関の収益に過度な下押しを与えないよう、
慎重に中銀預金へのマイナス付利の範囲を設定している。
○ マイナス金利により預金金利は低下が予想される。ユーロ圏では金融機関全体の純受取利息額が減
少した。マイナス金利で通貨安が進む保証は無く、北欧諸国は為替介入を併用して通貨高を防いだ。
○ ユーロ圏の「マイナス金利付き量的緩和」は、企業の資金需要回復や金融機関の与信スタンス緩和
をもたらした一方、外部環境の悪化により効果は弱まった。
1.はじめに
日本銀行は、1月29日の金融政策決定会合において追加緩和策を発表し、「マイナス金利付き量的・
質的金融緩和」を導入した。日銀は、スキームの組成に当たってはスイスなど既にマイナス金利を導
入している欧州の事例を参考にしたと発表している。そこで、本稿では既にマイナス金利を導入して
いるユーロ圏、スイス、デンマーク、スウェーデンの事例を確認し、日本におけるマイナス金利導入
の影響を考えてみたい。
2.欧州のマイナス金利政策
ユーロ圏並びに、スイス、デンマーク、スウェー
図表1 欧州各国の主要政策金利
デン(以下北欧3カ国といった場合はこの3カ国、欧
州といった場合はこれにユーロ圏を加えた地域を
指す)の主要政策金利の推移は、図表1の通りとな
る。ユーロ圏と北欧3カ国の政策金利は概ね連動し
(%)
6
ユーロ圏(預金ファシリティ金利)
5
4
ている。これは、欧州中央銀行(ECB)が利下げ
(利上げ)を行うと北欧3カ国通貨に対ユーロでの
スウェーデン(レポ金利)
2
国通貨高(安)の防衛のために追随利下げ(利上げ)
1
を行う傾向が強いためである。
0
に北欧3カ国が追随する形で進んでいる。2012年に
マイナス金利政策を一時的に導入したデンマーク
1
デンマーク(譲渡性預金金利)
3
増価(減価)圧力がかかるために、北欧3カ国も自
欧州のマイナス金利政策も、基本的にはユーロ圏
スイス(中銀預金金利)
▲1
(資料)Bloombergより、みずほ総合研究所作成
(年)
のケースを除けば、ECBがマイナス金利に転じた2014年6月以降に、北欧3カ国は主要な政策金利に
マイナス金利を導入した。
欧州と日本のマイナス金利政策の枠組みを比較すると、日本銀行は金融機関の収益に過度な下押し
を与えないよう、慎重に中銀預金へのマイナス付利の範囲を設定している1。北欧3カ国の金利政策の
枠組みについてまとめると図表2の通りとなり、中銀預金においてマイナス付利となる範囲は各国でま
ちまちとなっている2。ユーロ圏並びに北欧3カ国の当座預金残高を、マイナス金利が付与される部分
とそれ以外に分け、マイナス金利導入時点と2015年末時点での銀行総資産比を比較してみると、図表3
のようになる。2015年末時点で欧州においてマイナス付利がなされている中銀預金残高は、銀行総資
産比1.2%~5.2%となる。これに対して、日本銀行の場合はマイナス付与がなされる政策金利残高(約
10兆円)の規模は当初銀行総資産比約1%にとどまり、将来的に政策金利残高を20兆円に増額したとし
ても同2%止まりとなる。金融機関の中銀預金全体に占めるマイナス金利付与適用残高のシェアも、欧
図表2 欧州各国の主要政策金利
マイナスとなっている主要な政策金利
ユーロ圏
預金ファシリティ金利:▲0.3%
デンマーク
譲渡性預金金利:▲0.65%
発表日
金融政策変更
の主たる動機
2014年6月5日
物価安定
マイナスが付与される預金
超過準備全体、法定準備にはプラス付利
2012年7月5日
各個別行ごとに中銀預金の上限を設定、上限を (一旦プラスに転じ
為替相場安定
たうえ、2014年9月
上回る部分は中銀預金(▲0.65%)へ
に再度マイナスへ)
スイス
法定準備の20倍±現金保有変動で計算される
2014年12月18日 為替相場安定
閾値を越える部分は中銀預金(▲0.75%)へ
中銀要求払い預金金利:▲0.75%
スウェーデン
レポ・レート:▲0.5%
準備預金は無し。日々のファインチューニングオ
ペ(レポ・レート±0.1%)を通じて、流動性を調
2015年2月11日
整。中銀証書の発行によっても超過準備を吸収
(付利は▲0.5%)
日本
日銀当座預金金利:▲0.10%
当座預金を三層構造に分けて、総額から基礎
残高、マクロ加算残高を除いた政策金利残高に 2016年1月29日
対してマイナス付利を行う
物価安定
物価安定
(資料)みずほ総合研究所
図表3 欧州各国の中銀預金額(銀行総資産比)
中銀預金(プラス付利)
中銀預金(マイナス付利)
(銀行総資産比、%)
(%)
中銀預金に占めるマイナス付利預金の比率(右目盛)
30
120
25
100
20
80
15
60
10
40
5
20
0
0
導入時
2015年末
ユーロ圏
導入時
2015年末
スイス
導入時
2015年末
デンマーク
導入時
2015年末
スウェーデン
導入時
日本
(注)各国GDPはユーロ圏はEurostat、その他はIMFの見通し。日本は当座預金総額は260兆円、うちマイナス金利が付加され
る政策金利残高は10兆円として計算。スウェーデンは法定準備預金制度は無く、中銀預金には全てマイナス金利が課される。
(資料)ECB、SNB、Eurostat、日本銀行より、みずほ総合研究所作成
2
州各国と比較すると低い。
3.マイナス金利導入の預貸金利と金融機関収益への影響
マイナス金利政策導入後の企業や家計向け預金・貸出金利の動向をユーロ圏、スイス、スウェーデ
ンに関して確認する。まず預金金利については、各国においてマイナス金利が導入された月(ユーロ
圏は2014年6月、スイスは2014年12月、スウェーデンは2015年2月)を基準として前後の変動をみると、
個人向け・企業向けともに、いずれの地域・国でも低下がみられるが、概ねプラスを維持している(図
表4、5)。もっとも、スイスにおいては一部金融機関が個人向け流動性預金金利をマイナスとしてお
り3、また大口の短期預金はマイナスに転じている4。
貸出金利については、まちまちな状況にある(図表6、7)。ユーロ圏では、住宅ローン金利と短期
貸出金利はともに低下している。一方で、スイスの住宅ローン金利は、マイナス金利導入以降に緩や
図表4 ユーロ圏・北欧の家計向け預金金利
図表5 ユーロ圏・北欧の企業向け並びに大口預金金利
ユーロ圏(翌日物)
(%)
0.6
ユーロ圏(1年以内)
(%)
スイス(一覧払預金)
1.2
スイス(1年以内、10万フラン以上大口)
スウェーデン(翌日物含む全期間)
1.0
スウェーデン(翌日物除く)
0.5
0.8
マイナス金利導入
0.4
マイナス金利導入
0.6
0.3
0.4
0.2
0.2
0.0
0.1
▲ 0.2
▲ 0.4
0.0
▲ 12▲ 10 ▲ 8 ▲ 6 ▲ 4 ▲ 2
0
2
4
6
8
10
12
(月数)
(月数)
(注)マイナス金利導入月をゼロとする。スイスは、大口預金にかかる金利で、企業向
けだけに限らない
(資料)各国中銀より、みずほ総合研究所作成
(注)マイナス金利導入月をゼロとする
(資料)各国中銀より、みずほ総合研究所作成
図表6 ユーロ圏・北欧の住宅ローン金利
図表7 ユーロ圏・北欧の短期貸出金利
ユーロ圏(変動)
(%)
3.0
(%)
スイス(変動、ベースレート連動型)
3.0
スウェーデン(全期間)
ユーロ圏(3カ月超1年以内、百万ユーロ超)
スウェーデン(3カ月超1年以内)
2.8
2.5
2.6
2.4
2.0
2.2
2.0
1.5
1.8
1.6
1.0
1.4
マイナス金利導入
マイナス金利導入
1.2
0.5
1.0
▲ 12▲ 10 ▲ 8 ▲ 6 ▲ 4 ▲ 2
0
(注)マイナス金利導入月をゼロとする。
(資料)各国中銀より、みずほ総合研究所作成
2
4
6
8
10
12
▲ 12▲ 10 ▲ 8 ▲ 6 ▲ 4 ▲ 2
(月数)
0
2
4
6
8
10
12
(月数)
(注)マイナス金利導入月をゼロとする。
(資料)各国中銀より、みずほ総合研究所作成
3
かに上昇し、スウェーデンでは下げ止まっている。これらの国では住宅市場の過熱が影響している可
能性が考えられる。
個人向け預金金利がプラス圏にとどまる中で貸出金利の低下が続けば、金融機関の収益への悪影響
が懸念される。ユーロ圏金融機関の家計並びに企業向け貸出・預金のみに的を絞り、純受取利息額を
推計すると図表8の通りとなる。ユーロ圏では、預貸実効金利差の縮小とともに純受取利息額は減少し
ている。デンマークやスウェーデンの大手行における純受取利息額をみると、2015年を通じて緩やか
に減少しており、マイナス金利の影響が出始めていると考えられる(図表9)。もっとも、スウェーデ
ンのケースでは純受取利息額の減少を非金利収入の上昇が補う形で、収益面での影響は相対的には軽
微なものにとどまっている。
4.マイナス金利導入の為替相場への影響
マイナス金利の為替相場への影響は一様ではない。ユーロ圏ではマイナス金利導入後に、為替市場
でユーロ安が進んだ。ユーロドル相場と政策金利との連動性が高い短期ゾーン(2年)の独米国債利回
り差とを比較すると、次頁図表10の通りとなり、金利差の変化が為替レートに影響を及ぼしている可
能性が高い。ECBがマイナス金利を導入した2014年半ば以降、独米金利差はマイナス幅が拡大し、
この過程でユーロは対ドルを中心に減価した。しかし2016年に入ると、米国の利上げ期待の後退もあ
り、独米金利差のマイナス幅拡大は一服、これに伴いユーロは対ドルで増価に転じた。
北欧3カ国では、必ずしも通貨安が進展している訳では無いが、マイナス金利政策は為替市場での自
国通貨高圧力の緩和に一定の効果を挙げたと考えられる。前述の通り、北欧3カ国の中央銀行は、政策
金利をECBの政策金利に連動させ、金融政策の自由度を放棄する代わりに為替相場を安定させるこ
とにより、物価安定を実現しようとしている。典型例はデンマークであり、同国ではEUの為替レー
トメカニズム(ERM2)に参加し、デンマーククローネの対ユーロでの為替変動を中心値から上下±
2.25%に定めている。このため、同国の金融政策は、基本的にECBの金融政策に追随したうえで、
更に自国通貨に増価(減価)圧力が掛れば、自国通貨売り(買い)介入又は追加利下げ(利上げ)を
図表8 ユーロ圏金融機関の純受取利息額
図表9 ノルウェー・デンマーク大手行の純受取利息額
(10億クローナ)
(%pt)
(10億ユーロ)
300
14.0
2.9
マイナス金利導入
2.8
290
(10億クローネ)
32
31
スウェーデン
30
デンマーク(右目盛)
13.5
13.0
29
280
2.7
270
2.6
12.5
28
12.0
27
11.5
26
2.5
260
純受取利息額
250
2.4
預貸実効金利差(右目盛)
11
12
13
10.5
24
23
2.3
240
10
11.0
25
14
15
(年)
10.0
11
12
13
14
15
(年)
(注)スウェーデンの大手4行(ノルデアバンク、スベンスカハンデルスバンケン 、スウェド
バンク、スカンジナビスカ・エンスキルダバンケン)、デンマークの大手4行(ダンスケバンク、ノルデ
アバンク、ユスケバンク、シドバンク)の合算。Bloomberg集計データの合計値。
(資料)Bloombergより、みずほ総合研究所作成
(注)対象は、ユーロ圏における金融機関(保険・年金等は除く)の、家計並びに事業法人向け預金
と貸金。実効金利は、預金種類・期間別、貸出種類・期間別の残高と金利の加重平均値
(資料)ECBより、みずほ総合研究所作成
4
行う。この結果、クローネの対ユーロ相場は概ね横ばいで推移している(図表11)。
欧州債務危機を受けて逃避的なフラン高圧力が高まったスイスでは、2011年に対ユーロでのフラン
の上限(1ユーロ=1.2フラン)を設置し、同水準を守るために無制限の介入策を実施することを発表
した。このため、2011年以降、フランの対ユーロ相場は概ね横ばいで推移したが、2015年1月にフラン
の上限を撤廃した際には20%を越える急激なフラン高が進んだ。この時スイス国立銀行(SNB)は
中銀預金金利を▲0.25%から▲0.75%へ引き下げたが、これは通貨安に誘導するためではなく、急速
な通貨高を防止するための措置と捉えられる。この結果、スイスフランは減価に転じ、大幅な増価の
後とはいえ、一応の安定を実現している。
もっとも、北欧3カ国の場合は、為替相場の安定を実現するために積極的な為替介入を行っている。
このため、必ずしもマイナス金利だけが通貨安の要因ではない。SNBの外貨資産をみる限り、同行
は2015年内も断続的にスイスフラン売り介入を実施していた模様だ。スウェーデンの中央銀行である
リクスバンクも、補完的な金融政策手段として、為替介入を辞さないことを2016年初の理事会におい
て決定しており、為替相場変動による物価への影響には常に注意を払っている5。
北欧3カ国よりも金融政策の自由度が高い一方で、為替相場が変動しやすい日本の場合、ユーロ圏の
場合と同様にマイナス金利による日米金利差の拡大は円安圧力に繋がる可能性がある。しかし、現時
点では金融市場の不安定化に伴う逃避的な円買い需要の高まりなどにより、マイナス金利発表後に急
速な円高が為替市場で進んでいる。為替レートは二通貨間の相対的な需給バランスにより変動するた
め、マイナス金利が導入されただけで円安となる保証は無い。
5.ECBの「マイナス金利付き量的緩和」のこれまでの評価
ユーロ圏の「マイナス金利付き量的緩和」策は、企業の資金需要回復や金融機関の与信スタンス緩
和をもたらした一方、外部環境の悪化により効果は弱まった。
前述の通り、ECBは2014年6月の政策理事会において預金ファシリティ金利を▲0.1%に引き下げ、
主要国中央銀行としては初めてマイナス金利を導入した。その後もECBは断続的に緩和策を実施し、
図表10 ユーロドル相場と独米金利差
図表11 北欧通貨の対ユーロ相場
(2014/1/1=100)
125
(%)
(ドル/ユーロ)
1.45
0.0
ユーロドル相場
1.40
▲ 0.2
120
▲ 0.4
115
スイス
デンマーク
スウェーデン
自国
通貨高
独米金利差(右目盛)
1.35
1.30
▲ 0.6
110
1.25
▲ 0.8
105
1.20
1.15
▲ 1.0
マイナス金利導入
1.10
100
▲ 1.2
1.05
▲ 1.4
95
1.00
▲ 1.6
90
自国
通貨安
14
(年/月)
15
(資料)Bloombergより、みずほ総合研究所作成
(資料)Bloombergより、みずほ総合研究所作成
5
16
(年)
2015年1月には国債購入を含む毎月600億ユーロの資産購入を行う、包括的資産購入プログラム(AP
P)を発表、いわゆる量的緩和策(QE)に踏み切った。また、2015年12月には油価の続落など市場
の急変に対応する形で、預金ファシリティ金利を▲0.2%から▲0.3%に引き下げ、2016年には更なる
追加利下げも予想されている。
マイナス金利を含めた包括的な緩和策が、実体経済と金融市場に波及する経路としては、ポートフ
ォリオ・リバランスやシグナリングが挙げられる。ポートフォリオ・リバランスとは、マイナス金利
やQEを通じて金融機関など投資家の資産構成(ポートフォリオ)が変わることを指す。QEにより
ECBが国債を購入すると投資家が保有する国債は減少し、投資家がその分を市場から再調達すれば
国債利回りは低下する。また、超過準備預金にマイナス金利が付加されることで低リターンの資産が
増加するため、投資家は収益を求めて、貸出や株、国外の高利回り資産などへの投資配分を増やすこ
とが期待される。海外に資金が向かえば通貨安になり、輸出増や輸入物価の上昇にもつながる。
また、物価安定に向け、ECBが緩和策を長期間に渡って実施するというシグナルを発すること(シ
グナリング)で、予想政策金利の低下を通じて長期金利が低下し、同時に市場の中期的なインフレ期
待が上昇することが期待される。その結果として名目金利から期待インフレ率を差し引いて求められ
る実質金利が低下すれば、実体経済は押し上げられる。
ECBがマイナス金利に転じた2014年6月以降の金融機関の資産構成の変化をみると、2014年7月か
ら2015年3月ごろにかけてはポートフォリオ・リバランスが起き、対外資産や国内貸出の増加がみられ
た(図表12)。ECBの銀行貸出態度調査によれば、2014年6月以降は企業の資金需要も改善が続いて
いる(図表13)。金融機関による緩和的な与信スタンスの継続と併せて、ECBのマイナス金利を含
めた金融緩和策がもたらした効果と捉えることが出来よう。金融市場の動きをみると、前述の通り、
為替市場では、国債購入を含むQE導入の期待が高まるに従ってユーロ安が進み、国債利回りも持続
的に低下した。ECBの「マイナス金利付き量的緩和」は、ECBが金融市場へ明確な緩和シグナル
を送ることで、金融機関のポートフォリオ・リバランスをもたらし、一定の貸出や資金需要増、ユー
ロ安、金利低下をもたらしたと言えよう。
図表12 ユーロ圏金融機関の資産推移
図表13 ユーロ圏企業の資金需要と金融機関の与信スタンス
(DI、%pt)
(2014年6月からの累積変化額、10億ユーロ)
(DI、%pt)
30
マイナス金利導入
700
中銀預金
600
▲6
20
国内貸出
500
400
緩和
▲4
10
対外資産
▲8
▲2
0
300
0
200
▲ 10
2
100
▲ 20
4
0
企業資金需要DI(左目盛)
▲ 30
▲ 100
金融機関の与信スタンス(右目盛、上下逆)
▲ 200
14/7
9
11
15/1
(資料)ECBより、みずほ総合研究所作成
3
5
7
9
▲ 40
11
14
(資料)ECBより、みずほ総合研究所作成
6
厳格化
8
13
(年/月)
6
15
(年)
しかし、2015年半ばの金融市場における不確実性の高まりが、緩和効果を弱めてしまった面がある。
例えば、国内貸出は2015年3月頃から横ばい圏での推移に転じ、対外資産は新興国懸念が本格化した
2015年半ば以降、減少に転じた。また、2015年1月以降、名目実効ユーロ相場は下落が一巡し、上昇に
転じた。更に、市場ベースで見た中期期待インフレを示す指標としてECBが重視しているインフレ
スワップ・フォワードレート(5年先スタート5年物、5年後から5年間の市場参加者の予想する平均的
な物価上昇率を示す)は、油価が下落するに伴い1.4%台に低下している。
6.マイナス金利導入後の欧州の物価と景気
ユーロ圏や北欧3カ国の2010年以降の物価動向を確認すると図表14の通りとなる。ユーロ圏やデンマ
ーク、スウェーデンにおけるコア・インフレ率(食品・エネルギーの影響を除いたインフレ率)は、
緩やかな上昇にとどまる一方、スイスの物価は2015年以降に物価は明確な下落に転じている。
スイスの物価がマイナスに転じているのは、通貨高の影響が大きい。前項で述べた通り、スイスで
は2015年初にスイスフランが対ユーロを中心に大幅に増価した。このため、同国では急速な物価下落
が起こった。実際、スイスのインフレ率を輸入物価と国内物価に分解してみると、輸入物価の急速な
下落が起きている。
自国通貨とユーロの安定維持に成功しているデンマークやスウェーデンでは、スイスのような状況
は起きていない。しかし、対ユーロでの為替相場安定の結果として、物価もユーロ圏と連動し、イン
フレ率の伸びは低位にとどまっている。
ユーロ圏については、マイナス金利を導入して以降も、ECBが見込むようなインフレ率の上昇は
起きていない。コア・インフレ率の内訳をみると、非エネルギー産業財物価はユーロ安の影響を受け
て2015年には緩やかに上昇した。しかしサービス物価はこれまでのところ概ね横ばい圏で推移してい
る(図表15)。コア・インフレ率低迷の背景としては、景気が緩やかにしか回復しない中で需給ギャ
ップの縮小が緩慢である事や、低インフレの長期化や足下の油価下落によって中期インフレ期待が低
下し、企業の価格設定に影響を与えている可能性などが考えられる。
図表14 ユーロ圏と北欧のコア・インフレ率
(%)
2.5
ユーロ圏
スイス
デンマーク
スウェーデン
図表15 ユーロ圏の項目別インフレ率
(前年比、%)
2.0
2.0
エネルギー・食料品等を除くコア
非エネルギー産業財
サービス
1.5
1.5
1.0
0.5
1.0
0.0
0.5
▲ 0.5
▲ 1.0
0.0
▲ 1.5
▲ 2.0
10
11
12
13
14
(注)コア・インフレ率はエネルギー、食品等の影響を除くベース
(資料)Eurostatより、みずほ総合研究所作成
▲ 0.5
15
(年)
(年)
(資料)Eurostatより、みずほ総合研究所作成
7
経済成長率に目を転じると、マイナス金利導入国・地域の2015年の実質GDP成長率は、ユーロ圏
は1.5%、スイスは0.8%、デンマークは1.7%、スウェーデンは3.3%となった模様だ(ユーロ圏は実
績、その他はブルームバーグによる予測中央値)。EUの中でも高い成長率を遂げたスウェーデンで
は、固定資本形成が景気を大きく押し上げており、同国の高成長の一因は住宅投資の拡大にある。同
国では低金利下で住宅バブルが起こりつつあるとみられており、高成長を手放しで喜ぶことは出来な
い面もある。資産バブルへの対応としては、マクロプルーデンス政策によるバブルの防止が考えられ、
リクスバンクも対応を始めている。しかし、現時点では目立った効果が上がっていない。
スウェーデンに限らず北欧3カ国の住宅価格は、ユーロ圏よりも上昇率が高い(図表16)。北欧諸国
のマイナス金利は、物価を上げずに住宅価格を上げた可能性がある。
7.おわりに
欧州の事例から得られる日本への示唆をまとめると以下の通りである。第一に、欧州のマイナス金
利政策と比較すると、日本銀行は金融機関の収益に過度な下押しを与えないよう、慎重に中銀預金へ
のマイナス付利の範囲を設定している。第二に、預金金利は今後低下すると予想されるが、今の所、
欧州では個人向けの預貸金利が幅広くマイナス化している訳では無い。第三に、為替市場への影響に
ついては、マイナス金利が一定の通貨安圧力を与える可能性はあるが、通貨安が進む保証は無い。第
四に、ユーロ圏の経験からみれば「マイナス金利付き量的緩和」は、企業の資金需要回復や金融機関
の与信スタンス緩和をもたらす可能性があるが、ユーロ圏では外部環境の悪化により緩和効果が弱ま
った。
ユーロ圏の「マイナス金利付き量的緩和策」では、2015年半ば以降の新興国市場の景気減速や、そ
の後の市場混乱が緩和効果の浸透を妨げたようだ。先行き不透明感の高まりにより、各経済主体や市
場参加者の景気回復や緩和効果に対する期
図表16 ユーロ圏と北欧の住宅価格
待が低下した結果と言えよう。
2016年以降、金融市場のリスク回避姿勢
(2010=100)
140
はより鮮明となっている。欧州では金融機
135
関株の急落やクレジット・デフォルト・ス
130
ワップのスプレッド拡大が進み、背景の一
125
つとしてはマイナス金利が金融機関収益に
ユーロ圏
スイス
デンマーク
スウェーデン
120
115
与える悪影響が注目されている面がある。
110
マイナス金利政策は、緩やかな景気回復が
105
続いているような「平時」では政策金利が
100
95
プラスの世界での利下げと同様の効果が期
90
10
待できる面もあるが、市場混乱の長期化な
11
12
13
14
15
(年)
どから、先行きへの不透明性が更に高まっ
(注)スイスは、居住用アパートの価格指数
(資料)Eurostat、SNBより、みずほ総合研究所作成
た場合、マイナスの副作用が市場の材料と
され、結果的に緩和効果が弱まってしまう
可能性があろう。
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日本銀行の黒田総裁は 1 月 29 日の記者会見において「金融機関の収益に過度な影響を与えて金融仲介機能にマイナスにならな
いように、限界的な金利や相場の決定にはマイナス金利が働く一方で、金融機関の収益に過度な影響が出ないような階層構造に
した」と述べている。ECBの政策理事会議事要旨においても、マイナスへの利下げが金融機関収益に与える影響について議論
がなされていたことが示されている。
2 ECBの場合、法定準備預金に対しては、リファイナンスオペレート(現状では 0.05%)の付利がなされるのに対し、超過分
に対しては預金ファシリティ金利(現状では▲0.3%)が課される。スイスでは、法定準備預金の 20 倍の金額に、金融機関の現
金保有額変動を加味した金額が閾値とされ 、その閾値を上回る中銀預金残高についてマイナス金利(現状では▲0.75%)が課さ
れる。デンマークでは、中銀口座を保有する各銀行ごとに当座預金の上限が定められており、その上限を上回った場合には、マ
イナス金利(現状では▲0.65%)が課される。スウェーデンの場合は法定準備預金制度が無く、日々の資金過不足は日次で実施
されるファインチューニング・オペにより調整される。この時適用される金利は、レポ・レート(▲0.5%)±0.1%となってお
り、預入するのであれば▲0.6%となる。またこれ以外にもリクスバンクは中銀証書を発行し、QEに伴う金融システム内の過剰
流動性の一部を吸収しており、この場合の適用金利はレポ・レートと同一(現状では▲0.5%)である 。
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報道によれば、スイスの Alternative Bank Schweiz は、2016 年 1 月よりリテール預金に対してマイナス金利の付加を開始し
た。また、デンマークの大手住宅ローン専門会社の Nordia Kredit は、変動型住宅ローン金利の一部をマイナスとしている。
4 デンマークにおいても、企業向け短期預金はマイナスに転じている。
5 リクスバンクは、2016 年 2 月 10 日の金融政策決定会合において、レポ金利を更に 0.15%引き下げ、▲0.5%とした。
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