サムイ島からアンコール1 アジアの楽園リゾート

サム イ島から アンコー ル ・ワ ッ ト ︵ その 一︶
ア ジ アの楽 園 リ ゾー ト
ともかくゆっくり休みたい。それも出来れば﹁南の島﹂でボケッと過ごしたい 。
そんな積年の思いをついに果たす機会が来た。 人生の一つ の節目だと思い、気掛 か
りなこと は尽きないが、 それを断ち 切り、昨年 末、十日間 ほど、ブラ ッと出掛け る
ことにした。
しかし、い ざ﹁南の島 ﹂へ行こうと思うと迷うことばかりだった。 大学四年間 が
一 緒で、 その 後、大手商 社に行った 、そろそろ 四十年のつ き合いにな ろうという 友
人Ｋから 、ことあるごと に﹁また南の島でのん びりとやってきた。お前 もたまに は
そ う い う 生 活 を しな く っ ち ゃ ！ ﹂と 言われ 続け た も の で 、 い ろ い ろな 島の 名前 が 浮
かんではきたけれど、﹁これだ！﹂と決めきれなかった。
いずれ行こうと思って買
っておいた﹁最新ア ジアの
楽園リゾート﹂を特集した
雑 誌 ﹁ シ ン ラ ﹂ ︵一九九八年
十一月号︶を 書 棚 から 取 り 出
し、タイ、ベトナム、イン
ドネシア、マレーシアなど
のリゾートを調べた。旅行
案内にも目を通したが、迷
い を 深 め る だ け だっ た 。 ﹁ 南海 の 島 ﹂と い う と 、 も う 十年 以 上 も前 に な る が 、 術 後
の身体を かばいながら出かけたフィリピンのセ ブ島が直ぐ に浮かんだ。透明感の あ
るエメラ ルド色の珊瑚礁が懐かしく思い出された。でも、最近の治安状況を思う と
二 の 足 を 踏 ん だ。
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タイのプーケットにも 行ったが、天候が今ひ とつ だった と いう記憶 が強く残っ て
いたし、何よりも開発が進み過ぎているというイメージがあって心が動かなかった。
インドネシアは政情が気掛かりだった。ベトナムも気乗りしなかった。と言って、
ま ったく不案内のマレー シアは何も 静養第一の 時に行くこともあるま いと思った 。
それで安全を 期し、バンコック在住の友人の井口さんに、タイで、交通の便も悪 く
はなく、 それでいて自然に恵まれた 所はないだろうかとア ドバイスを 求めること に
そし
し た 。 い つ も な がら の 安 易 な や り 方 と い う 誹 り は 覚悟 の 上 で ⋮ ⋮ ⋮ 。
彼 から 直 ぐ に 返事 の メ ー ル が来 た 。自 分も 行ってきたところだが、サムイ島が 良
い。もう 乾期 に入ってい る し、気候も良いはず だという。 彼の言うことなら間違 い
あ るまい。サ ムイ島がどの辺りにあ るかも定かでなかった けれど、行くと決める こ
と に した 。
．ム
．イ
．島 に 向 か う
﹁南の島﹂のサ
．ム
．イ
．島というのは奇妙な気がした。しかし、地図で調べると、
﹁南の島﹂なのにサ
た しかにバンコックから 南に向かってプロペラ 機で一時間ほど行った シャム湾上 、
マレー半 島の中程近くにあった。い かにも魅力的な島に思えた。もっとも、それ で
も 東 南ア ジ ア の 開 発 の ス ピ ー ド を 思 う と
不 安 がよぎ っ た。島全 体が自 然を満 喫 で
きる環境とは思いにくい。ともかく歓 楽
街 な どとは 無 縁のと こ ろを 探 す にこ し た
こ と はある ま い 。 そ う 思 っ て 、 い つ も 使
っている旅行社のＨさんに、今回は値段
は高くても良い。静養なのだから、サム
ふ さ わ
イ 島 の 中 で も 、 そ れ に 最 も相 応 し い ホ テ
ル を 探 し て 欲 し い と 頼 ん だ。
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彼の反応は素早かった。自分も行ったが、それならロイ ヤル・メリディアン・ バ
ーン・タリン・ガムが良いという。﹁保証できる？﹂と聞くと、﹁保証できる！ ﹂
あふ
と 言 う 。 い つ に な く 自 信 に溢 れ て い る 。 そ れ で 、 そ れ が 島 の ど の 当 た り に あ る の か
も 問 わ ず に 、 ﹁ そ こ を 予 約 して 欲 し い ﹂ と 即 座 に 頼 ん だ。
バ ン コ ッ ク で 国 内 線バ ン コ ッ ク ・ エ ア ウ ェイ ズ ︵ Ｐ Ｇ ︶
の高翼双発のターボプロップ機に乗り換えた。大型コンミ
ュータ ー機のスタンダードになっているフランスのアエ
し
ロ スパ シア ル 社 の ＡＴ Ｒ７ ２ と い う 機 体 で あ る 。 こ れで
や
椰子 の 林 を 切 り 開 い て 作 ら れ た 小 さ な コ サ ム イ 空 港 に 降
り 立 っ た 。 ビ ル な ど は見 当 た ら な い 。 椰 子 の 木 陰 の 小 屋 、
それが空港ビルだった。ディズニーランドのおとぎの国を
走るようなバ スに乗 り込んで、 そこ に向かった 。
た そが れ
そ の 間 に 、 す っ か り黄 昏 の ﹁ 南 の 島 ﹂ の 世 界 に 溶 け 込 ん で い た 。 熱 帯 と は 言 って
も 十 二 月 終 わ り頃 から 四 月頃 ま で は 乾 季で 、 気 温 も 二 十五 度 から 三 十 度 で過 ご し や
がら
すい。柄 になくバカンス気分になった。今朝、寒さに震えながら成田を発ったのも、
乗 り継ぎ のた め数時間も ブラブラさせられた近 代的なバン コック空港 の 雑踏も嘘 の
よ う だっ た 。
素晴 らしいプ ラ イベー ト・ベーチ
後で知 った ことだけれ ど、サムイ 島はヨーロ ッパのヒッ ピーたちの 穴場で、そ れ
で 有 名 に な っ た と こ ろ だ と い う 。 今 で も満 月 の 日 に 島 の あ ち ら こ ち ら の 浜 辺 や バ ー
で催される﹁フルムーン・パーティー﹂では、 大麻やコカ インやスピードやヘロ イ
ン やＬＳ Ｄな どに酔った ヒッピーたちが乱痴気パーティーを朝まで繰り広げる。 毎
月 の よ う に 行 方 不 明 者 も 出て い る と い う 。
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結構、物騒なところである。しか
し、夜半でもハッキリと顔が見える
くらい明るさになる、日本では想像
もつかない満月の時をサムイ島の滞
在中に迎えたけれど、幸いそんなこ
そ うぐ う
とには遭遇しなかった。泊まったと
ころが、最高級なホテルで、ほとん
どその広い敷地内で過ごしていたか
ら かも知 れな いのだが。
ちなみにサムイ島は、主にドイツ
人によって開発されたところで、今
でも観光客の約六割をドイツ人、約
み じ ん
三割をイタリア人が占めているという。事実、 ホテルでもドイツ人と イタリア人 が
か っ ぽ
目 立った 。 だ が、 ヒ ッピ ー が闊 歩 す る よ うな 雰 囲 気 は微塵もな かっ た。
﹁観光客に は三種類あ り、一つは高級リゾートを目的と した一∼二週間程度の 滞
在客です。彼 等の多くはヨーロッパ の金持ちで、高級ホテ ルに泊まります。あま り
夜 遊びはしませんし、ガ ンジャ︵麻薬の一種ら しい︶も吸いません。 二番目は一 か
月∼半年間の 長期滞在客です。彼等のライフスタイルは様 々ですが、 それぞれに リ
ラ ック ス して 島の 生 活を 楽 し ん で い ま す 。 そ し て 三 番目 が パ ック 旅 行 で やって 来 た
二∼五日程度の極端な短期滞在の日本人客です。彼等の多くは高級ホテルの一番 安
︶には、こ
い 部屋に泊ま り、タイ人観光ガイドを雇って忙しく動きま わり、まず いタイ料理 を
通常の数倍の料金で食べ、法外なチップを 払って帰ります。﹂
﹁高杉弾のコサムイ・ライフ﹂ ︵
ねじろ
ん な こ と が書 か れて い た 。 戻 っ て き て から 、 こ の サ ム イ 島 を 根 城 に し て い る ら し い
人 のホー ムペ ージを 見つ け、そ れを 読んで 妙に 納得させら れた。
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そう言え ば 、旅行社の 手配 で空港 に出迎え に来たガイド は、ホテル に向かう車 中
で 、 盛 ん に 島 の 観 光 に 出 か け な い か と 誘っ た 。 デ ィ ス コ が あ る 、 美 味 くて 安 い レ ス
トランがある、良い土産 物もある。 バンコック で買うより はるかに得 だ。明日に も
ホテルに迎え に来て案内するから行かないか︱ ︱ ︱ 懸命 に 日本語 で語 り かけて き た 。
﹁ゆっくり休みに来たの だから﹂と 、いくら 誘われても断ったのだけれど、ホテ ル
に 着い て か ら も な か な か 引き 下 が ら な か っ た 。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
朝日を 浴びて目覚める。やや肌寒 い透明な空 気が身体に しみ込んでくる小高い 山
の中腹にある本館のテラ スで、濃い 緑の椰子の林とブーゲンビリアの花をバック に
し ぐ さ
ゆ っ く り と 朝 食をと る。 近 づ い て く る 鳥の仕草を 見 ながら、コーヒーを飲む。それ
で 、 ち ょ っ と ブラ ブラ し て い る と 、 も う 昼 だ。 カ ー ト で 浜 辺ま で 送 っ て もら い 、 浜
辺のレストランで軽い昼食をとる。
この頃になると、かなり気温も
上がり、砂浜の寝椅子に横たわり
たい気分になる。気が向けば海水
に浸る。文字通りの海水浴だ。そ
うでなければ本館の脇にある山の
露天風呂のようなプールサイドに
寝ころぶ。マルガリータやビール
を チ ビ チ ビ や っ て い て 肌 寒 く 覚え
る と 、 そ ろ そ ろ 夕 食 の 時 間 だ。
部屋に戻って、シャワーを浴び
る。カーデガンを羽織って、真っ
赤な大きな太陽が水平線に沈んで
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い く の を 眺 め な がら 、 ち ょっ と 豪
華な食事をする。浜辺近くの野外
レストランで民族音楽のライブシ
ョ ー を 見な が ら タ イ 料理 を 楽 しむ
の も 悪 くな い 。 いつ も 酒 は欠 かさ
なかったけれど、なかでも大きな
グラスにたっぷりとついで持って
くる冷えたマルガリータが妙に美
味かった。雰囲気にもあった。マ
ルガリータはメキシコの焼酎、テ
キーラをベースにしている酒なの
に だ！
そ ん な 日 々 の 繰り 返 し だっ た。
時の流れは感じたけれど、時間の
感覚は完全に喪失した。設備もサ
ー ビ ス も従 業員 の 教 育 も 行き 届い
て い る 。 ゆ っ く りと 休 養 した いと
い う 気 分を 妨 げ る も の が な い 。 余
計 な 音 楽 な ど 流れて こな い。
し か し、 聞 く と 、 五 月 の連 休と
か 八 月 から 九 月 に か け て は、 日本
人が溢れ、大手を振っているらし
い。雰囲気も、かなり違うらしい。
ところが、もっとも気候の良い、
十 二 月 から 三 月 ご ろ に か けて は、
避寒のためにくるドイツ人などが
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大半で日本人 は少ないという。たしかに、そう だった。ほとんど口を 聞いている 様
子 のない 日本 人カップル 、本ばかり 読んでいる 男性外人と 、その側で 退屈そうに し
て いる若い日本人女性のカップル、ゴッドファーザーを思 い起こさせ るイタリア 人
の 大 家 族 な ど 、 奇 妙な 人 た ち が 少 な く は な か っ た け れ ど 、 改 めて 、 実 に 良 い 時 期 に
訪 れたと思った。
もっと も、 一歩、このロイヤル・ メリディア ン・バーン・タリン・ガムを離れ 、
街 中 に 出 る と 、 雰 囲 気 は 決 して 良 く な い 。 安っ ぽ い 観 光 地 の 雰 囲 気 が 漂 っ て い る 。
ガイド ブックには、砂 浜が綺麗だと絶賛されていた浜辺 にも出かけたけれど、 い
わゆる観 光地 そのものだった。浜辺でのんびり、ゴロンな どしてられない。プラ イ
ベート・ ベー チではない のだから仕 方がないけ れど、ひっ きりなしに厚 かましい 物
売 り がく
ぼ うじゃくぶじん
る 。 そ れ に 傍 若 無 人の 欧米 人 も 多 く 、 気 分 良 く 自 然 を 楽 しむ 雰 囲 気 で は な か っ た 。
昼 飯に レ ス トラ ン ︱ ︱ ︱ それ も 一 流と 言 わ れ る ホテ ル の 経 営す ると こ ろ に 入っ
うと
ても、場違いの音楽が鳴り響き、静かな環境に慣 れた僕には疎 ま しいだけ だった。
従業員も私語ばかりを交わしていて不快になった。値段はまあまあ安かったけれど、
伴
友貴
︵つづく︶
無駄遣いしたという思いの方が強かった。改めて﹁地中海クラブ﹂のような隔離 さ
れた世界 だったけれど、 時期を 含め、良いとこ ろを選 んだと思った。
二〇〇〇 年春
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