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組織におけるパワーのダイ ナミズム (上)

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組織におけるパワーのダイ ナミズム (上)
論 説
組織におけるパワーのダイナミズム(上)
パワー理論の分類と統合に関する一考察
山
岡
徹
[目次(上編)]
[目次(下編)]
はじめに:問題の設定
第3章 個人から制度に及ぼされるパワー:
第1章 組織に関するパワー理論の3つの系統
「制定パワー」
第2章個人から個人に及ぼされるパワー:
1.エリート理論と多元主義理論
「個人間パワー」
2.非決定のパワー
1.個人間におけるパワー理論
3.三次元的パワー
Ll個人間パワーの概念化
第4章 システムから個人に及ぼされるパワー:
L2 個人間パワーの源泉
「システム・パワー」
2.パワーと限定合理性の概念
1.システム・レベルのパワー理論
2.1合理的選択とは
2.システム論のパワー概念に対する批判
2.2 限定合理性
第5章パワー・ダイナミズムのモデル化
3.行為選択プロセスにおける個人間パワーの機能
1.パワー概念の相互関係と外部環境要因
3.1達成すべき目標の特定
2.パワー・ダイナミズムの存在と合理性の概念
3.2 特定された目標を達成するための解決案の
囲い込み
はじめに=問題の設定
3.3列挙された解決案がもたらす結果の予測の
組織におけるパワーとは何か.それは組織参
方向づけ
加者に個別に備わる属性なのか,それとも組織
3.4適用される選好基準への影響
参加者間に構成される関係性を指すのか,ある
4.限定合理性と個人間パワーの概念
いはパワーとは組織や制度自体に帰属する概念
4.1 個人間パワーが成立する前提
なのか.またパワーの作用によって,組織参加
4.2意思決定の合理性とパワーの機能
者が行う組織的な行為選択の合理性は阻害され
5.個人間におけるパワー概念の限界
るのか,それとも助長されるのか.あるいは,
5.1 システムから及ぼされるパワーの存在
そのような議論の前提となる,組織にとっての
5.2 システムに対して及ぼされるパワーの存在
合理性の枠組み自体が,パワーの作用によって
制度化されるのか.
組織理論やパワー理論の研究を専門領域とす
る研究者にとってでさえ,この基本的な問いに
対する明快な回答を用意することは困難であろ
120 (394)
横浜経営研究 第24巻 第4号(2004)
う.こうした事態は,組織に関するパワー理論
といえる.
が未だ体系化されていない状況にあることを反
映している.
以上の問題提起を踏まえたうえで,本論にお
こうした事態を招いた背景には,主として2
いては以下の論点を中心に議論したい.
つの要因が考えられる.一つには,パワー理論
第一の論点とは,組織理論の観点からパワー
自体の多様性がある.たとえば,パワーに関す
理論の系譜を明確化することである.社会学や
る議論の前提となるパワー概念の定義でさえ,
政治学,社会心理学を中心とするパワー理論の
パワーの主体として個人を想定するのか
系譜に関しては,既存の先行研究にも同様の試
(Weber,1922),システムを想定するのか
みを確認することができるが,特に組織理論の
(Parsons,1963),あるいはパワーを知識に帰
観点から諸々のパワー理論を再評価する試みは,
属させるのか(Foucault,1976)など,統一的
ほとんど手つかずといった状態にある.
な見解が存在しない状況にある.
また,パワー理論の系譜をまとめた先行研究
もう一つの背景要因は,組織理論の分野にお
の全般に言えることだが,諸々のパワー理論を
いてパワー概念についての議論が未成熟な点に
分類することに主眼が置かれるあまり,分類さ
ある.パワー概念は,主として社会学や政治学,
れたパワー理論間に存在する関係性については,
社会心理学などの分野で活発に議論され一定の
体系的な言及がほとんど与えられてこなかった.
理論的成果を収めてきたが,組織理論で想定さ
したがって,組織に関するパワー理論について,
れるパワー概念とは,その多くが資源依存モデ
系統化された諸アプローチ間に存在する関係性
ルに基づくもの(たとえば,Hickson et al.,
1971;Pfeffer&Salancik,1978;Kotter,1979な
を解明すること,これを第二の論点とする.
最後に,1諸々のパワー概念を体系的に位置づ
ど)が支配的であり,他の学問分野における議
けたモデルを提示することによって,組織にお
論の成果を十分に取り込めるまでには至ってい
けるパワー関係の生成・変動プロセスのモデル
ない.
化を図る.さらにこれらに関連させて,パワー
理論が組織における合理性の議論とどのように
このような理論上の多様性やそれに伴う理解
関連し,さらにその深化に関わっているかを考
の混乱にもかかわらず,パワーに関する問題は
えたい.
特に組織にとって本質的な問題である.なぜな
らば,組織を存続させるためには,異なる欲求
第1章 組織に関するパワー理論の3つの系統
や利害をもつ組織参加者や部門のあいだで発生
組織に関するパワー理論は,何がパワーを有
するコンフリクトに対処しつつ,組織に一定の
しているのかというパワー主体に関する捉え方,
秩序を確保することによって,組織的な協働を
および何に対してパワーが及ぼされているのか
確保することが必要不可欠であり,そのような
というパワー客体に関する捉え方の相違によっ
組織的協働の確保を可能にする手段として,組
て,以下の3つのアプローチに大別することが
織におけるパワーは捉えられるからである.
できる.
このような見解に立つならば,パワー概念を
ひとつめのアプローチは,パワーの主体およ
基軸に組織研究を行うにあたっては,まず多様
び客体の双方に個人を想定し,個人問で行使さ
なパワー概念の整理を組織理論の観点から行い,
れるパワーに着目することによって,個人間レ
諸々のパワー概念を体系的に位置づけたうえで,
ベルでパワーを概念化するアプローチである.
組織におけるパワーの生成や変動プロセスにつ
具体的には,パワーを行使する主体としての
いて議論を展開することが必要かつ重要である
「影響の与え手」と,行使される客体としての
組織におけるパワーのダイナミズム(上)(山岡 徹)
(395) 121
「影響の受け手」から構成される二者間関係が
レベルにおけるパワーの概念化が直面する理論
理論的に想定され,[個人一個人]の関係にお
射程上の限界について指摘することとする.
いて両者がそれぞれ有する属性・能力や両者間
で構成される関係に分析の焦点が定められる.
1.個人間におけるパワー理論
上記のアプローチが基本的に二者間関係を前
1.1 個人間パワーの概念化
提とするのに対して,ふたつめのアプローチは,
1)個人間パワーの定義
組織やコミュニティなどにおいて集合的になさ
パワーを概念化するにあたって,大多数のパ
れる政策決定プロセスに注目する.具体的には,
ワー理論家たちは,個人間の関係に焦点を定め
組織やコミュニティにおいて公式的な政策決定
てきた.たとえば,ウェバー(Weber,1922)
がなされる際に,誰が集合的決定に対して影響
は,パワー(macht)を次のように定義した.
力を有しているのか,そのプロセスや構造を解
パワーとは「ある社会関係の内部で抵抗を排し
明することに主眼をおく.すなわち,パワー主
てまで自己の意志を貫徹するすべての可能性を
体に個人,パワー客体には組織における公式の
意味」(訳書,86頁)する.このように彼の定
政策制定プロセスを想定し,政策決定など公式
義では,「自己の意志」を貫徹する影響の与え
の集合的決定に対して個人が及ぼすパワーに着
手と,「抵抗」を示す影響の受け手という二者
目することによって,[個人一システム]レベ
間関係を想定することによってパワーを概念化
ルでパワーを概念化するアプローチである.
している.さらにこの概念化では,究極的には,
最後のアプローチは,組織において意思決定
一方の「意志を貫徹する」ことに,パワー概念
を行ったり決定内容を遂行したりする際に,そ
の焦点が定められていることがわかる.
の意思決定者や遂行者に対して,集合体や組織,
これに関連して,影響の受け下側の抵抗が,
制度レベルから及ぼされる作用に着目するアプ
影響の与え手によって潜在的に克服される側面
ローチである.すなわち,パワー主体に集合体
に焦点を定めたパワーの概念化として,エマー
や組織・制度,パワー客体には個人の意思決定
ソン(Emerson,1962)の定義を指摘できる.
や行動を想定し,[システムー個人]レベルで
彼の定義によると,「アクターAがアクターBに
パワーを概念化するアプローチである.このア
対してもつパワーとは,Aによって潜在的に克
プローチによると,システム・レベルのパワー
服されうるBの側の抵抗量である」(p.32).こ
とは,諸個人の有する属性や諸個人間の関係性
の概念化は,影響の受け手による「抵抗」の存
には還元できない特性をもつとされる.
在を前提とする点では,ウェバーによる概念化
以下では,これらの諸アプローチに基づいて
と同様であるが,その二方で影響の与え手によ
展開された具体的な議論についてゴそれぞれ章
る「意志」の存在を必ずしも前提としない点で
を分けて概説し,最後にこれらのアプローチ問
異なっている.
に存在する循環的な関係性について指摘するこ
この概念化に従えば,たとえば,Bが愛情と
ととする.
敬意を理由にAに依存しているために,Bが通
常なら拒否するような犯罪的行為をAのために
第2章個人から個人に及ぼされるパワー
「個人間パワー」
実行するならば,AはBに対するパワーをもつ
といえる.具体的には,反社会的な新興宗教の
本章では,まず個人間レベルでパワーを概念
教祖と信者の関係を想定すれば理解しやすいだ
化するパワー理論の系譜について概観し,次い
ろう.つまり,教祖には具体的な「意志」が仮
で合理的選択モデルとパワー概念の関連性につ
に何らなかったとしても,信者の側が教祖のた
いて批判的に検討する.そして最後に,個人間
めを思って「自発的に」犯罪的行為に及んだ場
122 (396)
横浜経営研究 第24巻 第4号(2004)
合,この教祖は信者に対して絶大なパワーを持
害を損なう行為とはいえないだろう.したがっ
っていると解釈できるだろう.
て,彼の概念化によれば,このケースでは子供
一方,ダール(Dah1,1957)はパワーを次
のように定義した.「Bがさもなければ行わな
は運転手に対してパワーを行使したことにはな
いであろうことを,AがBにさせる程度に応じ
このように個人間で構成される関係に焦点を
てAはBへのパワーをもつ」(p.202).この概念
定めてパワーを概念化するアプローチは多岐に
化では,影響の与え手による「意志」はおろか,
わたるわけだが,これらの研究に共通して見ら
受け手による「抵抗」も前提とされていない.
れる特徴として,個人の意志や抵抗,利害など
その意味で,非常に広義のパワー観に属する.
といった属人的な概念が,個人間のパワー関係
またウェバーによる概念化が,一方の意志の貫
を構成する要素として重視される傾向がある.
らない.
徹に焦点を定めるのに対して,ダールの場合は,
他者の行為選択の変更に相対的な力点をおく点
2)個人間パワーの大きさ
で両者は異なる.
次に,個人間パワーの大きさを概念化するた
ダールによる概念化に従えば,たとえば,子
めの理論的試みについて概説する.個人間パワ
供が横断歩道を横断中であったために車が一時
ーの大きさをいかに捉えるかに関する議論は,
停止したような現象も,子供が車の運転手に対
個人間のパワーを個々人に付随する属性として
してパワーを行使したことになる.ただし,彼
捉えるのか,それとも個人間で構成される関係
の定義のように,「さもなければ(=もし『パ
性として捉えるのかという視座の違いによって
ワー』が行使されなければ)」という反実仮想
分類できる.
の前提条件を含むかたちでパワーを概念化しよ
うとする場合,パワーの介在が定義上の与件と
a)個人的属性としてのパワー
されるわけだが,ここで介在したとされるパワ
ダールは,アクターが特定の成果を保証でき
ーは,いかにして「それがパワーだ」と見なし
る能力という観点からパワー概念を捉え,各ア
えたのだろうか?ここで明らかなように,反訴
クターがもつパワーの大きさを,特定の成果が
仮想性を内包するパワー定義は,必然的に論理
実際に達成された確率で表現した.たとえば,
循環をも内包している(大庭,1991).
ある議員の支持する特定の法案が議会を通過し
このような反訳仮想に基づく概念化の難点を
た確率の高さによって,その議員がもつパワー
克服すべく,個々人のもつ「利害」という概念
の大きさは測定可能であり,また各議員のもつ
に焦点を定めたパワーの定義を以下では紹介し
パワーの大きさは相互に比較可能と彼は考えた
よう.ルークス(Lukes,1974)によれば, A
のである.
がBに対してパワーを行使するのは,「AがBの
このようにパワーを個人的属性として捉える
利害に反するやり方でBに影響を及ぼす場合で
立場では,パワーの大きさは個々人に個別に備
ある」(訳書,60頁).彼の概念化では,個々人
わる絶対的な量として想定され,多様な他者と
には事前に客観的な「利害」が実在するという
の相互作用の場面においても,常に一定の効果
基本認識が前提とされ,その利害が損なわれる
を保証できる個人的な属性として捉えられる;
かたちで他者からの影響が及ぼされる場合,そ
b)依存性に基づく依存関係としてのパワー
の影響をパワーによる作用として捉えた.
パワーを個人的な属性と捉えるパワー観に対
この概念化を上記の横断歩道のケースに適用
して,エマーソンは,個人間に存在する依存性
すると,横断中の子供がいる横断歩道で車を一
に基づいてパワー関係が規定されると主張した.
旦停止させる行為は,運転手にとって自らの利
このパワー観に特徴的なのは,第一にパワーを
組織におけるパワーのダイナミズム(上)(山岡 徹)
(397) 123
個人がもつ属性としてではなく,個人問の依存
ーの源泉は存在しないのだろうか?以下では,
関係として捉えた点,第二に依存関係の規定要
個人間におけるパワーの源泉に関して,フレン
因を,パワーの行使主体がもつ特定の能力では
チとレイブン(French&Raven,1959)によ
なく,①影響の受け手がもつ依存動機,②依存
って提起された5つの源泉について概説する.
対象の代替性,に求めた点にある.
たとえば,大企業と下請け企業との取引関係
1)報酬に基づくパワー[reward power]
を想定すると,下請け企業は大企業と長期的な
影響の与え手からの依頼や指示,命令などの
取引関係を結ぶことによって,金融機関やその
働きかけに従うことによって,受け手に特定の
他の取引先から社会的な信頼を獲得できる場合
報酬が与えられると受け手側が認知する場合,
が多い.この場合,下請け企業の存続と成長は,
受け手はその働きかけに従う可能性が高くなる.
大企業との取引関係を維持することに強く依存
このとき,影響の与え手は受け手に対して報酬
しているといえる.仮にこの下請け企業にとっ
に基づくパワーをもつ.報酬に基づくパワーは,
て,他に取引関係を結べそうな大企業が存在せ
与え手が受け手に報酬を与えることによって,
ず,その一方で大企業にとっては同様の取引関
受け手に特定の決定や行動を思いとどまらせる
係が結べる中小企業が他にも多く存在するなら
パワーと,特定の決定や行動を実行させるパワ
ば,この下請け企業は大企業からの無理な取引
ーとに大別できる.
条件の提示にも従わざるを得ないだろう.なぜ
ならば,もしもそれに応じなければ,大企業は
2)強制に基づくパワー[coercive power]
取引開始を強く望む他の中小企業との取引を開
影響の与え手の働きかけに受け手が従わない
始するだろうからである.
場合,制裁を加えるぞと受け手を威嚇したり,
このようにエマーソンは,影響の受け手側が
働きかけに従うまで実際に受け手に制裁を加え
もつ依存性という概念を軸として,アクター問
続けるという強制的な方法で,与え手は受け手
に構成される関係性に焦点を定めつつ,個人間
が特定の決定や行動をとる可能性を高めること
パワーの大きさを概念化しようとした.
ができる.このとき,影響の与え手は受け手に
対して強制に基づくパワーをもつ.強制に基づ
1.2 個人間パワーの源泉
くパワーは,制裁に関する威嚇や実行を通じて,
エマーソンの主張に従って,パワー関係が影
受け手に特定の決定や行動を思いとどまらせる
響の受け手のもつ依存性によって規定されると
パワーと,特定の決定や行動を実行させるパワ
するならば,影響の受け手は相手方が保有する
ーとに大別できる.
特定の資源に重要性を認め,それに関係上で依
存するがゆえに,本来ならば拒否するような相
ここで,報酬や罰に基づく上記のパワーが実
手からの要求にも応じざるを得ない立場にある
際に効力を発揮するための条件に関して,盛山
といえる.
[2000]は次のような議論を展開している.概
この仮定に従うならば,影響の受け手の依存
説すると,賞罰に基づくパワーが実効的である
対象として一般に想定される資源とは,報酬の
ためには,当該行為をなしたときに影響の与え
ように受け手にとって積極的に必要とされる資
手によって確実に賞罰が与えられることが,受
源(上記の例であれば,社会的な信頼)に限ら
け手にとって信愚性をもたなければならない.
れるだろう.
ここで受け手側に信二二を確保する条件として
しかし,報酬のほかにも他者との関係におい
は,(a)与え手が賞罰を与える能力,(b)与え
て影響を及ぼす原資となるもの,すなわちパワ
手にとって賞罰を与えることの合理性,を指摘
124 (398)
横浜経営研究 第24巻 第4号(2004)
できる.
パワーをもつといえる.
たとえば(a)に関しては,「公共工事を取っ
たとえば,弁護士一依頼人関係や医者一患者
てくる力のない政治家はそれに訴えて票を集め
関係など,専門的な知識や技能の習得が評価さ
ることはできない」(p.52).一方(b)に関し
れる関係において,専門性に基づくパワーは生
ては,「労働争議で組合がストライキをサンク
じやすい.
ションとして会社から譲歩を引き出そうとする
専門性に基づくパワーは,影響の受け手が相
戦略も,ストライキを打つことが組合自身にと
手の専門性を高く評価することによって,はじ
ってもマイナスである場合には,その合理性は
めてその効力をもつことができる.その意味で,
疑わしくなる」(p.53).
専門性に基づくパワーが他者の決定や行動に影
響を及ぼしうる領域は,影響の与え手にとって
3)正当性に基づくパワー[legitimate power]
の専門領域に関する事柄に限定される場合が一
社会的に正しいと認められた規範を,影響の
般的である.
受け手が受容している場合,受け手は社会的な
正当性をもった影響の与え手からの働きかけに
5)準拠性に基づくパワー[referent power]
従う可能性が高くなる.このとき,影響の与え
特定の人物がもつ態度や価値観などを理想像
手は受け手に対して正当性に基づくパワーをも
として認知し,その人物の態度や価値観を自ら
つといえる.たとえば,上司一部下関係や教
のうちに取り込もうと同一視する場合,影響の
師一生徒関係,年輩八一若輩者関係など,支配
受け手は理想像としての対象人物の態度や価値
の正当性が制度化されているような社会的関係
観を模倣したり,その人物からの働きかけに従
において,正当性に基づくパワーは生じやすい.
う可能性が高くなる.このとき,影響の与え手
正当性に基づくパワー観では,支配に関する
は受け手に対して準拠性に基づくパワーをもつ
正当性という資源を影響の与え手が有すると想
といえる.
定するわけだが,そもそも社会的規範は社会や
ここでの「準拠性」の意味合いとは,特定の
組織によって相対的なものであり,さらにその
人物を理想像として同一視する場合,一般に人
規範を受容するかどうかは影響の受け島島の意
聞は自らの態度や行動を選択するにあたって,
思に依存している点で,正当性に基づくパワー
対象人物であればいかなる態度や行動を選択す
は強力とはいえない(今井,1996).
るかを参照することを通じて,その人物の価値
ただしその一方で,特定の社会的規範が影響
基準に準拠した態度や行動を選択しようとする
の受け手によって無批判に受容される場合,こ
傾向があることから由来している.その意味で,
のパワーは極めて安定的に機能する側面をもつ.
準拠性に基づくパワー観では,影響の与え手が
さらに社会的規範に依拠できるため,賞罰のた
もつパワー行使の意図よりも,むしろ影響の受
めの資源を個別に予め用意する必要のない点で
け手話の自発的な模倣行動に焦点を定めている
低コストなパワーであるといえる.
ことがわかる.
4)専門性に基づくパワー[expert power]
相手が特定の領域に関する専門的な知識や技
以上,個人間パワーの源泉となる5つの資源
について概説してきたわけだが,これらの諸資
能を身につけていると影響の受け手側が認知す
源に基づいて構成されるパワー関係に共通の特
る場合,受け手は高い専門性を有する相手から
の働きかけに従う可能性が高くなる.このとき,
徴とは,影響の受け手側が諸資源の重要性をい
影響の与え手は受け手に対して専門性に基づく
される点にある.たとえば,影響の受け手は自
かに認知するかによって,パワーの効力が左右
組織におけるパワーのダイナミズム(上)(山岡 徹)
(399) 125
らにとって重要性が高いと認知する報酬を与え
の属性として,制約された合理性 (March&
うる者からの働きかけに対し,より進んで従う
Simon,1958)という前提をおくことが一般的
可能性が高くなる.
であるが,それでは意思決定者の制約された合
また,これらの諸資源はそれぞれが完全に独
理性という属性と個人間パワーの機能(=他者
立したかたちで影響の受け手から認知されるわ
の意思決定や行為選択に影響を及ぼす機能)と
けではない.たとえば,会社の上司一部下関係
の間にはいかなる相互関係が存在するのか,こ
を想定した場合,組織において上司は部下を管
のような観点からの議論は未だ十分には展開さ
理することに関して「正当性」を認められてお
れていない.
り,上司は部下に対する人事評価権をもつ場合
したがって以下では,意思決定論とパワー理
が一般的である.ここで人事評価権をもつ上司
論との理論的接合の企図のもと,限定合理性と
は,部下にとって「賞罰」の資源をもつ存在で
パワー概念の関連性について考察したい.その
もある.さらに上司の「専門性」の高さを尊敬
考察にあたって,まずは合理的な行為選択モデ
し,理想の上司像として同一視して,その上司
ルおよび限定合理性の概念について概説し,そ
の行動パターンに「準拠」する部下もいるだろ
のうえで意思決定者の限定合理性と個人間パワ
う.このように個人間パワーの源泉となる諸資
ーの機能との聞に存在する相互関係について検
源は,その重要性が影響の受け手から相関的に
討する.
認知されることを通じて,全体として,個人問
におけるパワー関係を構成している.
2.パワーと限定合理性の概念
2.1 合理的選択とは
合理的選択とは一般に,所与の目的を達成す
るために適切な手段を選択している状態をいう.
個人間関係のレベルでパワーを概念化する場
たとえば,北海道から沖縄まで数時問以内に移
合,一般に広く採用されるパワー観としては,
動することが所与の目標であるならば,その目
ダールによる概念化:「Bがさもなければ行わ
標を達成するための手段としては,ジェット機
ないであろうことを,AがBにさせる程度に応
を選択することが合理的選択といえる.仮に鉄
じてAはBへのパワーをもつ」(p.202)を挙げ
道や船舶などを手段として選択した場合,目標
ることができる.このような個人間パワーの概
達成は困難となるため,それは非合理的な選択
念化に共通して想定されるパワーの機能とは,
といえる.
(影響の与え手による意図の有無はともあれ)
組織には一般に,達成すべき共通目標が存在
他者の態度や行動の選択に影響を及ぼし,仮に
し,その共通目標を達成することは組織が存続
そのパワーが存在しなければ,影響の受け手に
するための必要条件であるため,組織参加者に
よって本来なされたはずの当初の行為選択を変
は目標達成に向けた合理的な選択が期待される.
更させるという機能である.
ここで,合理的選択のプロセスについて具体
パワー概念に想定される上記の機能からも明
化して説明すると,合理的選択プロセスとは,
らかなように,パワー理論と意思決定および行
解決を要する特定の問題に関して,その問題を
為選択の議論とは非常に密接な理論的接合性を
解決しうる全ての代替的選択肢を列挙し,それ
本来的に有している.しかしながら,両分野の
ぞれの代替的選択肢を選択した場合にもたらさ
接合性について従来の経営組織論で十分な議論
れる将来の結果を確実に予測し,それら諸結果
が展開されてきたとは必ずしも言えないであろ
を特定の選好序列に基づき一元的に評価するこ
う.たとえば,経営組織論において意思決定の
とを通じて,もっとも望ましい代替案を最適解
議論を行う場合,組織の意思決定者である個人
として1つ選択することを一般に意味する.そ
126 (400)
横浜経営研究 第24巻 第4号(2004)
れでは,組織において上記の合理的選択は果た
3.行為選択プロセスにおける
して実現可能だろうか?
個人間パワーの機能
2.2 限定合理性
このように人間の限定された合理性や環境の
上記の合理的選択モデルの非現実性について
不確実性を前提とした場合,合理的選択モデル
指摘した代表的論者として,マーチとサイモン
の議論に基づいて,組織の共通目的の達成を追
(March&Simon,1958)を挙げることができ
求することには現実的な困難が伴う.しかしな
る.彼らは合理的選択モデルが前提とする合理
がら,組織における意思決定の合理性をできる
的人間観に対する批判を展開し,合理的選択を
だけ高めることは,組織を存続させるうえでの
実行可能にするために満たすべき非現実的な要
必要条件であることに変わりはなく,そのため
件として,以下の3点を列挙した.
に意思決定者の限定された合理性を補完するよ
うな組織構造の設計が重要となる.
○選択に際してすべての代替的選択肢が,「所
ところで,個人間パワーは他者による態度や
与」である.
行動の選択に影響を及ぼし,仮にそのパワーが
○代替的選択肢のそれぞれに付与されたすべて
存在しなければ,影響の受け手によって本来な
の結果を知っている.
されたであろう当初の行為選択を変更させると
○合理的人問は,生ずるかもしれないすべての
いう機能をもつ.つまり,個人間パワーは影響
集合に対して完全な効用序列をつけている.
の受け手の行為選択プロセスに対して,何らか
の影響を及ぼす機能をもつわけだが,ここで組
これらの要件を換言すると,合理的選択モデ
織の存続にとって関心事となるのは,個人間パ
ルで想定される人間は以下の能力・属性をもつ.
ワーが意思決定者の限定された合理性を補完し,
組織的な意思決定の合理性を高める側面を持つ
○所与の問題を解決しうる全ての代替的選択肢
のか否かだろう.
を列挙できるだけの情報収集能力をもつ.
そこで以下では,限定された合理性という制
○代替的選択肢によってもたらされる将来の結
約下での意思決定プロセスに準拠するかたちで,
果を確実に予測できる計算能力をもつ.
諸プロセスにおいて個人間パワーがいかに機能
○予測した全ての諸結果を一元的に順位づけで
するかについて順に検討する.なお,個人間パ
きる一貫した選好序列をもつ.
ワーが行為選択プロセスに影響を及ぼす局面と
しては,次の4つの局面を提示することができ
しかしながら,人間のもつ諸能力には限界が
る.
あると同時に,組織や人間の直面する外部環:境
は流動的であり不確実性を伴う.㌔したがって,
○達成すべき目標を特定する際に影響を及ぼす.
合理的選択モデルが想定するような客観的合理
○特定された目標を達成するための解決案を列
性に基づいた選択を人間が行うことは不可能で
挙する際に影響を及ぼす.
あり,できたとしても,せいぜいのところ主観
○解決案がもたらす結果を予測する際に影響を
的な合理性に基づく選択にすぎない.
及ぼす.
○予測された諸結果を評価する際に適用される
選好基準に影響を及ぼす.
以下では,各局面ごとに分けて個人間パワー
組織におけるパワーのダイナミズム(上)(山岡 徹)
の果たす機能について検討する.
(401) 127
肢の数は,賞罰に基づく個人間パワーからの影
響をうける.
3.1 達成すべき目標の特定
具体的には,既得権益に関する利害構造を改
合理的選択モデルでは,達成されるべき目標
革するための組織改革案が骨抜き化されるよう
は所与であるという前提のもとで議論がスター
な現象が観察される場合,組織改革という目標
トする.しかし,実際に組織を存続させるため
は公式に特定されたものの,その目標を達成す
には,環境適応の観点から達成されるべき目標
るための諸解決案を列挙する段階において,実
が不断に再定義されなければならない.さらに
効性のある特定の解決案を排除するように促す
複合的な組織においては,達成すべき目標が複
個人聞パワーが意思決定者に対して行使された
数同時に存在する場合が多く,それらが必ずし
可能性を検証する必要がある.
も両立できるわけではない.一方の目標の実現
にとって最適な手段が,他方の目標達成を妨害
3.3 列挙された解決案がもたらす結果の予測
することもある.この場合,合理的選択モデル
の方向づけ
のように目標を所与とするのではなく,まず目
意思決定者は,列挙された各解決案がもたら
標間の対立を調整して目標を特定化する必要が
す将来の結果を確実に予測できるだけの計算能
ある.
力をもたない.このように意思決定者の合理的
この局面において個人間パワーが機能する.
な計算能力に限界がある状況下で,影響の与え
たとえば,組織における部門間関係では,目標
手は,特定の解決案がもたらす帰結に,パワー
の不一致による部門間コンフリクトが生じやす
を用いて影響を及ぼす.具体的には,解決案の
いが(Schmidt&Kochan,1972),コンフリク
もたらす結果に対する意思決定者の予測を,パ
トの調整プロセスでは,組織の経営にとって重
ワーを利用して特定の方向に誘導することがで
要な経営資源をもち,より大きなパワーを持つ
きる.
特定部門の目標や利害が優先的に扱われる傾向
たとえば,ある命令に従うかどうか,ある派
がある.
閥に入るかどうかの意思決定を行う場面を想定
しよう.この場合,「この命令に従わなければ
3.2 特定された目標を達成するための解決案
解雇する」とか「私の派閥に入れば部長にして
の囲い込み
あげる」といった罰や報酬に基づく働きかけを
意思決定者は,特定された目標を達成しうる
他者からされるならば,意思決定者は「命令に
全ての代替的選択肢を列挙できるだけの情報収
従う」「派閥に入る」という諸行為の選択肢が
集能力をもたない.このように意思決定性の合
もたらす帰結を,賞罰という条件付きで推測し
理性に限界がある状況下で,特定の目標を達成
なければならなくなる.つまり特定の選択肢に
しうる複数の解決案を意思決定者が列挙する際
対してパワーによる賞罰が付随されることで,
にも,個人間パワーは機能する.
その選択肢が将来もたらす帰結の予測に影響が
たとえば,解決案の候補の1つとして特定の
及ぼされる.この場合,意思決定者の下す決定
選択肢を列挙することへの見返りや代償として,
内容は個人間パワーの影響を受ける.
その意思決定者に賞罰が与えられることが他者
から伝達される場合である.この場合,列挙す
3.4 適用される選好基準への影響
る対象として意思決定者の視野に入れられる選
それらがもたらすであろう帰結について予測
択肢の数や,その視野にある選択肢群の中から
された諸々の解決案は,意思決定者によって適
解決案の候補として意思決定者が列挙する選択
用される選好基準によって評価され,最終的に
128 (402)
横浜経営研究 第24巻 第4号(2004)
何らかの解決案が選択されることになる.ここ
り誘導したりする相互作用は一切必要なくなる.
で意思決定者によって適用される選好基準も,
そこでは,自らの効用を極大化するための自発
一定不変ではなく個人問パワーの影響下にある.
的な行動が,個々別々に展開されるのみである.
たとえば,組織における上司一部下関係にお
このような状況下に,本章で概説してきた相互
いて,部下が有能な上司を理想像として同一視
作用を前提とする個人間パワーの概念が存在す
し,「あの上司のように物事を判断できるよう
る余地はない.
になりたい」と考えて,上司の態度や価値観を
人間の合理的能力に限界があるからこそ,相
模倣する場合があるが,このような模倣行動に
互が保有している資源とその効用について伝達
よって部下のもつ判断基準が変容するならば,
し合う相互関係が重要になるのであり,また環「
これは準拠性に基づくパワーの影響である.
境が不確実であるからこそ,個人間パワーによ
4.限定合理性と個人間パワーの概念
以上,不確実な環境下で,限定された合理性
って両者の行為選択上の条件設定を明確化し,
行為選択上の複雑性を縮減することが必要にな
るのである.
しかもたない意思決定者が行う行為選択プロセ
スにおいて,個人間パワーがいかに機能するか
4.2 意思決定の合理性とパワーの機能
について検討してきた.以上の議論に基づいて
第二の論点とは,組織における意思決定の合
提議できる論点とは,以下の2点である.
理性は個人間パワーによって阻害されるのか,
それとも助長されるかという問題の立て方は,
4.1 個人間パワーが成立する前提
ほとんど意味をもたないということである.
第一の論点とは,個人間パワーは,人間の限
合理的選択とは,所与の目標を達成するため
定された合理性と環境の不確実性とを前提とし
に適切な手段を選択することである.その意味
て,はじめて成立するということである.
で,組織目標の達成に貢献する意思決定が組織
ここで仮に,合理的な能力が人間から完全に
においてなされるならば,それは合理的な意思
欠落しているとするならば,特に報酬や罰に基
決定といえる.したがって,当たり前のことだ
づく個人間パワーは,行使・受容される機会を
が,個人間パワーが組織目標に整合するかたち
もちえない.
で機能するならば,それは組織における意思決
なぜなら,この場合,報酬や罰が自他に及ぼ
定の合理性を高めるし,逆に組織目標と対立す
す効用を,お互いが全く推測・計算できないか
るかたちで機能するならば,組織的な意思決定
らである.報酬や罰に基づくパワーは,報酬や
の合理性を阻害する.すなわち,組織における
罰が与えられる可能性やその効用について,受
個人間パワーは,組織でなされる意思決定の合
け手側が合理的に推論することを前提として,
理性の程度を規定する要因の1つにすぎない.
その推論に基づき受け手招が自律的に決定や行
ここで注意しなければならないのは,仮に組
動を修正するように方向づける影響力として位
織目標と対立する個人的利害の観点から個人間
置づけられる.したがって,人間の合理的能力
パワーが行使されるならば,それは確かに組織
が一切存在しないところに,個人間パワーは存
目標の達成を阻害するという意味で非合理的な
在しえない.
パワーの機能として捉えられるが,しかしなが
一方,人間が完全な合理的能力をもつと仮定
ら,個人的利害の達成を意図する者にとっては,
するならば,互いが保有している資源とその資
そのパワーは極めて合理的な利害達成の手段で
源が自他に及ぼす効用を互いが既に知り尽くし
もある点である.その意味で,パワーは組織の
ているわけだから,両者の問で威嚇・命令した
経営にとって非合理的な概念である,否,極め
組織におけるパワーのダイナミズム(上)(山岡 徹)
(403) 129
て合理的な機能を果たすという議論は,まず議
制度的に付与されているからである.この場合,
論の前提として,パワーを行使する主体の意図
両者のパワー関係を規定しているのは「影響の
や目的を明確にしない限り何ら意味をもたない.
与え手」としての教師や上司ではなく,むしろ
このように個人間パワーはその成立の仕方に
正当な管理権限を公式に付与する組織や制度で
よって,組織的な意思決定の合理性の程度を高
あるとも考えられる.ここで両者の関係を公式
めもするし逆に低めもするわけだが,その分岐
に規定する組織や制度による作用は,個人間パ
点は,個人間パワーを行使する側に組織目標に
ワーとは別次元のパワーによる作用として捉え
貢献する意志や能力が備わっているか,および
ることができる.
影響の受け手側に,パワーを行使されるに際し
マーチとサイモンは述べている.「意思決定
て影響の与え手から報酬や罰などが与えられる
者が身をおいている組織的・社会的環境こそ,
可能性を予測できる能力が備わっているか,な
どのような結果を彼が予想しどれを予想しない
どの要因に依存している.
か,またどのような代替的選択肢を彼が考慮し
5.個人間におけるパワー概念の限界
どれを無視するかを決めているのである」(訳
書,211頁).すなわち,人間のもつ合理性には
本章では,個人から個人に及ぼされる個人間
限界があるため,組織参加者による共通目標の
パワーについて,その概念化の特徴や限定合理
達成を促進するためには,組織的環境がもつ複
性の概念との関連性を中心に論考してきたわけ
雑性を縮減させることによって,組織参加者が
だが,個人間レベルでパワーを概念化するアプ
できるだけ合理的に行為選択できるように組織
ローチには,以下に指摘するような理論射程上
的環境を整備する必要があるとの主張であるが,
の限界を指摘することができる.
彼らの主張をパワー理論の立場から再解釈する
と,個人としての組織参加者からではなく組織
5.1 システムから及ぼされるパワーの存在
や制度自体から組織参加者の意思決定に対して
前節での議論に関連して,組織における意思
及ぼされる「三次元のパワー」が存在すること
決定の合理性をいかに高めるのかという問題を,
を示唆する記述といえるだろう.なお,組織や
パワー理論の観点から再解釈すると,個人間パ
制度から個人の行為選択に対して及ぼされるパ
ワーを組織目標に整合するかたちでいかに成立
ワーを本論では「システム・パワー」と位置づ
させるのかという問題として捉えなおすことが
け,第4章にて概説することとする.
できる.この問題から示唆される論点とは,組
織目標に整合するかたちで個人間パワーを行使
5.2 システムに対して及ぼされるパワーの存
「させる」ように組織参加者に作用する「二次
在
元のパワー」の作用を概念化できるのではない
個人間パワーに関する議論では,基本的に二
かという問題提起である.
者間関係が想定され,影響の与え手と受け手の
ここで,個人間パワーとは別次元のパワーに
問で構成されるパワー関係に議論の焦点が定め
よる作用とは何だろうか.たとえば,個人間に
られる.また,個人間パワ「によって影響が及
おけるパワー関係の典型として[教師一生徒]
ぼされると想定される対象は,基本的に個人に
関係や[上司一部門]関係などが想定されるこ
よる意思決定および行為選択プロセスである.
とが多いが,両者の関係は純粋な[個人一個人]
しかし,たとえば組織において公式に集合的
関係とはいえない.なぜならば,両者が個人間
決定を行う際に,その集合的決定に対して影響
レベルでパワー関係を構成する事前に,教師に
を及ぼす個人のパワーは,個人間パワーの概念
は生徒を,上司には部下を管理する公式権限が
枠組みだけで果たしてうまく説明できるだろう
横浜経営研究 第24巻 第4号(2004)
130 (404)
French, J.R。P., and B. H. Raven(1959)The Bases of
か.
組織において公式に集合的決定がなされる場
合,それは二者間関係における影響力のぶつか
り合いというよりも,むしろ制度化された公式
の集合的決定プロセスに則ることで,決定内容
Social PoweL In D. Cartwright(Ed.)5亡αd/es fη
50c/al Powe若The Universlty of Michigan,
pp.150−167.(水原泰介訳,「社会的勢力の基盤」,
千輪浩監訳,『社会的勢力』誠信書房,1962)
Hickson, D. J., Hinings, C, R., Lee, C. A., Schneck, R,
に正当性を確保しつつ,新たな政策や戦略を公
E.,and J. M, Pennings(1971)AStrategic
Contingencies’Theory of Intraorganizational
式化するというプロセスをとることが一般的で
Power,、4dm1ηゴs亡ra亡1vθScゴeηce Qαar亡erly 16,
ある.このように,公式化された既存の制度を
pp.216−229.
すという側面をもつ集合的決定のプロセスに対
今井芳昭(1996)『影響力を解剖する 依頼と説得の
心理学』福村出版,
Kotter, JP.(1979)Power∫ηMaηageme砿New York:
して誰が影響力をもつかという問題は,純粋に
イン・マネジメント』白桃書房,1981)
介在させることを通じて,新たな制度を作り出
Amacom.(谷光太郎・加護野忠男訳『パワー・
[個人一個人]関係を前提とする個人間パワー
Lukes, Steven(1974)Powe1∵.A Ra(1fcal V了ew,
の概念だけでは適切に分析できない.ここで必
たに提示することである.
London:Macmnlan.(中島吉弘訳『現代権力論批
判』未来社,1995)
March, James G., and H. A。 Simon(1958)
Orgaη∫za施η⑤New York:Wiley.(土屋守章訳
「オーガニゼーションズ』ダイヤモンド社,1977)
大庭健(1991)『権力とはどんな力か 続・自己組織
システムの倫理学』質草書房.
したがって本論では,組織における集合的決
Parsons, Talcott(1963)On the Concept of Political
要とされるのは,二者間関係におけるパワーの
概念化の枠を超えて,制度化された集合的決定
プロセスにおいて作用するパワーの概念化を新
定において個人が新たな制度を公式化するパワ
Power, Proceedings of the American
Philosophical Society,107(3):pp.232−262. Also
ー,すなわち,個人から制度やシステムに及ぼ
pp.297−354, in Socfologfcal Theory and Modern
されるパワーを「制定パワー」と位置づけ,第
socle亡y;New York:Free Press.(「政治的権力の
3章にて概説することとする.
概念について」神明正道監訳『政治と社会構造
下』誠信書房,1974に所収)
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Weber, Max(1922)珊ナ亡schaf亡αηd Gesellscha丘(清
五avoloη亡e de savo此Paris:Galllmard.(渡辺守
水幾太郎訳『社会学の根本概念』岩波文庫,
章訳『性の歴史1 知への意志』新潮社,1986)
1972)
〔やまおか とおる 横浜国立大学経営学部講師〕
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