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日本の貯蓄率の低下の原因の解明:ミクロデータを用いた検証
The Murata Science Foundation 日本の貯蓄率の低下の原因の解明:ミクロデータを用いた検証 Saving Rate in Japan A91201 代表研究者 宇 南 山 卓 神戸大学 大学院経済学研究科 准教授 Takashi Unayama Associate Professor, Graduate school of Economics, Kobe University Discrepancy between saving rates in the System of National Accounts (SNA) and the Family Income and Expenditure Survey (FIES) has been resolved using newly available statistics. While the known factors such as differences in coverage and definition of savings explain around 70% of the discrepancy, the underreporting of durable goods purchases and asset income in FIES accounts for the rest. According to the corrected savings rate, the savings rate for retired households dropped sharply after 1993, which would be one of the main reasons for lower savings rates over the last two decades. 原因は完全には解明されていなかった。 研究目的 それに対し本研究では、家計消費状況調査 本研究の目的は、日本における1990年以降 など他の統計と比較することで、家計調査に の貯蓄率の低下の原因を明らかにすることで おいて1)耐久消費財などの高額商品への支出 ある。日本は、国際的に見て高齢者の比率の が過少であること、2)金融資産から得られる 高い社会であり、今後も急速な高齢化が進む 財産収入が過少であることを示し、その過少 と予想されている。高齢化が進み人口減少社 性を考慮すれば家計調査とSNAの貯蓄率の乖 会になれば、日本経済の成長率を維持するた 離は解消することを示した。しかも、乖離の めには、貯蓄による資本蓄積の重要性がます 解消された貯蓄率の動向をみると、1990年以 ます高まる。その意味で、貯蓄率低下の原因 降一貫して低下する傾向にあることを明らか を明らかにすることは重要な課題である。 する。 日本では、国民経済計算(SNA)で計算さ さらに、日本の貯蓄率の低下の原因を家計 れる家計貯蓄率と家計調査から計算される家 の属性別に分析する。特に、資産所得は金融 計貯蓄率が大きく乖離しており、マクロ的な 資産を多く持つ高齢者世帯で多く受け取られ 貯蓄率の低下の原因を世帯レベルで分析する ていると予想できるため、資産所得の問題を ことは困難であった。直近では両統計の貯蓄 考慮していないデータを用いた既存の高齢者 率が20%以上乖離しており、統計的な誤差の の消費行動に関する分析は大幅に修正される 範囲ではなく、さらに1980年以降は貯蓄率の 可能性が高い。これまで貯蓄率の低下は、高 水準のみならず変化の方向も異なっている。 齢者の貯蓄を取り崩し行動と高齢化の進展と この乖離の原因を解明するために多くの研究 いう2つの事実で説明できるとされてきたが、 が行なわれている。しかし、これまで乖離の 本研究でこの議論を再検討するものである。 ─ 651 ─ Annual Report No.25 2011 財産所得の過少性についても示した。この問 概 要 題に対しては、可処分所得に占める財産収入 かつては高い貯蓄率で知られていた日本で の割合がSNAと等しくなるよう、家計調査の あるが、いまや国際的に見ても低貯蓄の国に 財産収入を定数倍することで、家計調査の可 なっている。貯蓄は経済成長の源泉であり、 処分所得を補正した。 日本が持続的な経済成長を達成するには、貯 こうした調整によって、S NAと家計調査の 蓄率低下の原因を明らかにする必要がある。 貯蓄率の乖離はほぼ解消しており、もはや貯 しかし、国民経済計算(SNA)と家計調査と 蓄率の推移に大きな違いはない。すなわち、2 いう2つの代表的な統計における貯蓄率が、水 つの統計が整合的であることが示された。こ 準も時系列的な推移も大きく異なっており、 の一致した統計で、日本の貯蓄率が1990年頃 貯蓄率の決定要因を分析することを困難にし から低下している原因について考察した。家 ている。そこで、本研究では、近年になって 計調査の誤差のうち、高額商品への支出を補 新たに整備された統計を活用することで、2つ 正では、貯蓄率の水準が全体として引き下げ の統計の貯蓄率の乖離の原因を明らかにした。 られる。しかし、高額商品への支出シェアは その上で、日本の貯蓄率の低下の原因につい 時系列的に変化が小さく、時系列的な推移へ て分析した。 の影響はない。それに対し、財産収入の過少 まず、先行研究に従い、貯蓄率の乖離の原 性の補正は、実質的にバブル期の貯蓄率だけ 因として、制度的な要因について検討した。 を引き上げる。バブル期には金利が6%を超え、 第 1 に、家計調査の対象世帯の調整をした。 家計は多額の財産収入を得ていたはずで、補 具体的には、無職世帯を計算に加えて貯蓄率 正によって貯蓄率は大幅に高くなる。一方で、 を計算した。第2に、消費や所得の定義の違 ゼロ金利政策下の1999年以降は、そもそも金 いを調整した。持家の帰属家賃、保険契約者 利収入が少ないため財産収入を補正しても、 に帰属する財産所得、住宅ローンの返済、な 貯蓄率はほとんど変化しない。 どについて家計調査での取扱いと一致するよ 財産収入の補正の影響は、多くの金融資産 うにSNAの項目を調整した。こうした制度的 を持つ高齢者世帯である「無職世帯」で特に な要因についての調整で、貯蓄率の違いの3分 顕著である。補正によって時系列的な推移は の2程度は説明できた。次に、家計調査の統 全く異なっている。補正後の貯蓄率を見ると、 計上の「誤差」について考察した。具体的に バブル期には正の貯蓄をしていたが、その後 は、単価の高い財・サービスへの支出の過少 は大きく低下している。引退後の高齢者は貯 性と、利子・配当収入等の「財産収入」の過 蓄を取り崩すという、単純なライフサイクル 少性について検討した。高額な財・サービス 仮説は少なくとも1995年以前には成立してい の過少性については、2002年から調査が開始 なかった。 された、 「家計消費状況調査」を利用して、家 一方、勤労者世帯の貯蓄率は、もともと財 計調査の消費が過少であることを示した。そ 産収入が大きくないため補正の影響は小さい。 の過少性を調整するために、高額商品への支 補正前にはバブル崩壊後に緩やかな貯蓄率の 出の水準が家計消費状況調査と一致するよう 上昇が観察されたが、補正後は過去25年間ほ 調整した。また、「貯蓄動向調査」を用いて、 ぼ横ばいである。すなわち、無職世帯の貯蓄 ─ 652 ─ The Murata Science Foundation 率の大幅な低下が、日本全体の貯蓄率の低下 の原因である。これは、貯蓄率の低い高齢世 帯の割合が増加したことが低下の主因とした 議論と矛盾する。 このように、貯蓄率低下の原因が無職世帯 にあることは明らかできた。しかし、より本 質的な理由は、謎のままである。既存の経済 学の理論では、バブル後に高齢世帯の貯蓄率 が低下した理由を説明することは困難であっ た。その解明は今後の課題である。 −以下割愛− ─ 653 ─