...

本文PDF

by user

on
Category: Documents
13

views

Report

Comments

Description

Transcript

本文PDF
資産・負債からみた日本政府の財政状況の評価1
−発生主義に基づいた日本政府のバランスシートの作成−
1999 年 10 月
鷲見英司 (法政大学大学院博士課程)
赤井伸郎
(神戸商科大学経済研究所)
田中宏樹
(大阪大学大学院博士課程)
1
本稿は,PHP 総合研究所の協力で行った政府会計プロジェクトの成果(「日本の政府部門の
財務評価」(PHP 総合研究所))を大幅に発展させたものである.また、本稿をまとめる段階
において、跡田直澄氏、大住荘四郎氏、陳さんからは貴重なご意見をいただいた。ここに記し
て感謝の意を表したい。
1
目 次
1.はじめに .................................................................4
2.バランスシート導入の必要性と導入に向けた取り組み .........................7
2.1 バランスシート導入の必要性 ............................................7
(1) 財政状況を示す指標としての財政赤字の問題点 ..........................7
(2) 公会計制度の問題 .....................................................9
2.2 SNA バランスシートによる財政状況の評価とその問題点....................9
(1) SNA バランスシートによる財政状況の評価...............................9
(2) SNA バランスシートの問題点..........................................11
(3) バランスシート再構築に向けた取り組み ...............................13
2.3 2つのバランスシートとその評価について ...............................15
(1) 流動性配列法 ........................................................15
(2) 行政・国民分離配列法 ................................................17
3.日本政府の財政状況の評価 ................................................19
3.1.バランスシートによる日本政府の財政評価 1995 年度.....................19
(1) 正味財産 (年金資産・年金債務を含めないケース) ....................19
(2) 正味財産 (年金資産・年金債務を含めたケース) ......................20
(3) 政府所有正味財産 (年金資産・年金債務を含めたケース) ..............20
3.2.異時点間のバランスシートによる部門別政府の財政評価(時系列評価) .....20
(1) 正味財産に関する時系列評価 ..........................................20
(2) 政府所有正味財産に関する時系列評価(年金資産・年金債務を含めないケース)
........................................................................21
(3) 流動性配列法と国民行政配列法による分析指標に基づく評価 ..............23
3.3. 政府部門別の正味財産の変化要因に関する時系列評価 ...................24
(1) 一般政府 ............................................................25
(2) 中央政府 ............................................................27
(3) 地方政府 ............................................................28
(4) 社会保障基金 ........................................................30
3.4. 社会保障基金による影響を除いた一般政府の資産・負債項目の変動 .......31
4.結論とバランスシート有効活用のための課題 ................................33
5.補 論 ...................................................................38
5.1. 発生主義バランスシート作成に向けた取り組み ...........................38
(1)
道路ストックの計上と減価償却の導入 .................................38
(2)
年金債務の推計 .....................................................42
2
(3)
退職金債務の推計 ...................................................44
(4)
繰越費や債務負担行為の計上 .........................................45
(5)
未収税の計上 .......................................................47
5.2. 項目の補足によるバランスシートの再構築 ..............................47
(1)
部門別・純固定資産の推計 ...........................................48
(2)
共済組合が所有する固定資産の補足 ...................................52
(3)
道路底地の計上 .....................................................52
(4)
補助金や負担金の扱い ...............................................53
(5)
基金の扱い .........................................................54
(6)
売却不可能資産の評価(時価 vs 簿価) ................................54
5.3. バランスシート項目についての解説 ....................................55
(1) 流動性配列法 ........................................................55
(2) 国民・行政分離配列法 ................................................56
参考文献 ....................................................................58
(1) 文献一覧 ............................................................58
(2) 資料一覧 ............................................................59
3
1.はじめに
現在,日本の政府部門の財政状況は危機的状況にあるといわれる.その財政状況を指し
示す表現はいくつも存在しており,例えば,「98 年度末(99 年 3 月末)の国債(内国債)
残高は 311 兆円であり,さらに借入金や政府短期証券を加えた債務残高は 437.5 兆円と,
97 年度末からわずか1年で 10.8%増加した」,あるいは「98 年度には過去最高の 34 兆円
に上る国債が発行され,国債依存度は前年度の 23.5%から 38.6%まで上昇した」といった
数々の表現がなされる.前者は債務残高の大きさから政府の財政危機を説明したものであ
るが,後者はフローである財政赤字からの説明である.しかしながら,現状は,何を基準
にして政府の財政状況の善し悪しを判断するのかという点については必ずしも明確になっ
ていない.
一方,このような負債の増加だけに着目した議論に対して,政府が保有する資産とのバ
ランスを重視する議論が存在する.これは,政府部門のバランスシートを通じて,資産と
負債とのバランス,すなわち正味財産の大きさや変化及び変化要因を捉え,政府の財政状
況を評価する立場である.しかしがながら,こうした観点から政府の財政状況について包
括的な分析は存在していない.
これまで,財政学や経済学の分野においても,フローの財政収支(財政赤字及び財政黒
字)に,財政状況を示す指標としての重要な役割を与えてきた.しかしながら,近年では,
財政赤字の財政状況の指標として多くの問題点やストック面から財政状況を把握する必要
性が,世代会計の議論を通じて示唆されてきた.したがって,バランスシートの導入は,
財政学においても新たな財政状況の分析手法として,また,これまでの議論(財政赤字を
分析対象とする研究)も再考するうえでも価値をもつものと考えられる.
本稿では,そうした問題意識を踏まえ,発生主義会計に基づく日本政府のバランスシー
トを試作し,日本政府の財政状況の把握ならびに評価を行った.バランスシートを通じて
政府の財政状況が開示されていることに価値がある.それは,国民が政府の政策に関する
政治的な選択を行い,政策の今後の方向性を考えるうえで,一つの判断材料を提供するも
のといえる.
本稿より以前に,国および地方自治体の財政状況の把握を意図して,バランスシートの
試作の事例が報告されている.地方自治体の財務分析の例としては,社会経済生産性本部
が 1997 年に発表した藤沢市等の貸借対照表の試作事例(『決算統計に基づいた企業会計
的分析手法報告書』,1997 年 7 月)をはじめ,宮城,三重,熊本の各都道府県,臼杵市
等で実際にバランスシートが作成されている.これに対し,国レベルでは,ほとんど研究
の蓄積がなく,構想日本が 1999 年 4 月に発表したバランスシートと同年 6 月の PHP 総
研による試作例がある.しかしながら,前者は政府部門のうち,中央政府の一般会計と一
部の公的企業とが分析の対象となっており,特別会計やその他の政府部門(地方政府,社
4
会保障基金)は考慮されていないなど,政府の範囲を定める根拠が不明確である.また,
日本の財政制度を前提とし場合には,公債などの負債は中央政府に,社会資本ストックは
地方政府に帰属するために,制度上中央政府の正味資産はマイナスになることが予想され
ているにもかかわらず,一般会計のみが対象とされている.したがって,一般会計のみを
対象としながら,固定負債と固定資産とがバランスを欠いている点を指摘していることも
問題である.これらの問題に対しては,中央政府と地方政府とを含めた一般政府での連結
バランスシートを構築することが必要となるが考慮されていない.さらに,退職金債務の
未計上や社会資本ストックへの減価償却がなされていないなどの問題を抱えている.本稿
では,これらの問題点の解決を試みている.
また,本稿のバランスシートの特徴の1つは,『国民経済計算年報(経済企画庁編)』
(以下,SNA2)における会計情報に基づいて作成されていることである.したがって,
本稿で日本政府として定義される範囲は,SNA 上の一般政府という概念(SNA では「格
付け3」と呼ばれる)と一致したものになっている4.その結果,SNA によるバランスシー
ト情報をベンチマークとした比較や分析が可能になっている.
しかしながら,次節以降で説明するように,SNA のバランスシートは財政状況の的確な
把握などの点においていくつかの不備を抱えている.したがって,本稿では SNA ベース
の政府部門の資産・負債残高に関する情報に加え,政府による公表統計などを用いて,そ
の問題点の改良を行った.第 1 に,発生主義概念の導入であり,それによって現金主義で
は明示的に捉えられることのない資産・負債を計上した.第 2 に,SNA バランスシートの
項目の不備を補完した.例えば,従来の SNA ベースのバランスシートでは,中央政府,
地方政府が所有する純固定資産が計上されていなかったため,部門別の財政状況を評価す
ることが事実上不可能になっていた.第 3 に,財政状況の把握という目的に適した配列方
法への改良を行った.ここでは,現行の企業会計報告に準拠した流動性配列法と,枚方市
で採用された配列法でのバランスシート(ここでは,「国民・行政分離配列法」と呼ぶ)
を試作した.また,本稿では,純固定資産などに関して,時価及び簿価の 2 通りの評価に
よるバランスシートを作成しているが,以下での議論は,時価評価によるものに限定して
いる5.
本稿は,PHP 報告(1999)を発展させたものであるが,その主な違いはバランスシートの
配列法として新たに国民・行政分離配列法を採用したこと,バランスシートにおける時系
列での財政状況の評価を可能としたことである.その結果,1985-1996 年間のおよそ 10
2
『国民経済計算年報』(Annual Report on National Accounts)は,通称「SNA(A System of
National Accounts)」と呼ばれている.
3
一般政府や中央政府,地方政府などの政府部門の格付けについては,中村 (1999)に記載され
ている格付け表を参照されたい.
4
中央政府,地方政府,社会保障基金といった各政府部門の範囲についても SNA の概念と一致
している.
5
簿価評価によるバランスシートは,付表 1,付表 2 及び付表 4,付表 6 に示されている.
5
年間の正味財産の変化を通じた財政状況の推移とその変化要因とについて,より詳細な評
価が可能となった.主なものは次の点である.第 1 に,SNA バランスシートの問題点と発
生主義概念を考慮することによって,SNA バランスシートでは正味財産が過大に計上され
ていること,さらに SNA では正味財産が一貫して増加傾向を示しているのに対して,実
質的には 92 年度以降正味財産が減少していることが明らかなった.第 2 に,公共部門が
所有する資産の性質を考慮して,資産から売却不可能と考えられる資産を控除した政府所
有正味財産を提示し,将来の国民が租税を通じて負担すべき額を明示した.第 3 に,時系
列でのバランスシートの分析を通じて,ストックからみた一般政府の財政状況は,1985∼
91 年度(バブル期)にかけて資産が大幅に増加し,また公債発行等の債務に依存しない財
政運営が続いた結果大幅に改善したこと,一方,92 年度以降は資産と負債とのバランスは
崩れ始め,95 年度以降さらなる悪化傾向を示していることが明らかになった.
本稿の主な構成は以下の通りである. 2 節では,2.1 においてバランスシート導入の必
要性について,財政学的な議論及び,公会計制度の改革という観点から説明する.2.2 で
は,SNA バランスシートが示す一般政府と各部門別政府の財政状況を概観するとともに,
SNA バランスシートの問題点を指摘する.さらに,発生主義に基づく新たなバランスシー
ト構築に向けた試みが示される.2.3 では,本稿で用いたバランスシートとその配列が,
政府部門に適用される場合の意味と評価について議論する.3 節では一般政府及び部門別
のバランスシートから,政府部門の財政状況について様々な角度から評価する.年金制度
が所有する債務を含めた政府部門の財政状況が,95 年度末時点において評価される.さら
に,85 年度,90∼96 年度の 8 年度分のバランスシートに基づいて,時系列による財政状
況とその変化要因が評価される.時系列のバランスシートでは,年金債務が除かれている.
4 節では,政府の財政状況に関する評価とバランスシートを有効活用するための議論を整
理する.さらに,5 節では,補論として,2 節で議論した発生主義に基づく新たなバラン
スシート構築の試みをより詳細に説明している.最後に,文末には付表として,バランス
シート一覧(時価評価,簿価評価)及び,バランスシート作成に用いたデータ等が添付さ
れている.
6
2.バランスシート導入の必要性と導入に向けた取り組み
2.1 バランスシート導入の必要性
本節では,財政学的な観点及び,公会計制度の問題点からバランスシート導入の必要性
について議論する.
(1) 財政状況を示す指標としての財政赤字の問題点
財政学や経済学では,財政赤字を単年度の財政収支を表す指標としての役割だけでなく,
政府の財政政策のスタンスを表す指標として,多くの経済活動やその結果と密接に関連づ
けてきた.政府の財政状況は,財政収支(財政黒字あるいは財政赤字)の大きさや公債発
行額等によって判断され,また政府の政策スタンスは,減税政策による積極財政,つまり
財政赤字なのか,あるいは,増税による縮小財政,つまり財政黒字なのかによって,政府
が個人あるいは経済に対してどのような政策を実施しているのかについての判断がなされ
てきた.
しかしながら, Auerbach, Gokhale and Kotolikoff(以下,AGK)(1991)による財政赤
字の役割に対する主な批判は,経済理論上,財政赤字が財政政策のスタンスを示す指標と
しては,何等重要な意味を持たないという点であり,各世代の生涯にわたる政府に対する
純支払額を現在価値で評価した世代会計こそ,財政政策の経済主体への影響を知るうえで
重要であるという点であった6.また,財政赤字の財政状況を示す指標としての役割につい
ても,その大きさは極めて恣意的であり,財政状況を示す指標としては極めて不適切であ
ることが指摘された.
AGK による財政状況の指標に対する批判は,政府の会計制度におけるストック会計の
導入に関する議論とも合致したものである.財政赤字が財政状況の指標として用られるこ
との問題の1つは,会計操作によってみかけ上その大きさが左右されてしまうことである.
6
この点に関して,例えば,減税の実施とセットで将来の増税が約束されている場合には,現
時点の財政赤字の大きさだけを問題にしていたのでは,約束された将来の増税が個人の消費活
動に与える影響を捉えることができないという指摘がある.こうした問題に対して,AGK (1991)
によって財政赤字に変わる指標として導入されたのが世代会計という概念である.世代会計と
は,政府への生涯の支払と受取との差額(純支払額)の現在価値を各世代別に評価するもので
ある.世代会計によって導かれる各世代の政府への純支払額が,個人の生涯の予算制約と直接
的に関わっているので,世代ごとの純支払額を明らかにすることによって,現行制度のもとで
将来世代にかかる負担を明確にしたり,政府の政策スタンスが変化した場合の各世代の消費行
動などへの影響を純支払額の変化によって論じることができる.したがって,各世代の純支払
額の変化を通じた実体経済への影響についても分析することができる.世代会計が実体経済と
の関連を論じることができるのは,財政赤字と世代会計が立つ経済学理論の違いによるもので
あり,前者がケインズモデルを前提としているのに対して,後者は合理的な個人の行動を前提
とした新古典派経済理論に基づいている.財政赤字は,実体経済に影響を与える個人の生涯の
予算制約と直接的に関わっていないので,実体経済への影響について何も説明できない.
7
例えば,一般会計からの国債整理基金特別会計への定率繰入7の停止は「隠れ借金」として,
しばしばその問題を指摘されているが,この会計上の操作は,繰入を停止した年度の一般
会計の財政赤字を縮小させ,財政状況を見かけ上改善させる8.こうした会計操作によって,
赤字国債の発行が抑制されたとしても,実態は財政赤字のままであるといったことが現実
に繰り返されている.こうした会計操作の存在は,財政赤字が財政状況を示す指標として
不適切であることを示唆している.一方,財政赤字の大きさだけに注目したフローの財政
収支とは対照的に,ストック面の財政状況を捉えた場合には,上述の隠れ借金に影響を受
けない9.すなわち,先述の一般会計から国債整理基金特別会計への繰入停止は,繰入を停
止した年度の一般会計の財政赤字を縮小させるが,繰入の停止はその分だけ国債は償還さ
れないままになり,一般会計の債務として負債に計上されるためである.
このように,ストック会計の導入は,将来への負担の先送りの実態をバランスシートを
通じて明らかにすることができる.財政収支の重要性を強調してきた経済学や財政学の分
野においても,適切な財政状況の評価に向けたバランスシートの活用が必要であるといえ
る.
一方,世代会計は,将来世代への負担の先送りの実態を明らかにできるという利点があ
るが,それは,政府による負担の先送りが,世代会計によって算出される各世代の政府へ
の純支払額に,(予算制約式を通じて)負担の増加というかたちで直接的に影響を与える
からである.そもそも世代会計の目的は,ある時点の政府の財政状況の評価にあるのでは
ないが,世代会計には,強い将来に関する仮定に基づいて各世代の純負担額(現在価値)
が算出されているなどの問題がある.これらの問題に対し,バランスシートには,次のよ
うな世代会計の弱点を補うというメリットも存在することができる.
1.世代会計が,ある政策が行われた時点での政府の財政状況を知ることを目的にしてい
ないのに対して,バランスシートによる政府の所有する資産と負債との評価は,これを可
能にするだけでなく,世代会計を構築する上で重要な材料を提供する.
2. 財政政策が各世代に与える影響を計算するために,将来の政策スケジュールをすべて
仮定する必要があり,それらは恣意的にならざるを得ない.一方,バランスシートは現時
点の財政状況や正味財産の大きさを通じて将来世代に課される負担の大きさを,恣意性を
排除して伝えることができるという利点がある.
7
国債償還に関する一般会計から国債整理基金特別会計への繰入とは,主に前年度首国債総額
(割引国債に係る発行価格差減額を除く)の 1.6/100 に相当する額(定率繰入)と割引国債に
係る発行価格差減額を指す.
8
しかしながら,本来ならば償還されていたはずの公債が,繰入の停止の分だけ償還されず,
将来に債務を先延ばししたことに他ならない.
9
隠れ借金にはいくつかのタイプがあるが,後述するように一般会計から年金関連の特別会計
への繰入の将来への先延ばしの実態は,特別会計のバランスシートには計上されていない.
8
(2) 公会計制度の問題
一方,現状の日本の公会計制度についても,多くの問題点を抱えており,国民のアカウ
ンタビリティーに対するニーズに十分応じられる制度的状況にはなっていない.公会計制
度をめぐる第1の問題点は,毎年のフローに完全にリンクしたストックの状況が把握でき
ないということである.現状の日本の公会計制度では,政府のストック情報が十分提供さ
れているとは言い難い.一部の公企業を除き,現金主義をベースとする会計処理を採用し
ている現状の公会計制度のもとでは,当該年度の現金収支の管理のみに関心が集中し,資
産-負債状況を把握するという意識が乏しい状態にある.唯一公表される政府の資産・負債
状況を示した SNA のバランスシートは,以下で議論するように,財政状況を的確に把握
できる水準のものにはなっていない.第 2 の問題点は,政府活動の「コスト10」の把握が
できないということである.現金主義に基づく会計処理の場合,収支が実際の現金授受の
事実に基づいて認識されるため,発生主義においてコストと認識される減価償却費や公的
年金,公務員の退職金等の債務額は,当該年度に実際に支払う必要が生じない限り,コス
トとして表面化することはない.現金主義を採用する限り,当該年度内の現金収支さえ合
っていれば,会計上は問題なく処理される.しかも,現金主義のもとでは, フローの収
支報告書に記載される項目が,当該年度の「支出」であって「コスト」ではない.こうし
たことがネックとなって,政策当局によるコスト管理が十分遂行できない恐れがある.そ
の結果,政策当局のコスト意識が低下したり,官民,官官でのコストの比較が不可能にな
る等の弊害が生じ,その分だけ公的部門に効率化のインセンティブを生み出すことが困難
になっている.
2.2 SNA バランスシートによる財政状況の評価とその問題点
(1) SNA バランスシートによる財政状況の評価
ここでは,政府公表による SNA バランスシート11 をベンチマークとして,そのバランス
シートが示す政府部門の財政状況及びその問題点について議論する.
表 2-1 には,SNA における一般政府と各部門別のバランスシート(1990,1995 暦年)
が示されている.バランスシートは,資産12,負債及び資本から構成され,資産(貸方)
と,負債と資本との合計(借方)とがバランスするように作成されており,資本は資産と
負債との差額として定義される.資本という名称が企業会計では一般的であるが,SNA バ
ランスシートでは,資産と負債との差額は「正味資産」と定義されている.通常は正味財
10
ここでは,政策の「コスト情報」を,「あるプログラムに係る output または outcome を生
み出すために要した減価償却費,資本費用等を含めた総費用などの input に係る情報(筆谷,
1998)」との意味で捉えている.
11
ここで,SNA に掲載される一般政府のバランスシート(SNA バランスシート)とは,『国
民経済計算年報』における「一般政府 貸借対照表」を指している.
12
表 2-1 では,資産は「1.有形資産」と「2.金融資産」との合計と定義される.
9
産の大きさ及びその変動を捉えることによって財政状況についての評価が可能とされてい
る.
表 2-1
SNA ・一般政府バランスシート
1990)
平成2暦年末(
10億円)
(
単位:
項 目
一般政府
(
統合)
中央政府
1995)
平成7暦年末(
地方政府
社会保障基金
一般政府
(
統合)
中央政府
地方政府
社会保障基金
1.有形資産
1) 純固定資産
2) 再生産不可能有形資産
1 土地
2 森林
402,365
266,454
135,911
129,782
6,129
22,590
0
22,590
22,459
131
112,658
0
112,658
106,662
5,996
663
0
663
661
2
479,820
359,758
120,062
111,954
8,108
18,984
0
18,984
18,871
113
100,418
0
100,418
92,426
7,993
660
0
660
658
2
2.金融資産
1) 現金通貨・
通貨性預金
2) その他の預金
256,111
2,615
58,513
91,111
134
12,698
32,412
2,304
22,485
142,584
177
23,330
369,137
2,774
86,710
132,250
221
32,524
37,107
2,411
21,894
211,252
142
32,293
3) 短期債券
4) 長期債券
5) 株式
1,483
16,202
574
1,464
5,718
383
0
5
34
19
10,479
157
3,371
20,412
820
3,369
6,322
540
0
2
73
2
14,088
208
6) 政府貸出金
27,764
18,651
5,343
6,630
34,799
21,311
8,337
7,096
7) 生命保険
8) 一般政府繰入金
9) 売上債権
10) その他の金融資産
12,221
6,216
0
130,524
3,372
6,216
0
42,475
0
0
0
2,242
8,849
0
0
92,943
30,119
3,798
0
186,333
8,854
3,798
0
55,312
0
0
0
4,391
21,265
0
0
136,159
期末資産
658,476
113,701
145,070
143,246
848,957
151,235
137,525
211,911
3.負債
1) 短期債券
2) 長期債券
297,036
24,959
179,521
237,053
24,959
162,416
68,531
0
17,105
1,447
0
0
433,452
25,290
253,437
333,225
25,290
219,743
110,248
0
33,695
1,451
0
0
2,658
84,400
184
37,041
2,474
48,772
0
1,447
9,403
138,990
260
72,255
9,143
67,228
0
1,451
193
5,304
17
12,437
176
4
0
0
181
6,150
0
15,678
181
1
0
0
361,440
-123,353
76,539
141,799
415,505
-181,990
27,277
210,461
3) 市中借入金
4) 政府借入金
5) 買入債務
6) その他の負債
4.正味資産
注) 1) 表 2-1 は,SNA「Ⅲ付表・ 3.一般政府の部門別資産・負債残高表」に基づいて作成されている.
各項目についての詳細は付表 8 を参照.
2)
一般政府のバランスシートは,各部門内の金融取引を相殺するように統合されている.したがっ
て,項目によっては各部門の合計が一般政府のそれと一致していない.政府貸出金,政府借入金と
その他の金融負債(うち政府出資金)の項目が該当する.
表 2-1 に示した SNA バランスシート(1990,1995 暦年)から日本の政府部門の財政状
況をみると,1995 年のバランスシートでは,中央政府を除いた各部門の正味資産はプラス
になっており,これらを統合した一般政府では 415 兆円程度の正味財産を所有しているこ
とがわかる.さらに,1990 年の正味財産(361 兆円)と比較すると,この 5 年間に 54 兆
円程度増加したことがわかる.また,一般政府が所有する負債に対する資産の比率(以下,
10
資産/負債比率:%)13は,1995 年は 196%であり,1990 年の 222%から低下しているも
のの,依然として負債に対して 2 倍程度の資産を保有していることを示している.したが
って,この数字からは日本の政府部門の財政状態が危機に瀕しているという状況は見受け
られない.正味資産の厚みを考慮すれば,むしろ積極的な財政支出を行う余地があるかの
ような印象すら抱くことができる.
しかしながら,SNA バランスシートは日本の政府部門の財政状況を正確に表現できるも
のとはいえない.以下では,その原因となっている SNA バランスシートの 3 つの問題点
について議論する.
(2) SNA バランスシートの問題点
1.発生主義概念の欠如
第1の問題点は,SNA バランスシートが現金主義の観点から作成されており発生主義の
概念が導入されていないことである.現金主義ベースのバランスシートの問題点は,政府
が所有する社会資本ストック(公共物資産14)への減価償却が適用されていないために15,
減価償却費を通じた資本のコストや,政府が所有する資産の適正な価値の把握が妨げられ
ていることである.したがって,現金主義に基づいている限り社会資本ストックのコスト
は建設された年度の支出とされるために,公共投資の効率性や有効性,費用対効果につい
て何等議論することができない.
さらに,SNA では社会資本ストックなどの固定資産以外の項目については,「資金循環
勘定」に現れる金融資産及び金融負債の実態をバランスシートに計上しているだけであり,
発生主義の観点から,現時点で発生しているコストについては全く考慮されているとはい
えない.これらには,公的年金や公務員の退職金に関わる債務などが該当する.例えば,
人件費である給料,期末手当,退職手当などは,当期の公務員による勤務の対価として支
給されるものであり,これらはサービスがなされた時点におけるコストとして発生してい
る.したがって,退職手当は毎期支払われるべきコストの繰延べであると考えられるため,
発生主義の観点から毎期の費用として計上されなければならない.
13
すべての資産を売却可能とした場合の,資産による負債の返済能力を示している.
SNA では社会資本ストックを「公共物資産」と呼ぶ.
15
このことは,SNA がすべての社会資本ストックが耐用年数を経て除却されるまでの期間は,
その利用価値が一定であると仮定してきたことを意味する.しかしながら,この仮定は社会資
本ストックの利用という観点から,完全な維持補修がなされている場合には説得力をもつが,
発生主義に基づいて,社会資本ストックの期間費用を認識しようとする観点からは支持されな
い.さらに,発生主義の導入によって社会資本ストック(例えば道路)の費用が,耐用年数の
期間にわたって減価償却費を通じて認識されるので,さらに公共投資の便益が的確に把握され
るならば,費用対効果を算定することによって,その公共投資についての事業評価を行うこと
が期待できる.しかしながら,現金主義に基づいている限り,社会資本ストックの費用は建設
された年度の費用として計上されるために,公共投資の効率性や費用対効果について何等議論
することができない.
14
11
2. 項目の不備
第二の問題点は,表 2-1 が示すように SNA バランスシートにおけるいくつかの項目に
は関する不備が存在することである.特に,政府が所有する金融資産以外の固定資産につ
いては資産別の厳密な計上がなされておらず,一方,金融資産に偏ったバランスシートに
なっている.より具体的な問題点は以下の通りである.
第 1 に,一般政府が所有する(金融資産以外の)有形固定資産のうち,建物等の構築物
と社会資本ストックが「純固定資産16」として一括して計上されている.したがって,こ
のバランスシートは,政府が保有する(生活関連インフラ,生産関連インフラといった)
具体的な資産内容やその現在額についての情報を開示するという役割を担っていない17.
また,資産の耐用年数が実態にあわせたものに適正化されているかという点についても議
論の余地がある18.
第 2 に,純固定資産は一般政府のみが計上されており,中央政府,地方政府,社会保障
基金別(以下,部門別)には公表されていない19.表 2-1 では,部門別の純固定資産はゼ
ロになっている.そのため,SNA バランスシートを用いて,各部門の財政状況を評価する
ことはできない.
第 3 に,社会保障基金のバランスシートには,(政府借入金の項目を除いて)資産項目
しか計上されていない.これまで社会保障基金は年金積立金の資産に代表される多くの金
融資産を保有している.しかし,公的年金制度には大幅な年金債務が存在することが先行
研究20によって多く指摘されている.これらの負債項目を計上し,資産と負債とのつり合
いがとれたバランスシートを構築することが,厳密な政府の財政状況を評価する上で重要
16
SNA での「純固定資産」の推計方法については,補論 5.2(1)を参照.
1993SNA では,公共物資産に関しても減価償却を考慮した推計を行う必要性が指摘されて
いる.現在,経済企画庁においても 2000 年の導入に向けて新たな会計方式導入の準備を行っ
ている.ポイントは,耐用年数の適正化と減価償却の導入である.定率法や定額法に基づく減
価償却の導入はデータがあれば比較的簡単に行うことできるが,公共物資産(SNA では9部門
に分けて公共物資産を推計されている)のデータおよびストックの推計値が公開されていない
ために,減価償却を考慮した資産額の推計も容易ではない.公共物資産(社会資本ストック)
をストック別に推計したものに,『日本の社会資本』(経済企画庁総合計画局[編])(1998)が
ある.この推計では,公団等も含めた公的部門が所有する社会資本ストック(主要 20 部門)
を推計しているが,減価償却については考慮されていない.
18
資産の推計値は,仮定する耐用年数に大きく左右される.現在では,大蔵省が定めた耐用年
数が使用されているが,その年数は実態とかけはなれているという意見も多い.耐用年数の変
更は,税制への影響も大きく,他の要因により人為的に操作されている可能性も指摘されてい
るが,資産を正確に把握するためには,より客観的な視点から耐用年数を定め,適正なものに
するべきである.
19
その原因は 1970 年度の「国富調査」にまで遡る.71 年度以降の純固定資産は国富調査に基
づく純固定資産をベースに計上されているが,70 年度の国富調査において純固定資産が部門別
に計上されていなかったために,その後も計上されない状態が続いている.
20
例えば,八田・小口(1995),八田・小口(1999)を参照.
17
12
となる.
3. 不明確な配列法
第 3 の問題点は,SNA バランスシートの配列法については不明確な点が多く,現実の一
般政府等の財政状況や資産・負債状況を把握し,さらに実際の政策に活用するといった,
より本質的な目的に基づいて作成されたものとはいい難いとういことである.表 2-1 が示
すように,バランスシートを構成する各項目の集計の根拠が明確ではない.さらに,それ
ぞれの項目はどのような資産・負債によって構成され,また,どのように作成されたのか
に関する情報は十分に公表されているとは言えない21.
それ以外にも,SNA の一般政府バランスシートは暦年で示されているという問題も存在
する.現在の公会計制度と整合性を保つために,また予算は年度で計上され政策も年度毎
におこなれている現状を踏まえれば,バランスシートが年度で示されることが不可欠であ
る.
(3) バランスシート再構築に向けた取り組み
1.発生主義概念の導入 (人的コスト及び資本コストの把握)
日本の公的年金は皆年金であり,高齢化社会においてすべての国民が直接関わる制度で
ある.現在,日本の年金システムは賦課方式で運営されている22.すなわち,現在の高齢
者への年金給付を現在の勤労世代の若者からの保険料でまかなっているのである.したが
って,高齢者の数が増加し,勤労世代の数が減少すれば,保険料収入を増加させるか給付
を減少させない限り,年金制度は成り立たない.言い換えれば,各世代の人口構成の変化
による影響を大きく受ける制度になっている.年金給付は将来確約されているので,若者
からの保険料が全く途絶えたとしても支払い続けなければならない.発生主義に基づけば,
そのような将来の支払い債務を政府はすでに抱えていることになるのである.したがって,
将来の若者からの保険料に頼ることなく,将来必要となる給付の総額は債務としてバラン
スシートに計上されなければならないのである.このような観点から,将来の年金債務を
推計し負債項目に計上した23.将来の支払いは確約されているが,現在の日本の公的年金
制度では,厚生省による給付変更が可能であり,将来の債務を推計するときには,将来の
給付スケジュールが必要となる.そこで,現行制度と現段階でもっとも可能性の高い改革
案の 2 種類の債務を部門別に推計した24.
また,公務員の退職金についても,現時点での積立金と現在すべての人が退職したとき
21
SNA を作成する以前の段階であるが,その理由の1つは,決算評価を軽視する政府の態度に
ある.現段階においては,政府は政策の事後的な結果ではなく支出が予算通りに行われたかの
みに関心があるからである.
22
若干の積立金が存在するために,正式には修正積み立て方式となっている.
23
公的年金制度の債務に関する詳細は補論 5.1(2)で述べられる.
24
八田達夫・小口登良(1999)の推計結果をもとに計算を行った.
13
に支払われる退職金額との間に差があれば,それは,退職金制度が持つ純債務となる25.
そこで,現在の勤続年数別の公務員数に退職金算定額を掛け合わせて,現在の公務員に対
する要支給額を推計し,バランスシートの負債項目に計上した26.
SNA では,純固定資産のうち公共物資産対して減価償却が考慮されていないが,発生主
義の観点から公共物資産にも減価償却を考慮して実際の資産価値を評価する必要がある.
そこで,公共物資産のうち大きなウエイトを占める道路ストックについて,定額法によっ
て減価償却額を把握することでストック額を評価しバランスシートに明示した27.その結
果,毎年度の純固定資産には道路ストックの減価償却累計額を差し引いた値が計上されて
いる.
さらに,繰越費や債務負担行為,未納税についても考慮されている28.
2. バランスシート再構築
項目の不備の補完と配列の再構築のために,次の点を考慮した.表 2-1 が示すように各
部門の純固定資産はゼロとされており,部門別の評価や比較が意味のないものになってい
た.そこで,部門別政府の財政状況の評価を可能にするために,各部門別の純固定資産を
計上することでその不備を補った29.さらに,社会保障基金に含まれる共済組合がもつ固
定資産や道路底地についてもバランスシートに計上した30.
また,政府のバランスシートは,様々な観点から政府の財政状況についての情報を的確
に提供できるものでなければならないが,SNA バランスシートはこうした要請に十分に応
えるものにはなっているとはいい難い.こうした問題点を克服するために,バランスシー
トの配列方式として,企業会計方式に準ずる流動性配列法と行政・国民分離配列法とを用
いて,SNA バランスシートを再構築した31.流動性配列法によって,政府が所有する資産・
負債の流動性から,各時点での財政状況,短期的および長期的な返済能力などを把握する
ことができる.また,行政・国民分離配列法によって,経常的側面と投資的側面から資産
と負債とのバランスを把握することが可能になる.さらに,暦年ベースで公表されている
SNA のバランスシートを,年度ベースのバランスシートに再構築した.
25
ただし,政府は一切の退職金を積んでいないので要退職金支給額の全額が退職金純債務と等
しくなる.
26
退職金債務に関する詳細は補論 5.1(3)で述べられる.
27
道路ストックの推計に関する詳細は,補論 5.1(1)で述べられる.
28
詳細は補論 5.1(4),(5)で述べられる.
29
部門別純固定資産の推計に関する詳細は補論 5.2(1)で述べられている.
30
詳細は補論 5.2(2),(3)を参照.
31
流動性配列法及び行政・国民分離配列法が持つ意味については,2.3 節で述べられる.
14
2.3 2つのバランスシートとその評価について
(1) 流動性配列法
まず,SNA バランスシートの資産・負債項目を,表 2-2 のように流動性配列法に基づ
いて分類・整理した.
表 2-2
流動性配列法によるバランスシート
資 産
負 債
[1]流動資産
[3]流動負債
[2]固定資産
[4]固定負債
正味財産
[5]正味財産
流動性配列法の特徴は,一般的に,バランスシートの資産項目を流動性の高い順,負債
項目を返済期限が早い順に配列するところにある.流動性配列法は,企業が流動資産によ
って流動負債を返済する短期的な資金返済能力を明確にするのに適していることから,企
業会計において用いられている.このように企業会計で一般的に用いられる流動性配列方
式であるが,それを政府のバランスシートに適用した場合,いかなる意味を持ちうるかに
ついて検討していこう.
1. 流動資産・流動負債
流動資産及び流動負債は,短期の債務返済能力についての評価を可能にする.通常,短
期とは1年未満のことを指し,ここでもその意味で用いる.企業会計では,企業の短期的
な資金返済能力を明確にする必要があり,これらのバランスはきわめて重要になっている.
一般的には,流動資産が多ければ短期的な資金需要の増加に柔軟に対応できるのに対して,
流動負債が多ければ,短期的に大きな資金が必要となる.例えば,短期国債や1年以内に
返済が予定される地方債を多く抱えているほど,翌年度の予算の多くをその償還に充当し
なければならず,効率的な財政運営を妨げたり,あるいは財政を圧迫する要因となる.し
かしながら,政府の場合,これら公債を借り替えたり,あるいは短期的な資金繰りの悪化
に対しては一時借入金などの短期の借入で対応することが可能であり,民間企業と比較し
てその信用力の高さから流動性制約が問題になりにくいと考えられる.したがって,流動
資産に対する流動負債の比率として定義される「流動性比率」という評価指標を,短期の
資金繰りを重要視する企業会計と同様に,政府の短期の債務返済能力を評価するものとし
て捉えることには議論の余地がある.
15
2. 固定資産・固定負債
固定資産32及び固定負債との比較を通じて,長期的な政府の債務返済能力について議論
することができる.一般的に固定資産が負債に対して多ければ,その資産が売却可能であ
る限り,長期的には資金的な余裕があると考えられる.しかしながら,政府の場合には道
路などの社会資本ストックは市場での売却が事実上不可能であったり,法律上売却を前提
としていない資産がほとんどを占めているために,固定資産と固定負債の大きさやバラン
スだけからこうした議論をすることは困難となっている.一方,政府が所有する固定負債
のほとんどは公債残高であり,公債発行は一般に将来世代にも便益が及ぶ公共サービスに
対して,費用を世代間で公平に負担するという観点から正当化されている.したがって,
公債などの固定負債は将来世代が負担する租税によって賄われることになる.
3. 正味財産
一般的に,政府の財政状況は正味財産の大きさやその変動によって評価される.ある時
点において,正味財産がプラスの場合には,将来世代が受ける便益がその負担よりも大き
いことを示し,逆に,正味財産がマイナスの場合には,将来世代が受ける便益が将来世代
の負担よりも小さく,そのマイナス額は現在世代から将来世代への負担の転嫁となる.あ
るいは,正味財産がプラスの場合には,現在の負債をすべて賄う資産を政府が所有してい
るので,新たな借金に対する返済能力を政府は所有しているといえる.一方,正味財産が
マイナスの場合には,現在のすべての資産によっても現在の負債を返済できないので,将
来世代による増税によって賄わなければならない.あるいは,増税が困難な場合には,政
府はその債務の返済のために新たな借金をする必要があり,さらに政府の財政を圧迫する
要因となる.
異時点間の政府の財政状況を評価する場合には,正味財産の変化の方向とその変化要因
について分析することが必要となる.一般的に,時系列でみた場合,正味財産が増加して
いる場合には財政状況は改善している.また,正味財産が減少している場合には,財政状
況は悪化している.
4. 政府所有正味財産
正味財産がプラスであっても,政府の場合には行政サービスの提供を目的とした行政財
産は市場での売却が不可能なために,これらの資産を負債の返済に充当することはできな
い.したがって,負債に対する実際の政府の債務返済能力を評価するには,こうした売却
不可能な資産の価値を控除した形での正味財産に着目する必要がある.
そこで本稿では,行政財産や政府出資金など売却不可能資産を正味財産から控除した政
32
SNA バランスシートでは,固定資産の項目のうち,「純固定資産」は公共物資産とそれ以
外の有形固定資産とで構成される.純固定資産の「純」は固定資産に対して減価償却がなされ
ていることを意味しているが,実際には,公共物資産以外の固定資産のみ減価償却がなされて
いるにすぎない.したがって,固定資産の厳密な資産価値を把握できない.本稿も SNA の「純
固定資産」に基づいているので,道路ストックは明示的にしたものの,こうした問題を完全に
克服できているわけではない.
16
府所有正味財産を,実際の政府の返済能力を示すものとして,表 2-3 に示した通り「実質
政府正味財産勘定」を作成し明示している.その勘定では,純固定資産や特定目的に使用
される基金などの売却等に制限がある資産の価値はゼロとし33,資産には売却可能資産の
みが計上されている.政府所有正味財産は,政府が所有する負債,特に固定負債の多くは
行政財産を購入するための財源となっているために,売却可能資産から負債を控除すると
マイナスになることが当然予想される.この意味で,政府所有正味財産のマイナス額は,
将来世代により返済されなければならない負債額を示している34.
表 2-3 実質政府所有正味財産勘定
資産
負 債
[1] 売却可能資産
[2] 負債
(= 資産−売却不可能資産)
[3] 政府所有正味財産
(2) 行政・国民分離配列法
次に,枚方市のバランスシートをおいて用いられた配列方法に基づき,以下のようなバ
ランスシートを構築した35.ここでは,行政・国民分離配列法と呼ぶことにする.
表 2-4
行政・国民分離配列法によるバランスシート
資 産
負 債
[1] 普通財産
[3] 一般債務
[2] 行政財産
[4] 特定債務
正味財産
[5] 国民持分(経常的財産)
[6] 行政持分(投資的財産)
この配列の重要な特徴は,政府が所有する資産及び負債を,経常的な部分と社会資本形
成などの行政サービス提供とに関わる投資的な部分と分類していることである.以下では,
この配列方式による資産・負債項目がいかなる意味を持ちうるかについて検討していこう.
33
政府所有の行政財産は政府サービス維持のために,法律上売却してはならないと規定されて
いるだけであって,売却価値が必ずしもゼロであるとは限らない.
34
政府所有正味財産を用いた政府の財政状況の評価については,4 節において議論される.
35
このバランスシートの作成については,石井・茅根(1993)に基づいている.石井・茅根(1993)
によれば,日本公認会計士協会近畿会・社会会計委員会が公表した報告書『地方自治体財務制
度に関する研究』(1982 年 3 月)において取り上げられた配列方法である.
17
1. 普通財産と行政財産
普通財産は売却可能な財産の集合であり,政府の売却可能性という観点からの債務返済
能力を示している.一方,行政財産は行政サービスの提供能力ための資産の集合であり,
その性質から売却を前提としない資産と捉えることが妥当であり,負債の穴埋めや他の資
産との代替性は乏しい.
2. 一般債務と特定債務
一般債務は経常経費に係る債務であり,赤字公債,人的コストに関わる部分として退職
金債務や年金債務などが計上される.一方,特定債務には,行政財産の財源となった公債
などの借入債務が計上される.
3. 普通財産と一般債務の関係
普通財産と一般債務を比較することによって,(行政財産以外の)普通財産と一般債務
とのバランスを把握でき,経常的な部分に関わる政府の政策パフォーマンスを評価できる.
また,これらの比率によって定義される普通財産/一般債務比率は,赤字公債の発行や退
職金費用などの人的コストが繰延べられ,将来の一般債務が増加したときには悪化する.
また,次節でみるように,公的年金制度は巨額の債務を抱えており,年金債務を計上した
場合には,普通財産と一般債務とのバランスは著しく悪化することが明らかである.
4. 行政財産と特定債務の関係
行政財産と特定債務とを比較することによって,行政サービスを提供するための社会資
本ストックとそのストックの構築に関わった公債等の借入債務とのバランスを把握できる
36
.行政財産と特定債務との比率によって定義される行政財産/特定債務比率は,流動性
に基づいた配列法における分類に比べ,社会資本ストックなどの資産や公債等の負債の管
理に関する政府のパフォーマンスをより厳密に評価できる.
5. 国民持分と行政持分
ここでは,正味財産を国民持分と行政持分とに分けて解釈することができる.国民持分
は,「普通財産−一般債務」と定義され,一般債務を含めた債務返済のための余裕財産と
考えられる.一方,行政持分は,「行政財産−特定債務」と定義される.したがって,異
時点間で比較した場合,正味財産の変動要因を,行政サービスを提供するための投資的な
側面に関する政府の財政状況と,それ以外の経常的な側面に関する政府の財政状況とから
評価できる.
36
公債は,原則として 60 年で償還するように計画が立てられている.これは,公債発行対象
となる社会資本ストックの耐用年数が 60 年であり,社会資本ストックから公共サービス(便
益)を受ける世代が公平に費用を負担していくという考えに立っている.したがって,より厳
密には公債によって賄われる社会資本ストックとそのストックに対応する公債残高との対応関
係を捉えることが望ましい.
18
3.日本政府の財政状況の評価
本節では,バランスシートを用いて,日本政府の財政状況を評価する.3.1 では,1995
年度時点における年金制度が持つ債務を含めた政府部門の財政状況が評価される.3.2 で
は,正味財産及び政府所有正味財産の大きさを時系列でみていく.以降の分析では,年金
債務は考慮されておらず,ここでは,資産より年金資産は控除される.3.3 では,正味財
産の変化とその要因について政府部門別に評価する.3.4 では,年金資産の影響を除いた
ケースでの正味財産の変化とその要因について,政府部門別に評価を試みる.
3.1.バランスシートによる日本政府の財政評価 1995 年度
表 3-1 と表 3-2 には,1995 年度における一般政府とその部門別のバランスシートが示さ
れている.それらは流動性配列法に基づいて作成されたものであり,表 1 には,年金資産・
負債が考慮されていないが,表 2 には年金資産・負債が考慮されている.表 3-1 の[A]には,
年金資産が資産合計から控除されたバランスシート,[B]には実質政府正味財産勘定,[C]
には売却不可能資産,[D]には年金資産が示されている.一方,表 3-2 の[A]には年金資産
と年金債務とが考慮されたバランスシート, [B]には実質政府正味財産勘定,[C]には売却
不可能資産,[D]には年金勘定が示されている.また,表 3-3 及び表 3-4 には,1985-1996
年度にかけての一般政府とその部門別のバランスシートが示されている.表 3-3 と表 3-4
との違いは,前者が流動性配列に基づいたバランスシートであるのに対して,後者が国民・
行政分離配列に基づいていることである.それぞれには,[A-1]年金資産が控除されていな
いバランスシートと[A-2]年金資産が資産合計から控除された勘定,[B]実質政府正味財産
勘定,[C]売却不可能資産が示されている37.
(1) 正味財産 (年金資産・年金債務を含めないケース)
表 3-1 をみると,95 年度末における一般政府の正味財産は,資産総額 671 兆円と負債総
額 510 兆円との差であり 161 兆円のプラスとなっている38.SNA バランスシートで示さ
れている正味財産は 416 兆円であったのに対し,退職金債務や道路資産への減価償却の導
入などの発生主義に基づくバランスシートを構築した結果,正味財産は 160 兆円に大幅に
減少することが明らかになった.
37
表 3-3 及び表 3-4 は,本節の分析においてその他の表を作成する際に,重要な情報を提供す
るが,直接的には用いられていない.
38
表 3-1 での正味財産 161 兆円と表 3-3,3-4,3-5 における 95 年度の正味財産 160 兆円とは
異なるが,表 3-1 との違いは道路底地資産の評価方法にある,すなわち,表 3-1 が本稿でいう
時価評価であるのに対して,表 3-3,3-4,3-5 は簿価評価になっている.そのため,表 3-1 の
バランスシートの道路底地資産には,時価評価を示すものとして時価表示と記している.
19
(2) 正味財産 (年金資産・年金債務を含めたケース)
表 3-2 をみると,一般政府の資産総額はおよそ 876 兆円で,負債総額は 1526 兆円であ
り,したがって,正味財産は-650 兆円となる.中央政府,社会保障基金においても同様に
それぞれ-522 兆円,-399.7 兆円である.一方,地方政府は年金債務の規模が小さく,273
兆円の正味財産を所有している.
つぎに,年金勘定をみると,年金債務のうち,中央政府が所有する債務は一般会計が負
担する国庫負担分(基礎年金部分の 1/3 の現在価値)に相当するものと,国家公務員共済
分に相当する債務とが計上されている39.地方政府については地方公務員共済組合分に相
当する負債が計上されており,社会保障基金には,その他の共済組合分に相当する債務や
厚生年金,国民年金に関わる残りの債務が計上されている.これらの政府が抱える年金債
務(現行)は 1016 兆円と巨額であり,年金基金が所有する積立金を考慮したとしても,
純債務(現行)は-650 兆円である.したがって,一般政府の正味財産がマイナスになって
いる理由は,公的年金制度が巨額の債務を抱えているためである.
(3) 政府所有正味財産 (年金資産・年金債務を含めたケース)
売却不可能資産は,政府が所有する資産のうち,現行制度上は事実上売却が不可能な資
産について計上したものである.これらの資産は負債の返済能力としての価値がゼロに等
しいと考えられるため,実質政府所有正味財産勘定において,(資産からそれらを控除し
た)売却可能な資産を導出し,結果として政府所有資産の売却不可能性を考慮した政府所
有正味財産を求めると,表 3-2[B]のように,一般政府が-1047 兆円であり,部門別にみる
と中央政府が-599 兆円,地方政府が-51 兆円,社会保障基金が-404 兆円となり,すべての
部門でマイナスになった.
3.2.異時点間のバランスシートによる部門別政府の財政評価(時系列評価)
(1) 正味財産に関する時系列評価
表 3-5 一般政府 正味財産
(A) 正味財産 (
年金資産を含む)
(B) 正味財産 (
年金資産を控除)
(C) 正味財産 (
SNA)
1985
134,917
48,929
166,256
1990
318,587
180,145
361,440
1991
351,494
199,366
394,107
1992
361,825
196,468
406,278
1993
369,742
191,208
420,412
1994
378,326
187,707
426,140
1995
364,221
159,980
415,505
1996
372,794
155,532
423,940
注) 1.一般政府 正味財産(SNA)は,『国民経済計算年報』(SNA)における一般政府の正味財産
2.単位は,10 億円.
39
年金債務の配分方法についての解説は,補論 5.1(2)にある.
20
ここでは,1985-1996 年度における正味財産の推移をみる.表 3-5 には,3 つの正味財
産が示されている.(A)正味財産は,本稿での発生主義に基づいて作成されたバランスシー
トによる正味財産であるが,年金負債が考慮されていないにもかかわらず年金資産のみ資
産として計上されているケースである.また,(C)正味財産(SNA)は,SNA における一
般政府貸借対照表による正味財産であるが,発生主義に基づいていないことと,年金資産
のみ資産として計上されているという意味で問題がある.まず,(A) と SNA における正
味財産(C)との比較から,例えば 95 年度において,発生主義を導入していないことによっ
て,SNA のバランスシートは正味財産を 51 兆円程度過大に計上していることがわかる40.
一方,(B)正味財産は,資産及び負債からは年金資産及び負債が控除されており,年金勘
定以外の政府活動の結果としての正味財産を表している.さらに,年金勘定以外の政府活
動の結果としての正味財産(B)と年金資産を含めた正味財産(A)とを時系列で比較すると,
(A)は 95 年度において初めて減少したが,(B)は 92 年度以降一貫して減少傾向を示してい
る.この結果は年金勘定以外の政府活動の資産と負債とのバランスが崩れていることを示
しているがその要因に関する詳細な分析は 3.4 において行われる.
(2) 政府所有正味財産に関する時系列評価(年金資産・年金債務を含めないケース)
ここでは,1985-1996 年度における政府所有正味財産の推移をみる.資産及び負債から
は年金資産及び負債が控除されている.図 3-1∼3-3 は,1985-1996 年度における一般政府 ,
中央政府,地方政府における[1]資産(売却可能資産,売却不可能資産,[2]負債,[3]正味
財産(年金資産を除く)41,[4]政府所有正味財産(年金資産を除く)の推移を示している
42
.
1.一般政府
この期間にみられる顕著な特徴の 1 つは,資産に占める売却不可能資産のウェートが急
速に高まってきたことである.売却不可能資産は,90 年度 290 兆円から 96 年度 417 兆円
に増加した.また,売却不可能資産と売却可能資産との差は,90 年度において約 58 兆円
であったが,96 年度には 135 兆円と拡大した.この傾向は,景気対策による公共投資の
増加によって社会資本ストックの形成がなされてきた結果,資産に占める純固定資産のウ
ェートが高まったことを示すものである.その結果,政府所有正味財産は,1985-90 年度
にかけて-148 兆円から-111 兆円への 40 兆円程度改善したものの,1995 年度には-235 兆
円となり,90 年度より2倍以上悪化した.
正味財産(C)と(A)とはそれぞれ 415.5 兆円と 364.2 兆円であり,その差は 51.3 兆円となる.
この正味財産は表 3-5(B)と等しい.
42
社会保障基金については,年金資産だけがバランスシートに計上されており,厳密な分析が
困難になっているために作成されていない.
40
41
21
図 3-1. 一般政府 正味財産及び政府所有正味財産の推移 (1985-1996)
一般政府 正味財産及び政府所有正味財産の推移 (1985-1996)
(単位:
10億円)
800,000
[3] 正味財産
[1] 資産
600,000
売却不可能資産
400,000
200,000
売却可能資産
0
-200,000
-400,000
[2] 負債
[4] 政府所有正味財産
-600,000
-800,000
1985
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
年度
2.中央政府及び地方政府
中央政府は資産に対する負債の比重が高く,正味財産がマイナスを示している.一方,
地方政府は,ストックに占める資産の比重が高く,正味財産がプラスを示しているが,売
却不可能資産の比重が極めて高いため,政府所有正味財産と正味財産との差が著しく大き
い.
この中央政府と地方政府における資産と負債との偏在が生じる要因は,中央政府が中央
集権型の財政調整制度のもとで,地方レベルでの財源の不足分を補うために地方政府への
トランスファー(補助金,交付金)を行っているためである.また,バランスシート作成
上,最終的に資産に対して資金を支出した主体にその資産が帰属するという立場(最終支
出主体主義)をとっているために,このような状態になっているともいえる.
しかしながら,近年では中央政府が公債発行によって財源を調達する一方で,景気対策
を通じて,地方政府に対して積極的な公共事業の実施を要請してきた経緯があり,その結
果,図 3-2 及び図 3-3 に示されているように,中央政府の負債がさらに増加し,地方政府
の売却不可能資産(純固定資産)が増加した結果,中央政府においても地方政府において
も政府所有正味財産が悪化するという事態が起こっている.これは,将来世代の負担が拡
大していることを示すものといえる.
22
図 3-2. 中央政府 正味財産及び政府所有正味財産の推移 (1985-1996)
中央政府 正味財産及び政府所有正味財産の推移 (1985-1996)
(単位:
10億円)
300,000
[1] 資産
[3] 正味財産
200,000
売却不可能資産
100,000
売却可能資産
0
-100,000
-200,000
[2] 負債
-300,000
[4] 政府所有正味財産
-400,000
-500,000
1985
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
年度
1996
年度
図 3-3. 地方政府 正味財産及び政府所有正味財産の推移 (1985-1996)
地方政府 正味財産及び政府所有正味財産の推移 (1985-1996)
(単位:
10億円)
600,000
[3] 正味財産
500,000
[1] 資産
400,000
300,000
売却不可能資産
200,000
100,000
売却可能資産
0
-100,000
[2] 負債
[4] 政府所有正味財産
-200,000
1985
1990
1991
1992
1993
1994
1995
(3) 流動性配列法と国民行政配列法による分析指標に基づく評価
ここでは,流動性配列法に基づいて作成されたバランスシートと,政府が所有する資産
を普通財産と行政財産,負債を一般債務と特定債務とに分けて配列した(国民行政配列法)
バランスシートから得られる分析指標をもとに,それらの時系列変化の傾向をみていく.
23
表 3-6 に示されているように,分析指標として以下の 5 つを作成した43.
(A)資産/負債比率についてみると,中央政府以外は負債を上回る資産を保有している.
本質的に正味財産の分析の繰り返しであるが,同様にバブル期にかけて資産/負債比率は
上昇したものの,それ以降は低下傾向にあり,85 年度水準に近づいている.
(B)固定資産/固定負債比率についてみると,中央政府と地方政府は対照的であり,相対
的に中央政府は多くの固定負債を所有し,地方政府は多くの固定資産を所有している.同
様にバブル期にかけて固定資産/負債比率は上昇したものの,それ以降は低下傾向にあり,
特に地方政府において 85 年水準よりも悪化している.
(C)流動資産/流動負債比率についてみると,一般政府ではおよそ流動負債に匹敵する流
動資産を所有しているといえる.地方政府は,バブル期に財政調整基金等の積立金を保有
したために流動比率が改善したものとみられるが,その後の低下は,税収の低迷によって
基金の取り崩しが進んでいることを裏付ける結果となっている.
(D)普通財産/一般債務比率についてみると,一般政府では 90 年代前半にかけて改善し
たものの,95 年度以降低下傾向にある.さらに,赤字国債の発行が 94 年度から本格化し
ており,さらに 98 年度以降に相当額の赤字公債を発行しているので,一般政府における
バランスを悪化させる要因となることが予測される.また,年金資産と年金債務とを考慮
した場合には,(表 3-2 が示す)巨額の年金債務によってこの比率は大幅に悪化せざるを
得ない.
(E)行政財産/特定債務比率は,中央政府と地方政府との資産(固定資産)と負債(固定
負債)との偏在について述べた通り,中央政府において特定債務(公債等借入残高)を下
回る行政財産(純固定資産)しか所有しておらず,また地方政府は特定債務に対して大幅
な純固定資産を保有している.したがって,一般政府でみると,行政財産/特定債務比率
は 1 を上回っているものの,90 年度以降は顕著な低下傾向にある.
3.3. 政府部門別の正味財産の変化要因に関する時系列評価
表 3-7 は,国民・行政分離配列法に基づいた一般政府及び部門別バランスシートより,
1985∼1990 年度と 1990∼1995 年度の期間における各政府部門の正味財産及び資産・負
債項目の増減額,増減率,寄与度44をまとめたものである45.したがって,ここでは,正味
43
ただし,一般政府については,(B)固定資産/固定負債比率,(C)流動資産/流動負債比率の
2 つの資産からは年金資産が控除されていない.
44
「寄与度」,「寄与率」は,時系列データの変動がどのような要因によって生じたのかを分
析する場合に用いる.「寄与度」とは,ある変数の変動に対して,各要因(構成要素)がどれ
だけ影響(寄与)しているのかを示すものであり,「寄与率」とは,各寄与度を全変動率に対
する比率で表したもの(百分率)である.例えば,1991 年度末の一般政府の正味財産 351.5 兆
円は,1990 年度 318.6 兆円から 1991 年度にかけて 32.9 兆円増加し,その増加率は 10.3%で
24
財産の変動の大きさとその変動に対する各資産・負債項目の寄与を明らかにできる.
表 3-8 は,国民・行政分離配列法に基づいた一般政府及び部門別バランスシートより,
1985∼1996 年度にかけての資産・負債項目別にそのシェアの推移を示したものである.
したがって,資産・負債を構成する各項目のシェアの推移をみることができる.
(1) 一般政府
表 3-7 より,一般政府における 85∼90 年と 90∼95 年との 5 年間の正味財産の変化を比
較すると,90/85 年には,184 兆円増加したのに対し,95/90 年ではその 1/4 程度の 46 兆
円増加した.これは,正味財産の 90/85 年における年あたり増加率が 18.7%で増加したの
に対して,95/90 年には 2.7%と低下したためである.この正味財産の変動が示すように,
95/90 年において資産全体の伸びが負債全体の伸びを上回るようになった.資産全体では,
90/85 年には年率 11.1%で増加したのに対して,95/90 年では 5.7%に低下し,一方,負債
全体の伸びについては,90/85 年には年率 6.1%の増加であったのに対して,95/90 年では
8.2%で増加した.
つぎに,国民行政配列法に基づき,資産・負債項目が正味財産に与える寄与度をみてみ
よう.正味財産は,90/85 年にかけて 136%増加しており,正味財産の増加に対して資産
は 201%,負債は-65%寄与している.一方,95/90 年には正味財産は 14.3%だけ増加して
おり,その正味財産の増加に対して資産は 66.7%,負債は-52.4%寄与している.
さらに,正味財産に対する資産項目別の寄与度をみると,90/85 年では土地資産等 58%46,
純固定資産 53%,投資その他の資産(普通財産)50%,その他の預金 30%の順で大きい.
また,95/90 年の資産項目の寄与度は,純固定資産 27.7%,投資その他の資産(普通財産)
26.3%,その他の預金 9.2%の順で大きいが,土地資産等は,この期間の資産デフレの影響
をうけて,-1.9%となっている.一方,負債に関しては,90/85 年において,負債全体の寄
ある.この正味財産の増加額 32.9 兆円のうち,17.8 兆円は純固定資産(17.8=265.3(91 年度)
−247.5(90 年度))の増加によるものであり,これを増加率との関係でみると,正味財産の
増加率 10.3%のうち,純固定資産の寄与は 5.6%(=[17.8/318.6]*100)ということになる.一
方,負債は正味財産を減少させる方向に作用するので,特定債務の増加額 14.2 兆円(14.2=210.5
(91 年度)−196.3(90 年度))の正味財産への寄与は,-4.5%(=[-14.2/318.6]*100)という
ことになる.これらを正味財産の変化率に対する「寄与度」という.また,正味財産の全変動
10.3%に対する純固定資産の寄与度(5.6%)である 54.3%(=[5.6/10.3]*100)を正味財産の変化
率に対する純固定資産の「寄与率」という.
45
付表 3,4 には,流動性配列法に基づいた一般政府及び部門別バランスシートより,1985∼96
年度における,より詳細な各政府部門の正味財産及び資産・負債項目の増減額,増減率,寄与
度が記されてている.また,付表 5,6 は,国民・行政分離配列法に基づいた一般政府及び部
門別バランスシートについて同様にまとめられている.
46
特に,一般政府の 90/85 年の資産(行政財産)の増加は,地方政府の土地資産等の増加要因
が大きい.そのうち,時価評価されている土地資産の増加がほとんどを説明している.(1985
年度の 59 兆円から 90 年度には,130 兆円にまで増加したが,91 年度以降低下し,1995 年度
には,110 兆円と 90 年度と比較して 20 兆円程度減少した.)
25
与度およそ-65%のうち,負債項目別の寄与度をみると,公債等借入(建設分)-43.8%,短
期負債-7.5%47,公債等借入(赤字分)-6.3%の順で大きい.また,95/90 年の負債全体の
寄与度-52%のうち,負債項目の寄与度は,公債等借入(建設分)-40.2%,未払金-5.6%48,
公債等借入(赤字分)-3.2%の順で大きい.
したがって,1985 年度から 1996 年度にかけて,表 3-8 より資産項目のシェアの変化を
みていくと,その他の預金と投資その他の資産(普通財産)の増加によって,普通財産の
シェアが 34%から 43%に上昇している49.これらの普通財産の増加は,主に社会保障基金
の年金勘定が所有する年金資産の増加によるものである.したがって,資産全体に占める
行政財産の比率は 66%から 58%に低下している.また,負債項目のシェアの変化をみると,
特定債務(公債等借入(建設分))が 10%程度増加し,一方で一般債務は低下傾向にある
50
.
国民持分及び行政持分をみると,90/85 年では,正味財産の変化 136.1%に対する寄与度
はそれぞれ 61.8%,74.3%であるが,95/90 年では,正味財産の変化 14.3%に対する寄与
度はそれぞれ 27.1%,-12.7%であり,行政財産と特定債務とのバランスがこの期間におい
て悪化したことを示している.これは,95/90 年における行政財産の伸び(3.9%)を上回
る特定債務(公債等借入(建設分))の伸び(10.6%)に起因するものといえる.
ここでの結果は,95/90 年における,社会資本ストック(の形成)と公債等借入(建設
分)残高の伸びとがバランスせず,公債残高(建設分)の伸びが社会資本ストックの伸び
を上回っていることを示している.この要因としては次のことが考えられる.
1) 社会資本ストックの減価償却率と公債償還とが対応していないこと
2) 資産デフレによる資産価値の減少
3)会計間の隠れ借金よって生じる公債残高と資産とのアンバランス
1) については,通常,公債発行によって形成された社会資本ストックの減価償却率と公
債償還とが対応していないと資産と負債とのバランスが崩れるが,社会資本ストックに関
しては,道路ストックのみに減価償却を実施したものの,その他の社会資本ストックにつ
いては減価償却を実施していないので,社会資本ストック(ここでは,純固定資産)の価
値はむしろ過大推計になっているといえる.
47
ここで,「短期負債」とは,政府短期保証債券(糧券,為券)を指す.
ここで,「未払金」とは,中央政府,地方政府における繰越費,国庫債務負担,債務負担行
為などを指す.
49
「投資その他の資産」の増加は,そのうち「その他の金融資産」が 85 年度の 70 兆円から 95
年度 169 兆円兆円と 10 年間でおよそ 100 兆円増加しているためである.これは主に資金運用
部への預託金であり,169 兆円のうち社会保障基金の所有が 134 兆円であることから,ほとん
どが年金勘定(関連する特別会計)から年金積立金の運用部への預託ということになる.また,
「その他の預金」には定期預金,信託などが含まれるが,95 年度の 88 兆円のうち 33 兆円分
は社会保障基金による所有であり,同様に年金積立金の運用が 40%弱を占めている.
50
赤字国債の発行は 1994 年度以降本格化し始めており,1990-1995 年度期間においては,正
味財産に及ぼす影響は小さい.
48
26
2)については,この期間の資産デフレによって純固定資産や土地資産の資産価値が低下
しているために,公債残高とのバランスが崩れたことが考えられる.土地資産等は 95/90
の期間に 6 兆円程度価値が低下しているが,純固定資産との公債等借入(建設分)とのバ
ランスもこの期間において崩れていることを示している51.
3) については,2.1 で議論したように,隠れ借金(繰入れの停止)による公債償還の繰
り延べ(一般会計と特別会計(国際整理特別会計)との間のフロー取引)は,この連結バ
ランスシートでは相殺されるが,公債償還繰り延べの分だけ本来償還されるはずの公債が
負債として計上されるので,公債発行によって形成された純固定資産と建設公債残高との
バランスが崩れることになる52.また,借換償還の増加も公債償還の繰り延べの要因とな
り,バランスの悪化の原因とみられる53.
(2) 中央政府
中央政府における 85∼90 年と 90∼95 年との 5 年間の正味財産の変化を比較すると(表
3-7 中央政府),90/85 年には,-106 兆円から-103 兆円へと 3 兆円程度改善したのに対し,
95/90 年では-103 兆円から-155 兆円へと 52 兆円程度悪化している.90/85 年で正味財産
は年率 0.6%で増加したのに対して,95/90 年には-7.8%で減少したことが影響している.
また,このような正味財産の変動の要因を説明するために,資産・負債の変動に着目する
と,95/90 年において資産全体の伸びが負債全体の伸びを上回るようになり,資産全体の
増加率が,90/85 年には年率 13.7%であったのに対して,95/90 年には 7.1%に低下したこ
と,その一方で,負債全体の伸びには,90/85 年には年率 6.3%であったのに対して,95/90
年では 7.7%に上昇したことがわかる.
つぎに,国民行政配列法に基づき,資産・負債項目が正味財産に与える寄与度をみてい
こう.中央政府の正味財産は,90/85 年にかけて 2.9%増加しており,その正味財産の増加
純固定資産と公債等借入の 95/90 年度における正味財産の変化に対する寄与度はそれぞれ
27.7%,-40.2%となっている(表 5).また,SNA における純固定資産の「調整額」(ストッ
クの価格調整分など)の 90/85 年の累計額は-2.85 兆円であるのに対して,95/90 年の累計額は
-35.4 兆円であり,資産デフレによる影響を示すものと考えられる.
52
近年では,国債整理基金への定率繰入れは, 93,94,95 年度にわたって繰入が停止された.
通常は,国債償還の停止によって捻出した財源を経常的な支出に充てることができるので,(赤
字)公債の発行が抑えられ,見かけ上,フローの財政収支が改善する.一方,その繰入れ停止
額は,公債残高として計上されている.つまり,他の歳入や歳出項目が一定であれば,繰入れ
停止分は新規公債発行の減少に等しいので,公債残高は不変となる.しかし,繰入れが停止さ
れていなければ,経常支出のために赤字公債が発行された場合と比較すると,繰入停止は公債
残高は一定であるが,社会資本ストックと建設公債残高とのバランスを相対的に悪化させる.
53
『国債統計』によれば,内国債償還額に占める借換償還額は,85 年度 9.0 兆円(一方,現金
償還は 1.6 兆円),90 年度 30.7 兆円(現金償還は 3.4 兆円),95 年度 46.7 兆円(現金償還は
3.6 兆円),96 年度 48.0 兆円(現金償還は 3.6 兆円)と増加しており,国債残高減少に対する
マイナス要因となっている.財政運営を行う大蔵省の立場からは,償還期日の均等化や金利負
担の軽減化のためには,借換償還は有効な手段となるが,最近の状況は,税収を通じて国債償
還を円滑に行う余裕がない状況を示唆するものといえる.
51
27
に対して資産全体は 66%,負債全体は-63.1%寄与している.一方で,95/90 年において正
味財産は-50.5%と減少しており,その減少に対して資産は 59.2%,負債は-109.7%寄与し
ており,90/85 に対して 95/90 年度は,正味財産の変動に対する負債のマイナスの寄与が
かなり高まる一方,資産による寄与度は低下したことを示しいている.
また,正味財産に対する資産項目別の寄与度をみると,90/85 年において,資産全体の
寄与度 66%のうち,投資その他の資産 23.5%,その他の預金 11.7%,土地資産等 10.7%の
順で大きい54.95/90 年の資産全体の寄与度およそ 59.2%のうち,資産項目の寄与度は,投
資その他の資産 20.2%,その他の預金 19.5%,純固定資産 11.8%の順で大きい.土地資産
等は,この期間の資産デフレの影響をうけて,-2.5%となっている.一方,負債項目別の
寄与度をみると,90/85 年において,負債全体の寄与度およそ-63%のうち,公債等借入(建
設分)-42.7%,短期負債-9.6%,公債等借入(赤字分)5.0%の順で大きい.一方,95/90
年の寄与度-109%のうち,負債項目の寄与度は,公債等借入(建設分)-89.7%,未払金 7.2%,
短期負債-6.1%の順で大きい.
国民持分,行政持分をみると,90/85 年では,正味財産の変化 2.9%に対する寄与度はそ
れぞれ 16.9%,-14%であるが,95/90 年では,正味財産の変化-50.5%に対する寄与度はそ
れぞれ 25.3%,-75.7%であり,行政財産と特定債務とのバランスが 95/90 年度において一
段と悪化していることを示している.行政持分の正味財産に対するマイナスの寄与は,中
央政府の行政財産の伸びを上回る特定債務(公債等借入(建設分))の伸びに起因するも
のといえるが,通常,これは中央政府が調達した財源を地方政府に配分するという中央集
権型の政府間補助金制度の結果である.すなわち,公債発行を通じて中央政府が調達した
財源が社会資本ストック形成のために地方政府に配分されるので,負債は中央政府が,資
産は地方政府が所有することになる.しかしながら,95/90 年度における行政持分の寄与
度の低下は,公共投資維持するための予算が公債発行の増加を通じて行われてきたことを
示すものといえる.
したがって,1985 年度から 1996 年度にかけて,資産項目のシェアの変化をみると,普
通財産のシェアが 35.7%から 54.4%へと上昇し,行政財産のシェアが低下している(表 38 中央政府).また,負債項目のシェアの変化をみると,特定債務(公債等借入(建設
分))が 51%から 63.5%への増加し,特定債務が上昇する傾向にある.
(3) 地方政府
地方政府における 85∼90 年と 90∼95 年との 5 年間の正味財産の変化を比較すると(表
54
投資その他の資産には「長期債券」,「長期貸出金」,「その他の金融資産」などの項目が
含まれ、事業団が保有する金融債や国債などの長期債券や,一般会計などからの政府貸出金,
資金運用部への預託金などから構成される.「投資その他の資産」の寄与度が高い理由は、こ
れらの資産が増加したためである.さらに,その他の預金の寄与度が高いが,これは事業団が
保有する信託が増加したためである.
28
3-7 地方政府),90/85 年には,152 兆円から 279 兆円へと 127 兆円程度増加したのに対
し,95/90 年では 279 兆円から 305 兆円へとわずか 26 兆円程度増加した.90/85 年では正
味財産は年率 12.9%で増加したのに対して,95/90 年には 1.8%で増加している.このよう
な正味財産の変動は,95/90 年において資産全体の伸びが負債全体の伸びを上回るように
なり,資産全体では, 90/85 年には年率 10.7%であったのに対して,95/90 年では 4.0%
に低下したこと,さらに,負債全体の伸びについても,90/85 年には,年率 5.5%で増加し
ていたのに対して,95/90 年には 9.7%で増加したことによるものである.
つぎに,国民行政配列法に基づき,資産・負債項目が正味財産に与える寄与度をみてい
こう.地方政府の正味財産は,90/85 年にかけて 83.2%増加しており,その正味財産の増
加に対して資産は 98%,負債は-14.7%寄与している.95/90 年においては 9.3%増加して
おり,その正味財産の増加に対して資産は 29.5%,負債は-20.2%寄与している.これらの
結果は,90/85 に対して 95/90 年度は,正味財産の増加に対する負債のマイナスの寄与が
高まり,一方,資産による寄与度は低下したことを示している.
さらに,正味財産に対する資産項目別の寄与度をみると,90/85 年において,資産全体
の寄与度およそ 98%のうち,土地資産等 43.7%,純固定資産 40.7%,その他の預金 10.8%
の順で大きい.95/90 年の資産全体の寄与度およそ 29.5%のうち,資産項目の寄与度のほ
とんどが純固定資産 27%であるが,土地資産等はこの期間の資産デフレの影響をうけて,
-1.3%となっており,また,「その他の預金」についても-0.02%となっている.一方,負
債項目別の寄与度をみると,90/85 年において,負債全体の寄与度およそ-14.7%のうち,
公債等借入(建設分)-9%,短期負債-2.2%,公債等借入(赤字分)2.0%の順で大きい.
一方,95/90 年の寄与度-20.1%のうち,負債項目の寄与度は,公債等借入(建設分)-12.75%,
未払金-3.7%,公債等借入(赤字分)-2.4%の順で大きい.
地方政府の国民持分,行政持分をみると,90/85 年では,正味財産の変化 83.2%に対す
る寄与度はそれぞれ 7.2%,76%であるが,95/90 年では,正味財産の変化 9.3%に対する
寄与度はそれぞれ-4.4%,13.7%であり,95/90 年の期間において,普通財産と一般債務と
のバランスが悪化していることを示している.そもそも,行政持分の寄与度が高いのは,
地方政府の資産のほとんどが社会資本ストックなどの純固定資産によって保有されている
ためである.また,普通財産と一般債務とのバランスの悪化は,地方政府はバブル期の税
収増を基金として積み立てたが,その後の景気悪化による財政難のために財政調整基金な
どの基金を取り崩してきたことや,他方で,赤字公債(地方債)の発行や債務負担行為等
による一般債務の増加に起因している.
したがって,表 3-8(地方政府)において資産項目のシェアの変化をみると,1985 年度
から 1996 年度にかけて,地方政府が所有する資産のほとんどが行政財産(社会資本スト
ック,土地資産など)であったが,バブル期にかけて(積立金制度を通じて基金を保有に
29
よって)普通財産のシェアが上昇し,95 年度には 10%程度まで上昇した55.また,負債項
目のシェアの変化をみると,中央政府と同様に特定債務(公債等借入(建設分))が約 56%
から約 60%へ増加し,特定債務のウェートが上昇する傾向にあり,正味財産の増加にマイ
ナスの要因となっている.
(4) 社会保障基金
社会保障基金のバランスシートには,金融資産だけが計上され,負債はほとんど計上さ
れていない.さらに,その性格上,資産は年金積立金(普通財産)という形で保有されて
おり,行政財産はほとんど所有していないという特徴がある56.
まず,社会保障基金における 85∼90 年と 90∼95 年との 5 年間の正味財産の変化を比
較すると(表 3-7 社会保障基金),90/85 年には,89.5 兆円から 145.3 兆円へと 55.8 兆
円程度増加したのに対して,95/90 年では 145.3 兆円から 216.1 兆円へと 70.8 兆円程度増
加した.90/85 年では正味財産は年率 10.2%で増加したが,95/90 年には 8.3%で増加した.
つぎに,国民行政配列法に基づき,資産・負債項目が正味財産に与える寄与度をみてい
こう.社会保障基金の正味財産は,90/85 年にかけて 62.4%増加しており,その正味財産
の増加に対して資産は 62.5%,負債はわずか-0.1%寄与している.95/90 年においては 48.7%
増加しており,その正味財産の増加に対して資産は 48.8%,負債は-0.1%寄与している.
90/85 年において,資産全体の寄与度およそ 62.5%のうち,資産項目別の寄与度をみる
と,主なものは,投資その他の資産(普通財産)48.2%,その他の預金 13.3%である. 一
方,95/90 年の資産全体の寄与度およそ 48.8%のうち,主なものは,投資その他の資産(普
通財産)40.6%,その他の預金 6.4%である.
国民持分,行政持分をみると,90/85 年では,正味財産の変化 62.4%に対する寄与度は
それぞれ 60.8%,1.6%であり,95/90 年も正味財産の変化 48.7%に対する寄与度はそれぞ
れ 47.6%,1.1%である.したがって,1985 年度から 1996 年度にかけて,資産・負債項目
のシェアは安定している(表 3-8 社会保障基金).
このように SNA バランスシートに基づいた社会保障基金のバランスシートからは,社
会保障基金の財務内容は極めて健全なものとして解釈されることになるが,既に指摘した
ように,公的年金制度は極めて巨額の純債務を抱えている.
こうした社会保障基金のバランスシートが示す見かけ上の健全性のために,一般政府の
バランスシートにおいても,年金資産だけが計上されることによって正味財産が過大に計
上されてしまうという問題が生じている.したがって,年金資産と負債との両方について
バランスシートに計上していくか,あるいは年金資産を除いたバランスシートを作成する
しかしながら,95 年度以降には再び悪化する傾向がみられる.(96 年度にはピークの 10.1%
から 9.3%への低下している.)同様に,95 年度以降,普通財産/一般債務比率が急速に悪化
している.
56
本稿では,一部の共済組合が所有する固定資産についても計上している.
55
30
ことによって,一般政府の財務内容に関する正しい評価を行うことが必要となる.
そこで,3.4 では,社会保障部分を取り除いた正味財産との比較を行うために,部門間
の取引を相殺することなく ,中央政府,地方政府,社会保障基金の各部門の資産・負債
項目の単純合計から一般政府(以下,一般政府(結合))を作成する.まず,(厳密さを
欠くものの)一般政府(結合)の正味財産の変化率及び正味財産の変化に対する各部門ご
との資産・負債項目の寄与度についてみる.次に,一般政府(結合)の正味財産の変化率
をベンチマークとして,それから社会保障基金分だけを除いた正味財産の変化率との比較
を行う.
3.4. 社会保障基金による影響を除いた一般政府の資産・負債項目の変動
図 3-4 には,1990-1996 年度における一般政府の正味財産の変化率に対する部門別資産・
負債項目の寄与度を示している.ここで,折れ線は正味財産の変化率を表しており,それ
ぞれ実線は一般政府の正味財産(結合)の変化率であり,破線は社会保障基金による寄与
を除いた一般政府の正味財産の変化率である.棒グラフの部分が,年度間の一般政府の正
味財産の変化率に対する各部門別資産・負債項目の寄与度を示しており,これらの項目の
影響によって,正味財産の変化率(折れ線)が決まっている.
図 3-4. 一般政府の正味財産の変動に対する部門別資産・負債項目の寄与度
(単位 :% )
一般政府正味財産の変化率に対する部門別資産・負債項目の寄与度 (1990-1996)
20.0
15.0
普通財産(
地方政府)
正味財産(
一般政府)
10.0
普通財産(
社会保障基金)
行政財産(
地方政府)
5.0
行政財産(
中央政府)
普通財産(
中央政府)
0.0
一般債務(
中央政府)
特定債務(
中央政府)
-5.0
特定債務(
地方政府)
-10.0
一般債務(
地方政府)
正味財産(
社会保障基金を除く一般政府)
-15.0
1991/1990
1992/1991
1993/1992
1994/1993
31
1995/1994
1996/1995
図 3-4 は,一般政府(結合)の正味財産の増加率(実線)が低下傾向にあったことを示
している.特に,91 年度以降,正味財産の増加率は急激に落ち込んでいる57. 91 年以降
の正味財産の増加率の低下は,中央政府と地方政府の特定債務の増加が影響していること
がわかる.また,この期間では 94 年度以降赤字国債の発行が本格化し始めたので,(そ
の寄与度が小さいものの)1994-95 年度以降,中央政府の一般債務の影響が高まっている.
一方,社会保障基金を除いた一般政府の正味財産の変化率(破線)をみると,1991-92
年度以降,正味財産の伸びがマイナスになっていることが明らかになった.正味財産のマ
イナスの伸びは財務内容の悪化が進行しているを示すものであり,この状態を放置すれば
今後さらに財務内容を悪化させることになる.
このように社会保障基金の資産(年金積立金)だけを一般政府に含めてしまうことは,社
会保障基金の年金資産のみがバランスシートに計上されていることによって,社会保障基
金及び一般政府の正味財産を見かけ上大きくしている.本来,年金資産は将来の年金加入
者への支給あるいは年金債務の返済に充てられるべきものと考えるとすると,政府の公債
等の返済に用いられるべきではない.SNA バランスシートにおいても,一般政府の正味財
産は,依然として増加傾向を示しているが,同様に,見かけ上の健全性を示しているに過
ぎず,政府活動の結果としての財政状況の的確な把握を妨げている.
しかしながら,正味財産の伸びがマイナスに落ち込んだのは 1994-95 年度だけであり,バラ
ンスシートからの導かれる正直な評価は,正味財産が増加している限りにおいては政府の財務
内容の健全性については問題が生じないということになる.この点に関しては後に議論する.
57
32
4.結論とバランスシート有効活用のための課題
本稿では,政府の財政状況に関する説明責任の欠如に着目しその達成に向けて,日本政
府のバランスシートを構築した.しかしながら,本稿のバランスシートは,財政状況の把
握に向けた試みであり,完全なものとはいえない.例えば,本稿のバランスシートは現金
主義の会計手続きに基づく収支報告書をベースに作成されたもので,発生主義ベースの完
全な貸借対照表とはなっていない.企業会計では,発生主義をベースにして計上される当
該年度のフローの未解決項目が,ストックとしてバランスシートに表示されるため,フロ
ーとストックの情報が完全にリンクすることになるが,フローとストックとが結合したも
のなっていない.また,政府内部においてバランスシートが作成・公表され,さらに政策
に有効活用されることが本来の目的に沿うものであるが,外部からのバランスシート作成
にはかなりの限界がある.
それにも関わらず,本稿のバランスシートから得られた日本政府の財政状況に関する情
報はいくつかの重要な意味をもっている.主なものを列挙すれば以下となる.
(1) 発生主義を導入した一般政府バランスシート(年金資産・負債を含めないケース)
において,1995 年度末の一般政府の正味財産は 160 兆円であり,SNA バランスシートが
示す 416 兆円と比較すると,256 兆円程度減少することが明らかになった. さらに,年
金資産・債務を考慮することによって,1995 年度の一般政府の正味財産はさらに減少し,
-650 兆円程度になることが示された.
(2)ストックからみた一般政府の財政状況は,バブル期には資産価格の上昇による影響や
地方政府による財政調整基金の積み増し等によって,行政財産と普通財産ともに大幅に増
加し,一方で公債発行等の債務に依存しない財政運営が続いた結果,1985∼91 年度にか
けて大幅に改善した.しかしながら,92 年度以降は,資産と負債とのバランスは崩れ始め,
(社会保障基金の年金積立金を控除したという意味で)実質的な正味財産の伸びはマイナ
スに転じた.さらに,景気対策に伴う公共事業の実施のために高水準の建設公債の発行が
続いていることや,また特別減税等の実施に伴って 94 年度から赤字公債の発行がなされ
るなどによって借入に依存した財政運営を続けてきた.その結果,政府債務の急増などに
よって,95 年度と 96 年度においては,さらなる悪化の兆候が現れている.
(3)資産の売却不可能性を考慮に入れた 1995 年度の一般政府の政府所有正味財産は-194
兆円になり,さらに,年金資産・債務を考慮することによって,政府所有正味財産は-1047
兆円に陥ることが示された.資産から売却不可能資産を控除した後の政府の正味財産(政
府所有正味財産)がマイナスである場合には,それは将来国民が租税を通じて負担すべき
金額であると解釈できる.本稿で提示したバランスシートは,95 年度末時点において最大
で 1047 兆円(年金資産・負債を考慮したケース),最小で 194 兆円(年金資産・負債を
33
控除したケース)の債務返済が今後必要であることを示している58.これらの債務のファ
イナンスを考えると,高齢化が本格化する 2025 年までの 25 年間で達成するとすれば,単
純な算定のもとでも,毎度追加的に最大で 41.8 兆円,最小で 7.7 兆円の追加的な負担が必
要となる.ただし,この計算で用いた売却不可能とされている行政財産に関して,その売
却の可・不可の問題は単に法律上の制約にすぎない面があり,行政財産であっても売却あ
るいは収益を得ることができる資産を多く政府は所有している59.例えば,事業の民営化
や,公有地や公有空間での営業権を認めるといった政府の資産をいかに有効活用するかと
いった観点に立てば,債務返済能力の向上は十分に可能である.
上記で議論した政府所有正味財産をベースに政府の債務返済能力を評価することについ
ては統一的な見解が得られていないものの,以下で示されるように,その有効性は高いと
思われる.
本稿で提示されたように政府が所有する莫大な純債務を,政府が所有するすべての資産
の売却によってファイナンスすることは事実上不可能である.というのは,政府出資金は
実質的に資産としての価値は著しく乏しいにもかかわらず,資産として計上されていたり,
また社会資本ストックは市場で売却することが困難なためである.これらの資産がもつ債
務返済能力としての価値は事実上ゼロに等しい.政府所有正味財産の概念に関する問題は,
政府が構築した社会資本ストックの価値がすべてゼロとみなされ,建設公債の発行によっ
て構築された場合には負債のみがカウントされることである.
しかしながら,このように,政府が所有する資産(行政財産)を債務の返済に充てるこ
とができないとすれば,売却不可能資産に対応する額を正味財差から控除した額(政府所
有正味財産)を明示的にすることは,将来世代が負担しなければならない額の大きさを知
るうえで,また,政府が債務のファイナンスを計画するうえで重要といえる.
さらに,政府が効率的に社会資本を提供していれば,長期的には公共投資の生産力効果
を通じて,税収の増加というかたちでの債務返済が可能である.したがって,長期的にみ
れば,効率的でかつ生産力効果の増大に結びつく有効な社会資本整備がなされるならば,
たとえ構築された公共物資産の価値をゼロとしても,負債のみが拡大することはなく,財
政状況の改善に寄与することが可能である.長期的な視点に立てば,政府の政策が有効か
否かが,政府所有正味財産の大きさを左右するという意味において,政策の有効性に関す
る指標とも捉えることができる.
58
これらの数字は,年金を賦課方式としてとらえるか積立方式として捉えるかという議論とも
対応している.
59
大蔵省は,東京都 23 区と道府県庁所在地にある行政財産 1 万 3700 件のうち,およそ 1/3 が
効率的な利用に向けた改善が必要であるとの調査報告を発表している.(日本経済新聞 1999
年 9 月 14 日朝刊)
34
最後に,今回のバランスシート作成に関して残された課題を政府の対策の必要性という
観点から整理し,政府部門のバランスシートが有効活用されていくための課題について述
べることにする.
1. 厳密な資産評価の必要性
バランスシートによる正味財産に関する評価は,厳密な資産評価がなされていない状況
ではまったく重要な意味を持たない.SNA バランスシートでは,純固定資産(うち社会資
本ストック)に対する減価償却がなされていないために,明らかに資産価値が過大に評価
され,正味財産が見かけ上大きくなっている.バランスシートによる正味財産の適切な評
価を可能にするには,事業評価の確立によって,減価償却による資本コストの把握や合理
的な耐用年数の設定等によって,資産評価の厳密性の確保することが重要である.
本稿でのバランスシートでは,データの制約のために,政府が所有する純固定資産の合
計額を計上するに止まっている.そのために,社会資本ストックやその他の有形固定資産
ごとに耐用年数などを考慮して減価償却を行うといった厳密な意味での資産額の計上がで
きていない.また,政府が国民に対して,生活関連社会資本ストックや生産関連社会資本
ストックをどのくらい構築し,その価値がいくらあるのかといった情報を提供する必要が
ある.今後,厳密な固定資産の評価に向けて,政府による情報の公開が不可欠である.
2. 投資およびその他の資産の価値
本稿のバランスシートに計上された「出資金」は特殊法人や事業団などに出資された金
額の単純な合計額であり実質的な価値を表現したものになっていない.また,社会保障基
金の「その他の金融資産」60に含まれている財投機関への資金預託に関してもその健全性
に問題があるとされる.さらに,本稿のバランスシートでは欄外に記載しているが,年々
急増している政府保証債務が実際に債務となる可能性が高い場合には,その可能性を十分
に認識する必要がある.したがって,政府はバランスシートを通じて,これらの実質的な
価値や実態を明確にし,非効率な資金の流れは早期に改革していく必要がある.
3. 年金債務の解釈の問題
年金債務の解釈についても議論の余地がある.年金制度が積立金方式で運営されている
ならば,発生主義の観点に立てば理論的には確約されたすべての債務61を計上すべきであ
る.さらに,世代間の公平の問題を無視して,年金は賦課方式であると認識するならば政
府の債務は発生しない.したがって,政府の年金債務として定まったものがあるわけでは
ない.このように,政府の将来債務はどの制度を前提とするという立場の違いによって大
きく変化するが,最終的に年金債務は国民の将来負担であることに変わりはない.これは,
主として高齢化が招いた問題であり,現在の年金給付を削減し老年世代が負担するか,保
社会保障基金の資産のうち 139 兆円(1995 年度)は資金運用部預託金として計上されており,
資金運用部を通じて財投機関に貸し出されている.
61
確約されている債務であっても、法律の変更を行えば、政府は国民に対する年金給付額を削
減することが可能である.
60
35
険料や税率を引き上げることによって若年世代が負担しなければならない.政府は,世代
間の公平性の観点から給付・負担スケジュールを決定し,その下での年金債務の実態を明
確にする必要があろう.
4. 会計別のバランスシート作成の必要性
部門内で相殺されている隠れ借金の問題がある.例えば,年金関連の特別会計(社会保
障基金)への国庫負担金の繰入が停止された場合には,個々の会計では,一般会計の未払
金及び特別会計の未収金として計上されるべきである62.しかしながら,本稿で提示した
一般政府というカテゴリーではこれらの資産と負債は相殺されており,したがって,一般
会計や特別会計といった個別会計の財務内容の健全性に関して評価することができない.
現実には事業会計以外のほとんどの特別会計ではバランスシートが作成されておらず,個
別会計の財務内容の健全性に関して知ることができない.政府による会計ごとの財務内容
に関する情報公開が重要である.
5.補助金制度が生み出す部門間のアンバランス
上で指摘したように,政府部門間の資産と負債のアンバランスに関する問題がある.日
本の中央集権的な財源配分システムのもとでは,財源は租税や公債発行によって主に中央
政府によって調達されるが,歳出のほとんどが政府間補助金制度を通じて地方政府によっ
てなされている.このような状況のもとで,最終支出主体主義63に基づいてバランスシー
トが構築される場合には,各部門の資産と負債とがバランスしなくなり,部門別バランス
シートでは中央政府の正味財産がマイナスとなる一方で,地方政府はプラスとなる.本来
ならば正味財産の大きさによって各主体の財政状況に関する評価を行うが,このような政
府間補助金制度のために,正味財産から単純に財政状況を比較することはできない.した
がって,さらなる正確な財政状況の評価を行うためには,政府間補助金の使途に関する財
政データの充実と,部門間の補助金によって形成された資産の権限配分や所有形態を明確
にしその情報を公表することが必要となる.
最後に,バランスシートの有効利用に向けた政府の取り組みとして重要な点を挙げる.
バランスシートによって,正味財産の大きさや,異時点間の正味財産の変動及びその変
動要因に着目して財政状況の評価をする立場からは,正味財産は増加傾向にあれば財政状
況には問題が生じないという議論がなされる.すなわち,公債発行によって負債を増やし
ても,それに対応する資産(社会資本ストック)が存在すれば,正味財産は変化しないの
で,財政状況には何等問題が生じないことになる.しかしながら,この解釈には次のよう
な問題点がある.
ある公共事業が効率であれ非効率なものであれ,正味財産が増加する限り,バランスシ
62
他方,一般会計から国債整理基金への繰入停止は,国債償還の先延ばしに過ぎず,償還され
ないまま国債残高としてカウントされているので,一般会計単独でみた債務残高に変化はない.
63
詳細な議論は,補論 5.2(4)を参照.
36
ートによる評価ではそれらは正当化される.特に,現行の公会計制度では,公共事業の効
率性に対するチェックが不十分なために,公共事業によって生じた厳密な資本コストの把
握が十分になされていない.また,SNA の現金主義ベースのバランスシートでも,純固定
資産(うち社会資本ストック)に対する減価償却がなされていないために,ある道路など
の社会資本への投資額が耐用年数を経るまで維持されるので,明らかに資産価値が過大に
評価されて計上されている.このような問題のために,SNA バランスシートにおいても,
また,地方自治体によって公表されるバランスシートにおいても,それが示すプラスの正
味財産は,過大計上された資産によるものに過ぎず,効率的な財政運営の成果によるもの
かは大いに検討の余地がある.
このように,事業評価制度が確立されていない状況において,バランスシートによる資
産と負債とのバランスを評価することは,無駄と思われる公共投資に対して,現状をただ
追認するだけの能力しか持たない.したがって,公共部門が膨張していくことに対するチ
ェックが働かない.重要な点は,バランスシートによる財政状況の評価に加えて,公共事
業の効率性に関する評価制度を基礎とした,非効率や無駄な投資を排除する機能が行財政
システムのなかに組み込まれていなければならないということである.
37
5.補 論
以下では,2 節で議論したバランスシートの構築に向けた具体的な取り組みについてよ
り詳細な説明を行う.
5.1. 発生主義バランスシート作成に向けた取り組み
(1) 道路ストックの計上と減価償却の導入
本節では,道路ストックについての推計に関わるデータ及びその方法を説明する64.
(A) 道路投資データと耐用年数の設定
道路ストック形成にかかわる新規投資として,『道路統計年報』(建設省道路局)の一
般道路の道路・計画街路事業費のうち,①道路改良,②橋梁整備,③舗装新設の道路投資
額(用地・補償費を除く)を用いた65.ここで,高速道路等有料道路の事業費は対象外と
している66.データの制約のため,1955 年度以前の道路投資額を得ることができないので,
道路投資額(新設改良費)は,1955 年以降の『日本の社会資本』における新設改良費との
比率で按分し,線形トレンドによってその比率を 1955 年度以前に伸ばす等の処理をして
いる67.災害復旧費についても同様に,『道路統計年報』による災害復旧費を用いている.
災害復旧費についても『日本の社会資本』の災害復旧費との比率で按分してデータの不足
を補う処理を行っている.
今回の推計では,バランスシートを作成する年度を基準にした時価評価での道路ストッ
クと,物価上昇を考慮しない簿価評価での道路ストックとを推計した.時価評価に必要と
なるデフレータは,本来は推計する社会資本ストックごとに作成することが望ましいが,
推計に用いる期間が長期にわたっていることなどによって作成が困難なために,便宜的に
『日本の社会資本』の道路デフレータ(1990 暦年基準)をベースにしたデフレータを利用
64
広範な社会資本ストックの推計は,『日本の社会資本』(経済企画庁総合計画局)によって
なされている.付表 8 には,『日本の社会資本』における主要 20 部門の社会資本ストック額,
推計方法などをまとめている.
65
道路ストックの推計の際に用いたデータは,付表 10 にまとめられている.ここで,「道路
改良」とは道路改良事業への投資であり,主な内容は道路の拡幅やバイパス,トンネルへの新
規投資である.「橋梁整備」は,老朽化した橋を新しく掛けかえる投資であり,「舗装新設」
とは道路改良によって拡幅した道路を新たに舗装する投資を指す.(舗装補修とは異なる.)
66
『日本の社会資本』による道路ストックの推計との違いは,『日本の社会資本』が道路公団
等による高速道路等の有料道路までを対象範囲としている点である.
67
ここで問題となるのが,『日本の社会資本』との対象範囲の違いであるが,次のことを考慮
して 1951 年以前は『日本の社会資本』の道路投資額をそのまま用いた.すなわち,1952 年に
旧道路整備特別措置法が制定され,この頃から有料道路の本格的な採用が始まったことや,1954
年に第一次道路整備五カ年計画が開始され,道路特定財源の制度化がなされたことなどである.
したがって,『日本の社会資本』との対象範囲の違いによる道路ストックへの影響は極めて小
さいと考えられる.
38
した.具体的には,『日本の社会資本』のデフレータに対して,1. 1993 暦年以降のデフ
レータを追加する,2. 暦年デフレータを年度デフレータに変換するなどの処理を行った68.
道路の新設改良投資には,道路改良,橋梁整備,舗装新設の投資額の合計を用いたが,
事業内容の性格の違いから,大蔵省令の耐用年数表では,道路改良 60 年,橋梁整備 48 年,
舗装新設 10 年とされている.『日本の社会資本』では,これら3つのストックの耐用年
数を投資額で加重平均することによって,道路ストック全体の耐用年数を 47 年と設定し
ている.今回の推計でもこの耐用年数を用いた.耐用年数の設定については,「より現実
に近づけることが望ましい」という指摘はあるが,現段階では各省庁も適正レベルを模索
中であり,適正なレベルを確定するのは困難である.
(B) 減価償却を考慮した道路ストックの推計方法について
まず,減価償却が考慮されていない道路ストックの推計方法について述べる.推計には,
PI 法 (Perpetual Inventory Method)を用いている.推計式は次式の通りである.
K t = K t −1 + ( I t + Bt ) − I t − m − Bt − m
[1]
ここで,それぞれ,K:ストック額(粗資産額),I:投資額,B:災害復旧費,t:当該
年度,m:耐用年数と定義されている.
上式のように減価償却を考慮しない粗資産額を例にとると, t 年度のストック額 Kt は,
t-1 年度のストック額 Kt-1 に,t 年度の新規投資額 It と災害復旧費 Bt とを加えたものから,
t-m 年前の新規投資額 It-m と災害復旧費 Bt-m とを控除したものとなる.資産は耐用年数を
経過した時点で除却される.このような推計方法はサドンデス(=Sudden Death)と呼ば
れる.また,ここでは,新規投資額と同様に,各年の災害復旧費は,全額その年度のスト
ックの増加に寄与するものと捉えている.
つぎに,減価償却を考慮した道路ストックの推計方法について述べる.定率法と定額法
のどちらの推計も, t 年のストックは,基本的に t 年から耐用年数分遡った t-m 年前の(減
価償却を考慮した)フローを t 年まで積み上げた値によって導出される.以下では定率法,
定額法による推計方法を説明する.
68
ここで用いた手続きは次の通りになっている.1.についての処理は,『日本の社会資本』の
道路デフレータと SNA の一般政府固定資本形成デフレータ(1990 暦年基準)がほぼ1:1関
係にあることから,固定資本形成デフレータを用いて 1996 暦年までのデータを補足した.2.
については,SNA の固定資本形成デフレータの暦年デフレータと年度デフレータとの比率を用
いて,年度デフレータに変換した.さらに,1969 年以前のデフレータについては,当年度のデ
フレータを,前年(暦年)のデフレータに当年(暦年)のデフレータの 1/4 を加えることによ
って作成した.
39
1. 定率法
K t = [∑ im=0 ( I t −i + Bt −i )] * (1 − r ) i ] + [∑ im=+m5+1 ( I i + Bi ) * 0.1]
[2]
減価償却率 r の計算に用いる残存率は 10%69とし,耐用年数経過後の残存期間は 5 年と
する70.ここで,減価償却率 r は,次のように算定される.
r = 1−
m
S
[3]
C
ここで,S:残存価額,C:固定資産取得額,S/C: 残存率=10%,m:耐用年数と定
義されている.耐用年数 47 年,残存率 10%と仮定の下で, [3]式に基づいて算定された
減価償却率 r は,0.0478104 となる.
2. 定額法
K t = ∑ im=0 ( I t −i + Bt −i ) *
m−i
m
[4]
定額法では,ストックとして積み上げられたある年の新規投資額と災害復旧費は,毎年
1/47 づつ減価していき,耐用年数(47 年)経過後に消滅する.
定率法は,企業会計では一般的な償却方法である.一般的に,定率法が支持されるの
は,後年度に修繕費が多く発生する資産については,早期に減価償却を行い資金を回収す
ることが合理的であるという理由による.しかし,企業が定率法を採用する裏には,定率
法には加速度償却的な性質があり,耐用年数の初期の段階で課税所得を少なく抑えること
ができるという企業サイドの都合が存在する71.一方,定額法が支持される理由は,資産
が毎年一定の使われ方をするのであれば,毎年同じ金額だけ減価償却することが合理的と
考えられるためである.例えば,道路や橋梁などの公共物資産は耐用年数が経過するにつ
れて物理的な通行量が減少するということにはならない.また,定額法が支持される会計
上の積極的な根拠は,このような定額の償却によって期間損益の平準化(会計年度間の公
正性)が保たれることにある.
(c) 一般政府の各部門が所有する道路ストックの把握について
69
この減価償却率に関する仮定は,SNA において(公共物資産以外の)固定資産に対して採
用されている.
70
[8]式の右辺第 2 項はこの点を考慮している.
71
「SNA」の純固定資産の推計には定率法が使用されているが,企業会計において一般的であ
るという理由にすぎない.
40
本稿では,部門別(中央政府,地方政府)のバランスシートを作成するために,部門別
の道路ストックを次のように導出している.
各種の財政統計での公共投資データは,資金源泉主義に基づいて作成されているのに対
し,SNA の固定資本形成は,最終支出主体主義に基づいて作成されているので,中央政府
が資金源泉主体となった(地方政府への補助金等を含めた)道路投資額を単純に中央政府
の道路ストックとしてカウントできない.ここでは,1つの代替手段として,『行政投資』
の道路投資額のうち投資主体別の道路投資額の比率を用いて,道路ストックを各部門別に
分割する方法を採用した.『行政投資』における 1977-1995 年間の各年の道路投資額に占
める中央政府の比率の平均値は 42.6%,地方政府は 57.4%であり,この比率が中央政府と
地方政府との投資比率の傾向を捉えたものであると仮定した72.
補-表 1 道路ストック (時価・簿価別,部門別)
時価
85 年度
中央政府
地方政府
90 年度
中央政府
地方政府
95 年度
中央政府
地方政府
96 年度
中央政府
地方政府
簿価
[1] サドンデス
55,433
23,626
31,807
81,548
34,756
46,792
109,913
46,845
63,067
111,454
47,502
63,952
[2] A.定率法
[2] B.定額法
33,258
14,175
19,083
47,831
20,386
27,445
59,867
25,516
34,352
62,304
26,554
35,750
40,210
17,138
23,072
58,798
25,060
33,738
73,847
31,474
42,373
76,873
32,764
44,109
36,617
15,606
21,011
55,097
23,483
31,615
81,117
34,573
46,545
86,844
37,014
49,831
26,444
11,270
15,173
37,572
16,013
21,559
53,181
22,666
30,515
56,370
24,025
32,345
30,797
13,126
17,671
44,634
19,023
25,611
63,749
27,170
36,579
67,755
28,877
38,877
85 年度
中央政府
地方政府
90 年度
中央政府
地方政府
95 年度
中央政府
地方政府
96 年度
中央政府
地方政府
(単位:10 億円)
注)
1) 時価評価の場合は,各年度を基準にしたデフレータで評価している.
2) 耐用年数:47 年
3) 減価償却率:r=4.78104645915921E-02
72
『行政投資』における 1977-1995 年間の各年の道路投資額は,付表 12 にまとめられている.
41
(d) 道路ストックの推計結果
道路ストックの推計結果は補-表 1 の通りである73.補-表 1 には,1985,1990,1995,
1996 年度における時価及び簿価で評価された部門別の道路ストック額が示されている.ま
た,上述の道路投資比率で案分した中央政府と地方政府の道路ストック額についても示し
ている74.時価評価と簿価評価とでの推計方法の違いは,各年度(1985,1990,1995,1996)
を基準年とする道路投資フローに関する価格デフレータで毎年のフローを実質化している
か否かという点である.したがって,時価評価と簿価評価による道路ストック額の差はこ
のことによって生じている75.1996 年度の道路ストック額は,時価評価では 1.サドンデス
のケースで 111.5 兆円,2.定額法のケースは 76.9 兆円,3.定率法のケースが 62.3 兆円と
なる.一方,簿価評価では,1.サドンデスのケースで 86.8 兆円,2.定額法のケースは 67.8
兆円,3.定率法のケースが 56.4 兆円となる.
(2) 年金債務の推計
年金債務は,現時点において年金制度が将来支払うことを確約している総額である. 本
来,確定給付の年金制度であるならば,将来の支払額は契約時点で確約した給付額に等し
くなるが,日本の年金制度においては,将来支払いや将来給付は,制度変更で変更される.
そこで今回の推計76 では,現行方式に加えて,もっとも可能性の高い改革案における債務
も提示している. 現行案と,最も実現可能性の高い改革案(厚生省 C 案のなかの第 1 案
と第 2 案から推定)の内容は補-表 2 に示されている77.この制度に基づいて,1995 年時
点での債務を計算した結果は補-表 3 にある78.年金システムは社会保障基金に属するが,
国庫負担分は,中央政府及び地方政府の債務と考えられる.
73
減価償却累計額を含めたより詳細な推計結果は,付表 11 を参照.
中央政府において,純固定資産に占める道路ストック額の割合が直観的に高い印象を受ける.
これは,推計データとその方法の違いによるものを推察される.仮に,SNA の公的固定資本形
成の詳細に関するデータ情報が公開されるならば,より信頼度の高い推計結果を得ることがで
きるだろう.
75
定額法,定率法による減価償却累計額の記載はここでは省略している.サドンデスのケース
と定額法のケースとのストック額の差が各年度の減価償却累計額となる.だたし,定率法の場
合は残存率 10%で耐用年数経過 5 年後に除却されるという仮定を置いているために一致しない.
76
年金債務の推計は,八田・小口(1999)の p150 表 8-1 に基づいている.
77
定義上は,将来の保険料スケジュールは年金債務に影響を与えない.年金債務は,今までの
保険料支払いと今後の給付スケジュールから計算されるため,今後の保険料率は定義上,現在
の純債務に影響を与えない.しかしながら,賃金スライドがある場合には,保険料率が所得に
影響を与え,それが賃金スライド率に影響を与え,結果として給付スケジュールに影響を与え
る.そのため,保険料率スケジュールも債務に若干の影響を与える.
78
バランスシートに計上されている年金債務は,八田・小口(1999)の p150 表 8-1 を用いてい
る.また,八田・小口(1999)では,「現在から将来までの国庫負担額の総和(現在価値)」に
ついての推計がなされている.国庫負担の算定方法については,八田・小口(1999)を参照され
たい.
74
42
補-表 2 現行制度と厚生省改革案の内容
[A] 現行制度
l
給付維持
l
物価スライド2%
l
賃金スライド(1.8-2.0%)
l
厚生年金(基礎年金部分)の支給開始年齢の引き上げ79
l
保険料スケジュール:17.35%から 34.3%まで段階的引き上げ
[B] 厚生省 C 案 (支出総額(給付)2 割削減)80
l
厚生年金(基礎年金部分+報酬比例部分)の支給開始年齢の段階的引き上げ81
l
将来の厚生年金の報酬比例部分を 5%程度削減82
l
裁定後の報酬部分を物価のみで調整(2030 年まで83)
l
物価スライド2%
l
賃金スライド 1.8-2.0%
l
保険料スケジュール 17.35%から 26%まで段階的引き上げ(給付カットの効果)
これらの年金債務のバランスシートへの計上は次のような方法によって行った.
1. まず,厚生年金と国民年金とに関する国庫負担部分を,「中央政府」の債務として
計上している84.
2. 共済組合分についても同様に,八田・小口(1999)による共済組合の国庫負担分を用
いているが,そのうち地方公務員共済組合に関わる年金債務は,地方政府が負担すると考
えられるため,全共済組合の受給権者数(1995 現在)に占める地方公務員共済組合の受給
権者数の比率に応じて,地方政府負担分の債務を求め,地方政府に計上している85.その
結果,共済組合の国庫負担分である 57.51 兆円は,それぞれ 23.65 兆円(中央政府分)と
33.86 兆円(地方政府分)とに振り分けている.
1999 年に 58 歳の男子から 61 歳に引き上げ予定である.詳しくは,厚生省の資料を参照(現
在は,国民年金=65 歳,共済,厚生年金=60 歳).
80
厚生省の案には,曖昧な部分がある.その部分に関しては,現実的な仮定をもうけている.
詳しくは, 八田・小口(1999)を参照.
81
共済組合に関しては不明だが,厚生年金の改革案と同じであると仮定する.
82
この削減を,裁定時の報酬部分を物価のみで調整する事によって,達成している.
83
2030 年とは,65 歳以上の給付額を全体で2割削減させるのに必要な期間である.
84
ただし,国庫負担の算定方法については,八田・小口(1999)を参照されたい.
85
全共済組合の受給権者数(1995 年現在)約 297 万人のうち,地方公務員共済組合の受給権者
数(1995 現在)約 175 万人である.
79
43
本稿では,共済組合に加えて,国民年金及び厚生年金に関わる債務も考慮している.推
計された債務は現行制度で約 1016 兆円にも上っている.また厚生省 C 案による改革後で
も約 930 兆円が債務となっており,改革案は年金債務の問題を本質的に解決するものとは
なっていない.
補-表 3 各案の 1995 年時点の年金債務
年金債務
一般政府
現行制度
中央政府
厚生省C案
現行制度
地方政府
厚生省C案
現行制度
厚生省C案
厚生年金
704.8
629.31
274.77
281.78
0
0
国民年金
151.43
152.53
68.52
70.09
0
0
共済年金
160
148.56
23.65
25.23
33.86
36.12
1016.23
930.4
366.94
377.10
33.86
36.12
総年金勘定
注) 1. 八田達夫・小口登良(1999)の推計結果から作成
2. 中央政府の年金債務は,は,1995 年から無限の将来までの国庫負担の現在価値を総計したもの
である.
3. 現行制度と厚生省 C 案の間で,国民年金の債務に差がでる理由は,スライド制のためである.
厚生年金の保険料率によって決定されるスライド率により,国民年金の給付額もスライドする.
このため,厚生年金保険料率の変化によりこれも変化する.
4. 地方政府の債務は,地方共済組合の地方負担分である.
(3) 退職金債務の推計
公務員の要退職金支給額の算定には,仮にすべての公務員が,現在退職した場合に政府
が支払うべき退職金額として算定した.個人の退職金の算定で推計した勤続年数ごとの要
退職金支給額と,勤続年数ごとの公務員数との積によって公務員全体の退職金要支給額を
求めた. 国家公務員は,給与法職員と給与特例法職員(現業職員86)とから構成されるが,
給与法職員に関して,『国家公務員給与等実態調査 報告書』(人事院給与局)から,俸
86
「SNA」の一般政府の範囲との整合性を保つために,現業部分すなわち,造幣局,印刷局,
郵便局,国有林野事業の職員は対象外としている.また,現業職員(給与特例法職員)につい
ては,勤続年数ごとの平均俸給額を示したデータが整備されていないという問題もある.さら
に,国会議員,裁判官,検察官,裁判所職員,防衛庁職員,政府関係機関等の職員についても,
ここでは除かれている.
44
給表別(職種87)の勤続年数に対応した平均俸給月額及び支給率を用いた88.地方公務員に
ついても,『地方公務員給与の実態』から全地方公共団体の一般行政職,技能労務職,高
等学校教育職ごとに,勤続年数ごとの平均俸給月額と支給率(ただし,国家公務員の支給
率)を用いた89.支給率は,『公務員給与便覧』にある国家公務員退職手当支給率一覧を
使用した.勤続年数 25 年未満までは自己都合退職の支給倍率を,勤続年数 25 年以上には
勧奨退職の支給率を適用した.
国家公務員と地方公務員の退職金(純)債務は,補-表 4 の通りである. 退職金債務は,
1996 年度において国家公務員(給与法職員)全体でおよそ 4.9 兆円,地方公務員全体でお
よそ 17.7 兆円と算定される.したがって,1996 年時点での政府の退職金債務は 22.6 兆円
となる.ただし,ここでは,給与法適用公務員を対象にしているので,給与特例法職員(現
業職員)などの公務員は算定に含まれていない.したがって,すべての公務員の退職金を
考慮すれば,債務はさらに大きくなる.
補-表 4 公務員退職金債務
(年度)
全公務員
国家公務員
地方公務員
1985
15,160
3,913
11,187
1990
17,634
4,108
13,527
1995
21,938
4,756
17,182
1996
22,569
4,869
17,700
注) 1. 勤続年数 25 年以前は自己都合退職,25 年以降は勧奨退職を適用した.
2. 給与及び公務員数は,4 月 1 日現在
3. 単位は,10 億円
(4) 繰越費や債務負担行為の計上
繰越費と債務負担行為は,発生主義の観点から費用として認識し対応する債務を未払金
として流動負債に計上した.
87
国家公務員(給与法職員)は行政職(一),行政職(二),専門行政職,税務職,公安職(一),公
安職(二),海事職(一),海事職(二),教育職(一),教育職(二),教育職(三),教育職(四),研究職,
医療職(一),医療職(二),医療職(三),指定職からなる.詳細は,
『国家公務員給与等実態調査 報
告書』(人事院給与局)及び『地方公務員給与の実態』(地方公務員給与制度研究会編)を参
照.
88
国家公務員に関するこれらのデータは,付表 15 にまとめられている.
89
地方公務員に関するこれらのデータは,付表 16 にまとめられている.
45
補-表 5 中央政府・社会保障基金 繰越・国庫債務負担行為の状況
中央政府
繰越債務負担
国庫債務負担
年度
85
90
95
96
1,416
1,606
4,608
3,578
社会保障基金
繰越債務負担
国庫債務負担
4,353
5,422
6,849
6,751
2.0
1.4
3.7
4.8
19.3
25.3
73.5
56.0
(単位:10 億円)
注) 1. 出所は『決算書』
補-表 6 地方政府 繰越額,債務負担行為の状況
・繰越額の状況
区分
(
年度)
1985
A. 繰越額等合計
継続費逓次繰越額
繰越明許費繰越額
事故繰越繰越額
事業繰越額
支払繰延額
B. 未収入特定財源
B の内訳
国庫支出金
地方債
その他
C. 翌年度に繰越すべき財源 (A)-(B)
1990
1995
1996
712
1,751
5,586
48
125
192
4,195
128
535
1,405
4,964
3,585
19
75
264
333
99
11
122
23
156
10
137
11
396
932
4,268
2,923
224
475
2,160
1,464
139
371
1,815
1,266
33
85
292
193
316
819
1,319
1,271
(単位:10 億円)
・債務負担行為の状況
区分
(
年度)
1985
1990
1995
1996
A. 翌年度以降の支出予定額 合計 A-1 ∼ 4
A-1.物件の購入等に係るもの
8,765
10,987
17,467
17,220
5,886
7,860
12,859
12,427
A-2.債務保証又は損失補償に係るもの
A-3.その他
A-4.その他実質的な債務負担に係るもの
B. A の財源内訳
国庫支出金
地方債
その他
一般財源等
106
79
53
55
2,424
349
2,669
379
3,895
660
4,098
640
1,630
1,559
2,844
2,706
782
1,335
2,990
3,005
997
1,188
1,622
1,538
5,356
6,905
10,011
9,970
(単位:10 億円)
注) 1. 各表ともに,出所は『地方財政統計年報』.
中央政府(一般会計,特別会計)と社会保障基金(厚生保険特別会計を含む他の特別会
計)については,『決算書』における「債務に関する計算書」にある債務負担行為額をそ
46
れぞれ計上した(補-表 5)90.地方政府91については『地方財政統計年報』より補足した
繰越費,債務負担行為を未払金として流動負債に計上した(補-表 6).一方で,繰越費,
債務負担行為の実施に伴って期待される国庫支出金は,地方政府の未収特定財源して流動
資産に計上した.バランスシートには,96 年度では中央政府の債務負担 10.2 兆円,地方
政府の債務負担 17.4 兆円が計上されている.
(5) 未収税の計上
調定額のうち未収分については資産(未収税)として計上している.国税分については
『国税庁統計年報』,地方税分については『地方財政統計年報』(地方財務協会)より補
足した.未収税の状況は補-表 7 にまとめられている.
補-表 7 未収税の状況
未収国税
1985
1990
1995
1996
未収地方税
742
1,330
2,387
2,393
540
760
1,437
1,513
(単位:10 億円)
注) 1. 未収国税は,純滞納額総(=滞納−滞納処分の停止)として定義.
2. 未収地方税は,滞納繰越分のうち,調停額−収入額として定義.
3. 資料:『国税庁統計年報告』「20.国税滞納」
:『地方財政統計年報』「2-6-1 団体別地方税徴税実績」
96 年度においては,中央政府(国税)分の 2.4 兆円,地方政府(地方税)分の 1.5 兆円
が計上されている.
5.2. 項目の補足によるバランスシートの再構築
SNA では十分に計上されていない資産・負債項目を補足し計上した.本節ではその具体
的な取り組みについて述べる.
90
造幣局特別会計のうち,貨幣回収準備金は一般政府に格付けされているが,債務の分割がな
されていないために正確な値を得られない.額が小さいことから,今回の推計では造幣局特別
会計に関わる債務は計上していない.
91
ただし,地方政府については,制度上,地方政府に分類されるいくつかの公営事業会計に関
するデータの収集が困難なために普通会計分のみ計上されている.したがって,厳密には SNA
での地方政府の格付けに対応したものになっていない.
47
(1) 部門別・純固定資産の推計
SNA では,純固定資産の推計方法としてベンチマークイヤー法(Benchmark Year
Method)を用いている.SNA における純固定資産の算定式は,[1]式に示す通りである.す
なわち,t 年の純固定資産(ストック)は,t-1 年の純固定資産(ストック)に t 年の総固
定資本形成から固定資本減耗を控除した純固定資産額(フロー)と調整額とを加えること
によって導出される.ここで,調整額とは,おもに価格変化に伴うストックの再評価や,
制度的構成及び分類の変化による調整などのから構成されている.また,純固定資産はそ
の年の価格で再評価(時価評価)されており,時価への調整は調整額によってなされる.
t 年度の純固定資産 = t-1 年度の純固定資産
+ t 年度の総固定資本形成(名目)
− t 年度の固定資本減耗(名目)
+ 調整額
[5]
以下では,部門別・純固定資産の推計方法をについて説明する.
1. 1970 年度の一般政府・純固定資産の導出
まず,1970 年度末の一般政府・純固定資産額を 1970 暦年末の純固定資産額と 1971 暦年
の純固定資本形成の 1/4 との合計額によって便宜上定義する.つぎに,これに 1970 暦年
末デフレータと 1970 年度末デフレータとの比率を乗ずることによって,1970 暦年末から
1970 年度末までの物価上昇を考慮した.ここでは,ストックとフローのインフレ率を一定
と仮定している.
2. 1970 年度(=ベンチマーク)の部門別・純固定資産の導出
部門別の総固定資本形成の 1971-72 年における累積額と一般政府の総固定資本形成 Ig
の累積額との比率を用いて,一般政府の純固定資産を部門別(1970 年度)に分割する.こ
こで,1970 年度の純固定資産を 71 年度以降の固定資本形成(の累積)の比率を用いて分
割するという方法を採用したが,70 年度に近いフローの比率を用いて分割することが 70
年度以前の投資比率を近似していると考えられる.1970-96 年における各部門別の固定資
本形成比率の推移をみると, 1973 年から 1974 年以降にかけて中央政府の総固定資本形
成比率が低下しており,これまでのトレンドが変化したと仮定して,1971 年から 72 年の
部門別フローの積上げ比率を用いた92.
簿価評価の場合は,一般政府の固定資本形成の積み上げに対する各部門別の固定資本形
成の積み上げにの比率よって,1970 年度の純固定資産をつぎのように部門別に分割する.
92
1973 年から 1974 年以降にかけて,中央政府の総固定資本形成比率は,17.9%から 16.4%に
低下し,地方政府の比率が 81.9%から 83.4%に上昇した.
48
・簿価
K
i
70
= K 70
∑
*
∑
72
j = 71
Ig ij
72
j = 71
Ig j
[6]
ここで, K 70 :1970 年度の純固定資産, Ig :固定資本形成, i :中央政府,地方政府,
社会保障基金(一般政府は表示なし), j :年度を表している.
つぎに,時価の場合には,バランスシートを作成する年度(95,96 年)を基準とする価
格デフレータで 1970 年度の純固定資産を評価する.すなわち,1970 年度の部門別純固定
資産は以下の式で導出される.
・時価
i
K 70
(時価)= K 70i (簿価)/ p f 70
[7]
ここで,Pfj:総固定資本形成デフレータ(1995,96 年基準), f :基準年度(1995,
96 年)を表している.
3. ベンチマーク以降の部門別の純固定資産額
部門別の純固定資産額は,各年度ごとに各部門別の純固定資本形成額を積み上げること
によって,以下のように導出する.
純固定資産を時価で評価する場合には,フロー価格の上昇に加えて,ストック価格の上
昇についても考慮する必要がある93.SNA での資産価格の変動は「調整額」の項によって
なされている.そこで,部門別の純固定資本形成比率によって案分した各部門別の調整額
ADi(ただし,暦年のみ公表されている)から,期間中の純固定資本形成の価格上昇を控
除したものを,ストック価格の変動を近似するものと捉える.すなわち,[8]式のように表
される.
AD *j i = AD ij − [
Ig ij − De ij
P
f
− ( Ig ij − De ij )]
[8]
j
ここで,それぞれ, De :固定資本減耗, AD :調整額と定義されている.
バランスシートを作成する年度を基準としたデフレータを用いて,時価における純固定
資産は次式のように導出される.
93
さらに,調整額に本来含まれているその他の要因,例えば,制度変更等の要因も考慮する必
要があるが,そもそも SNA において調整額をその構成される要因に分解することができない
ので,ここでは考慮していない.したがって,簿価の純固定資産額が過大に推計されていると
推察される.
49
・時価 K j = K j −1 +
i
i
Ig i j − De i j
+ AD *j i
f
P j
[9]
また,簿価の場合には,純固定資産は,各年度ごとの純固定資本形成額を単純に積み上
げることによって以下の式から導出される.
・簿価 K ij = K ij −1 + Ig i j − De i j
[10]
補-表 8 には,部門別の純固定資産の時価と簿価94による推計結果がまとめられている
95
.表の上段には,各時点における時価及び簿価で評価された純固定資産額が,下段に
は減価償却(固定資本減耗)累計額が示されている.ただし,減価償却累計額は 1970
年度以降の固定資本減耗の累積額になっている.
補-表 8 純固定資産 (部門別,時価・簿価別)
[1] 時価 (単位:10 億円)
純固定資産 (時価)
年度
一般政府
1985
1990
1995
1996
186,776
266,956
363,333
383,766
減価償却累計額
年度
一般政府
1985
1990
1995
1996
21,416
36,045
50,138
52,916
中央政府
地方政府
30,415
43,610
59,414
62,837
中央政府
155,833
222,517
302,682
319,595
地方政府
3,312
5,288
7,017
7,374
17,962
30,530
42,817
45,224
94
社会保障基金
参考(
暦年)
一般政府
528
829
1,237
1,334
187,121
266,454
359,758
381,904
社会保障基金
142
227
303
319
時価での推計値が簿価より小さくなっているのは,簿価の推計式(補論[6]式)に調整額の項
が含まれていないために,調整額を構成する要素のうち制度変更などによる純固定資産(スト
ック)額の変化を考慮できていないためである.また,調整額が近年マイナスになっているこ
とが影響していることなどがその要因として推察される.
95
純固定資産の推計の際に用いたデータ及びより詳細な推計結果は,それぞれ付表 13 及び付
表 14 にまとめられている.
50
[2] 簿価 (単位:10 億円)
純固定資産
年度
一般政府
1985
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
中央政府
175,735
259,494
280,875
306,252
334,606
362,092
391,267
419,496
減価償却累計額
年度
一般政府
1985
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
地方政府
28,574
42,537
45,744
49,772
54,749
59,184
64,272
68,998
中央政府
17,913
29,698
32,228
34,884
37,688
40,703
44,030
47,205
社会保障基金
146,628
216,106
234,207
255,451
278,687
301,617
325,580
348,948
地方政府
2,795
4,345
4,668
4,995
5,315
5,664
6,103
6,516
533
852
924
1,030
1,169
1,291
1,416
1,550
社会保障基金
15,001
25,170
27,362
29,676
32,146
34,796
37,666
40,411
117
183
198
213
228
244
261
279
補-図 1 純固定資産のバランスシートへの計上
(単位:10億円)
450,000
400,000
350,000
純固定資産
300,000
250,000
200,000
150,000
100,000
純固定資産(道路資産について減価償却を実施したケース)
50,000
0
道路資産の減価償却累計額
-50,000
-100,000
1985
86
87
88
89
純固定資産 一般政府(
減価償却 時価)
90
91
92
93
道路資産減価償却累計額(時価)
51
94
95
96
年度
純固定資産一般政府(時価)
純固定資産の公共物資産のうち道路ストックに減価償却を導入した結果,毎年度の純固
定資産には道路ストックの減価償却累計額を差し引いた値が計上されている(補-図 1).
(2) 共済組合が所有する固定資産の補足
SNA では,ほとんどの共済組合(国家公務員共済組合連合会,地方公務員共済組合連合
会,地方議員共済組合,農林団体共済組合,私立学校教職員共済組合)について,長期経
理(年金部門)の給付勘定のみが社会保障基金に分類され,それ以外の勘定は一般政府以
外の他の部門として扱われている96.したがって,これらの共済組合が所有する固定資産
は,基本的に社会保障基金の固定資産として加えられていない.すなわち,年金資産だけ
が計上され,固定資産は他の部門に計上されているというアンバランスが生じている.共
済組合が債務を抱えた場合には,それが実際に所有する資産を売却することによって債務
返済を行うことは可能であるから,バランスシート上では資産として計上される必要があ
る.
本稿では,入手が可能であった各共済組合の貸借対照表97から,各共済組合がもつ投資
不動産を可能な限り補足し,純固定資産に計上した.その結果,95,96 年度においてそれ
ぞれ 4551 億円,4861 億円が資産として計上されている.
(3) 道路底地の計上
SNA での土地資産は,土地面積に土地の評価価格を乗ずることによって推計されている.
土地の評価価格は鑑定地価であり時価である.土地の価値は,大蔵省が管理する「国有財
産台帳」などの資料に基づいて計上されている.しかしながら,その方法は十分でない.
すなわち,建物などの敷地は含まれる一方,道路,港湾,河川などの底地は土地資産に含
まれておらず,底地の価値は SNA では資産として計上されていないのである.そこで,
一番大きな影響を与えると考えられる道路を取り上げ,その底地を資産計上した.時価推
計は,以下の式に基づいて都道府県別に行った.
道路価値=
県別平均土地評価額 ( 民有地 )
× 道路部面積 98
民有地面積
96
建設業・清酒製造業・林業退職金共済組合は,社会保障基金に含まれる.
今回の推計では,国家公務員共済組合連合会,農林団体共済組合,私立学校共済組合の 3 つ
の共済組合分が 1995,1996 年度のみ計上されている.国家公務員共済組合連合会については,
事業年報より補足した.農林団体共済組合,私立学校共済組合については,『特殊法人総覧』
(総務庁行政管理局)よりデータを補足した.ただし,平成 10 年から私立学校共済組合は,
日本私立学校振興・共済事業団に名称変更されている.
98
土地評価額および民有地面積道路のデータは,自治省税務局固定資産税課調「固定資産の価
格等の概要調書(土地)」より,また,道路部面積は,建設省「道路統計年報」から得た.高速
道路等は省いてある.
底地を計測するためには,道路付近の地価が必要となる.関連するいくつかのデータが存在
97
52
結果として,道路底地の総価値は 96 年度において約 25 兆円という値が得られた.また,
国道と地方道の道路部面積の比率によって,中央政府所有分と地方政府所有分に分割した.
また,簿価での推計は,毎年の用地費を積み上げによっている.1955 年度から 1996 年度
までの用地費の累計額は 26.1 兆円になる.
(4) 補助金や負担金の扱い
先行事例では,補助金や負担金を通じて建設された社会資本ストックは,その資金の源
泉となった主体が所有する資産として計上されている.例えば,三重県において作成され
たバランスシート99では,県が直接所有する社会資本ストックだけに限定されず,市町村
への補助金や国直営事業への負担金など県が建設義務を負っている資産をすべて計上する
方法を採用している.一方,SNA は最終支出主体主義100 に基づいて作成されており,補助
金よって建設された社会資本ストックが,補助金を提供した主体の資産(純固定資産)と
しては計上されず,
最終的に資金を支出した主体の資産として計上される101.本稿でも SNA
をベースに最終支出主体主義に基づいてバランスシートが作成されているので同様のこと
がいえる.例えば,中央政府が地方自治体へ配分した国庫支出金等の補助金を通じて建設
された社会資本ストックは,中央政府の固定資産としてバランスシートに計上されていな
い.その結果として,中央政府と地方政府との間に資産と負債とに関するアンバランスが
生じている.これは,最終支出主体主義に基づくか資金源泉主義に基づくかという方法の
違いであるが,また,中央集権型の財政システムのもとで,中央政府が財源をトランスフ
ァーする一方で,地方政府が最終的な投資主体として公共投資をおこなってきた結果とも
解釈できる102.
するが,それらは問題点を抱えている.
(1)地価公示価格(国土庁):問題点=個別地点の価格しかわからないため,地域の平均価格を導
出できない.
(2) 都道府県地価調査(国土庁):問題点=用途地域別の土地平均価格しかわからない.また,そ
の用途地域の面積もわからないため,地域の平均価格を導出できない.
(3) 路線価格(国税庁):問題点=個別地点の価格しかわからないため,地域の平均価格を導出で
きない.
これらは,いずれも,抽出地点による調査結果であるために,地域全体を把握できない. 今
回の推計では,固定資産税の課税に使用される土地評価額を使用した.このデータでは,地域
全体の民有地の面積および評価額がわかるために,地域の平均価格を導出できる.
99
石原(1998)を参照.
100
資金源泉主義とは,投資実績が資金を提供した主体に帰属することをであり,最終支出主体
主義とは,投資実績が最終的に支出した主体に帰属することを指す.
101
一方,資金源泉主義に基づいた場合には,補助金によって建設された社会資本ストックが,
補助金を提供した中央政府の資産(純固定資産)として計上される.
102
しかしながら,こうした資産と負債とのアンバランスのために,中央政府や地方政府のそれ
ぞれの資産と負債とのバランスを厳密に評価することが事実上困難になっている.その改善策
として,都道府県が現在所有する社会資本ストックが,どのような資金源泉によって調達され
たのか(つまり,地方税収入で賄われたのか,公債等の借入で賄われたのか,あるいは中央政
府からの補助金で賄われたのかなど)を明確にすることが必要であるが,制約が多いために今
53
(5) 基金の扱い
地方政府が所有する基金については,財政調整基金,減債基金,その他特定目的金(庁
舎建設積立金,土地先行取得基金,文化福祉振興基金)の 3 基金について『地方財政統計
年報』より把握することができる.地方政府における積立金の状況は補-表 9 の通りである.
補-表 9 積立金の状況 (地方政府)
積立金
1. 財政調整基金
2. 減債基金
3 .その他特定目的基金
4. 合計(
1 ∼3 )
5. 管理状況
(年度)
1985
2,570
554
2,362
5,486
4,378
530
460
1.8
116
現金・預金
信 託
有価証券
出資金
その他
1990
3,883
4,441
8,755
17,079
15,573
849
466
0.8
33
1995
3,551
4,960
9,794
18,305
16,578
804
414
0.8
163
1996
3,611
4,557
9,584
17,753
16,022
711
412
0.9
193
(単位:10 億円)
注) 1. 出所は『地方財政統計年報』.
また,その管理状況(現金・預金,信託,有価証券,出資金,その他)についても把握
できる(表中,5.管理状況)が,これらは地方政府が所有する資産として,SNA バランス
シートに既に資産項目に計上されているものとして処理している. ただし,『地方財政
統計年報』によれば,基金の管理状況(補表 9 を参照)のうち,ほとんどが「現金・預金」
によって保有され,また基金の増加分(85-95 年度の増加分 12.8 兆円)のほとんど「現金・
預金」の増加である.これは,表 3-7[3]地方政府の項目のうち「その他の預金」が 85-95
年度において 16.4 兆円程度増加しており,これによって説明ができる103.
(6) 売却不可能資産の評価(時価 vs 簿価)
異時点間に取得された資産同士の金銭比較が可能になるなどの理由により,資産は時価
で評価されるべきであるとの議論がある.一方,政府の資産には公共サービスを提供する
行政財産が多く含まれており,事実上売却できない資産も多い.これらの資産に対しては,
行政サービスの提供を目的にしており,売却を前提としないという立場から,取得原価(簿
価)で評価すべきであるという意見がある.また,一方で売却可能資産であるならば,資
産の価値としては時価が望ましいという同様の議論がなされる.そこで,本稿ではこれら
回は考慮していない.
103
ただし,SNA の項目分類と財政統計のそれが厳密には対応していないと考えられるので,
「その他の預金」のうち「定期預金」の増加によるものと考えられる.
54
立場を考慮して,純固定資産および道路底地については時価及び簿価104での計上を試みて
いる105.
5.3. バランスシート項目についての解説
ここでは,流動性配列法及び国民行政分離配列法によるバランスシートを構成する金融
資産・負債項目の詳細について解説する106.
(1) 流動性配列法
(A) 流動資産
1.現金・預金に含まれる主な項目は,「政府当座預金(国庫金=一般会計,特別会計の
日銀に対する当座預金)」,「譲渡性預金」である. 2.その他預金には,「定期性預金」
や「信託」などが含まれる.3.短期債券は,「短期公債(短期国債のみ)」と「政府短期
保証債券」によって構成される.SNA では短期国債と長期国債とが区別されることなく,
「国債」として一括して分類されているので,本稿ではこれを 1 年以内に返済しなければ
ならない国債とそれ以外の国債とに分離している.また.政府短期保証債券とは国庫の一
時的な資金不足を補うために発行され,償還期限が一年未満の債券である.ここでは,外
国為替資金証券(=為券)が該当する(蔵券は年度を超えた借入がないためにゼロとなっ
ている.また,糧券は格付け外である). 4.未収金は,a.未収税と b.未収特定財源とによ
って構成される.未収税については,2.2 節[1](5)未収税の計上を参照.また,未収特定財
源については,2.2 節[1](4)繰越費や債務負担行為の計上を参照.
(B) 固定資産
3.投資及びその他の資産は,a.長期債券,b.長期貸出金,c.準備金,d.出資金,e.その他
の金融資産の各項目から構成されている.a.長期債券は,国債,地方債,公団公庫債(中
小企業,雇用促進,金属工業の各事業団の政府保証債券の合計),金融債(利付金融債,
割引金融債),事業債(電力債など),投資信託受益証券(株式投資信託と公社債投資信
託),株式(各特別会計が所有する JT(国債特会),NTT(国債特会),関西国際空港
株式会社(空港特会),電源開発株式会社(石油特会)の株式)からなる.b.長期貸出金
は,SNA の項目のうち政府貸出金が該当する.c.準備金は,SNA の項目のうち生命保険
が該当する.d.出資金は,SNA の項目のうち一般政府繰入金(SNA では「中央政府以外
に分類された特別会計(融資,公的保険,企業特別会計)に対する中央政府(一般会計)
104
簿価評価を考慮したバランスシートは参考として,付表 1,付表 2 に示されている.
土地は売却可能資産であるとした.そのため,評価は時価でおこなっている.本稿では,SNA
での土地資産額(時価)を計上している.
106
この金融資産・負債項目は,『国民経済計算年報』「第 2 部ストック編(年次計数)」の
うち,「Ⅲ付表・ 3.一般政府の部門別資産・負債残高表」の金融資産・負債項目を示している.
105
55
からの出資金と定義される.)と政府出資金が該当する.e.その他の金融資産は,資金運
用部預託金,損害保険,外貨準備高(金・ SDR を除く),直接投資,延払信用,借款,
対外証券投資,その他対外債権,その他によって構成される.
(C) 流動負債
1.短期債券は,「政府短期保証債券」などによって構成される.また 2.未払金は,a.繰
越費と債務負担行為額の項目と b.その他とによって構成される.a.繰越費と債務負担行為
額の項目ついては,2.2 節[1](4)繰越費や債務負担行為の計上を参照.b.その他は SNA の
項目のうち,買入債務(SNA では,「住都公団の地方政府に対する売掛金」と記される)
に該当する.
(D) 固定負債
1.長期債券は,a.長期公債,b.長期借入金,c.その他の長期債券から構成される.a.長期
公債は,長期国債および地方債(地方債,市中借入金,政府借入金の合計)からなる.b..
長期借入金は SNA の項目のうち市中借入金,政府借入金の合計(ただし地方政府を除く).
c.その他の長期債券は,公団公庫債,金融債,事業債,投資信託受益証券,外債(東京都,
神戸市,横浜市の外貨公債の合計)からなる. 2.その他金融負債は,SNA の項目のうち
「その他金融負債」(資金運用部預託金,損害保険,外貨準備高(金・ SDR を除く),
直接投資,延払信用,借款,対外証券投資,その他対外債権,その他)に該当する.
(2) 国民・行政分離配列法
流動性配列法による項目とその内容の違いを明確にする.
(A) 普通財産
普通財産には,主に流動性配列法の(A)流動資産の項目が含まれており,(1)現金・預金,
(2)その他預金,(3)短期債券,(4)未収金は(A)流動資産と同一である.(5)投資及その他の資
産は,長期債券,長期貸出金,準備金,その他の金融資産の各項目から構成されており,
流動性配列法の(B)固定資産における「投資及その他の資産」とは,出資金が除かれている
点が異なる.
(B) 行政財産
行政財産は,(1)行政財産,(2)土地資産等,(3)投資その他の資産から構成されている.
そのうち,(3)投資その他の資産には出資金が含まれ,それには SNA の項目のうち一般政
府繰入金(SNA では「中央政府以外に分類された特別会計(融資,公的保険,企業特別会
計)に対する中央政府(一般会計)からの出資金と定義される)と政府出資金が該当する.
(C) 一般債務
一般債務は,(1)短期負債(流動性配列方と併せるために,この分類は,短期負債とした
方がいいのではないでしょうか.BSの表の方も書き換えなければなりませんが.)項目
が違いますので,これでよいと思います.以下に訂正箇所がございますが,それは正しい
です.,(2)未払金,(3)公債等借入(赤字分),(4)その他の金融負債,(5)退職金債務から
56
含まれており,主に,流動性配列法の(C)流動負債の項目から構成される.流動負債との違
いは (3)公債等借入(赤字分),(4) その他の金融負債及び(5)退職金債務である.(3)公債
等借入(赤字分)は,赤字国債と地方債等借入(赤字分)とから構成されるが,それぞれ
には,特例国債残高,特例公債に性質上該当する地方債残高が含まれている.また,(4) そ
の他の金融負債,(5)退職金債務は,流動性配列法の(D)固定負債に含まれていたものであ
る.
(D) 特定債務
特定債務には(1)公債等借入(建設分)が含まれており,a.建設国債,b.地方債等借入,c.
その他の長期債務から構成される.a.建設国債は四条国債である.b.地方債債等借入は,
性質上建設分に分類された地方債,市中借入金,政府借入金の合計からなる.c.その他の
長期債務は,流動性配列法の(D)固定負債における「長期借入金」と「その他の長期債券」
の合計値である.
57
参考文献
(1) 文献一覧
Auerbach,A.J., J,Gokhale, and L,J.Kotolikoff, ” Generatioanl Accounts : A Meaningful
Alternative to Deficit Accounting.” In Bradford,D.,ed., Tax Policy and the
Economy ,vol.5.Cambridge :MIT Press,1991,55-110
IFAC:PSC(International Federation of Accountants: Public Sector Committee)(1993),
Study1∼10,Occasional Paper1
D. J. Duquette and A. M. Stowe(1992)“Enter the Era of Performance Measurement
Reporting”,Government Accounting Journal,Summer,1992,pp.20
D. Steward(1984)
“The Role of Information in Public Accountability”,A. Hopwood and
C. Tomkins(eds.)Issues in Public Sector Accounting,Philip Allan,1984,pp-13-34
Her Majesty’s Treasury,Resource Accounting and Budgeting,1998,pp.1
John. J. Glynn(1987),Public Sector Control and Accounting,Basil Blackwell,1987,
pp.16-38
Pina Vicente and Torres Lourdes(1995)“Comparative Study of the Governmental
Financial Reports in Six Countries”CIGAR,5th Conference,Paris,4-5 May,1995
R. Jones and M. Pendlebury(1984),Public Sector Accounting,Pitman Publishing
Limited,pp.5-10
The Secretaries of the Treasury,Better Accounting for the Taxpayer’s Money:Resource
Accounting and Budgeting in Government,HMSO,London,1994,pp.111
飯島健司編(1997)『図説 国有財産』財経詳報社 97/11
石井薫・茅根聡(1993)『政府会計論』新世社 93/6
石原俊彦(1998)「三重県における企業会計方式の導入-行政システムの改革と発生主義-」
『JICPA ジャーナル』No.515 JUN. 1998
大住莊四郎(1997a)『入門 SNA』日本評論社 97/12
大住莊四郎(1997b)「New Public Management の展望と課題」,『神戸大学経済学研究』,
年報 44
大住莊四郎(1999a)「ニュー・パブリック・マネジメントの理念と MbRの運用に関する比
較研究」『新潟大学経済年報』,第 23 号
大住莊四郎(1999b)「英国における Resource Accounting and Budgeting を巡る課題」,
Niigata University Working Papers,No.22
加藤秀樹(1999)「初試算:日本国のバランスシート」『文芸春秋』 99/5 p134-144
瓦田太賀四(1996)『公会計の基礎理論』,清文社
経済企画庁 国民経済計算部「第 3 回資産金融委員会検討資料(H8.10)」
58
建設省政策研究センター(1998)『社会資本と企業会計的手法に関する研究-英国・米国・ニ
ュージーランド等の事例研究を中心として-』
小林麻里(1993)「政府における責任会計システムの構築−米国連邦政府会計における財務
改革を手掛かりとして−」富士論叢 第 38 巻 第 1 ・ 2 号
社会経済生産性本部(1997)『決算統計に基づいた企業会計的分析手法研究報告書』
陳 琦(1999)「米国地方政府の財務報告モデルの再構築」『地方自治研究』第 14 巻第1
号
中村洋一 (1999)『SNA 統計入門』日本経済新聞社 99/2
八田達夫・小口登良(1995)「日本国政府の年金純債務」日本経済研究
八田達夫・小口登良(1999)『年金改革論』日本経済新聞社 99/4
PHP 総合研究所 『日本の政府部門の財務評価 −accountability の欠如が招いた政府の債
務超過の実態−』1999 年 6 月 (政府会計改革」プロジェクト)
筆谷 勇(1998)『公会計原則の解説』中央経済社
山本 清(1997)「政府部門における固定資産会計の国際的動向と展望」『会計』1997 年 11
月号
(2) 資料一覧
『国民経済計算年報』(経済企画庁編)1998 年版 CD-ROM
『道路統計年報』(建設省道路局監修)1957-1998 年版 全国道路利用者会議
『日本の社会資本』(経済企画庁総合計画局)1998 年
『行政投資』(自治大臣官房地域政策室編)財)地方財務協会
『道路行政』(建設省道路局監修)平成 9 年版
『国家公務員給与等実態調査 報告書』(人事院給与局)各年版
『地方公務員給与の実態』(地方公務員給与制度研究会編)各年版
財)地方財務協会
『公務員給与便覧』(給与関係法令研究会監修)各年版 財)大蔵財務協会
『地方財政統計年報』各年版 財)地方財務協会
『国債統計』(大蔵省理財局編)各年版
『地方債統計』(自治省財政局地方債課監修)各年版 財)地方債協会
『決算書』(大蔵省)各年版
『固定資産の価格等の概要調書(土地)』(自治省) 自治省税務局固定資産税課調
『特殊法人総覧』(総務庁行政管理局監修)平成 9-10 年版 財)行政管理研究センター
『財政金融統計月報 国有財産特集』(大蔵省)各年版
『財政金融統計月報 財政投融資特集』(大蔵省)各年版
『社会保障統計年報』各年版 総理府社会保障制度審議会事務局 編
59
Fly UP