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一太郎 10/9/8 文書

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一太郎 10/9/8 文書
第7章
ベンチャーキャピタリストのケーススタディ
125
第7章
要旨
1.第6章で、第二次仮説「投資手法の中でも育成方法を選択的に実行すれば日本でも高い
IRRは達成できる」を最終仮説「育成方法の中でも特に利害関係者との協創関係を構
築すれば日本でも高いIRRは達成できる」と修正した。これを、第7章では、具体的
なベンチャーキャピタリストのケーススタディを通して分析してみたい。ここにおける
協創とは、「協調した組織間関係に基づいて価値創造を目指す戦略構造」と定義し、協調
した組織間関係とは、「組織間の共通の目的・利益を達成するため、組織同士が相互に不
足する経営資源を補完する関係にある状況」を指している。
2.ベンチャーキャピタルが利害関係者―出資者、ベンチャー企業、市場及び顧客―
との関係性のとり方についてはケース毎にそれぞれ異なっていたものの、ベンチ
ャーキャピタリストの村口、赤浦のようにベンチャー企業と近い関係を構築する
ケースと、ベンチャーキャピタリストの山口、仮屋園、関野のように中立的関係
を構築するケースの2つに分けられた。ベンチャーキャピタルが出資者に近い位
置、ベンチャー企業に近い位置、市場及び顧客に近い位置のどこに位置取るかは
ベンチャーキャピタルの選択である。ただ、ベンチャー企業に近い位置に立った
場合にも、時価総額のつけ方など、利害関係者のコンフリクトが出る局面におい
てベンチャーキャピタルは適正な時価総額をつけ、中立的な評価になるように配
慮していた。
また、ベンチャーキャピタルの関係性は、ベンチャー企業の発展段階によって
微妙に変えるべきだと考えていることが興味深い。
①
シード段階では、ベンチャー企業(経営者)と極めて近い距離で動いて
いた。その過程を経ることによって、ベンチャーキャピタリストと、経営陣
との間の信頼性が次第に醸成されていった。
②
会社が設立されて半年ほど経過し、第三者割当増資を実行するスタート
アップ段階になると、それまでのベンチャー企業(経営者)寄りの位置づけ
から、出資者との距離を近づけることにシフトさせた。具体的には、バリュ
エーションを決定するに際して、ベンチャー企業(経営者)のニーズである
少しでも高い時価総額を取るわけでもなく、一方、出資者のニーズである少
しでも割安な時価総額を取るわけでもなく、あくまでもその時点での適正な
時価総額で双方を納得させることが重要であると考えた。
③ 増資が完了してからは、事業計画どおりの事業推進を行う段階となる。日々
の事業については、ベンチャー企業の経営者に任せているが、投資時に潜在
ユーザーとしてヒアリングに行った顧客のところに投資後も市場の動向や
ベンチャー企業のサービスの満足度などを自ら聞きに行く。またベンチャー
126
企業の投資先や関係の深い大企業の中で、ベンチャー企業の顧客になりそう
な企業にインタビューし、ベンチャー企業の紹介とともに、市場や潜在顧客
のニーズを汲み取ることに注力している。
④ その後は、ベンチャーキャピタルは出資者、ベンチャー企業、市場及び顧客
の中立的な立場を保っている。
全体戦略の構想
市場
顧客
④
③
VC
①
②
ベンチャ
ー企業
出資者
3.ケーススタディの結果、最終仮説「育成方法の中でも特に利害関係者との協創関係を
構築すれば日本でも高いIRRは達成できる」は、「育成方法の中でも出資者、ベン
チャー企業、市場及び顧客との協創関係を構築すれば日本でも高いIRRは達成
できる。」と修正でき、その戦略的行動は、①投資システム全体の戦略構想、②革
新的プラットフォームの提供、③市場および顧客に対する付加価値創造支援活動、
④出資者およびベンチャー企業に対するイノベーション支援活動、⑤組織間学習
による知識創造の活性化の 5 つであると確認された。
全体戦略の構想
革新的
プラットフォーム
市場
顧客
フィードバック
付加価値創造支援
VC
組織間学習
出資者
イノベーション
支援
イノベーション
支援
127
ベンチャ
ー企業
第7章
ベンチャーキャピタリストのケーススタディ
・・・・・・ 130
第1節
最終仮説の立案
第2節
ケーススタディの概要
第3節
ベンチャー企業と近い関係を構築するケース(1)・・・・・・・・ 137
第1項
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 130
沿革と事業内容
(1)沿革
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
135
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 138
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 138
(2)事業内容
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 139
第2項
経営陣
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 146
第3項
ベンチャーキャピタリスト
第4項
投資に至る経緯
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 148
第5項
支援時の問題点
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 149
第6項
関係性について
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 150
第4節
第1項
村口和孝の経歴
・・・・・・・・・・・ 147
ベンチャー企業と近い関係を構築するケース(2)・・・・・・・・・ 154
沿革と事業内容
(1)沿革
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 155
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 155
(2)事業内容
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 156
第2項
経営陣
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第3項
ベンチャーキャピタリスト
第4項
投資するに至った経緯
第5項
投資後の経営支援
第6項
関係性について
第5節
第1項
赤浦徹の経歴
(1)沿革
・・・・・・・・・・・・ 159
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
159
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
161
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
162
3者の中立的関係のケース(1)
沿革と事業内容
158
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
165
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
166
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
166
(2)事業内容
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 167
第2項
経営陣
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 173
第3項
ベンチャーキャピタリスト
第4項
投資するに至った経緯
第5項
山口の投資の考え方
第6項
投資後の関与
山口哲史の経歴
・・・・・・・・・・ 173
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 174
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 176
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 177
128
第7項
第6節
関係性について
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 177
3者の中立的関係のケース(2)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 182
第1項
沿革と事業内容
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 183
(1)
沿革
(2)
事業内容
第2項
経営陣
第3項
ベンチャーキャピタリスト
第4項
投資に至る経緯
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 192
第5項
投資後の問題点
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第6項
その解決策
第7項
仮屋園のハンズオン手法
第8項
関係性について
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・183
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 185
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 190
仮屋園聡一の経歴
沿革と事業内容
(1)沿革
192
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 193
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 194
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 195
第7節;3者の中立的関係のケース(3)
第1項
・・・・・・・・ 191
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 198
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 199
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 199
(2)事業内容
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 200
(3) 海外展開
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・202
第2項
経営陣
第3項
ベンチャーキャピタリスト
関野正明の経歴
第4項
経営アドバイスに至る経緯
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 206
第5項
増資後の問題点
第6項
関係性
第8節
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 205
・・・・・・・・・・ 206
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 208
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 210
ケーススタディを基にした考察
第1項 2 つの関係性の作り方
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 213
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 213
(1)ベンチャー企業と近い関係を構築するケース
(2)中立的関係を構築するケース
(3)当初の想定の確認
(4)最終仮説の修正
・・・・・・・・・・・・ 213
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 214
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 216
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 220
129
第7章
第1節
ベンチャーキャピタリストのケーススタディ
最終仮説の立案
第6章で、第二次仮説「投資手法の中でも育成方法を選択的に実行すれば日本でも高いI
RRは達成できる」を最終仮説「育成方法の中でも特に利害関係者との協創関係を構築すれ
ば日本でも高いIRRは達成できる」と修正した。これを、第7章では、具体的なベンチャ
ーキャピタリストのケーススタディを通して分析してみたい。そのケーススタディを通し
て、その行動特性を洗い出し、出資者及びベンチャー企業とベンチャーキャピタルとの「協
創関係の構築仮説」を構築していきたい。
図表7-1は、第 4 章の先行研究において検討した流通業における生産者、中間流通と
しての卸売り企業、小売企業の関係における「協創関係」に関する先行研究(図表7-2)
を応用して作成した、出資者及びベンチャー企業とベンチャーキャピタルとの「協創関係の
構築仮説」である。
ここにおける協創とは、「協調した組織間関係に基づいて価値創造を目指す戦略構造」と
定義し、協調した組織間関係とは、「組織間の共通の目的・利益を達成するため、組織同士が
相互に不足する経営資源を補完する関係にある状況」を指している。
卸売企業の協創関係を出資者及びベンチャー企業とベンチャーキャピタルとの協創関係に
当てはめる場合に、以下のように修正する。
まず、ベンチャーキャピタルを取り巻く利害関係者として、出資者、ベンチャー企業、市
場及び顧客の3つとした。図表7-2の卸売企業の場合には、仕入先及び生産ネットワーク、
販売先及び販売ネットワーク、消費者または最終ユーザーの3つである。ベンチャーキャピ
タルの関係の対象は、ベンチャー企業のつくる付加価値の対象相手であり、必ずしも最終ユ
ーザーではない、という意味と、既存市場ではなく新規市場を創造する場合が多いというこ
とを強調するために、卸売業の場合の「消費者または最終ユーザー」を「市場及び顧客」と
した。
更に、先行研究である卸売業における「協創関係」では、①流通システム全体の戦略構想、
②革新的プラットフォームの提供、③最終顧客に対する需要創造活動、④取引先など関係す
る組織のイノベーション支援、⑤組織間学習による知識創造の活性化、が戦略的行動が重要
であるとしている(図表7-2)。
これに対して、ベンチャーキャピタルにおいては、①ベンチャーキャピタル投資システム
全体の戦略構想、②革新的プラットフォームの提供、③市場および顧客に対する付加価値創
造支援活動、④出資者およびベンチャー企業に対するイノベーション支援活動、⑤組織間学
習による知識創造の活性化、の5つであると修正した。特に、卸売業における「最終顧客に
対する需要創造活動」については、ベンチャーキャピタルの場合には、最終顧客に対してベ
130
ンチャーキャピタルが直接活動を行うことはなく、ベンチャー企業が顧客に対して付加価値
を創造する活動を支援するという意味で「市場および顧客に対する付加価値創造支援活動」
とした。これによって、ベンチャーキャピタルが利害関係者である出資者、ベンチャー企業、
市場及び顧客のすべてに対して「支援活動」を行うべきであることを示していることになる。
また、出資者、ベンチャー企業、市場及び顧客の3つの利害関係者を結ぶ三角形のうち、
出資者と市場及び顧客との間を結ぶ線を点線としている。これは出資者がベンチャー企業の
ために顧客開拓支援や提携支援など数々の協力をすることによって市場及び顧客の付加価値
向上に努めることは想定されるが、関係性は弱いものと考えられる理由からである。
図表7-1
ベンチャーキャピタルの協創仮説
全体戦略の構想
革新的
プラットフォーム
市場
顧客
フィードバック
付加価値創造支援
VC
組織間学習
出資者
イノベーション
支援
イノベーション
支援
(出典)筆者作成
131
ベンチャ
ー企業
図表7-2
協創モデル~卸売企業の戦略行動分析のフレームワーク~
全体戦略の構想
革新的
プラットフォーム
消費者または
最終ユーザー
フィードバック
需要創造活動
卸売企業
組織間学習
仕入先
及び生産ネッ
トワーク
イノベーション
支援
イノベーション
支援
販売先
及び販売ネッ
トワーク
(出典)下村 37 、2004
「ベンチャーキャピタルの協創仮説」における 5 つの戦略的行動は具体的には以下のように
想定される。
① ベンチャーキャピタル投資システム全体の戦略構想について、具体的にはⅰ)ベンチ
ャーキャピタル投資なのか、バイアウト投資なのかといった投資戦略、ⅱ)出資先、ベンチ
ャー企業、市場及び顧客の 3 つの利害関係者の中で、どのような位置づけにベンチャーキャ
ピタルが身を置くのか、などが想定される。ベンチャーキャピタルが出資者に近い位置に立
つこともあろうし、ベンチャー企業に近い位置に立つことも、市場及び顧客に近い位置に立
つことも選択できる。どのような関係を保つのか、というのも投資システム全体構想である。
② 革新的プラットフォームの提供、
ベンチャーキャピタル業界での革新的プラットフォームとしては、民法上の任意組合から
有限責任投資組合や有限責任事業組合(LLP)、海外のLP法に基づくファンド形式を活用
することによって、出資先、ベンチャー企業、市場及び顧客の 3 つの利害関係者とベンチャ
ーキャピタルとの関係を形づくることが想定される。また、優先株の活用や、投資時に結ぶ
37
下村博史「協創的企業間関係を基軸とする流通の形成に関する研究」早稲田大学大学院学位論文、2004
年、180 頁
132
株主間契約の規定において革新的な条項を入れ込むことによってベンチャーキャピタルの取
るべきリスクの度合い、出資先、ベンチャー企業、市場及び顧客の 3 つの利害関係者のリス
クの負担の仕方を革新的に変えることなども想定できる。
③ 市場および顧客に対する付加価値創造支援活動、
出資者がベンチャー企業の顧客になったり、あるいはベンチャー企業が顧客に付加価値を
つける活動をすることの協力(例えば顧客開拓など)を実施することなども想定される。ベ
ンチャーキャピタルは、ベンチャー企業の活動を出資者に詳しく説明したり引き合わせたり
するが、これも有効な付加価値創造支援活動であると考える。
また、市場及び顧客に対する付加価値創造活動は、本来、ベンチャー企業自身が行うもの
であるが、ベンチャー企業は自分で設定した開発目標やマーケティング戦略を実行するのに
必死になるあまり、市場や顧客のニーズが変化していることに気づくのが遅くなりがちであ
り、ベンチャーキャピタルがその修正の支援をすることが大きな役割である。その場合、ベ
ンチャーキャピタルがベンチャー企業に市場及び顧客のニーズを適切につかみ、動的に対応
することが重要であることを強調しながらベンチャー企業の付加価値活動を支援することが
想定される。
④ 出資者およびベンチャー企業に対するイノベーション支援活動
出資者に対するベンチャーキャピタルのイノベーション支援活動とは、出資者の資産運用
において従来とはことなるリスク、リターンの金融商品としてのベンチャーキャピタル投資
の機会を提供することである。さらには、ベンチャー企業への何らかの支援をしたいという
個人の社会貢献活動において、その具体的な手法を提供することも想定される。更にはコー
ポレートベンチャーキャピタルとして活動することで、出資者としての企業の新規事業の開
発においてベンチャーキャピタルを活用して新規技術や新市場へのアクセスプロセスを確保
するということも出資者のイノベーションとなることも想定される。
ベンチャー企業に対するベンチャーキャピタルのイノベーション支援活動としては、ベン
チャー企業が技術またはビジネスモデルにおいて、何らかのイノベーションを起すことを支
援することである。具体的には、経営幹部候補者の採用、事業計画のまとめにおいてアドバ
イス、製品やサービスの開発完成度を高める、マーケティングプランをまとめる、生産状態
などをモニタリングする、経営者の動機付けをするなどが想定される。
⑤
組織間学習による知識創造の活性化における「組織間学習」とは、ⅰ)ある組織体が
持つ情報及び知識を用いて独自に知識形成を行う組織学習、ⅱ)各組織体が持つ情報や知識
の組織間に亘る双方向な移転、ⅲ)それらを受け入れた組織体が独自に組織学習をして新し
133
い知識を形成する、という一連のプロセスと定義する 38 。組織間学習は組織間に相互作用
を生じさせる。組織と組織との間で知識が連鎖して、相互の組織に知識が浸透するこ
とを意味している。
具体的には、出資者とベンチャーキャピタルとの間の組織間学習としては、継続的
にベンチャーキャピタルに出資することが如何に出資者の投資パフォーマンスを向上
させ、それが上場株投資よりも有利な点が多いことや、投資して数年は「J カーブ効果」
で投資評価減が発生すること、ベンチャーキャピタルのなかでもパフォーマンスに格
差があり、そのなかでも上位ベンチャーキャピタルに投資をしないとパフォーマンス
はよくないこと、出資者の中でも個人、事業会社、金融機関、年金資金・財団ごとに
期待リターンに対する思いが具体的に違うこと、などが想定できる。
また、ベンチャーキャピタルとベンチャー企業との間の組織間学習としては、ベンチャー
キャピタリストから経営者および経営幹部に対する各種の知識の提供、知識の流通、知識の
解釈、知識の記憶というプロセスを経てベンチャー企業の組織に根付いてゆく。個人学習で
得られた知識は、組織構成員によって広く共有・評価・統合されるととなり、個人の知識が
組織の知識となっていく。これはベンチャー企業の企業理念や価値観、戦略の立て方や取締
役会や経営会議の議論の進め方、PDCA方式の徹底や顧客志向経営の意味など、経営陣や
構成員が変更になっても組織内部に蓄積された学習成果を継承してベンチャー企業の付加価
値活動の根幹に根付いてゆくことになる。一方、ベンチャーキャピタルもベンチャー企業の
業種、成長ステージ、経営者及び経営チームの性格、能力、技術優位性のレベル、マーケッ
トへの切り込み方、企業理念、企業カルチャーの状況によって、その後の成長スピードがど
のように違うかという経験を得、また、どのようなタイミングでどのようなアドバイスをす
ればどのような結果がでてくるか、という得難い学習をすることができる。企業は人間の集
まりで出来上がっており、また仕入先や顧客などの反応もあるため、ベンチャーキャピタル
は非常に動態的な育成をする必要がある。ベンチャーキャピタルはベンチャー企業と係わる
ことで学習し、その結果をベンチャーキャピタル内部で共有し、フィードバックして次回の
投資時の全体戦略の構想を構築するときに生かすものとなる。
ベンチャーキャピタルと市場及び顧客との間の組織間学習としては、ベンチャー企業が如
何に市場及び顧客のニーズに従った活動をすることが会社の成長および成功にとって重要で
あること、特にベンチャー企業は自分で設定した開発目標やマーケティング戦略を実行する
のに必死になるあまり、市場や顧客のニーズが変化していることに気づくのが遅くなるとい
う経験値が重要である。ベンチャー企業が行う市場及び顧客に対する付加価値活動を支援す
るためにどのようにベンチャーキャピタルが市場及び顧客のニーズを直接的につかみ取り、
それをベンチャー企業に伝えてゆくかという学習をすることが想定される。
38 松行彬子「戦略的提携における組織間学習と企業変革」
『経営情報学会誌』第
経営情報学会、1999 年
134
8 巻第 2 号、pp61-77、
また、この章では、ベンチャーキャピタリストをベンチャーキャピタルの具体的な活動
主体として位置づけ、出資者、ベンチャー企業、市場及び顧客との関係性の検証においては
同類として扱っている。もちろん、ベンチャーキャピタルとベンチャーキャピタルとの関係
も必ずしも同一でなく、むしろ日本のベンチャーキャピタルにおいては、その方向性がずれ
ていることが多いことも十分、認識している。しかし、この章では、
「育成方法の中でも特に
利害関係者との協創関係を構築すれば日本でも高いIRRは構築できる」という最終仮説を
確認することを目的にしており、ベンチャーキャピタルとベンチャーキャピタリストの方向
性がずれていないと考えられるケースを取り上げることで、ベンチャーキャピタルを取り巻
く利害関係者との関係性に焦点を当てた議論をしてゆくこととする。
第2節
ケーススタディの概要
第7章では、この様に導出した最終仮設及び5つの戦略行動の想定を具体的なケーススタ
ディを用いて確認する。ベンチャー企業に対してベンチャーキャピタリストがどのような局
面でどのように利害関係者との協創関係を構築していったか、最終仮説および5つの戦略的
行動の想定がどのようになされているかを確認したい。それにはベンチャーキャピタリスト
の具体的な行動を捉える必要があるが、今回はそのうちで日本を代表するベンチャーキ
ャピタリストに複数回・長時間にわたるインタビューを行うことでその仮説を確認す
ることにした。従って、ケーススタディの対象としたベンチャーキャピタリストとし
ては、①ベンチャーキャピタリストとして行動し、その内容をディスクローズするこ
とが出来る人、つまり会社の方針に従っているだけでなく、独自の投資理念及び投資
戦略を持っている人、②単に資金提供だけでなく、育成など投資先のベンチャー企業
に積極的に係わっている人、③投資企業のうち、株式公開など成果の出た企業と失敗
した企業の両方の投資経験を持ち、その比較が出来る人、④ベンチャー企業の経営者
からのコメントが聞くことが出来、しかもそのベンチャーキャピタリストの貢献が大
きいものと予め推定できる人、などの条件を設定して選抜した。ベンチャーキャピタ
リストの年齢や投資業種、所属するベンチャーキャピタルの属性については制限を設
けなかった。
その結果、日本にはベンチャーキャピタル会社は約200社程度、ベンチャーキャ
ピタリストは1000名程度~2000名いると推定されるが、上記4条件から以下
の5名の代表的ベンチャーキャピタリストを選抜した。そしてインタビューからそれ
ぞれのベンチャーキャピタリストが利害関係者との関係をどのように構築していった
のかを分析した。その結果、ベンチャー企業と近い関係を構築するケースと、中立的
関係を構築するケースの2つに分けられた。以下、それぞれのケースについて詳説す
135
る。
136
第3節
ベンチャー企業と近い関係を構築するケース(1)
氏名・所属
村口和考
日本テクノロジーベンチャーパートナーズ
パート
ナー
生年
1958 年 11 月(47 歳)
主な担当ベンチャー企
ディー・エヌ・エー、ノース、インフォテリア
業
主な経歴
1984 年㈱ジャフコ
入社
1998 年㈱日本テクノロジーベンチャーパートナーズを設立し、
同社代表取締役に就任
ベンチャーキャピタル
役員
での役員の有無
投資決定委員会の参加
参加
ファンドへの個人出資
出資あり
成功報酬の分配
分配あり
会社名
株式会社ディー・ エヌ・エー
所在地
東京都渋谷区笹塚 2-1-6 笹塚センタービル
設立
1999 年 3 月 4 日
役員
代表取締役社長
南場智子
取締役
川田尚吾 春田真 小川善美 近藤幸直
監査役
伊藤昭三 村口和孝 渡辺武経
従業員
152 名
事業内容
ネットオークション『ビッダーズ』を中核に電子商取引事業を展開。オー
クション、ショッピングが拡大。分社した携帯オークションが大きく伸び
る
沿革
1999 年 3 月
有限会社ディー・エヌ・エイ設立
1999 年 8 月
株式会社ディー・エヌ・エイ設立
1999 年 11 月 オークションサイト「ビッダーズ」のサービスを開始
2005 年2月
時価総額
東京証券取引所マザーズ上場
1,427億円(2005 年 12 月 26 日)
137
(単独)
(百万円、円)
2003/3
売上高
2004/3
2005/3
2006/3(予)
965
1,563
2,870
4,900
経常利益
-213
227
443
1,120
当期利益
-277
203
439
1,120
-2,100
1,535
3,249
2,471
1 株あたり純資産
5,267
6,812
30,931
株主資本比率
75.6%
65.8%
84.3%
ROA
-27.33%
17.71%
12.74%
ROE
-33.23%
25.39%
15.86%
1株あたり利益
(業績予想は会社四季報による)
図表7-3
1999/3/4
1999/11/
2000/3/23
2000/8/27
2000/9/14
2001/3/30
2001/11/30
2005/2/17
2005/8/1
ディー・エヌ・エーの資本政策
単位;円、千円、倍
増資単価 時価総額
売上高
当期利益
純資産 PSR(倍)PBR(倍) VCラウンド
会社設立
50,000
第三者割当増資 1,500,000
5,220,000
0
0
N.A
第1回NTVP
第三者割当増資 4,000,000 15,220,000
568 △ 170,094
699,905 26,796
21.7 第2回NTVP
分割(1:8)
500,000 15,220,000
613
△ 59,656 1,940,248
有償株主割当
100
第三者割当増資 100,000 12,743,600
175,584 △ 1,010,267 1,509,110
73
8.4 第3回NTVP
第三者割当増資 100,000 13,081,600
175,584 △ 1,010,267 1,509,110
75
8.7
682,000 90,024,000 2,870,000
439,000
904,000
31.4
99.6
IPO
840,000 126,000,000 2,870,000
439,000 4,649,000
43.9
27.1
(注)ワラント、ストックオプションの発行、増加がこの他にある
(出典)筆者作成
第1項
沿革と事業内容
(1)沿革
当社は創業者である南部智子がECビジネスの将来性に注目し、インターネット上
のオークションサイトの企画・運営を行うことを目的として、1999 年3月に東京都世
田谷区下馬四丁目 20 番6号に有限会社ディー・エヌ・エーを設立した。1999 年8月に
は株式会社に組織変更し、株式会社ディー・エヌ・エーとなっている。南部がマッキ
ンゼー・アンド・カンパニー・インク ジャパンにいた頃から人脈があったことから、
会社設立時からソニーとリクルートが出資し、提携戦略を進めることで事業推進を図
っていることが特徴である。
1999 年 11 月にはオークションサイト「ビッダーズ」のサービスを開始した。
2000 年7月には提携サイトに対し電子商取引(以下「EC」)のプラットフォームを
138
提供する「ビッダーズECプラットフォーム」のサービスを開始、2004 年3月には株
式会社インデックスと提携し、携帯電話専用オークションサイト「モバオク」のサー
ビスを開始するなど、順調に会員数、取扱高を伸ばしている。
2005 年 2 月 17 日に東京証券取引所マザーズに株式公開した。
(2)事業内容
当社は、インターネットを活用した消費者向け電子商取引(以下「EC」)の分野を
中心に事業を展開している。当社の事業は、①パソコンでアクセスするオークション
及びショッピングサイト「ビッダーズ」の運営を中心とした「Webコマース事業」
並びに②携帯電話専用オークションサイト「モバオク」等、携帯電話でアクセスする
「モバイル事業」③EC関連のソリューションサービスの提供を行う「その他の事業」
から構成されている。そのうち「Webコマース事業」はの当社設立以来の事業であ
り、それ以外の「その他の事業」は第6期から開始した新規事業である。
(図表7-4)
139
図表7-4
ディー・エヌ・エーの事業内容
事業区分
Webコマース事業
主要サイト
・オークション&ショッピングサイト
・ 携 帯電 話 向 け 総合ショッピングサイ
ト
・旅行予約総合サイト
・リサイクル総合情報サイト
「おいくら」
の
法人(注2)に対する月会費制の
EC支援サービスの提供
「ビッダーズトラベル」
(広告サービス)
広告掲載及びメール広告配信サ
ービスの提供
・携帯電話専用オークションサイト
トの運営
ービスの提供
(会員制EC支援サービス)
「ポケットビッダーズ」(注1)
そ
(マッチングサービス)
売り手と買い手のマッチングサ
「ビッダーズ」
モバイルサイ
事業内容
モバイルサイトの運営及び広告サー
ビスの提供
「モバオク」
・ 携 帯電 話 専 用 アフィリエイトネット
他
ワーク(注3)
の
「ポケットアフィリエイト」
事
ソリューショ
業
ン
EC関連のソリューションサービス
―
の提供
サービス
(注)1.「ポケットビッダーズ」は携帯電話向けのサイトだが、商品データベースを「ビッダーズ」と
共有し、 同一 のユーザ ID で利用で きる など、パ ソコ ンからア クセ スする「 ビッ ダーズ」 と連 動したサ
ービスであるため、「Webコマース事業」に分類している。
2.個人事業主を含んでいる。
3.アフィリエイトとは、Webサイトやメールマガジンの管理者が広告主のサイトへのリンクを貼り、
そのWe bサ イト等を 訪れ た人がリ ンク を経由し て広 告主のサ イト で商品の 購入 等を行っ た場 合に、W
ebサイト等の管理者に報酬が支払われる仕組みのサービスである。
(出典)有価証券届出書
① Webコマース事業
ⅰ)マッチングサービス
当社は、インターネット上でオークション及びショッピングサイト「ビッダーズ」
を運営している。「ビッダーズ」は、個人間または法人と個人の間で売買が行われるW
eb上のマーケットである。当社は売買取引の当事者とはならず、マーケットの運営
者として売買の場を提供し、売買が成立した場合に利用料を徴収している。売買の方
法としては、①入札により価格を競り上げていく競売方式、②通常の固定価格による
販売方式、③購入希望者数が多いほど価格が下がる共同購入方式の3種類がある。サ
イトの運営に当たっては、安全性の確保に重点を置き、偽ブランド品等の違法な商品
の出品及び詐欺行為等の違法行為が行われないように、出品物の審査や取引の監視を
140
行うとともに、メールによるカスタマーサポートを行っている。また、盗難品の売買
防止措置等に関し、東京都公安委員会の審査を受け、古物営業法に基づく認定を平成
15 年 10 月に受けている。
当社の属するオークションサイト市場の競合会社には、Yahoo オークション、楽天フ
リマ・楽天スーパーオークション、WANTED、ぐるぐるオークション、Give
You、アイ
オークションネット、ジャスニコなどがある。世界 No1 オークションサイトとして有
名な米国の eBay は、一時期、日本へも進出し、サービスを行なったが、今では既に撤
退し日本での活動は現在行っていない。
図表7-5は、2006 年 1 月 26 日から 2 月 4 日までの10日間の出品数比較をしたも
のである。
楽天フリマ・楽天スーパーオークションの数字が不明であるが、ほぼビッターズと
同数であると推定される。従ってオークションサイト市場は Yahoo オークションが約
シェア 70%、楽天フリマ・楽天スーパーオークションが 14%、当社が 14%という 3 社
の寡占状態になってきたものと推察される。
図表7-5
オークションサイト比較
(2006/1/26 から 2/4 まで
の10日間)
出品数
推定シェア
Yahoo オークション
9,044,901
69%
ビッターズ
1,882,274
14%
楽天フリマ
WANTED
ぐるぐるオークショ
ン
Give You
アイオークションネ
ット
ジャスニコ
合計
不明
14%
124,683
1%
98,316
1%
1,899
0%
1,899
0%
589
0%
11,154,561
100%
(出典)オークション統計ページ http://www.aucfan.com/
また、当社は「ビッダーズ」の運営に加えて、
「ビッダーズ」で構築したオークショ
ンシステムのプラットフォームを、マイクロソフト株式会社が運営する「MSN」やソニ
141
ーコミュニケーションネットワーク株式会社が運営する「So-net」等、日本国内の主
要なポータル(玄関)サイト及びインターネットサービスプロバイダーが運営するサ
イトに対し提供している。2004 年 12 月末現在、当社はこの「ビッダーズECプラット
フォーム」のサービスを 33 サイトに対して提供し、運営している。商品データベース
の共有により、どのサイトから出品された商品でも、すべてのサイトから入札できる
仕組みになっているため、「ビッダーズ」へのアクセス数が当社単独の場合に比べて増
加している。
更に 2004 年6月からは、携帯電話向け総合ショッピングサイト「ポケットビッダー
ズ」のサービスを開始し、携帯電話からも「ビッダーズ」の商品を購入できるように
なった。ユーザIDや商品データベースを「ビッダーズ」と共有するなど、パソコン
でアクセスする「ビッダーズ」と連動したサービスになっているが、携帯電話のみで
会員登録及び商品購入を完結することも可能である。
また、当社はリサイクル総合情報サイト「おいくら」の企画・運営を行っている。
2004 年 12 月末現在、「おいくら」には 2,672 店のリサイクルショップや質屋が加盟し
ており、ユーザは自宅近隣の加盟店を検索したり、同時に複数の加盟店に対し不用品
買い取りの見積依頼を出すことができる。「おいくら」は「ビッダーズ」にもコンテン
ツの一つとして組み込まれており、不用品を処分したいユーザは、ニーズによって「ビ
ッダーズ」のオークションサービスと「おいくら」の不用品買取サービスを使い分け
ることが可能となっている。
図表7-6
ディー・エヌ・エー主要指標
総会員数 万人
2003.3
163
2004.3
233
2005.3
309
総取扱高 億円
112
146
398
2006.1
393
(出典)筆者作成
2006 年 1 月末現在、以上のサービスを含む「ビッダーズ」の会員数は393万人、
月末出品数は189万品となっており、順調に伸びている(図表7-6)。会員数は3
年前の 2003 年 3 月末の約 2、?倍に増えている。
ⅱ)会員制EC支援サービス
当社は、「ビッダーズ」で商品を販売している法人(個人事業主を含む)のうち、月
会費制の会員組織「クラブビッダーズ」に参加している会員に対し、EC支援サービ
スを提供している。「クラブビッダーズ」の会員は、「ビッダーズ」が提供するシステ
ムにより、販売機能、受注・顧客管理機能、広告出稿機能、ダイレクトメール配信機
142
能等を利用することができるほか、当社の専任担当者により販売方法等に関するアド
バイザリーサービスを受けることができる。2004 年 12 月末現在、クラブビッダーズ会
員数は 1,889 社となっている。
また、2004 年5月からは、モール連動型インターネットショップ構築サービス「ビ
ッダーズコマースエンジン」のサービスも導入した。当サービスを利用してインター
ネットショップを開設すると、自社サイトを構築すると同時に「ビッダーズ」及び「ビ
ッダーズECプラットフォーム」の提携サイト並びに「ポケットビッダーズ」にも自
動的に出店できる仕組みになっている。これにより、インターネットショップは集客
力の向上が期待できるとともに、「クラブビッダーズ」の各機能を自社サイトでも利用
することが可能である。商品データベースの共有により複数のインターネットショッ
プを一元的に管理し、容易に運営できるようになっている。
ⅲ)広告サービス
当社が運営する「ビッダーズ」等のサイト上へのバナー広告及びテキスト広告の掲
載並びにユーザ宛のメール広告配信サービスを行っている。当サービスでは「クラブ
ビッダーズ」や「ビッダーズコマースエンジン」の会員のほか、外部の一般企業から
も広告の出稿を受けている。
また、単なる広告枠の販売にとどまらず、より付加価値の高いサービスとして、ユ
ーザに対するアンケート調査や広告主の運営するサービスへの顧客誘導を組み合わせ
た複合サービスの提供も行っている。
②モバイル事業
当社は、2004 年3月より株式会社インデックスとの共同事業として携帯電話専用オ
ークションサイト「モバオク」を運営している。当サイトは、個人間で競売を行う場
を提供しており、利用料等と広告収入により運営している。「モバオク」はECサイト
の運営ノウハウを「ビッダーズ」と共有する一方、パソコンでサービスを提供する「ビ
ッダーズ」とはシステムを完全に分離することにより携帯電話向けに特化したサービ
スを提供している。会員登録や入札等、オークションに参加するためのすべての手続
きを携帯電話で完結できることが特徴で、出品もカメラ付携帯電話で行うことが可能
である。携帯電話で操作しやすいように複雑な機能は省略し、使いやすさを重視した
サイト構築が他のオークションとの差別化である。主なサービス利用者は、10 代後半
から 20 代前半の若い女性が中心となっている。。2005 年1月からは、KDDI株式会
社の携帯電話によるインターネット接続サービス「EZWeb」上のモバイルオーク
ションサイト「auオークション」に対し、「モバオク」で構築したオークションシス
テム のプ ラ ット フォ ー ムを 提供 し てい る。 プ ラッ トフ ォ ーム の共 有 によ り、「 モバオ
143
ク」会員と「auオークション」会員は相互に取引することが可能となっていること
も他のオークションとの差別化となっている。
この様は活動の結果 2006 年 1 月末現在、会員数は 54万人、商品の月末出品数は 194
万品となっている。
また、2004 年7月からは、携帯電話専用アフィリエイトネットワーク「ポケットア
フィリエイト」のサービスを開始している。携帯電話のホームページやメールマガジ
ン運営者が、当サービスで紹介している広告を掲載し、これを経由して会員登録や商
品購入等、あらかじめ定めた行為が行われた場合、成功報酬が支払われる仕組みとな
っている。
③その他事業(ソリューションサービス)
当社は、大企業及び中堅企業を対象に、EC関連のソリューションサービスを提供
している。当社は、競合他社との競争の中で「ビッダーズ」「モバオク」等、パソコン
及び携帯電話を利用したECサイトを立ち上げ、育成、強化し、それらのサービスを
支えるシステムもすべて自社で内製してきた。ソリューションサービスは、そのよう
な経験を通じて蓄積してきたサイト構築、集客、広告、競合対策等のノウハウを活用
することによって、他社のEC事業を支援するサービスである。
このうち「eコマース支援サービス」としては、EC戦略の立案支援から、集客力
や購入率の向上、ランニングコストの低減等の個別サイトの問題解決まで、クライア
ント企業のニーズに応じたサービスの提供を行っている。Webコマース事業でサー
ビスを提供している「ビッダーズECプラットフォーム」や「ビッダーズコマースエ
ンジン」を利用したECサイトの構築支援も行っている。
以下の関係を示すと図表7-7
のようになる。
144
図表7-7
ディー・エヌ・エーの業務フロー
(※1) 非連結子会社である株式会社ディー・スタイルを含んでいる。
(※2) 個人事業主を含んでいる。
(※3) 「ビッダーズECプラットフォーム」の提携サイトに、その他の関係会社であるソニーコミュニ
ケーションネットワーク株式会社が運営する「So-net(ソネット)」が含まれている。
(※4) モバイルサイトのうち携帯電話専用オークションサイト「モバオク」は、その他の関係会社であ
る株式会社インデックスとの共同事業である。
(出典)有価証券届出書
145
図表7-8
には、2005 年第三四半期の売上高内訳を示している。①のWEBコマ
ース事業が 724 百万円と全体の 41.3%を占めているが、②モバイル事業が 816 百万円と
全体の 46.6%を占めるまでに急成長している。2005 年第三四半期では前年同期比 686%
と高い成長率を示している。規模の利益を享受し、経常利益も 2004 年3月期から黒字
化して、2006 年 3 月期の経常利益は 1120 百万円が予想される。ROE(2005 年 3 月期)
も 15.8%と高水準である。
図表7-8
2005 年度第三四半期(2005 年9月から 12 月期)
売上高(百万円)
構成比(%)
前年同期比(%)
①WEBコマース
724
41.3%
147%
②モバイル
816
46.6%
686%
③ソリューション
210
12.0%
116%
1751
100.0%
221%
合計
(出典)筆者作成
第2項
経営陣
2005 年 2 月の株式公開時の取締役は以下の通りである。
①南
場
智
子;代表取締役社長(1962 年 4 月生)
1986 年 4 月マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク ジャパン入社、1990 年 6
月ハーバード大学経営大学院修士号取得、1996 年 12 月マッキンゼー・アンド・カンパ
ニー・インク ジャパン パートナーに就任、1999 年 3 月 有限会社ディー・エヌ・エー
設立、取締役就任、1999 年 8 月 株式会社ディー・エヌ・エーに組織変更、代表取締役
就任。
②川
田
尚
吾;取締役サービス開発部長(1968 年 9 月生)
1996 年 4 月 マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク ジャパン入社、1999 年 3
月に有限会社ディー・エヌ・エー入社、平成 11 年8月取締役就任。
③春
田
真;取締役総合企画部長(1969 年1月 5 日生)
1992 年 4 月株式会社住友銀行(現 株式会社三井住友銀行)入行、2000 年 2 月
当社入社、2000 年 9 月、当社取締役総合企画部長(現任)。
146
このほか、株主代表として以下の 2 名が非常勤取締役に就任している。
④吉田
憲一郎;取締役、ソニーコミュニケーションネットワーク株式会社執行役員
(1959 年 10 月生)
⑤小
川
善
第3項
美;取締役、株式会社インデックス社長(1965 年 11 月生)
ベンチャーキャピタリスト
村口和孝の経歴
村口は 1984 年慶応大学経済学部を卒業後、在学中よりベンチャーキャピタリスト
を志しジャフコに入社した。1987 年に子会社であった北海道ジャフコに出向した。当
時の北海道ジャフコは、ジャフコと北海道銀行の合弁会社であり、また本社とは距離
が離れていたため、比較的自由に投資活動ができたことと、2~3年での転勤が多か
ったジャフコの中では7年という長期間にわたり投資活動ができる環境であった。第
一臨床検査センター(94 年 3 月店頭公開)、松本建工(95 年 12 月店頭公開)、ジャパン
ケアサービス(97 年 10 月店頭公開)等を担当した。1994 年には東京投資本部に転勤、
パルテック(98 年 7 月店頭公開)等を担当した。
1992 年には当時、実質売上が15百万円、実質35百万円赤字の介護サービスのベ
ンチャーであった「ジャパンケアサービス」に投資した。ジャフコ社内での投資に対
する批判の中、当時はきわめて珍しかった額面の4倍の価格で総額1億円という投資
を強行した。
入社してから 14 年後にイスラエルを訪問し「ベンチャーキャピタルは組織ではない」
と強く思い、1998 年ジャフコを退社し。1998 年 11 月、日本初の投資事業有限責任組
合(NTVPi-1 号)を設立した。同時に株式会社日本テクノロジーベンチャーパートナ
ーズ(NTVP)を設立し、同社代表取締役に就任している。
NTVPの 4 文字は 4 つのコンセプトが掛け合わせたものである。
1)日本からベンチャーを生み出す。
2)テクノロジー型ベンチャーで世界に出る。
3)スタートアップ段階から投資する。
4)会社ではなくパートナーシップでやる。
村口は数字よりも数字に表われないもの、特に「メンタリティ」を極めて重視する
投資手法をとる。
ベンチャービジネスに投資する際の基準で一番大事なのは、経営者をよく観察する
事であると考えている。
147
例えば「良い経営者としての指標には、根性・未来に対する真面目さ・金銭感覚、
この 3 つがある。根性は、人をまとめてあるプロジェクトを導いていけるような、仕
事をやっていくための力である。シリコンバレーではアントレプレナーシップとか言
われているが、日本語に当てはめて一番近いと思われるのは根性である。2 つ目の未来
に対する真面目さとは、胸に手を当てて、来るべき将来に対して真面目に取り組んで
いると言えるかという事である。ベンチャービジネスの経営者に必要なのは勇気とい
う人がいるが、多くの経営者は臆病である。未来に起こる事・実現したい事を考え、
その上で今何をすべきか考えている経営者には信頼がおける。最後の金銭感覚が必要
な理由は、容易に想像がつくと思う。」 39 と発言している。
また、「ベンチャーキャピタリストには「大和魂」という言葉に集約される「思い詰
めた」「根性を振り絞る」ようなメンタリティーが求められている。息を詰めた状態で
1000 日間勝負する。そのときには数億円規模で思い切って「先行投資」をしなければ
ならない。なぜ、苦しい中で必死に頑張らなければならないのか。それは「お金」の
ためだけではない、心因性のものに由来する。ベンチャーキャピタルをしていて、こ
の辺の勘が悪い人はベンチャーキャピタルとしての才能がないと思う。」とも述べてい
る。 これらの言動に代表されるように、村口は非常に熱く信念を語り、そのことでベ
ンチャー経営者を鼓舞するメンターとしての役割が大きい。
NTVPは堀場製作所の掘場雅夫会長や店頭企業のオーナーなどから資金を集め、
現在までに4つのファンド(運用額は 2005 年末段階で合計で約 80 億円)を設立して
いる。NTVPは日本では珍しく個人の責任で資金を集め、ファンドを運用している。
「ベンチャー投資はベンチャーキャピタリストが責任を持ち、個人の判断で行うべき
だ」との考えからである。出資者は村口の投資手法に賛同している個人が中心である
ため、スタートアップ段階の企業 1 社に平均 3 億円から5億円という規模の資金を投
じ、村口個人が取締役としてベンチャー企業の経営に深く係わっていく投資スタイル
を続けられるものと思われる。
第4項
投資に至る経緯
村口と社長の南場智子とは 1999 年 7 月頃に共通の知人を通して紹介された。当時、
南場は 1999 年 3 月にインターネット上のオークションサイトの企画・運営会社として
有限会社ディー・エヌ・エーを設立したばかりであった。南場はマッキンゼー・アン
ド・カンパニー・インク
39
ジャパンの経験でインターネット上のオークションサイト
carinavi( http://www.carinavi.org/career/100/ )インタビューより。一部修正。
148
の将来性を感じてビジネスを立ち上げることを決意していた。事業モデルの立て方は
よくわかっていたが、実際の会社組織の立て上げ方や資本政策に関するアドバイスを
してくれる人を探していたのである。
村口は最初、今のままで事業化は難しいと思い、一度支援を断っているが、南場の
再度の依頼に応じてマーケットリサーチを独自で実施し、その手ごたえから出資する
ことを決めた。当時は南場社長のほかには、マッキンゼー・アンド・カンパニー・イ
ンク
ジャパンの後輩である川田尚吾取締役(技術開発を担当していた)と、マーケ
ティングを担当する渡辺雅之、サーバー周りの技術者であった茂岩祐樹の 4 人が働い
ているだけの状態であった。ただ、海外での eBay の成功や日本でのインターネット
市場の拡大の予想、及び会社設立当初から株式会社リクルートおよびソニーとの関係
ができていたことを高く評価して村口は支援することに決めた。2001 年 8 月からは監
査役にも就任している。
1999 年 11 月及び 2000 年 3 月の合計でNTVPは約4億円の第三者割当増資を他社
に先駆けて引き受けた。1999 年 11 月時点で増資後時価総額を52億円、2000 年 3 月
時点では増資後時価総額を152億円と評価する大胆なものであった。当時、オーク
ションサイト「ビッターズ」は 1999 年 11 月のサービス開始からまもなく、2000 年 2
月期決算でも売上高は 56 万円、税引後利益は 1.7 億円の赤字という状況であった。
NTVPは 2001 年3月の第三者割当増資にも 3 回目の資金提供として 4 億円を投資
している。合計として当社1社に約8億円の投資額を実施することとなった。
結果としてディー・エヌ・エーは 2000 年 2 月に時価総額約900億円で株式公開し、
ロックアップ契約が解けた 2005 年 8 月には 1260 億円の時価総額をつけるに至った。
NTVPは投資額の10倍以上のキャピタルゲイン、IRRで年56%程度をあげる
こととなった。
第5項
支援時の問題点
1999 年 11 月からインターネット上のオークションサイトをオープンする予定の 1
ヶ月前の10月になってもシステム開発が進んでいないことが発覚した。テスト版を
試作したときにはスムーズに動いたので、誰もがシステム開発を依頼したベンダー担
当者の話を信じ込んでいた。毎日朝から夜までシステムの仕様について会議を行い、
要件定義書を変更しベンダーに送っていたが、実際の開発は進んでいなかった。
会社中がパニックになる中、南場は村口に電話して事情を説明したところ、村口は
朝一番で会社に来て対応に駈けずり回った。南場は当時のことを、「村口さんが天才エ
ンジニアという人に電話をかけ始めました。その日は確か土曜日でしたが、朝の9時
くらいにたたき起こされても怒ることもなく、村口さんに呼ばれると皆来てくれる。
149
不思議だなと思いました」と述べている 40 。
会社にやってきたエンジニアのなかで、村口の投資先であるインフォテリアの北原
淑行は用件定義書全てに目を通し、2 つの条件が揃えばシステムは稼動できると診断し
た。
第一は、システム開発の責任者を今すぐ外して、ゼロから自分がリーダーシップを
とること、第二は 1 ヵ月後のオークションサイトのオープン時には使える機能を絞り
込み、当初計画していた機能が使えなくなることを許可することである。具体的には、
重要な出品機能をあきらめ、落札機能のみでスタートすることになった。本来、ネッ
トオークションは出品があり、入札があり、落札されて始めて成立する。そのうちユ
ーザーがオークションサイトのオープン時に使えるのは単なる落札機能だけで、出品
登録は社員が総出でデーターベースへの登録作業をし、入札もこちらで一部作業する
ことになる状態を意味していた。
これに対して南場はこの 2 つの条件を受け入れ、インフォテリアおよび村口のアド
バイスにかけることを決断した。
その後、村口は丸2日会社に泊まりこみ、会社の危機を乗り越えるところまでイン
フォテリアの北原淑行と作業をした。村口は会社を出てすぐに以下のようなメールを
南場に送っている。「48時間経ちました。ディー・エヌ・エーの経営陣は徐々に落ち
着きを取り戻し、正しい意思決定をし始めています。この事件は起こるより起らなか
った方が良かったと思います。ただ起こってしまいました。後はこの事件をディー・
エヌ・エーの経営陣がどう乗り越えていくかがリクルートやソニーに対し自立した経
営陣として認められるかの大きな試金石である。投資家はそうゆう目で見ていること
を片時も忘れず対処してください。 4 」ディー・エヌ・エーの役員、社員はこのメール
を皆で読んだ。
南 場と 一 緒に 仕事 を 始め た取 締 役の 川田 尚 吾は、「誰 かの 責任 と する こと で 投資家
を引き止められるのであれば自分を切ってほしい」と訴え落ち込んでいたが、村口か
らのメールを読んで「ちょっとした山じゃないが、これを乗り越えることはドラマチ
ックになるんじゃないか」と勇気づいたと言っている。
その後、インターネット上のオークションサイトも無事に 1999 年 11 月にスタート
することができ、またその後、システムも拡充、順調に会員数は伸びるにいたった。
第6項
関係性について
次に村口と出資者、ベンチャー企業、及び市場・顧客との関係性についてまとめて
みたい。
40
企業家倶楽部「ベンチャーキャピタリストがゆく」2006 年 1 月号、79~81
150
① ベンチャーキャピタル投資システム全体の戦略構想
村口は 1988 年 11 月、日本で初めての投資事業有限責任組合(NTVPi-1 号)を設立
登記している。しかもベンチャー企業の育成という社会的意義に賛同してくれた堀場
製作所の掘場雅夫会長や店頭企業のオーナーなどから日本では珍しく個人の責任で資
金を集め、村口個人が業務執行組合員となりファンドを運用している。「ベンチャー
投資はベンチャーキャピタリストが責任を持ち、個人の判断で行うべきだ」との考え
からである。そのため、村口に出資者は投資戦略や投資のパフォーマンスなど「出資
者のイノベーション」の側面をほとんど気にすることなく、思い切ってベンチャー企
業側に入り込んで育成することが出来るという投資システム全体の戦略構想を作り上
げた。機関投資家など「出資者のイノベーション」の側面を考えなければならない出
資者からは資金を集めず短期的な「出資者のイノベーション」をあまり考えなくても
良い出資者だけから資金を集めている。また、市場・顧客に対する付加価値創造支援
活動も、会社経営者が行うべきものとして村口はやっていない。図表7-9に示した
ように、村口は出資者、ベンチャー企業、市場・顧客の間の三角形の中心に位置する
のではなく、ベンチャー企業の中に大きく食い込んた立場として振舞うことが許され
るように全体の戦略構想を組み立てている。
② 革新的プラットフォームの提供
村口はディー・エヌ・エーの投資に際しては、当時、優先株などの制度が日本では
整備されていなかったこともあって、特に新しいプラットフォームを提供していない。
③ 市場および顧客に対する付加価値創造支援活動
市場および顧客に対する活動は、経営者・経営チームが行うものであり、ベンチャ
ーキャピタリストが支援するものではない、と村口は突き放している。ただ、ディー・
エヌ・エーに投資するに際しては、市場および顧客とベンチャー企業との距離が密接
なものであるか、マーケティング能力が高い経営者・経営チームであるかについて、
時間をかけてじっくり検討している。例えば、投資前にはNTVPの社員を半年ほど
出向に近い形で送り込み、その可能性を吟味している。つまり、村口自身は市場およ
び顧客に対する付加価値創造支援活動を行っていないが、出資する段階で経営者・経
営チームに高いマーケティング能力がある企業にのみ、投資することでその機能を補
完しているものと思われる。
④ 出資者およびベンチャー企業に対するイノベーション支援活動
ベンチャー企業の支援をしたい個人投資家が具体的に支援できる投資の仕組みを提
供した側面はあるが、村口は出資者に対するイノベーションといえるほどのものは行
っていない。
ベンチャー企業のイノベーション支援活動としては、既存株主との関係調整を中心
的に実施することや会社の危機的状態での対応、経営者への動機付け、社員の声を経
151
営者に実態提言することを中心に大きな役割りを果たした。
資本政策の立案では、ベンチャー企業の立場に配慮した時価総額のつけ方をリード
している。通常のベンチャーキャピタルは安い株価でなるべく多くのシェアを取ろう
とするが村口の投資手法は異なっている。例えば、1999 年 8 月の創業時には 1 株 5 万
円で南場とソニー、リクルートが 3 分の1づつシェアで創業したが、1999 年 11 月の増
資では、村口がリードを取り、自分が責任を取るからと公言して 1 株150万円で、
増資後時価総額を52億円と評価した。さらに、わずか 4 ヵ月後の 2000 年 3 月には 1
株400万円、増資後時価総額を152億円に引き上げている。南場は、「1株40
0万円がついたときは未来永劫この時より株価が上がることはあるのだろうかと思い、
ぞっとした」と振り返っている。
しかし、その後、2001 年 3 月には資金繰りに窮し、時価総額を下げて第三者割当増
資を実施している。5 億 7000 万円のうち、1 億円がソニー、7000 万円がマッキンゼー
時代の先輩、残りの 4 億円を村口が業務執行組合員をしている日本テクノロジーベン
チャーパートナーズのファンドが引き受けた。1株10万円(2000 年に 8 分割と 3 倍
の有償株主割当を実施しているので、それまでの株価に換算すると 1 株240万円)、
増資後時価総額はこれ以前の152億円から127億円となっている。この 5 億 7000
万円がなければ資金ショートを起す直前の状態であった。
村口は「会社の時価総額を適正に評価したもので、出資者寄りでもベンチャー企業
寄りでもない」と考えているし、「出資するときには思い切った金額を出資すべきで
ある」と考えている。当時のベンチャーファンドの総額が56億円程度であったなか
から、1 社に 8 億円を投資することなどを考えても、ベンチャー企業に思い切ったイノ
ベーションをしてもらうために、他のベンチャーキャピタルではなかなか真似のでき
ないベンチャー企業との関係性をとった。
⑤ 組織間学習による知識創造の活性化
1999 年 11 月前後のインターネット上のオークションサイトのシステム開発に関す
るトラブルを村口の支援もあって乗り越えた自信は、ディー・エヌ・エーの中に強く
根づいている。トラブルに際して浮き上がらず、口先だけでなく実際に自分で率先し
て動くということや、村口のメールにあるようにトラブルを乗り越えて会社は育って
いくものだ、という意識が経営者、社員に芽生えたことは組織間学習のひとつといえ
る。社長の南場が自慢するトラブルに際してもしっかりと仕事をするというDNA(会
社の遺伝子)はこの失敗から生まれた。南場は「今、同じトラブルに直面してもあま
りパニックにはならないと思います。社員も胆力がついてきていると思う」と述べて
いる。
また、村口も、システム開発に関するトラブル時は一緒に創業の苦労を乗り越えよ
152
うと覚悟した。他のベンチャーキャピタルでは組織的な判断をしているので即断はで
きない。ベンチャーキャピタリストがその場に飛んでいって対処することが問題解決
につながることをこの対応から学習した。このようにベンチャーキャピタリストとベ
ンチャー企業は相互に組織間学習を行い、ベンチャー企業の成長を通して知識創造の
活性化を進めている。
このように村口は、ベンチャー企業とだけではあるが、「組織間の共通の目的・利
益を達成し、価値創造を目指すため、組織同士が相互に不足する経営資源を補完する
関係」である協創関係を構築していた。その結果、村口は非常に高いIRRを達成で
きた。最終仮説「育成方法の中でも特に利害関係者との協創関係を構築すれば日本で
も高いIRRは達成できる」ことを本ケースは示している。
図表7-9
村口の関係性
全体戦略の構想
市場
顧客
フィードバック
組織間学習
VC
出資者
イノベーション
支援
ベンチャ
ー企業
(出典)筆者作成
このように村口の関係性を見ると、出資者との日ごろの活動では出資者のことを強
く意識しないで済む人からだけファンドを集めることと、出資先のベンチャー企業と
しては市場・顧客に対する付加価値創造活動が経営者・経営チームだけでも成し遂げ
られるようなマーケティング能力の高い会社にのみ投資することによって、自分のポ
ジションをベンチャー企業の内部に位置させることを可能にしている。その全体戦略
の構想が出来上がった後は、既存株主との関係調整を中心的に実施することや会社の
危機的状態での対応、経営者への動機付け、社員の声を経営者に実態提言することを
中心に大きな役割りを果たした。それらの結果、村口はとして日本でのベンチャーキ
ャピタルでありながら高いIRRを達成することができたと分析できる。
153
第4節
ベンチャー企業と近い関係を構築するケース(2)
氏名・所属
赤浦徹
インキュべイトキャピタルパートナーズ
ゼネラ
ルマネージャー
生年
1968 年 8 月(38歳)
主な担当ベンチャー企
Zeel, エルゴ・ブレインズ、jig.jp
業
主な経歴
1991 年㈱ジャフコ入所
1999 年㈱インキュベートキャピタルパートナーズ設立、ゼネラルマネジ
ャー
ベンチャーキャピタル
役員
での役員の有無
投資決定委員会の参加
参加
ファンドへの個人出資
出資あり
成功報酬の分配
分配あり
会社名
サイボウズ株式会社
サイボウズ株式会社
所在地
東京都文京区後楽1-4-14
設立
1997 年 8 月 8 日
役員
代表取締役社長
取締役
青野 慶久、
細谷 賢由
赤浦 徹、監査役
宇野 正彬
小川 義龍
従業員
113名
事業内容
ネット閲覧ソフトで利用可能なグループウエアを開発販売。ダウンロード
直販が主力
沿革
1997 年 8 月
サイボウズ株式会社設立(愛媛県松山市)
1997 年 10 月
「サイボウズ office」シリーズ発売
1998 年 8 月
「サイボウズ office2」発売
1998 年 12 月
大阪市北区に本社移転
1999 年 9 月
「サイボウズ office3」発売
2000 年 8 月
東京証券取引所マザーズ上場
154
2000 年 10 月
「サイボウズ office4」発売
2000 年 12 月
東京都文京区に本社移転
2002 年 3 月
東京証券取引所市場第二部へ市場変更
850億円(2005 年 12 月 26 日)
時価総額
( 連 結 )( 百 万 円 、
2003/1
2004/1
2005/1
2006/1(予)
円)
売上高
2,245
2,660
2,923
6,200
経常利益
387
452
524
870
当期利益
152
260
309
440
4,739
8,091
3,203
4,446
60,618
68,949
26,140
株主資本比率
80.3%
80.7%
84.4%
ROA
6.15%
10.03%
10.75%
ROE
8.10%
12.45%
13.01%
1株あたり利益
1 株あたり純資産
(業績予想は会社四季報による)
図表7-10
サイボウズ
資本政策
単位;円、千円、倍
増資単価 時価総額
売上高
1997/8/8
1998/7/24
1999/5/28
1999/5/30
1999/7/31
2000/1/19
2000/4/27
2000/6/5
2000/6/7
2000/7/31
2000/8/23
2004/10/18
会社設立
有償第三者割当
ワラント
有償第三者割当
有償第三者割当
ワラント
ワラント
株式分割
ストックオプション
有償株主割当
IPO
現在
50,000
60,000
100,000
100,000
100,000
100,000
300,000
1,000,000
1
2,000,000
345,000
23,000
29,040
148,400
165,400
166,500
166,500
546,000
0
5,775,000
17
38,650,000
11,122,000
58,689
58,689
58,689
319,788
406,304
406,304
406,304
406,304
406,304
406,304
3,000,000
当期利益
7,096
7,096
7,096
38,179
68,157
68,157
68,157
68,157
68,157
68,157
250,000
純資産
11,000
31,536
31,536
31,536
87,816
260,089
260,089
260,089
260,089
260,089
260,089
2,341,000
VCラウンド
PSR(倍)PER(倍)PBR(倍)
0.5
2.5
2.8
0.5
0.4
0.7
0.0
7.1
0.0
47.6
4.1
20.9
23.3
4.4
2.4
4.0
0.0
42.4
0.0
283.5
3.7
44.5
2.1
0.9
4.7
5.2
1.9
0.6
2.1
0.0
22.2
0.0
148.6
4.8
ジャフコ1000株発行
第1回1500万円、9%
(注)2000年1月期は6カ月決算なのでPSR,PERは年間調整済み
(注)公開後の2001年12月に1:2の分割実施
(出典)筆者作成
第1項
沿革と事業内容
(1)沿革
当社は 1997 年8月 愛媛県松山市に松下電機産業の仲間 3 人で設立された。同年 10
月には「サイボウズ Office」シリーズを発売した。1998 年6月 にはグループウエア
155
が月々9,800 円の低価格で利用可能となるサービスを開始し、急速に顧客を拡大させた。
特に、製品販売形態としてダウンロード販売を重視し、営業・販売にかかるコストを
最小限とする戦略を採用したことがユーザーの高い支持を受けて成長した。
顧客のニーズに合わせて続々と新製品や商品の機能追加をしていった。1998 年8月
には「サイボウズ Office 2」を発売開始して、1999 年9月には、パーソナライズ機能
を搭載したWebグループウエア「サイボウズ Office 3」を発売開始する。2000 年
10 月には、回覧板機能やアプリケーション間連携を追加した「サイボウズ Office 4」
発売開始して評判を呼んだ。
本社機能も柔軟に変化させている。1998 年 12 月 には事業拡大の為、大阪市北区茶
屋町、1999 年 12 月には大阪市北区梅田、 2000 年5月には東京事務所を設置開設の上、
2000 年 12 月 には東京都文京区後楽に本社機能を移転して現在に至っている。
2000 年8月には東京証券取引所マザーズに上場、2002 年3月 には東京証券取引所
市場第二部への市場変更を成功させている。
(2)事業内容
当社グループは、当社と連結子会社1社で構成されており、「デジタルデータ流通シ
ステムの構築」を事業ドメインとして、グループウエア「サイボウズ Office」と「サ
イボウズ ガルーン」をはじめ、その関連製品の開発、販売を行うソフトウエア販売事
業を展開している。(図表7-11)
①エージェント事業
エージェント事業は、ナレッジワーカーの「情報流通プラットフォーム」を構築す
ることを目指しており、「全てのナレッジワーカーに優秀な秘書を」というコンセプト
をもとに、様々な情報サービスを提供している。これにより、全てのナレッジワーカ
ーが、新しい価値を創造できる仕事により一層専念でき、それが生産性の向上につな
がる。その「情報流通プラットフォーム」構築のための戦略として、「エージェント事
業部」において、当社グループ主力製品であるグループウエアソフト「サイボウズ
Office」と「サイボウズ ガルーン」の開発・販売を行っている。
「サイボウズ Office」は、数人から 300 人程度の企業または部署単位での利用を想定
しており、先進性、低コストかつシンプルを追及し、インターネットでのダウンロー
ド直接販売を中心に事業を展開している。
「サイボウズ ガルーン」は、大企業での利用を想定しており、企業の情報システム部
門に対して、大規模案件で実績のある販売パートナーを介した間接販売を行っている。
156
②ナレッジ事業
ナレッジ事業では、情報の蓄積、共有、活用をWeb上で設計、アクセスできるデ
ータベースソフト「サイボウズ デヂエ」の開発、販売を行っている。Webで簡単に
データベースを構築できるという特性は、今後広まってくるであろうWebでの情報
共有やWebサービスの分野をターゲットに事業展開している。
③CRM 事業
CRM 事業では、メール対応 CRM 製品「サイボウズ メールワイズ」の開発及び販売を
行っている。顧客からの問合せ対応をメールで行う企業や、顧客履歴管理の必要性を
感じている企業が増加していることを背景に、1993 年7月より発売を開始した。
④海外事業
経営理念として掲げている。
「情報サービスをとおして世界の豊かな社会生活の実現
に貢献する」のとおり、サイボウズが世界に展開していくための事業である。
多言語版グループウエア「サイボウズ Share360(スリーシックスティー)」を広く海
外に販売している。
図表7-11
サイボウズ事業内容
(出典)有価証券報告書
157
図表7-12
サイボウズ
事業の種類
連結セグメント売上高・営業利益(2005 年 1 月期)
連結売上高(百万円)
①エージェント事業
構成比(%)
前年同期比(%)
2,564
87.7
104.1
②ナレッジ事業
228
7.8
186.8
③CRM 事業
107
3.7
271.7
④海外事業
22
0.8
64.2
2,923
100.0
109.9
合計
(出典)筆者作成
2005 年1月期の連結売上高は、①エージェント事業が 2,564 百万円で全体の 87.7%
を占めている。前年同期比 104.1%と成長率は低いものになってきている。当社グルー
プの売上高に占める「サイボウズ Office」シリーズ及び「サイボウズ ガルーン」の
割合は、2003 年1月期 85.2%、2004 年1月期 86.2%、2005 年1月期 86.5%(「サイ
ボウズ Office」64.8%
「サイボウズ ガルーン」21.7%)と、特定の製品への依存
度が未だ非常に高い状態である。
2006 年 1 月期の売上高は 62 億円、経常利益は 4.4 億円と予想される。ROEも 2005
年 1 月期で 13.0%と高い。
②ナレッジ事業は、228 百万円となり全体の 7.8%に過ぎないが、前年同期比 186.8%
と成長している。
③)CRM 事業は、107 百万円となった。前年同期比 271.7%と伸びているが、未だ全体の
3.7%を占めるに過ぎない。
④海外事業は 22 百万円と僅かなものとなっている。
第2項
経営陣
2000 年 8 月の株式公開時の経営陣は以下の通りである。
①高須賀
宣;代表取締役社長・最高経営責任者(1966 年 8 月生まれ)
1990 年 4 月に松下電工株式会社入社、1996 年 9 月松下電工のベンチャープログラムに
応募し、ヴィ・インターネットオペレーションズ株式会社(松下電工グループ)の取
締役副社長に就任した、その後、1997 年 8 月に当社設立、代表取締役に就任した。
東京証券取引所マザーズ上場、第二部上場を成し遂げ 2005 年 4 月に退任した。
②畑
慎也;取締役副社長・最高技術責任者(1971 年 3 月生まれ)
1995 年 4 月に株式会社ジャストシステム入社、1997 年 5 月に松下電工株式会社入社
1997 年 8 月に当社設立時に取締役となった。
③青野
慶久;取締役副社長・最高執行責任者(1971 年 6 月生まれ)
1994 年 4 月に松下電工株式会社入社、1997 年 8 月
158
当社設立時に取締役となった。
2005 年 4 月に高須賀の後任として代表取締役社長に就任している。
④山田
理;取締役・最高財務責任者(1967 年4月生まれ)
1992 年4月に株式会社日本興業銀行入行、2000 年1月に当社入社、同年4月に当社取
締役に就任している。
⑤赤浦
徹;取締役・ベンチャーキャピタリスト(1968 年 8 月生まれ)
2000 年 4 月に取締役に就任している。
第3項
ベンチャーキャピタリスト
赤浦徹の経歴
赤浦徹は、1968 年8月生まれで、東海大学工学部制御学科を卒業後、1991 年4月に
日本合同ファイナンス株式会社(現社名
株式会社ジャフコ)に入社した。東京及び
広島支店で投資部員としてベンチャー企業への投資活動を続けてきた。入社後8年を
経て独立、1999 年 10 月にジャフコの仲間とともにベンチャーキャピタルのインキュベ
イトキャピタルパートナーズを設立、取締役ゼネラルマネージャーに就任した。投資
先に取締役として入り込み、社長とじっくり話し込むタイプで経営者からの信頼性が
高い。スタートアップからの支援・投資に強みがあり、20歳代、30歳代の IT 系若
手経営者に広い人脈を有する。投資先には Zeel, エルゴ・ブレインズ、jig.jp(ジグ・
ジェイピー)などがある。取締役を経験したベンチャー企業として、サイボウズ株式
会社、株式会社エスプール、株式会社メディオポート、株式会社アクシブドットコム、
株式会社ナンバーファイブ、株式会社エイ・アイ・シー、株式会社コーリング、株式
会社プレステージソリューションズ、株式会社 jig.jp などがある。インキュベイトキ
ャピタルパートナーズでは、多くの出資者から資金を集めて投資事業組合を組成する
のではなく、少数の特定の出資者のみで株式会社に増資または投資事業組合をしても
らい、ベンチャー企業に投資するスタイルをとっている。投資資金は総額約35億円。
投資先のなかでは、株式会社エスプール(営業支援・物流作業分野に特化した人材派
遣。グループ型派遣が得意)が 2006 年 2 月 10 日に株式公開した。
第4項
投資するに至った経緯
赤浦徹(当時 29 歳)がジャフコ広島支店に勤務していた 1997 年 10 月頃、愛媛経済
レポートに紹介記事が載ったのをきっかけに訪問したのが最初の出会いである。赤浦
は広島支店のなかで愛媛県松山市を担当しており、それまで愛媛県松山市から投資先
企業が出ていないことから、なんとか公開会社を輩出したいと多方面に企業発掘の網
を張っていた。松下電工出身で IT 関連の仕事をしている、という2点だけで第一次ス
クリーニングは十分、クリアーしていた。
そのころのサイボウズは、松下電工初の社内ベンチャー企業「ヴィ・インターネト
オペレーションズ株式会社」を設立し、そこで副社長をしていた高須賀宣(当時 31 歳)
159
が会社を退社し、畑慎也(CTO、当時 26 歳)と青野慶久(COO、当時 26 歳)と一緒に
愛媛県松山市に 1997 年 8 月8日に会社を設立したばかりのころであった。「誰でも簡
単に使える直感的でわかりやすい便利なソフトを提供し、より多くの人がコンピュー
タとネットワークの恩恵を享受できるようになること」が創業の理念であり、赤浦は
それにも深く共感した。また、高須賀の社内ベンチャープロジェクトに応募してきた
青野が、友人の畑を同プロジェクトに連れて来て、その3人で独立した経緯もあり、
3人のチームワークの良さも目を引くものがあった。
赤浦は社長に継続してコンタクトをとり、会社の進展を見守っていた。サイボウズ
は会社設立からわずか2ヵ月後に「サイボウズ OFFICE」シリーズを発売、1998 年 6 月
からはグループウェアが月々9800 円の低価格で利用可能なサービスを開始するなど、
会社設立から順調に事業を伸ばしていった。予算実績管理は初期のころから行われて
いたが、一度も予算を下回ったことがなかった。成功した要因の第一は、インターネ
ットのヘビイユーザーにダイレクトに販売することが出来、初期のユーザーが固まっ
たことである。当時はメールマガジンが出始めのころであり、回収した資金の約 50%
を常にネット広告に回し、徹底して初期ユーザー確保に力を入れたことが成功の要因
である。要因の第二は、製品企画が優れており、完成度も高かったことである。マニ
ュアルなしですぐに使えて、壊れなくて使いやすい、手ごろな値段、ということがユ
ーザーに受けたことと赤浦は分析している。
このように順調に事業が進んでおり、さして資金調達の必要がない中でも、株式公
開を視野に入れていただけに、ベンチャーキャピタルに第三者割り当て増資を希望す
ることになった。そこで赤浦は 98 年にジャフコとして第三者割り当て増資をすべく社
内稟議を上げた。しかし、本社での投資委員会、審査会議において、誰でも真似の出
来る技術サービスであることと、会社としての体制が出来上がっておらず3人の個人
会社の段階に過ぎないことを理由に、投資しないことが決定された。その結果にサイ
ボウズも赤浦も非常にがっかりするが、引き続いて交流を深め、翌 1999 年 5 月に再度、
投資稟議を上げることとなった。その時のジャフコは、投資チーム制が導入開始して
いたため、相変わらず審査部の意見は投資すべきではない、との意見であったが、広
島 支 店 と し て の チ ー ム 決 済 で ワ ラ ン ト 1000 株 発 行 と 普 通 株 式 を 1 株 1 0 万 円 に て
1500 万円、時価総額 1.65 億円、株主シェア9%としての投資が3月に決定された。
しかし、その後、公開できなかったときの株式買戻し条件などが入った投資契約書
の締結をめぐって、会社側とジャフコ側とのコンフリクトが生じた。結果として、株
式買戻し契約については、決着をし、1999 年 5 月 30 日に増資が実行された。
その当時の高須賀社長は、「お金は要らない」「ジャフコは何をしてくれるのか?投
資を 受け 入 れる 意味 が ある のか ? 」「投 資決 定に 至る ま でに これ だ け時 間エ ネ ルギー
を使 わな け れば いけ な いの であ れ ば投 資し て もら わな く てよ い」「 赤浦 氏個 人 で投資
160
してもらいたい」などの意見を投げかけていた。赤浦はベンチャーキャピタリストと
して、この会社のために何が出来るのだろうか、と自問し、ジャフコの看板に頼らな
い活動ができるのではないか、と考えるに至った。結果として、サイボウズへの投資
後3ヵ月後には、ジャフコを退社し、独立して仲間とベンチャーキャピタルを設立す
ることを決断することになる。
その後、サイボウズは 1:3 の株式分割と1円増資を経て 2000 年 8 月 22 日に東京証
券取引所マザーズ市場に上場した。ベンチャーキャピタルに対する増資はジャフコの
1回だけであった。上場日には1株200万円、386 億円の時価総額がついた。ジャフ
コは投資後、1年3ヶ月で 1500 万円の投資原価が約32億円となる驚異的な投資成績
を収めることなったのである。IRR は 1240%と驚異的なものとなった。
第5項
投資後の経営支援
赤浦は 1999 年 10 月にジャフコを退社し、インキュベイトキャピタルパートナーズ
を設立した後も、毎週、サイボウズを訪問し(1998 年 11 月には大阪に本社を移転して
いた)、特に公開準備関連の支援をおこなっていた。自分の会社を設立したばかりであ
ったが、サイボウズを最短で公開させよう、という意欲に燃えていた。具体的には、
公開に向けてのシナリオ作り、公開準備チームの組成(当時中央青山監査法人の佐藤
公認会計士を中心に外部ブレーンにてチームを作った)、主幹事との折衝(野村證券を
主幹事になってもらい、関係書類作成の指導をしてもらっていた)などを主導してい
た。赤浦は 2000 年 4 月からはサイボウズの非常勤取締役に就任するとともに、最高財
務責任者(CFO)としての友人の山田理(当時 33 歳)を連れてきて会社の体制固めを
推進している。
赤浦はキャピタリストとして会社の方向はこの方向に行くべきだ、との意見を自分
で持ちながらも、社長を始めとした経営陣の話をじっくり聞くことに留意した。新製
品開発の方向性や人事制度の骨格など、重要な意思決定の場には必ず立会うことと、
経営陣が実績を出したときやプロジェクトを遂行したときには、とにかく誉めること
に留意している。
また、ベンチャー企業の立ち上げ戦略として、「儲かる仕組みを小規模で確立し、早
期に黒字化を達成、それを高速に積み上げていくことで拡大し、企業価値向上を実現
する手法」
(ロケット発射タイプ)が今後は一層、重要となると主張している。サイボ
ウズでも図表 7-10 に示したように資本金 2300 万円で会社設立後、外部からの資金調
達は3回の第三者割り当て 1850 万円強のみであり、創業以来一度も赤字を出すことな
く黒字を続けて成功している。
161
第6項
関係性について
次に赤浦と出資者、ベンチャー企業、及び市場・顧客との関係性についてまとめ
てみたい。
① ベンチャーキャピタル投資システム全体の戦略構想
赤浦がサイボウズに投資した時点ではジャフコの社員であり、本来の意味での出資
者、ベンチャー企業、及び市場・顧客との関係性は持っていない。出資する時点では、
出資者と近い立場にいるジャフコ本社とベンチャー企業との関係において相当悩み、
本来のベンチャーキャピタルは出資者との関係を中心に考えるのではなく、ベンチャ
ー企業に近いところにいるべきである、という信念を持つに至った。ジャフコ退社後、
仲間とベンチャーキャピタルを設立後は、思い切ってベンチャー企業側に入り込んで
育成することが出来るという投資システム全体の戦略構想を作り上げた。出資者は個
人及び事業会社合計で 7 人程度の少数で35億円を集めることによって、出資者のイ
ノベーションをほとんど気にすることなく、また、市場・顧客に対する付加価値創造
支援活動も、会社経営者と赤浦が会社役員として一緒になって行うべきものとして赤
浦はベンチャーキャピタルとしての役割は意識していない。図表7-13に示したよ
うに、赤浦は日本テクノロジーベンチャーパートナーズの村口と同様、出資者、ベン
チャー企業、市場・顧客の間の三角形の中心に位置するのではなく、ベンチャー企業
の中に大きく食い込んた立場として振舞うことが許されるように全体の戦略構想を組
み立てている。
② 革新的プラットフォームの提供
赤浦はサイボウズの投資および投資後の育成に際しては特に新しいプラットフォー
ムを提供していない。
③ 市場および顧客に対する付加価値創造支援活動
赤浦は市場及び顧客に対する付加価値創造支援活動はほとんど行っていない。ただ、
投資を実施するに当たり、市場及び顧客が明確で、かつ、インターネットのヘビィユ
ーザーにダイレクトにリーチが出来、初期のユーザーが固まっっていたことや、製品
企画が優れており、完成度も高かったことなど、市場及び顧客に対する付加価値創造
がうまくできる経営陣である確証を自分の中で持っていたことが、困難な投資を実現
できたと述べている。マニュアルなしですぐに使えて、壊れなくて使いやすい、手ご
ろな値段、ということがユーザーに受けるに違いないと自分で製品を使ってみて思っ
た。このように赤浦は直接的に市場及び顧客に対する付加価値支援活動をすることは
しなかったが、それが可能な市場・商品・経営陣が揃った場合にのみ投資を実行する
ようにしている。
④ 出資者およびベンチャー企業に対するイノベーション支援活動
162
赤浦は出資者に対するイノベーション支援活動と言えるほどのものは行っていな
い。
ベンチャー企業のイノベーション支援活動としては、公開に向けてのシナリオ作り、
公開準備チームの組成、主幹事との折衝、経営者への動機付け、社員の声を経営者に
実態提言することを中心に大きな役割りを果たした。
また、赤浦は社長を始めとした経営陣の話をじっくり聞くことに注力している。新
製品開発の方向性や人事制度の骨格など、重要な意思決定の場には必ず立会うことと、
経営陣が実績を出したときやプロジェクトを遂行したときには、とにかく誉めること
に留意している。高須賀社長や青野取締役(現社長)は「赤浦氏は何でもとことん聞
いてくれて自分の意見を言ってくれた。彼が近くにいてくれたお陰で経営幹部の対立
や意見の相違がどれだけ修正されたかわからない」と述べている。赤浦は物静かな雰
囲気を持ちながらも、経営陣や社員の間の関係をよく読みとり、その問題点を事前に
解決するような活動をしている。
⑤ 組織間学習による知識創造の活性化
赤浦は、ベンチャー企業の立ち上げ戦略として「儲かる仕組みを小規模で確立し、
早期に黒字化を達成、それを高速に積み上げていくことで拡大し、企業価値向上を実
現する手法」
(ロケット発射タイプ)が重要であると主張している。サイボウズでも表
7-10に示したように資本金 2300 万円で会社設立後、外部からの資金調達は3回の
第三者割当増資 1850 万円強のみであり、創業以来一度も赤字を出すことなく黒字を続
けて成功している。これは結果としては、出資者の持ち株を希薄化(ダイリューショ
ン)することなく、株式公開も実現でき、利害関係者すべてを満足させる手法である。
サイボウズの経営陣もこのロケット発射タイプを志向し、赤浦も早期公開を実現する
ために強く主張した。これが実現できるためには、対象とする市場及び顧客の絞込み
を明確にすること、IT 技術の活用サービス業を主な投資対象として技術開発会社を対
象とすること、回収した資金の約 50%を常にネット広告に回し徹底して初期ユーザー
確保に力を入れるマーケット戦略を重要視する経営陣に対して投資すること、などが
必要である。サイボウズは株式公開後も無理な資金調達をすることなく、顧客開拓に
エネルギーを割くことが重要であるという風土が根付いており、組織間学習の成果の
一つであるといえる。
また、赤浦も上記のロケット発射型ベンチャー企業への投資が自分の得意な手法で
あることを学習した。ロケット発射型ベンチャー企業は、場合によって先行投資を積
極的にしなくなり、こじんまりとまとまってしまうリスクがあるが、対象市場及び顧
客を選び、経営者を選択して、更に自分がベンチャーキャピタルとして係わっていく
ことで、急成長と短期間公開ができると考えている。赤浦は、この経験を「jig.jp」(モ
バイルのアプリケーション会社)で再現しようとしている。2003 年 5 月に設立、赤浦
163
運用ファンドと社長、役員で資本金 2550 万円。2003 年 9 月には初の製品のリリース、
2004 年 10 月には第二段の製品を発売開始し、月間 2000 万円を売り上げるまでに成長
している。事業の芽を持った人とキャピタリストが係わって、小さなお金で早期黒字
を達成する、お金がいらないロケット発射タイプの企業創業に今後、注力していきた
いと考えている。このようにベンチャーキャピタリストとベンチャー企業は相互に組
織間学習を行い、ベンチャー企業の成長を通して知識創造の活性化を進めている。
このように赤浦は、ベンチャー企業とだけではあるが、「組織間の共通の目的・利
益を達成し、価値創造を目指すため、組織同士が相互に不足する経営資源を補完する
関係」である協創関係を構築していた。その結果、赤浦は非常に高いIRRを達成で
きた。最終仮説「育成方法の中でも特に利害関係者との協創関係を構築すれば日本で
も高いIRRは達成できる」は本ケースにおいても確認できたといえよう。
図表7-13
赤浦の関係性
全体戦略の構想
市場
顧客
フィードバック
組織間学習
VC
出資者
イノベーション
支援
ベンチャ
ー企業
(出典)筆者作成
164
第5節
3者の中立的関係のケース(1)
氏名・所属
山口哲史
元ジャフコ
第二投資本部
本部長
生年
1965 年 9 月(41 歳)
主な担当ベンチャー企
ゴルフダイジェスト・オンライン、フォーサイド・ドッ
業
ト・コム、ワークスアプリケーションズ、オプトウェア
主な経歴
1988 年
㈱ジャフコ
1994 年
ジャフコアメリカ赴任
2000 年
日本帰国
2005 年
㈱ジャフコ退社、中文産業株式会社入社、取締
入社
役就任
ベンチャーキャピタル
本部長
での役員の有無
投資決定委員会の参加
参加あり
ファンドへの個人出資
出資なし
成功報酬の分配
分配なし
会社名
株式会社ゴルフダイジェスト・オンライン
所在地
東京都港区新橋 6-19-19
設立
2000 年 5 月1日
役員
代表取締役社長
石坂信也、副社長
金田武朗
取締役
玉井邦昌、木村玄一 、本田隆男 、木村正浩、橋岡宏成
監査役
村西重孝、中神康議、上住敬一
従業員
162名
事業内容
ゴルフ場予約サイト・ゴルフ用品ネット販売最大手。ゴルフ誌のネット部
門から独立。
沿革
2000 年 5 月 株式会社ゴルフダイジェスト・オンラインを設立
ゴルフ用場オンライン予約『GSTART』オープン
2001 年 6 月 モバイル端末(携帯電話・PDA)サービス開始
2001 年 1 月 ゴルフ場内リアル店舗1号店オープン
2004 年 4 月 東京証券取引所マザーズ上場
時価総額
139億円(2005 年 12 月 26 日)
165
(単独)(百万円、円)
2003/6
売上高
2004/6
2005/6
2006/6 (予.変)
2,425
4,119
5,545
3,300
経常利益
78
290
133
10
当期利益
44
163
78
5
7,055
6,000
531
32
47,125
48,618
10,261
株主資本比率
40.1%
66.9%
61.7%
ROA
8.04%
11.21%
3.37%
18.71%
5.26%
1株あたり利益
1 株あたり純資産
ROE
18.72%
(業績予想は会社四季報による)
図表7-14
2000/5/1
2000/11/18
2001/3/17
2001/6/28
2002/12/25
ゴルフダイジェスト・オンライン
増資単価
会社設立
50,000
第三者割当増資 660,000
第三者割当増資 660,000
第三者割当増資 660,000
分割1:3
第三者割当増資
2003/5/9
350,000
2003/11/18 分割1:4
2004/4/1 IPO
1,160,000
177,000
2004/10/1
単位;円、千円、倍
時価総額
売上高
1,306,800
1,320,000
1,363,560
資本政策
当期利益
純資産
PSR(倍)PBR(倍)
1,386
1,386
135,590
△ 6,520
△ 6,520
△ 133,274
73,479
73,479
198,964
157.1
158.7
10.1
2,263,800 2,425,013
2,425,013
33,640,000 2,870,000
25,842,000 2,870,000
44,001
44,001
439,000
439,000
166,304
166,304
904,000
0.9
4,649,000
11.7
9.0
VCラウンド
17.8 第1回Jafco
18.0 第2回UFJキャピタル
6.9 第3回三生3号
第4回オリックス、あ
13.6 おぞら、みずほ
37.2
5.6
(注)2000/11/18と2001/3/17のPSR,PBRは2ヶ月決算を年率換算した。
(出典)筆者作成
第1項
沿革と事業内容
(1)沿革
2000 年 5 月東京都港区にて、インターネットによる複合ゴルフサービスの提供を目
的として設立された(資本金 8000 万円)。
創業後の各種準備期間を約9ヶ月経て、2001 年1月にゴルフ用品のインターネット
販売サイト「GDOSHOP.com」をオープンした。2001 年 6 月にはモバイル端末(携帯電話、
PDA)でもサービスを開始して販路を拡大していった。
2001 年 7 月には株式会社ゴルフパートナーと提携し、中古クラブの販売を開始して
いる。さらに 8 月にはゴルフ場運営・集客サービスを開始、2002 年には千葉県市原市
のゴルフ場「ブリック&ウッドクラブ」にリアル店舗 1 号店をオープンさせている。
166
2003 年に入ると、1 月に中古ゴルフ用品買取サービス開始、3 月にはゴルフ場予約に
関する ASP サービス「GDO
Web
Pack」の提供を開始、9 月にはオークションサ
ービスやネット工房サービスを開始するなど、順次、事業メニューを拡大していった。
業績も順調に伸び、売上高は第1期の 138 万円から、第 2 期 1355 万円、第 3 期 9984
万円となり、第 4 期には 24 億 2500 万円にまで拡大している。経常利益は第3期まで
赤字であったが第 4 期には 7863 万円の黒字を達成している。
2004 年 4 月 1 日に東京証券取引所マザーズ市場に公開した。
(2)事業内容
株式会社ゴルフダイジェスト・オンライン(以下GDO)は、インターネットのウェ
ッブサイト「ゴルフダイジェスト・オンライン」および「GDOSHOP.com(ジーディー
オーショップドットコム)」の運営を通じて、ゴルファー向けに各種のゴルフ関連サー
ビスを提供している。
具体的には、①ゴルフ用品の電子商取引(E コマース)を中心とする「ゴルフ用品 E
コマース事業」、②インターネット上でのオンライン・ゴルフ場予約サービスを中心と
する「ゴルフ場向けサービス事業」、③ウェッブ広告・メール広告による広告掲載サー
ビスを中心とする「メディア事業」の 3 事業に分類される。顧客に対してこれら複数
のゴルフ関連サービスを一元的に総合展開することにより、利便性の高いサービスを
提供している。また、ゴルフというスポーツのプレー寿命の長さとゴルファーには比
較的富裕層が多い点に着目し、顧客を取り込むため、会員登録を通じてゴルファーの
組織化を図っている。
①ゴルフ用品 E コマース事業(http://www.GDOshop.com)
当社は、インターネット上でゴルフ用品・関連商品の E コマースを行う「GDOSHOP.
com(ジーディーオーショップドットコム)」を運営している。主要顧客は当社オンラ
イン会員及び当社ホームページにアクセスするゴルファーであり、下記のサービスを
展開している。
ⅰ)ゴルフ用品ネット販売サービス(新品・中古)
2001 年 1 月より新品・中古のゴルフ用品及び関連商品をインターネットサイト上に
陳列し、顧客から注文を受ける形の E コマースを行っている。インターネット上で受
注した顧客からの注文情報をインターネット経由で仕入先であるゴルフ用品メーカー
やゴルフ用品卸業者にリアルタイムで連絡し、メーカ卸業者から顧客に直送するが、
取引に伴う決済及び営業活動は当社が行っている。新品のゴルフ品販売においては
167
2004 年 1 月末日現在で国内メーカー30 社、ゴルフ用品卸業者 50 社から、国内外 150
メーカー以上、品数 2 万点以上のゴルフ用品及び関連商品を調達している。また、中
古ゴルフ用品については株式会社ゴルフパートナーとの業務提携により、2004 年 1 月
末日現在で品数 10 万点以上の品揃えを実現している。販売価格に関しては、当社会員
を対象に次回のゴルフ用品購入時に割引となる“GDOポイント”制度を導入したり、
顧客の属性や購入履歴に応じて割引料金を提示するなどの、各種割引特典も提供して
いる。
ⅱ)中古ゴルフ用品買取サービス
ゴルフクラブを買い換えた顧客からの古いクラブの買取りに対する需要に対応し、
2003 年 1 月に本サービスを開始した。中古クラブ取扱業者の株式会社ライズとの提携
により、顧客は中古ゴルフクラブの買取相場情報を当社サイト上で確認した上で、保
有するクラブを自己査定出来るシステムである。自己査定の結果、買取を希望する顧
客に対しては当社がクラブ引取りサービスを提供し、顧客は自宅でゴルフクラブを買
取っ貰う事が可能となっている。
ⅲ)試打クラブレンタルサービス
ゴルフクラブを試し打ちしてから購入したいという顧客の要望に対応するため、
2002 年 9 月に本サービスを開始した。レンタルを希望する顧客が当社サイト上で申し
込むと、顧客が指定するレンタル始希望日時にゴルフクラブが指定の住所に届けられ、
同様にレンタル終了希望日時に運送会社がゴルフクブを回収する流れとなっている。
対象のゴルフクラブは、国内外有力メーカーの最新モデル 160 機種以上を取り揃え、
レンタル期間は 3 泊 4 日を基本である。また、試し打ちの結果、同機種のクラブを当
社より購入した場合には、レンタル料金分が購入価格より割引となる仕組みである。
ⅳ)オークションサービス
顧客のアンケート調査を通じて「ゴルフ専門サイトのゴルフクラブオークション」
を望む声が強かったため、2003 年 9 月より当社オンライン会員を対象としたゴルフ用
品等のオークションサービスを立ち上げた。顧客間でのオークションはもとより、当
社在庫となっている試打期間が終了した試打クラブ、中古買取で取った人気クラブ、
顧客の好みに合わなかったため返品を受けたクラブ等の販売チャンネルとなっており、
また、ゴルフクラブのオークションに加え、直前ゴルフ場プレー枠等もオークション
で取り扱っている。
ⅴ)リアル店舗(ゴルフショップ)事業
168
ゴルフ用品の E コマース取引では在庫を持つ必要がないため、一部人気のゴルフク
ラブが品薄となり、結果として納期が長くなったり、商品が確保出来ずに機会損失が
発生する場合がある。そこで、無在庫によるこの問題を解決するために、2002 年 1 月
にリアル店舗一号店を千葉県市原市のゴルフ場内にオープンした。2004 年 1 月末現在
で、ゴルフ場併設の直営店が 3 店舗(いずれも千葉県市原市)、ゴルフ練習場内の直営
店が 1 店舗(東京都大田区大森)の計 4 店舗がある。
ⅵ)ネット工房サービス
2002 年後半からゴルフクラブのシャフト部分を交換(リシャフト)し、クラブの性
能アップを図ることが一部ゴルファーの間でブームとなった。2003 年に入り一般ゴル
ファーのリシャフトに対する認知度が上がったと判断し、2003 年 9 月よりインターネ
ットを通じ、GDOSHOP.com で注文を受けたクラブのシャフト交換や既に保有している
クラブをリシャフトするサービスを開始した。リシャフト以外のサービスとして、グ
リップ交換、塗装加工及び各種チューニングを提供している。
②ゴルフ場向けサービス事業(http://www.golfdigest.co.jp)
当社は、ゴルフ場関連のサービスとして、インターネット上でのゴルフ場予約サービ
スの提供、ゴルフ場する予約機能や顧客管理機能等を集約したアプリケーションの提
供、更には集客を促進するマーケテイングンの提案サービスやゴルフ場に対する経営
コンサルティングを行っている。
ⅰ)オンライン・ゴルフ場予約サービス
当社は、全国 1,020(2004 年 1 月末現在)の提携ゴルフ場のプレー時間・料金を当
社ホームページ上に表示し、当社会員からの予約をオンラインで受付けるゴルフ場予
約サービス「GSTART(ジースタート)」を当社設立時の 2000 年 5 月より行っている。
当社会員から受付けた予約情報をインターネット経由等でゴルフ場に連絡し、当社は
各ゴルフ場から実際にプレーした人数に応じて手数料を得ている。当社は、提携ゴル
フ場や予約可能枠の獲得増加に努め、当社会員にとってゴルフ場の予約枠を数多く取
り揃える事に注力している。また、当社サイト上で、全国約 2,400 コースの情報・地
図を網羅したゴルフ場ガイド等の情報提供も行っている。
ⅱ)ゴルフ場向け ASP サービス
現在のゴルフ場経営においてインターネット等 IT を駆使した来場者確保は有効な手
段となってきている。その様な状況下、当社は 2003 年 3 月に予約機能や顧客管理機能
等を集約したアプリケーション「GDO Web Pack(ジーディーオーウェブパック)」
169
をゴルフ場に埠供する ASP サービスを開始した。「GDO Web Pack」の主なサービ
ス機能は下記の通りである。
(a)リアルタイム予約機能
顧客はゴルフ場のホームページで 24 時間予約・変更・キャンセルが可能となり、ゴ
ルフ場にとっては集客力向上と業務効率の改善がはかれる。
(b) ゴルフ場の会員・ビジター等の顧客管理機能
ゴルフ場の会員・ビジターの顧客別に予約枠を提供したり、広告宣伝を含めた情報発
信を行う事が出る機能を備えている。
ⅲ)ゴルフ場運営・集客サービス
2001 年 8 月にスタートしたゴルフ場運営・集客サービスでは、当社がオンライン・
ゴルフ場予約サービスにより蓄積したゴルファーの行動やゴルフ場のプレー料金動向
などのデータを活用しながら、ゴルフ場やゴルフ場経営企業に対して各種サービスを
提供している。主なサービス内容は下記の 2 つである。
(a)マーケテイング支援サービス
インターネットマーケテイングを中心として、当社が構築した当社媒体の活用法や
ゴルフ場自主ホームページの有益な活用法などの施策プランを提供し、集客力の向上
を図るサービスである。
(b) コンサルティングサービス
ゴルフ場の収益力の改善を目的に、ゴルフ場のコンサルタントとして集客力の向
上・コストの改善と経営全般に関する各種助言ならびにプランニングを行い、ゴルフ
場の体質改善を支援するサービス行っている。
③メディア事業(http://www.golfdigest.co.jp 及び http://www.gdoshop.com)
当社は、ゴルフコンテンツを総合的に配信するインターネット・メディアとして、広
告・マーケティングサービスを提供しているほか、ゴルフコンテンツの配信サービス
やゴルフ関連サービスを特典としたクレジットカード会員サービスも行っている。
ⅰ)広告・マーケテイングサービス
当社は、ゴルフ情報を提供する当社ホームページ上で、バナー広告やテキスト広告
を掲載したり、当社オンライン会員宛てにメール広告を配信するサービスを設立当初
の 2000 年 5 月より行い、広告主及び広告代理店から対価を得ている。
当社の広告掲載サービスでは、広告スペースの提供とアンケート調査を組み合わせ
るなど、インターネットの特性を生かした各種のマーケティングサービスも展開して
いる。
170
ⅱ)ゴルフコンテンツ配信サービス
当社は、2001 年 3 月より株式会社日本経済新聞社運営の「NIKKEI NET、日経ゴルフ
ガイド」への国内外のプロツアー速報等のゴルフコンテンツを有料で提供を開始した。
その後、ヤフー株式会社が運営する「Yahoo!スポーツ」等に対しても同様の競技情報
コンテンツを有料で提供している。
また、株式会社ジェーシービー、三井住友カード株式会社及び日本航空株式会社に
対して、これら他社サイトの会員サービスの向上につながるオンライン・ゴルフ場予
約サービス機能や「GDOSHOP.com」の機能を有料で提供している。
ⅲ)クレジットカード会員サービス
当社は、2002 年 11 月より株式会社ディーシーカードとの提携で「ゴルフダイジェス
トオンラインカード」を発行し、カード会員事業を開始しており、2004 年 1 月末現在
の会員数は 8,362 人となっている。同サービスの内容は、カード会員に限定したゴル
フ場割引特典や「GDOSHOP.com」でのゴルフ用品購入時の割引特典等となっている。
入会金・年会費は無料で、提携先の株式会社ディーシーカードよりカード利獲得手数
料やカード利用額に応じたコミッション等の対価を得ている。
171
以上の事業内容をまとめたのが図表7-15である。
図表7-15
ゴルフダイジェスト・オンラインの事業内容
(出典)有価証券届出書
172
ゴルフダイジェスト・オンラインのセグメント別売上高(2005 年 6 月期)
図表7-16
事業部門
売上高
構成比
前年同期比
(百万円)
(%)
(%)
①ゴルフ用品 E コマース事業
4,344
78.3
128.8
②ゴルフ場向けサービス事業
879
15.9
170.9
③メディア事業
321
5.8
139.6
5,545
100.0
134.6
合計
(出典)筆者作成
各部門の売上高を図表7-16に示す。
①ゴルフ用品Eコマース事業は、2005 年 6 月期において、取扱商材・ブランド数の拡
充等の各種施策が奏功し、売上高は 4,344 百万円、構成比 78.3%であり、前期比 28.8%
増となった。
②ゴルフ場向けサービス事業は、オンライン・ゴルフ場予約を中心とする当サービス
においては、予約提携ゴルフ場数が 1,140 コースから 1,274 コースに増加したことに
より、ゴルフ場におけるプレー予約枠が大幅に増加した。加えて、営業施策において
ゴルフ場からの仕入枠を早期に確保したことで、ゴルフ場向けに安定的な送客ができ、
売上高構成比は 15.9%、前期比 70.9%増の 879 百万円となった。
③メディア事業は、2005 年 6 月期において、オンライン会員数及び月間 PV の拡大によ
る広告収入の順調な伸長により、ゴルフ関連以外の広告主からの出稿が確実に増加し、
売上高は前期比 39.6%増の 321 百万円となった。
合計として、2005 年 6 月期において、売上高は 5,545 百万円(前期比 34.6%増)、
経常利益は 133 百万円(前期比 54.1%減)、当期純利益は 78 百万円(前期比 52.0%減)
となった。人材の確保やシステム投資などの先行投資がかさみ、減益となっている。
第2項
経営陣
株式公開時の経営陣は以下のとおりである。
①石坂信也;最高経営責任者(1966 年 12 月生まれ)
成蹊大学経済学部卒業後、三菱商事に入社、米国ハーバード大学 MBA 終了後、2000
年 5 月に退社、当社を創業している。
②金田武朗;最高執行責任者(1963 年 7 月生まれ)
早稲田大学法学部卒業後、三井物産に入社、米国シカゴ大学大学院 MBA 終了後、2000
年 6 月に退社、当社に入社している。
③玉置浩伸;最高執行責任者(1965 年 10 月生まれ)
173
東京大学教養学部卒業後、三井物産に入社、米国ハーバード大学 MBA 終了後、2000
年に AOL ジャパン株式会社代表取締役常務を経て 2000 年8月に当社に入社した。
④下田八道;最高財務責任者(1964 年 4 月生まれ)
慶応大学経済学部卒業後、産経新聞社入社、日商岩井を経て 2000 年 12 月に当社に
入社した。
⑤木村玄一;取締役(1962 年 12 月生まれ)
慶応大学法学部卒業後、大日本印刷、モーターマガジン社を経て、1997 年 11 月に株
式会社ゴルフダイジェスト社代表取締役社長に就任、2000 年5月に当社の取締役に就
任した。
第3項
山口哲史ベンチャーキャピタリストの経歴
山口哲史(1965 年 9 月生まれ、現在 41 歳)は、1988 年に新卒で株式会社日本合同
ファイナンス(現在の株式会社ジャフコ)に入社。東京及び大阪で投資活動に係わっ
た後、1994 年には米国シリコンバレーのジャフコアメリカに出向して主に IT 関連を中
心に投資活動を続けてきた。2000 年に米国から日本に帰国後、第二投資本部に属して
投資チームリーダーとして積極的に投資してきた。2005 年には第二投資本部長に就任
するなど、ジャフコを代表するキャピタリストである。主な投資会社には、ゴルフダ
イジェスト・オンライン、フォーサイド・ドット・コム、ワークスアプリケーション
ズ(以上キャピタルゲインの多い順)、オプトウェアなどがあげられる。2005 年にジャ
フコを退社し、中国関連メディア・出版・通信・小売を行う中文産業株式会社取締役、
その関連会社ジャパンツゥシー・ドットコム株式会社の社長に就任している。
第4項
投資するに至った経緯
山口がGDOと係わるきっかけは創業メンバー3人のうち、玉置浩伸取締役(最高
経営責任者)と下田八道取締役(最高財務責任者)が山口とラ・サール中学、高校(鹿
児島県)において同窓及び 1 年先輩で、かつ、バスケットボール部をともに過ごした
仲間であったことに端を発する。玉置は東京大学から三井物産、下田は慶応大学から
産経新聞、山口はジャフコと進む道は異なったが、東京で時々会って情報交換する間
柄であった。
山口は 2000 年に米国シリコンバレーから帰国直前、玉置と東京で面談した。その当
時、玉置は三井物産情報産業部から米国コムテックアメリカ出向及びハーバード大学
MBA を経て 2000 年 1 月からは AOL ジャパン株式会社取締役常務に就任していた。久し
ぶりに会って日本の IT 業界の状況を聞こうとした山口に対して、玉置は知人等と新し
いベンチャー企業を立ち上げる計画がある旨を打ち明けた。山口は資本政策の立案と
出資について相談に乗ることとなった。
174
その後、山口は石坂信也とも面談したが、思いのたけを熱く語る人で、将来成功の
可能性を強く感じた。故石坂泰三(第一生命保険、東芝の社長を経て第二代経済団体
連合会の会長)の孫であることや株式会社ゴルフダイジェスト社の社長である木村玄
一と従兄弟であることも経営者としての成功可能性を信じさせた。
山口は図表7-14に示すように、会社設立の 2000 年 6 月 1 日から 6 ヵ月後の 11
月 18 日にジャフコから約2億円の第三者割当増資を実施することとなる。増資後で 13
億円の時価総額というバリュエーションであった。この時価総額についてはジャフコ
社内でも高すぎるとの意見が相次ぎ、投資委員会で一度は承認されなかった。結局は
2回目の投資委員会で交渉後の諸条件が承認されたものの、そこが山口は大きな山場
であったと回顧している。山口は 13 億円の時価総額についてはリーズナブルな範囲で
あり、高すぎることはないと確信していた。
その理由は以下の 3 点である。
第一に、ネットサービス事業の時価総額は 2000 年初をピークに下がり始めてはいた
が、1 年前であればこのような事業に2~3倍の時価総額をつけていた時期であったか
らである。
第二に、山口が米国で多くのベンチャー企業を見てきた経験から、いわゆる「勝ち
パターン」がこの会社には揃っていたからである。それは、①経営陣が創業からそろ
っていたこと、しかも個人の能力・経験、チームワークや役割分担がしっかりしてい
たこと、②対象マーケットとしてゴルフ市場は魅力的であったこと、すなわち、市場
規模は成熟していたが規模としては十分大きく、かつ競争が激しい割りには不効率な
流通を使っており、当時はネットを活用した会社がなく、市場参入の可能性が十分に
あったことである。今後、ゴルフ関連企業の勝ち組、負け組みが明確に分岐するタイ
ミングがまさに到来する時期であったことが魅力的であった。
第三に、会社設立時から誰でも知っている「ゴルフダイジェスト」というブランド
を使えたことである。株式会社ゴルフダイジェスト社及び木村社長一族が創業当時か
ら 50%強の資本を参加しており、それまで「ゴルファーズオンライン」という名称で
運営してきたサイトのドメンイン名を含めたインターネット事業関連資産を GDO の会
社設立時に有利に利用出来ることが調査の結果判明していたからである。IT サービス
業の必須の条件であるブランド構築を会社設立後、何年もかけて行う必要であるのに
対して、当社は設立当初からブランドが構築してあることが大きなアドバンテージで
あると確信していた。
2000 年 11 月に初期投資した時点では、PER 基準では株式公開時の時価総額を 70 億円
から 80 億円、山口と経営陣との腹づもりでは 150 億円程度を期待してスタートしたが、
実際に 2004 年 4 月 1 日の公開時には 336 億円の時価総額がつくことになった。投資額の
175
7 倍、IRR は約63%となった。
第5項
山口の投資の考え方
山口はこれまでの投資活動、特に米国での投資活動を通じて以下の2つの投資に
関する考え方を持つに至っている。
第一は、創業チームがスタートから揃っていない会社はうまくいかない可能性が高
いということである。ベンチャーキャピタルが投資した後に、その資金を元に経営陣
をヘッドハンティングなどで経営陣を補強してみても、90%以上はうまく行かない。創
業時からコアメンバーが揃っていて、そのメンバーで立てた計画の遂行に、メンバー
揃って一気に駆け抜けていくがことが成功の秘訣である。特に、技術者が社長となる
場合には、社長がエバンジェリストとなり、知り合いを集めてきて会社のコアを作り
上げる能力がない人では、会社設立後の経営も思いやられる。米国のベンチャーキャ
ピタルは経営陣の補強や入れ替えの手助けを行うが、それはあくまでやむにやまれず
行うことであり、出来ればしないですむのに越したことはない。GDOの場合には、
そのコアメンバーが個人の経歴・能力の高さとともに、3 人の役割分担、チームワーク
が出来上がっていたが、これは非常に稀なことであるが、非常に重要なことである。
第二は、投資ポートフォリオを IT テクノロジーのみに偏らないことである。山口は帰
国後、自分の投資チームの投資分野を、1)IT テクノロジー、2)IT サービス、3)小
売などその他、の 3 つにわけ、件数で3分の 1 ごとにするように計画した。投資規模と
EXIT までの期間、リスクが異なるためである。結果として、1)IT テクノロジーは 1 件
当たり3億円から5億円でハイリスク・ハイリターン、2)IT サービスは 1 件当たり 1
億円から 3 億円でミドルリスク・ミドルリターン、3)小売などその他は金額は特定せず、
比較的短期間での公開を目指すもの、と分類して投資していた。結果として、2)の IT
サービス関係であったゴルフダイジェスト・オンライン、フォーサイド・ドット・コム、
ワークスアプリケーションズなどが高い投資リターンをあげることになった。
176
第6項
投資後の関与
GDOへの投資後、山口はアドバイザーリーボードとして役員会に出席していた。
GDOの場合、会社設立直後に約 2 億円の資金調達をしたこともあり、当面の資金繰
りを心配することなくスタートを切ることができた。山口は、役員会での発言よりも、
各取締役と個別に意見交換をとり、各取締役の関係のバランス作りに注力した。GD
O社の場合、投資後はほぼ計画通りに推移し、当初計画どおりのタイミングで株式公
開が出来るに至った。そのため、特に増資後に資金に窮する事もなく、計画にない資
金調達をしないですみ、ベンチャーキャピタリストとしてはあまり手間をかけること
なく公開した企業となった。
スタート後、一番苦労した点は、ゴルフ用品の電子商取引(E コマース)を実施する
ための製品の仕入れルートを開拓することであった。従来のメーカー、卸、小売ルー
トが主流のなか、どのように実績のない IT サービス会社がゴルフ用品の調達先を確保
するかであった。幾つものメーカー、卸を訪問して E コマースの有望性などを説得す
るものの、なかなか取引を開始してくれる企業が出てこなかった。結果として「近代
ゴルフ」(本社;大阪府)が最初に取引を開始してくれることなり、その後は順調に仕
入先を拡大することが出来た。
第7項
関係性について
次に山口と出資者、ベンチャー企業、及び市場・顧客との関係性についてまとめて
みたい。
① ベンチャーキャピタル投資システム全体の戦略構想
山口はベンチャーキャピタリストと投資家、ベンチャー企業、市場および顧客との
関係性については、どちらかに偏ることなく、中立的な立場にいることが大切である
と考える。これは米国のベンチャーキャピタリストを見ていても、本当に大きな実績
を残すものは、優れた経営チームとビジネスプランと出会い、それを適正な時価総額
で評価し、投資後は市場や顧客のニーズを的確にフィードバックしながらベンチャー
企業にフィードバックしていく、という望ましい循環を取っているのを見ていたから
である。その関係性のバランスをとることが非常に難しいのであるが、長期間に安定
してパフォーマンスを出すためには、ベンチャーキャピタリストと投資家、ベンチャ
ー企業、市場および顧客との関係性がそれぞれ強くなければいけないが、しかもそれ
ぞれがバランスしていることが重要であると考えて、全体戦略を構築している。
②革新的プラットフォームの提供
山口はGDOの投資に際しては特に新しいプラットフォームを提供していない。
177
② 市場および顧客に対する付加価値創造支援活動
山口は投資時に潜在ユーザーとしてヒアリングに行った顧客のところに投資後も市
場の動向やGDO社のサービスの満足度などを自ら聞きに行っていた。多くのベンチ
ャーキャピタリストは投資審査の過程でヒアリングに行った先(通常はベンチャー企
業にとっての初期顧客か潜在顧客であることが多い)に対しては、通常1回のみの付
き合いであり、その後も独自でベンチャー企業の付加価値創造の状況などを把握する
ために面談することは稀である。それに対して山口はGDOの顧客に対してそれを実
施している。
またジャフコの投資先であるベンチャー企業や関係の深い大企業の中で、当社の顧
客になりそうな企業にインタビューし、当社の紹介とともに、市場や潜在顧客のニー
ズを汲み取ることに注力した。
③出資者およびベンチャー企業に対するイノベーション支援活動
出資者との関係について、山口はジャフコの社員であったが、出資の募集などを中
心に出資者と相当な関係を築いてきた。ジャフコの投資本部長として、常に会社全体
の戦略を考える立場にいたし、また投資委員会の他のメンバーは出資者寄りの、ベン
チャーキャピタルにのみ有利な条件を出してくるものが多かったために、自然と出資
者の利益を満足させる意識は働いていた。
ベンチャー企業のイノベーション支援活動としては、既存株主との関係調整を中心
的に実施すること、経営者への動機付け、社員の声を経営者に実態提言することを中
心に大きな役割りを果たした。しかし、最も当社が事業展開するに際して貢献したと
山口が思っていることは、事業がスタートアップした段階で 2 億円という余裕のある
資金を提供したことである。当社も事業を開始してから、なかなか製品の供給先が見
つからず、経営陣はもがき苦しむ時期もあったが、その段階でも資金的には十分な余
裕があったのでいろいろな試行錯誤をする余裕があった。それがいろいろ複数の事業
を多面的に生み出すことで業界にイノベーションを起すことに成功したといえる。も
ちろん使う当てのない資金を社内に滞留させておくのは良くないが、スタートアップ
段階のベンチャー企業に対して、将来のビジネスプランの達成に必要な投資資金を思
い切って投入することが必要であると考えている。
③
組織間学習による知識創造の活性化
創業メンバーであった玉置浩伸(最高執行責任者)と下田八道(最高財務責任者)
の 2 人は、株式公開後の 2004 年 9 月の株主総会で退任している。2 人で別のベンチャ
ー企業を立ち上げている。山口から経営陣、経営チームの重要性を指摘されてきてい
たが、創業メンバーの 2 人が抜けた後、人材の更なる強化に努めるとともに、外部取
締役、監査役を強化してガバナースの強化にも努めている。2005 年 9 月時点では、取
締役会は社内 2 名、社外 4 名で構成されており、監査役会は常勤(社外)1 名と非常勤
178
(社外)2 名から成り立っている。社内には公開前に山口が行ってきた社外からのガバ
ナースが非常に重要であるとの認識が学習されており、それは現在も受け継がれてい
る。
また、山口もGDOの投資、育成を経験して、ベンチャー企業のスタートには創業
時からコアメンバーが揃っていて、そのメンバーで立てた計画の遂行に、メンバー揃
って一気に駆け抜けていくがことが成功の秘訣であることを改めて学んだ。またスタ
ートアップの段階で、余裕のある思い切った資金を投入することが経営陣に焦りを生
まずイノベーションを起こすのに有用であることを学習した。
山口はこの学習を踏まえて、その後の投資実行に際しても同様の行動を取っている。
このように山口は、出資者、ベンチャー企業、及び市場・顧客との間で、「組織間
の共通の目的・利益を達成し、価値創造を目指すため、組織同士が相互に不足する経
営資源を補完する関係」である協創関係を構築していた。その結果、山口は非常に高
いIRRを達成できた。最終仮説「育成方法の中でも特に利害関係者との協創関係を
構築すれば日本でも高いIRRは達成できる」は本ケースにおいても確認できたとい
えよう。
図表7-17
山口の関係性
全体戦略の構想
市場
顧客
フィードバック
付加価値創造支援
VC
組織間学習
出資者
イノベーション
支援
ベンチャ
ー企業
(出典)筆者作成
また山口の関係性は、会社の段階によって微妙に変えるべきだと考えていることが
興味深い。
179
① シード段階では、ベンチャーキャピタリストの山口と玉置取締役、石坂社長他取締
役との関係から、ベンチャー企業(経営者)と極めて近い距離で動いていた。具体
的には、会社設立の仕方や資本政策の立て方、ビジネスプランの完成度を上げるた
めに何度も相談を繰り返して、会社設立においても株式公開を睨んだ計画になるよ
うにアドバイスをしていった。その過程を経ることによって、ベンチャーキャピタ
リストの山口と、経営陣である石坂、玉置ほかとの間の信頼性が次第に醸成されて
いった。
② 会社が設立されて半年ほど経過し、第三者割当増資を実行するスタートアップ段階
になると、それまでのベンチャー企業(経営者)寄りの位置づけから、出資者との
距離を近づけることにシフトさせた。具体的には、バリュエーションを決定するに
際して、ベンチャー企業(経営者)のニーズである少しでも高い時価総額を取るわ
けでもなく、一方、出資者のニーズである少しでも割安な時価総額を取るわけでも
なく、あくまでもその時点での適正な時価総額で双方を納得させることが重要であ
ると考えた。特に、山口の場合にはジャフコの投資委員会のメンバーではあるもの
の、そのバリュエーションの決定については他の多くの投資委員会メンバー(特に
ジャフコの経営陣)の説得、納得を得るには強いパワーが必要となる。妥当な時価
総額が必ずしも計算式で明確に出る分けなく、DCF法や株式公開時の想定PER
に基づく時価総額予想、期待する IRR に基づくベンチャーキャピタル法など、いろ
いろな見方が出来るだけに、そのなかでどのような時価総額を取るか、ということ
と投資契約書の具体的中身について決定するときには出資者のことを配慮して落ち
着きどころを決めている。
③ 増資が完了してからは、事業計画どおりの事業推進を行う段階となる。日々の事業
については、ベンチャー企業の経営者に任せているが、山口は投資時に潜在ユーザ
ーとしてヒアリングに行った顧客のところに投資後も市場の動向やGDO社のサー
ビスの満足度などを自ら聞きに行っていた。またジャフコの投資先であるベンチャ
ー企業や関係の深い大企業の中で、当社の顧客になりそうな企業にインタビューし、
当社の紹介とともに、市場や潜在顧客のニーズを汲み取ることに注力した。これは
ベンチャー企業はマーケティングに力を入れているものの、どうしても日ごろの業
務に追われ、視野が狭くなっていき、結果として属する市場や顧客の変化を読み取
れず、ずれていくことが多いという山口の経験によったものである。つまり、マー
ケッティングの失敗は、ビジネスプランを立てたときには市場や顧客のニーズに対
してベンチャー企業が提供し付加価値を創造しようとする方向性は間違っていなか
ったものの、ベンチャー企業がその製品・サービスを提供しようと準備をしている
間に、市場や顧客のニーズが変化してしまい、実際にベンチャー企業が商品・サー
ビスを提供できたときにはニーズがずれているため思ったほどの売上が上がらない、
180
ということをいくつかのベンチャー企業で見てきた。このような動的対応に関して
ベンチャーキャピタルは外部から客観的な視点でアドバイスができると考える。ベ
ンチャー企業の実施する付加価値創造活動を支援することに重きを置いた関係にシ
フトしたといえよう。
④
その後は、ベンチャーキャピタルは出資者、ベンチャー企業、市場及び顧客の中
立的な立場を保っている。
図表7-18
山口の関係性の変化推移
全体戦略の構想
市場
顧客
④
③
VC
②
出資者
①
ベンチャ
ー企業
(注)図中の数字は山口の関係性の推移の順番を示す
(出典)筆者作成
181
第6節
3者の中立的関係のケース(2)
氏名・所属
仮屋園聡一
グロービスキャピタルパートナーズ
パ
ートナー
生年
1969 年 2 月(37歳)
主な担当ベンチャー企業
株式会社GDH
主な経歴
1992 年㈱三和総合研究所入所
,ワークスアプリケーション、
1996 年㈱グロービス入社
1999 年エイパックス・グロービス・パートナーズ㈱入社
ベンチャーキャピタルで
役員
の役員の有無
投資決定委員会の参加
参加
ファンドへの個人出資
出資あり
成功報酬の分配
分配あり
会社名
GDH
株式会社GDH
所在地
東京都新宿区西新宿 4-33-4
設立
2000 年 2 月 29 日
役員
代表取締役会長
取締役
従業員
事業内容
梶田浩司
新宿中央公園ビル 4F
村濱章司、代表取締役社長
仮屋薗聡一、監査役
石川真一郎
小高茂
秋山泉
濱田清仁
49 名
グループ企業の経営戦略及び企画制作策定と実行、グループ全体の財務経営管
理、コンテンツ投資、作品投資、版権管理、ワールドワイドなコンテンツ開発、
ニューメディア向け事業展開、海外番 販
沿革
1992 年 9 月 有限会社ゴンゾ設立
1996 年 5 月 株式会社ディジメーション設立
1999 年 5 月 有限会社ゴンゾから株式会社ゴンゾへ組織変更
2000 年 2 月 株式会社ゴンゾ・ディジメーション・ホールディング設立
2002 年 4 月 株式会社ゴンゾと株式会社ディジメーションが合併し、 株式会社
ゴンゾ・ディジメーションに社名変更
2004 年 7 月 株式会社ゴンゾ・ディジメーションを株式会社ゴンゾに社名変更
株式会社ゴンゾ・ディジメーション・ホールディングを株式会社
GDH に社名変更
2004 年 11 月 東京証券取引所マザーズ上場
182
260億円(2005 年 12 月 26 日)
時価総額
(連結)(百万円、円)
2003/3
売上高
2004/3
2005/3
2006/3(予)
2,494
4,418
6,294
8,000
経常利益
174
286
466
580
当期利益
245
223
315
340
1株あたり利益
16,121
13,439
14,071
6,886
1 株あたり純資産
71,245
84,988
110,548
34.5%
27.1%
36.1%
ROA
-
5.07%
4.89%
ROE
-
16.96%
15.13%
単位;円、千円、倍
時価総額
売上高
当期利益
株主資本比率
(業績予想は会社四季報による)
図表7-19
GDH資本政策
増資単価
2000/2/29
2000/4/5
2000/6/1
2000/10/5
2000/10/25
2001/8/16
2002/9/28
2002/12/1
2004/4/28
2004/6/1
2004/11/9
2005/5/9
会社設立
第三者割当増資
第三者割当増資
第三者割当増資
第三者割当増資
分割(1:10)
第三者割当増資
第三者割当増資
第三者割当増資
第三者割当増資
IPO
50,000
1,000,000
1,000,000
2,000,000
2,000,000
170,000
85,500
127,944
85,502
292,000
534,000
25,000
1,000,000
1,050,000
2,666,000
2,816,000
2,816,000
2,785,280
1,460,853
2,241,067
1,717,564
7,008,000
25,632,000
純資産
PSR(倍)PBR(倍)
VCラウンド
第1回 H&Q
10,000
10,000
57,400
331,055
331,055
4,418,643
4,418,643
4,418,643
6,294,146
△ 13,160
△ 13,160
△ 77,441
44,614
44,614
223,461
223,461
223,461
315,552
561,839
561,839
1,200,398
1,245,012
1,245,012
1,463,154
1,463,154
1,463,154
2,700,904
266.6
281.6
49.1
8.4
4.4
0.5
0.4
1.6
4.1
4.7
5.0
2.3
2.2
1.2
1.5
1.2
4.8
9.5
第2回グロービス
第2回グロービス
第3回 IT-X他
第4回
第5回
第6回
(注)2005/3/28 に 1:2 の株式分割を実施
(注)2003/3 以降は連結業績、それ以前は単独業績
(出典)筆者作成
第1項
沿革と事業内容
(1)沿革
当社グループは、前身となる会社として 1992 年9月にアニメーションの企画・制作
事業を行う有限会社ゴンゾ(1999 年5月に株式会社に組織変更)、1996 年5月にデジタ
ルアニメーション制作事業を行う株式会社ディジメーションがそれぞれ別々に設立さ
れた。その後、2000 年2月に日本発で世界に通用するアニメーション企業を目指すた
め、株式会社ゴンゾが有する「企画力」と株式会社ディジメーションが有する「制作
力」を融合し、将来の事業展開及び企業文化を見据えた効率的な経営組織体制を構築
するため、それぞれを完全子会社とした、株式会社ゴンゾ・ディジメーション・ホー
ルディング(現 株式会社GDH)を設立した。
183
2000 年4月には、モバイル・インターネット向けアニメーションの企画・制作を行
うことを目的として、株式会社クリエーターズ・ドット・コム(現 株式会社Gクリエ
イターズ)を子会社化した。また、同月に、株式会社ディジメーションの子会社であ
りキャラクター等の企画を行っていた株式会社ウズを子会社化した。
2002 年4月には企画と制作の一体化を図るため、株式会社ゴンゾは株式会社ディジ
メーションを吸収合併し、株式会社ゴンゾ・ディジメーション(現 株式会社ゴンゾ)
に商号変更した。
当社グループの変遷状況を時系列的に記載すると以下のようになる。
184
図表7-20
GDOの会社変遷
(出典)有価証券届出書
(2)
事業内容
当社の事業内容は、大きく①制作事業、②ライツ事業、③その他事業、の 3 つに分
類される。
① 制作事業
テレビ向けアニメ作品を中心に、企画・制作から編集までアニメーション制作活動
に係る全ての制作工程を当社グループで手掛けている。当社グループで原作権を保有
する作品と出版社や漫画家等が原作権を保有する作品の双方のアニメーションを制作
しており、2DCG(2-Dimensional Computer Graphics の略称であり、塗りつぶし、
直線、曲線の描画の重ねあわせで平面(2次元)に描画された画像や映像のこと)に3
DCG(3-Dimensional Computer Graphics の略称であり、空間や立体など3次元の
存在を、コンピュータの画面に投影して描画した画像や映像のこと)などのデジタル
技術を駆使したアニメーション制作に取り組んでいる。
海外企業との国際共同製作によるアニメーションの企画・制作を当社が、国内のテ
レビ向け及び劇場向けアニメーション等の企画・制作を当社子会社である株式会社ゴ
185
ンゾが行っている。
また、株式会社Gクリエイターズは、フラッシュ(米国 Macromedia 社が開発した、
音声及び「点」とその間をつなぐ「ライン」だけで構成可能な図形画像のアニメーシ
ョンを組み合わせてウェブコンテンツを作成するソフトのこと)を用い主にインター
ネット向けの短編アニメ作品及びウェブサイトの企画・制作を行っている。
尚、一般的なアニメーションの制作工程は以下のとおりである。
図表7-21
アニメーションの制作工程
(出典)有価証券届出書
i)企画
企画とは、コンテンツの原点であり、映像表現を通して何を伝えるかを明確にし、
土台となる構想及びビジュアルイメージを発案していくこと。
ii)プロット及び脚本
プロットとは、企画に基づいたあらすじのことであり、脚本家が中心となって行う。
プロットが決定した後に脚本(シナリオ)を作成する。
iii)絵コンテ
絵コンテとは、アニメーションの設計図にあたり、制作する映像のイメージ、演出
意図及び作業指示を表したものであり、脚本や設定したイメージをもとに、画面のイ
メージ、秒数、カメラワーク及びセリフ等について、絵を交えて指示する資料である。
iv)レイアウト
レイアウトとはアニメーションの1シーンを具体的にした画面構成図。画面内の距
離感や登場人物の動きやカメラワークが指示されている。絵コンテがアニメーション
186
の設計図であるのに対し、レイアウトは1シーンの設計図である。
v)原画
アニメーションのキーポイントとなる絵のこと。これは後工程の動画で動きの絵を
描くためのガイドとなる絵のことである。レイアウトをもとに原画を描き、その際に
動きのタイミングやカメラワークの指示を入れる。
vi)作監
作監とは作画監督の略であり、何人もの原画アニメーターが描いた原画を作監がチ
ェックする。同じキャラクターを何人ものアニメーターが描くので、作品全体の絵の
質を統一させる。
vii)動画
原画と原画の間に入る動きの途中の絵のことをいう。
動画アニメーターが原画アニメーターの指示に従い、動画を描く。原画と原画の間に
自然に動いているように見せるため、動画アニメーターが原画アニメーターの指示に
従い動画を描いてゆく。
viii)仕上げ
完成した動画をスキャナーでパソコンに取り込み、色彩設計の指示に従いパソコン
上で色を塗る。なお、色彩設計とはキャラクターの色を決定する役職でもある。
ix)3DCG(モデリング/テクスチャ/アニメーション)
3Dソフトを使用して物体を作り、動きを付ける。モデリングとは3Dソフトを使
って物体を作る作業であり、テクスチャとはモデリングされた物体に金属のサビや傷
などの特殊効果を付け加える作業である。アニメーションはモデリングされた物体に
動きを付ける作業である。
x)美術(背景)/スキャン/補正
作品の世界観をもとに美術監督が背景にあたる絵を統括し、作品全体における背景
画の統一を諮っている。背景として作成された絵をパソコンに取り込み、色の調整を
行う。
xi)撮組み
各工程で作成した、キャラクター・背景・3DCGの素材を合わせ、パソコン上に
て合成作業を行う。その後、特殊効果を加えて、一般的なアニメーション画像に仕上
げる。
xii)ラッシュチェック/カッティング(編集)
ラッシュチェックは撮組みにて撮影されたアニメーション画像をチェックする作業
であり、カッティングはチェックの終わった映像を決まった長さにカットする。
xiii)アフレコ/ダビング
アフレコとは完成した映像に合わせ、キャラクターのセリフを録音してゆく。この
187
アフレコ後に音楽や効果音を画像に合わせて録音することをダビングと言う。
xiv)フォーマット編集
最終的に画像と音を合わせたものを、指定されたフォーマットに整えて納品物にす
る作業。
②ライツ事業
当社グループが手掛けるアニメ作品に対して出資をすることにより、収益分配権及
び二次利用権(アニメ作品に係る周辺事業権利のことであり、具体的には、ビデオグ
ラム化権、海外利用権、商品化権、ゲーム化権等をいう)を取得し、これら権利を行
使することで国内外の企業に許諾・販売等を行っている。
当社は、アニメ作品の制作を目的として、個別作品ごとに組成される製作委員会、
若しくは特別目的会社に対して出資を行うことで、出資割合に応じた収益分配権に基
づく版権収入を得ており、また、収益分配権及び二次利用権等の一部を販売する業務
を行っている。同時に、当該作品のビデオグラム化権や海外利用権等の二次利用権を
取得し事業展開をすることにより収益を上げている。
一方、株式会社ゴンゾは、アニメ作品の企画・制作を行うことにより、原作権等の
権利を取得することで印税収入を確保し、株式会社Gクリエイターズは、自社オリジ
ナルのインターネット向け短編アニメ作品について、ウェブサイト運営会社に利用許
諾を行っている。
また、株式会社フューチャービジョンミュージックは、作詞・作曲家のアニメ音楽の
著作権を管理する事業を行っている。
188
i)「製作委員会」とは、アニメーションや映画などの制作に必要な資金調達をする際
に複数の企業によって組成される任意組合のことである。当社は積極的に「製作委員
会」のスキムを活用した活動を行なっている。
図表7-22
製作委員会スキーム図
(出典)有価証券届出書
ii)「特別目的会社」とは、資産の流動化に関する法律第2条第3項に規定する特定
目的会社のことで、当社は積極的に「特別目的会社」を活用した活動を行なっている。
図表7-23
金融機関からの融資を用いたスキーム図
(出典)有価証券届出書
③その他事業
株式会社Gクリエイターズは、アニメ専門誌「月刊 Newtype」(株式会社角川書店)
のモバイル版サイトを株式会社角川書店と共同で企画・運営する事業を行っている。
189
携帯電話等の端末使用者が当該サイトにアクセスし、各種アニメーションの情報・待
受画像・着信メロディ等のサービスを提供することにより、対価として月間情報料を
回収する業務を行っている。株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモの公式サイト「Newtype
-i」、KDDI株式会社の公式サイト「Newtype-EZ」、ボーダフォン株式会社の公式
サイト「Newtype-V」の企画・運営を行っている。
また、5月より順次、株式会社ゴンゾが手掛けるアニメ作品情報を提供するモバイル
サイト「深夜アニメGONZO」の企画・運営事業を株式会社エヌ・ティ・ティ・ド
コモ、KDDI株式会社の公式サイト及びボーダフォン株式会社の公式サイトでそれ
ぞれ開始致した。
以上の活動をまとめると図表7-24の様になる。
図表7-24
連結売上高、営業利益の内訳(2005 年 3 月期)
事業の
連結売上高
構成比
前年増加
営業利益
営業利益率
セグメント
(百万円)
(%)
率(%)
(百万円)
(%)
①制作事業
3,406
50.2
10.3
283
8.3
②ライツ事業
3,196
47.1
68.4
687
21.5
③その他事業
181
2.7
32.1
86
47.9
合計
6,783
100.0
32.4
1,058
15.6
連結消去
(489)
連結金額
6,294
(562)
42.5
495
7.9
(出典)筆者作成
第2項
経営陣
株式公開時の主な経営陣は以下の通りである。
①村濱章司;代表取締役会長(1964 年 5 月生まれ)
村濱は、1987 年㈱ガイナックス入社後、1992 年 9 月に ㈲ゴンゾ設立(1999 年 5 月
㈱
ゴンゾに組織変更)、代表取締役社長に就任している。2000 年 2 月には当社を設立、代
表取締役社長に就任している。その後、2001 年 5 月には、代表取締役会長に就任し、
現在に至っている。村濱は各種コンテンツのプロデューサーととして高い評価を得て
いる。
②石川真一郎;代表取締役社長(1967 年1月生まれ)
石川は、1991 年 4 月に ㈱ボストンコンサルティンググループに入社して戦略コンサ
190
ルティングに従事してきた。1999 年 6 月に退社し㈱ディジメーションの代表取締役に
就任した。2000 年 2 月に当社を設立、取締役に就任している。その後、2001 年 5 月に
は代表取締役社長に就任、現在に至っている。石川は過去の経歴から戦略立案に長け
ている。
③梶田浩司;取締役(1970 年 12 月生まれ)
梶田は、1996 年 5 月㈱ディジメーションの取締役、1998 年 5 月には ㈱ディジメー
ション代表取締役に就任している。2000 年 2 月に当社取締役に就任、現在に至ってい
る。梶田は財務・管理業務に長けている。
そのほか、株主出身として、松村慎一郎(1972 年 2 月生まれ、ゼネラル・エレクトリ
ック社コーポレートを経て H&Q ASIA PACIFIC JAPAN Ltd.)と仮屋薗聡一(1969 年 2
月生まれ、エイパックス・グロービス・パートナーズ)の 2 人が非常勤取締役として就任
している。
第3項
ベンチャーキャピタリスト
仮屋園聡一の経歴
仮屋園聡一は 1969 年 2 月生まれ、現在37歳、グロービスキャピタルパートナー
ズ
パートナーである。
1992 年に株式会社三和総合研究所入所、コンサルタントを経験した後、1996 年に
株式会社グロービス入社、1999 年エイパックス・グロービス・パートナーズ株式会社
に入社し、現在に至っている。戦略の立案に長けている上に、IT サービス企業を中心
に多くの人脈を有していることが強みである。主な投資先として、株式会社GDH
,
ワークスアプリケーションなどがある。
グロービスは2つのファンドを運用している。
1 号ファンドは、 グロービス・インキュベーション・ファンド(GIF) と呼ばれ、
1996年に5億4千万円のファンド規模で組成された。日本初の本格的インキュベ
ーション型ベンチャーキャピタルファンドである。合計計 13 社への投資を実施、そ
の中には、株式会社フルキャスト、株式会社ワークスアプリケーションズ、株式会社
東京個別指導学院などがある。
2号フ ァン ドは、 欧米 のAp ax 社 と共同 で19 99 年に組 成し た、 エ イパ ック
ス・グロービス・ジャパン・ファンド(AGJF) でファンド規模が200億円である。
主 な 投 資 先 に は 、 赤 外 線 (IrDA)な ど の 近 距 離 無 線 技 術 を 利 用 し た 製 品 の 開 発 の リ ン
ク・エボリューション株式会社、次世代超高速大容量光ディスクシステムの開発の株
式会社オプトウェア、ヒューマノイドロボット及びロボットモジュールの開発をする
株式会社ゼットエムピー、人事・給与パッケージソフト開発のワークスアプリケーシ
191
ョンズ、高付加価値型インターネット・リサーチ・ソリューションの開発及びコンサ
ルティングサービスの株式会社インタースコープ、高齢者向け介護サービスをはじめ
医療分野における先進的なサービスを展開する株式会社ヘルスケア・マネジメントな
どがある。
そして 2006 年初現在、3 号ファンドを組成中である。
第4項
投資に至る経緯
仮屋園が最初に係わったのは99年 12 月に投資銀行から紹介があった。その当時、
2000 年2月に合併することを前提にしており、すでに H&Q が投資することを決めてい
た。H&Q はボストン・コンサルティングにいた石川真一郎がアドバイザーをかねていたこ
ともあり、早くから係わりを持っていた。
グロービスは、まず経営陣向けのワラントを 2000 年 8 月 31 日に 1.45 億円分引き受
けた。その後、2000 年 10 月5日、10 月 25 日にベンチャーキャピタルから合計 7.5 億
円増資したときのリードキャピタルを努めた。
役員には H&Q は2名指名権、グロービスは1名指名権を持ち、他1名を H&Q とグロ
ービスが推薦できた。仮屋園は 2000 年9月に取締役に就任、グロービスからは推薦枠
を使って組織開発能力があった加藤が 2001 年 1 月に取締役に就任した。結果として H&Q
が 2 名、グロービスが 2 名の非常勤取締役となった。
グロービスは 2000 年 10 月に 1 株20万円で、時価総額 26 億円として増資を行なっ
た。GDHはその後、2001 年 8 月に10分割、2005 年 5 月に 2 分割を行なっている。
当社が 2004 年 11 月に株式上場後、6 ヶ月の株式継続保有期間を経た 2005 年 5 月にグ
ロービスが全株式を売却したと仮定するとグロービスの投資IRRは年率 44.1%と高
いものとなった。
第5項
投資後の問題点
投資した時点で経営陣3人の骨格ができていたことが投資魅力であった。石川はボ
ストンコンサルティング出身で戦略立案に長けており、村浜はプロデューサー企画・
スタッフアレンジ、進捗管理が得意、梶田は COO でかつ、会計を勉強したこともあり
管理部門も兼務できた。
しかし、投資した後で役員会などに出席するようになって、投資前にはわからなか
ったような問題点が明確になって来た。それは、本質的には 3 人がかみ合っておらず、
社内でもその関係が問題視されていたことである。3人とも能力はとんがっており、
足すと良いバランスになる可能性があるものの、3人ともコミュニュケーションがス
トレート過ぎてギクシャクしていた。相手を認めて良いところを引き出すという、経
営者としての経験値、マネジメント能力が足りないがために、お互いを信頼しておら
192
ず、本当のチームになっていない状態であった。
この問題点は合併後最初の1年目で明らかになった。検収遅れ1社、受注遅れが1
社出たこともあり、売上高の実績が当初計画を75%下回ることとなり、資金がほと
んどなくなる事態を迎えた。
第6項
その解決策
このような会社の危機に際して、仮屋園は以下の5点の施策を実施した。
まず、第1は、村浜に会長、石川に社長になってもらったことである。もともと村
浜はプロデューサーとして一流であり、ビジョナリスト、エバンジェリスト、会長タ
イプであり、戦略立案や人材管理などは他の人に任せたいと思っていた。肩書きにも
拘らない人であった。一方、石川はその当時、自身の会社と掛け持ちで当社に全力投
入していない状況であったが、仮屋園は、
「このままでは会社がダメになる、会社を本
気で立て直すには石川が代表取締役社長になるのがいちばんいい」と説得、石川も腹
を決めることになった。ただ、この社長交代には大きな軋轢はなく進めることが出来
た。これについて仮屋園は、2 人と年齢も近く、本音で話し合える信頼感が形成できて
いたこと、2人の性格に裏表がなく、謙虚で、自分のポジションより事業の結果を優
先する人達であったから成功したと述べている。オーナー社長であったらこの社長交
替は難しかったかもしれない。
対応策の第2は、幹部合宿を始めたことである。「何のために会社を作ったのか」な
どのビジョンと価値観の共有化に注力すると同時に、企業戦略とそれを達成するため
の戦術、行動計画、スケジュールについて、繰り返し、かつ、時間をかけて議論して
いった。回を重ねるにつれて経営幹部間にお互いの信頼感が醸成で来たのと、お互い
の強み、弱みが明確になって相互補完をどのように取ったらよいかが明らかになって
いった。
対応策の第3は、役割分担を明確にすることであった。村浜はプロデューサー会長、
梶田を現場責任者としてCOOに専任としてクリエイティブな業務に専念してもらっ
た。それまで村浜が行っていた戦略立案や社長業は石川社長に、梶田が行っていた経
理管理業務は、ベンチャー企業として東証2部上場企業となったアライドテレシス株
式会社で管理部長をしていた後藤に入社してもらい引き継ぐことにした。この業務分
担の明確化、専任化で非常に業務が効率的かつ、各自が自信を持って推進できるよう
になった。
対応策の第4は、仮屋園が経営会議に出席するようにしたことである。それまでは
取締役会への出席を中心としていたが、経営会議において合理的な進め方がなされる
ように指導した。すなわち、先回の経営会議での宿題のチェック、議題提出のフォー
マット、議論の進め方、次回までにしてくることの明確化などを徹底させた。
193
対応策の第5は、グロービスの加藤が取締役・執行役員全部の個人目標の立案、達
成度管理を実施したことである。加藤はヒューマンリソースや能力開発に関するコン
サルティングに長けている。加藤は、GDH
の執行役員が個人目標を作成するため
の個別相談にのり、その目標のベクトルあわせを行い、目標の進捗管理を行っていっ
た。これらの活動によって個人目標管理の手法を取締役・執行役員が身につけ、部下
の管理にも活用することで全社員が効率的に働けるようになっていった。
このような活動を通じて、取締役・執行役員が自信をもって仕事に邁進できる雰囲
気が出てきて、各種プロジェクトも進み始めた。さらに、経営手法が定着したことも
安心材料になったことから優秀な人材も採用できるようになってきた。
資金的にはグロービスが社債を発行してしのぐとともに、2002 年夏にシリーズ D(IT
―X がリード)で増資資金が集まったこと、その増資の実施を踏まえて三井住友銀行が
コンテンツ融資を3.5億円実施したこと、などで危機をしのぐことが出来た。
第7項
仮屋園のハンズオン手法
仮屋園は、ワークスアプリケーションズなど IT ソフト会社・ソリューション提案会
社は手がけるが、純粋なテクノロジー開発会社は投資していない。日本では未だ純
粋なテクノロジー開発会社の成功モデルが見えないからである。テクノロジーのマ
ネジメントに強みを発揮するテクノロジーベンチャー(真の MOT 活用企業)が出て
きてほしいと思っているが、極めて数が少ない。今のところオペレーションマネジ
メントが強い企業が日本には多く、投資先も結果として IT 関連といっても純粋テク
ノロジー関連は少ない。
投資するときには経営者の能力の見極めと損益分岐点の議論を重要視している。
黒字になるためのマイルストーンを設け、投資後2期くらいで損益分岐に持ってゆ
く計画を立てる。これをもとにマーケティング計画、価格計画、資金調達計画など
を立ててゆく。ベンチャー企業はとにかく一定の売上を早期にあげ、とりあえず黒
字するという成功体験を持つべきだ、ということをこれまでのベンチャー企業への
投資経験で強く感じている。「オセロゲームで、ある時期にそれまでの黒が一斉に白
に変わる瞬間がある」ように、同時に人(優秀な人が入り始める)、金(資金調達が
容易になる)、業績(特に売上高に加速度がつく)が良くなる時期を迎えられるよう
にベンチャーキャピタリストは仕掛けることが重要である。この手法の欠点として
は企業規模がこじんまりする可能性があるものの、マーケット規模が成長する分野
を選べば問題はないと述べている。
GDHでも累計20億円のエクイティを集めた。シリーズ A のリードキャピタル
は HQ,
シリーズ B,C はグロービス、シリーズ D は IT-X であった。前のリードが次
のリードを見つけてくるところまでがリードベンチャーキャピタルの役割であると
194
考えており、次の投資家にリードになってもらいやすいように魅力ある会社の段階
に仕向けるのが重要であると考える。その意味でも、マイルストンが外部から明確
で立てやすく、かつ、その達成度が見えやすいようにすることがベンチャーキャピ
タリスト成功の秘訣と考えている。
第8項
関係性について
次に仮屋園と出資者、ベンチャー企業、及び市場・顧客との関係性についてまとめ
てみたい。
①ベンチャーキャピタル投資システム全体の戦略構想
仮屋園はベンチャーキャピタリストと投資家、ベンチャー企業、市場および顧客と
の関係性については、どちらかに偏ることなく、中立的な立場にいることが大切であ
ると考える。2号ファンドは、欧米のApax社 と共同で組成しており、資金の90%
以上が海外の投資家からの資金である。そのため、出資者の期待するIRRの水準も
高く、また投資プロセスについても日本の投資家に比べると説明責任が強く求められ
ている。ただ、逆に欧米のベンチャーキャピタルへの投資経験のある出資者ばかりな
ので、ファンドのキャッシュフローが「Jカーブ」を描くことや能力の高いベンチャ
ーキャピタリストの裁量に任せておいたほうがパフォーマンスは良くなることなどを
学習している出資者が多く、日頃の投資・育成活動において、緊張感はあるものの、
それほど強い出資者の圧力があるわけではなかった。
ベンチャー企業との関係も、日頃の業務推進は経営陣に任せておくものの、特に経
営陣の間の人間関係や業務分担および個人的な能力開発について強い配慮をしていた。
また、市場及び顧客との関係性については、グロービスの関係のある企業経営者な
どから意見を聞くことなどにより、市場および顧客のニーズをGDHに反映させるよ
うにしていた。
このような出資者、ベンチャー企業、及び市場・顧客との中立的な関係性を持つに
至ったのは、仮屋園がこれまで投資をしてきた中で出資者寄りの立場で臨んだ投資や、
ベンチャー企業寄りの立場で臨んだ投資などの経験のなかで後悔することもあり、そ
れを修正してきたからである。
②革新的プラットフォームの提供
仮屋園はGDHの投資に際しては特に新しいプラットフォームを提供していない。
③市場および顧客に対する付加価値創造支援活動
GDHの村濱会長、梶田取締役などの幹部が魅力あふれる映画やデジタルコンテン
ツを作成し、才能や作成技術が市場および顧客に高く評価される自信はある。仮屋園
はそれを効率よく、しかも大規模な仕掛けをするかの面でGDHの創造活動を支援し
ている。具体的には創造的活動が出やすい風土作りをしたり、また、プロジェクトを
195
製作委員会のスキムや特別目的会社を活用する手法などを推し進め、GDHのプロジ
ェクトの初期の段階から顧客を巻き込んだ仕組みづくりをアドバイスしている。
④出資者およびベンチャー企業に対するイノベーション支援活動
欧米の出資者に日本の投資機会を提供すると意味のイノベーション支援活動は行っ
ている。1999 年に エイパックス・グロービス・ジャパン・ファンド(AGJF) を作るま
では、欧米の出資者が200億円規模での資金を日本のベンチャー企業に投資する機
会はなかった。これはエイパックスグループと組んだことにより、海外の機関投資家
とのネットワークが出来たことが大きい。
ベンチャー企業に対するイノベーション支援活動は、経営者および経営幹部の能力
アップのための研修、経営者への動機付け、社員の声を経営者に実態提言すること、
および危機回避対応を中心に大きな役割りを果たした。
⑤組織間学習による知識創造の活性化
仮屋園は、「何のために会社を作ったのか」などのビジョンと価値観の共有化に注
力すると同時に、企業戦略とそれを達成するための戦術、行動計画、スケジュールに
ついて、繰り返し、かつ、時間をかけて議論していった。回を重ねるにつれて経営幹
部間にお互いの信頼感が醸成で来たのと、お互いの強み、弱みが明確になって相互補
完をどのように取ったらよいかが明らかになっていった。それは幹部合宿や日常の経
営会議においての会議の進め方において、先回の宿題のチェック、議題提出のフォー
マット、議論の進め方、次回までにしてくることの明確化などを徹底する風土となっ
て現在も会社に根付いている。この風土が仮屋園の貢献もあって会社に根付いている
ことで、論理的な議論が進み、会社の付加価値活動に大いに貢献していると石川社長
は述べている。
また、仮屋園もGDHへの投資を通じて、スタートアップ企業では、当初の創業メ
ンバーのレベルと役割分担が大切で、またそのメンバー間の信頼感の醸成が非常に大
切であることを学んだ。GDHの場合、創業メンバーは優秀であったが、その役割分
担が明確でなったが、それを調整する役割がベンチャーキャピタリストであった。ま
た、幾つのも投資案件を経験して、優秀な創業者一人がいて、そこに投資してから幹
部をヘッドハンティングしてもうまくいかず、創業からチームができている会社でな
いと成功する確率が低いことを学んだ。また、幹部どおし、およびベンチャーキャピ
タリストとの信頼感の醸成において合宿の開催は有効であり、また、経営会議での司
会役をすることが効果的であることを仮屋園も確信し、その後の投資において活用し
ている。
更に、ベンチャーキャピタリストと投資家、ベンチャー企業、市場および顧客との
関係性についても、どちらかに偏ることなく、中立的な立場にいることが大切である
とGDHの事例でも感じている。
196
このように仮屋園は、出資者、ベンチャー企業、及び市場・顧客との間で、「組織
間の共通の目的・利益を達成し、価値創造を目指すため、組織同士が相互に不足する
経営資源を補完する関係」である協創関係を構築していた。その結果、仮屋園は非常
に高いIRRを達成できた。最終仮説「育成方法の中でも特に利害関係者との協創関
係を構築すれば日本でも高いIRRは達成できる」は本ケースにおいても確認できた
といえよう。
図表7-25
仮屋園の関係性
全体戦略の構想
市場
顧客
フィードバック
付加価値創造支援
VC
組織間学習
出資者
イノベーション
支援
ベンチャ
ー企業
イノベーション
支援
(出典)筆者作成
197
第7節;3者の中立的関係のケース(3)
氏名・所属
関野正明
日本ベンチャーキャピタル株式会社
ゼネラル
マネージャー
生年
1954 年 10 月(51 歳)
主な担当ベンチャー企
アプリックス、パシフィックマネジメント
業
主な経歴
1977 年㈱ヂーゼル機器株式会社入社
1988 年NED(日本長期信用銀行系ベンチャーキャピタル)
入社
1999 年㈱ 日本ベンチャーキャピタル 入社
ベンチャーキャピタリストとして 17 年ものキャリアを持
つ。
ベンチャーキャピタル
ゼネラルマネージャー
での役員の有無
投資決定委員会の参加
参加
ファンドへの個人出資
出資なし
成功報酬の分配
分配あり
会社名
株式会社アプリックス
所在地
東京都新宿区西早稲田 2-18-18
設立
1986 年 2 月
役員
代表取締役社長
郡山龍
取締役
クォー・J.C.、黒崎守峰 、ウー・K.Y.
監査役
金子雄美、松田修一、森谷享右
従業員
211名
事業内容
Java端末を制御する携帯向け組み込みソフト開発・販売が主力。家電
向けの開発も手がける。
沿革
1986 年 2月
株式会社アプリックス設立。
1990 年 10 月
MMF'90(幕張で開催されたマルチメディアのイベント)にて
自社開発のマルチメディア関連製品を一挙発表
2000 年 4 月
ジェイフォン株式会社(現社名ボーダフォン株式会社)の Java
198
対応携帯電話標準 Java プラットフォームとして全面採用決定
株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモのソニー株式会社製「SO503i」
に搭載。
2001 年 3 月
2001 年 7 月
KDDI 株式会社の Java 対応携帯電話標準 Java プラットフォー
ムとして全面採用決定
2003 年 12 月
東京証券取引所マザーズ上場
1,375 億円(2005 年 12 月 26 日)
時価総額
( 連 結 )( 百 万 円 、
2003/3
2003/12
2004/12
2005/12(予)
円)
売上高
3,288
3,934
3,678
5,200
経常利益
-551
765
-1,411
-3,000
当期利益
-604
899
-1,594
-3.300
-43,183
44,179
-60,177
-32,961
57,966
280,206
436,755
28.1%
85.1%
92.5%
ROA
-20.82%
16.20%
-14.85%
ROE
-112.90%
23.14%
-16.56%
1株あたり利益
1 株あたり純資産
株主資本比率
(業績予想は会社四季報による)
図表7-26
アプリックスの資本政策
増資単価
1986/2/1 会社設立
50,000
1998/12/19 第三者割当増資 300,000
2001/5/31 第三者割当増資 50,000
2001/7/13 分割1:2
2002/1/29
2003/2/27
第三者割当増資
第三者割当増資
第三者割当増資
2003/5/17
2003/12/17 IPO
2004/6/17
単位;円、千円、倍
時価総額
売上高
10,000
832,200 1,134,262
952,200 1,964,041
1,485,000 1,964,041
当期利益
純資産
PSR(倍)PBR(倍)
4,220
△ 35,502
△ 35,502
575,596
553,414
553,414
0.7
0.5
300,000
4,290,000 2,523,530
△ 659,516
227,062
1.7
200,000
4,005,000 2,652,381
△ 654,656
764,651
1.5
200,000
2,500,000
2,840,000
4,355,000 2,652,381
61,937,500 3,777,768
79,520,000 3,777,768
△ 654,656
764,651
963,128 6,949,312
963,128 6,949,312
1.6
16.4
21.0
VCラウンド
1.4 第1回NIF,JAIC,NVCC
1.7 Kic-2号ワラント行使
第2回ゴールドマン、ジャ
18.9 フコ、東京海上
第3回ゴールドマン、ジャ
5.2 フコ、NVCC
第4回ドコモ・ドットコム、オ
5.7 リックス
8.9
11.4
(出典)筆者作成
第1項
沿革と事業内容
(1)沿革
当 社 は 1986 年 2 月 ソ フ ト ウ ェ ア 開発 を 目 的 とし て 東 京 都中 央 区 日 本橋 に 資 本 金
1,000 万円をもって設立された。 当初は、ソニー株式会社の CD 書き込み装置に対応し
199
た業務用 CD プリマスタリングシステム「CDWriter」、Windows 3.1 用 CD-R 書き込みソ
フトウェア「WinCDW」、Macintosh 用 CD-R 書き込みソフトウェア「MacCDW」などを中心
に CD-R 書き込みソフトウェアを開発、販売していた。
その後、組み込み用 WWW ブラウザの開発、販売に転換していった。1995 年 10 月 に
株式会社セガの家庭用ゲーム機「セガサターン」向けの組み込み用 WWW ブラウザを発
表したのを皮切りに、三洋電機株式会社のインターネットテレビ「インターネッター」
用などを開発した。
次に、ITRON と Java を融合した JTRON の仕様策定に参画するために TRON プロジェク
トに参加、1997 年 12 月 に世界で初めて JTRON 仕様に対応した「JBlend」を発表して
いる。
2000 年4月には「JBlend」がジェイフォン株式会社(現社名ボーダフォン株式会社)
の Java 対応携帯電話標準「Java プラットフォーム」として全面採用決定されることで
成長が加速されていった。2001 年3月に株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモのソニー
株式会社製「SO503i」に搭載、7月には KDDI 株式会社の Java 対応携帯電話標準 Java
プラットフォームとして全面採用決定するなど、携帯会社に採用が決定して売上が拡
大してゆくこととなった。
海外展開も順次進め、2001 年4月に米国サンフランシスコに、Aplix USA,Inc.(現
社名 Aplix Corporation of America)を設立、また 2003 年 10 月にドイツ・ミュンヘ
ンに現地法人 Aplix Europe GmbH を開設した。
2003 年 12 月には 東京証券取引所マザーズに株式を上場した。 2005 年 6 月には
JBlend および iaJET 搭載製品の累計出荷台数が 1 億3000万台を突破した。
(2)事業内容
当社は、パーソナルコンピュータを含む民生用電子機器向けソフトウェアの基盤と
なる技術(以下「ソフトウェア基盤技術」という)の研究開発とともに、それらの成
果を基にした応用製品の開発および販売、ならびに当社製品を搭載する機器製品の計
画立案および設計等を支援する顧客コンサルティングを行なっている。
ソフトウェア基盤技術とは、ソフトウェアを開発したり利用したりする際に、その
土台となる技術で、様々な電子機器で共通して必要になるソフトウェアの機能(画面
に文字や絵を表示する、音を出す、データの保存や管理を行なう、ネットワークを利
用する、セキュリティを確保するといった機能)や、ソフトウェアそのものの実行速
度を速くする技術などがこれに該当し、電子機器の多機能化・高機能化が進む中で、
それを利用するソフトウェアをより便利で安全なものにし、また、そのソフトウェア
を効率良く開発するために、極めて重要なものである。
200
現時点における主要な事業には、①携帯電話や AV 機器を含む家電機器における組み
込 み シ ス テ ム を 対 象 と し た ソ フ ト ウ ェ ア の 開 発 お よ び 販 売 を 行 な う ES ( Embedded
Systems)事業と、②パーソナルコンピュータを対象としたソフトウェアの開発および
販売を行なう CS(Consumer Software)事業がある。
①携帯電話や AV 機器を含む家電機器向けソフトウェア事業(ES 事業)
最近の家電機器には、携帯電話から冷蔵庫まで、そのほとんどに小型コンピュータ
システムが組み込まれている。ビデオの録画予約、エアコンの温度調整、携帯電話で
インターネットやメール、ゲームを利用するといった機能は、いずれも機器に組み込
まれたコンピュータシステムによってユーザーに提供されている。そして、これら機
器毎の機能を実現しているのは、機器の用途に応じて製作され、コンピュータシステ
ムの一部として機器に組み込まれているソフトウェアである。
当社は家電機器に多様な機能を実現することができる組み込み用ソフトウェア製品
を提供している。当社製品を導入することにより、メーカーの製品開発部隊における
ソフトウェア開発の負担は軽減され、他の技術課題解決に注力することが可能となり、
開発期間短縮や費用削減および出荷後の欠陥発覚による回収等のリスク低減に資する
ことができる。
当事業では、家電機器業界の動向とその需要に合致した製品を提供するべく、近年
の携帯電話に特徴的な高度なユーザーインタフェースの実現を可能にする Java による
技術を中心に、携帯電話や AV 機器を含む家電機器への組み込みを対象としたソフトウ
ェア基盤技術の開発および応用製品の販売を行なっている。株式会社エヌ・ティ・テ
ィ・ドコモの i アプリおよびボーダフォン株式会社の V アプリ(旧 Java アプリ)を動
作させるために、それぞれの携帯電話に搭載されているソフトウェア基盤技術の開発
販売などである。Java 搭載端末におけるシェアは、国内向けで 45~50%、グローバ
ルで 20%程度であり、業界トップである。
また、当社顧客が当社ソフトウェア基盤技術を利用した製品やサービスを開発する
ための製品計画や仕様策定等を支援するコンサルティングや共同開発もあわせて行な
っている。
収入形態としては、技術・製品の販売と、搭載商品の販売に応じたロイヤリティ売
上の 2 種類からなっており、2005 年 12 月期ではロイヤリティ売上が60%以上となっ
ている。このロイヤリティ売上は高収益であるものの、携帯電話など搭載商品の販売
台数次第であることもあり、Java に続く新技術、新商品の開発を進めている。図表7
-
見られるように、2005 年 12 月期において ES 事業は連結売上高の 96.6%を占めて
おり、しかもその大半を携帯電話関連売上である。
②パーソナルコンピュータ向けソフトウェア事業(CS 事業)
201
当事業は、CD や DVD などの光学メディアに音声・映像・データ等を書き込むソフト
ウェア(CD/DVD 書き込みソフトウェア)を中心に、パーソナルコンピュータ向けのパ
ッケージソフトウェアおよびバンドルソフトウェアの開発および販売を行なってきた
が、自社ブランドのパッケージ製品販売を終了し、ライセンス提供事業への転換と、
ES 事業との統合を進めている。
2004 年 12 月期部門別連結業績
図表7-27
売上高
構成比
前年同期
営業利益
前年同期
営業利益
(百万円)
(%)
比
(百万円)
比(%)
率(%)
(%)
①ES 事業
3,553
96.6
97.3
△588
赤字化
△16.5
②CS 事業
125
3.4
44.3
△75
赤字拡大
△60.0
3,678
100.0
93.5
△644
計
消去又は
△17.5
△685
全社
連結
3,678
100.0
93.5
△1,349
赤字化
△36.7
(出典)筆者作成
(3)海外展開
海外展開も積極化している。
Aplix Corporation of America は、1998 年8月に設立した米国駐在員事務所を母体
に、2001 年4月に 100%子会社(資本金 125 千米ドル)の米国法人として設立した。
Aplix Europe GmbH は、2003 年 10 月に 100%子会社(資本金 25 千ユーロ)のドイツ
法人として、Sony Ericsson Mobile Communications International AB German Branch
において当社製品(JBlend)を搭載した Sony Ericsson ブランドの GSM/GPRS 携帯電話
の開発に携わっていたエンジニアをメインスタッフとして開設した。両社は、主に米
国・欧州を対象として、当社事業の国際展開に伴う海外の顧客に対する営業活動や技
術支援の強化、および海外在住の優秀な技術者や営業スタッフの確保による事業体制
強化の一環として設立している。
また、台湾には、iaSolution Inc.(資本金 180,000 千台湾ドル)を 2000 年 5 月に設
立し、Java プラットフォームを携帯電話や AV 機器を含む民生用電子機器メーカーが容
易に自社製品に実装できるよう改良および拡張して提供しており、特に中国を含むア
ジアにおいて急速に事業基盤を拡大している。当社は、2004 年 8 月に同社株式の 100%
を取得し、子会社化した。同社は、急成長が見込まれる中国市場への速やかな進出の
202
みならず、世界のデジタル家電の開発・製造拠点である中国、台湾、 韓国において当
社グループが事業拡大を果たすための重要な拠点となっている。iaSolution Inc.の子
会社化にあたって、連結会計制度上は買収時における同社の純資産時価と買収価額と
の差額を連結財務諸表において連結調整勘定として計上し、その後一定の期間におい
て均等償却し、費用化している。当社では、償却期間を 2 年とし、償却額は 2004 年度
に 1,846,362 千円、2005 年度に 3,692,724 千円および 2006 年度に 1,846,362 千円の償
却額を計上している。この償却負担により、連結経常利益は赤字を続けている。
北米向けでは Motorola 向けが好調、アジアでは中国向けが伸びている。2005 年 4-
6月期の売上高は、北米向けが連結売上高の 49.1%、欧州が 7.6%、アジアが 6.7%を占
めるまでに至っている。
事業の流れを図示すると図表7-28の通りである。
203
図表7-28
アプリックスの事業の流れ
(出典)有価証券報告書
204
第2項
経営陣
株式公開した時点での経営陣は以下の通りである。
① 郡山
龍;代表取締役会長兼社長、研究開発部門担当(1963 年9月生)
早稲田大学卒業後、日本マイクロソフト株式会社入社し、米国で勤務する。3 年後、
退社し 1987 年6月に 当社を設立、代表取締役社長に就任した。2001 年 11 月には一旦、
代表取締役会長となるが、2002 年9月には再び代表取締役会長兼社長となる。
② 児島
昭夫;取締役役副社長( 1947 年 11 月生)
1972 年4月に 日本オリベッティー株式会社入社、その後、Intel Japan K.K、Daisy
Systems Inc.Japan、Western Digital Japan、日本サン・マイクロシステムズ株式会
社を経て、2001 年 12 月 当社取締役副社長に就任した。
③ 山下
泰;取締役広報部門担当 (1960 年 12 月生)
1985 年4月 株式会社大広、1997 年9月 株式会社エフエム東京を経て 2001 年 12 月
に 当社の取締役に就任している。2002 年3月 Aplix Corporation of America の取締
役でもある。
この他に、株主から 3 人の非常勤取締役がいる。
④アンクル・サフ;取締役(1969 年 10 月 18 日生)
Goldman,Sachs & Co.所属
④ 渋澤
祥行;取締役(1969 年 10 月生)
ジャフコ 所属
⑤ 関野
正明;取締役(1945 年 10 月生)
日本ベンチャーキャピタル株式会社
所属
2005 年には以下のメンバーを執行役員として経営陣を補佐・強化している。
⑥ 吉本晃;執行役員常務・研究開発本部長代理
日本電気株式会社においてモバイルターミナルソフトウェア開発本部長代理として
中国向け 2.5G 端末開発を手掛け、3G 端末プラットフォーム開発を管理し、またモバ
イルターミナルコアテクノロジー開発本部長として第三世代携帯端末のチップセット
およびプラットフォームの開発を統括したキャリアを有している。2005 年 4 月に当社
205
に入社、5 月に執行役員常務に就任。
⑦ 山科拓;執行役員常務、最高財務責任者
外資系金融機関の調査部門において証券アナリストとしての経歴を重ね、日興シテ
ィグループ証券株式会社株式調査部バイス・プレジデントを経て 2005 年 6 月に入社し
た。
⑧ 高尾慶二;執行役員、営業本部副本部長
マツダ株式会社でカーオーディオやカーナビの商品開発を担当した後、1992 年に現
ボーダーフォン株式会社に入社し、移動体通信業界で豊富な経歴を有している。2004
年 10 月からは株式会社 IMD に転じ、ソフトバンクグループの移動体通信事業企画会社
である BB モバイル株式会社にコンサルタントとして参画。2005 月 6 月に当社に入社、
日本国内の顧客向けの営業を統括している。
第3項
ベンチャーキャピタリスト
関野正明の経歴
関野は 1977 年㈱ヂーゼル機器株式会社入社、米国現地法人にて事業展開の責任を担う。
その後、1988 年NED(日本長期信用銀行系ベンチャーキャピタル)に入社した。当時
のNEDは系列である日本長期信用銀行、第一勧業銀行、大和証券、伊藤忠商事からの紹
介案件をこなすことが多い中で、関野は全く系列会社からの紹介に頼らない投資第 6 部を
設立して投資を実行していった。NEDが会社解散するのに伴い、1999 年には株式会社
日本ベンチャーキャピタル株式会社に入社、投資本部長として投資実行の責任を持って活
動を続けた。関野は投資チームを率い、ほぼ自分の判断で投資を実行できる環境を作って
いた。2005 年 12 月末に株式会社日本ベンチャーキャピタル株式会社を退社し、2006 年
1 月からは株式会社アプリックスアプリクス株式会社の代表取締役執行役員常務兼最高
執行責任者に就任した。ベンチャーキャピタリストとして 17 年以上のキャリアを持つ。
第4項
経営アドバイスに至る経緯
関野は毎年、年末年始にまとまった時間をとって、今後 2~3 年後の世の中がどのよ
うになるかをひとりでじっくり考えることにしている。年によっては米国のベンチャ
ーキャピタリストに会いに行くこともあるが、多くはジャンルを問わない書籍や雑誌
などを片っ端から買い込み、じっくり考えることを習慣としている。米国のベンチャ
ーキャピタリストが車で 1 時間以内にいけるベンチャー企業に投資しているように、
日本でもローカルに根付いた日本ならではの企業に投資したいと考えてた。
その観点から東京大学
坂村健のトロンプロジェクトに注目した。1984 年、東京大学
206
の坂村健はトロンを考案し、パソコンから家電まであらゆるもの動かせるよう設計し
た。「基本ソフトは情報化社会の基盤。空気や水と同じ」と考えた坂村は、トロンの仕
様書をなんと全世界のメーカーに無料で公開した。たちまち内外140社が集まりト
ロンプロジェクトが結成された。大手メーカーは次々とトロンで動くパソコンを試作。
誰でも簡単に使える分かり易さと軽快な動きで評判となった。
しかし、1988 年、そこにアメリカが立ちはだかり、日本政府に対し、小中学校で使
うパソコンの規格をトロンに決めるな、と迫ってきたのである。自動車やVTRで日
本に圧倒され巨額の貿易赤字を抱えたアメリカは、輸入制限や報復関税の制裁措置を
ちらつかせていた。メーカーは次々とトロン・パソコンから撤退を余儀なくされたの
である。
関野は 1996 年から 97 年にかけてその後のトロンプロジェクトの状況を聞きに東京
大学の坂村健に面会を申し込み、親しく話をするようになる。そこでトロンの理論を
形にしようとしている会社として、パーソナルメディア株式会社と株式会社アプリッ
クスの 2 社の名前を聞くことになる。関野は早速、両社を訪問した。
パーソナルメディア社では松為企画室長に面談したが、株式公開などの意図がなか
ったこともあり関係は希薄となったが、株式会社アプリクスでは郡山社長に面談でき
た。当時は CD-R などの書き込みビジネスを中心としており業務内容そのものには左程
魅力は感じなかったが、郡山社長の「尖がった才能」に強い興味をもった。その後、
早稲田近辺に立ち寄るたびにしばしば訪問して情報交換していたが、積極的に出資を
持ちかけることはしていなかった。
その後、アプリックスは 1998 年 12 月に当社は日本アジア投資株式会社、エヌアイ
エフベンチャーズ株式会社、勧角インベストメント、日本ベンチャーキャピタルなど
合計 17 社に対して 1 株 30 万円、時価総額 8.3 億円の第三者割当増資を実施した。こ
のうち日本ベンチャーキャピタルは 6000 万円投資したが、担当はセクションの違う神
山(その後、関野の部下となる)であり、関野は全くこの投資にはかかわっていなか
った。
その当時の当社は売上高 11 億円、税引利益 422 万円で、CD-R のパッケージソフトと
カーナビ向けに JAVA ソフトを販売しているに過ぎず、関野はこの段階での株式公開の
実現性や会社のビジネスモデルには懐疑的であった。担当が神山から関野に変わった
後も、請われれば相談に乗っていたものの、取り立てて積極的に当社に関与していた
わけではなかった。2002 年 1 月にゴールドマンザックスが中心となって実施した第三
者割当増資(1 株 30 万円、調達額 12 億円、増資実施後の時価総額 25 億円)にも日本
207
ベンチャーキャピタルは参加せず、様子を見ていた。これは、郡山社長が技術者とし
ては優秀でも、経営者としてのスタンスが未だ本格的ではなく、また社内の体制が郡
山を 2001 年 11 月に会長にし、子会社であるビットキャッシュ社をしていた林圭介を
社長にして郡山社長色を薄めようという動きがあった。一方、実際には社内は郡山の
存在で成り立っている側面が多く、集団経営体制に入るには準備態勢ができていない
のに急速な体制変化をすすめることは、遅かれ早かれ問題が発生するものと見ていた。
その時点に直面しそれを乗り越えてこそアプリックスは郡山が単なる技術者から経営
者に成長脱皮できるものと確信していた。成長段階を次のステージに上げるために必
要な試練が来ると考えていた。
第5項
増資後の問題点
関野が当社と本気で係わるのは、2002 年頃からである。2002 年 9 月、郡山から 2 人
だけで会いたいと相談を持ちかけられている。郡山は普段はジーンズというラフな格
好であるが、そのときには背広を着て真剣な表情で面談に来た。
相談の趣旨は、2002 年年末くらいで資金ショートを起こしそうである、どのように
対処したらよいか、ということであった。出資しているベンチャーキャピタルとして
は、ゴールドマンザックス、日本アジア投資株式会社、エヌアイエフベンチャーズ株
式会社、勧角インベストメントなどがあった。日本ベンチャーキャピタルよりも多く
の資金を出し、または先に当社に投資していたものの、このような会社の危機的状況
について相談をする相手はいなかった。
郡山社長に対して、関野は以下の3つのアドバイスをした。
第一に、郡山に本気で経営者として働くことを確認した。会長などに納まっている
場合ではなく、社長として前面に出ること、経営者として決断をすべきことは早く決
断するように説得した。郡山は 2002 年 9 月に会長兼社長に就任、林圭介社長は顧問と
なり、後に退社することとなった。
第二に、赤字の原因を徹底的に分析し、その為の方策を機敏に打つことである。2001
年位からみずほ証券主幹事で公開することが決まり、その指導もあり、公開準備室を
中心に間接部門に50人近い人間を取り揃え、また、郡山のオーナー会社の色彩から
集団意思決定体制に持っていくために多くの中間管理職を入れていた。関野は過去の
経験から間接部門がこんなに多いベンチャー企業は成功しないと先行きに懸念を持っ
ていたが、当社への係わりが少なかったことや持ち株比率が多いベンチャーキャピタ
ルに遠慮していたことなどもあり、これまでは郡山の行動を止めることはしてこなか
208
った。2002 年 9 月頃の相談時にはその問題に対し、もし郡山社長も同じ問題意識であ
れば即時の行動をとるよう、迫った。郡山社長は 2003 年 12 月まで従業員を合計 41 人
削減するとともに、製販分離として設立していたアプリクス販売の機能を 2003 年 5 月
に株式会社インテリジェント
ウェイブに営業譲渡し、会社清算することとした。
第三には、既存株主を中心に第三者割当増資を実施することである。資金ショート
する 12 月までに時間がないため、まずは既存株主を説得することに走り回った。その
時点で関野は 2002 年 1 月に実施した 1 株30万円、増資後時価総額 42 億円を 2002 年
10 月時点で 1 株 20 万円、増資前のプレ時価総額として 28.6 億円と時価総額を下げて
増資を実施することを進言している。最低 10 億円の調達が必要であったが、関野は「日
本ベンチャーキャピタルはファンドのサイズが小さいので、金銭的なインパクトは少
ないかもしれないが、最低でも 2 億円は出資すると他の株主に言ってもらっていい」
と最初にコミットをした。更にゴールドマンザックスの担当者であった草本草下を説
得し、5億円のコミットを取ることに成功した。更にジャフコの渋沢も説得をした。
又、ジャフコが新たな投資家として検討を開始した。この時点で10億円の増資予定
に対して日本ベンチャーキャピタルとゴールドマンザックスの 2 社で 7 億円のコミッ
トが達成できた。ここまで来ると、他のベンチャーキャピタルは増資に加わりたいと、
こぞって申しこんで来ることになった。ジャフコは意思決定には時間がかかり、とて
も年内のコミットは難しいものと予想していたが、実際には 8 億円までのコミットラ
インを早々に得ることができた。結果として 2003 年 2 月 27 日には 11.4 億円の増資が
実行された。この時点で危機的な状況は乗る超えることができた。
関野はその後、人数の少なくなった公開準備室に毎日、顔を出すことになる。単な
る公開準備の資料作りではなく、各種規定どおりに会社運営がなされるようにするた
めの方向性の修正と、売上高、利益が計画通りに実行されているかどうかのチェック
を中心に指導をしていった。それもそれまでの反省もあり、少人数で実施することと
なった。関野は 2003 年 3 月に当社の社外取締役に就任することとなる。
その後は順調に成長し、2003 年 12 月 17 日に東京証券取引所マザーズに上場した。
日本ベンチャーキャピタルの IRR は 58%と高いものとなった。
関野は公開後も経営陣の拡充を郡山と一緒に進め、2005 年には開発担当常務として
日本電気にいた吉本晃、財務担当常務として日興シティ証券にいた山科拓、営業担当
執行役員としてボーダフォンにいた高尾慶二を採用している。
209
第6項
関係性について
次に関野と出資者、ベンチャー企業、及び市場・顧客との関係性についてまとめて
みたい。
①
ベンチャーキャピタル投資システム全体の戦略構想
関野は出資者、ベンチャー企業、市場・顧客の間のどれかに偏ることなく、三角形
の中心に位置することが大切であるとの信念を持っている。ベンチャーキャピタルで
ある以上は出資者の利益を考えなければならないが、ベンチャー企業の立場にも立つ
べきである。また、ベンチャー企業の属する市場、顧客に対してもベンチャーキャピ
タルが働きかけることが場合によっては必要である。中立的な立場をとることが長い
目で見て投資リターンを上げることにつながると考え、全体の戦略構想を組み立てて
いる。
例えば、関野は 2003 年2月の増資における時価総額のつけ方においても、業績が悪
化しており資金繰りに窮する増資であるので時価総額が下がるのは仕方がないが、さ
りとて、会社の技術開発が進展していることを勘案して時価総額をつけるべきで、こ
こぞとばかりに時価総額を下げるべきではないと強く主張した。すなわち、直前の 2002
年 1 月 29 日の第三者割当増資においては、1 株30万円、増資後時価総額を 42.9 億円
としているが、2003 年 2 月の増資の時価総額を決定する 2002 年 11 月においては、1
株20万円で、増資前の時価総額を 28.8 億円と評価した。ベンチャーキャピタルとし
て出資者の立場寄りの立場に立てば 1 株15万円にすべきとの意見も出たが、それは
フェアでない、断じて 1 株20万円であると主張、増資を10億円程度の増資をすれ
ば増資後の時価総額が40億円となり、経営者の株式希薄化が許容範囲となることを
既存株主を中心に説得した。このような場面の対処を見ても、関野が出資者、ベンチ
ャー企業、市場・顧客の間のどれかに偏ることなく、三角形の中心に位置しようとし
ていたスタンスがわかる。
②
革新的プラットフォームの提供
関野はアプリックスの投資に際しては特に新しいプラットフォームを提供していな
い。
③
市場および顧客に対する付加価値創造支援活動
関野は、事業モデルの問題点を顧客の立場から指摘し、継続的な開発戦略の策定お
よび中長期の成長戦略を立案することに注力している。すなわち、アプリックスの属
する組み込みソフトウェアの事業モデル(特に携帯電話)では、長期的には対象とな
る携帯電話台数の伸びが飽和状態になるにつれて鈍化し、併せてロイヤリティ・レー
トは累積台数に応じての下げ要求が厳しくなるという二重苦に悩まされることを市
場・顧客の動向から読み取っていた。この対策には、継続的に開発を続けて提案でき
210
る技術の内容を増加させることと、技術の応用分野を新規分野展開として行うことを
主導している。例えば、Mobile Pict
Direct という携帯電話で撮った写真を直接印刷
する技術については、コンテンツメーカーとして、シグノ・システムズ、サービス先
としてファミリーマートやプラザクリエイトなどを紹介している。
④
出資者およびベンチャー企業に対するイノベーション支援活動
関野は日本ベンチャーキャピタルの中で、投資チームのリーダーとして出資者に対
する運用責任を負う立場にあったが、関野はアプリックスの出資においては出資者に
対するイノベーションといえるほどのものは行っていない。
ベンチャー企業のイノベーション支援活動としては、既存株主との関係調整を中心
的に実施することや会社の危機的状態での対応、経営者への動機付け、社員の声を経
営者に実態提言することを中心に大きな役割りを果たした。
特に、2002 年秋における郡山社長の覚悟を本気にさせた動機付けや、その後の資金
調達におけるリード役を果たしたことがその後の当社のイノベーション活動を実現さ
せる原動力になっている。
⑤ 組織間学習による知識創造の活性化
アプリックスはベンチャーキャピタルと係わることで間接人員の増加の怖さや、実
力以上の海外展開や子会社展開の失敗を明確に記憶することとなった。公開準備室を
中心とて間接部門に50人近い人間を取り揃え、また、郡山のオーナー会社の色彩か
ら集団意思決定体制に持っていくために多くの中間管理職を入れていた。また、販売
子会社や海外子会社も、管理する経営陣が不足する時点では展開が早すぎたというこ
とをベンチャーキャピタルから端的に指摘され、業績・資金繰りの悪化をもたらした
ことは会社の大いなる反省点である。その学習効果から、2005 年においても、各本部
ごとに配置されていた秘書業務や総務機能をなくし、全社で共有する効率化を組織的
に進めることも実行できるようになっている。
また、郡山社長の意識も、尖がった開発者の段階から、経営者の段階への脱皮する
覚悟をベンチャーキャピタルとの係わりで持つことができた。また、経営をするには
人材の強化、育成が社長の一番の仕事であると教えられた。2005 年には、吉本晃;執
行役員常務・研究開発本部長代理、山科拓;執行役員常務、最高財務責任者、高尾慶
二;執行役員、営業本部副本部長を採用、経営陣を強化してる。
また、経営者としての心構えもベンチャーキャピタルから学習した。例えば、郡山
社長は「会社の理念や方向性などは繰り返し繰り返し伝えないとだめだと日本ベンチ
ャーキャピタルの飯田会長が言っていた、といわれたのが強く心に残っている。E メー
ルで流して伝えた気になっていてはだめだ、といわれて、はっとしたことを鮮明に覚
えている」と述べている。
一方、関野も技術ベンチャー企業の成長段階の過程で、特に開発が終了してから販
211
売活動に入る段階で、いわゆる「死の谷」に落ち込んでいく過程を学習することがで
きた。すなわち、間接部門の肥大化、研究開発中心の会社が販売マーケティング活動
に力を入れなければならない時に、人材も社内体制も不足していたこと、社長が強力
なリーダーシップをとることの遠慮から集団管理体制に移行しようとする、などの現
象が出てきたことである。これに対して、郡山社長に開発者から経営者になってもら
う覚悟を植えつけることや、スリムな体制の重要性を植えつけること、既存株主との
関係調整などを重点的に行うことで、危機を脱するだけでなく、その後には強い経営
者、経営チームが生まれ、顧客への付加価値活動が加速するということを学習した。
関野はこの学習を他の投資先にも活用するだけでなく、アプリックスにももう一段、
高いレベルに成長してほしいと取締役を退任後も育成、関与を続けた。しかし、株式
公開して持ち株を売却した後の投資会社に関与することはベンチャーキャピタルとし
ては受け入れがたく、結果として関野はベンチャーキャピタルを退社して 2006 年初か
ら当社の経営に専念することに決定した。
このように関野は、ベンチャー企業、及び市場・顧客との間で、「組織間の共通
の目的・利益を達成し、価値創造を目指すため、組織同士が相互に不足する経営資源
を補完する関係」である協創関係を構築していた。その結果、関野は非常に高いIR
Rを達成できた。最終仮説「育成方法の中でも特に利害関係者との協創関係を構築す
れば日本でも高いIRRは達成できる」は本ケースにおいても確認できたといえよう。
図表7-29
関野の関係性
全体戦略の構想
市場
顧客
フィードバック
付加価値創造支援
VC
組織間学習
出資者
イノベーション
支援
ベンチャ
ー企業
(出典)筆者作成
212
第8節
ケーススタディを基にした考察
最終仮説「育成方法の中でも特に利害関係者との協創関係を構築すれば日本でも高いI
RRは達成できる」について、具体的なベンチャーキャピタルのケーススタディを通して
分析してきた。
その結果、ベンチャーキャピタルが利害関係者―出資者、ベンチャー企業、市場及
び顧客―との関係性のとり方についてはケース毎にそれぞれ異なっていたものの、村
口、赤浦のようにベンチャー企業と近い関係を構築するケース(図表7-30)と、
山口、仮屋園、関野のように中立的関係を構築するケース(図表7-31)の2つに
分けられた。
第1項
2 つの関係性の作り方
(1)ベンチャー企業と近い関係を構築するケース
村口、赤浦のケースは、出資者との関係を短期的には意識しないように出資者を選
ぶことによって、思い切ってベンチャー企業の内部に食い込んでベンチャー企業のイ
ノベーションを支援している。しかも、投資する時点で、技術やビジネスモデルの完
成度だけに頼るのではなく、マーケティング能力にも優れた経営者及び経営チームか
ら成り立っているベンチャー企業を選択している。投資後は、既存株主との関係調整
を中心的に実施することや会社の危機的状態での対応、経営者への動機付け、社員の
声を経営者に実態提言することを中心に大きな役割りを果たした。村口、赤浦ともに
ベンチャー企業との間だけではあるが、「組織間の共通の目的・利益を達成し、価値
創造を目指すため、組織同士が相互に不足する経営資源を補完する関係」である協創
関係を構築していた。その結果、村口および赤浦は非常に高いIRRを達成できた。
最終仮説「育成方法の中でも特に利害関係者との協創関係を構築すれば日本でも高い
IRRは達成できる」は確認できたといえよう。
このようなベンチャー企業と近い関係を構築するケースにおいては、ベンチャーキ
ャピタルという立場とベンチャー企業の経営陣という立場の境界線がなくなり、係わ
っているうちに外部者としての客観的な意見がなくなってくる懸念や、利害関係者の
コンフリクトがない状態を作り出しているだけに、会社経営者は成長に対するプレッ
シャーを感じにくくなる懸念がある。またベンチャーキャピタルとしても投資できる
企業数が限られるため、とかく 1 社当たりの投資金額も大きくなり、また成功確率も
高くないとやっていけなくなることが予想される。これらの懸念について村口や赤浦
は、その懸念を払拭するだけの情熱と行動力によって払拭している。
213
図表7-30
村口、赤浦の関係性
全体戦略の構想
市場
顧客
フィードバック
組織間学習
VC
出資者
イノベーション
支援
ベンチャ
ー企業
(出典)筆者作成
(2)中立的関係を構築するケース
一方、山口、仮屋園、関野は、ベンチャーキャピタルが利害関係者―出資者、ベン
チャー企業、市場及び顧客―との関係において、中立的関係を構築するケース(図表
7-31)においては、そのバランスをとるところに成功の秘訣があった。特に危機
的状況に対処した時に、経営者への動機付けの仕方や時価総額のつけ方においてその
中立性が端的に現れていた。通常のベンチャーキャピタルは、出資者の立場に立った
発言や時価総額のつけ方をするが、山口、仮屋園、関野の事例では、ベンチャー企業
の立場にも立った行動を取っている。このことがその後のベンチャー企業のイノベー
ション活動を活性化することにつながっているし、また、その時点での反省が組織間
学習となって会社の風土となり、その後の知識創造が活性化されている。
更に、出資者、ベンチャー企業だけでなく、ベンチャー企業の対象とする市場や顧
客に対しても、ベンチャーキャピタルが独自の関係を持ち、そのニーズを持ってベン
チャー企業の付加価値創造活動を支援していることが重要である。
山口、仮屋園、関野は、出資者、ベンチャー企業、市場及び顧客との間において、
「組織間の共通の目的・利益を達成し、価値創造を目指すため、組織同士が相互に不
足する経営資源を補完する関係」である協創関係を構築していた。その結果、山口、
仮屋園、関野は非常に高いIRRを達成できた。最終仮説「育成方法の中でも特に利
害関係者との協創関係を構築すれば日本でも高いIRRは達成できる」は確認できた
といえよう。
214
図表7-31
山口、仮屋園、関野の関係性
全体戦略の構想
市場
顧客
フィードバック
付加価値創造支援
VC
組織間学習
出資者
イノベーション
支援
ベンチャ
ー企業
(注)仮屋園の関係性は、出資者のイノベーション支援があるが、この図では表示していない。
(出典)筆者作成
また山口の関係性は、会社の段階によって微妙に変えるべきだと考えていることが
興味深い。
① シード段階では、ベンチャーキャピタリストの山口と玉置取締役、下田取締役との
関係から、ベンチャー企業(経営者)と極めて近い距離で動いていた。その過程を
経ることによって、ベンチャーキャピタリストの山口と、経営陣である石坂、玉置、
下田との間の信頼性が次第に醸成されていった。
② 会社が設立されて半年ほど経過し、第三者割当増資を実行するスタートアップ段階
になると、それまでのベンチャー企業(経営者)寄りの位置づけから、出資者との
距離を近づけることにシフトさせた。具体的には、バリュエーションを決定するに
際して、ベンチャー企業(経営者)のニーズである少しでも高い時価総額を取るわ
けでもなく、一方、出資者のニーズである少しでも割安な時価総額を取るわけでも
なく、あくまでもその時点での適正な時価総額で双方を納得させることが重要であ
ると考えた。
③ 増資が完了してからは、事業計画どおりの事業推進を行う段階となる。日々の事業
については、ベンチャー企業の経営者に任せているが、山口は投資時に潜在ユーザ
ーと し て ヒ アリ ン グ に 行っ た 顧 客 のと こ ろ に 投資 後 も 市 場の 動 向 や GD O 社 のサ
ービスの満足度などを自ら聞きに行っていた。またジャフコの投資先であるベンチ
ャー企業や関係の深い大企業の中で、当社の顧客になりそうな企業にインタビュー
215
し、当社の紹介とともに、市場や潜在顧客のニーズを汲み取ることに注力した。こ
れはベンチャー企業はマーケティングに力を入れているものの、どうしても日ごろ
の業務に追われ、視野が狭くなっていき、結果として属する市場や顧客の変化を読
み取れず、ずれていくことが多いという山口の経験によったものである。
このような動的対応に関してベンチャーキャピタルは外部から客観的な視点でアド
バイスができると考える。ベンチャー企業の実施する付加価値創造活動を支援するこ
とに重きを置いた関係にシフトしたといえよう。
図表7-32
山口の関係性の変化推移
全体戦略の構想
市場
顧客
④
③
VC
①
②
出資者
ベンチャ
ー企業
(注)図中の数字は山口の関係性の推移の順番を示す
(出典)筆者作成
(3)当初の想定の確認
ケーススタディを検討する前に立てた「ベンチャーキャピタルの協創仮説」における 5 つ
の戦略的行動に関する想定は、具体的には以下のように想定される。
① ベンチャーキャピタル投資システム全体の戦略構想
ベンチャーキャピタルが出資者に近い位置に立つこともあろうし、ベンチャー企業
に近い位置に立つことも、市場及び顧客に近い位置に立つこともベンチャーキャピタ
ルの選択である。ただ、ベンチャー企業に近い位置に立った場合にも、時価総額のつ
け方など、利害関係者のコンフリクトが出る局面においてはベンチャーキャピタルは
適正な時価総額をつけ、中立的な評価になるように配慮していた。
②革新的プラットフォームの提供
216
今回の 5 人のケースでは、革新的なプラットフォームを構築している事例はなかった。現
行のプラットフォームを使っていた。ただ、インタビューの中では、ベンチャーキャピタリ
スト達はファンドの仕組みや投資契約に関する革新的プラットフォームの必要性を感じてい
た。
このような声を受けて、政府でもようやく各種の法律改正を近年、実施してきている。主
なものとしては以下のものが挙げられる。
・商法改正で、有限会社の廃止、株式会社への一体化と、各種の機関設計の柔軟化。
・有限責任組合法が新設され、日本型LLC(Limited Liability Company)が設立可能。
・ 種類株式の設計の柔軟化。株主の優先権、転換権、譲渡権などの権利について株主間で
格差をつけた発行が可能。
・ 株式交換や株式移転制度の活用。
・ 簡易組織再編の要件の緩和。
・ 大学等の技術移転の促進。
今後は、ベンチャーキャピタルがこのような新しい制度を活用して、革新的プラットフォ
ームを作りだしていくことが求められる。このような革新的プラットフォームの活用によっ
て、ベンチャーキャピタルが利害関係者に対する協創関係が高度化され、ベンチャー企業が
成長することを通して、日本のベンチャーキャピタルのIRR向上につながるものと考える。
③市場および顧客に対する付加価値創造支援活動
今回のケーススタディでは、出資者が市場および顧客に対する付加価値支援活動をしてい
る事例は見当たらなかった。図表で出資者と市場・顧客を点線で示したことは妥当性があっ
た。
しかし、当初想定した出資者がベンチャー企業の顧客になったり、あるいはベンチャー企
業が顧客に付加価値をつける活動をすることの協力(例えば顧客開拓など)を実施すること
などの可能性はあるとベンチャーキャピタリストの関野、山口は述べている。また、ベンチ
ャーキャピタルがベンチャー企業の活動を出資者に詳しく説明したり引き合わせたりする活
動を行うが、これは有効な付加価値創造支援活動であると考える。
また、ベンチャー企業の市場及び顧客に対する付加価値創造活動は、本来、ベンチャー企
業自身が行うものであるが、とかくベンチャー企業は自分で設定した開発目標やマーケティ
ング戦略を実行するのに必死になるあまり、市場や顧客のニーズが変化していることに気づ
くのが遅くなることが多く、ベンチャーキャピタルがその修正の支援をすることが大きな役
割であることは山口も仮屋園も述べている。現時点ではこの支援活動は弱いものであるが、
この視点はベンチャー企業が付加価値を創造するのに有効であり、今後、重要な項目となる
ものと考える。
217
④出資者およびベンチャー企業に対するイノベーション支援活動
出資者に対するベンチャーキャピタルのイノベーション支援活動として、仮屋園が欧米の
出資者が日本のベンチャー企業に投資できる機会を作ったというイノベーションがあったし、
村口のケースでは、ベンチャー企業への何らかの支援をしたいという個人の社会貢献活動に
おいて、その具体的な手法を提供することも想定どおりであった。
コーポレートベンチャーキャピタルとして活動することで、出資者としての企業の新規事
業の開発においてベンチャーキャピタルを活用して新規技術や新市場へのアクセスプロセス
を確保する側面は、5 つのケーススタディではなかったが、今後は出資者のイノベーション
となることありえると村口は述べている。
ベンチャー企業に対するベンチャーキャピタルのイノベーション支援活動としては、当初
の想定の中で主に実行されていたのは、既存株主との関係調整を中心的に実施すること
や会社の危機的状態での対応、経営者への動機付け、社員の声を経営者に実態提言す
ることが中心であった。
⑤組織間学習による知識創造の活性化
出資者とベンチャーキャピタルとの間の組織間学習としては、今回のケーススタデ
ィの中では明確に認識されなかった。各ベンチャーキャピタリストとも未だ出資者と
の関係が短期間であり、今後、2 回目、3 回目のファンドを取り扱うにつれて組織間学
習がなされるものと思われる。筆者の経験でも、継続的にベンチャーキャピタルに出
資することが如何に出資者の投資パフォーマンスを向上させ、それが上場株投資より
も有利な点が多いことや、投資して数年は「J カーブ効果」で投資評価減が発生するこ
と、ベンチャーキャピタルのなかでもパフォーマンスに格差があり、そのなかでも上
位ベンチャーキャピタルに投資をしないとパフォーマンスはよくないことなどが出資
者に学習してもらえるのは 10 年近く経過してから以降である。
また、ベンチャーキャピタルとベンチャー企業との間の組織間学習としては、村口のケー
スでは、トラブルに際しても浮き上がらず、口先だけでなく実際に自分で率先して動くこと
や、トラブルを乗り越えて会社は育ってゆくものだ、という意識が経営者、社員に芽生えた
ことが挙げられる。
関野のケースでは、間接人員の増加の怖さや、実力以上の海外展開や子会社展開の失
敗を明確に記憶することとなった。公開準備室を中心に間接部門に50人近い人間を
取り揃え、また、郡山のオーナー会社の色彩から集団意思決定体制に持っていくため
に多くの中間管理職を入れていた。また、販売子会社や海外子会社も、管理する経営
陣が不足する時点では展開が早すぎたということをベンチャーキャピタルから端的に
指摘され、業績・資金繰りの悪化をもたらしたことは会社の大いなる反省点である。
その学習効果から、2005 年においても、各本部ごとに配置されていた秘書業務や総務
218
機能をなくし、全社で共有する効率化を組織的に進めることも実行できるようになっ
ている。
また、郡山社長の意識も、尖がった開発者の段階から、経営者の段階への脱皮する
覚悟をベンチャーキャピタルとの係わりで持つことができた。また、経営をするには
人材の強化、育成が社長の一番の仕事であると学習した。
一方、ベンチャーキャピタリストである関野も、技術ベンチャー企業の成長段階の過程
で、特に開発が終了してから販売活動に入る段階で、いわゆる「死の谷」に落ち込ん
でいく過程を学習することができた。すなわち、間接部門の肥大化、研究開発中心の
会社が販売マーケティング活動に力を入れなければならない時に、人材も社内体制も
不足していたこと、社長が強力なリーダーシップをとることの遠慮から集団管理体制
に移行しようとする、などの現象が出てきたことである。これに対して、郡山社長に
開発者から経営者になってもらう覚悟を植えつけることや、スリムな体制の重要性を
植えつけること、既存株主との関係調整などを重点的に行うことで、危機を脱するだ
けでなく、その後には強い経営者、経営チームが生まれ、顧客への付加価値活動が加
速するということを学習した。他のケースでも、ベンチャーキャピタルは、ベンチャー企
業の業種、成長ステージ、経営者及び経営チームの性格、能力、技術優位性のレベル、マー
ケットへの切り込み方、企業理念、企業カルチャーの状況によって、その後の成長スピード
がどのように違うかという経験を得、また、どのようなタイミングでどのようなアドバイス
をすればどのような結果がでてくるか、という得難い学習をすることができる。企業は人間
の集まりで出来上がっており、また仕入先や顧客などの反応もあるため、ベンチャーキャピ
タルは非常に動態的な育成をする必要がある。ベンチャーキャピタルはベンチャー企業と係
わることで学習し、その結果をベンチャーキャピタル内部で共有し、フィードバックして次
回の投資時の全体戦略の構想を構築するときに生かすものとなる。
ベンチャーキャピタルと市場及び顧客との間の組織間学習としては、ベンチャー企業が
如何に市場及び顧客のニーズに従った活動をすることが会社の成長および成功にとって重
要であること、特にベンチャー企業は自分で設定した開発目標やマーケティング戦略を実
行するのに必死になるあまり、市場や顧客のニーズが変化していることに気づくのが遅く
なるという経験値が重要である。ベンチャー企業が行う市場及び顧客に対する付加価値活
動を支援するためにどのようにベンチャーキャピタルが市場及び顧客のニーズを直接的に
つかみ取り、それをベンチャー企業に伝えてゆくかという学習をすることが重要である。
219
(4)最終仮説の修正
ケーススタディの検討の結果から、 最終仮説「育成方法の中でも特に利害関係者との
協創関係を構築すれば日本でも高いIRRは達成できる」について、現時点での日本
のベンチャーキャピタルにおいては、出資者との協創関係、及び市場及び顧客との協
創関係の構築は弱いものであった。
出資者がベンチャー企業に投資し、ベンチャー企業が市場及び顧客に何らかのイノベーシ
ョンによって付加価値活動を行い、その結果として市場及び顧客から出資者がリターンを得
るという循環がある(図表7-33の左図)。それを3者が直接的に行動をとると利害対立
が生じることが多く、拡大しながら循環するスパイラルにならないことが多い。それに対し
て図表7-33の右図のようにベンチャーキャピタルがこの三者の間に位置し、専門家とし
ての能力を発揮することによって、①ベンチャーキャピタルと出資者、②ベンチャーキャピ
タルとベンチャー企業、③ベンチャーキャピタルと市場及び顧客との協創関係が構築できる。
その結果として、対立関係にあった2者間の関係が協創関係になってゆくものと考える。こ
のうち、①ベンチャーキャピタルと出資者、③ベンチャーキャピタルと市場及び顧客との協
創関係を構築することも前提としながらも、主には②ベンチャーキャピタルとベンチャー企
業との協創関係を構築することによって3者の対立関係を変化させることが出来ることがケ
ースステディから確認できた。
図表7-33
対立関係から協創関係への変化
市場
顧客
市場
顧客
協創
対立
対立
③
VC
①
出資者
対立
協創
ベンチャ
ー企業
出資者
②
協創
ベンチャ
ー企業
(出典)筆者作成
したがって、最終仮説は「育成方法の中でもベンチャー企業との協創関係を構築すれ
ば日本でも高いIRRは達成できる。」と修正でき、その戦略的行動は、①投資システ
220
ム全体の戦略構想、②革新的プラットフォームの提供、③市場および顧客に対する付
加価値創造支援活動、④出資者およびベンチャー企業に対するイノベーション支援活
動、⑤組織間学習による知識創造の活性化の 5 つであると確認された。
図表7-34
ベンチャーキャピタルの協創関係(最終仮説)
全体戦略の構想
革新的
プラットフォーム
市場
顧客
フィードバック
付加価値創造支援
VC
組織間学習
出資者
イノベーション
支援
イノベーション
支援
ベンチャ
ー企業
(出典)筆者作成
221
222
第8章
協創関係の構築方法と、投資の手法
223
第8章
要旨
1.第5章、第6章、第7章を経て導き出された「協創関係の構築仮説」を実行する
に際して、実際にベンチャーキャピタリストが活用した手法を詳説し、協創関係の
構築の仕方を確認する。特に成長段階における協創関係の構築方法の変化と、ベン
チャーキャピタル投資の手法について論述している。
まず、協創関係構築の仕方として、ベンチャーキャピタルが出資者およびベンチ
ャー企業との協創関係を生み出す手法として、ケーススタディからは以下のような
4つのポイントが指摘できる。①知り合ってからの年数及び仲介者の信頼の付与、
②理念及び考え方に対する共鳴、③ベンチャーキャピタルの中立性、客観性、専門
性、頼り甲斐のある人格、④過去の投資実績、ベンチャー企業での評判、がケース
スタディから指摘できる。
また、協創関係の維持・強化の仕方としては、①中立性、客観性の主張、②経営
者、チームのベクトル合わせ③危機を一緒に乗り越えたという一体感、の3つが有
効であることがケーススタディから指摘できる。
さらに、ベンチャー企業が成長する過程で、スタートアップ期、急成長期および、
投資条件を決定する時点、事業縮小・撤退の時、株式公開前後を加えた 5 つの時期
における協創関係の構築方法の変化をまとめている。
2.ベンチャーキャピタルが利害関係者との協創関係を構築するための手法の中で、
ベンチャーキャピタルが投資を実行するに際して、①将来価値の評価方法、②時価
総額主義の算定、③段階的投資(マイルストン投資)、④シンジゲート投資について
詳説している。特に、②時価総額主義の算定では、アンジェスエムジー、トランス
ジェニック、セラーテムテクノロジーのケースを分析している。
224
第8章
協創関係の構築方法と、投資の手法
第1節
第1項
成長段階による協創関係の構築方法の変化
協創関係の構築と維持・強化の手法
(1)協創関係構築の仕方
・・・・・・・・・・・・・・・ 226
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・226
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・226
(2)協創関係の維持・強化の仕方
第2項
・・・・・・・・・・・・・ 226
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 228
成長段階における協創関係の構築方法の変化
・・・・・・・・・・・ 230
(1)成長段階に係わらず、投資条件を決定する時点
・・・・・・・・・・・ 231
(2)スタートアップ期
(3)急成長期
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 232
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 233
(4)事業縮小・撤退の時
(5)株式公開前後
第2節
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 233
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 234
ベンチャーキャピタル投資の手法
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 237
第1項
将来価値の評価方法
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 237
第2項
時価総額主義の算定
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 242
(1)アンジェスエムジー(4563)のケース
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 242
(2)トランスジェニック(2342)のケース
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 243
(3)セラーテムテクノロジー(4330)のケース
第3項
段階的投資(マイルストン投資)
第4項
シンジゲート投資
・・・・・・・・・・・・・・・ 244
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 245
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 247
225
第8章
第1節
協創関係の構築方法と、投資の手法
成長段階による協創関係の構築方法の変化
第5章、第6章、第7章を経て導き出された「協創関係の構築仮説」を実行するに
際して、実際にベンチャーキャピタリストが活用した手法を詳説し、協創関係の構築
の仕方を確認する。特に成長段階における協創関係の構築方法の変化と、ベンチャー
キャピタル投資の手法について論述している。
第1項
協創関係の構築と維持・強化の手法
(1)協創関係構築の仕方
ベンチャーキャピタルが出資者およびベンチャー企業との協創関係を生み出す手法
と して、ケーススタディからは以下のような4つのポイントが指摘できる。
①知り合ってからの年数及び仲介者の信頼の付与
出資者及びベンチャー企業の経営者と知り合っ てからの年数の長さが協創関係、特
に信頼感の醸成のために重要である。例えば、山口はゴルフダイジェスト・オンライ
ンの創業メンバーである玉置浩伸取締役(最高経営責任者)と下田八道取締役(最高
財務責任者)が山口とラ・サール中学、高校(鹿児島県)において同窓及び 1 年先輩
で、かつ、バスケットボール部をともに過ごした仲間であったことに端を発している。
また、関野は、1998 年 12 月に最初にアプリックスの郡山社長に出会ってから本格的に
支援するようになる 2002 年後半まで 4 年程度、赤浦も最初にサイボウズの高須賀社長
に 1997 年に出会ってから 99 年 5 月に投資をするまで 2 年強の期間をかけている。そ
の間に、お互いの考え方や行動を見ており、本格的に係わる時点でお互いの信頼感は
出来ており、協創関係も築きやすい状況であった。
また、村口とディー・エヌ・エーの南場社長とは、 お互いに信頼している共通の友
人が推薦したことがきっかけであるし、仮屋園と株式会社GDHの村濱社長と知り合
ったのも、投資銀行にいて共通の知人が紹介してくれてたことがきっかけである。紹
介してもらった段階で、仲介者に対する信頼が付与されており、単なる出会いよりも
協創関係が構築しやすい環境が出来ていた。
出資者との関係でも、仮屋園の所属するグロ ービスは、資金の90%以上は欧米の
出資者であるが、Apax社 と共同でファンドを組成しており、Apaxのこれまで
長年にわたって構築された出資者との協創関係が生かされていると思われる。
226
② 理念及び考え方に対する共鳴
ベンチャーキャピタルが自分の理念、会社経営に関する考え方を強く発信すること
が重要で、その考え方に出資者及びベンチャー企業の経営者が共鳴することで、協創
関係が構築される。
例えば、村口は、堀場製作所の掘場雅夫会長や店頭企業のオーナーなどから資金を
集め、また、日本では珍しく個人の責任で資金を集め、村口個人が業務執行組合員と
なりファンドを運用している。これは、1)日本からベンチャーを生み出す、2)テクノ
ロジー型ベンチャーで世界に出る、3)スタートアップ段階から投資する、4)会社では
なくパートナーシップでやる、という 4 つの理念を強力に発信し、キャピタルゲイン
だけでなくベンチャー企業の育成という社会的意義に賛同してくれた出資者が集まっ
た。このベンチャーキャピタルと出資者との協創関係は非常に強固なものとなった。
また、関野はアプリックスの郡山社長に会った時に「日本から世界に発信できる技
術を出したい、という理念と、技術的に尖がった才能」に共感を持ったし、郡山社長
も関野の率直にものをいい、考え方のぶれないベンチャーキャピタルとしてのスタン
スを尊敬した。これをきっかけに信頼感が生まれている。
③ ベンチャーキャピタルの中立性、客観性、専門性、頼り甲斐のある人格
ベンチャーキャピタルの代表としてベンチャーキャピタリストの人格も利害関係者
との協創関係の構築には重要である。今回の 5 つのケースにおけるベンチャー企業の
経営者にベンチャーキャピタリストの人格について聞いたところ、共通して中立的な
意見を言ってくれるところ、自社の役員、幹部にはない客観的な意見を言ってくれる
ところ、何らかの専門性を持っているところ、及び危機的な状況に際して頼り甲斐の
ある人であることなどが挙げられた。確かに筆者から見ても、村口、赤浦、山口、仮
屋園、関野の 5 人は上記のような人格を持っており、この人格がベンチャー企業の経
営者との信頼感を生み、協創関係の基礎を生み出したものと考えられる。
④ 過去の投資実績、ベンチャー企業での評判
ベンチャーキャピタル、及びその代表としてのベンチャーキャピタリストのこれま
での投資実績や、他のベンチャー企業に対する育成の評判などもベンチャー経営者及
び出資者との協創関係を生み出すのに役立っている。例えば、村口の場合、株式会社
日本テクノロジーベンチャーパートナーズを設立して投資を実施する以前に、ジャフ
コでの多くの投資実績、10 件以上の公開会社を輩出、キャピタルゲインも 150 億円以
上でIRRは 58.6%(成功報酬控除前)と、国際的にも高水準であることが有名であ
った。さらに、会社の内部にまで入り込んだ「心の熱い支援」をしてくれるという評
判が立っていた。そのため、出資者もベンチャー企業の経営者も、村口の投資後の支
227
援については信頼して任せることができた。
(2)協創関係の維持・強化の仕方
次に、一旦構築された協創関係を維持して、また強固なものにする手法について、
ケーススタディから以下の3点があげられる。
①中立性、客観性の主張
投資した後に、更に協創関係を強固にするに際しては追加増資のタイミングにおい
て、ベンチャーキャピタルの態度が出資者寄りなのか、ベンチャー企業寄りなのか、
それとも中立的なスタンスを持とうとしているのかがわかる。それにより、出資者及
びベンチャー企業の経営者もベンチャーキャピタルとの協創関係が一層、強固なもの
になってゆく。
例えば、村口は、ディー・エヌ・エーの 2001 年 3 月の第三者割当増資に際して、増
資後時価総額をそれ以前の152億円から127億円と評価している。この 5 億 7000
万円がなければ資金ショートを起す直前の状態であった。村口は会社の時価総額を適
正に評価したもので、出資者寄りでもベンチャー企業寄りでもないと考えているし、
出資するときには思い切った金額を出資すべきであると考えている。
また、関野は、2003 年 2 月のアプリックスの第三者割当増資に際して、直前の 1 株
30万円、増資後時価総額 42.9 億円に対して、1 株20万円で増資前の時価総額を 28.8
億円と評価した。ベンチャーキャピタルとして出資者の立場寄りの立場に立てば 1 株
15万円にすべきとの意見も出たが、それはフェアでない、断じて 1 株20万円であ
ると主張、増資を10億円程度の増資をすれば増資後の時価総額が40億円となり、
経営者の株式希薄化が許容範囲となると既存株主を説得した。このような場面の対処
を見ても、関野が出資者、ベンチャー企業、市場・顧客の間のどれかに偏ることなく、
三角形の中心に位置しようとしていたスタンスがわかる。
このスタンスについては、ディー・エヌ・エーの南場社長、アプリックスの郡山社
長は高く評価しており、一層協創関係が強化されたと述べている。
②経営者、チームのベクトル合わせ
人材のマネジメント力が乏しいベンチャー企業においては、経営者及び経営幹部、
経営チームの意見対立が顕在化し、進もうとするベクトルが合わなくなることで経営
がうまく行かなくなることが多い。その場合ににも、ベンチャーキャピタルがベクト
ルの違いが顕在化する前に、各メンバーの意見を吸い上げ、そのベクトルを外部の客
観的な立場から調整する役割は非常に有効で、ベンチャーキャピタルと経営者との協
創関係の強化に役立っている。
228
例えば、仮屋園は、経営者及び経営幹部間のベクトルがずれてきており、お互いの
信頼感がなくなっていると感じた時に、幹部合宿を始めた。「何のために会社を作った
のか」などのビジョンと価値観の共有化に注力すると同時に、企業戦略とそれを達成
するための戦術、行動計画、スケジュールについて、繰り返し、かつ、時間をかけて
議論していった。回を重ねるにつれて経営幹部間にお互いの信頼感が醸成で来たのと、
お互いの強み、弱みが明確になって相互補完をどのように取ったらよいかが明らかに
なっていった。
また、赤浦は、サイボウズの高須賀社長を始めとした経営陣の話をじっくり聞くこ
とに注力している。新製品開発の方向性や人事制度の骨格など、重要な意思決定の場
には必ず立会うことと、経営陣が実績を出したときやプロジェクトを遂行したときに
は、とにかく誉めることに留意している。高須賀社長や青野取締役(現在の社長)は
「赤浦氏は何でもとことん聞いてくれて自分の意見を言ってくれた。彼が近くにいて
くれたお陰で経営幹部の対立や意見の相違がどれだけ修正されたかわからない」と述
べている。赤浦は物静かな雰囲気を持ちながらも、経営陣や社員の間の関係をよく読
みとり、その問題点を事前に解決するような活動をしている。
③危機を一緒に乗り越えたという一体感
会社の危機的状況に際して、ベンチャーキャピタルが効果的に活躍し、その危機を
一緒に乗り越えたという一体感がベンチャー企業の経営陣との間に生まれ、協創関係
も一層、強固なものになってゆく。
例えば、村口はディー・エヌ・エーの 1999 年 10 月頃のシステムトラブルの時や、2001
年 3 月頃の資金繰りに窮して第三者割当増資をした頃の危機に際して大いなる行動を
している。また、関野も 2003 年 2 月のアプリックスの第三者割当増資に際してベンチ
ャーキャピタルとして一緒に山を越えた一体感を持っている。さらに仮屋園もGDH
の合併後の初年度決算が計画を75%下回る危機に際して会社内部に踏み込んで会社
の変革を押し進めている。
このような会社の危機に際して、それぞれのベンチャーキャピタルは中立的、独立
的な立場から各種の行動を実際に行い、危機的状況を脱することが出来た。そのよう
な事態に陥った原因を反省するともに、それを乗り越えた経験が学習されており、今
後の経営に役立っている。またベンチャーキャピタルと経営陣との協創関係も以前に
増して強化されている。
229
第2項
成長段階における協創関係の構築方法の変化
松田(2005)は、ベンチャー企業の成長ステージとその経営スタイルの変化をスタ
ートアップ期、急性長期、安定成長期の3つに分けている(図表8-1)
39
。それぞれの成長段階の定義は以下の通りである。
スタートアップ期とは、起業家が起業というビッグバンを経て、事業としての基礎
固めをする期間である。この時期には、いかなる製品を、どの範囲で、だれに対して、
どのような方法で、いつから売り出すのかといった、事業全体の仕組みを明確にする
ことが重要である。
急成長期は、基礎固めの段階から、社会的認知度が高まり、市場の拡大またはシェ
アアップによって、企業規模が急拡大をしている期間をいう。スタートアップ期に比
べ、人員を含む全ての規模が拡大し、ビジネススピードもアップしてゆく。急成長期
にはバランス感覚が不可欠であり、日常的な経営実態の把握が現実から遊離すると、
一気に企業崩壊が到来する。攻めのトップと守りの管理システムの構築が不可欠であ
る。
安定成長期は、ベンチャー企業の事業や製品などの社会的認知が確定し、株式上場
を果たし、収益力が最も安定する時期である。ただし、次なる模索をしないと、寿命
が尽きるベンチャー企業のモデルケースになってしまう。新経営チームの育成や、提
携・合併を含む成長スピードのアップが必要とされる。
図表8-1
成長ステージ別経営スタイルの変化
経営スタイル
企業規模
従業員数
成長率
収益性
対象期間
起業家の役割
経営チーム
事業・製品
市場・競合
39
スタートアップ期
急成長期
安定成長期
0~3億円
3~100 億円
100 億円超
1~20 人
20 人~300 人
300 人超
立ち上がり・低迷
年率 20%~100%
年率1ケタ成長
先行投資赤字
先行投資低収益
高収益維持
スタートから5年
5~15 年
15~25 年
My Company
事業への思い入れ
強力なリーダーシップ
何でも屋
起業家・友人中心
技術または営業優先
Our Company
事業への使命感
先見・決断・スピード
人を動かす
財務・営業プロ
バランスのある人材
一事業立ち上げ
事業コンセプト
マーケッティングの裏
づけ
業界不明確
競合なし
事業の確立
販売チャネルの確立
資金回収システム
Your Company
明確なビジョン
決断・先見・スピード
経営システムを動かす
開発・システムプロ
次なる飛躍に適する人
材
事業の完成・新規事業
既存製品のリニューア
ル
製品開発システム
業界成長ピーク
新規・大手競合参入
業界急成長
競合はまだ緩い
松田修一『ベンチャー企業』日本経済新聞社、2005 年、75~87 頁
230
資金調達
信用ゼロ
スイートマネー( 自 己 、 友 人 、
親戚)
エンジェルファンド
信用低い
民間ベンチャーキャピ
タル
中小企業向け金融機関
政府系リスクファイナ
ンス
株式上場(新市場)
フォーマルな会議開始
末端情報収集の重要性
コミュニケーショ
ン
インフォーマルのみ
経営管理レベル
外部依存の税務会計
キャッシュフロー(資金
繰り)
経営計画は社長の頭
独自の財務会計システ
ム
節税優先からの脱却
経営計画の策定開始
人事管理レベル
員数合わせの採用
社長による直接評価
即戦力中心の採用
人事考課導入
信用確立
民間金融機関(銀行)
株式上場(店頭上場)
フォーマルな会議定着
末端情報入手にトップ
独自の情報チャンネル
財務会計システムの定
着
管理会計システムの導
入
社員参加型経営計画
新卒採用・能力開発
人事考課の確立
(出典)松田修一(2005) 40 、78 頁
これらの成長段階の中で、スタートアップ期、急成長期の 2 つに、投資条件を決定
する時点、事業縮小・撤退の時、株式公開前後を加えた 5 つの時期における協創関係
の構築方法の変化を以下に見てゆきたい。
図表8-2、3にはVCとベンチャー企業との主な協創関係の発生場面を示してい
る。この表では、リードベンチャーキャピタルとベンチャー企業、及び(リードベン
チャーキャピタルでない)一般ベンチャーキャピタルとベンチャー企業とのコンフリ
クトのレベルの違いを示し、そのコンフリクトの解消をしながら協創関係を構築して
ゆく手法をまとめている。
(1)成長段階に係わらず、投資条件を決定する時点
時価総額の評価に際しては、将来価値評価の妥当性を数字で示すことと、公開まで
の資本政策全体での位置づけを示すことが必要である。この時価総額の評価が出資者
寄りでなく、ベンチャー企業寄りでない、中立的なものであることが求められる。そ
の場合には、関野や山口のケーススタディに見られたように、その計算の結果そのも
のよりも、中立性に配慮したことを利害関係者に説明する努力をすることが協創関係
を構築すると思われる。
ガバナンス、モニタリングなどに関わる投資条件(役員の派遣、報告内容、報告頻
度など)の決定については、出資時にはさほど問題にならないが、計画通りにいかな
い場合に備えて合意しておくことが肝要である。また、投資契約書の内容(特に買戻
し条件、モニタリング条件)については、ベンチャーキャピタルの取れるリスクと取
れないリスクを明確かつ合理的に説明することが大切である。無謀な条項を押し付け
40
松田修一『ベンチャー企業』日本経済新聞社、2005 年、75~87 頁
231
ず、中立的な立場を取ることが協創関係を構築するために必要である。ただ、この交
渉は微妙であり、ベンチャーキャピタリストの経験と人間性の最も現れる場面である。
村口は株式の買い戻し条件などは一切、入れないことでベンチャー企業側に配慮して
いること、自分及び出資者もリスクを全面的にとっていることを表明し、経営者との
協創関係を創り出している。また山口や関野は、リスクを避けているわけではないが、
出資者に対する関係もあるため、取れるリスクの限界があることを十分、時間をかけ
て粘り強く説明するようにしている。例えば、ファンドの満期近くになって株式公開
または会社売却などもしていない場合には、その時点での時価で買い戻してもらう契
約を入れることは必要であると考えている。これをベンチャーキャピタルの投資原価
で買戻しを契約に入れたり、どの時点で買戻しの要求が出来かの選択をベンチャーキ
ャピタルが一方的に持つなどの投資契約はベンチャー企業側に著しく不利であり、結
ぶべきでない。赤浦が担当したサイボウズの場合には、ジャフコの提示した投資契約
書の買戻し条項について、行き過ぎた内容も含まれており、会社側と軋轢が生じてい
る。ベンチャーキャピタリストの立場の説明方法や人間性などによって、これらの投
資契約条項が協創関係をプラスに働かせるのかマイナスに働かせるのかが決まってく
る。このバランスはベンチャーキャピタリストの投資経験とその学習による知識創造
の活性化が求められる。
(2)スタートアップ期
事業計画の未達に対する当面の対策手法に対しては、ベンチャーキャピタルはベン
チャー企業側の意見を尊重しながらも、過去の経験から実現可能な目標設定を実施す
べきである。逆に、計画の未達をゆるす企業風土を強く一掃することが重要であり、
仮屋園や関野はこの部分を強力に主張し、結果として協創関係の構築に役立っている
と述べている。
また、人材の採用の増加及び採用人材の適不適については、安易な人員増加を抑制
すべきである。事業計画に乗っ取らない増員はその理由を確認、幹部社員の採用には
ベンチャーキャピタリストが採用の経緯とともに、事前に面談することも必要である。
設備投資や開発費、広告費など先行投資に関する資金投入時期、タイミング、投入
方法の決定について、赤浦は、事業計画に乗っ取らない場合には、経営者とその場は
きまづい雰囲気になってもその理由をしつこく聞くようにしている。また、仮屋園や
山口は資金繰りばかりを気にして、先行投資を抑制していて短期的な視点とならない
ように留意しているが、一方で、投資効果の見込めないものを抑制すべきであると常
に発言している。損益分岐点に達する時期や株式公開の時期に関する当初計画の達成
を強く志向しているが、その修正に対して、妥当性を十分話し合うスタンスを持ち続
232
けることが経営者との協創関係を構築することに有効であると考えている。
(3)急成長期
増資実行の必要性、調達金額、割当先、時価総額の算定について仮屋園は、常に半
年先までのキャッシュフローの見通しについて確認し、資金不足の回避策を実施する
ようにしている。それでも不足する場合には、ベンチャーキャピタル側も事前に増資
割当先をベンチャー企業の経営者と一緒に必死に探すこととする。また、合併、業務
提携の必要性、相手先、合併条件の決定局面においては、経営者が交渉の初期段階で
ベンチャーキャピタリストのところに相談に来る関係を構築しておくが重要である。
これは日ごろから経営者からの信頼が高くないと有効でない。この信頼感を持っても
らうために、赤浦や山口は公式、非公式な場面で経営陣どれぞれと独自のパイプを持
つように努めている。法律的には優先株を発行し、合併条件についての拒否権を確保
しておくことも必要である。
社長と経営陣の対立の仲裁場面においては、どちらの側につくかで軋轢が発生する。
ベンチャーキャピタリストはあくまで会社全体の企業価値向上につながる方向性を打
ち出すことが大切である。また、社長及び経営陣の能力限界に伴う入れ替えの実施に
関しては、企業目的に照らして納得感のある提案をするように努めている。赤浦、関
野、仮屋園においては、経営陣の交代を実行しているが、その場合にも、どちらの側
に立つのではなく、中立的で、かつ、会社全体の利益を真剣に考えていることが回り
に伝わるように努力し、その結果、経営者との協創関係が強化されることとなった。
事業計画の抜本的見直しについて、ベンチャーキャピタリストは会社が問題に気づ
く前に、早めに事業計画の練り直し、修正を提案するように努めている。逆に、ベン
チャー企業の経営者は、本業が本当には軌道に乗っていないにもかかわらず、新規事
業を企画しがちである。関野はスタートに際しての予算や担当の決定に際して、その
理由やベンチャー企業の人材に対応できる人がいるかどうかを納得するまで議論し、
場合によって新規事業の開始を阻止すべきであると考え、実行している。
(4)事業縮小・撤退の時
社員の削減、オフィスの縮小、経費削減の局面では、ベンチャーキャピタリストは
キャッシュフローの予測を元に、早めに経費削減を実施するように会社をアドバイス
するようにしている。危機回避のために経営者はとにかく資金調達にあせる傾向があ
る。調達の必要性、条件、金額について、自身が出資しない場合にも資本政策や株価
算定を一貫性あるものにする必要がある。
減資や追加増資の実施タイミングについては、会社側に先駆けてベンチャーキャピ
233
タリストは減資、追加増資の提案をすることが信頼性を増すことになる。会社継続か
破綻処理の決断(判断条件、タイミング、手法)については、会社側はねばることが
多いが、社会に迷惑を拡大することにもつながり、ベンチャーキャピタルが回復の可
能性を十分に判断することが重要である。
(5)株式公開前後
ロックアップ契約の締結、公募売り出しの株数、公開日における売却数、半年後の
売却株数の決定などについては会社側とベンチャーキャピタル側とで意見が分かれる
ことが多い。この場合にも、ベンチャーキャピタルは出資者寄りの立場ばかりでなく、
会社全体の株式の分布を考慮して判断することが重要である。
また、主幹事証券会社、幹事証券会社の決定や公募価格の決定に際しては、ベンチ
ャー企業の立場に立ち、証券会社の言いなりにならないように、経験をもとにアドバ
イスすることが必要である。
株式公開後の役員退任など支援体制の継続状況の決定に際しては、株式公開後及び
株式売却後にベンチャーキャピタルがどのように係わるかを検討すべきである。通常、
ベンチャーキャピタルは公開後は役員を退任し、ベンチャー企業の支援は終了するも
のであるが、関野の場合には、公開後も関わりたい、それまで以上に協創関係を強化
したいと考えたが、ベンチャーキャピタルとして関わることには限界があると感じ、
ベンチャーキャピタルを退任してアプリックスと関わることとなった。協創関係をど
こまで築き上げるかは限度がないが、さりとてベンチャーキャピタルとして出来るこ
とも限りがあるものと筆者は思う。
234
図表8-2
VCとベンチャー企業との主な協創関係の発生場面(1)
場面
投資条件決定
内容
時価総額の評価(会社の収益予測)
ガバナース、モニタリング条件の決定(役員の派遣、
報告内容、報告頻度など)
投資契約書の内容(買戻し条件、モニタリング条件)
スタートアップ 役員会、経営会議での資料準備、議論内容の不備
期
事業計画の未達に対する当面の対策手法
リードVCの 一般VCの
コンフリクトレベル コンフリクトレベル
協創関係の構築の手法
A
B
評価の妥当性を数字で示す、公開までの資本政策全体での位置づ
けを示す
C
C
事前にはさほど問題にならないが、計画通りにいかない場合に備
えて合意しておくことが肝要。
A
A
VCの取れるリスクと取れないリスクを明確かつ合理的に説明す
る。無謀な条項を押し付けない。
C
C
必要十分なものに留め、会社の発展段階に応じたものを要求す
る。
B
C
VB側の意見を尊重しながらも、過去の経験から実現可能な目標設
定を実施。未達をゆるす企業風土を一掃する。
急成長期
人材の採用増加及び採用人材の適不適
B
C
設備投資や開発費、広告費など先行投資に関する資金
投入時期、タイミング、投入方法
B
C
BEPに達する時期、株式公開の時期に関する当初計画か
らの修正
A
C
増資実行の必要性、調達金額、割当先、時価総額の算
定
A
A
A
A
B
C
A
C
A
C
B
C
合併、業務提携の必要性、相手先、条件
社長、経営陣の対立の仲裁
社長、経営陣の能力限界に伴う入れ替えの実施
事業計画の抜本的見直し
新規事業の企画、スタートに関する予算、担当
注)コンフリクトのレベル;A非常に高い、Bふつう、Cコンフリクトは存在するが低い
235
安易な人員増加を抑制。事業計画に乗っ取らない増員は理由を確
認。幹部社員の採用には採用の経緯とともに、事前に面談する。
事業計画に乗っ取らない投資は抑制。短期的な視点とならないよ
うに留意するが、一方で、投資効果の見込めないものを抑制。
事業計画通りであれば良いが、その修正をする場合にはその妥当
性を十分話し合う
常に半年先までのキャッシュフローの見通しについて確認し、資
金不足の回避策を実施する。それでも不足する場合には、VC側も
事前に増資割当先をVBと一緒に探す。法律的には優先株を発行
し、増資条件についての拒否権を確保しておく。
経営者が交渉の初期段階で相談に来る関係を構築しておく。法律
的には優先株を発行し、合併条件についての拒否権を確保してお
く。
どちらの側につくかでコンフリクト発生。あくまで企業価値向上につな
がる方向性を打ち出す。
企業目的に照らして納得感のある提案をする。社長、役員との関
係性の構築。他の株主との連携を強化する。
短期的視野にならないようにしながらも、事業計画の練り直しを
実施
新規事業を始めるにあたり、その理由、将来性を納得するまで議
論、場合によって新規事業の開始を阻止。
図表8-3
場面
VCとベンチャー企業との主な協創関係の発生場面(2)
内容
社員の削減、オフィスの縮小、経費削減
事業縮小、撤退 危機回避的資金調達の必要性、条件、金額
期
A
C
借入れ、増資などを実施。危機回避のために一貫性のない調達を
する傾向があり、自身が出資しない場合にも資本政策や株価算定
を一貫性あるものにする
A
A
公開の見込みがなくなったときや会社整理の段階で株式買戻しを
要求することがあるが、株価算定を公正に実施する
減資や追加増資の実施
A
A
会社側に先駆けて減資、追加増資の提案をする。
会社継続か破綻処理の決断(判断条件、タイミング、
手法)
A
C
会社側はねばることが多いが、社会に迷惑を拡大することにもつ
ながり、回復の可能性を十分に判断することが重要。
資金回収の優先順位
A
A
あくまでも株主の立場を貫く。
ロックアップ契約の締結
A
A
株式の分布を考慮してVB側の立場で判断
公募売り出し、公開日売却、半年後売却株数の決定
B
C
株式の分布を考慮してVB側の立場で判断
公募価格の決定
主幹事証券会社、幹事証券会社の決定
B
C
公開後の継続的な株価上昇が出来るような株価を公募価格とする
C
C
継続的な成長ができるように経験をもとにアドバイスする
C
株式公開後、株式売却後にVCがどのように係わるかを検討
株式の買い戻しの条件
株式公開前後
リードVCの 一般VCの
コンフリクトレベル コンフリクトレベル
協創関係の構築の手法
A
C
キャッシュフローの予測を元に、早めに経費削減を実施
株式公開後の役員退任など支援体制の継続状況
C
注)コンフリクトのレベル;A非常に高い、Bふつう、Cコンフリクトは存在するが低い
(出典)筆者作成
236
第2節
ベンチャーキャピタル投資の手法
これまでベンチャーキャピタルが利害関係者との協創関係を構築するための手法を考察し
てきたが、その中で、ベンチャーキャピタルが投資を実行するに際して、具体的な4つの手
法について、第 7 章のケーススタディにおけるベンチャーキャピタリストの手法を踏まえな
がら以下に論述する。
第1項
将来価値の評価方法
ベンチャー企業のバリュエーションをする場合、純資産方式や類似業種・会社比準方式、
配当還元方式、割引キャッシュフロー方式(DCF 方式)
、ベンチャーキャピタル方式、ファー
スト・シカゴ方式、マルチプル方式など、多数の方式がある。米国のベンチャーキャピタル
の場合にはほとんどが DCF 方式であるのに対して、日本の場合には一般的に、純資産方式や
類似業種・会社比準方式で評価する割合が高い。日本では、未公開企業の取引価格という相
続税法の考え方が根強く残っており、公開審査をする証券会社、証券取引所、関係する公認
会計士、税理士、証券代行会社、取引銀行、場合によってはベンチャーキャピタルまでが「税
法基準」のバリュエーションを主体に考えている。そもそも企業継続を中心に考えている中
小企業と、急速な成長を考えているベンチャー企業とではバリュエーションの考え方も変っ
てしかるべきであるが、未だに中小企業に対するバリュエーションから抜け出ていないのが
日本の現状である。
具体的には、相続税法基準では、中小企業を年間取引高と従業員数、業種によって小会社、
中会社(さらに中の小、中の中、中の大とに分ける)
、大会社に区分し、純資産方式と類似業
種比準方式との按分方法を規定している。これらの方式は、1年前の1株当たりの課税所得、
配当金、純資産価格という、過去の実績数値のみを使用して計算するものであり、企業の将
来性は全く考慮に入れていない。創業年数が短く、配当や内部留保を多くするよりも、急速
な企業成長を志向するベンチャー企業においては、純資産方式や類似業種・会社比準方式では
バリュエーションが低水準となることが多い。
そこで企業の将来を加味した割引キャッシュフロー方式(DCF方式)の要素を多く取り
入れたバリュエーションをベンチャーキャピタルにおいては採用することが多い。第 7 章の
村口、赤浦、山口、仮屋園、関野はともにDCF方式を中心としてバリエーションを行なっ
ている。しかし、キャッシュフローの予測妥当性を判断することは難しく、バリュエーショ
ンをする人間によって評価が分かれる問題が出る。以下に、そのバリュエーションの評価に
幅が出ることを前提としながらも、そのボラテリティの範囲を考慮するやり方として、リア
ルオプション的な手法を日本のベンチャー企業に適用した事例を示す。
図表8-4は、株式会社チップワンストップのバリュエーションの結果を示している。半
導体・電子部品の購買代行サービスをしている当社は、IT 技術を駆使して急速に事業を伸ば
237
している有望なベンチャー企業であるが、相続税の計算に使用する純資産方式では、1株
36,629 円、類似業種比準方式では 23,880 円となる。2003 年 12 月期段階で当社は「中の中」
会社であるので、類似業種比準方式を 75%+純資産方式を 25%で加重平均した1株 24,840
円が相続税上の評価額となる。企業の成長性や株式公開の可能性などを判断すると、会社設
立した時点の1株5万円を下回った評価額というのは納得がいかない結果である(最も、社
長が現時点で死去して、相続が発生した場合における遺族にとっては有利な評価額であるだ
ろう)。
そこで、企業の利益(EBITDA)、及びキャッシュフロー(FCF)を予測して、加重平均資本
コスト(WACC)で割り引いたDCF方式によるバリュエーション価格は図表8-4に示した
ように1株 149,131 円となる。
このDCF方式の計算に関しては、評価額を高くしたい起業家と、評価額を低くしたいベ
ンチャーキャピタルの間でコンフリクトが生じやすく、評価が分かれる。そこで以下のよう
なアプローチをとる事例を紹介する。
まず、図表8-5のように、会社の将来予測上、ポイントになる事象(プラス面、マイナ
ス面)を列挙し、また成長ステージの分岐となる項目、時期を明確に考えることが重要であ
る。収益モデルを作り、会社の業績を決定する3つの指標の変化によって、キャッシュフロ
ーがどの程度変化するか、あるいは計算の結果が時価総額の幅の中で、どの位置にあるかを
見ることで妥当性を考慮する。
具体的には、当社のプラス面として、半導体商社の効果的な業務プロセスノウハウと、I
Tを活用した効率的なオペレーションができることなどのポイントを挙げ、デメリットして、
業歴が短いために顧客ナレッジが蓄積不足であることなどのポイントを挙げた。これに基づ
き、当社の業績を変動させる指標として売上高、限界利益率、広告費などのマーケティング
やコンピュータ投資などの固定費の3つを重要性の高いものとして選び、その変動のプラス、
マイナス幅を当該業界の経験から妥当な予測値を出した。
続いて、当社の収益、FCFの予測モデルをつくり、会社予測通りに成長する○と、それ
以上に成長する◎、会社予測までは成長しない×のシナリオごとに数値を入れることで、合
計27通りのDCFのシミュレーションを実施した。その結果、図表4に示したようなシナ
リオごとの時価総額分布、1株当り株価分布を得た。これにより、起業家とベンチャーキャ
ピタルが合意した株価、及び時価総額がどの程度の範囲に入るか、妥当性をチェックできる
と考える。
当社の場合、類似会社比準方式として、半導体・電子部品商社の加賀電子(8154)、トーメ
ンエレクトロニクス(7558)、丸文(7537)、PALTEK(7587)に加えて、購買代行に徹した新しい
ビジネスモデルを同じように追及しているミスミ(4820)、アスクル(2678)を比準会社に選ん
だため、図表1に示したように1株 413,400 円という評価となった(相続税の類似業種比準
方式とは異なる)。
238
最終的には、成長性を重視するベンチャー企業であるため、DCF方式を 70%、純資産方
式を 15%、類似会社比準方式を 15%で加重平均し、1株 171,896 円、時価総額 2,186 百万円
と評価した。この数値は図表4にみるリアルオプション的株価チェックでは、27 の評価額の
なかでは上から8番目の位置にあり、売上高、限界利益率、固定費の2つ以上が会社計画を
下回る成長の場合にはバリュエーションを正当化できないという、比較的に高めのバリュエ
ーションとなっていることがわかる。
どのベンチャーキャピタルも増資に応じる時には株価算定を実施しているが、将来性をど
こまで織り込むかについて意見が分かれる。その局面で、出資者寄りの立場か、ベンチャー
企業側の立場かが大きく分かれる。その場合に、中立的な立場の株価算定をすることが協創
関係構築には重要だか、その場合に、上記のような将来のシナリオを立ててシュミレーショ
ンすることで、利害関係者の納得が得られやすいことになり、有効であると考える。
図表8-4 未公開企業のバリュエーションの実例
社名
事業内容
決算期
使用業績
売上
経常利益
当期利益
発行済株式数
株式会社 チップワンストップ
半導体・電子部品購買代行サービス
2003年12月 期
Dec-04
2,080 百万円
300 百万円
240 百万円
決算期末
試算時点
11,278 株
11,278 株
株価試算結果
潜在株調整なし
潜在株調整後
簿価純資産価額
34,924
36,629
類似会社比準方式
402,200
362,400 *前提の業績は2004/12を使用
70%ディスカウン
459,700
413,400
80%ディスカウン
574,570
515,200
ディスカウントな
DCF方式
149,131
171,896 円
成長性を重視するVBであるので、DCF方式を70%、
簿価純資産価額15%、類似会社比準方式15%とした。
リアルオプションで分布を見ても中の上の水準。売上予想、利益率改善、経費削
2項目以上計画通りに行かないと17万円を下回る。
評価時の時価総額
2,186 百万円
PER(実績値)
9.1 倍
(出典)筆者作成
投資株価
採用の理由:
239
図表8-5
プラス面
キャッシュフロー予測の分岐点と収益モデル
・半導体商社の効果的な業務プロセスノウハウと
ITを活用した効率的なオペレーションとの融合
・半導体商社・半導体メーカー・ソフトウェア大手企業との相互作用による学
・数百社の半導体部品サプライヤとの提携による仕入ネットワーク
・IT及びインターネットのフル活用による業界・顧客ナレッジの迅速な蓄積
・半導体部品のエンドユーザー中心の顧客層と顧客数の拡大
・特定半導体メーカーや仕入先による制約がないこと
マイナス面 ・業歴が短いために顧客ナレッジが蓄積不足
・口座開設に時間がかかる
・少人数のため、営業活動の地域が偏在
・大手半導体メーカーや半導体商社の本格的な e-ビジネス進出
・米国大手半導体商社、カタログ通販会社の日本進出
・購買資材部門の保守性
・SARS等の特定地域の経営環境リスク
シナリオ
項目
◎
売上高
①
伸率20%増し
限界利益率
②
33%
固定費・投資 10%減
③
○
×
会社予想
伸率20%減
30%
会社予想
25%
10%増
(出典)筆者作成
240
図表8-6 DCFの計算表
株 式 会 社 チ ップ ワ ン ス トップ
単 位 :千 円
売上
営業費用
営業利益
減価償却費
2003年 12月
2004年 12月
2005年 12月
2006年 12月
2007年 12月
8 1 2 ,4 9 7 2 3 1 ,0 2 2 1 2 ,7 2 7 1 7 ,4 8 2
2 8 ,5 0 0
3 7 ,8 0 0
4 8 ,5 0 0
6 3 ,0 0 0
E B IT D A
税 金 税引後営業利益
設備投資額
フリーキ ャッシュフロー (F C F )
40%
割 引 率 (W A
FCF現 在 価 値
3 0 ,2 0 9
3 5 8 ,5 0 0
4 9 2 ,8 0 0
7 6 0 ,5 0 0
1 ,0 6 3 ,0 0 0
5 ,0 9 1
7 ,6 3 6
2 1 ,5 0 2
3 ,6 1 6
1 3 2 ,0 0 0
1 9 8 ,0 0 0
4 0 ,0 0 0
1 8 6 ,5 0 0
1 8 2 ,0 0 0
2 7 3 ,0 0 0
5 0 ,0 0 0
2 6 0 ,8 0 0
2 8 4 ,8 0 0
4 2 7 ,2 0 0
6 0 ,0 0 0
4 1 5 ,7 0 0
4 0 0 ,0 0 0
6 0 0 ,0 0 0
8 0 ,0 0 0
5 8 3 ,0 0 0
3 ,1 4 5
1 4 1 ,0 2 1
1 7 1 ,4 8 0
2 3 7 ,6 7 8
2 8 9 ,8 5 4
1 5 .0 %
残存価値
残存価値を出すための割引率
残 存 価 値 デ ィス カウ ン ト
企業価値合計
負債
企 業 価 値 合 計 (負 債 除 く)
*株 数
1株 あ た り 価 値 (D C F方 式 )
企 業 価 値 (時 価 総 額 )
負 債 コス ト ゼ ロ
資本コスト
リス クフリー
ベータ
エ クイテ ィリ
15%
3 .0 0 %
2
5 .9 7 %
1 ,1 0 9 ,1 6 3
1 5 .0 %
30%
1 ,9 5 2 ,3 4 1
5 5 ,9 8 9
1 ,8 9 6 ,3 5 2
1 2 ,7 1 6 株
1 4 9 ,1 3 1 円
1 ,8 9 6 百 万 円
(VC の 期 待 収 益 率 で も あ る )
(現 在 の 超 低 金 利 を 考 慮 し 安 全 サ イ ド と す る )
(新 事 業 と の 観 点 か ら 2と し た )
(1983年 か ら 97年 の 東 京 証 券 取 引 所 の 平 均 値 )
(出典)筆者作成
図表8-7 リアルオプション的株価チェック
順位
売上高
限界利益率 固定費・投資
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
◎
◎
◎
◎
◎
◎
○
○
○
◎
○
◎
○
◎
○
×
×
○
×
×
○
×
○
×
×
×
×
◎
◎
◎
○
○
○
◎
◎
◎
×
○
×
○
×
○
◎
◎
×
○
◎
×
○
×
○
×
×
×
◎
○
×
◎
○
×
◎
○
×
◎
◎
○
○
×
×
◎
○
◎
◎
×
○
○
×
×
◎
○
×
(出典)筆者作成
241
株価
(円)
246,921
235,690
224,460
214,461
203,231
192,001
187,411
176,181
164,951
160,361
160,361
149,131
149,131
137,901
137,901
127,902
116,671
115,278
106,262
105,441
104,048
95,032
92,818
83,801
70,195
58,965
47,735
企業価値
(百万円)
3,140
2,997
2,854
2,727
2,584
2,441
2,383
2,240
2,098
2,039
2,039
1,896
1,896
1,754
1,754
1,626
1,484
1,466
1,351
1,341
1,323
1,208
1,180
1,066
893
750
607
第2項
時価総額主義の算定
次に、時価総額主義に基づく株価算定をすることも利害関係者との協創関係作りには重要
であると思われる。アメリカでは時価総額の算定を前提にした上での持分比率が重視された
のに対し、日本では1株の株価が重視されることである。
日本型ベンチャーキャピタルでは投資業務の重点が中堅企業の公開支援型投資に置かれた
ため、ベンチャー支援効果よりも IPO 後の株価上昇を経営者に知らしめるという効果が大き
かったことがこの違いをもたらしたものと分析される。また、2001 年の商法改正前には、額
面株式、無額面株式の二種類が発行されていたため、1株5万円の額面に対して何倍の株価
であるかが議論の中心となりやすい環境であったことも一因であった。しかし、第 7 章でみ
たベンチャーキャピタリスト達は全て時価総額で会社の価値を判断している。特に、村口の
ディー・エヌ・エーに対する 2000 年 3 月の増資(時価総額で 152 億円)、仮屋園のGDHに
対する 2000 年 10 月の増資(時価総額 26 億円)、関野のアプリックスに対する 2003 年 2 月の
増資(時価総額 40 億円)などは、株式公開時の想定される時価総額からして現時点の時価総
額が妥当性をもつかどうか、という観点から評価されており、1 株当たり株価で議論してい
た場合にはとても評価されない時価をつけることが出来ている。日本でも先駆的なベンチャ
ーキャピタリストを中心にして時価総額主義が根付いてきているといえよう。
また、従来型のベンチャーキャピタルのバリュエーションでは経営者シェア51%の維持が
絶対条件であったが、最近増加しているハイテク急成長型ベンチャー企業は、経営者が持株
比率の過半数にこだわるより、タイミングのよい資金調達を優先するので、株式シェアに関
する考え方も変化していることも重要な変化である。
以下、具体的な事例を見て見たい。
(1)アンジェスエムジー(4563)のケース
図表8-8には、アンジェスエムジーのバリュエーションの推移を示した。当社は遺伝子
治療薬の開発ベンチャーである。1999 年 12 月 17 日に会社資本金 1100 万円で設立されたが、
設立時にバイオフロンティアパートナーズが 1000 万円を出資している。バイオフロンティア
パートナーズは、バイオ専門のベンチャーキャピタルとして、会社の設立、運営、資本政策
に深く関わっていたと推定される。当社は前臨床試験および臨床試験を行い、上市後は提携
先が販売するというビジネスモデルを確立し、ライセンス料、開発協力金、ロイヤリティを
提携企業から早めに受け取ることで、財務面でのリスクを軽減することに成功した。そのた
め、ほとんど資金調達を行う必要がなかった。2000 年 12 月 6 日に役職員や顧問先などから
17 百万円の第三者割り当て増資を行ったが、
あとは4回の株主割当増資を行っただけである。
外部株主から本格的な資金調達するタイミングを遅くでき、その間に4回の株主割当増資を
していたことが既存株主の価値を増加させることに成功した理由である。増資資金を調達し
242
ないで事業推進をするために、限られた資金内でやりくりすることを成し遂げられたのも、
バイオフロンティアパートナーズが明らかな成果が出るまではベンチャーキャピタルのバリ
ュエーションが厳しいことを示していたためと推定させる。
株式公開直前の 2001 年 12 月 21 日に初めて本格的な第三者割り当て増資として第三者割当
増資を行い、そのうち 8.3 億円をベンチャーキャピタルが1株 266,800 円にて引き受けてい
る。額面主義的な発想のベンチャーキャピタルからすると1株 266,800 円の増資価格は直前
の第三者割り当て増資価格の5万円の5倍強であり、1年以内に株式上場することが予定さ
れる会社の増資単価としては納得の範囲内であったものと推定される。しかし、時価総額的
な観点ではその時点で 178 億円となり、直前の時価総額の 89 倍、株価売上高比率(PSR)
13.7 倍、株価純資産比率(PBR)712 倍を納得してベンチャーキャピタルが投資したかど
うかは疑問である。バイオ企業の場合、通常の株価収益率(PER)で計れないため、PSR、PBR
の倍率は、企業の将来性をその倍率だけ、評価したものとされる。その時点で出資したベン
チャーキャピタルは当社の将来性を売上高で13年分、純資産の 712 倍と評価したわけであ
る。ただ、実際にはバイオ産業のバリュエーションは通常のDCFよりは予測期間が長期化
し、割引率が高くなるなど、他のベンチャー企業とは異なるものであり、また、時期的にも
バイオ関連企業の株式評価が高まることが見込まれていただけに妥当性も想定できる。その
証拠に、公開時も、公開後も順調に時価総額も伸び、また、PSRもPBRも公開後は妥当
な水準で推移している。
図表8-8 アンジェスエムジー(4563)のバリュエーション
増資単価
1999/12/17 会社設立
50,000
2000/4/18 有償株主割当
100
2000/6/10 有償株主割当
100
2000/12/6 有償第三者割当
50,000
2001/5/16 有償株主割当
100
2001/5/22 有償株主割当
100
2001/12/21 有償第三者割当 266,800
2002/9/25 IPO
400,000
2004/3/19
709,000
時価総額
11,000
11,088
11,440
192,950
194,494
200,668
17,807,299
32,803,600
66,755,000
売上高
45,261
45,261
1,300,674
1,794,715
2,452,246
単位;円、千円、倍
純資産 PSR(倍) PBR(倍) VCラウンド
11,000
1.0 第1回1000万円
7,557
1.5
7,557
7,557
25.5
24,988
4.3
24,988
4.4
24,988
13.7 712.6 第2回8.3億円
1,473,000
18.3
22.3
10,829,781
27.2
6.16
(注)株主割当増資時の時価総額は直前時価に増資額を加算したものとした
(注)増資時点の直前確定決算数値(推定も含む)を使用した
(注)ストックオプションの発行、増加がこの他にある
(出典)筆者作成
(2)トランスジェニック(2342)のケース
トランスジェニックは、遺伝子破壊マウスを製作し、遺伝子情報を製薬会社に販売してい
るバイオ関連企業である。当社は、株式公開までに10回の第三者割当増資を実施している
(図表8-9)
。この間に 77 億円を14のベンチャーキャピタル(ファンド運営会社ベース)
から調達している。日本アジア投資が 2000 年 11 月 28 日にワラントを最初に発行して以来、
中心的な役割を果たしている。1株当り増資単価は5万円、20万円、30万円と推移して
243
おり、アンジェスエムジーと比べても奇異な水準ではない。しかし、時価総額で見ると、2001
年1月 19 日の最初のベンチャーキャピタルに対する増資の段階で 16 億円を超え、PSR で 15
倍、PBR で 33 倍の将来性を評価している。その時点でベンチャーキャピタルは 1.6 億円(資
本金・資本準備金合計の 50%に相当)の出資をしたにもかかわらず、時価総額を 16 億円と
して評価したために、10%の持ち株比率しか取れていない。明らかに1株当り増資単価と時
価総額に占める比率の考え方の違いが端的に出ている。その後も、第三者割当増資を続けて
おり、公開直前では時価総額 47 億円、PSR25 倍、PBR9倍となっていた。公開初値が 235 円、
時価総額で 128 億円(PSR で 77 倍、PBR で 12 倍)と非常に高い評価を市場から受けたために、
投資してきた出資者は計算上、キャピタルゲインを上げることが出来た。しかし、2004 年3
月現在では時価総額は 89 億円にまで下がり、PSR で 20 倍、PBR で3倍の水準にまで落ちてき
ている。公開初値が PER,PSR,PBR からして高すぎた反動が出ているものと思われ、未公開時
代のバリュエーションのつけ方にも問題があったといえよう。
図表8-9 トランスジェニック(2342)のバリュエーション
1998/4/21
1998/6/11
1999/7/23
1999/10/21
2000/7/5
2000/11/16
2001/1/19
2001/1/26
2001/3/26
2001/3/30
2002/5/1
2002/5/1
2002/6/8
2002/6/15
2002/10/29
2002/12/10
2004/3/19
増資単価
会社設立
50,000
有償第三者割当 50,000
有償第三者割当 50,000
有償第三者割当 50,000
有償第三者割当 50,000
有償第三者割当 50,000
有償第三者割当 200,000
有償第三者割当 200,000
ワラント
50,000
有償第三者割当 300,000
合併
289
株式分割
有償第三者割当
400
有償第三者割当
400
株式分割
235
IPO
151
単位;円、千円、倍
時価総額 売上高
純資産 PSR(倍)PBR(倍) VCラウンド
11,000
11,000
1.0
21,000
11,000
1.9
41,000
58,462
21,355
0.7
1.9
61,000
58,462
21,355
1.0
2.9
111,000
105,633
49,652
1.1
2.2
131,000
105,633
49,652
1.2
2.6
1,646,000
105,633
49,652
15.6
33.2 第1回1.6億円
1,696,000
105,633
49,652
16.1
34.2 第2回5000万円
528,600
357,972
49,652
1.5
10.6 第3回4750万円
4,866,600
357,972 1,149,049
13.6
4.2 第4回1.65億円
3,324,842
193,712
513,617
17.2
6.5
193,712
513,617
4,685,044
193,712
513,617
24.2
9.1 第5回8000万円
4,775,044
193,712
513,617
24.7
9.3 第6回2.74億円
165,804 1,114,465
12,881,720
165,804 1,114,465
77.7
11.6
20.5
8,900,000
434,678
2,612,982
3.4
(注)ワラント、ストックオプションの発行、増加がこの他にある
(注)2002年9月中間決算以前は中間決算ししてないため、純資産は年度数値を使用
(出典)筆者作成
(3)セラーテムテクノロジー(4330)のケース
デジタル画像の保存・配信・印刷技術に優れたソフトの開発・販売ベンチャーである。当
社は、株式公開までに6回の第三者割当増資を実施している(図表8-10)。この間に6億
円を9のベンチャーキャピタル(ファンド運営会社ベース)から調達している。
当社は 2000 年度に立て続けに増資をしているが、2000 年 4 月 22 日では1株5万円、時価
総額 2.2 億円の評価が 2001 年 6 月 23 日時点では1株 60 万円、時価総額 43.1 億円にまで跳
ね上がっている。PSR、PBR で見ても非常に高い評価をしている。2001 年 6 月期の売上高が
244
3.6 億円と前期比 4.1 倍を達成できるなど、顧客が確立していたため、ベンチャーキャピタ
ルは安心してこのバリュエーションをつけられたものと推定される。ただ、この期のキャッ
シュフロー表では、営業活動によるキャッシュフロー△146 百万円、投資活動によるキャッ
シュフロー△118 百万円となっている。本来、ベンチャーキャピタルの資金は、投資活動な
どの先行投資に使われるべきで、営業キャッシュフローの赤字穴埋めには資金を使うべき性
格のものではない(もっとも、人材採用などの先行投資は営業キャッシュフローに含まれて
いるため、その目的であれば許容される)。
当社の場合、営業活動 CF、投資活動 CF のマイナスを増資で補っているが、それでも 2001
年 6 月末には約8億円の現金相当物が残っている。来期以降の戦略に備える意味もあろうが、
その後、余裕資金は増える一方で、2002 年 6 月末には約 32 億円に至っている。バリュエー
ションは、株価、時価総額とともに、資金調達ボリュームも重要な論点である。経営者は安
心できるため、必要以上の資金をファイナンスしたがるが、段階的投資をして企業成長につ
れて資金を調達するべきで、未公開の段階で年間営業キャッシュフローの5年分を上回る資
金を期末繰越しするようなファイナンスは問題が残る。
図表8-10 セラーテムテクノロジー(4330)のバリュエーション
単位;円、千円、倍
増資単価
1996/7/8
1999/4/30
2000/1/27
2000/4/22
2000/8/11
2001/3/10
2001/6/23
2001/12/11
時価総額
売上高
会社設立
50,000
10,000
有償第三者割当
50,000
30,000
有償第三者割当
50,000
220,000
有償第三者割当
50,000
226,000
有償第三者割当 300,000 1,800,000
有償第三者割当 600,000 4,018,800
有償第三者割当 600,000 4,318,800
1,500,000 36,891,000
IPO
2004/3/19
222,000
17,434,000
31,664
47,559
47,559
88,780
88,780
366,956
366,956
771,273
PSR(倍)PBR(倍) VCラウンド
1.0
0.9
3.1
4.6
51.4 第1回1000万円
4.8
52.9
20.3
41.3 第2回1.95億円
45.3
92.2 第3回2.34億円
11.8
99.1 第4回1.68億円
100.5
30.8
22.6
2.9
6,093,662
純資産
10,000
9,690
4,276
4,276
43,602
43,602
43,602
1,197,606
(注)増資時点の直前確定決算数値(推定も含む)を使用した
(注)ストックオプションの発行、増加がこの他にある
(出典)筆者作成
第3項
段階的投資(マイルストン投資)
次に、ベンチャーキャピタルが利害関係者との協創関係を構築するのに有効な投資手法は
マイルストンを設けて段階的に投資することである。ここでは企業の成長上、分岐点となる
ような重要な事象をマイルストンと呼ぶ。米国では段階的な投資をするのに対して、日本で
は資金が必要になったその度ごとに資金調達をする傾向が強いことである。日本でも資本政
策として、出資の折に株式公開までの全体的な調達シナリオを作成し、それに基づいて投資
することが通常である。しかし、企業の成長上、分岐点となるような重要な事象(マイルス
トン)を予め想定し、その達成後に時価総額を上げて段階的に増資を繰り返していく、とい
う米国での投資手法は未だ日本では一般的でない。特に、同一のベンチャーキャピタルがそ
の段階的投資の全てに関与し、株主シェアを維持していくことは日本では珍しく、投資ラウ
245
ンドが進むにしたがって持ち株シェアが希薄化(ダイリューション)していくことが多い。
図表8-11には、日米 VC のラウンド毎の持ち株比率と継続投資比率を示している。この
図表の数値は、対象としている期間が違う、米国はバイオベンチャーに限った対象に対して
日本はあらゆる業種が対象になっている、米国の数値は外部投資家を対象にしており、いわ
ゆるエンジェル投資家なども含まれているのに対し、日本の数値はベンチャーキャピタルの
みを対象にしている、という違いはある。それを割り引いても、増資の第一回ラウンドにお
いては米国が34%の持ち株比率を外部株主が保有するのに対し、日本の場合7%、2回ラウ
ンドにおいても米国の51%に対して僅か14%にしか過ぎない。3回ラウンドに至っては、
米国の57%に対して19%と、差は開く一方である。日本の増資ラウンドごとの持ち株比
率分布を見ても、ベンチャーキャピタルの合計持ち株比率が5%以下の小口投資家に投資し
てもらっている企業の割合が過半数であることが特徴的である。
さらに、興味深いことは第2回ラウンドにおいて、それ以前のラウンドで投資した投資家
が購入した割合(追加増資に応じた割合)は日米とも3分の1程度で格差がないが、第3回
目の増資をするときには、米国では53%の投資家が追加増資に応じてくれているのに対して、
日本では38%と第2回目の投資家継続率と変化はない。つまり、米国では第3回目の増資
をする段階にまで企業を成長させれば、従来の投資家の信頼を得られ、過半数の投資家が今
後の成長に期待を持ってくれて追加投資してくれるが、日本では、その段階になっても、増
資に必要な3分の2は新たな投資家を探してこないといけないということである。日本で株
式公開を成し遂げた企業ですらこのような状態であり、公開に至らないようなベンチャー企
業においては、継続的な資金調達がいかに困難であるかを物語っている。
図表8-11
米国
(バイオ)
日本
日米 VC のラウンドごとの持株比率と継続投資比率
第1回
投資ラウンド後の外部投資家シェア
33.9%
投資ラウンドにおける以前の投資家が購入した割合
投資ラウンド後のVCシェア
投資ラウンドにおける以前のVCが購入した割合
7.2%
第2回
51.1%
30.0%
第3回
57.0%
52.7%
13.8%
37.3%
18.6%
38.0%
VC持株比率の分布
20%以上
7%
5%
0%
10%以上20%未満
16%
17%
20%
5%以上10%未満
25%
22%
30%
0%以上5%未満
52%
56%
50%
(注)米国;1978 年から 89 年に米国で投資された 332 回の投資ラウンドで、バイオテクノロジーの投資に限る
日本;1998 年から 2002 年に VC から資金を受けて株式公開を成し遂げた企業から、427 社のうち、
過去の資金調達経緯を全て入手できた 104 社の行ったのべ 1554 回の資金調達を分析
日本は第三者割当増資のみを加算しているため、ワラントなどが加味されていないため、VC の合計持株比率
統計とは一致しない
(出典)“The Venture Capital Cycle”Paul Gompers and Josh Lerner,1999
國學院大學山村聡之輔氏、西戸雄太氏の基礎データをもとに筆者作成
ベンチャーキャピタルが段階的に投資をするのは、投資先企業への再評価が定期的に行え
246
るからである。増資と増資の間隔が短くなればなるほど、ベンチャーキャピタリストは起業
家の成長度合いを頻繁に審査するようになり、情報収集活動の必要性が増大してゆく。段階
的な資金投入が果たしている役割は、投資家と経営者の密接な関係を維持し、誤った意思決
定によって被る潜在的な損失を低減させることである。定期的にプロジェクトへのかかわり
を断ち切る選択権を、段階的に資金を投入することによって確保し、また選択権を確保して
いるために、ベンチャーキャピタリストは情報を収集し、投資先企業の成長度合いをモニタ
リングすることができる。つまり、マイルストンを設けることで経営者側とベンチャーキャ
ピタル側で共通の目標を持つことが出来、目標をクリアし、バリュエーションを上げるため
に、双方が必死に付加価値をつける努力をすることで、企業成長やイノベーションの発生に
ベンチャーキャピタルが貢献することが出来るという協創関係が構築できるわけである。ま
た、ベンチャー企業の経営陣にとっても、スタートアップの時点で大きな資金を調達すると
持株比率の希薄化が発生するが、段階的投資を実施し、そのたび毎に時価総額が上昇してい
くことで、大幅な持株の希薄化が防止できメリットが大きい。また、経営陣は目標とするマ
イルストンを達成すれば、次の資金が供給されることの安心ができるため、資金調達に時間
を取られることなく、マイルストンの達成に全精力を注ぐことが出来る。ともするとベンチ
ャー企業の経営者は資金ショートが心配で、常に資金調達のために多くの時間を使っている。
第4項
シンジゲート投資
次に、ベンチャーキャピタルが利害関係者との協創関係を構築する手法としてシンジゲー
ト投資が挙げられる。シンジゲート投資とは、ベンチャーキャピタル同士が密接な連絡を取
り合い、一段となってベンチャー企業に出資・育成する手法である。米国ベンチャーキャピ
タルはシンジゲートにより投資することが多いのに対して、日本の場合はそれぞれのベンチ
ャーキャピタルが個別に起業家と交渉して投資条件などを詰め、結果として複数のベンチャ
ーキャピタルが投資することがあってもお互いに密接な連絡をとりあって投資しているわけ
ではない。
米国の場合、得意な投資分野や業務執行組合員(ゼネラルパートナー;GP)の経験・能力
を熟知したベンチャーキャピタリスト同士が連携を組み、主体的に経営支援をするベンチャ
ーキャピタルと、単に投資のみをするベンチャーキャピタルとを組み合わせている。今回は
A ベンチャーキャピタリストが役員になるなど、このベンチャー企業の経営をしっかりとハ
ンズオンするので B キャピタリストは A キャピタリストに任せて単にモニタリングのみをし
ておき、次回には B キャピタリストがハンズオンする案件に A キャピタリストは投資のみを
する、という具合である。
また、経営者との間でバリュエーションの評価や、投資契約書の内容などを交渉するのも
ハンズオンするリード・ベンチャーキャピタリストのみが行い、それと同じ条件で他のベン
247
チャーキャピタリストも投資するという、代表として交渉代理人としての役割も担うことに
なる。シンジゲートを組むことでベンチャーキャピタルはリスクを低減することが出来るの
で、同じ資金でより多くの投資先に投資をすることが出来、新規なイノベーションの企業が
増えることになるのである。日本では、起業家が投資を検討するベンチャーキャピタル毎に
バリュエーションを個別に交渉し、同時に投資するベンチャーキャピタルによって、投資契
約書の条件などが異なることも多くの事例で見受けられる。また、起業家がベンチャーキャ
ピタリストの経験や能力よりも、競わせて、単に高いバリュエーションをつけてくれるベン
チャーキャピタルからの投資を受け入れる傾向も未だに強い。
米国では、確立したベンチャーキャピタルは、規模が小さく、経験の浅いベンチャーキャ
ピタルと一緒に投資したがらない。シンジゲーションを組むベンチャーキャピタリストのメ
ンバー自体がベンチャー企業のイノベーションの成功、企業成長のスピードに影響するもの
と理解されており、起業家も単に高いバリュエーションを提示してくれるキャピタリストを
選ぶのではなく、実績のあるベンチャーキャピタリストのシンジケーションを選ぶことを志
向している。また、ベンチャーキャピタリストも、一旦、投資して支援を始めると、段階的
なマイルストン投資をしながらも、継続して追加投資をして企業成長に寄与していくことで、
起業家の要望に応えて行く。
このシンジゲーション投資が増加してくると、出資者との関係ではファンドのIRRが向
上することや投資金額の規模が拡大することで、出資者を満足させることが出来る。またベ
ンチャー企業との関係では、増資をするタイミングでの時価総額のつけ方が極端に出資者寄
り、またはベンチャー企業寄りとなることが少なくなり、経営者は納得性が得やすい。また、
投資後の育成過程でも、担当するリードキャピタルが必死になって育成するので、ベンチャ
ー企業のイノベーション活動が加速化することが期待できる。なぜならリードキャピタルと
して取締役となり育成しているベンチャー企業が倒産などすれば、その後のシンジゲーショ
ンからは排除される恐れがあるからである。ベンチャーキャピタルの評判は、ベンチャー企
業の経営者に対しても、他のベンチャーキャピタルに対しても重要である。
248
249
第9章
結論と課題
250
第9章
要旨
1.先行研究などから導出した第 1 次仮説を統計データ、アンケート、ケーススタディを用
いて3回、修正を加え、「日本のベンチャーキャピタルは、育成方法の中でもベンチャー
企業との協創関係を構築すれば日本でも高いIRRは達成できる。」という最終仮説を導
出した。また、その戦略的行動は、①投資システム全体の戦略構想、②革新的プラット
フォームの提供、③市場および顧客に対する付加価値創造支援活動、④出資者およびベ
ンチャー企業に対するイノベーション支援活動、⑤組織間学習による知識創造の活性化
の 5 つであると確認された。
2.本論文は、これまで日本においてベンチャーキャピタル研究の中で、IRRに焦点を当
てた統計的な分析がほとんどなされてこなかったなか、初めて統計的な分析、アンケー
トを実施したことと、ベンチャーキャピタリストとして活動している日本を代表する5
人のケーススタディを行うことで利害関係者とベンチャーキャピタルとの関係性を詳し
く検証した初めての論文である。
今回のベンチャーキャピタリストアンケート調査及びケーススタディを実施するに当
たっては、調査対象を特定し、有効な回答率を得ることに苦労した。現時点の日本にお
いては 1000 人から 2000 人のベンチャーキャピタリストがいる中で、ベンチャーキャピ
タリストとして自分の投資理念と投資方針を持ち、自信をもって利害関係者との関係を
構築している者が極めて少ないことが明確になった。
今後、自信をもって活動するベンチャーキャピタリストが増加することと、外部への
ディスクローズが増加することに伴って、ベンチャーキャピタルと出資者、ベンチャー
企業、市場及び顧客との協創関係の構築手法についても、更に検討してゆきたい。本論
文では、データの制約の理由から、ベンチャー企業との関係性を中心とした議論となっ
ているが、特に出資者との関係、市場及び顧客との関係性についての分析が足りず、今
後の課題にしたい。
251
第9章
結論と課題
第1節
結論
第2節
今後の課題
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
252
253
253
254
第9章
第1節
結論と課題
結論
本研究の目的は、「日本のベンチャーキャピタルの投資パフォーマンス(IRR)を向上さ
せるためにどうしたらよいか」という課題解決のための仮説を導出することである。本論文は、
欧米のベンチャーキャピタルを中心に検証されてきたIRR向上に関する先行研究(投資期間
の研究、シンジゲーションの研究、バリュエーションの研究、段階的投資の研究、EXIT 戦略の
研究、オーナー系ベンチャーキャピタルの研究、専門性の追求など)の結果が日本のベンチャ
ーキャピタル市場においても適用できるかどうか、その項目や優先順位がどのように異なるの
か、という観点から展開してきた。すなわち、日本のベンチャーキャピタルの置かれている環
境状況が欧米と異なる日本においては欧米の先行研究とは異なる要素もあることを前提として、
欧米の先行研究の結果が日本のベンチャーキャピタルにどの程度、適用できるかを独自データ
により分析し、結果として、日本で投資パフォーマンスを高めるための手法についての仮説を
導出してきた。
先行研究などから導出した第 1 次仮説を統計データ、アンケート、ケーススタディを用いて
3回、修正を加え、「日本のベンチャーキャピタルは、育成方法の中でもベンチャー企業との協
創関係を構築すれば日本でも高いIRRは達成できる。
」という最終仮説を導出した。また、そ
の戦略的行動は、①投資システム全体の戦略構想、②革新的プラットフォームの提供、③市場
および顧客に対する付加価値創造支援活動、④出資者およびベンチャー企業に対するイノベー
ション支援活動、⑤組織間学習による知識創造の活性化の 5 つであると確認された。
253
図表9-1
ベンチャーキャピタルの協創関係の構築仮説
全体戦略の構想
革新的
プラットフォーム
市場
顧客
フィードバック
付加価値創造支援
VC
組織間学習
出資者
イノベーション
支援
イノベーション
支援
ベンチャ
ー企業
(出典)筆者作成
第2節
今後の課題
本論文は、これまで日本においてベンチャーキャピタル研究の中で、IRRに焦点を当て
た統計的な分析がほとんどなされてこなかったなか、初めて統計的な分析、アンケートを実
施したことと、ベンチャーキャピタリストとして活動している日本を代表する5人のケース
スタディを行うことで利害関係者とベンチャーキャピタルとの関係性を詳しく検証した初め
ての論文である。
本論文を執筆するに際して感じた日本のベンチャーキャピタルを取り巻く環境についての
課題について以下に述べたい。
第一に、日本のベンチャーキャピタルの統計は非常に少ないことである。主なものとして、
日本経済新聞社(毎年 12 月末時点の数値を調査、翌年7月頃発表、2005 年の場合、163 社に
アンケートを送付し、99社社から回答)と、財団法人ベンチャーエンタープライズセンタ
ー(VEC)(毎年3月末時点の数値を調査、同年12月頃発表、2005 年の場合、送付数不明、
105 社からの回答)の2つがある。ただ、日本にはベンチャーキャピタル企業が200社弱
あると言われている中でのVECに回答した会社が 105 社、うち年間投資額を回答したもの
が84社、ファンドの実態調査に回答したものが68社に過ぎない。また、バイアウトファ
ンドについても、M&A仲介会社のレコフがまとめた 2005 年のM&Aの件数は前年比23%
増の 2713 件となっているが、VEC調査におけるバイアウトの実績件数としての回答は87
254
件となっており、極めてカバー率が低い調査結果であると推定される。
米国においては、National Venture Capital Associationが中心となり、Pricewaterhouse
CoopersとThomson Venture Economicsが業務の一環としてMoney Tree Surveyとして調査を実
施している。データはNational Venture Capital Associationの会員ベンチャーキャピタル
のようにプロフェッショナルとして活動しているベンチャーキャピタル(2005 年 12 月末で
448社)からだけでなく、中小企業庁、コーポレートベンチャー、投資銀行、証券会社、
M&A仲介会社、および投資を受けたベンチャー企業からも常時、情報収集している。従っ
て、日本のように一定の時期のみにアンケートをかけるのではなく、常に最新のベンチャー
キャピタル活動をフォローアップしている。また、Dow Jones
VentureOne(www.ventureone.com)なども独自のデータベースを作成し、会員に公表している。
欧州においては、The European Private Equity and Venture Capital Association(EV
CA)があり、36カ国、931社の会員がいる。統計については Thomson Venture
Economics(European Head of Research)がEベンチャーキャピタルAと協力して、米国と同
様な手法で常時データを更新している。
日本においては、2002 年 11 月に有限責任中間法人日本ベンチャーキャピタル協会(Jベ
ンチャーキャピタルA)が発足している。2005 年 10 月末現在 110 社の会員が入会している
が、ジャフコ、SBIホールディングスなどの大手ベンチャーキャピタルが入会しておらず、
日本ベンチャーキャピタル協会として統計も取っていない。
日本においてプライベイトエクイティの統計が充実していない理由として、これまで日本
のベンチャーキャピタルは銀行系、証券系、生損保系ベンチャーキャピタルが主流なため、
ファンド資金募集に際して投資実績や投資パフォーマンスを開示する必要性が低かったため
と考えられる。むしろ投資情報開示をすることは、先行するベンチャーキャピタルの投資先
に対して、追随するベンチャーキャピタルが投資営業をかけるきっかけになるというデメリ
ットが大きかった。2005 年現在でも投資内容、投資パフォーマンスを積極的に開示している
ベンチャーキャピタルは一部に留まっているが、今後、ベンチャーキャピタルが外部投資家、
特に年金資金をベンチャーキャピタル・ファンドに取り入れるようになるに従い、ベンチマ
ークとしてのベンチャーキャピタル全体のパフォーマンス統計を必要とする機運が高まり、
開示に積極的なベンチャーキャピタルが増加してゆくことであろう。
課題の第二は、行動の基準があくまで「ベンチャーキャピタル」であり、「ベンチャーキ
ャピタリスト」としての行動をしている人が少ないということである。
今回のベンチャーキャピタリストアンケート調査及びケーススタディを実施するに当たっ
ては、調査対象を特定し、有効な回答率を得ることに苦労した。現時点の日本においては 1000
人から 2000 人のベンチャーキャピタリストがいる中で、ベンチャーキャピタリストとして自
分の投資理念と投資方針を持ち、自信をもって利害関係者との関係を構築している者が極め
て少ないことが明確になった。ただ、第 7 章のケーススタディで取り上げた 5 人のベンチャ
255
ーキャピタリストはどれも独自の価値判断で行動しており、投資したベンチャー企業に対す
る付加価値創造に持てる全エネルギーを投入している「ベンチャーキャピタリスト」として
活動している。このようにベンチャーキャピタリストとして活動していると胸を張って言え
る者が、未だ数は少ないものの、増加していることは重要である。今後、独立系ベンチャー
キャピタルに属していいようが組織型ベンチャーキャピタルに属していようが、ベンチャー
キャピタリスト一人ひとりがプロフェッショナルとして責任と権限を持ち、自分の関わった
ベンチャー企業への投資のIRRを高めることに全エネルギーを投入することが日本におい
ても重要になると思われる。
次に、筆者の研究課題について述べたい。第一は、利害関係者とベンチャーキャピタリス
トとの関係性の深堀りである。特に、ベンチャーキャピタルと出資者、株式市場との協創関
係の構築手法について、今後、自信をもって活動するベンチャーキャピタリストが増加する
ことと、外部へのディスクローズが増加することに伴って、更に検討してゆきたい。本論文
では、データの制約の理由から、ベンチャー企業との関係性を中心とした議論となっている
が、特に出資者との関係、市場及び顧客との関係性についての分析が足りず、今後の課題に
したい。
研究課題の第二は、未成熟な日本のベンチャーキャピタル業界が、今後、どのような方向
に進展してゆくかについてである。特にベンチャーキャピタルのベンチャー企業を支援する機
能や手法は欧米のものと同じで、単に欧米の数年遅れで同じ過程を辿るものなのか、それとも日
本の置かれている環境や風土から、異なる過程を辿るかについての研究を進めていきたい。1990
年代後半に日本に進出してきた有名なアメリカのベンチャーキャピタルがわずか数年で行き詰ま
り、日本から撤退している事実からしても、必ずしもアメリカ流の支援機能をそのまま適用して
も日本のベンチャー企業に対してはうまくいかないことを示唆している。日本のベンチャー企業の
後進性だけではなく、日本の各種風土や税制・人事制度などの違いがもたらすベンチャーキャピタルの
付加価値活動の独自性が必要となるためであると考える。その理由としては、1)何らかのイノベーション
を伴って急成長するベンチャー企業の絶対数が少ないこと、2)未公開株式に対する資本市場や制度の
歴史が浅く、未だ発達していないこと、3)ベンチャー企業の成長を支援する法律事務所、会計事務所、
経営コンサルティング、ヘッドハンティング会社などの周辺サービスが不足していること、4)エンジェルや
ベンチャーキャピタルなどの直接金融の仕組みが未だに不十分で、成長初期段階での資金が調達しに
くいこと、などが考えられる。それに加えて、日本のベンチャーキャピタルは欧米に比べて歴史も経験も浅
く、ベンチャー企業に対して適切な経営指導などの付加価値活動ができていないからパフォーマンスが
悪い、という見方もある。
現時点での筆者の見方は以下の通りである。
日本の従来型企業に対する支援においては、欧米の支援に比べて営業支援機能がより重視され
るべきである。これは、日本のベンチャー企業の製品を積極的に購入する意識が、大企業や政府
自治体に加えて個人消費者も欧米と比べて低いためである。商品の選別眼・評価能力がまだ低く、
同じ製品、サービスを購入するのであれば、知名度の高い大企業の製品・サービスを購入する傾
256
向が欧米に比べて高い。系列企業のグループ内取引比率も依然として高い。いくら品質・価格・
サービスの点で優位性のある商品でも、ベンチャー企業と取引を始めるにあたっての「口座開設」
が難しく、取引が開始できないことが多い。そのため、欧米では考えられないほどの「暗黙的な
取引規制」が実際には打ち破れずに伸び悩むベンチャー企業が多いのが実態である。これを打破
する意味で、ベンチャーキャピタルが大手企業や主要な個人消費者へのアプローチを支援し、
「口
座開設」を容易にするという営業支援機能が、日本のベンチャーキャピタルには欧米よりも大き
く期待されていると言える。実際に筆者の経験でも、ベンチャー企業を大企業の経営陣と引き合
わせてベンチャー企業の自社商品を説明する機会を設定すると同時に、熱心に採用を推奨するこ
とで営業提携、共同研究提携、資本提携などが実現した事例が多くある。それまで「門前払い」
の取り扱いをされていたベンチャー企業がよみがえった例もある。
加えて日本のハイテク型ベンチャー企業の場合には、人材機能が欧米に比べて重要である。欧
米の場合にはベンチャー企業に対する社会的な尊敬、理解が進んでいる。欧米では、多くの優秀な
人材が自分の能力を存分に発揮できる場所を求めて大企業や政府自治体からベンチャー企業に飛
び込み、自己実現を図り、さらに株式公開した暁には億万長者になり、また次のベンチャー企業
を創業・転職していくという好循環が生じている。日本の場合には、このような人材の好循環が
働いておらず、人材調達は非常に困難である。特にバイオテクノロジー、ナノテクノロジー、IT
などのハイテク産業の場合、専門的な技能をもった専門家の採用が不可欠であるが、日本のベン
チャー企業にはヘッドハンティング会社に依頼しても専門家の調達は最先端領域ほど難しい。そ
こでベンチャーキャピタルが業界での人脈を生かして適切な人材の紹介をするとともに、ベンチ
ャー企業で働くことのリスクとリターンを整理して示すことで人材調達のハードルを低くするこ
とができる。また、時には会社幹部の適任性を判断し、幹部の入れ替えなどを取締役会に進言する
ことも日本では重要である。ベンチャー企業においては、社長の独断で人事および組織の編成が
行われていることが多く、能力の伴わない配置をする場合も散見される。外部者でありながらベ
ンチャー企業の成長に貢献するベンチャーキャピタルは、中立的な立場で人事面の発言ができる。
今後、日本でもベンチャー企業の活動がますます広がりを見せるなかで、ベンチャーキャピタル
の人材機能はますます必要な機能となろう。
また、精神的支援機能については、日本のレイターステージだけでなくアーリーステージにお
いても、欧米に比べてはるかに重要性が高い。これは欧米においては起業家が創業する前に、大
学や大学院でベンチャービジネスやビジネスプランの作成教育を受けたり、実体験としても大企
業のなかで新規事業運営や子会社経営を経験したりするのに比べて、日本では事前準備もそこそ
こに、いきなり創業してしまう傾向が高いことに起因すると思われる。例えば、創業・ベンチャ
ー国民フォーラムが 2004 年に行った起業家の国際比較調査でも、大学院進学者の起業割合は日本
(技術ベンチャー企業のみ)が 17%であるのに対し、アメリカで 33%、ドイツで 41%、韓国で
も 23%と格差がある。日本を除けば、高学歴になるほど自己の能力が高く、自主独立意識が高ま
っているので、起業家になる確率が高くなると言える。また、欧米では起業スキルを学べる経営
大学院(MBA)が多く、理工系の学部を卒業し、勤務経験後に大学院で起業スキルをさらに高め
257
たうえで会社を設立することができる。また、起業前の経験会社数も、欧米では3~4社だが、
日本と韓国は2社であり、長期勤務希望者が多いことがわかる。欧米では、大学卒業後就職し、
3~4年後に MBA 課程で学び、その後、起業したいと考えている業種で 100~200 人規模の成長
企業にマネージャーとして就職し、幅広い経験を積むことになる。その過程で、起業時の仲間と
エンジェルを探しながら、大学卒業後 10 年前後で2~3社転職して、その後に起業するというの
が通常のパターンである。起業予備軍は、自己の明確なキャリアパスを描いた体験を経験してき
ているケースが多く、経営技術的にも精神的にも起業時のレベルが高いと言える。このようなア
ーリーステージの企業に対しては、ベンチャーキャピタルの精神的な支援機能はそれほど求めら
れないが、日本ではこのような創業前の事前経験に乏しく、創業後に弱音を吐く経営者が多い。
その意味で日本では、ベンチャーキャピタルが欧米以上に多くの時間を割いて経営者教育やモチ
ベーションの維持・向上に努めなければならない。これは人材支援機能、営業支援機能において
も日本のベンチャーキャピタルが欧米以上に機能を果たす必要が高い要因にもなっていると考え
られる。
最後に、これらの機能を果たすベンチャーキャピタリストは非常に高い能力と経験を求められている。
Sapienza(1995)は、「優秀なベンチャーキャピタリストになるためには、才能と特質の稀有な組み合わ
せが必要だ。管理能力、情報分析能力、しかも分析に長時間かかっても心の余裕を失わないことが必要
である。もっとも、こうした能力を持ち合わせる人は数人しかいない」と述べている。
また、Bygrave(1993)は以下のように述べている。
「完璧なベンチャーキャピタリストとは、投資先企業の事業内容とその業界を本当に理解している人だ。取
締役となったベンチャーキャピタリストの60%から70%は、業界のことを何も理解せず、企業経営の経験
すら持たず、機能していないとさえ思われる。ベンチャーキャピタルが現在価値曲線や財務理論には詳し
いMITのMBA取得者を経験のために取締役としてやたら送り込んでくるため、取締役会では貴重な時
間の半分が自社製品の説明で費やされてしまう。誰もこのような事態を望んではいない」。
今後、ベンチャーキャピタリストとしてどのような能力・経歴を持った人が適任かについても研究を進め
てゆきたい。
258
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