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電子商取引及び情報財取引等に関する準則

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電子商取引及び情報財取引等に関する準則
Ⅲ.「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」今年度改訂案
(次 頁 より)
電子商取引及び情報財取引等
に関する準則
改訂案
1
電子商取引及び情報財取引等に関する準則
改訂案の概要
【1】 ウェブサイトの利用 規 約 の契 約 への組入 れと有効 性
○無 償 の会 員 登 録 を含 め、インターネット上 の様 々なサービス提 供 契 約 について、利 用 規 約
組 入 の前 提 として契 約 の成 立 が認 められる場 合 について記 述 を追 加 した。
○利 用 規 約 の変 更 については、契 約 更 新 の形 で継 続 的 な取 引 の契 約 変 更 が認 められるケー
スの他 、黙 示 の同 意 があったと認 められるための考 慮 要 素 について記 述 を追 加 した。
【2】 なりすましによる意 思 表 示 となりすまされた本 人 への効 果 帰属
○従 来 1 つの論 点 であった「インターネット取 引 」と「インターネットバンキング」を分 けて、2 つ
の論 点 項 目 とした。
○インターネット取 引 に関 しては、一 般 的 ななりすましの行 為 の効 力 について分 析 し、本 人 確
認 の方 法 についての事 前 合 意 が無 効 になる例 として事 業 者 に責 任 がある場 合 を挙 げるとと
もに、なりすまされた本 人 に責 任 があるとされる例 とされない例 についても記 述 を追 加 した。
○なりすましによるクレジットカード決 済 の効 力 については、実 際 のクレジットカード会 員 規 約 を
もとに分 析 を行 った。
【3】 なりすましによるインターネットバンキングの利 用
○従 来 1 つの論 点 であった「インターネット取 引 」と「インターネットバンキング」を分 けて、2 つ
の論 点 項 目 とした。
○インターネットバンキングについては、民 法 478 条 との関 係 について、最 高 裁 判 例 を紹 介 し
つつ、記 述 を追 加 した。
【4】 共 同 購 入 クーポンをめぐる法 律 問 題について
○責 任 分 担 について分 析 を行 う前 提 として、そもそも共 同 購 入 クーポンとはどのような取 引 構
造 であるかについて、いくつかのパターンを挙 げて法 的 性 格 を分 析 した。
○更 に、消 費 者 庁 による「景 表 法 の留 意 事 項 」も引 用 し、クーポンの広 告 表 示 や価 格 表 示 の
問 題 についても言 及 した。
3
【5】 情 報 財 の取 引 等に関 する論 点
○情 報 財 には様 々な態 様 があり様 々な法 的 論 点 がある こと から、情 報 財 取 引 に関 する 論 点
の導 入 ページにインデックスとして記 述 の充 実 を行 なった。
【6】 ライセンス契 約の成 立 とユーザーの返 品 の可 否
○特 定 商 取 引 法 上 の法 定 返 品 権 (同 法 第 15 条 の 2)に関 して、情 報 財 の性 質 及 び取 引 の
実 態 を鑑 みた上 で、修 正 を行 った。
【7】 当 事 者 による契約 締 結 行 為 が存 在しないライセンス契 約 の成 立
○現 行 実 務 上 、ソフトウェアのライセンス契 約 に対 し、別 の主 体 によって同 意 の行 為 が行 われ
て いる 場 合 で も 、 い く つか の パタ ーン によ っ て エン ド ユー ザ ーと なる 企 業 を 拘 束 する た め の
「契 約 の橋 渡 し」が実 施 されており、基 本 的 にはそれらは有 効 と考 えられることを記 載 した。
但 し、理 論 的 には、その有 効 性 に疑 問 が生 じるケースも想 定 され得 るため、注 意 喚 起 の意
味 も込 めてリスクの分 析 を行 った。
【8】外 国 判 決・外 国 仲裁 判 断 の承 認 ・執 行
○日 本 の事 業 者 が外 国 の裁 判 所 または外 国 を仲 裁 地 とする仲 裁 判 断 において敗 訴 した場 合
を念 頭 におき、外 国 判 決 の承 認 ・執 行 及 び外 国 仲 裁 判 断 の承 認 ・執 行 について、要 件 ・手
続 き・根 拠 法 などを整 理 した。
(法改正、新たな裁判例への対応、その他軽微な修正)
【9】 契 約 の成 立 時 期 (電 子 承 諾 通 知 の到 達 )
○「受 注 確 認 メールは承 諾 の意 思 表 示 でなく、これをもって契 約 は成 立 しない」とした判 例 (東
京 地 裁 平 成 17 年 9 月 2 日 判 決 ・判 時 1922 号 105 頁 )の追 加 。
【10】 P2P ファイル交 換 ソフトウェアの提 供
○Winny 事 件 の判 決 が確 定 (最 高 裁 判 所 平 成 23年 12月 19日 第 三 小 法 廷 決 定 )ことに伴 う
修正。
【11】 景 品 表 示 法 による規 制
○消 費 者 庁 が「インターネット消 費 者 取 引 に係 る広 告 表 示 に関 する景 品 表 示 法 上 の 問 題 点
4
及 び留 意 事 項 」を公 表 したことに伴 う修 正 。
【12】 ID・パスワード等 のインターネット上 での提 供
○不 正 競 争 防 止 法 改 正 により、技 術 的 制 限 手 段 の回 避 装 置 等 に関 する規 制 対 象 の見 直 し
を含 む法 改 正 が行 われたことに伴 う修 正 。
【13】 ベンダーが負うプログラムの担 保 責 任
○刑 法 改 正 により、いわゆるウィルス作 成 罪 に関 する記 述 を追 加 。
【14】 ユーザーの知的 財 産 権 譲 受 人 への対 抗
○特 許 法 改 正 により、通 常 実 施 権 の登 録 を行 っていない場 合 であっても第 三 者 への対 抗 力 を
認 めるなどの法 改 正 が行 われたことに伴 う修 正 。
○破 産 法 改 正 に伴 う修 正 。
【15】 使 用 機 能 、使 用 期 間 等 が制 限 されたソフトウェアの制 限 の解 除 方 法 を提 供
した場 合の責 任
○不 正 競 争 防 止 法 改 正 により、技 術 的 制 限 手 段 の回 避 装 置 等 に関 する規 制 対 象 の見 直 し
を含 む法 改 正 が行 われたことに伴 う修 正 。
【16】 事 業 者 間 取引についての国 際 裁 判管 轄 及 び適 用される法 規
○民 事 訴 訟 法 に国 際 裁 判 管 轄 に関 する諸 規 定 が整 備 されたことに伴 う修 正 。
【17】 消 費 者 と事 業 者 の間 の取 引 についての国 際 裁 判 管 轄 及 び適 用 される法 規
(特 に消 費 者 保 護法規 )
○民 事 訴 訟 法 に国 際 裁 判 管 轄 に関 する諸 規 定 が整 備 されたことに伴 う修 正 。
【18】 生 産 物 責 任と国 際 裁 判 管 轄 及 び適用 される法規
○民 事 訴 訟 法 に国 際 裁 判 管 轄 に関 する諸 規 定 が整 備 されたことに伴 う修 正 。
【19】 インターネット上 の名 誉 ・信 用の毀損 と国 際 裁 判管 轄 及び適 用 される法 規
○民 事 訴 訟 法 に国 際 裁 判 管 轄 に関 する諸 規 定 が整 備 されたことに伴 う修 正 。
【20】 国 境を越 えた商 標 権 行 使
○民 事 訴 訟 法 に国 際 裁 判 管 轄 に関 する諸 規 定 が整 備 されたことに伴 う修 正 。
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【0】電 子 商 取 引及 び情 報 財 取 引 等 に関 する準 則 構 成 案
電子商取引及び情報財取引等に関する準則
-目 次 -
第 1.電 子 商 取引に関 する論 点
1.オンライン契 約の申込みと承 諾
(1)【9】契 約 の成 立時 期 (電 子 承 諾 通 知の到 達 )(一 部 修 正 )
(2)消 費 者の操 作ミスによる錯誤
(3)インターネット通販 における分かりやすい申込画 面の設定 義務
(4)ワンクリック請 求と契約の履行 義務
2.オンライン契 約の内容
(1)【1】ウェブサイトの利 用 規 約 の契 約への組 入 れと有 効 性 (一 部修 正 )
(2)価 格 誤表示と表 意者の法的 責任
(3)管 轄 合意条 項の有効性
(4)仲 裁 合意条 項の有効性
3.なりすまし
(1)【2】なりすましによる意 思 表 示 のなりすまされた本 人 への効 果 帰 属 (一 部 修
正)
(2)【3】なりすましによるインターネットバンキングの利 用 (新規 )
(3)なりすましを生じた場合の認証 機関の責 任
4.未 成 年 者 による意 思表示
5.インターネット通 販 における返品
6.電 子 商 店 街(ネットショッピングモール)運 営者の責任
7.インターネット・オークション
(1)オークション事業 者の利 用者 に対する責任
(2)オークション利用 者(出 品者・落札 者)間の法 的関 係
(3)インターネット・オークションにおける売 買 契 約 の成 立 時 期
(4)「ノークレーム・ノーリターン」特約 の効 力
(5)インターネット・オークションと特 定 商 取 引 法
(6)インターネット・オークションと景 品 表 示 法
(7)インターネット・オークションと電 子 契 約 法
(8)インターネット・オークションと古 物 営 業 法
8.インターネット上 で行われる懸賞 企画 の取扱い
9.【4】共 同 購 入 クーポンサイトの責 任 (新規 )
6
第 2.インターネット上 の情報の掲示 ・利 用 等に関 する論点
1.CGMサービス提供 事業者 の違 法情 報媒 介責任
2.他 人 のホームページにリンクを張 る場合 の法律 上の問 題点
【10】3.P2P ファイル交 換 ソフトウェアの提供 (一 部 修 正 )
4.ウェブ上の広告
(1)【11】景 品 表 示 法による規 制 (一 部 修 正)
(2)特 定 商取引 法による規制
(3)薬事 法・健 康増 進 法による規 制
(4)貸 金 業法等 による規制
5.ドメイン名の不正 取得等
6.インターネット上への商品 情報の掲示と商標権 侵害
7.【12】ID・パスワード等 のインターネット上 での提 供 (一 部 修 正 )
8.インターネットを通 じた個人 情報の取得
9.肖 像 の写 り込み
10.インターネットと著 作権
(1)インターネット上の著作物 の利 用
(2)サムネイル画像と著作権
(3)著 作 物の写り込 み
(4)eラーニングにおける他 人の著 作 物 の利 用
第 3.【5】情 報 財の取引 等 に関 する論 点(一部 修 正 )
1.【6】ライセンス契約の成 立 とユーザーの返 品 の可 否 (一部 修正 )
(1)情 報 財が媒 体を介して提 供される場合
(2)情 報 財がオンラインで提供される場 合
(3)重 要 事項不 提供 の効果
2.【7】当 事 者 による契 約 締 結 行 為 が存 在しないライセンス契約の成 立 (新 規)
3.ライセンス契 約中 の不当 条項
4.ライセンス契 約の終了
(1)契 約 終了時 におけるユーザーが負う義 務の内 容
(2)契約 終了の担保 措置の効力
5.【13】ベンダーが負うプログラムの担 保 責任 (一 部 修 正 )
6.SaaS・ASP のための SLA(Service Level Agreement)
7.ソフトウェアの使 用 許諾が及ぶ人 的範 囲
8.【14】ユーザーの知 的 財 産 権 譲 受 人 への対 抗 (一 部 修正 )
7
9.ソフトウェア特 許権 の行使と権 利濫 用
10.【15】使 用 機 能 、使 用 期 間 等 が制 限 されたソフトウェア(体 験 版 ソフトウェア、期
間 制 限 ソフトウェア等 )の制 限 の解 除 方法 を提 供 した場合 の責 任(一 部 修 正 )
11.データベースから取り出された情 報 ・データの扱い
第 4.国 境 を越えた取 引等に関する論 点
1.【16】事 業 者 間 取引 についての国 際 裁判 管 轄 及 び適 用される法 規 (一 部 修 正)
2.【17】越 境 取 引 における消 費 者 保 護 法規 (一 部 修 正 )
3.【18】生 産 物 責 任と国 際 裁 判 管轄 及 び適 用 される法 規 (一 部修 正 )
4.【19】インターネット上 の名 誉 ・信 用 の毀 損 と国 際 裁 判 管 轄 及 び適 用 される法 規
(一 部 修 正 )
5.【20】国 境を越 えた商 標 権 行 使 (一 部 修正 )
6.【8】外 国 判 決 ・外国 仲 裁 判 断 の承 認・執 行 (新 規 )
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Ⅰ-2 オンライン契約の内容
最終改訂:平成24年○月
【1】Ⅰ-2-1 ウェブサイトの利用規約の契約への組入れと有効性
【論点】
インターネット通販、インターネット・オークション、インターネット上での取引仲介・情報提
供サービスなど様々なインターネット取引やクラウド・サービス、CGM サービスなど各種の
サービスや機能の提供を行うウェブサイトには、利用規約、利用条件、利用契約等の取引
条件を記載した文書(以下総称して「サイト利用規約」という)が掲載されていることが一般
的であるが、サイト利用規約は利用者との間の取引についての契約にその一部として組
み入れられるのか。
1.考え方
(1) ウェブサイトを通じた取引やウェブサイトの利用についての契約の成立
サイト利用規約が契約に組み入れられるためには、そもそもウェブサイトを通じた取引やウ
ェブサイトの利用に関して契約が成立することが前提となる。サイト運営者(サービス提供者)
と利用者の間に契約関係が成立するためには、サイト運営者と利用者の双方に客観的に見
て合意内容に拘束される意思を認定できることが必要である。
(2) サイト利用規約が契約に組み入れられるための要件
物品の販売やサービスの提供などの取引を目的とするウェブサイトについては、利用者が
サイト利用規約に同意の上で取引を申し込んだのであれば、サイト利用規約の内容は利用
者とサイト運営者との間の当該取引についての契約の内容に組み入れられる(サイト利用規
約の記載が当該取引についての契約の一部になる)。
ウェブサイトを通じた取引やウェブサイトの利用に関して契約が成立する場合に、サイト利
用規約がその契約に組み入れられる(サイト利用規約の記載が当該契約の契約条件又はそ
の一部となる)ためには、①利用者がサイト利用規約の内容を事前に容易に確認できるように
適切にサイト利用規約をウェブサイトに掲載して開示されていること、及び②利用者が開示さ
れているサイト利用規約に従い契約を締結することに同意していると認定できることが必要で
ある。
(サイト利用規約が契約に組み入れられると認められる場合)
・例えばウェブサイトで取引を行う際に申込みボタンや購入ボタンとともに利用規約へのリンクが明瞭
9
に設けられているなど、サイト利用規約が取引条件になっていることが利用者に対して明瞭に告知
1
され、且つ利用者がいつでも容易にサイト利用規約を閲覧できるようにウェブサイトが構築されている
ことによりサイト利用規約の内容が開示されている場合
・ウェブサイトの利用に際して、利用規約への同意クリックが要求されており、且つ利用者がいつでも
容易にサイト利用規約を閲覧できるようにウェブサイトが構築されていることによりサイト利用規約の
内容が開示されている場合
・
(サイト利用規約が契約に組み入れられないであろう場合)
・ウェブサイト中の目立たない場所にサイト利用規約が掲載されているだけで、ウェブサイトの利用に
つきサイト利用規約への同意クリックも要求されていない場合
・
サイト利用規約が変更された場合には、変更後のサイト利用規約は変更後の取引につい
てのみ組み入れられ、変更前の取引については変更前のサイト利用規約が適用される。
サイト利用規約が利用者とサイト運営者の間の契約に組み入れられていると認定できる場
合でも、消費者契約法第8条、第9条などの強行法規に抵触する場合には、その限度でサイ
ト利用規約の効力が否定される。また、具体的な法規に違反しないとしても、サイト利用規約
中の利用者の利益を不当に害する条項については、普通取引約款の内容の規制について
の判例理論や消費者契約法が消費者の利益を一方的に害する条項を無効としている趣旨
等にかんがみ無効とされる可能性がある。
なお、サイト利用規約には、例えば「利用条件」、「利用規則」、「ご同意事項」、「ご利用に
あたって」など、サイトごとに様々な表題が付されているが、サイト利用規約につきサイト側が
付している表題は特段の事情がない限り効力に影響しない。
(3) サイト利用規約の変更
サイト運営者は、その裁量によりサイト利用規約を変更することができ、変更後に成立する
契約には変更後のサイト利用規約が組み入れられる。
しかし、サイト運営者と利用者の間に継続的な契約が締結される場合には、サイト利用規
約の変更前からの既存の利用者との間には変更前のサイト利用規約を組み入れた継続的な
契約が既に存在している。したがって、サイト運営者が新しいサイト利用規約を既存の利用
1
本論点では、「告知」は利用者に対して何かを認識させることを目的とした通知行為の意味で用いられて
おり、「開示」は利用者が希望する場合には容易に情報が得られるようにすることの意味で用いられている。
この用法によれば、例えば、申込み画面の申込みボタンに「サイト利用規約に同意の上で申し込みます。」と
記載することは、サイト利用規約が取引条件になっていることの「告知」にあたり、申込み画面にサイト利用規
約を掲載したウェブページへのリンクを設けることは、サイト利用規約の内容の「開示」にあたる。
10
者に適用するためには、既存の継続的な契約の変更が必要になる。
既存の継続的な契約の条件を変更後のサイト利用規約の条件に変更するためには、契
約の相手方である利用者の同意が必要である。サイト利用規約の変更への同意は、契約変
更についての同意であるから、サイト利用規約の契約への組入れと同様の要件を満たすもの
であることが必要である。
利用者による明示的な変更への同意があれば、変更されたサイト利用規約が当事者の契
約関係に組み入れられる。さらに、利用者による明示的な変更への同意がなくとも、事業者
が利用規約の変更について利用者に十分に告知した上であれば、変更の告知後も利用者
が異議なくサイトの利用を継続することをもって、黙示的にサイト利用規約の変更への同意が
あったと認定すべき場合があると考えられる。
2.説明
(1)問題の所在
インターネット通販、クラウド・サービス、SNS、ブログ、動画投稿サイトなどの CGM サービ
ス、インターネット・オークション、インターネット上での取引仲介・情報提供サービスなどの
様々なインターネット取引やインターネット上でのサービス提供のサイトには、利用規約、利
用条件、利用契約等の取引条件を記載した文書(以下総称して「サイト利用規約」という)が
掲載されている。サイト利用規約の開示の方法は、ウェブのトップページから単にリンクされ
ている場合もあれば、取引の申込みの際にサイト利用規約が表示される場合もある。また、利
用者がサイト利用規約に従って取引を行う意思を有していることを確認する手段についても、
利用者にサイト利用規約への同意クリックを要求する場合もあれば、取引申込み画面でサイ
ト利用規約が取引条件であることを告知するがサイト利用規約への同意クリックまでは要求し
ない場合もあるなど、サイトによって様々である。インターネットを通じた消費者取引について
は契約書を取り交わした上で行うことはまれであり、事業者はサイト利用規約を前提として利
用者と取引を行うことが一般的である。そこで、どのような場合にサイト利用規約が消費者との
当該取引についての契約に組み入れられるのかが問題となる。
(2)サイト利用規約が利用者とサイト運営者の間の契約に組み入れられるための要件
①取引その他の契約関係の存在
サイト利用規約が契約内容に組み入れられるためには、まず利用者とサイト運営者の間
にそもそも何らかの契約関係が認められることが必要である。
日本法上は、単なる当事者間の合意で契約が成立するという諾成主義を原則としている
ため、要物契約など特別な場合を除き、両当事者が合意内容に拘束されることを意図して
合意すれば契約は成立する。
ウェブサイトを通じた取引やウェブサイトの利用などに関して成立する契約としては、概
要以下の三つの性質のものが考えられる。以下のうち、ⅱ)の基本契約とⅲ)の継続的なサ
11
ービスや取引に関する契約は、継続的な契約であるため、これらの契約に組み入れられた
サイト利用規約の変更については、後に(3)②及び同③で述べる変更前のサイト利用規約
を組み入れて成立した既存の契約の取扱いの問題が生じる。
ⅰ)単発の取引についての契約
まず、インターネット通販、ソフトウェアや音楽などの情報財のダウンロード販売などイ
ンターネットを通じた単発の売買や情報財のライセンスなどの取引についての契約が考
えられる。このような契約は、当該個別の商品等を利用者が発注し、サイト運営者がこれ
を受注することで成立する。
ⅱ)複数の単発取引について適用される基本契約
ネットショッピングモール、通販サイト、インターネット・オークションなどのサイトでは、サ
イト利用の条件として会員登録を要求することが一般化している。会員登録の具体的な趣
旨や内容は個別のサイト利用規約次第であるが、通常はIDとパスワードを本人確認の手
段として登録させるなど当該ウェブサイトを通じた売買その他の取引の形成についてのル
ールや、当該ウェブサイトを通じて形成される取引に適用される条件を定めることを中心と
して、個人情報の取扱いやポイントサービスなどの付随的な事項も規定する、当該ウェブ
サイトを通じた取引についての基本契約としての性質を有していると考えられる。このよう
な会員登録についての契約は、ウェブサイトの利用者が当該ウェブサイト所定の手続きに
より会員登録の申込みを行い、サイト運営者が登録を受け付けることで成立する。
ⅲ)継続的な取引やサービスについての契約
インターネット上では、ブログ、SNS、動画投稿サイトなどの CGM サービス、クラウド・
サービス、月額料金制の動画視聴サービスなど様々な継続的なサービス提供が行われ
ている。このような継続的なサービスの提供に関する契約も利用者の申込みとサイト運営
者の承諾により成立するが、サービスの提供が継続的な性質を持つため、契約もサービ
スの提供期間中継続するという点で、単発の物の売買に関する契約とは異なっている。
なお、利用者とサイト運営者の間に契約関係が存在しない場合にはサイト利用規約の記
載は契約としての効力を持ち得ないが、その場合であっても、サイト運営者の不法行為責
任の有無及び範囲を判断する上で、サイト利用規約の記載内容が斟酌される場合もあろう。
②サイト利用規約が適切に開示され、且つ利用者がサイト利用規約に同意の上で取引の
申込みを行っていると認定できること
サイト利用規約が利用者との契約に組み入れられるためには、ⅰ)サイト利用規約があら
12
かじめ利用者に対して適切に開示されていること 2、及びⅱ)当該ウェブサイトの表記や構
成及び取引申込みの仕組みに照らして利用者がサイト利用規約の条件にしたがって取引
を行う意思をもってサイト運営者に対して取引を申し入れたと認定できることが必要である。
したがって、ⅰ)サイト利用規約の内容が利用者に適切に開示されていない場合やⅱ)サイ
ト利用規約に同意することが取引申込みの前提であることが適切に表示されておらず、利
用者が当該サイト利用規約に従って取引を行う意思があると客観的に認定できない場合に
は、利用者はサイト利用規約には拘束されない。
ところで、インターネットを利用した電子商取引は今日では広く普及しており、ウェブサイ
トにサイト利用規約を掲載し、これに基づき取引の申込みを行わせる取引の仕組みは、少
なくともインターネット利用者の間では相当程度認識が広まっていると考えられる。したがっ
て、取引の申込みにあたりサイト利用規約への同意クリックが要求されている場合は勿論、
例えば取引の申込み画面(例えば、購入ボタンが表示される画面)にわかりやすくサイト利
用規約へのリンクを設置するなど、当該取引がサイト利用規約に従い行われることを明瞭に
告知し且つサイト利用規約を容易にアクセスできるように開示している場合には、必ずしも
サイト利用規約への同意クリックを要求する仕組みまでなくても、購入ボタンのクリック等に
より取引の申込みが行われることをもって、サイト利用規約の条件に従って取引を行う意思
を認めることができる。
なお、例えばインターネット・オークションのように、契約関係がウェブサイトの利用者間
で形成される場合であっても、サイト利用規約にウェブサイトの利用者間の契約条件が規
定されており、かかるサイト利用規約がウェブサイト上に適切に開示され且つ契約当事者双
方がこれに従い契約することに同意していると認められる場合には、サイト利用規約中に規
定されたウェブサイトの利用者間の契約条件がウェブサイトの利用者間の契約に組み入れ
られる。
③サイト利用規約についての説明義務
消費者契約法第3条第1項は、事業者に対して消費者との契約の内容が「明確かつ平易
なもの」となるように配慮する努力義務を課している。勿論、取引内容や条件が複雑である
場合には、サイト利用規約が長文で複雑なものとなることは避け難い面があり、単にサイト
利用規約の文章が長文であったり複雑であったりすることが、直ちにこの義務の違反になる
わけではない。しかし、サイト運営者にはサイト利用規約に不必要に難読な表現を用いるこ
2
運送約款などの普通契約約款に関する過去の判例(例えば航空運送約款に関する大阪高裁昭和40年6
月29日判決・下級民集16巻6号1154頁、自動車運送約款に関する京都地裁昭和30年11月25日判決・
下級民集6巻11号2457頁など)は、約款を顧客に開示(掲示など)することを約款に法的拘束力を認めるた
めの要件として要求している。また、最高裁昭和57年2月23日第三小法廷判決・民集36巻2号183頁は、
共済契約の約款につき、契約前に約款の要点を説明して約款を異議なく受領したことを根拠として、約款の
条件による契約の成立を認めている。
13
とは避けるように配慮し、できるだけ平易な表現を用いてわかりやすく作成するように努める
ことが求められる。また消費者契約法第3条第1項では、契約の締結を勧誘するに際して
「消費者の理解を深めるために、消費者の権利義務その他の消費者契約の内容について
の必要な情報を提供するよう努めなければならない。」と定められており、一般的な利用者
にとってサイト利用規約の内容を理解することが難しい場合には、例えばウェブサイト中で
取引条件についての補足説明(取引の流れについての説明や、図説・説明イラストなど)を
行うなど、利用者がサイト利用規約の内容を十分に理解できるように努めることが求められ
る。特に、利用者に不利益な条件については十分な説明が求められる。また、電子商取引
についてもある程度取引慣行ないし取引条件の相場が形成されてきていることから、他社と
異なる特殊な取引条件であって、サイト利用者にとって予期することが難しいものについて
も、ウェブサイト中で説明を行うことが必要とされる可能性がある。
消費者契約法第3条1項は努力義務を定めたものであるから、サイト利用規約が複雑で
あるため平均的な利用者にとって理解に相当な労力を要するものであったり、利用者に対
する契約条件の説明が不十分であるからといって、当然にサイト利用規約の契約への組入
れや効力に影響するものではない。しかし、具体的な事情によっては、事業者には取引上
の信義則により消費者が意思決定をするにつき重要な意義をもつ事実について適切な告
知・説明の義務を負う場合があることから 3、サイト運営者がサイト利用規約に記載された重
要な事項につき十分な説明を行わず、これにより利用者が取引条件を誤認して契約した場
合には、損害賠償責任が課せられたりサイト利用規約の有効性が制限されたりする可能性
がある。
また、例えば重要な事項に関連して利用者に有利な条項はウェブサイト中で強調しつつ、
同じ事項について不利益な条項は説明をしなかったり、重要な事項に関連して利用者に
有利な条項は平易明瞭に、同じ事項について不利益な条項は難解な表現で記載するよう
な行為は、消費者契約法第4条2項の「消費者に対してある重要事項又は当該重要事項に
関連する事項について当該消費者の利益となる旨を告げ、かつ、当該重要事項について
当該消費者の不利益となる事実を故意に告げなかった」場合に該当する可能性があり、仮
にこれに該当するとすれば利用者がサイト利用規約には当該不利益な条項が含まれてい
ないと誤信して契約を申し込んだ際には、利用者は同項により契約の申込みの意思表示
を取り消すことができる。
3
例えば、大津地裁平成15年10月5日判決(判例集未登載・裁判所ウェブサイトで閲覧可)は、予約制のパ
ソコン講座の申込みに際して、予約制の講座には教育訓練給付制度を利用できないことを説明しなかったこ
とにつき、事業者の説明義務に関する消費者契約法の趣旨から信義則上の説明義務の違反を肯定し、損
害賠償を命じている。
14
(3)サイト利用規約の変更とその効力
サイト利用規約は、ウェブサイトの実際の運営の経験等を踏まえて随時変更するのが通例
である。そこで、以下サイト利用規約の変更について検討する。
①サイト利用規約の変更と新規契約
サイト利用規約が変更された場合には、変更後に締結される契約には変更後のサイト利
用規約が組み入れられる。
なお、変更前にサイト利用規約の内容を確認した利用者は、変更の事実が告知されない
限り、変更の事実に気が付かない可能性がある。したがって、例えば「新着情報」欄に変更
内容の要旨を記載するなどの方法でサイト利用規約の変更の事実を利用者に告知するよう
にしていない場合には、サイト利用規約の変更を知らなかった利用者に対する関係で、変
更後の条件(特に変更前よりも利用者に不利となる条件)の拘束力に疑義が生じる可能性
がある。
②サイト利用規約の変更と変更前のサイト利用規約に基づき締結された既存の継続的な
契約の変更
上の(2)①で述べたように、ネットショッピングモール等の会員登録により当該ウェブサイ
トでの複数の取引に共通して適用される継続的な基本契約が形成される。また、ブログ、
SNS、動画投稿サイトなどの CGM サービス、クラウド・サービス、月額料金制の動画視聴サ
ービスなど継続的なサービス等に関する契約も、継続的な契約である。
サイト利用規約が変更されたとしても、サイト利用規約の変更以前に成立した契約に変
更後のサイト利用規約が自動的に組み入れられるわけではない。したがって、サイト運営
者が既に継続的な契約を締結している既存の利用者に変更後のサイト利用規約を適用す
るためには、変更前のサイト利用規約を組み入れて成立した既存の継続的な契約を変更
する必要がある。契約の変更には両当事者の合意を要するという契約法の原則に照らせ
ば、既存の継続的な契約に変更後のサイト利用規約が組み入れられるためには、利用者
の同意を得ることが必要である。
なお、変更前のサイト利用規約が期間の定めのある契約に組み入れられている場合に、
利用者が期間満了後に変更後のサイト利用規約の下で契約期間更新の申込みを行うので
あれば、上の①に述べた新規契約の場合と同様に、変更後のサイト利用規約が更新後の
契約に組み入れられる。サイト運営者側が変更前のサイト利用規約に定める契約条件に従
い自動更新の拒絶や契約の解除を行った上で、変更後のサイト利用規約の下での契約更
新の申込みを勧誘するケースも、これと同様である。
15
③サイト利用規約の変更前に締結された継続的な契約の変更に対する黙示的な同意
上の②で述べた通り、サイト利用規約の変更前に継続的な契約が締結されている場合
には、変更後のサイト利用規約が組み入れられることへの利用者の同意がない限り、サイ
ト利用規約の変更前に継続的な契約を締結した利用者に対しては変更前のサイト利用
規約が適用される。
しかし、ウェブサイトを通じた新しいサービスや取引のサイト利用規約はトラブルを含め
た運用経験の中で順次改良されていくことが通例である。また、多数の利用者を画一的
に取り扱う必要性から、変更前の旧サイト利用規約の下で継続的な契約を締結した既存
の利用者との関係でも最新のサイト利用規約を組み入れるべき必要性は高い。利用者の
多くは、このような状況を理解しており、したがってサイト利用規約の変更の可能性につき
認識があると考えられる。特にオンラインゲームやインターネット・オークションなど利用者
相互間の関係が問題となる局面では、利用者には他の利用者にも平等に変更後の最新
のサイト利用規約が組み入れられることへの積極的な期待があると考えられる。
この点、利用者による明示的な変更への同意がなくとも、事業者が利用規約の変更に
ついて利用者に十分に告知した上で 、変更の告知後も利用者が異議なくサイトの利用
を継続していた場合は、黙示的にサイト利用規約の変更への同意があったと認定すべき
場合があると考えられる。
黙示の同意を認定する上では、変更の告知により、利用者が少なくともサイト利用規約
に何らかの変更がなされる事実を認識しているであろうと認定できること、及び利用者に対
して変更内容が適切に開示されていることがまず必要となる 4。なお、上の(2)③に述べた
利用者への説明に配慮すべき努力義務は、サイト利用規約の変更の告知にも当てはまる。
また、例えば、ⅰ)変更が一般の利用者に合理的に予測可能な範囲内であるか否か、
ⅱ)変更が一般の利用者に影響を及ぼす程度、ⅲ)法令の変更への対応、悪意の利用者
による不正やトラブルへの対応、条項・文言の整理など、一般の利用者であれば当然同
意するであろう内容であるか否か、ⅳ)変更がサービスの改良や新サービスの提供など利
用者にもメリットのあるものであるか否か、といった点は、サイト利用規約の変更への黙示
の同意の成否を認定するにあたり考慮される可能性がある。
なお、サイト利用規約の中には、サイト運営者がサイト利用規約を変更・改定できる旨
の変更権が定められているものも少なからず存在している。しかし、このような条項は利
用者に不利益な変更でもサイト運営者が利用者の同意なしに全く無制限に変更できる旨
を定めたものではなく、例えば不正やトラブルの防止のための変更、サービスの改良、新
4
但し、必ずしもサイト利用規約の変更につき変更がなされたことの告知と変更内容の開示が別々に必要と
いう趣旨ではなく、例えば、電子メールにサイト利用規約の変更内容を記載して利用者に送付することで変
更を告知する場合には、当該電子メールは変更の告知と変更内容の開示の両方の機能を兼ねていることに
なる。
16
サービスの提供など、一定の合理的な範囲での変更の権利を認めたものと解釈される可
能性が高い。
④サイト利用規約の変更履歴の保存の必要性
適用されるべきサイト利用規約の記載内容につき万が一利用者と紛争が生じた場合に
は、取引時点のサイト利用規約の内容やその変更時期などについてはサイト運営者が立
証すべきであるとされる可能性が高い。その理由としては、サイト運営者側はサイト利用規
約を含めたサイト上の情報を作成しサーバ等で管理しておりサイト利用規約の変更履歴等
を保存することが容易な立場にあること、及び通常の書面ベースの契約と異なり電子消費
者契約では利用者側にサイト利用規約の内容の証拠となる電磁的記録が残らない仕組み
が一般的であることが挙げられる。したがって、サイト運営者は、将来の紛争に備えて、何
時、どのようなサイト利用規約をウェブサイトに掲載し、何時どのような変更を行ったのかの
履歴を記録しておくことが望ましい。
(4)消費者契約法等による内容規制
サイト利用規約が契約に組み入れられる場合であっても、その中の強行法規に違反する
条項や公序良俗に反する条項は無効とされる。消費者を対象とするインターネット通販との
関係で最も重要な強行法規は消費者契約法であることから、以下その内容を説明する。
①事業者の責任を制限する条項に対する規制
消費者契約法第8条は、事業者の消費者に対する債務不履行責任、不法行為責任、瑕
疵担保責任等の損害賠償責任を全面的に免責する条項を無効としている。
これに対して、責任の一部制限(例えば上限の設定など)は消費者契約法のもとでも基
本的には無効とはされていないが、事業者側の(代表者又は従業員の)故意・重過失によ
る責任については一部であっても免除・制限は消費者契約法第8条により無効とされてい
る。
なお、身体的な被害については、消費者契約法の成立前から責任制限の効力が非常に
限定的に解釈されてきた 5。消費者契約法第10条に消費者の利益を一方的に害する条項
の無効が定められていることは、このような人身損害の制限に対する裁判所の厳しい姿勢
を支持する方向に作用すると予想される。よって、人身被害については全面的な免責が認
められないことはもちろん、責任を一部制限するような条項であっても無効とされる可能性
5
例えば、東京高裁平成元年5月9日判決・判時1308号28頁は、航空運送についての責任制限自体は是
認しつつ、国内旅客運送約款の人身被害600万円までという制限は低額過ぎるとして無効とした。ワルソー
条約に見られるように国際的に責任制限が是認されてきた航空運送についても、人身被害の責任制限が相
当厳しく解釈されている以上、基本的には人身被害についての責任制限はできないと考える方が妥当であ
ろう。
17
があろう。
②消費者に対する過大な損害賠償額の予定の無効
消費者契約法第9条第1号は、消費者との契約につき、契約解除(キャンセル)に対して
「同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超える」キ
ャンセル料を規定したとしても、当該平均的な損害額を超える部分についての約定は無効
であると規定している。したがって、消費者からのキャンセル料から利益を得ることは、これ
によって禁止されることになる。東京地裁平成14年3月25日判決・金判1152号36頁は、
飲食店の予約取消しについて飲食代金を越えるキャンセル料の合意を一部無効とし、違
約金額を飲食代金額の3割に限定する旨を判示した。また、新古車の売買契約の解除に
伴う約定違約金 6や入学前に入学を辞退した場合の私立大学の授業料の不返還 7は、平
均的な損害額を超える部分について消費者契約法上無効とされている。したがって、サイト
利用規約にキャンセル料などが規定されていたとしても、当該キャンセル料がキャンセルに
よってサイト運営者に生じる損害の平均額を超えていれば、超えた部分につき無効となる。
また、同法第9条第2号は、消費者に対する遅延利息の上限を年率14.6%に制限してい
る。
なお、特定商取引法上の特定継続的役務(現在、エステティック、外国語会話、学習塾、
家庭教師、パソコン教室、結婚相手紹介サービスが指定されている)の提供契約について
は、特定商取引法第49条で中途解約権と中途解約の場合の損害賠償を、特定商取引法
施行令第16条及び同別表4に定める「契約の締結及び履行のために通常要する費用の
額」と解約までに提供された役務の対価 8の合計額と法定利率を超えては請求できない旨
が定められている。
③その他消費者の利益を一方的に害する条項の無効
消費者契約法第10条は、民法、商法その他の任意法規(契約により適用を排除できる
法規)に比して、消費者の権利を制限し又は義務を加重する条項であって、消費者の利益
を一方的に害するものは無効とする旨を定めている。これにより無効とされる可能性がある
条項としては、以下のようなものが挙げられる。
ⅰ)民法第570条の瑕疵担保責任に基づく解除や債務不履行による契約解除などの法律
上認められる解除権を消費者につき制限する条項や事業者側の契約解除権を拡大す
6
大阪地裁平成14年7月19日判決・金判1162号32頁は、売買契約の対象車両は他にも販売可能なので、
販売から得べかりし利益は当該車両の売買契約の解除により生ずべき平均的な損害には該当しないとした。
7 消費者契約法施行後に締結された在学契約等は、消費者契約法第2条第3項所定の消費者契約に該当
することが明らかであるとされた(最高裁平成18年11月27日第二小法廷判決・民集60巻9号2473頁)。
8 既に提供された役務の対価の計算方法についての判例として、最高裁平成19年4月3日第三小法廷判
決・民集61巻3号967頁がある。
18
る条項
ⅱ)事業者側にだけ仲裁人の選定権のある仲裁条項 9
ⅲ)一般の取引慣行に照らして黙示の意思表示とまでは言えない消費者の一定の作為・不
作為につき、意思表示を擬制する条項(例えば、一定期間に返答がなければ同意とみな
すネガティブ・オプションなど)
ⅳ)消費者の証明責任を加重し、又は事業者の証明責任を軽減する条項
ⅴ)消費者の法令上の権利の行使期間を制限する条項
④普通取引約款に対する内容規制
普通取引約款については、判例は伝統的に、不当な約款内容を公序良俗違反等により
無効とするなど、約款に対する内容規制を及ぼしてきた。したがって、サイト利用規約中の
不当条項についても、同じように無効判断がなされうる。なお、このような判例による約款の
内容規制は、消費者契約法第10条の「民法、商法その他の任意法規(契約により適用を排
除できる法規)に比して、消費者の権利を制限し又は義務を加重する条項であって、消費
者の利益を一方的に害するものは無効とする」旨の規定と重なり合うものである。
9
なお、仲裁法附則第3条によれば、消費者は事業者との仲裁合意を解除することができる。
19
Ⅰ-3 なりすまし
最終改訂:平成24年〇月
【2】Ⅰ-3-1 なりすましによる意思表示のなりすまされた本人への効果帰属
【論点】
いわゆる「なりすまし」が行われた場合、なりすまされた本人が責任を負う場合がある
か。
1.考え方
(1)問題の所在
インターネット通販において、なりすましが問題となるのは、主に決済の場面である。特に、
非対面の取引である電子商取引においては、他人になりすまして行為を行うことがありうる。
なりすましによる行為の効力が、なりすまされた本人に帰属するかが問題となる。また、クレジ
ットカードのような決済については、消費者保護の要請が高く、事業者団体による統一的な利
用規約や損害補償の仕組みが採用されている。
(2)なりすましによる行為の効力
①本人と事業者との間の契約は成立するか
ⅰ)本人確認の方式について事前合意がない場合(1回限りの取引)
本人確認の方式について事前合意がない場合、なりすましによる意思表示について
は、原則として本人に効果は帰属しないので、本人と事業者との間で契約は成立しない。
しかし、a)外観の存在、b)相手方の善意無過失、c)本人の帰責事由という民法上の要
件を満たせば、表見代理の規定(民法第109条、第110条、第112条)を類推適用して、
本人に効果帰属が認められ、契約が成立する場合がある。
(本人に効果帰属が認められる可能性がある例)
・
(本人に効果帰属が認められないと考えられる例)
・
ⅱ)本人確認の方式について事前合意がある場合(継続的取引)
継続的取引の場合、通常、特定のIDやパスワードを使用することにより本人確認を行
うこととするなど、本人確認の方式について事前に合意がなされている。この場合、事前
に合意された方式を利用していれば、原則として本人に効果が帰属し、本人との間で契
約は成立する 。
20
しかし、本人が消費者である場合には、なりすまされた本人の利益が信義則に反して
一方的に害されるような内容の事前合意は無効となる(消費者契約法第10条)。
事前合意が無効とされる場合には、上記ⅰ)と同様に判断される。
(事前合意が無効となる可能性がある例)
・ID・パスワードにより事業者が本人確認をしさえすれば、事業者に帰責性がある場合でも本人に効
果が帰属するとする条項
・ID・パスワードの設定方式につき、他人から容易に推測されやすいパスワードの設定について、登
録排除の仕組みを設定しておらず、かつ、何ら注意喚起もしていない場合事業者からID・パスワード
が漏えいした事案の場合
・
(事前合意が有効となる可能性がある例)
・
・
②クレジットカード決済におけるなりすましの行為の効力
インターネット通販におけるクレジットカードを用いた決済は、カード番号や有効期限
などのクレジットカード情報を入力することによって行われることが多い。このような形態で
なりすましが行われた場合、なりすまされた本人(クレジットカード会員)に支払義務が生
じるか。
現行の主なクレジットカード会員規約からすると、クレジットカード会員は、①善良なる
管理者の注意をもってクレジットカード及びクレジットカード情報を管理する義務に違反し
たとき、②クレジットカードの紛失・盗難に遭った後、速やかに届け出る等の措置を行わな
かった場合などを除き、支払義務を負わないこととなっている。
現行の主なクレジットカード会員規約は、このようにクレジットカード情報を冒用された
クレジットカード会員の責任を合理的範囲に限定するものとなっている。
現行実務上の規約及び取扱いからすると、次のようになる。
(クレジットカード会員契約)
カード会員(本人)
カード会社
代金請求
(売買契約)
代金請求
(なりすまし者)
販売店(加盟店)
申込み
21
(なりすまされたクレジットカード会員に責任があるとされる可能性がある場合)
・家族や同居人がクレジットカードを使用した場合
・他人にクレジットカードを貸与し、そのクレジットカードが使用された場合
・他人にクレジットカード番号や有効期限などのクレジットカード情報を教え、そのクレジットカード情報
が使用された場合
他人がクレジットカード情報に加えて3Dセキュア 2のパスワードも使用した場合・
(なりすまされたクレジットカード会員に責任がないとされる可能性がある場合)
・クレジットカード番号及び有効期限などのカード情報が使用された場合であっても、クレジットカード
及びクレジットカード情報を適切に管理・保管していたとき
・加盟店からクレジットカード情報が漏洩し、使用された場合
・
2.説明
(1)問題の所在
非対面の取引である電子商取引においては、無権限者が他人の名義を冒用して取引を行
うことが容易である。今後、当事者の同一性の確認の方法を提供する電子署名・認証制度等
の環境整備の進展によって、このようないわゆる「なりすまし」の危険が減少していく可能性も
あるが、仮に「なりすまし」が行われた場合、名義を冒用された者が責任を負う場合はあるの
か。
電子商取引において「なりすまし」が問題となる特に、インターネット通販と、クレジットカー
ド決済を中心に検討する。
(2)なりすましによる行為の効力
①名義を冒用された者と販売店(事業者)との間の法律関係
ⅰ)原則(事前合意がない場合)
本人以外の第三者がした意思表示については、当該第三者に代理権がある場合を除
き、原則として本人に効果は帰属しない。しかし、民法は表見代理の規定(第109条、第
110条、第112条)により一定の要件の下、本人に効果帰属を認めている。これらについ
ては、a)代理権があるかの如き外観の存在、b)相手方の代理権の不存在についての善
意無過失、c)本人の帰責事由を要件とし、特にb)とc)の要件によって無権代理人の代
理権を信じた者と本人との利害を調整し、妥当な解決を図ることが可能となっている。な
お、表見代理制度は、取引の相手方が当該第三者に代理権があると誤認した場合の規
2
クレジットカード会員があらかじめ登録したパスワードを利用するインターネット取引の本人認証手段
22
定であり、なりすましの場合に直接適用されるものではないが、判例は、代理人が直接本
人の名で権限外の行為を行い、その相手方がその行為を本人自身の行為と信じたことに
正当事由がある場合、民法第110条の規定の類推適用を認めている(最高裁昭和44年
12月19日第二小法廷判決・民集23巻12号2539頁)。
電子商取引においても、これと同様に本人による基本代理権の授与やこれに相当する
本人の帰責性が認められる事案については、表見代理の規定を類推適用することにより、
なりすまされた本人に効果帰属を認めることが可能である。
ⅱ)事前合意がある場合
ところで、継続的な契約関係がある当事者間においては、本人確認の方式や無権限
者による意思表示の効果帰属について特約(基本契約)を予め締結する場合がある。す
なわち、特定のIDやパスワードを使用することにより本人確認を行うこととし、当該方式に
従って本人確認を行っていれば、仮に無権限者による意思表示であっても本人に効果を
帰属させることとする場合がある。このような合意の効力をいかなる場合にも認めることに
ついては、次のような問題がある。
契約自由の原則の下、事業者間取引のように、対等な当事者間において本人確認の
方式について合意した場合には、原則としてその効力が認められるものと解される。
また本人が消費者の場合には、a)民法の任意規定の適用による場合(つまり、上記i)
のa)外観の存在、b)善意無過失、c)本人の帰責性がそろう場合のみ効果帰属)よりもなり
すまされた本人が不利であり、かつ b)具体的な事案との関係でなりすまされた本人の利
益が信義則に反して一方的に害されるような内容の事前合意は無効となる(消費者契約
法第10条)。たとえば、販売店(事業者)の過失の有無を問わず常に本人に効果帰属す
るものとする事前合意は無効となる可能性がある。
事前合意が無効とされる場合には、上記ⅰ)と同様に判断される。
クレジットカード決済におけるなりすましの行為の効力ⅰ
ところで、インターネット通販等におけるクレジットカードを用いた決済の場合、現在の
ところ、クレジットカード番号及び有効期限などのクレジットカード情報を入力することによ
って行われるのが通常であるが、このような形態でなりすましが行われた場合、クレジット
カード会員とクレジットカード会社との間で締結されている会員規約上、クレジットカード
会員に支払義務が生ずるか否か問題となる。
現行のクレジットカード会員規約からすると、クレジットカード会員は、①善良なる管理
者の注意をもってクレジットカード及びクレジットカード情報を管理する義務に違反したと
き、②クレジットカードの紛失・盗難に遭った後、速やかに届け出る等の措置を行わなか
った場合、③クレジットカード会員の家族、同居人等の不正行為であるとき、④クレジット
23
カード会員の故意又は重過失のために不正行為が生じたときなどを除き、支払又は賠償
義務を負わないこととなっている。
逆に、①ないし④の場合には、クレジットカード会員規約上、クレジットカード会員が責
任を負うことになる 3。
3
ただし、下級審判決において、③のような会員規約にも関わらず、クレジットカード会員の家族による不正
行為についてクレジットカード会員に重過失がない場合には、クレジットカード会員は責任を負わないとした
ものがある(長崎地方裁判所佐世保支部平成20年4月24日判決)。
24
策定:平成24年○月
【3】Ⅰ-3-2 なりすましによるインターネットバンキングの利用
【論点】
インターネットバンキングにおいて、ID・パスワードを冒用した「なりすまし」により払戻し
や振込指図が行われた場合、銀行は預金者に対し、払戻しや振込指図が有効であること
を主張できるか。
1.考え方
インターネットバンキングにおいて、預金者のIDパスワード等を冒用したなりすましによる
払戻しや振込指図(以下「払戻し等」という)が行われた場合、銀行が預金者に対して、払戻し
等が有効である(払戻し等の行われた額について銀行は免責される)と主張できるかが問題
となる。
このような無権限の払戻し等は、a)無権限者(冒用者)に権限があるような外観があり且つ
b)実は権限がないことについて弁済者(銀行)が善意・無過失であれば、有効とされる(民法
第478条)。銀行の善意・無過失が認められるためには、無権限者による払戻し等を可能な
限度で排除できるようなシステムの構築と運用がなされる必要がある 1。
銀行実務においては、通常、約款で本人確認の方法について事前合意を結び、事前に
合意された方法を利用していれば、無権限者による払戻し等も有効とすることとしているが、
このような約款は、判例上、銀行に過失がある場合には適用されないと解されている 2。
(銀行が免責される場合)
・預金者のID・パスワード等が正しく入力されており、かつ銀行によるID・パスワード等の管理が不十
分であった等の特段の事情がない場合
・
(銀行が免責されない場合)
・預金者のID・パスワード等が正しく入力されたものの、銀行によるID・パスワード等の管理が不十分
であった等の特段の事情がある場合
・
1
通帳と暗証番号によるATMでの払戻しに関する最高裁平成15年4月8日判決。
当座貸越契約に基づく手形の支払いの際の印影照合義務に関する最高裁昭和46年6月10日判決・松本恒雄「預金の不正
払戻しに係る判例法理と預貯金者保護法」ジュリストNo.1308 28頁・原司「偽造カード等及び盗難カード等を用いて行われ
る不正な機械式預貯金払戻し等からの預貯金者の保護等に関する法律第4条の要件の検討-債権の準占有者に対する弁済
における「債権者の帰責事由」考」判タ1320号5頁、キャッシュカードと暗証番号によるATMでの払戻しに関する最高裁平成
5年7月19日判決・判時1489号111頁、前脚注の最高裁平成15年4月8日判決。
2
25
2.説明
本 人
銀 行
振込指示
振込
(なりすまし者)
第三者
(1)不正払戻し等と民法第478条
民法は、債権の弁済の場面において、a)無権限者(冒用者)に債権(又は受領権限)があ
るような外観がありかつb)実は権限がないことについて債務者が善意・無過失であれば、無
権限者に対する債務者の弁済を有効とする(民法第478条)。
インターネットバンキングにおいてID・パスワード等を冒用して、払戻し等を行う場合、a)I
D・パスワード等の冒用によって債権があるかのような外観が生じており、b)銀行が善意・無
過失であれば、同条の適用により、弁済が有効となることがある。従来、預金者の預金通帳や
キャッシュカードを利用して、不正に払戻し等を行う事案についても、本条の適用が肯定され
てきた。
(2)不正払戻し等と免責条項
他方で、預金者は、銀行のインターネットバンキング利用規程に同意して、インターネット
バンキングを利用しており、利用規程の中には、銀行の免責条項があるのが通常である。免
責条項においては、正しいID・パスワード等の入力等、銀行所定の認証を経た払戻し等につ
いては、それが実際は無権限者によるものであっても、銀行は預金者に対して責任を負わな
い旨が規定されるため、このような免責条項の効力が問題となる。
同種の免責条項は、預金通帳による払戻し等やキャッシュカードによるATM等での払戻
し等との関係でも、問題となったものであるが、いずれについても、判例上、銀行に過失のな
い場合にのみ適用があるとされている。この結果、免責条項による免責の範囲は、民法第47
8条と重複することとなる。インターネットバンキングにおいても、同様の考え方が下級審判決
によって示されている 3。
(3)銀行の「過失」
3
東京地裁平成18年2月13日判決、その控訴審である東京高裁平成18年7月13日判決、大阪地裁平成19年4月12日判
決・ジュリストNo.1939 108頁。
26
インターネットバンキングにおいては、窓口による手続きとは異なり、銀行の担当者が払戻
し等の請求者を観察してその権限の有無を判断することはなく、もっぱら入力されたID・パス
ワード等が銀行の保有するID・パスワード等と一致するか否かを機械的に確認する方法によ
って、請求者に権限があるか否かを判断する。そのため、銀行によるID・パスワード等の管理
が不十分であるなど特段の事情がある場合には、銀行には過失があるものとして、民法第47
8条の適用はない。
この点について、ATMの事案に関する最高裁平成15年4月8日判決は、「無権限者に払
戻しがされたことについて銀行が無過失であるというためには、払戻しの時点において通帳
等と暗証番号の確認が機械的に正しく行われたというだけではなく、機械払いシステムの利
用者の過誤を減らし、預金者に暗証番号等の重要性を認識させることを含め、同システムが
全体として、可能な限り、無権限者による払戻しを排除しうるよう組み立てられ、運営されるべ
きものであることを要する」とする。
同じことは、免責条項についても認められており、キャッシュディスペンサーの事案に関す
る最高裁平成5年7月19日判決は、「真正なキャッシュカードが使用され、正しい暗証番号が
入力されていた場合には、銀行による暗証番号の管理が不十分であったなど特段の事情が
ない限り、銀行は、現金自動支払機によりキャッシュカードと暗証番号を確認して預金の払戻
しをした場合には責任を負わない旨の免責約款により免責されるものと解するのが相当」とし
ている。
上記各最高裁判例は、インターネットバンキングに関するものではないが、インターネット
バンキングに関する下級審裁判例 4もこれらの最高裁判例を踏襲している。
具体的な事例において、民法第478条又は免責条項による免責が認められるか否かは、
①銀行側でID・パスワード等を保管する際の安全管理措置、②預金者側でID・パスワード等
を保管する際の安全管理に関する注意喚起、③預金者がID・パスワード等を銀行のサーバ
に送信する際の暗号化の有無と安全性、④ID・パスワード等そのものの構成(複数のパスワ
ード利用、ワンタイムパスワードの採否など)、⑤一定回数以上入力を間違えるとそれ以上手
続きが行えなくなる措置の採否、⑥払戻し等が行われた場合に預金者に速やかに通知する
措置の採否などを総合的に考慮して、全体として合理的な程度に無権限者による払戻し等を
排除しうるようなシステムの構築・管理がなされていたか否かを判断して、決することになると
考えられる 56。
4
脚注3の各裁判例
東京地裁平成18年2月13日判決においては、①③④⑤⑥が、大阪地裁平成19年4月12日判決においては、①②③④が
それぞれ考慮されている。
6
なお、平成18年2月に施行された預金者保護法では、偽造や盗難されたキャッシュカードがATMで不正に使用され、預貯
金の引出し・借入れが行われた場合、金融機関が原則として全額被害補償することとされている(預金者に軽過失がある場合
は75%の補償となり、重過失ある場合は補償されない。)。同法は、インターネットバンキングには適用がないが、インターネッ
トバンキングを利用して、不正な払戻しや送金指示が行われた場合に関して、全国銀行協会は、被害者に対する補償の運用
に関する申し合わせを公表している。
5
27
策定:平成24年○月
【4】Ⅰ-9 共同購入クーポンをめぐる法律問題について
【論点】
通常のクーポンの販売サービスと異なる共同購入クーポンサービスは、法的にどのよう
な取引構造と考えられるか。
1.考え方
「共同購入クーポン」とは、一定時間内に一定数が揃えば、購入者は大幅な割引率のクー
ポンを取得することができるという手法をいう。例えば、「24時間以内に30人の購入希望者が
集まれば、フルコースディナー8000円相当が60%割引の3200円になるクーポンを提供」
のような形態をとる。指定された時間内に最低販売数に到達しなければ不成立となり、クーポ
ンは提供されない。このため購入者がソーシャルネットワーキングサービスを使って口コミを
起こし、他の共同購入者を短時間のうちに集めるという行為が行われる。
なお、共同購入クーポンのビジネスでは、典型的に、共同購入クーポンのインフラを提供す
るサービス事業者(以下、「クーポンサイト運営事業者」という。)、共同購入クーポンに記載の
サービスを提供する店舗(以下、「加盟店」という。)、共同購入クーポンを購入する者(以下「ク
ーポン購入者」という。)が存在する。尚、クーポンについては、資金決済法の適用除外となる
ことに配慮して有効期限が6か月以内のものが原則であり、利用規約上確認している例もある。
共同購入クーポンにおいては様々なサービス態様も存在しており、最終的に当事者の誰
と誰と、どのような法的関係にあるのかを検証しなければ、どのような法律効果がどの当事者
に帰属し、どのような義務がそれぞれの当事者に発生するかが不明確となってしまう。そこで、
このような共同購入クーポンはそもそもどのような取引といえるのかを検討する必要がある。こ
の点、共同購入クーポンをどのように捉えるかについては、
①最低販売数を超える申込があることを権利の発生について停止条件とした権利であっ
て、当該加盟店でサービスを受けられる権利の売買契約をクーポン購入者とクーポンサイト
運営事業者が行っており、また、この売買契約についても最低販売数を超える申し込みがあ
ることが契約の成立について停止条件が付されているとの考え方
②クーポンの販売は、最低販売数を超える申し込みがあった場合にのみ、加盟店とクーポ
ン購入者との間で加盟店による商品の引き渡し又はサービスの提供についてのサービス等
に関する契約(以下「サービス等に関する契約」という。)として成立する。そして、加盟店のサ
ービスについてのサービス等に関する契約の成立に向けられた行為を行うサービスをクーポ
ンサイト運営事業者が提供し、さらに、クーポンサイト運営事業者がクーポンのサービス等に
関する契約についての資金決済方法を提供しているにすぎないという考え方
③クーポンの販売は、最低販売数を超える申し込みがあった場合にのみ、加盟店とクーポ
28
ン購入者との間でのサービス等に関する契約として成立する。そして、クーポンサイト運営事
業者がクーポンを単にウェブサイトに掲載している行為は、広告掲載にすぎない。その販売
数によって広告収入を取得しているとともに、広告掲載料の徴収と上記サービス等に関する
契約についての資金決済方法を提供しているという考え方 1
などが想定される。もっとも、どのような法的構成と評価しうるかは、様々なサービス形態があ
るため個別の事案によるものと考えられ、これらの考え方は単なる典型的な場合について例示
したに過ぎず、紹介した以外の法的構成も想定される場合があるものといえる。
2.説明
(1)検討する取引のモデル
共同購入クーポンサイトには、事業者毎に利用規約も異なれば、クーポンの行使によって
享受できるサービスも様々な形態がある。その法的評価についても現時点では、1つの見解を
断定することはできず、厳密には個別の事例毎に評価していくことになるが、法的な考え方の
方向性について検討することは有意義である。まず、おおむね共通している事実関係としては、
次のとおりである。
個別のクーポンは、加盟店と、クーポンサイト運営事業者とが協議して設計する。クーポンの
販売者については、①加盟店がクーポンサイト運営事業者のインフラを利用して自ら販売者
になって行う場合と、②クーポンサイト運営事業者がクーポンの販売者となる場合がある。そし
て、共同購入クーポンが、設計された予定の最低販売数の申込者数に達した段階で、販売の
対象となる共同購入クーポンが発生し 2、同時に加盟店又はクーポンサイト運営事業者とクー
ポン購入者との間でクーポンの何らかの契約が成立する。その段階で、クーポン購入者とクー
ポンサイト運営事業者の間で決済が行われる。そして、クーポン購入者は、ウェブサイト上で掲
示されるクーポンをプリントアウト又はモバイル端末で提示するか、またクーポン番号を加盟店
側に示すなどして、クーポンに記載されたサービスを受ける。そして、クーポンが利用される事
前又は事後にクーポンサイト運営事業者と加盟店との間で代金の決済が行われることになる。
なお、共同購入クーポンとして販売の対象となっている権利 3は、割引券ではなく、加
盟店に対する商品の引き渡し又はサービスの履行を請求できる債権である。また、この債権
1
個別の共同購入クーポン運営サイトのサービスをどのように評価するかは、様々な個別の事情を考慮しなければならず、最
終的に個別の事例によるものであり、必ずしも法的構成が本準則で解説している法的構成に留まるものではないものと考えら
れ、別の法的評価を否定するものではない。
2
通常の金券、図書券や映画のチケットと異なり、すでに存在する権利を個別に購入者の申込数に合わせて販売するというよ
りも、一定の人数に達した時点で、初めて一括して販売する対象となる権利が発生し、これを購入者に販売することになる点が
大きく異なる。一定の枚数を販売したことで、大きな割引を実現する点などがビジネスモデルの特徴である。
3
民法上の無記名債権として例示される通常の金券や図書券と異なり、クーポンには購入者となる会員の登録番号が記載され、
原則として、購入者が加盟店のサービス等を利用することが予定されている場合が多く、持参人に対して権利行使が認められ
ることも多く、無記名債権ととらえることはできない。また、一方で、クーポン自体をプリントアウトせずともモバイル端末の提示や
登録番号だけでも結果として加盟店で使えるものも存在し、証券的な債権とも断じることもできない。
29
が取引されるかどうかについては、前述の通り、最低販売数を超えた申込があったことが取
引の成立条件となっていることが特徴であり、そもそも最低販売数の申込がなければ、そのよ
うな債権の発生を認識することもない 4。
さらに、クーポン購入者とクーポンサイト運営事業者間の関係を規定する利用規約において、
加盟店側がクーポンに記載される内容のサービスを提供するものとし、クーポン購入者との関
係においては、クーポンサイト運営事業者は、加盟店とクーポン購入者間の問題については、
責任を負わない旨の規定が設けられている事例が多い。本論点では、主にこのような事実関
係を想定して考え得る法的構成を検討したい。
(2)クーポン及び共同購入クーポン購入サービスの法的性格
①権利の売買と評価できる場合
まず、図のように、共同購入クーポンを加盟店の商品の引き渡し又はサービス等の提供
を求めることができる債権と考え、クーポンサイト運営事業者がこの債権を売買契約の売主
となって販売しているととらえる考え方である。この点、この債権について、加盟店がクーポ
ン運営サイト事業者に対し、販売委託契約を締結して販売を委託しているものと考えられる。
もっとも、この場合、共同クーポンサイトのビジネスモデルの特徴との関係で、最低販売数
を超えない申込がない場合に、①クーポンサイト運営事業者とクーポン購入者間の売買契
約が発生しないことについての説明、及び②当該売買が成立しない場合、取引の対象とな
る債権についても権利が発生しない 5ことをどう説明するかが問題となる。
ア)クーポンサイト運営事業者とクーポン購入者間の契約:取引の対象となる債権
の売買契約に停止条件が付けられている
まず、最低販売数を超える申し込みがクーポン購入者からなかった場合に、ク
ーポンサイト運営事業者とクーポン購入者間の売買契約が成立しないことをどう評価するか
を検討する。
当該売買契約について、一定の最低販売数を超えなければ契約が成立しないと利用
規約上規定している場合が多い。一方で、規約上明記されていなくても、共同クーポンサ
イトの特徴としては、最低申込数を超える申し込みがなければ、クーポン購入者へのクー
ポンの付与と決済がそもそも行われず、当事者の認識もこのような事実関係に異論がな
い場合が多いものと思われる。
4
特に、利用規約上、最低販売数を超えた時点で、クーポンサイト運営事業者又は加盟店とクーポンを取得する消費者の間で、
初めて何らかの契約が成立することが規定されている場合が多い。
5
法律構成①の売買契約と評価した場合、売買の対象となる債権は、あらかじめ金券や映画のチケットのようにすでに発生し
ている権利として証券が在庫として認識されることはなく、販売できなかった場合も在庫として存続するものではない。また、最
低販売数の申込みがなされクーポンが成立して、初めて、クーポンサイト運営事業者においても売上げとして認識されるのが
通常である。
とすれば、クーポンの購入への申込が最低販売数に満たなかった場合は、債権が発生していないと考えるのが当事者間の認
識であると思われる。
30
したがって、一般的には、当該売買契約は、契約の成立に、一定の最低販売数を超え
なければ売買契約が成立しない旨定めた契約と評価するべきであると思われる。
イ)売買契約の対象となる権利は何か:権利の発生に停止条件が付けられている権
利
次に、取引の対象となる債権について、最低販売数を超えなければ、そもそも、共同クー
ポン購入サイトにおいて、権利を存続又は発生させる意義はない。そこで、権利はそもそも
発生しないか、消滅することの説明を行う必要がある。
この点、加盟店とクーポンサイト運営事業者間で、クーポンの設計と掲載についての協議
が行われ、その販売委託が加盟店からクーポンサイト運営事業者になされた場合に、そも
そも、この当事者間では、クーポンに対し最低販売数を超える申込みがなければ、同じクー
ポンを動産や書籍の在庫のように再び販売したりすることは想定していない。とすれば、権
利が残り、その後、最低販売数を超える申し込みがなかったことをもって消滅したという法律
構成よりも、最低販売数を超えた申し込みがあった場合にのみ権利が発生していると考える
べきである。
したがって、一定の最低販売数を超えることを権利の発生の停止条件とする債権 6が売
買の対象となっていると考える。
多くの共同購入クーポン購入サイトの利用規約においても、明示的に前述のような債権を販
売の対象として、クーポンサイト運営事業者が販売者になる場合が多く、売買代金の支払いな
ど実態がそれに合致しているのであればこのように評価できる場合も多いものと思われる 7。こ
の場合、クーポンをめぐる法律関係については、主として、上記のような債権の売買契約を巡
る法律関係を検討することになろう。
6
クーポンサイト予定の最低販売数を超えることがクーポンサイト運営事業者とクーポン購入者間の売買契約の成立に向けら
れた条件としても、売買契約が成立しなかった場合に、書籍の販売委託のように在庫を出版社に戻すように加盟店に戻すよう
な構成がとられることはない。そこで、そもそも販売委託された権利が最低販売数を超えることがなければ発生しない債権であ
ると説明するのが合理的であるものと思わる。したがって、ここでは、最低販売数を超えたことを債権の発生についての停止条
件とした債権について、加盟店がクーポンサイト運営事業者に販売委託したと考えている。
一方で、法律構成の②③の場合においては、最低販売数の申込がなされた時点で、加盟店とクーポン購入者の間でサービス
等に関する契約を締結するか又は最低販売数の申込が契約の成立に向けられた停止条件と理解することができる。
7
表面的に利用規約に債権の売買であることが明記されていたとしても、実態がかけ離れている一定の場合において、クーポ
ンサイト運営事業者とクーポン購入者間に債権の売買契約が成立していると評価できない事例も存在するものと思われる。な
お、どのような債権を取引の対象としているかについては、映画のチケットや商品券などの無記名債権と異なり、クーポンの購
入者がサービスを受けることが原則的な前提となっているようである。この点についても、個別のサービスによって異なるため個
別の事案ごとに個別の評価が必要である。
31
≪取引の法的性格≫
加 盟 店
クーポンサイト運営事業者
販売委託
⇒クーポンの売主
クーポン
サービス等の
履行請求権
クーポン(加盟店に対する
サービス等の債権)の販売
クーポン購入者
②加盟店とクーポンサイト運営事業者間では、クーポンサイト運営事業者がクーポン販売
を行うインフラの提供と資金決済のインフラを提供していると考える場合
クーポンの販売といっても、実態は異なり、加盟店とクーポン購入者間で、クーポンの内
容に記載の商品の引き渡し又はサービスの提供についてのサービス等に関する契約が存
在すると考えられる場合である。この場合、クーポンサイト運営事業者は契約成立に向けた
何らかの事実行為を行っていれば、当該サービス等に関する契約の媒介行為を行っている
と考えることができる 8。なお、この場合のクーポン購入者からクーポンサイト運営事業者へ
の対価の支払いは、クーポンサイト運営事業者による決済の代行となる。そして、加盟店に
よるクーポンサイトの利用料を控除して、クーポンのサービス等に関する契約の対価が、ク
ーポンサイト運営事業者から加盟店に支払われることとなる。
なお、ここでのサービス等に関する契約は、一定の最低販売数の申込があった場合にの
み契約が成立する。
このように考えられる場合においては、クーポンに問題があり、クーポンの購入者に被害
が生じても、クーポンサイト運営事業者はサービス等に関する契約当事者としての責任を負
わず、原則として加盟店との間での契約の問題となる。一方で、クーポンサイト運営事業者
の責任の有無は媒介契約及びその地位に基づく責任の有無の検討の問題となる 9。
8
この場合、クーポンサイト運営事業者が、クーポンの掲載行為を行っているだけで、なんらサービス等に関する契約成立に向
けた行為を行っていないと評価できる場合もあり、媒介行為を行っているか否かは、個別の事例ごとに判断せざるを得ないもの
と考える。
9
オークションサイトの責任の検討手法(本準則Ⅰ-7-1)が参考になる可能性があるが、オークションサイトにおける出品者、
出展者と当該サイトの運営者との関係は異なるため必ずしも同一の結論を導き出せない可能性もある。
32
≪取引の法的性格≫
販売インフラの提供としてサービス等に関する契約の媒介サービス
提供契約と資金決済のサービスを提供する業務委託契約
加 盟 店
クーポンサイト運営事業者
⇒クーポンの売主
利用規約
クーポン
による合意
役務提供代金の支払い
サービス等に関する契約
クーポン購入者
③加盟店のクーポンの広告を掲載しているにすぎないと理解する場合
クーポンサイト運営事業者が、クーポンをウェブサイトに掲載するにすぎず、契約成立に
向けた事実上の行為を一切行わない場合においては、加盟店とクーポン購入者間でのサ
ービス等に関する契約を媒介していると評価することはできず、単に広告を掲載しているに
すぎないと理解すべきである。クーポンサイト運営事業者は、契約成立に応じて、広告掲載
料を徴収するが、これとともに何らかの代金の決済サービス契約を締結しておいて、受領し
た役務提供の代金から手数料を相殺して、加盟店に送金するという考え方である
10
。なお、
サービス等に関する契約については、最低販売数を超える申し込みがあった場合のみ成
立する。
もっとも、この場合は、あくまで広告掲載であり、クーポンサイト運営事業者は広告掲載に
よる手数料をとるにすぎないのであるから、手数料があまりに大きく、実際上クーポンサイト
運営事業者側に全体の事業収益が帰属している場合や、利用規定上、加盟店がクーポン
の販売者であることを明記していないような事例では、このように評価できない事例も存在し
うるものと考える。
この場合も、問題のあるクーポンが発行された場合は、原則として、加盟店とクーポン購
入者間の法律問題となるものと考えるが、クーポンサイト運営事業者の責任については、広
告掲載者の広告掲載責任又は同事業者とクーポン購入者間の利用規約における契約責
任の有無を検討することになる。
10
このような考え方をとった場合、共同購入クーポン運営サイトにおいては、加盟店が継続的に出品していないような事例も想
定されることから、加盟店ごとに信用リスクの判断が困難であり、クレジットカード会社側のリスク判断ができず、包括加盟店契約
になじまない可能性があり、一方でクーポンサイト運営事業者が、クレジットカード会社から見た加盟店として契約する場合も考
えられるが、購入者からのクレーム対応における購入者へのカード会社からの請求取り下げとクーポンサイト運営事業へのチャ
ージバックの関係をどう考えるかなど、カード決済実務上の問題が残る。
33
≪取引の法的性格≫
契約成立に連動した報酬体系の広告掲載及び加盟店と
購入者間の役務提供代金の決済サービスを提供する契約
加 盟 店
クーポンサイト運営事業者
⇒クーポンの売主
クーポン
役務提供代金の支払い
サービス等に関する契約
クーポン購入者
(3)責任を負う場合のクーポンサイト運営事業者の約款の免責条項の効果
上記のような法的構成を行い、個別の事例で、クーポンサイト運営事業者に損害賠償責任
が認められるとしても、利用規約上、「クーポン購入者との関係においては、クーポンサイト運
営事業者はクーポンの記載内容の履行が行われない場合においては、クーポンサイト運営事
業者が保証しない」との趣旨の以下のような規定が存在することが多い。
クーポンサイト運営事業者利用規約第●条
クーポンサイト運営事業者は、加盟店のサービス提供について何ら責任を負わないものとします。
しかし、クーポンサイト運営事業者に損害賠償責任が認められる場合においては、この利用
規約上の規定は、クーポン購入者が消費者である場合においては、消費者契約法第8条第1
項第1号の「消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除する条項」に該当し、無効とな
る場合も存在するものと考えられ、上記のような利用規約があっても、クーポンサイト運営事業
者が損害賠償責任を免れない場合が存在するものと考える。
(4)共同購入クーポン購入サイトのクーポンの表示と景品表示法の問題
①価格表示の問題
共同購入クーポン購入サイトのクーポン紹介には、おおむね通常の販売価格とクーポン
を購入した場合の価格を併記して表示しているものがあり、その表示のあり方によっては、
商品又は役務の価格と他の取引条件について、実際のもの又は当該事業者と競争関係に
ある他の事業者に係るものより取引の相手方に著しく有利であると一般消費者に誤認される
ため、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそ
34
れがある表示(以下「有利誤認表示」という。)といえる場合が存在しうる(不当景品類及び不
当表示防止法第4条第1項第2号(不当景品類及び不当表示防止法については、以下
「景品表示法」という。))。
まず、典型的に有利誤認表示として問題となるものとしては、販売実績のない商品又は
役務について、価格を設定し、その価格を通常価格と称してクーポンの価格が半額以下な
どと表示するような場合である 11。
なお、競争業者との価格を比較する場合などにおいても問題があり、具体的にどのような
ものが有利誤認表示となるのかの考え方の詳細については、「不当な価格表示についての
景品表示法上の考え方」にその判断基準が示されている
12
。また、共同購入クーポン購入
サイトについても一定の判断基準が示されている 13。
なお、共同購入クーポン購入サイトにおけるクーポン紹介の表示内容についてクーポン
サイト運営事業者と加盟店のいずれが責任を負うかについて、景品表示法第4条第1項で
禁止される表示は「事業者が、自己の供給する商品又は役務の取引」についての表示であ
るところ、同規定における「商品又は役務の取引」が、加盟店が一般消費者に提供する商品
又は役務であることを前提とすれば、加盟店がその責任を負う。
もっとも、この場合でも、クーポンサイト運営事業者が価格決定などクーポンの設計にある
程度関与する場合もあるわけであるから、クーポンサイト運営事業者が、このような表示が起
こらないよう配慮する必要はあるものと思われる 14。
②商品又は役務の品質・規格その他の内容の問題
次に典型的に景品表示法上問題となりうるものとしては、商品に使用している材料の品
質を、例えば、クーポンの対象となる商品について、実際は人工のものであるにもかかわら
ず、「天然」などと表示する場合がある(こうした表示は、「優良誤認表示」と呼ばれる。)。
この点、前述の通り、景品表示法第4条第1項で禁止される表示は「事業者が、自己の供
給する商品又は役務の取引」についての表示であるところ、同規定における「商品又は役
務の取引」が、加盟店が一般消費者に提供する商品又は役務であることを前提とすれば、
加盟店がその責任を負う。
もっとも、この場合でも、クーポンサイト運営事業者が商品又は役務の内容などにある程度
関与する場合もあるわけであるから、クーポンサイト運営事業者が、このような表示が起こらな
11
グルーポン、おせち事件における消費者庁の措置命令。
http://www.caa.go.jp/representation/pdf/110222premiums_1.pdf
12
不当な価格表示についての景品表示法上の考え方。
http://www.caa.go.jp/representation/pdf/100121premiums_35.pdf
13
インターネット消費者取引に係る広告表示に関する景品表示法上の問題点及び留意事項。
http://www.caa.go.jp/representation/pdf/111028premiums_1_1.pdf
14
脚注11の事件及び脚注13の資料において、消費者庁は、クーポンサイト運営事業者に対し、景表法違反行為を惹起する
二重価格表示が行われないよう、一定の配慮を求めている。
35
いよう配慮する必要はあるものと思われる 15。
15
脚注11の事件及び脚注13の資料において、クーポンサイト運営事業者に対し、二重価格表示について一定の配慮を求め
ているものの、それ以外の表示にも一定の配慮が求められる可能性はあることから、優良誤認表示についても一定の配慮が求
められるものと考えられる。
36
最終改訂:平成24年○月
【5】Ⅲ 情報財の取引等に関する論点
本準則でいう情報財とは、音、映像(画像)その他の情報であって、コンピュータを機能さ
せることによって利用可能となる形式(いわゆるデジタル形式)によって記録可能な情報を指
すものとする。具体的には、プログラムその他のコンピュータに対する指令、コンピュータによ
る情報処理の対象となるデータが含まれる 1。
従来情報財としてはソフトウェアを中心として議論されてきたが、昨今、音楽、映像、ゲーム、
データベースに含まれる情報・データなど、様々なデジタルコンテンツの取引が行われるよう
になってきている。そこでは、情報財を単に著作物として捉えて著作権保護の観点から検討
するというのでは解決しきれない問題も生じうる。
他方、このような情報財の取引の形態としては、磁気的、光学的媒体を介して譲渡等する
場合、情報財ベンダー(以下「ベンダー」という。)のサーバーからダウンロードする場合に加
え、ベンダー等のサーバー上にある情報財をオンラインで利用する場合がありうる。ベンダー
とユーザーの間に債権関係だけが発生し、著作物としての利用(著作権法21条以下の態様
による利用)が存在しない場面では、従前の情報財取引の議論では対応しきれない問題もあ
る。
このような情報財をめぐる取引環境の変化によって、権利関係や取引保護について多角
的な検討も必要になってきている。本準則ですべての場面について言及することはできない
が、情報財取引に関して本項のみならず、他項でも個別論点として「Ⅱ-3 P2Pファイル共
有ソフトウェアの提供」や「Ⅱ-10-1 インターネット上の著作物の利用」といった問題を論
じている他、「Ⅰ-2-1 ウェブサイトの利用規約の契約への組入れと有効性」は、情報財の
オンライン利用に関する利用規約にも深く関わっている。これらについては、それぞれの箇
所を参照されたい。
本項では、ユーザーとベンダーとの間において締結される情報財の使用に関するライセン
ス契約(使用許諾契約と呼ばれることも多い。)の法律上の問題点を中心に検討する。
なお、ライセンス契約とは、ライセンサー(ベンダー)がライセンシー(ユーザー)に対して、
情報財を一定条件で使用収益させることを約し、ライセンシーがこれに同意することによって
成立する契約をいう。本準則では、実務上、通常行われている有償のライセンス契約のみを
1
いわゆるカスタムメイド型の情報財については、当事者間における契約によってその内容や条件等が定ま
るものと考えられることから、ここでは汎用品として市場で流通する情報財のみを検討の対象とする。
37
対象とする。
38
【6】Ⅲ-1 ライセンス契約の成立とユーザーの返品等の可否
最終改訂:平成24年○月
Ⅲ-1-1 情報財が媒体を介して提供される場合
【論点】
媒体型のパッケージソフトウェアを販売店から購入する場合、代金支払後に初めてライセ
ンス契約内容を見ることが可能となることが多く、ライセンス契約内容に同意できない場合
に返品・返金できないかが問題となっている。その際、ⅰ)シュリンクラップ契約又はⅱ)クリ
ックオン契約のいずれかの方法によってライセンス契約の締結が求められることが多い
が、果たしてどのような場合に返品・返金が可能か。
1.考え方
(1)販売店とユーザー間の契約が提供契約と解される場合
①原則
販売店とユーザー間の契約が販売店がユーザーに対してライセンス契約を締結すること
ができる地位及び媒体・マニュアル等の有体物を引き渡すことを内容とする契約(=提供契
約)と解される場合は、ライセンス契約の内容に不同意であるユーザーは、返品・返金が可
能であると解するのが合理的である。その根拠としては、販売店とユーザー間の契約は、ユ
ーザーがライセンス契約に同意しない場合、ユーザーに返品・返金を認める旨の黙示の合
意がある契約であると解するほかない。1
具体的には、シュリンクラップ契約とクリックオン契約の2つがよく用いられており、それぞ
れの場合について述べる。
ⅰ)シュリンクラップ契約の場合
ユーザーが、媒体の封(フィルムラップやシール等)の開封前に、ライセンス契約の内容
を認識し、契約締結の意思をもって媒体の封を開封した場合は、ライセンス契約が成立
(民法第526条第2項)しているため、不同意を理由とした返品は認められない。
したがって、フィルムラップやシール等が開封されていた場合は、販売店はフィルムラッ
プやシール等における表示が十分であるかどうかを確認し、それが通常認識できるような
形態であれば、返品に応じる必要はないと解される。
(開封した場合返品できない(ライセンス契約が成立した)と思われる例)
1
ここでは情報財は有体物たる媒体に記録されたものとして販売店より提供されていることから、「返品」は,媒
体・マニュアル等の返還によって媒体に記録された情報財とともにライセンスQ
締結することができる地位
を返還することを意味する。媒体に販売店との契約を情報財の複製物の売買と解される場合には、「返品」は,
媒体の返還によって媒体に記録された複製物を返還することのみを意味することとなる。
39
・媒体のフィルムラップやシール等にユーザーが開封前に通常認識できるような形態でライセンス契約
の確認を求める旨の表示と開封するとライセンス契約が成立する旨の表示がなされているような場合
・
(開封したとしても不同意ならば返品できる(ライセンス契約が成立していない)と思われる例)
・媒体のフィルムラップやシール等にライセンス契約についての表示が全くない場合
・媒体のフィルムラップやシール等にライセンス契約の内容の記載場所が表示されておらず、かつライ
センス契約内容が容易に見つからない場合
ⅱ)クリックオン契約の場合
ユーザーが、画面上で「(ライセンス契約に)同意する」というボタンをクリックする前に、
ライセンス契約の内容を認識し、契約締結の意思をもってクリックした場合は、ライセンス
契約が成立(民法第526条第2項)しているため、不同意を理由とした返品は認められな
い。
なお、販売店等がクリックの有無を外見的に判断するのは困難であるのが通常であるが、
何らかの手段によって契約が成立していることが判明する場合は、返品に応じる必要はな
いと解される。
(同意ボタンをクリックした場合返品できない(ライセンス契約が成立した)と思われる例)
・画面上でライセンス契約の内容を最後までスクロールさせた後に同意ボタンをクリックした場合
・
(同意ボタンをクリックしたとしても不同意ならば返品できる(ライセンス契約が成立していない)可能性
があると思われる例)
・ライセンス契約への同意を求める画面構成や同意ボタンがインストールを進める上での他の画面構成
や他のボタンと外形的な差がなく、かつライセンス契約への同意についての確認画面もない場合
・
(何らかの手段によって契約成立が判明する場合の例)
・「ライセンス契約に同意します」という欄に署名したユーザー登録葉書がベンダーに到着している場合
・ライセンス契約がオンラインや電話で行われてベンダーに登録されている場合
・
②例外
ⅰ)販売店での代金支払時にライセンス契約内容が明示されている場合
ライセンス契約内容を認識した上で、代金を支払ったと解される場合は、返品・返金は
40
できない。
(ライセンス契約に既に同意したとして返品・返金できないと思われる例)
・外箱に契約内容がユーザーが通常認識するような十分な字の大きさで記載されている場合
・代金支払時に販売店がユーザーに対してライセンス契約内容に同意したかどうかを確認したような場
合
・
ⅱ)ライセンス契約に不同意であっても返金できない旨明示されている場合
ライセンス契約内容に不同意のときも返品できない旨明示されている場合であっても、
ユーザーがこれに対して個別に同意した上、代金を支払った場合を除き、ライセンス契約
に不同意のユーザーは販売店に返品することができる。
(ライセンス契約に不同意であっても返品することができないと思われる例)
・販売店での代金支払時に、販売店がユーザーに対してライセンス契約に不同意であっても返品でき
ないことをユーザーに確認し、ユーザーがこれに同意した場合
・
(ライセンス契約に不同意である場合は返品することができると思われる例)
・ライセンス契約に不同意の場合でも返品できない旨が、代金支払時には明示はなく、パッケージの開
封後に初めて明示されたような場合
・
(2)販売店とユーザー間の契約が情報財の複製物の売買契約と解される場合
販売店とユーザー間の契約が情報財の複製物の売買契約と解される場合は、そもそもライ
センス契約が存在しないものと解される。ユーザーは著作権法の規定に反しないかぎり情報
財を自由に使用することが可能であり、仮に代金支払後にライセンス契約が明示されたとして
も、ユーザーは何ら拘束されない(したがって、ライセンス契約に同意できない場合の返品の
問題は生じない。)。
(ライセンス契約は存在せず情報財を自由に使用できると思われる例)
・ユーザーがライセンス契約の存在を認識せず、外箱にもライセンス契約の存在について何ら記載され
ておらず、また販売店もユーザーに対してライセンス契約の存在を伝えなかった場合
・
41
2.説明
(1)問題の所在
情報財の取引の中でも、CD-ROM等の媒体を介して販売店を通じて行われるものにお
いては、ライセンス契約条件をライセンサが一方的に定め、媒体の引渡し時点では契約条件
について明示の合意がなされないまま、フィルムラップやシール等を破った時点やプログラム
等を初めて起動しライセンス契約締結画面に同意した時点等、代金支払時よりも後の時点で
ライセンス契約が成立するものとしている(前者はシュリンクラップ契約、後者はクリックオン契
約という。)取引慣行がある。このような場合に、どの段階でライセンス契約が成立しているか、
ユーザーがライセンス契約の条件に同意できない場合、返品することで返金に応じてもらえる
かなどについて、必ずしも明確でない。
そこで、本項では、媒体を介した取引について、取引当事者間の契約内容を検討する。
(2)販売店とユーザーとの間の契約内容
①契約内容の類型
ユーザーが店頭で対価を支払って媒体を介して情報財の引渡しを受けた場合、契約当事
者の合理的意思解釈として、①情報財の複製物の売買契約と解される場合と、②販売店がユ
ーザーに対してライセンス契約を締結することができる地位及び媒体・マニュアル等の有体物
を引き渡すことを内容とする契約(以下「提供契約」という。)と解される場合がある。①と②のど
ちらの契約と解されるかは、情報財取引に関する一般的な認識等様々な事情(例えば、購入
の対象であるパッケージソフトウェアはライセンス契約を締結しないと使用できないことについ
ての購入者の認識等)を総合考慮して決定されるものであるが、少なくとも、ユーザーが通常
認識し得るような形態で媒体の外箱(パッケージ)にライセンス契約締結の必要性が明示され
ている場合や、販売店がライセンス契約締結の必要性について口頭で説明している場合であ
れば、②の提供契約と解される可能性が高い。
② 情報財の複製物の売買契約と解される場合
まず①の情報財の複製物の売買契約と解される場合、代金支払時にその存在すら合意さ
れていない契約にユーザーが拘束されることは相当でないので、この場合は、ライセンス契約
は存在せず、購入したユーザーは著作権法の規定に反しない限り当該情報財を自由に使用
することができる。具体的には、技術的保護手段の回避による場合などを除き私的使用を目
的とする複製が可能であり(同法第30条第1項)、また、例えばプログラムについては、必要と
認められる限度において複製又は翻案が可能である(同法第47条の2第1項)。また、そもそ
もライセンス契約自体存在しないので、ライセンス契約の条件に同意できない場合の返金の
問題も生じない。なお、ライセンス契約締結の必要性について合意していないにも関わらず、
例えば、外箱の中にライセンス契約書が封入されている場合等、購入後にライセンス契約が
明示されたとしても、通常、そのことによって、何らかの法的効果が発生することはないものと
42
解される。
③ 提供契約と解される場合
次に②の提供契約は、販売店からユーザーに対して、ライセンス契約を締結することによ
って情報財を使用することができる権利、すなわち、ライセンス契約を締結することができる地
位を移転するとともに媒体・マニュアル等の有体物を引き渡すものであり、両者が一体となっ
た契約であると解される。
この場合、ユーザーは販売店との間で提供契約を締結し、次にベンダーとの間で情報財の
使用を許諾するライセンス契約を締結するという、2つの異なった契約を締結することとなる。
ユーザーは後者のライセンス契約に基づいて情報財を使用することができることとなる(下図
参照)。
提供契約
販売店
ベンダー
ライセンス契約
提供契約
ユーザー
(3)ライセンス契約の成立要件及び成立時期
① 提供契約におけるライセンス契約の明示と契約の成立
前記(2)②の場合、すなわち、販売店とユーザーとの間の契約が提供契約である場合は、
さらに、ⅰ)ライセンス契約の内容が提供契約締結時(代金支払時)より前に明示される場合、
ⅱ)提供契約締結時(代金支払時)より後に明示される場合に分けられる。それぞれいつの時
点でライセンス契約が成立するものと解されるであろうか。
媒体を介して情報財を取引する場合、ベンダーとユーザーとの間のライセンス契約は隔地
者間の契約に当たるので、契約が成立するにはユーザーの承諾の意思表示が必要となるの
が原則であるが、申込者の意思表示又は取引上の慣習により承諾の通知を必要としない場合
には、承諾の意思実現行為があれば契約が成立する(民法第526条第2項)。これは申込者
の意思表示又は取引上の慣習により、意思実現行為が承諾者の通知と等置できるからであり、
ライセンス契約の成立についても、この意思実現行為による契約の成立を認めることができる
と解される。
② ライセンス契約が提供契約締結時より前に明示される場合
43
ⅰ)の場合、ユーザーがライセンス契約の内容を認識した上で、提供契約の代金を支払うこ
とが、ライセンス契約の承諾の意思実現行為と解されるため、提供契約締結と同時にライセン
ス契約も成立する。例えば、外箱にユーザーが購入時に通常認識するような字の大きさで契
約内容が記載されている場合や、代金支払時に販売店がユーザーに対してライセンス契約内
容に同意したかどうかを確認したような場合が考えられる。
③ ライセンス契約が提供契約締結時より後に明示される場合
ⅱ)の場合、提供契約締結時にはライセンス契約の内容が明示されていない以上、ライセン
ス契約の成立する時期は、これよりも後となる。現在取引慣行となっているシュリンクラップ契
約やクリックオン契約について、ライセンス契約が成立するか否かはユーザーに意思実現行
為が存在するか否かの問題となる。
まずシュリンクラップ契約の場合、フィルムラップやシール等を開封する行為が意思実現行
為に該当するか否かであるが、ユーザーが開封前にライセンス契約の内容を認識し、契約締
結の意思をもって開封した場合は、ライセンス契約が成立するものと解される。例えば、ユー
ザーが開封前に通常認識できるような形態でフィルムラップやシール等にライセンス契約の確
認を求める旨及び開封するとライセンス契約が成立する旨の表示がなされているような場合、
開封することを意思実現行為とみなし、ライセンス契約の成立が認められることが多いと解され
る。しかし、フィルムラップやシール等にライセンス契約についての表示が全くない場合や、フ
ィルムラップやシール等にライセンス契約の内容の記載場所が表示されておらず、かつライセ
ンス契約内容が容易に見つからない場合は、開封したとしてもライセンス契約の成立が認めら
れないと解される。
次にクリックオン契約の場合、画面上で「(ライセンス契約に)同意する」というボタン(以下
「同意ボタン」という。)をクリックすることが意思実現行為に該当するか否かであるが、ユーザ
ーがクリックする前にライセンス契約の内容を認識し、契約締結の意思をもってクリックした場
合は、ライセンス契約が成立するものと解される。例えば、画面上でライセンス契約の内容をス
クロールさせ、最後までスクロールしなければ同意ボタンをクリックできないような画面構成をと
る等、ユーザーが同意ボタンをクリックする前に契約内容を通常認識できるような表示となって
いる場合、ライセンス契約の成立が認められることが多いと解される。しかし、ライセンス契約
への同意を求める画面構成や同意ボタンがインストールを進める上での他の画面構成や他の
ボタンと外形的な差がなく、かつライセンス契約への同意についての確認画面もない場合は、
ライセンス契約の成立が認められない可能性があると解される。
(4)ライセンス契約の条件に不同意の場合の提供契約解除の可否
① 提供契約解除の根拠
前記(3)ⅱ)の場合、すなわち、ライセンス契約の内容が提供契約締結時(代金支払時)より
後に明示される場合、ライセンス契約の内容にユーザーが同意できない場合、販売店に返品
44
して、既に支払った対価の返還を求めることができるか否か問題となる。
ライセンス契約と提供契約は、本来別個独立した契約であるが、提供契約の主たる目的は、
ユーザーが情報財を使用することにあり、ライセンス契約と提供契約とは極めて牽連性が高い
と考えられ、また、提供契約の対価の大半は、ライセンス契約を締結することができる地位、す
なわち、情報財を使用することができる権利に充てられるものと考えられることから、ライセンス
契約の条件に同意しないユーザーは、販売店に返品して、既に支払った代金の返還を求める
ことができるものと解するのが契約当事者の意思に合致しており、合理的である。その根拠とし
て、現行法の解釈としては、提供契約においては、ユーザーがライセンス契約に同意しない
場合、ユーザーに解除権を認める旨の黙示の合意があるものと解するほかないであろう。
この解除権の行使可能な期間については、特段の合意(例えば、外箱に通常認識可能な
状態で返品を認める合理的な期間を明示する等)がない限り、10年(民法第167条第1項)な
いし5年(商法第522条)となる。
また、解除権を否定する合意がない限り、提供契約においては、黙示の解除権があるものと
認められるものとすれば、仮に外箱開封後に返品を認めない旨の表示があっても、解除権が
否定されることにはならないものと解される。
なお、既にライセンス契約が成立している場合には、ライセンス契約に不同意であることを
理由とする解除権を行使できないので、返品は認められない。
② ライセンス契約成立の有無の判断方法
問題は、販売店がどのようにしてライセンス契約成立の有無を判断するかである。
まず、シュリンクラップ契約の場合は、①フィルムラップやシール等が開封されていた場合と、
②開封されていない場合があるが、後者の場合は、ライセンス契約が成立しておらず、販売店
は返品に応じる必要があると解される。前者の場合は、フィルムラップやシール等における表
示が十分であるかどうかが問題となり、ユーザーが通常認識できるような形態でフィルムラップ
やシール等にライセンス契約内容の確認を求める旨及び開封するとライセンス契約が成立す
る旨が記載されていた場合は、既にライセンス契約が成立しているとして返品に応じる必要が
ないと解される。
次に、クリックオン契約の場合は、販売店がクリックの有無を外見的に判断することは困難で
あるのが通常であるが、何らかの手段、例えば、ベンダーにユーザー登録葉書が到着してい
る場合や、ライセンス契約がオンラインや電話で行われてベンダーに登録されている場合等、
販売店がベンダーに確認することによって、ライセンス契約成立の有無を確認することが可能
であると考えられ、ライセンス契約が成立していることが判明する場合は、返品に応じる必要が
ないと解される。
③ ユーザーから返品を受けた販売店からのベンダー等への返品の可否
さらに、ライセンス契約に不同意であるためにユーザーから返品を受けた販売店は、卸ない
しベンダーに遡って返品を求めることができるかという問題がある。ライセンス契約締結の必要
45
性が明示されており、かつ、ライセンス契約に不同意であっても返品できない旨の明示がない
場合(後記(5)参照)、ライセンス契約に同意しないユーザーは提供契約を解除することがで
きるものと解されるのであるから、ベンダー、卸、販売店等もこれを前提に各当事者間の契約
を締結していると考えられる。したがって、返品を受けた販売店は、卸ないしベンダーに返品
を求めることができると解するのが合理的である。すなわち、ユーザーが、ベンダーが設定し
たライセンス契約の内容に同意できないことを理由に販売店に対して返品した場合には、販
売店は卸に対して返品を求めることができること、販売店が卸に対して返品した場合には、卸
はベンダーに対して返品を求めることができることについて、各当事者間において明示又は
黙示の合意があるものと解される。
ところで、販売店から卸ないしベンダーへの返品が認められるのは、ユーザーがライセンス
契約に不同意の場合であるが、卸やベンダーは、直接ユーザーと契約関係に立つものでは
ないため、販売店からの返品請求がユーザーによるライセンス契約の不同意を理由とするも
のなのか否か明確には知り得ないであろう。そこで、関係当事者間での問題解決が迅速、円
滑に図られるため、提供契約時にユーザーに対して、ライセンス契約に不同意のため提供契
約を解除する場合は、その理由を記載した書面の提出を求める特約を合わせて締結しておく
ことが考えられる(かかる趣旨を明文化したものとして割賦販売法第30条の4第3項がある。)。
(5)返品不可の特約が明示されている場合
ユーザーがライセンス契約に不同意の場合、提供契約において黙示の解除権があると解
することが合理的であるが、不同意の場合であっても返品できないことが提供契約締結時、す
なわち販売店での代金支払時に明示されていた場合であっても、返品は認められるのだろう
か。
単に返品不可の特約が明示されていることのみを理由として返品を認めないと解することは
相当でなく、不同意の場合であっても返品できないことについて個別同意があったと認められ
る場合、例えば、返品ができない旨が販売店から口頭で説明されたり、媒体の外箱に明らか
に認識できるような形態で明示されていた場合において、これに同意の上、代金を支払った
場合に限り、ライセンス契約に不同意であることを理由として返品することができないものと解
される 2。
なお、不同意の場合であっても返品できないことに対して個別同意したユーザーは、代金
支払後に明示される契約内容に従ったライセンス契約を締結するよりほかない。もっとも、本準
則Ⅲ-2「ライセンス契約中の不当条項」の論点に該当する契約条項については、その効力が
2
通信販売によって販売する場合には、法定返品権(特定商取引法第15条の2。Ⅰ-5 「インターネット通販
における返品」の論点を参照)の適用があるため、販売店が特約を定めたとしても法定返品権を排除しうる適切
な表示がなければ法定返品権が認められることとなる(本文のように解するとライセンス契約に不同意であって
も返品ができない旨の個別同意があると認められるような表示が必要と解される。)。
46
認められない場合があることは当然であり、その場合、ユーザーは当該条項に拘束されること
はない。
47
最終改訂:平成24年○月
Ⅲ-1-2 情報財がオンラインで提供される場合
【論点】
オンライン契約画面を通じて、ベンダーのサーバーから情報財を有償でダウンロードした
場合、ライセンス契約に同意できないことを理由として情報財を返還・返金できる場合はあ
るか。
1.考え方
(1)オンライン契約時にライセンス契約内容が明示されている場合
ライセンス契約内容に同意の上、購入ボタン(契約ボタン)をクリックしたと解される場合は、
返還 1・返金はできない。
(ライセンス契約に同意したものと認められ返金はできないと思われる例)
・画面上のライセンス契約内容の明示の方法として、同意ボタンや購入ボタンは十分に目立つものと
し、単にダウンロードを進めるためのその他のボタンとは異なるように配した場合において、同意ボタ
ンをクリックした後に購入ボタンをクリックした場合
・契約条項が長大で一画面に表示しきれない場合は、最後までスクロールしないと同意ボタンをクリック
できないような構造とした場合において、同意ボタンをクリックした後に購入ボタンをクリックした場合
・
(ライセンス契約に同意しておらず返金が可能と思われる例)
・オンライン契約画面からリンクでライセンス契約画面に移行するような場合においてリンクが発見しづ
らく、かつ購入ボタンのクリックに際してライセンス契約についての同意が必要とされない場合
・
なお、いわゆるBtoC契約においては、契約の申込み内容を確認する措置が講じられてい
る場合、消費者自らが確認措置が不要である旨の意思の表明をしたときを除き、操作ミスによ
る消費者の申込みの意思表示は無効となる(電子契約法第3条、民法第95条)。
1
なお、ユーザーがダウンロードによって情報財の複製物を自己の管理する媒体に保存した場合,ユーザー
の記録媒体に複製された情報財を返還するということは事実上想定しがたく,実際にはダウンロードした情報
財の複製物(及び複製物からさらに複製されたもの一切)をユーザーの記録媒体から抹消すること等によって
ユーザーが以後使用できない状態を作り出すことにより返還(原状回復)したものと解される場合がほとんどと
思われる。原状回復義務の内容については、本準則Ⅲ-3-1「契約終了時におけるユーザーが負う義務の
内容」の論点の中の原状回復義務の内容についての説明を参照。
48
(2)オンライン契約時にライセンス契約締結の必要性が明示されていない場合
ライセンス契約は存在しないものと解されるので、ライセンス契約に同意できないことを理由
とする情報財の返還・返金の問題は生じない。ユーザーは著作権法の規定に反しないかぎり
自由に使用することが可能である。また、購入ボタンのクリック後(=代金支払後)にライセンス
契約が明示されたとしても、ユーザーは何ら拘束されない。
(ライセンス契約内容に拘束されないと思われる例)
・オンライン契約画面上にライセンス契約の存在について何ら表示されていない場合であって、ダウン
ロードしたファイルを解凍したら「readme.txt」というファイルが作成され、それを開くとライセンス契約内
容が表示されるような場合
・
なお、オンライン契約画面においてライセンス契約締結の必要性については明示されたも
のの、購入ボタンをクリックする以前にはライセンス契約内容を見ることができず、ダウンロード
後に初めてライセンス契約内容が明らかとなるような場合も考えられる。しかし、画面上におい
てライセンス契約内容を表示させることは極めて容易であることを勘案すれば、このような販売
方法は通常ないとも考えられるが、この場合もユーザーがライセンス契約に不同意の場合は、
当然返還・返金を求めることができると解される。
2.説明
(1)問題の所在
オンラインによる情報財の取引は、情報財の複製物たる媒体が引き渡されるのではなく、例
えばベンダーのサーバーから無体物たる情報財がユーザーのハードディスク等へダウンロー
ドされるものである。情報財がオンラインで提供される場合、ベンダーとユーザーとの間の契
約自体もオンライン上で行われることが通例である。また、現在のところベンダー又はその代
理店とユーザーとの間で直接取引されることが多い。
本項では、直接取引がなされる場合を想定して、このような形態のオンラインによる情報財
の取引に関する契約の内容について検討する 2。
2オンラインによる取引は特定商取引法上の通信販売に該当するが、情報財のダウンロード販売は、一般に特
定商取引法上の役務に該当すると考えられている。(本準則Ⅰ-5 「インターネット通販における返品」の論
点注1)
49
(2)ライセンス契約締結の必要性が事前に明示されていない場合
オンラインによる契約画面上、ライセンス契約締結の必要性が明示されていない場合、原則
として、本準則Ⅲ-1-1「情報財が媒体を介して提供される場合」の論点における情報財の複製
物の売買と同様、当該情報財を使用することについてライセンス契約による格別の条件を付さ
ず、情報財をダウンロードすることによってユーザーは情報財の複製物を自己の管理する媒
体に保存することを目的とする契約を締結したものと解される。この場合、ユーザーは、著作
権法の規定に反しない限り当該情報財を自由に使用することができ、ライセンス契約に同意で
きないことを理由とする情報財の複製物の返還の問題は生じない。また、情報財を購入する旨
のボタン(以下「購入ボタン」という。)のクリック後(=代金支払後)にライセンス契約が明示され
たとしても、ユーザーは何ら拘束されない。
(3)ライセンス契約締結の必要性が事前に明示されている場合
オンラインによる契約画面上、ライセンス契約締結の必要性が明示されている場合は、原則
として、ユーザーに対して情報財を提供(送信)するとともに当該情報財を一定範囲で使用収
益させることを内容とする契約、すなわち、ライセンス契約に情報財の提供(送信)が付加され
た契約を締結することになると解される。
この場合、さらに、①代金支払前にライセンス契約の内容が明示される場合と、②代金支払
前にライセンス契約の内容が明示されない場合に分けられるが、それぞれいつの時点でライ
センス契約が成立するものと解されるであろうか。
まず①の場合、代金支払前に契約画面上でライセンス契約の内容が明示され、当該ライセ
ンス契約の内容に同意した上で購入ボタンをクリックした場合は、原則として、購入ボタンをク
リックしたという情報が相手方のサーバーに記録された時点でライセンス契約を含めた契約全
体が成立する(電子契約法第4条)。なお、いわゆる BtoC 契約においては、契約の申込み内
容を確認する措置が講じられているとき、消費者自らが確認措置が不要である旨の意思の表
明をしたときを除き、操作ミスによる消費者の申込みの意思表示は無効となる(電子契約法第3
条、民法第95条)。
例えば、オンライン画面上のライセンス契約内容の明示の方法として、同意ボタンや購入ボ
タンは十分に目立つものとし、単にダウンロードを進めるためのその他のボタンとは異なるよう
に配したり、仮に契約条項が長大で1画面に表示しきれない場合は、最後までスクロールしな
いと同意ボタンをクリックできないような構造とした上で同意ボタンをクリックした後に購入ボタ
ンをクリックしたときは、ライセンス契約の成立が認められ、ユーザーは返金を求めることはで
きないと考えられる。
しかし、例えば、オンライン契約画面からリンクでライセンス契約画面に移行するような場合
においてリンクが発見しづらく、かつ購入ボタンのクリックに際してライセンス契約についての
同意が必要とされない場合等は、購入ボタンがクリックされていたとしても、ライセンス契約が
50
成立しておらず、ユーザーは返金を求めることができると考えられる。
次に②の場合、ユーザーがライセンス契約の内容を認識し、契約締結の意思を持って同意
ボタンをクリックしたときにライセンス契約を含めた契約全体が成立する。例えば、ダウンロード
後にファイルを解凍したら「readme.txt」というファイルが作成され、それを開くとライセンス契約
内容が表示されるというような場合は、ライセンス契約内容に不同意のときは、契約が成立しな
いので、ユーザーは返金を求めることができると解される。
ただし、オンライン契約の画面上にライセンス契約の内容を表示させることはベンダーにと
って容易であること、すなわち、媒体を介する取引形態とは異なり、ライセンス契約条項の全文
を明示することについての物理的な制約は通常ないことから、契約内容を事前に明示してい
ない以上、前記(2)と同様、当該情報財を使用することについてライセンス契約による格別の
条件を付さず、情報財をダウンロードすることによってユーザーは情報財の複製物を自己の
管理する媒体に保存することを目的とする契約を締結したものと解される場合もあり得ると思わ
れる。
51
最終改訂:平成24年○月
Ⅲ-1-3 重要事項不提供の効果
【論点】
情報財の提供に際してユーザーが代金を支払う際に、ベンダー又は販売店はどのような
情報を提供する必要があるか。またそのような情報を提供しなかった場合はどうなるか。
(例)
消費者が店頭で代金を支払って、販売店からパッケージソフトウェアを購入したが、ソフト
ウェアが使用できるOS環境の情報を販売店から提供されていなかったため、実際には消
費者のOS環境が適合せずソフトウェアを使用できなかった。この場合、返品・返金は可能
か。
1.考え方
(1)重要事項が不提供であった場合
情報財を使用する上で必要な情報(=重要事項)については、ベンダー又は販売店がユー
ザーに提供する義務が課されると解される場合があり、それが提供されなかった結果、ユーザ
ーが情報財を使用できなかった場合は、ユーザーは返品・返金を求めることができる可能性
がある(民法第1条第2項)。
(2)具体的な重要事項の内容
現時点では以下のものは重要事項に該当するのではないかと考えられる。
(重要事項に該当すると思われる事項)
・OSとプラットフォームソフトの種類とバージョン(なお、OS又はプラットフォームソフトのいずれか一つ
で足りる場合は、その一方。)
・CPUの種類と演算速度
・メインメモリの容量
・ハードディスクの容量
・
(3)情報提供の具体的方法
上記のような情報はベンダーしか知り得ないため、媒体型であれば外箱において、オンライ
ン型であれば契約画面上において表示されることが多いと考えられる。
52
(提供されたと思われる例)
・パッケージソフトの外箱の金額表示の近辺などユーザーにと
って気づきやすい位置に「動作環境」等の表示を付して枠で囲っ
て明示した場合(右記例)
・
<動作環境>
OS Winax4.0以降
CPU Putnm500MHz以上
メモリ 40MB以上
HDD 200MB以上
㈱◇ ◇ ◇ソフト
価格9800円
2.説明
(1)問題の所在
情報財は、他の財と比較してその使用環境への依存度が高く、それを使用するに当たって
の技術環境が異なると、全く作動しないケースもある。このため、例えば、ユーザーが店頭で
代金を支払って、販売店からパッケージソフトウェアの引渡しを受けたものの、それが使用でき
る動作環境の情報を提供されていなかったため、実際にプログラムを使用できない、といった
ことが起こり得る。この場合、ユーザーが提供契約を解除して、パッケージソフトウェアを販売
店に返品することは可能かが問題となる。
民法第1条第2項の信義則により、契約の締結に当たっては、契約の一方当事者に、相手
方に対する一定の情報提供の義務が課されると解されることがあり、その義務を履行しなけれ
ば、相手方は契約を解除することができる可能性がある。
そこで、情報財取引における本法理の適用関係は、具体的にどうなるかが問題となる。
(2)契約締結段階における情報提供義務
契約当事者間の情報や専門的知識に大きな格差がある場合は、その締結過程において、
信義則(民法第1条第2項)上、契約の締結に当たり重要である事項(以下「重要事項」という。)
の情報提供の義務が課される場合があると解されている。
情報財については、OSやプラットフォームソフト等の動作環境が合致しなければ、ユーザ
ーは情報財をそもそも使用することができない。したがって、情報財にとって動作環境の説明
は、提供時の付随義務としてではあるが情報財が使用できるか否かを判断する上での重要な
情報(重要事項)となる場合があり、信義則上、提供契約又はライセンス契約の締結に当たっ
て、最低限の動作環境が明示されることが必要となる場合があるものと解される。
53
(3)情報提供義務違反の効果
販売点に情報提供義務違反があった場合に、ユーザーは、つぎのような主張により、パッケ
ージソフトウェアを返品し、支払済み代金の返金を求めることができる可能性がある 1。
①錯誤・詐欺(民法第 95 条、同法第 96 条)
動作環境等の重要事項に関する正確な情報が提供されていれば、ユーザーは自己の使用
環境に適合しないソフトウェアを購入することはなかったとして、売買契約の錯誤による無効
(民法第 95 条)を主張し、返品・返金を求めることが考えられる。また、販売店がユーザーを欺
罔する意図で重要事項につきあえて告知せずソフトウェアを販売し、その結果ユーザーが重
要事項につき誤信してソフトウェアを購入したという場合であれば、売買契約の詐欺による取
消(民法第96条第1項)をし、返品・返金を求めることも考え得る。
②消費者契約第4条第2項による取消
ベンダー又は販売店が故意に重要事項について告知せず、その結果、ユーザーが動作環
境等の自己の使用に不利益な事実は存在しないと誤信してパッケージソフトウェアを購入した
という場合には、ユーザーは、消費者契約法第4条第2項に基づき、売買契約の取消を主張し、
返品・返金を求めることが考えられる。
(4)情報提供義務の内容
ユーザーが代金を支払ったにもかかわらず動作環境が明示されなかったため情報財を使
用することができない場合は、提供契約やライセンス契約の解除という形でユーザーの保護
が図られる可能性がある。
また、具体的に表示すべき動作環境の必須事項としては、実際にトラブルとなっている実態
から整理すると、例えば、以下のような項目が必須項目として該当するものと考えられる。
・OS及びプラットフォームソフトの種類及びバージョン(なお、OS又はプラットフォームソフトの
いずれか一つで足りる場合はその一方。)
・CPUの種類及び演算速度
・メインメモリの容量
・ハードディスクの容量
1
最高裁平成23年4月22日第二小法廷判決・民集65巻3号1405頁は、契約の一方当事者が契約の締結に先
立ち信義則上の説明義務に違反して契約の締結に関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しな
かった場合の債務不履行責任について、その一方当事者は、相手方が当該契約を締結したことにより被った
損害につき、不法行為による賠償責任を負うことがあるのは格別、当該契約上の債務の不履行による賠償責任
を負うことはない、と判断した。同判旨に従えば、ベンダー又は販売店がパッケージソフトウェアを販売するに
先立ちユーザーに対する重要事項の情報提供義務違反があったとしても、同義務の違反は売買契約におけ
る債務不履行とはならず、ユーザーは、本文中に記述した錯誤等による契約の無効・取消により返品・返金を
求めるか、不法行為による損害賠償責任の追及を検討することとなろう。
54
(5)情報提供の具体的方法
上記のような情報はベンダーしか知り得ないため、媒体型であれば外箱において、オンライ
ン型であれば契約画面上において表示されることが多いと考えられる。例えば、媒体型の場
合においては、外箱の金額表示の近辺等ユーザーにとって気づきやすい位置に「動作環境」
等の表示を付して枠で囲って明示したような場合は、情報が提供されたものと解される。ただ
し、販売店がベンダーから情報を受け取って、ユーザーへの引渡し時に当該情報を提供して
もよいことは言うまでもない。
55
策定:平成24年○月
【7】Ⅲ-2 当事者による契約締結行為が存在しないライセンス契約の成立
【論点】
システム会社がソフトウェアをハードウェアにインストールしてユーザー会社に販売する
際、ユーザー会社が自らソフトウェアの使用許諾契約を締結する行為を行っていないような
場合、当該ユーザー会社にソフトウェアの使用許諾が適用されるのか。
1.考え方
システム会社がソフトウェアをハードウェアにインストールしてユーザー会社に販売するような
場合で、ユーザー会社が自らソフトウェアの使用許諾契約を締結する行為を行っていないよう
なとき、ソフトウェア会社の使用許諾条件がユーザー会社に適用されない可能性がある 1。
2.説明
(1)問題の所在
ソフトウェア会社はソフトウェアを販売する際、ユーザー会社と使用許諾契約 2を締結し、これ
により、ソフトウェア会社とユーザー会社間でユーザーのソフトウェアの使用条件やソフトウェア
会社の免責条件などが規律される。
しかし、システム会社がソフトウェアをハードウェアにインストールしてユーザーに販売するよ
うな場合には、外形上、実際にソフトウェアを使用するユーザー会社と契約の締結行為を行う当
事者が異なるように見える場合がある 3。このような場合には、一見するとユーザー会社が使用
許諾契約を締結する行為を行っているとは言えないため、ユーザー会社が使用許諾契約に拘
束されるか否かについて紛争が生じる可能性がある。そこで、本問では、このような場合に、ユ
ーザー会社がソフトウェア会社の使用許諾契約に拘束されるか否か、またどのような場合に拘
束されるかについて検討する 4。
1
本稿で、ソフトウェア会社とは、ソフトウェアを開発しユーザーその他第三者にこれを提供することを事業として行う者を想定し、
システム会社とはコンピューターをユーザーに提供することを事業として行う者を想定する。
2
書面による契約のみならずシュリンクラップ契約やクリックオン契約の場合、ウェブサイト上での契約の場合もある。
3
本稿においては、システム会社によりインストールされるケースをモデルケースとしているが、インストール代行業者やパソコン
の購入時に販売店がソフトウェアのインストールを行うような場合も同様に問題が生じる可能性がある。
4
本稿ではBtoBにおけるシステム取引を念頭に置く。なお、このような問題点は外形上、本人が契約締結行為を行わないように
見える他の取引についても問題となり得るが、取引の客体、取引慣行等が異なる他の取引については別途考察が必要であろう。
56
(2)前提(可能性のある契約形態)
システム会社がソフトウェアをハードウェアにインストールしてユーザー会社に販売するような
場合に、考え得る契約形態としては、以下のような類型が考えられる。
ア)直接使用許諾契約が締結される場合(直接ライセンス型)
通常パッケージソフトウェアについては、書面による契約、シュリンクラップ契約又はクリック
オン契約等によりソフトウェア会社はユーザー会社との使用許諾契約を締結する。特に、大
規模なシステム導入などの場合には、ユーザー会社がソフトウェア会社よりボリュームライセ
ンスにより使用許諾を得ることも多く、このような場合には問題は生じにくい。
実際にソフトウェア会社がシステム会社にソフトウェアを提供する場合、以下のソフトウェア
会社とシステム会社間の契約(α契約)には、以下のような条項が設けられている場合が多い。
[α-1]
システム会社は、当社(ソフトウェア会社)の定める使用許諾契約をユーザーに同意させるものとしま
す。
このような条項に対応する形で、システム会社がユーザー会社との間で締結する契約(β
契約)に、以下のような条項が設けられている。
[β-1]
当社のシステムに組み込まれている、当社が第三者から使用許諾を受けているソフトウェアについて
は、ユーザー会社は当該第三者の定める使用許諾契約を締結するものとします。
これらの条項に基づいて、ソフトウェア会社とユーザー会社間で使用許諾契約が締結され
るのが一般的である。
57
ソフトウェア会社
システム会社
α契約
β契約
使用許諾契約
ユーザー会社
イ)間接的に使用許諾契約が成立する場合(サブライセンス型)
また、ソフトウェア会社がシステム会社を通じて間接的にユーザー会社に使用許諾を与え
る場合がある。
このような場合、α契約には、以下のような契約条項が設けられていることが多い。
[α-2]
当社(ソフトウェア会社)の定める使用許諾条件に従った使用許諾契約に基づき、ユーザー会社に対し
てソフトウェアの使用を許諾することができます。
この場合、ユーザー会社は、システム会社とユーザー会社間のβ契約の使用許諾条件に
拘束されることとなる。
ソフトウェア会社
システム会社
α契約
使用許諾契約
β契約
使用許諾契約
ユーザー会社
(3)問題となる場合
上記(2)ア)又はイ)のような枠組みでシステムに含まれるソフトウェア会社の使用許諾契約
が締結されるのが通常であるが、システムの導入に際しては、受発注書取引が行われることも
58
少なからず存在し、システム会社の説明が不十分な場合や、ユーザー会社がソフトウェアの使
用許諾というものについて十分な意識を有していないことも多い 5。そのため、以下のような問
題が生じる可能性がある。
・上記(2)ア)のような契約条項が存在しており、直接ソフトウェア会社とユーザー会社間を拘
束する枠組みが存在している場合でも、ソフトウェアの使用許諾契約がシュリンクラップ契約や
クリックオン契約の形態をとっている場合には、実際にインストール作業を行うのはシステム会
社である。そのため、ユーザー会社が形式的には契約条項に「同意」していないという事態が
生じる。
・さらに、上記(2)ア)又はイ)のような枠組み自体が整っていない場合や、運用上α契約の
契約条項が遵守されていないような場合にも同様の可能性がある 6。
2.考え方
(1)上記(2)ア)の場合、ユーザー会社はシステム会社との間で少なくともシステム一式に関
する売買契約等の契約を締結しており、当該システムにインストールされるであろうソフトウェア
については、自らインストールする代わりに、いわば手足としてシステム会社に行ってもらって
いると評価でき、インストールの過程でソフトウェアのパッケージを開封することや、インストール
時の同意ボタンをクリックする行為は、ユーザー自身の意思表示と評価し得る場合が多いであ
ろう 7。
また、システム会社をユーザー会社の意思表示の伝達機関と認めるのが困難な場合でも、
第三者のソフトウェア会社のソフトウェアがインストールされたハードウェアを購入する場合には、
使用許諾契約の締結について、黙示的な代理権授与行為があったと認められる場合も少なか
らず存在するように思われ、そのような場合には、ソフトウェア会社による使用許諾契約の締結
行為は、代理行為として、有効にユーザー会社を拘束するものと考えられる(民法第 99 条、同
第 100 条参照)。
そして、上記(2)イ)の場合にも同様に考えることができる場合が多いであろう。
5
一般論として、契約書の管理体制が不十分なユーザー会社では、詳細な使用許諾条件については十分な
検討が行われずに、専らシステムの機能面と代価にのみ着目して取引が行われる場合がある。
6
契約の枠組みが整っているにも関わらず、α契約が遵守されていないような場合にはシステム会社はソフト
ウェア会社に対して債務不履行責任を負う可能性がある。
7
完成した意思表示を伝達するものとして、使者としての行為と考えられる。
59
(2)多くの場合、上記のように考えられるとしても、使用許諾条件として一般的なユーザー会
社の認識と齟齬が生じるような条項が存在する場合、例えば、従来、使用期間を定めずに広く
提供されていたソフトウェアに使用期間が設けられた場合や、事由の如何を問わずソフトウェア
の瑕疵についてソフトウェア会社が一切免責される条項が存在するような場合には、直ちにユ
ーザー会社に対してそれらの条項の効果が及ばないとユーザー会社から主張される可能性が
ある。
また、ユーザー会社が全くその存在を認識できないようなソフトウェアについても、使者又は
代理と構成して、有効に使用許諾契約が締結されたと考えるのが困難な場合も全く考えられな
いわけではない。例えば、システム会社とユーザー会社の受発注書や仕様書に明記されてい
ないソフトウェアがシステムに組み込まれているような場合、ユーザー会社がシステム会社との
契約時にその存在すら認識していない可能性があり、このようなソフトウェアについても、上記
(1)のような考え方に基づき、ユーザー会社に使用許諾契約の拘束力を及ぼすのは困難であ
るとユーザー会社から主張されることも想定され得る 8。
そこで、後日の紛争を可及的に防止するためにも、以下の諸点に留意することが望まれる。
ア)ソフトウェア会社
・上記(2)ア)及びイ)のような枠組みを作るために、α契約の契約条項を整備する。
・上記(2)ア)の場合には、ユーザー会社がソフトウェア会社の定める使用許諾条項を確認
できる環境を整備する。9
イ)システム会社
・ユーザー会社に提供するシステムに組み込まれるソフトウェアについては、その使用許諾
条件をあらかじめ確認する。
・ソフトウェア会社とユーザー会社間の紐付けが可能となるよう、使用許諾契約の締結が必
要と思われるソフトウェアの存在を念頭にβ契約の契約条項を整備する。
8
ユーザー会社からその存在を認識することが困難なソフトウェアは通常、ユーザー会社とシステム会社間の
見積書や受発注書などの取引書面上も明記されていない場合もある。個別のケースにもよるであろうが、この
ような場合にまで、使者又は代理行為として契約条項の拘束力をユーザー会社に及ぼすことは困難な場合も
想定され得ないわけではない。
なお、そのような場合には、使用許諾(ライセンス契約)はそもそも成立していなかったこととされる可能性があ
る(Ⅲ-3-1.2(2)参照)。
9
仮に、ユーザー会社がシステム会社と契約を締結する前に使用許諾契約がユーザーに提供されていない
場合でも、事後的にこれを提供し、ユーザー会社から特にクレーム等が発生しなかった場合には、追認(民法
第116条)があったものと認められる可能性がある。
60
・ユーザー会社に対して、ソフトウェア会社の使用許諾条件を提供する等、ソフトウェアの使
用許諾条件を理解してもらえるよう努める 10。
ウ)ユーザー会社
・自ら導入するシステムに含まれるソフトウェアの使用許諾契約の各条項を事前に確認する。
10
個別のケースにもよるが、システム会社からソフトウェアの使用許諾契約(条件)を提示されながら、自らその
確認を怠っているようなユーザー会社は、その内容を知らないことを理由に使用許諾契約に拘束されないと主
張することは困難であろう。
61
策定:平成24年○月
【8】Ⅳ-6 外国判決・外国仲裁判断の承認・執行
【論点】
我が国のインターネット事業者又はインターネット取引利用者が外国において訴訟を提起
されて被告となり、敗訴判決を受けた場合、日本で強制執行される可能性はあるか。また、
外国判決にもとづいて日本において強制執行できる場合、どのような手続を経て強制執行
されるのか。外国を仲裁地とする仲裁における仲裁判断についてはどうか。
1.考え方
(1)外国判決の承認・執行
外国裁判所がした確定判決は、以下の要件を満たす場合に限り、日本での効力を認められ
る。
①その判決をした外国裁判所が、その事件について、法令又は条約により裁判権を有し
ていること、
②敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達を受けたこと、又はこれ
を受けなかったが応訴したこと、
③判決の内容と訴訟手続が、日本の公序良俗に反しないこと、
④その判決をした外国裁判所の属する国が、日本の裁判所がした判決を承認しているこ
と。
外国裁判所がした勝訴判決を日本で執行しようとする場合、勝訴した当事者は、日本の裁
判所に対し、「執行判決を求める訴え」を提起する必要がある。裁判所は、その外国判決が確
定判決であり、かつ上記 4 つの要件を満たすと認める場合には、「その判決に基づく強制執
行を許す」ことを内容とする執行判決を下す。その際に、日本の裁判所は、外国判決の内容の
当否については審査しない。
執行判決が確定した場合、その執行判決のある外国判決を債務名義として、強制執行を行
うことができる(民事執行法第22条第6号)。
(2)外国仲裁判断の承認・執行
外国を仲裁地としてされた仲裁判断についても我が国における承認及び執行を考えること
ができ、外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(ニューヨーク条約)により認められる場
合、その他の条約(ジュネーブ議定書及びジュネーブ条約、ICSID条約等)により認められる
場合、我が国の仲裁法により認められる場合がある。
ニューヨーク条約による承認・執行の要件と我が国の仲裁法による承認・執行の要件はおお
むね共通しており、①仲裁合意の有効性、②手続における防禦の機会の確保、③仲裁合意
の範囲内における判断、④仲裁機関の構成及び仲裁手続の適切性、⑤仲裁判断の確定、⑥
62
紛争対象事項の仲裁適格、⑦公序良俗違反の不存在である。
外国仲裁判断を日本で執行しようとする場合、有利な仲裁判断を得た当事者は、日本の裁
判所に対し、「執行決定を求める申立て」を行う必要がある。裁判所は、条約又は法律が定め
る要件を審査し、要件すべてを充たすと認める場合には、「その仲裁判断に基づく強制執行を
許す」ことを内容とする執行決定をする。その際、日本の裁判所は、外国仲裁判断の内容の当
否については審査しない。
執行決定が確定した場合、その執行決定のある外国仲裁判断を債務名義として、強制執行
を行うことができる(民事執行法第22条第6号の2)。
2.説明
(1)問題の所在・制度の根拠
海外の利用者が原告となり、我が国のインターネット事業者を被告として外国の裁判所に訴
訟を提起し、その外国の裁判所が被告であるインターネット事業者を敗訴させる判決をしたに
もかかわらず、被告が自主的に支払等を行わない場合、原告である海外の利用者は、被告で
あるインターネット事業者の財産に対し強制執行を行いたいと考えるであろう。ここで、その被
告が、判決をした外国裁判所の属する国に、不動産であれ銀行預金であれ、なんらかの資産
を有していれば、その資産を対象に強制執行を行うことができる。しかし、被告がその国に何
の資産も有していない場合、原告は、被告であるインターネット事業者が我が国に有する資産
に対し、強制執行を行いたいと考えると思われる。海外のインターネット事業者が、我が国の
利用者を被告として外国の裁判所に訴訟を提起し、勝訴した場合も同様の問題が生ずる。
しかし、外国の裁判所がした判決は、我が国においてその効力が当然に認められるわけで
はないし、その判決をもって当然に我が国において強制執行を行えるわけではない。そこで
は、一定の要件を充足する必要がある。これが、外国判決の承認・執行と呼ばれる問題である。
また、同様の紛争が、外国における仲裁手続において審理され、仲裁判断がされることもあ
りうる。この場合にも、その仲裁判断に基づき我が国において強制執行をするためには、一定
の要件を充足する必要がある。
(2)外国判決の承認
民事訴訟法第 118 条は、以下のように規定している。
(外国裁判所の確定判決の効力)
第118条
外国裁判所の確定判決は、次に掲げる要件のすべてを具備する場合に限り、
その効力を有する。
一
法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること。
二
敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達(公示送達その他これ
に類する送達を除く。)を受けたこと又はこれを受けなかったが応訴したこと。
63
三
判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと。
四
相互の保証があること。
すなわち、外国裁判所の確定判決は、これらの要件を満たす場合には、日本においてもそ
の効力が認められる。最高裁判所第三小法廷判決平成10年4月28日民集52巻3号853頁は、
これらの要件についての最高裁判所の基本的な考え方を示す先例的な判決である。
「確定判決」とは、判決国において、当該判決につき許される通常の不服申立手段が尽きた
状態を意味する。したがって、例えば、ある国の第一審で下された判決が控訴審に係属中の
場合は、「確定判決」には当たらない。
民事訴訟法第118条第1号にいう「法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められる
こと。」とは、当該外国裁判所が当該事件について裁判権を有するということである(いわゆる
間接管轄の要件)。この要件を満たすかどうかは、一般に、承認国である我が国の国際裁判管
轄の規定を適用した場合に、その事件について当該外国裁判所が国際裁判管轄を有すると
認められるかにより判断されると解されており、「民事訴訟法及び民事保全法の一部を改正す
る法律」(平成23年法律第36号。平成24年4月1日施行)による改正後の民事訴訟法の規定
する国際裁判管轄(直接管轄)の規律は、間接管轄の要件を満たすかどうかを判断するにあ
たり参照されることになると考えられる 1。民訴法第118条第2号の送達要件は、敗訴した被告
が、敗訴判決の手続開始段階から自己の利益を守るために関与できる機会を保障しようとす
るものである。この観点から、公示送達(一定の公の場所に訴状、呼出状等を掲示することに
より訴訟の開始の通知があったことを擬制するもの)は、実際に国外にいる被告が訴訟の開始
を了知する可能性が極めて低いため、除外されている。
外国からの裁判上の文書の送達は、2国間の司法共助取極又は2国間条約による場合、多
国間条約である「民事訴訟手続に関する条約」(民訴条約)又は「民事又は商事に関する裁判
上及び裁判外の文書の外国における送達及び告知に関する条約」(送達条約)による場合、
必要の都度外交ルートを通じた要請を受けて行われる場合がある。これらの方法による送達
があった場合、民訴法第118条第2号の要件が充足される。
これらの方法によらない送達が行われた場合、その後にされた外国判決の効力が日本にお
いて承認されるかは問題である。特に、英米法の国(英国、米国、香港等)では、原告から被
告に対し、裁判所を通さず郵便で直接訴状が送付されることにより送達が行われるので、これ
らの国から我が国に在住する被告に対し、国際郵便で直接訴状が送付されることがある。この
ような方法による訴状の送付は、民訴法118条第2号の「送達」に該当しないとして、外国判決
1
なお、前記平成10年最高裁判例は、間接管轄の範囲について、基本的には我が国の民事訴訟法の定める
土地管轄の規定に準拠しつつ、個々の事案における具体的事情に即して、条理に照らし判断すべきものであ
る旨判示していた。
64
の効力を否定した裁判例もある 2が、日本は民訴条約10条(a)について拒否の宣言をしてい
ないため肯定すべきとの学説もあるので、国際郵便で直接訴状を受け取った場合には、弁護
士に相談するなど、慎重な対応が必要である。
民訴法第118条第3号後段は、訴訟手続が日本における公序良俗に反しないことを求めて
いる。送達以外の点でも最低限必要な手続保障が確保されていたかどうかを審査する要件で
ある。
民訴法第118条第3号前段は、判決の内容が日本における公序良俗に反しないことを求め
ている。ただし、日本の裁判所が外国判決の当否そのものを再審査することは許されない(民
事執行法第24条第2項)ので、この条項に基づく審査は極めて限定的である。実例としては、
賃貸借契約について欺罔行為を行ったことを理由として、補償的損害賠償に加えて懲罰的損
害賠償の支払を命じた米国カリフォルニア州裁判所の判決について、補償的損害賠償の部
分の強制執行は許したものの、懲罰的損害賠償の支払を命ずる部分については公序良俗違
反を理由に強制執行を許さないとした最高裁判所第二小法廷判決平成9年7月11日民集51
巻6号2573頁が存在する。
民訴法第118条第4号は、「相互の保証」を要求している。相互の保証とは、承認の対象で
ある判決をした外国裁判所の属する国でも、日本の裁判所がした判決の承認・執行が認めら
れることをいう。過去の裁判例において、いくつかの国について、相互の保証の有無が判断さ
れている 3が、当該外国における日本の裁判所がした判決の取扱いが変更される可能性があ
るので、最新の情報に注意する必要がある。
(3) 外国判決の執行
民事執行法第22条によれば、強制執行を行うには、所定の「債務名義」が必要とされる。債
務名義としては、我が国の裁判所がした確定判決(同条第1号)、確定していなくても、仮執行
宣言が付された我が国の裁判所がした判決(同条第2号)、執行受諾文言付き公正証書(執行
証書。同条第5号)などがあるが、「確定した執行判決のある外国裁判所の判決」もまた、債務
名義となる(同条第6号)。
外国裁判所の判決について執行判決を得る手続は、民事執行法第24条が定めている。
(外国裁判所の判決の執行判決)
2
前記最高裁平成10年4月28日判決。
米国ニューヨーク州、カリフォルニア州、ネバダ州、ハワイ州、コロンビア特別区、英国、ドイツ連邦共和国、ス
イス連邦チューリヒ州、香港、オーストラリア連邦クイーンズランド州、シンガポール共和国、大韓民国の判決が
承認された例がある。他方、相互の保証が否定された例としては、ベルギー王国及び中華人民共和国がある。
3
65
第 24 条
外国裁判所の判決についての執行判決を求める訴えは、債務者の普通裁判籍
の所在地を管轄する地方裁判所が管轄し、この普通裁判籍がないときは、請求の目的又は差
し押さえることができる債務者の財産の所在地を管轄する地方裁判所が管轄する。
2
執行判決は、裁判の当否を調査しないでしなければならない。
3
第一項の訴えは、外国裁判所の判決が、確定したことが証明されないとき、又は民事訴
訟法第百十八条 各号に掲げる要件を具備しないときは、却下しなければならない。
4
執行判決においては、外国裁判所の判決による強制執行を許す旨を宣言しなければ
ならない。
すなわち、外国判決を日本において執行することを希望する者は、裁判所に対し、「執行判
決を求める訴え」を提起する。この訴訟を受けた裁判所は、前項で説明した外国判決の承認
要件を審査し、各要件が充足されていると判断した場合は、その判決による強制執行を許すこ
とを宣言する執行判決をする。
確定した執行判決を得た当事者は、執行文の付与を受けて、その判決のある外国裁判所
の判決を債務名義として、例えば、裁判所に対して不動産執行(競売)や債権差押えの申立て
を行ったり、執行官に対して動産執行の申立てを行ったりすることができる。
(4) 外国仲裁判断の承認・執行
外国仲裁判断については、個別の2国間条約等が、条約締結国の国民・法人を当事者とす
る仲裁判断について、その承認・執行の要件を定めている場合がある。例えば、日米友好通
商航海条約4条2項は、
一方の締約国の国民又は会社と他方の締約国の国民又は会社との間に締結された仲
裁による紛争の解決を規定する契約・・・に従って正当にされた判断で,判断された地の
法令に基いて確定しており,且つ,執行することができるものは,公の秩序及び善良の風
俗に反しない限り,いずれの一方の締約国の管轄裁判所に提起される執行判決を求める
訴に関しても既に確定しているものとみなされ,且つ,その判断についてその裁判所から
執行判決の言渡を受けることができる。その言渡があつた場合には,その判断に対しては,
その地でされる判断に対して与える特権及び執行の手段と同様の特権及び執行の手段を
与えるものとする。
と定めている。よって、米国の国民又は会社と我が国の国民又は会社を当事者とする仲裁判
断は、この条項が定める要件を満たす限り、我が国においてもその仲裁判断に基づいて強制
執行をすることができる(仲裁地を問わない。)。
また、外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(ニューヨーク条約)の加盟国(現在、
66
130 カ国以上)でなされた仲裁判断については 4、一定の要件を満たす限り、我が国において
強制執行をすることができる。その要件は、ニューヨーク条約第 5 条が、以下のとおり定めて
いる。
ニューヨーク条約第 5 条
1.判断の承認及び執行は、判断が不利益に援用される当事者の請求により、承認及び
執行が求められた国の権限のある機関に対しその当事者が次の証拠を提出する場合
に限り、拒否することができる。
(a) 第2条に掲げる合意の当事者が、その当事者に適用される法令により無能力者で
あったこと又は前記の合意が、当事者がその準拠法として指定した法令により若し
くはその指定がなかったときは判断がされた国の法令により有効でないこと。
(b) 判断が不利益に援用される当事者が、仲裁人の選定若しくは仲裁手続について適
当な通告を受けなかったこと又はその他の理由により防禦することが不可能であっ
たこと。
(c) 判断が、仲裁付託の条項に定められていない紛争若しくはその条項の範囲内にな
い紛争に関するものであること又は仲裁付託の範囲をこえる事項に関する判定を
含むこと。ただし、仲裁に付託された事項に関する判定が付託されなかった事項に
関する判定から分離することができる場合には、仲裁に付託された事項に関する
判定を含む判断の部分は、承認し、かつ、執行することができるものとする。
(d) 仲裁機関の構成又は仲裁手続が、当事者の合意に従っていなかったこと又は、そ
のような合意がなかったときは、仲裁が行なわれた国の法令に従っていなかったこ
と。
(e) 判断が、まだ当事者を拘束するものとなるに至っていないこと又は、その判断がさ
れた国若しくはその判断の基礎となった法令の属する国の権限のある機関により、
取り消されたか若しくは停止されたこと。
2.仲裁判断の承認及び執行は、承認及び執行が求められた国の権限のある機関が次の
ことを認める場合においても、拒否することができる。
(a) 紛争の対象である事項がその国の法令により仲裁による解決が不可能なものであ
ること。
(b) 判断の承認及び執行がその国の公の秩序に反すること。
さらに、仲裁判断の承認・執行について定めた個別の条約がなく、ニューヨーク条約の加盟
4
我が国はニューヨーク条約の適用について相互主義の留保(第1条3項)を行っているので、同条約は、同条
約の加盟国で行われた仲裁についてのみ適用される。
67
国でもない国・地域(例:台湾)でなされた仲裁判断についても 5、我が国の仲裁法が定める一
定の要件を満たす限り、我が国において強制執行をすることができる。仲裁法第 45 条が、そ
の承認・執行要件を以下のとおり定めている。
仲裁法第45条
1 仲裁判断(仲裁地が日本国内にあるかどうかを問わない。以下この章において同じ。)
は、確定判決と同一の効力を有する。ただし、当該仲裁判断に基づく民事執行をする
には、次条の規定による執行決定がなければならない。
2
前項の規定は、次に掲げる事由のいずれかがある場合(第一号から第七号までに掲
げる事由にあっては、当事者のいずれかが当該事由の存在を証明した場合に限る。)
には、適用しない。
一
仲裁合意が、当事者の行為能力の制限により、その効力を有しないこと。
二
仲裁合意が、当事者が合意により仲裁合意に適用すべきものとして指定した法令
(当該指定がないときは、仲裁地が属する国の法令)によれば、当事者の行為能力
の制限以外の事由により、その効力を有しないこと。
三
当事者が、仲裁人の選任手続又は仲裁手続において、仲裁地が属する国の法令
の規定(その法令の公の秩序に関しない規定に関する事項について当事者間に
合意があるときは、当該合意)により必要とされる通知を受けなかったこと。
四
当事者が、仲裁手続において防御することが不可能であったこと。
五
仲裁判断が、仲裁合意又は仲裁手続における申立ての範囲を超える事項に関す
る判断を含むものであること。
六
仲裁廷の構成又は仲裁手続が、仲裁地が属する国の法令の規定(その法令の公
の秩序に関しない規定に関する事項について当事者間に合意があるときは、当該
合意)に違反するものであったこと。
七
仲裁地が属する国(仲裁手続に適用された法令が仲裁地が属する国以外の国の
法令である場合にあっては、当該国)の法令によれば、仲裁判断が確定していな
いこと、又は仲裁判断がその国の裁判機関により取り消され、若しくは効力を停止
されたこと。
八
仲裁手続における申立てが、日本の法令によれば、仲裁合意の対象とすることが
できない紛争に関するものであること。
九
仲裁判断の内容が、日本における公の秩序又は善良の風俗に反すること。
(第3項略)
5
個別の条約とニューヨーク条約のどちらが優先的に適用されるか(あるいはどちらも適用されるか)という点に
ついては、個別条約の内容によるので、注意が必要である。
68
ニューヨーク条約が定める要件と仲裁法が定める要件は、表現は多少異なるものの、概ね
共通しており、①仲裁合意の有効性、②手続における防禦の機会の確保、③仲裁合意の範
囲内における判断、④仲裁機関の構成及び仲裁手続の適切性、⑤仲裁判断の確定、⑥紛争
対象事項の仲裁適格、⑦公序良俗違反の不存在である。このように、日本の裁判所による審
査の対象は主に手続的要件であり、外国仲裁判断の中身の当否については審査しないこと
は、外国判決の承認・執行について述べたところとほぼ同様である。
外国仲裁判断に基づいて日本において強制執行するためには、手続として、我が国の裁判
所において「執行決定」を得て、これを確定させる必要がある(民事執行法第22条第6号の2)
が、執行決定を得る手続は、仲裁法第46条に定められている。すなわち、外国仲裁判断に基
づいて強制執行をしようとする者は、強制執行の相手方である債務者を被申立人として、裁判
所に対し、執行決定を求める申立てをすることができる(同条第1項)。申立人は、仲裁判断書
の写し、当該写しの内容が仲裁判断書と同一であることを証明する文書及び仲裁判断書の日
本語による翻訳文を提出しなければならない(同条第2項)。裁判所は、法定の要件が具備さ
れているか否かを審査し、それが認められれば、仲裁判断に基づく民事執行を許す旨の執
行決定をしなければならない(なお、仲裁法第45条に基づく外国仲裁判断の強制執行では
なく、個別の条約やニューヨーク条約に基づく外国仲裁判断の強制執行の場合でも、手続と
しては、執行決定を得て強制執行をなすことになろう。)。
69
Ⅰ-1 オンライン契約の申込みと承諾
最終改訂:平成24年○月
【9】Ⅰ-1-1 契約の成立時期(電子承諾通知の到達)
【論点】
電子契約の成立時期である承諾通知が到達した時点(電子契約法第4条)とは、具体的
にいつか。
1.考え方
(1)電子メールの場合
承諾通知の受信者(申込者)が指定した又は通常使用するメールサーバー中のメールボッ
クスに読み取り可能な状態で記録された時点である。
①承諾通知の受信者(申込者)のメールサーバー中のメールボックスに記録された場合
(該当する例(契約成立))
・承諾通知が一旦メールボックスに記録された後にシステム障害等により消失した場合
・
(該当しない例(契約不成立))
・申込者のメールサーバーが故障していたために承諾の通知が記録されなかった場合
・
②読み取り可能な状態で記録された場合
(該当しない例(契約不成立))
・送信された承諾通知が文字化けにより解読できなかった場合
・添付ファイルによって通知がなされた場合に申込者が復号して見読できない場合(申込者が有してい
ないアプリケーションソフトによって作成されたため、復号して見読できない場合など)
・
(2)ウェブ画面の場合
申込者のモニター画面上に承諾通知が表示された時点である。
2.説明
(1)電子契約の成立時期(承諾通知の到達)
電子メール等の電子的な方式による契約の承諾通知は原則として極めて短時間で相手に
到達するため、隔地者間の契約において承諾通知が電子メール等の電子的方式で行われる
70
場合には、民法第526条第1項及び第527条が適用されず、当該契約は、承諾通知が到達し
たときに成立する(電子契約法第4条、民法第97条第1項)。
なお、「本メールは受信確認メールであり、承諾通知ではありません。在庫を確認の上、受
注が可能な場合には改めて正式な承諾通知をお送りします。」といったように、契約の申込へ
の承諾が別途なされることが明記されている場合などは、受信の事実を通知したにすぎず、そ
もそも承諾通知には該当しないと考えられるので、注意が必要である 1。
(2)「到達」の意義
この到達の時期について民法には明文の規定はないが、意思表示の到達とは、相手方が
意思表示を了知し得べき客観的状態を生じたことを意味すると解されている。すなわち、意思
表示が相手方にとって了知可能な状態におかれたこと、換言すれば意思表示が相手方のい
わゆる支配圏内におかれたことをいうと解される(最高裁昭和36年4月20日第一小法廷判決・
民集15巻4号774頁、最高裁昭和43年12月17日第三小法廷判決・民集22巻13号2998
頁)。
電子承諾通知の到達時期については、相手方が通知に係る情報を記録した電磁的記録に
アクセス可能となった時点をもって到達したものと解される。例えば、電子メールにより通知が
送信された場合は、通知に係る情報が受信者(申込者)の使用に係る又は使用したメールサ
ーバー中のメールボックスに読み取り可能な状態で記録された時点であると解される。具体的
には、次のとおり整理されると考えられる。
①相手方が通知を受領するために使用する情報通信機器をメールアドレス等により指定し
ていた場合や、指定してはいないがその種類の取引に関する通知の受領先として相手方が
通常使用していると信じることが合理的である情報通信機器が存在する場合には、承諾通知
がその情報通信機器に記録されたとき、②①以外の場合には、あて先とした情報通信機器に
記録されただけでは足りず、相手方がその情報通信機器から情報を引き出して(内容を了知
する必要はない。)初めて到達の効果が生じるものと解される。
なお、仮に申込者のメールサーバーが故障していたために承諾通知が記録されなかった
場合は、申込者がアクセスし得ない以上、通知は到達しなかったものと解するほかない。
他方、承諾通知が一旦記録された後に何らかの事情で消失した場合、記録された時点で通
知は到達しているものと解される。
1
東京地裁平成17年9月2日判決・判時1922号105頁は、インターネットショッピングモールでの商品の売買
契約において、利用者からの購入申込みに対してモール運営事業者が返信した受注確認メールはモール運
営事業者が送信したものであり、権限ある売主(出品者)が送信したものではないから権限あるものによる承諾
がなされたと認めることはできない、と判断した。また、受注確認メールの趣旨について、買い手となる注文者
の申込みが正確なものとして発信されたかをサイト開設者が注文者に確認するものであり、注文者の申込の意
思表示の正確性を担保するものにほかならない、と指摘している。
71
(3)「読み取り可能な状態」の意義
送信された承諾通知が文字化けにより解読できなかった場合(なお、解読できないか否か
については、単に文字化けがあることのみではなく、個別の事例に応じて総合的に判断される
こととなる。例えば、文字コードの選択の設定を行えば復号が可能であるにもかかわらず、そ
れを行わなかったために情報を復号することができない場合のように当該取引で合理的に期
待されている相手方のリテラシーが低いため、情報の復号ができない場合には、表意者(承諾
者)に責任がなく、この要件は、相手方が通常期待されるリテラシーを有していることを前提と
して解釈されるべきであると考える。)や申込者が有していないアプリケーションソフト(例えば、
ワープロソフトの最新バージョン等)によって作成されたファイルによって通知がなされたため
に復号して見読することができない場合には、申込者の責任において、その情報を見読する
ためのアプリケーションを入手しなければならないとすることは相当ではなく、原則として、申
込者が復号して見読可能である方式により情報を送信する責任は承諾者にあるものと考えら
れる。したがって、申込者が復号して見読することが不可能な場合には、原則として承諾通知
は不到達と解される。
(4)ウェブ画面の場合
インターネット通販等の場合、ウェブ画面上を通じて申込みがなされ、承諾もウェブ画面で
なされることがある。すなわち、ウェブ画面上の定型フォーマットに商品名、個数、申込者の住
所・氏名等の必要事項を入力し、これを送信することにより申込みの意思表示が発信され、こ
の申込み通知がウェブサーバーに記録された後、申込者のウェブ画面に承諾した旨又は契
約が成立した旨が自動的に表示されるシステムが利用される場合がある。
このようにウェブ画面を通じて承諾通知が発信された場合についても、意思表示の到達の
意義及び電子メールの場合における承諾通知の到達時期と同様の視点で考えるのが相当で
ある。すなわち、相手方が意思表示を了知し得べき客観的状態を生じた時点、読み取り可能
な状態で申込者(受信者)の支配領域に入った時点と考えられる。具体的には、ウェブサーバ
ーに申込みデータが記録され、これに応答する承諾データが申込者側に到達の上、申込者
のモニター画面上に承諾通知が表示された時点と解される。また、承諾通知が画面上に表示
されていれば足り、申込者がそれを現認したか否かは承諾通知の到達の有無には影響しな
い。他方、通信障害等何らかのトラブルにより申込者のモニター画面に承諾通知が表示され
なかった場合は、原則として承諾通知は不到達と解される。
ちなみに、「お申込みありがとうございました。在庫を確認の上、受注が可能な場合には改
めて正式な承諾通知をお送りします。」といったように、契約の申込みへの承諾が別途なされ
ることが明記されている場合などは、受信の事実を通知したにすぎず、そもそも承諾通知には
該当しないと考えられるので、注意が必要である。
なお、承諾通知がウェブ画面上に表示された後、契約成立を確認する旨の電子メールが別
72
途送信される場合もあるが、この場合も契約の成立時期はあくまで承諾通知が表示された時
点であり、後から電子メールが到達した時点ではない。他方、承諾通知がウェブ画面に表示さ
れなかった場合、契約成立を確認する旨の電子メールが送信されていれば、それが到達した
時点で契約は成立している。
73
最終改訂:平成24年○月
【10】Ⅱ-3 P2Pファイル共有ソフトウェアの提供
【論点】
P2Pファイル共有ソフトウェアを用いて、音楽などのファイルを無断でインターネット上へ
アップロードする行為やインターネット上からダウンロードする行為は著作権法違反となる
か。
また、P2Pファイル共有ソフトウェアを提供する行為はどうか。
1.考え方
(1)P2Pファイル共有ソフトウェアのユーザーの行為
P2Pファイル共有ソフトウェアには、ファイルをインターネット上へ送信可能とする、いわゆる
アップロード行為 1と、ファイルをインターネット上からユーザー手元の媒体へ複製する、いわ
ゆるダウンロード行為の2つの機能がある。
ユーザーが、音楽などのファイルを権利者の許諾を得ずにインターネット上へアップロード
する行為は、著作権法上の公衆送信権又は送信可能化権の侵害、すなわち、著作権又は著
作隣接権の侵害に当たる。
また、インターネット上へ違法にアップロードされた音楽・映画などの録音物・録画物を、ユ
ーザーが違法にアップロードされたものと知りながらダウンロードする行為は、私的使用を目
的とする場合であっても、著作権又は著作隣接権の侵害となる。
(2)P2Pファイル共有ソフトウェア提供者の行為
P2Pファイル共有ソフトウェアの利用に関しては、共有されるファイルの大多数が著作権侵
害のファイルである場合、ユーザーによる著作権又は著作隣接権の侵害に対するP2Pファイ
ル共有ソフトウェア提供者の関与の仕方によっては、著作権又は著作隣接権の侵害に当たる
可能性がある。
1
一般に、「アップロード行為」とは、インターネット上のサーバ等へファイルを送信する行為をいう。ところで、P
2Pファイル共有ソフトについては、一般に、自らのパソコン内の所定の記憶領域にファイルを格納することによ
り、自動的に送信行為が行われることになるが、この場合に本来の用語の意味を拡張し、後の送信行為の有無
に関わらず、当該記憶領域にファイルを格納すること自体を指して「アップロード行為」と呼ぶことがある。本準
則でも、自らのパソコン内の所定の記憶領域にファイルを格納し(自らのパソコン内のファイルを該当領域に移
動する場合の他、インターネット上からファイルを受信して直接該当領域に格納する場合も含む。)、インター
ネット上へ送信可能とすることを、「アップロード行為」と呼ぶ。
74
2.説明
(1)問題の所在
Napster2やGnutella3、Winny4やShare5などのインターネット上でのユーザー同士による
音楽等のファイルの共有を支援するP2Pファイル共有ソフトウェアによって、著作権者及び著
作隣接権者の利益が損なわれるおそれが生じている。
P2Pファイル共有の仕組みには、大きく分けて二種類ある。ⅰ)中央サーバを有し、ユーザ
ー間のファイル情報の共有を仲介する場合(これを「ハイブリッド型のP2Pファイル共有」とい
う。)と、ⅱ)そのような中央サーバを有しない場合(これを「純粋型のP2Pファイル共有」とい
う。)である。
ハイブリッド型のP2Pファイル共有においては、ユーザーはファイル共有を行うにあたって、
当該サービス専用のP2Pファイル共有ソフトウェアをダウンロードし、ユーザーのパソコンへイ
ンストールした後、中央サーバへアクセスし、共有可能なファイル情報を入手することで、他の
ユーザーとのファイル共有が可能となる。
純粋型のP2Pファイル共有では、ユーザーはP2Pファイル共有ソフトウェアを入手しパソコ
ンにインストールした後、直接他のユーザーへアクセスすることにより、後はユーザー間でファ
イル共有が可能となる。
①P2Pファイル共有ソフトウェアのユーザーの行為について
P2Pファイル共有ソフトウェアには、ファイルをインターネット上へ送信可能とする、いわゆる
アップロード行為と、ファイルをインターネット上からユーザーの手元の媒体へ複製(録音・録
画を含む。)する、いわゆるダウンロード行為の2つの機能がある。
ユーザーのP2Pファイル共有ソフトウェアの利用が、著作権侵害に当たるかどうかが問題と
なる。
②P2Pファイル共有ソフトウェアの提供者の行為について
P2Pファイル共有ソフトウェアを提供し、また、これに併せて中央サーバを設置してインター
ネット上でのユーザー同士による音楽等のファイルの共有を支援するサービスを提供する行
為が、著作権侵害に当たるかどうかが問題となる。
2
3
4
5
1999年1月に公開された、P2Pの技術を利用したハイブリッド型ファイル共有ソフト。
2000年3月に公開された、P2Pの技術を利用した純粋型ファイル共有ソフト。
2002年5月に公開された、P2Pの技術を利用した純粋型ファイル共有ソフト。
2004年1月に公開された、P2Pの技術を利用した純粋型ファイル共有ソフト。
75
(2)ユーザーの行為
①アップロード行為
著作物の複製を行う権利は、著作権者及び著作隣接権者によって専有(著作権法第21
条、第91条第1項、第96条、第98条、第100条の2)されているが、私的使用の目的で著作
物の複製を行うことに関しては、権利者の複製権が制限されている(同法第30条第1項、第
102条第1項)。
P2Pファイル共有に当たって、アップロードするためのファイルを作成する場合、例えば、
音楽CD等の著作物からMP3ファイル形式等に複製することが行われているが、ユーザー
が当初から公衆へ送信する目的で複製を行ったときは、私的使用目的ではないため、私的
使用目的の複製(同法第30条第1項)に該当しない。また、当初は私的使用目的で複製し
た場合であっても、当該ファイルをアップロードしたときは、同法第49条第1項第1号又は第
102条第9項第1号の規定により、私的使用目的以外の複製を行ったとみなされる。
さらに、音楽等のファイルをインターネット上で送信可能とする行為(アップロード行為)は、
同法第2条第1項第9号の5に規定されている「送信可能化」行為に該当する。また、「送信
可能化」を行う権利は、著作権者及び著作隣接権者によって専有されている(同法第23条、
第92条の2、第96条の2、第99条の2、第100条の4)。
したがって、権利者の許諾を得ずにP2Pファイル共有ソフトウェアを用いて音楽等のファ
イルをインターネット上で送信可能にした者は、複製権(同法第21条、第91条第1項、第96
条、第98条、第100条の2)又は公衆送信権若しくは送信可能化権(同法第23条、第92条
の2、第96条の2、第99条の2、第100条の4)を侵害しており、故意又は過失がある場合に
は、損害賠償責任を負うと解される(民法第709条)。また、故意又は過失の有無に関わらず
権利侵害があった場合又は侵害のおそれがある場合には権利者から差止請求を受けること
もある(著作権法第112条)。
さらに、故意があり、かつ告訴があった場合には、刑事責任として10年以下の懲役若しく
は1000万円以下の罰金又はその両方を課されることがある(同法第119条第1項)。
②ダウンロード行為
P2Pファイル共有ソフトウェアを用いて権利者によって許諾されていない音楽等のファイ
ルを他のユーザーからインターネット経由で受信し複製する行為(ダウンロード行為)は、私
的使用目的の複製等の権利制限規定で認められる複製に該当しない場合には著作権又は
著作隣接権の侵害に当たるものと解される。
また、私的使用を目的とする場合であっても、それが権利者の許諾を得ずに自動公衆送
信されているものであると知りながら音楽・映画などの録音物、録画物をダウンロードする行
76
為 6は、他の権利制限規定で認められる複製に該当しなければ著作権又は著作隣接権の
侵害に当たるものと解される(著作権法第21条、第30条第1項、第91条第1項、第96条、第
98条、第100条の2、第102条第1項)。ただし、この場合は、刑事罰の対象とはされていな
い。
さらに、ダウンロード行為自体が著作権又は著作隣接権侵害にならない場合であっても、
受信した複製物を私的使用以外の目的のために頒布し、又は当該複製物によって著作物
を公衆に提示した場合は、「目的外使用」として複製権(同法第21条、第91条第1項、第96
条、第98条、第100条の2)の侵害となり(同法第49条第1項第1号、第102条第9項第1号)、
損害賠償責任(民法第709条)、権利者からの差止請求(著作権法第112条)、刑事責任
(同法第119条)の問題が生じる可能性がある。なお、例えば、ユーザーがダウンロードした
ファイルをそのまま自己のパソコンの公衆送信用記録領域に記録し、インターネット上で送
信可能な状態にした(ダウンロード行為が同時にアップロード行為に相当する)場合は、当
該ダウンロード行為は私的使用目的の複製には該当しないか、私的使用目的であったとし
ても目的外使用に該当するため、複製権侵害となる。
(3)P2Pファイル共有ソフトウェアを利用したサービス提供者又はP2Pファイル共有ソフトウェ
アの提供者の行為
中央サーバを有するハイブリッド型のP2Pファイル共有サービス提供者の行為については、
著作権管理事業者及び著作隣接権者がそのサービス提供の差止め等を求めて提訴した事案
がある。東京高裁平成17年3月31日判決・平成16年(ネ)第405号(判例集未登載・裁判所ウ
ェブサイトで閲覧可)は、当該サービスが、その性質上、具体的かつ現実的な蓋然性をもって
サービス利用者による特定の類型の違法な著作権侵害行為を惹起するものであり、サービス
提供者がそのことを予想しつつ当該サービスを提供して、そのような侵害行為を誘発し、しか
もそれについてのサービス提供者の管理があり、サービス提供者がこれにより何らかの経済
的利益を得る余地があるとみられる事実があるときは、サービス提供者はまさに自らコントロー
ル可能な行為により侵害の結果を招いている者として、その責任を問われるべきことは当然で
あり、サービス提供者を侵害の主体と認めることができる、と述べて、サービス提供者を著作物
6
著作権法第30条第1項第3号によれば、「著作権を侵害する自動公衆送信(国外で行われる自動公衆送信
であつて、国内で行われたとしたならば著作権の侵害となるべきものを含む。)を受信して行うデジタル方式の
録音又は録画を、その事実を知りながら行う場合」には、私的使用を目的としていても著作権又は著作隣接権
の侵害に当たるとされている。ここでいう「録音」、「録画」とは、それぞれ「音を物に固定し、又はその固定物を
増製すること」(同法第2条第1項第13号)、「影像を連続して物に固定し、又はその固定物を増製すること」(同
法第2条第1項第14号)であり、自動公衆送信されている録音物、録画物をインターネット経由で受信し複製す
る行為(ダウンロード行為)は、著作権法上の「録音」、「録画」に該当する。なお、コンピュータプログラムのダウ
ンロードは一般的には「録音」、「録画」に該当しないが、ゲームソフトについて「映画の著作物」に該当するとさ
れた判決(東京地裁昭和59年9月28日判決、最高裁平成14年4月25日判決)が存在しており、そのようなゲ
ームソフトのダウンロードは、「録画」に該当する可能性がある。
77
の送信可能化権及び自動公衆送信権の侵害主体であると認定した原審の判断を支持した。
また、純粋型のP2Pファイル共有ソフトウェアについては、Winnyの開発・公表者がソフトウェ
アをインターネット上で公開・提供したことが、同ソフトウェア利用者(正犯)による著作権の公
衆送信権(著作権法第 23 条第 1 項)侵害行為の幇助犯に当たるとして起訴された事案があっ
たが、大阪高裁において無罪とされ(大阪高裁判所平成21年10月8日判決)、同判断が上告
棄却決定により確定 している(最高裁判所平成23年12月19日第三小法廷決定)。
最高裁は、幇助犯の成立要件について「かかるソフトの提供行為について、幇助犯が成立
するためには、一般的可能性を超える具体的な侵害利用状況が必要であり、また、そのことを
提供者においても認識、認容していることを要するというべきである。すなわち、ソフトの提供
者において、当該ソフトを利用して現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認識、認
容しながら、その公開、提供を行い、実際に当該著作権侵害が行われた場合や、当該ソフトの
性質、その客観的利用状況、提供方法などに照らし、同ソフトを入手する者のうち例外的とは
いえない範囲の者が同ソフトを著作権侵害に利用する蓋然性が高いと認められる場合で、提
供者もそのことを認識、認容しながら同ソフトの公開、提供を行い、実際にそれを用いて著作
権侵害(正犯行為)が行われたときに限り、当該ソフトの公開、提供行為がそれらの著作権侵
害の幇助行為に当たると解するのが相当である。」との判断を示している 8。
。純粋型のP2Pファイル共有においては、中央サーバを有しないゆえ、一旦ソフトウェアを
提供した後に行われるユーザーの著作権侵害行為に対するソフトウェア提供者のコントロー
ルの性質や程度は、ハイブリッド型のP2Pファイル共有のサービス提供者の場合と異なるとい
えよう。9
8
前段落のハイブリッド型のP2Pファイル共有サービス提供者に関する事案と異なり、本件は著作権法違反罪
の幇助犯の成否が問われた刑事事件における判断であって、純粋型のP2Pファイル共有ソフトウェアの提供
行為が民事的にどのように評価されるかの判断を示すものではない。
9
なお、諸外国の例を見ると、必ずしも純粋型のP2Pファイル共有ソフトウェア提供者に侵害責任がないとされ
ているわけではない。ユーザーの侵害行為を意図的に誘引・奨励する一方で、ユーザーの侵害行為をフィル
タリング技術によって規制しようともせず、広告収入といった経済的利益を得ていること等を理由に、P2Pファイ
ル共有ソフトウェアの提供者に侵害について一定の責任を問うケースも出てきている(米最高裁2005年6月2
7日判決(Metro-Goldwyn-Mayer Studios, Inc. v. Grokster, Ltd., 545 U.S. 913(2005).)、豪連邦裁判所2005年
9月5日判決(Universal Music Australia Pty Ltd. v. Sharman License Holdings Ltd., [2005] FCA 1242.) )。
78
Ⅱ-4 ウェブ上の広告
最終改訂:平成24年○月
【11】Ⅱ-4-1 景品表示法による規制
【論点】
ウェブ上の広告について、景品表示法第4条の不当表示として禁止されるのはどのよう
な場合か。
1.考え方
事業者がホームページ上で行う、自己の供給する商品・サービスの内容又は取引条件につ
いての表示も景品表示法の規制の対象となる。
(不当表示として問題となる例)
・コンピュータウィルス駆除ソフトについて、実際にはすべてのウィルスに対応していないにもかかわら
ず、「すべてのウィルスに対応し、且つ100%の発見率」と表示すること。
・情報の更新日を表示せずに、例えば「新製品」などと商品の新しさを強調表示している場合、既に「新
製品」でなくなったものであっても、いまだ新しい商品であるかのように誤認されること。
・情報提供サイトにおいて、60分以上利用した場合に限り30分間無料になるにもかかわらず、単に「3
0分間無料」と、無料で利用が可能となる条件を明示せずに、あたかも、何ら条件がなく、無料で利用
できるかのように表示すること。
・インターネット接続サービスについて、実際にはA社が提供するサービスよりも通信速度が遅いにもか
かわらず、「A社と比較して断然安い」と、A社と同等のサービスを格安で提供するかのように表示する
こと。
・
2.説明
(1)景品表示法第4条の不当表示
景品表示法第2条第4項に規定する同法の規制の対象となる「表示」にはインターネット等
情報処理の用に供する機器による広告も含まれる。すなわち、事業者がホームページ上で行
う、自己の供給する商品・サービスの内容又は取引条件についての表示も景品表示法の規制
の対象となる。
①インターネットを利用して行われる商品・サービスの取引における表示
ⅰ)商品・サービスの内容又は取引条件に係る表示
a)景品表示法上の問題点
BtoC取引には、商品選択等における消費者の誤認を招き、その結果、消費者被害
が拡大しやすいという特徴があることから、商品・サービスの内容又は取引条件につい
79
ての重要な情報が消費者に適切に提供される必要がある。
b)問題となる事例
・十分な根拠がないにもかかわらず、「ラクラク5~6kg減量!食事制限はありません。
専門家が医学理論に基づき、ダイエットに良いといわれる天然素材を独自に調合し
たものです。」と、効能・効果を強調し、それが学問的に認められているかのように表
示すること。
・実際には厳しい返品条件が付いているためほとんど返品することができないにもか
かわらず、当該返品条件を明示せずに、「効果がなければ、いつでも返品できま
す。」と、無条件で返品できるかのように表示すること。
c)表示上の留意事項
・商品・サービスの効能・効果を標ぼうする場合には、十分な根拠なく効能・効果があ
るかのように一般消費者に誤認される表示を行ってはならない。
・販売価格、送料、返品の可否・条件等の取引条件については、その具体的内容を正
確かつ明瞭に表示する必要がある。
ⅱ)表示方法
a)景品表示法上の問題点
リンク先に商品・サービスの内容又は取引条件についての重要な情報を表示する場
合、例えば、リンク先に移動するためにクリックする色文字や下線付き文字(ハイパーリン
クの文字列)が明瞭に表示されていなければ、消費者はこれを見落とし、重要な情報を
得ることができないという問題がある。また、ウェブページ上の表示内容を簡単に変更で
きることから、情報の更新日が表示されていなければ、表示内容がいつの時点のもので
あるのかが分かりづらいという問題がある。
b)問題となる事例
・「送料無料」と強調表示した上で、「送料が無料になる配送地域は東京都内だけ」と
いう配送条件をリンク先に表示する場合、例えば、ハイパーリンクの文字列を小さい
文字で表示すれば、消費者は、当該ハイパーリンクの文字列を見落として、当該ハ
イパーリンクの文字列をクリックせず、当該リンク先に移動して当該配送条件につい
ての情報を得ることができず、その結果、あたかも、配送条件がなく、どこでも送料
無料で配送されるかのように誤認されること。
・情報の更新日を表示せずに、例えば「新製品」などと商品の新しさを強調表示してい
る場合、既に「新製品」でなくなったものであっても、いまだ新しい商品であるかのよ
80
うに誤認されること。
c)表示上の留意事項
(ハイパーリンクの文字列について)
・消費者がクリックする必要性を認識できるようにするため、リンク先に何が表示されて
いるのかが明確に分かる具体的な表現を用いる必要がある。
・消費者が見落とさないようにするため、文字の大きさ、配色などに配慮し、明瞭に表
示する必要がある。
・消費者が見落とさないようにするため、関連情報の近くに配置する必要がある。
(情報の更新日について)
・表示内容を変更した都度、最新の更新時点及び変更箇所を正確かつ明瞭に表示す
る必要がある。
②インターネット情報提供サービスの取引における表示
ⅰ)景品表示法上の問題点
インターネット情報提供サービスについては、インターネット上で取引が完結することか
ら、特に、有料か無料かについての情報、長期契約における決済等の取引条件について
の情報、商品の購入手段であるダウンロード方法に係る情報等が消費者に適切に提供さ
れる必要がある。
ⅱ)問題となる事例
・情報提供サイトにおいて、60分以上利用した場合に限り30分間無料になるにもかか
わらず、単に「30分間無料」と、無料で利用が可能となる条件を明示せずに、あたかも、
何ら条件がなく、無料で利用できるかのように表示すること。
・画像提供サイトにおいて、実際には毎月料金を徴収することになるにもかかわらず、
「まずは1か月から」と、毎月料金を徴収することを明示せずに、あたかも1か月限りの
取引であるかのように表示すること。
・ウェブページ作成ソフトをダウンロード方式により販売するサイトにおいて、一定の基準
を満たすOSをインストールしたパソコンでないと当該ソフトウェアを使用できないにも
かかわらず、「簡単にダウンロードできます」と、そのOSの種類を明示せずに、あたか
もすべてのパソコンで使用できるかのように表示すること。
ⅲ)表示上の留意事項
・インターネット情報提供サービスの利用料金が掛かる場合には、有料である旨を正確
かつ明瞭に表示する必要がある。
81
・毎月料金を徴収するなどの長期契約である場合には、その旨を正確かつ明瞭に表示
する必要がある。
・ソフトウェアを利用する上で必要なOSの種類、CPUの種類、メモリの容量、ハードディ
スクの容量等の動作環境について、正確かつ明瞭に表示する必要がある。
③インターネット接続サービスの取引における表示
ⅰ)景品表示法上の問題点
DSL、ケーブルインターネット等のブロードバンド通信を可能とするインターネット接続
サービスの商品選択上の重要な情報は、通信速度、サービス提供開始時期、サービス料
金等であり、これらについての情報が消費者に適切に提供される必要がある。
ⅱ)問題となる事例
・ブロードバンド通信を可能とするインターネット接続サービスについて、最大通信速度
が保証されていないにもかかわらず、単に「通信速度最大8Mbps」と、通信設備の状
況や他回線との干渉等によっては通信速度が低下する場合がある旨を明示せずに、
あたかも常に最大通信速度でサービスの提供を受けることができるかのように表示す
ること。
・実際には、回線の接続工事の遅れ等により、サービス提供の申込みから10日以内に
サービスの提供が開始されることがほとんどないにもかかわらず、「10日間で開通」と
表示すること。
・実際にはA社が提供するサービスよりも通信速度が遅いにもかかわらず、「A社と比較
して断然安い」と、A社と同等のサービスを格安で提供するかのように表示すること。
ⅲ)表示上の留意事項
・ブロードバンド通信の通信速度については、通信設備の状況や他回線との干渉等によ
っては速度が低下する場合がある旨を正確かつ明瞭に表示する必要がある。
・サービス提供開始時期について、回線の接続工事等の遅れにより表示された時期ま
でにサービスの提供を開始することができないおそれがある場合には、その旨を正確
かつ明瞭に表示する必要がある。
・サービス料金の比較表示に当たっては、社会通念上同時期・同等の接続サービスとし
て認識されているものと比較して行う必要がある。
(2)景品表示法上の問題点及び留意事項の公表
①電子商取引における表示に関する留意事項
平成14年6月に、当時景品表示法を所管していた公正取引委員会は、消費者向け電
82
子商取引の健全な発展と消費者取引の適正化を図るとの観点から、消費者向け電子商
取引における表示についての景品表示法上の問題点を整理し、事業者に求められる表
示上の留意事項を示した「消費者向け電子商取引における表示についての景品表示法
上の問題点と留意事項」1(以下、「電子商取引における表示に関する留意事項(平成15年
改正)」という。)を公表しており、平成21年9月から景品表示法を所管している消費者庁も、
これを踏まえた法運用を行うこととしている(上記(1)で記載されている内容は、電子商取
引における表示に関する留意事項(平成15年改正)の記載内容を抜粋したものである。)。
②インターネット消費者取引に係る広告表示に関する留意事項
消費者庁は、インターネット消費者取引の拡大につれて様々な類型のサービスが消
費者に提供され、利便性が向上する一方、トラブル・消費者被害が拡大していること
を受けて、平成23年10月に「インターネット消費者取引に係る広告表示に関する
景品表示法上の問題点及び留意事項」(以下「インターネット消費者取引に係る広告
表示に関する留意事項(平成23年)
」という。
)を公表した 2。インターネット消費
者取引に係る広告表示に関する留意事項(平成23年)では、新たなインターネット
上のビジネスモデルとして、フリーミアム 3、口コミサイト 4、フラッシュマーケティ
ング 5、アフィリエイトプログラム 6、ドロップシッピング 7を挙げ、それぞれのビジ
ネスモデルにおける景品表示法上の問題点・留意事項を示している。また、問題とな
る具体例も合わせて掲載されている。
なお、インターネット消費者取引に係る広告表示に関する留意事項(平成23年)は景品
表示法に関する新たな考え方を示したものではなく、従来からあった基本的な考え方や電
1
平成15年8月29日一部改定。http://www.caa.go.jp/representation/pdf/100121premiums_38.pdf
http://www.caa.go.jp/representation/pdf/111028premiums_1_1.pdf インターネット消費者取引に係る広告表
示に関する留意事項(平成23年)は、電子商取引における表示に関する留意事項(平成15年改正)が公表さ
れてから7年あまりが経過し、インターネット消費者と取引でも新たなサービス類型が現れてきていることに対応
したものであり、電子商取引における表示に関する留意事項(平成15年改正)の考え方はなお基本指針として
維持されている。
3
基本的なサービスの無料提供によって確保した顧客基盤を付加的な有料サービスの購入に誘引することで
利益を得ようとするビジネスモデル。
4
いわゆる「口コミ」情報(人物、企業、商品・サービス等に関する評判や噂など)を掲載するインターネット上の
サイト(ブログや、口コミ情報を書き込める旅行サイト、グルメサイトなどを含む。)。
5
商品・サービスの価格を割り引くなどの特典付きのクーポンを、一定数量、期間限定で販売するビジネスモデ
ル。基本的に、「通常価格」と「割引価格」の「二重価格表示」を行う(例外あり。)。
6
インターネットを用いた広告手法の一つ。ブログその他のウェブサイト(アフィリエイトサイト)の運営者(アフィ
リエイター)が、広告主が供給する商品・サービスのバナー広告等をサイトに掲載。当該バナー広告等を通じて
広告主の商品・サービスの購入などがあった場合に、アフィリエイターに対して、広告主から成功報酬が支払
われる。
7 インターネット上に開設された電子商取引サイト(ドロップシッピングショップ)を通じて消費者が商品を購入
するビジネスモデルの一形態。当該電子商取引サイトの運営者(ドロップシッパー)は、販売する商品の在庫を
持ったり配送を行ったりすることをせず、当該商品の製造元や卸元等が在庫を持ち、発送も行うのが特徴。
2
83
子商取引における表示に関する留意事項(平成15年改正)で示された考え方を、5つの新
たなビジネスモデルに当てはめたものである。
84
最終改訂:平成24年○月
【12】Ⅱ-7 ID・パスワード等のインターネット上での提供
【論点】
デジタルコンテンツやプログラムに対するアクセスやコピー(インストール)のためのID・
パスワード等をネットオークションに出品することや、インターネット上の掲示板で開示する
ことに対して、どのような制限があるか。
1.考え方
(1)契約による制限
提供者とユーザーとの間にID・パスワード等の第三者提供を禁止する契約が締結されてい
る場合、ID・パスワード等をインターネット上で販売又は開示したユーザーは、契約上の責任
(債務不履行責任)を負う。
(2)不正アクセス禁止法による制限
ID・パスワード等が、インターネット等を通じて他のコンピュータを利用するためのものであ
って、当該ID・パスワード等を付与されている利用権者 1又は当該ID・パスワード等を付与し
ている者に無断で、かつ、当該ID・パスワード等がどのコンピュータを利用するためのものか
を明らかにして提供する行為は、不正アクセス禁止法により禁止されている。
(3)知的財産法による制限
ID・パスワード等のインターネット上での販売又は開示は、技術的制限手段に対する不正
競争には該当しないものの、著作権法の複製権等の侵害を助長する行為として、複製権等の
侵害の幇助行為に該当する可能性がある。
(4)一般不法行為
インターネット上でID・パスワード・シリアルナンバー等を公開・提供した者は、不法行為(民
法第709条)に基づく損害賠償責任を負う場合がある。
2.説明
(1)問題の所在
デジタルコンテンツやプログラム(以下「コンテンツ等」という。)の視聴や実行を技術的に制
限(いわゆるアクセスコントロール)したり、複製(インストール)を技術的に制限(いわゆるコピ
1
利用権者とは、当該ID・パスワード等を付与している者から、他のコンピュータの利用についての許諾を得た
者である
85
ーコントロール)した上で、対価を支払ったユーザーのみに当該技術的制限を解除するため
のユーザーID、パスワード、プロダクトID、シリアル番号等(以下「ID・パスワード等」という。)と
ともにコンテンツ等を提供し(なお、ID・パスワード等はユーザーが設定する場合もある。)、ユ
ーザーは当該ID・パスワード等を使用してコンテンツ等の視聴、実行、複製(以下「アクセス又
はコピー」という。)が可能となる、という形態のビジネスが行われている。
ところが、インターネットの普及に伴い、ネットオークションやインターネット上の掲示板を用
いて、コンテンツ等のアクセス又はコピーのためのID・パスワード等の販売や開示が行われて
いる。また、コンテンツ等のアクセス又はコピーのための技術的制限を回避する方法(ノウハ
ウ)をマニュアルのように文書化した情報(以下「回避マニュアル類」という。)の販売や開示も
行われている。その結果、対価を支払うことによりコンテンツ等のアクセス又はコピーが可能と
なる形態のビジネスにおいて、営業上の損害が生じていることが指摘されている。
このようなID・パスワード等や回避マニュアル類をインターネット上で販売することや開示す
ることに対して、法的にどのような制限があるのであろうか。
なお、ID・パスワード等については、本項では、市場で商用として提供されているコンテン
ツ等のアクセス又はコピー用のID・パスワード等を対象として以下論じることとし、銀行のキャッ
シュカードの暗証番号や企業秘密の管理用パスワード等は対象とはしない。
(2)契約による制限
ID・パスワード等の提供に当たって、提供者とユーザーとの間で第三者に提供しない旨の
契約が締結されている場合がある。この場合、ID・パスワード等をインターネット上で販売又は
開示したユーザーは、契約上の責任(債務不履行責任・民法第 415 条)を負う。
(3)不正アクセス禁止法による制限
ID・パスワード等の識別符号を入力することで利用できるようになっているコンピュータにイ
ンターネット等のネットワークを通じて接続し、他人の識別符号を無断で入力するなどしてこの
ような利用ができる状態にしてしまう行為は、不正アクセス行為として禁止、処罰されている(不
正アクセス禁止法第3条、第8条)。具体的には、他人の識別符号を無断で入力する行為と、
いわゆるセキュリティホール攻撃が該当する。ここで、識別符号とは、①特定利用を認める相
手方ごとに違うものであること、②その相手方以外に用いることができないものであること、の2
つの要件を備える必要がある。ここで特定利用とは、インターネット等の電気通信回線を通じ
て行う利用であって、その利用の内容に限定はなく、コンテンツ等のアクセス又はコピーも含
まれる。
また、他人の識別符号を無断で、かつどのコンピュータを利用するためのものかを明らかに
して第三者に提供する行為も、不正アクセス行為を助長する行為として、禁止されている(同
法第4条、第9条)。なお、提供手段に限定はなく、オンラインで行っても、オフラインであって
86
も禁止されている。また提供行為によって金銭的な利益を得たかどうかは関係がない。
したがって、ID・パスワード等が、インターネット等を通じて他のコンピュータを利用するため
のものであって、当該ID・パスワード等を付与されている利用権者1又は当該ID・パスワード等
を付与している者に無断で、かつ、当該ID・パスワード等がどのコンピュータを利用するため
のものかを明らかにしてインターネット上で販売又は開示する行為は、不正アクセス禁止法に
より禁止されている。
(4)知的財産法による制限
①不正競争防止法について
ⅰ)技術的制限手段に対する不正競争
不正競争防止法においては、電磁的方法によってコンテンツ等のアクセス又はコピー
を制限する手段(技術的制限手段(同法第2条第7項)を営業上用いる場合について、そ
の技術的制限手段の効果を妨げることによりアクセス又はコピーが可能となる機能を有す
る装置又はプログラム(当該装置又は当該プログラムが当該機能以外の機能を併せて有
する場合にあっては、影像の視聴等を当該技術的制限手段の効果を妨げることにより可
能とする用途に供するために行うものに限る。)を譲渡等する行為(プログラムについては
電気通信回線を通じて提供する行為を含む。)を、不正競争として定めており(同法第2条
第1項第10号、第11号 )、このような行為をした者は民事上の措置(同法第3条、4条)や
刑事上の措置(同法第21条第2項第4号)の対象となる。
しかし、ID・パスワード等は、コンピュータに正しく入力されることによって、一定の結果
を引き出すことが予め想定されているものであって、コンピュータに対して何ら不正な動作
を起こさせるものでない。したがって、ID・パスワード等は「技術的制限手段の効果を妨げ
る」ものにはそもそも該当しないと考えられる。
また、不正競争の対象となっているものは、装置とプログラムに限定されている。ここで、
プログラムとは、「電子計算機に対する指令であって、一の結果を得ることができるように
組み合わされたもの」(同法第2条第8項)であり、ID・パスワード等は、単なる文字、数字、
記号の羅列であって、プログラムには該当しない上、装置にも該当しない。
また、回避マニュアル類も、同様にプログラムや装置には該当しない。
したがって、ID・パスワード等や回避マニュアル類の譲渡等の行為は、技術的制限手
段に対する不正競争には該当しないと解される。
ⅱ)営業秘密に係る不正競争
不正競争防止法上、営業秘密は、ア)秘密として管理されている(秘密管理性)、イ)事
業活動における有用な技術上又は営業上の情報であって(有用性)、ウ)公然と知られて
87
いないもの(非公知性)をいう(同法第2条第6項)。
営業秘密と解される場合、それをどのようにして取得したかによって不正競争に該当す
るかどうかが判断されることとなり、これを「窃取、詐欺、強迫その他の不正の手段」(以下
「不正取得行為」という。)によって取得した場合、又は不正取得行為が介在したことを知り
つつ(又は重大な過失により知らないで)第三者から当該情報を取得した場合は、当該情
報を取得・使用・開示する行為がそれぞれ不正競争に該当し(同法第2条第1項第4号、第
5号)、及び当該情報を取得した後に不正取得行為が介在したことを知って(又は重大な
過失により知らないで)、当該情報を使用・開示する行為がそれぞれ不正競争に該当する
(同法第2条第1項第6号)とされている。もっとも、リバースエンジニアリングによって情報
を取得する行為については、不正の手段には該当しないと考えられる。
営業秘密に係る不正行為によって、営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれ
がある場合には、当該不正行為の差止又は損害賠償を請求することができる(同法第3条、
第4条)。
a)ID・パスワード等について
営業秘密は、情報を有する主体ごとに、法の定める要件を満たすか否かにより判断さ
れる。例えば、技術的制限手段を営業上用いているコンテンツ等の提供者が、多数のユ
ーザーに同一のID・パスワード等を第三者に提供しないという条件もなく付与している
場合、ユーザーにとって、ア)秘密管理性及びウ)非公知性を客観的に認識することは
困難であり、営業秘密であるとは認め難いと解される。
これに対し、各人ごとに異なったID・パスワード等を第三者に提供しないという条件で
付与している場合は、ア)秘密管理性及びウ)非公知性を満たす可能性があり、ID・パス
ワード等が、事業活動を行う上でイ)有用性のある情報であると考えられれば、営業秘密
と認められる可能性があると考えられる。
b)回避マニュアル類について
コンテンツ等のアクセス又はコピー用の技術的制限手段を回避する方法は、ア)秘密
管理性、イ)有用性、ウ)非公知性を全て満たす場合、営業秘密と解される可能性がある。
②著作権法について
ⅰ)技術的保護手段の回避行為性
著作権法においては、技術的保護手段の回避を行うことを専らその機能とする装置若し
くはプログラムの複製物を公衆に譲渡若しくは貸与し、公衆への譲渡若しくは貸与の目的
で製造し、輸入し、若しくは所持し、若しくは公衆の使用に供すること(プログラムについて
は公衆送信若しくは送信可能化することも含む。)を禁止しており、これらを行った者につ
88
いては刑事罰(3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金又はその両方)が課されるこ
とがある(同法第120条の2第1号)。
なお、ここでいう「技術的保護手段」とは、電磁的方法により、著作権等を侵害する行為
を防止又は抑止するもの(著作権法第2条第1項第20号)であって、あくまで著作権等の
及ぶ形での著作物等の利用(複製、公衆送信、送信可能化など)を抑止又は防止する手
段である。したがって、デジタルコンテンツの視聴やプログラムの実行の制限等、いわゆる
アクセスコントロールについては対象外となっている。また、「技術的保護手段の回避」と
は、技術的保護手段に用いられている信号の除去又は改変を行うことにより、当該技術的
保護手段によって防止される行為を可能とし、又は当該技術的保護手段によって抑止さ
れる行為の結果に障害を生じないようにすることとされている(著作権法第30条第1項第2
号)。
しかし、ID・パスワード等は、コンピュータに正しく入力されることによって、一定の結果
を引き出すことが予め想定されているものであって、コンピュータに対して何ら不正な動作
を起こさせるものではない。したがって、ID・パスワード等を使ってデジタルコンテンツへ
アクセスすることは「技術的保護手段に用いられている信号の除去又は改変を行うこと」に
は該当しないと考えられる。
また、ここでの対象となっているものは、装置とプログラムであり、かつ、いわゆる専用品
に限定されている。ここでプログラムとは、「電子計算機を機能させて一の結果を得ること
ができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したもの」(同法第2条第1
項第10号の2)であり、ID・パスワード等は、単なる文字、数字、記号の羅列であって、プ
ログラムには該当しない上、装置にも該当しない。
また、回避マニュアル類も、同様にプログラムや装置には該当しない。
したがって、ID・パスワード等や回避マニュアル類の公衆への譲渡等の行為は、同法
第120条の2に該当しないと解される。
ⅱ)複製権侵害の幇助行為性
ソフトウエアをダウンロードないしインストールすれば、当該ソフトウエアの複製物が新た
に作成されることになる。
著作権侵害を助長する行為は、著作権侵害の幇助行為として、民法第719条に基づき
共同不法行為責任を負う可能性がある 3。
3
大阪高裁平成9年2月27日判決・判時1624号131頁
「控訴人会社は、自ら本件装置を操作するものではないが、被控訴人が管理する音楽著作物の上映権及び演
奏権を侵害するおそれの極めて高い、業務用カラオケ装置をユーザーに提供することを内容とする、リース業
務を日常的に反復継続する者として、・・・本件装置のユーザーが被控訴人の許諾を得ないまま本件装置をカ
ラオケ伴奏による客の歌唱に使用すれば、被控訴人が管理する音楽著作物の上映権及び演奏権を侵害する
89
では、ソフトウエアをダウンロードないしインストールする際に必要となるID・パスワード
等をインターネットを通じて提供する行為は、複製権侵害を助長する行為として複製権侵
害の幇助行為に該当しないのであろうか。
以下、
・正規に入手していないID・パスワード等を入力して、ダウンロードないしインストールを
行なう行為が、著作権法上の複製権侵害を構成するかを検討したうえで、
・複製権侵害を構成する場合、これらの者に対してID・パスワード等をインターネットを
通じて提供する行為が、複製権侵害の幇助行為に該当しないか、
について順次検討する。
a)正規に入手していないID・パスワード等を入力して、ダウンロードないしインストール
を行なう行為
まず、ソフトウェアをダウンロードないしインストールするにあたって、ID・パスワード等
の入力が必須不可欠とされている形態として以下の事例に基づいて検討を行う。
α サーバ内に目的とするソフトウェアがインターネットを介してコンピュータに直接イ
ンストール可能な状態に置かれているが、直接インストールするにあたってID・パスワー
ド等の入力が必須不可欠とされている場合
β サーバ内には、目的とするソフトウェアがインターネットを介してコンピュータに直
接インストールが可能な状態には置かれておらず、インストーラ 4が何らの制限なく何人
も自由にダウンロード可能な状態に置かれている 5のみで、一旦コンピュータ内のハード
ディスク等の媒体内に当該インストーラをダウンロードしたうえで、当該インストーラを起
動してインストールをすることが予定されているところ、
ことになることを知っていたか、仮に知らなかったとしても容易に知り得たのであるから、これを知るべきであっ
たというべきである。
しかるところ、控訴人会社は、・・・許諾を得ないまま本件店舗において本件装置を使用して客に歌唱させてい
ることを認識しながら、右著作権侵害の結果を認容しつつ、本件リース契約を継続、更改して本件装置を提供
し、控訴人則子及び同隆による前示本件著作権侵害行為に加担したというべきである。」
「控訴人会社は、これらの注意義務をいずれも怠り、何ら適切な著作権侵害防止措置を講じないまま前記著作
権侵害行為に及んだ・・・との間で本件リース契約を継続、更改して本件装置を提供したのであるから、その点
において控訴人会社に過失があるといわざるを得ず、控訴人会社は、・・・前記著作権侵害行為を幇助した者
として、民法七一九条二項に基づき共同不法行為責任を免れないというべきである。」
4
本稿では、インストール対象となるアプリケーションプログラムを、コンピュータが使用可能な状態とするため
に必要なすべてを含んだプログラムとする。
5
典型的には、一般に公開されているウェブページで、ソフトウェアの制作者の管理するものにおいて、なんら
のアクセス制限もなくインストーラにリンクが張られているような場合である。
90
β1 インストーラをダウンロードするにあたって、ID・パスワード等の入力が必須不可
欠とされている場合
β2 ハードディスク内にダウンロードしたインストーラを起動してインストールを行なう
にあたって、ID・パスワード等の入力が必須不可欠とされている場合
γ 目的とするソフトウェアが格納されたCD-ROM等の媒体から、当該ソフトウェア
をコンピュータにインストールするにあたって、ID・パスワード等の入力が必須不可欠と
されている場合
上記のいずれの場合も、ソフトウェアをダウンロードないしインストールを行なう行為自
体は、複製行為に該当する。
すなわち、上記α、β2、γのいずれのインストール行為についても、コンピュータの
ハードディスク内に、目的とするソフトウェアの複製物を新たに作成するものであり、上記
β1のインストーラのダウンロード行為についても、インストーラの複製物を新たに作成
することになるから、いずれも、複製行為に該当する。
つぎに、正規に入手していないID・パスワード等を入力して、ダウンロードないしイン
ストールを行なう行為自体が、著作権法上の複製権侵害を構成するのか否かについて
検討する。
ア)α・β1の場合
正規に入手していないID・パスワード等を入力して行なうインストール行為について
は、原則として、著作権法上の複製権侵害を構成すると考えられる。
すなわち、インストール行為にあたってID・パスワード等を入力することが必須不可欠
とされている場合には、当該ソフトウェアの著作権者は、ID・パスワード等を正規に入手
した者に対してのみインストールを行なうことを許諾していると考えられるため、正規に入
手していないID・パスワード等を入力して行なうインストール行為は、私的使用目的の複
製行為(同法第30条第1項)など、同法で許容される例外的な場合を除き、同法上の複
製権侵害を構成すると考えられる。
イ)β2・γの場合
まず、インストーラのダウンロード行為は、何らの制限なく自由にダウンロードを行なう
ことが許されていることから、著作権者の許諾がなされているとみるべきであり、著作権
法上の複製権侵害を構成すると評価することは困難であろう。
これに対して、インストール行為については、インストーラというプログラムの著作物の
91
複製物の所有者が、インストール行為によって目的とするソフトウェアの複製物を作成し
ていることから、著作権法第47条の3第1項の規定が問題となる。
しかし、インストーラは、インストールされるプログラムを全て内包しており、インストー
ルされるプログラムを複製するための媒介物であるから、インストーラの所有者はインスト
ールされるプログラムの「複製物の所有者」であることを否定することは困難であろう 6。
以上のとおりであるから、β2の場合においては、正規に入手していないID・パスワー
ド等を入力して行なうインストール行為は、複製権侵害を構成しないと考えられる。γの
場合においても、同様である。
なお、当該インストール行為については、プログラム自体を改変するものではないた
め、翻案権侵害も構成しないと考えられる。
ウ)結論
以上のとおりであるから、ソフトウェアをインターネットを介して直接インストールしたり、
インストーラをダウンロードする際に、ID・パスワード等の入力が必須不可欠とされてい
る場合において、正規に入手していないID・パスワード等を入力して行なうインストール
ないしダウンロード行為は、いずれについても、私的使用目的の複製行為(著作権法第
30条1項)等、同法で許容される例外的な場合を除き、同法上の複製権侵害を構成する
と考えられる。
また、インストーラをダウンロードしたり、ソフトウェアが格納されたCD-ROM等を入
手後、正規に入手していないID・パスワード等を入力してソフトウェアをインストールする
行為については、たとえ著作権侵害を構成しない場合であっても、一般不法行為が成
立する可能性があることに注意が必要である。
b)ID・パスワード等をインターネットを通じて提供する行為
α、β1といった複製権侵害を構成する場合において、複製行為に必須不可欠なI
D・パスワード等をインターネットを通じて不特定多数の閲覧者に提供することは、閲覧
者に複製行為を行なわせること、すなわち閲覧者を道具として利用して不正な複製行為
をさせる行為と評価できるとして、複製権侵害そのものを構成するとの考え方もあろう。
しかし、提供されたID・パスワード等を利用して、不正に複製行為を行なうか否かは、
ID・パスワード等の閲覧者の自由意思によって行なわれるものであり、提供者が閲覧者
を管理・支配しているとまでは認められず、提供者自らに複製権侵害そのものが成立す
るとは言えないと考えられる 7。
6
7
藤田耕司「著作権法コンメンタール【上巻】」P494、作花文雄「詳解著作権法第3版」P377
東京地裁平成12年5月16日判決・判時1751号128頁
92
他方、提供されたID・パスワード等が複製を行なうにあたって必須不可欠なものであ
る以上、当該ID・パスワード等を提供する行為は、およそ私的使用目的の複製以外の
複製行為がありえない場合を除き、複製権侵害の幇助行為として違法と評価されるべき
ものであろう。
したがって、α・β1の場合におけるID・パスワード等や回避マニュアル類の公衆へ
の譲渡等の行為は、私的使用目的の複製にしか利用されないという例外的事情がある
場合を除き、複製権侵害を助長する行為として、複製権侵害の幇助行為に該当する可
能性が否定できないと考えられる。
(5)一般不法行為
①一般不法行為について
故意又は過失によって、他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これに
よって生じた損害について損害賠償責任を負う(民法第709条)。
仮に著作権法や不正競争防止法などの個別の権利を定めた法律について違反行為が
なければ、その行為は法により基本的に禁止されていないから、原則として不法行為は成
立せず、例外的に不正に自らの利益を図ったり、損害を加えたりする目的があった場合に
限り不法行為成立を認めるという考え方もありうる 8。
しかし、著作権など法律に定められた厳密な意味での権利が侵害された場合に限らず,
法的保護に値する利益が違法に侵害された場合であれば不法行為は成立すると考えられ
「一般に、ある行為の直接的な行為主体でない者であっても、その者が、当該行為の直接的な行為主体を『自
己の手足として利用して右行為を行わせている』と評価し得る程度に、その行為を管理・支配しているという関
係が認められる場合には、その直接的な行為主体でない者を当該行為の実質的な行為主体であると法的に
評価し、当該行為についての責任を負担させることも認め得るものということができるところ、原告らの前記(一)
前段の主張も、右のような一般論を著作権法の『複製』行為の場合に当てはめるものとして理解する限りにおい
て、これを是認することができる。
そして、被告が本件番組において本件各音源を送信しこれを受信者がMDに録音する場合における、被告と
受信者との間の関係をみると、被告と受信者との間には、被告がその送信に係る本件番組の受信を受信者に
許諾し、これに対して受信者が一定の受信料を支払うという契約関係が存するのみで、受信された音源の録音
に関しては何らの合意もなく、受信者が録音を行うか否かは、専ら当該受信者がその自由意思に基づいて決
定し、自ら任意に録音のための機器を準備した上で行われるものであって、被告が受信者の右決定をコントロ
ールし得るものではないことからすれば、被告が受信者を自己の手足として利用して本件各音源のMDへの
録音を行わせていると評価しうる程度に、被告が受信者による録音行為を管理・支配しているという関係が認め
られないことは明らかである。」
8
本稿の設例とは直接関連しないが、東京地裁平成16年3月24日判決・判時1857号108頁・判タ1175号2
81頁は、原告自身がインターネットに公開した情報(見出し)が著作物とは認められないとされた事案における
不法行為責任について、以下のとおり述べている。
「YOL見出しは,原告自身がインターネット上で無償で公開した情報であり,前記のとおり,著作権法等によっ
て,原告に排他的な権利が認められない以上,第三者がこれらを利用することは,本来自由であるといえる。
不正に自らの利益を図る目的により利用した場合あるいは原告に損害を加える目的により利用した場合など特
段の事情のない限り,インターネット上に公開された情報を利用することが違法となることはない。」
93
る 9。
②検討
インターネット上でソフトウェアのインストールや使用にあたって必要なID・パスワード等を
販売又は開示する行為はどうか。
正規の手続を経て対価を支払った者(正規ユーザー)以外の者によるソフトウェアの使用
を禁止する目的で、ソフトウェアのベンダーが、ソフトウェアのインストール・使用にあたってI
D・パスワード等の入力を要求するビジネスを行っている場合がある。
このような場合に、ID・パスワード等が、ベンダーの意思に反してインターネット上で販売
又は開示されれば、ID・パスワード等の入手者は、ソフトウェアを、ベンダーに対し対価を支
払わないまま使用できることになる。
これにより、ベンダーは、資金や労力を投下して開発・販売したソフトウェアの売り上げが
低下し、投下した資金等の回収が困難になるという営業活動上の不利益を受けることになる。
この営業活動上の不利益は、ソフトウェアの価値から生じるものであり、法的保護に値する利
益であると考えられる。
一方、ID・パスワード等の配布行為は、ベンダーに対し、一方的に損害を与えるのみであ
って、表現の自由や自由競争原理等の観点を考慮したとしても正当化することはできず、社
会的に許容される限度を超えた違法なものと考えられる。
したがって、ID・パスワード等の配布行為は、ベンダーに対し、営業活動上の不利益とい
う損害を与える行為であり、特別の事情(ソフトの仕様上、ID・パスワード等を公開しても正規
ユーザー以外の使用が不可能な場合など)がない限り、違法性を有するものとして不法行為
が成立する可能性がある。
なお、上記①の加害目的等がある場合に限り例外的に不法行為が成立するという立場によっ
ても、ベンダーに対する加害目的があるものとして、同様に不法行為が成立するものと考えら
れる。
9
知財高裁平成17年10月6日・平成17年(ネ)第10049号(判例集未登載・裁判所ウェブサイトで閲覧可)(東
京地裁平成16年3月24日判決の控訴審判決)は、「不法行為(民法709条)が成立するためには,必ずしも著
作権など法律に定められた厳密な意味での権利が侵害された場合に限らず,法的保護に値する利益が違法
に侵害がされた場合であれば不法行為が成立するものと解すべきである。」としている。
他に著作物性を否定しながら不法行為責任を肯定した裁判例として、東京高裁平成3年12月17日判決・判時
1418号120頁などがある。
94
最終改訂:平成24年○月
【13】Ⅲ-5 ベンダーが負うプログラムの担保責任
【論点】
プログラムにいわゆる「バグ」があったため、動作上の不具合が発生したときに、ベンダ
ーはユーザーに対していかなる責任を負うのか。
(例)
ライセンス契約においてプログラムの担保期間(例:引渡しから××日以内)が設定され
ていることがあるが、期間経過後に瑕疵に該当するバグを発見したとき、ベンダーの責任を
問うことは可能か。
1.考え方
(1)責任を問えるバグ(瑕疵に該当するバグ)とはどのようなものか
①取引の通念に照らし合理的に期待される通常有すべき機能・品質をプログラムが有して
いない場合であって、かつ②通常予見可能な使用環境・使用方法の範囲内で動作上の不具
合が発生した場合、そのプログラムのバグは瑕疵に該当するものと解され、ベンダーの責任を
問うことができる。
①取引の通念に照らし合理的に期待される通常有すべき機能・品質を有していない場合
(該当すると思われる例)
・プログラムが全く動かない場合
・
(該当しないと思われる例)
・ワープロソフトで罫線と網掛けと回転と2倍角を組み合わせようとしたが、意図した結果とならなかった
ような場合
・
②通常予見可能な使用環境・使用方法の範囲内で発生した場合
(該当しないと思われる例)
・外箱において明示された動作環境を満たさない使用環境下で発生した不具合
・プログラムコードにユーザーが手を加えた結果発生した不具合
・特定の使用環境でのみ発生する不具合
・
95
(2)バグが瑕疵に該当する場合、ベンダーに対してどのような責任を問えるか
ユーザーはベンダーに対して、損害賠償請求、瑕疵修補請求、契約解除などが可能となる。
ただし、プログラムという財の特殊性から、ベンダーが速やかに瑕疵修補・代物の提供を申し
出ており、ユーザーが承諾しさえすれば直ちに当該瑕疵修補・代物提供を受けうる状態にな
っているような場合に、これを拒否して損害賠償責任を問うことは信義則上認められない。
(3)瑕疵に該当するバグについてベンダーの責任を問える期間
ライセンス契約中に瑕疵に該当するバグについて、ベンダーの担保責任期間を短くする特
約がある場合、その効力が問題となる。
①ユーザーが消費者である場合
消費者契約法第10条においては、消費者に対して著しく不利益となる条項は無効と規定さ
れており、例えば瑕疵に該当するバグについて、ベンダーの担保責任期間を著しく短くする
条項等は無効と解される可能性がある。
(消費者契約法に違反するとして無効と解される可能性がある例)
・プログラムの担保責任期間を著しく短期間とする条項
・
なお、無効となった場合や特約がない場合は民法等の考え方が適用され、瑕疵担保責任
が適用となる場合では、ⅰ)瑕疵に該当するバグを発見したときから1年、債務不履行責任が
適用となる場合では、ⅱ)本来の債務の履行を請求し得る時から5年のいずれかでベンダー
に対して責任を問うことが可能となる。(瑕疵担保責任(民法第570条(売買の場合)、第634
条(請負の場合))が問われる場合は瑕疵を発見したときから1年(売買の場合、同法第566
条)又は引渡しを受けたときから1年(請負の場合、同法第637条)。債務不履行責任(同法第
415条等)が問われる場合は本来の債務の履行を請求し得る時から10年(同法第167条第1
項)であるが、通常はベンダーは事業者であるので商法の規定が適用され本来の債務の履行
を請求し得る時から5年(商法第522条)となる。)
②ユーザーが消費者でない場合
消費者契約法は適用されないので、原則として、特約に従う。特約がない場合は、民法等
の考え方が適用され、瑕疵担保責任が適用となる場合では、ⅰ)引渡しを受けたときから6か
月又は1年、債務不履行責任が適用となる場合では、ⅱ)本来の債務の履行を請求し得る時
から5年のいずれかでベンダーに対して責任を問うことが可能となる。(瑕疵担保責任(民法第
570条(売買の場合)、第634条(請負の場合))が問われる場合は、瑕疵を発見したときから1
年(売買の場合、同法第566条)又は引渡しを受けたときから1年(請負の場合、同法第637
96
条)であるが、事業者間の売買については商法の規定が適用され引渡しから6ヶ月(商法第5
26条)となる。)
(公序良俗に違反するなどとして特約が無効と解される可能性がある例)
・
2.説明
(1)問題の所在
情報財の中でもプログラムについては、プログラム上の誤り(以下「バグ」という。)により、コ
ンピュータの情報処理動作が通常の意図と異なる動作をするような不具合が発生する場合が
あり、そのためユーザーがプログラムを十分に使用できないという問題が生じることがある。
この問題に対しては、
①瑕疵担保責任(民法第570条(売買の場合)…瑕疵を知ってから1年請求可能、同法第634
条(請負の場合)…引渡しを受けてから1年請求可能)
②債務不履行責任(民法第415条(債務不履行による損害賠償、完全履行請求)、同法第54
1条(債務の履行遅滞による解除)、同法第543条(債務の履行不能による解除)…本来の
債務の履行を請求し得る時から(解除に基づく原状回復請求の時は解除のときから)原則1
0年請求可能であるが、通常はベンダーは事業者であるので、商法第522条により本来の
債務の履行を請求し得る時から5年となる。)
のいずれかの規定の適用が問題となる 1。
そこで、これらの適用において、ⅰ)a)プログラムのバグについて、どのような場合にベンダ
ーが責任を負うこととなり、b)その場合に、ベンダーが責任を負うべき期間はどうなるのか、が
問題となる。また、ⅱ)ライセンス契約中のこれらの責任を免責する特約は有効なのか、も問題
となる。
なお、情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律(平成23年法
律第74号、同年6月17日成立・同年6月24日公布、罰則部分について一部を除き同年7月1
4日施行)によって、刑法に不正指令電磁的記録に関する罪(刑法第二編第十九章の二、い
わゆるコンピュータ・ウイルスに関する罪)が新設された。もっとも、いわゆるウイルス作成罪等
(同法第168条の2等)は故意犯であるから(同法第38条1項)、例えば、プログラムの作成過
程において誤ってバグが生じ、そのバグに気付かないままプログラムをユーザーに提供した
ような場合には同罪は成立せず、通常のプログラム開発・提供行為について同罪が成立する
1
製造物責任法に基づく責任は、「製造物」すなわち「製造又は加工された動産」を対象とするものであるから、
原則としてプログラムは対象とならない。ただし、パソコン等の製品(動産)を販売するなどの場合において、
ROMに記録されたプログラムに瑕疵があること等により、当該プログラムの瑕疵が当該製品(動産)の欠陥とな
っている場合には、当該製品(動産)の製造業者等は、製造物責任法に基づく責任を負う場合がある。
97
ことは考え難い 2。
(2)プログラムの瑕疵
①プログラムの瑕疵の有無を判断する際の考慮要素
目的物たるプログラムが、取引の通念に照らし合理的に期待される通常有すべき機能・品
質を有していない場合は、原則として、瑕疵に該当すると判断される。
瑕疵に該当しないと考えられる場合は、具体的には以下のとおりである。
まず、プログラムの動作は、プログラムの使用環境に依存するため、通常プログラムの動
作環境があらかじめ明示されていることが多いが、この場合において、ユーザーの使用環境
が明示された動作環境の範囲外のときに発生したプログラムの不具合は、瑕疵に当たらな
いものと解される。
また、ユーザーは、通常、プログラムのマニュアル、ヘルプ機能等によって、当該プログラ
ムの使用方法を合理的に判断することができる。したがって、通常予見し得る使用方法の範
囲外で発生した不具合(例えば、プログラムコードにユーザーが手を加えた結果発生した不
具合)についても、瑕疵に当たらないものと解される。
さらにいわゆるプログラムのバグ一般が瑕疵に該当するわけではなく、ユーザーの使用
に差し支えない程度の微細なバグはそもそも瑕疵とまではいえない(ベンダーの責任は問
われない)と解される。また、微細でないバグであっても、ユーザーが簡単にパッチを入手し
てバグを修正することができるようになっていれば、当該バグがあることをもって、プログラム
に瑕疵ありと評価すべきでないとの考え方もありうる。裁判例の中にも、プログラムにはバグ
が存在することがあり得るものであるから、不具合発生の指摘を受けた後、遅滞なく補修を
終え、又はユーザーと協議の上相当な代替措置を講じたときは、当該バグの存在をもって
プログラムの欠陥(瑕疵)と評価することはできない、とするもの(東京地裁平成9年2月18日
判決・判タ964号172頁)がある。
②ベンダーの責任の内容
ⅰ)民法の条文の適用
ユーザーから対価を受け取りながら、瑕疵のあるプログラムを提供した場合は、その責
任はベンダーに帰することとなり、民法上の責任としては、ア)瑕疵担保責任(民法第570
2
立案担当者によれば、「プログラムの不具合が引き起こす結果が、一般に使用者がおよそ許容できないもの
であって、ソフトウエアの性質や説明などに照らし、全く予期し得ないものであるような場合において」、「プログ
ラムにそのような問題があるとの指摘を受け、その不具合を十分認識していた者が、この際それを奇貨として、
このプログラムをウイルスとして用いて他人に害を与えようとの考えの下に、あえて事情を知らない使用者をだ
ましてダウンロードさせたようなとき」には同罪が成立するとされており、そのような場合は、「実際にはほとんど
考えられない」とされている。(法務省「いわゆるコンピュータ・ウイルスに関する罪について」
<http://www.moj.go.jp/content/000076666.pdf> (last visited September.30, 2011))。
98
条(売買の場合)、第634条(請負の場合))又はイ)債務不履行責任(同法第415条)のい
ずれかが問われることになる。
a)瑕疵担保責任等が適用される場合
ユーザーはベンダーに対して、ア)契約解除、イ)損害賠償、ウ)瑕疵修補請求のいず
れかを請求することが考えられる。
しかしながら、ア)については「契約ヲ為シタル目的ヲ達スルコト能ハザル場合」に適
用が限られているところ(民法第570条の準用する第566条(売買の場合)、第635条
(請負の場合))、プログラムは修補することによって、本来の機能、すなわち契約の目的
を果たすことが可能となるため、ユーザーがプログラムの修補又は代物の提供を請求し、
これに対して遅滞なくプログラムの修補又は代物の提供がなされた場合は、「契約の目
的が達せられた場合」に該当し、解除することはできないと解される。また、イ)について
も、容易に修補可能というプログラムの財としての特殊性を考慮すれば、前述したように
ベンダーが速やかに自己にとって負担の少ない修補又は代物の提供を申し出ており、
ユーザーが承諾しさえすれば直ちに当該瑕疵修補・代物提供を受けうる状態になって
いる時に、これを拒否して損害賠償を求めることは信義則上許されない。
b)債務不履行責任が適用される場合
契約の目的たるプログラムの機能が発揮されていないという瑕疵がある場合は、ベン
ダーの債務不履行に当たると判断されることとなる。したがって、ユーザーはベンダーに
対して、ア)契約解除、イ)損害賠償、ウ)完全履行のいずれかを求めることが考えられる。
ア)契約解除
民法第541条又は第543条においては、相当の期間を定めて履行を催告し、その期
間内に履行されなかった場合、又は履行が不能となったときに契約を解除することがで
きるとされている。したがって、ベンダーに対し、相当の期間を定めて履行を催告し、こ
れに対してベンダーからその期間内にプログラムの修補又は代物の提供がなされた場
合は、契約を解除することはできないと解される。
イ)損害賠償
民法第415条に基づき、債務の本旨たる履行ができない場合は損害賠償を請求する
ことができ、履行が遅滞した場合にも、ユーザーに損害があれば損害賠償を請求するこ
とができる。ただし、容易に修補可能というプログラムの財としての特殊性を考慮すれば、
前述のようにベンダーが速やかに自己にとって負担の少ない修補又は代物の提供を申
し出ており、ユーザーが承諾しさえすれば直ちに当該瑕疵修補・代物提供を受けうる状
99
態になっている時に、これを拒否して損害賠償を求めることは信義則上許されない。
ウ)完全履行
民法第415条から、修補請求又は代物請求が可能と解される。
(3)ベンダーの担保責任等が問われる期間
ライセンス契約において特段の合意がない場合、次のとおり。
瑕疵担保責任を問うことのできる期間は、ユーザーが瑕疵を知ったときから1年(売買の場
合、民法第570条、第566条)又は、引渡しを受けたときから1年(請負の場合、民法第637
条)である。ただし、ベンダーとユーザーの双方が事業者である売買の場合は、商法第526条
の規定が適用され、引渡しを受けたときから6か月である。
また、債務不履行責任は、本来の債務の履行を請求し得る時から10年で時効により消滅す
る(民法第167条第1項)。ただし、通常、ベンダーは事業者であるため、商法第522条により5
年で時効により消滅する。なお、解除に基づく損害賠償請求権(解除に基づく原状回復請求
権の履行不能による損害賠償請求権)については、解除のときから、10年(原則)ないし5年
(商事債務の場合)で時効により消滅する。
(4)ライセンス契約中に瑕疵担保責任又は債務不履行責任に関する免責特約がある場合の
扱い
①ユーザーが消費者である場合
ライセンス契約に、ベンダーの瑕疵担保責任又は債務不履行責任を免責する特約が置
かれることがあるが、消費者契約の場合、下記のような特約については、消費者契約法第8
条第1項第1号,第2号,第5号又は第10条に該当し、無効と解される可能性がある。
・事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除する条項
・事業者の故意又は重過失による債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の
一部を免除する条項
・目的物に隠れた瑕疵があるときに、当該瑕疵により消費者に生じた損害を賠償する事業者
の責任の全部を免除する条項(ただし、このような条項も同時に当該契約において、当該
契約の目的物に隠れた瑕疵があるときに当該事業者が瑕疵のないものをもってこれに代
える責任又は当該瑕疵を修補する責任を負うこととされている場合(同法第8条第2項第1
号)や、当該事業者と一定の関係にある他の事業者が責任を負うこととされている場合(同
法第8条第2項第2号)には、無効とならない
・消費者の利益を一方的に害する条項
例えば、バグに対して一切責任を負わないという条項や、バグに関する修補はすべて有
償とする条項は、消費者契約法第8条により無効と解される可能性があり、また、ベンダーの
100
プログラムの担保責任期間をプログラムの特性等から判断される合理的な期間に比して不
当に短くする条項も、消費者契約法第10条により無効と解される可能性がある。
②ユーザーが消費者でない場合
一方、ユーザーが消費者でない場合は、消費者契約法は適用されないため、原則として、特
約に従うこととなる。
101
最終改訂:平成24年○月
【14】Ⅲ-8 ユーザーの知的財産権譲受人への対抗
【論点】
ユーザー(ライセンシー)は、ベンダー(ライセンサー)から契約で情報財の使用を許諾さ
れているだけであるが、当該情報財に関する知的財産権(著作権、特許権)を譲り受けた者
に対して、引き続き当該情報財の使用を主張できるか。
(例)
1.情報財に関する知的財産権(著作権、特許権)が第三者に譲渡された場合、ライセンス
契約に基づき当該情報財を使用していたユーザー(ライセンシー)は情報財の使用を続
けることができるか。
2.ベンダー(ライセンサー)が倒産した場合、ライセンス契約に基づき当該情報財を使用し
ていたユーザー(ライセンシー)は情報財の使用を続けることができるか。
1.考え方
(1)情報財に関する知的財産権が第三者に譲渡された場合
①情報財のライセンサとしての地位を移転する場合
知的財産権の譲渡人と譲受人の間の契約をもってなすことができるものと解される可能性
があり、その場合、ユーザー(ライセンシー)は引き続き当該情報財を使用することができる。
②知的財産権のみが譲渡された場合
ⅰ)著作権が譲渡された場合
著作権が及ぶ形で情報財を利用する場合には、譲受人の著作権を侵害するため、情
報財の利用を継続できない。ただし、情報財を単に視聴すること等の使用行為や私的複
製に該当する場合(著作権法第30条第1項)等、譲受人の著作権が及ばない形であれば、
ユーザー(ライセンシー)は情報財の利用や使用を継続することができる。
ⅱ)特許権が譲渡された場合
ユーザー(ライセンシー)は、自己の通常実施権発生後の当該特許権や実用新案権の
譲受人に対し、自己の通常実施権を対抗することができるので(特許法第99条)、ユーザ
ー(ライセンシー)は情報財の使用を継続することができる。
(2)ベンダー(ライセンサー)が倒産した場合
①著作権の場合
管財人によってライセンス契約が解除される可能性があり、その場合、ユーザー(ライセン
102
シー)は情報財の使用を継続することができなくなる。
もっとも、例えば一般的なパッケージソフトウェアのように最初に対価を支払えばそれ以降
使用の対価を支払う必要のないような情報財のライセンス契約については、通常は解除の対
象とされることはない。
②特許権の場合
ライセンス契約は解除されず、ユーザー(ライセンシー)は、情報財の使用を継続すること
ができる。
2.説明
(1)問題の所在
ユーザー(ライセンシー)は、ベンダー(ライセンサー)から契約で情報財の使用を許諾され
ているだけであり、ベンダー(ライセンサー)から情報財に関する知的財産権を譲り受けた第三
者に対抗できず、情報財を突然使用できなくなるおそれがあるのではないかとの指摘がある。
また、ベンダー(ライセンサー)が破産した場合、破産管財人が破産者の契約を一方的に解除
することができる場合がある(破産法第53条第1項。同様の規定として、会社更生法第61条第
1項、民事再生法第49条第1項。)ことから、この場合においてもユーザー(ライセンシー)は、
情報財を突然使用できなくなるおそれがあるのではないかとの指摘がある。
(2)知的財産権が第三者に譲渡された場合
ベンダー(ライセンサー)が情報財に関する知的財産権を譲渡する場合、その具体的内容と
しては、①当該情報財のライセンサーとしての地位を移転する場合と、②知的財産権のみを
譲渡する場合とがある。
①当該情報財のライセンサーとしての地位を移転する場合
契約上の地位の移転は、債権譲渡と債務引受が一体となったものであることから、原則と
して、譲渡人及び譲受人の合意のみならず、契約の相手方の同意を得ることが必要である。
しかしながら、土地の所有権とともに、当該土地の賃貸借契約における賃貸人たる地位を
譲渡した場合について、賃貸人の義務は賃貸人が何人であるかによってその履行方法が
特に異なるものではなく、また、土地所有権の移転があったときに新所有者にその義務の承
継を認めることがむしろ賃借人にとって有利であることから、特段の事情のある場合を除き、
新所有者が旧所有者の賃貸人としての権利義務を承継するには、賃借人の承諾を必要と
せず、旧所有者と新所有者間の契約をもってこれをなすことができるものと解されている(最
高裁昭和46年4月23日第二小法廷判決・民集25巻3号388頁)。
本判例の趣旨に照らすと、ベンダー(ライセンサー)の債務もユーザー(ライセンシー)に
103
対して情報財を使用させるというものであり、ライセンサーが何人であるかによってその履行
方法が特に異なるものではない場合があると考えられ、また、知的財産権の移転があったと
きに当該権利の譲受人にその義務の承継を認めることがむしろユーザー(ライセンシー)に
とって有利であることから、ライセンサーとしての地位の譲渡についても知的財産権の譲渡
人と譲受人間の契約をもってなすことができるものと解される可能性がある。この場合、ユー
ザー(ライセンシー)は、新ライセンサーに対して、引き続き情報財の使用を主張することが
できる。
なお、この場合、仮に年度ごとにライセンス料が支払われるようなときには、ⅰ)三者間で
譲渡契約を締結する、ⅱ)旧ライセンサーからユーザー(ライセンシー)に対して、ライセンス
料債権を新ライセンサーに譲渡した旨の通知をする、ⅲ)ライセンス料債権の譲渡について
ユーザー(ライセンシー)が旧ライセンサ又は新ライセンサーに承諾するのいずれかによっ
て、新ライセンサは、次年度以降のライセンス料の支払を受けることができる(民法第467条
第1項)。
②知的財産権のみを譲渡する場合
この場合、情報財に関する知的財産権の譲受人は知的財産権侵害を主張することによっ
て、ユーザー(ライセンシー)による当該情報財の使用を認めないことが考えられる。知的財
産権が著作権の場合と特許権の場合に分けて検討する。
ⅰ)著作権の場合
著作権で保護された情報財を単に視聴すること等、著作権法上保護されている著作物
の利用には該当しない形であれば、別途譲受人の著作権を侵害しない限り、ユーザー(ラ
イセンシー)は情報財の使用を継続することができると解される。
これに対して、単なる視聴等以外の著作権が及ぶ行為、例えば、著作権法上の権利制
限規定に該当しない情報財の複製や修正(改変、翻案)等は、譲受人の著作権の侵害に
該当する可能性が高い。
ただし、当該情報財がプログラムの場合であって、当該プログラムが格納された CDROM 等を所有していたり、自己所有のコンピュータにインストールしている等して、ユーザ
ー(ライセンシー)が当該プログラムの複製物の所有権を有している場合には、ユーザー
(ライセンシー)は、自ら当該プログラムをコンピュータで利用するために必要と認められる
限度において、当該プログラムを複製又は翻案することができる(著作権法第47条の3第
1項)。
上記の他にも、ユーザー(ライセンシー)は、保守・修理等のための一時的複製(著作権
法第47条の4)、送信の障害の防止等のための複製(著作権法第47条の5)、送信可能化
された情報の送信元識別符号の検索等のための複製等(著作権法第47条の6)、情報解
104
析のための複製等(著作権法第47条の7)、電子計算機における著作物の利用に伴う複
製(著作権法第47条の8)を行うことができる。
上記のような一部の例外を除き、第三者に知的財産権が譲渡された結果、ユーザー(ラ
イセンシー)は当該情報財の利用を継続できなくなるが、この場合であっても、当該情報
財の利用を継続できなくなったユーザー(ライセンシー)は、ベンダー(ライセンサー)に対
して損害賠償を請求することができる。
なお、著作権法上、ライセンシの権利に第三者対抗力を認める制度は存在していない。
ⅱ)特許権の場合
特許権で保護された情報財を使用することは特許権の実施行為に該当するものの(特
許法第2条第3項第1号)2、特許権者から通常実施権の許諾を受けたユーザー(ライセン
シー)は、その通常実施権発生後の当該特許権の譲受人に対し、自己の通常実施権を対
抗することができるので(特許法第99条)、ユーザー(ライセンシー)は情報財の使用を継
続することができる。
ただし、譲渡人とユーザー(ライセンシー)との間の契約内容が、譲受人とユーザー(ラ
イセンシー)との間に当然引き継がれるか否かについては、特許法上明確ではないため、
使用条件について紛争化するおそれがある。
そこで、情報財の使用許諾を受けるに際しては、当該情報財に関してライセンサーが特
許権を有している場合には、当該特許権の担保化・承継禁止条項等をライセンス契約に
盛り込むことを検討すべきと考えられる。
(3)ベンダー(ライセンサ)が倒産した場合
倒産法制上、双務契約について、契約当事者がともに債務の履行を完了していないときは、
管財人は契約を解除するか契約に基づく履行の請求をするか選択することができるとされて
いる(破産法第53条第1項、会社更生法第61条第1項、民事再生法第49条第1項)。ただし、
賃借権その他の使用及び収益を目的とする権利を設定する契約について破産者の相手方が
当該権利につき登記、登録その他の第三者に対抗することができる要件を備えている場合に
は、適用しないとされている(破産法第56条第1項、会社更生法第63条、民事再生法第51
条)。
2
なお、その使用が「業として」の使用とは解されない場合(例えば、家庭的又は個人的目的で使用する場
合)は、そもそも特許権侵害行為に該当しないため、使用を継続することができる(同法第68条)。
105
①著作権の場合
ベンダー(ライセンサー)の倒産に伴い、管財人によってライセンス契約が解除される可能
性がある 3。ここで解除が選択された場合は、管財人又は管財人から権利を譲り受けた第三者
(譲受人)と改めてライセンス契約を締結しない限り、ユーザー(ライセンシ)は情報財の使用を
継続することができなくなる。
もっとも、解除の対象となる双務契約はともに債務の履行を完了していないものであり、例え
ば一般的なパッケージソフトウェアのように最初に対価を支払えばそれ以降使用の対価を支
払う必要のないような情報財のライセンス契約の場合については、解除の対象とされることは
ないと解される。
②特許権の場合
前述のとおり、ユーザー(ライセンシー)は、自己の通常実施権発生後の当該特許権や実用
新案権の譲受人に対し、自己の通常実施権を対抗することができるので(特許法第99条)、破
産法第56条第1項等により、ライセンス契約は解除されず、これまでどおり使用を継続すること
ができる。
3
双方未履行の双務契約の場合手あっても、契約を解除することによって相手方に著しい不公平な状況が
生じる場合には、破産管財人の解除権が制限されるとする判決例がある(最判平成12年2月29日)。
106
最終改訂:平成24年○月
【15】Ⅲ-10 使用機能、使用期間等が制限されたソフトウェア(体験版ソフトウェア、期間制限
ソフトウェア等)の制限の解除方法を提供した場合の責任
【論点】
アプリケーションソフトやシェアウェアの体験版に付加されている制限(機能制限、利用期
間制限等)について、不正に解除する手段をインターネット上で提供する行為に対して、ど
のような制限があるか。
(例)
1.制限解除に必要なシリアルデータを提供する場合
2.制限解除に必要なシリアルデータを計算するキージェネレータを提供する場合
3.期間制限のある体験版に、疑似日時情報を与えることにより期間制限を解除する疑似情
報発生プログラムを提供する場合
4.制限版であることが記録されているレジストリ等のデータの改変情報を提供する場合
5.制限版か否かを判別する処理ルーチンを改変した疑似完全版を提供する場合
6.制限版か否かを判別する処理ルーチンを改変するクラックパッチを提供する場合
7.制限版か否かを判別する処理ルーチンを改変するために必要なバイナリ変更情報を提
供する場合
1.考え方
上記各例における法的責任の存否は、以下のとおりである(その他の法律の制限を受ける
か否かは、本準則Ⅱ-7「ID・パスワード等のインターネット上での提供」を参照されたい)。
①シリアルデータを第三者に提供しないという条件で制限版の提供を受けている者が、シリア
ルデータをインターネット上で提供した場合、債務不履行責任を負うと考えられる。
②キージェネレータを第三者に提供しないという条件で制限版の提供を受けている者が、キ
ージェネレータをインターネット上で提供した場合、債務不履行責任を負うと考えられる。
③疑似情報発生プログラムを第三者に提供しないという条件で制限版の提供を受けている者
が、疑似情報発生プログラムをインターネット上で提供した場合、債務不履行責任を負うと
考えられる。
④レジストリ等のデータの改変情報を第三者に提供しないという条件で制限版の提供を受け
ている者が、レジストリ等のデータの改変情報をインターネット上で提供した場合、債務不履
行責任を負うと考えられる。
⑤疑似完全版をインターネット上で提供する行為は、著作権法上、複製権侵害、公衆送信権
侵害等を構成し、刑事上、民事上の責任を負うと考えられる。また、制限版を改変して疑似
107
作成版を作成する行為は、別途、著作者人格権侵害を構成し、刑事上、民事上の責任を負
うと考えられる。
また、疑似完全版を第三者に提供しないという条件で制限版の提供を受けている者が、
疑似完全版をインターネット上で提供した場合、債務不履行責任を負うと考えられる。
⑥クラックパッチをインターネット上で提供する行為は、複製権等の侵害を惹起したものとして、
刑事上、民事上の責任を負うことがあると考えられる。
また、クラックパッチを第三者に提供しないという条件で制限版の提供を受けている者が、クラ
ックパッチをインターネット上で提供した場合、債務不履行責任を負うと考えられる。
⑦バイナリ変更情報をインターネット上で提供する行為は、複製権等の侵害を惹起したものと
して、刑事上、民事上の責任を負うことがあると考えられる。
また、バイナリ変更情報を第三者に提供しないという条件で制限版の提供を受けている者が、
バイナリ変更情報をインターネット上で提供した場合、債務不履行責任を負うと考えられる。
また、上記①から⑦までの全ての場合で、不法行為に該当し、損害賠償責任を負う可能性
があると考えられる。
2.説明
(1)問題の所在
アプリケーションソフトやシェアウェアにおいては、販売促進の一環として、完全版に比して
何らかの制限がなされている制限版(一部機能が利用できない機能制限版、利用可能期間の
制限がなされる体験版等)を無償で頒布したうえで、上記制限のない完全版での使用を希望
するユーザーに対して、制限解除の手段(体験版を完全版に変更するために必要なシリアル
ナンバー、体験版を完全版へ変更するパッチ等)を有償で提供するといった形態のビジネス
が行われている。
上記にもかかわらず、当該ソフトウェアの権利者に無断で上記制限を回避する手段を提供
するインターネットサイトが多数存在しており、このため、当該権利者の対価取得の機会が不
当に侵害されていると指摘されている。
そこで、当該権利者に無断で上記制限回避の手段をインターネット上で提供する行為が、
法的に制限されているのかが問題となる。
なお、上記制限回避の手段が多岐にわたるので、以下においては、まず、上記制限回避手
段を概観したうえで、法的問題を検討していく。
(2)制限回避手段について
現時点で存在が確認されている制限回避手段の提供は、以下のとおりである。
108
①シリアルデータ提供型
制限版における制限解除の条件が固定のシリアルデータの入力であるソフトウェアの場
合において、当該シリアルデータそのものをインターネット上で提供することにより行われる。
提供を受けたユーザーは、自己が有する制限版を起動する際に、当該シリアルデータを入
力することにより、制限版を完全版として使用することが可能となる。
提供されるシリアルデータの入手方法としては、権利者から有償で開示を受ける場合、体
験版の解析によりシリアルデータを自ら発見する場合、シリアルデータを提供している第三
者のサイトから入手する場合等がある。
②キージェネレータ提供型
ユーザー名等の情報から逐次シリアルデータを生成するソフトウェアの場合において、シ
リアルデータを生成するプログラム(以下「キージェネレータ」という。)をインターネット上で
提供することにより行われる。提供を受けたユーザーは、キージェネレータを実行し生成さ
れたシリアルデータを、自己が有する制限版を起動する際に入力することにより、制限版を
完全版として使用することが可能となる。
提供されるキージェネレータの入手方法としては、体験版の解析によりキージェネレータ
を自ら作成する場合、キージェネレータを提供している第三者のサイトから入手する場合等
がある。
③疑似情報発生プログラム提供型
偽の日時データを正規の日時であるかのようにアプリケーションソフトに付与することので
きる疑似情報発生プログラムを、インターネット上で提供する行為。提供を受けたユーザー
は、使用期間に制限のある制限版に疑似情報発生プログラムを使用することによって使用
期間の制限を解除することができ、期間経過後も使用することが可能となる。
提供される疑似情報発生プログラムの入手方法としては、疑似情報発生プログラムを自ら
作成する場合、疑似情報発生プログラムを提供している第三者のサイトから入手する場合等
がある。
この態様は、他の態様と異なり、どのソフトウェアにも使用可能な汎用性の高い疑似情報
発生プログラムを提供する行為であることが多く、このため、特定のソフトウェアを解析してい
るとはいえない場合が多いという特色がある。
④設定データ変更型
アプリケーションソフトの設定データが記録されているレジストリ情報等を解析した結果得
られる、制限版を完全版に変更するレジストリ変更情報等をインターネット上で提供する行為。
提供を受けたユーザーは、この情報をもとに、自らのコンピュータにインストールした制限版
109
に関するレジストリ情報等を変更することにより、完全版と同様に使用することが可能となる。
提供されるレジストリ変更情報等の入手方法としては、体験版の解析によりレジストリ変更
情報等を発見する場合、バイナリ変更情報を提供している第三者のサイトから入手する場合
等がある。
この態様は、当該ソフトウェアそのものは何ら改変されることがなく、設定情報が変更され
るにすぎないことに特色があり、提供を受けたユーザーは、手動でレジストリ変更情報等を
変更しなければならないことから、一定以上の知識を有するユーザーに限定される。
⑤疑似完全版提供型
制限版を解析し、制限版であるか否かを判定している処理ルーチンを無効化することによ
り、制限版を完全版と同等の機能を有する疑似完全版に改変し、これをインターネット上で
提供する行為。提供を受けたユーザーは、当該疑似完全版をインストールするだけで、完
全版と同等のソフトウェアを得ることが可能となる。
提供される疑似完全版の入手方法としては、体験版の解析により疑似完全版を自ら作成
する場合、疑似完全版を提供している第三者のサイトから入手する場合等がある。
この態様は、疑似完全版を入手するだけでユーザーは完全版を入手したのと同じ効果を
もつことから、特に専門知識を有していないユーザーに対して行われるという特色がある。
⑥クラックパッチ提供型
制限版であるか否かを判定している処理ルーチンの情報をもとに、制限版を制限のない
形態に自動で変更するクラックパッチ(プログラム)を作成し、これをインターネット上で提供
する行為。提供を受けたユーザーは、このクラックパッチを当てる(プログラムを実行する)こ
とにより、制限版を疑似完全版に改変し、完全版と同様に使用することが可能となる。
提供されるクラックパッチの入手方法としては、体験版の解析によりクラックパッチを自ら
作成する場合、クラックパッチを提供している第三者のサイトから入手する場合等がある。
この態様は、上記⑤疑似完全版提供型と異なり、疑似完全版を作成するのが、提供を受
けたユーザーであるところに特色があるが、反面、クラックパッチを実行するだけで行えるこ
とから、この場合も専門知識を有していないユーザーに対して行われるという特色がある。
⑦バイナリ変更情報提供型
体験版を解析し、制限版であるか否かを判定している処理ルーチンに関するバイナリ 1情
報(疑似完全版への変更情報を含む。)をインターネット上で提供する行為。提供を受けた
ユーザーは、当該バイナリ情報をもとに、制限版を疑似完全版(完全版と同様に動作するも
1
テキスト形式以外のデータ形式全般のことを意味するが、ここでは、実行可能形式のコンピュータプログラム
を意味する。
110
の)に改変することにより、完全版と同様に使用することが可能となる。
提供されるバイナリ変更情報の入手方法としては、体験版の解析によりバイナリ変更情報
を自ら発見する場合、バイナリ変更情報を提供している第三者のサイトから入手する場合等
がある。
この態様は、上記⑥クラックパッチ提供型と異なり、提供されるのは、単なる解析情報にす
ぎず、クラックパッチの実行という自動的に行われる改変ではなく、提供を受けたユーザー
が、手動で変更することに特色があり、提供を受けたユーザーは、手動でプログラムを変更
しなければならないことから、一定以上の知識を有するユーザーに限定されるという特色が
ある。
(3)法的検討
上記制限回避手段の提供は、権利者からみれば、著作物である完全版の不正使用というこ
とになろう。
そこで、まず、上記制限回避手段の提供が、著作権法上の権利侵害に該当するか否かを検
討し、その後に、他の法律の制限を受けるか検討する(著作権法上の権利侵害該当性以外の
点については、本準則Ⅱ-7「ID・パスワード等のインターネット上での提供」と同様であるので、
詳しくはそちらを参照されたい)。
①著作権法上の権利侵害への該当性
上記の制限回避手段には、大きく分けて、結果的に制限版を本来のものとは異なるもの
に改変することが予定されている態様のものと(上記⑤から⑦まで)、何ら改変を伴わない態
様のもの(上記①から④まで)に分類できる。
前者の形態は、制限版に何らかの改変が施されることになることから著作権法上の権利
侵害となるおそれが高い。
そこで、下記の著作権法における検討においては、上記2つの態様ごとに検討する。
なお、制限版であるか否かを判定している処理ルーチンが、本体とも呼ぶべきプログラム
部分と完全に分離されており(例えば、完全に別ファイルとして構成されている場合)、かつ、
制限版であるか否かを判定している処理ルーチン自体に創作性がない場合(例えば、書籍
等で紹介されているありきたりなプログラムをほぼそのまま流用した場合)には、制限版であ
るか否かを判定している処理ルーチン部分はそもそも保護の対象となる著作物とは言えな
い。
したがって、以下においては、制限版であるか否かを判定している処理ルーチンが本体
とも呼ぶべきプログラム部分と分離していないか、分離していたとしても、制限版であるか否
かを判定している処理ルーチン自体に創作性が認められる場合に限定して検討していく。
111
ⅰ) 結果的にソフトウェアを改変することが予定されている態様について
a) 著作者人格権侵害について
まず、疑似完全版提供型のうち、提供者自らが制限版を疑似完全版に改変している
場合、当該改変は著作者の意に反することは明らかであるから、著作者人格権の一つ
である同一性保持権(著作権法第20条第1項)を侵害することになるのではないかが問
題となる。
この点、著作権法第20条第2項第3号には、「プログラムの著作物を電子計算機にお
いてより効果的に利用し得るようにするために必要な改変」については著作権法第20条
第1項の適用がないと規定されていることから、この場合も同一性保持権を侵害すること
になるのか否かが同条項の解釈と関連して問題となる。
確かに、制限版を疑似完全版に改変することは、制限版しか入手できないユーザー
にとっては、より効果的に利用しうるために行われるものともいえる。
しかし、著作権法第20条第2項は、きわめて厳格に解釈運用されるべきとの見解があ
り 2、この見解によれば、同項第3号は、プログラム上の不具合であるバグを取り除いたり、
有効な機能を追加するバージョンアップといったプログラムそのものの価値を高めるた
めの改変を予定しているとする 3。この見解に立てば、制限版を疑似完全版に改変する
ことは、著作者が予定している機能制限等を機能しなくするものにすぎず、バグを取り除
くものでも、バージョンアップを行うものでもないことになり、同条項の適用はなく、同一
性保持権侵害に該当すると解釈されることになろう。
したがって、上記の場合には、同一性保持権侵害に該当すると解釈される可能性が
あるといえる。
次に、クラックパッチ提供型、バイナリ変更情報提供型の場合は著作者人格権侵害を
構成するであろうか。
確かに、これらの態様の場合、提供者は、自ら制限版を改変するわけではない。
しかし、提供を受けたユーザーがクラックパッチを使用したり、バイナリ変更情報をもと
に制限版を疑似完全版に改変した場合、前述のとおり、当該ユーザーによる改変行為
は同一性保持権侵害を構成することから、クラックパッチやバイナリ変更情報は上記同
一性保持権侵害行為を容易にしていることは明らかである。
したがって、クラックパッチやバイナリ変更情報を提供することは、ユーザーの改変行
為を惹起する行為といえ、同一性保持権侵害を惹起したことに基づく責任を負う可能性
があると考えられる 4。
2
3
4
加戸守行「著作権法逐条講義五訂新版」173頁。
前掲書175頁。
東京高裁平成16年3月31日(デッドオアアライブ2事件判時1864号158頁)参照。
112
上記のとおりであるから、自ら疑似完全版を作成した者は、同一性保持権侵害として、
刑事的には、5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金に処せられ、又はこれを併
科されることになり(著作権法第119条第2項第1号)、民事的には、権利者から当該行
為の差止め(著作権法第112条)、損害賠償請求(民法第709条)を受けることになると
考えられる。また、クラックパッチやバイナリ変更情報を提供した者は、同一性保持権侵
害を惹起したものとして、刑事的及び民事的責任を負う可能性があると考えられる。
b) 著作権侵害について
まず、疑似完全版提供型のうち、提供者自らが制限版を疑似完全版に改変している
場合、翻案権(著作権法第27条)を侵害しないかが問題となる。
この点については、一部が改変されているとはいえ、ソフトウェアとして本来的に予定
されている部分には何ら改変がなされていないうえ、改変部分は制限版か否かを判定し
ている処理部分を無効にしているだけであり、何ら創作的な改変はなされておらず翻案
権侵害を構成しないとも考えられるが、他方で、いわばソフトウェア全体を制限版から完
全版へ改変するものであるから、創作性に変更がないとはいえないとして、翻案権侵害
を構成するとも考えられる 5。
なお、疑似完全版を新たに複製する行為は、疑似完全版への改変行為が翻案権侵
害を構成するか否かにかかわらず、著作権侵害を構成すると考えられる 6。
次に、疑似完全版への改変行為が翻案権侵害を構成するか否かにかかわらず、疑
似完全版をサーバにアップロードする行為については、複製権(著作権法第21条)ない
し原著作者の権利(著作権法第28条)を侵害するものであると共に、当該サーバから第
三者にダウンロードさせた場合には、更に公衆送信権(著作権法第23条第1項)ないし
原著作者の権利(著作権法第28条)を侵害することになると考えられる。
上記のとおりであるところ、複製権侵害等が成立する場合、刑事的には、10年以下の
懲役若しくは1000万円以下の罰金に処せられ、又はこれを併科されることになり(著作
権法第119条第1項)、民事的には、権利者から、当該行為の差止め(著作権法第112
条)、損害賠償請求(民法第709条)を受けることになると考えられる。
次に、クラックパッチ提供型、バイナリ変更情報提供型の場合は複製権侵害等を構成
するであろうか。
5
東京地裁平成19年3月16日(Lexis判例速報19号93頁)では、このような場合も、翻案権侵害にあたると判
示している。
6 疑似完全版への改変行為について創作性がないとして翻案権侵害を構成しないと考えた場合には、制限版
の著作権者に無断で疑似完全版を複製する行為は、制限版を複製することと同一であると考えられるので、制
限版の複製権侵害を構成することになると考えられる。また、疑似完全版への改変行為について創作性がある
として翻案権侵害を構成すると考えた場合には、制限版は疑似完全版の原著作物にあたることから、制限版の
著作権者に無断で疑似完全版を複製する行為は、原著作者の権利を侵害(著作権法第28条)することになる
と考えられる。
113
この点については、同一性保持権侵害の場合と同様に、クラックパッチやバイナリ変
更情報を提供することは、閲覧者による複製ないし翻案行為を惹起する行為となると考
えられることから、およそ私的使用目的の複製ないし翻案行為があり得ない場合を除き、
複製権侵害ないし翻案権侵害を惹起したことに基づく責任を負う可能性があると考えら
れる。
ⅱ) 結果的にソフトウェアを改変しない態様について
いずれの提供型においても、ソフトウェアそのものを改変するわけではなく、また、ソフト
ウェアを複製等するわけでもないため、著作権法上の問題は生じない。
なお、疑似情報発生プログラムは、「技術的保護手段の回避を行うことを専らその機能と
するプログラムの複製物」(著作権法第120条の2第1号)に当たらないかが問題となるも、
疑似情報発生プログラムは、あくまで虚偽の日時をソフトウェアに与えるにすぎず、当該ソ
フトウェアに特定の反応をする信号が記録されているわけではないのであるから、「技術
的保護手段の回避を行うことを専らその機能とするプログラムの複製物」に当たらないと考
えられる。
また、レジストリ情報等の設定情報を変更することが著作権法上何らかの問題を生じな
いか問題となるも、レジストリ情報等は単なるデータにすぎず、そもそも著作物とはいえな
いので、著作権法上の問題は生じない。
したがって、いずれの提供形においても、著作権法上の権利を侵害するものとは認め
難いと考えられる。
②不正アクセス禁止法による制限
正規に入手していないシリアルデータ等を用いてソフトウェアを使用したとしても、「電気
通信回線を通じて」シリアルデータを入力するようなものではない限り、不正アクセス禁止法
における「不正アクセス行為」には該当しない(不正アクセス禁止法第3条第2項)。
③不正競争防止法による制限
ⅰ) 技術的制限手段に対する不正競争
不正競争防止法においては、電磁的方法により、特定の反応をする信号をプログラムと
ともに記録媒体に記録等したり、特定の変換を必要とするように記録等することにより、プロ
グラムの実行を制限する手段(技術的制限手段(同法第2条第7項))を営業上用いる場合
について、その技術的制限手段の効果を妨げることによりプログラムの実行が可能となる
機能を有する装置又はプログラム(当該装置又は当該プログラムが当該機能以外の機能
を併せて有する場合にあっては、影像の視聴等を当該技術的制限手段の効果を妨げるこ
とにより可能とする用途に供するために行うものに限る。)を譲渡等する行為を、不正競争
114
としている(同法第2条第1項第10号及び第11号)。
しかしながら、一般に、制限版における制限方法は、特定の反応をする信号がプログラ
ムとともに記録されていたり、プログラム自体が特定の変換を必要としたりするようなもので
はなく、技術的制限手段に該当しない。
したがって、当該行為は、いずれの態様においても、技術的制限手段に対する不正競
争には該当しないと考えられる。
ⅱ) 営業秘密にかかる不正競争
シリアルデータ提供型及びキージェネレータ提供型においては、営業秘密を不正に提
供しているようにも考えられる。
しかし、シリアルデータそのものを提供する場合には、もともと多数のユーザーに対し、
同一のシリアルデータが提供されているのであり、営業秘密であるとは認め難いと考えら
れる。
また、キージェネレータを提供している場合には、そもそもシリアルデータそのものを提
供しているわけではないのであるから、営業秘密を提供しているとはいえない。
したがって、第三者に提供しないという条件でシリアルデータが付与されている場合を
除けば、営業秘密であるとは認め難いと考えられる。
④契約による制限
権利者が各態様における提供者との間で、明示的に各態様における提供行為を禁止す
る契約を締結している場合、これに反する行為は、債務不履行として、損害賠償の責任を負
う(民法第415条)。
また、各態様において、シリアルデータを発見する等のためには、制限版を解析すること、
すなわちリバースエンジニアリングを行うことが不可避となるが、権利者から制限版を入手す
る際にリバースエンジニアリング禁止条項が含まれる契約を締結することが条件となっており、
かつ、リバースエンジニアリングを禁止した条項が無効にならない場合には(リバースエンジ
ニアリングと独占禁止法の解釈に関し、本準則Ⅲ-2「ライセンス契約中の不当条項」の「競争
制限的な契約条項」参照)、当該契約を締結した者がリバースエンジニアリングを行ってシリ
アルデータ等を発見することは、契約上の責任を負うと考えられる。
⑤一般不法行為
いずれの態様についても、権利者の営業活動上の不利益という損害を与える行為である
から、違法性を有するものとして、不法行為が成立する余地があると考えられる。
115
Ⅳ 国境を越えた取引等に関する論点
最終改訂:平成24年○月
【16】Ⅳ-1 事業者間取引についての国際裁判管轄及び適用される法規
【論点】
我が国の事業者が外国の事業者を相手にしたインターネットを介して取引において紛争
が生じた場合、契約の成立時期や要件、契約履行の考え方など、取引の基本的なルール
については、どこの国の法律が適用され、どのように紛争が解決されるか。
1.考え方
(1)国際裁判管轄
仲裁合意がある場合には、仲裁合意が優先され、日本の裁判所に訴えを提起しても、訴え
は却下される 1。
また、日本の裁判所を管轄裁判所とする合意がある場合は、原則として日本の裁判所の国
際裁判管轄 2が認められるが、外国の裁判所を専属的な管轄裁判所とする合意がある場合に
は、日本の裁判所では原則として訴えが却下される。
(管轄裁判所について合意する条項の例)
・「本契約に関する一切の訴訟については、東京地方裁判所を第一審の専属管轄裁判所とする。」
・
他方、国際裁判管轄についての合意がない場合については、日本の事業者が被告として
訴えを提起されたときは、原則として、日本の裁判所の国際裁判管轄が認められると考えられ
るが、日本の事業者が外国の事業者を被告として日本国内の裁判所で訴えを提起するときに
は、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められるか否かは具体的事情によることとなる。
(2)適用される法規
国際動産売買については、国際物品売買契約に関する国際連合条約(以下「ウィーン売買
条約」という。)が存在し、我が国では平成21年8月1日から発効している。したがって、問題と
なる取引が動産売買であり、相手方の営業所の所在する国がウィーン売買条約の締約国であ
る場合、又は、合意その他によって定められた準拠法が締約国の法である場合には、ウィーン
売買条約が適用される。ただし、契約において、ウィーン売買条約を適用しない旨の合意をし
ている場合などには、ウィーン売買条約は適用されない。
1
却下とは、いわゆる門前払いのことであり、実体的判断に踏み込まずに訴えを斥けるものである。
国際裁判管轄とは、国際的な事案においていずれの国が裁判権を行使し得るかを意味する。裁判権を行使
し得ない場合、裁判所は、実体的判断を行うことなく、訴えを却下しなければならない。
2
116
(ウィーン売買条約の適用を排除する条項の例)
・「国際物品売買契約に関する国際連合条約は本契約には適用されない。」
・
また、ウィーン売買条約が適用されない場合やウィーン売買条約で規定されていない事項 3
に関し、いずれの地の法が適用されるか(いずれの地の法が準拠法となるか)について日本
の裁判所では、通則法により決定されることとなる。
通則法第7条によれば、当事者が取引についてどの地の法を適用するかにつき当該取引
の当時に選択していた場合(準拠法の選択がある場合)には、その法が適用されることになる。
(契約準拠法を選択する準拠法条項の例)
・「本契約に関する一切の事項はフランス法による。」
・
他方、当事者間でそのような選択をしなかった場合については、通則法第8条第1項は、当
該取引の当時において当該取引に「最も密接な関係がある地の法」が適用されるとしている。
「最も密接な関係がある地の法」については、同条第2項及び第3項に推定規定が置かれてお
り、(インターネット上のみで取引が完結することが通常想定できない)不動産を目的物とする
取引ではない場合には、当該取引において「特徴的な給付」を当事者の一方のみが行うもの
であるときは、その給付を行う「当事者の常居所地法」が最密接関係地法と推定されると定めら
れている。
一般的には、動産の引渡し又はサービスの提供が特徴的な給付であると考えられるから、
原則として、日本の事業者が売主又はサービス提供者である場合には、日本法が準拠法とな
るであろう。
(3)ウィーン売買条約又は日本法が適用される場合の契約の成立の考え方
適用される法規は以上のように考えられるところ、例えば、海外向けに物品を販売する我が
国の事業者に対して外国の事業者から注文が入り、我が国の事業者が承諾の通知を発信し
た後に買主である外国の事業者から注文のキャンセルの連絡が入ったとき、我が国の事業者
が契約の成立を主張できるかどうかを考えると、まず、ウィーン売買条約が適用される場合に
は、買主である外国の事業者からの注文に対し日本の事業者が承諾の通知を発信し、その承
諾が外国の事業者に到達していれば、契約は成立していることになり、契約成立後は、一方
的な意思表示によって契約がなかったものとすることはできない。また、日本法が適用される
3
たとえば、遅延損害金などについてはウィーン売買条約に規定がない。
117
場合にも、日本の事業者が外国の事業者からの申込みに対し承諾の通知を発信し、これが相
手方に到達すれば、到達の時点で契約が成立するため、その後に到達した注文キャンセル
の通知にかかわらず、契約の成立を相手方に主張することができる。
2.説明
(1)国境を越えた事業者間でのインターネット取引と国際裁判管轄及び適用される法規
インターネットの広がりによって、事業者間における国際取引がますます簡便に行われるよ
うになっている。しかしそのことは、国境を越えて争われる紛争の増加をも意味している。そうし
た紛争の解決にあたっては契約の解釈が問題になることが少なくはないが、国際取引紛争に
関しては、その際に日本の裁判所で裁判が行われることや、日本の民法や商法が適用される
ことが必ずしも当然ではないことに留意が必要である。すなわち、外国の事業者との取引にお
いては、日本の裁判所での国際裁判管轄が認められない可能性や、当該外国の民法や商法、
あるいは、第三国の民法や商法が適用される可能性があるのである。
それでは、当該取引についてどの国の裁判所で国際裁判管轄が認められ、どの国の民法
や商法が適用されるかはどのように決定されるのか。この点に関し、民事訴訟法を改正する形
で国際裁判管轄に関する規定を盛り込んだ「民事訴訟法及び民事保全法の一部を改正する
法律」が平成23年4月28日成立し、同年5月2日公布された。同法は、平成24年4月1日から
施行されるため、以下の記載は、改正後の民訴法の規定を前提とすることとする。
また、どの国の民法や商法が適用されるかを決定するための法は一般に「国際私法」と呼
ばれているが、我が国の国際私法の規定は、通則法に置かれており、当該取引に何れの国
の民法や商法が適用されるかは、ウィーン売買条約の適用がない限り、この通則法に従って
決定されることになる。
なお、これは、あくまで当該紛争について我が国の裁判所に訴えが提起された場合につい
ての我が国の立場からの判断であることに注意する必要がある。すなわち、当該紛争につい
て外国の裁判所に訴えが提起された場合には、当該外国の法に従って、国際裁判管轄が認
められるかどうかや、どの国の民法や商法が適用されるかについて判断されるのであり、その
結論が我が国のそれとは異なる可能性もあるのである。
この点を留保した上で、以下では、我が国の裁判所に訴えが提起された場合を前提に、国
際裁判管轄が認められるかどうかや、どの国の民法や商法が適用されるかをどのように決定
するかについて説明することとする。
(2)国際裁判管轄
①仲裁合意がある場合
仲裁合意がある場合には、仲裁合意が優先され、日本の裁判所に訴えを提起しても、訴
えは却下される。これは、仲裁地が日本国内である場合と国外である場合とに関わらない
118
(仲裁法第 14 条第 1 項)。
なお、仲裁合意は書面によらなければならないとされているが(仲裁法第13条第2項)、
更に電磁的記録によってされた合意が書面によってされたものとみなされる旨規定されてお
り(仲裁法第13条第4項)、オンライン契約による合意が実質的に有効とされている(本準則
Ⅰ-2-4「仲裁合意条項の有効性」を参照。)。
②仲裁合意がない場合
改正後の民訴法においては、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められる場合が列挙さ
れている。具体的には、第3条の2が、国内土地管轄に関する民事訴訟法第4条に相当して、
被告の住所等が日本国内に存在する場合に日本の裁判所に国際裁判管轄が認められる場
合を規定し、第3条の3が、国内土地管轄に関する財産上の訴え等についての管轄(民事
訴訟法第5条)にほぼ相当する形で、契約上の債務に関する訴え等に関し、日本の裁判所
に国際裁判管轄が認められる場合を規定している。なお、民事訴訟法第5条第1号は、財産
権上の訴えにつき義務履行地を特別裁判籍としているが、改正後の民訴法第3条の3第1号
は、契約上の債務の履行等に関する請求に関する訴えにつき、「契約において定められた
当該債務の履行地が日本国内にあるとき、又は契約において選択された地の法によれば当
該債務の履行地が日本国内にあるとき」にのみ、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められ
るとしている。また、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められる場合であっても、「事案の性
質、応訴による被告の負担の程度、証拠の所在地その他の事情」を考慮の上、「日本の裁判
所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し、又は適切かつ迅速な審理の実現を
妨げることとなる」場合は、訴えの全部又は一部を却下できるものと規定している(同法第3
条の9)7。
ⅰ)日本の事業者が被告とされる場合
被告の主たる事務所又は営業所が日本国内にあることにより、日本の裁判所に管轄権
が認められる(同法第3条の2第3項)。
ⅱ)日本の事業者が原告となる場合
訴えの類型によって、日本の裁判所に管轄権が認められる場合がある。例えば、契
約上の債務の履行の請求を目的とする訴えであれば、契約において定められた当該債務
の履行地が日本国内にあるときに(同法第3条の3第1号)、財産権上の訴えであれば、請
7
ただし、改正後の民訴法は、訴えについて法令に日本の裁判所の管轄権の専属に関する定めがある場合
には、第3条の2から第3条の4まで及び第3条の6から第3条の8までの規定を適用しないとしている(同法第3
条の10)。
119
求の目的が日本国内にあるとき又は当該訴えが金銭の支払を請求するものである場合に
は差し押さえることができる被告の財産が日本国内にあるとき(その財産の価額が著しく低
いときを除く。)(同条第3号)などに、日本の裁判所に管轄権が認められる。
また、被告が日本国内に事務所又は営業所を有しており、その事務所又は営業所に
おける業務に関する訴えである場合(同法第3条の3第4号)や、被告が日本において事業
を行っており、その日本における業務に関する訴えである場合(同条第5号)は、日本の裁
判所に管轄権が認められる。
なお、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められ日本で勝訴判決を得たとしても、被告が
日本に財産を有していない場合、その判決の執行については、別途、財産の所在する国に
おいて、日本の裁判所の確定判決の執行を求める必要があることには注意が必要である。
また、国際裁判管轄に関する規定がない従前においても、当事者間に国際裁判管轄に
関する専属的な合意がある場合は、原則としてその合意が優先すると解されており、外国の
裁判所を管轄裁判所とする専属的な合意は、①その事件が日本の裁判権に専属的に服す
るものではなく、②指定された外国の裁判所が、その外国法上、当該事件につき管轄権を
有する場合には、③かかる合意がはなはだしく不合理で公序法に違反するとき等の場合を
除き、当該合意は原則として有効であるとされていた(最高裁判所昭和50年11月28日第三
小法廷判決・民集29巻10号1554号)。
上記は、改正後の民訴法においても同様である。なお、同法は、第3条の7において、国
際裁判管轄につき、当事者が合意でこれを定めることができることを規定している(同条第1
項)。さらに、外国の裁判所を管轄裁判所とする専属的な合意については、その裁判所が裁
判権を行使できないときは援用できないこと(同条第4項)、及び、法令により日本の裁判所
に専属的な管轄権がある場合には、本条は適用されない(外国の裁判所に国際裁判管轄を
認める旨の合意ができる旨の規定は適用されない)ことを規定し(同法第3条の10)、上記①
及び②の要件を明文として規定している。
国際裁判管轄に関する合意は書面による必要があるが、電磁的記録も書面とみなされる
ため(同法第3条の7第2項、第3項)、オンライン契約による合意も有効と判断されるものと考
えられる 。
(3)適用される法規
①ウィーン売買条約
国際動産売買については、ウィーン売買条約が存在し、我が国では平成21年8月1日か
ら発効している。
120
ウィーン売買条約は、異なる国に営業所を有する当事者間の物品売買契約に関し、①こ
れらの国がいずれも締約国である場合、②国際私法の準則によって締約国 9の法が適用さ
れる場合に直接適用される(ウィーン売買条約第1条)。
したがって、問題となる取引が動産売買の場合であって、相手方の営業所
10
の所在する
国がウィーン売買条約の締約国である場合、又は、合意その他によって定められた準拠法
の国が締約国である場合 11には、ウィーン売買条約が適用される。
ただし、ウィーン売買条約は、以下の場合には適用されない。
ⅰ)例外の適用がある場合(ウィーン売買条約第2条)
a)個人用、家族用又は家庭用にされた物品の売買(ただし、売主が契約の締結時以前
に当該物品がそのような使用のために購入されたことを知らず、かつ、知っているべ
きでもなかった場合は、この限りではない)。
b)競り売買
c)強制執行その他法令に基づく売買
d)船、船舶、エアクッション船又は航空機の売買など
ⅱ)ウィーン売買条約を適用しない旨の当事者間の合意がある場合(ウィーン売買条約第
6条)
契約において、「国際物品売買契約に関する国際連合条約(ウィーン売買条約)は、本
契約には適用されない」旨、明記されていれば、ウィーン売買条約の適用を排除すること
ができる。
②ウィーン売買条約の適用がない場合 12
ⅰ)準拠法の選択がある場合
準拠法に関しては通則法によることとなるが、まず、当事者が取引の際にどの国の法に
従うかにつき選択していた場合には、通則法第7条は、その国の法の当該契約への適用
を認めている。
したがって、売買の対象が物品(有体物)であっても、インターネットサーバからダウンロ
ードすることにより提供されるソフトウェア(無体物)であっても、契約書の中に準拠法条項
を入れていた場合には、その国の民法や商法が適用されることになる。
なお、通則法が施行される前に当事者による準拠法の選択に関する規定が置かれてい
9
米国を始め、イギリスを除く多くのヨーロッパ諸国、アジアではシンガポール、韓国、中国、モンゴルは締約国
である。
10
ウィーン売買条約第10条参照。
11
ただし、米国、中国、チェコ、スロバキア、シンガポール等は、ウィーン売買条約第1条(1)(b)の適用を留保
する旨の宣言を行っている(同条約第95条)。
12 ウィーン売買条約で規定されていない事項も含む。
121
た「法例」第7条第1項 13については、準拠法条項といった明示の準拠法合意が無い場合
でも、事案の諸要素を斟酌し、当事者間での黙示の準拠法の選択が認められる場合があ
るとして、実務上、運用されてきた(最高裁昭和53年4月20日第一小法廷判決・民集32巻
3号616頁)。通則法においても、当事者間における準拠法の選択について、これを明示
的なものに限ることとはされていないことから、例えば、当該外国のサイトが日本語で表記
されているか否か、価格について円価での表記があるか否か、日本の消費者保護法規に
関する何らかの記述があるか否かなど、諸般の事情を考慮して、そのような黙示の準拠法
の選択が認められる場合もあることには注意が必要である。
ⅱ)準拠法の選択がない場合
それでは、このような準拠法の選択がなかった場合についてはどうか。
通則法第 8 条においては、準拠法の選択がない契約につき、第1項で「最も密接な関
係がある地の法」を適用するとした上で、第2項及び第3項に「最も密接な関係がある地の
法」を推定するための規定が置かれた。すなわち、不動産を目的物とする取引を除き、当
該取引において「特徴的な給付」を行う「当事者の常居所地法」が最密接関係地法と推定
されるとされており、その「当事者」が当該取引に関係する事業所を有する場合にはその
「事業所の所在地の法」が最密接関係地法と推定され、それが複数の国にある場合には
その中の「主たる事業所の所在地の法」が最密接関係地法と推定されるとされているので
ある。
ところで、ここにいう「特徴的給付」とは、その種類の契約を他の種類の契約から区別す
る基準となるような給付をいい、物品の売買であれば当該物品の売主が「特徴的給付」を
行う「当事者」であると考えられる。これは、無体物の売買のような場合も同様であり、インタ
ーネットサーバからダウンロードされることにより提供されるソフトウェアの売買についても
ソフトウェアの売主が「特徴的給付」を行う「当事者」であると考えられる。
このため、売買の対象が物品であってもソフトウェアであっても、日本の事業者が自らの
インターネット上のサイトを通じて海外の事業者に販売するような場合には、日本法が最
密接関係地法と推定され、逆に、海外の事業者からそのインターネット上のサイトを通じて
日本の事業者が購入するような場合には、当該海外事業者の所在地の法が最密接関係
地法と推定されると考えられる 14。
なお、ソフトウェアの場合、ソフトウェアを供給する主体との売買契約とは別に、当該ソフ
トウェアのライセンサーとの著作権許諾契約が締結される場合が多いが、この場合、売買
13
法例第7条 法律行為ノ成立及ヒ効力ニ付テハ当事者ノ意思ニ従ヒ其何レノ国ノ法律ニ依ルヘキカヲ定ム
サーバ所在地は、提供されるサービスが当該サーバに密接に関連するような場合を除き、あまり関係しない
と思われる。また、サイトが日本語のみであることは、日本が最も密接な関係を有する地とされる要素になり得る
と思われるが、現段階ではこの点を明確にした裁判例はない。
14
122
契約に係る特徴的給付を行う当事者は売主であり、著作権許諾契約に係る特徴的給付を
行う当事者はライセンサーと考えられる。
もっとも、通則法第8条は、あくまで「最も密接な関係がある地の法」の適用を命じている
のであり、「特徴的給付」を行う「当事者」の常居所地法や事業所所在地法は、あくまでこの
「最も密接な関係がある地の法」として「推定」されるにすぎないことには注意を要する。す
なわち、これ以外の国の法が当該取引において「最も密接な関係がある地の法」であると
認められるような場合には、かかる推定が破られ、当該国の法が適用されることになる。
ⅲ)契約の方式
なお、契約の成立要件については、実質的な成立要件と形式的な成立要件(書面性を
要求するか、署名を必要とするか等)に区分することが可能である。そして、以上の説明は、
もっぱら、契約の実質的な成立要件について当てはまるものである。
これに対し、「方式」と呼ばれる契約の形式的な成立要件に関しては、国際取引におい
て必ずしも熟知していない外国法が契約の実質の準拠法となるときには、当該外国法に
従った場合、時として当事者が不用意に契約の形式的な成立要件を欠いたまま契約を締
結してしまうことがある。そのような場合に当事者が不測の損害を被らないように、通則法
第10条は、第1項において契約の方式は当該外国法の要件によるとしながら、第2項に
おいて行為地法、第4項において異なる法域にいる当事者間の契約については申込み
の通知を発した地の法又は承諾の通知を発した地の法の要件を具備すればこれを有効と
すると定めている。インターネット上で国際取引を行う事業者は、この点にも留意する必要
がある。
ⅳ)当事者の行為能力等
また、インターネット上の取引を行う場合は、行為能力や法人に関する準拠法の規律に
ついても留意する必要がある。
まず、国境を越えてインターネット取引を行う相手方の事業者が自然人である場合には、
通則法第4条は、行為能力の準拠法を原則として本国法によって定める旨規定し、例外と
して、「すべての当事者が法を同じくする地に在った」場合には、本国法によれば行為能
力の制限を受けた者となるときであっても行為地法によれば行為能力者となるべきときは、
行為能力者とみなす旨規定している。
このため、我が国において取引をした場合には、「すべての当事者が法を同じくする地
に在った」場合であるので、自然人である取引の相手方がその本国法によれば行為能力
の制限を受けた者となるときであっても、行為地法である日本法によれば行為能力者とな
るべきときは、当該取引の相手方は行為能力者とみなされる。一方、異なる国に所在する
当事者が我が国に設置されたサーバ上で取引をした場合には、「すべての当事者が法を
123
同じくする地に在った」とは言えないので、自然人である取引の相手方の行為能力の準拠
法は、原則通り、その者の本国法となる。
他方、国境を越えてインターネット取引を行う相手方の事業者が法人である場合につい
ては、通則法において明文の規定はない。法人の内部関係に関して当該法人が設立され
た地の法が適用されるという点には概ね異論がないが、当該法人の機関の代表権の有無
や範囲の問題が第三者との関係で問題になる場合には、法人が設立された地の法が適
用されるということを原則としつつ、取引安全の保護の見地から自然人に関する通則法第
4条第2項を類推適用し、行為地法によって、法人が設立された地の法の適用が制限され
るとする見解 15もある。例えば、契約が代表権のある者によって締結されたか否かといった
点については、原則として当該法人が設立された地の法によることとなるが、取引安全の
保護の見地から、行為地法による制限を受ける可能性もあると考えられる。
③ウィーン売買条約又は日本法が適用される場合の契約の成立の考え方
適用される法規は以上のように考えられるところ、当該法規では契約の成立についてどの
ように規定されているであろうか。
例えば、インターネット上で社名などの刺繍を施すオーダー品を販売している我が国の
事業者が、外国の事業者からの注文に対して承諾の通知を発信し、先方に到達したことが
確認されたので製作を開始したところ、数日後に当該外国の事業者が注文キャンセルの連
絡をしてきた場合に、我が国の事業者は契約の成立を主張することができるであろうか。以
下、ウィーン売買条約又は日本法が適用される場合につき説明する。
ⅰ)ウィーン売買条約が適用される場合 16
買主からの注文は、契約の申込みと考えられる
17
。そして、かかる注文のキャンセルが
申込みの撤回として有効であれば、契約は成立しない。一方、注文のキャンセル時にお
いて既に契約が成立している場合は、一方的な意思表示によって契約がなかったものと
することはできない。
ウィーン売買条約によれば、申込みの撤回が許されるのは 18、契約が締結されるまでの
15
山田鐐一「国際私法(第3版)」235頁、溜池良夫「国際私法講義(第3版)」299頁。
物品を供給する当事者の義務の主要な部分が労働その他の役務の提供から成る契約については、ウィー
ン売買条約は適用されない(ウィーン売買条約第3条(2))。本事例は、刺繍を施すことが売主の義務の主要な
部分ではなく、ウィーン売買条約が適用される場合であるとする。
17
なお、ウィーン売買条約は、第14条(2)で、「一人又は二人以上の特定の者に対してした申入れ以外の申
入れは、申入れをした者が反対の意思を明確に示す場合を除くほか、単に申込みの誘引とする。」と規定して
いる。インターネットにおける物品・サービスの掲示は、特定の者に対する申入れではないから、「申し込んだ
方には必ずお送りします」などの旨を表示していない限り、「申込みの誘引」と解される。しかし、本件では、特
定の者に対してした申入れであると考えられるため、契約の申込みと考えられる。
18
撤回が許される場合であることが前提である(ウィーン売買条約第16条(2)参照)。
16
124
間であって、相手方が承諾の通知を発信する前に撤回の通知が相手方に到達する場合
である
19
。買主である外国の事業者からの注文のキャンセルが日本の事業者に到達する
前に、当該注文に対し、日本の事業者が承諾の通知を発信している場合、以後申込みの
撤回はできないこととなる。
本事例では、承諾が申込者に到達することにより契約が成立する場合であると考えられ
るところ 20、日本の事業者の承諾の通知は、買主である外国の事業者に到達しているから、
当該承諾の通知が到達した時点において、契約が成立している。契約成立後、一方的に
契約をなかったものとすることが許されないことは前述のとおりである。
ⅱ)日本法が適用される場合
日本法においても、申込みに対して承諾がなされたときに契約が成立する。また、日本
法においては、申込みの撤回に関し、承諾の期間の定めのある申込みについては撤回
ができないものとされているほか(民法第521条第1項)、承諾の期間を定めない申込みに
ついては、隔地者に対してなされた場合、申込者が承諾の通知を受けるのに相当の期間
を経過するまでは撤回することができないとされている(民法第524条)。ただし、当該期
間を経過すれば、申込みは撤回可能である。
意思表示は、到達した時から効力が生じるとされているところ(民法第97条)、隔地者間
の契約における承諾については、発信した時に効力が生じる(同法第526条第1項)。た
だし、隔地者間の契約における電子承諾通知(電子契約法第2条第4項参照)については、
原則どおり、承諾の意思表示が到達した時に、効力が生じる(本準則Ⅰ-1-1「契約の成立
時期(電子承諾通知の到達)」を参照)。したがって、承諾の期間の定めがない場合、申込
みの撤回は、①一般的には承諾の通知が発せられるまで、②電子承諾通知に関しては承
諾の意思表示が到達するまでに、申込みの撤回の意思表示が相手方に到達しなければ、
有効ではないこととなる。
本事例では、日本の事業者が外国の事業者からの申込み
21
に対し承諾の通知を発信
し、これが相手方に到達しているから、その時点で、契約は成立している。したがって、そ
の後に到達した注文キャンセルの通知にかかわらず、契約の成立を相手方に主張するこ
19
ウィーン売買条約第16条(1)参照。
20
なお、ウィーン売買条約第18条(3)が適用される場合には、一定の行為が行われたときは、申込者において当該行為がなされ
たことを知らなくても、契約が成立し、申込みの撤回はできなくなる。ここでは、ウィーン売買条約第18条(3)の適用がない場合を
想定している。仮に適用があり、承諾通知発信前にそのような行為が行われた場合は、その時点で契約が成立することとなるから、
それ以後は、申込みの撤回はできないこととなる。
21 なお、ウェブサイトにおいて、商品を表示している行為がそもそも「申込み」に該当する可能性もあるが、ウェブサイトにおける商
品の表示に対して買主から注文が入った場合、直ちに契約が成立する(つまり、売主は、いかなる買主からのどのような数量の注
文であっても直ちにその注文に拘束される)とすると、対応不可能な量の注文がされた場合に、売主が債務不履行責任を負ってし
まうことになるという問題がある。したがって、ウェブサイトにおける商品の表示は、「申込みの誘引」として行われるのが通常である。
125
とができる 22。
22
なお、本事例における販売の目的物が、社名などの刺繍を行うオーダー品であることから、当該オーダー部分について、ある
仕事の完成を業務の内容とする請負契約の要素を含むものであると考えることができる。請負においては、「請負人が仕事を完成
するまでの間は、注文者は、いつでも損害を賠償して契約の解除をすることができる」旨規定されているところ(民法第641条)、先
方企業からの注文取消しが、かかる「解除」の趣旨と解釈することもできる。このように考えた場合、本件においては、契約の解除
が認められる余地がある。契約の解除が認められた場合、日本の事業者としては、同規定に基づき損害賠償を請求することがで
きるであろう。
126
最終改訂:平成24年○月
【17】Ⅳ-2 消費者と事業者の間の取引についての国際裁判管轄及び適用される法規(特に
消費者保護法規)
【論点】
我が国の消費者が海外の事業者とインターネットを介した取引で紛争が生じた場合、ど
の国の消費者保護法規の適用を受け、どのように紛争を解決することができるか。また、逆
に、海外の消費者が我が国の事業者との間でインターネットを介して取引を行う場合はどう
か。
1.考え方
(1)国際裁判管轄
仲裁合意がある場合には、仲裁合意が優先され、日本の裁判所に訴えを提起しても、訴え
は却下される。ただし、仲裁法附則第3条によれば、消費者は仲裁合意を解除することができ
る。
また、仲裁合意がない場合又は仲裁合意が解除された場合には、日本の裁判所に国際裁
判管轄が認められるかが問題となる。この点、国際裁判管轄に関する規定の存在しなかった
従前においては、当事者が消費者であることがどのように影響するか明確ではなかったが、改
正後の民訴法の下においては、通常は、消費者の住所がある日本の裁判所に国際裁判管轄
が認められることとなる。
(2)適用される法規
買主が消費者である場合、原則としてウィーン売買条約は適用されない。
我が国で訴訟が行われる場合、通則法第11条第1項によれば、我が国の消費者と海外の
事業者の間、又は海外の消費者と我が国の事業者の間でインターネットを介して取引が行わ
れた場合、我が国又は海外の消費者は、当事者間で選択していた準拠法の消費者保護法規
の保護を受けるだけではなく、当該消費者が自らの常居所地の消費者保護法規中の強行規
定に基づく特定の効果を主張した場合には、その強行規定による保護をも受けることができる。
また、同条第2項には、当事者が準拠法を選択していなかった場合には、通則法第8条の
規定にかかわらず、消費者の常居所地法を準拠法とするという規定が置かれている。したがっ
て、例えば我が国に常居所を有する消費者が海外の事業者との間でインターネットを介して
取引を行った場合で、準拠法の選択がなかった場合には、日本法が準拠法となることから、当
該消費者は我が国の消費者保護法規の保護を受けることになる。
以上によれば、我が国の消費者が海外の事業者から物品を購入したような場合、又は逆に、
海外の消費者が我が国の事業者から物品を購入したような場合には、消費者は、原則として、
自らの常居所地の消費者保護法規による保護を受けることができる。
127
ただし、自らの常居所地以外の地の法を準拠法として選択していた場合には、当該消費者
が自らの常居所地の消費者保護法規の強行規定の適用を主張する必要がある。
2.説明
(1)国境を越えたインターネット上の消費者取引と国際裁判管轄及び適用される法規
インターネットの広がりは、従来はおよそ考えられなかった消費者の国際取引への参加を促
した。しかしそのことは、国境を越えた消費者紛争の発生という全く新しい状況を生み出してい
る。そうした状況下では、例えば、我が国の消費者が海外の事業者との間でインターネット取
引を行った場合に、国内事案と同様に、我が国で訴えを提起することができるかどうかや、我
が国の消費者保護法規による保護を受けることができるのかが問題となる。
消費者契約 1に関する訴えの国際裁判管轄については、上記1.(1)のとおり、改正後の民
訴法が特別の定めを置いている。また、消費者取引に関する国際的な法の適用関係につい
ては、通則法第11条に消費者契約の特例の規定が置かれている。なお、この特別な規定は、
あくまで当事者の力関係に差がある契約形態である事業者と消費者の間の契約に適用され、
消費者と消費者の間のインターネット・オークションのような場合の契約には適用されないこと
には注意を要する。
また、これは、あくまで当該紛争について我が国の裁判所に訴えが提起された場合につい
て、我が国の立場からの判断であることには注意する必要がある。すなわち、当該紛争につい
て外国の裁判所に訴えが提起された場合には、当該外国の法に従って、国際裁判管轄や国
際的な法の適用関係について決定されるのであり、その結論が我が国のそれとは異なる可能
性もあるのである。例えば、我が国の事業者が外国の消費者を相手にインターネットを介して
取引を行う場合であって、当該消費者が自国の裁判所に訴えを提起したときは、当該外国の
法に従って国際裁判管轄や法の適用関係が決定されることになる。そして、その場合には、以
下の議論は必ずしも当てはまらないことになる。
この点を留保した上で、以下では、我が国の裁判所に訴えが提起された場合を前提に説明
することとする。
(2)国際裁判管轄
①仲裁合意がある場合
本準則Ⅳ-1「事業者間取引についての国際裁判管轄及び適用される法規」で示される事
業者間取引の場合と同様、仲裁合意がある場合には、仲裁合意が優先される。ただし、仲裁
1
「消費者契約」とは、改正後民訴法第3条の4第1項において、消費者(個人(事業として又は事業のために契
約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいう。)と事業者(法人その他の社団又は財団及び事 業として
又は事業のために契約の当事者となる場合における個人をいう。)との間で締結される契約(ただし、労働契約
を除く)と定義されている。
128
法附則第3条には消費者の特例があり、消費者は仲裁合意を解除することができるとされて
いる。これにより、消費者によって仲裁合意が解除された場合は②の問題となる。
②仲裁合意がない場合
この場合、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められるかが問題となる。この点、改正後
の民訴法は、消費者契約に関する訴えの国際裁判管轄について、以下のような特則を設け
ている。
ⅰ)消費者からの事業者に対する訴え
消費者契約締結時の消費者の住所又は訴え提起時の消費者の住所が日本国内にあ
れば、日本の裁判所が管轄権を有する(同法第3条の4第1項)。
ⅱ)事業者からの消費者に対する訴え
原則として、消費者の住所地のある日本の裁判所が管轄権を有する(同法第3条の4
第3項。同項は、第3条の3の規定は適用しないと定めている。)。
ⅲ)国際裁判管轄の合意についての特則消費者契約に関する紛争を対象とする事前
の国際裁判管轄の合意は,原則として無効である(同法第3条の7第5項)。ただし、事業
者と消費者とが、消費者契約締結時の消費者の住所がある国の裁判所に訴えを提起する
ことができる旨の国際裁判管轄の合意をした場合、又は、消費者が国際裁判管轄の合意
に基づき合意された国の裁判所に訴えを提起したとき若しくは事業者が訴えを提起した場
合において消費者が国際裁判管轄の合意を援用したときは、その合意は有効とされる 4。
つまり、消費者と事業者との取引に関し、事業所の所在国の裁判所が国際裁判管轄を有
する旨の合意がされていたとしても、消費者がかかる合意を前提とした積極的な行為を行
わない限り、有効とはされないこととなる。
(3)適用される法規
①ウィーン売買条約
買主が消費者である場合、当該売買がウィーン売買条約第2条に規定する「個人用、家
族用又は家庭用に購入された物品の売買」に当たると考えられ、原則としてウィーン売買条
約は適用されない 5。
4
なお、①については、国際裁判管轄に関する専属的な合意は、その国以外の国の裁判所にも訴えを提
起することを妨げない旨の合意とみなされる(第3条の7第5項)。
5
なお、ウィーン売買条約では、「ただし、売主が契約の締結時以前に当該物品がそのような使用のために購
入されたことを知らず、かつ、知っているべきでもなかった場合は、この限りではない。」とされており(第2条
(a)ただし書)、この場合は、ウィーン売買条約が適用される。
129
②準拠法の選択がある場合
当事者が取引についてどの地の法を適用するかにつき選択していた場合には、通則法
第11条第1項は、その国の法の当該消費者契約への適用を認めている。しかし、事業者と
消費者との間には、準拠法の合意を取り付けるにあたっての交渉力に大きな差異がある。そ
のため、準拠法の合意を無条件に認めるだけでは、例えば、海外の事業者との間の取引に
おいて、我が国の法制に比して消費者の保護に薄い国の法を準拠法として合意させられる
ことにより、我が国の消費者が不測の損害を被る可能性がある。
そこで、通則法第11条第1項においては、さらに「消費者がその常居所地法中の特定の
強行規定を適用すべき旨の意思を事業者に対し表示したときは、当該消費者契約の成立及
び効力に関しその強行規定の定める事項については、その強行規定をも適用する」旨が明
記されている。
これにより、我が国に常居所を有する消費者に関しては、外国法を準拠法とする合意を結
んでいたとしても、「常居所地法」である日本法上の消費者保護法規中の特定の強行規定の
適用を主張し、それによる保護を受けることができる。また、逆に、外国に常居所を有する消
費者に関しては、我が国の法を準拠法とする合意を結んでいたとしても、「常居所地法」であ
る外国法上の消費者保護法規中の特定の強行規定の適用を主張し、それによる保護を受
けることができるということになる。
③準拠法の選択がない場合
通則法は第11条第2項において、消費者契約につき準拠法の選択がなかった場合には、
直截に「消費者の常居所地法」を適用することとしている。したがって、この場合には、我が
国に常居所を有する消費者に関しては、「常居所地法」である日本法上の消費者保護規定
が全面的に適用される。
④消費者契約の方式
契約の方式に関しては、国際取引において必ずしも熟知していない外国法が契約の実
質の準拠法となるときには、当該外国法に従った場合、時として当事者が不用意に契約の
形式的な成立要件を欠いたまま契約を締結してしまうことがある。そのような場合に当事者
が不測の損害を被らないように、通則法第10条は、原則として当該外国法の要件か、行為
地法又は申込みの通知を発した地の法若しくは承諾の通知を発した地の法の要件かを具
備すればこれを有効とすると定めている。
しかし、消費者契約に関しては、一定の書式に従うことを必要とする、一定以上のフォント
で記載されることを要求するなど、方式における要件が消費者保護のために働いている場
合があり、契約をできるだけ有効と扱うことによって法律行為の成立を容易にしようとする通
130
則法第10条の規定を消費者契約にそのまま適用することは必ずしも妥当ではない。そこで、
消費者契約の方式に関しては、通則法第11条第3項は契約の実質の準拠法として消費者
の常居所地法以外の法が選択された場合であっても、契約の方式について当該消費者が
その常居所地法中の特定の強行規定を適用すべき旨の意思を事業者に対し表示したとき
は専らその強行規定が適用され、同条第4項は契約の実質の準拠法として消費者の常居所
地法が選択された場合において、契約の方式について当該消費者がその常居所地法によ
るべき旨の意思を事業者に対し表示したときは消費者の常居所地法のみが適用される旨を
定めている。また、同条第5項は、準拠法の選択がない場合においては、消費者の常居所
地法のみが適用される旨を定めている。こうした消費者契約の方式に関する法の適用につ
いても、留意が必要である。
⑤適用除外
以上の原則には、通則法第11条第6項に例外の定めがあり、それに該当する場合には
消費者契約としての特殊な扱いは受けず、通常の契約と同様に取り扱われることになる。
まず、①消費者が自ら事業者の所在する地に赴いて契約を締結した場合である(通則法
第11条第6項第1号)。これは、そのような「能動的消費者」までをも適用の対象とすると、国
内のみで活動しているような事業者までもが消費者の常居所地法の適用を常に考えなけれ
ばならないことになり、そのような事業者の事業の遂行に支障をきたす可能性すら危惧され
るためである。ただし、本号が適用されるためには、消費者が物理的に外国の地に赴く必要
があるため、インターネット上で外国の事業者のサイトにアクセスする場合のように、消費者
が物理的に外国に赴いていない場合は、本号の適用はない。
次に、②消費者契約の債務の全部の履行を事業者の所在する地で受けた場合である(通
則法第11条第6項第2号)。インターネット上での物品の売買のように、物品が最終的に消
費者が所在する地に物理的に運ばれてくる場合は、債務の履行を受ける地は、消費者が所
在する地となり、本号の適用の余地はない。他方、消費者が、外国のサイトで音楽データを
購入しダウンロードするような場合には、債務の履行は、外国に所在するサーバ上でダウン
ロード可能な状態に置いた段階で完了しているとも考えられることから、このような場合、債
務の履行を受けた地が、サーバが所在する外国となるか、消費者が所在する地となるかが
問題となる。しかし、本号の趣旨は、事業者の所在地に物理的に赴いたような「能動的消費
者」については、消費者契約としての特殊な扱いの適用を除外するということであり、インタ
ーネット上で外国の事業者が開設する音楽データのダウンロードサイトにアクセスすることは
消費者にとってさほどの困難がない点にかんがみると、債務の履行を受けた地は、消費者
が物理的に所在する地を基準とすべきであり、消費者が自国に所在する端末を通じて最終
的にデータを受信している限りにおいては、本号の適用はないと考えるべきである。
次に、③事業者が消費者の常居所地を知らず、かつ、知らないことについて相当な理由
131
があるとき(通則法第11条第6項第3号)、④事業者が契約の相手方が消費者でないと誤認
し、かつ、誤認したことについて相当の理由があるとき(同項第4号)である。これらについて
は、相手方が見えないインターネット上での取引では、通常の取引に比して、該当する場合
がより大きくなると思われる。すなわち、様々な理由により事業者が、当該インターネット取引
において対象とする消費者の常居所地を制限したり、常居所地によって価格設定を変えた
りする場合がある。又は、そもそも消費者を取引相手としなかったり、消費者については事業
者に比して割高な価格設定にしたりするといった場合もある。そのような場合に、相手方が
見えない取引であることを奇貨として、より割安な価格設定を狙って、自らの常居所地を偽る、
又は、自らが消費者ではないと偽ってインターネット上での取引を試みる消費者の存在も想
定できるが、そのような消費者に関しては、ここにおける適用除外の対象になる可能性が高
いといえよう。また、ダウンロード販売など、送付先の住所を知る必要がないような場合にも、
この例外の適用を受ける可能性がある。
⑥当事者の行為能力
また、インターネット上において取引を行う場合は、行為能力に関する規定についても留
意する必要がある。
通則法第4条は、行為能力の準拠法を原則として本国法によって定める旨規定し、例外と
して、「すべての当事者が法を同じくする地に在った」場合には、本国法によれば行為能力
の制限を受けた者となるときであっても行為地法によれば行為能力者となるべきときは、行
為能力者と見なす旨規定している。
このため、我が国の事業者が我が国において外国の消費者と取引をした場合には、「す
べての当事者が法を同じくする地に在った」場合であるので、当該外国の消費者がその本
国法によれば行為能力の制限を受けた者となるときであっても、行為地法である日本法によ
れば行為能力者となるべきときは行為能力者と見なされる。一方、我が国の事業者が我が
国に設置されたサーバ上で外国の消費者と取引をした場合には、「すべての当事者が法を
同じくする地に在った」とは言えないので、当該外国の消費者の行為能力の準拠法は、原
則通り、当該外国の消費者の本国法となる。
132
最終改訂:平成24年○月
【18】Ⅳ-3 生産物責任と国際裁判管轄及び適用される法規
【論点】
外国の消費者が、我が国の事業者からインターネットを介して購入した商品を使用したと
ころ生命、身体又は財産に被害を生じたとして、当該商品を製造した別の我が国の事業者
に損害賠償を請求している。この場合、いずれの国の法律が適用されるか。
1.考え方
(1)国際裁判管轄
外国の消費者が日本の事業者を相手にして日本の裁判所に訴えを提起する場合は、被告
の住所のある日本の裁判所に裁判権が認められる。
(2)適用される法規
我が国の裁判所で裁判が行われる場合の生産物責任に関する準拠法の決定については、
通則法第18条で規定されており、販売された商品の瑕疵によって被害が発生したような場合、
生産業者に対する債権の成立及び効力は、被害者が生産物の引渡しを受けた地の法による
とされている。ただし、その地における生産物の引渡しが通常予見することのできないもので
あったときは、生産業者の主たる事業所の所在地の法(生産業者が事業所を有しない場合に
あっては、その常居所地法)による。
2.説明
(1)国際裁判管轄
改正後の民訴法の下では、製造物責任に関する訴えの管轄権について特別の規定は設け
られていないため、原則として、被告の住所が日本国内にある場合は、日本の裁判所に国際
裁判管轄が認められる(同法第3条の2)1。
外国の消費者が日本の事業者を相手にして日本の裁判所に訴えを提起する場合は、被告
の住所のある日本の裁判所に管轄権が認められ、消費者自らが日本の裁判所に訴えを提起
していることに鑑みれば、日本の裁判所の管轄権を否定すべき特別の事情も考えにくく、通常
は、日本の裁判所に国際裁判管轄が認められるであろう 。
なお、本論点については、実際には、外国の消費者が自国の裁判所において、日本の事
1
製造物責任法に基づく製造物責任に関する訴えは「不法行為に関する訴え」に含まれると解されるところ、改
正後の民訴法は、不法行為に関する訴えについて、不法行為があった地が日本国内にあるときは、日本の裁
判所が管轄権を有する旨の規定を置いている(第3条の3第8号)。不法行為があった地とは、不法行為が行わ
れた地のみならず、損害発生地も含むと解されている。本事例においても、不法行為があった地が日本である
と認められる場合は、同号の規定によっても、日本の裁判所が管轄権を有することになる。
133
業者を相手に訴えを提起することも多いと考えられる。このような場合に、訴えが提起された裁
判所に国際裁判管轄が認められるかどうかについては、当該裁判所が所在する国の法に従
って判断されることになる。
(2)適用される法規
①不法行為に適用される法規
日本で裁判が行われる場合については、通則法第17条において、不法行為一般につき、
「結果が発生した地の法による」と明定されている。ただし、その地における結果の発生が通
常予見することのできないものであったときは、加害行為が行われた地の法が準拠法となる
とされている。
なお、通則法は、不法行為について、第18条に生産物責任に関する特則(②を参照)、
第19条に名誉又は信用の毀損に関する特則(本準則Ⅳ-4「インターネット上の名誉・信用の
毀損と国際裁判管轄及び適用される法規」を参照)をそれぞれ置いており、それらの特則の
適用対象となる不法行為については、第17条の規定に優先して、第18条又は第19条の規
定が適用されることになる 3。
②生産物責任に適用される法規
通則法は、不法行為の特則として第18条に以下の規定を置いている。すなわち、第17
条の規定にかかわらず、生産物(生産され又は加工された物をいう。以下この条において同
じ。)4で引渡しがされたものの瑕疵により他人の生命、身体又は財産を侵害する不法行為に
よって生ずる生産業者(生産物を業として生産し、加工し、輸入し、輸出し、流通させ、又は
販売した者をいう。以下この条において同じ。)又は生産物にその生産業者と認めることが
できる表示をした者(以下この条において「生産業者等」と総称する。)に対する債権の成立
及び効力は、被害者が生産物の引渡しを受けた地の法によるとされている。ただし、その地
における生産物の引渡しが通常予見することのできないものであったときは、生産業者等の
主たる事業所の所在地の法(生産業者等が事業所を有しない場合にあっては、その常居所
地法)による。
同条にいう「引渡しを受けた地」とは、法的に占有を取得した地を意味する。本事例のよう
にネットを介した通信販売の場合、「引渡しを受けた地」とは、通常送付先として指定された
消費者の常居所地になると解される。したがって、原則として消費者の常居所地法である外
国法が準拠法とされると考えられる。ただし、「その地における生産物の引渡しが通常予見
3
小出邦夫編著「逐条解説・法の適用に関する通則法」(2009年。商事法務)195頁。
通則法第18条にいう「生産物」とは、日本の製造物責任法上の「製造物」(製造され又は加工された動産)(製
造物責任法第2条第1項)のみならず、未加工の農水産物や不動産(建物等)を含むとされている。例えば、加
工食品は、通則法第18条の「生産物」に該当するところ、食品に異物が混入していることは、食品が通常有す
べき性質を欠いており、瑕疵に当たると言える。
4
134
することのできないものであったとき」は、生産業者等の主たる事業所の所在地の法(生産業
者等が事業所を有しない場合にあっては、その常居所地法)、つまり、日本法が適用される。
ここで、その地における生産物の引渡しが通常予見することのできないものであったときとは、
例えば、製品に複数の言語で「○○国内での使用に限る」などの明記をした上で生産業者
が流通対象国をコントロールしていたにもかかわらず、その域外で転売されて被害が発生し
た場合などが考えられる。
③例外条項
通則法においては、生産物責任を含む不法行為一般につき、原則的な連結点である結
果発生地等よりも、明らかにより密接な関係がある地がある場合に関する例外条項が置かれ
ている(通則法第20条)。したがって、生産物責任の場合であっても、諸般の事情から明ら
かにより密接な関係がある地がある場合には、これとは異なる法が適用される可能性が全く
無いわけではない。
④当事者による準拠法の変更
不法行為の当事者は、不法行為の後において、不法行為によって生ずる債権の成立及
び効力について適用すべき法を変更することができる旨規定されているから(通則法第21
条)、当事者が合意すれば、別の国の法律を適用することが可能である 5。
⑤日本法の累積適用
不法行為の準拠法に関して通則法第22条では、日本法を要件・効果の両面において累
積的に適用することとしている。すなわち、準拠法が外国法となり、当該外国法に従うと不法
行為が成立する場合でも、日本法に従うと不法とならない場合には、結果として損害賠償そ
の他の処分は請求できない。また、外国法及び日本法双方により不法行為が成立する場合
でも、日本法により認められる損害賠償その他の処分でなければ請求できない。
外国の法が適用される場合において、当該外国の法では、懲罰的損害賠償が認められる
場合に、日本の裁判所でも懲罰的損害賠償等が認められるかについては、通則法第22条
等の規定により、懲罰的損害賠償については認められない可能性が高いと思われる 6。
5
ただし、第三者の権利を害することとなるときは、その変更をその第三者に対抗することができない(通則法
第21条ただし書)。
6
通則法第22条に関し、国会における審議において「損害賠償については、その方法のみならず、賠償額の
計算方法や限度額についても、『認められる』に当たるかどうかに幅はあるものの、本条項の適用を排除するも
のではないと解することが趣旨に合致するものと考えて」いる旨の答弁がされている(平成18年6月14日衆議
院法務委員会会議録第31号)。
また、外国裁判所の確定判決の効力につき、カリフォルニア州裁判所における懲罰的損害賠償の支払いを
命じた判決の日本での執行を求めた事案において、最高裁判所は、当該懲罰的損害賠償としての金員の支
135
払いを命じた部分は「我が国の公の秩序に反する」としてその執行を認めなかった(最高裁平成9年7月11日
第二小法廷判決・民集51巻6号2573頁。民事訴訟法第118条第3号参照)。
136
最終改 訂:平成 24年 ○月
【19】Ⅳ-4 インターネット上 の名 誉 ・信 用 の毀 損 と国 際 裁 判 管 轄 及 び適 用 される
法規
【論 点 】
我 が国 の居 住 者 が管 理 するインターネット上 の掲 示 板 に他 人 の名 誉 や信 用 を
毀 損 する書 き込 みがなされ、様 々な国 々において被 害 が発 生 した場 合 、そのこと
に基 づいて海 外 の居 住 者 が差 止 めや損 害 賠 償 を請 求 するときに、いずれの国 の
法 が適 用 され、どのように紛 争 解 決 がされるか。
1.考 え方
(1)国 際 裁 判 管轄
海 外 の居 住 者 が日 本 の掲 示 板 管 理 者 を相 手 にして日 本 の裁 判 所 に訴 えを提
起 する場 合は、被 告の住所のある日本の裁 判所に管轄 権が認 められる。
(2)適 用 される法 規
通 則 法 第 19条 によれば、世 界 中 どこからでもアクセス可 能 なインターネット上 の
掲 示 板 で名誉 や信 用 を毀損するような書 き込みがなされ、それが閲覧 された様 々な
国 々でそれぞれ被 害 が発 生 したような場 合 であっても、そのことに基 づいて差 止 や
損 害 賠 償 を請 求 する際 には、被 害 者 の常 居 所 地 法 (被 害 者 が法 人 その他 の社 団
又は財 団 である場 合 にはその主たる事 業 者 の所 在 地 の法 )によることになる。
ただし、その法が外国 法である場合には、通 則法 第22条により、その書き込み行
為が日本 法によれば不法 とならないときは損害 賠 償その他 の処 分を請 求 できず、ま
た、当 該 外 国 法 及 び日 本 法 によって不 法になる場 合 であっても、日 本 法 により認 め
られる損 害賠 償その他 の処分 でなければ請 求できない。
2.説 明
(1)国 際 裁 判 管轄
インターネットの広 がりは、どこからでもアクセス可 能 な電 子 掲 示 板 の展 開 といっ
た新 たなビジネスを生 み出 している。しかし、そこには世 界 中 どこからでもアクセス可
能 であるために、一 つの名 誉や信 用を毀 損 する書 き込みが世 界 中 の様々な国 々で
様 々な人 々に閲 覧 され、結 果 、様 々な国 々のそれぞれにおいて被 害 が発 生 するよ
うな事 態 が登 場するに至っている。
このような事 態 について被 害 者 が訴 訟 を提 起 する場 合 、その国 の裁 判 所 に国 際
裁 判 管 轄が認められるかどうかや、どの国の法が適 用されるかが問 題となる。
国 際 裁 判 管 轄 については、改 正 後 の民 訴 法 においては、海 外 の居 住 者 が日 本
137
の掲 示 板 管 理 者 を被 告 として日 本 の裁 判 所 に訴 えを提 起 する場 合 は、被 告 の住
所 のある日 本の裁 判 所に裁 判権が認められる 1 。
なお、本 論 点 では、海 外 の居 住 者 が日 本 の裁 判 所 に訴 えを提 起 することを想 定
しているが、実 際 には、海 外 の居 住 者 が自 らの居 住 国 の裁 判 所 において訴 えを提
起 することも多 いと考 えられる。このような場 合 に、訴 えが提 起 された裁 判 所 に国 際
裁 判 管 轄 が認 められるかどうかについては、当 該 裁 判 所 が所 在 する国 の法 に従 っ
て判 断 されることになる。
(2)適 用 される法 規
どの国 の法 が適 用 されるかについては、我 が国 で裁 判 が行 われる場 合 は、通 則
法 第 19条 に「名 誉 又 は信 用 の毀 損 の特 例 」が置 かれ、世 界 中 どこからでもアクセス
可 能 なインターネット上 の掲 示 板 で名 誉 や信 用 を毀 損 するような書 き込 みがなされ、
それが閲 覧 された様 々な国 々でそれぞれ被 害 が発 生 したような場 合 であっても、差
止 や損 害 賠 償 を請 求 する際 には、被 害 者 の常 居 所 地 法 (被 害 者 が法 人 その他 の
社 団 又 は財 団 である場 合 にはその主 たる事 業 者 の所 在 地 の法 )によることになって
いる。
ところで、不法 行 為の準拠 法に関して、通則 法第 20条 には例外 条 項が、同法 第
21条 には当 事 者 による変 更 の規 定 が、それぞれ設 けられている(本 準 則 Ⅳ-3「生
産 物 責 任 と国 際 裁 判 管 轄 及 び適 用 される法 規 」を参 照 )。また、同 法 第 22条 には
日 本 法 の累 積 適 用 に関 する規 定 が設 けられているため、インターネット上 の掲 示 板
における名 誉 ・信 用 毀 損 行 為 に対 する救 済 を求 めるには、上 記 のように被 害 者 の
常 居 所 地 法の要 件・効果を満たすことが必 要であると同 時に、日 本法 上の要 件・効
果 も満たす必要があるといえる。
1
改 正 後 の民 訴 法 は、不 法 行 為 に関 する訴 えについて、不 法 行 為 があった地 が日 本 国 内 にあ
るときは、日 本 の裁 判 所 が管 轄 権 を有 する旨 の規 定 を置 いている(第 3条 の3第 8号 )。不 法 行
為 があった地 とは、不 法 行 為 が行 われた地 のみならず、損 害 発 生 地 も含 むと解 されている。本 事
例 においても、不 法 行 為 があった地 が日 本 であると認 められる場 合 には、本 号 によっても、日 本
の裁 判 所 に国 際 裁 判 管 轄 が認 められる。
138
最終改訂:平成24年○月
【20】Ⅳ-5 国境を越えた商標権行使
【論点】
日本国内から外国に存在するサーバにアクセスして表示されるウェブサイト上の
表示について、日本の登録商標に基づき商標権侵害を主張することができるか。
(例)
日本の登録商標と同一又は類似の標章が、下記の各サイト上でその指定商品
と同一の商品の広告等として表示されていた場合、当該商標の権利者は、同商標
の表示に対して、日本の裁判所に提訴することで商標権侵害を主張することはで
きるか。なお、いずれの場合も、当該サイトの運営者は、日本の商標権者と無関係
であって、日本に営業所等を全く持たない外国法人であるものとする。
1.日本語のページが用意されているA国の違法コピーソフトウェア販売サイトにお
いて、各違法コピーソフトウェアについて、オリジナルのソフトウェアの登録商標
と同一の標章を表示して広告されていた場合。
2.日本への配送料が明記されているB国の高級カバンの販売サイトにおいて、正
規のメーカーから仕入れた真正商品について、当該商品の登録商標と同一の標
章を表示して広告されていた場合。
3.日本の自転車メーカーが自転車の車名について商標登録を行っていたところ、
日本円への換算機能が用意されているC国の自転車販売サイトにおいて、D国
の自転車メーカー製造の日本未発売自転車について、上記商標登録された自
転車の車名と同一の車名を表示して広告されていた場合。
4.日本の宅配専門ピザチェーンが商品であるピザの商品名について日本で商標
登録を行っていたところ、E国のF市を宅配地域として展開している宅配専門ピ
ザチェーンの宅配受付サイトにおいて、特定のピザについて、上記商標登録され
た商品名と同一の商品名を表示して広告されていた場合。
5.日本の自動車メーカーが自動車の車名について商標登録を行っていたところ、
ヨーロッパのG国の自動車ディーラーのウェブサイトにおいて、小型大衆車につ
いて、上記商標登録された車名と同一の車名を表示して広告されていた場合。
なお、当該小型大衆車は、G国から日本にも輸入されているものの、日本では別
の車名で販売されていた。
139
1.考え方
日本国内のユーザーの要求に応じて外国に存在するサーバにアクセスして表示さ
れるウェブサイト上の表示であっても、日本国内の需要者に対する商標の使用等とい
える表示であれば、日本の裁判所において、日本商標権の侵害に基づく請求が認
められることとなると考えられる。
上記各例における帰結は以下のとおりである。
(1)例 1 の場合
日本国内の需要者に対応するためと考えられる日本語のページが用意されている
ことから、日本国内の需要者に対する商標の使用等といえる。そして、商標を表示し
ている対象となる物品は、違法コピーソフトウェアであるから、商標権侵害としての違
法性を欠く場合にあたらない。
したがって、日本の裁判所において商標権侵害に基づく請求が認められる可能性
が高いと考えられる。
(2)例2の場合
内外格差の大きさから、日本の需要者が外国(特に、メーカーの本国)の販売サイ
トから高級カバンを購入することも一般的にみられるうえ、日本への配送料が明記さ
れていくことから、日本国内の需要者に対する商標の使用等といえる。
ただし、フレッドペリー事件最高裁判決(最高裁平成15年2月27日第一小法廷判
決・民集57巻2号125頁・判時1817号33頁)においては、一定の要件を満たす商
品の並行輸入については、商標の機能である出所表示機能及び品質保証機能を害
することがなく、商標の使用をする者の業務上の信用及び需要者の利益を損なわな
いことから、商標権侵害としての実質的違法性を欠くとされている 1。
このことからすれば、並行輸入が商標権侵害に関して実質的違法性を欠く場合、
1
フレッドペリー事件最高裁判決(最高裁平成15年2月27日第一小法廷判決・民集57巻2号125
頁・判時1817号33頁)では、「(1)当該商標が外国における商標権者又は当該商標権者から使
用許諾を受けた者により適法に付されたものであり、(2)当該外国における商標権者と我が国の商
標権者とが同一人であるか又は法律的若しくは経済的に同一人と同視し得るような関係があること
により,当該商標が我が国の登録商標と同一の出所を表示するものであって、(3)我が国の商標
権者が直接的に又は間接的に当該商品の品質管理を行い得る立場にあることから、当該商品と
我が国の商標権者が登録商標を付した商品とが当該登録商標の保証する品質において実質的
に差異がないと評価される場合には、いわゆる真正商品の並行輸入として、商標権侵害としての
実質的違法性を欠く」と述べ、真正商品の並行輸入は原則として商標権侵害を構成しないと判示
した。
140
その商品を広告、販売するにあたって当該商品の商標をウェブサイトに表示したとし
ても、同様に、商標の機能である出所表示機能及び品質保証機能を害することがな
いから、実質的に商標権侵害としての違法性がないと考えられる。
したがって、当該高級カバンの輸入が商標権侵害としての実質的違法性を欠くと
言えるのであれば、ウェブサイト上の広告について、日本の裁判所において商標権
侵害に基づく請求は認められないこととなると考えられる。
(3)例3の場合
自転車は規格が定まっているうえ、自動車のような検査登録制度がないため、世
界のどこからでも購入が可能な商品であり、また、内外格差の大きさや、日本に正規
輸入されていない商品を求めて、日本の需要者が外国の自転車販売サイトから自転
車やパーツを購入することも一般的にみられる。これに加えて、当該サイトには、日本
円への換算機能が用意されていることから、日本の需要者への販売を予定している
と考えられる。
したがって、日本国内の需要者に対する商標の使用等といえ、日本の裁判所にお
いて商標権侵害に基づく請求が認められる可能性が高いと考えられる。
(4)例4の場合
宅配地域が外国の特定の市に限定されているうえ、宅配ピザという商品の特性上、
日本への輸出は考えにくく、日本国内の需要者に対する商標の使用等といえない。
したがって、日本の裁判所において商標権侵害に基づく請求は認められず、そも
そも国際裁判管轄が認められないとして、訴えが却下される可能性も高いと考えられ
る。
(5)例5の場合
自動車は登録やアフターメンテナンス等の問題から、ネット販売は考えにくく、また、
ディーラーの商圏はディーラー所在地付近に限定されるのが一般であり、ヨーロッパ
所在の自動車ディーラーの商圏はせいぜいヨーロッパ内に限定されていると考えら
れる。仮に、内外格差の問題から、並行輸入することを考えても、大衆車であれば、
輸送費その他の輸入費用の大きさから、現実的ではないと考えられる。これらのこと
から、当該ウェブサイトは、日本国内の需要者に対する商標の使用等といえない。
したがって、日本の裁判所において商標権侵害に基づく請求は認められず、そも
そも国際裁判管轄が認められないとして、訴えが却下される可能性も高いと考えられ
る。
141
2.説明
(1)問題の所在
商標権等の知的財産権は、一般に権利が成立した国内においてのみ効力を有す
るとされている(属地主義の原則)。一方、インターネット上では、日本国内にサーバ
が存在しなくても、日本国内の需要者に対して、他人の商標を使用して商品の販売
や役務の提供を行うことができる。
そこで、日本国内にサーバが存在しない場合であっても、日本法が適用されるの
か(準拠法)、日本商標権の侵害があるといえるのか(商標法の解釈)が、それぞれ問
題となる。
また、実際に訴えを提起するにあたり、例えば侵害者が外国法人であった場合に、
日本の裁判所に訴えを提起できるのか(国際裁判管轄)も問題となる。
(2)国際裁判管轄
改正後の民訴法の下においては、日本国内にサーバが存在しない場合であって
も、侵害者が日本に住所等を有する自然人である場合や日本の法人等である場合
には、日本の裁判所に国際裁判管轄が肯定される(同法第3条の2第1項、第3項)。
また、侵害者が外国の法人等である場合であっても、日本国内に主たる事務所や営
業所が存在する場合には、日本の裁判所の国際裁判管轄が肯定される(同条第3
項)。
上記のいずれでもない場合であっても、商標権侵害に基づく訴えについては、不
法行為に関する訴えに含まれると解されているところ 3、不法行為地には損害発生地
を含むから、ウェブサイトでの商標使用行為が日本国内での使用といえるのであれ
ば 4、日本の裁判所の国際裁判管轄が肯定される (同法第3条の3第8号)。
(3)準拠法
日本商標権の侵害に基づく請求については、損害賠償請求と差止請求が考えら
3
知財高裁平成22年9月15日判決・平成22年(ネ)第10001~10003号(判例集未登載・裁判
所ウェブサイトで閲覧可)は、外国法人に対する日本特許権に基づく差止請求及び損害賠償請求
がなされた事案において、差止請求及び損害賠償請求のいずれも民事訴訟法第5条第9号にいう
「不法行為に関する訴え」に含まれるものとした。
4
上掲知財高裁判決は、不法行為があった地について、加害行為地と結果発生地の双方が含ま
れるとした上で、譲渡の申出行為について、「申出の発信行為又はその受領という結果の発生が
客観的事実関係として日本国内でなされたか否か」を検討し、外国法人の運営するウエブサイトの
開設自体が、譲渡の申出行為と解する余地があるものとした。
142
れるので、両者を分けて検討する。
まず、商標権侵害に基づく損害賠償請求については、不法行為に基づく請求と考
えられるところ、通則法第17条は、不法行為に基づく請求に関する準拠法について、
原則として「加害行為の結果が発生した地」の法であるとする。この結果発生地につ
いては、基本的には、加害行為によって直接に侵害された権利が侵害発生時に所
在した地を意味し、商標権侵害等の無体財産権については、被侵害法益の種類・性
質に照らし、解釈によって結果発生地を確定する必要があるとされている 67。
各設例においては、ウェブサイトでの商標使用行為が日本国内での使用といえる
のであれば、日本国内において権利侵害という結果が発生したものということができ、
日本法が準拠法となると考えられる。
次に、商標権侵害に基づく差止請求については、通則法等には直接の規定がな
い。しかし、カードリーダー事件最高裁判決(最高裁平成14年9月26日第一小法廷
判決・民集56巻7号1551頁)などの特許権侵害に関する裁判例 8を商標権侵害にも
当てはめるとすれば、当該商標権と最も密接な関係がある国である当該商標権が登
録された日本の法律が準拠法となると考えられる。
(4)商標権侵害
商標権等の知的財産権については、「属地主義の原則」により、当該権利の効力
が当該権利が成立した国の領域内においてのみ認められるということが、一般に認
められている 9。
したがって、日本商標権の侵害が成立するためには、日本国内での当該商標の
使用等があったということが必要となる。
6
小出邦夫編著「逐条解説 法の適用に関する通則法」商事法務、2009年、193頁
米国特許権に基づく差止・廃棄及び損害賠償請求の事例であり、日本商標権の侵害について直
ちに先例となるとまではいえないものの、最高裁平成14年9月26日第一小法廷判決・民集56巻7
号1551頁(カードリーダー事件)は、損害賠償請求の準拠法は、法例第11条第1項(通則法第17
条に相当する)によるべきであるところ、直接侵害行為が行われ、権利侵害という結果が生じた米
国が法例第11条第1項にいう「原因タル事実ノ発生シタル地」であるから、米国特許法が適用され
る(ただし、日本法の累積適用を行った)と判示した。
8
カードリーダー事件最高裁判決(前掲注7)は、特許権に基づく差止・廃棄請求の準拠法は当該
特許権が登録された国の法律であると判示した。
また、知財高裁平成17年12月27日決定・平成17年(ラ)第10006号(判例集未登載・裁判所ウェ
ブサイトで閲覧可)は、公正な競争を確保するための差止請求につき、法例第11条(通則法第17
条)の適用はないが、条理に基づき、最も密接な関係を有する法域の法が準拠法となるとした。
9
特許権について、最高裁平成9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁(BBS並行
輸入事件)を参照されたい。
7
143
では、設例のように日本国内から外国に存在するサーバにアクセスして表示される
ウェブサイト上の表示において、日本商標権を侵害するかのような情報が表示された
場合、どのようなときに日本国内で商標の使用等があったといえるのか。この点、商標
法は日本国内の需要者を対象とする商標使用者の業務上の信用の維持を図ってい
ると考えられることからすれば、当該ウェブサイト上での商品の譲渡等又は役務の提
供が、日本国内の需要者を対象としていると認められる場合であることが必要であろ
う 10。
例えば、日本国内では一切配達を行っていない外国都市内を宅配地域としている
宅配ピザサービスのウェブサイト(英語表記)において、日本で登録された商標と同
一又は類似の標章が表示されていた場合には、当該商標の使用があったとはいえな
いと考えられる。
これに対して、日本語で表記されたウェブサイトについては、日本語の日常的な使
用者が日本国内に集中している現状からすれば、明らかに在外日本人を対象として
いるなどの特段の事情がない限り、日本国内の需要者を対象としていると認められる
ことから、当該商標の使用等があったといえるであろう
11
。同様に、代金について、日
本円での換算機能を有しているウェブサイトについては、特段の事情がない限り、日
本国内の需要者を対象としていると認められることから、当該商標の使用等があった
といえるであろう。
なお、地域を限定せずに商品・サービスを提供する英語表記のウェブサイトについ
ても、日本国内の需要者を対象としていると言える以上、商標の使用等(商標権侵
害)があるといえる可能性がある。もっとも、この場合、一つの行為について、複数の
国の商標権侵害を生じさせることになり、結果的に、インターネット上の表現が、最も
10
2001年に工業所有権保護のためのパリ同盟総会及びWIPO一般総会で採択された「インター
ネット上の商標及びその他の標識に係る工業所有権の保護に関する共同勧告」
(http://www.jpo.go.jp/torikumi/kokusai/kokusai2/1401-037.htm)においては、インターネット上
の標識の使用は、当該メンバー国における商業的効果(commercial effect)を有する場合に限り、
当該メンバー国における使用を構成するとされている(第2条)。
なお、同勧告は、商標法の属地性とインターネットの世界性との関係から生じる各国における商標
権の抵触問題等を解決するための国際的ガイドラインを策定することを目的として、採択されたも
のである。同勧告は、条約のような強制力はもたないものの、各国がガイドラインとして考慮すること
ができるとしている。
11
田村善之「商標法概説(第2版)」437頁。同書は、「送信行為が主として念頭に置いている受信
者層が特定国に集中していることが明らかな場合には、当該国の法を適用すべきであろう。」として、
日本語の場合、特段の事情がない限り、日本の商標法が適用されるとしている。
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保護の厚い国の法の水準に従わされることになりかねないとの指摘もある 12。
12
前掲注11。なお、前掲注10のWIPO共同勧告は、極力、インターネット上の標章の使用につい
て、差止を回避するよう求めている(第15条)。
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