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知識流通ネットワークのデザイン手法
知識経営 サービスイノベーションを支える知識創造デザイン技術 ビジネスプロセス コミュニケーション 特 集 知識流通ネットワークのデザイン手法 経済のサービス化が進む状況で,知識を競争力の源泉とする企業経営が注 目されています.企業の知識経営実践のために,必要な知識流通ネットワー クのデザイン手法を例示して紹介します.この手法は,マトリクスを利用し, か ん べ 知識経営仮説を複数の知識経営実態調査からの事実に基づき評価すること 神戸 雅一 まさかず ※ と,企業の知識経営実践のためのアクションプランを抽出しロードマップ化 NTTデータ することが特徴的です. 知識経営と知識流通ネットワーク 本手法では,知識経営仮説の達成 図1はNTTデータ システム科学研 著名な経営学者であるドラッカーが その著書『ポスト資本主義社会』で, 層に整理したものです. 知識経営デザイン手法 究所で考案した知識経営デザイン手 (2) 度を,複数の調査結果を要約した事実 に基づきマトリクスを用い評価します. のプロセスを示しています.サブ そして仮説の評価結果と知識ネット 資本でも,天然資源でも,“労働”で プロセスには,①知識経営仮説の立 ワークフレームワークに基づいたアク もない.それは知識である」と主張し 案,②知識経営達成度実態調査,③ ションプランを,マトリクスを使い関 知識経営仮説の評価,④アクションプ 連付け,ロードマップ化することを新 う強まり,社内外にある知識を企業経 ランの抽出,⑤ロードマップの作成, たに提案しています. 営に活用することが重要視されていま があります.③と④のプロセスを連携 ■知識経営仮説の立案 す.企業経営における知識の活用と させるために,知識ネットワークフレー は,かつてのナレッジマネジメントシス ムワークという知識経営に関する概念 まず企業の経営目標を実現するための テムが実践していた単なる企業内の情 を利用しています.このフレームワー 知識経営仮説を検討します.顧客満 報蓄積ではありません.知識経営の実 クは知 識 経 営 のアクションプランを 足度や市場環境の分析,競合他社の 践として,企業では従業員やその顧 「企業経営」 「ビジネスの現場での知識 状況,企業が保有する競争力の源泉 客,取引先などの間での知識流通を重 プロセス」「制度やツールなどの知識 などについて分析を行います.企業が 視した取り組みが行われています.知 ネットワークアーキテクチャ」の3階 持つ情報共有システムや情報共有を促 「基本的な経済資源(略)は,もはや, (1) ています .近年,この傾向はいっそ 法 図1の知識経営デザイン手法では, 識流通に関する取り組みを行ううえで 重要なことは,企業経営に即した大き な目標を持って知識流通ネットワーク のプロセスをデザインすることです. では,知識流通ネットワークを構築 するために何を行う必要があるので ①知識経営 仮説の 立案 ②知識経営 達成度 実態調査 ③知識経営 仮説の 評価 ④アクション プランの 抽出 ⑤ロード マップ の作成 しょうか.次に企業が実践すべき知識 経営デザイン手法を例示して紹介し ます. 知識ネットワーク フレームワーク 図1 知識経営デザイン手法 ※ 技術開発本部 システム科学研究所 NTT技術ジャーナル 2008.5 23 サービスイノベーションを支える知識創造デザイン技術 進する制度の運用状況やそれに対する クを活性化する取り組みを意識した知 利用者の実感なども知識経営仮説立 識経営仮説の構築が重要です. 案に役立ちます.オープン・イノベー ■知識経営達成度実態調査 (3) ション 実 が仮 説 を支 持 する内 容 であれば 「○=2点」,仮説を一部支持する内 容であれば「△=1点」,仮説を支持 しない内容であれば「×=−1点」, による新たな価値創造が企 次に企業内でどの程度知識経営が 業競争力の源泉となるため,知識経営 意識され,実践されているかを調査し 無関係であれば「空白=0点」を付け 仮説は企業内外の知識流通ネットワー ます.調査の方法は経営幹部や従業 得点化します.図3の例では,仮説3 クの実現を意図したものである必要が 員,顧客に対するアンケートやインタ がもっとも得点が低く,次に仮説2の あります. ビューなどがあります.新たに知識経 得点が低いことが分かります.このよ 営に関する調査を設計する以外にも, うに知識経営仮説を知識経営実態調 仮説の例を図2に示します.仮説1は 既存の制度やツールに関する利用動向 査から抽出した事実に基づいて評価す 従業員が利用する情報を効果的に利用 や,顧客や社員の満足度などの調査か ることで,知識経営を実践のために強 することで,経営課題を解決すること ら知識経営に関する項目を選択して分 化すべきポイントが分かります.この を想定したものです.仮説2は,ドキュ 析する方法もあります.さまざまな観 例では,得点の低かった仮説3と仮説 メント化された形式知を共有する方法 点で実施される調査結果を要約し,知 2を強化する取り組みが必要であるこ と形式知になっていない暗黙知を共有 識経営の事実を抽出することをこの段 とが分かります. する方法が違うように,知識のレベル 階で行う必要があります. ■知識ネットワークフレームワーク を意識した共有手段を考えるべきであ ■知識経営仮説の評価 このような観点で立案する知識経営 調査から知識経営実践に向けて強化 るという仮説です.仮説3は,アイウ 知識経営達成度実態調査からの事 すべき仮説が明らかになったので,ス エオ順や情報管理者の独善的な分類で 実を基に,図3に示したように知識経 イスのナレッジマネジメント研 究 者 知識を整理するのではなく,業務プロ 営仮説の評価を,マトリクスを用いて Ellen Enkelら ( 4) が提 唱 する知 識 セスに応じて利用者に知識を提供可能 実施します.知識経営達成度の調査 ネットワークフレームワークを利用し, とする知識の分類方法を行うことが経 結果から抽出した事実を,評価者の主 仮説実現のためのアクションプランを 営に有効であるという仮説です.仮説 観に基づいて仮説に対応付けます.事 抽出する必要があります.このフレー 4は,業務内容が複雑多岐になる中, さまざまな分野の専門家が協力し合え 【仮説1】イントラネット上の豊富な情報を使い切る必要がある 【仮説2】共有される知識のレベルを意識して扱う必要がある 【仮説3】知識の利用者と知識コンテンツの関係を明確化する必要がある 【仮説4】 “協力し合う”スペシャリストを育成する必要がある 【仮説5】利用者側からの視点で,知識共有施策の連携を強化する必要がある る企業文化の育成が有効であるという 仮説です.仮説5は,知識共有のた めの施策を使いやすく連携させること が経営に有効であるという仮説です. 図2 知識経営仮説の例 企業の経営目標と知識流通ネットワー 調査名 知識経営達成度実態調査から抽出した事実 調査B 情報を公開するルールの明確化が必要である 調査B オフラインによる情報共有も必要である 調査B 現場のノウハウを共有すべきである 調査B 情報提供者に対するインセンティブが一部用意されている 調査B 知識・情報の共有を実行する専門の部署が必要である 調査B 同じ資料を何度もつくっている 調査C 情報発信は具体的内容を伝えるべきである 総合評価 仮説1 NTT技術ジャーナル 2008.5 仮説3 × × × 仮説4 仮説5 × △ × △ × × × × × × −3 図3 知識経営仮説評価の例 24 仮説2 −10 −15 1 −1 特 集 ムワークは,知識経営環境の活性化, 識経営のアクションプランには知識経 下位層の知識ネットワークアーキテ 知識プロセス,知識ネットワークアー 営環境の活性化が欠かせないものとな クチャは,中間層の知識プロセスを実 キテクチャの3階層から構成されてい ります. 現するためのツール群が位置します. 中間層には知識プロセスが位置しま ツール群は組織的ツールと情報・コ 上位層には知識経営環境の活性化が す.知識プロセスは企業内で活動する ミュニケーションツールに大別されてい 位置します.企業のマネジメントシス 人々の間で起こる知識の移転と創造を ます.知識ネットワークフレームワー テムや企業文化,組織構造などがそれ 可能にするものです.風通しのよいフ クでは,制度やツール中心だったかつ にあたります.知識経営を実践するた ラットな組織と縄張り意識の強い階層 てのナレッジマネジメントとは異なり, めの知識ネットワークは企業環境の中 構造的な組織とでは,メンバの乗り越 中間層の知識プロセスを重視し,企業 で生じます.また知識ネットワークを える障壁は大きく違ってきます.その で働く人々を中心とし知識経営を検討 構成するメンバは企業のマネジメント 中でメンバはネットワークを維持し知 することが特徴的です. システムの中で活動します.よって知 識を創造していきます. ■アクションプランの抽出 ます.この3階層を図4に示します. 図5は知識経営仮説の評価の例で 得点の低かった仮説3と仮説2を改善 知識経営環境 の活性化 知識 プロセス 知識 ネットワーク アーキテクチャ 1.1 知識ビジョン, 企業の成長戦略 1.2 メンバのコミットメントとモチベーション 1.3 トップマネジメントのコミットメント 1.4 経営陣の選定 1.5 知識プロセスをサポートする環境的要因 するためのアクションプランの抽出例 です.参考のために他の仮説とアク ションプランとの対応関係を示してい 2.1 ネットワークモードとネットワークタスクの選定 2.2 ネットワーク内のプロセスの組織化 2.3 ネットワークメンバとその他の役割の選定 2.4 成功要因と阻害要因の同定 2.5 ネットワーク内の関係構築のファシリテーション(円滑化) 2.6 他のネットワークや他の企業との統合と調和 2.7 パフォーマンス指標の統合 3.1 組織的ツール(インセンティブ,褒賞制度,ミーティング とコミュニケーションの組織化等) 3.2 情報・コミュニケーションツール(E-mail,Webサイト, コラボレーションツール,ビデオ会議ツール等) ます.図5の左側には知識ネットワー クフレームワークが挙げるアクションプ ランを記しています.アクションプラン と知識経営仮説をマトリクスにし,抽 出した知識経営実践のためのアクショ ンプランについて説明します. 知識経営環境の活性化の層では, 知識ビジョン,企業の成長戦略,メン バのコミットメントとモチベーション, 図4 知識ネットワークフレームワーク 知識プロセスをサポートする環境的要 知識ネットワークフレームワーク 知識経営環境 の活性化 知識 プロセス 知識 ネットワーク アーキテクチャ 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 2.1 2.2 2.3 2.4 2.5 2.6 2.7 3.1 3.2 仮説1 仮説2 仮説3 仮説4 仮説5 知識ビジョン ,企業の成長戦略 メンバのコミットメントとモチベーション トップマネジメントのコミットメント 経営陣の選定 知識プロセスをサポートする環境的要因 ネットワークモードとネットワークタスクの選定 ネットワーク内のプロセスの組織化 ネットワークメンバとその他の役割の選定 成功要因と阻害要因の同定 ネットワーク内の関係構築のファシリテーション(円滑化) 他のネットワークや他の企業との統合と調和 パフォーマンス指標の統合 組織的ツール(インセンティブ,褒賞制度,ミーティング とコミュニケーションの組織化等) 情報・コミュニケーションツール(E-mail, Webサイト, コラボレーションツール,ビデオ会議ツール等) 図5 アクションプラン抽出の例 NTT技術ジャーナル 2008.5 25 サービスイノベーションを支える知識創造デザイン技術 今後の課題 1.1 知識ビジョン, 企業の成長戦略 知識経営 環境の活性化 知識 プロセス 2.6 他のネットワーク や他の企業との 統合と調和 1.5 知識プロセスを サポートする 環境的要因 1.2 メンバのコミット メントとモチベー ション 2.3 ネットワーク メンバとその他 の役割の選定 2.4 成功要因と 阻害要因の同定 2.7 パフォーマンス指標 の統合 知識経営の実践のための知識経営デ ザイン手法を,仮説の構築からロード マップの作成までのプロセスを例示し て紹介しました.知識経営のデザイン は,企業にかかわるさまざまな人々の 知識流通ネットワークをデザインする ことです.そのためには知識経営を, ビジネスプロセスを中心にとらえる必 要があります.今回紹介したように, 知識ネットワーク アーキテクチャ 3.1 組織的ツール 知識流通ネットワークのデザインでは, 3.2 情報・コミュニケーションツール 分析者が,経営の視点から意思決定 することが重要です.経営陣や現場の 図6 ロードマップの作成例 人々との合意形成を行うことで,知識 流通ネットワークデザインの質を向上 因を選択しました.知識ビジョン,企 かれるさまざまな状況を想定する点で 業の成長戦略は,知識経営実践のた 仮説3とも関連があります.パフォー めの経営のメッセージであるため知識 マンス指標の統合については,仮説に 経営を実践するすべての仮説に関連が 対する評価指標を統合するという点で あります.メンバのコミットメントとモ すべての仮説について関係があります. チベーションは,知識の利用者とコン 知識ネットワークアーキテクチャに テンツの関係を明確化することにメン ついては,組織的ツールは制度に関す バの積極性を求めるという点で仮説3 る部分であるため,すべての仮説と関 と関連があります.知識プロセスをサ 連があります.情報・コミュニケーショ ポートする環境的要因については,現 ンツールについては,仮説2,仮説3 場での知識経営の実践をサポートする とも,仮説を実現するためのツールの 経営陣のアクションとしてすべての仮 配備を行うという点で関連があります. 説と関係があります. ■ロードマップの作成 知識経営プロセスの層でも同様に仮 抽出したアクションプランに基づい 説3,仮説2と対応する項目をアクショ て企業の今ある知識経営の状態を検討 ンプランとして抽出しました.ネット したうえで,ロードマップを図6に示 ワークメンバとその他の役割の選定は します.知識ネットワークフレームワー 知識の利用者を想定する点で仮説3と クの層別に分類したアクションプラン 関連があります.成功要因と阻害要因 を,企業の経営目標と知識経営状態 の同定は,企業内での知識共有のそれ を考慮したうえでロードマップ化しま を把握する必要があるという点で仮説 す.それぞれの階層にあるアクション 2と関連があります.他のネットワー プラン間の関係や順序などをロード クや他の企業との統合と調和について マップに描くことで,知識経営戦略の は,異なる文化を持った組織で共有す 道筋を具体化することができます. る知識を考慮するうえで,仮説2との 関連があり,同様に知識の利用者のお 26 NTT技術ジャーナル 2008.5 させていく必要があります. ■参考文献 (1) ドラッカー:“ポスト資本主義社会,”第20 版,ダイヤモンド社,p.32,1993. (2) 神戸・山本:“知識流通ネットワークのデ ザイン手法,”知識流通ネットワーク研究会, 人工知能学会,2008. (3) チェスブロウ:“OPEN INNOVATION− ハーバード流イノベーション戦略のすべて,” 産業能率大学出版部,2004. (4) A. Back, E. Enkel, and G. Krogh:“Knowledge Networks for Business Growth,”Springer, 2007. 神戸 雅一 知識経営のかたちは企業形態や企業の環 境により大きく変わります.知識経営を実 践するための手法の検討を行っていきます. ◆問い合わせ先 NTTデータ 技術開発本部 システム科学研究所 TEL 050-5546-2302 FAX 03-3532-7776 E-mail [email protected]