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社会現象の数理解析 はじめに

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社会現象の数理解析 はじめに
社会現象の数理解析
微分・積分と現象のモデル化
中央大学出版部 河野 光雄
½
はじめに
さまざまな人間からなる社会の現象は複雑多様であるがゆえに,それが数
理科学の対象として定量的に理解されうるということは感覚的になかなか受
け入れ難い.我々の日常的な世界,例えば家族やクラブ,学校のクラス,職
場の部署などはその構成員を取り替えると全く違った世界になることが多い.
このことは物質系がその構成要素を交換しても同じ性質を示すことと良い対
照をなしている.社会現象はその構成員の個性に依存するという感覚が数理
的な取り扱いには向かないとするのであろう.しかし明らかにこのことは問
題にしている世界の大きさに依存している.実際,サイズを広げて,家庭や職
場から地域,地域から地方,地方から国家へと目を移していくと,個人の持
つ意味合いが相対的に変化してくる.そして新たにシステム全体に関わる大
きなスケールの運動があらわれる.もともと個人が自身を守るために集団を
必要とし,集団は個人によって維持されるという相互依存の関係が政治,経
済,宗教,文化としてシステム化されたのが社会であるから,その成り立ち
において,個人はあれこれの集団現象と呼ぶべき巨視的な状態に糾合されて
いく質によって特徴づけられている.つまり,個人の集団への同調・帰属は
自己保全であり,同時に自身のアイデンティティの表現ともいえよう.流行
は寿命の短い,そしてしばしば再帰的な集団運動である.噂の伝播,商品の
普及,生物個体群の成長などは流行と同じ範疇の問題として考えられる.こ
こでは個々の構成員の多様な特性は,集団への同調・同化によって,あれこ
れの態度のうちの一つに退化してしまうので,現象を支配している法則は個
人の外にあると考えてよいだろう.ここに数理的手法が有効となり,定量的
な理解が可能となる基礎がある.
個人と社会の関わりは,基本的に相互補完的である.社会の構成単位とし
ての個人のとりうる微視的な状態は,精神的,心理的,物質的な条件に依存
しており,また個人的な経験によっても大きく左右される.と同時に,教育,
政治,文化,宗教,職業などの巨視的な状態にも規定されている.これを個
人と全体の相互参照システム(個人と社会の循環的な相互作用)という.個
人はいつも経験や知識,好み,プライドなどで揺れ動きつつ,最後にははっ
きりと区別できるあれこれの態度のうちのどれかを選択する.例えば,選挙,
職業,趣味,宗教などにおける選択がそれであり,選択の結果が巨視的なス
ケールの社会的な態度として形成される.そしてこの選択は巨視的な条件に
よっても規定されている.こうしてシステムのサイズが大きくなると,個別
の構成員の挙動を記述する微視的な変数以外に,全体としての巨視的な挙動
を記述する巨視変数が必要になってくる.この微視変数と巨視変数の相互作
用,言い替えれば個別運動と集団運動との相互浸透で世界が決まっていると
考えることができる.
普通,個人と集団の循環的な相互作用は自己組織化と呼ばれる集団構造を
つくりだすように機能する.政党,宗教団体,文化集団などの組織の形成と
離合集散はその良い例である.思想・信条や感性を共有する人々が集まって運
動体が組織されるが,大きくなり過ぎると部分系が機能しはじめていくつか
の派閥が出来て,それらの間で主導権争いや連合がおきて,集団があたかも
生命体のように生成・発展・消滅を繰り返して,歴史の発展の歯車となってい
る.このように社会は様々な階層構造をもち,全体と部分とが互いに同じ様
な内部構造をもつという意味で,自己相似の構造を持っている.また組織体
に限らず,経済現象,世論形成など実体として捉えにくいものも自己組織化
の範疇にいれて良いであろう.こうして社会に現れる有形・無形の集団運動
の構造はライフサイクルの長短の違いこそあれ,ある与えられた外部条件の
もとでのシステムの内部変数の相互作用で決まっている.そしてこの外部条
件が多少変化しても内部変数の相互作用の仕方はほとんど影響を受けないこ
とがある.これを安定的な社会システムといい,そこでの発展についてはあ
る程度予測が可能である.しかし現実には,微視的な小さなゆらぎ,例えば
非常に少数の行動が社会状態の不連続的な変化をもたらすことがある.すな
わち,ある決まった外的条件のもとで社会がとりうる状態はいつも一つとは
限らず,複数になることがあり,一つの状態が不安定点の近傍にあれば小さ
な揺らぎによって,別の状態に不連続的に遷移(分岐)することになる.こ
れはカタストロフィと呼ばれている.このようなときには状態の急激な転移
が小さな揺らぎ,少数の人物によって引き起こされる.もともと社会がいわ
ゆる準安定状態にあったのであり,すでに分岐が準備されていたということ
になる.分岐が準備されていない時の反乱・決起の悲惨な結果は歴史に多く
その例を見ることが出来る.歴史を先取り出来ないといわれる由縁である.
一つの外部条件に対していくつもの状態があったとしても,同時に複数の
状態をとれる訳ではなく,不安定になった一つの状態から別の状態に遷移し
て安定性が回復するか,別の状態もまた不安定で結局それらの間を不規則に
巡ることによって激動の時代に突入するか,である.しかし人間と社会は環
境の一部として,自然の循環の大きな流れの中で環境に統合されていくので,
激動の時代もいつかは秩序ある状態へ落ち着いてゆく.つまり秩序への回帰
をはかるための条件が環境の自浄化作用によって整備されることになる.厭
戦気分であったり,資源の枯渇であったり,環境汚染,異常気象であったり
で,多くはネガティブなフィードバックによるが,これが新しい政策の選択
や政権の交替を促すことになる.
ここにもう一つの大事な変数,即ち個別運動と集団運動の外部変数として
の環境変数が必要になる.社会システムの発展はその環境と切り離してはあ
りえない.人間の歴史は自然に働きかけ,自然の法則を解明し,自然の力を
利用し,自然を改造することによって発展してきた.経済活動がひ弱で,そ
れに比べると自然が無限の収容力を持っていたうちは,環境の変化は考慮す
る必要がなかった.しかし,今日のように,経済活動の高度化によって,環境
が影響を受けるようになってくると,環境の有限性の認識が必要となる.も
ともと無限の世界で成り立っていた理論が有限の世界でも成り立つという幻
想のもたらす悲劇は,マルチ商法の例をはじめ,身の回りの出来事だったは
ずである.
社会現象をトータルに記述するには,個別運動を記述する変数と,集団運
動を記述する変数と環境を記述する変数が必要であることを論じてきた.し
かしこれらの切り分け方は簡単ではない.外部変数が時間的に変化しない単
なるパラメーターとして扱うことが許される場合もある.社会変数を外部変
数に選んで良い場合もある.問題にするシステムをどのように切りとるかに
依存している.
政策決定は時代を分析し,将来を予測するなかでなされる.そこでの中心
的課題は問題の定量化である.そして社会現象の定量的記述のためには現象
を支配している変数の特定という作業が必要となる.これは社会科学の課題
である.現象の背後にある法則の認識に依存して,さまざまなモデルを作る
ことができる.このモデルが現実をいかに正しく反映するものであるかはモ
デルを数式に表現してそれを現実的な条件のもとで解いてみればわかる.現
実を再現しなければモデルが悪いということになる.うまく再現しても偶然
ということがあるから,モデルの枠組の中でクロスチェックができなければ
ならない.
ここで問題になるのが,モデルを数式に移しかえる際の数学の知識である.
人間は言葉によって,自己を表現し他人を理解する.即ち,人間は言葉によっ
て人間と対話する.同じように,人間は数学によって自然や社会と対話して
いる.自然や社会の論理が数学で表現されているからである.人間には論理
的でない感情があり,感情を表現する言葉をもっている.自然や社会も同じ
ようにいつも論理的であるとはかぎらない(これは我々の認識のレベルの問
題であるが).この非決定論的な事象を記述する数学も用意されている.言葉
を言葉として学ぶものは言語学者を除けば余りいないであろう.多くは,言
葉によって自己の世界を広げたいと考えているにちがいない.数学を数学と
して学ぶことも,また同じように多くの人にとって苦痛であろう.しかし数
学が自然や社会の扉を開いてくれるのであれば,数学を学ぶことによって自
己をとりまく世界は一層広がることになる.
もとより我々の日常生活は決断の連続である.決断にあたってはいくつか
の選択肢の比較検討がなされる.もちろん経験を積んだことがらであれば決
断までに時間を必要とはしない.経験によって,条件と行為の選択,そして
その結果のひとまとまりに対する評価が感覚化されており,無意識のうちに
瞬時に行動を決めることが出来るようになっている.しかし経験のないこと
がらや,将来を大きく左右することがらに対しては,決断までにかなりの時
間を必要とする.自身を納得させる理由が必要だからである.このときに多
く使われるのが数量化された指標である.物質はもとより,感覚や学力や満
足感,幸福感までが数量化され判断の基準として提供されるようになってき
た.人間が,経済的,文化的,政治的に社会的な存在であるという揺るがし
難い事実を反映して,個人の集団基準(規範)への同調・同化,多数意見へ
の傾斜が,どんな社会にも程度の差はあるにせよ観察される.いくつかの価
値基準が共存するような社会にあっては,そのどれかへの帰属意識によって
同じことが観察される.数量化された指標が現実に機能しうる理由はここに
ある.しかし,能力や感覚などが数量化されて一人歩きすることに対する個
人の不快感をこえて,この数量化された指標が君臨することさえしばしばあ
る.政策科学の大きな課題である.
本書は社会科学・人文科学を学ぶ学生への数学の入門書で,社会現象の数
理解析としての以下のシリーズの第一分冊である.
微分・積分と現象のモデル化
線形代数と政策の最適化
社会現象の実験的研究―計算機シミュレーション
社会科学や人文科学を学ぶ学生の中には多く「数学アレルギー」がみられ
る.このアレルギーは「数学には自由がない.
」
「数学は何の役にもたたない.
」
という感じ方と無関係ではない.算数から数学への進化は具象から抽象への
飛躍にあった.その抽象の世界に実学を求めて果たせなかった結果のアレル
ギーかもしれない.我々の認識の深化の過程は常に具象を踏まえたものであ
る.具象から抽象へ,個別から一般へと向かい,普遍性の中に法則を見い出
す.この認識の深化の過程が示されないまま,結果としての法則を突き付け
られ,受け入れを強制され,論理的思考の育成とは名ばかりの,決められた
時間内に答を出すような機械的・反射的反応の訓練に対するアレルギーかも
しれない.受験を基軸とする教育体制の問題であろう.この本はアレルギー
の特効薬にはなりえないとしても,アレルギーとむきなおる契機となってく
れることを念願して書かれた.したがって数学の厳密さや論理的構成にはと
らわれないで,現象の中で生かされている数学の姿を伝えることに主眼をお
いた.モデリングの楽しさに多く触れられるよう配慮したつもりである.モ
デリングの楽しさはそのまま学問の楽しさである.そしてモデルから移しか
えられた数式が,現象を見事に再現した時の驚きと喜びにふれるなかで,数
学の基本的な道具立てを学び,学問の力を身につけることを期待したい.
数理的方法はモデルから現象を可視化できるところにもその利点がある.モ
デルをたて,数式に置き換え,そして結果を目に見える形にして,問題にして
いる現象との整合性を検討する一連の作業のなかで,可視化はパラメーター
の間の相互依存関係を一目で教えてくれるので,思い違いを気づかせてくれ
たり,新たな発見に導いてくれることもあり,モデルの改良に大きな力を発揮
する.そればかりでなく,多くの人々の理解と関心を呼ぶ助けにもなる.ここ
ではパーソナルコンピューターで利用できる数式処理システム と のプログラムをいくつか付けておいた.数式処理システム固有の表
現に気をつければ や の感覚でプログラムを組んで使いこなせ
て,グラフィックスも楽しむことができるからである.
本書は中央大学総合政策学部における数学の講義をもとにまとめたもので
ある.本書で取り扱った話題の中には学生諸君のリポートに触発されたもの
もある.コンビニエンス・ストアの店舗の展開がロジスティック方程式では
説明できないと言う大沢雄人君のリポートは新しいモデルを生み出す契機に
なったし,マレーシアにおけるマレー語と華語をめぐる公用語政策の変遷に
ついての太田美行さんのリポートは多言語社会での言語淘汰のモデルが単な
る数理モデルではなかったことを教えてくれた.教室の内外での学生諸君の
質問に多くを学んだことも記しておきたい.
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