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鄒 敬 宇

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鄒 敬 宇
ゾウ
氏
名
学 位 論 文 題 目
鄒
ジン
敬
ユ
宇
Learning impairment by minimal cortical injury in a mouse
model of Alzheimer's disease
(微小な大脳皮質損傷による認知症状増悪:アルツハイマ
ー病マウスにおけるモデル研究)
学位論文内容の要旨
研究目的
アルツハイマー病(AD)は脳組織内にアミロイド斑と神経原線維変化という不溶性の沈
着物が見られる進行性の変性疾患である。微小脳損傷は AD の発症年齢を引き下げ,発症
リスクを高めるので,AD の進行促進因子と考えられている。頭部外傷患者やボクサーの
脳に AD 様の病理変化が報告されており,AD モデルマウスの実験では脳損傷により AD の
原因物質と考えられている amyloid-β(Aβ)の細胞内蓄積が早期から始まることから,
「微小脳損傷が認知症の症状を増悪させる」との認識が浸透してきた。すなわち微小脳損
傷が不溶性 Aβの沈着,すなわちアミロイド斑の形成という病理変化を急進展させ,認知
症状の増悪が来されるという考え方である。一方,アミロイド斑が出現していない初期で
あっても,可溶性 Aβが神経細胞の内外に蓄積し始めているので,可溶性 Aβの蓄積によ
っても認知症状が生じるとする考えも広く支持されている。著者らは,可溶性 Aβが不溶
性 Aβに先んじて蓄積することを確認した AD モデルマウスを用い,可溶性 Aβのみが出現
している生後日齢においても認知症状が出現していることを報告し,認知症状を軽減させ
る技法の開発もおこなってきた。本研究では同様の AD モデルマウスを用いて,不溶性で
はなく可溶性の Aβにより生じる認知症状が微小脳損傷により増悪するかを検討した。
実験方法
アミロイド前駆体蛋白,プレセニリン,タウ蛋白の遺伝子を導入した三重遺伝子改変マ
ウス(3xTg)を AD モデルマウスとした。3xTg は生後 3 か月で可溶性 Aβが蓄積はじめ,6
か月から不溶性 Aβの沈着が出現するため,本研究では 4 から 5 か月のものを用いた。
3xTg の AD モデルマウス群ないし野生型のコントロールマウスの対照群に,両側頭頂部に
マイクロシリンジにてグルタミン酸または生理食塩水を注入し微小脳損傷を生じさせた。
すなわち 2 種類の遺伝子型に 2 種類の脳内注入がおこなわれ,各群 6 匹の 4 実験群が用意
された。実験動物を作成後 2 週間放置しモリス水迷路試験をおこなった。水迷路試験は 1
日 4 回 3 日間繰り返し,到達時間の短縮をもって学習進展を評価した。この行動実験のの
ち,3 匹は脳損傷サイズの計測に,残りは電気生理ないし生化学的解析に用いた。この実
験群とは別に,3xTg の AD モデルマウス群ないし野生型のコントロールマウスの対照群に
水迷路試験をおこなった後に,グルタミン酸または生理食塩水を注入し微小脳損傷を生じ
させ,再び水迷路試験をおこなった。なお,電気生理学的解析では大コンダクタンスカル
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シウム依存性カリウム(BK)チャンネル活性の評価のため帯状回皮質の錐体細胞の活動電
位を測定した。生化学的解析では両側の海馬における Aβの蓄積を ELISA 法にて測定し,
DNA マイクロアレイにて遺伝子発現量の変化を解析した。
実験成績
グルタミン酸または生理食塩水による脳損傷の大きさは,どちらの遺伝子型でもグルタ
ミン酸注入群で大きかった。注入から 2 週間後の水迷路試験の結果は,対照群と AD モデ
ルマウス群のいずれでもグルタミン酸注入群と生理食塩水注入群の学習成績に違いは見ら
れなかったが,いずれの注入群でも AD モデルマウス群で対照群より学習成績が不良だっ
た。脳損傷形成前と後に水迷路試験をおこなう実験では損傷前には AD モデルマウス群で
対照群より学習成績が不良だった。脳損傷形成後には AD モデルマウス群のうち生理食塩
水注入群では 3 日目の成績が対照群と同等にまで改善していたが,グルタミン酸注入群で
は改善は見られなかった。電気生理学的解析ではグルタミン酸を注入された AD モデルマ
ウス群で対照群より BK チャンネル活性の抑制が見られた。両側の海馬における生化学的
解析では,AD モデルマウス群において可溶性 Aβがグルタミン酸注入群で対照群より蓄積
していた。また,DNA ミクロアレイ法による遺伝子発現解析により 3 遺伝子で発現の亢進
が,1 遺伝子で発現の抑制が見られた。
総括および結論
脳損傷形成後 2 週間の水迷路試験の結果は,グルタミン酸ないし生理食塩水いずれの注
入群でも AD モデルマウス群で対照群より学習成績が不良だった。これは 3xTg のモデルマ
ウスでは,すでに認知症状が生じており,微小損傷によってもそれを上回る増悪効果は生
じなかったと解釈できる。水迷路試験を損傷形成の前後におこなった場合,AD モデルマ
ウス群のうち生理食塩水注入群では 3 日目の成績が対照群と同等にまで改善したが,グル
タミン酸注入群では改善は見られなかった。損傷形成前に水迷路試験を実施することで,
マウスは試験に関連した背景情報を学習することができることから,損傷形成後の試験成
績の乖離はグルタミン酸起因性の微小脳損傷による学習障害によると解釈できる。グルタ
ミン酸を注入された AD モデルマウス群で帯状回における BK チャンネル活性の抑制が見ら
れた。さらに,海馬では可溶性 Aβが対照群より蓄積しており,3 遺伝子の発現亢進と 1
遺伝子の発現抑制が認められた。これらの結果は,グルタミン酸起因性の微小脳損傷によ
る学習障害の電気生理学的基盤を示し,海馬における学習過程を阻害するような頭頂皮質
からの遠隔因子の存在を示唆する所見である。以上の結果は,3xTg の AD モデルマウスで
はグルタミン酸起因性の微小脳損傷により,不溶性ではなく可溶性の Aβの蓄積による認
知症状の増悪が見られること。グルタミン酸起因性の微小脳損傷により増悪する認知症状
の発現には,頭頂皮質から海馬への遠隔因子が関与することが示唆された。
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