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5.女性の栄養と運動 女性の骨代謝における栄養と運動
N―285 1999年9月 .クリニカルカンファランス 5.女性の栄養と運動 女性の骨代謝における栄養と運動 東京大学大学院医学系研究科 発達医科学助教授 座長:奈良県立医科大学教授 森川 肇 福岡 秀興 はじめに エストロゲン受容体の遺伝子多型等の遺伝素因は閉経後の骨量を規定するものとして, 広範囲に分析されてきた.ところが遺伝素因は最大骨量を決定するもので,閉経後の骨量 はむしろ生活習慣に規定されることが,一卵性双生児の追跡調査で明らかとなった(RW Keen, 1998) .これは今までの概念と大きく異なった知見で運動及び栄養が一生を通じて 重要であることを示している. 女性の骨代謝はエストロゲンに支配され,思春期発来とともに骨量の急激な増大が起こ り,20歳前後で最大骨量に到達する.その後わずかずつではあるが減少し,更年期には 急激な海綿骨を中心とした減少が起こり,その後更に減少が続く.骨粗鬆症の発症頻度は 上昇しており,一生に亘る骨量維持の重要性は,いくら強調しても過ぎることはない.そ の時,Ca を中心とした栄養及び運動は思春期に到達する最大骨量そのものを規定し,性 成熟期にはそれを維持し,閉経以後はホルモン補充療法を含めて,女性の QOL を維持す る基礎となる.そこで,骨量の増加と維持に必要な栄養について,次いで思春期及び妊娠 産褥の特殊な骨代謝を述べて,運動の重要性については逆の不動状態が引き起こす骨代謝 について述べる. 栄養 最大骨量に到達する時期及び,骨量を維持する為に充分量の Ca 摂取は,栄養の基本と なる.たとえ最大骨量に到達しても,骨はダイナミックに代謝している(骨代謝回転)臓 器であるので,その後の骨量減少を最小にするためには栄養及び運動を維持していくこと が大事なこととなる. 「第 5 次改訂日本人の Ca 栄養所要量」では諸外国に比べ Ca 所要量 は低いが,それでも平均一日摂取量は585mg(平成 7 年)であって,その必要量を満た していない.Ca 所要量の上方修正が求められているが,Ca 摂取が困難な環境にあると いわざるを得ない.しかし Ca 摂取のみに注目すべきではなく,他の微量元素の意義も理 解して,摂取すべきである.すなわち Ca Mg 摂取比は2 1が望ましく,一価不飽和脂肪 酸,phytoestrogen,希少元素(フッ素,亜鉛,銅) ,ビタミン K2も骨代謝を制御して おり,多種の食品をバランスよくとるべきである.例えば米国で Ca 摂取量の増加ととも に動脈硬化症は増加しており,それは Ca Mg 摂取比の増加によるものであるとの説も ある. 大 豆 及 び 非 精 製 穀 物 に 多 く 含 ま れ て い る 植 物 エ ス ト ロ ゲ ン の phytoestrogens (roveratrol, daidzein, isoflavones, lignans, genistein, enterolactone 等)に は エ ストロゲン作用と抗エストロゲン作用があり,エストロゲン受容体 β への親和性が比較 的高い.動物実験でも骨芽細胞の増加及び末梢血単球での骨吸収性サイトカイン発現の抑 制等の骨保護作用が認められている1).骨量が少ない東洋人に大腿骨頸部骨折が少ない が,その理由の一つに phytoestrogens の食習慣が想定されている.納豆中にはビタミ ン K2が多く含まれていることと考え併せると,大豆製品特に納豆の摂取は積極的に考慮 してよいであろう.更に phytoestrogens には乳癌・前立腺癌の発症を抑制する効果が ある.発癌に関与する16-α -hydroxyestrone, 4-hydroxyestrone, 4-hydroxyestradiol の転換産生の抑制や,2-hydroxyestrone 16-α -hydroxyestrone 比の上昇,更に全エ ストロゲンに対する genotoxic estrogens の著しい低下を起こす2).これらが発癌を抑 N―286 日産婦誌5 1巻9号 制する効果に繋がるのと想定されている. 思春期の重要性 18−20 17−18 16−17 15−16 14−15 13−14 12−13 11−12 9−11 10−11 g/cm2/yr±SEM Ca 吸 収 率 及 び 骨 へ の Ca 蓄 積 量 FEMALES は,思春期発来直後(13.5歳前後)に MALES 0.12 急上昇して,その後比較的短時間で減 0.10 少していく(図1) .18歳頃に最大骨 0.08 量に到達し,その後わずかずつではあ 0.06 るが減少していく.この Ca 蓄積量が 最大になる時,遺伝的に決定されてい 0.04 る最大骨量に可能な限り到達するべく 0.02 ライフスタイルを心がけることが望ま 0.00 れる.その Ca 代謝をみた研究がある. −0.02 それは13歳の思春期女子と22歳前後 の 成 人 を 対 象 と し て,一 日1,330 mg の Ca を負荷し,44Ca,42Ca (staAGE RANGE ble calcium)を投与して経口投与と 静脈内投与により,三つのコンパート (図1)男女における腰椎骨密度の年間増加量の推移4) メント(血管内,血管外軟部組織,骨) での Ca プールに分けて解析したもの である3).糞便中への排泄量は同じで 歩/日 あるが,消化管よりの吸収率は38% 男子 (×103) 対22%,尿中排泄量は一日100mg 対 女子 203mg で,血管内サイズは同じであ るが,成人女子に比べて,血管外軟部 30 組 織 は 約 2 倍,骨 Ca プ ー ル は 約 3 倍と思春期女子の方が大きく,更に骨 では約 3 倍の蓄積量と約 2 倍の吸収 20 量が示された.その結果,一日282mg の Ca が骨に蓄積し て い く が,22歳 では既に−42mg の減少が始まってい 10 た.以上より思春期女子では,Ca 吸 収率の亢進,尿中排泄量の抑制,大き い血管外 Ca プールの存在及び高代謝 0 一 回転状態にあって,骨量が急速に増加 4 5 小 小 中 3 般 学 学 学 ∼ ∼ ∼ していく.更に大量の Ca(1,330mg) 成 校 校 生 5 6 4 人 を摂取しても,22歳で骨量の減少が 低 高 歳 歳 歳 学 学 既に始まっていることにも注目すべき 年 年 である.短時間一過性に生ずる思春期 のこの高吸収率・低尿中排泄及び高代 (図2)小樽地区における一日平均歩数の推移5) 謝回転は,何により惹起されるかは不 明である.PTH,活性型ビタミン D は必ずしも高くなく,エストロゲン,プロゲステロン,GH, IGF の情報伝達系に差があ るのではとも想定されている. Ca 蓄積スピードが最大になるのは女子では中学 3 年間であり,この時期に可能な限り 骨量を高める努力,すなわち充分量の運動と栄養が必要となる.しかし,小樽地区での調 査では,一日平均歩行量は中学生になった途端に,1 2以下に激減するのが現況である(図 2) .これは全国的に共通した事象である.骨量の増加に必要な時期に運動負荷量が半減 してしまうのである.これを傍証するものとして,学童児の骨折件数が10年間で,ほぼ1.5 倍に達する激増現象が全国的に起こっている.運動,栄養のほかに,敏捷性その他の因子 も考慮すべきであるが,骨量の低下がその根底に存在している可能性があるとして憂慮さ N―287 1999年9月 れている. 脂肪組織は内分泌臓器であり,性腺機能に与える影響は大きい.現在ダイエット願望を 有する思春期女性は多く,十分な注意及び教育が必要とされる.続発性無月経の約1 4は 体重減少により引き起こされた卵巣機能の低下である.第 2 度無月経に陥いる例も比較 的多い.それらの治療には,DEXA 法による骨量の推移をみながら,卵巣ホルモン補充 療法を行わねばならない.この時期にホルモン補充量法を行わなかった場合には,20代 以降に骨量増加を期待するのは困難である.それ故遅発月経,続発性無月経に対する観察 待機療法は行うべきでない.これらの治療を行う産婦人科医の責務は大きい. 妊娠・授乳中は Ca 摂取量を増やすべきか? 新生児の Ca 含量は平均30g で,妊娠5カ月以後の180日間に蓄積する Ca 量で胎児の Ca 蓄積量は164mg 日となる.これに母体の尿中排泄量と経皮的損失量を加えた300mg 日に対し,妊娠中に Ca 吸収率は40%と上昇するので,摂取必要量は760mg 日と推定 され,妊娠中は Ca 所要量を非妊時より300mg 増やすべきであると勧められている. 一方妊娠中の所要量は増やす必要がないとの意見もある.それは,妊娠中はエストロゲ ンと活性型ビタミン D 濃度が高く Ca 吸収量が著増することに加え,生理的に骨量減少 が起こっており,尿中へ Ca 排泄量が増える.それ故に Ca 摂取量を増やしても,それは 6) 尿中への排泄量を増やすのみとなる(生理的 Ca 吸収増加性高 Ca 尿症) ので,摂取 Ca 量を増やす必要はないと考えるのである.また1,500mg∼2,000mg の大量 Ca 投与を行 うと,妊娠中毒症の予防あるいは治療効果があったとの報告が多いが,約5,000名を対象 として一日2,300mg の Ca を投与した大規模な検討で,その効果は認められないとの成 績もある7).ただし妊娠中毒症を発症した場合では既に胎盤機能の低下があり,胎盤・脱 落膜での活性型ビタミン D の転換産生量は少なくなり, Ca 吸収率の低下が起こるので, 摂取量を増やすべきである. 何故に生理的骨量減少が生じるのであろうか.妊娠中は高エストロゲン状態(1.5∼3.7 ng ml)であり,骨は保護されていると考えられてきたが,実際は逆に骨吸収の亢進と骨 形成の抑制された骨代謝回転にある(図3) .すなわち metabolic uncoupling of bone turnover with high resorption and low formation というべき特異な骨代謝動態にあ る.この結果,妊娠中に生理的骨減少が生じる.また妊娠中,腰椎骨で平均3.3%にも達 する減少や,妊娠性腰痛は腰椎の骨量減少によるものが含まれており,妊娠中に骨減少が 生じている事実が次第に明らかとなりつつある.翻って妊娠性・妊娠後骨粗鬆症(Nordin et al., 1955)は,妊娠中に発症する原因不明の極めてまれな疾患とされてきた.しかし 妊娠中は生理的に骨が減少し,その重症例が妊娠性骨粗鬆症になるに過ぎず,特発性の疾 患ではないと私たちは考えている. 骨代謝を制御するのは骨間質微小環境での骨吸収性サイトカイン(TNF-α ,IL-1, IL-6等) である.そこで末梢血単球でのサイトカイン産生及び遺伝子発現を分析すると,非妊時に 比較して妊娠末期で,TNF-α 及び IL-6は約3∼4倍,各 mRNA 発現量も同様の過剰発現 がみられる(図4) .estrogen receptor α, β mRNA 発現は少なく,エストロゲン以外 によりサイトカイン過剰発現が起こり,生理的骨吸収の促進状態が生じていると考えられ る. 授乳中も骨量は減少するが,Ca 所要量を増やす必要がないとの考え方がある.それは, 乳汁中の Ca は母体の骨吸収に由来する部分があり,たとえ摂取量を増やしても授乳期に みられる骨量の減少は阻止出来ないとの理由であるが,なお結論に至っておらず今後の分 析が待たれる. 過剰運動及び不動状態での骨量減少 運動は骨量を増加・維持しており,特に思春期は重要である.女子長距離ランナーは, 時に体重減少と無月経があり,骨量の減少がみられる.その機構として,脂肪組織の減少 に由来するエストロゲンの低値に加え,nitric oxide 代謝系の抑制が出現する.すなわち この二つの機構により,低代謝回転型の骨量減少が起こるのである8).それ故過剰で持続 した運動はその対応を充分に考慮して行うべきであろう.また運動の重要性は,不動状態 N―288 O EE D D ; O N F 日産婦誌5 1巻9号 12 10 ## 8 Nonpreg. (B) ## ## ##*## *# # 100 14 22 30 38 6 30 Gestational age Postpartum (weeks) (days) ## 0 Nonpreg. 14 22 30 38 Gestational age (weeks) 6 30 Postpartum (days) 1200 20 * *# 15 *# 10 5 *# (B) 25 :Unit/l *## *## ** ** 200 ** **# Nonpreg. * *#**# **## *# 14 22 30 38 6 30 Gestational age Postpartum (weeks) (days) (図3)妊娠中の骨代謝回転 (A)酒石酸抵抗性酸フォスファターゼの推移. (B)骨肩留カリフォスファターゼの推移. IL-6:ng/106 cells/48hrs TRAP:Unit/l 14 ALP- (A) ** TNF-α:ng/106 cells/48hrs (A) 800 ## ## 400 0 22 30 38 6 30 Non- 14 preg. Gestational age Postpartum (weeks) (days) (図4)末梢血単球からのサイトカインの産生 推移 (A)TNF-α 及び, (B)IL-6の推移 やスペースフライトでの急激な骨量減少をみるとよく理解できる.我々の20日間のベッ ドレスト実験では,短時間で Ca 代謝調節系及び免疫系に変化が起こり,その結果骨量の 急激な減少が生じる9)10).それには破骨細胞と骨芽細胞が中心となる高代謝回転型と,骨 細胞が中心となって骨吸収を起こす 2 型が存在する.不動状態でこの急激な変化は運動 の重要性を痛感させるものである.思春期女児の運動量は今の教育環境等からは,更に減 少していく可能性が指摘されており,充分な対応が望まれる. 以上,一生を通じて女性の骨の健康は,ライフスタイルそのものに規定されており,栄 養と運動の重要性が改めて確認される.憂うべき要素を含んだ現況を充分に認識して対処 していきたい. 《参考文献》 1)Fanti O, et al. Osteoporos Int 1998 ; 8 : 274―281 2)Duncan AM, et al. J Clin Endocrinol Metab 1999 ; 84 : 192―197 3)Wastney ME, et al. Am J Physiol 1996 ; 271 ; R208―R216 4)Theintz G, et al. J Clin Endocrinol Metab 1992 ; 75 : 1063―1065 5)福岡 他.厚生省心身障害研究.平成 6 年報告書. 6)Gertner JM, et al. Am J Med 1986 ; 81 : 451―456 7)Levine BJ, et al. N Engl J Med 1997 ; 337 : 69―76 8)Stacey E, et al. J Clin Endocrinol Metab 1998 ; 83 : 3056―3061 9)Fukuoka H, et al. Acta Physiol Scand 1994 ; 150 : 37―41 10)Fukuoka H, et al. J Gravitational Physiology 1997 ; 4 : 75―81