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情報通信技術の動向と進化経済学 - C

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情報通信技術の動向と進化経済学 - C
情報通信技術の動向と進化経済学
京都大学情報メディアセンター
喜多一
1.はじめに
情報通信技術の進展の速さは目を見張るばかりである。とりわけ、パーソナルコンピュー
ティングとインターネットの出現以降、情報技術の持つ社会的インパクトが大きくなって
おり、スマートフォンなどを利用したモバイルコンピューティングとその後ろ支えとなっ
ているクラウドコンピューティングがその勢いを加速している。ここでは、情報技術の進
展を概観した後、そのことの進化経済学、より広く社会科学に与える影響を「情報通信技
術による社会変革」と「情報通信技術を用いた科学研究」の両面から考えたい。
2.情報通信技術の動向
2.1 情報通信技術の発達と普及
まず、情報技術の大まかな動向について述べる。すでに社会に広く浸透している情報技術
の最新動向を概観するだけの見識は筆者にはないが、デジタル情報通信技術の歴史的な流
れを見てみよう。
インテルの創始者であるゴードンムーアが提唱した半導体上の集積度の向上についての
「半導体チップ上のトランジスタの集積数が 18~24 ヶ月で倍増する」という技術予測、い
わゆる「ムーアの法則」は特に明確な原理的背景はないが、ある種の達成目標ともなり 1970
年代から 40 年間に渡って実現している。マイクロプロセッサ上のトランジスタ数では、40
年間で性能が 100 万倍になった(Fig. 1 参照)。さらにそれを駆動するクロック(トラン
ジスタを動作させる速度を表す)も、MHz から GHz へざっと 1000 倍になっている。
これらを掛け合わせると実に性能は 10 億倍に拡大されたことになる。現代のノートパソ
コンの処理速度は初期のスーパーコンピュータの性能に、現代のスマートフォンの処理速
度は 10 年前のノート PC に匹敵する。このように性能を表す指標の桁数が何桁も変わるよ
うな技術革新は情報通信技術のほかにはない。しかも半導体チップの集積度だけでなく、
ハードディスクドライブなどの記録媒体の記録密度や、デジタル通信の通信速度にも程度
の差こそ桁数が変わるような性能向上が共通にみられる。
さらに情報通信技術の革新性は単に物理的な性能だけでなく、構成方法(アーキテクチャ)
の汎用性にある。メモリ上にプログラムを蓄積し、実行するという汎用性の高い構成がコ
ンピュータを情報処理の万能機とした。また通信内容を小包(パケット)のように分割し
て送受するパケット交換方式が同一の物理回線上での複数の通信の混流を可能とし、柔軟
性の高い通信網がインターネットという仮想社会の基盤をもたらした。柔軟性の高いアー
キテクチャと大幅な性能の向上がアナログの技術では個別的であった文字、音声、画像、
動画といったメディアをデジタル化によって一元的に扱うことを可能にした。その個々人
までの普及が現在の人々が主体的に参画可能な仮想社会を実現している。
Figure 1 マイクロプロセッサの集積度の変化
2.2 情報通信技術の近年の動向
情報通信技術の動向としては、まずインターネットに重なる形で World Wide Web が基盤
的なインフラとなって多様なサービスが生まれてきた。検索エンジン、通販サイト、動画
サイト、ソーシャルネットワークや大規模なネットワークゲームなどである。一方で、こ
れらをプラットフォームとして多様なサービスやコンテンツが流通し、個々人の参画を可
能にしている。近年では「クラウドコンピューティング(クラウド = cloud, 雲、インター
ネット上のコンピュータを雲に例えている)
」17)が注目され、サーバシステムの構成規模を
必要に応じて調整できるようになり、また Google Drive のように高速通信を前提として従
来ならばPC上で行っていた様々な作業をサーバ上で行うことが注目されている。これと
高速無線公衆回線網を用いるスマートフォンやタブレット端末などの普及が相まって、い
つでもどこでも高性能なユーザインターフェイスを介してネットワークを使うようになっ
てきている「モバイルコンピューティング」が人々の生活を大きく変えつつある。
「クラウ
ドコンピューティング」と「モバイルコンピューティング」はいわば車の両輪のように機
能している。
このような技術の利用面の動向として、従来ではコスト面で見合わなかった新しいビジネ
スが可能になっている。ロングテール市場 4)などがそれである。アンダーソンはその著書 5)
において「製造」の在り方が変わりつつあることを主張しているが、それをビジネスにつ
なげるプラットフォームとして、インターネットを介してオープンの技術を洗練すること
や、ニッチ市場のマーケッティング、起業に際して少額の出資を多数から募るクラウドフ
ァンディング(クラウド = crowd, 群衆)などが紹介されている。また、インターネットを
介して少額の対価で小さな仕事を請け負うクラウドソーシング(クラウド = crowd, 群衆)
なども注目されている。高等教育の領域では、教育や教育情報のオープン化が進んでいる
が 9,10)、最近では万人規模で受講できる公開の授業として Massive Open Online Courses
(MOOCS) なども注目されている。
さらに、今後、注目されることとして、高度化する仮想社会とセンサーやアクチュエータ
を介して物理社会を直接結合させることが考えられており、電力網の知能化である「スマ
ートグリッド」など「スマート~」という用語が様々に語られ、また「Cyber-physical
Systems」や「モノのインターネット(Internet of Things, IOT)」などが注目されている 1,7)。
また、3次元プリンタなどコンピュータ駆動の加工機と Web 上のサービスを多用して個人
でのものづくりとしてのパーソナルファブリケーション
6,8)を起点に、デジタル化された設
計情報を核にさまざまな製造プラットフォームをまさにクラウドのように利用することに
よりファブレスでスケールアップする新しい形の製造業として Makers ムーブメント 5)も
注目されている。
3.情報通信技術がもたらす社会変革と進化経済学
情報通信技術の進展は3つの意味で進化経済学など社会科学にとっての挑戦となっている。
その一つは、学術情報の流通の電子化であるが、これはすべての学術領域に関わるもので
あり、ここでは省略する。あとの2つは、社会科学が対象とする社会そのものに情報通信
技術がもたらす変化であり、もう一つは進化経済学の研究手段としての情報通信の利用で
ある。本章では、2番目の事項について、次章では3番目の事項について考える。
3.1 情報と情報産業の特性
情報通信技術の急速な発展は経済活動の中で「モノ」に対して「情報」の占める比率が急
速に高くなっている。物理学的には、
「物質」として排他的にしか使用できない「モノ」や
熱力学の原理に支配され、一過的にしか使用できない「(有効)エネルギー」と、媒体上の
パターンとして表現され、それゆえに複製、共用が容易な「情報」とはその利用上の性質
が大きく異なり、社会システムとしてのその扱いも異なってくる。
デジタル化された「情報」は極めて複製が容易であり、必ずしも排他的に利用しなければ
ならない物理的な理由はない。しかしながら、
「有用」な情報はそれを作り出すために高い
コストがかかることも事実である。このことは、供給サイドから見れば固定費が大きく、
他方で供給量に対する限界費用が限りなく小さいことを意味する。それゆえ情報財につい
ては、一方では社会で情報を共有してより広く効用を生み出すことが望ましいが、他方で
その創出に費やした費用をいかに回収し、情報の創出を持続可能なものとするかが問われ
ている。
藤本は「生産」とは「設計情報の製品への転写」と論じた 2)が、情報財については、藤本の
意味での「生産」は極めて容易で、ソフトウェアやデジタルコンテンツの先の意味での「生
産」は例えば Windows パソコン上でのファイルの「コピー」であったり、Web ブラウザ
での「ダウンロード」で済んでしまう。自動車が複雑なサプライチェーンをつなぎ、大規
模な工場を用いて初めて「生産」が可能になるのとまったく様相を異にしている。その意
味では情報産業、とりわけ「ソフトウェア産業」とは、従来の製造業でいう「生産」では
なく、
「設計」
「開発」が主たる業務の産業である。
また、
「情報財」のもう一つの特性として、製品の複雑さが挙げられる。最新の Windows OS
や Office ソフト、3次元 CAD などは極めて複雑なソフトウェアで、ソースコードの行数
で億行の規模であると言われている。このことはその開発に多大の投資が伴うということ
を意味する。これが複製の容易さと相まって、規模の経済性をもたらすが、開発費用を回
収するために知的財産の保護制度などを後ろ盾として資金の回収を可能にしなければなら
ない。他方、その複雑さは多くの利用を通じて製品の改良を行うことと、ユーザにとって
も事前の評価が難しく、利用することを通じて初めて評価が行えることを意味する。ソフ
トウェア製品の一部無償化やオープンソース化は複雑な情報財をより多くのユーザに晒す
ことで、より良い製品にしてゆくという意味を持つ。また、複雑さゆえに、一度、特定の
製品を利用すると他への転換が難しくなるロックインが生じやすく、また「より多くのユ
ーザがいる」ことが製品の評価を高める「ネットワーク外部性」を持っている。
我々はこのような特性をもつ情報と情報産業について、それを適切に利用し、産業を振興
する意味で適切な社会のシステムを有しているかどうかは疑問である。
3.2 情報化された社会の特性
インターネットなど世界的な規模での情報ネットワークと高性能な計算とで構成された情
報化された社会はさまざまな点で変化が生じている。世界的に広がるインターネットと携
帯端末は人々をエンパワーし、一方で、NPO や NGO など特定の専門性などを有した個
人を世界規模で組織した活動可能にし、Wikipedia や Twitter, Facebook などのサービス
は多数の人々の協力により集合知の形成をもたらしているが、他方で革命や暴動など不特
定多数の集合的な行動を引き起こしている。
また、金融ではデジタル化によりコンピュータを駆使した取引を極めて高速に行うように
なっており、僅かな時間差さえ嫌って証券取引所のコンピュータシステムと同じ場所に証
券会社の取引用コンピュータを置く「コロケーション」まで行われている 3)。このようにデ
ジタル化されたマネーが国境を越えて動き回り、世界規模の金融不安を引き起こしている。
実体経済においても、製造業のデジタル化は熟練技能者への依存性を下げ、製造拠点の世
界各地での立地を極めて容易にした。その結果、より安い労働力とより大きな市場を求め
てサプライチェーンが国境を越えてダイナミックに組み替えられ、途上国の急速な発展と
先進国での産業の空洞化や失業、所得格差を招いている。
先述のように情報技術の発展は著しく、今後も「桁数」が変わるような技術革新が進み、
それが情報技術の汎用性を背景に他の産業での技術革新につながって行く。このことは、
継続的な生産コストの低下や産業立地面での地球規模でのフラット化を意味しており、現
代経済の悩みの一つである先進国での継続的なデフレーションが当面、続くことを予感さ
せる。
このような目覚ましい技術革新とその社会的インパクトの中で、これまでの社会制度その
ものが、
「国民国家」という近代の枠組みのレベルから揺らぎ始めている。もちろん、情報
通信技術だけではなく、戦後の核兵器などの大量殺戮が可能な武力の問題や、地球温暖化
に代表される地球規模の環境問題なども困難な問題を孕んでいるが、情報通信技術が新た
に「国民国家」の持つ意味すら問う課題として顕在化してきている。
こういう状況において、社会そのものを研究対象とする社会科学は変革しつつある社会そ
のものを研究対象としてどのように捉え、どういう研究計画を持つべきかが問われている
のではないだろうか。たとえば以下のような研究の立場、捉え方が考えられるが、進化経
済学はどちらの方向の研究アジェンダを描くべきであろうか。
1.
データとして利用可能な「これまでの社会」を分析・理論化の対象とする。
2.
変化しつつある社会そのものを観察者として社会科学の立場から記録・記述する。
3.
一定の将来の予測のもと、今後、問題となるであろう課題を先取りしつつ、あるべき
社会の姿を仮定した上で、その実現に必要となる、社会の制度などを検討する。
4.研究手法としての情報通信技術
4.1 シミュレーションの利用
情報通信技術の進化経済学もう一つは、進化経済学を含む社会科学にとっての科学研究の
方法の変革である。科学研究の方法として「理論」と「観測・観察」、
「実験」があるが、
シミュレーションという手法が実験の代替手段として使えるようになりつつある。すでに
自然科学や工学の世界では、シミュレーションの利用はもはや当然のことと位置付けられ
ている。多くの工業製品はシミュレーションを駆使して設計されている。近年では、性能
を確認するシミュレーションだけではなく、遺伝的アルゴリズムなど最適化手法をシミュ
レーションと組み合わせ、大量のシミュレーションを通じて最適設計を探索するようにな
りつつある。また、現代の気象予報や地球温暖化の予測では大規模なスーパーコンピュー
タが駆使されている 13)。
ただし社会科学分野でのシミュレーションの利用を考えるに際しては理工系分野でシミュ
レーションが利用されている背景に注意を払う必要がある。物理的なシステムについては、

基礎方程式など支配する方程式の明確なものが多い。

扱う系の対称性が高いものが多い。

境界条件、初期条件などが明確である。
といった点がシミュレーションを容易にしている。これらはいずれも人や組織などを要素
とする社会システムとは大きく様相を異にしている。ただし、気候のシミュレーションの
ように人工物ではなく自然環境を扱うシミュレーションでは、単にスーパーコンピュータ
で大規模な方程式を解けばよいというものではなく、初期条件、境界条件として与える観
測値の利用可能性が性能に影響するといわれ、シミュレーションと観測の両面が重要であ
ることを意味している 13)。
社会科学のシミュレーション手法としては、システムダイナミクスや人口学で用いられる
コホート要因法などのように、集計されたマクロ変数の(微分・差分)方程式を用いて行
うなどで用いて行うシミュレーションに加え、人など個々の要素を単位として微視的に扱
うマイクロシミュレーション、セルオートマトン、エージェントベースのシミュレーショ
ンなど情報技術の発達に伴い扱う技法もより計算量の多いものが増えてきている
11)。また
エージェントベースのシミュレーションはその構成法上、人がプレイする形のゲーミング
などと親和性が高く、エージェントと人が混在したハイブリッドシミュレーションなども
可能である。
ただし、シミュレーションは模擬実験であるので、モデリング、シミュレータの構成、シ
ミュレーションパラメータの設定、シミュレーションの実行、得られたデータの分析など
研究における工数はかなり多い。また、モデリングのための対象領域の知識、パラメータ
設定をする上での実証的データの獲得のスキル、多様なパラメータでのシミュレーション
による感度解析、データの可視化や探索、統計処理など実験科学領域での知識、スキルが
要求され。このため、異分野(例えば実務者と経済学と情報工学)の研究者の共同研究な
どの形態をとる必要がある。
4.2 データ中心科学
もう一つの方法上の可能性が情報技術による「観測・観察」の高度化である。各種、観測
装置や実験機器から大量のデータを取得し、大規模計算により、データを分析して科学的
発見につなげようというものである
14,15)。研究対象として社会を考えても、現代社会では
人々の活動は相当程度に情報システムに依存しており、プライバシー保護などで利用が制
限されていたり、取得方法によっては個人が特定できなかったりはするものの、何らかの
形でその活動は電子的に記録されている。例えば、

インターネットへの接続や携帯電話の利用

twitter などのソーシャルメディアで発信されるメッセージ

検索エンジンへの検索クエリー

電子決済された売買記録

ICカードでの交通機関の利用記録

医療機関での治療記録

カーナビゲーションでの自動車の運行記録

監視カメラで取得されている映像
などである。さらには、近年、人が端末を介して情報をやり取りする形で使われてきたイ
ンターネットであるが、機械どうしがネットワークを介して情報をやり取りする、最近で
は先述の「モノのインターネット (IOT)」が注目されているが、これはさらに自動取得で
きるデータの量的拡大を意味する。
このようにネットワークに接続された形で人々が活動し、その利用状況がさまざまな形で
サービス提供者の側に蓄積されている。これは社会を観測する粒度が極めて高くなってい
ることを意味する。現在、大量に蓄積されるデータの処理については、「ビッグデータ」と
して、注目されており、クラウドコンピューティング環境などを利用して大量のデータを
蓄積し、分析する研究開発が進められている。教育の分野でも Learning Analytics として、
ネットワーク上に蓄積されてゆく学習者のデータを利用しようという動きが出てきている
16)。残念ながら、
「ビッグデータ」の研究開発については、データを所有し、それをビジネ
スに活かそうとするビジネス界が先行しており、学術研究については、今後の展開を待つ
必要がある
14)。社会活動についての大量のデータにより粒度の細かな観測が可能になる中
で、社会科学はそれをどう捉え活かして行くかが問われている。そこでは、大量のデータ
を用いて、どのような研究が可能であるか、それを実現するための計算手法などを議論す
るだけでなく、プライバシーへの配慮と利用すること意義とのトレードオフをいかにバラ
ンスさせるかという研究倫理面での難問を積極的、主体的に克服することが求められる。
5.おわりに
本論文では、情報通信技術の進展の面から、その進化経済学研究の課題を述べた。情報通
信技術の急速な発展、普及は様々な利用を生み出して、仮想社会の持つ重要度が高くなっ
ているが、現代の社会システムは必ずしもそれにうまく対応できていない。このような状
況の中で、筆者は進化経済学には変革期にある社会そのものとどう向き合うのか、という
ことと情報通信技術を研究の手段としてどのように活用しようとするのかが問われている
と考える。
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