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頸部へのマッサージを契機に発症した両側乳糜胸の 1 例

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頸部へのマッサージを契機に発症した両側乳糜胸の 1 例
1034
●症
日呼吸会誌 42(12),2004.
例
頸部へのマッサージを契機に発症した両側乳糜胸の 1 例
横山 敏之
清水 康男
要旨:症例は 66 歳,男性.頸部から肩へのマッサージを受け帰宅後,左鎖骨上窩の腫脹と疼痛が出現し,
2 日後に近医で胸部 X 線写真にて両側胸水を疑われ,当科に紹介入院となった.両側胸水ともに乳糜様で胸
水中トリグリセリド値が高値でありマッサージによる胸管損傷が原因となった両側乳糜胸と診断した.入院
後は食事療法のみで経過観察し胸水は減少傾向となった.マッサージによる乳糜胸の報告は過去になく稀と
考えられる.マッサージの合併症として,稀ではあるが乳糜胸があることを注意する必要がある.
キーワード:乳糜胸,両側,マッサージ,外傷
Chylothorax,Bilateral,Massage,Trauma
緒
言
応は見られなかった.
画像所見:入院時胸部 X 線写真(Fig. 1)では両側に
今回我々は,頸部,肩へのマッサージを契機に発症し
少量の胸水を認めた.同日の胸部 CT 写真(Fig. 2)で
た両側乳糜胸の症例を経験した.検索した限り同様の報
は両側胸水及び下行大動脈と食道との間隙の縦隔内に胸
告はなく,きわめて稀と考えられる.今後,マッサージ
水と同程度の CT 値を示す液体の貯留が認められた.
の合併症として乳糜胸が起こりうることについて注意を
胸水所見(Table 1)
:エコーガイド下に試験胸腔穿刺
喚起する必要があると考えられ,文献的考察を加えて報
を行ったところ,両側とも無臭の白濁した胸水であり,
告する.
胸水検査所見では両側ともトリグリセリド高値であっ
症
例
た.
臨床経過:以上の病歴と検査所見から,頸部へのマッ
症例:66 歳,男性.
サージを契機に発症した外傷性両側乳糜胸と診断した.
主訴:左鎖骨上窩の腫脹,疼痛.
全身状態は良好で,左鎖骨上窩の腫脹もマッサージの数
既往歴:特記事項なし.
時間後が最大であり以後は軽減傾向であると訴えたた
家族歴:特記事項なし.
め,低脂肪食のみで経過観察とした.9 月 5 日の胸部 X
現病歴:2002 年 8 月 31 日に某治療院で両側頸部から
線写真で胸水が減少傾向であったため,退院し,近医に
肩にかけてのマッサージを受けた.その際圧迫を受けた
紹介となった.左鎖骨上窩の腫脹は退院時には半分程度
部位全体に強い痛みを自覚したという.約 1 時間後から
に縮小していた.
左鎖骨上窩に腫脹,疼痛が出現したため,9 月 2 日近医
考
を受診し,胸部 X 線写真で両側胸水を疑われ,9 月 3 日
当科紹介入院となった.
入院時 現 症:身 長 153 cm,体 重 46 kg,血 圧 150!
86
mmHg,脈拍 60!
分,体温 36.7℃.
察
胸管は第 2 腰椎前面の乳糜槽から起始,上行し,胸部
後縦隔に入る.横隔膜上部では大動脈と奇静脈との間で
椎体の右側前面を上行し,第 4 ないし 6 胸椎の高さで左
左鎖骨上窩に圧痛を伴う 10×5 cm 大の軟らかな腫瘤
側へ移走し,大動脈弓および左鎖骨下動脈の後面を上行
を認めた.腫瘤の皮膚面に紫斑なし.胸部聴診上異常な
し頸部に達する.頸部では胸管は左鎖骨の上方 3 から 5
し.下肢浮腫なし.
cm まで上行し左鎖骨下動脈の前面,ときにその後面を
入院時検査所見(Table 1)
:血清総タンパク値および
アルブミン値の軽度の低下が見られた.白血球数 6,200!
µl,赤沈 1 時間値 7 mm,CRP 0.1 mg!
ml 以下と炎症反
〒506―8502 岐阜県高山市大新町 5―68
JA 岐阜厚生連久美愛病院内科
(受付日平成 16 年 8 月 16 日)
横切り,左鎖骨下静脈と左内頸静脈との合流部の 1 cm
以内で静脈に注ぐ1).
乳糜胸は Bessone ら1)によるとその成因から外傷性と
非外傷性に分類され,さらに外傷性乳糜胸は手術性と非
手術性に分類される.非手術性の乳糜胸のなかでも鈍的
外傷による両側乳糜胸は稀であり,我々の検索した限り
頸部へのマッサージを契機に発症した両側乳糜胸の 1 例
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Table 1 Laboratry data on admission
Peripheral blood
WBC
6,200/μl
RBC
434 × 104/μl
Hb
14.0 g/dl
Ht
40.9%
Plt
25.0 × 104/μl
Blood chemistry
TP
5.9 mg/dl
Alb
3.7 mg/dl
GOT
21 IU/l
GPT
13 IU/l
γ-GTP
13.9 IU/l
ALP
243 IU/l
LDH
194 IU/l
BUN
29.2 mg/dl
Cr
0.64 mg/dl
Na
139 mEq/l
K
3.9 mEq/l
Cl
103 mEq/l
Fig. 1 Chest radiograph on admission showing bilateral pleural effusion.
T-chol
226
TG
83
Serology
CRP
< 0.1
ESR
7
Right pleural effusion
T-chol
87
TG
1,137
LDH
142
Amylase
38
ADA
6.2
CEA
0.8
Left pleural effusion
T-chol
112
TG
1,936
mg/dl
mg/dl
mg/dl
mm/hr
mg/dl
mg/dl
IU/l
IU/l
IU/l
ng/ml
mg/dl
mg/dl
Fig. 2 Chest CT scan on admission showing bilateral
pleural effusion and fluid collection in the mediastinum(arrow)
.
糜が貯留して形成されたと考えられ,その原因として頸
では 4 例の報告があるのみであり,それらの報告はすべ
部から肩へかけてのマッサージによって胸管が左鎖骨上
て胸部の胸管の損傷が原因とされている2)∼5).また,頸
に出てから静脈に注ぐまでのいずれかの部位で損傷を受
部への鈍的外傷による乳糜胸については,交通外傷での
けたものと考えられる.さらに,胸部 CT 写真で縦隔内
シートベルト圧迫による頸部胸管損傷からの左乳糜胸の
に乳糜の貯留が疑われ,上記 Frazell ら7)の報告と同様
報告6)が見られるが,マッサージが原因となった乳糜胸
の機序で,乳糜が鎖骨上窩から縦隔を経由して胸腔内に
の報告は我々が検索した範囲では皆無であった.一方,
貯留したものと考えられた.
手術性の頸部胸管損傷による両側乳糜胸は頸部廓清術の
胸管の走行については種々の変異が存在することが知
.手術
られている10)が,いずれも頸部及び鎖骨上窩においては
性の頸部胸管損傷による乳糜漏が両側乳糜胸を招来する
外部からの圧迫を直接受ける部位を走行しており,本症
機序としては,Frazell ら7)は頸部組織間隙に貯留した乳
例に見られた機序による乳糜胸は同様に起こりうる.危
糜が筋膜隙を伝わって下行し,縦隔に貯留,さらに縦隔
険因子として胸管の走行異常が寄与している可能性は低
胸膜から胸腔へ浸出して成立するとしている.
いものと考えられる.
合併症として発生することが報告されている
7)
∼9)
本症例での鎖骨上窩腫瘤は,皮膚に紫斑を認めず,乳
外傷性乳糜胸の治療は,食餌,栄養の管理と胸腔ドレ
1036
日呼吸会誌
42(12),2004.
ナージといった保存的治療を先行するのが一般的であ
5)Lindhorst E, Miller HA, Taylor GA, et al : On the
る .Selle ら は,(1)成人で 1 日 1,500 ml 以上の乳糜
possible role of positive end-expiratory pressure
排出が 5 日以上続くとき,(2)2 週間経っても排液量の
ventilation in the treatment of chylothorax caused
11)
12)
減少が見られないとき,(3)栄養,水と電解質の著明な
障害や免疫能の低下を認める場合には手術適応であると
している.本症例では入院時乳糜胸が軽度であり,鎖骨
上窩の腫脹も軽減傾向であったことから低脂肪食のみで
経過観察としたが自然軽快した.
by blunt chest trauma. J trauma 1998 ; 44 : 540―542.
6)Sinclair D, Woods E, Saibil EA, et al ‘
: Chyloma’: A
persistent post-traumatic collection in the left supraclavicular region. J trauma 1987 ; 27 : 567―569.
7)Frazell EL, Harrold CC, Rasmussen L, et al : Bilateral chylothorax. Ann Surg 1950 ; 134 : 135―137.
頸部への過度のマッサージにより,きわめて稀ではあ
8)Hal-El G, Segal K, Sidi J : Bilateral chylothorax com-
るものの乳糜胸を併発する危険性があることは,十分に
plicating radical neck dissection : report of a case
周知されるべきであると思われた.
with no concurrent external chylous leakage. Head
文
Neck Surg 1985 ; 7 : 225―230.
献
9)三谷健二,吉田淳一,赤埴詩朗,他:左頸部廓清術
後に発生した両側乳糜胸例.耳鼻臨床 1999 ; 92 :
1)Bessone LN, Ferguson TB, Burford TH : Chylotho-
1241―1245.
rax. Ann Thorac Surg 1971 ; 12 : 527―550.
2)Reilly KM, Tsou E : Bilateral chylothorax, a case re-
10)Gullane PJ, Marsh AS : Bilateral spontaneous chylot-
port following episode of stretching. JAMA 1975 ;
horax presenting neck mass. J Otolaryng 1984 ; 13 :
255―260.
233 : 536―538.
11)中江純夫,二味 覚,武田 功:外傷性乳糜胸.救
3)Brook MP, Dupree DW : Bilateral traumatic chylot-
急医学 1994 ; 18 : 832―835.
horax. Ann Emerg Med 1988 ; 17 : 123―126.
4)高須 朗,穴田敬雪,金子直之,他:鈍的外傷を起
12)Selle JG, Snyder WH III, Schreiber JT : Chylotho-
因とした両側乳糜胸の 1 例.日外傷会誌 1996 ; 10 :
rax : Indications for surgery. Ann Thorac Surg
38―41.
1971 ; 12 : 527―550.
Abstract
A case of bilateral chylothorax following neck massage
Toshiyuki Yokoyama and Yasuo Shimizu
Department of Internal Medicine, Kumiai Hospital
We report a case of bilateral chylothorax following neck massage. The patient presented with the left supraclavicular mass and bilateral pleural effusions. Both fluids obtained from thoracentesis revealed chylous and a
high triglycerides content. The effusions decreased after conservative treatment. Bilateral chylothorax caused by
neck massage has, to our knowledge, not previously been reported in literature. We concluded that physicians
and massagists should remember this serious complication.
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