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検診で発見された特発性乳糜胸の 1 例

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検診で発見された特発性乳糜胸の 1 例
1002
日呼吸会誌
44(12),2006.
●症 例
検診で発見された特発性乳糜胸の 1 例
加藤 栄志
石井 明子
山田 典子
杉浦 孝彦
要旨:症例は 52 歳男性,特に自覚症状はなく検診の胸部レントゲンで異常影を指摘され当院を受診した.
胸部 CT では右胸腔に中等量の胸水を認めた.胸水検査を施行したところ乳褐色混濁の胸水を認め,胸水中
のトリグリセリドが高値であった.明らかな原因疾患はなく特発性乳糜胸と診断した.約 1 カ月間外来で
食事療法を行っていたが右胸水は増加傾向であったため入院.胸腔ドレナージおよび,OK-432 の胸腔内投
与による胸膜癒着術を行い軽快した.成人の特発性乳糜胸の報告は少なく,特に検診で発見された症例は過
去に報告がないため,本例は極めて稀と考えられる.
キーワード:乳糜,特発性乳糜胸,X 線集団検診,胸膜癒着術
Chyle,Idiopathic chylothorax,X-ray mass examination,Pleurodesis
緒
分.
言
結膜に貧血,黄疸を認めず.
乳糜胸は何らかの原因で胸管の損傷を生じその結果,
胸腔内に乳糜が貯留する疾患の総称である.原因は外傷
や手術による外傷性乳糜胸が多く,非外傷性乳糜胸は悪
性腫瘍や肺リンパ脈管筋腫症,肺結核症によるものなど
表在リンパ節は触知せず,胸部聴診にて心雑音,肺副
雑音を認めず.
腹部は平坦,軟,圧痛なし,腸雑音正常.肝,脾,触
知せず,四肢に浮腫を認めず.
が報告されている.特発性乳糜胸は新生児や乳児の報告
入院時検査所見:
はあるが,成人の報告は少ない.本症例のように検診で
血液検査所見:白血球数の上昇および低蛋白血症,低
発見された特発性乳糜胸は過去に報告がなく,若干の文
献的考察を加え報告する.
症
アルブミン血症を認めた(Table 1)
.
胸水検査所見:外観は 乳 白 色 混 濁,比 重 1.016,Rivalta 反応陽性で空腹時の胸水中トリグリセリドが 690
例
mg!
dl と上昇を認めた.細胞診は陰性で,細胞分画はリ
症例:52 歳,男性.
ンパ球が 85% とリンパ球有意の所見であった.(Table
主訴:胸部異常影.
2)リポ蛋白分画では主成分がカイロミクロンである原
既往歴:15 歳:虫垂炎.
点沈
家族歴:特記事項なし.
を認めた.Sudan III 染色は陰性であった.
胸部画像所見:入院時の胸部 X 線(Fig. 1a)
,胸部 CT
喫煙歴:20 本!
日×32 年.
(Fig. 1b)では右胸腔に中等量の胸水貯留を認めた.
現病歴:毎年検診を受けていたが胸部異常影を指摘さ
臨床経過:入院第 2 病日に胸腔ドレナージを施行し
れたことはなく自覚症状も認めなかった.2004 年 6 月 3
た.ドレナージ初日は 2,030ml の排液を認めたが第 3 病
日に検診の胸部レントゲン写真にて初めて異常影を指摘
日には 380ml に減少し,再度胸部 CT を施行したとこ
され 6 月 30 日に当院を紹介受診した.胸水試験穿刺に
ろ右胸水はほぼ消失,胸腔には異常所見を認めなかった.
て胸水中トリグリセリドが高値のため乳糜胸と考え食事
第 4 病日には排液は 100ml に減少したため OK-432 5
療法にて保存的に 1 カ月間経過を観察をしたが胸水の増
KE にて胸膜癒着術を施行した.第 6 病日より排液はほ
加を認めたため同年 8 月 2 日に入院となった.
ぼ消失したため,第 7 病日にドレナージチューブを抜去
入院時現症:身長 161cm,体重 75.8kg,血圧 112!
76
mmHg 左右差なし
脈拍 80!
分
整.呼吸回数
18 回!
し OK-432 に よ る 発 熱 が 消 失 し た 第 10 病 日 に 退 院 と
なった.その後も外来にて経過観察を続けているがいる
が,胸膜癒着術施行 6 カ月後の胸部 CT(Fig. 2)にお
〒491―0934 愛知県一宮市大和町苅安賀 2135
愛知県立循環器呼吸器病センター
(受付日平成 18 年 5 月 16 日)
いても胸水の再貯留を認めていない.
特発性乳糜胸の 1 例
1003
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察
乳糜胸は胸腔内に乳糜が貯留する疾患の総称で,原因
としては大きく外傷性,非外傷性,特発性に分類される.
Valentine ら1)は 191 例の乳糜胸の症例を検討し,乳糜
胸の原因について,腫瘍性,外傷性,特発性,その他の
もの,と分類したところ,腫瘍性(特にホジキンリンパ
腫によるもの)がもっとも多く全体の 46% を占め,外
傷性が 28%,特発性が 14%,その他のものが 8% であっ
たと報告している.
特発性乳糜胸についてはその大部分が小児特に 1 歳未
満の新生児,乳児にみられ 16 歳以上の成人発症例の報
告は少ない.伊藤ら2)の報告によると本邦での 16 歳以上
の特発性乳糜胸の報告は 1992 年までに 24 例あり比較的
若年の女性に多く,病側は右側に多い傾向があったとし
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特発性乳糜胸の発症機序は,小児の場合リンパ系の先
乳糜胸の診断においては胸水検査にて空腹時の胸水中
天的形成不全と考えられているが成人における特発性乳
トリグリセリドが 110mg!
dl 以上であることが特徴的
糜胸は詳細が不明で,何らかの原因で胸管の内圧が上昇
で,参考所見としては外観上乳白色で無臭,リンパ球優
して胸管の破綻をきたすと考えられており,リンパ管の
位,Sudan III 染色陽性,カイロミクロン高値などがあ
逆流防止弁が関与している可能性3)や,咳嗽やボディー
げられる.本症例は空腹時の胸水中トリグリセライドが
4)
5)
ビルが原因となった可能性を示唆する報告 もある.
690mg!
dl と高値であり,明らかな外傷がなく,原因と
1004
日呼吸会誌
44(12),2006.
本症例は 1 日の乳糜漏出量が 100ml 程度と少量であ
り,それゆえ自覚症状もなく今回検診にて発見されたと
思われる.また本症例は同時に検診の血液生化学検査に
て低蛋白血症を指摘されていた.尿定性検査では蛋白を
認めないためネフローゼ症候群などの腎疾患による低蛋
白血症は否定的であるため,多発性骨髄腫などの血液疾
患が合併していないか精査するため他院の血液内科にて
骨髄穿刺を含め精査を受けたが異常を認めなかった.胸
膜癒着 6 カ月後の血液生化学検査にて総蛋白 6.0mg!
dl,
アルブミン 3.1mg!
dl と入院時に比べ増加が認められた
ため,乳糜漏出により消耗性の低蛋白血症をきたしてい
a
たものと考えた.
本症例はトロッカーカテーテル挿入による持続的胸腔
ドレナージおよび OK-432 による胸膜癒着術のみで治癒
したが,1 日の乳糜漏出量が少量であったことが大きな
要因と考えられる.したがって,1 日の乳糜漏出量が 100
ml 程度の症例やリンパ管造影や手術といった侵襲的検
査,治療のリスクが高い高齢者および心肺機能低下のあ
る症例には胸膜癒着術は侵襲が少なく合併症の少ない有
用な治療法と考えられた.
引用文献
1)Valentine VG, Raffin TA. The management of chy-
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なりうる腫瘍性病変やその他の内因性疾患を疑わせる所
見を認めなかったことより特発性乳糜胸と診断した.
乳糜胸の治療は保存的治療と手術療法がある.保存的
lothorax. Chest 1992 ; 102 : 586―591.
2)伊藤 寧,本田泰人,寺本 信,他.特発性乳糜胸
の 1 例.日胸疾会誌 1993 ; 31 : 109―111.
3)木村 秀,宇山 正,南本智史,他.特発性乳糜胸
の経過中に悪性リンパ腫が発症した一例.日臨外医
会誌 1990 ; 51 : 1748―1752.
4)Bessone LN, Ferguson TB, Burford TH. Chylothorax. Ann thorac Surg 1971 ; 12 : 527―550.
治療としては低脂肪食,中鎖脂肪酸 MCT
(medium chain
5)枝国信三,西村 寛,磯部 真,他.胸腔・腹腔お
triglycerides)を含んだ食事療法6)や絶食,中心静脈栄
よび腹腔・静脈シャントによる乳び胸腹水の治療.
養があり,その目的は胸管中の乳糜の流量を減少させ胸
日呼外会誌 1988 ; 2 : 40―46.
腔への乳糜漏出を遅延させることにより胸管漏出部の自
6)Hashim SA, Roholt HB, Babayan VK, et al. Treat-
然修復,閉鎖を期待するものである.しかし上記の保存
ment of chyluria and chylothorax with medium-
的加療にて乳糜漏出部の自然閉鎖がみられない乳糜胸に
chain triglyceride. N Engl J Med 1964 ; 270 : 756―
対しては持続的胸腔ドレナージおよび,胸膜癒着により
761.
漏出部の閉鎖を目的とした OK-432,テトラサイクリン
7)
∼9)
やミノサイクリン,タルク末など
の胸腔内投与も試
みられている.手術療法は乳糜漏出部位の縫合閉鎖と胸
管結紮術があるが,伊藤ら2)は特発性乳糜胸の手術症例
15 例中 11 例では乳糜の漏出部位が不明のまま胸管結紮
術を施行しており,その半数近くの 5 例で再発を認めた
と報告している.特発性乳糜胸では乳糜の漏出部位が不
明のことが多く手術療法が無効なことが多い,という報
告もある10).
7)石田 薫,森 昌造,鈴木俊輔,他.食道癌切除後
の乳糜胸 tetracycline と OK-432 による癒着療法.
日消外会誌 1984 ; 17 : 1559―1602.
8)清水喜徳,安井 昭,西田佳昭,他.OK-432,minomycin の胸腔内注入で治癒した食道癌切除後乳糜胸
の一例.日臨外医会誌 1990 ; 51 : 2451―2455.
9)岡田 清,田中英輔,陣内森之輔.乳糜胸の対策.
胸部外科 1976 ; 29 : 129―134.
10)Williams KR, Burford TH. The management of chylothorax. Ann surg 1964 ; 160 : 131―140.
特発性乳糜胸の 1 例
1005
Abstract
A case of idiopathic chylothorax detected by the mass examination of chest X-ray
Eishi Kato, Akiko Ishii, Noriko Yamada and Takahiko Sugiura
Department of Respiratory Disease, Aichi Cardiovascular and Respiratory Center
A 52-year-old asymptomatic man was referred to our hospital due to right pleural effusion detected on a
chest X-ray mass screening. Chest X-ray film and chest CT showed moderate pleural effusion. The effusion was
milky yellow, suggesting a high triglyceride level. There was no organic disease that would cause chylothorax so
his condition was diagnosed as idiopathic chylothorax. The patient s right pleural effusion increased although he
had been receiving outpatient dietary therapy for one month. He was consequently admitted to our hospital and
received drainage of the pleural space and pleurodesis by intrapleural injection of OK-432. His condition was
greatly improved by the therapy and he was discharged. There are few reports of idiopathic chylothorax in
adults. Such a case of idiopathic chylothorax detected by chest X-ray mass screening has never been reported before. We, therefore, conclude that this case is very rare and has unique aspects.
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