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MEG概説 - 生理学研究所

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MEG概説 - 生理学研究所
MEG概説
初 版
無断転載を禁ず.
1
1.概略
ヒトの脳の働き(脳機能)を解析することは、神経科学の最も大きな目標の1つである。しかし、
ヒトを対象とする場合には非侵襲的でなければならないため詳細な研究は不可能であり、これまで
はネコやサルを用いての動物実験に頼らざるを得なかった。ヒトを対象とした研究はその技術的制
約と倫理的制約のため極めて困難な分野であった。
例えばヒトの脳機能を計測するには、頭皮上に装着した電極で記録される「脳波:EEG」が以前
より用いられてきたが、動物実験では脳内のあらゆるところに直接電極の挿入が可能であり、ヒト
での脳波検査に比べて格段に S/N の優れたデータを得ることができる。
しかしここにきて近年の著しい工学技術の進歩により、神経科学あるいは神経生理学の本来の目的
であった「ヒトの高次脳機能の探求」が非侵襲において可能となった。
その代表的手法の1つが生体磁場計測法であり、おもに脳磁場を対象として計測する、いわゆる
脳磁図(MagnetoEncephaloGraphy, MEG)とよばれている手法である。
生体には神経活動に伴い電流が発生
し、電流が発生すればそれに伴い磁場が
出現することは言うまでもない。電流に
より構成される電場を計測するのが脳
波であり、磁場を計測するのが脳磁図で
ある。
脳の周囲には導電率が著しく異なる
脳脊髄液・頭蓋骨および皮膚があり、特
に頭蓋骨による信号減衰効果は補正が
容易でなく計測結果に大きな障害とな
るため、脳で発生する電流源の位置を頭
皮上に置いた電極で正確に同定するこ
とは著しく困難で不可能と言っても過
言ではない。幸い磁場にはそのような制
約が無いため、脳磁場計測には多くの卓
越した利点があることは以前よりわか
っていたが、その計測は技術的に極めて
困難であった。
その最大の理由は、図1に示すとおり
地磁気や各種の都市雑音による磁場は
脳磁場の1万~1億倍の大きさであり、
その影響下では通常の方法で微弱な脳
磁場を計測することはもはや不可能な
ことであると思われた。しかし、近年の
超伝導技術とコンピュータ技術の急速
な進歩によりようやく実用化が可能となり、特に 10 年程前に 37ch の多チャネル大型計測装置が実
用化されてから、研究は格段の進歩をみせてきている。
前述の通り脳磁図は、msec 単位の高い時間的解像力を有し脳波と同等以上の情報を得られ、S/N
2
は脳波よりも格段に優れている。また、陽電子放射断層撮影法(PET:Positron Emission Tomography)
や核磁気共鳴画像法(fMRI:functional Magnetic Resonance Imaging)と比較すると時間的分解能におい
てかなり優位である。もっとも大きな欠点としては、導入予算が1システム数億円程度かかり、さ
らに液体ヘリウムなどの消耗品に代表されるように高額な維持管理費もかかるため PET, fMRI と
同様に極めて高価な大型計測装置のひとつであり、その点では脳波が最も優れている。
生体磁場計測は脳固有のものではなく、装置の用途によっては肺の磁気汚染や心磁(心臓の磁場)
を計測する平面配置のセンサ形状をしたタイプのものや、microSQUID とよばれる微小部位を計測
することができるセンサを使用したインビトロの計測手法、さらに特殊な例では胎児の生体磁場を
計測する装置もあるが、一般的には脳磁場計測が中心である。いいかえれば心磁図のような比較的
大きな信号源に比べ、極めて微小な脳磁場反応を非侵襲的に高い S/N と時間分解能をもってデテク
トする手法が現時点では MEG 以外に存在しないということである。
また今日 MEG という手法名称が一般的になったが、素子の名称である SQUID(Superconducting
Quantum Interference Device)または、まれに工学的な呼称として超伝導量子干渉計、さらに装置全
体と解析系すべてを総称して生体磁気計測装置という名称が使用されることもあるが、概略的には
脳磁図計測法を指していることが多い。
ちなみに、生理学研究所では、事務的には生体磁気計測装置が使用され論文等では MEG を使用
することが多い。
生理学研究所に 1991 年国内では初めての米国製 37ch の多チャネル SQUID 装置が導入され、
1993
年にはこれも国内初になるが反対側に同仕様のセンサが増設されて左右両半球の同時記録が可能と
なった。さらに 2002 年には現在主流となっている全頭型センサで 306ch の機器が設置され、さらな
る研究の進展が期待されている。
元岡崎国立研究機構長であった佐々木和夫教授が生理学研究所統合生理研究施設教授時代にお
こなった「脳磁図による高次脳機能解析」は、世界的にも先駆的な研究として高く評価されている。
その後、日本国内において基礎研究や臨床応用を目的として米国製やフィンランド製および国産
の装置があいついで導入され、現在では導入予定を含めると数十台の脳磁計が設置されており隔世
の感を否めない。これは全世界に設置されている脳磁計の過半数を占めており、日本は脳磁図研究
において世界で最も進んだ国の1つとなった。
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2.脳磁図(Magnetoencephalography: MEG) について
脳磁図は、神経細胞の活動によって生じる細胞電流の周囲の微弱な磁場を記録・解析することで
脳内の活動部位を同定する検査方法である。脳磁図の長所は、脳活動に関して msec 単位の高い時
間分解能をもつ情報が得られる点、
脳波に比べて格段に S/N が高く歪みの少ない情報が得られる点、
そして計測が人体に対して全く非侵襲という点である。しかし、このような特長を生かして研究を
行うためには様々な注意が必要となる。
発生源(神経回路)の性質により記録できる脳活動に制限があり、すべての神経活動を反映して
いるわけではないこと、脳からの微弱な磁場の検出に関する技術的な問題点、また信号源推定にと
もなう逆問題計算ついて等は、MEG を使う場合にある程度把握しておく必要がある。以下では、
脳磁場の発生源、脳磁計の構造と動作、記録と解析について基本的な事項を解説する。
1) 脳磁場の発生源
MEG の記録する磁場の発生源は、大脳皮質の錐体細胞を流れる細胞内電流であるとされるが、
頭皮外から細胞内電流を計測することは、従来から脳波計により電場として比較的容易に計測する
ことができた。しかし電流双極子の局在推定においては絶縁効果と短絡効果により生体の誘電率に
大きな差が生じ、極めて大きな歪みが発生するため著しい S/N の低下を伴う。結果としてこの状態
で信号源を推定するためには三層モデルとして複雑な処理が必要となる。
絶縁効果の大きな組織には頭蓋骨・脳硬膜・頭皮などがあり、特に頭蓋骨の影響は多大で、脳組
織の 100 倍程度のインピーダンスを持つ。短絡効果の大きな組織としては脳脊髄液や皮下組織など
がありインピーダンスは脳組織の 1/5 程度である。これらの組織が脳組織上に交互に存在するため、
電場による S/N は著しく低下し局在推定を困難にしている。それでも頭蓋骨による絶縁効果は、そ
の形状が大脳から小脳近辺においてほぼ一定であるため計算上は球状モデルとして比較的容易に補
正することが可能である。問題は脳脊髄液による短絡効果であり、左右大脳半球間に加え脳構間隙
などに深く入り込み複雑な形状を形成しているうえに個体差も大きくその補正は極めて困難である。
MEG による脳磁場の計測はこれらの影響を受けにくいので、脳を誘電体の球として単純な一層
モデルを仮定し処理できるため、問題を解決するうえで極めて有効な手段となる。
信号の発生機序としては、神経細胞が他の神経細胞から入力を受けるとシナプス後電位が発生す
る。入力には興奮性と抑制性の入力があるが、このうち興奮性シナプス後電位(Excitatory Post
Synaptic Potential, EPSP) によって発生した電流が尖樹状突起を流れるとき、その周囲に右ネジの法
則に従って磁場が形成され、多数の神経細胞が同期して活動した場合にのみ脳磁場として頭外から
記録することが可能となる。
神経細胞の代表的な電気活動には、EPSP 以外に、活動電位(Action Potential,AP),抑制性後シナプ
ス電位(Inhibitory Post Synaptic Potential,IPSP) がある。細胞内の静止膜電位が-60~-80 mV である
のに対し、EPSP は,平衡電位が 0 mV で 10 ms 以上持続するため,充分に大きな電流が同期して
生じうる。これに対し,IPSP は,平衡電位が-75~-100 mV と静止膜電位に近いため,大きな細胞
内電流を発生しにくい。また、AP は,頂点電位が+30 mV もあり,大きな電流を生じるものの,
持続時間が 1 ms 程度のスパイク状であるため,多数の神経細胞が活動しても同期した活動となり
にくい。したがって,MEG が計測できる磁場は、主として EPSP にともなう細胞内電流によって
発生していると考えられる。
さらに、細胞電流によって生じた磁場が外部から計測されるためには、神経細胞の形態、および
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その配列が重要である。脳内の神経細胞は、皮質に垂直に神経線維を伸ばす錐体細胞(Pyramidal Cell)
と、周囲に放射状に繊維を伸ばす星状細胞(Stellate Cell) とに大別できる。錐体細胞では一方向に伸
びた尖樹状突起を電流が流れるため、モデルとしては開電場となり外部に磁場を形成する(開磁
場:open field 図 2-A)。一方、星状細胞では、細胞体を中心に放射上に流れる電流によって磁場が互
いに相殺される傾向が強く、
閉電場となって外部に磁場が形成されにくい(閉磁場:closed field 図 2-B)。
視床、脳幹,白質では神経細胞のほとんどが星状細胞で構成されるため、視床や脳幹,白質などに
おける神経活動は電流双極子を形成しにくく、MEG で計測することは原理的にできない。
したがって、信号源推定の結果が白質であったような場合、実際の活動源とすることはできない。
図2 開磁場と閉磁場
現在、おこなわれている主な研究テーマとしては以下の通りである。
1.体性感覚誘発脳磁図
A.第1次体性感覚野の詳細な同定(homunculus の再確認)
B.第2次体性感覚野の研究
C.視覚あるいは聴覚刺激との相互干渉作用
D.痛覚認知機構の解明
2.運動関連誘発脳磁図
A.四肢の運動に関連する脳活動の研究
B.発声運動に関連する脳活動の研究
3.視覚誘発脳磁図
A.視野別刺激による後頭葉視覚野受容部位(retinotopy)の解明
B.運動視の研究(仮現運動、運動速度、視野別刺激、等)
4.高次脳機能
A.言語認知機構の解明
B.顔の認知機構の解明
C.形状認知機構の解明
D.作業記憶に関する認知機構の解明
5.その他
5
A.嗅覚に関連する認知機構の解明
B.睡眠中の脳内感覚認知機構の解明
2) 脳磁計の構造と動作
脳磁場の信号強度は 10-13~10-15 T (テスラ) で,都市の雑音や地磁気などに比べて 1 億分の1の微弱
な信号にすぎない。そのため、脳磁場計測には超伝導量子干渉素子(Superconducting Quantum
Interference Device: SQUID)
、磁束検出コイルなどを組み合わせた脳磁計が用いられる。
脳磁計として使用するためには、制御解析系が一連のシステムとして構築されていなければなら
ないため、構成要素として以下のハードウェアが必要である。また電源変動によるデータの消失や
制御系の誤動作を回避するため無停電電源によるバックアップも必須である。
a. センサである磁束計本体および磁気シールドルーム(センサ設置用ガントリ等含)
b. 制御・解析装置(計測制御、脳磁場および MRI 画像解析用ワークステーション)
、
データ保存用ディスクアレイシステム(RAID4 または 5)
c. 基幹としての高速ネットワーク環境
a. センサと磁気シールドルーム
センサとして使用されている SQUID はジョセフソン接合を利用した高感度の磁束密度測定装置
である。超伝導の状態にあるリングに外部から磁場をあたえると,リングに超伝導電流(遮蔽電流)
が流れ,外部磁場による磁束を打ち消すように逆向きの磁束を発生させる。超伝導リングは抵抗が
ゼロのため電圧は発生しない。しかし,このリングに特殊な接合部分を作り,一定以上の電流(臨界
電流)を流すと接合部の超伝導状態がくずれ,電圧が発生する。このような接合をジョセフソン接合
と呼ぶが、元来 SQUID にはジョセフソン接合が一つのもの(rf-SQUID)と二つ用いたもの(dc-SQUID)
があり、現在脳磁計に用いられている SQUID はほとんどの場合、感度が優れている後者の方式で
ある。
リングに臨界電流に近いバイアス電流を流しておいた状態で,外部磁場を与えると,どちらか
のジョセフソン接合を流れる電流が臨界電流値を超えるため電圧が発生する。この電圧を計測する
ことで微弱な磁束密度の変化を計測することが可能になる。ただし、発生する電圧が磁束の量子効
果により,磁束密度の強度によって周期的に変化する関数となるため,直接測ることでは磁束強度
を測定できない。したがって,発生した電圧を打ち消すようなフィードバック信号を回路に与え、
その出力を記録する。このような回路は磁束固定ループ(FLL:Flux Lockd Loop)と呼ばれる。
SQUID 磁束計は,前述の SQUID を応用したものであり,生体の磁場を検出するための検出コイ
ルを介して SQUID 側の入力コイルへ伝達している。検出コイルには,マグネトメータとグラジオ
メータとがあり、SQUID と同様に超伝導材で作成される。マグネトメータは 1 個のコイルで磁束
を捕捉する。形状が単純なため作成は容易であり,磁束計を小さくできるという長所があるが,脳
からの磁場も外部からの環境磁場も同様に入力されるため,ノイズの影響を受けやすいという短所
がある。
グラジオメータには軸方向一次微分型(図 3-1)
,軸方向二次微分型(図 3-2)
,平面一次微分型
(図 3-3)などの種類があり、平面一次微分型はプラナーコイルとも呼ばれる。軸方向一次微分型
グラジオメータでは検出コイルと補償コイルを逆向きに接続して,両コイルの差分信号を SQUID
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に伝える。脳から発生する磁場に比較して,外部環境から来る遠隔磁場は一般に空間分布が均一に
なる。そのため,検出コイルと補償コイルにほぼ同様の入力となる。一方,近傍から発生する磁場
は空間勾配が大きいため,検出コイルのほうが補償コイルより大きな入力を受ける。したがって,
両コイルの差分をとることによって,環境磁場の影響を消去し,脳からの磁場信号のみを計測する
ことができる。
軸方向型が頭皮に対し法線方向の磁場を微分するのに対し,平面微分型グラジオメータの場合は
頭皮の接線方向の磁場を微分する。これは頭表から浅い部分に信号源を持つ磁場に対して高い感度
を持つが、逆に頭表から深い部分で発生する磁場には感度が低い。また、同軸型グラジオメータで
は,2つのコイル間の距離(ベースライン)によって観測可能な磁場発生源の深さが異なり、通常
5cm 程度が設定されている。
図 3 各種検出コイル
現在の脳磁計は複数のセンサーコイルを内蔵し多チャンネルの同時記録を行なう。大別して頭全
体から同時に記録できるようにセンサを配置した全頭型、特定の部位をより詳細に計測するために
センサを配置したデュアルヘッド型がある。
1ch のセンサは SQUID および検出コイルで構成され、超伝導材で作成されているために常時冷
却しておかなければならない。このためセンサは真空断熱された容器(デュワー)の中に寒剤として
液体ヘリウムを充填し、常時 4K(-269℃)に保冷されている。しかし、SQUID に使用されているニオ
ブのような第二種超伝導体は、基本的に反磁性体であるが磁束量子単位において超伝導体内に磁束
が侵入することがある。これは凍結磁束または磁束のトラップと呼ばれ、外部から強磁場が加わっ
た様な場合に発生する。これを除去するためには一度 SQUID の温度を上げる必要があり、微弱な
トラップの場合は各チャネルに内蔵されたヒーター回路により容易に回復可能であるが、強度のト
ラップの場合はすべての液体ヘリウムを抜いて常伝導の状態に戻した後、再冷却して超伝導体への
遷移をやり直さなければならない。
デュワーは被験者の体位に合わせて適宜移動するため予冷設備を設置できないので定期的な液
体ヘリウムの補充が必要である。充填してあるすべての液体ヘリウムが気化すると真空層が維持で
きなくなり復旧するためには再度の真空引き作業が必要で、さらに急激な温度変化による素子の劣
化など大きなリスクが伴うため常時細心の注意が必要である。蒸発量はデュアルセンサの場合で約
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13 リットル/日、全頭型で 10 リット
ル/日程度が消費され、充填サイク
ルは、デュアルヘッドの場合ほぼ4
日、全頭型の場合で7日程度に1回
の充填作業を行うことになるが、設
置時に真空層の真空引をおこなう
時間によって液体ヘリウムの保持
日数に差ができるため、できるだけ
長期(最低4~5日程度)の真空引
をおこなった方がよい。
充填された液体ヘリウムは、ほぼ1~2時間前後で安定し通常の蒸発レベル(デュアルヘッドの
場合上部センサが 8.4、下部センサが 4.5 リットル/日、全頭型の場合は 4.5 リットル/日程度)に
復帰する。液体ヘリウムの安定が確認された段階で各 SQUID 素子のチューニングをおこなう。
b. 解析装置とデータサーバ
解析装置はおもに OS として UNIX ベースのワークステーションが使用され、MEG の実験制御用
と波形解析用、MRI 画像の解析用の3種類が設置されることが多い。データの種類は、MEG の場
合 RAW データおよびトリガを基準として各イベント別に平均加算されたアベレージデータの2種
類があり、基本的にはアベレージデータのみが解析に使用されるので RAW データを保存しない場
合もあるが、安全性を考慮し通常は両者を保存する。データについては後ほど解析の項目で解説す
る。また、データの管理はデータサーバによる一元管理が使用されることが多く、信頼性を向上さ
せるためデータストライピングによる RAID5 のディスクアレイサーバが設置されることが一般的
である。
c. 高速ネットワーク
MEG により得られたデータはネットワークにおいて相互に交換され処理されるが、解析システム
として構築するためには MEG 単体ではなく MRI で得られた被験者固有の解剖画像も必要となり、
fMRI 等の検査結果を併用することでさらに解析精度等の向上も期待できる。
MRI 画像を含めこれらのデータは GByte 単位に及ぶ膨大な量であるため、高速の転送速度をもっ
たネットワーク基幹が必要であり、現在では 100base 以上の速度を有するスイッチングによる ATM
ネットワークが通常使用されている。
3.記録および解析
実際の記録や解析のやり方は脳磁計システムによって様々である。ここでは、BTi 社製 37ch デュ
アルヘッド型センサおよび neuromag 社製 306ch 全頭型センサ脳磁計を基にして、一般的な注意点を
あげておく。
記録
1)センサ配置
一般にセンサ配置は磁場が距離の2乗に反比例して減衰するので S/N を向上させるためには、記
録に際して予想される脳内の反応部位にできる限り近くなるように脳磁計の位置を合わせる必要が
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ある。検出コイルは前述の通り、液体ヘリウムの充填されたデュワー内部にあるため真空層を介し
て頭皮上に配置されることになる。したがって、頭皮からコイルまでは最短でも 2cm 程度の距離が
あり、さらに脳表からの距離の場合 4cm 程度にもなる。このことからも計測部位に対するセンサ位
置の調整は S/N を左右する重要なファクタとなっている。
a.デュアルセンサ型脳磁計
デュアルヘッド型の脳磁計センサにおいては、通常図4に示す通り、視覚なら後頭部や後側頭部、
聴覚なら側頭部、体性感覚なら側頭部や頭頂部から記録を行なう。
センサ面ができるだけ頭皮に沿うように配置するが、事項に述べる全頭型に比べて任意の位置に
センサを配置することができるため小児のような頭部形状の小さな被験者の場合でも、より近傍に
センサを配置することができる利点がある。
図4 デュアルヘッド型 37ch 脳磁計のセンサ配置
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b. 全頭型脳磁計
全頭型の場合は、検出コイルが図 5-B に示すように頭部全体を覆う状態で 102 カ所に配置され、
1カ所につきプラナーコイル1対とマグネトメータ1個が配置される。コイルが頭部全体をカバー
できる配置であるため、頭部を中心に位置するように固定できれば特にセンサ配置は考慮する必要
がない。ただし成人の場合は比較的頭皮に沿った配置となるが、小児のように頭部が小さい場合は
センサからの距離が遠くなるために、S/N の関係から計測対象部位に寄せて被験者を固定するなど
の注意を要する。ちなみに小児の場合は、座位よりも伏臥位の方が安定しやすいが頭部の位置あわ
せを慎重にしなければならない。
図5 全頭型脳磁計のセンサ配置(座位)
2) 被験者の体勢
MEG の記録には短くても10分程度、実験によっては1時間以上かかり、その間、被験者は頭
が動かないようにじっとしていなければならない。被験者の状態は計測結果に著しい影響を与える
ことがある。そのため実験開始時に、センサの高さや傾き、頭部へのあたり方、手や足の位置、被
験者用椅子またはベッドの高さ等を調節し、できるだけセンサが頭部に密着した状態において被験
者が無理のない姿勢を保てるようにしておく必要がある。被験者にセンサをセットした直後は、被
験者が緊張しているため実験中に頭部位置が変化してしまうことがあるので、一度体の力を抜いて
リラックスしてもらった後、再度センサ位置の微調整をおこなう。
3) 実験中の注意点
実験中は、インターホンやモニターカメラなどを使って、シールドルーム内の被験者の状態に常
に注意しておく必要がある。また、各センサが正常に動作しているかを確認する。ノイズなどによ
って、特定のチャネルの動作が不安定になる場合があるのでその様なチャネルは解析対象から除外
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しなければならない。
4) 解析
MEG データの解析は大きく分けて波形の処理と信号源の解析である。
a. 波形の処理
個々の刺激に対する反応波形には、刺激による誘発反応以外にも背景脳活原波形(Raw Data) 動や
筋電図、外界ノイズなどによる磁場が含まれている。誘発反応の信号強度はそれらのノイズにたい
して 1/10-100 でしかないため、直接には観察できない。そのため、誘発反応を源波形から抽出する
必要がある。一般には複数の反応を加算平均法が用いられる。
b. 加算平均(Averaging)
刺激に対する反応をそれ以外のノイズを含んだ信号から取り出すために、波形の加算平均を行な
う。同じ刺激に対する誘発反応を複数回記録し、各反応を刺激の開始時点で揃えて平均を取る。
背景脳活動などは刺激時点に対しランダムに発生する信号と考えられ、多数加算した場合の期待
値はゼロになる。一方、誘発反応は刺激に対しほぼ一定の時間間隔(潜時)で発生すると考えられる
ため、加算により増強されるのでこの作業で刺激に対し時間的に同期して発生している磁場成分を
抽出する。
振幅が過度に大きいノイズ等は、加算平均後の波形にも影響する。そのために、ある程度以上(通
常 3000fT)大きな信号を含む試行は例外データとして加算平均から除外するが、刺激回数があらか
じめ決められている場合は加算波形の総数が減少するため、Averaging data どうしを加算する場合は
個々に重みをつけるなどの注意を要する。
3.直流成分除去(DC Offset Removal)
各チャンネルにおける記録信号は、チャンネル毎に異なった量の直流成分を含んでいる。これは
主として空間磁場の不均一性による。このため、加算平均しただけでは波形の基線がそろわない。
これを補正するため、チャンネルごとに直流成分の除去を行なう。通常トリガ前の一定期間におけ
る信号強度の平均を直流成分とみなし、その分を各反応から引き算する。
c. フィルタ
MEG の記録時には情報量を増やすためバンドパスフィルターの帯域を広めに取るが、解析時には
目的に応じて帯域制限を行なう。
d. 頂点潜時、頂点振幅
振幅の頂点(図中矢印)を決めるために各潜時における磁場の強度を求める。
波形の振幅幅で決める、磁場の Root Mean Square (RMS)を計算する、分散を求める等の方法がある。
RMS が比較的よく用いられる。以下が計算式である。
RMS = √(Σxi2 ÷ n) xi :チャンネル i で記録された磁束密度
信号源解析
1. 等磁場曲線図(Contour Map)
等磁場曲線はある潜時における磁場強度の頭皮上での分布である。仮に、脳内の信号源が理想的
な単一双極子であった場合、等磁場曲線は、直線をはさんで片側に磁場の吹出しの同心円、反対側
に磁場の吸込みの同心円のパターンを描く。以下で説明する単一等価電流双極子推定を行なう前に
は、等磁場曲線を確認し単一双極子モデルのあてはめが妥当であるかどうかを調べる必要がある。
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2.単一等価電流双極子(Equivalent Current Dipole、ECD、ダイポール)
モデルによる信号源推定記録された脳磁場から脳内の発生源を求める計算は、数学的に不良設定
な問題であるため、一意的に解を求めることができない。そのため、信号源について様々な制約条
件を設定し、計算を行なう。最も良く使われるのは単一等価電流双極子(ダイポール)による推定計
算である。これは、
「観測された磁場の発生源が一つのダイポールで近似できるような限局された大
脳皮質の箇所である」と仮定し、観測磁場を最も近似しうるようなダイポールの位置と電流ベクト
ルを計算するという方法である。ダイポール推定は MEG の解析で最もよく使用される信号源推定
の方法といえる。この方法の長所は、信号源が単一電流双極子と仮定できる場合には曖昧性のない
推定が行なえることである。一方、短所は、複数部位が活動している場合や脳内の広い領域が活動
していると考えられる場合には正確な推定が行なえないことである。実際の信号源がどのようであ
るかは、MEG の結果だけでは決定できないため、他の知見などの情報を必要とする。
推定の信頼性を表す指標として、推定値と実測値との間の相関係数(Correlation)、GoF (Goodness of
Fit) などが用いられる。信号源が一つ決まれば、そこから生じる磁場は一意的に計算できるため、
推定信号源から計算される磁場と、
実際に観測された磁場がどのくらい近似しているかを判定する。
Correlation = Σ(xi - x)・(yi - y) ÷ √Σ(xi - x)2・Σ(yi - y)2
Goodness of Fit = 1- Σ(xi - yi)2 ÷ Σ xi2
i :チャンネル i での実測磁場強度、x :x1~xn の平均、
i :チャンネル i での推定磁場強度、y :y1~yn の平均、
x
y
i = 1~n、n = チャンネル数
信頼性の基準として、通常 Correlation で 0.95 以上、厳しく見るときは 0.99 以上が必要だと考えら
れている。
3.単一等価電流双極子(Equivalent Current Dipole、ECD、ダイポール)モデルによる信号源推定
MEG の解析によって得られた情報には解剖学的な情報が含まれていない。
推定されたダイポール位置の解剖学的部位の特定を行なうため、ダイポール位置を各被験者の MR
画像に重ね合わせる。両者の位置合わせには LeftPA, RightPA, Nasion などを基準点にして位置合わ
せを行なう。
発生源の項でも述べたように、信号源が大脳皮質に位置しているかどうかは、推定の信頼性に関
する重要な要素である。脳幹付近,白質など本来信号が出ない部位に推定されている場合は、正し
い活動源とはみなせない。
単一信号源解析は常にあてはめられるわけではない。特に言語や認知、記憶などの高次機能に関
する脳活動は一般に複数の部位、あるいは皮質上で広がった
領域に活動が起こっていると考えられる。そのような場合には複数信号源を仮定したモデルなどを
用いて推定を行なう必要がある。
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4.まとめ
脳機能検査方法としての MEG の長所は、完全に非侵襲な計測においてミリ秒単位の時間分解能、
ミリメートル単位の信号源推定精度等である。しかし、上に述べたように信号源が基本的には逆問
題による推定モデルであるということに注意を要する。また完全に非侵襲的とはいえ、計測時は頭
部から真空断熱層を隔てて数センチのところに-269℃の液体ヘリウムが存在するわけで、万が一の
ときには充分人身事故につながる危険性があることを認識しなければならない。
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Fly UP