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食の安全と 6 次産業化の農業ビジネス

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食の安全と 6 次産業化の農業ビジネス
食の安全と 6 次産業化の農業ビジネス
~青森県鰺ヶ沢町・長谷川自然牧場を例に~
江戸川大学 社会学部 ライフデザイン学科
1022035 嶋田稜
指導教官:鈴木輝隆
要約
本研究の目的は、規格外農産物や食品残渣など、周辺地域の未利用資源回収による地域
循環型畜産経営の確立と、障害者を含めた就業の場の創設、農業体験を通じた食育の実践
を行っている青森県鰺ヶ沢町にある長谷川自然牧場の活動から、現在から未来への農業ビ
ジネスのあり方について導くことである。
私自身は農業に興味があるが、現在日本の就農人口は年々減少している。平成 7 年に 414
万人いた就農人口は、平成 22 年には 261 万人と、大幅に減少しているが、その原因は就農
者の高齢化や、農業では経営が成り立たなくなっているという実情がある。その結果、高
齢層の小規模農家は耕作を放棄し、大規模農家を残す方向で国の農業政策は進んでいる。
そして大規模農家中心の大量生産が行われることによって、農業環境の悪化や、利益偏
重の質の悪い農作物が作られている。このことは、現在の食の安全性を脅かす要因となっ
ており、問題視されている。この中でも取り分け畜産の部門は顕著であり、私は農業の中
で、畜産の現状について特に興味をもっていた。
この農業経営の安定化を図るために、第 1 次産業従事者に、2 次産業・3 次産業にあたる
加工、販売を行うことを推奨する、
「六次産業化法」が制定され、農業従事者の 6 次産業化
を推進してきた。質が良く安全な物を作ることに注力をし、6 次産業化も積極的に進めてい
る、理想的な農業ビジネスを行っている所がある。青森県鰺ヶ沢町にある、長谷川自然牧
場である。長谷川自然牧場は、平成 25 年の夏に鰺ヶ沢町域学連携プロジェクトで訪問し、
その後、平成 25 年 11 月 3 日~11 日までの 1 週間をかけて、実体験を主に、ヒアリングな
どを通して調査を行った。この牧場で行っていることが、私が疑問に感じていた畜産の疑
問や、現代の食の問題を解消する農業ビジネスと見て、この長谷川自然牧場が行っている
農業ビジネスについて解明することにした。
長谷川自然牧場の農業ビジネスのポイントを 7 つ上げた。
1 つは、
「地域循環型農業経営」である。養豚と採卵鶏に与える飼料を近隣の農家や食品
工場等から回収する食品残渣を与え、さらに畜産から出る糞を肥料として地域に戻すこと
を行っている。
2 つ目は、
「家畜に与える自家製発酵飼料の効果」である。食品残渣を活用した発酵飼料
を給餌することによって、安心安全で健康的な豚、鶏を飼育している。
3 つ目は、
「薫炭を活用した熟成豚の育成」である。薫炭を作るストーブの煙や、籾殻薫
炭を豚に直接与えることによって豚舎特有の悪臭を抑え、害虫や病原体が寄り付かない飼
育環境を構築することで、良質な豚肉ができあがる。
4 つ目は、
「自然飼育による有精卵」である。ケージ飼いではなく平飼いを基調とした鶏
の自然飼育を行い、雄鶏を混ぜることで、有精卵という市販で販売される卵とは異なる本
物の卵を作っている。
5 つ目は、
「食の安心安全・品質からの信頼ネットワーク」である。薬品を使わない安心
安全な食物を作ることで、周辺地域の信頼を得て独自販路を形成し、全国的な評価を得て
いる。
6 つ目は、
「達成感のある仕事と地域雇用の創造」である。安定した農業経営によって障
害者雇用も行い、本物の食物を届けるという充実した仕事内容で、地元地域の雇用促進に
貢献している。
7 つ目は、
「農場で経験する『食育』活動」である。安心安全な農業を通じた「食育」活
動によって、学生から一般消費者に渡って食物の大切さを実感させ、農業の本質を伝えて
いる。
以上 7 つのポイントに基づき、6 次産業化を構築している。
また、長谷川自然牧場がさらなる全国展開と、6 次産業化、雇用の促進、新しい食育を行
うために、牧場内の宿泊施設の充実を図ることや、近隣に直営のレストランを創造するこ
と。また、世代交代という面で、若い農業後継者を育成することの 3 点を、今後の長谷川
自然牧場に必要なこととして指摘した。
目次
要約
はじめに ...................................................................... 1
第1章
日本の農業について .................................................... 2
1-1
農業就業人口と就農者年齢の推移 .......................................................................... 2
1-2
農業総産出額の推移 ................................................................................................ 3
1-3
養豚の生産動向 ........................................................................................................ 4
1-3-1
豚肉の生産量と消費仕向量 ............................................................................ 4
1-3-2
飼養戸数と規模拡大 ....................................................................................... 4
1-3-3
飼料価格の高騰と農業経営の不安定化 .......................................................... 5
1-3-4
大量生産が及ぼす養豚飼育環境への影響 ...................................................... 6
1-4
鶏卵の生産動向 ........................................................................................................ 8
1-4-1
鶏卵の生産量、消費仕向量 ............................................................................ 8
1-4-2
飼養戸数と規模拡大 ....................................................................................... 8
1-4-3
鶏卵の経営事情............................................................................................... 9
1-5
畜産の課題 ..............................................................................................................11
第2章
6 次産業について ...................................................... 13
2-1
6 次産業化の概念 ................................................................................................... 13
2-2
6 次産業化の法律 ................................................................................................... 13
2-3
6 次産業化の認定 ................................................................................................... 14
2-4
6 次産業化の問題点と課題 .................................................................................... 15
第3章
青森県鰺ヶ沢町について ............................................... 17
3-1
青森県鰺ヶ沢町概要 .............................................................................................. 17
3-2
鰺ヶ沢町のまちづくり ........................................................................................... 19
3-2-1
鰺ヶ沢町域学連携プロジェクトとは............................................................ 19
3-2-2
「あじがく」の取組み.................................................................................. 20
3-2-3
各大学の活動 ................................................................................................ 21
3-3
江戸川大学「あじがく」の取組み ........................................................................ 22
第4章
長谷川自然牧場について ............................................... 24
4-1
長谷川自然牧場概要 .............................................................................................. 24
4-2
長谷川自然牧場の経営内容 ................................................................................... 25
4-2-1
家畜の飼養状況............................................................................................. 25
4-2-2
経営収支........................................................................................................ 25
4-3
長谷川自然牧場の成り立ちと特徴 ........................................................................ 26
4-4
長谷川自然牧場での体験調査 ................................................................................ 28
4-5
長谷川自然牧場から学ぶ食の安全と 6 次産業化の農業ビジネス ......................... 33
1.
地域循環型農業経営 ........................................................................................... 34
2.
家畜に与える自家製発酵飼料の効果 ................................................................. 35
3.
薫炭を活用した熟成豚の育成 ............................................................................ 36
4.
自然飼育による有精卵 ....................................................................................... 37
5.
食の安心安全・品質からの信頼ネットワーク................................................... 39
6.
達成感のある仕事と地域雇用の創造 ................................................................. 40
7.
農場で経験する「食育」活動 ............................................................................ 41
4-6
長谷川自然牧場の今後の課題 ................................................................................ 42
4-7
長谷川自然牧場への提案 ....................................................................................... 43
まとめ ....................................................................... 48
謝辞 ......................................................................... 49
参考文献 ..................................................................... 51
参考ホームページ ............................................................. 51
はじめに
環境保護活動家でノーベル平和賞を受賞したワンガリ・マータイ氏が『MOTTAINAI』とい
う言葉を世界に広げて、10 年という年月が経とうとしている。この間、大量生産大量消費
を行ってきた日本も、リデュース、リユース、リサイクル、リスペクトの概念を基に、過
度な消費を抑制を推奨している。この『MOTTAINAI』という考え方は日本だけでなく、世界
で通じる言葉であるが、残念ながら、日本のコンビニエンスストアやスーパーマーケット、
ファミレスなど食品を取り扱う所では浸透していないのが実情である。
コンビニエンスストアでは、販売機会損失という概念で FF(ファーストフード)の大量発
注を行っており、『MOTTAINAI』という言葉とは無縁である。私はコンビニエンスストアで
アルバイトをしていて、毎日大量に廃棄される FF をゴミ集積所に持って行く中で、大量生
産大量消費という現状に疑問をもっていた。私と同じコンビニエンスストアで働いている
人達は、食べられずに捨てられる食品に対して同じ疑問をもっている。
また、生産者も大量生産という考え方の下、自然の摂理を無視しながら生産をしている。
大量生産のために、農薬や化学薬剤を使用して作られたものは、自然のものとは言えない。
加えて FF など加工品には、着色料、保存料などの薬品が使用されており、食の安全に対し
ても疑問をもっていた。そんな疑念を抱いていた時に、私はゼミの研修で青森県鰺ヶ沢町
を訪れ、農家を回っていた中で、畜産家の牧場を見学した。そこが長谷川自然牧場だった。
私のイメージは、牧場といえば小屋や柵といった狭い仕切りの中に、大量に牛や豚、鶏な
どが隔離されている所と考えていた。しかしその牧場は、豚舎は十分なスペースが確保さ
れ、鶏は放し飼いをしており、私のイメージは一瞬にして崩された。長谷川自然牧場の専
務である長谷川洋子氏の話から、本来なら猛烈な臭いのする筈の豚舎の臭いが、籾殻を燻
煙した臭いしかしないことや、その煙が出るドラム缶が豚舎内では何処にでもあり、ハエ
など虫がいないということ、積み上げられた規格外のじゃがいもが入った大きなケース、
大根、パン、大量の燃料用の古材と見ていると、私が今まで見てきた牧場とは大きく異な
ることに気付いた。
そこで私は、豚や鶏を短い期間で大量生産する時代に、長谷川自然牧場ではどのような
農業をしているか興味をもった。飼料などに工夫を凝らし、長い時間をかけて飼育すると
いうスタイルの農場、手塩にかけた豚や鶏を、原材料として出荷するだけでなく、6 次産業
化という加工して販売するという手法に感銘を受けた。薬品が混合された配合飼料や、薬
物の投与が一般的とされる畜産事情において、人間が食べているものと同じものを豚や鶏
に食べさせるという飼育方法は、食の安全と大量生産大量消費が問題視されている今日に
必要なことである。薬品など不自然なものを一切加えずに畜産物を加工する経営内容は、
非常に興味深いものであった。このことで私は長谷川自然牧場について研究したいと意欲
を持った。現代の農業事情の課題を次々に解決した経営を行っている「長谷川自然牧場」
の新しい農業ビジネスについて調査することとした。
1
第1章
日本の農業について
日本の農業は、高齢化による離農や中小規模農家などの経営難により、農業就業人口減
少が著しいのが現状である。そして就業人口の減少と共に、農業生産量も全体で減少して
いる。しかし農業生産量の減少は米の需要低下によるものであり、肉や鶏卵といった畜産
物は一定の需要がある。だが、その畜産物も質が高い物より、価格が安い物に需要がある
ため、畜産物は益々大量生産され、市場では農産品の価格の下落が絶えず起きている。価
格の下落と大量生産を繰り返していく悪循環の結果、畜産の現場では動物に対する虐待と
も言える飼育環境となっている。本章では、日本の農業の現状や問題点を取り上げたい。
1-1 農業就業人口と就農者年齢の推移
表 1、図 1 は、農林水産省のホームページより引用したものである。表 1 では、日本の農
家人口、並びに農家就業人口を示しているが、いずれの人口も年々に減少し、昭和 60 年か
ら平成 22 年までに半数以下になっている。また、65 歳以上の割合を見ても人口の上下はあ
るが、割合は昭和 60 年から平成 22 年にかけて倍以上になっている。図 1 を見ると分かる
が、75 歳以上は平成 17 年、平成 22 年ともにほぼ同数である。また 15 歳~29 歳という比
較的大きな括りでも、農家人口は 100 万人を切っているなど、農業現場には未来への展望
がなくなっている。この未来がない農家というイメージと担い手がいないことが、若い人
が就農に対して消極的である 1 つの要因である。
表 1 年齢階層別にみた農業就業人口の推移(単位:千人、%)
[資料:農林水産省 HP より]
昭和
平成
60 年
2年
7年
12 年
17 年
22 年
15,633
13,878
12,037
10,467
8,370
6,503
うち 65 歳以上
2,643
2,709
2,904
2,936
2,646
2,231
(割合)
16.9
19.5
24.1
28.0
31.6
34.3
5,428
4,819
4,140
3,891
3,353
2,606
うち 65 歳以上
1,443
1,597
1,800
2,058
1,951
1,605
(割合)
26.6
33.1
43.5
52.9
58.2
61.6
農家人口
農家就業人口
2
図 1
農家人口等に占める年齢別割合の推移(単位:千人、%)
[資料:農林水産省 HP より]
1-2 農業総産出額の推移
図 2 は、農業総産出額の推移のグラフである。昭和 59 年時には総額で 11.7 兆円あった
総産出額は、平成 23 年には 8.2 兆円と、30%以上減少している。平成 2 年から平成 12 年に
おける減少は、主に価格の下落が大きな原因だが、それ以降は純粋な生産量の減少が、総
産出額の減少に繋がっている。項目別に比較してみると、昭和 59 年と平成 23 年では米の
総産出額は大幅に下落しているものの、今回テーマとなる畜産はほぼ横ばいで推移してい
る。このことから農業総産出額の減少は、冒頭述べた通り米の需要低下に伴った総生産量
の低下によるものであり、畜産といった分野は産出額を維持してきた。
図 2
農業総産出額の推移
3
1-3 養豚の生産動向
1-2 の農業総産出額では、畜産項目は横ばいであることが分かったが、あくまで維持し
ているのは全体の金額であり、生産量や供給がどう変化してきたかは、明らかになってい
ない。そこで、畜産の中で今回取り上げる長谷川自然牧場で飼育されている養豚、採卵鶏
の需要と供給はどうなっているか。また、農業人口が減少している中で総産出額が維持し
てきたことはどのような背景があるのかを、生産量や消費量、また畜産農家の規模などか
ら明らかにし、現状や問題点を挙げる。先ず 1-3 では養豚について述べる。
1-3-1
豚肉の生産量と消費仕向量
豚肉の消費仕向量(注 1)は、図 3 によれば、昭和 55 年度から平成 23 年まで緩やかに増
加している。そして国内生産量は、平成 2 年度をピークに減少しているものの、平成 12 年
度から平成 23 年度にかけてほぼ横ばいであるが、わずかに増加している。国内生産量とは
逆に増加傾向にあるのが輸入量であり、この背景には豚肉の低価格部位が、この 30 年で需
要を伸ばしたことにある。
このグラフと 1-1 の農家人口の推移から読み取れることは、生産量全体はほぼ横這いに
なっているが、農家の人口は年々減少しており、このことから畜産農家 1 戸あたりの生産
量は増加していることが考えられる。
図 3
豚肉の生産量、消費仕向量等の推移
(注 1)消費仕向量=国内生産量+輸入量-輸出量±在庫の増減量
1-3-2
飼養戸数と規模拡大
続いて養豚の飼養戸数であるが、農林水産省の「畜産統計」によると、平成 14 年から平
成 24 にかけて 4,000 戸以上減少している。しかし、1 戸当たりの飼養頭数は図 4 を見ると、
4
平成 14 年から平成 24 年にかけて、特に 2,000 頭以上の飼育戸数は増加している。1-3-1
で考察した、1 人あたりの生産量が増加しているという考え方が合致することが証明された。
コスト面等で課題がある大規模畜産もここ数年で割合が非常に増えており、小・中規模
で行っていた畜産家は、農家の減少と共に減少している。
図 4 飼育豚の飼養頭数規模別飼養戸数及び飼養頭数の割合
1-3-3
飼料価格の高騰と農業経営の不安定化
現在、養豚経営は安定化を図るために、収益性が悪化した際に生産者と国との積立金か
ら補填する、養豚経営安定対策を措置している。図 5 の養豚経営における農業粗収益を見
ると、豚肉価格の高騰を背景に平成 16 年から平成 20 年にかけて増加しているが、平成 21
年で大幅に下落した後は横ばいで推移している。全体の粗収益に占める農業経営費は、飼
料費の高騰により、平成 16 年から平成 23 年にかけて全体として増加している。特にリー
マンショックが起きた翌年の 2009 年には、粗収益の大幅な減少に伴い、経営費がほぼ同じ
であり、共済・補助金がなければ、赤字となることが分かる。またバブル崩壊後から続く
景気後退の影響により、農業所得は平成 16 年から一貫して減少している。共済や補助金で
所得を補填している状態であり、畜産家の経営は逼迫している厳しい現状である。
5
図 5
養豚部門の 1 頭あたり農業粗収益及び農業所得の推移
1-3-4
大量生産が及ぼす養豚飼育環境への影響
農業経営費の中には養豚に与える飼料代も入っている。現在日本の畜産は、とうもろこ
しなどの濃厚飼料を殆ど輸入に依存していることから、海外の飼料価格が高騰しているこ
とに伴い、直接飼料代の高騰に繋がっているという現状がある。
このことは畜産農家にとってコストにかかわる深刻な問題であり、結果的に豚肉価格に
上乗せせざるを得ない状況に追い込まれた。だが、図 3 の通り年々増大する需要に伴った、
低価格の輸入豚が市場に出回ることによって、豚肉価格の上乗せは避けたいという考えか
ら、如何に効率良く生産できるかを重視する。
この考え方によって養豚の現場はどのようになっているのか、ここでは現状と問題点に
ついて地球生物会議 ALIVE という NPO 法人の HP に、
「ブラックボックスの中の日本の畜産」
というページがあり、この畜産における劣悪な飼育環境に関する記述があったので、それ
を参考にしてまとめていきたい。
(1) 養豚場の劣悪な飼育環境による豚の質の低下
日本の一般的な養豚場では、図 6 のようにコンクリートの床で、非常に過密なスペース
で飼われている。動物用医薬品の増加にもかかわらず、家畜の病気が増えているのは、運
動不足にして高カロリーの餌を食べさせ、早く大きくするという、家畜の内面や生理に大
きなストレスがかかる飼育法に原因がある。この飼育方法で、生まれてから約 6 ヶ月後で
出荷をするが、この間成長しながらもケージを移すことがないため、殆ど身動きができな
い状態になってしまう。このことで、豚が本来の習性として持っている鼻で土を掘り起こ
す、仲間と遊ぶ、駆けるなどの行動ができずにストレスが溜まってしまい、イライラして
仲間に噛みつき、尻尾を食いちぎる、柵を噛むなどの異常行動が現れてくる。この噛みつ
きなどの喧嘩や体が擦れ合ってできた傷口から、病原菌に感染することや、ストレスと運
動不足、不衛生な飼育環境などから病気にかかりやすくなり、図 6 のようにケージ内で倒
6
れ込むことが多々ある。この病気予防や治療のために抗生物質などの薬剤注射が行われ、
さらに発育を促進させるために、飼料添加物として抗生物質が餌に混ぜられているという
現実がある。このことは、豚肉を食する人間にも悪影響を及ぼすため、問題とされている。
図 6 超過密状態の豚舎に入れられる豚[写真:地球生物会議 ALIVE、HP より]
(2) 大量に生産されても廃棄される豚
生後 6 ヶ月になった豚は、豚舎から屠畜場に運ばれ、屠畜場で屠殺された後、検査され
食肉になるというプロセスを経るが、屠畜場で病変が発見されると病状によっては、屠殺
禁止、全部廃棄、一部廃棄処分となる。農水省のデータによると、年間約 1622 万頭が屠畜
場で屠殺されているが、その内のおよそ 68%が、何らかの病変や炎症のため、一部廃棄とい
う形で処分されている。
一部廃棄によって処分される部位は、病原菌に侵されやすく有害物質が溜まりやすい内
臓が多い。現在国産の豚の内臓は、大半が病変や炎症のために食べられないという状況で
ある。また、病気で死亡している牛や豚など、主な死因は高カロリーの配合飼料の食べさ
せ過ぎと思われる消化器病や循環器病、過密で閉鎖的な畜舎内飼育によると思われる呼吸
器病が占めている。
需要の増加に対応するために限られた面積で大量生産を行った結果、病原体にかかりや
すい豚が多く飼育され、その大半が廃棄され、その中でできた豚肉は薬品が多く含まれた
物となっており、大きな問題と言える。病原体にかからない健康体の豚を飼育し、薬品を
投与しない豚肉を作ることが、畜産家の大きな課題である。
7
1-4 鶏卵の生産動向
養豚に引き続き、ここでは採卵鶏について述べる。鶏について語る上で、平成 17 年に東
南アジアで高病原性鳥インフルエンザが発生し、何万羽という鶏が殺処分されたという事
象は外せない。平成 23 年まで毎年のように発生していた鳥インフルエンザは、渡り鳥など
のウィルス伝染というのも要因に挙がったが、主な原因は過密状態の鶏舎で飼育している
ことである。このような背景を踏まえながら、鶏卵の生産量や需要、採卵鶏の飼育戸数や
経営規模などを述べた上で、現状の飼育環境についてまとめてみたい。
1-4-1
鶏卵の生産量、消費仕向量
養豚と異なり、鶏卵は図 7 を見ると、注目すべき点は、消費仕向量と生産量がほぼ同数
となっていることである。昭和 55 年から平成 23 年に至るまで消費仕向量と生産量に差が
ないことから、国内需要に対し、殆どを国内生産で賄っていることが分かる。グラフ全体
と通して、消費仕向量、生産量、輸入量共にほぼ横ばいであり、ここ数年は需要の変化が
少ないという現状である。
図 7 鶏卵の生産量、消費仕向量等の推移
1-4-2
飼養戸数と規模拡大
飼養羽数は、図 8 の通り 10 万羽以上飼育している畜産家の割合が増大している。平成 24
年において、成鶏雌 10 万羽以上を飼養する層は、全国のおよそ 66%を占めており、大規模
経営を中心に生産が展開されている。このことは先述した養豚の経営規模とも同等であり、
中小規模経営を行っている養豚、採卵鶏を飼育している畜産家の減少に伴うものである。
8
図 8 成鶏雌の飼養羽数規模別飼養戸数及び飼養羽数の割合
1-4-3
鶏卵の経営事情
鶏卵も養豚同様に経営が不安定になっているが、鶏卵の逼迫する経営状況の要因は養豚
とは異なり、1-4-1 で述べた国内生産が多いという点である。このことで、国内生産量に
応じた価格変動が、非常に大きいということによって安定した収益を得難い。加えて日本
の鶏卵は世界的に見てもかなりの安値をつけていることで、少量の販売では利益を得るこ
とができないため、図 9 の通り農業所得が横ばいで推移しており伸び悩んでいる。国内の
低価格販売を主にして、鶏卵の生産者は必然的に大量生産を行わざるを得ない状況になっ
ている。養豚と同じく、鶏卵の生産者もの経営安定化のために、鶏卵生産者経営安定対策
において、鶏卵価格が低落した場合の価格差補填を行い、鶏卵価格の安定を図っているが、
依然として採卵養鶏の経営者は経営安定に落ち着くことが少ない。
この低価格の販売や、そのことによる大量生産という背景から、採卵鶏に関する現状と
問題点を挙げていく。
図 9
養豚部門の 1 頭あたり農業粗収益及び農業所得の推移
9
(1) 現在の採卵鶏の飼育状況
採卵鶏の養鶏方法はケージ飼いと平飼いという 2 種類の飼育方法をとっている。
ケージ飼いは図 10 のように、鶏舎内に長い鉄性のケージを設置し、必要最低限のスペー
スで仕切って、その中に数万羽という採卵鶏を飼育している。そのため、ケージに入れら
れた採卵鶏は殆ど身動きできずに、羽を広げることもできない。
対して平飼いは図 11 のように、鶏をケージに入れずに、鶏舎内や屋外を自由に動き回れ
るようにして飼う方法で、鶏舎内の平飼いでは鶏は産卵箱の中で卵を産む。ケージ飼いの
ように、産まれた卵が鶏からすぐに分離されないことから、汚れや傷が付く前に卵を集め
る必要がある。そのため、ケージ飼いより人手がかかり、大量生産を求める採卵養鶏にお
いては、平飼い(放し飼い)は殆ど行われていないのが現状である。
図 10 ケージ飼いの採卵鶏
図 11
平飼いの採卵鶏[撮影:嶋田稜]
[写真:地球生物会議 ALIVE、HP より]
(2) 両飼育方法の実情
ケージ飼いは鶏に卵を多く産ませるため、あまり運動をさせないように薄暗くして餌を
食べさせている。さらに照明時間を調節する必要があるので、多くの鶏舎が外光を遮断し
ており、生まれてから一度も太陽の光を浴びたことがない鶏が殆どという実情がある。
ウインドレス鶏舎は外気を遮断するため、鳥インフルエンザなどの感染症を防ぐことが
できると言われてきたが、2005 年以降の大規模な鳥インフルエンザ感染の中で、ウインド
レス鶏舎で飼われていた採卵鶏が鳥インフルエンザ感染したという事象があった。それど
ころか、ウインドレス鶏舎は密閉されていることで、1 羽感染するとまたたく間に全体に感
染が広がり、被害が大きくなるという事態にまでなり、ケージ飼いの危険性がこれまで以
上に問題視されることとなった。
一方で平飼いは、鶏舎内や屋外の地面を自由に動き回りながら運動をして育つので、鶏
の受けるストレスが少なく、その違いが鶏の健康面や卵の質にも表れ、感染症に対する抵
10
抗力も強いと言われている。出荷までの日数はかかることもあるが、本来の動物行動のこ
とを考えると、平飼いが一番良いと考えられる。ただ、生産面積の割に生産頭数が少なく
手間がかかるのでコスト高になり、卵価は高くなる。
1-5 畜産の課題
(1) 畜産環境問題
近年畜産では、主に養牛、養豚において環境面で問題視されていることがある。それは
周辺地帯への悪臭である。先述したように農家当たりの飼養規模の拡大や、地域における
混住化の進行によって、家畜排泄物による悪臭や水質汚染といった環境問題の発生がみら
れるようになってきた。このような畜産経営に伴って発生する環境問題を「畜産環境問題」
と呼ぶ。
この畜産環境問題の最も大きな発生要因となっているのが、固形状の家畜排泄物を積み
上げて放置する「野積み」や、地面に穴を掘り、液体状の家畜排泄物を貯めておく「素掘
り」などの、家畜排泄物の不適切な処理や保管だと言われている。この現状により、近隣
住民からは苦情の声が絶えずあり、問題解決のための施策が取られていないことで、今日
まで基本的には解決に至っていない。
この問題の解決のために畜産家全体として、家畜から排泄されて間もない糞尿だけでは
なく、乾燥した状態のものや、微生物の分解を受けたものを含めて「家畜排泄物」と称し、
一括して取り扱っている。家畜排泄物を適正に管理することで、利用価値の高い家畜排泄
物にすることができ、土壌改良資材や肥料として、利用価値が大きいバイオマス資源にな
る。畜産環境問題の解決には、家畜排泄物の利活用を促進することによって、資源の有効
活用を図ることが先ず以て重要であるとともに、畜産環境対策が急がれている。
このような家畜排泄物を再利用する取組みの推進によって、特に循環型社会構築に向け
た取組みへの貢献が期待できると考えられている。激臭のする養豚の糞をどのようにして
臭いの軽減を図り、再び肥料として利用できるものにすることができるのか、という点は
喫緊の課題である。しかし、現在でもこの畜産環境問題は解決されずにいており、この課
題解決のために経営改善が必要である。
(2) 有機畜産という考え方
化学的なものを使用し、閉鎖的な空間で飼育する大量生産を行う農業が問題であること
は、養豚、採卵鶏の飼育環境の項で述べた通りである。この問題を改善する方法として、
有機畜産という考え方がある。国際食品規格の有機畜産ガイドラインには、有機畜産の基
本は「土地と植物、家畜の調和した結びつきを発展させること」
「家畜の生理的および行動
上の要求を尊重すること」であり、
「家畜の飼育は生き物への配慮と責任、尊厳のある姿勢
でなされるべきである」としている。またガイドラインには、家畜福祉の飼養管理原則が
定められており以下の項目がある。
11
・畜舎から放牧・草地への往来が自由にできること
・有機栽培飼料を給与すること
・自然交配が望ましい、受精卵移植や遺伝子工学の利用はしない
・自由に動き回れないようにするつなぎ飼いは認めない
・病気予防に抗生物質を含む動物医薬品を使用しない
・除角(角の切り落とし)
、断尾(尻尾の切り落とし)、抜歯などを行ってはならない
・家畜の特殊な行動要求を考慮し、自由な日常活動ができる環境にする
・同じ種の仲間と一緒にいることができる環境をつくる
・異常な行動やけが、病気の予防
・家畜にとって必要充分な新鮮な空気と自然光の確保・家畜の健康と活気を維持できる
飼料と新鮮な水の給与
・心地よく清潔で乾いた充分な広さの休息場所を有し、充分な乾いた敷き藁が敷かれて
いなければならない
この国際食品規格のガイドラインに沿って、日本の有機畜産物の規格が制定されている。
本来上記のような項目は、自然の「生き物」として守られるためには必要なことであり、
これらを度外視して生産を続けることには疑問を覚える。消費者はただ食べることに対し
て無頓着でいる以上、何も感じないかもしれないが、少なくとも私は上記項目は全て守ら
れて然るべきことであると思う。
日本の畜産は先ず、このガイドラインに沿える経営を行えることを再優先にできる形態
にできる工夫を行うことが、最大の課題であり、現在の畜産が抱える大きな問題である。
12
第2章
6 次産業について
第 1 章では日本の農業についての諸問題を取り上げた。その中で養豚・採卵鶏の飼育は、
飼料価格の高騰や、畜産品価格の不安定さから利益が出難い状況で、農家経営は逼迫して
いること。従来の養豚・畜産のみの経営ではもたずに、大量生産という道に走るか、廃業
するかのいずれかに立たされていることを述べた。
この状況を打破するため、直接販売、加工品や飲食店経営など総合化した農業経営を目
指す「6 次産業」という考え方が徐々に浸透しつつある。自らの土地を使って生産した農作
物を使用し、それを加工・販売することによって、より高い利益を出すことのできる経営
の方法である。本章では、農業を営む人の理想であり、現在国も支援を進めている 6 次産
業化について、推奨している農林水産省の HP を参照にしながらまとめていきたい。
2-1 6 次産業化の概念
農林水産省 HP の 6 次産業化に関するページによると、農山漁村には、有形無形の豊富な
様々な資源「地域資源」
(農林水産物、バイオマス、自然エネルギー、風景・伝統文化など)
に溢れており、6 次産業化とは、それら「地域資源」を有効に活用し、農林漁業者(1 次産
業従事者)がこれまでの原材料供給者としてだけではなく、自ら連携して加工(2 次産業)・
流通や販売 (3 次産業)に取組む経営の多角化を進めることである。つまり「1×2×3=6」
という考えで、農山漁村の雇用確保や所得の向上を目指すことを 6 次産業化と定義してい
る。
こうした農業経営の 6 次産業化の取組みは、特に農業従事者が 1 次産業のみの収入しか
ないところに新たな収入を得られると共に、新たな雇用が生まれ、地域全体の活性化に繋
がることなど、さまざまな利点において期待されている。
2-2 6 次産業化の法律
平成 23 年 3 月 1 日に、
「地域資源を活用した農林漁業者等による新事業の創出等および
地域の農林水産物の利用促進に関する法律」
(六次産業化法)が施行された。序文では、農
林水産物等及び農山漁村に存在する土地・水、その他の資源を有効に活用した農林漁業者
等による事業の 6 次産業化に関する施策、並びに地域の農林水産物の利用の促進を推進す
る、としている。この法律では農林水産大臣が、農林漁業者等による 6 次産業化の促進に
関することを基本方針としており、この基本方針を基に、6 次産業化に関する計画を作成し、
農林水産大臣の認定を受けると以下の支援措置が受けられるようになっている。
① 農業改良資金融通法等の特例(償還期限・据置期間の延長等)
② 農地法の特例(農地転用手続きの簡素化)
③ 野菜生産出荷安定法の特例(リレー出荷支援)
加えてこの法律は、地産地消についても推奨しているものである。法律内では、農林水
産大臣が地域の農林水産物の利用の促進を定めており、この法律により、都道府県及び市
13
町村は、地域の農林水産物の利用の促進についての計画を定めるよう努めることとされて
いる。
また、国及び地方公共団体は、以下の施策を講ずるよう努めるようにとしている。
① 地域の農林水産物の利用の促進に必要な基盤の整備
② 直売所等を利用した地域の農林水産物の利用の促進
③ 学校給食等における地域の農林水産物の利用の促進
④ 地域の需要等に対応した農林水産物の安定的な供給の確保
⑤ 地域の農林水産物の利用の取組みを通じた食育の推進等
⑥ 人材の育成等
⑦ 国民の理解と関心の増進
⑧ 調査研究等の実施等
⑨ 多様な主体の連携等
単純に自身の作地で作った生産物を、卸売業者にそのまま任せることや、契約栽培する
のではなく、生産物を自ら販売することや学校給食、地域の需要に合わせて販売所に卸す
といった、流通の面で地域に根差した販売方法にも力を入れるようにしている。
さらに生産して加工して販売、という商売だけに限らず、自身の作地において老若男女
問わず遠方の人も呼び、自らの生産物を通して「食育」を行い、
「食」というものをもう一
度見直す機会を作るということ。さらには減少し続ける農家人口に歯止めをかけるための
人材の育成など、六次産業化法は農林水産業の経営の安定させること以外にも、将来的な
農林水産業を見据えた事業を推奨する法律である。
2-3 6 次産業化の認定
平成 23 年に六次産業化法が制定されてから、多くの地域で 6 次産業の認定を受ける事業
者が増えている。図 12 は、農林水産省の HP より抜粋をした、平成 25 年 11 月 29 日時点で
の地域別認定件数である。既に全国で 6 次産業化の認定を受けている事業が 1,690 件と、
多数あることが分かる。この 6 次産業の事業内容は、図 13 から直売や輸出、レストラン経
営を行っている所も多少あるが、加工単独、加工・直売と、この 2 つの部門で全体の 9 割
近くを占めている。自らが作った生産物を加工し、近隣で販売しているという農家が 1,500
件近く存在していることになる。この合計件数はあくまで登録されている事業のみのため、
独自に 6 次産業を行っている所を勘案すると、6 次産業はここ数年で勢いを増していること
が分かる。
また図 12 から、農畜産物による 6 次産業化が全体の 88.6%と非常に多いという点や、地
域別では東北・関東・近畿・九州は認定が多く、国内で特に農業が盛んな北海道は意外と
認定が少ないということも分かる。
14
図 12 六次産業化法に基づく認定の件数(地域別)
・平成 25 年度
[資料:農林水産省 HP より]
図 13
総合化事業計画の事業内容の割合[資料:農林水産省 HP より]
2-4 6 次産業化の問題点と課題
農業者が、自前で生産した農産物を加工し販売するということに、コスト面等を除けば
問題点がないように見えるが、そんな 6 次産業化も課題や問題点がある。現在の 6 次産業
化は、特に新規参入について、国の事業計画をベースに行われていることが非常に多く、
六次産業化法の中の事業計画は始まって日が浅いこともあり、多くの課題を抱えているの
が現状である。ここでは農林中金総合研究所が今年出した資料を基に、問題点や課題をま
とめていきたい。
(1) 地域内の販路確保
六次産業化法に伴う 6 次産業の登録申請は、共同申請者や促進事業者を設定できるもの
の、約 9 割近い登録が単独申請となっている。つまり、事業者で 6 次産業の登録をし、認
可されたものの、様々な補助を受けたからと言って、確実に加工品の販路を確保できると
15
は限らないという点である。特に現在、イオンを中心とする大型ショッピングモール、セ
ブンイレブンなどのコンビニエンスストア等で作っている加工品は、自家農園や契約栽培
を行い、それを加工して販売するシステムとなっている。
このことで個人の農家が商品開発や販売を行う時に、大企業による見た目が良く、低価
格で販売するというシステムを構築していることによって、単独で販路を拡大するハード
ルが近年高くなっていることが明確になっている。
こういった環境の中で 6 次産業化を目指す農業者は、大手企業ではできない、創造性に
長けた生産方法の確保や、地域内の販路確保を確立していくことが大きな課題となってい
る。
(2) 6 次産業で新たな雇用を生み出す
6 次産業を行うためには先ず、今まで行ってきた農作物や畜産物の生産ベースを落とさず
に加工や販売を行わなければならない。その上で、その農産物を加工し、販売することが
要求される。そして販売だけに限らず、観光農園や体験・交流、農家民宿といった大企業
との差別化を図ったサービス部門への進出も行わなければ、6 次産業化は成功し得ない。し
かし、農家は販売に慣れていないことや流通のノウハウがない上に、顧客満足を得るサー
ビス産業化を行うことは、農業者にとってこれまで以上に大きな負担のかかることである。
6 次産業の事業認定申請を行い、助成金等の補助を受けることができれば、ある程度の加工
を進めることができる。そして利益を得た上で、その事業を賄えるだけの労働力を確保す
ることができなければ、頓挫してしまうのも現実問題として大きい。加えて農村部には若
い労働者が少ないという課題がある。
しかし、逆に考えれば、6 次産業化によって利益を得ることでき、経営を安定化させるこ
とできれば、全国的に展開することで新たな雇用を生むことができる。1-1 で、農業の未
来の展望がないことが、若者が就農に積極的でない理由であることを述べたが、多角的な
農業経営を行え、収益を上げることができる農業ビジネスを構築することによって、若者
に対する雇用も生まれてくる。6 次産業化によって新たな雇用を創設するためには、如何に
サービス事業によって、収益を上げるかという難題を解決することが求められる。
以上のような問題点もあるが、農業の 6 次産業化というものは、ただ生産するだけの農
産物に、今までなかったような付加価値をつけることができる、そして販路をある程度定
着することができ、個性ある加工品によって地域ブランドを確立でき、6 次産業化により経
済的にも文化的にも発展でき、さらに地域振興への足がかりにもなり得る。
16
第3章
青森県鰺ヶ沢町について
前章では 6 次産業化について述べた。その 6 次産業を行い、地域振興を行っている地域
がある。2013 年 7 月 7 日~8 日、8 月 26 日~29 日、11 月 3 日~11 日と、私が 3 度に渡り
訪れた、青森県鰺ヶ沢町である。
鰺ヶ沢町では、地域振興にあたって行っている「あじがく」
(後述)では、興味深い施策
を住民と行政が一体となり、特に都市部の大学との交流を行っている。本章では鰺ヶ沢町
の詳細や、6 次産業の実情についてまとめていきたい。
3-1 青森県鰺ヶ沢町概要
青森県鰺ヶ沢町は、図 14 の赤い部分に位置しており、北に日本海、南には世界自然遺産
白神山地を有し、秋田県に接してる町である。市街地は海岸線にそって形成されているほ
か、町土を流れる赤石川、中村川、鳴沢川の流域におよそ 40 の集落が点在している。また、
河川流域に水田地帯、岩木山麓の丘陵地に畑作地帯、鳴沢川流域の平坦部に果樹園が広が
っている。気候は、日本海に面した海岸部では、対馬海流の影響から積雪が比較的少ない
ものの、岩木山麓から白神山系に至る山間部は豪雪地帯となっている。鰺ヶ沢町の歴史は
古く、1491 年に津軽藩始祖大浦光信公が種里に入部したことから、津軽藩発祥の地とされ
ている。また、藩政時代には津軽藩の御要港として栄え、北前船の往来で繁栄を極めた。
鰺ヶ沢町は表 2 のように人口 11,347 人、第 1 次産業の従事者は 1,171 人と、1 次産業が
4 分の 1 を占め、第 3 次産業 2,934 人と、約 6 割の人が第 3 次産業に従事している。
鰺ヶ沢町の観光では、白神山地核心部同様の森林景観が味わえる「ミニ白神」
(図 16)や、
日本の滝百選にも選ばれている「くろくまの滝」
(図 17)など、自然の観光資源がある。ま
た鰺ヶ沢町は図 18 の「わさお」が有名である。わさおは 2008 年の春に、旅行について綴
ったブログで「ブサカワ犬」として紹介されたことが発端で人気になり、鰺ヶ沢町を広く
知られる 1 つのきっかけとなった。
図 14
鰺ヶ沢町の所在地[図:鰺ヶ沢町 HP より]
17
表 2 青森県鰺ヶ沢町概要
面積
東西 22km・南北 40km、総面積 342.99 km²
人口
11,347 人(男性 5,298 人、女性 6,049 人)※平成 25 年 9 月末現在
14 歳以下 1,155 人( 10.1%)
65 歳以上 3,948 人(34.5%)
※平成 22 年国勢調査
産業構造
第 1 次産業 1,171 人(24.9%)第 2 次産業 953 人(18.8%)第 3 次産業 2,934
人(58.0%)※平成 22 年現在
世帯数
4,691 世帯 ※平成 25 年 9 月現在
成り立ち
1889 年(明治 22 年)、町村制の施行により田中町、七ツ石町、米町、本
町、浜町、新町、釣町、漁師町、新地町、富根町、淀町が合併して鰺ヶ
沢町が発足
1955 年(昭和 30 年)、鰺ヶ沢町が赤石村、中村、鳴沢村、舞戸村と合併
し、改めて鰺ヶ沢町が発足
観光客
675,894 人(入込数)※平成 24 年現在
観光地
白神山地(世界自然遺産)
ミニ白神
種里城址(光信公の館)
くろくまの滝(日本の滝百選)
鰺ヶ沢海水浴場
長平青少年旅行村
ナクア白神ホテル&リゾート(ナクア白神ゴルフコース/ナクア白神スキ
ーリゾート)
鰺ヶ沢町日本海拠点館
わさお(七里長浜きくや商店)
姉妹都市
ブラジル連邦共和国サンパウロ州サンセバスチャン市(1984 年 10 月 26
日提携・スポーツ・文化・経済等の交流)
図 15
鰺ヶ沢町の風景[撮影:嶋田稜]
図 16 ミニ白神[写真:ミニ白神 HP より]
18
図 17
図 18
くろくまの滝
[撮影:嶋田稜]
ブサカワ犬・わさお
[撮影:砺波周平]
3-2 鰺ヶ沢町のまちづくり
今回の卒業論文を書くにあたって、長谷川自然牧場を取り上げるきっかけとなったのが、
「青森県西津軽郡鰺ヶ沢町における大学生の受け入れ(鰺ヶ沢町域学連携プロジェクト)」
である。このプロジェクトに江戸川大学鈴木ゼミが参加し、長谷川自然牧場にも訪れる運
びとなった。
ここでは鰺ヶ沢町域学連携プロジェクトについて、活動内容等をまとめる。
3-2-1
鰺ヶ沢町域学連携プロジェクトとは
青森県鰺ヶ沢町では、平成 25 年度より総務省の「域学連携事業」に参加しており、この
うち、鰺ヶ沢町域学連携事業の愛称として、
「あじがく」と名付けられる。
「域学連携事業」とは、大学生と大学教員が地域の現場に入り、地域の住民や NPO 等と
共に、地域の課題解決又は地域づくりに継続的に取組み、地域の活性化及び地域の人材育
成に資する活動のことである。
域学連携事業全体の主な活動事例は以下の通りである。
●地域資源発掘、地域振興プランづくり、地域マップづくり、地域の教科書づくり
●地域課題解決に向けた実態調査
●地域ブランドづくり、地域商品開発、プロモーション
19
●商店街活性化策検討、アンテナショップ開設
●観光ガイド実践、海外観光客向けガイドブックづくり
●環境保全活動、まちなかアート実践、子ども地域塾運営、高齢者健康教室運営等
この活動の意義、問題意識は、過疎化や高齢化をはじめとして様々な課題を抱えている
地域に若い人材が入ることによって、住民と共に地域の課題解決や地域おこし活動を実施
することが、都会の若者に地域への理解を促し、地域で活躍する人材として育成すること
につながるという認識に立っている。それと共に、地域に気づきを促し、地域住民をはじ
めとする人材育成につながるという利点がある。
この取組みは、地域(地方自治体)
・大学(大学生・教員)双方にメリットがある中、域
学連携事業における「あじがく」では、様々な大学から、学生・大学院生が町を訪れ、各々
のテーマに沿って調査や体験活動を行ってもらうことに大きな意義がある。
3-2-2
「あじがく」の取組み
平成 17 年 10 月に、弘前大学との地域連携事業に関する協定を締結し、その後地域生活
調査や、資源活用研究、講演会、物産フェアなどの活動が行われた。弘前大学以外にも、
法政大学、聖学院大学、麻布大学、東北学院大学、東洋大学、江戸川大学、名古屋大学の 7
大学もあじがくに参加し、白神アグリサービス(風丸農場)にて大学みんたばの受け入れ、
また、白神山地に入っての活動、長谷川自然牧場で実習や体験といった活動が行われた。
以下の文章は平成 25 年度までに行われたあじがくの取組みをまとめた資料を、自分なり
に加筆しながらまとめたものである。
(1) 活動の目的・目標
この活動によって、地域の課題解決、地域資源、地域の魅力等を発見してもらうという
ことが主たる狙いである。弘前大学を除く、7 大学はいずれも都市部に位置する大学であり、
実習や体験によって都市部とは異なった環境で、様々な活動を行うことによって視野が広
がり、自分自身の見方や考え方を客観的に知ることができるという効果が期待される。ま
た、鰺ヶ沢町に滞在したことで知った地域資源、地域の魅力を首都圏に持ち帰り、情報を
広げることによって、地元産品の売上アップや知名度アップにつなげてもらうという目標
を掲げている。
(2) 活動成果・今後の課題
上記の目標の下で行った活動で、活動以前よりも地域と行政、住民同士の連携が深まっ
たという。このことで、地域振興に直結したことや、地域の魅力を再認識したことによっ
て、鰺ヶ沢町の住民に自信をもってもらうことができた。鰺ヶ沢町と都市部の人間の交流
する人口が増えることより、町に賑わいを取り戻すという成果が上がっている。
その中で、以下 2 つの反省点・課題が見つかった。
20
① 滞在期間や体験メニューに各大学でばらつきがあった。
② 実際体験メニューとして、町の歴史や文化を学ぶため、白神山地見学、白八幡宮大
祭への参加、かかし作り、町内めぐり、米の食べ比べなどの試行錯誤が多かった。
このことは「あじがく」が初年度ということも要因として挙げられる。そして、この反
省点・課題を踏まえて、来年度も引き続いて「あじがく」を行うために、
① 早めの日程調整や確認を行うと同時に、共通メニューを改善していく
② 用意されたメニューだけに限らず、学生自身が課題を見つけ、考え、取組む機会の
提供をする
③ 事業継続のための受入主体の模索をすること。民泊受入れ先の開拓をする
④ 行政の負担減と、負担配分の再検討をする
上記 4 点の来年度に向けた課題も列挙した上で、今年よりも充実した「あじがく」が行
えることを目標に掲げている。
3-2-3
各大学の活動
今年度「あじがく」を行った 8 大学は、いずれも 8 月からの夏季休業期間中に、数日か
ら数週間にかけて、各研修場所において活動を行った。表 4 はそのそれぞれの活動をまと
めたものである。
表 3 各大学の取組み(活動経過)
大学名
活動期間・参加人数
活動内容
法政大学・現代福祉学部
8 月 1 日~12 日
長谷川自然牧場、白神アグリサー
(12 日間)
ビス、黒森地区・赤石川上流の一
2名
ツ森地区、白神山地登山
8 月 3 日~10 日
白神アグリサービスで農業実習
(8 日間)
農商工連携事業あじたマルシェを
1名
実施
8 月 4 日~9 月 8 日
長谷川自然牧場で牧場実習。
(上記期間中、各班 10
豚舎のそうじ、豚のエサやり、に
日間ずつ)
わとりの世話等
5 班 計 17 名
白八幡宮大祭の行列に参加
8 月 19 日~21 日
町内の小売店舗の課題、現状調査
(3 日間)
今後の存続・サービスの充実に向
12 名
けた提言。
8 月 26 日~29 日
農家・漁師等の生産者への取材調
(4 日間)
査
6名
→販売促進戦略およびツール制作
聖学院大学・政治経済学部
麻布大学・獣医学部
東北学院大学・教養学部
江戸川大学・社会学部
21
東洋大学・ライフデザイン学部
8 月 27 日~29 日
「鰺ヶ沢まちづくりプロジェク
(3 日間)
ト」3 か年計画、複数回のフィー
23 名
ルドワークを行い、閉校活用の新
たなアイデアを提言
名古屋大学・情報文化学部
学生みんたば
弘前大学・大学院地域社会研究
8 月 6 日~(通い)
「なりわい」「教育」「地質」3つ
科
14 名
のテーマにそって、町内の調査。
関係者へのヒアリングや、現地調
査等。
※名古屋大学は学生みんたばによる、東洋大学のサポート活動
3-3 江戸川大学「あじがく」の取組み
江戸川大学ではこの「あじがく」に伴い具体的な活動として、学生が中心となり農業体
験などを通じ、農業生産者の魅力や課題を理解し、デザイナーや写真家、コピーライター
など、クリエイティブな才能ある社会人と一緒になり、地域の課題解決を行うという試み
を計画した。こうしたスキルをもった社会人の他に、都市の流通として最近注目を浴びて
いるニュースタイルの八百屋、特に青森県出身者の首都圏で活躍している人達とネットワ
ークすることで、鰺ヶ沢町の農産物などの PR、キャンペーン展開を行うというものである。
具体的な手法は、学生と社会人で、地域で前向きに農業などに取り組んでいる方々を訪
ね、鰺ヶ沢町の人の良さや楽しさを伝えるデザイン性のあるメディアを制作し、鰺ヶ沢町
の新しい「文化景」を作り、地域再創造を試みた。今年度は学生と社会人が地域住民への
ヒアリング調査を行い、キャンペーン戦略のメディアを作成し、鰺ヶ沢町の地場産品の良
さを紹介し、販売促進を支援した。今後、都会において本格的にコミュニケーションを活
かした、鰺ヶ沢町のブランド化を展開していく予定である。
8 月 26 日~29 日に、6 名の学生と 4 名の社会人で行った研修では、7 月に行った事前研
修を基に、取材先の農家をある程度選出しておき、各農家を回りヒアリングを行った。そ
してヒアリングが終了した後の宿泊先では、社会人による各分野のレクチャーが行われ、
デザイン、写真、キャッチコピー、マルシェといった、異なる分野について学んだ。この
レクチャーから、我々学生は大学の学園祭にて、鰺ヶ沢町のものを使用したマルシェ風物
産展を企画した。この物産展では、鰺ヶ沢町をどのように PR 活動をしていくかをテーマに
し、社会人の力を活用しながら、ポスターづくり、物産展のレイアウトなどを行った。
そして、平成 25 年 11 月 2 日、3 日に、
「えどだいマルシェ」と銘打ち、図 19 のように、
風丸農場のふじ、星の金貨といったリンゴ、干しリンゴ、リンゴジュース、リンゴシロッ
プなどの加工品や、長谷川自然牧場の有精卵、米、鯨餅などの特産品を販売し、鰺ヶ沢町
の物産は全てを売り切った。この物産ブースは学科での出し物を集約させたスペースとな
っていたが、全ての物を売り切ったのはこのえどだいマルシェのみであった。また図 20 に
22
ある、鰺ヶ沢町のポスターは大学や地元でも評判が良かった。
この活動を発端にしながら、情報が行き届いていなかった都市部への拡大の足掛かりと
し、来年以降は都市部にある八百屋やマルシェに、制作したポスターを活用し、鰺ヶ沢町
の農産品の販売を展開し、さらに鰺ヶ沢町の PR 活動を広げていく予定である。
図 19 物産展の様子[撮影:砺波周平]
図 20 今回作成した鰺ヶ沢町 PR 用ポスター[撮影:砺波周平]
23
第4章
長谷川自然牧場について
第 3 章の中、
「あじがく」の説明にて、受け入れ先として頻繁に出てきたのが「長谷川自
然牧場」である。長谷川自然牧場は以前から学生などの受け入れ体制を整えている所であ
り、今回のあじがくでも多くの大学を受け入れている。江戸川大学鈴木ゼミが、8 月 26 日
~29 日にかけて行った研修でも、長谷川自然牧場で食事や見学、長谷川夫妻からの話など
でお世話になった。私自身がこの長谷川自然牧場を、卒業論文のテーマとして取り上げる
最大のきっかけとなったのがこの研修であった。
ここからは本研究の主たるテーマ、
「食の安全と 6 次産業化の農業ビジネス」を実践して
いる、長谷川自然牧場についてまとめていきたい。
4-1 長谷川自然牧場概要
鰺ヶ沢町にある長谷川自然牧場は、
昭和 56 年に採卵鶏 20 羽の放し飼いからスタートし、
現在全ての採卵鶏・飼育豚を食品残渣などの、地域の未利用資源から自家製造したエコフ
ィードで飼育する畜産経営を行っている牧場である。この牧場では平成 24 年現在、豚約 950
頭、鶏約 1200 頭を飼育しており、年商は約 7,200 万円である。
また、動物とのふれあいや加工品づくりを通じて「食と命の大切さ」を体験できるなど、
「食育」にも力を入れている。
表 4 長谷川自然牧場株式会社
名称
長谷川自然牧場 株式会社
所在地
青森県西津軽郡鰺ケ沢町大字北浮田町字平野 110
代表者
代表取締役 長谷川光司
資本金
500 万円
設立
平成 24 年 10 月 5 日株式会社化
従業員数
8 名(平成 25 年 8 月現在)
図 21、22
長谷川自然牧場風景[撮影:砺波周平]
24
4-2 長谷川自然牧場の経営内容
ここでは現在長谷川自然牧場における経営内のデータをまとめる。家畜の飼養状況につ
いては、以前は繁殖用の豚も飼育されていたが、現在では飼育豚のみとなっている。なお、
家畜の飼育状況、経営収支、また契約販売等の変革については後述する。経営収支の粗収
益の金額はあくまで豚肉、鶏卵、加工品を合わせた収益であり、その他体験学習等で入る
収益に関しては含まない金額となっている。
4-2-1
家畜の飼養状況
長谷川自然牧場で飼育されている肥育豚は生後 2 ヶ月の豚を仕入れており、この豚は豚
種ランドレース種と大ヨークシャ種の雑種を飼育している。平成 25 年度は全体で約 950 頭
飼育しており、ここから年間で約 850 頭を販売している。通常肥育豚は生後 2 ヶ月から 4
ヶ月飼育し、6 ヶ月で出荷するが、長谷川自然牧場の豚は、生後 10 ヶ月になったところで
出荷する。
採卵鶏は岩手県小岩井農場から 2 ヶ月ごとに 200 羽を購入しており、現在は約 1200 羽の
採卵鶏は長谷川自然牧場で飼育されている。1200 羽の採卵鶏から 1 日あたり、おおよそ 500
個が採卵される。この採卵鶏は、放し飼いを基本とした、平飼いを行っている。平飼いに
ついては後述する。
表 5 肥育豚・採卵鶏の飼養頭羽数
畜種
飼養目的
年度始
年間販売
頭羽数
頭羽数
肥育豚
食肉・出荷
950
850
採卵鶏
採卵
1200
-
[平成 25 年度]
(単位:頭、羽)
4-2-2
経営収支
長谷川自然牧場は、平成 20 年度でおよそ 6400 万円の粗収益をあげていたが、4 年間で約
7200 万円まで拡大しており、年々経営規模が拡大している。これは特に加工品による収入
の拡大によるものが大きく、その額は 4 年間で 2 倍近い金額となっている。
また、平成 20 年度には 826 万円の利益を出していたが、平成 24 年度決算時に 153 万円
となっている。これは、主に株式会社化に伴う出費増のために減少しているものである。
表 6 畜産業・関連事業の所得
経営全体の粗収益
72,000,000
経営費
70,456,000
所得(粗収益-経営費)
1,534,000
25
[平成 24 年 9 月決算時]
(単位:円)
表 7 農産物・加工品の収益
粗収益
全体
豚肉※1
採卵・加工※2
72,000,000
60,000,000
12,000,000
[粗収益の内訳]
(単位:円)
※1 契約販売(伊藤ハム、十和田ミート)
※2 直売所、契約販売(海の駅、湧水亭、自然食品店)
4-3 長谷川自然牧場の成り立ちと特徴
4-2-1、家畜の飼養状況の頭羽数と、第 1 章に載せた飼育戸数の割合のグラフを比較す
ると分かるが、養豚は中規模、採卵鶏に関しては比較的小規模で行っている。しかしなが
ら、経営全体としては収益をしっかり上げており、契約販売も行い、直売所に加工して販
売し、経営は安定している。現在の長谷川自然牧場が、今日の経営形態になるまでは紆余
曲折があり、その並々ならぬ努力が結果としてこの規模の経営を行っているということに
繋がっている。ここでは現在の経営に至るまでの経緯について、長谷川夫妻のヒアリング
や、社団法人青森県農業経営研究協会の資料を参考にしながらまとめたい。
(1) 農薬漬けの農業から無農薬農業への転換
長谷川自然牧場代表の長谷川光司氏は、就農以前は大型トラックの運転手として従事し
ていた。昭和 49 年に U ターンし、結婚を契機に父親の畑作経営を引き継いだ。就農当初は
葉煙草の栽培に取り組んでいたが、夏の炎天下での農薬散布などの厳しい農作業のために
体調を崩してしまい、入退院を繰り返す生活となってしまった。そんな生活の中で、
「自然
農法」という一冊の本に出逢い、農薬に頼らない自然の力を生かした農法へ転換するきっ
かけを見出した。
光司氏は、以前自宅の庭先で鶏が放し飼いにされていた時に食べた卵の味を思い出した
ことをきっかけに、昭和 56 年に採卵鶏 20 羽を導入し、昭和 59 年には 300 羽に増羽すると
共に、葉たばこ栽培を取り止めた。昭和 62 年には自然卵の需要拡大に対応するため、採卵
鶏を 800 羽に拡大した。これまで農薬の中で農業を行ってきた環境とは打って変わって、
鶏糞堆肥を活用し、野菜、牧草の無農薬栽培の取組みを行った。
(2) 養豚部門の開始と食品残渣回収システムの構築
昭和 62 年には繁殖豚を 5 頭導入し、養豚部門を開始した。先述の鶏糞堆肥のみでは、野
菜や牧草の栽培に必要な堆肥量が不足していたことがきっかけだった。養豚部門開始に伴
い、堆肥の問題を解消しただけでなく、平成 25 年現在では年間 850 頭を出荷するまでに拡
大し、4-2-2 の経営収支の通り、収益の 8 割超を占める養豚主体の畜産経営を確立した。
26
この畜産経営の開始と同時に、昔、集落で行っていた「残飯養豚」という考え方を基に、
食事残渣を利用した自家製飼料を作ることを考えついた。しかし、当初この自家製飼料を
作るための食費残渣の回収、並びに餌の活用には障壁があった。個々の家庭から回収する
のは効率が悪く、且つ安定した量を継続的に確保することは困難だった。このため豚の飼
育開始した頃は、病院や学校、豆腐店などの小口を回って残渣収集を行った。その後平成 6
年からは自衛隊や食品工場など、大口の提供先を開拓していった結果、現在は安定した回
収システムを構築できている。
(3) 食品リサイクル法による産業廃棄物回収
特に大口の提供先と提携できるきっかけとなったのが、平成 12 年に公布された「食品リ
サイクル法」である。この法律は、食品の売れ残りや食べ残し、食品の製造過程において
大量に発生する食品廃棄物を、最終的に処分される量を減少させることや、飼料や肥料等
の原材料として再生利用するために、食品関連事業者(製造、流通、外食等)による食品
循環資源の再生利用等を促進するものとされている。
この法の施行に伴い、事業者は通常 1 キログラム当たり 50 円程度の処理費用を負担する
こととなったが、 長谷川氏はこの処理費用の負担という部分に着目した。長谷川氏は産業
廃棄物の収集や運搬、処理などができる、
「産業廃棄物処理業」の免許を取得し、1 キログ
ラム当たり 10 円で再利用を請け負う契約を締結した。これにより食品残渣の排出側は、通
常より安く処理できるという点、長谷川氏は処理費を収入として得ることができ、豚の餌
としてまとまった量を安定して確保する点で、両者にとってメリットが生じている。
(4) 生産した豚肉、卵の加工品販売からネットワーク拡大
平成 13 年に体験棟を建設し、妻・洋子氏を中心に、有精卵を使ったシュークリーム、ウ
ィンナーソーセージなど加工品の製造・販売を開始した。現在では、
「長谷川熟成豚」を使
用した、ロースハム、ウィンナーソーセージ、ハンバーグ、ベーコン、つくね、みそ漬、
ロース等種類が豊富に取り揃えてある。これらは、長谷川自然牧場の直売所、海の駅で販
売しており、また FAX からの注文も承っている。現在は遠方からの注文は FAX のみになっ
ているが、今後インターネットを利用したネット通販も視野に入れている。また、ウィン
ナーソーセージ加工を東北町の授産施設に委託し、防腐剤等の化学調味料を使っていない
ウィンナーを販売している。6 次産業の認定制度が始まる以前から、上記のように幅広いネ
ットワークを活用することによって、多くの豚肉、卵だけでない、加工品の販売をするこ
とに成功した。近年では長谷川熟成豚、有精卵を使用した弁当やサンドイッチなどを海の
駅で販売しており、弘前市内にあるレストランや、東京の有名レストランでも使用される
など、地域から発したネットワークは現在全国的に広がっている。
また平成 25 年には、六次産業化・地産地消法事業者に認定され、さらには知的財産、商
標登録を行い、単に加工品の販売を行うだけでなく、余剰肉を出さないための加工品づく
27
りを行い、6 次産業の促進を行っている。
マスコミの力を利用した大々的に PR を行う全国展開は、一過性の話題を作るが地道な活
動がないため、継続性がない。長谷川自然牧場は地元の鰺ヶ沢町から始め、足元から少し
ずつネットワークを拡大したことで、それをマスコミが取り上げ、全国的にも信頼を得る
ことで、経営基盤が強固なものとなった。こういった地元を大切に、コツコツと積み重ね
ていくことが、長谷川自然牧場の経営スタイルである。
4-4 長谷川自然牧場での体験調査
以上 4-3 までは事前調査の時点で参考にした資料を基に述べたものであった。この成り
立ちや特徴を踏まえながら、2013 年 11 月 3 日~11 日に長谷川自然牧場を訪れ、畜産の実
体験を通じて、長谷川夫妻にヒアリングを行い、長谷川自然牧場の特徴やポイントを研究
した。全体的な仕事内容は後述するが、その仕事の意義や苦労を、身を以て知ることが大
変有意義であったことは、この 1 週間の体験で痛感した。ここでは私がその 1 週間の仕事
体験で行った活動や、見学した仕事の内容、長谷川夫妻のヒアリング、またその時に感じ
たことなどをまとめていきたい。
(1) 生産部門
生産部門は、第 1 次産業にあたる畜産にかかわる仕事を行う。長谷川自然牧場では養豚、
採卵鶏(鶏卵)を出荷するまでの必要な作業は、機械化されていないため数多くある。こ
こでは発酵飼料を作るにあたって、必要な食品残渣の回収から、豚、鶏への給餌までの経
過や豚舎、鶏舎の環境整備などについて述べていく。
① 食品残渣回収
豚や鶏に与える発酵飼料は、全て食品残渣から作っている。回収する主な食品残渣、並
びに廃棄物の一覧は表 8 の通りである。この表にあるもののほか、岩木山麓で大規模畑作
経営を営む黄金崎農場や周辺の畑作農家からは、規格外のじゃがいも(図 23)、人参、白菜
などを回収している。さらに発酵飼料に混ぜる海水も採取している。
この残渣回収は毎日行っており、早朝から牧場を出発し、1 日の中で自衛隊駐屯地、パン
工場、豆腐製造所、食品製造所を 1 人で回収する。回収をしながら豚肉や鶏卵の卸先に配
達を行うため、1 人にかかる労働量は非常に大きい。この残渣回収は、1 週間の研修の中で
行ったが、回収が終わると全残渣は図 24 のようにトラック一杯になる。この食品残渣は 1
つ 1 つの袋やタンクに満杯に入っているため、さらに負荷のかかる重労働となる。ただし、
この回収によって、豚や鶏の食料が賄われていると考えると、それだけ価値のある比重の
大きい仕事と言える。
28
表 8 回収場所と回収する食品残渣等
回収場所
回収するもの
自衛隊駐屯地
隊員の食事食べ残し
パン工場
パン耳、調理パン
豆腐製造所
おから
食品製造所
パン耳、野菜くず、廃棄の加工品、パン粉
精米所
籾殻
コイン精米施設
米糠
図 23 規格外のじゃがいも
[撮影:嶋田稜]
図 24
4t トラックに積まれた食品残渣
[撮影:嶋田稜]
② 食品残渣・廃棄物の使用先
回収した食品残渣、並びに廃棄物は、使用用途によって格納している場所が異なってお
り、移動も含めて残渣回収の仕事となっている。回収したものの使用先は表 9 のように分
類される。また、豚舎や鶏舎内に使用される敷料だが、こちらも食品残渣や廃棄物を使用
している。敷料は大鋸屑、おから、米糠、薫炭を使用し、この中に腐葉土を入れ発酵させ
ることで善玉菌を増やし、敷料としている。
そして一番のポイントとなる発酵飼料だが、米糠、おから、出汁カス(魚粉末)、パン粉、
パン耳、野菜類の絞り粕、薫炭などを混同し、納豆菌、ヨーグルト、海水などを加えて、
29
発酵させたものを豚、鶏の飼料として使われる。図 25 の手前にある、黒いものが薫炭であ
り、その後ろにはおからやパン粉が開けられていて、これを混ぜ合わせることによって発
酵させる。
この食品残渣を利用した自家製発酵飼料を豚、鶏に給餌し、そして薫炭を混ぜた敷料を
豚舎、鶏舎に利用することで、一般的な悪臭がない。この発酵飼料、並びに薫炭の利用と
いった独自性については後述する。
表 9 回収した残渣並びに廃棄物の使い道
回収したもの
使用先
隊員の食べ残し、廃棄加工品
豚の餌
調理パン(食パン・菓子パン)
じゃがいも等野菜類
調理パン(シュークリーム等のケーキ類)
鶏の餌
野菜くず
パン耳、パン粉、米糠、海水、
自家製発酵飼料で混合される
籾殻
薫炭ストーブ
※薫炭にして発酵飼料に混合、
直接豚に給餌
図 25 混ぜられる前の発酵飼料[写真:長谷川自然牧場資料より]
③ じゃがいもの選別
農家から頂いた規格外のじゃがいもは、土や泥、枯れ枝、また腐食しているものが混じ
っているため、食べることができるものと不要物を分けなければならない。倉庫外にある
じゃがいも(図 23)を仕分けし、分けたものは従業員がフォークリフトで運搬し、ボイラ
30
ーで煮沸、その後豚に給餌する。この作業を担当していた 2 人の男性は、始業から終業ま
で、お昼休みや途中の小休止を挟みながらも、1 日通してこの作業を行っており、かなり緻
密な作業であると感じた。
④ 豚の給餌
ここまで述べてきた発酵飼料、煮沸したじゃがいもなどは、豚へ給餌される。豚への給
餌は豚の成長度合いによって、与える餌を替えている。出荷まで日がある豚は、発行飼料
や薫炭を給餌し、飼育されて月日が経ち、出荷が近くなった豚にはパン屋から回収した廃
棄の食パン(ブロック)や調理パン(カレーパンや菓子パンなど種類豊富)を与える。出
荷前、最後に美味しいものを与えるという考え方である。
⑤ 鶏の給餌
発酵飼料は豚だけでなく、鶏にも給餌される。早朝 5 時半から作業を開始し、牧場内に
点在している鶏舎のうち、必要な鶏舎のみに餌をやりに行く。発酵飼料、食品工場で回収
した野菜くず、シュークリームやケーキを各鶏舎内の羽数に応じて量を決めて与える。
⑥ 豚舎の糞出し・掃除
発酵飼料や敷料で、素となる臭いを軽減させているからとはいえ、豚から排出される糞
は放置おくと衛生上良くない上に、悪臭が酷くなる。また糞は肥料にも再利用されるため
に、糞出しは毎日行っている。牧場内にある全ての豚舎を回り、糞や尿の混じった敷料を
全て除去する。この時一緒に、豚舎内にある薫炭になった籾殻、水を与える。水を多く与
えるために、凹みには泥に混じり糞尿が入るため、これも掻き出す。この作業は豚舎の規
模が鶏舎に比べて大きいため、特に人員を割いている。
⑦ 鶏舎の戸締まり確認
これは既に従業員が終業している 20 時頃に、光司氏が行っている作業である。長谷川自
然牧場の鶏舎は、早朝の給餌を終了し、お昼頃に鶏舎を開放することで、第 1 章の図 11 の
ように野放しのような状態になる。この後日が落ちると、鶏は全て各鶏舎に戻るが、この
段階では電気が点いたままで、かつ鶏が完全に鶏舎に入っていない場合もある。そのため、
光司氏が各鶏舎を見回り、鶏舎の消灯鶏舎小屋の扉の確認、外にある炭焼き小屋の消火の
確認などの見回りを行う。この際、光司氏が鶏の健康状態をチェックしている。
以上 7 点が、生産部門にかかる主な仕事の内容である。機械化によって、効率性を高め
るという案もあるが、機械化による質の低下も懸念される上に、この 7 つの作業は、基本
的に人間の目と手によって行う必要がある作業である。この多大な努力によって、熟成さ
れた豚肉と美味しい鶏卵ができる。
31
(2) 加工部門
6 次産業の 2、3 次産業にあたる、加工・販売を行う加工部門は、後述する体験棟に調理
設備を一式備えており、体験棟で調理、梱包等の作業全てを行う。1 次産業である生産部門
に多くの人数を割いていることで、加工部門に携わる従業員は限られている。その中で行
う作業は、需要が多いからこそ仕事量が多いという実情がある。
① 弁当作り
長谷川自然牧場には、調理・配達を専任して行っているシェフがおり、そこに女性 1 人
を加えて、鰺ヶ沢町内にある海の駅(図 26)で販売する、弁当やサンドイッチなどの加工
品を午前中に作っている。洋子氏も仕事量によっては、この加工品づくりに入ることがあ
る。弁当は中華丼、カツ丼、カレーライス、生姜焼き丼(図 27)など種類が豊富で、全て
に長谷川熟成豚や鶏卵が使用されている。調理、盛り付け、ラッピングなどの製造過程は
全て手作業で行っている。海の駅での販売ピークは正午頃で、それより前に店先に出さな
ければならないので、生産部門の始業と同じ時間帯から作業が行われる。
図 26
加工品の販売先である「海の駅」
図 27
[撮影:砺波周平]
海の駅で販売される生姜焼き丼
[撮影:嶋田稜]
② 梱包・配達
海の駅への弁当納品と一緒に、鰺ヶ沢町内にある鶏卵を納品しているケーキ屋に、鶏卵
を入れるダンボールを回収するという作業を行う。また夕方、夜には弘前市にある有名な
レストラン(レストラン山崎)に長谷川熟成豚を納品するなど、基本的に青森、弘前への
配達は従業員が車で配達するため、過密なスケジュールの中で行われている。また同時間
帯にはヤマト運輸が、FAX などの注文による遠方への商品配送のために荷物回収に来る。こ
の時間に合わせて、図 28 のような加工品(冷凍品)、鶏卵を箱に詰めて送らなければなら
ず、この作業も注文の量に応じて多忙になる。この時間帯は、生産部門に携わる従業員は
定時刻で作業が終了していることもあり、少人数で行わなければならないのが今後の改善
点ではないのかと感じた。
32
図 28 配送する冷凍品(精肉、つくね(中央)
、ハンバーグ(左下)、みそ漬け(右上))
[写真:レストラン山崎より]
(3) 1 週間の体験を通じて気づいたこと
加工部門、生産部門共に、1 週間の中で殆どの作業に同行し、手伝った。生産部門は全て
の作業を、限られた人数の中で割り振りながら行っているため、一人ひとりにかかる負担
は大きいが、仕事は充実感がある。
問題は加工部門である。今回気になったのが、FAX での注文を受けた際に、冷凍品や鶏卵
を梱包する作業がかなり多忙であったという点である。私も手伝いを行おうとしたが、部
位やグラム数などが不明確なため、手伝いは行えなかった。その中で 2 人や 3 人の少人数
で梱包を行っている上に、体験棟にある冷凍庫に、注文通りの部位や加工品が入っておら
ず、サービスで別のものをつけることがあった。サービス品で代用することは何も悪い話
ではないが、しかし経営上ロスが発生することや、顧客が注文通りにこないことに不満を
もつことも考えられる。午前中の弁当などの加工や、配達といったところにかかる一人あ
たりの負担を減らすと同時に、梱包の時に発生するミスをできる限り解消するためには、
加工部門への増員は必要不可欠ではないか。梱包作業は人間の手でないとできない作業が
多く、機械化を図ることは不可能のため、確実な作業を行うために常時雇用でなくとも、
パートなどの雇用で解消することが必要だと感じた。
4-5 長谷川自然牧場から学ぶ食の安全と 6 次産業化の農業ビジネス
これまで述べてきた、資料を基にした長谷川自然牧場の成り立ちや特徴、そして実際に
牧場で体験した中で、食品残渣の回収、また残渣を使用した自家製発行飼料、独自の販路
開拓など、参考になる点が多くあった。ここで食の安全と 6 次産業化ビジネスを成立させ
ている長谷川自然牧場経営戦略のポイントをまとめていきたい。
33
1. 地域循環型農業経営
豚や鶏に与える発酵飼料を作る根底にあるのは、
「地域循環型農業経営」という考え方で
ある。地域循環型農業とは、本来、産業廃棄物やゴミとして捨てられるものを資源化し、
家畜の飼料として使用する。家畜から排出される糞を肥料として、再び活用する地域内の
循環を実現した農業のことである。長谷川自然牧場で行われている、食品残渣、並びに廃
棄物の回収、その残渣から作られる発酵飼料食した、豚や鶏から排出される、栄養満点の
肥料を農産物栽培の堆肥に使用することは、全て循環型農業のことである。
また、長谷川自然牧場で行っている地域循環型農業は、食品残渣などの食料面だけでな
くエネルギー面でも行っており、発酵飼料の中に入っているじゃがいもを煮沸するための
燃料を、製材業者の廃材(図 29)
、間伐材、りんごの剪定枝を用いている。廃材や間伐材は、
基本的に廃棄してしまうしか用途がないが、廃材を製材業者から引き取り、ボイラーの燃
料として使用していることは、まさに「MOTTAINAI」の精神に通ずる。飼料に使われる原料
に限らず、製造過程に必要な材料も地域のバイオマス資源の活用をしているところが、よ
り地域循環型農業に寄与している。
このほかにも、近隣の農家から籾殻を引き取っている。籾殻も廃材と同じように、燃や
してしまうしかないものであるが、この籾殻を長谷川自然牧場では、牧場内にあるストー
ブで薫炭にしており、この薫炭は長谷川自然牧場の豚舎の悪臭対策と害虫駆除、糞尿を臭
くしないための飼料に大きな効果が出ている。このことについては後述する。
廃材は焼却し、木炭にして畑に撒くこともでき、産業廃棄物も堆肥として使用すること
もできる。しかし、一度動物の腸内を通過させ、腸内細菌を加え、さらに良質の堆肥を作
るという考え方は新しい栽培法である。その堆肥は自らの農場で使用するのではなく、廃
棄物を提供してもらった所に、堆肥として提供するという、相互扶助である地域ネットワ
ーク形成を行っている。そして土が育てたものを再び土に返すという考え方は、極めて理
にかなった方法である。地域循環型農業とは、エコロジーでありエコノミーであり、相互
扶助による地域内の信頼関係にも繋がっており、このことは日本の畜産家に広がるべきで
ある。
図 29 廃材置き場[撮影:鈴木輝隆]
34
2. 家畜に与える自家製発酵飼料の効果
長谷川自然牧場で与えている自家製発酵飼料は、米糠、おからなどのものに、海水、ヨ
ーグルト、納豆菌など、善玉菌を含んだものを混ぜているため、栄養価も高く消化も良い
ものになっている。
一般的な豚舎、鶏舎は糞尿によって悪臭が発生する。しかし、発酵飼料の中に存在して
いる善玉菌が悪臭の素を好んで食べ、動物の腸内細菌を活性化させているため、臭いの少
ない良い糞を排出させ、豚舎特有の悪臭は抑えられているという効果が出ている。
発酵飼料の中のおがくず、薫炭は微生物の棲家となり、おから、米糠は微生物の食料と
なっている。この中でも特に薫炭が重要な役目を果たしており、薫炭は発酵飼料の中に混
ぜ合わせるだけでなく、直に豚に給餌しており、豚は薫炭をそのまま食べている。発酵飼
料の役割ももちろんであるが、それ以上にこの薫炭を食べさせることによる、豚の悪臭と
いう問題が解消されている。因みに、この薫炭を与えることによる悪臭の低減は、理由は
はっきりしていないが、炭による消臭剤が多く存在しているように、炭の脱臭効果が悪臭
軽減に繋がっていると考えられる。
食品残渣の飼料利用は全国的に行われており、豚に豆腐粕を給与すると、食肉中に含ま
れる脂肪の融点が下がったことで、口当たりがよいと評価されている。牛の例では、パン
くずを与えたところ、霜降りを高めることができたという事例がある。さらに鹿児島で飼
育されている放牧豚ではサツマイモを与えているという事例もある。長谷川自然牧場で与
えている自家製発酵飼料の栄養分析は行っていないが、この中にも豆腐粕と同じ、大豆食
品のおからが入っていることや、さらにパンくず、サツマイモと同等のじゃがいもを与え
ていることは、各地で肉質の向上に行ってきたことを、長谷川自然牧場では既に行ってい
た。
また、豚、鶏に与える餌の大多数を発酵飼料で賄い、購入する飼料は子豚の離乳用ミル
クや鶏への配合飼料のみである。豚と鶏には、抗生物質やホルモン剤などの薬品は使用し
ていない。薬品を投与しないという点は、大幅なコストダウンに繋がる以上に、安心安全
な豚、鶏の飼育ができる。薬物が使用されていない自家製発酵飼料によって排出される糞
は、栄養に富んだ糞となっており、1 章で述べた畜産環境問題の中の、糞尿による悪臭や水
質汚染といった問題の解決にも繋がり、栄養豊富な肥料としても活用されている。環境問
題では図 30 のように、豚糞を貯蔵するスペースを大幅に確保することで、水質汚染のよう
な問題を防ぐ体制も万全である。さらに利用価値の高い糞を作るためにも一役駆って出て
いるという効果もある。この発酵飼料を自家製で作るという方法をより多くの畜産家で行
うことによって、大規模な環境問題対策になることも期待される。この発酵飼料を使用す
る方法を取り入れる積極的な畜産家が増えることを期待したい。
35
図 30 豚糞を貯蔵する巨大なスペース[撮影:鈴木輝隆]
3. 薫炭を活用した熟成豚の育成
第 1 章の図 6 では、過密状態の中に入れられた豚の写真を載せたが、長谷川自然牧場の
豚舎内は図 31 のように飼育スペースを比較的広く取っており、またパドックで十分運動さ
せ、ストレスを与えない豚の成育を行っているのが特徴的である。
そして、薫炭を作るストーブ(図 32)を牧場内にある豚舎全てに設置しているのも、長
谷川自然牧場の大きな特徴といえる。図 32 のストーブ上部についている筒から排出される
煙を豚舎内に充満させることで、豚舎内の消臭、害虫駆除に役立っている。実際に豚舎内
に入ると分かるが、通常の豚舎は鼻の曲がるような強烈な悪臭がするが、長谷川自然牧場
の全ての豚舎内は、先述した薫炭を食べさせていることと、この煙を充満させていること
によって、煙の臭いしかしない上に、ハエなどの害虫が殆どいない環境になっている。一
般的に豚舎は悪臭のするものとされているのは、豚は汗をかけないため、泥を身体につけ
ることで体温を下げており、この泥の中に病原体の多い豚の糞や、害虫が混じっているた
め、豚に付着することで悪臭を放つ原因となっている。長谷川熟成豚の糞は、病原体を含
まない栄養の多い糞となっているため、豚が糞の混じった泥を身体に付けても病気になる
ことがない上、糞そのものの臭いも軽減され、臭いの基になることもない。
しかし、4-4 の豚舎内の清掃で述べた通り、糞を放置することは衛生上問題があるため、
豚の糞の搬出を毎朝行っている。このことで清潔な豚舎の維持をしている。薬剤を使い病
原体を排除するやり方は一切取らず、自然のもので環境を良くする方法は、自然の理にか
なった方法である。
このような飼育環境により、通常 6 ヶ月のところを比較的長い 10 ヶ月飼育させる方法に
よって、豚が肥大化し、肉の旨さや脂身が普通の豚に比べてより良質のものになる。日本
の豚育成は、本来 10 ヶ月程度飼育することが求められるものの、大量生産を行う上で、飼
料代を節約し、コストダウンを図るために、最低限の飼育期間の 6 ヶ月で出荷している。
36
長い時間をかければかける程、飼料代等でコストがかかり、利益がなくなるために、全国
的にはあまり行われていない。飼料代にコストがかからない長谷川自然牧場だからこそで
きる飼育方法と言えるだろう。この環境で飼育された豚は、
「長谷川熟成豚」という名前で
流通されており、10 ヶ月飼育した長谷川自然牧場の豚だからこそつけられる名前である。
図 31 長谷川自然牧場の豚舎内[撮影:嶋田稜]
図 32
籾殻薫炭製造ストーブ[撮影:嶋田稜]
4. 自然飼育による有精卵
長谷川熟成豚と同じく、採卵鶏も自然に則った飼育方法をとられている。長谷川自然牧
場が採卵鶏を飼育し始めた当初は 20 羽だったが、平成 25 年現在では 1200 羽にまで拡大し
た。しかし、途中 2000 羽まで拡大したものの、鳥インフルエンザの影響で 1200 羽まで減
少した。特に大流行を起こした 2000 年~2010 年の間にかけては、鳥インフルエンザの影響
で日本の平飼いそのものにも影響を及ぼしたが、長谷川自然牧場の採卵鶏には直接的な被
害はない。最たる理由は、ケージ飼いではなく、平飼い方式で飼育し、自家製飼料を給餌
して飼育していることにある。当初、密閉型の鶏舎内で、ケージ飼いを行うことによって、
鳥インフルエンザの感染を予防できるとされていたが、実際にはケージ飼いは、動物本来
の自然治癒力、細菌に対する抵抗力が、その異質な飼育環境によって弱まっており、鳥イ
ンフルエンザの影響はケージ飼いの方が大きかった。このことは、長谷川自然牧場の採卵
鶏がその影響を殆ど受けなかったことからも証明される。
豚も鶏も、自然の理にかなった飼育方法をとっていることで、共存が可能となっている。
実際、長谷川自然牧場内では放し飼いされた鶏が、本来共存できない豚舎内を図 33 のよう
に歩き回っている。また今回こうして長谷川自然牧場に研修に訪れ、卒業論文を書いてい
ることも、普通の養豚場では、衛生上立入禁止となっている所が多いため、実現し得ない
37
ことである。人間が立ち入り、間近に動物と触れ合うことができる環境は、自然飼育を行
っている長谷川自然牧場ならではと言える。
長谷川熟成豚については先述した通りだが、採卵鶏については、雌鶏と一緒に雄鶏を入
れることによって生まれる有精卵を採卵している。この有精卵の採卵は通常、10 羽に 1 羽
雄鶏を入れることが適当とされているが、長谷川自然牧場では 40 羽に 1 羽程度で雄鶏を入
れている(図 34)
。これに対して一般的に販売されている卵は無精卵と呼ばれ、雄鶏を入れ
ずに雌鶏だけで採卵する方法が取られており、卵黄を綺麗に見せるために、栄養剤などを
使用してオレンジがかった卵黄になっていることが多いが、長谷川自然牧場の有精卵は図
35 のように真黄色の綺麗な卵黄をしている。通常卵は日持ちしないものだが、この有精卵
は約 1 ヶ月、過去に実験した例では 1 ヶ月以上の日持ちがしたという結果もある。この良
質な卵は、卵アレルギーをもつ人でも食べられるものであり、高品質かつ美味しさによっ
て、各方面から高い評価を得ている。実際、私も 1 週間の研修中、毎日この有精卵を卵か
けご飯にしていただいていたが、帰郷して無精卵を食べた時の味の差が歴然としていたこ
とは驚愕であった。
本物の食物とは、自然の理にかなった生き物の立場に立った飼育方法を取ることで可能
であり、安く大量に作る経済性の追求からは作ることができないものである。
図 33 豚舎内を駆ける採卵鶏
図 34
[撮影:砺波周平]
[撮影:嶋田稜]
38
白色が雄鶏、茶色が雌鶏
図 35 黄色で綺麗な卵黄をした長谷川自然牧場の有精卵[撮影:砺波周平]
5. 食の安心安全・品質からの信頼ネットワーク
手間暇をかけて育てられた「長谷川熟成豚」は、長谷川自然牧場が、弘前のレストラン
が主宰する「スローフード・クラブ」、「あおもりカムカム農村漁村ネットワーク」、「私達
流ツーリズム」
、JR 東日本と連携した「津軽ファーマーズクラブ」に加わるなど、地域に向
けた食材提供と販路拡大を図っている。このほか、平成 22 年 12 月の東北新幹線全線開業
に伴って、青森駅の近隣にオープンした「A-FACTORY」で加工品を販売、施設内のレスト
ランにおいて「長谷川熟成豚」を使用した食事を提供するなど、県内に留まらず全国の本
物の食物を求める生活者に向けての加工品販売を行っている。
日本テレビ系列で放送されていた『どっちの料理ショー』で、長谷川熟成豚は取り上げ
られた。さらに 2013 年には、農林水産省が主催した「第 1 回地場もん国民大賞」では、弘
前市の「レストラン山崎」が出品した「奇跡のりんごと長谷川自然牧場産熟成豚を使った
フレンチ和風どんぶり」が銀賞に輝く(図 36 参照)など、全国的な評価は日に日に高まっ
ている。
今日、豚肉の販売価格が安値圏でも、全国レベルでの評価を受けたという実績を基に、
長谷川熟成豚は高値での安定販売をしている。3 分の 2 は十和田ミート、伊藤ハムと契約販
売をし、全国流通している。残りの 3 分の 1 は、長谷川自然牧場が「食肉処理業」の許可
を得て、首都圏の自然食品取扱店や有名なレストラン、先述した海の駅で、精肉やお弁当、
サンドイッチなどとして販売し好評を得ている。
また有精卵は、採卵鶏を飼育し始めた当初、無農薬の自然卵として地域で一軒一軒歩き
回り、自力で販路拡大に努めた。その結果、次第に口コミで評価が広まり、地元スーパー
との取引が可能になった。さらに首都圏だけでなく、各地で食のイベントなどでも販売さ
れている。
このように、地元を始めとした全国流通が可能になったのは、何より長谷川熟成豚や有
精卵が自然な育て方で安全であること、高品質で美味しいと口コミで伝わり高く評価され
たことが一番の理由にあげられる。現在横行されているような、巨大な PR 活動で一過性の
39
経営を行うこととは違う。先ず始めに、地元の販売先の業者や店と信頼関係を構築し、少
しずつネットワークを拡大していくことを重要視している。このことが、長谷川自然牧場
が行っている「信頼」の販路拡大となり、独自性だと言える由縁である。長谷川自然牧場
は食の安心安全・品質の信頼を基本にし、ネットワークを徐々に築いている。こうした信
頼を基本とした環境構築が、6 次産業を行う農業経営者には必要な精神である。
図 36 2013 年 11 月 4 日付の東奥日報
6. 達成感のある仕事と地域雇用の創造
平成 25 年現在、長谷川自然牧場には、長谷川夫妻のほかに 8 人(男性 6 人、女性 2 人)
の常時雇用者が従事しており、年齢は 19 歳から 60 歳までと幅広い。また、この内 2 名は
40
障害者を雇用しており、特に余裕のない企業では難題とされている障害者雇用も行ってお
り、長谷川自然牧場ではこの 2 人の自立も支援しながら経営をしている。障害者も含め、
常時雇用者は年間 300 日の従事をしている。
長谷川自然牧場は平成 24 年に株式会社化している。それ以前は一牧場として、人を雇い
ながら牧場の経営を行っていたものの、収入の面で平成 22 年には、税理士が必要な段階ま
できていた。洋子氏は 2 人だけでも経営を行っていくということで、守りの体制を敷いて
いた。しかし光司氏が経営に対して積極的な姿勢でいたため、雇用を創造し、整備された
労働の場として、跡継ぎの面や社員が長く安定した労働の場でいられることを考え、株式
会社化に至った。株式会社・第 1 次産業・畜産という条件下では、全国的にどの程度の雇
用がなされているかが、全国農業会議所が平成 22 年に行った調査の資料にある。これによ
ると、法人の正社員(常時雇用者)の平均は 6.97 人である。これに対して長谷川自然牧場
は 8 人雇用しているので、全国的に見ると平均よりやや多く雇用していることになる。
この 8 人の従業員の出身地域は、五所川原市や鶴田町など津軽地域からと青森県内のみ
である。しかし、以前は県外の職員もいた。現在も続く就職氷河期の中、一牧場で 8 人の
常時雇用に加えて障害者雇用も実現していることは、青森県内の地域活性化という観点か
ら、雇用の貢献度は高い。
先述した仕事の内容をまとめてみると、青森、弘前方面への食品残渣の回収、豚舎の糞
搬出、給餌、食品残渣の分別、煮沸など生産部門、直売所での販売などの加工部門と分か
れており、多用である。この仕事内容は、一つ一つに大きな負担がかかるものとなってお
り、平均的に多い雇用人数を抱えていても不足でない、多くの仕事量を抱えている。この
仕事量から人出は足りていないと見ている。現在雇用に関しては常時オープンとなってお
り、面接によってやる気のある者の採用をしている。非常に複雑化している就職活動に比
べて、広き就職口を提供し、黙々とデスクワークを行う仕事と比べて、現場で生きものを
育て、本物の食物を生活者に届け、健康を支える非常に有意義な仕事だと、1 週間の研修で
私は感じた。
7. 農場で経験する「食育」活動
長谷川自然牧場では牧場内を動物とのふれあいの場として提供している。6 次産業化を図
る以前から牧場開放の活動は行っており、既に平成 14 年には、
「グリーン・ツーリズム・
インストラクター」の認定を受けている。牧場には、鰺ヶ沢町の小中学生に限らず、弘前
市の小中学生も訪れている。子供達が牧場内で動物とふれあい、生命の尊さや自然との共
存を学ぶことで、自主的な探求心を育み「心の教育」・「生命の教育」を実践し、農業のも
つ「教育力」を存分に発揮している。この仕組みで、将来地域を担う青少年教育に取り組
んでいる。体験棟内では、牧場産物を活用した加工品づくりの体験なども行っている。
さらに、農林水産省の農村派遣研修、五所川原農林高校における実習課程、近隣の小中
学校・幼稚園などの体験学習を実施、県内外からの子供達や学生、消費者を対象に、ソー
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セージ、天然酵母パン、お菓子づくりの体験や子豚、羊、山羊(図 37)、馬、鳥、犬など動
物とのふれあい体験を実施している。平成 18 年・19 年には「協働で拓く『冬の農業』創造
活動事業」
、20 年には「女性起業を核としたミニクラスター創出事業」を行い、同年には、
年間約 1,000 人を受け入れた実績がある。
この大規模な食育活動は、長谷川自然牧場だからこそできる活動である。一般の養豚場
や養鶏場であれば、飼育されている動物の衛生上の問題で、小中学生など児童や学生は立
ち入ることができない。しかし先述した通り、長谷川自然牧場は、臭いも少なく、害虫も
殆どいない。薬品を使用していない安心安全に加えて、豚や鶏に自然にふれあえる場所と
して、子供達に提供するには絶好の場所である。子供から大学生、さらに一般消費者まで、
誰でも受け入れている環境は、長谷川自然牧場の「食育」を通して、食べることの大切さ
を実感できる教育の場となっている。
私は 3 度、研修で長谷川自然牧場を訪れているが、2 度目に訪れた際に、豚が屠殺のため
に出荷されるところを見た。その場面は悲しくもあり、生きることの辛さを感じた。洋子
氏の話では、我々は生きていく上では、動物の命をいただくが必要で、そのことが「食育」
であると教えられた。
座学で学ぶ講義と異なり、実際に農場で経験することによって、
「食育」は、現実のもの
となる。多くの人に長谷川自然牧場を訪れて、私と同じように実感してもらいたい。
図 37 採卵鶏が平飼いされている牧草地に共存している羊[撮影:嶋田稜]
4-6 長谷川自然牧場の今後の課題
長谷川自然牧場に限らず、6 次産業化を目指す農業者に共通していることは、生産はでき
るが加工販売など、商売についてのノウハウがないことが課題である。パッケージデザイ
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ンや広報、販売先での POP の制作や、ホームページのウェブデザインなど、自らが行うこ
とは難しく、外注するにも伝手がなく経済的に限界があり、この点は大きな課題となって
いる。
また、ブランド化に成功し、さらなる需要の拡大が見込まれても、この需要に対応でき
る体制づくりや、経営規模の拡大も課題である。発酵飼料を作ることにしても、じゃがい
ものボイラーは現在 2 台しかない。1 日に煮沸できるじゃがいもの量も限られている。他の
作業を考慮して、じゃがいもの選別にこれ以上人数を増やすこともできない。需要に合わ
せて生産規模を拡大することも、現在の手仕事のような方法では限界がある。
食品残渣の回収量や作業量にも限界があり、これまで行ってきた安心安全の品質管理が、
管理を続けていくことができるかを考えた時、長谷川自然牧場では、規模の拡大は行わず
に、現状維持という方針を決めている。豚肉、鶏卵の生産量はこれまでと同等であっても、
付加価値をつけるなど、経営内容を良くしていく経営改善は必要であり、さらに 6 次産業
化を推進することが期待される。
4-7 長谷川自然牧場への提案
今後は、経営規模を現状で維持した上で、地域振興のための雇用の促進を図るために、
特に 6 次産業の、
「3 次産業」を一層展開することが必要である。既に長谷川熟成豚、有精
卵は全国的に高い評価を得られており、加工の部分でも大きな評価を得られていることか
ら、次は鰺ヶ沢町への顧客の誘致活動を拡大させることが期待される。
鰺ヶ沢町内では子供達だけでなく、大学生や消費者が農家民宿施設に宿泊しながら、農
業体験ができる環境がある。鰺ヶ沢町には長谷川自然牧場を含めた、17 軒の農家民宿が営
業している。鰺ヶ沢町は、農業以外にも漁業も盛んであり、岩木山や白神山系など自然が
豊かなことで、多くの観光客を惹きつける要素が存在している。しかし、現在はこの 17 軒
が組織化されていないことから、誘致活動は十分には行えていない。農家民宿を組織化す
ることによって、効果のある PR 活動も可能になる。
長谷川自然牧場が民宿施設の模範となる宿泊施設としての充実や、食育教育の充実した
指導ができ、レストラン機能も備わった施設を開発することが必要である。このことによ
って、鰺ヶ沢町ならではのグリーンツーリズム展開を行うことができる。
長谷川自然牧場で 3 次産業の拡大する上で必要なことは、宿泊施設の質の向上と、直営
レストランの開業、人材育成の 3 点であると考え、次に述べたい。
(1) 宿泊施設の改善
1 週間の研修で一番気になった点は宿泊施設である。学生の体験活動には、宿泊を伴うこ
とも多い。
今回のこの調査も、
図 38 の体験棟を宿泊施設として利用しながら活動を行った。
この経験から、宿泊環境の改善について 3 つの提案をしたい。
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① 寝床の整備
今回研修を長谷川自然牧場で行ったが、寝床は体験棟のロフトであった。ワンルームに
ついているロフトと同等で、横幅に広いためある程度の人数は収容が可能であるが、空間
としてはかなり手狭である。今回の研修は幸い 1 人のみだったため問題はなかったが、大
学生のグループ利用となると厳しい。体験棟のほかに、事務所のある所にも宿泊できる空
間は用意されているが、大学生のグループ受け入れには不適である。厳しい体験をした後、
体をゆっくり休める寝床は大切である。
② 入浴施設の整備
研修の際に一番気になったのが入浴施設であった。長谷川自然牧場内には、夫妻が使用
する風呂以外に入浴施設はない。歩いて 15 分程度の所に「海のしずく」という銭湯(図 38
右上「グループホームにこにこ」に隣接)はあるが、夏場でも悪天候もあり、厳冬の冬場
に歩いて行き、入浴後もそのまま歩いて戻るのは、体調管理の面で不安がある。今回訪れ
たのは 11 月で、入浴後の外は冷え込む気温であった。牧場内に入浴施設は必要不可欠な設
備である。
図 38 長谷川自然牧場(A 点)の周辺図[図:Google MAP より]
③ 自炊を可能とする場所
今回の研修時は、昼食を職員の方と共にまとまって食べたため問題がなかった。朝食、
夕食は洋子氏にお世話になったが、洋子氏は他の職員が終業した後でも、事務処理などの
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仕事に追われているため、食事を作る負担は大きい。そのため、研修者の自炊を可能とし、
洋子氏にかかる負担を軽減することが必要である。自炊設備を設置することは、食育にも
役に立つ。体験棟ではない宿泊棟での自炊ができる環境は必要である。
以上のことから、学生や一般の消費者を受け入れられるような、体験棟は異なる宿泊施
設を隣接することができれば、研修者の受け入れは、大幅に可能になる。宿泊研修者が増
加することで、経営面でも寄与すると考えられる。
図 39 体験棟兼宿泊施設[撮影:嶋田稜]
(2) 直営レストランの創設
4―5 の 5 で述べたように、長谷川熟成豚や有精卵は、町内に留まらず、県内にも多く提
供しているため、長谷川熟成豚を使用した料理は食べられるレストランはある。図 39 は鰺
ヶ沢町に隣接する、つがる市のつがる地球村の施設内にある、
「森のレストラン・ライアン」
という店で、ここでも熟成豚を使用したランチがある。しかし、あくまで原料となる食材
の一部を提供しているだけであり、全ての料理に長谷川自然牧場のものが使用されている
訳ではない。長谷川自然牧場の熟成豚、有精卵をじっくり味わうことができる、直営のレ
ストランを作ることができれば、直接、安心安全な農産物を食べてもらうことができる。
自ら作ったものを食べてもらうことが 1 番の農産物の PR となる。直営のレストランは、長
谷川自然牧場に新しい雇用を生み出すことができる。さらに自らのレストランをもつこと
で、自家製の堆肥を使用した野菜畑を作り、一層の地域循環型、自給自足型の農園をする
ことができ、メリットは非常に大きい。
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図 40 長谷川熟成豚を使用したメニューのある、レストラン・ライアン地球村店
[写真:食べログ(森のレストラン・ライアン)より]
(3) 若い農業後継者の育成
長谷川夫妻には子供がいないことから、農場の若い後継者を育てなければならない。長
谷川自然牧場の実践している、地域循環型農業ビジネスを経営できる人材形成を行わなけ
ればならない。
現状では、職員のこの人に移譲することはないそうである。こうした理想的な農業ビジ
ネスを日本全国に広げていくためにも、長谷川自然牧場は実践的に経営者を育てる環境が
あるため、人材育成の研修や雇用を行っていってほしい。
46
図 41 長谷川夫妻[撮影:砺波周平]
47
まとめ
長谷川洋子氏は、事務作業を行っている机の引き出しに、切り抜きを 1 枚忍ばせている。
その切り抜きに書かれていることは以下の通りである。
「私は思います。農業には損得ではない、なにかがある、と。この世の中に、いちばん
足りないものをもっている!農業を日本全体で、そして一人ひとりがたいせつにしていっ
てほしい、そう願ってやみません。
」
洋子氏はこの文に共感し、今日まで長谷川自然牧場を経営している。長谷川夫妻は、長
谷川自然牧場で行っている畜産に、絶対的な自信をもっている。そこからは、ただの豚屋
でないことを見せたいという洋子氏の信念と、兎に角やってみるという夫妻の挑戦する積
極性が見える。そして、常にプライドをもって楽しい農業を実践することに注力している。
6 次産業は推進されていることによって、農業従事者も新しい販売のスタイルを生み出す
ことができているものの、1、2、3 次産業とある中で、農業が何故「1」次産業なのかと考
えれば、食物を生産する農業が、人間の活動の中で 1 番大切なものである。1 番大切な食物
の生産が止まれば、2 次産業、3 次産業は機能しないからこそ、農業という分野は軽視され
てはいけないはずである。
しかし、この調査をするきっかけとなった、大量生産大量消費という実情の他に、放射
能物質の拡散による土壌汚染、営利を目的とした食品偽装、輸入農産物の安全検査を軽視
した結果の事故等、食に対する利益を追求した国内外の動きは見るに堪えない。先述の切
り抜きの言葉にあるように、農業は損得勘定によってコントロールされてはいけないもの
である。根本から言えば、長谷川自然牧場で作られている自家製発酵飼料も、食品残渣か
ら作られているものであるが、この食品残渣自体を出さないことが最も大切なことである。
食品残渣が生まれているから、それを利用したものを作るというスタンスはもちろん重要
であるが、先ずこの食品残渣を出さないためにするべきである。その食に対する考え方を
教えてくれたのが、長谷川自然牧場の「食育」ではないかと考えた。
そんな長谷川自然牧場では、洋子氏が「食育インストラクター」の資格を有しており、
青森県の男性平均寿命が、日本ワーストワンという不名誉を抱えていることを解消するこ
とを目標にあげている。実際研修を経て、牧場に訪れる人は、大多数が女性ばかりで、男
性はあまり見受けられなかった。長谷川自然牧場の食育を、男性にもっと伝えるための工
夫もこれから必要になってくるだろう。その一環として、6 次産業と宿泊型研修者の食育の
拡大は必要だろう。
しかし、6 次産業化に対する提案を先述したが、純粋に 6 次産業の発達によって、農業ビ
ジネスの安定化を図ることだけに限らず、食の安全を伝える食育が、今以上に伝える手段
の拡充は大切である。長谷川自然牧場の食の安全を伝えながら、加工や販売といった農業
ビジネスを、6 次産業化の優良なビジネスモデルとして、今後地域循環型農業を日本全体に
拡大することは、日本や世界にとって重要なことだと本心から思った。
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謝辞
この度は、本論文を作成するまで、多くの方にご指導、ご協力をいただいたことに対し
て、感謝するとともに、厚く御礼を申し上げます。
指導教官である鈴木輝隆教授は、私が研究室に入った 3 年生から 2 年間に渡り、学生が
プロの中で揉まれながら成長する、という環境構築を積極的に行っていただきました。僭
越ながら私自身、この 2 年間で責任感や行動力といった面で、大きく成長することができ
たと感じております。このことは今後社会に出た後、さらに痛感することになろうかと思
いますが、この経験を基に、さらなる高みに向けて行動を起こしていきたいと存じます。
本当に有難うございました。
そして何より、今回卒業研究を行うにあたり、一から十までお世話になりました、長谷
川光司、洋子ご夫妻には、心より感謝致します。今回の経験は、改めて食に対する意識を、
ゼロベースにして考え直すことができた経験と思っております。長谷川自然牧場を転職先
として既に内定をいただいたことも感謝しております。もう少し長谷川自然牧場と早く出
会えていれば、来年度から長谷川自然牧場で働いていたかも分かりません。いずれにして
も、近い未来、長谷川自然牧場で働く日があるかもしれません。その際は、是非とも再度
ご享受いただければと思います。重ね重ねになりますが、本当に有難うございました。並
びに長谷川自然牧場で作業の際にお世話になりました、富野さんを始めとした従業員の
方々にも、深く御礼申し上げます。
また、鰺ヶ沢町の研修で度々お世話になりました、鰺ヶ沢町役場の三上竹久さんには、
長谷川自然牧場の研修のアポイントメントや、えどだいマルシェについての話し合い等で、
ご協力いただきました。また研修中も、竜飛岬まで鰺ヶ沢周辺の案内など、津軽地域につ
いて色々教えていただきました。ご多忙中、幾度となくご連絡をしながらも、適宜対応し
ていただき、誠に有難うございました。並びに同役場の本間達博さんには、大学から長谷
川自然牧場へ、長谷川自然牧場から新青森駅へお送りいただき、有難うございました。
えどだいマルシェに産品の販売にご協力いただき、江戸川大学までお越しいただいた、
風丸農場の木村才樹さん、霞末裕史さんにも、感謝申し上げます。風丸農場の加工品は、
購入していった家族にも好評で、長谷川自然牧場と同じく、6 次産業でさらなる発展が臨ま
れることを心より願っております。
「あじがく」について度々お世話になりました、柴田彩子さん、資料の提供やご質問は、
この卒業論文で多く活かすことができました。来年以降のあじがく、是非とも鈴木ゼミの
後輩達にもいい影響を与えてもらいたいと思っております。宜しくお願いします。
また 8 月のあじがく合宿でお世話になりました、砺波周平さん、千田弘和さん、三木俊
一さん、是方法光さんに感謝申し上げます。合宿の夜に行ったレクチャー以前から考えた
ら、ここまでのマルシェを行えるとも思っていませんでした。一重に皆様には、開催まで
の間にポスター作成からレイアウト等で、多忙な中、様々なご相談に乗っていただき、本
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当有難うございました。
そして 2 年間、鈴木ゼミで共にした星野君と中野君には格別の感謝をしています。鰺ヶ
沢、東川、伊勢といった研修や、えどだいマルシェの活動では、3 人で協力し合いながら、
全ての活動で得るものが沢山あったのは、一重に 2 人のおかげだと思っています。これか
ら各人、別々の道に進んでいきますが、近からず遠からず、お互い切磋琢磨しながら、大
きく羽ばたいていきましょう。これからも宜しくお願いします。
また 4 年間の大学生活でかかわった先生方にも、御礼申し上げます。演習実習、講義、
学外研修等、形式は問わず、先生方にご指導いただいてきたからこそ、高校生までの自堕
落な自分から殻を破り、少し成長した自分になり得たと思っています。この縁は忘れず、
これからもご指導ご鞭撻の程、宜しくお願いします。
50
参考文献
・梅原真:
「ニッポンの風景をつくりなおせ 一次産業×デザイン=風景」2010 年 6 月 株
式会社羽鳥書店
・江戸川大学現代社会学科:
「
〔気づき〕の現代社会学-フィールドは好奇心の協奏曲」2012
年 9 月 株式会社梓出版社
・斎藤修:
「地域再生とフードシステム―6 次産業、直売所、チェーン構築による革新」2012
年 4 月 農林統計出版株式会社
・後久博:
「売れる商品はこうして創る-6 次産業化・農商工等連携というビジネスモデル」
2011 年 3 月 株式会社ぎょうせい
参考ホームページ
・農林水産省 http://www.maff.go.jp/index.html
・ベジタリアン・ネットワーク
http://www7a.biglobe.ne.jp/~arugama-ma/vegetarian/index.html
・NPO 法人地球生物会議 ALIVE
http://www.alive-net.net/index.html
・第 6 チャネル http://www.6-ch.jp/index.html
・青森県鰺ヶ沢町 http://www.town.ajigasawa.lg.jp/
・あじがく!鰺ヶ沢町域学連携事業「あじがく」の公式サイト http://ajigaku.jp/
・総務省 http://www.soumu.go.jp/
・一般社団法人青森県農業経営研究協会 http://www.applenet.jp/home/03040082/
・農林中金総合研究所 http://www.nochuri.co.jp/
・全国農業会議所 http://www.nca.or.jp/
・レストラン山崎 http://www.r-yamazaki.com/
・食べログ(森のレストラン・ライアン)
http://tabelog.com/aomori/A0205/A020501/2002545/
・世界遺産白神山地トレッキング最新情報 http://shirakamisanti.com/index.html
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