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D.H.ロレンスの「木馬に乗った少年」

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D.H.ロレンスの「木馬に乗った少年」
論
日本大学生産工学部研究報告B
2
0
0
5 年 6 月 第 38 巻
文
D・H・ロレンスの「木馬に乗った少年
−不幸な家庭とその寓意
須田理惠
D.
H.Lawrences Roc
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キーワード:寓話,木馬,家族,玩具,文明
nada)荘に滞在しているときであった。ロレンスはアス
序
キス夫人 (
Lady Cynt
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t
h)編纂による『幽霊物
語』(
The Ghost Book )にこれを投稿した。 それは『息
木馬に乗った少年」はロレンスが様々なフォームで描
子と恋人』の出版から 1
0年以上の歳月が経過していた。
いた「不幸な家庭」を主題とした作品の一つである。主
ロレンスはイタリアでローマ人に滅ぼされたエトルリア
人公の名前が「ポール」であることでも共通している長
人の墓と出会った。
「蛮族」を滅ぼして「偉大」な文明を
編小説『息子と恋人』では,炭坑夫の息子という境涯で,
打ち立てたローマ人の業績を一顧だにしなかったロレン
両親の不仲のうちに育ったポールの不幸が描かれている
スは,文明から抹殺されて教科書にも登場しないエトル
のに対して,
「木馬に乗った少年」
では中流の富裕な家庭
リア人が唯一残した壁画に驚嘆の目を見張る。
で育った息子の不幸が語られる。ここで特徴的なのは,
現在私たちはエトルリア人の墓でしか彼等について
息子のポールが現代人の抱える曖昧な不安の内に滅ぼさ
の知識を得ることはできないのだ。エトルリア文化を伝
れて行く過程が描かれることである。
木馬に乗った少年」が書かれたのは 1
9
2
6年,ロレン
スがイタリアのスポルトノ (
Spor
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ono)のベルナダ (
Ber
-
えるものが少々あるとしても,それは決して一級のもの
ではない。彼等を知るには彼等の墓から感じ,読み取る
日本大学生産工学部教養・基礎科学系助教授
―5
1―
しかないのだ。
主人公と同じ名前を使用していることでさらに興味が深
まる。弟のオスカーが語る言葉にはヘスターの子供に対
暗い洞窟から一転して地上に出たロレンスはどこかに
する態度への辛らつな偏見が表明されている。
古代エトルリア人の血を引いている独特の顔を捜し求め
ている。
『息子と恋人』
(1
9
1
3年)から 1
3年を経てロレン
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スの目にはさらに混沌とした現代社会が映っている。ロ
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レンスは近代文明の進歩にもかかわらず人間を不幸にす
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る文明に対して危機感を感じていた。ロレンスの作品は
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その反映なのである。
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小説『息子と恋人』で,ポールは母親の死にかかわら
ず克己してゆく「成長」を暗示させて終わる。一方この
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.(
9
8
0
)テクストからの引用は
ページ数で表記した。
作品での母親は息子の成長を見ることもなく,息子の死
をもって酬いられる。物語ではやや曖昧な「不幸」とい
臨終の時,へスターは弟が自分にこう言っているのを
う設定は映画にもなった「木馬に乗った少年」において,
聞いた。
「へスター,君は八万ポンド余り
現代における母と子の繫がりや,夫と妻の関係が「愛」
代わりに,
あのかわいそうな息子を死なせてしまったね。
の代りに「金」と「もの」で代用されている家庭がクロー
かわいそうに,かわいそうに,もうこの世にいないが,
ズアップされる。家の中に散乱する贅沢な子供の玩具は
この世では,あの子は勝ち馬を求めて木馬に乗るだけの
「金」と「もの」の象徴であり,悲しき玩具は,そこから
けたが,その
人生だった。
逃れられない現代人の物質主義に翻弄される姿を浮き彫
りにしている。
辛らつに響く言葉でロレンスは現代の「母親」全体に
さらに「木馬に乗った少年」は現代の大人の子供の心
向けた憤懣の意を表明したのだろうか。
『息子と恋人』で
を理解しようとしない無関心や,人生を皮肉に見たり,
はロレンスは父のモレルを官能的な肉体の持ち主として
絶望視している虚無感が子供の心を支配してしまう過程
描き,夫と相容れない妻が子供に愛情のはけ口を求めた
が描かれている。希望や夢は心の成長の養分であるが,
苛烈な姿を描いた。しかし『息子と恋人』には確かに子
夢や希望のない家庭で健全に子供は育たないし,小説で
供に「愛情」を持った母が描かれていた。
『アメリカ古典
は両親の曖昧で打算的な生活態度に心のよりどころを失
文学研究』でロレンスはへスターとその「夫」との関係
う少年が暴力的な衝動に駆られて自らの死を招くという
に言及して次のように述べている。
悲劇が語られている。
この寓話をもっとも悲劇的にするために一役買うのが
ディムズデールの霊的な愛なるものは嘘であった。
人
「木馬」
である。
英国の中流家庭では有り触れた玩具の
「木
気ある牧師たちがやるように,説教を重ね,高潔な態度
馬」は子供の成長のためを思う親心の象徴なのだが,こ
を示して女の心を捕え,その霊的な愛なるもののために
こでは「木馬」が皮肉にもポールを死へと追いやる道具
見をまかせるまでに女をしむけたものは,悪意とは無縁
となっている。
「木馬」
は見逃すことのできない象徴的な
ながら途方もない嘘であった。それがばったり倒れたわ
「もの」
であり,それに振り落とされて死んでしまうポー
けだ。
ルを描くことによって,ロレンスは彼の特徴的な現代文
明についての予言的終末論に寓意(アレゴリー)を込め
さらにロレンスは『緋文字』の中の次の文章を掲げて
いる。
ているのである。
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第一章
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ロレンスは人生を「炎のように」感じて生きることを
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信条とする作家であった。
「木馬に乗った少年」
の中の息
子のポールの死は報われることはなかった。短い人生が
ヘスターの場合には,
人間の生命のもつ最も神聖なも
かならずしも炎のような人生ということはできないので
ののなかにすら最も極悪の罪の汚れがあった。世界はこ
ある。
この女の美貌のゆえにいっそう暗さを増すだけであり,
少年のポールは無謀にも母の絶望的な人生に「幸運」
をもたらそうとして力尽きて死んでしまう。しかしこの
女の生んだ嬰児のゆえにいっそう呪われてゆく,という
結果を,この汚れは生じていたのである。
寓話は母のへスター (
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)がホーソンの『緋文字』の
― 52―
ロレンスの『緋文字』の主人公へスター・プリンに対
は,直感を頼りに生きる知識を「血の知識」
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する見解とは,ホーソンによって描かれた女性の豊かな
”
と呼んだが,本能や直感を信じることは,子
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文化の欠落と,それを助長するようにヘスターの胸に輝
供の知恵とかなり相似している。ここからはテキストの
く金糸の異様な刺繡の「A」という文字に象徴化された
筋に添ってポールがいかにして追い詰められてゆくかを
ピューリタニズムの文化の滑
えてみたい。
さを見ていることは明白
である。
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『A』の文字。燃えるような緋の色の『A』の文字。
『姦
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9
67
)
通した女』の頭文字!ギリシャ語のアルファベットのっ
テキストにはロレンスがたびたび取り扱う結婚や性の
最初を飾るアルファも A。アルファ!アダルタレス!新
問題があり,それに纏わるお金とブルジョワ階級の野蛮
しいアダムとアダマ!アメリカ人!(みんな A だ。
)
さも暗に言及されている。そこにはロレンスの女性に対
ホーソンに体現されるアメリカ人の持つ分裂した意識
する独特の「女性に高等教育は必要ない」といった偏見
に言及してロレンスは『緋文字』を寓話だと述べ,
「地獄
も相俟って「ロレンスらしい」
“Lawr
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an”小説として
の意味を持つ世俗的な物語」と批評し,
『緋文字』を土台
も読めるのである。だがこの物語が寓話である由縁は,
としてアメリカ人の二重意識と罪深い文明を語った。
先にも述べたが,子供の心を大人はわからない,大人は
『アメリカ古典文学研究』でロレンスはベンジャミン・
分かっているようで,子供にも分かるよう人生を過ごし
フランクリンからウォルト・ホイットマンまでの代表的
ていない,コミュニケーションの欠落である。殊に中流
アメリカ人批評した。ロレンスが感じたアメリカ人作家
階級がいかに社交にかまける人生を送って子供の心を忘
が異句同音に表現したものとは
一切のものから逃
れ,はじめにあった「愛」が消えてしまっていてもわか
れるため」アメリカ人が自分自身から逃れる自分の分裂
らないか,「愛」
を育むきっかけも断たれてしまっている
気質であった。ホーソンの『緋文字』ではヘスターに投
かが象徴的に語られているのである。
げる言葉はへスターの姦通の罪を責めるというよりもむ
しろ空虚なアメリカ文明を築くもととなった人間味のな
さらにはここに登場する母親は幸福が天から授かるも
のと思い,美貌や家柄に恵まれている自分が不幸なのは
さ,肉体の欠如を招いた運命そのものを罵倒するのに似
「運」
に恵まれないからだと
ている。
“bonny”子供たちを授かっているのに,子供を「押し付
それゆえにロレンスは「アメリカ人は自分自身を破壊
しなければならぬように定められている。それは彼の宿
えている。実は
「愛らしい」
けられた」“t
”と感じているところに母
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r
である実感を感じていない女性が描かれている。
命なのだ。白人の心情そのもの,白人の意識そのもの,
主人公の少年ポールは母が「不運」を嘆く気持ちが分
その総体をそっくり破壊しさることが,アメリカ人の負
からない。なぜならばポールは庭付きの快適な家に両親
わされた宿命なのである。 と破滅的アメリカ文明論を
と妹たちと,慎み深い召使がいて,隣近所の誰からみて
語るのである。そしてそれが我々が享受している現代文
も一番よい家庭と思っているからである。
明の真の姿だと言うのである。
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第二章
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子供と大人の知識の差とは何なのだろうか。子供と大
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9
6
7)
人を結びつける接点はあるのだろうか。
「不幸な家庭」
と
はおそらく大人にとって些細と思われる子供の訴えを無
子供のポールには自分たちのように恵まれた環境にい
視し,理解しないことから生まれるのであろう。
「不幸な
るものになぜ漠然とした「不安」や「不足感」が家中か
家庭」に育ったロレンスが父と母の絶えざる諍いを経験
ら聞こえてくるのかわからない。父と母は自分たちの稼
して得た結果とは,大人たちがつまらぬことに捕らわれ
ぐお金では満足できないのである。
て人生の喜びを見出せず,本当に自分のしたいことを見
つけることこそ人生の醍醐味であり,それは本能的に生
きることだということを忘れていると
えた。ロレンス
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家にはいたるところで子供に
「もっとお金がなければ,
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もっとお金がなければ」という声が聞こえる。
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交」が彼等のもっぱらの関心事なのである。ここで語ら
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ができ,中流階級の人間に対するロレンスの攻撃的な言
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96
8
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葉には独特の感慨が込められている。すなわち,この種
の人間はロレンスに言わせるならば,前述した生きる手
いつも揺れている揺り木馬のばねからも,その声は囁
段を持っていないということである。中産階級に属して
き出た。木製の首を垂れ,歯をカタカタ鳴らしている馬
いると
でさえ,その声を聴いた。新しい乳母車に坐って,ピン
えている人間が自分の欲求を充たそうとすると
き,そこにはかならずお金が必要だと
える思
経路が
ク色の服を着,気取った笑いを浮かべている大きな人形
も,とてもはっきりとその声を聞くことができ,そのた
できている。
めになお間の抜けた顔の子犬もまた,家中至る所で秘密
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の囁きが聞こえるというだけの理由で,全く間の抜けた
顔をしているように見えた。
子供たちには聞こえる「もっとお金が必要だ」という
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漢」な回答しかしていないと読者には思われる母に息子
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は,自分の知恵を貸せるものなら貸してやりたいと思っ
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答える。
(9
68
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多分」と母親はゆっくりと苦々しく
母親は子供が知りたいことを具体的に答えていない。
第三章
家にお金がないことと「お父さんに運がない」こととは
関係がないし,また,父親に「運がない」かどうかも分
愚かな母親」
は家庭を救うのが自分だということを遅
からない。また「運」とは一体何なのであろうか。
まきながら理解し始める。母親は「私に何かできないも
ポールの家族は批評家スナッドグラスの言うように
のかしら」と自分にできることを探し始めるが,
「仕事」 「自分たちが何であるかについての本当の知識がないた
をしたことのない彼女にはどこから始めていいのかわか
めに,彼等の探索のサーチライトや知識を外界に向けて
らなかった。どれほど知識を絞ってあれこれやってみて
(自分たちとは本当には関係のない)
外の世界を支配しよ
も,何一つうまくいかない。絶望で彼女の顔には深い皺
うとしている
ができてしまう。子供たちも成長して学校に行かなけれ
どうなのかを明確にすることを拒否していて,自分と世
ばならない年齢になって行く。
それで家のどこでも
「もっ
間を「やさしくて子供のことを思う母」の役割をするこ
と金が必要だ。もっと金が必要だ」という声が聞こえる
とで自制しようとしている。
のであろう。母は自分の感情が本当には
ようになる。だがハンサムで金のかかる好みを持つ夫の
稼ぎは妻からするとかろうじて生活できる程度で,母親
第四章
も自力で成功する見込みはない。しかも夫婦はともに倹
約よりもお金のかかる趣味にしか興味がないのだった。
― 54―
一体小説の中で母と子供はどのように乖離していて,
意思の疎通を欠いているのであろうか。ここでの母と子
第五章
供の会話は,世間的にはあまり評価されていない母親が
子供と接するときに,子供はいかに偏見に満ちた存在に
育ってしまうかを如実に物語っている。J
ani
ceHubbar
d
ポールをいわば「狂気の沙汰」へ追いやる過程に大人
えている,人生を社
の男たちの介在は見過ごすことができない。ここに庭師
交生活と同一視している母親は若い世代に危険な影響を
と叔父の介在がある。男たちの子供への影響も計り知れ
与えている」と警告している。
ないものがあるのだ。というのも初めに競馬の馬券を
Har
r
i
sは「お金が人生で大事だと
家にお金が十分にないのは母に言わせれば「運」が悪
ポールに買って与えたのは叔父の関与で庭師をしている
いからなのだ。しかしポールが母に
「運とはお金のこと」
バセットであった。そしてどうもポールの勘は当たるら
と聞くと母は「運とはお金を
けさせるものだ」と答え
しいという見当をつけた叔父
(母の弟)
のオスカーはポー
る。というのもポールは叔父が悪銭“f
”とい
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ルの言うとおりに馬券を買い大もうけをした。母のへス
う言葉を悪運“f
”と聞き違えてしまうから
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ucke
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ターの家系は
博師の家系と暗に言及されている。
博師の血統だという述懐はポールの叔父のオスカー
だ。(96
8
)
このような言葉の取り違えや聞き違いは母と息子のコ
(9
7
7
)オスカー
(
Os
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s
we
l
l
)の介在で表面化する。
ミュニケーションの欠落を示している。少年の家には息
はある日,へスターと共に子供部屋に入るとポールがも
子の心の成長を気遣う親はいない。何気なく交わされる
のすごい形相で揺り木馬を駆り立てているのを見る。だ
母と息子の会話に象徴される「粗雑さ」は物語の展開に
がポールは夢中で彼等に見向きもしない。木馬を降りる
重要な鍵を与えていて,後半の少年の運命を決めるに決
とポールは「着いたぞ」という。
「どこへ着いたの」と問
定的な効果を果たす。悲劇は母親が漠然と感じている夫
う母にポールは
「自分が行きたかったところへさ」
とかっ
に対する不満を息子が敏感に感じてしまうことである。
として母親を見返す。すかさずオスカーは「その通り。
そもそもこの家庭における父の影は薄い。したがって少
君」と茶化す。さらに「そこに着くまでは決してやめて
年は「運」悪く生まれついた父親に代って「運がいい」
はいけないよ,ところで,馬の名はなんていうの?」と
と勝手に思い込んだ自分が母を幸福にしてやればよいと
聞く。その名前は一週間ごとに違う。先週はサンソヴィ
えるようになる。さらにここには大人の邪悪さが現れ
ノ(
Sans
ovi
no)だったと言うと,競馬通のオスカーはそ
ている。母親は子供に自分が運がないのは運のない父親
れがアスコット競馬の優勝馬だったことを確認し,さら
と結婚したからだと暗に子供の父を批判することで,子
に妹のジョーン (
J
oan)によってポールが「いつもバセッ
供を持った不幸の鬱憤を晴らしている。そして母親の不
ト(
(9
70
)
という情報を
Bas
s
e
t
t
)と競馬の話をしている」
幸によって子供はなんともいえない絶望感を持つ。ポー
得る。
ルは母の絶望感を払拭しようと「自分は幸運に生まれつ
庭師のバセットはオスカーの計らいでポールの家に住
いている」と言い,
「どうして」と問う母に「神様がそう
み込むことになったがもともとオスカーの当番兵 (
bat
-
言った」
(96
9
)と答えて母をなんとか自分に注視させよ
man)だったと解説される。第一次世界大戦で左足を負
うと願うポールは途方もない人生の
傷し,オスカーの伝(つて)で現在の仕事についたが完
け,幸運な人間に
璧な競馬狂なのだ。
(9
7
09
7
1)ポールとバセットはポー
なる鍵を求めにさまようことになってしまう。
一般の人間であれば人生の終わりになって初めてする
ような途方もない人生の
けを幼いポールはすることに
ルが与える情報で共同で馬券を買い,
けていたのだ。
(
97
1
)
なる。
ポールは
「子供っぽい,漠然とした」
やり方で,「幸運」
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の手掛かりを探し求めて,一人で出発する。夢中になっ
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て,他人のことなど全く眼中になく,いわばこそこそし
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たやりかたで,ひそかに幸運を捜した。彼は幸運がほし
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くて仕方がなかった。二人の妹たちが子供部屋で人形遊
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びをしている時,ポールは自分の大きな玩具の木馬に
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9
7
1)
乗って,妹たちが不安そうに彼を見詰めるときに,狂人
のように木馬を虚空へと駆り立てる。荒々しく,馬は疾
これを聞いたオスカーは彼等の「
駆すると少年の波打つ黒髪が激しく上下に揺れ,目は異
入れてもらい,分け前をいただこうと
様な光に輝く。妹たちは彼を恐れ,話しかけることもで
彼等はかなりの額を
きなかった。(9
6
9)
ンドも稼いだ。
け仲間」に自分も
える。その結果
け,ポールは自分の名義で一万ポ
ポールは叔父に頼んで,いつも「お金が足りない」と
―5
5―
思っている母親に,弁護士を通して誕生祝に五年間,千
ポールを死に追いやるしかなかった自分たちの生き様も
ポンドずつ匿名でプレゼントする。へスターが最初のプ
まざまざと見せられた。ロレンスはここに彼の現代人に
レゼントを受け取ったとき貪欲にも彼女は五千ポンドを
対する悲劇的な寓意を込めたのである。
まとめて借金の返済に回せないかと弁護士に頼むのだっ
注
た。だがこの後でも家の中の「もっとお金がなければな
らない」という声は消えるどころかますます高まり,そ
の声はますます大きくなり,狂気じみてくる。ポールは
1)Pet
e
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on,D.H. Lawr
ence Chr
onology p.
12
4
緊張し疲れ果てながらも何とか幸運を招く木馬に拍車を
駆け続ける。
その頃には彼の乳母も離れる年頃になるが,
(
St
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Mar
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,1
9
9
4
)
2)D.
H.Lawr
enc
e,Cambr
idge Edition of the Wor
ks
競馬で勝ち馬を当てられないので,幼児のための木馬だ
of D.H. Lawr
ence, Sketches of Etr
uscan Places
けはポールは手放さず,家の最階上の寝室に置かれるこ
and Other Italian Essays ed.by Si
mone
t
t
a De
とになる。
(97
8
)しかし
なく,あたかも
け事の幸運も長く続くはずも
博師が人生の
Fi
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,p.
9(
Cambr
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dge Uni
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y Pr
e
s
s
,19
2
2)
落に直面するように
(和訳
筆者)
ポールの木馬で当てる感も鈍ってくる。ポールは競馬で
3)D.
H.ロレンス,『揺り木馬の栄冠』とアンソニー・ペ
金を損し始め,その形相は「まるで彼の中で何かが爆発
イリーシェイ監督の映画,翻訳と編集 中西義弘
寸前のようにぎらぎら輝いていた」(
9
78
)のである。
(晃学出版 2
0
03年)所収,p.
6
5 ジュリアン・スミ
ポールの眼の表情が刻々と変化してゆくことで年齢的
には子供であっても
スは「
『揺り木馬の栄冠』の上流社会構造」のなかで
博にのめり込んで行くに連れて心
「主として,
話題の家のモデルにカメラが移動する冒
が憔悴し,まるで敗残者となり意気消沈してゆく様子が
頭のトラヴェリング・ショット,主人公である子供
描かれる。
が雪のなかで遊ぶ時の最初に彼の眼に見える景色,
ダービーを迎えるにつれてポールの心のすべては勝利
圧迫するように歪ませたレンズとカメラ・アングル
につながれる。その二日前に両親はパーティーへ行って
の使用,
「玩具」が最後に燃える場面
夜遅く戻ってくる。へスターはずっと息子のことが気が
引用し,揺り木馬と共に玩具がクローズアップされ
かりだったので,息子が安心して眠っているかどうかを
たことも視覚的配慮として使用された成功を語って
部屋に見に行く。彼女が部屋に近づくにつれて部屋から
いる。
は重苦しく馬を駆る音が聞こえる。戸を開けるとポール
4)D.
H.
Lawr
enc
e
,The Tales
が気が狂ったように木馬に乗って燃えるような目をした
of
……」と
D.H. Lawr
ence
(和訳
(
Wi
l
l
i
am He
i
nemannLTD,19
48
)
筆者)
息子を見る。息子は「マラバー」(
97
9
)と叫んでその場
5)D.
H.
Lawr
enc
e
,Studies in Classic Amer
ican Lit-
に意識を失って倒れてしまう。へスターはオスカーにマ
(和訳 野崎孝
er
atur
e ,p.
9
5(
Pe
ngui
nBooks
)1
9
61
ラバーが何だか訊ねる。するとオスカーはその勝ち馬の
参照)
情報をバセットに伝えて馬券を買わせる。ポールは三日
6)Nat
hani
elHawt
hor
ne,The Scar
let Letter,(
Pe
n-
経っても意識を回復しなかったが,バセットはマラバー
gui
nCl
as
s
i
cs19
83
)p.
5
3(和訳 太田三郎参照)
が優勝して7万ポンド
けたと伝える。つかの間意識を
7)Studies in Classic Amer
ican Liter
atur
e ,p.
9
4(和訳
回復するポールは最後に「僕,運がいいよね」(
9
80
)と
誇らしげに母に言うが,その晩,ポールは死んでしまう。
太田三郎参照)
8)I
(和訳
bi
d.
,p.
9
0
野崎孝参照)
9)W.
D.
Snodgr
as
s
,A Rocki
ngHor
s
e:TheSymbol
,
結論
ThePat
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on Revi
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11
,2
,Summer1
9
58D.H. Lawr
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itical Assess-
『息子と恋人』
から 1
3年を経てイタリアで書かれた
「木
ments e
d.Ed.byDavi
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sandOr
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aDeZor
do
馬に乗った少年」におけるトーンはロレンスの嘆きであ
Vol
.
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I
I
.p.
4
2
8
る。ここで描かれている風景は寒々としていて『息子と
10
)I
bi
d.
恋人』で予感された親と子の絆は完璧に絶たれてしまっ
11
)J
ani
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eHubbar
dHar
r
i
s
,The Shor
t Fiction of D.
ている。特に父親は明確な言葉を語らないし,母親は自
H. Lawr
ence p.
2
25
分の居場所もわからない。悲劇は「お金」や「もの」が
参
もたらしたものだが,大人の利己的で汚れきった世界に
文献
翻弄され続けた純真無垢なポールの善意は若い命をむざ
むざと家庭内で滅ぼされることになる。ポールの死は残
1)D.
ロレンス名作集 鏡味国彦・野口共訳 文化書
H.
された大人たちにむなしい生を喚起させるが,同時に
― 56―
房博文社 1
98
2年
2)D.
ロレンス『アメリカ古典文学研究』4 野崎孝
H.
訳 南雲堂
1
9
8
7年
Cl
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s
i
c
s
,19
9
5)
5)Tot
e
v,St
e
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aKos
t
ova,Var
iation on Mothr
hood in
3)河出世界文学大系 2
4
(『緋文字』については太田三郎
訳を参照)1
98
0年
Woolf, Lawr
ence and Joyce (
Uni
ve
r
s
i
t
yofOt
awa,
2
00
1
)
4)Gi
bbon,Edwar
d,The Histor
y of the Decline and
Fall of the Roman Empir
e Vol
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I
,I
I
,I
I
I(
Pe
ngui
n
―5
7―
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7
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1
0受理)
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